Coolier - 新生・東方創想話

まり×ドリ~ドリルと嘘と魔理沙と咲夜~

2014/02/09 14:14:50
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「私が変わった? つまらない嘘だぜ、咲夜」
 魔理沙が呆れた様子で立ち上がった。
「嘘じゃない。本当に」
「私は行くぜ。出てく時は戸締まりしてくれよ。合鍵渡してあるんだから」
「魔理沙!」
 外に出ようとした魔理沙を呼び止めると、魔理沙はうんざりした顔で振り返る。
「私は私さ。もしも本当に何かが変わったというのなら、それはお前だよ、きっとな」
 そう言って、魔理沙は右手を上げて外に出た。
「待って、魔理沙! 本当に」
 扉が閉まる。魔理沙を追おうとした咲夜は勢い余って扉にぶつかり、鼻に痛みが走った。
 扉に縋って項垂れる。
 自然と涙が溢れてきた。
 幾ら訴えても自分の言葉は届かなかった。自分の言葉にこめた思いはいつもの様に上滑りして魔理沙に届かなかった。
 いや、それは良い。自分が苦しむだけならそれで良い。でも今回はいつもと違う。魔理沙が変わってしまっていて、もしかしたら魔理沙が取り返しのつかない事になってしまうかもしれないのに。
 魔理沙に危険一つ知らせてあげられない自分の言葉が憎くて仕方が無い。
 扉に額を当てながら、無駄と知りつつも、行ってしまった魔理沙に向けて咲夜は呟きを漏らした。
「本当なのよ。本当に」
 本当に、魔理沙の手がドリルになっていたのだ。

「いや、あんた何言ってんの?」
 呆れた様子で座卓に頬杖を突く霊夢に、咲夜が期待の篭った眼差しを向ける。
「何? もしかして簡単に魔理沙を元に戻せるの?」
「いや、そうじゃなくて」
 霊夢が手を振って否定するので「まさかもう手遅れなのだろうか」と咲夜の表情に不安が混じる。両手の指を絡めながら落ち着かなげに見つめてくる咲夜を、霊夢は鬱陶しそうな目で見つめ返した。
 黙ってしまった霊夢の代わりに、隣に座るアリスが微笑んで問いかける。
「魔理沙の手がドリルになったて聞こえたんだけど」
「そう」
「悪いけど、意味が良く。本気?」
「勿論」
 咲夜にきっぱりと言われて、アリスは困った顔になる。結局隣に助けを求めると、霊夢が下らなそうに言った。
「嘘でももうちょっとマシな嘘吐きなさいよ」
「嘘じゃないわよ! 何が分からないの?」
「何って、一から十まで全部が全部」
 霊夢が頬杖を突いたまま答える。隣でアリスも頷いている。
 その姿が咲夜には信じられなかった。
 何で。
 咲夜の目から涙が流れだす。
 それを見た霊夢とアリスがぎょっとして身を引いた。
 何で信じてくれないの。
 二人は魔理沙の親友の筈なのに。
 どうして魔理沙を助けようとしてくれないの。
 頭を振った咲夜は「もう良い」と叫んで座卓に思いっきり両手を叩きつけた。
「あなた達にとって魔理沙ってその程度の存在なのね! ドリルが生えてもどうでも良いのね!」
「違うって。ただそのドリルって言うのがあまりにも」
「あなた達には頼まない! 見損なったわ!」
 涙を流しながら叫んだ咲夜は顔を覆って部屋の外へと駈け出し、障子にぶつかってひっくり返ると、苛立った様子で立ち上がり、乱暴に障子を開いて飛び出していった。
 それを呆然と見送る二人の耳に魔理沙の声が聞こえた。
「あれ、咲夜来てたのか? 随分と荒れてたな」
「勘弁してよ。いきなりドリルだなんて」
「どうせあなたが変な冗談を言ったんでしょ、魔理沙」
 霊夢とアリスが顔を上げると、部屋に入ってきた魔理沙が右手を上げて立っていた。その右手首の先には丁度手と同じ位の大きさの鈍色の螺旋が装着されていた。
「お邪魔するぜ。あれはあいつが勝手に言ってるだけで、私にもさっぱりなんだよ」
「え?」
「笑っちゃうぜ」
 魔理沙が笑うのに合わせて、螺旋が甲高い音を立てて二度三度回転した。
「ド、ドリルになってるーっ!」
 霊夢とアリスが慌てて立ち上がると、魔理沙が不思議そうに自分の体を見回し、訝しんで二人を見た。
「何言ってんだ、お前等」
「いや、右手! 右手!」
「右手?」
 魔理沙が首を傾げながら右手を持ちあげ、甲高い音を立てながら何度か回転させる。
「何ともなってないぜ?」
「お前の目は節穴か!」
 霊夢が怒鳴りながら魔理沙の右手を指さすと、魔理沙は肩をすくめて悲しげに呟いた。
「まさかお前まで私が変わったなんて言うんじゃないだろうな?」
 本気でのたまう魔理沙に驚いて、アリスも焦って魔理沙の右手を指さした。
「どっからどう見ても変わってるわよ! あなた自分の右腕がおかしいと思わないの?」
「おかしい? まあ、確かに」
 アリスに指摘された魔理沙は寂しげな吐息を漏らして自分の右腕をまじまじと見つめだした。
「おかしいのかもな」
 霊夢とアリスが勢い込んで何度も頷く。
「そうそう! ようやく気付いた?」
「魔法の練習をし過ぎて傷だらけの私の手は、女の子としちゃおかしいんだろうな」
 魔理沙が目に涙を滲ませる。
 その両肩を掴んで、霊夢とアリスが思いっきり叫んだ。
「そういう事じゃねぇ!」

「は?」
 パチュリーが読んでいた本を閉じて咲夜を見つめた。残念な事に咲夜の表情は真剣そのもので嘘を言っている様には見受けられない。
「ですから! 魔理沙の手がドリルになってしまったんです!」
 それを聞いたパチュリーは一瞬身を固くしたが、すぐに下らなそうな様子で息を吐いた。
「ああ、その話ね。確か幻想郷に危機が訪れた時、ドリルを持った英雄が現れるんだったかしら?」
「いや、知りませんけど! そんな伝承があったんですか?」
「それを知っての冗談じゃないの?」
「だから知らないですし、冗談でも無いんです! 本当に」
「分かったわ」
「本当ですか?」
 咲夜が期待を込めてパチュリーを見ると、妙に優しげな顔で微笑んでいる。
「ええ、分かった。うん。凄いわ本当に。そんな昔の伝承を見つけてきて。きっと幻想郷でもほとんどの人が知らないもの。本当に凄い。確かに自慢したくなるのも分かる。凄いから、この話はお終いにしましょう。ね?」
「分かってないじゃないですか! 本当に魔理沙が」
「悪意の無い嘘とはいえ、ちょっとしつこいわよ」
「なんで信じてくれないんですか!」
 咲夜が必死になって、鬱陶しそうな表情のパチュリーに縋りついた。掃除をしていた従者達が物珍しそうにその様子を眺め出す。元から捗っていなかった掃除が完全に滞った瞬間だった。
 咲夜とパチュリーの問答が続く中、突然大きな音を立てて図書館の扉が開かれた。全員の視線が入り口に向けられる。只事でない表情をした霊夢とアリスが息を切らして扉に寄りかかっていた。
「何があったの!」
 パチュリーが驚いて立ち上がる。その勢いに跳ね飛ばされて咲夜が床に転がった。
「大変なの!」
「アリス、何があったの?」
「どうしよう! どうすれば良いの?」
 アリスの言葉は全く要領を得ない。
「アリス、落ち着いて!」
 パチュリーは何とか落ち着けようとアリスの肩を掴んだが、アリスは混乱しきっていてまともに話せそうにない。
 代わりに霊夢が息を整えて言った。
「落ち着いてなんかいられない! だって魔理沙の手がドリルに!」
 パチュリーが悲鳴の様な叫びを上げて仰け反った。
「な、なんですって! 本当なの、霊夢!」
 後ろで立ち上がった咲夜が抗議を上げる。
「ちょっと! それ、私がさっきから何度も言ってましたよね!」
 パチュリーが振り返って咲夜を睨みつけた。
「咲夜! どうして言ってくれなかったの!」
「だ、か、ら、ちゃんと私は言ってましたよね! 魔理沙の手がドリルになったって!」
「もっと真剣に言ってくれれば!」
「パチュリー様が取り合わなかっただけでしょうが!」
 パチュリーは咲夜を無視して霊夢に問いかけた。
「とにかく大問題だわ。魔理沙の手がドリルになっただなんて、幻想郷始まって以来の大珍事よ。対策を講じないと」
 パチュリーが勢い込んで顔を上げた瞬間、言葉が止まった。
「パチュリー?」
 突然黙り込んだパチュリーを不思議に思って霊夢が問いかける。だがパチュリーは答えず、目を見開いて霊夢の背後を見つめている。全員が息を飲んで視線の先を追った。そしてそこに居る人物を見て全員の表情が硬直した。
 図書館の入口には件の魔理沙が立っていた。
「何だみんなここに集まってたのかよ」
 魔理沙が歩んでくる。その手の先は鈍色の螺旋が生えていて、図書館を見渡すなり何度か回転させる。
「やっぱここは肌寒いな。暖房もっと強めた方が良いぜ」
 パチュリーの口から叫びがほとばしる。
「ドリルになってるっ!」
 パチュリーの叫びに当てられて魔理沙は仰け反った。
「おいおい、何だよ、お前が叫ぶなんて珍しいな」
 困惑する魔理沙へ向かって、パチュリーが悲痛な声で魔理沙の異変を指摘した。
「魔理沙、右手がドリルに!」
 すると魔理沙が自分の右手をじっくりと眺め、二三度ぎゅりんぎゅりんと回転させてから、蔑む様な目付きをパチュリーに向けた。
