暗い夜空に小さな光
二本のレールをライトで照らし
かたたんことんと列車は進む
寝ている人は夢の中
残った人もまどろみに
起きているのはもののけさん?
静かな静かな列車の中で
静かに静かに歩いたら
きっと誰かに出会うかも
まどろみの中で出会うなら
おかしな誰かと出会うなら
不思議な旅を楽しみましょう
~お化け傘の夜行列車~
「相変わらず日本の駅弁はいいわねぇ、見てよし、食べてよし、旅のお供にぴったりだわ。筍ご飯だし」
「メリーは筍が入ってれば何にでもそう言うわよね」
「いいじゃない、筍」
「筍が悪いとは言ってないわよ」
向かい合わせになった友人といつも通りの会話を楽しむ。伸びてきたお箸をつかむのもいつも通り。もう、筍となると目の色変わるんだから……
真ん中のテーブルには揃いのお弁当、窓を見れば外は暗闇。目の前の友人はふくれっ面だ。
「蓮子は旅は道連れ世は情けっていう言葉を知らない? 日本の伝統も廃れたわねぇ」
「東海道中膝栗毛の時代には、同行者への油断は大敵だったそうよ」
「もう、貴方には友人に対する優しさが欠けてるんじゃないの?」
「教えて上げるわメリー、この国では人のお弁当に手を伸ばすような人を友人とは言わないのよ」
言いがかりをつけてきた友人にしれっと言い返し、守り抜いた筍を口に運ぶ。うん、美味しい。駅弁っておいしく感じられるけど、何か特別な合成方法でもあるのかしら?
たぶん、規則正しいちいさな揺れと、たまに光が流れる窓が合成の秘訣ね。
「うー筍……」
「はいはい、一つだけよ」
変な視線に振り向いて、ふくれっつらのメリーの口に筍を放り込む、とたんに笑顔になった。現金ねぇ。
私達は夜行列車に揺られていた。すっかりくたびれたおんぼろ列車は、忙しい街を抜け出して、のんびりのんびり北へと向う。
がらがらの車内では、数少ない乗客たちがこれまたのんびり話してる。ヒロシゲの時代とは思えないような、ずいぶんと悠長な光景だ。
長いことには定評がある大学生の春休み。それを利用してのみちのく裂け目探し……とほんのちょっとだけ海の幸山の幸と温泉巡り……合宿計画。
実にアカデミックで、大学サークルの模範たる計画だ。非合法サークルだけどね。
怪しげな河童伝承の本を片手に抱えたメリーの提案に、喜ぶべきか悲しむべきか、休みの間中大した予定のなかった私も賛成し、ヒロシゲと新幹線を乗り継いで、北へと向うことにした……はず。
でも、メリーが持ってきた切符は何故か夜行列車のものだった。そんなものが残っていたのがびっくりだけど、夜行列車なんかで行ったら、ヒロシゲの何倍の時間がかかるのよ!? 文字通り日が暮れちゃうわ。
そんな感じで説明を求めた私に、たまにはのんびり行きましょう、と笑顔でのたもう友人は、年中無休ののんびり屋。責められる事など想定していないほわほわ笑顔に、突っ込む気力も起きなかった。
でも、まぁ今回はそれでよかったと思う。今日と明日の境界を渡る、そんな列車で旅に出る。なんとなく私達らしい。
「それにしても、よく夜行列車なんて残っていたわね。今時、こんなのんびりした乗り物に乗りたがるなんて、変な人かおかしな人位でしょ」
「つまり蓮子のことね」
「メリーっていつの間に蓮子に改名したの? 紛らわしいから同じ名前にしないで欲しいわ」
「……ん、この駅弁も美味しいわ」
私の話を流しつつ、二つ目の駅弁に手をつけたメリーにため息をつく。
外はすっかり暗いのに、夕食もしっかり食べたはずなのに、友人の食欲にはさしたる影響もないらしい。
「んぐんぐ……私だって知らなかったもの、でもね、駅に行ったらたまたま宣伝してて、ほら、やっぱり不思議なものを見ると手を出したくなるでしょう? というかそうじゃないと秘封倶楽部のアイデンティティに関わるわ。そういうわけで迷わず買ってしまったわけよ、二人分」
「メリーの場合、ただの珍しもの好きでしょう? 大体夜行列車のどこが不思議なのよ? あと、人のお金の使い道まで勝手に決めない」
「でもずいぶん安上がりになったのよ? おかげで向こうに着いてから筍がたくさん食べられそう」
「そういう意味じゃ……もういいわ」
みちのくにはきっと美味しい筍が云々言っている友人は放っておいて、ベットにごろんと寝転がった。こんな時代遅れの乗り物に乗るのは、物好きとメリー位……いえ、物好きなメリー位かしら?
でも世の中から忘れられた列車はがらがらで、人の目を気にせず寝転がれる。真っ白なシーツと、少し硬いスプリングがなんか楽しい。普段と違う寝床って、やっぱり旅って感じがするわね。
ごろごろ……ごろごろ……
「こういうのも合宿っぽくて楽しいわ」
「食べてすぐ寝転がると牛になるわよ、蓮子」
「人の話聞きなさい、あとあんたに言われたくない。列車に乗ってから何個駅弁食べてるのよ」
「私はちゃんとカロリーを消費してるからいいのよ、頭で」
「メリーの頭に栄養が必要だなんて初めて知ったわ」
「そんな事も知らないんだから蓮子はダメねぇ……って私の筍!?」
「強奪した筍には、優越感が25%加算されているわね。美味しい」
「ふふふ蓮子、勝利の味を血の味に変えてあげるわ」
私達がわいわいと騒いでいる内に、ごとんといって列車が止まった。あれれと思って外を見れば、ぼんやり漂う夜霧の中に、小さな駅舎が浮かび上がる。幻想的というよりも、なんかちょっと不気味かもしれない。
うっすら漂う夜の霧、どんより暗い森の中、列車の灯かりに誘われて、おかしな乗客が乗ってこないとも限らない。
……まぁそうなったらとても愉快な旅になりそうだけど。
それにしてもどうしたのかしら? こんな山の中じゃ、熊かもののけ位しか乗ってこないと思うんだけど。そういえば、北海道の地下鉄は料金を払えば熊でも乗せるらしいけど、もののけはどうなのかしらね。
「もう、蓮子が暴れるから列車が止まっちゃったじゃない」
「人を怪物か何かみたいに言わないでよ、そんなので列車が止まるわけないでしょ」
「車内で牛が暴れてたらさすがに止まるわよ」
「誰が牛か」
「蓮子」
「まぁメリーの方が太っているわけだけど、ちなみに前回の身体計測のデータでは……」
「……どこで仕入れてくるのよそんな情報」
「酔っ払ったメリーがゲロったの」
「なんか色々と嫌な表現ね」
「あ、また動いたわ」
「蓮子が人間に戻ったのね」
「まだ引っ張るかその話……」
気づかないような小さな衝撃、列車は静かに走り出す。
のんびりのんびり、昼下がりのメリーみたいに列車は加速していく。
駅の灯かりが闇に消え、がたたんごとんとポイントを渡ると、ばたんと窓が叩かれて、列車はトンネルに吸い込まれた。
ごーっという音に包まれて、真っ暗な壁しか見えなくなった。つまらない。
さすがに、こんなところにカレイドスクリーンをつける予算はないらしい、視線をメリーに戻す。
「どうしたのメリー? 通路なんか見て。変わったものでもあった?」
振り返った先では、メリーが何やら反対側の通路を見つめていた。私は、友人の背中に問いかける。
メリーがこんな風にしているのは、大体にして『面白いもの』を見つけたときだ。
もちろん、メリーにとって面白そうなものは、私にとっても面白そうなものになる可能性が高い。たまにはずれもあるけど……トンネルの中に裂け目でも見つけたの?
「うん、なんか凄く趣味のいい傘を持った女の子が歩いてたの」
振り向いたメリーはちょっと嬉しそうだった。私は即座に返答する。
「なるほど、相当悪趣味な傘を持った女の子が歩いてたわけね」
メリーの趣味は何かとおかしい。
何かというと、私みたいな常識人が目を向けないような変なものとか、廃れたものにばかり興味を示す。
東京に行きたいとか言い出したのもそうだし、本物の富士を見たいとか言い出すのもそう。部屋には大蝦蟇の抱き枕(とてもリアルだった)があったりするし、今回の旅行にはその……なんというか……表現しがたい色の旅行鞄を持ってきている。熱帯原産の爬虫類みたいなの。
待ち合わせには苦労しないけど、一緒に行動するのは色々と恥ずかしかった。慣れたけど。
「もう、蓮子には私のセレブな趣味は高級すぎて理解できないのね。悲しいわ」
「あなたの言うセレブって、日本語だとおかしになるわね、訳すと」
「美味しそうな趣味で何よりだわ。でも、テストじゃ零点ね」
「赤点はとりたくないわねぇ」
「じゃあ早速行きましょう」
「赤点とりに?」
「とるなら次のテストで蓮子がとって。傘をどこで買ったのかあの子に聞いてくるのよ」
「メリーって時々行動力あるわよねぇ」
「判断に迷った時には、ともかく目標に突進せよっていうのがうちのご先祖様の教えなの」
「ラム酒に漬けられちゃいそうなご先祖様ね」
「というわけで行くわよ蓮子」
「私も?」
「そうよ?」
「何で?」
「もちろん、私達が秘封倶楽部だからよ」
「何でアレで頷いてしまったのかしら?」
自問する、さも当然と言わんばかりのメリーの笑顔に釣られてしまったというのが回答。
5分後、人のいい私は、ぼけた人のメリーと一緒に傘少女を探す羽目になってしまっていた。メリーの我侭に付き合わされるのはいつものことだけどさ。毎回毎回、どうして私ってこれで納得しちゃうのかしら?
