Coolier - 新生・東方創想話

貴方の心はすぐ傍に

2009/08/14 00:12:04
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すりすり すりすり



私は自分の腕に微かな重みを感じて目を覚ます。
見ると、妹のこいしがいつの間にか私のベットに潜り込んでいた。



すりすり すりすり



こいしは私の右手をしっかりと両腕で抱え込んで、気持ち良さそうに頬ずりをしている。

「ちょっと、くすぐったいわ、こいし。」

寝てるので聞こえはしないだろうが。

「お姉ちゃん……むにゃ……。」

幸せそうに眠っている妹の寝顔を見て、思わず顔が緩む。
私は起こさないように注意をしながら、少し体を起こして空いている左手でこいしの頭を撫でてやる。
柔らかい髪を軽くかきあげて、額にそっと口付けを落とす。

「ん~……。」

ふにゃっと顔を綻ばせるこいし。

「ふふ」

全く、我が妹ながら可愛くて仕方がない。
家族愛とは別の愛情まで沸いてきてしまいそうだ。

ふう、と溜息をつく。

こんなにもあなたは傍にいるのに。

こんなにもあなたを愛しているのに。


――こんなにもあなたを遠く感じてしまうのは何故?――


閉じた瞳は開かない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


目を覚ましたら、隣にこいしはいなかった。
少し寂しさを感じたが、夜中に戻ってきて朝には既にいないなんていうのは
日常茶飯事なので、私は寝床を降りて着替えを行う。

「おはようございます、さとり様!」
「さとり様、おはよう~!」

「おはよう。二人とも朝から元気ね。」

お燐とお空が朝の挨拶をする。
この2人がいるのは別に珍しいことではない。
地獄の管理を任せている関係上、毎日という訳ではないが、
それでも基本的には朝には地霊殿に戻る。

が、二人の後ろから出て来た顔は私の予想しないものだった。

「お姉ちゃん、おはよう!」
「……ええ、おはよう。こいし。」

目の前の現状に頭がついていかず、一瞬反応が遅れてしまった。
こいしが朝から地霊殿にいるのは本当に久しぶりだ。

「朝ごはんは今日はこっちで食べていくの?」
「うん!お腹空いちゃった!」
「はいはい。じゃあすぐに作るから手を洗って来なさい。」
「は~い!」

とてとてと洗面所に歩いて行くこいしを見送る。

「さとり様、さとり様!」
「ん?どうしたのかしら、お燐。」
「さとり様、なんだか嬉しそうですね。」
「え?」

嬉しそう?

「そう……見えるかしら?」
「はい!お空もそう思うよね?」
「うん、よく分かんないけど楽しそう!」
「そうかしら……そうかもしれないわね。」

確かにいつもよりも気持ちが少し浮ついていると思う。
理由は考えるまでもないだろう。
今日は良い1日になるかもしれない。

「ところでお燐?」
「何でしょう、さとり様。」
「そのパジャマは一体……?」

お空はいつも通りの烏がプリントされたパジャマを着ている。
デフォルメされているので可愛らしく見えるし、よく似合っている。
これはまあ良いだろう。
だがお燐は何故か死体があちこちにプリントされたパジャマを着ていた。
これもデフォルメされてはいたが、はっきり言って余計不気味さを増している。
以前は普通の猫のパジャマだったわよね……?

「ああ、これですか!この間地底都市のお店を見回っていたら見つけたんですよ!
 『地獄名物死体パジャマ』だそうです!可愛いと思いません?」

くるりと一回転するお燐。その仕草だけ見れば確かに可愛いのだが、
背中にもびっしりデフォルメされた死体がプリントされていて
思わず後ずさりしてしまった。

「ま、まああなたが気に入ってるなら別に構わないけれど……。」

(私は止めましたよ、さとり様)

お空の心の声が伝わってくる。その声には諦観の念が混じっている。
ああ、ありがとうお空。あなたまであれを称賛するような感性だったら、
私は徹夜で二人の為にパジャマを編む羽目になっていたわ。

気を取り直して私は台所へと向かった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「うん、こんなものかしら。」