「おいおい、もしかしてお前まで咲夜の嘘に付き合ってやってるのかよ」
「違う! 本当に右手が」
「どう見ても普通の手だろ」
 そう言って、魔理沙が右手を回転させる。
 魔理沙は自分の異変に気がついていない。それに気がついたパチュリーは、泣きだしたアリスを引き剥がすと、かつんと硬質な足音を立てながら魔理沙へ向かって歩き出した。
「どうやら気がついていないようね、魔理沙。その大異変に」
 どうするつもりだろうと咲夜はその背を見つめているとパチュリーが振り返って優しげな笑みを浮かべた。自信に満ちた笑みだった。
「治せるんですか?」
「治してみせる。命に変えても」
 アリスが感極まって涙に濡れた眼差しをパチュリーへ向ける。
「あなたそこまで魔理沙の事を」
「魔理沙の為じゃない。魔理沙の恋人の咲夜の為よ」
 途端に霊夢とアリスが咲夜へ振り返った。
「ええー! 咲夜と魔理沙ってそういう関係だったの?」
 隠れて事の成り行きを見守っていた従者達も嬉しそうに悲鳴を上げる。
 図書館中の叫びが、咲夜と魔理沙へ集められる。
 嬌声に曝された咲夜は皆を見回してから、手を振って否定する。
「いやいやいや、何でそんな事に。私達はそんな、ねえ、魔理沙」
 咲夜が水を向けると魔理沙はぽつりと呟いた。
「いや、話についていけてないんだけど」
「うん、そうだよね」
 あっさりと否定されて咲夜はちょっと残念そうに項垂れる。
 パチュリーは二人を交互に見つめると、ふっと小さく笑った。
「でも魔理沙がこの館に来るとどんな用事の時も必ず最後は咲夜のお茶を飲んでお喋りをして帰るじゃない。咲夜だっていつも人里に向かった後は魔理沙の家に寄っているでしょう?」
「まあ友達ですし」
 咲夜の至極真っ当な言葉に、パチュリーは肩を竦めてみせた。
「なら、今はそういう事にしておきましょうか。咲夜、あなたの世界で一番大切な友達を必ず助けてみせる。あなたと魔理沙の未来の為に」
 また図書館中から嬉しそうな声が上がる。
 完全に勘違いされてしまった。ちらりと魔理沙に目を向けると、魔理沙は迷惑そうな顔をしていて全く脈が無さそうだ。咲夜はがっくりと項垂れ溜息を吐く。
 パチュリーが魔理沙の前に屈みこんで、魔理沙の右手を両手で包み込みしっかりと握りしめた。
「大魔法使いの名に掛けてあなたの右手を治してみせる」
「おいおい、パチュリー。冗談にしては物物しくないか」
「それじゃあ、いくわよ」
 魔理沙の言葉を無視して、パチュリーは目を瞑り魔理沙の手に吹きかける様に呪文を唱え始めた。
「あーるるるはー」
「おい、くすぐったいって」
 吹きかけたられた息に悶えて、魔理沙は小さな笑い声を上げた。その瞬間、ドリルが勢い良く回転し、パチュリーの掌を摺りおろした。
「ぎゃあ!」
 パチュリーが呻き声を上げて地面をごろごろと転がり、咲夜の足元で止まった。
「大丈夫ですか!」
「動かない大図書館と呼ばれた私がこんなところで」
「パチュリー様!」
「おい、パチュリー! 大丈夫か。どうしたんだ?」
 魔理沙は何が起こったのか分かっていない様子で顔を青ざめさせている。未だに自分の右手にドリルがついている事に気がついていない様だ。
 パチュリーがあっさりとやられてしまった今、咲夜はどうやって魔理沙を治せば良いのか分からない。
「一体どうすれば」
 咲夜が狼狽していると、隣に立ったパチュリーが懐から薬瓶を取り出した。
「これを使いましょう」
「それは?」
 薬瓶の中にはジェル状の液体が詰まっている。
「保護液よ。本来は塗った物を守るのだけど、摩擦から触れる者を守る事も出来るでしょう」
「そんなので大丈夫なんですか? さっきの回転を見るとその程度の液体じゃ意味が無い様な」
「大丈夫。これは魔法の薬だもの。魔力を浸透させながら塗れば」
「はあ、そういう物なんですか」
 パチュリーは薬瓶の蓋をあけると魔理沙の下へ近寄って膝立ちになった。薬瓶を逆さまにして保護液を掌に垂らす。
「今度は何をする気だよ」
「魔理沙、少し気持ち悪いかもしれないけど、我慢して」
「ああ、もう、分かったよ。気が済むようにしてくれ」
 パチュリーは両の掌を擦り合わせてから、魔理沙の右手を両手で包み込み液体を塗布し始めた。
「おい、だからくすぐったいって!」
 掌で撫でられて、魔理沙が変な笑い声を上げる。その瞬間、ドリルが勢い良く回転し、あっさりと液体を擦り飛ばして、パチュリーの掌を摺りおろした。
「ぎゃあ!」
 パチュリーが苦悶の叫びを上げながら、ごろごろと咲夜の足元へ転がった。
「パチュリー様」
「知識と日陰の少女がこんなところで」
「パチュリー様ぁ!」
 咲夜の悲痛な叫びが図書館中に響き渡る。
 顔を青ざめさせた魔理沙が頭を振って後ずさった。
「何だよ、何なんだよ。何で私の手に触ったパチュリーが」
 涙を浮かべる魔理沙の背に声が投げかけられる。
「話は聞かせてもらったわ!」
 振り返ると、紫が隙間から上半身を乗り出して笑っていた。
「幻想郷の賢者、八雲紫!」
 パチュリーが驚いて声を上げる。従者達はスキマ妖怪の来襲に、ある者は泣き叫び、ある者は逃げだした。皆皆の驚愕した視線に晒されて紫は更に笑みを深くした。
「お久しぶり、い!」
 その場の皆に向かって手を挙げて挨拶をした瞬間、駆け寄ってきた霊夢とアリスに腕を引かれて隙間から引っ張り出された。そのまま顔から落ちて紫は呻き声を上げる。
「ちょっと、あなた達いきなり何を」
 抗議の声と共に紫が顔をあげると、目の前に斧を持った上海人形が立っているので、紫は悲鳴をあげて後ずさった。
「ひぃ! 何何何?」
 霊夢が御幣を素振りしている。
「どうせ今回の異変もあんたなんでしょ?」
 霊夢は幾つもの釘が突き刺さった釘御幣を素振りしながら紫を睨んだ。睨まれた紫がうろたえながら涙を浮かべる。
「何で? 幻想郷の守護神、八雲紫よ? 異変があったらまず真っ先に犯人候補から外れるでしょ?」
 紫の目の前の上海人形が斧を振り上げる。
「ひえぇ!」
 情けない声を上げる紫をアリスが冷たい目で見下ろした。
「めんつゆ異変の時に私の上海人形の体中からめんつゆを溢れさせた事を忘れたとは言わせないわよ」
「ちょっとちょっと、そんな昔の話はもう時効でしょ?」
「一週間前の話だろうが!」
「ひっ」
 紫の目の前に斧が突き立った。紫は飛び上がり、そのまま這って逃れようとする。それを阻む様に、霊夢が何処からか取り出した西瓜を紫の鼻先に置いて、釘御幣で叩き割っていた。飛び散った西瓜の破片が紫の額に当たって赤い液体が顔を伝う。
 異様な西瓜割りを行った霊夢の事を理解出来ず、紫が恐る恐る問い掛けた。
「霊夢ちゃん? な、何してるの?」
「叩き割る練習」
「何を?」
「頭を叩き割る練習」
「あひぃ!」
 紫は額の果汁を拭いながら何度も首を横に振った。
「何で最初っから私の事を犯人て決めつけてるの?」
「出来そうなのあんた位でしょ? 魔理沙とドリルの境界を操って云云」
「人の手をドリルに変えられる妖怪なんて幻想郷に履いて捨てる程居るでしょ!」
「居る訳無いでしょ。居たとしても実際にやるのはあんた位よ」
「私だってそんな事やらないわよ! 良い? 良く聞きなさい!」
「問答無用」
「聞いて! お願いだから! 犯人は私じゃない! 今回の犯人は月よ!」
 それを聞いたほとんど全員がきょとんとした表情で固まった。パチュリーは溜息を吐き、霊夢は心配そうな顔をする。
「ごめん、この前の異変の時に頭を強くやり過ぎた?」
「私は正気!」
「だって月って言ったら綿月姉妹でしょ? あの二人がこんな事する訳無いじゃない」
「私だってしないわよ。それに、違うの。あの姉妹は月の表側の者。けれど月にはもう一つの勢力がある」
「もう一つの勢力?」
 全く知らぬ気なその場の者達に向かって、紫は得意気に頷いてみせた。
「そう。裏月世界。それが今回の敵の名よ」
 その瞬間、「ずこー」と言って従者達が床にすっ転んだ。そのあまりの一糸乱れぬ転びっぷりが理解出来ずに、紫は不安な顔になって辺りを見回し混乱している。不安げに左右を見回す紫に向かって、霊夢が優しく微笑んだ。
「紫、冗談は休み休み言うものよ」
「じょ、冗談じゃ」
 尚も白を切ろうとする紫の頭目掛けて、釘御幣が振り上げられる。
「まあ、とりあえず眠っときなさい」
「眠るじゃすまないから、それ!」
 慌てて逃げようとする紫の首根っこを霊夢がむんずと掴まえる。暴れる紫と笑顔の霊夢。その時、傍の隙間から足が出てきて、図書館の床を踏みしめた。
「何やらお取り込み中の様だけど」
 現れたその人物は図書館を一渡し眺めてから、暴れている紫とそれを捕まえている霊夢に目をやった。
「ご機嫌麗しい様ね。何よりよ」
「輝夜! どうしてここに?」
「呼ばれてきたのよ。幻想郷の賢者様にね」
 後から永琳も出てきて、月の二人が並び立つ。
 霊夢が紫をほっぽり出して輝夜達と向き合った。
「あまりこういう事に首を突っ込みそうな性格には思えないけど。どういうつもり?」
「理由は、分かりやすく言うのであれば、魔理沙を助ける為。うちの子兎達に良くしてもらっているから」
