『どんな大人になりたいか』。
誰もが一度は夢想する
或いは、歳の近い童と語り合う。
そんな夢を見る特権は、何も人間だけのものではないだろう――。
「あたい、おっきくなった!」
ところは、妖怪や妖精、果ては人間までもが足を運ぶ夜雀屋台。
時刻が早い所為だろう、客はおらず、いつもの少女たちが賑やかに話していた。
いつものとは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグ、‘妖猫‘橙、‘宵闇の妖怪‘ルーミア。
そして、元気よく両手を広げ宣言した、‘氷精‘チルノ。
チルノに対する反応は、以下の通りである。
「ぺたんこのままじゃん」
「そこの話じゃないと思うよ」
「いーないーなぁ」
「じゃあ、私と同じくらいになったのかな」
以上。
誰がどの発言かは考えてほしい。
ヒントは、紹介した順だ。お忘れならば読み返していただきたい。
それはともかく。
「だって、こないだお昼寝してる時、『鼻がくすぐったいわ』っておねーちゃんが言ってたもん」
‘おねーちゃん‘とは、霧の湖に住む、通称‘大妖精‘のことだ。
顔を合わせる一同。
チルノが大妖精の膝に座り、昼寝をしていることはよく知っている。
各々から聞いた話というだけでなく、何度となくその光景を目撃していた。
抱く氷精に向けた慈しむような表情に浮かべられていたのは、恐らく微笑みだったのだろう。
そう、恐らく――チルノの髪により、その口元は隠されていた。
チルノが嘘をついていなければ、大きくなった、より正確には、背が伸びたと考えられる。
「仮説一。静電気で髪が逆立っていた」
「もしくは、大ちゃんが縮んだとか?」
「もぅ、なによぅ、ミスチー、リグル!」
この場の誰も、彼女が嘘をつくなどとは疑っていなかった。
頬を膨らませるチルノに、ミスティアとリグルは手を広げ、苦笑しながら怒りを宥める。
けれど、五名の中では比較的知識が豊富な彼女たちは、内心で疑問に思っていた。
種族として妖精は成長しづらいはずなのだが、と。
疑ったりはしないけど勘違いはあり得るよね、とアイコンタクトを交わし、ミスティアとリグルは頷き合った。
「うがーっ」
「おさえて、おさえて、チルノ!」
「だったら、今、測ってみようよ」
暴れだすチルノをルーミアが止め、橙が建設的な提案をする。
なるほど、と頷くリグル。
一方、ミスティアは首を捻った。
薬師兼女医のいる永遠亭ならいざ知らず、此処には身長計など、当然ながらない。
「あ、メジャーならあったかも」
「チルノってルーミアより小さかったよね」
「背中合わせで目測ですね。わかります」
言いつつも、それは測定じゃねぇとミスティアは、心の内で突っ込んだ。
「む。負けないよ、ルーミア!」
「私だって負けないもん!」
「てやーっ」
無論、興が乗ってしまった二名に届く訳がない。
無駄に両腕を広げるルーミア。
合わせるように、チルノも万歳ポーズをとった。
そんな二名を、見間違える訳にはいかないと橙がじっと凝視する。
どこか哀愁漂うミスティアの背を、リグルが軽く叩き、微苦笑を浮かべてみせた。
チルノとルーミア。
「どう、橙? あたいの方が大きいよね!?」
「わ、チルノ、動かないで。首がこそばゆいよぅ」
「前はそんなことなかったし、やっぱりおっきくなってるみたいだね」
目測云々のレベルですらなかった。
ルーミアと橙。
「ほとんど同じだったよね?」
「待って待って。んー! っと、ミスチー、どうかな?」
「ちょっとだけど、橙のが大きい。……耳って自由に動かせたんだ」
ずっこい! とルーミアは叫んだ。
橙とミスティア。
「んー! んーっ!」
「今明かされる私の身長! 実は紫並み!」
「や、そもそも、私もミスチーもちゃんとした数字は……あー、永遠亭で測ってもらったっけ」
健闘むなしく、僅差とは言え、橙はミスティアよりも小さかった。
ミスティアとリグル。
「え……と。今のところ、どう見てもリグルのが高いよね」
「う、うん。私、冬の後って伸びてることが多いし……」
「いーから早くくっついて! 測れないでしょ!」
一向に背を合わせようとしない二名に、外野三名が突っ込みをいれる。
結果、やはり、リグルの方が高かった。