そんなことを思いながら、左右に揺れる狭い通路を二人で歩く、車内探検してるみたいでちょっと楽しい。一両、二両と、私たちのいる先頭車両から、順々に進んでいく。
「いないわねぇ、セレブ同士親交を深めようと思ったのに」
何両か進んだところで、首を傾げてメリーが言った。
「もう寝ちゃったんじゃないの?」
言葉を返す。
気づけばそろそろ日付が変わる、窓の外は夜も夜中で真っ暗闇な山の中、月もなく、星も見えない世界には、光のひとつも見つからない。仄かな列車の灯りだけが夜を照らしていた。
車内はすっかり静かになっていて、気のせいか列車の音もほとんど聞こえなくなっている。確かに走っているのに、揺れだけ感じて音はないっていうのも不思議な感じ。
すれ違う乗客はいないし、座席で話している乗客もいない。ところどころの寝台はカーテンで覆ってあった。みんなから忘れられてしまったみたいに人気のない車内……まるで別な世界に迷い込んでしまったみたいで、妙な不安と昂揚感が身を包む。
まぁ、メリー並にのんびりな夜行列車なんて、今じゃ忘れられているようなものだしね。
でも本当に静かね、まるで、もののけか何かが音を消してしまったみたいで、とても……わくわくするわ。
でも、メリーはそんなことは気にもとめず、最後まで行ってみましょうと言って、次の車両へと進んでいった。よりにもよって次は13号車。
ドアを開いてもほとんど変わらない車内と人気のなさ、それなのにしっかりと手入れがされている。真夜中の列車は不思議な場所だ。
これはまるで伝承の中の……そうそう、まよいがね。
「待ってよメリー、どうしてこういう時だけ素早いの?」
「あら蓮子、こういう時まで遅刻するのはどうかと思うわ?」
今日と明日の境目で、私たちは楽しく迷っている。
「残念ねぇ、あのとれたての茄子みたいなノスタルジー溢れる色合いの傘なんて、今時そうそうお目にかかれないのに」
とは心底残念そうなメリーの言葉である。13号車の後ろには客車はなかった、ここが最後尾。
緊張感と昂揚感が一気に解けて、のんびり感が漂った。メリーは緊張を解く天才だ。っていうか茄子色の傘って何よ。
「それは残念ね、メリーの頭が」
びしっと答える私。
やっぱりと言うかなんというか、メリーってばああいう色合いが好きみたい。出かけるたびに注目される同行者の立場にもなってほしいものなのだけど。
まぁ、そうそうお目にかかれなさそうというのには同意しておくわ。茄子色というかメリーの服色の傘なんて、どう頑張ってもカゴセールかゴミ箱でしか見つけられなさそうだもの。
メリーの方は、頬を膨らませて言い返してくる。
「もう、温故知新っていう言葉を言ってる? 蓮子。過去を見るのは決して後ろ向きなだけじゃなくて、未来に繋げうるものなのよ。流行は繰り返すとも言うし……蓮子は考え方は古臭いのに、そういうのには目を向けないのね」
「断言してもいいけどね、メリー。そんな傘が流行った時代なんてこの国にはないし、この先もないわよ」
「蓮子が知らないだけよ、きっと。そしてまたいつかの日か、あの傘が認められる日が来るはずよ」
妙に自信たっぷりに言うメリーだけど、私は断言したい。
いいや、絶対そんな時代は来ない。具体的に言うと、メリーの趣味と世間の趣味が一致する時代なんて未来永劫来ない……と。
まぁそんなこと言っていてもしょうがないから言わないけどね。視線を戻したら、メリーはなんか勝手に頷いて、勝手に納得してるし、頭の中で茄子色の未来が組み立てられたみたい。
天ぷらにする位しか用途が思いつかない未来ね。
「そうそう蓮子」
「何?」
「鉄道の忘れ物ナンバーワンは傘らしいわよ、今も昔も」
「で?」
「あの子忘れていかないかしら」
「メリー、メリー、忘れ物を自分のものにするのは立派な犯罪よ? 今も昔も」
「言ってみただけよ」
その割には妙に目が真剣な友人にため息をついて、空いている座席に腰を下ろす。夜行列車の端から端まで……結構疲れてしまったのだ。メリーもついてきた。
カーテンを上げて窓を見ると、季節はずれの桜があった。夜行列車が過ぎ去って、舞い散る花びらは列車に並ぶ。この世のものじゃないみたいで、ちょっと不思議……
その時、そんな景色の向こう側、光の列が見えた、新幹線?
東京と京都の通勤が可能になった今となっては、新幹線も通勤電車になっている。あの中は、きっと家路を急ぐサラリーマンで一杯なんだろう。夜遅くまで頑張って、最終電車に駆け込む……そこだけは昔と変わらない。
光は、あっという間に見えなくなって、桜も一緒に消え去って、車窓は暗闇に戻った。
夜行列車は、のんびりのんびり我が道を行く。
「揺れる列車に乗ったのなんてずいぶん久しぶりね、蓮子」
しばらく外を眺めていたら、メリーが話しかけてきた。
「そういえばそうね、今の電車で揺れを感じる為には相当気をつけないと駄目だから」
同意する。
技術の進歩は、鉄道から音と揺れを消し去っている。がたんごとんという擬音も過去のもの、去年乗ったヒロシゲは音もなく走り、揺れることなく到着する。他の列車も似たようなものだった。
でも、おかしな趣味の我が友人は、それがどうにもお気に召さなかったらしい。
「そうそう、ヒロシゲなんて音はしないわ揺れないわでさっぱり旅してる気にならなかったもの。景色も偽物だし、おまけに速いし」
「速いのはいいじゃない、遊ぶ時間が増えるし」
「蓮子はわかってないわねぇ、一駅一駅、目的地に近づく感覚も旅なのよ? 53分間の偽物の車窓……あんなに急いで、非日常を楽しむはずの旅で時間を節約しようとするのもどうかと思うのだけど」
「もう、メリーは懐古趣味っていうよりも、ただケチをつけたいだけな気がするわ」
「だって、音なし揺れなし景色なしの乗り物で旅するっていうのは味気ないじゃない。どんなに綺麗でも、どんなに雄大でも、偽物の景色なら映画館で十分よ。輸送機関として優れているのは認めるんだけどね」
メリーはそう言ってため息をつく。
ヒロシゲに乗っていたときも言っていたけど、メリーは『現実』にこだわっている。ヴァーチャルの綺麗な富士よりも、リアルの普通の富士を、53分間の卯酉東海道よりも、3時間近くかかる旧東海道を……
私は肩をすくめて言い返した。
「メリーみたいな非合理的な人が多いせいで、次世代車両には振動発生装置や走行音発生装置を付けようかどうしようかっていう話が出てくるのよ。折角技術の進歩で静かになったのに」
「あら、いいじゃない。人間、たまには過去を振り返る事も必要だと思うわ」
「別に過去を振り返るなとは言ってないわよ。単純にメリーの趣味がおかしいと思っているだけよ」
そうそう、私だって古いものは大好きだし、自分の趣味が『ちょっとだけ』世間からずれているのは認めている。でも、メリーってそれが極端なんだもの。
「個性は大切よ? 茄子色の服に茄子色の傘……うーん、我ながら見事なコーディネートね」
「私も個性的であろうと思っているけど、変との間には線を引きたいわ」
「お、金髪のあんた、よくわかってるねぇ。でも今のご時世、私みたいな色合いじゃ時代遅れだ差すと恥ずかしいだと散々な言われよう」
「あら、こんな趣味のいい傘が時代遅れだなんて……世知辛い時代になったものねぇ」
「時代遅れとかそういう問題じゃない気がするけど、今も昔もその茄子色傘じゃどうしようもないもの」
「そうだった、昔からだった。それで捨てられたんだった、しくしく」
「泣かないで。時代は進む、流行は変わる、人は進歩する。いつかきっと私たちのセンスに時代が追いついてくるはずよ。それまで耐え忍びましょう、蓮子にいじめられても、いつかきっと助けが来るわ」
「すまないねぇ、私がこんな身体なばっかりに苦労をかけて……」
「それは言わない約束よ、おっかさん」
しくしく泣く女の子の肩を抱くメリー、何だろうこの三文芝居。っていうか普通に話しちゃったけど……
「貴女だれ?」
とりあえず突っ込む。いつの間にか、私たちのいる席に、茄子色傘……しかもリアルな舌つき……を持った少女が紛れ込んでいた。そのおかしな趣味は、我が友人の上をゆく。
あーもしかしてこの子がメリーの言っていた傘少女さん(仮称)かしら? なんかメリーの好きそうなおかしなデザインの傘だし、色々と予想以上だったけど。
その時メリーに慰められている傘少女(仮称)の視線がこっちに向いて、ついでにメリーの視線もこっちに向いて、傘少女(仮称)に戻って……
「貴女だれ?」
「メリー、今更よ」
予想通りとはいえ、今更になって首を傾げるメリーに突っ込んだ。何で今の今まで気づかないのよ!?
頭を抱える私と、首を傾げるメリーを見て、傘少女(仮称)も首を傾げて……おまえもか……それからは自信満々でこう答えた。
「あ、私? お化け」
「ああ、おボケね。悪いけど間に合ってるわ、そこのメリーで」
「誰がおボケよ?」
「メリー以外に誰がいるの?」
「ぐすん……無視されるどころかとうとうお化けとして認識すらされなくなった」
「いや、だっていきなりお化けと言われても……」
「私もおボケじゃないわよ」
「はぁ……」
いじける傘少女(仮称)改めお化け少女(自称)と、頬を膨らませるおボケ少女(公称)を見て、ため息。お化けかどうかはさておくとしても、メリーと同類なのはよくわかったわ。つまりおボケ。
突っ込みとボケ役が1対2じゃ分が悪いわ。メリーだけでも突っ込みが弾詰まり起こして暴発しかけてるのに!
「えっと、とりあえず名……」
「お化けというならそれらしくしてもらわないと」
「はっ!? そうだった。驚かしに来たはずだったのに忘れてた! こほん、ではあらためて……お化けだぞ~うらめしや~」
「……前を」
「23点位かしらね、赤点には届かないわねぇ」
「しくしく……寂しいねぇ、こんなに頑張ったのに赤点だなんて。お化けには学校も試験もないはずなのに」
「うーん、レトロな雰囲気は出てるんだけど、オリジナリティが感じられないのが原因ね」
「昔はこれでもみんな驚いてくれたのに……」
「名前……」
「今は個性の時代なのよ、あなた程の美的センスを持ち合わせたひとなら、きっと個性あふれる驚かし方ができるはずよ!」
「そ、そうかな。なんかできる気がしてきたかも」
「だからまず名前を……」
「ここはどうかしら、アクティブにいっそ『驚けー』って脅かしてみるのもいいんじゃない? 字も似てるし。ほら、そこの蓮子で試してみましょう」
人の話を聞かないのはそっくりね、この二人。話し始めると一直線じゃない。あと、勝手に人を巻き込むな!
でも、私の心の叫びなんて届くはずもなく……まぁ声に出したって届かないんじゃ当然だけど……お化け少女(自称)はこっちに振り返る。
「よーし、じゃあ早速。驚けー!」
あっという間にメリーにそそのかされて、コンパートメント一杯に傘を広げて迫ってくるお化け少女(自称)
私はもうひとつため息をつくと、彼女をひっつかまえた。
「とりあえず名前を言いなさい、あと人の話は聞きなさい。あなたの話はそれからよ」
「しくしく、驚かすつもりが脅かされた」
「もう、蓮子は乱暴なん……痛い痛いぐりぐりやめてぐりぐりやめて!?」
したり顔のメリーの頭をぐりぐりしながら、自称お化け少女を見る。
青い髪にオッドアイ、そして何より表情豊かな傘。確かに、人間じゃないっぽいわねぇ。傘の方は、たぶんお化けの代表格、唐傘お化け。
ちなみに、その傘は心配そう少女を見ている、時々舌で舐めて慰めようとして、何か葛藤があるのかやめている。デザインの割に意外とよくできた(性格的に)傘みたい。
時計を見れば、日付はもう変わっている。もうすぐ訪れるのは丑三つ時。草木も眠り、まともな人間は出歩かない、そう、お化けの時間だ。
そういえば、あれだけ騒いだのに誰も出てこない。起きだしてくる人なんていない。あれ? この列車13両もあったっけ?