「そう。ありがたいけど、もう大丈夫よ。犯人は捕まえてあるから」
「だから私じゃないって!」と叫ぶ紫を見下ろして、霊夢が晴れやかな笑みを見せ釘御幣を肩に担いだ。
 輝夜が首を横に振る。
「今回の黒幕は幻想郷の外に居る」
「外? どういう事?」
「月。それが今回の黒幕よ」
 輝夜が天上を指さした。全員が上を見上げる。天窓から白昼の月が見えた。
 月を見上げて唇を噛み締めた咲夜は、輝夜を睨みながら前に進み出る。
「魔理沙をこんな目に合わせた犯人は綿月姉妹ですか?」
「いいえ、違う。月にはね、裏側があるの。物理的なものじゃないわよ。表側は月を牛耳っている。そして月の裏側は、表側に対して反旗を翻そうとしている。その名も裏月世界」
「裏月世界! 本当にあるんですか?」
 咲夜が驚いた様子で口元に手を当てた。他の皆皆も輝夜の言葉に驚きを隠せない様子だった。紫だけが「だから言ったじゃない」と憮然とした顔で項垂れている。
「居るかどうかも分からない位に取るに足らない勢力だったんだけどね。それが今になって勢いを増してきた。そしてそれが魔理沙のドリルと関係している」
 咲夜がはっとして魔理沙に見た。魔理沙は困惑した面持ちで咲夜と目を合わせた。
「どういう事ですか? だって裏月世界は月の表側に反旗を翻そうとしているのでしょう。それなら魔理沙は全く関係無い筈」
 咲夜の言葉はもっともだが、輝夜は残念そうに首を横に振った。
「裏月世界の首領であるミカちゃんは神代の頃からずっと封印されていたの。その封印が最近になって解けてしまった。その所為で裏月世界が勢力を拡大し始めたの。そして同時に、魔理沙の手にドリルが生えた」
「どういう事なんですか!」
 あまりにも意味が分からない。
 前に進み出た永琳が輝夜の話を継いだ。
「裏月世界の首領である天津甕星は最後まで抵抗した最強のまつろわぬ神。あの子を倒す事は当時の神神ですら至難を極めた。そこで使われたのが、天底開之剣。岩戸の岩盤をぶち抜いて天照を引きずり出す事に成功した由緒ある剣」
「え? そんな話だっけ?」
 霊夢の問いに、永琳が頷いた。
 当事者の魔理沙は「何言ってんのか分かんないんだけど」と呟いて顔をしかめている。
 その右手を、永琳が指さした。
「天津甕星を倒した天底開之剣こそが、その魔理沙の右手に生えているドリルよ!」
「ええ! 何ですって!」
 魔理沙とパチュリーを除いた全員が驚愕の表情で魔理沙のドリルを見つめた。魔理沙はもうどんな表情をしていいのか分からずに泣き笑いの様な表情で永琳を見つめ返している。
「私達は天津甕星を嵌めて、最後にその剣で止めを刺した」
「天津甕星を嵌めて?」
「そう。天津甕星の強大さは天底開之剣の上を行った。それに天底開之剣は見ての通りリーチが無い。だから私達は天津甕星を弱らせる策を図ったの。恐るべき策によってね」
「恐るべき策? それは一体どんな」
「密かに私達側についた国津神達が天津甕星を酒宴に誘いそこで一斉に反旗を翻し、帰れコールをする事で弱体化せしめ、泣きながら帰ろうとした天津甕星を足払いですっ転ばせて、最後に天底開之剣をぶっ刺す事でようやく封印する事が出来たのよ」
 霊夢とアリスが眉をひそめる。
「えげつなさすぎる。天津甕星に同情するわ」
「仕方が無かった。ああするしか無かった」
 永琳は何処か遠くを見る様に明後日の方角を見つめた。永琳の苦悩を察して図書館が静まり返る。しばらく静寂が続いた後、永琳が悲しげな表情のまま話を戻した。
「とにかく天津甕星を封印し、他のまつろわぬ神達と同じ様に我我の仲間として祭り上げる事に成功した」
「でも封印が解かれたんでしょ?」
 霊夢の問いに永琳が答える。
「そう、あまりの恨みの強さに慰撫しきれなかった。私が薬を与えたから痔は治っているでしょうけど、心の傷までは治らなかったのね」
「あんた等何処に刺したの?」
「仕方が無かった。大役を任せられた白兎が張り切り過ぎちゃって」
「そんな事はどうでも良いんです!」
 咲夜が永琳の前に立って思いっきり睨み上げた。
「今は魔理沙の事が問題なんです。月や神代の事はそっちが勝手にやって下さい! どうしたら魔理沙は治るんですか?」
「かつて天津甕星を封印したら白兎の手から剣は消えた。それと同じで」
「また天津甕星を封印し直せば取れる?」
「ええ」
 永琳が頷いた瞬間、咲夜が激昂した。
「勝手な事言わないで下さい! そんなの全部そっちの都合じゃない! 魔理沙と何の関わりも無いじゃないですか! それなのに勝手にドリルを生やして、その上自分達の手に余る反逆者を封印しろ? ふざけるな!」
 後ろに立ったアリスも涙を流しながら訴える。
「魔理沙は女の子なのよ。女の子なのに手からドリルを生やして……こんなの、これからどう生きていけば良いのよ! お嫁に行けないじゃない!」
 二人の悲痛な訴えが広い図書館の中を反響する。
 言葉も無く俯いた永琳を見かねて、輝夜が永琳を押し退けて二人の前に割って入る。
「あなた達の言う事は正しいわ。これは月の解決する問題で、魔理沙が泥を被るなんて絶対におかしい。でも少なくとも今分かっている解決方法はそのドリルでミカちゃんを倒すしか無いの」
 永琳もはらりと落涙しながら魔理沙に顔を向ける。
「ごめんなさい。あなたに押し付ける形になったのは本当に悪いと思ってる。でもお願いだから天津甕星を、あの子を止めてあげて欲しい。噂ではあの子は復讐の鬼になっている。髪型をモヒカンにしようとしたり、トゲ付き肩パッドを買おうとしたり。お願い、魔理沙。勝手な事は分かってる。でも天津甕星を止めて欲しいの! あの子を止められるのはあなたしか居ないの!」
 苦悩に満ちた永琳の訴えに、いきり立っていた二人が黙り込む。誰が悪い訳でも無い。それを皆が察して一気に場が消沈した。誰も声を発さなくなり、段段と視線が魔理沙へと集まっていった。
 視線に晒され戸惑っている魔理沙に向かって、紫が諭す様に言った。
「決めるのはあなたよ。誰もあなたに強制はしない。天津甕星を封印するのかしないのか」
 じっと図書館中の視線が注がれる。魔理沙は助けを求める様に辺りを見回していたが誰も助けてくれないと分かって、やがて小さく笑い出した。
「冗談、だろ?」
 誰も答えない。
「冗談だよな? あんまりからかうなよ。ホント、さっきから何言ってるのか全然分からないぜ」
 そう言って笑う魔理沙の傍に咲夜が駆け寄った。
「魔理沙、辛いのは分かる。でも現実から目を背けないで。私はどちらでも良いと思う。どんな選択をしても私はあなたの傍に」
「だからさっきから何言ってるのか分からないって言ってるだろ!」
 魔理沙が咲夜を突き飛ばして、涙を浮かべた目で咲夜を睨みつけた。
「何なんだよ、もう! さっきから変な事ばっかり。分かんないよ! お前等の言っている事は何一つ分からない!」
「魔理沙」
 たたらを踏んだ咲夜がめげずに魔理沙へ近寄る。
「魔理沙」
「来るなよ。何だかお前等全員気持ち悪いよ!」
「私は」
 咲夜の伸ばした手を魔理沙が打ち払う。その瞬間ドリルが回転して咲夜の手の平をすりおろした。咲夜が呻いて手をかばう。それを見た魔理沙の顔にはっきりと恐怖が浮ぶ。
「何で! 何で怪我するんだ? 意味分かんない。何だよ、やだよ、こんなの!」
 魔理沙は歯の根を震わせながら右手を見つめていたが、両目から涙を零すのと同時に、箒に跨がり浮き上がり、咲夜が止める間もなく、凄まじい速度で図書館を出て行った。
「魔理沙!」
 咲夜が血を流した手を押さえながら魔理沙を追って駆けて行く。
 図書館に居る者達はその様子を何も出来ずに眺めるだけだった。

 咲夜は魔理沙を追って駆けていた。すぐに姿を見失ったが、自宅の方角へ飛んでいったところは見えたので、息を切らせて魔理沙の自宅へと走っていた。湖を越え、森を抜け、街道を走ると、やがて人里についた。人里からはいつにない笑い声が聞こえてくる。咲夜が不思議がりながら人里に入ると、上から下まで全ての者が腹を抱えて笑っていた。
 どうしたのか尋ねてみても笑い声しか返って来ない。笑いすぎて言葉が喋れない様で、ただ魔法の森を指さして笑っている。夕暮れに照らされたその笑い達は不気味だった。嫌な予感を覚えて、咲夜は村を尻目に魔理沙の自宅がある魔法の森へと走りだす。
 人里の笑い声が聞こえなくなるまで走ると、ようやっと魔理沙の家が視界に映る。半日前に訪れた家の筈なのに、何だか寒寒しく白けて見えた。扉は閉まっていて、ノックをしても中から返事が返って来ない。留守かと思ったが、状況からしてそんな訳が無いと思い直し、咲夜は躊躇無く合鍵を使って中に入った。
 家の中は電灯の明かりで満ちていた。電灯の真下では魔理沙が机に突っ伏している。泣いている様だった。
「魔理沙?」
 咲夜が声を掛けると、魔理沙はしばらくしてから億劫そうな動きで顔を上げた。泣き腫らした目が痛痛しい。涙はまだ流れていた。
「咲夜か。さっきは突き飛ばして悪かったな」
「別に、良いけど、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だぜ」