全員の測定が終わった後、再び少女たちは輪になった。
手には、屋台の名物、八目鰻の蒲焼が握られている。
時刻が少し下り、日も傾き始めていた。
口いっぱいに蒲焼をほうばりつつ、チルノがぼやく。
「むー、勝てると思ったのにぃ」
「でも、ほんとに大きくなってたよね」
「私も私も! あとちょっとでミスチーを抜けるよ」
「……へ? あ、えと、何か言った?」
「もう、聞いてなきゃだめでしょ」
途端、姦しくなる少女たち。
誰かが口を開けば全員が追随する。
尤も、少女に限ったことではないだろう。三人寄ればなんとやら、だ。
「あはは、ごめん。えっと……?」
「……橙、もう一回お願い」
「リグルも聞いてないじゃない!」
一部、ぼぅとしていたようだが――。
言い直す橙にミスティアとリグルは頷き、ルーミアが後を繋ぐ。
「ちょっとずつだけど、皆、大きくなってるんだね」
一様に首が縦に振られる中、チルノだけは驚愕の表情を受かべていた。
「皆、大きくなるんだ!?」
一般的に、妖怪の成長速度は然程早くない。
理由として寿命の長さがあげられがちだが、確たる証明は未だされていない。
そも妖怪と一口に言えど含まれるのは千差万別の諸々だ。
この場にいる者だけでも、夜雀、蟲、猫、闇もしくはその眷属、とバラエティに富んでいる。
仮に過去、考証家がいたとして、匙を投げても仕方のない話であろう。
――とは言え、チルノの驚きは聊か失礼と言えなくもない。
「いや、あんたに言われたくはな――ぁ痛」
軽口を叩こうとしたミスティアの頭を、リグルが軽く手の甲で小突く。
『珍しく正論だったんじゃないかなぁ』
『だとしても、そーゆーことは言わないの』
『むぅ』
『それに、ほら』
『ん?』
顔を向けるミスティア。
リグルが小さく眉根を寄せる。
ミスティアは唇を突き出したが、リグルの指に、会話を続ける三名へと視線を促された。
「じゃあさじゃあさ、どんな風に大きくなりたい!?」
「う? うーん……考えたこと、なかったわ」
「えっへん、私はあるよ!」
勢いよく尋ねるチルノ。
ルーミアが小首を傾げる。
一方、橙は胸を張り、応えた。
――既に、話は次へと進んでいたようだ。
三名の様子にミスティアとリグルは顔を見合わせ、微苦笑を浮かべるのだった。
「それじゃあまず、リグルから!」
「へ……わ、私から!?」
「さっきの結果から。こういうのって後になるほど言いにくくなるもん」
「その割には余裕だねぇ、橙」
「うーん、うーん……大きくなったら……うぅん」
腕を組み、唸るルーミア。
肩を竦めるミスティア、更に胸を張る橙。
顎に手をあて視線を上空に彷徨わせるリグルに――チルノは、不敵な笑みを浮かべた。
リグルの場合。
「えーっと、出鼻を挫くようだけど……あんまり大きくならなくてもいいかなぁ。
あ、いや、そりゃぁ背も他のとこも、もうちょっとは欲しいよ?
だけど、そんなに大きくなくても……。
ほら、私って、今でもほどほどに背はあるじゃない。
だからね、うんと、理想は、ドレスを着てもおかしくないくらい、かな」
頬をかき、リグルは照れ笑いを浮かべた。
「でも、一番おっきいのはレティよ?」
「そんなことないよぅ。一番は……あ!」
「大ちゃんはミスチーと同じくらいだったよね?」
不思議そうに問うチルノに、ルーミアは首を横に振り、橙がミスティアの服をつまむ。
「ん……そだね」
返答は、弁のまわるミスティアには珍しく、言葉少なだった。
ミスティアの場合。
「あ、次は私か。
やっぱ乳だね、うん。
ばいーんと、ぼいーんとね。
お尻もぼちぼち。ぼんきゅぼんが理想?
……でも、何より、今は背が一番、伸びてほしいな」
先細る言葉は、その割に、確固とした響きがあった。
「ごちそうさま」
「もう、食べるの速いわ。もっと味わって!」
「私、まだ熱くて口も付けてないのに。……どったのミスチー、もごもごして」
ミスティアは、視線をチルノから橙に移し、結局、曖昧に口を閉ざした。
「チルノ、よかったら食べる? 私、……お腹、一杯だから。――伸びると、いいね」
蒲焼をチルノに手渡しながら、リグルが微笑み、言った。
橙の場合。
「んーふふ、私は具体的だよー。
背は百七十前後で、胸は……胸は……あれ?