いくつかの考えが頭を巡って、私の頭は結論を出す。
私の目の前にはお化けがいる、私の目が見ているんだからそれが私にとって真実。楽しい旅になってきたわ。
「寂しいねぇ。近頃の人間は、傘が動いてもよくできた機械としかみてくれない。頑張って驚かしてみても、怖がってくれないどころか相手にすらしてもらえない……お化けの列車でもこんなんじゃ、やっぱり河岸を変えるしかないのかねぇ、お客も最近少なくなってきたし」
ぼやくお化け少女……(自称)はとりあえず外してあげよう……と、心配そうに見つめるお化け傘。だけど、今なにかおかしな単語が聞こえたような、お化けの列車?
思わず手元の切符を確認する。まさか、これが俗に言う『ヴァルハラ行きの片道切符』じゃないわよね? いくら好奇心旺盛な私といえど、あの世行きの列車には乗りたくない。帰ってこられる保障があるんなら迷わず乗るけど。
不安と期待が交錯する……前者だけじゃないのが、我ら秘封倶楽部の証である。
でも、不安なんて全然感じなさそうな声が隣で応じた。
「あら、この列車ってお化け列車だったの? なかなかレアねぇ、蓮子」
「そんなんでいいの?」
「じゃあプラチナチケット? お化け列車なんてそうそう乗れないもの」
「そういう問題なの? あと乗りたがる人もいなさそうだけどね、供給が少なくても、需要はもっとなさそうよ?」
「そうかしら? ヨーロッパじゃ幽霊付の家は高く売れるのよ? お化け列車だって人気が出るに違いないわ。運行区間を間違えたのね、この列車」
「どっちかっていうと、メリーの頭が行き先を間違えてる気がするわ。三途の川に架橋されたなんて話は聞かないけど、降りた先で幽明連絡船への乗り換え案内なんかされたらたまらないもの、誰も乗らないわよ」
「やっぱり、早めに行かないと乗船券が取れなかったりするのかしら?」
「三角巾つけて青白い顔してまでホームをダッシュしたくはないわねぇ」
「これが本当の死に急ぐ、ね。死んでまで時間に追われたくはないわね」
「メリーは別に時間に追われてないでしょ? のんびりだし」
「蓮子と違って時間に余裕を持っているからよ? 今日の遅刻は何分だっけ?」
ひとしきりメリーと話すと、なんか緊張がとけた。こういう時って、メリーののんびりは役立つわね。私は、くるりと振り返って、お化け少女に視線を向けた。あ、まだ落ち込んでた。
「はぁ、しかも今日は久しぶりに相手してもらえたと思ったのに、駄目だしされるし脅されるし……」
……脅してなんかないわよ。
「ねぇねぇ、お化けさん」
「ああうらめ……ん?」
とりあえず、できる限り愛想よく声をかけてみる。後ろでメリーが「あら明日は豚でも降るのかしら?」とか言ってるけど、明日降るのは血の雨よ、メリーの。
「この列車ってお化けの列車なの?」
「そうそう、夜はお化けの時間だからね、夜を行く列車はお化けの列車だよ」
自信満々、言語明瞭意味不明な答えが返ってきた。
うーん、なんてお馬鹿な回答……あ、傘がため息ついた。とりあえず、この子はともくかく、列車の方はただの夜行列車みたい、ちょっと残念。それにしても、この子、根本的に人を驚かすのに向いてないんじゃないかしら? 少し可哀想になってきたわ。
まぁ、この調子なら、この子が本物のお化けでも危ない目には遭わなさそうね。
そんな気持ちを知ってか知らずか、はたまたただの話好きなのか、お化け少女はぼやいた。
「最近お客が少なくてねぇ。いくらお化けの列車といっても、驚かす相手がいないんじゃ私は寂しい」
「がらがらだものねぇ」
「そうねぇ」
メリーと二人、お化け少女に同意する。
ヒロシゲに代表される新型新幹線は、高速道路を駆逐した。環状線は草原と化し、自家用車は減少の一途を辿っている。でも、それ以前に消え去った夜行列車が思い出されることはなかったのだ。
京都~東京が53分……日本のほとんどの街が新幹線で繋がれた今、彼らの出番はなかった。
眠る草木をそよがせて、もののけの視線を浴びながら、日々黙々と走り続けた夜行列車は、晴れた日に持っていった傘のように、ほとんどの人に忘れられてしまったのだ。
そんな昔を懐かしむみたいに、お化け少女は語りだす。
「昔はこの列車も大人気だったんだけどね。二段ベッドの端から端までぎっしりで、満員御礼活気が漲っていたんだ。で、小さな子どもがトイレに起きてきたときにわっと驚かすんだよ。みんな悲鳴をあげて逃げ出したもんさ」
「悪趣味ねぇ」
「それがお化けの仕事だもん。人間の恐怖を食べて、代わりに好奇心をあげるんだ。旅行から帰った時に、いい思い出になると思わない? 夜行列車でお化けにあって、泣きながらお母さんのベッドに潜り込んで……でも、何回か驚かすと、今度は友達と一緒にお化けを探すようになるんだよ。何度も棒で追い掛け回された。楽しかったなぁ」
「ああ、マゾヒズムね」
「まぞりずむ?」
「いじめられて喜ぶことよ、反語はサディズム」
「おお、さでずむ」
メリーとお化け少女はすっかり意気投合したらしく、妙な会話を続けている。いつの間にか話がすっかりあらぬ方向に……本当、おかしい者同士、気が合ったのね。
いつの間にか列車は平野に降りていて、田んぼの中を走っていた。
星も見えない空の下、黒い世界は眠っていて、たまに小さな灯りが見える。こんな時間まで起きていて、お化けに遭っても知らないわよ?
「あ、駅弁召しませ」
「お、いいねぇ。駅弁のない旅なんて、傘のない骨みたいなものだよ」
「そうそう、筍のない筍ご飯みたいなものよ」
「三個目? まだ持ってたの? あとそれって筍ご飯じゃないじゃない」
「蓮子にはあげないわ。筍を強奪する人なんて、友達じゃないもの」
「まだ言うか。あと駅でお酒を買ってきたわけだけど」
「私達友達よね、蓮子」
「たった今否定してなかった?」
「やっぱり旅にはお酒よねぇ」
「いいねぇいいねぇ、最近の旅には『旅情』ってものが欠けてるんだ。あんたやっぱりわかってるねぇ」
「あんたらに人の話を聞くって選択肢はないの? あと勝手に開けるな!」
「んーいいわ。やっぱり夜行列車のこの揺れがいい味を出してるのね」
「つまみはどうだい? とっておきの糠漬けが……」
「とことん古いお化けねぇ」
「糠漬けは古い方が美味しいんだい! お化けも同じ」
「美味しいの?」
「怖いねぇ、最近の人間はお化けを食べるんだ」
「食べないわよ」
「蓮子は何でも食べ……糠漬け美味しい! やっぱり日本酒には漬物ね」
「ホント、あとメリー後で漬ける」
「ほら、蓮子は友達まで食べる気じゃない」
「食べないわよ、食品衛生法に不適合そうだもの。糠漬は本当にいけるわね」
「ふふん……昔の知恵を甘く見ないで欲しいね」
「コツとかあるの?」
「ぎく…………(ちらっ)」
「「作ったの傘の方!?」」
旅は道連れ世は情け、二人組みと二人組み? すっかり馴染んで四人組、どんちゃんどんちゃん大騒ぎ。お化けの列車で大騒ぎ。
夜行列車はそんなことには気も留めず、ずんずんずんずん線路を駆ける。暗い線路を淡々と。
誰もいない踏切通り、誰もいない駅を越え、川を過ぎて海を見て、トンネル抜けて北へ北へ。
乗っているのがお化けでも、人間でも構わない。ただひたすらに走っている。
長い歳月を過ごしてきたこの列車は、お化けも見慣れているのかもしれない。もしかすると、古い馴染みみたいに思っているのかも。人間に忘れられたもの同士……
「そうそう、それで昔はよかったんだ」
「それそろそろ十回目よ?」
「正確には九回目ね、メリーは大雑把ねぇ」
ずいぶんと時間が過ぎた頃、またしても私たちはお化け少女の懐古談を聞いていた。たった一夜の付き合いだって、長年の友に変えてしまうのは夜行列車の魔力なのかしら?
で、お酒が入って話上戸になったのか、はたまたそういう性格なのか、得意げに、楽しげに、でもどこ寂しく話すお化け少女。
それにしても、この子って結局『昔はよかった』に戻ってくる気がする。何歳なのかしら?
「しくしく……もうボケ老人ですか? それとも化け傘からボケ傘にランクダウンですかだなんて、あんまりな言われよう」
「そこまで言ってないわ、ただちょっと将来が心配ねぇって思っただけ。あと私はおボケじゃないからよろしくね」
「そうそう、あなたはランクダウンするまでもなくボケ傘だし、ただ話を先に進めて欲しいなぁって思っただけ。そこのおボケと一緒に」
「なんか貶されてる気がしないでもないけどまぁいいや。でも、近頃の人間にはのんびりが足りないんだよ。そこのメリーみたいにもうちょっとゆとりを持たないと……」
「ほらほら蓮子、私の常識はお化けにだって通じるのよ!」
「っていうかお化けにしか通じないわね。それにみんながみんなメリーみたいになったら、地球の自転まで遅くなりそうで怖いわ」
「みんながみんな蓮子みたいになったら、速すぎて振り落とされちゃうわよ。それとも遅刻して昼と夜が滅茶苦茶になるのかしら?」
「がーん、最近の人間は地球の自転まで扱えるんだ……置いてかれた気分だよ……」
「「信じた!?」」
「ところで自転って何?」
「「二段ボケ!?」」
メリーが突っ込みに回るだなんて初めてだわ。この子のボケ具合は相当なものね、妖怪恐るべし……
とかなんとか、私たちは話を続ける。それにしても、脱線のし過ぎでさっぱり話が進まないわねぇ。
そういえばどこまで話したっけとか言い出したボケ傘に傘と一緒にため息をつき、蓮子が遅刻すると地球が滅ぶところまでよとか言い出したメリーをはり倒して、先を促す。
「だからさ、みんな急がないでもっとゆっくり旅をするべきだと思うんだ。途中下車をして知らない街を歩いたり、気分気分で行き先を変えたり……」
お化け少女がそう言って、メリーがうんうんと頷いた。ようやく話が戻ってきたわね。
「計画は大切だけど、計画通りの旅行なんて、楽しくないじゃない」
メリーが言う。そうそう遅刻は大切よなんて言おうとしたけど、後が怖いのでやめておく。
「昔はさ、隣の街に行くのにだっておめかししてて、夜行列車に乗るのなんて大騒ぎだったんだ。大人も子どもも、みんな目をわくわくさせていたものさ」
「今じゃあ外国に行くのも大したことじゃないものね」
海外だろうとなんだろうと、今ではほとんどの場所の情報が手に入る。あそこは、あんな感じ、ここは、ああね……事前に調べれば調べるほど、実際に行った時のわくわくは薄れてしまう。それは間違いない。
知らないところが怖いから、知っているところにしてしまうのだ。事前に得た知識の枠の中に、知らない場所を取り込んでしまう……
「最近の人間はねぇ、未知へのわくわくが足りてないよ。目に見えるものだって、自分の枠にはめようとするんだもん」
くいっとおちょこを傾けるお化け少女から視線をずらして、じーっとメリーを見る、目そらすな。
「知らないから存在しない……あなたは存在しない。寂しいねぇ、昔の人間は、私達を『知らないモノ』としてちゃんと見てくれたのに」
おちょこが空になって、お化け少女は次をつぐ。
未知を既知に取り込んで、未知を消してしまう。でも、消された未知は、どこにいくんだろう?