 魔理沙が自嘲気味に笑う。その目は世の理不尽を恨んでいる。
「何の問題も無いよ。紅魔館じゃ訳の分からない事を言われて、人里に寄ったらみんなから笑われて、ああ、本当に何の問題も無い」
 涙の溢れる量が次第に増えて、やがて耐え切れなくなったのか、魔理沙は机に拳を叩きつけた。
「何だよ、ドリルって! お前等には何が見えているんだよ! 異常だよ! 昨日までみんな普通だったのに。里の人達だって、今日になっていきなり私の事見てドリルだドリルだ言いながら笑い出して!」
 魔理沙が溢れる涙を袖で拭いながら泣き声を漏らし始めた。咲夜が傍に寄って、魔理沙の頭をそっと抱き締める。
「私は、笑わない」
「咲夜」
「どんなあなたになっても、私はあなたと」
 慰めようと魔理沙の顔を覗き込んだが、魔理沙に睨まれて言葉が途切れた。魔理沙は咲夜を突き飛ばし、よろめいた咲夜の手を取って、玄関へと歩んでいく。
「どんなあなたになってもって何だよ! 私は私だ! 何も変わってない!」
「ええ、分かってる。それは分かってるけど」
「何が? お前に何が分かるんだよ! どうせみんなと一緒に笑ってたんだろ? それで泣きが入ったから、からかい過ぎたと思って慰めに来たのか?」
「魔理沙、聞いて、あなたの目には見えていないみたいだけど、右手がドリルになってる。それは確かよ。さっき私やパチュリー様が怪我したのを見たんだから分かるでしょう?」
「だったらどうしてみんなには私の手が変に見えて、私には普通に見えるんだよ。あり得ないだろそんな事! 怪我だって、どうせお前等が何か細工したんだろ!」
「それは、分からないけど、きっと裏月世界が」
 自信の無い咲夜の答えが、魔理沙の怒りに油を注ぐ。
「何だよ、裏月世界って! もう良いよ! 一人にさせてくれ! 出てけ!」
「魔理沙」
「出てけよ!」
 魔理沙に引っ張られて、咲夜は玄関の外に放り出された。玄関が凄まじい音を立てて閉まる。
「魔理沙、待って!」
 魔理沙の答えは返って来ない。
 咲夜が合鍵を使って、再度中へ踏み込んでいく。
「話を聞いて!」
「勝手に開けんな!」
 泣き声混じりの魔理沙に思いっきり突き飛ばされて、咲夜は玄関の外に飛び出した。再び扉を開けようとするも、ノブが回らず開かない。どうやら向こう側で魔理沙が押さえているらしかった。
「魔理沙! お願い! 開けて!」
 扉を叩きながら、何度もドアノブを捻ろうとするが回らない。
 何度も。
 何度も何度も、鍵を回し、ドアノブを捻り、ドアを引っ張るが開かない。終いには「怖い! 止めろ!」という魔理沙の声が聞こえて、咲夜の体から力が抜けた。
 地面に崩れ落ちて、魔理沙の名を力無く呟く。
 その時背後から足音が聞こえ、影が差した。

 ホラーの様に何度も鳴らされた玄関がようやっと静かになったので、魔理沙は床に座り込み安堵の息を吐いた。頭の中が散らかっていて思考が働かない。虚ろな視線が無為にほこりを見つめている。
 何から何まで分からない。
 ずっと信じていたみんなが自分の事を馬鹿にしている。
 あの咲夜が。
 胸が苦しくなって掻き毟った時、外から咲夜の悲鳴が聞こえた。
 驚いて顔を上げると、再び咲夜の悲鳴が聞こえてきた。
 幻聴じゃない。
 魔理沙が慌てて外にでると、咲夜が何者かに捕まっていた。紫色を帯びたワンピースにナイトキャップ、そして真っ白な仮面をつけたそいつが、夕暮れの中で咲夜を背後から抱きしめ口を塞いでいた。
 魔理沙は一瞬虚を突かれたもののすぐに敵意をみなぎらせてそいつを睨む。
「誰だ、お前は!」
 そいつがくすくすと笑う。
「私の名前はマスクト・パチュリー」
 危険な雰囲気をまとっていた。魔理沙はじっとパチュリーの一挙手一投足を注視する。
 マスクト・パチュリー。幻想郷では聞いた事の無い名前だ。もしかしたら外から来た妖怪かもしれない。
「ふざけた名前だな。冗談はもう聞き飽きてるぜ」
「冗談では無い。貴様のドリルをいただきに来た」
 咲夜が身を捻ってパチュリーに顔を向ける。
「まさか、裏月世界の!」
「そう、裏月世界が四天王、花曇の魔女とは私の事」
 パチュリーの手が咲夜の首を強く掴む。骨の軋む音がして、咲夜が苦しげな声を上げた。
「冗長なのは嫌いなんだ。手短に行こう。さあ、ドリルを渡してもらおうか」
「ふざけるなよ」
 魔理沙が苛立ちを込めてパチュリーを睨めつけドリルを向けた。魔理沙の激情を表すかの様にドリルが二度三度回転する。
「本当にもうその冗談は聞き飽きてるんだ。あんたが誰だか知らないが、あまりくだらない事を言ってると、マスパでふっ飛ばすぜ」
 ドリルが一際強く回転する。
 それを聞いたパチュリーは咲夜を強く抱きしめる。
「良いのかい? こちらには人質が居るんだ」
「いかれてんのか? 本気で打つぜ」
 怒気の篭った魔理沙の言葉を聞いて、仮面の下からくすくすと笑いが漏れた。
「そうか。まだ冗談だと思っているんだな。ならこちらが本気であるという事を示しておこう」
「何をする気だ」
「言っただろう? こちらには人質が居ると」
 魔理沙の目が見開かれる。
「おい、止めろ!」
 魔理沙の叫びを聞いたパチュリーは笑みを浮かべて、首に手を掛けた。
 そして力を込める。
 首がもがれ地面に落ちる。首を失った体も傍に落ちて砂埃を立てる。
 破けたフェルトと中身の綿が地面に散らばった。
 まるで未来の咲夜を暗示しているかの様に。
「この人形の様に、死ぬ事になる」
 魔理沙は悔しげに呻いて硬直した。冗談かそうでないかは置いて、少なくとも相手の気が狂っている事だけは良く分かった。下手な刺激をすると本当に何をするのか分からない。
 咲夜が「私の事は良いから早く撃って」と叫んでいるが、それを無視して魔理沙はドリルを下ろす。
「ドリルが欲しいって言ったな。どうすりゃ良いんだ? 私の手にドリルがついているって言うんだろうけど、外し方が分からない」
「簡単だよ。難しい話じゃない。ドリルを外す方法は二つ、一つはドリルに設定された目的を達成する」
 魔理沙は不意に悪寒を覚えた。
 その予感を証明する様に、パチュリーが昏く宣言する。
「もう一つはお前が死ぬ事だ」
 魔理沙の顔が苦苦しげに歪む。
「そんなの無理に決まってるだろ」
「選択の余地は無い。私は譲歩してあげているんだ。分かるだろう? こちらには人質がいる。本当ならお前も人質も一緒に始末してしまえば良いところを、人質だけは助かる道を示してあげているんだから」
 ああ、と魔理沙は心の中で嘆息した。ああ、目の前の変人は本気で言っている。本気でドリルの事をのたまい、本気で人質を取り、本気でこちらを殺そうとしている。
 魔理沙は「どうすれば良い?」と心の中で呟いた。
 訳の分からない狂人に咲夜を人質に取られている。助けようにも咲夜に危害が加わりそうで動けない。交渉をしたいけれど、相手はこちらの言葉なんかに聞く耳を持たなそうな狂人で、解決方法は死ぬだけだと宣言している。
 どうすれば良い。
 分からない。
 本当にどうしてこうなってしまったのか。
 朝からずっと周囲の気違いじみた反応に晒されて、どん底まで陥ったと思ったら、最後にこれだ。
 私はどうすれば良い。
 分からない。
 紅魔館で寄ってたかって理解の出来無い事を言われた。
 人里で何の理由も無く指をさされて笑われた。
 そうして自宅では咲夜と衝突して。
 全くもって意味が分からなかった。
 どうして今日になって急にこんな事になったのか。
 そしてこれがいつまで続くのか。
 分からない。
 そして今、死ねと言われている。咲夜の代わりに死ね、と。
 あれこれ考える内に、何となくそれがましな選択肢に思えてきた。
 このまま訳の分からない周囲からの悪意に曝され続けるよりは、ここで咲夜の為に死んだ方が苦しまなくて済む気がした。
 暗く淀んだ表情の魔理沙は朧に霞む視界の中で咲夜を見つける。
 心配そうに涙を浮かべる咲夜は儚く可憐で、自分の命を懸けるに足る美しさを湛えていた。
「分かった。良いぜ」
 結局思考し続けた結果残ったのは諦観。自分は必要とされていないという強迫。このまま苦しんで生きていくよりは、誰かの為に死ねるのなら、そしてそれが大切な人であるならずっと良い。
「分かった。分からないけど、分かった」
 咲夜の為なら。
 魔理沙の視界の中で、咲夜は限界まで首をねじり背後のパチュリーを見ようとしていた。
 咲夜が口を開く。
 聞こえない程小さな筈の呟きが聞こえた気がした。
「魔理沙を殺したいの?」
 パチュリーが目を見開いて咲夜を見つめた。首をねじ曲げた咲夜と目が合わさる。
「魔理沙を殺すの?」
 パチュリーがその問いに答えようと口を開いた時には既に、咲夜を抱くパチュリーの手にナイフが突き刺さっていた。痛みに顔をしかめてパチュリーは咲夜を放す。抉られた手を抑えて顔をあげると、咲夜が無表情で腰だめにナイフを構えていた。
「待って待って待って!」
「駄目じゃない。魔理沙を殺すなんて。駄目よ、そんなの」
