・このお話は、パロディ要素が含まれています。また、キャラの違う描写があります(特に勇儀とヤマメ) これらのキャラが好きな方、価値観を壊されたくない方は、申し訳ありませんが戻ることをお勧めします。
・また、以前に書いた作品「追跡・星熊勇儀」、「可愛い姐さんを見てみたい」と世界観を共有しております。単品でも読めるように最大限配慮したつもりですが、もし気になられた方は、前作を読んでいただけると、とても嬉しいです。
飲めや騒げや喧嘩をしろや。今日も今日とて地底の大通りは下卑た声と極彩色の灯りとで、目にも耳にも優しくない。地底の冬は、毎年と言っていいほどに乱痴気騒ぎが起きる。それを肴にしながら酒を飲み、騒ぎに首を突っ込むのが地底流の冬の過ごし方である。
そんな静けさとは無縁の一角で、水橋パルスィは一軒の茶屋にいた。五月蠅いのは時節柄仕方がないので、もはや諦めている。そんな中でこの茶屋の団子は、パルスィの密かな楽しみの一つだった。
「パルスィ、話を聞いてくれないか」
「他の席に行け。私は団子を食べるのに忙しいの」
何故、こうも一人で楽しみたいときに、邪魔が入るのだろうか。パルスィは目の前に座っている黒谷ヤマメに、雪女もかくやという冷たさで一言を放ち、団子を一口かじる。あら、やっぱり美味しい。
ほころんだパルスィの顔を見ながら、ヤマメはまじめな表情を崩さないでいた。少なくとも、パルスィが知る限りで、目の前の土蜘蛛妖怪が五つ指を折るまでの間、真面目な表情をしていたことは記憶にない。茶々も挟まずに待っているヤマメの姿を見て、ようやくパルスィは言葉をかける。十中十ろくでもない話だろうと思いながら。
「……用件は何よ。早く言いなさいな」
「実はね……実は…」
ヤマメはたっぷりと間を置いた。それこそパルスィが団子を食べ終え、お茶を注文するほど長い間。出されたお茶をすすりながら、やっぱりろくでもないことなんだろうなとか、もう一本お団子食べたいな、どうしようかなとパルスィは考える。
「勇儀に『いいヤツ』が出来た」
とりあえずパルスィは、返事の代わりに茶を吹き出したのだった。
「星熊勇儀に『いいヤツ』が出来た」
以前にもこんな噂が流れたことがあった。その際にヤマメ、パルスィ、キスメの三匹で調査を行ったが、都の外れにいる子猫と狼に会いに行っていたどいうのが真相だったのだ。
今回もどうせそんなしょうもない話だろうと思っていたが、ヤマメの話には続きがあった。今回は、実際に目撃したものが何匹もいるのだ。
「実際に私も見たんだよ。まだ子供っぽさの残る男の子の妖怪でさ、そいつを勇儀が家に招いているところを」
パルスィはヤマメの顔をごしごしと拭きながら、その話を聞いていた。確かに、ここ最近は勇儀も仕事が忙しかったらしく、一緒に飲んだりはしていなかったのだが、まさかそんなことがあったとはと、へえと相槌をうつ。嫉妬する気が起きないのは、多分真実は違うということがわかりきっているからだった。
「若衆の奴らも聞きたいけど聞けないみたいでさ、また私たちに話が回ってきたのよ」
「『たち』をつけるな『たち』を。大体、なんで私まで参加することが確定してるのよ」
「ええ?パルスィ、そりゃ困るよ。アンタにも役割あるんだから」
「役割?」
「私が情報収集して、アンタが乗り込んで『この泥棒猫』って怒る。キスメが謝る。万事解決。オールルァイト」
「わかったわ。この泥棒猫」
そんな軽口をたたき合いながらも、二匹の足は既に勇儀の家に向かっている。ちなみにキスメは道中で本人が気づかぬうちに、ヤマメによって拉致されている。妖怪三匹は勇儀の向かいに建っている居酒屋になだれ込むと、二階の部屋を借りて、監視の準備を始めた。
「しっかしまあ、本当にするの?」
「ここまできたからには、すべてを解明するまで私は諦めない……お、来たみたい」
少しだけ開けた窓の先には、勇儀の家が視界に入る。その玄関で、勇儀と件の少年妖怪が、一緒に家に入っていく様子を見ることが出来た。
「……本当ね。連れ込んでる」
「だろう?さて、早速だが作戦を開始しよう」
そういうと、ヤマメはごそごそとポケットから何かを取り出した。取り出したそれは、紙のコップの底に糸が括り付けられている。ちなみにキスメは未だに自分がここにいる意味を理解できておらず、とりあえず地獄牛のもつ煮を人数分頼んでいた。
「糸電話、というやつに私の糸を合わせた特別品さ。貼り付けた先の音がこのコップから流れてくるって仕組み。しかも、相手側には私たちの声は聞こえない」
「なにそれこわい」
「というわけで、ファイア!」
ヤマメの掛け声とともに、糸は窓からしゅるしゅると伸びていき、勇儀宅の壁にぴたりと張り付いた。少しの間糸の長さや硬さを調節すると、置かれた紙コップから、勇儀と思しき声が聞こえてくる。
とりあえず腹ごしらえをしないとね。適当に作っちゃうけれど、大丈夫かい?