「お化けだって頑張って生きてるのにさ、忘れないで欲しいよ。うらめしい」
お化け少女はお酒を飲んで言葉を続けた。
「お化けも道具も、忘れられると寂しいのに」
そう言うお化け少女は、笑顔のまま。
でも、私たちはなぜか言葉を返せなくて、お化けで道具な少女を見る。
列車が、同意したみたいに左右に揺れて、小さな駅を通り過ぎる。ホームはすぐに後ろに消えた。
もう一度左右に揺れて、かたん……ことん……元通り。
お化け少女は頭をかいて、言った。
「や、しめっぽい話になっちゃったね。私はお化けだけどしめっぽいのは嫌なんだ。旅は楽しくなくっちゃ。ねぇねぇ、今の流行を教えてくれない? これからのお化けは流行に乗らないと……」
「わかったわ、今の流行はレトロなジャポニズム。日本文化を体現する、和風な行動でナウなヤングに馬鹿受けよ!」
「メリー、メリー、そういうのを気に入るのはあなた位よ? 信じちゃったらどうするの?」
「そっかーナウなヤングに馬鹿受けかー……よしっ! 今流行りの若者文化に乗り遅れないように頑張るぞっ!」
「あなたならいけるわっ! まずは王道、うらめしやーの練習からよっ!」
「どうしようもなさそうね……傘のデザインって、九十九神の性格にも影響するのかしら?」
もう一度わいわいと、ため息をつく傘と視線を合わせ、私たちは会話を続ける。夜行列車でたまたま出会った、変な旅仲間とのおしゃべりを。
会話は進む、列車も進む。時間もだんだん過ぎていく。
合宿と言えばお化けと話……本当はお化けの話な気もするけど、まぁあんまり変わらないわよね……こういう定番は抑えておかないとね。
誰もいない13号車はお化けと秘封倶楽部の専用車。飲めや歌えの大騒ぎをしながら、私達は夜の旅を楽しむ。
この子がどんな道具だったか知らないけれど、持ち主はきっと忘れてしまったんだろうけど、私たちは一期一会を忘れずに、夜行列車の楽しい時間を過ごしましょう。
夜行列車にはお化けがいて、とても楽しかった……そんな思い出をお土産に、家に帰ることにしよう。ま、この子は怖がってほしかったんでしょうけどね。
気づくと夜が明けてきていた、うっすらと空が白んでいる、列車は海辺を走っていた。
松の木が、一本二本と流れてく。所々に雪が見える、向こうは海。ぶんぶんと頭を振って目を覚ました。
あーあ、結局一晩飲み明かしちゃったのか、ちょっと頭が痛いかも。隣を見れば、メリーが傾いていた、列車に合わせてゆらゆら揺れてる。つついてみたらふにゃとかなんとか寝ぼけた声、いつの間にか寝ていたのね、もう。
向かいを見たら、お化け少女がちょっと寂しそうに空を見ている。声をかけようとして、思わず口を閉じてしまった。
ことんことんと音がして、山際がぼんやり明るくなって……
「……そろそろお化けの時間もおしまいかぁ」
お化け少女が立ち上がった。
「そうみたいね」
私も応じる。
外が明るい、闇がだんだん消えている。そう、もうお化けの時間はおしまい。だから、この不思議な旅もおしまい。
旅の道づれ二人組みのお化けたちと顔を合わせる。二人(?)とも笑顔だ。
「んー私たちはそろそろ降りるよ。そっちの子にもよろしくね」
お化け少女がそう言った、傘がぺこりとお辞儀する。メリーの頭もお辞儀して、くーすか寝息を立てていた。タイミングいいわねぇ。
「そうね、あなたたちもお達者で」
私は答えた。
ごとん、と列車が揺れた。お化け少女の笑顔も揺れる。
だんだんと速度が落ちていく、カーブの向こうに駅が見えた。二人はゆっくり歩き出す。
「またそのうち会いましょう、楽しい旅をありがとう」
二人の背中にそう言った、二人が立ち止まる。
「こっちこそ、こんど遭うときを楽しみにしてるよ。それじゃよい旅を」
お化け少女はそう答え、扉の方へと歩いていった。
列車がホームに滑り込んだ。
誰もいない小さなホーム、確かに使われているはずなのに、人の気配がない不思議な駅で、夜行列車は扉を開く。
お化け少女が楽しげに、こっちを向いて手を振った。扉が閉まる音がした。
不思議な駅の不思議な少女と、不思議な少女の不思議な傘をホームに置いて、夜行列車は走り出す。ゆっくりゆっくり走り出す。
夜行列車の忘れもの、楽しい旅をありがとう。好奇心をありがとう。
夢と現の境目に、二人はぼんやり消えていった。
「それで、蓮子、なんで私を起こしてくれなかったのよ」
目の前のメリーはふくれっつらだ、まぁ当然だけど。
列車は、海を離れて山の中を走っていた。窓の外、あちらこちらに出歩く人の姿が見えて、すれ違う列車には人がいっぱい。
車内を歩く人もいたけれど、不思議な二人の姿はない。不思議な世界もどこにもない。目の前に残った糠漬けだけが、昨日の晩を物語る。
……余韻もへったくれもないわねぇ。
「だって、メリーを起こすと二人がボケ倒してるうちに列車が出てしまいそうだったんだもの」
そう言って、昨日の残りの糠漬けをメリーの口に放り込んだ。
「もぐもぐ……おいし、大丈夫よ、夜行列車はのんびりだから、それ位きっと待ってくれるわ」
そう言いながら糠漬けに手を伸ばしてきたメリーの手から糠漬けを逃がす。残りは私のよ。
「夜行列車はメリーほどのんびりじゃないのよ、ついでに、メリーたちにボケさせていたらもう一度夜が明けちゃうわ。ん、糠漬けおいし」
メリーの頬がますます膨らむ、仕方がないから最後の一個をメリーにあげた。
「むーもぐもぐ」
「怒りながら食べるのはやめなさいよ」
「もぐもぐむー」
「食べながら怒れとは言ってない」
ふくれっつらのまま、器用に糠漬けを食べる友人にため息一つ。
一息置いて、私は続けた。
「それにね、メリー」
「何?」
「メリーを起こすとそのままついていきそうじゃない」
「ダメなの?」
「ダメよ」
「なんで? せっかくのチャンスなのに?」
蓮子らしくないじゃない、と言外に言うメリーに、私は胸を張ってこう言った。
「うん、折角のチャンスだからね、どうせなら自分達でもう一度、あの二人を見つけてみない?」
『おしまい』
二本のレールをライトで照らし
かたたんことんと列車は進む
寝ている人は夢の中
残った人もまどろみに
起きているのはもののけさん?
静かな静かな列車の中で
静かに静かに歩いたら
きっと誰かに出会うかも
まどろみの中で出会うなら
おかしな誰かと出会うなら
不思議な旅を楽しみましょう
~お化け傘の夜行列車~
「相変わらず日本の駅弁はいいわねぇ、見てよし、食べてよし、旅のお供にぴったりだわ。筍ご飯だし」
「メリーは筍が入ってれば何にでもそう言うわよね」
「いいじゃない、筍」
「筍が悪いとは言ってないわよ」
向かい合わせになった友人といつも通りの会話を楽しむ。伸びてきたお箸をつかむのもいつも通り。もう、筍となると目の色変わるんだから……
真ん中のテーブルには揃いのお弁当、窓を見れば外は暗闇。目の前の友人はふくれっ面だ。
「蓮子は旅は道連れ世は情けっていう言葉を知らない? 日本の伝統も廃れたわねぇ」
「東海道中膝栗毛の時代には、同行者への油断は大敵だったそうよ」
「もう、貴方には友人に対する優しさが欠けてるんじゃないの?」
「教えて上げるわメリー、この国では人のお弁当に手を伸ばすような人を友人とは言わないのよ」
言いがかりをつけてきた友人にしれっと言い返し、守り抜いた筍を口に運ぶ。うん、美味しい。駅弁っておいしく感じられるけど、何か特別な合成方法でもあるのかしら?
たぶん、規則正しいちいさな揺れと、たまに光が流れる窓が合成の秘訣ね。
「うー筍……」
「はいはい、一つだけよ」
変な視線に振り向いて、ふくれっつらのメリーの口に筍を放り込む、とたんに笑顔になった。現金ねぇ。
私達は夜行列車に揺られていた。すっかりくたびれたおんぼろ列車は、忙しい街を抜け出して、のんびりのんびり北へと向う。
がらがらの車内では、数少ない乗客たちがこれまたのんびり話してる。ヒロシゲの時代とは思えないような、ずいぶんと悠長な光景だ。
長いことには定評がある大学生の春休み。それを利用してのみちのく裂け目探し……とほんのちょっとだけ海の幸山の幸と温泉巡り……合宿計画。
実にアカデミックで、大学サークルの模範たる計画だ。非合法サークルだけどね。
怪しげな河童伝承の本を片手に抱えたメリーの提案に、喜ぶべきか悲しむべきか、休みの間中大した予定のなかった私も賛成し、ヒロシゲと新幹線を乗り継いで、北へと向うことにした……はず。
でも、メリーが持ってきた切符は何故か夜行列車のものだった。そんなものが残っていたのがびっくりだけど、夜行列車なんかで行ったら、ヒロシゲの何倍の時間がかかるのよ!? 文字通り日が暮れちゃうわ。
そんな感じで説明を求めた私に、たまにはのんびり行きましょう、と笑顔でのたもう友人は、年中無休ののんびり屋。責められる事など想定していないほわほわ笑顔に、突っ込む気力も起きなかった。
でも、まぁ今回はそれでよかったと思う。今日と明日の境界を渡る、そんな列車で旅に出る。なんとなく私達らしい。
「それにしても、よく夜行列車なんて残っていたわね。今時、こんなのんびりした乗り物に乗りたがるなんて、変な人かおかしな人位でしょ」
「つまり蓮子のことね」
「メリーっていつの間に蓮子に改名したの? 紛らわしいから同じ名前にしないで欲しいわ」
「……ん、この駅弁も美味しいわ」
私の話を流しつつ、二つ目の駅弁に手をつけたメリーにため息をつく。
外はすっかり暗いのに、夕食もしっかり食べたはずなのに、友人の食欲にはさしたる影響もないらしい。
「んぐんぐ……私だって知らなかったもの、でもね、駅に行ったらたまたま宣伝してて、ほら、やっぱり不思議なものを見ると手を出したくなるでしょう? というかそうじゃないと秘封倶楽部のアイデンティティに関わるわ。そういうわけで迷わず買ってしまったわけよ、二人分」
「メリーの場合、ただの珍しもの好きでしょう? 大体夜行列車のどこが不思議なのよ? あと、人のお金の使い道まで勝手に決めない」
「でもずいぶん安上がりになったのよ? おかげで向こうに着いてから筍がたくさん食べられそう」
「そういう意味じゃ……もういいわ」
みちのくにはきっと美味しい筍が云々言っている友人は放っておいて、ベットにごろんと寝転がった。こんな時代遅れの乗り物に乗るのは、物好きとメリー位……いえ、物好きなメリー位かしら?