今日の朝ごはんのメニューは白米に豆腐とわかめの味噌汁、
ハムエッグに鮭の塩焼き、胡瓜と茄子の漬物というメニュー。

それぞれの料理の味を確かめる。
うん、我ながら悪くない出来だ。
いつもよりちょっと、というかかなり気合が入っているが、
そこは気にしないでおこう。
別に久しぶりにこいしと一緒に朝ごはんを食べれるから腕を
振るってしまったとかいうことではない。うん。
などと思いながら食事を並べていると、こいし・お燐・お空が入ってくる。

「うわぁ、おいしそう~!」
「わぁ!今日はなんだかおかず一杯ですね!」
「今日って何かあったっけ?」


……こほん。


「「「「いただきます。」」」」



お決まりの挨拶をして、それぞれが箸を動かし始める。
こいしも一口ごとに顔を綻ばせながら、箸を進めていく。

「おいしい?」
「うん、すっごくおいしい!」
「良かった。でもそんなに急いで食べなくても御飯は逃げませんよ。
 ほら、頬についてるじゃない。」
「えへへ、ごめんなさい。」

少し赤くなって、照れたように指で逆の頬を掻いて笑うこいし。
可愛らしいその仕草に私は少し微笑んで、頬についたご飯粒を取ってやる。

「はい、取れたわよ。」
「ありがとう、お姉ちゃん!」

えへ~と笑うこいしの余りの可愛さに、思わず取った御飯粒を口に入れそうになるが何とか堪える。
それはさすがに色々とまずい気がする。
しばし、かちゃかちゃと箸を動かす音だけが朝の地霊殿に響きわたる。
静寂を破ったのは、お空の一言だった。

「こいし様は今日はこの後どうするんですかー?」
「え~とね、今日は地上の方に遊びに行こうと思うんだ!」
「地上、ですか?」

地上。その言葉に思わず反応しそうになってしまう。

「うん。地上の巫女の所に遊びに行こうと思って。あ、紅白の方だよ!」
「そうなんですか。最近こいし様よく地上に行ってますよね。」
「うん!あそこは面白い人達が一杯いて飽きないの!
 人間なのにすっごく強いし!」

こいしはあの事件以来、積極的に地上に出ているようだ。
あの地霊殿を襲撃した人間たちと出会ってからこいしは少しづつ変わっている。
他人に対して心を開こうとしているのだろう。

それはとても喜ばしいことだ。あの人間達には私は感謝しなくてはならないのだろう。
だけど、私は嬉しいと思う反面、モヤモヤとした複雑な気持ちになるのを抑えられなかった。

「ごちそうさまでした!」

思索に耽っている内に、いつの間にかこいしが朝食を平らげていた。
そのまま慌ただしく出て行こうとする。

「あ、こいし……。」
「ん?何、お姉ちゃん?」」

(少しくらい、こっちでゆっくりしていったらどうかしら?)

そんな言葉が思わず出そうになる。

「いえ、何でもないわ。気をつけて行ってらっしゃい。」
「?うん。じゃ行ってきま~す。」

こいしの心を僅かでも開かせたのは、地上からやってきた
紅白の巫女であり、黒白の魔法使いだ。私ではない。
そんな私がこいしの行動にとやかく言う資格はない……。
私はお燐とお空の心配そうな視線にも気付かず、片付けを始める。


結局、こいしはその日地霊殿に戻ってくることはなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


夢を、見た。

舞台は地上。登場人物は私とこいし。

私はその場に立ち尽くしていた。
こいしはずっと泣き続けていた。

なんとか泣きやんで欲しくて、私は手を伸ばそうとする。
だが、届かない。

どうして?

ならば言葉を出そうとする。
だが、声が出ない。

どうして?

私はその場に立ち続けることしか出来ない。

「私はただ……」

こいしの悲痛な声が漏れる。

「嫌われたくなかっただけなのに……。」

(待って……!)

立ち去ろうとするこいしを呼び止めようとする。
だけど体が動いてくれない。声も出せない。

(お願い、待って……!)