 咲夜は何の躊躇もなく踏み込み、もたれかかる様にしてパチュリーの腹にナイフを突き刺した。パチュリーは目を瞬かせながら寄り添う咲夜を見つめ、魔理沙も呆然としてその成り行きに目を見張る。
「うええええ!」
 パチュリーと魔理沙が同時に声を上げる。
「あんたは人質なんだから大人しくしててよ!」
 パチュリーの言葉等無視して、咲夜は黙ったままナイフを捻って動脈をちぎり切った。呻き声を上げたパチュリーから力が抜け、そのまま地面へと崩れ落ちる。
「得体の知れない魔法の元と呼ばれたこの私が」
 咲夜は爪先でそれを小突いて仕留めた事を確認すると、ナイフを捨てて魔理沙の元へ駆け寄った。
「魔理沙!」
「咲夜、大丈夫か?」
 咲夜が魔理沙に抱きついて涙を見せる。
「魔理沙、助けてくれてありがとう。怖かった」
「いや、私何もしてないんだけど」
 咲夜は涙を隠す様に魔理沙の胸に顔を埋め、魔理沙がそれをそっと抱きしめる。
 しばらくそうしていると突然高笑いが聞こえてきた。
 魔理沙と咲夜が慌てて辺りを見回すと、先程殺された筈のパチュリーが空に浮いていた。
「流石だな、魔理沙! ドリルの生えた勇者よ! まさかこうもあっさりこの大魔法使いマスクト・パチュリーから人質を奪い返すとは思わなかったぞ!」
「いや、私何もしてないんだけど」
「ははは、随分と余裕だな。私なんか相手にならないと?」
 聞く耳を持たない強靭に苛立った魔理沙は溜息を吐いて右手を構えた。
「逃げるなら今の内だぜ。私のマスタースパークで吹っ飛ばされたくなかったらな」
「くくく、いつまでそう強気でいられるかな?」
 パチュリーが空を指さした。魔理沙と咲夜が指先を見つめた瞬間、パチュリーの指が打ち鳴らされる。
 まるで辺りが夜にでもなったかの様に暗くなった。
 魔理沙達の視線がパチュリーの頭上へと注がれる。
 空を覆う位に巨大な岩が浮いていた。
 それが落ちてくる。
「な!」
「さあ、天に浮かぶ月の者として、地に這うお前に難題を出そう、魔理沙。この巨大な隕石から幻想郷を守れるかな?」
 そう言い残して、パチュリーの姿が消える。後には空を覆う隕石だけが残される。
 落ちれば辺り一帯どころか、地球自体を滅ぼせる程の巨大な隕石がゆっくりと落ちてくる。およそ人の成し得る奇跡ではどうにもならない位の絶対的な力が音も無く落ちてくる。
 あまりのスケールの大きさに、魔理沙は思わず咲夜を抱きしめた。それは大切な人を守る為か、あるいは自分の心を保つ為か。咲夜を抱きしめた魔理沙は声すら発せず、呆然として空から落ちてくる巨石に目を見張る。
「魔理沙」と咲夜に呼ばれ、魔理沙がはっとして咲夜を見ると、不安げな顔をしていた。それに笑いを返そうとしたが、無理だった。いつもであれば「大丈夫だ、心配するな」と励ますところなのにそれが出来無い。頭上の巨石から放たれる圧力の下ではどんな楽観も許されない。
「ごめん」
 結局魔理沙の口からは謝罪しか出てこなかった。何となく自分の所為でこうなってしまった事は察していた。
 咲夜が首を横に振って笑みを見せる。
「諦めないで」
 魔理沙は空を見上げる。諦めるなと言われても空の巨大な隕石をどうにかする手立ては無い。
「ごめん、咲夜。幾らなんでもあれは。私にはどうする事も」
「きっと大丈夫だから。どうすれば良いのか、私も分からないけど。でもきっと。だから諦めないで」
 咲夜が無理矢理笑みを浮かべている。
 自分を励まそうと無理してくれている事が分かって魔理沙は涙が出そうになった。それでもやっぱり自分には何も出来無い。
 魔理沙が自分の無力さに打ちひしがれていると、背後から足音が聞こえた。
「そうよ! こんな事で諦めるな!」
 魔理沙が振り返る。
「お前等」
 そこには仲間達が居た。先頭に立つ霊夢が自信のある笑みで仁王立ちしている。
「ここは幻想郷。あんな隕石位、壊せる奴なんていくらでも居るわよ」
「そうそう! 私に任せて!」
 霊夢の背後からフランが現れ、笑みを見せた。
「前にだって隕石を壊した事があるんだから」
 それだけじゃない。
 霊夢の後ろには沢山の妖怪達が居て、皆自信あり気に笑っていた。まるでお祭りでもあるかの様に騒ぎ立てている。
 それを率いる霊夢が腕を振り上げる。
「よし! 早速あのでかい岩をぶっ壊すわよ!」
 妖怪達が呼応して手を振り上げた。皆が思い思いの位置について落ちてくる隕石を睨み上げる。
「私の合図で一斉に攻撃! 良い?」
 森閑と静まった。誰もが呼吸すら止めて霊夢の合図を待つ。
 静まった妖怪達を見渡してから、魔理沙が隕石を見上げる。こんなに沢山の味方が居る。今まで敵として戦ってきたライバル達が一丸となって隕石に立ち向かおうとしている。何だか胸の内から熱いものがこみ上げてきて、隕石がさっきよりも小さく見えた。
「撃て!」
 霊夢の合図とほとんど同時に隕石が爆発して、剥がれた岩石が辺りに飛び散った。この世の終わりの様な凄まじい音と、大地が崩落した様な地響きを起こしながら隕石が削れていく。爆発の火炎で隕石が覆われる。閃光によって夜空が昼間の様に照らし上げられる。
 やがて隕石の破壊を確信した妖怪達が攻撃を止めた。空に残った炎と煙が次第に消え、完全に晴れると誰かが呟きを漏らした。
「……嘘」
 絶望の呟きだった。炎の晴れた上空には隕石よりも一回り小さくなっただけの巨大な黒い球体が見えた。幻想郷中の妖怪達の攻撃を受けても外皮の岩が剥がれ落ちただけ。黒い球体には傷一つ無く、隕石と同じ様にゆっくりと地表へ近づいてくる。
 総攻撃を受けても滑らかな表面を保ったままの漆黒の大怪球を見上げて、自分達の力が通用しなかった事に誰もが息を飲む。
「嘘だ! 何で壊れてないの!」
 フランは「信じられない」と叫んで漆黒の球体へ手を伸ばし、「どっかーん!」と叫んで拳を握った。それで大爆発が起こり球体が粉粉に破壊される筈だった。それなのに何も起こらない。何も変化が無く、ゆっくりと落ちてくる。
「そんな私の魔法が効かないなんて!」
 フランの悲痛な叫びが妖怪達の心境を正に表していた。誰もが自分の力なら隕石を破壊出来ると信じていた。「他の奴等なんて必要無い、あんな隕石、自分一人で破壊出来る」と思っていた。その過信は決して間違いでは無い。ただの隕石であれば破壊が出来た筈なのだ。妖怪はそれが出来るだけの力を備えている。それなのにどうして自分の力が通用しないのか。誰もが目の前の現実を疑って目を擦る。
 その問いに答えるかの様に、永琳が叫んだ。
「あれは、境域反応装甲!」
「知っているの? 永琳!」
「ええ、あれは月の科学が生んた装甲よ。魔力による攻撃を吸収して耐久力に変換するの。魔力で攻撃する妖怪にとっては天敵中の天敵」
 永琳の解説に妹紅が口を挟む。
「じゃあ、普通にぶん殴れば」
「駄目よ。あれだけの魔力を吸収した今、ちょっとやそっとの攻撃じゃ傷一つ付けられない。敵は隕石に見せかける事でまず最初に魔力による攻撃を引き出したのよ。姫様、実演お願いします」
 輝夜が頷いて兎達の持ち上げた黄金の板を持ち上げ、球体へ向かってぶん投げた。黄金の板は球体にぶつかった瞬間砕け散る。球体には傷一つ付いていない。
「そんな! あの金閣寺の一枚天井すら効かないの!」
 実際に自分の身にくらった事があるだけに、妹紅は金閣寺の一枚天井の威力を知っていた。だからこそ傷の無い大怪球が現実の物とは思えなかった。他の面面も妹紅の驚き様から、そのでたらめさを察して黙りこむ。
 誰もが万策尽きたと感じて静まり返った。そんな中で永琳が魔理沙を目に留めた。
「もしもあれをどうにか出来るとすれば、神殺しのドリルを持つ魔理沙しか居ないわ」
 全員の視線が魔理沙に向いた。
 魔理沙は不安そうに周りを見渡す。
「だから、ドリルってお前等」
 尚もドリルを信じない魔理沙に向かって紫が声を荒げる。
「魔理沙、もうそんな事を言っている時じゃなくなったの。あれをどうにか出来るのはあなたしか居ない。お願い、魔理沙。このままじゃ幻想郷が滅ぶのよ!」
 魔理沙は後ずさろうとして、腕の中に居る咲夜に気が付いた。咲夜が不安そうな顔をしている。頭上を見れば、漆黒の大怪球が浮かんでいる。幻想郷総出でもどうにも出来ず、皆が座して死を待っているこの状況。魔理沙は口を引き結び泣きそうな顔になって再び咲夜を見た。視線に気がついた咲夜と目があって、それで魔理沙の心が決まる。
「訳が分からん。分からないけど、とにかく私ならあれを止められるんだな」
「ええ」
「分かった」
 咲夜を放して空の球体を見上げる。
「魔理沙」
「離れて。危ないから」
「でも」
「良いから、離れてろ!」
 離れようとしない咲夜を突き飛ばすと咲夜は寂しそうに後ろへさがった。
 咲夜が後ろにさがったのを確認してから、空の球体へ右手を掲げる。
「永琳。一応言っておくけど、私には魔法しか無いからな。あれ、魔力を吸収するんだろ?」
「大丈夫。お願いね、魔理沙」
 魔理沙は一つ息を吸って目を瞑る。そうして息を止めると目を見開いて右の手に意識を集中させた。
「マスタースパーク!」
 その瞬間、魔理沙の尻からマスタースパークが放たれた。余波で辺りの者達を吹き飛ばし、魔理沙はロケットの如く球体へと突っ込んでいく。