「感度良好、これより監視に入る」
気分はすっかり隠密なのか、自分の世界に入っているヤマメを置いても、確かに一方的に相手を監視するという緊張感、しかも相手は自分も見知っている間柄なのだ。悪いことをしているという感情は確かにあるが、そこは妖怪。しかも地底に住まう筋金入りの、である。微かな緊張感と楽しみが、知らずパルスィの顔に笑みを浮かべさせていた。
紙コップからは包丁で食材を切る軽快な音と、勇儀と少年の雑談が聞こえる。どうやら少年妖怪は料理の手伝いを申し出たようで、二匹の会話を聞いていると、いいヤツというよりかは兄妹の会話のようにも感じられた。
「しかし、前々から思っていたけど勇儀って乙女力(おとめちから)高いよなあ」
もつ煮をかきこんでいたヤマメが箸をとめて突如呟く。確かに、地底の顔役であったり、騒ぎによく顔を突っ込んだりと、どちらかといえば男前なイメージが付きまとう勇儀ではあるが、その実として女の子らしい一面も持っている。裁縫などはお手の物であるし、料理も今聞こえてきたように難なくこなせる。しかも味は折り紙付きだ。
以前にヤマメが催眠術を地底の妖怪たちにかけていたことがあった。その時に勇儀だけが催眠にかかり、いわゆる『乙女』としての勇儀の一面を見ることが出来たが、存外見た目によらずに少女趣味な部分が強いのかもしれない。そんなことを考えていると、ふと気になる会話が聞こえてきた。
そんな切り方じゃあ手を切っちまうよ、こうやって持つんだ……そう、上手上手。
「なんというEOPだ……二千、三千、くそっ、まだ上がってやがる!」
「なによ、そのいーおーぴーって」
「E(エッチな)O(お姉さん)P(パワー)」
「ああ、忘れてた。貴女バカだったわね」
少年妖怪に調理を教えているのだろう、いつもとは少し違う丸みを含んだ声を聴いていて、軽口をたたき合いながらもパルスィは思う。
なんかむかつくと。いらっとくると。
気が乗ってきたのか、鼻歌を歌う勇儀に少年妖怪が質問をした。他の皆さんも料理が出来るのですかと。その質問に楽しそうに勇儀が返す。
ああ、地霊殿の古明地は料理上手だねえ。あそこは全員で家事をやるからね。水橋のやつも上手い。とくにあいつの漬ける漬物は絶品さ。それに、鶴瓶落としのキスメっているだろう?あの子は菓子作りが得意なのさ。
少年妖怪は感心しながら勇儀の言を聞いている。自分のあずかり知らぬところで褒められるというのは、中々にくすぐったいものだ。ちなみに褒められていたキスメは何故か店の手伝いをしている。彼女が下種外道が集う地底の妖怪たちに愛されているのも、このようなところから来ている。
何故か紹介されなかったヤマメは、怒りのあまりに妖気が目に見えるほどに気が立っている。そんなヤマメのことを気遣ったわけではないだろうが、少年妖怪はヤマメさんはどうですかと聞いていた。
ああ……ヤマメはね、うん……まあ……。作れるね、料理。
「パルスィのことかぁああーっ!!」
「おもいっきりアンタって言ってたじゃない」
びっくりするほど髪の毛を逆立てながら「これが、スーパー地底人だ……」とほざいていた。なるほど自分の能力で頭がパーになっているのだろう。
ヤマメの名誉のために言っておくならば、決して料理が下手なわけではない。むしろ上手な方である。しかし、時々独創的な味付けを試したがる癖があり、そういう時に限って勇儀が出くわしてしまい、食べているからであり、つまりは自業自得である。
パルスィたちが食事をだらだらと酒を飲んでいると、勇儀たちも食事が終わったようであった。その間にも雑談はあったが、なんというか、パルスィの感覚では本当に「雑談」だった。たしかに雰囲気はよいのかもしれないが、先ほど考えていた兄妹という考えのほうがしっくりくるような。
本当に、知り合いの子供を預かっているだけなのかもしれない。というか、そのほうが自然な流れだろう。あの勇儀が周りに何も言わずに、また騒ぎにならずにいいヤツを作るだろうかと。しかし、次の瞬間にそんな考えは消し飛んだ。
じゃあ、今日も……しようか。
パルスィが膝を立てる。何故かヤマメは腕立て伏せの態勢で窓から身を隠していた。
ちなみに未だスーパー地底人のままである。なんかオーラがうるさい
「パルスィ!パルスィ!」
「静かにしなさいって!けど、まさかね……」
見た目は可憐な少女妖怪であるが、やっていることはただの出歯亀である。一切を喋らなくなった妖怪二匹はひたすらに紙コップから聞こえてくる音に神経を集中させる。手伝いを終えたキスメは、そんな二匹の様子を見て察したのだろう、何も言わずにちびちびと酒を舐めた。
そうそう、うん、上手上手。
「何が上手なんだ……何がうめえんだよお!言ってみろよぉ!」
「どうしてアンタそんなぶっち切れてるの?」
なんかさらにパルスィの視界に映るオーラがやかましいことになっている。ヤマメに聞くと、スーパー地底人2とのことだった。多分これは3までいくのだろう。
「なんかさ、羨ましいじゃん。密かに小さな妖怪を、こう……ねっ!?」
「ねっじゃないよ」
「手取り足取りナニ取りしたいじゃん」
「アンタのその素直な性格、嫌いじゃないわよ」
知り合いの行動を盗み聞きながら、下種な話題をする。これこそが地底くおりてぃである。二匹は会話を中断すると、再び勇儀達の監視に注力する。だが、勇儀が時折少年妖怪に指導をするようなものを除くと、会話も音もほとんどない。
(何かを作っているのかしら?)