必死にそう思うも、こいしの姿はどんどん遠ざかっていく。
そして、完全に見えなくなって――

「こいしっ!」

バッ!と体を起こす。
そこには先ほどまでの風景はなく、いつもの自分の部屋が見えるだけだった。

「はぁ、はぁ……。」

(夢、か……)

額に違和感を感じて手で拭う。べっとりと汗が手についた。
額だけでなく、自分の全身が汗まみれになっていることに気がつく。
喉もカラカラにかわいている。

(何か飲みますか)

服も取り換えた方が良いだろうが、とにかく何か水分が欲しい。
私はベッドを出ると、台所へ向かった。

(それにしても、随分昔の夢を見たものね……)

水を飲んで少し落ち着いてから、先ほどの夢のことを考える。
あれは私たちがまだ地上にいた頃のこと。
そして……地底に行くきっかけになった出来事が起きた日。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


当時、私とこいしは人里から離れた小さな小屋に住んでいた。
だが完全に人間と隔離した生活を送っていた訳ではなく、
森で採取した動物の肉や木の実などを人里で生活用品と取り替えてもらったりしていた。
時々は人間の子供たちに交じって遊んだりもした。
決して裕福な暮らしではなかったが、私たちはその生活に満足していた。
『覚り』の能力に関してだけはばれないように注意しなければいけなかったが、
おおむねその頃の私たちは平穏な暮らしを送ることが出来ていた。

あの日、あの事件が起こるまでは。

きっかけは非常に単純だった。
普段は隠していた第三の眼を、こいしが転んだ際に人間の子供に見られてしまった。
それだけならばまだごまかしようがあったかもしれない。
だが、見られた相手が悪かった。
妖怪退治を生業にしていた家系の子供だったのだ。
その子供からしてみれば何気なく親にそのことを伝えただけだったのだろう。
恐らく、あの時にもう二度と人里へ下りないようにしなければあんなことにはならなかったかもしれない。
でも私たちは選択を誤ってしまった。

次の日、私たちは少し警戒をしながら、それでも人里へと向かった。
しかしそこに待っていたのは、化け物でも見るかのような視線だった。

(こいつら、妖怪だったのか!)
(ずっと俺たちを騙してたんだな!)
(心が読めるんですって……気味が悪いわ)

何も言われなくても、嫌でも聞こえてきてしまう心の声。
私は震えて手にしがみつくこいしを後ろに庇い、自分たちは確かに妖怪だが
人間に害をなすようなことは何もしないと主張した。

無駄かもしれない。でも言うだけのことは言うしかなかった。

(本当か?)
(怪しいな……油断させておいて一気に襲うつもりじゃないのか?)

「そんなことするつもりはありません!」

言ってからはっと手を口元にやるが、もう遅かった。
焦っていた為に、心の声に思わず反応してしまった。
人間の私たちを見る目が、疑惑から確信に変わった。


もう、誤解を解くことは無理だった。


ある人間はすぐに出て行けと言い、ある人間はいや、成長して危険に
なる前に今のうちに、と言う。別のものがそれに賛同する。
人間たちから流れてくる心の声がどんどん攻撃的になって来るのに気付き、
私はこいしの手を引いてその場から逃げ出した。

私はまだ良かった。
こいしよりも年齢が上だったから精神的にある程度成熟していたし、
人間というものに元々それほどの幻想を抱いていなかった。
だから、耐えることが出来た。

だけど、こいしの純真な心にはあの悪意の濁流を耐えろというのは無理な話だった。

私だって、二度とあんな体験はしたくない。
いくら耳をふさいでも目を閉じても、否が応にも心の奥底に響いてくるのである。
私は必死にこいしの手を引いて、とにかく走り続けた。

「はぁ、はぁ、ここまで来れば何とか……。」

森の奥深くまで逃げ込んでとりあえず一息つく。
この森は多くの妖怪が生息している。
自分から人里を襲うような妖怪はほとんどいないが、
そうそう人間もここまでは入っては来ないだろう。

(これからどうするべきかしらね……)

もう人里に行くことは無理だろうし、こいしをこれ以上危険な目には合わせられない。
何処か人間たちの目に触れない場所を探す必要があるだろう。

「こいし、大丈夫だった?」

こいしは私の手を引いたまま俯いている。
よく見ると、その目からは涙がこぼれていた。

「こいし、どうしたの!?」

慌ててこいしの体を調べるが、特に怪我をしたような様子はない。
恐らく、先ほどのことが余程ショックだったのだろう。
落ち着かせるために、今のこいしの心情を知ろうと心を読む。

「(……どう……て……私は……一緒に…………
  覚りだから?…………心を読めるなんて……
  こんな能力……)」

「……え?」

こいしの心の声が読みにくくなっている。途切れ途切れにしか聞こえない。

(まさか……!)