ともかく、ぼいんって感じ!
髪は短く……あー、でも、長くしてもいいな。
そんで勿論、尻尾は九本!」
然程具体的ではなかった――言葉だけを聞けば、だが。
「要するにさぁ、橙は、藍先生か紫っぽくなりたいんでしょ?」
「ふふ、やっぱり、かな。だから、イメージもしやすかったんだね」
「尻尾の数はもっと多くてもいいんじゃない? 二倍でどーんと十八本!」
何百年、或いは何千年かかるのか。チルノの意見に、ミスティアとリグルのみならず、発言者の橙すらもが首を横に振る。
「あうぅ、また被ったぁ」
故に、ルーミアの嘆きは誰にも届かなかった。
ルーミアの場合。
「ことごとく皆とおんなじで、ちょっと悔しいんだけど……。
最初はね、リグルみたいにそんなに大きくならなくていいかなって思ったの。
でも、ミスチーと一緒の背格好もいいかなーって。
でもでも、いっつも膝を借りているから、今度は私が貸してあげたいわ。
うん、だから、幽香よりも大きくなりたい!」
幽香――‘四季のフラワーマスター‘風見幽香は、彼女たち共通の‘知人‘だ。
「あー、あいつ、きっと泣いて喜ぶよ」
「言いすぎじゃないかな。藍さんや紫じゃないんだし」
「ちょっと待ってリグル、なんで藍様や紫様が泣くの前提なの!?」
両手を上げ下げしつつ、橙が牙をむく。
だが、多数決では『泣く』方が有利だった。
ニ対一。ルーミアは首を傾げ、チルノは腕を組み笑っている。
四名の理想が出そろった今、それでも、チルノは不敵に笑っていた。
「ふっふっふ、皆、スケールが小さいね。あたいが一番!」
そり返りそうな状態での宣言に、皆が思い思いに返す。
「ほー、こりゃ流石はチルノさん、ではではお聞かせくださいなっと」
「そーゆー言い方もしないの。けど、気にはなるね」
「紫様よりも大きいヒト……勇儀様や山の上の神様、あ、香霖堂の店主とか?」
「霊夢や魔理沙よりは大きかったと思うけど……どうなんだろ」
もろもろの感情やら期待やらが込められた視線が、チルノへと向けられた。
けれど、意に介さないチルノ。
重圧を楽しむかのような表情だ。
右腕をあげ、人差し指を天に突き出す。
笑みはそのまま、チルノは、高らかと吠える――。
「あたいの目標は! アリスの人形よりおっきくなることよっ!」
――日に照らされた小さな体は、とても、とても大きな影を生み出していた。
以下、それぞれの反応。
「や、あの子たちよりはもう十分に大きいじゃん」
「……だよね? えっと、確か、上海、蓬莱」
「オルレアン、和蘭、露西亜、ろんどぉん」
「そーなのかー?」
ミスティアは呆れ、リグルが指を折り、歌うように続けたのは橙。
ルーミアだけが首を傾げていた。
以上。
しかし、一同の視線などどこ吹く風で、チルノは、ただ同じ姿勢をとり続ける。
瞳に浮かぶ色は、どこまでも純粋な決意だった。
ただただ大きくなりたいと言う、願望。
童が望む、最初の願い。
少女たちは輪を作り、再び姦しく語りだす。
とりとめのない会話。
翌日には忘れるであろう他愛のないお喋り。
けれど、彼女たちにとっては、今話さなくてはならないお話。
誰にだってあり得た、くだらない、どうでもいい、――かけがえのない時間が、流れていた。
『どんな大人になりたいか』。
例えば、理想の自身。
例えば、誰かのために。
例えば、目標への一歩として。
例えば、同じになりたいと、思う。
そして、そう、誰もがまず抱くのは、『大きくなりたい』という、単純な願い。
今は小さな少女たち。
彼女達も、いずれ大きくなるだろう。
時が流れたその先に、そんなことも言っていた、と笑いあうために。
いつか来る『その時』まで――そんな夢を見る特権は、何も人間だけのものでは、ない。
<了>
誰もが一度は夢想する
或いは、歳の近い童と語り合う。
そんな夢を見る特権は、何も人間だけのものではないだろう――。
「あたい、おっきくなった!」
ところは、妖怪や妖精、果ては人間までもが足を運ぶ夜雀屋台。
時刻が早い所為だろう、客はおらず、いつもの少女たちが賑やかに話していた。