パルスィは、今までの会話の内容からそう推測する。なるほど何かを作っているのであれば、勇儀が家に招いているのも理解できる。少年妖怪が内緒で何かを作りたいと思い、勇儀を訪ねた。そんなところだろう。というより、以前の騒ぎの時もそうだったが、勇儀に直接聞いてしまうのが一番手っ取り早いのだ。
もうここまでくると、パルスィは噂が結局法螺だったことを確信していた。この瞬間から、興味の対象が勇儀からヤマメに移る。
あっ、そんなに強くしちゃだめだよ
瞬間、ヤマメを見ると、髪は腰まで伸び、オーラはさらにやかましくなり、オールバックになり、そして眉毛が無くなった。
「これが、スーパー地底人3だ……!」
「なんでゴリラみたいな顔になってんの?」
最早我慢ならん、直接見に行く!と予想の斜め上な発言をしたヤマメに引っ張られて、パルスィは一緒に勇儀宅の玄関前に立っていた。ちなみにキスメは店を出るときに帰してある。またねと手を振る姿を思い返して、やはりこんな阿呆なことに突き合わせなくてよかったと思える。
ヤマメが指から糸を放つと、それは玄関の硝子を音もなく突き抜ける。手を慣れた手つきで何度か動かすと、かちゃりという音とともに錠が外れた。
「さて」
「待て」
流石に今の行動に突っ込みをいれずにいられるほど、パルスィは大らかではない。小声でどこでそんな業を身に着けたかとヤマメに問うと、生まれた時からこれくらいの芸当は出来ると言ってのけた。もちろん未だオールバックで眉毛はない。今度から家の鍵を変えておこう。パルスィは心の中で頷く。ヤマメはそのままずんずんと居間へと向かっていくと、息をするのと同じくらい自然に、居間への襖を開けた。
「勇儀ィ!私も交ぜ……」
勇儀の「うおっ」という声を聞いて、パルスィもヤマメに続く。恐る恐るといった体で居間をのぞき込む。
小さな綿入りの人形と、それを必死に作っている少年妖怪の姿。そこまではある意味でパルスィの予想通りの光景であったが、一つ、決定的に違っている部分が目に入る。
少年妖怪と同じように、針と人形を持つ勇儀。顔は真っ赤になっており、その周囲には、いくつかの人形が転がっている。その中に、パルスィは自分の姿を模した人形が作られていることを知ったのだった。
「全く、翁のやつにも参ったが、あんたたちにも参ったよ」
とりあえずなし崩し的に勇儀の家で噂の真偽を確かめるという名目で呑み直しになったのだが、結局のところ、噂はやはり噂だっということであった。少年妖怪は地底の目抜き通りにある、とある居酒屋の息子であったが、どうやら家族や兄妹達に日頃の感謝を込めて何かを作ろうと思ったらしい。そこで、店の常連である古鬼になにかいい案はないか尋ねてみたところ、勇儀に行き着いたとのことだった。翁、というのはその古鬼の愛称である。勇儀がこのようなことを得意だと知っている、数少ない妖怪の一匹だ。
「あんまり言いふらさないでおくれよ。恥ずかしいんだから」
「いや、どっちにしても配るつもりならばれるじゃない」
「そういうことじゃなあいんだよ……」
ため息をつきながら、勇儀は盃を片手に、そして酒瓶を逆の手に持ち腰を下ろす。顔が赤いのは酒のせいではないのだろう。ちなみにヤマメはまだスーパー地底人3である。オーラの音がやはりやかましいのだが、それにすら突っ込まないところを見ると、案外真面目にショックだったようである。慰めるのは柄ではないのだが、仕方がないと、パルスィは勇儀が作ってくれたであろう人形を手に取る。手のひらサイズの綿入り人形は、微笑みを浮かべている。
「そんなに落ち込むほどじゃないでしょう。そこの子にも教えられる位の腕前なんだから。とっても上手よ、このお人形」
「ああ、ありがとう。いや、けど違うんだよう」
「だぁかぁら、何が違うのよ」
勇儀は両手の指先だけを合わせ、「笑わない?」という言葉と共に上目遣いにパルスィを見る。なんとなく女の子っぽさが前面に出ているその仕草に、不覚にも今回の騒ぎで初めての軽い嫉妬を覚えた。
「……恥ずかしいじゃないか。こんな大柄な鬼がさ、人形作りをしているなんてさ」
「だから秘密にしてたの」
「いや、秘密ってわけじゃあないんだ。ガキの頃に、編み物とか料理とか作っててさ、その時にもっとかわいいものを作りたいなあと思って……だから、練習だけはしてたんだ」
「……ああ、つまり作っていることが恥ずかしいんじゃなくて、自分が人形を作っている姿を他の妖怪に見られたり、想像されたりするのが恥ずかしいってわけね」
「そういうこと」
「なんともまあ、可愛らしい。けどいいじゃない。そんなことで周りがアンタを見る目を変えることは無いだろうし、逆に今以上に慕われるかもよ。妬ましい」
段々と自分の中にジェラシーパワーがたまっているのには気付いているが、さすがに今は間が悪いと、それを押しのけて勇儀にこんこんと話す。すると、少年妖怪が屈託の無い笑顔で言う、奥の間にある勇儀さんの作品なんて、もっとすごいんですよと。
「何、他にもあるの?」
「いやまあその……ある」
「見せてもらってもいいかしら?」
「……わ」