「こいし!こいし!」

肩を掴んで、顔をこちらに向けさせる。
上を向いたこいしの顔から、ポタポタと水滴がこぼれ落ちる。

「うぅ……ひっく、お姉ちゃん……」

目を赤く腫らして、私の胸に顔を押し付ける。

「どうして……?どうしてあんな風に思われるの?
 心を読めるから?それとも私たちが妖怪だから?」
「それは……。」
「私はただ……」

ぎゅっと私にしがみつく手に力が増す。

「嫌われたくなかっただけなのに……。」

こいしの悲痛な声が私の耳に響く。

こいしは覚りの能力を閉ざそうとしている。
今のこいしに何と声を掛ければ慰められてあげられるのだろう。
私には何が出来るのだろう。


……結局、私は何も言うことが出来なかった。
ただ、泣きやむまでこいしをずっと抱きしめてやることしか出来なかった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


(本当、情けない姉ね……)

今思えば、時期も悪かったのだろう。当時はスペルカードルールなんてものは
まだ出来ていなかったし、人と妖の関係も今のように友好的ではなかった。
でも、私がこいしを救えなかったことに変わりはない。

「……さとり様?」

後ろから突然聞こえた声に驚いて振り返る。

「お燐?それにお空も。どうしたの、こんな夜中に。」
「えと、夜中なのに物音がしたから……。」
「ああ、ごめんなさい。起こしてしまったかしら。」
「いえ、平気です。さとり様こそ、どうしてこんな時間に台所に?」
「少し喉が渇いてしまっただけよ。心配してくれてありがとう。」

「さとり様……大丈夫ですか?」

どきっとする。心配そうに見つめているお燐とお空からは他意は感じられない。
でも、私は先ほどまで考えていたことを見透かされたような気持ちになった。

「な、何のことかしら?」
「ごまかさないでください。今朝のことです。
 さとり様、すごく悲しそうな顔でこいし様を見ていました。」

お燐が厳しい口調で問い詰めてくる。
ああ、そんなに心配されるほど私はおかしかったのだろうか。

「ありがとう……でも心配しないで大丈夫よ。
 これは私の問題だから。あなた達まで巻き込む訳にはいかないわ。」

そうだ。これは私の問題。私の責任でこうなってしまった以上、
私が何とかしないといけない。

「そんな!そんなのってひどいです!」
「お空?」

今まで黙っていたお空の突然の大声に、私は驚く。

「えと、この間の事件が起きた後、さとり様言ってくれたじゃないですか!
 『今度何かあったら、ちゃんと私に相談するようにしてね』って。
 私、すごく嬉しかったんです!だからさとり様も困ったことがあったら私たちに相談してください!」

お空はそこまで一気に言いきると、少し息をつく。

「私、馬鹿だからあんまりさとり様の力になれないかもしれないですけど……。
 でもさとり様が悲しそうにしてるのに、何も出来ないなんて嫌です!」
「あ、あたいだって同じです!さとり様が困ったり悩んだりしてるんだったら、
 何か力になりたいです!」
「お空、お燐……。」

二人の優しさが、本当に私を心配している気持ちが心に流れ込んで来る。
耐えきれなくなって、私はお燐とお空を抱きしめる。

「う、うにゅ!?」
「あ、あの、さとり様!?」
「ごめんなさい……少し、少しの間だけでいいからこうさせて。」

お燐とお空は真っ赤になりながらも頷いて、私の背中に手を回してくれる。
それが嬉しくて、抱きしめる力を強める。少しずつ固くなっていた心が解れていく。
そうだ。私にはこんなに頼れる家族がいたんだ。

「二人ともありがとう。もう大丈夫よ。」

時間にして一分程度だっただろうか。
私は二人を抱きしめていた手を離す。

「ねえ、お燐、お空。一つ頼みたいことがあるのだけれど、いいかしら?」
「な、何ですか!?」
「さとり様の頼みでしたら、何でもします!」

興奮した様子の二人に頼もしさを覚えると共に、少し苦笑する。
一つ思いついた、いや、思い出したことがある。
こんなことをして何が変わるかは分からない。

(あの子は……喜んでくれるのかしら……)

不安な気持ちは尽きない。
第三の瞳を閉ざしたこいしの心は私でも読むことが出来ない。
好意を寄せてくれているようでも、本心が一致しているかなんて分からない。
嫌われているのかもしれない。煩わしく思われているのかもしれない。
分からないから……怖い。