でも世の中から忘れられた列車はがらがらで、人の目を気にせず寝転がれる。真っ白なシーツと、少し硬いスプリングがなんか楽しい。普段と違う寝床って、やっぱり旅って感じがするわね。
ごろごろ……ごろごろ……
「こういうのも合宿っぽくて楽しいわ」
「食べてすぐ寝転がると牛になるわよ、蓮子」
「人の話聞きなさい、あとあんたに言われたくない。列車に乗ってから何個駅弁食べてるのよ」
「私はちゃんとカロリーを消費してるからいいのよ、頭で」
「メリーの頭に栄養が必要だなんて初めて知ったわ」
「そんな事も知らないんだから蓮子はダメねぇ……って私の筍!?」
「強奪した筍には、優越感が25%加算されているわね。美味しい」
「ふふふ蓮子、勝利の味を血の味に変えてあげるわ」
私達がわいわいと騒いでいる内に、ごとんといって列車が止まった。あれれと思って外を見れば、ぼんやり漂う夜霧の中に、小さな駅舎が浮かび上がる。幻想的というよりも、なんかちょっと不気味かもしれない。
うっすら漂う夜の霧、どんより暗い森の中、列車の灯かりに誘われて、おかしな乗客が乗ってこないとも限らない。
……まぁそうなったらとても愉快な旅になりそうだけど。
それにしてもどうしたのかしら? こんな山の中じゃ、熊かもののけ位しか乗ってこないと思うんだけど。そういえば、北海道の地下鉄は料金を払えば熊でも乗せるらしいけど、もののけはどうなのかしらね。
「もう、蓮子が暴れるから列車が止まっちゃったじゃない」
「人を怪物か何かみたいに言わないでよ、そんなので列車が止まるわけないでしょ」
「車内で牛が暴れてたらさすがに止まるわよ」
「誰が牛か」
「蓮子」
「まぁメリーの方が太っているわけだけど、ちなみに前回の身体計測のデータでは……」
「……どこで仕入れてくるのよそんな情報」
「酔っ払ったメリーがゲロったの」
「なんか色々と嫌な表現ね」
「あ、また動いたわ」
「蓮子が人間に戻ったのね」
「まだ引っ張るかその話……」
気づかないような小さな衝撃、列車は静かに走り出す。
のんびりのんびり、昼下がりのメリーみたいに列車は加速していく。
駅の灯かりが闇に消え、がたたんごとんとポイントを渡ると、ばたんと窓が叩かれて、列車はトンネルに吸い込まれた。
ごーっという音に包まれて、真っ暗な壁しか見えなくなった。つまらない。
さすがに、こんなところにカレイドスクリーンをつける予算はないらしい、視線をメリーに戻す。
「どうしたのメリー? 通路なんか見て。変わったものでもあった?」
振り返った先では、メリーが何やら反対側の通路を見つめていた。私は、友人の背中に問いかける。
メリーがこんな風にしているのは、大体にして『面白いもの』を見つけたときだ。
もちろん、メリーにとって面白そうなものは、私にとっても面白そうなものになる可能性が高い。たまにはずれもあるけど……トンネルの中に裂け目でも見つけたの?
「うん、なんか凄く趣味のいい傘を持った女の子が歩いてたの」
振り向いたメリーはちょっと嬉しそうだった。私は即座に返答する。
「なるほど、相当悪趣味な傘を持った女の子が歩いてたわけね」
メリーの趣味は何かとおかしい。
何かというと、私みたいな常識人が目を向けないような変なものとか、廃れたものにばかり興味を示す。
東京に行きたいとか言い出したのもそうだし、本物の富士を見たいとか言い出すのもそう。部屋には大蝦蟇の抱き枕(とてもリアルだった)があったりするし、今回の旅行にはその……なんというか……表現しがたい色の旅行鞄を持ってきている。熱帯原産の爬虫類みたいなの。
待ち合わせには苦労しないけど、一緒に行動するのは色々と恥ずかしかった。慣れたけど。
「もう、蓮子には私のセレブな趣味は高級すぎて理解できないのね。悲しいわ」
「あなたの言うセレブって、日本語だとおかしになるわね、訳すと」
「美味しそうな趣味で何よりだわ。でも、テストじゃ零点ね」
「赤点はとりたくないわねぇ」
「じゃあ早速行きましょう」
「赤点とりに?」
「とるなら次のテストで蓮子がとって。傘をどこで買ったのかあの子に聞いてくるのよ」
「メリーって時々行動力あるわよねぇ」
「判断に迷った時には、ともかく目標に突進せよっていうのがうちのご先祖様の教えなの」
「ラム酒に漬けられちゃいそうなご先祖様ね」
「というわけで行くわよ蓮子」
「私も?」
「そうよ?」
「何で?」
「もちろん、私達が秘封倶楽部だからよ」
「何でアレで頷いてしまったのかしら?」
自問する、さも当然と言わんばかりのメリーの笑顔に釣られてしまったというのが回答。
5分後、人のいい私は、ぼけた人のメリーと一緒に傘少女を探す羽目になってしまっていた。メリーの我侭に付き合わされるのはいつものことだけどさ。毎回毎回、どうして私ってこれで納得しちゃうのかしら?
そんなことを思いながら、左右に揺れる狭い通路を二人で歩く、車内探検してるみたいでちょっと楽しい。一両、二両と、私たちのいる先頭車両から、順々に進んでいく。
「いないわねぇ、セレブ同士親交を深めようと思ったのに」
何両か進んだところで、首を傾げてメリーが言った。
「もう寝ちゃったんじゃないの?」
言葉を返す。
気づけばそろそろ日付が変わる、窓の外は夜も夜中で真っ暗闇な山の中、月もなく、星も見えない世界には、光のひとつも見つからない。仄かな列車の灯りだけが夜を照らしていた。
車内はすっかり静かになっていて、気のせいか列車の音もほとんど聞こえなくなっている。確かに走っているのに、揺れだけ感じて音はないっていうのも不思議な感じ。
すれ違う乗客はいないし、座席で話している乗客もいない。ところどころの寝台はカーテンで覆ってあった。みんなから忘れられてしまったみたいに人気のない車内……まるで別な世界に迷い込んでしまったみたいで、妙な不安と昂揚感が身を包む。
まぁ、メリー並にのんびりな夜行列車なんて、今じゃ忘れられているようなものだしね。
でも本当に静かね、まるで、もののけか何かが音を消してしまったみたいで、とても……わくわくするわ。
でも、メリーはそんなことは気にもとめず、最後まで行ってみましょうと言って、次の車両へと進んでいった。よりにもよって次は13号車。
ドアを開いてもほとんど変わらない車内と人気のなさ、それなのにしっかりと手入れがされている。真夜中の列車は不思議な場所だ。
これはまるで伝承の中の……そうそう、まよいがね。
「待ってよメリー、どうしてこういう時だけ素早いの?」
「あら蓮子、こういう時まで遅刻するのはどうかと思うわ?」
今日と明日の境目で、私たちは楽しく迷っている。
「残念ねぇ、あのとれたての茄子みたいなノスタルジー溢れる色合いの傘なんて、今時そうそうお目にかかれないのに」
とは心底残念そうなメリーの言葉である。13号車の後ろには客車はなかった、ここが最後尾。
緊張感と昂揚感が一気に解けて、のんびり感が漂った。メリーは緊張を解く天才だ。っていうか茄子色の傘って何よ。
「それは残念ね、メリーの頭が」
びしっと答える私。
やっぱりと言うかなんというか、メリーってばああいう色合いが好きみたい。出かけるたびに注目される同行者の立場にもなってほしいものなのだけど。
まぁ、そうそうお目にかかれなさそうというのには同意しておくわ。茄子色というかメリーの服色の傘なんて、どう頑張ってもカゴセールかゴミ箱でしか見つけられなさそうだもの。
メリーの方は、頬を膨らませて言い返してくる。
「もう、温故知新っていう言葉を言ってる? 蓮子。過去を見るのは決して後ろ向きなだけじゃなくて、未来に繋げうるものなのよ。流行は繰り返すとも言うし……蓮子は考え方は古臭いのに、そういうのには目を向けないのね」
「断言してもいいけどね、メリー。そんな傘が流行った時代なんてこの国にはないし、この先もないわよ」
「蓮子が知らないだけよ、きっと。そしてまたいつかの日か、あの傘が認められる日が来るはずよ」
妙に自信たっぷりに言うメリーだけど、私は断言したい。
いいや、絶対そんな時代は来ない。具体的に言うと、メリーの趣味と世間の趣味が一致する時代なんて未来永劫来ない……と。
まぁそんなこと言っていてもしょうがないから言わないけどね。視線を戻したら、メリーはなんか勝手に頷いて、勝手に納得してるし、頭の中で茄子色の未来が組み立てられたみたい。
天ぷらにする位しか用途が思いつかない未来ね。
「そうそう蓮子」
「何?」
「鉄道の忘れ物ナンバーワンは傘らしいわよ、今も昔も」
「で?」
「あの子忘れていかないかしら」
「メリー、メリー、忘れ物を自分のものにするのは立派な犯罪よ? 今も昔も」
「言ってみただけよ」
その割には妙に目が真剣な友人にため息をついて、空いている座席に腰を下ろす。夜行列車の端から端まで……結構疲れてしまったのだ。メリーもついてきた。
カーテンを上げて窓を見ると、季節はずれの桜があった。夜行列車が過ぎ去って、舞い散る花びらは列車に並ぶ。この世のものじゃないみたいで、ちょっと不思議……
その時、そんな景色の向こう側、光の列が見えた、新幹線?