「わ?」
「笑わない、か……?」
顔を真っ赤にしながら、勇儀はパルスィに問う。身体を縮こませてながら問いかけるその姿は、普段の勇儀の姿とはまるで別人に見えて、その落差にパルスィのジェラシーパワーはそろそろ臨界値を迎えようとしている。だが、まあ下種いことをおこなっていたのはこちらである。笑わないわよと返すと勇儀はぱあっと顔を明るくさせながら自室へと向かっていった。ちなみに騒ぎの元凶であるヤマメは、普段通りの姿に戻っている。真相を知って興味を失ったのだろう。勇儀が作った肴に舌鼓をうっていた。
勇儀が戻ってくるまでの間、パルスィは少年妖怪に話しかける。勇儀のことをどう思うと。少年妖怪は頭をかきながら正直、と前置きをしたうえで、こう答えた。
実際にお話をするまでは、とても怖い人だと思っていました。
鬼たちのまとめ役であり、地底の顔役の一角でもある。そんな印象を持ってしまうのも、それは仕方のないことだろう。だけど、と少年妖怪は言葉を続ける。
とっても、とっても、素敵な人だと思います。
嬉しそうに、楽しそうに、少年妖怪はここ数日間の出来事を話し始める。丁寧に教えてくれた、作ってくれた料理が美味しかった、普段から付き合っているパルスィたちとは違い、少年妖怪にとってはいい思い出になったのだろう。所々に相槌を打ちながら、知らずパルスィは笑みを浮かべていた。少年妖怪の頬がうっすらと紅潮していることには気づいていたが、あえて黙っておくことにした。それが地底のやさしさである。
「なんだい少年、もしかして惚れちまったかい?」
前思撤回である。
けらけらと笑いながら、ヤマメが問う、それまでの表情は何処へやら、少年妖怪は恥ずかしそうな表情を浮かべて押し黙ってしまう。そんな会話を続けていると、今になってまた恥ずかしくなったのか、頬をうっすらと染めながら勇儀が戻ってきた。沢山のぬいぐるみを抱えながら。
大きな笑顔のキスメ人形。あくどい顔のヤマメ人形。そして、口をへの字に曲げたパルスィ人形。他にもジト目のさとり人形に、無邪気さを感じるこいし人形。にこにこ顔のお燐人形とお空人形は、仲良く寄り添っている。他にも、知り合いの妖怪たちの人形が、というよりかは大きさ的には最早ぬいぐるみと言ったほうがいいのだろうが。が、まだ自室にはたくさんあるという。
パルスィは自分を模したぬいぐるみを、勇儀から受け取る。その不機嫌そうな表情が、自分で見ても憎たらしいほどに似ていることからも、勇儀の腕前は想像以上の者であった。ヤマメも自分の人形をしげしげと見つめて、その出来の良さに感嘆としている。
「ご、ごめんようパルスィ、なんかさ、その表情が一番パルスィらしいっていうかさ、その」
「上手ね、とても、妬ましい」
完全に予想外の評価だったのだろうか、勇儀はしばらくきょとんとしていたが、少しずつ、顔が明るくなっていき、とても綺麗な笑顔を見せたのだった。
「妬ましい」
まだまだ冷え込みが厳しい地底の冬。そんな寒さと、地底の妖怪たちは時に酒で、時に祭りで、時に喧嘩で付き合っている。そんな妖怪たちの火照りも一瞬で冷ますほどの嫉妬を込めて、パルスィは呟く。そんなジェラシーパワー全開真っ只中の隣で、ヤマメはまあまあと返した。
件の夜から数日。少年妖怪は無事に人形を作り終えた。渡された母親妖怪は、涙を浮かべて喜んでいたという。
それだけならばよかった。しかし、話には続きがある。少年妖怪が勇儀に師事していたことが、ばれたのだ。うっかり母親妖怪が店の客に話してしまったらしいのだ。だが勇儀は笑いながら構わないさと言っていた。なんだかんだで吹っ切れたようである。
勇儀は、今まで作りながらも渡せなかったぬいぐるみを、知り合いたちに渡し始めた。もちろんパルスィも受け取った。それに伴って勇儀の人気がさらに上がったのだ。ぬいぐるみを受け取った鬼の若衆は言う。普段見せている快活な姿と、ぬいぐるみを作っている姿、それを想像するとたまらないのだと。
そんなこんなで、行く先々で勇儀の話を聞かされたパルスィは、ジェラシーパワーが全開になっているのである。そんな姿を見かねて、ヤマメがパルスィを連れ出したのだ。向かった先は地霊殿である。
たどり着いた二匹は、じゃれついてきた動物たちを相手にしながら、さとりの執務室へと向かう。そこにいたのは、さとりとこいし、そして勇儀だった。だが、普段となにかが違う。ヤマメは気付いた。服だ。勇儀の服がメイド服になっていたのだ。
「あら、お二人ともいらっしゃい」
「ちっす、さとり。んで、勇儀とこいし嬢は何やってんのさ?」
「ああ、こいしがこの前貰ったぬいぐるみのお礼にと、メイド服をプレゼントしたみたいでして」
「似合う似合う~」
「そ、そうかな」
間延びしたこいしの言葉に続いて、勇儀はぎこちない笑みをヤマメたちに向けた。
ロングスカートのクラシカルなメイド服は、すらりとした体躯の勇儀に、非常にマッチしている。
「おお、勇儀。似合うじゃん。それで通りを歩いてみなよ、もっと信者が増えるさ、なあ、パル……」