でも、あの子が変わろうとしているのならば、私も変わる努力をしなくてはいけない。
私は決意を込めて、これから行うことの準備を始める。




――そして、数日が過ぎた――





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





今日も今日とて博麗神社には人妖がごった返している。
とはいえ本日は珍しく、人間に偏っている。
今神社にいるのは霊夢・魔理沙・早苗・こいしの四人である。

霊夢と早苗は縁側にてお茶を飲みながらまったりしている。
魔理沙とこいしは居間の方でおしゃべりをしている。

「あんたってさ。」

霊夢が魔理沙とこいしの会話に割り込む。

「ん?」
「話すこと、さとりのことばっかりよね。」
「そうかな?」
「そういえばそうだなー。」

と魔理沙。

「本当にお姉さんのことが好きなんですね。」

と早苗。

「うん!大好き!」

当然のように答えるこいし。
霊夢はその様子に微笑ましさを感じながらも、疑問に思っていたことを口にする。

「じゃあ、なんであんまり家に帰らないの?」
「あ、それは……。」

そこで少し言葉が止まる。
話すべきかどうか逡巡している様子である。

「あのね、お姉ちゃんには言わないでくれるかな?」
「内容にもよるけど、まあ努力するわ。」
「約束します。」
「口は固い方だぜ。」

約束だよ、と念を押してからこいしが口を開く。

「お姉ちゃんね、私が家にいると苦しんじゃうんだ。」
「……は?」
「脈絡が無さすぎるぜ。なんでこいしが家にいるとさとりが苦しむんだ?」
「んっとね、私って心を読む能力を閉じたって話は前にしたよね?」
「ええ。」
「お姉ちゃん、そのことを自分のせいだと思ってるんだ。」

こいしは地霊殿に来てすぐのことを思い出す。
あの当時は不安で不安でしょうがなかった。
広すぎる地霊殿が落ち着かなかったということもあり、
夜寝るときはいつもさとりと一緒に寝ていた。

「でもね、夜中に目が覚めた時、お姉ちゃんが魘されてたことがあったの。」

あれは地霊殿に来てから一週間後くらいだったろうか。
夜中に隣で聞こえる声に、こいしは目を覚ました。
なんだろう、と思い隣を見ると、さとりが苦しそうな顔で魘されていた。

「お姉ちゃん!?お姉ちゃん、しっかりして!
 ど、どうしよう、お水とか持ってきた方がいいのかな……。」
「……こ、いし……。」

どうすれば良いか分からずおろおろしていると、さとりから自分の名前が漏れる。

「大丈夫?私はここにいるよ。」

姉の手をぎゅっと握る。額の汗を拭いてやる。

「こいし……ごめんなさい……ごめんなさい……。」
「え……?」

突然のさとりからの謝罪の言葉に戸惑うこいし。
何のことか聞こうにも、姉は眠ったままうわ言のように謝罪を繰り返すだけだった。

「その時ね、気付いちゃったんだ。お姉ちゃん、あの時のことでずっと自分を責めてるって。」

こいしからすれば、確かに自分は心を読む能力を閉ざしたが、
それを姉のせいにするつもりなど全くなかった。
必死に自分を守ろうとしてくれて、悲しいことがあればいつも
何も言わずに抱きしめてくれた姉にこいしは感謝をしていた。
姉がいなかったら自分は心を読む能力だけでなく、心そのものを閉ざしていたかもしれない。

「私が能力を閉ざしたのはお姉ちゃんのせいなんかじゃないよって言いたかった。
 でも、責任感の強いお姉ちゃんだから、言った所で慰めになんかならないし、
 むしろ余計に傷つけちゃうかもしれなかった。だから私は何も出来なかったの。」

「それで、家を出ようと思ったの?」

霊夢がこいしの独白に割り込む。

「うん。あのままずっと私が家にいたら、お姉ちゃん、ずっと
 自分を責めちゃうと思ったから。」

「でも、それでは根本的な解決には……。」

「うん。時々気付かれないように様子を見てたんだけど、やっぱり元気がなかった。」

そんな姉の姿を見るのがこいしは辛かった。
もどかしい気持ちを抱えながら、自分に出来ることが他にもないか、必死になって考えた。

「でもね……ある時戻ったらね、お燐とお空がいたの。」

いつもの様にさとりの様子を窺いに来たこいしが見たものは、
姉にじゃれついている一匹の猫と一羽の烏、そして苦笑いをしながらも
その相手をしている姉の姿だった。

「お姉ちゃん、困ってたけどすごく嬉しそうだった。」

まるで自分のことのように、こいしは嬉しそうに言う。

「だから私ね、お燐とお空にはすごく感謝してるの。
 お姉ちゃんが壊れないで済んだのは、あの二人のお陰だから。
 私をずっと守ってくれたお姉ちゃんを助けてくれたから。」