 吹き飛ばされた咲夜が起き上がって空を見上げると、お尻からマスタースパークを噴出する魔理沙が球体にドリルを押し当てていた。ドリルと球体の接触点から火花が散っている。
 しばらく固唾を呑んで見守っていると、球体にひびが入った。
 金閣寺の一枚天井ですら傷のつかなかった球体が壊れようとしていた。地上の妖怪達が喚声を上げる。このままいけば球体を破壊出来る。誰もがそう確信した。
 だがそう上手くはいかなかった。
 突然魔理沙の噴出するマスタースパークが止まり、魔理沙が球体から弾き飛ばされた。そのまま落下し、地面にぶつかる寸前で咲夜と霊夢とアリスによって受け止められる。
「いけない。熱暴走を起こしたんだわ」
 永琳が慌てて魔理沙のドリルに手を翳し顔を顰める。ドリルは赤熱し、凄まじい熱を放っていた。
「このドリルは使い続けると加熱されて暴走するの。これじゃあしばらく使えない」
「そんな簡単に使えなくなるの? 欠陥じゃ」
「どんな物でも一瞬で貫くから熱なんて気にする必要が無かったの。あんな装甲、当時は無かったもの。まずいわ。冷ましていたら間に合わない」
「そんな」
「なら、あたいが冷やしてあげるよ!」
「チルノ!」
 チルノがふよふよと漂ってきたので、皆が期待の篭った眼差しを向けるが、永琳はそれを否定する。
「駄目よ。普通の熱じゃないの。冷気じゃ駄目。特殊な薬液が無いと」
 チルノはそれを聞かずに魔理沙の手を冷やそうとするも、幾ら冷気を吹きかけても一向に冷める気配が無い。
「その薬液は?」
「残念ながら作らないと。作るにしても一日二日掛かる。間に合わない」
 空の球体は今にも落ちようとしている。一時間だって待っていられない。
 皆が落胆する。
 一度希望が見えていただけに落差も大きかった。
 皆憔悴しきった顔で項垂れ、中には泣き出す者も居た。
 どうする事も出来無い無力感が辺りを支配している。
 その時、救世主が現れた。
「悲しむのはそこまでよ!」
 皆が声のした方を見ると、車椅子に乗ったパチュリーが小悪魔達を連れていた。どうやらお腹に怪我をして立てないらしい。
「パチュリー様! 何処に行っていたんですか?」
「咲夜、遅れて悪かったわね。ちょっと野暮用があって」
 パチュリーが懐から薬瓶を取り出す。図書館で魔理沙に塗ろうとしていた保護液だった。
「この保護液なら魔理沙のドリルを一瞬で冷ます事が可能よ」
 保護液を魔理沙に塗ろうとしたパチュリーに向かって、永琳が首を横に振る。
「薬液は特殊な物なの。そんな即席で作った様なのじゃ冷ます事は」
「出来るのよ」
 パチュリーが保護液を垂らした瞬間、蒸発する様な音を立てて、ドリルの赤みが消え、放出していた熱が消えた。
 永琳が驚いてパチュリーに視線を向ける。
「ドリルの仕組みを元から知っていないと作れないのに!」
「知っていたのよ。それだけ」
「馬鹿な! ドリルの事は当時の神神しか知らない筈」
「情報は何処からでも漏れるものよ」
 永琳の睨みを受け流しながらパチュリーは咲夜へ保護液を渡す。
「咲夜、あなたにこれを預けるわ」
「パチュリー様、どうして私に?」
「ドリルの原動力は思いの力。魔理沙から生えたドリルなら、これはあなたが持っているべきよ」
 保護液を受け取った咲夜は大事そうに薬瓶を握りしめた。パチュリーはそれに頷きを返してから、今度は魔理沙へ向いた。
「魔理沙、いつまで寝ているの?」
「寝てねえよ」
 魔理沙が起き上がって空を睨む。
「もう一回行くぜ。もうひびが入ってる」
 勇む魔理沙を抑える為に、永琳が慌てて言った。
「あの装甲は二層式。あの下には更に硬い二層目があるわ」
 魔理沙は舌打ちするも、すぐに笑みを浮かべる。
「つっても、どうせやるしか無いんだろ。だったらするべき事をするだけだぜ」
 そう言って、魔理沙が空に右手を翳す。その傍に咲夜が寄った。
「魔理沙、危なくなったらすぐに私が保護液を塗ってあげるから」
「ああ、頼む」
 魔理沙は笑みを見せてから再び空を睨み上げた。
「みんな、離れてろよ!」
 全員が離れたのを確認して、最後に一度咲夜へと笑みを見せ、魔理沙は再びマスタースパークを放った。お尻から吹き出したマスタースパークの推力で瞬く間に球体へと辿り着き、火花を散らしながら球体を穿ち始める。瞬く間にひびが増え、今にも球体は壊れようとしている。だが永琳の話によれば、それはあくまで第一層。その下には更に堅固な第二層が控えている。再び熱暴走を起こすのは目に見えていた。
 咲夜も保護液を持って魔理沙を追おうとして、パチュリーに手を掴まれた。
「何ですか?」
「咲夜、保護液はそれしか無いから大事に使いなさい」
「はい」
「幸運を祈るわ」
「はい!」
 咲夜が大きく頷いて空を飛び、魔理沙の元へと向かった。
 その瞬間、凄まじい爆発音が鳴った。第一層が爆発を起こし、辺りに巨大な破片を飛び散らせていた。魔理沙が爆発に吹き飛ばされたのを見て、慌てて破片を避けながら落ちようとする魔理沙を抱きとめる。
「大丈夫?」
「ああ、咲夜か。何とか一層目は破壊したぜ」
「ええ」
 下を見ると、妖怪達が破片を迎撃し次次に破壊している。さっきまでは傷を付ける事すら出来なかったのに今は誰もが楽楽と破壊している。どうやら破片にしてしまえば、破壊する事が可能な様だ。
 咲夜は魔理沙のドリルが異常に発熱しているのに気がついて、急いで保護液を塗り冷却した。既に残りは半分を切っている。これではもう、後一度しか冷やせない。
 ようやく降り注ぐ破片も消え、空には一回り小さくなった球体が見えた。
「じゃあ、行くぜ」
「ええ」
 咲夜が離れると、魔理沙は球体を睨み、マスタースパークを噴出して球体へと飛んでいった。再び火花を散らして球体を掘削し始める。だが今度はいつまで経ってもひびが入らない。永琳の言った通り一層目よりも硬い様だ。ひびすら入らない内から、既に魔理沙のドリルが赤く発光し始めていた。限界が近い。
 咲夜は慌てて魔理沙の元に近寄り、ドリルに保護液を塗ろうとした。
 しかし凄まじい火花が散っている上に、恐ろしい勢いで回転し凄まじい熱を発している。触れればただでは済みそうにない。
「危ないから近寄るな!」
 魔理沙の傍で右往左往していると怒鳴られた。
「私は大丈夫だから、咲夜はさがってろ!」
 大丈夫というが魔理沙の表情は苦しげで時折呻き声を上げている。ドリルの赤みも更に増して、既に限界を迎えている。早く保護液を塗らなければならないのに、ドリルの熱の所為で近づけず、熱気や火花を我慢しても凄まじい回転の所為で触れる事が出来無い。触れない様に垂らしても、ドリルの勢いに弾かれるだけだろう。
 突然、球体にひびが入った。それを切っ掛けとして、球体に次から次へとひびが入っていく。もう少し。もう少しで破壊出来る。けれど魔理沙のドリルは真っ赤で、呻きは既に絶叫の様だった。
 どうすればと悩んでいる内に、はっと気が付き時を止めた。
 ドリルの掘削音、魔理沙の絶叫、妖怪達の喚声、それ等が全て消えて、静まった時の中、咲夜は魔理沙の下へ向かう。
 止まった時の中であれば、速度は零になる。運動が消失するので、当然熱も消える。咲夜は保護液を垂らしてドリルに薄く塗りつけた。保護液が無くなり、薬瓶が空になる。
 満遍無く塗り終えた咲夜は安全の為に少し離れてから止まった時を動かした。
 途端に音が蘇る。赤色から鈍色に戻った魔理沙のドリルが勢い良く回転し、球体を掘削していく。
「保護液はもう無いわ!」
「分かった! これで決める!」
 魔理沙の言葉に合わせてドリルの回転が速まり、球体が凄まじい軋みの音を発して、一気にひびの侵食が進んだ。
 だがドリルからも壊れそうな程に甲高い音がなっている。どちらが先に壊れるかの勝負だ。
「魔理沙! もうちょっと!」
「分かってる!」
 魔理沙が気合の叫びを上げると、ドリルの勢いが更に増した。
 ひび割れが一気に進み、表層が剥がれだす。
 球体の軋みが大きくなって、内側から地鳴りの様な音が立ち始めた。
「行けぇ!」
 魔理沙が一際大きく叫んだ瞬間、球体に走ったひびから光が漏れ、その光がどんどん大きくなって、それが極限まで達した瞬間、火炎を起こして爆発した。
 炎と破片の嵐に巻き込まれそうになって咲夜は悲鳴を上げる。その眼前に魔理沙が立ちはだかり、ドリルを回転させて迫り来る破片と炎を弾き飛ばした。
 嵐を防ぎきった魔理沙に抱きとめられて、咲夜は思わずその姿に見惚れる。
「魔理沙、ありがとう」
「怪我は?」
「私は大丈夫。魔理沙は?」
「私も何とか。ミニ八卦炉が妙に熱いけど」
 そう言って魔理沙が右腕のドリルを持ち上げた。酷い熱気を発している。どうやら魔理沙はミニ八卦炉を握って、それが発熱していると思っている様だ。
 咲夜はその間違いを正そうとして、やっぱりやめた。一先ずはあの隕石を防ぎきった安堵で一杯だった。今はそんな事、言わなくて良い。ほっと息を吐いて空を見上げ、そして表情が凍りつく。
 空にはまだ漆黒の大怪球が浮かんでいた。
 二層目も壊した筈なのに。
 どうして?