ヤマメがパルスィに視線を向けると、何故かパルスィがでかくなっていた。そして白目になっていた。
「似合いすぎじゃないのよ……そのスタイル、妬ましい。喧嘩が強くて男前、妬ましい。女の子らしい、妬ましい。とどめに綺麗でかわいい。妬ましい、妬ましい……んん、んんぬああぁぁ……!」
「あ、これやばいかも」
直後、ジェラシーパワーが爆発した。ジェラシーがボンバーした。執務室は吹き飛び、さとりは泣いた。
・また、以前に書いた作品「追跡・星熊勇儀」、「可愛い姐さんを見てみたい」と世界観を共有しております。単品でも読めるように最大限配慮したつもりですが、もし気になられた方は、前作を読んでいただけると、とても嬉しいです。
飲めや騒げや喧嘩をしろや。今日も今日とて地底の大通りは下卑た声と極彩色の灯りとで、目にも耳にも優しくない。地底の冬は、毎年と言っていいほどに乱痴気騒ぎが起きる。それを肴にしながら酒を飲み、騒ぎに首を突っ込むのが地底流の冬の過ごし方である。
そんな静けさとは無縁の一角で、水橋パルスィは一軒の茶屋にいた。五月蠅いのは時節柄仕方がないので、もはや諦めている。そんな中でこの茶屋の団子は、パルスィの密かな楽しみの一つだった。
「パルスィ、話を聞いてくれないか」
「他の席に行け。私は団子を食べるのに忙しいの」
何故、こうも一人で楽しみたいときに、邪魔が入るのだろうか。パルスィは目の前に座っている黒谷ヤマメに、雪女もかくやという冷たさで一言を放ち、団子を一口かじる。あら、やっぱり美味しい。
ほころんだパルスィの顔を見ながら、ヤマメはまじめな表情を崩さないでいた。少なくとも、パルスィが知る限りで、目の前の土蜘蛛妖怪が五つ指を折るまでの間、真面目な表情をしていたことは記憶にない。茶々も挟まずに待っているヤマメの姿を見て、ようやくパルスィは言葉をかける。十中十ろくでもない話だろうと思いながら。
「……用件は何よ。早く言いなさいな」
「実はね……実は…」
ヤマメはたっぷりと間を置いた。それこそパルスィが団子を食べ終え、お茶を注文するほど長い間。出されたお茶をすすりながら、やっぱりろくでもないことなんだろうなとか、もう一本お団子食べたいな、どうしようかなとパルスィは考える。
「勇儀に『いいヤツ』が出来た」
とりあえずパルスィは、返事の代わりに茶を吹き出したのだった。
「星熊勇儀に『いいヤツ』が出来た」
以前にもこんな噂が流れたことがあった。その際にヤマメ、パルスィ、キスメの三匹で調査を行ったが、都の外れにいる子猫と狼に会いに行っていたどいうのが真相だったのだ。
今回もどうせそんなしょうもない話だろうと思っていたが、ヤマメの話には続きがあった。今回は、実際に目撃したものが何匹もいるのだ。
「実際に私も見たんだよ。まだ子供っぽさの残る男の子の妖怪でさ、そいつを勇儀が家に招いているところを」
パルスィはヤマメの顔をごしごしと拭きながら、その話を聞いていた。確かに、ここ最近は勇儀も仕事が忙しかったらしく、一緒に飲んだりはしていなかったのだが、まさかそんなことがあったとはと、へえと相槌をうつ。嫉妬する気が起きないのは、多分真実は違うということがわかりきっているからだった。
「若衆の奴らも聞きたいけど聞けないみたいでさ、また私たちに話が回ってきたのよ」
「『たち』をつけるな『たち』を。大体、なんで私まで参加することが確定してるのよ」
「ええ?パルスィ、そりゃ困るよ。アンタにも役割あるんだから」
「役割?」
「私が情報収集して、アンタが乗り込んで『この泥棒猫』って怒る。キスメが謝る。万事解決。オールルァイト」
「わかったわ。この泥棒猫」
そんな軽口をたたき合いながらも、二匹の足は既に勇儀の家に向かっている。ちなみにキスメは道中で本人が気づかぬうちに、ヤマメによって拉致されている。妖怪三匹は勇儀の向かいに建っている居酒屋になだれ込むと、二階の部屋を借りて、監視の準備を始めた。
「しっかしまあ、本当にするの?」
「ここまできたからには、すべてを解明するまで私は諦めない……お、来たみたい」
少しだけ開けた窓の先には、勇儀の家が視界に入る。その玄関で、勇儀と件の少年妖怪が、一緒に家に入っていく様子を見ることが出来た。
「……本当ね。連れ込んでる」
「だろう?さて、早速だが作戦を開始しよう」
そういうと、ヤマメはごそごそとポケットから何かを取り出した。取り出したそれは、紙のコップの底に糸が括り付けられている。ちなみにキスメは未だに自分がここにいる意味を理解できておらず、とりあえず地獄牛のもつ煮を人数分頼んでいた。
「糸電話、というやつに私の糸を合わせた特別品さ。貼り付けた先の音がこのコップから流れてくるって仕組み。しかも、相手側には私たちの声は聞こえない」
「なにそれこわい」
「というわけで、ファイア!」
ヤマメの掛け声とともに、糸は窓からしゅるしゅると伸びていき、勇儀宅の壁にぴたりと張り付いた。少しの間糸の長さや硬さを調節すると、置かれた紙コップから、勇儀と思しき声が聞こえてくる。
とりあえず腹ごしらえをしないとね。適当に作っちゃうけれど、大丈夫かい?