だから、安心して家を出ることが出来た。

「それでもたまにお姉ちゃんが恋しくなった時は家に戻っちゃうんだけどね。」

ぺろ、と舌を出してこいしは話を締め括った。

しんみりとした空気が流れる。
霊夢も早苗も魔理沙も、何を言っていいか分からずにただ黙っている。


そんな空気が突然、二つの声によって壊される。


「「こいし様、見~つけた!」」
「へ?」

こいしが振り向くと、燐と空がものすごいスピードで突っ込んできた。
そのままストップすることなく居間まで突っ込んできたために、部屋の中が大惨事になる。
余りのことに四人とも呆然としている。
突っ込んできた二人はそのままこいしの方へ向かう。

「ちょ、ちょっとどうしたの?何か二人とも目が怖いよ?」
「こいし様、お持ち帰りさせて頂きます!」
「失礼!」

燐と空は息の合った動きでこいしをひったくるように抱える。

「ちょ、ちょっと何~?私は死体じゃないよ~?」
「「問答無用!」」
「わあああぁぁぁぁ……。」

そして来た時と同じようにすごいスピードで飛び去っていく。
そのまま三人ともあっという間に見えなくなってしまった。
まるで台風が襲来したかのような出来事に固まってしまっていた霊夢達だが、
霊夢の一言で場が動き出す。

「……誰が片付けると思ってるのよ、これ……。」
「あ、あの、私も手伝いますから……。」
「おっと、そういえば私は用事を思い出したぜ、じゃあ」
「「逃げるな」」
「……はい。」

箒に乗って飛び去ろうとした魔理沙だったが、霊夢と早苗の怒気交じりの声に
すごすごと箒から降りる。

「ま、何だかんだでさ。」

居間の片づけをしながら、霊夢がポツリと言う。

「さとりもこいしもちょっとすれ違ってるだけで両想いみたいなもんだし、
 多分何とかなるでしょ。」
「そうだな、そう思うぜ。」
「……そうですね、そうだといいですね。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっと~、何処に連れていくつもりなの?」

嫌がっている訳ではないが、状況がさっぱり理解出来ていない様子である。

「お願いします、今は何も言わずについて来て下さい。」

燐の余りの真剣な目に、こいしも思わず息を飲む。

「……うん、何だかよく分からないけど、とりあえず分かった。」
「ありがとうございます!」

燐と空はこいしを抱えたまま飛び続ける。

「到着~!」
「あれ、ここって……。」

到着した場所はこいしもよく知った場所だった。

「地霊殿だよね?」

何処に連れて行かれるかと思ってたら、見知った場所で拍子抜けといった感じのこいし。

「こいし様、申し訳ないんですけどちょっとだけここで待って頂いてもいいですか?」
「え?うん、分かった。」

呆然としているこいしを置いて、燐と空は地霊殿に入っていく。
こいしは何をするでもなく、その場に佇む。
ドアの向こう側から燐や空の声が聞こえる。

「さとり様!こいし様の連行、完了しました!」
「ちょ、ちょっと連行って一体何したのよ。私はちゃんと
 こいしの了解を取ってきてからって……。」
「細かいこと気にしたら駄目ですって!
 パァっと派手にやりましょう!」

(あれ?お姉ちゃんも何のことか知ってるのかな?)

「こいし様、もう入っていいですよ!」
「あ、うん、分かった。」

まあいいや、入れば分かるでしょと覚悟を決めて、こいしは地霊殿の扉をくぐる。








パン、パン、パパァン!!!