東京と京都の通勤が可能になった今となっては、新幹線も通勤電車になっている。あの中は、きっと家路を急ぐサラリーマンで一杯なんだろう。夜遅くまで頑張って、最終電車に駆け込む……そこだけは昔と変わらない。
光は、あっという間に見えなくなって、桜も一緒に消え去って、車窓は暗闇に戻った。
夜行列車は、のんびりのんびり我が道を行く。
「揺れる列車に乗ったのなんてずいぶん久しぶりね、蓮子」
しばらく外を眺めていたら、メリーが話しかけてきた。
「そういえばそうね、今の電車で揺れを感じる為には相当気をつけないと駄目だから」
同意する。
技術の進歩は、鉄道から音と揺れを消し去っている。がたんごとんという擬音も過去のもの、去年乗ったヒロシゲは音もなく走り、揺れることなく到着する。他の列車も似たようなものだった。
でも、おかしな趣味の我が友人は、それがどうにもお気に召さなかったらしい。
「そうそう、ヒロシゲなんて音はしないわ揺れないわでさっぱり旅してる気にならなかったもの。景色も偽物だし、おまけに速いし」
「速いのはいいじゃない、遊ぶ時間が増えるし」
「蓮子はわかってないわねぇ、一駅一駅、目的地に近づく感覚も旅なのよ? 53分間の偽物の車窓……あんなに急いで、非日常を楽しむはずの旅で時間を節約しようとするのもどうかと思うのだけど」
「もう、メリーは懐古趣味っていうよりも、ただケチをつけたいだけな気がするわ」
「だって、音なし揺れなし景色なしの乗り物で旅するっていうのは味気ないじゃない。どんなに綺麗でも、どんなに雄大でも、偽物の景色なら映画館で十分よ。輸送機関として優れているのは認めるんだけどね」
メリーはそう言ってため息をつく。
ヒロシゲに乗っていたときも言っていたけど、メリーは『現実』にこだわっている。ヴァーチャルの綺麗な富士よりも、リアルの普通の富士を、53分間の卯酉東海道よりも、3時間近くかかる旧東海道を……
私は肩をすくめて言い返した。
「メリーみたいな非合理的な人が多いせいで、次世代車両には振動発生装置や走行音発生装置を付けようかどうしようかっていう話が出てくるのよ。折角技術の進歩で静かになったのに」
「あら、いいじゃない。人間、たまには過去を振り返る事も必要だと思うわ」
「別に過去を振り返るなとは言ってないわよ。単純にメリーの趣味がおかしいと思っているだけよ」
そうそう、私だって古いものは大好きだし、自分の趣味が『ちょっとだけ』世間からずれているのは認めている。でも、メリーってそれが極端なんだもの。
「個性は大切よ? 茄子色の服に茄子色の傘……うーん、我ながら見事なコーディネートね」
「私も個性的であろうと思っているけど、変との間には線を引きたいわ」
「お、金髪のあんた、よくわかってるねぇ。でも今のご時世、私みたいな色合いじゃ時代遅れだ差すと恥ずかしいだと散々な言われよう」
「あら、こんな趣味のいい傘が時代遅れだなんて……世知辛い時代になったものねぇ」
「時代遅れとかそういう問題じゃない気がするけど、今も昔もその茄子色傘じゃどうしようもないもの」
「そうだった、昔からだった。それで捨てられたんだった、しくしく」
「泣かないで。時代は進む、流行は変わる、人は進歩する。いつかきっと私たちのセンスに時代が追いついてくるはずよ。それまで耐え忍びましょう、蓮子にいじめられても、いつかきっと助けが来るわ」
「すまないねぇ、私がこんな身体なばっかりに苦労をかけて……」
「それは言わない約束よ、おっかさん」
しくしく泣く女の子の肩を抱くメリー、何だろうこの三文芝居。っていうか普通に話しちゃったけど……
「貴女だれ?」
とりあえず突っ込む。いつの間にか、私たちのいる席に、茄子色傘……しかもリアルな舌つき……を持った少女が紛れ込んでいた。そのおかしな趣味は、我が友人の上をゆく。
あーもしかしてこの子がメリーの言っていた傘少女さん(仮称)かしら? なんかメリーの好きそうなおかしなデザインの傘だし、色々と予想以上だったけど。
その時メリーに慰められている傘少女(仮称)の視線がこっちに向いて、ついでにメリーの視線もこっちに向いて、傘少女(仮称)に戻って……
「貴女だれ?」
「メリー、今更よ」
予想通りとはいえ、今更になって首を傾げるメリーに突っ込んだ。何で今の今まで気づかないのよ!?
頭を抱える私と、首を傾げるメリーを見て、傘少女(仮称)も首を傾げて……おまえもか……それからは自信満々でこう答えた。
「あ、私? お化け」
「ああ、おボケね。悪いけど間に合ってるわ、そこのメリーで」
「誰がおボケよ?」
「メリー以外に誰がいるの?」
「ぐすん……無視されるどころかとうとうお化けとして認識すらされなくなった」
「いや、だっていきなりお化けと言われても……」
「私もおボケじゃないわよ」
「はぁ……」
いじける傘少女(仮称)改めお化け少女(自称)と、頬を膨らませるおボケ少女(公称)を見て、ため息。お化けかどうかはさておくとしても、メリーと同類なのはよくわかったわ。つまりおボケ。
突っ込みとボケ役が1対2じゃ分が悪いわ。メリーだけでも突っ込みが弾詰まり起こして暴発しかけてるのに!
「えっと、とりあえず名……」
「お化けというならそれらしくしてもらわないと」
「はっ!? そうだった。驚かしに来たはずだったのに忘れてた! こほん、ではあらためて……お化けだぞ~うらめしや~」
「……前を」
「23点位かしらね、赤点には届かないわねぇ」
「しくしく……寂しいねぇ、こんなに頑張ったのに赤点だなんて。お化けには学校も試験もないはずなのに」
「うーん、レトロな雰囲気は出てるんだけど、オリジナリティが感じられないのが原因ね」
「昔はこれでもみんな驚いてくれたのに……」
「名前……」
「今は個性の時代なのよ、あなた程の美的センスを持ち合わせたひとなら、きっと個性あふれる驚かし方ができるはずよ!」
「そ、そうかな。なんかできる気がしてきたかも」
「だからまず名前を……」
「ここはどうかしら、アクティブにいっそ『驚けー』って脅かしてみるのもいいんじゃない? 字も似てるし。ほら、そこの蓮子で試してみましょう」
人の話を聞かないのはそっくりね、この二人。話し始めると一直線じゃない。あと、勝手に人を巻き込むな!
でも、私の心の叫びなんて届くはずもなく……まぁ声に出したって届かないんじゃ当然だけど……お化け少女(自称)はこっちに振り返る。
「よーし、じゃあ早速。驚けー!」
あっという間にメリーにそそのかされて、コンパートメント一杯に傘を広げて迫ってくるお化け少女(自称)
私はもうひとつため息をつくと、彼女をひっつかまえた。
「とりあえず名前を言いなさい、あと人の話は聞きなさい。あなたの話はそれからよ」
「しくしく、驚かすつもりが脅かされた」
「もう、蓮子は乱暴なん……痛い痛いぐりぐりやめてぐりぐりやめて!?」
したり顔のメリーの頭をぐりぐりしながら、自称お化け少女を見る。
青い髪にオッドアイ、そして何より表情豊かな傘。確かに、人間じゃないっぽいわねぇ。傘の方は、たぶんお化けの代表格、唐傘お化け。
ちなみに、その傘は心配そう少女を見ている、時々舌で舐めて慰めようとして、何か葛藤があるのかやめている。デザインの割に意外とよくできた(性格的に)傘みたい。
時計を見れば、日付はもう変わっている。もうすぐ訪れるのは丑三つ時。草木も眠り、まともな人間は出歩かない、そう、お化けの時間だ。
そういえば、あれだけ騒いだのに誰も出てこない。起きだしてくる人なんていない。あれ? この列車13両もあったっけ?
いくつかの考えが頭を巡って、私の頭は結論を出す。
私の目の前にはお化けがいる、私の目が見ているんだからそれが私にとって真実。楽しい旅になってきたわ。
「寂しいねぇ。近頃の人間は、傘が動いてもよくできた機械としかみてくれない。頑張って驚かしてみても、怖がってくれないどころか相手にすらしてもらえない……お化けの列車でもこんなんじゃ、やっぱり河岸を変えるしかないのかねぇ、お客も最近少なくなってきたし」
ぼやくお化け少女……(自称)はとりあえず外してあげよう……と、心配そうに見つめるお化け傘。だけど、今なにかおかしな単語が聞こえたような、お化けの列車?
思わず手元の切符を確認する。まさか、これが俗に言う『ヴァルハラ行きの片道切符』じゃないわよね? いくら好奇心旺盛な私といえど、あの世行きの列車には乗りたくない。帰ってこられる保障があるんなら迷わず乗るけど。
不安と期待が交錯する……前者だけじゃないのが、我ら秘封倶楽部の証である。
でも、不安なんて全然感じなさそうな声が隣で応じた。
「あら、この列車ってお化け列車だったの? なかなかレアねぇ、蓮子」
「そんなんでいいの?」
「じゃあプラチナチケット? お化け列車なんてそうそう乗れないもの」
「そういう問題なの? あと乗りたがる人もいなさそうだけどね、供給が少なくても、需要はもっとなさそうよ?」
「そうかしら? ヨーロッパじゃ幽霊付の家は高く売れるのよ? お化け列車だって人気が出るに違いないわ。運行区間を間違えたのね、この列車」
「どっちかっていうと、メリーの頭が行き先を間違えてる気がするわ。三途の川に架橋されたなんて話は聞かないけど、降りた先で幽明連絡船への乗り換え案内なんかされたらたまらないもの、誰も乗らないわよ」
「やっぱり、早めに行かないと乗船券が取れなかったりするのかしら?」
「三角巾つけて青白い顔してまでホームをダッシュしたくはないわねぇ」
「これが本当の死に急ぐ、ね。死んでまで時間に追われたくはないわね」
「メリーは別に時間に追われてないでしょ? のんびりだし」
「蓮子と違って時間に余裕を持っているからよ? 今日の遅刻は何分だっけ?」
ひとしきりメリーと話すと、なんか緊張がとけた。こういう時って、メリーののんびりは役立つわね。私は、くるりと振り返って、お化け少女に視線を向けた。あ、まだ落ち込んでた。
「はぁ、しかも今日は久しぶりに相手してもらえたと思ったのに、駄目だしされるし脅されるし……」
……脅してなんかないわよ。
「ねぇねぇ、お化けさん」
「ああうらめ……ん?」
とりあえず、できる限り愛想よく声をかけてみる。後ろでメリーが「あら明日は豚でも降るのかしら?」とか言ってるけど、明日降るのは血の雨よ、メリーの。
「この列車ってお化けの列車なの?」
「そうそう、夜はお化けの時間だからね、夜を行く列車はお化けの列車だよ」
自信満々、言語明瞭意味不明な答えが返ってきた。
うーん、なんてお馬鹿な回答……あ、傘がため息ついた。とりあえず、この子はともくかく、列車の方はただの夜行列車みたい、ちょっと残念。それにしても、この子、根本的に人を驚かすのに向いてないんじゃないかしら? 少し可哀想になってきたわ。
まぁ、この調子なら、この子が本物のお化けでも危ない目には遭わなさそうね。
そんな気持ちを知ってか知らずか、はたまたただの話好きなのか、お化け少女はぼやいた。
「最近お客が少なくてねぇ。いくらお化けの列車といっても、驚かす相手がいないんじゃ私は寂しい」
「がらがらだものねぇ」
「そうねぇ」
メリーと二人、お化け少女に同意する。
ヒロシゲに代表される新型新幹線は、高速道路を駆逐した。環状線は草原と化し、自家用車は減少の一途を辿っている。でも、それ以前に消え去った夜行列車が思い出されることはなかったのだ。
京都~東京が53分……日本のほとんどの街が新幹線で繋がれた今、彼らの出番はなかった。
眠る草木をそよがせて、もののけの視線を浴びながら、日々黙々と走り続けた夜行列車は、晴れた日に持っていった傘のように、ほとんどの人に忘れられてしまったのだ。
そんな昔を懐かしむみたいに、お化け少女は語りだす。
「昔はこの列車も大人気だったんだけどね。二段ベッドの端から端までぎっしりで、満員御礼活気が漲っていたんだ。で、小さな子どもがトイレに起きてきたときにわっと驚かすんだよ。みんな悲鳴をあげて逃げ出したもんさ」
「悪趣味ねぇ」
「それがお化けの仕事だもん。人間の恐怖を食べて、代わりに好奇心をあげるんだ。旅行から帰った時に、いい思い出になると思わない? 夜行列車でお化けにあって、泣きながらお母さんのベッドに潜り込んで……でも、何回か驚かすと、今度は友達と一緒にお化けを探すようになるんだよ。何度も棒で追い掛け回された。楽しかったなぁ」
「ああ、マゾヒズムね」
「まぞりずむ?」
「いじめられて喜ぶことよ、反語はサディズム」
「おお、さでずむ」
メリーとお化け少女はすっかり意気投合したらしく、妙な会話を続けている。いつの間にか話がすっかりあらぬ方向に……本当、おかしい者同士、気が合ったのね。
いつの間にか列車は平野に降りていて、田んぼの中を走っていた。
星も見えない空の下、黒い世界は眠っていて、たまに小さな灯りが見える。こんな時間まで起きていて、お化けに遭っても知らないわよ?