いつものとは、‘夜雀‘ミスティア・ローレライ、‘蟲の王‘リグル・ナイトバグ、‘妖猫‘橙、‘宵闇の妖怪‘ルーミア。
そして、元気よく両手を広げ宣言した、‘氷精‘チルノ。
チルノに対する反応は、以下の通りである。
「ぺたんこのままじゃん」
「そこの話じゃないと思うよ」
「いーないーなぁ」
「じゃあ、私と同じくらいになったのかな」
以上。
誰がどの発言かは考えてほしい。
ヒントは、紹介した順だ。お忘れならば読み返していただきたい。
それはともかく。
「だって、こないだお昼寝してる時、『鼻がくすぐったいわ』っておねーちゃんが言ってたもん」
‘おねーちゃん‘とは、霧の湖に住む、通称‘大妖精‘のことだ。
顔を合わせる一同。
チルノが大妖精の膝に座り、昼寝をしていることはよく知っている。
各々から聞いた話というだけでなく、何度となくその光景を目撃していた。
抱く氷精に向けた慈しむような表情に浮かべられていたのは、恐らく微笑みだったのだろう。
そう、恐らく――チルノの髪により、その口元は隠されていた。
チルノが嘘をついていなければ、大きくなった、より正確には、背が伸びたと考えられる。
「仮説一。静電気で髪が逆立っていた」
「もしくは、大ちゃんが縮んだとか?」
「もぅ、なによぅ、ミスチー、リグル!」
この場の誰も、彼女が嘘をつくなどとは疑っていなかった。
頬を膨らませるチルノに、ミスティアとリグルは手を広げ、苦笑しながら怒りを宥める。
けれど、五名の中では比較的知識が豊富な彼女たちは、内心で疑問に思っていた。
種族として妖精は成長しづらいはずなのだが、と。
疑ったりはしないけど勘違いはあり得るよね、とアイコンタクトを交わし、ミスティアとリグルは頷き合った。
「うがーっ」
「おさえて、おさえて、チルノ!」
「だったら、今、測ってみようよ」
暴れだすチルノをルーミアが止め、橙が建設的な提案をする。
なるほど、と頷くリグル。
一方、ミスティアは首を捻った。
薬師兼女医のいる永遠亭ならいざ知らず、此処には身長計など、当然ながらない。
「あ、メジャーならあったかも」
「チルノってルーミアより小さかったよね」
「背中合わせで目測ですね。わかります」
言いつつも、それは測定じゃねぇとミスティアは、心の内で突っ込んだ。
「む。負けないよ、ルーミア!」
「私だって負けないもん!」
「てやーっ」
無論、興が乗ってしまった二名に届く訳がない。
無駄に両腕を広げるルーミア。
合わせるように、チルノも万歳ポーズをとった。
そんな二名を、見間違える訳にはいかないと橙がじっと凝視する。
どこか哀愁漂うミスティアの背を、リグルが軽く叩き、微苦笑を浮かべてみせた。
チルノとルーミア。
「どう、橙? あたいの方が大きいよね!?」
「わ、チルノ、動かないで。首がこそばゆいよぅ」
「前はそんなことなかったし、やっぱりおっきくなってるみたいだね」
目測云々のレベルですらなかった。
ルーミアと橙。
「ほとんど同じだったよね?」
「待って待って。んー! っと、ミスチー、どうかな?」
「ちょっとだけど、橙のが大きい。……耳って自由に動かせたんだ」
ずっこい! とルーミアは叫んだ。
橙とミスティア。
「んー! んーっ!」
「今明かされる私の身長! 実は紫並み!」
「や、そもそも、私もミスチーもちゃんとした数字は……あー、永遠亭で測ってもらったっけ」
健闘むなしく、僅差とは言え、橙はミスティアよりも小さかった。
ミスティアとリグル。
「え……と。今のところ、どう見てもリグルのが高いよね」
「う、うん。私、冬の後って伸びてることが多いし……」
「いーから早くくっついて! 測れないでしょ!」
一向に背を合わせようとしない二名に、外野三名が突っ込みをいれる。
結果、やはり、リグルの方が高かった。
全員の測定が終わった後、再び少女たちは輪になった。
手には、屋台の名物、八目鰻の蒲焼が握られている。
時刻が少し下り、日も傾き始めていた。