「わ、わわ!」
「「こいし様、お誕生日おめでとうございます!」」

手にクラッカーを持った燐と空が口を揃えて言う。

「へ?誕生日?」
「そうよ、今日はあなたの誕生日でしょう?」

二人の後ろからさとりが姿を現す。

「あ、お姉ちゃん、その……。」
「なあに、もしかして自分の誕生日も覚えてなかったの?」
「え、いや、そういう訳じゃないけど……。」

こいしは混乱していた。
有り体に言うと、目の前の光景が信じられなかった。

「覚えていて……くれたの?」

誕生日なんて自分でも忘れかけていたし、その日を祝うということ
なんてそれこそ地上にいた時以来やった覚えがない。

「ふふ、妹の誕生日を忘れる姉がいるもんですか。
 ほら、そんなとこに突っ立ってないでこっちにいらっしゃい。
 今日は腕によりをかけてご馳走を作ったんだから。」
「う、うん!」

ぱたぱたと走るこいしにさとりは笑みをこぼす。

(良かった。とりあえずは喜んでくれてるみたい)
 
でも、これだけで終わってはいけない。
こいしに伝えなければいけないことがある。

「うわぁ!すっごーい!」

居間に用意された料理を見て、こいしが感嘆の声を上げる。
並んでいる料理は、ローストチキン、魚の香草焼き、海藻のスープ、
サラダ、パン、リンゴのタルト、ワインと言った洋風なパーティ料理。
そして中央に大きなケーキが鎮座している。

「ねえねえ、これ全部お姉ちゃんが作ったの!?」

興奮した様子で問いかける。

「いえ、さすがにお燐とお空にも手伝ってもらいました。」

これだけの料理を一人で作るのは、いくらさとりでも厳しかった。

「材料は私たちが地上から調達してきましたー!」
「あたい達、頑張ったんですよ!」
「うん!お姉ちゃんも、お燐も、お空も、ありがとう!
 すっごく嬉しい!」
「そんなに喜んでもらえるとこっちも準備した甲斐があったわ。
 ほら、せっかくの料理が冷めない内に食べましょう。」
「うん!」

パーティは和やかに進んだ。こいしは料理に舌づつみを打ちながら、さとりに話しかける。
さとりはこいしの言葉一つ一つに相槌を打ったり、感想を言ったりする。
燐と空も余り食べたことがない洋風の料理を大喜びで食べ続ける。
ワインを少し飲んだだけで酔っぱらってしまった空が燐に抱きついて頬ずりをして、
燐が真っ赤になるというハプニングもあったが、全員笑顔であった。

用意していた料理も大分減ってきたところで、頃合いとばかりに
さとりが懐から小さな箱を取り出す。

「こいし……はい、誕生日おめでとう。」

さとりはこの日の為に用意した小さな箱をこいしに渡す。

「わぁ、ありがとうお姉ちゃん!ねえ、開けてもいい?」
「もちろんですよ。」
「何が入ってるんだろ~。」

かさかさと包装を解いていく音が響く。
さとりはそれを緊張した面持ちで見つめていた。

「これ……ペンダント?」
「うわぁ~、綺麗なペンダントですね!」
「先っちょについてるの、なんだろ?」

こいしがペンダントの先端を手に持っていく。

「猫と烏のキーホルダーと、あと一つは……鍵?」

さとりがこいしにプレゼントしたのは三つの飾りをつけたペンダント。
一つは猫のキーホルダー。これはお燐をイメージしている。
一つは烏のキーホルダー。これはお空をイメージしている。

「お姉ちゃん、これって……?」

最後の一つ。それは何の変哲もない、ただの鍵であった。
それ自体には、はっきり言って意味はない。
そもそも地霊殿に鍵など掛けてはいない。
これはあくまで、さとりの意思を伝えるための鍵。