「あ、駅弁召しませ」
「お、いいねぇ。駅弁のない旅なんて、傘のない骨みたいなものだよ」
「そうそう、筍のない筍ご飯みたいなものよ」
「三個目? まだ持ってたの? あとそれって筍ご飯じゃないじゃない」
「蓮子にはあげないわ。筍を強奪する人なんて、友達じゃないもの」
「まだ言うか。あと駅でお酒を買ってきたわけだけど」
「私達友達よね、蓮子」
「たった今否定してなかった?」
「やっぱり旅にはお酒よねぇ」
「いいねぇいいねぇ、最近の旅には『旅情』ってものが欠けてるんだ。あんたやっぱりわかってるねぇ」
「あんたらに人の話を聞くって選択肢はないの? あと勝手に開けるな!」
「んーいいわ。やっぱり夜行列車のこの揺れがいい味を出してるのね」
「つまみはどうだい? とっておきの糠漬けが……」
「とことん古いお化けねぇ」
「糠漬けは古い方が美味しいんだい! お化けも同じ」
「美味しいの?」
「怖いねぇ、最近の人間はお化けを食べるんだ」
「食べないわよ」
「蓮子は何でも食べ……糠漬け美味しい! やっぱり日本酒には漬物ね」
「ホント、あとメリー後で漬ける」
「ほら、蓮子は友達まで食べる気じゃない」
「食べないわよ、食品衛生法に不適合そうだもの。糠漬は本当にいけるわね」
「ふふん……昔の知恵を甘く見ないで欲しいね」
「コツとかあるの?」
「ぎく…………(ちらっ)」
「「作ったの傘の方!?」」
旅は道連れ世は情け、二人組みと二人組み? すっかり馴染んで四人組、どんちゃんどんちゃん大騒ぎ。お化けの列車で大騒ぎ。
夜行列車はそんなことには気も留めず、ずんずんずんずん線路を駆ける。暗い線路を淡々と。
誰もいない踏切通り、誰もいない駅を越え、川を過ぎて海を見て、トンネル抜けて北へ北へ。
乗っているのがお化けでも、人間でも構わない。ただひたすらに走っている。
長い歳月を過ごしてきたこの列車は、お化けも見慣れているのかもしれない。もしかすると、古い馴染みみたいに思っているのかも。人間に忘れられたもの同士……
「そうそう、それで昔はよかったんだ」
「それそろそろ十回目よ?」
「正確には九回目ね、メリーは大雑把ねぇ」
ずいぶんと時間が過ぎた頃、またしても私たちはお化け少女の懐古談を聞いていた。たった一夜の付き合いだって、長年の友に変えてしまうのは夜行列車の魔力なのかしら?
で、お酒が入って話上戸になったのか、はたまたそういう性格なのか、得意げに、楽しげに、でもどこ寂しく話すお化け少女。
それにしても、この子って結局『昔はよかった』に戻ってくる気がする。何歳なのかしら?
「しくしく……もうボケ老人ですか? それとも化け傘からボケ傘にランクダウンですかだなんて、あんまりな言われよう」
「そこまで言ってないわ、ただちょっと将来が心配ねぇって思っただけ。あと私はおボケじゃないからよろしくね」
「そうそう、あなたはランクダウンするまでもなくボケ傘だし、ただ話を先に進めて欲しいなぁって思っただけ。そこのおボケと一緒に」
「なんか貶されてる気がしないでもないけどまぁいいや。でも、近頃の人間にはのんびりが足りないんだよ。そこのメリーみたいにもうちょっとゆとりを持たないと……」
「ほらほら蓮子、私の常識はお化けにだって通じるのよ!」
「っていうかお化けにしか通じないわね。それにみんながみんなメリーみたいになったら、地球の自転まで遅くなりそうで怖いわ」
「みんながみんな蓮子みたいになったら、速すぎて振り落とされちゃうわよ。それとも遅刻して昼と夜が滅茶苦茶になるのかしら?」
「がーん、最近の人間は地球の自転まで扱えるんだ……置いてかれた気分だよ……」
「「信じた!?」」
「ところで自転って何?」
「「二段ボケ!?」」
メリーが突っ込みに回るだなんて初めてだわ。この子のボケ具合は相当なものね、妖怪恐るべし……
とかなんとか、私たちは話を続ける。それにしても、脱線のし過ぎでさっぱり話が進まないわねぇ。
そういえばどこまで話したっけとか言い出したボケ傘に傘と一緒にため息をつき、蓮子が遅刻すると地球が滅ぶところまでよとか言い出したメリーをはり倒して、先を促す。
「だからさ、みんな急がないでもっとゆっくり旅をするべきだと思うんだ。途中下車をして知らない街を歩いたり、気分気分で行き先を変えたり……」
お化け少女がそう言って、メリーがうんうんと頷いた。ようやく話が戻ってきたわね。
「計画は大切だけど、計画通りの旅行なんて、楽しくないじゃない」
メリーが言う。そうそう遅刻は大切よなんて言おうとしたけど、後が怖いのでやめておく。
「昔はさ、隣の街に行くのにだっておめかししてて、夜行列車に乗るのなんて大騒ぎだったんだ。大人も子どもも、みんな目をわくわくさせていたものさ」
「今じゃあ外国に行くのも大したことじゃないものね」
海外だろうとなんだろうと、今ではほとんどの場所の情報が手に入る。あそこは、あんな感じ、ここは、ああね……事前に調べれば調べるほど、実際に行った時のわくわくは薄れてしまう。それは間違いない。
知らないところが怖いから、知っているところにしてしまうのだ。事前に得た知識の枠の中に、知らない場所を取り込んでしまう……
「最近の人間はねぇ、未知へのわくわくが足りてないよ。目に見えるものだって、自分の枠にはめようとするんだもん」
くいっとおちょこを傾けるお化け少女から視線をずらして、じーっとメリーを見る、目そらすな。
「知らないから存在しない……あなたは存在しない。寂しいねぇ、昔の人間は、私達を『知らないモノ』としてちゃんと見てくれたのに」
おちょこが空になって、お化け少女は次をつぐ。
未知を既知に取り込んで、未知を消してしまう。でも、消された未知は、どこにいくんだろう?