 咲夜の視線に気がついた魔理沙も上を見上げ、そして驚きに目を見開いた。
「まさか、三層目もあったのか?」
 三層式。
 まさかまだもう一層あったなんて。
 いや、それだけじゃないかもしれない。もしかしたら更にもう一層。あるいはもっと。
 もしもそうだとしたら。
 魔理沙のドリルは既に限界を迎え真っ赤だった。三層目にすら立ち向かう余裕が無い。手に持った薬瓶はもう空で、ドリルの熱を取り払う事が出来無い。完全に八方塞がりだった。
 絶望で息を詰めた咲夜を魔理沙が抱きしめる。
 咲夜は救いを求めて縋る様に魔理沙を見たが、魔理沙の顔に浮かんだ笑みにも諦めが混じっていた。
「悪かったな。巻き込んじゃって」
「魔理沙、もう保護液が無くて」
 頭を撫でられ、咲夜は涙が溢れてくる。
「魔理沙、私どうすれば」
「離れてて」
「魔理沙?」
「危ないから離れて。大丈夫、後は私がやるから。やるべき事が分かってるなら、やるだけだ」
「でも、ドリルはもう熱を持ちすぎて」
「そのドリルって言うのが未だに良く分からないけど、確かにもう気力が限界で魔力も空っぽだ。でも私にしか出来無いっていうのなら、私がやらなくちゃいけない」
 そう言って魔理沙が咲夜から離れて球体へと向かう。
「待って!」
 それを咲夜が呼び止めた。
「私も一緒に行く。何も出来ないかもしれないけど」
「危険だ。だから」
「同じじゃない! 何処に居たって。あれが落ちればどうせ死ぬ」
「咲夜、でも」
「それなら私はあなたの傍に居たい。私はあなたがどんなになっても、どんな事があっても、どんな時でも、私はあなたの傍に居たい。もしも死んでしまうなら、あなたの傍で一緒に眠りたい」
 一息に言い切った咲夜が息を荒らげて魔理沙を見つめる。涙で滲んだ視界の中、魔理沙は無言のまま近寄って、じっと見つめてきた。咲夜の涙がひいても二人は見つめ続け、時が止まったかの様な錯覚の中、唐突に魔理沙が微笑みを浮かべた。
「手、握ってくれるか?」
 そう言って、左手が差し出される。咲夜が目を落とすと、魔理沙の手は震えていた。
「怖いんだ。だから握って欲しい。勇気が欲しい」
 咲夜がそっと手を握る。温もりが伝わってくる。
「良かった。右手だと傷つけるけど、左手だったらお前に触れられるんだ。まだお前の手を握れるんだ」
 魔理沙は笑って咲夜の手を握る。
「一緒に来て欲しい」
 咲夜が顔をあげると魔理沙は気恥ずかしげに目を逸らす。
「一緒に、ずっと、傍に居て欲しい。隕石を壊した後も、これからずっと。駄目かな?」
 魔理沙の言葉に、咲夜は感極まって涙を流した。
「駄目じゃない。勿論一緒に」
 必死でそう言うと、魔理沙が笑顔になって手を引っ張ってくれた。
「じゃあ、まずはあれを壊しちまおう」
 咲夜が頷く。魔理沙に引かれて漆黒の大怪球へと飛んで行く。
 さっきまでの絶望は消えて、前に踏みだそうとする勇気だけが溢れてくる。
 漆黒の球体は二層目よりも更に一回り小さくなっていた。小さくなった分、壊しやすそうに思える。だが一層目よりも二層目の方が硬いのであれば、二層目よりも三層目の方が更に硬いのだろう。近づいてみると、滑らかな漆黒の表面は静かに永劫の時を湛えているかの様で、それを傷つける事が想像出来無い。漆黒の表面に映った朧気な自分の姿がまるで遺影の様に見えて咲夜は思わず体を震わせた。けれど掌から伝わってくる魔理沙の体温に励まされて、咲夜は球体に映った真っ黒な自分を睨みつける。
「覚悟は良いか?」
 魔理沙の言葉に咲夜は笑顔を作って頷いた。
「いつでもどうぞ。最初から覚悟は出来てるわ」
「じゃあ、行くぜ!」
 魔理沙が球体に赤く加熱したドリルの先端を当てる。息を飲み、息を吸って、思いっきり息を吐き出した。
「マスタースパーク!」
 叫んだ瞬間、ドリルが回転し球体の表面に傷がつき始める。七色の光が後方に噴射され、ドリルが更に強く球体に押し当てられ、表面が抉れていく。
 けれど初めから無理な話だった。
 ドリルは限界で、魔理沙はすぐに悲鳴を上げ始めた。
「魔理沙!」
 咲夜が叫ぶと、魔理沙が悲鳴を上げながらも笑みを見せた。
「咲夜」
 ドリルの回転が弱まっていく。
「ごめんな」
 マスタースパークの噴出が底を尽きた。
「これで失敗したら、あの世で謝るから」
 魔理沙が再び球体を睨む。
 そしてありったけの気合を込めて、裂帛の叫び声を上げた。
「ファイナル!」
 魔理沙の手が咲夜の手をぎゅっと握りしめる。咲夜もそれに応えて魔理沙の手を握り返す。
 魔理沙の笑みが深くなる。
 ドリルが再び回転しだす。
 マスタースパークがさっきよりも力強く噴出する。
「スパーク!」
 その瞬間、ドリルの先端から真っ白な光の奔流が迸り始めた。ドリルの回転数が突然上がり球体に穴を開けて内部へと埋まる事で、光の奔流は球体の内部へと注ぎ込まれる。球体の内部からまるで悲鳴の様な掘削音が響きだし、それがどんどんと大きくなった。
 もう少しだ。
 もう少しで破壊出来る。
 咲夜が魔理沙の手を更に強く握りしめる。自分の力が少しでも魔理沙の力となれる様に。雄叫びとも悲鳴とも付かない叫び声を上げる魔理沙を、支えてあげられる様に。
 耳をつんざく様な掘削音と、肌を焼く火花、真っ白な光の奔流に包まれながら、咲夜はありったけの感情を込めて、魔理沙の手を握りしめる。
 魔理沙の口元に笑みが浮かび、言葉にならない気迫の叫びを上げる。
 ドリルの回転数が上がり、マスタースパークが更に力強く噴出する。
 大怪球から漏れる悲鳴が高まっていく。
 やがて一際大きな悲鳴が断末魔の様に響き渡ると、いきなり球体の表面がひび割れ、中から光が漏れだした。
「ぶっ壊れろ!」
 魔理沙が最後の力を振り絞って叫んだ瞬間、辺りが真っ白な光に満ちた。
 巨大な爆発が起こった。
 白光に巻き込まれる時、魔理沙に名前を呼ばれた気がした。それに応える為に魔理沙の名前を叫んだ。けれどすぐさま業火に包まれて、咲夜は意識を失った。

 気が付くと、咲夜は地面に横たわっていた。
 慌てて身を起こすと右手に違和感があって、見ると魔理沙の手を握っていた。魔理沙は疲弊しきった様子で横たわり、薄っすらと目を開けていた。
 傍には霊夢達が立っている。
「魔理沙は爆発の中、あなたを庇って」
「そんな」
 魔理沙を見ると、弱弱しい微笑みを浮かべていた。
「隕石、完全にぶっ壊したぜ。どうだった私のファイナルスパーク」
 魔理沙は未だに自分の手がドリルになったと気がついていない様だ。
 咲夜は一瞬口ごもったがすぐに頭を振って笑顔を見せた。
「凄かったわ、あなたの魔法」
 すると魔理沙が笑い声を上げた。
「冗談だよ。流石の私ももう気がついた。私の手は、ドリルになっているんだな」
 魔理沙が右手を掲げる。
「どう見ても普通の手にしか見えないのに」
 咲夜の目にはそれがドリルにしか見えない。魔理沙と同じ物を見られないのがもどかしかった。魔理沙の気持ちを分かってあげられないのが辛かった。
「魔理沙、どんなになっても私は」
「傍に居てくれるんだろ」
 咲夜が頷いて微笑みを見せる。魔理沙も表情を崩した。笑おうとしている様だが失敗していた。魔理沙の息がどんどんと弱まっていく。素人目に見ても、死の淵が迫っていた。
 咲夜の目から涙が溢れ出た。魔理沙の左手を握り締めて、宣言する。
「ずっと傍に居るから」
「良いよ。要らない」
 魔理沙が最後の力を振り絞る様に咲夜の手を振りほどいた。咲夜の息が拒絶された衝撃で詰まる。
「どうしてそんな事を言うの?」
「墓の中まで来なくて良い。傍に居てくれるのは今だけで十分だ」
「魔理沙、そんな事言わないで。大丈夫、すぐに元気になるから」
 励ましの言葉を掛けたが、魔理沙は応えなかった。魔理沙の手が地面に落ちる。目を見開いたまま固まっていた。呼吸が止まっていた。
「魔理沙?」
 咲夜が魔理沙を揺する。だが力の抜けた魔理沙は目を開かない。
「嘘でしょ? 魔理沙?」
 咲夜の呼びかけに魔理沙は答えない。心臓の鼓動も消え静かに横たわっている。
「魔理沙」
 次から次へと涙が溢れてくる。
「魔理沙ぁ!」
 悲痛な叫び声が辺りにこだまする。
 そこへやって来た永琳が魔理沙の顔面に向かって薬瓶から液体を垂れ流した。薬を顔面にかぶった魔理沙は一気に蘇生して「苦っ!」と叫んでごろごろと転がっていった。

「どうして魔理沙にはドリルが見えていないのかしら」