さとりはこいしの手を取り、ペンダントの先端の鍵をきゅっと握らせる。

「ここはあなたの家なんだから、遠慮しないでいつでも帰ってきて良いのよ。」

どうしても伝えたかったこと。今まで伝えられなかったこと。

「お、お姉ちゃん……。」
「ううん、そうじゃないわ。私がこいしにいて欲しいの。
 もちろん、こいしが嫌じゃなければだけど。」

ぶんぶんぶんと首を振る。

「そんなことない!私だってお姉ちゃんとずっと一緒にいたい!
 で、でも、私、ここにいてもいいの……?」
「そんなの、決まってるでしょう。だって。」

そこで一息つくと、さとりはこいしの目をじっと見つめる。

「あなたは私の、たった一人の大切な妹なんだから。」
「お姉ちゃん……お姉ちゃんー!!」

堰を切ったようにこいしの瞳から涙が溢れ出る。
こいしはそのままさとりの胸に飛び込んだ。
さとりはそれを優しく受け入れる。

「こいし……。私は不甲斐ない姉だけれど、あなたのことが大好き。
 だから、あなたの傍にいても良いかしら?」

その言葉に、こいしは姉の胸にこすりつけるように顔を振る。

「そんなことない!お姉ちゃんは世界で一番のお姉ちゃんだよ!
 私だってお姉ちゃんのことが大好き!だから一緒にいたい!」
「こいし……ありがとう。」

さとりとこいしは、今までの空白の時間を埋めるように、
ずっとお互いを強く抱き締め続けた。

(良かったですね、さとり様)
(やっぱり、さとり様は笑顔が一番素敵だよね!)

燐と空も、その光景を優しげな眼差しで見つめていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


エピローグ


「それじゃあお姉ちゃん、行ってきます!」

今日も今日とてこいしは地上の方に遊びに行く。

「あ……こいし。」

玄関に向かおうとするこいしを呼び止める。

「ん?なあに、お姉ちゃん?」

引き止めるつもりはない。こいしが地上に行くこと自体は良いことだ。
さとりも、以前のようにモヤモヤした気持ちにはなっていない。
こいしの帰るべき場所はここだけなのだから。
だから、さとりは笑顔で言う。

「晩御飯までには帰ってきなさいね。」

こいしはぽかんとしていたが、
我に返ると万面の笑みになって大きく頷いた。

「うんっ!」

それはさとりが今まで見てきた中でも、一番綺麗な笑顔だった。




――その後、地霊殿の夜の食卓からは四つの幸せそうな笑い声が毎日のように聞こえるようになったという――



~Fin~
地霊殿一家は皆仲良しだと信じて疑っていないrenifiruです。
お姉ちゃん大好きなのに家に帰ろうとしないこいしの心情ってどんな感じ
なんだろうなー、と想像してこんな話になりました。
お互いを想い合うが故にすれ違ってしまっていた二人を書こうとしたのですが、
上手く書けたかどうか自信がありません(汗)

それでは、最後までお読み下さって、ありがとうございました!

P.S.
こいさとはジャスティス!
renifiru
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
貴方とはいい酒を飲めそうだ・・・未成年だけど
8.100名前が無い程度の能力削除
なんてアットホームで素敵な地霊殿なんだ。
10.100名前が無い程度の能力削除
純粋に良い作品です。

もっとやれ!
13.100七人目の名無し削除
良い姉妹、良い作品でした。
16.100名前が無い程度の能力削除
心が暖まる話だ。やはり地霊殿はこうでなくっちゃ。
17.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい家族。

良い作品をどうもありがとうございました。
18.100名前が無い程度の能力削除
イイ!理想的な地霊殿ストーリーだ!
21.100名前が無い程度の能力削除
枯渇していた古明地姉妹分が補給されました。また明日からも戦える。
23.100名前が無い程度の能力削除
ジャスティスをありがとう!!
30.無評価renifiru削除
皆様、コメント頂きありがとうございます!
全部100点を付けて頂けるなんて、夢でも見ているようです。

>>3様
未成年でも構わないので是非飲みましょう!(ぇ

>>8様
アットホームさを目指して書いたので、そう言って頂けると嬉しいです。

>>10様
ありがとうございます!もっと精進してもっとやれるように頑張ります。

>>七人目の名無し様
コメント頂きありがとうございます!
さらに良い姉妹を書けるように精進します!

>>16様
地霊殿はほのぼのが一番合うと思います。

>>17様
ほのぼのしている家族が好きなので、そう言って頂けて大変嬉しいです!
ありがとうございます!

>>18様
理想的と言って頂けて大変嬉しいです!
ストーリー自体はちょっとありきたり過ぎたかと思わなくもないんですが(汗

>>21様
私ごときの作品で古明地姉妹分を補給して頂けたとは……!

>>23様
こいさとって良いですよね!
38.100名前が無い程度の能力削除
あったかくていいねぇ
39.100名前が無い程度の能力削除
にやにや
42.100名前が無い程度の能力削除
あたたかいな
45.100名前が無い程度の能力削除
なんて暖かいさとこい・・・!

ペットコンビの関係も微笑ましくて、2828しながら読ませて頂きました
47.100名前が無い程度の能力削除
はぁ最高だこの話
自分がもっとも好きな理想の地霊殿です
百点しか付けられないのがもったいない