「感度良好、これより監視に入る」
気分はすっかり隠密なのか、自分の世界に入っているヤマメを置いても、確かに一方的に相手を監視するという緊張感、しかも相手は自分も見知っている間柄なのだ。悪いことをしているという感情は確かにあるが、そこは妖怪。しかも地底に住まう筋金入りの、である。微かな緊張感と楽しみが、知らずパルスィの顔に笑みを浮かべさせていた。
紙コップからは包丁で食材を切る軽快な音と、勇儀と少年の雑談が聞こえる。どうやら少年妖怪は料理の手伝いを申し出たようで、二匹の会話を聞いていると、いいヤツというよりかは兄妹の会話のようにも感じられた。
「しかし、前々から思っていたけど勇儀って乙女力(おとめちから)高いよなあ」
もつ煮をかきこんでいたヤマメが箸をとめて突如呟く。確かに、地底の顔役であったり、騒ぎによく顔を突っ込んだりと、どちらかといえば男前なイメージが付きまとう勇儀ではあるが、その実として女の子らしい一面も持っている。裁縫などはお手の物であるし、料理も今聞こえてきたように難なくこなせる。しかも味は折り紙付きだ。
以前にヤマメが催眠術を地底の妖怪たちにかけていたことがあった。その時に勇儀だけが催眠にかかり、いわゆる『乙女』としての勇儀の一面を見ることが出来たが、存外見た目によらずに少女趣味な部分が強いのかもしれない。そんなことを考えていると、ふと気になる会話が聞こえてきた。
そんな切り方じゃあ手を切っちまうよ、こうやって持つんだ……そう、上手上手。
「なんというEOPだ……二千、三千、くそっ、まだ上がってやがる!」
「なによ、そのいーおーぴーって」
「E(エッチな)O(お姉さん)P(パワー)」
「ああ、忘れてた。貴女バカだったわね」
少年妖怪に調理を教えているのだろう、いつもとは少し違う丸みを含んだ声を聴いていて、軽口をたたき合いながらもパルスィは思う。
なんかむかつくと。いらっとくると。
気が乗ってきたのか、鼻歌を歌う勇儀に少年妖怪が質問をした。他の皆さんも料理が出来るのですかと。その質問に楽しそうに勇儀が返す。
ああ、地霊殿の古明地は料理上手だねえ。あそこは全員で家事をやるからね。水橋のやつも上手い。とくにあいつの漬ける漬物は絶品さ。それに、鶴瓶落としのキスメっているだろう?あの子は菓子作りが得意なのさ。
少年妖怪は感心しながら勇儀の言を聞いている。自分のあずかり知らぬところで褒められるというのは、中々にくすぐったいものだ。ちなみに褒められていたキスメは何故か店の手伝いをしている。彼女が下種外道が集う地底の妖怪たちに愛されているのも、このようなところから来ている。
何故か紹介されなかったヤマメは、怒りのあまりに妖気が目に見えるほどに気が立っている。そんなヤマメのことを気遣ったわけではないだろうが、少年妖怪はヤマメさんはどうですかと聞いていた。
ああ……ヤマメはね、うん……まあ……。作れるね、料理。
「パルスィのことかぁああーっ!!」
「おもいっきりアンタって言ってたじゃない」
びっくりするほど髪の毛を逆立てながら「これが、スーパー地底人だ……」とほざいていた。なるほど自分の能力で頭がパーになっているのだろう。
ヤマメの名誉のために言っておくならば、決して料理が下手なわけではない。むしろ上手な方である。しかし、時々独創的な味付けを試したがる癖があり、そういう時に限って勇儀が出くわしてしまい、食べているからであり、つまりは自業自得である。
パルスィたちが食事をだらだらと酒を飲んでいると、勇儀たちも食事が終わったようであった。その間にも雑談はあったが、なんというか、パルスィの感覚では本当に「雑談」だった。たしかに雰囲気はよいのかもしれないが、先ほど考えていた兄妹という考えのほうがしっくりくるような。
本当に、知り合いの子供を預かっているだけなのかもしれない。というか、そのほうが自然な流れだろう。あの勇儀が周りに何も言わずに、また騒ぎにならずにいいヤツを作るだろうかと。しかし、次の瞬間にそんな考えは消し飛んだ。
じゃあ、今日も……しようか。
パルスィが膝を立てる。何故かヤマメは腕立て伏せの態勢で窓から身を隠していた。
ちなみに未だスーパー地底人のままである。なんかオーラがうるさい
「パルスィ!パルスィ!」
「静かにしなさいって!けど、まさかね……」
見た目は可憐な少女妖怪であるが、やっていることはただの出歯亀である。一切を喋らなくなった妖怪二匹はひたすらに紙コップから聞こえてくる音に神経を集中させる。手伝いを終えたキスメは、そんな二匹の様子を見て察したのだろう、何も言わずにちびちびと酒を舐めた。
そうそう、うん、上手上手。
「何が上手なんだ……何がうめえんだよお!言ってみろよぉ!」
「どうしてアンタそんなぶっち切れてるの?」
なんかさらにパルスィの視界に映るオーラがやかましいことになっている。ヤマメに聞くと、スーパー地底人2とのことだった。多分これは3までいくのだろう。
「なんかさ、羨ましいじゃん。密かに小さな妖怪を、こう……ねっ!?」
「ねっじゃないよ」
「手取り足取りナニ取りしたいじゃん」
「アンタのその素直な性格、嫌いじゃないわよ」
知り合いの行動を盗み聞きながら、下種な話題をする。これこそが地底くおりてぃである。二匹は会話を中断すると、再び勇儀達の監視に注力する。だが、勇儀が時折少年妖怪に指導をするようなものを除くと、会話も音もほとんどない。
(何かを作っているのかしら?)