 咲夜達が蘇生した魔理沙を介抱している。その様子を眺めながら、輝夜が永琳に問い尋ねた。永琳も仲睦まじい二人の様子を眺めながら答えを返す。
「きっと現実を拒絶しているのよ。輝夜だって自分の手がドリルになるだなんて嫌でしょ?」
「まあ、そうかな? でも咲夜に肯定されて現実を受け入れているみたいだけど。それなのにまだドリルが見えていないの?」
「表面上はそう見えても、裏側はまた違うという事。魔理沙にはドリルが右手に見えている様に、私達外野から魔理沙がどんな風に見えても心の底はそれと違う。きっとこれからずっと、心に負荷としてのしかかる。前途は多難で、いつ心が壊れてもおかしくない」
「そっか」
 永琳の悲観的な言葉に、輝夜が顔を曇らせる。けれど言葉にだけは希望を込めて力強く呟いた。
「けどあの二人なら」
「ええ、きっと乗り越えていける」
 仲睦まじく語り合う魔理沙と咲夜を見つめながら、輝夜と永琳はそうなって欲しいと期待を込めてそっと微笑んだ。

 パチュリーが自室で一人本を読んで居ると、背後から唐突に声を掛けられた。
「弱いなぁ。あんなただの人間にやられちゃうなんて、四天王として恥ずかしくないの?」
 パチュリーは本に目を落としたまま答えを返す。
「あなたなら勝てると言うの?」
「勿論! 何言ってんのさ。あんたとは違うんだよ」
「油断していると足元を救われるわよ」
 パチュリーにいなされた背後の気配から怒りが滲み出る。
 それを抑える様に別の気配の声が聞こえた。
「負けたは負けたにしても、データ位は取れたんだろう?」
「取れる訳ないでしょ、こちとら必死でそれどころじゃなかったわ」
「それは……失態だぞ。作戦を完遂出来ず、何の役にも立たないのでは。上に報告させてもらう」
「ええ、何処へでも報告して頂戴。言い訳はしないわよ」
 何の感情も見せないパチュリーの態度に背後の気配から困惑の色が現れる。
 するとそこへ更に別の気配が混ざってきた。
「まあ、今日のところは良しとしましょう。まだ初日ですから」
 新たな気配は「ですが」と継いで、殺気を漏らした。
「同じ失態を二度すれば、次はありませんよ?」
「ええ、分かってる」
「なら良いのです。天底開之剣を破壊する事は、私達が月とこの地上を支配する遠大な計画の第一歩にして最も重要な使命。我我の長年の夢が間近に迫っている事をお忘れなく」
「心しておくわ」
「では」
 三つの気配が同時に消えた。
 完全に居なくなった事を確認して本をしまうと、パチュリーはドリルのデータを引っ張りだして再び解析に戻った。
「どちらでも良いのよ。月でも地球でも」
 解析を続けながらパチュリーは昏く呟く。
「何なら全てが滅べば良い」
「パチュリー様? 何変な事を言ってるんですか?」
 部屋の扉から小悪魔が顔をのぞかせた。
 パチュリーが無表情のまま振り返る。
「大した事じゃないわ」
「そうですか。もう夜も遅いんですから早く寝た方が良いですよ」
「分かってる。でも私には叶えなければならない使命があるの」
「そうですか。おやすみなさいませ」
 小悪魔が扉を閉めて「また中二病こじらせてるよ」と呟きながら去っていった。
 パチュリーはそんな事を気にせずにまた解析に戻る。
「魔術さえあれば良い。魔術の深奥さえ覗ければ」
 パチュリーの呟きがへどろの様に部屋に満ちる。
「例え全てを犠牲にしたとしても」
 そうしてパチュリーが後ろを向いた。
「だからあなたが何を仕組んでいても関係ない。勝手になさい」
「仕組んでいるとは心外ですわ。私はただ幻想郷を守りたいだけですのに」
 紫が胡散臭い笑みを浮かべて闇の中から現れた。
「その為に魔理沙にドリルを?」
「ええ、都合が良かったので、境界をいじって」
「その為に天津甕星の封印を?」
「あら嫌だ。何を仰っているのやら」
 紫がころころと笑う。酷く胡散臭い笑顔。それを睨みつつパチュリーは尋ねた。
「どうでも良いけど、どうして私の所に来たの?」
「今まであまり親交が無かったでしょう? ですからお友達にと」
 あまりにも胡散臭い言葉だったが、パチュリーはあっさりと頷いてみせた。
「構わないわよ。友達になりましょう」
「あら、嬉しい。仲良くしましょうね?」
「ええ、仲良くしましょう」
 紫は一際強く笑顔を見せると、前触れも無く隙間の中に消えた。
 パチュリーは息を吐いて再び机に向かった。
 無表情でデータを見つめ、黙黙と解析が続く。

「良いのかよ、屋敷の仕事休んで」
 事件から一日経ってすっかり元気になった魔理沙は自宅に来た咲夜を迎え入れた。
「ええ、昨日は怪我をしてしまったから、今日は傷病休暇中」
「良い会社だな。外の世界じゃどんな重病でも仕事をさせられるらしいぜ」
「そんなところで働く気はありません」
 そう笑いながら、咲夜は持ってきた昼食を並べてテーブルについた。
「魔理沙が幻想郷を救ったってあちこちで大騒ぎよ。主に聞屋の所為で。このまま英雄にでも祭り上げられそうな雰囲気」
「ごめんだね。それに今だけだよ。きっとすぐに忘れて私の事を笑い出すさ」
「そんな事ないわよ」
 祈りを捧げて食事を始める。咲夜の目から見ると明らかに魔理沙の右手はドリルなのに、魔理沙は普通に食事をする。今までずっとそうやって食事をしてきたかの様に、スプーンもフォークもドリルに張り付けて自然に操っている。
 咲夜の視線に気が付いた魔理沙は自分の右手に目をやって笑った。
「そういや、ドリルになってるんだっけ? 傍から見るとどう見えているんだ? スプーン持てないだろ、ドリルじゃ」
「スプーンがドリルに貼りついて」
「何だそりゃ」と笑って、魔理沙が食事を続ける。
 魔理沙はあっけらかんと笑っているが状況は苦しい。
 隕石は破壊したものの、何の解決にも至っていない。魔理沙の右手はドリルのままだし、裏月世界とかいう組織は健在だ。いつまた魔理沙が襲われるのか分からない。
 思い悩む咲夜に魔理沙は視線を合わせず呟いた。
「もう私に会いに来るなよ」
 咲夜の手が止まる。魔理沙はスープに口を付けてから再度言った。
「いつ襲われるか分からないし、ドリルのついた私と居たらお前まで笑われるし、良い事無いだろ。出てけよ」
「嫌」
 咲夜はきっぱりと拒否してまた食事に口をつけはじめた。
「咲夜、良く考えてくれ」
「それより魔理沙はどう思ってるの? 私と居たくない?」
「居たくないとかじゃなくて、居るとお前に迷惑が」
「私と居たくない? それとも一緒に居たい? どっち?」
 咲夜の有無を言わさぬ問いに魔理沙は思案する様に顔を俯け、やがて苦しそうに答えを出す。
「一緒に居たくない」
「本当に?」
 再度問われた魔理沙は頭を掻いて苦笑する。
「つまらない嘘だな」
 魔理沙が溜息を吐いたので、咲夜は微笑んだ。
「私はあなたがどんなに変わっても、あなたと居る所為でどんな事に巻き込まれても、それでもあなたと一緒に居たい」
 魔理沙も咲夜に微笑みを返す。
「私もだよ」
 そうして二人が見つめ合って手を取り合った時、外からアリスの声が聞こえてきた。
「大変よ、魔理沙! また裏月世界の奴が」
 魔理沙は慌てて咲夜から手を放すと、呆れた顔で立ち上がる。
「裏月世界に休みは無いのか? 悪い、咲夜、ちょっと行ってくる」
「私も行くわ」
 魔理沙はそれを止めようと口を開いて、それから頭を振って苦笑した。
「ああ、一緒に行こう」
 魔理沙に手を引かれて咲夜は外へ飛び出した。ぎゅっと握りしめた魔理沙の手は温かくて、これからどんな困難がやって来ても乗り越えていける気がした。
 新たな事件が起こったというのに不安は全く無い。むしろ勇気が沸いてくる。
 咲夜は自然と笑顔になる。
 魔理沙の勇気が幻想郷を救うと信じて。
ご愛読ありがとうございました!
烏口泣鳴
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コメント



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復習

この話の教訓:日頃の行いは大切である。
5.100金細工師削除
わーい♪咲マリだぁ(*´ω`*)
と思ったらなんだこれは!
どこから突っ込んだらいいんだ?
一つだけ言うなれば…

いいぞ!もっとやれ!
10.無評価名前が無い程度の能力削除
どこが面白いのかさっぱりわかりませんでした。