口いっぱいに蒲焼をほうばりつつ、チルノがぼやく。
「むー、勝てると思ったのにぃ」
「でも、ほんとに大きくなってたよね」
「私も私も! あとちょっとでミスチーを抜けるよ」
「……へ? あ、えと、何か言った?」
「もう、聞いてなきゃだめでしょ」
途端、姦しくなる少女たち。
誰かが口を開けば全員が追随する。
尤も、少女に限ったことではないだろう。三人寄ればなんとやら、だ。
「あはは、ごめん。えっと……?」
「……橙、もう一回お願い」
「リグルも聞いてないじゃない!」
一部、ぼぅとしていたようだが――。
言い直す橙にミスティアとリグルは頷き、ルーミアが後を繋ぐ。
「ちょっとずつだけど、皆、大きくなってるんだね」
一様に首が縦に振られる中、チルノだけは驚愕の表情を受かべていた。
「皆、大きくなるんだ!?」
一般的に、妖怪の成長速度は然程早くない。
理由として寿命の長さがあげられがちだが、確たる証明は未だされていない。
そも妖怪と一口に言えど含まれるのは千差万別の諸々だ。
この場にいる者だけでも、夜雀、蟲、猫、闇もしくはその眷属、とバラエティに富んでいる。
仮に過去、考証家がいたとして、匙を投げても仕方のない話であろう。
――とは言え、チルノの驚きは聊か失礼と言えなくもない。
「いや、あんたに言われたくはな――ぁ痛」
軽口を叩こうとしたミスティアの頭を、リグルが軽く手の甲で小突く。
『珍しく正論だったんじゃないかなぁ』
『だとしても、そーゆーことは言わないの』
『むぅ』
『それに、ほら』
『ん?』
顔を向けるミスティア。
リグルが小さく眉根を寄せる。
ミスティアは唇を突き出したが、リグルの指に、会話を続ける三名へと視線を促された。
「じゃあさじゃあさ、どんな風に大きくなりたい!?」
「う? うーん……考えたこと、なかったわ」
「えっへん、私はあるよ!」
勢いよく尋ねるチルノ。
ルーミアが小首を傾げる。
一方、橙は胸を張り、応えた。
――既に、話は次へと進んでいたようだ。
三名の様子にミスティアとリグルは顔を見合わせ、微苦笑を浮かべるのだった。
「それじゃあまず、リグルから!」
「へ……わ、私から!?」
「さっきの結果から。こういうのって後になるほど言いにくくなるもん」
「その割には余裕だねぇ、橙」
「うーん、うーん……大きくなったら……うぅん」
腕を組み、唸るルーミア。
肩を竦めるミスティア、更に胸を張る橙。
顎に手をあて視線を上空に彷徨わせるリグルに――チルノは、不敵な笑みを浮かべた。
リグルの場合。
「えーっと、出鼻を挫くようだけど……あんまり大きくならなくてもいいかなぁ。
あ、いや、そりゃぁ背も他のとこも、もうちょっとは欲しいよ?
だけど、そんなに大きくなくても……。
ほら、私って、今でもほどほどに背はあるじゃない。
だからね、うんと、理想は、ドレスを着てもおかしくないくらい、かな」
頬をかき、リグルは照れ笑いを浮かべた。
「でも、一番おっきいのはレティよ?」
「そんなことないよぅ。一番は……あ!」
「大ちゃんはミスチーと同じくらいだったよね?」
不思議そうに問うチルノに、ルーミアは首を横に振り、橙がミスティアの服をつまむ。
「ん……そだね」
返答は、弁のまわるミスティアには珍しく、言葉少なだった。
ミスティアの場合。
「あ、次は私か。
やっぱ乳だね、うん。
ばいーんと、ぼいーんとね。
お尻もぼちぼち。ぼんきゅぼんが理想?
……でも、何より、今は背が一番、伸びてほしいな」
先細る言葉は、その割に、確固とした響きがあった。
「ごちそうさま」
「もう、食べるの速いわ。もっと味わって!」
「私、まだ熱くて口も付けてないのに。……どったのミスチー、もごもごして」
ミスティアは、視線をチルノから橙に移し、結局、曖昧に口を閉ざした。
「チルノ、よかったら食べる? 私、……お腹、一杯だから。――伸びると、いいね」
蒲焼をチルノに手渡しながら、リグルが微笑み、言った。
橙の場合。
「んーふふ、私は具体的だよー。
背は百七十前後で、胸は……胸は……あれ?