パルスィは、今までの会話の内容からそう推測する。なるほど何かを作っているのであれば、勇儀が家に招いているのも理解できる。少年妖怪が内緒で何かを作りたいと思い、勇儀を訪ねた。そんなところだろう。というより、以前の騒ぎの時もそうだったが、勇儀に直接聞いてしまうのが一番手っ取り早いのだ。
もうここまでくると、パルスィは噂が結局法螺だったことを確信していた。この瞬間から、興味の対象が勇儀からヤマメに移る。
あっ、そんなに強くしちゃだめだよ
瞬間、ヤマメを見ると、髪は腰まで伸び、オーラはさらにやかましくなり、オールバックになり、そして眉毛が無くなった。
「これが、スーパー地底人3だ……!」
「なんでゴリラみたいな顔になってんの?」
最早我慢ならん、直接見に行く!と予想の斜め上な発言をしたヤマメに引っ張られて、パルスィは一緒に勇儀宅の玄関前に立っていた。ちなみにキスメは店を出るときに帰してある。またねと手を振る姿を思い返して、やはりこんな阿呆なことに突き合わせなくてよかったと思える。
ヤマメが指から糸を放つと、それは玄関の硝子を音もなく突き抜ける。手を慣れた手つきで何度か動かすと、かちゃりという音とともに錠が外れた。
「さて」
「待て」
流石に今の行動に突っ込みをいれずにいられるほど、パルスィは大らかではない。小声でどこでそんな業を身に着けたかとヤマメに問うと、生まれた時からこれくらいの芸当は出来ると言ってのけた。もちろん未だオールバックで眉毛はない。今度から家の鍵を変えておこう。パルスィは心の中で頷く。ヤマメはそのままずんずんと居間へと向かっていくと、息をするのと同じくらい自然に、居間への襖を開けた。
「勇儀ィ!私も交ぜ……」
勇儀の「うおっ」という声を聞いて、パルスィもヤマメに続く。恐る恐るといった体で居間をのぞき込む。
小さな綿入りの人形と、それを必死に作っている少年妖怪の姿。そこまではある意味でパルスィの予想通りの光景であったが、一つ、決定的に違っている部分が目に入る。
少年妖怪と同じように、針と人形を持つ勇儀。顔は真っ赤になっており、その周囲には、いくつかの人形が転がっている。その中に、パルスィは自分の姿を模した人形が作られていることを知ったのだった。
「全く、翁のやつにも参ったが、あんたたちにも参ったよ」
とりあえずなし崩し的に勇儀の家で噂の真偽を確かめるという名目で呑み直しになったのだが、結局のところ、噂はやはり噂だっということであった。少年妖怪は地底の目抜き通りにある、とある居酒屋の息子であったが、どうやら家族や兄妹達に日頃の感謝を込めて何かを作ろうと思ったらしい。そこで、店の常連である古鬼になにかいい案はないか尋ねてみたところ、勇儀に行き着いたとのことだった。翁、というのはその古鬼の愛称である。勇儀がこのようなことを得意だと知っている、数少ない妖怪の一匹だ。
「あんまり言いふらさないでおくれよ。恥ずかしいんだから」
「いや、どっちにしても配るつもりならばれるじゃない」
「そういうことじゃなあいんだよ……」
ため息をつきながら、勇儀は盃を片手に、そして酒瓶を逆の手に持ち腰を下ろす。顔が赤いのは酒のせいではないのだろう。ちなみにヤマメはまだスーパー地底人3である。オーラの音がやはりやかましいのだが、それにすら突っ込まないところを見ると、案外真面目にショックだったようである。慰めるのは柄ではないのだが、仕方がないと、パルスィは勇儀が作ってくれたであろう人形を手に取る。手のひらサイズの綿入り人形は、微笑みを浮かべている。
「そんなに落ち込むほどじゃないでしょう。そこの子にも教えられる位の腕前なんだから。とっても上手よ、このお人形」
「ああ、ありがとう。いや、けど違うんだよう」
「だぁかぁら、何が違うのよ」
勇儀は両手の指先だけを合わせ、「笑わない?」という言葉と共に上目遣いにパルスィを見る。なんとなく女の子っぽさが前面に出ているその仕草に、不覚にも今回の騒ぎで初めての軽い嫉妬を覚えた。
「……恥ずかしいじゃないか。こんな大柄な鬼がさ、人形作りをしているなんてさ」
「だから秘密にしてたの」
「いや、秘密ってわけじゃあないんだ。ガキの頃に、編み物とか料理とか作っててさ、その時にもっとかわいいものを作りたいなあと思って……だから、練習だけはしてたんだ」
「……ああ、つまり作っていることが恥ずかしいんじゃなくて、自分が人形を作っている姿を他の妖怪に見られたり、想像されたりするのが恥ずかしいってわけね」
「そういうこと」
「なんともまあ、可愛らしい。けどいいじゃない。そんなことで周りがアンタを見る目を変えることは無いだろうし、逆に今以上に慕われるかもよ。妬ましい」
段々と自分の中にジェラシーパワーがたまっているのには気付いているが、さすがに今は間が悪いと、それを押しのけて勇儀にこんこんと話す。すると、少年妖怪が屈託の無い笑顔で言う、奥の間にある勇儀さんの作品なんて、もっとすごいんですよと。
「何、他にもあるの?」
「いやまあその……ある」
「見せてもらってもいいかしら?」
「……わ」
「わ?」
「笑わない、か……?」
顔を真っ赤にしながら、勇儀はパルスィに問う。身体を縮こませてながら問いかけるその姿は、普段の勇儀の姿とはまるで別人に見えて、その落差にパルスィのジェラシーパワーはそろそろ臨界値を迎えようとしている。だが、まあ下種いことをおこなっていたのはこちらである。笑わないわよと返すと勇儀はぱあっと顔を明るくさせながら自室へと向かっていった。ちなみに騒ぎの元凶であるヤマメは、普段通りの姿に戻っている。真相を知って興味を失ったのだろう。勇儀が作った肴に舌鼓をうっていた。