「お化けだって頑張って生きてるのにさ、忘れないで欲しいよ。うらめしい」
お化け少女はお酒を飲んで言葉を続けた。
「お化けも道具も、忘れられると寂しいのに」
そう言うお化け少女は、笑顔のまま。
でも、私たちはなぜか言葉を返せなくて、お化けで道具な少女を見る。
列車が、同意したみたいに左右に揺れて、小さな駅を通り過ぎる。ホームはすぐに後ろに消えた。
もう一度左右に揺れて、かたん……ことん……元通り。
お化け少女は頭をかいて、言った。
「や、しめっぽい話になっちゃったね。私はお化けだけどしめっぽいのは嫌なんだ。旅は楽しくなくっちゃ。ねぇねぇ、今の流行を教えてくれない? これからのお化けは流行に乗らないと……」
「わかったわ、今の流行はレトロなジャポニズム。日本文化を体現する、和風な行動でナウなヤングに馬鹿受けよ!」
「メリー、メリー、そういうのを気に入るのはあなた位よ? 信じちゃったらどうするの?」
「そっかーナウなヤングに馬鹿受けかー……よしっ! 今流行りの若者文化に乗り遅れないように頑張るぞっ!」
「あなたならいけるわっ! まずは王道、うらめしやーの練習からよっ!」
「どうしようもなさそうね……傘のデザインって、九十九神の性格にも影響するのかしら?」
もう一度わいわいと、ため息をつく傘と視線を合わせ、私たちは会話を続ける。夜行列車でたまたま出会った、変な旅仲間とのおしゃべりを。
会話は進む、列車も進む。時間もだんだん過ぎていく。
合宿と言えばお化けと話……本当はお化けの話な気もするけど、まぁあんまり変わらないわよね……こういう定番は抑えておかないとね。
誰もいない13号車はお化けと秘封倶楽部の専用車。飲めや歌えの大騒ぎをしながら、私達は夜の旅を楽しむ。
この子がどんな道具だったか知らないけれど、持ち主はきっと忘れてしまったんだろうけど、私たちは一期一会を忘れずに、夜行列車の楽しい時間を過ごしましょう。
夜行列車にはお化けがいて、とても楽しかった……そんな思い出をお土産に、家に帰ることにしよう。ま、この子は怖がってほしかったんでしょうけどね。
気づくと夜が明けてきていた、うっすらと空が白んでいる、列車は海辺を走っていた。
松の木が、一本二本と流れてく。所々に雪が見える、向こうは海。ぶんぶんと頭を振って目を覚ました。
あーあ、結局一晩飲み明かしちゃったのか、ちょっと頭が痛いかも。隣を見れば、メリーが傾いていた、列車に合わせてゆらゆら揺れてる。つついてみたらふにゃとかなんとか寝ぼけた声、いつの間にか寝ていたのね、もう。
向かいを見たら、お化け少女がちょっと寂しそうに空を見ている。声をかけようとして、思わず口を閉じてしまった。
ことんことんと音がして、山際がぼんやり明るくなって……
「……そろそろお化けの時間もおしまいかぁ」
お化け少女が立ち上がった。
「そうみたいね」
私も応じる。
外が明るい、闇がだんだん消えている。そう、もうお化けの時間はおしまい。だから、この不思議な旅もおしまい。
旅の道づれ二人組みのお化けたちと顔を合わせる。二人(?)とも笑顔だ。
「んー私たちはそろそろ降りるよ。そっちの子にもよろしくね」
お化け少女がそう言った、傘がぺこりとお辞儀する。メリーの頭もお辞儀して、くーすか寝息を立てていた。タイミングいいわねぇ。
「そうね、あなたたちもお達者で」
私は答えた。
ごとん、と列車が揺れた。お化け少女の笑顔も揺れる。
だんだんと速度が落ちていく、カーブの向こうに駅が見えた。二人はゆっくり歩き出す。
「またそのうち会いましょう、楽しい旅をありがとう」
二人の背中にそう言った、二人が立ち止まる。
「こっちこそ、こんど遭うときを楽しみにしてるよ。それじゃよい旅を」
お化け少女はそう答え、扉の方へと歩いていった。
列車がホームに滑り込んだ。
誰もいない小さなホーム、確かに使われているはずなのに、人の気配がない不思議な駅で、夜行列車は扉を開く。
お化け少女が楽しげに、こっちを向いて手を振った。扉が閉まる音がした。
不思議な駅の不思議な少女と、不思議な少女の不思議な傘をホームに置いて、夜行列車は走り出す。ゆっくりゆっくり走り出す。
夜行列車の忘れもの、楽しい旅をありがとう。好奇心をありがとう。
夢と現の境目に、二人はぼんやり消えていった。
「それで、蓮子、なんで私を起こしてくれなかったのよ」
目の前のメリーはふくれっつらだ、まぁ当然だけど。
列車は、海を離れて山の中を走っていた。窓の外、あちらこちらに出歩く人の姿が見えて、すれ違う列車には人がいっぱい。
車内を歩く人もいたけれど、不思議な二人の姿はない。不思議な世界もどこにもない。目の前に残った糠漬けだけが、昨日の晩を物語る。
……余韻もへったくれもないわねぇ。
「だって、メリーを起こすと二人がボケ倒してるうちに列車が出てしまいそうだったんだもの」
そう言って、昨日の残りの糠漬けをメリーの口に放り込んだ。
「もぐもぐ……おいし、大丈夫よ、夜行列車はのんびりだから、それ位きっと待ってくれるわ」
そう言いながら糠漬けに手を伸ばしてきたメリーの手から糠漬けを逃がす。残りは私のよ。
「夜行列車はメリーほどのんびりじゃないのよ、ついでに、メリーたちにボケさせていたらもう一度夜が明けちゃうわ。ん、糠漬けおいし」
メリーの頬がますます膨らむ、仕方がないから最後の一個をメリーにあげた。
「むーもぐもぐ」
「怒りながら食べるのはやめなさいよ」
「もぐもぐむー」
「食べながら怒れとは言ってない」
ふくれっつらのまま、器用に糠漬けを食べる友人にため息一つ。
一息置いて、私は続けた。
「それにね、メリー」
「何?」
「メリーを起こすとそのままついていきそうじゃない」
「ダメなの?」
「ダメよ」
「なんで? せっかくのチャンスなのに?」
蓮子らしくないじゃない、と言外に言うメリーに、私は胸を張ってこう言った。
「うん、折角のチャンスだからね、どうせなら自分達でもう一度、あの二人を見つけてみない?」
『おしまい』
マジで!?
三人の会話が面白かったですw私も夜行列車に乗ったらこういう経験したいなぁ
その非日常感というのはよくわかります。
世の中もっと落ち着いてきたらまた夜行で旅行なんかいいなあと思える話でした
また乗りてぇなぁ……
そして夜行列車は旅情があって、いいものです。
もしかして作者様は山陰の方だったり…?
浮き世を忘れて当て所なく、時間を気にせずのんびりと、歩いてみたい日本中。海辺山奥どこでもござれ、命の危険もまた風情。
人は、いつから「知らないもの」を見なくなったんでしょうね。
夜行列車は乗ったことないけど乗りたくなりました。
深夜から早朝にかけてのロビー車の雰囲気は何物にも代え難い価値がある。
まさに旅行中なんだが、良いもの読ませてもらった。
こういう静かで物悲しい雰囲気は好きですが何と言っても寂しい
それでも惹かれてしまうのが面白いです
自分も一緒にお化けを探すような思い出が欲しかったなぁ
ゆるりと流れる電車の中で話しながら目的地まで待つというのも風情がありますね。旅の雰囲気を感じました
冗句や言葉遊びやキャラ達がとても愉快で活き活きしていて面白かったです。
新鮮でした
ではレス返しをさせて頂きます。
>>奇声を発する程度の能力様
札幌に地下鉄を作るときに、国が「そんなところに地下鉄を作って熊でも乗せる気か?」と言ったのに対して、札幌市が「料金を払ったら乗せる」と切り返したという話(要約)があったそうです。これが印象に残っておりましてw
北海道を馬鹿にする意図はございませんので念の為(というか、出生地ですしw)
>>一人目の名前が無い程度の能力様
夜行列車に乗ったときの非日常の気分、旅の楽しみの一つだったりします。
また旅に出たいです……
>>二人目の名前が無い程度の能力様
私は、昔から憧れていたのに初めて乗れたのは中学卒業のときでした。
子どもの頃に乗っていたら、もっと色々楽しめたかもと思ったりw
>>三人目の名前が無い程度の能力様
知らない町をぶらぶらと歩くのは本当に楽しいですよね。
作者は、山陰が大好きなみちのくの住人です。山陰(あるいは北近畿)に住んでいたこともありますけどw
……PNでばれましたか?
>>四人目の名前が無い程度の能力様
>時間を有効に使うではなく、時間に有効に使われるこんな世の中。
確かに、そんな気がします。ときにはのんびりと、知らないものを探す旅をしたいものです。
そして、遊歩道を駆け下りていった先が断崖絶壁(柵なし)でも、それはきっと風情なのですw
>>五人目の名前が無い程度の能力様
まさか覚えてくださっていた方がいらっしゃったとは……(平伏)
夜行列車、いいですよー。特にがらがらな感じだとなおいいです(だから廃止に……orz)
>>六人目の名前が無い程度の能力様
旅行中ですか、羨ましいです。
深夜や早朝の雰囲気は本当に素敵ですよね、私は特に早朝が好きです、霧がかかっていたらなおいいです。列車を独り占めしている感もありますしw
>>七人目の名前が無い程度の能力様
ありがとうございます、恐縮です。
夜行列車に乗っていると、ふと寂しくなるような、でも惹かれてしまうような気がします。
>>過剰様
子どもの頃って、いろいろなものがとても面白そうに見えてしまうんですよね。そして、それを知りたくなってしまう。
子どもの頃夜行列車に乗っていたら、一晩中寝なかったんだろうなぁとふと残念に思ったり。
>>酉様
寂しいんだけどどこか楽しい、そんな風に感じていただけたなら幸いです。
旅先で会った方と話が弾むと、とても楽しいですよねw
>>八人目の名前が無い程度の能力様
>温故知新でしか新しきを知ることができなくなれば怖いですね
それはそれで怖いですね。そして私も一つ、妖怪が怖いw
>>九人目の名前が無い程度の能力様
なぜか私のイメージではメリーがぼけぼけなのです。なんかずれているイメージが(汗
そして小傘がいい。
小傘にとっても人を驚かしてるよりこうやって和んでいるほうが幸福なんじゃないかなぁ
そして蓮子の性格が霊夢に似ている気がする…(ry
夜行列車には今まで乗ったことがありませんし、貧乏学生には乗りたいと思っても厳しいです(汗
ただ自転車でですが、遠くの行ったことの無い町を訪れるのは大好きですね。
秘封のふたりでバランスがよくて、そこに小傘たちが加わってもテンポが崩れるようなことなく進む会話、うまいと思いました。
メリーは特に、表情がころころ変わるのがかわいいですね。
会話だけのパートがいくつか少し気になったけど、情景はかんたんに想像できたので、変な箇所ではないと思い直しました。
小傘たちが降りて少し寂しくなるのかなと思ったら、いつも通りの秘封倶楽部で締め。
気持ちのいいお話、ありがとうございました。
掛け合いもテンポが良くて楽しいし、旅情もあって夜行列車に憧憬の念も。
あゝ、誰かとこんな楽しい旅したい!!
そんなことは理解した上でなお、最近の旅行には旅情が欠けている、という小傘の言葉に、思わず頷いてしまいました。
旅行には何度も行っているのに、夜行列車に乗ったことがありません。一度は乗ってみたいと、強く思います。
夜遅くに乗った電車が人気の無い駅に止まることはよくありますが、その度にこうしてお化けが乗り降りしているのだと考えてみると、ちょっと面白い気がします。
なんとも味のある台詞回し、お見事です。
蓮子とメリーの不思議な旅情の雰囲気がゆったりと伝わってきました。
ああ、夜行列車いいねぇ。粋だねぇ。
それが夜行列車の悠長な雰囲気を逆に醸し出している気も。
夜の旅を包む、浮ついた非日常的な空気がとても心地よかったです。私も旅をしている気分になれました。
夜行列車は乗ったことがなく、それが故、逆に雰囲気をありありと脳の中に思い描くことができました。
車窓の外を通り抜けていくいくつもの光を、眺めながらゆったりと旅してみたい……と。
そこでの出逢いを楽しんでみたい……と、この作品を読んでいて思いました。
もしも小傘との別れが、出逢いのときのそれみたく唐突で、だけど自然で、夜明けの曙光に溶けていくようだったら……
そう想像して、彼女らの一夜の出逢いを私なりにもっと楽しんでみたりしました。
本当に素敵な夜汽車の物語でした。ありがとうございます。
俺も夜行列車に乗って旅とかしてみたいな…
それにしてもメリーが先陣きって活動する秘封倶楽部の話は珍しいので新鮮でした。
あと旅さきの情報や地図を持っていても迷子になる私に隙はなかった(キリッ!
いい話ありがとうございました。
北斗星……だっけかなぁ?小学校の頃に1度乗ったなぁ夜行列車というか何というか。思い出して色々と物思いにふけってしまった。
こういう旅がしてみたい。
このような素敵なお話、ありがとうございました
小傘の昔語りがいい感じ。