ともかく、ぼいんって感じ!
髪は短く……あー、でも、長くしてもいいな。
そんで勿論、尻尾は九本!」
然程具体的ではなかった――言葉だけを聞けば、だが。
「要するにさぁ、橙は、藍先生か紫っぽくなりたいんでしょ?」
「ふふ、やっぱり、かな。だから、イメージもしやすかったんだね」
「尻尾の数はもっと多くてもいいんじゃない? 二倍でどーんと十八本!」
何百年、或いは何千年かかるのか。チルノの意見に、ミスティアとリグルのみならず、発言者の橙すらもが首を横に振る。
「あうぅ、また被ったぁ」
故に、ルーミアの嘆きは誰にも届かなかった。
ルーミアの場合。
「ことごとく皆とおんなじで、ちょっと悔しいんだけど……。
最初はね、リグルみたいにそんなに大きくならなくていいかなって思ったの。
でも、ミスチーと一緒の背格好もいいかなーって。
でもでも、いっつも膝を借りているから、今度は私が貸してあげたいわ。
うん、だから、幽香よりも大きくなりたい!」
幽香――‘四季のフラワーマスター‘風見幽香は、彼女たち共通の‘知人‘だ。
「あー、あいつ、きっと泣いて喜ぶよ」
「言いすぎじゃないかな。藍さんや紫じゃないんだし」
「ちょっと待ってリグル、なんで藍様や紫様が泣くの前提なの!?」
両手を上げ下げしつつ、橙が牙をむく。
だが、多数決では『泣く』方が有利だった。
ニ対一。ルーミアは首を傾げ、チルノは腕を組み笑っている。
四名の理想が出そろった今、それでも、チルノは不敵に笑っていた。
「ふっふっふ、皆、スケールが小さいね。あたいが一番!」
そり返りそうな状態での宣言に、皆が思い思いに返す。
「ほー、こりゃ流石はチルノさん、ではではお聞かせくださいなっと」
「そーゆー言い方もしないの。けど、気にはなるね」
「紫様よりも大きいヒト……勇儀様や山の上の神様、あ、香霖堂の店主とか?」
「霊夢や魔理沙よりは大きかったと思うけど……どうなんだろ」
もろもろの感情やら期待やらが込められた視線が、チルノへと向けられた。
けれど、意に介さないチルノ。
重圧を楽しむかのような表情だ。
右腕をあげ、人差し指を天に突き出す。
笑みはそのまま、チルノは、高らかと吠える――。
「あたいの目標は! アリスの人形よりおっきくなることよっ!」
――日に照らされた小さな体は、とても、とても大きな影を生み出していた。
以下、それぞれの反応。
「や、あの子たちよりはもう十分に大きいじゃん」
「……だよね? えっと、確か、上海、蓬莱」
「オルレアン、和蘭、露西亜、ろんどぉん」
「そーなのかー?」
ミスティアは呆れ、リグルが指を折り、歌うように続けたのは橙。
ルーミアだけが首を傾げていた。
以上。
しかし、一同の視線などどこ吹く風で、チルノは、ただ同じ姿勢をとり続ける。
瞳に浮かぶ色は、どこまでも純粋な決意だった。
ただただ大きくなりたいと言う、願望。
童が望む、最初の願い。
少女たちは輪を作り、再び姦しく語りだす。
とりとめのない会話。
翌日には忘れるであろう他愛のないお喋り。
けれど、彼女たちにとっては、今話さなくてはならないお話。
誰にだってあり得た、くだらない、どうでもいい、――かけがえのない時間が、流れていた。
『どんな大人になりたいか』。
例えば、理想の自身。
例えば、誰かのために。
例えば、目標への一歩として。
例えば、同じになりたいと、思う。
そして、そう、誰もがまず抱くのは、『大きくなりたい』という、単純な願い。
今は小さな少女たち。
彼女達も、いずれ大きくなるだろう。
時が流れたその先に、そんなことも言っていた、と笑いあうために。
いつか来る『その時』まで――そんな夢を見る特権は、何も人間だけのものでは、ない。
<了>
この指とーまれ
流石www
いかん、鼻から何か出そうだ。
子供の頃はもっと身長高くなると思ってたのにorz