勇儀が戻ってくるまでの間、パルスィは少年妖怪に話しかける。勇儀のことをどう思うと。少年妖怪は頭をかきながら正直、と前置きをしたうえで、こう答えた。
実際にお話をするまでは、とても怖い人だと思っていました。
鬼たちのまとめ役であり、地底の顔役の一角でもある。そんな印象を持ってしまうのも、それは仕方のないことだろう。だけど、と少年妖怪は言葉を続ける。
とっても、とっても、素敵な人だと思います。
嬉しそうに、楽しそうに、少年妖怪はここ数日間の出来事を話し始める。丁寧に教えてくれた、作ってくれた料理が美味しかった、普段から付き合っているパルスィたちとは違い、少年妖怪にとってはいい思い出になったのだろう。所々に相槌を打ちながら、知らずパルスィは笑みを浮かべていた。少年妖怪の頬がうっすらと紅潮していることには気づいていたが、あえて黙っておくことにした。それが地底のやさしさである。
「なんだい少年、もしかして惚れちまったかい?」
前思撤回である。
けらけらと笑いながら、ヤマメが問う、それまでの表情は何処へやら、少年妖怪は恥ずかしそうな表情を浮かべて押し黙ってしまう。そんな会話を続けていると、今になってまた恥ずかしくなったのか、頬をうっすらと染めながら勇儀が戻ってきた。沢山のぬいぐるみを抱えながら。
大きな笑顔のキスメ人形。あくどい顔のヤマメ人形。そして、口をへの字に曲げたパルスィ人形。他にもジト目のさとり人形に、無邪気さを感じるこいし人形。にこにこ顔のお燐人形とお空人形は、仲良く寄り添っている。他にも、知り合いの妖怪たちの人形が、というよりかは大きさ的には最早ぬいぐるみと言ったほうがいいのだろうが。が、まだ自室にはたくさんあるという。
パルスィは自分を模したぬいぐるみを、勇儀から受け取る。その不機嫌そうな表情が、自分で見ても憎たらしいほどに似ていることからも、勇儀の腕前は想像以上の者であった。ヤマメも自分の人形をしげしげと見つめて、その出来の良さに感嘆としている。
「ご、ごめんようパルスィ、なんかさ、その表情が一番パルスィらしいっていうかさ、その」
「上手ね、とても、妬ましい」
完全に予想外の評価だったのだろうか、勇儀はしばらくきょとんとしていたが、少しずつ、顔が明るくなっていき、とても綺麗な笑顔を見せたのだった。
「妬ましい」
まだまだ冷え込みが厳しい地底の冬。そんな寒さと、地底の妖怪たちは時に酒で、時に祭りで、時に喧嘩で付き合っている。そんな妖怪たちの火照りも一瞬で冷ますほどの嫉妬を込めて、パルスィは呟く。そんなジェラシーパワー全開真っ只中の隣で、ヤマメはまあまあと返した。
件の夜から数日。少年妖怪は無事に人形を作り終えた。渡された母親妖怪は、涙を浮かべて喜んでいたという。
それだけならばよかった。しかし、話には続きがある。少年妖怪が勇儀に師事していたことが、ばれたのだ。うっかり母親妖怪が店の客に話してしまったらしいのだ。だが勇儀は笑いながら構わないさと言っていた。なんだかんだで吹っ切れたようである。
勇儀は、今まで作りながらも渡せなかったぬいぐるみを、知り合いたちに渡し始めた。もちろんパルスィも受け取った。それに伴って勇儀の人気がさらに上がったのだ。ぬいぐるみを受け取った鬼の若衆は言う。普段見せている快活な姿と、ぬいぐるみを作っている姿、それを想像するとたまらないのだと。
そんなこんなで、行く先々で勇儀の話を聞かされたパルスィは、ジェラシーパワーが全開になっているのである。そんな姿を見かねて、ヤマメがパルスィを連れ出したのだ。向かった先は地霊殿である。
たどり着いた二匹は、じゃれついてきた動物たちを相手にしながら、さとりの執務室へと向かう。そこにいたのは、さとりとこいし、そして勇儀だった。だが、普段となにかが違う。ヤマメは気付いた。服だ。勇儀の服がメイド服になっていたのだ。
「あら、お二人ともいらっしゃい」
「ちっす、さとり。んで、勇儀とこいし嬢は何やってんのさ?」
「ああ、こいしがこの前貰ったぬいぐるみのお礼にと、メイド服をプレゼントしたみたいでして」
「似合う似合う~」
「そ、そうかな」
間延びしたこいしの言葉に続いて、勇儀はぎこちない笑みをヤマメたちに向けた。
ロングスカートのクラシカルなメイド服は、すらりとした体躯の勇儀に、非常にマッチしている。
「おお、勇儀。似合うじゃん。それで通りを歩いてみなよ、もっと信者が増えるさ、なあ、パル……」
ヤマメがパルスィに視線を向けると、何故かパルスィがでかくなっていた。そして白目になっていた。
「似合いすぎじゃないのよ……そのスタイル、妬ましい。喧嘩が強くて男前、妬ましい。女の子らしい、妬ましい。とどめに綺麗でかわいい。妬ましい、妬ましい……んん、んんぬああぁぁ……!」
「あ、これやばいかも」
直後、ジェラシーパワーが爆発した。ジェラシーがボンバーした。執務室は吹き飛び、さとりは泣いた。
終始笑顔で読めました
ボケとツッコミを続けるヤマメとパルスィは鉄板だってはっきりわかんだね
地の文章(パルスィ)がずっと面白いって結構凄い事だと思います
割と辛辣なツッコミが多いのが特にツボ
>五つ数え終わるまで真面目な顔を維持できた試しが無い
>十中十ろくでもない(驚きの10割)
>こんな阿呆な事に付き合わせなくて良かった
>あくどい顔のヤマメ
等々
盗聴とかEOPのくだりは確かに阿呆だしロクでもないっすわW
「バカにはしてないわ、だってあなた元からバカじゃない」
「この子自分の能力で頭がパーになった」
「他の席に行け」
などの割と容赦ない言葉がバンバン出てくるなか、
「アンタのその素直な性格、嫌いじゃないわよ」
になんかほっこりした。
やっぱりヤマメとパルスィの、「腐れ縁」って感じが好きw