割と知れ渡っていることではあるが、紅魔館の図書館は広い。
そしてあまり知られていないことではあるが、紅魔館の図書館は高い。天井が、である。
地下に存在する筈の図書館に窓があるのはその為だ。地下から一階、二階、三階部分までぶち抜いて、魔女パチュリー・ノーレッジを主とする図書館は、傲然と佇んでいる。
その高さに合わせて、本棚も同様に巨大だ。良く倒れないものだと思うが、その辺は魔法で補強してあるらしい。
天井付近にまで伸びる本棚に、人を撲殺できる様な分厚い本がぎっちり何十段にも渡って詰め込まれている様は、まさに圧巻の一言だ。圧巻。うん圧巻。上手いこと言ったかもしれない。アリスは胸中でこっそりと自賛した。
「なにニヤついてんだ?」
「ッ……なんでもないわ」
どうやら顔に出ていたらしい。正面に座っていた魔理沙の言葉に、アリスはコホンと小さく咳払いをして本を閉じた。
そのまま席を立ち、別の本を求めてふわりと浮かび上がる。
やたらとでかい本棚を並べ立てておきながら、この図書館には脚立等の類は一切置かれていない。飛べない者お断り。その広大さに反比例してなんとも狭い門戸である。主の捻くれっぷりが如実に表れていると言っていい。
本を整理していた司書の妖精に軽く断りを入れ、彼女は本を棚に戻した。そのまま、その周辺にあった本を手に取りパラパラと中を確認する。
これだけ広大な図書館であるので、結構な数の妖精がその管理に当たっていた。パチュリーの使い魔である小悪魔(本名はパチュリーしか知らないらしい)を司書長に、妖精メイドの中から志願のあった数十名の妖精達が、司書として図書館内をちょこまかと飛び交っている。
志願制であるので、全員が本好きの妖精達だ。本が大好きで、大好き過ぎて、古びた本から漂うカビ臭さを『芳しい』と称する、腐った連中の集まりである。
とある古道具屋店主の話によると、外の世界には腐女子という人種が存在するらしいが、もしかしたらこういった連中のことを言っているのかもしれない。
ともあれ、そう言った非人間共(いや、文字通りの意味にもなってしまうが)が管理しているためか、本の整理、整頓具合に比べて、掃除にはあまり念が入っていない。いや、ハッキリと言おう、手抜きだ。今手に取っているこの本も少々埃が被っているし、何よりその、あれだ。カビ臭い。嗚呼カビ臭い、カビ臭い。
前述した窓に関しても、常に分厚いカーテンが閉じられていて、日光など殆ど入ってこない。館内を照らすのは、魔法によって明かりをともされたランプ(火事を防ぐために蝋燭は使われていない)のみで、常に薄暗く陰気である。
確かにここは吸血鬼の館内なのだが、件の吸血鬼姉妹は「くしゃみが止まらんくなる」「身体がかいかいってなる」と言って、図書館には近付こうともしない。すこぶるデリケートである。吸血鬼。ニンニクだの日光だの流れる水だの、伊達に沢山弱点をこさえていない。吸血鬼。
話が逸れた。とにかくそんな訳で、別に窓を全開にしていても何の問題もない筈なのだ。それなのに換気すらしようとせず、本をさながらチーズか納豆の如く発酵させ放題にしているのは、単にここに居る連中の趣味(あるいは性癖)に他ならないだろう。
今も司書妖精の一人が、本棚に顔を埋めてクンカクンカしているし。いやもうこれ、本が好きとかそう言うレベルじゃない。
この図書館の蔵書は質、量共に申し分ないだけに、この現状だけはどうにかして貰いたいというのが、アリスの正直な気持ちだった。
さてまあ、そんな彼女の願いが聞き届けられたという訳ではないだろうが、事の始まりは図書館へ紅茶を持ってきた咲夜であった。
「ありがとう。悪いわねいつも」
コトリと置かれた紅茶に、礼を言うアリス。
「構いませんわ。メイドとして当たり前の仕事ですもの」
「わたしの分が無いんだが?」
「客でもない人間に出す紅茶なんて、この館にはありませんわ」
魔理沙の言葉に、咲夜は極上の笑顔で返した。
「何処に行っても、わたしを客扱いしてくれないんだ。この不条理をいったい何処に訴えりゃいい?」
「閻魔様のとこにでも行ってきなさいな。アンタの白黒衣装を真っ黒に染め変えてくれるわよ」
アリスにまでそう言われ、魔理沙はやれやれと肩をすくめて再度本へと向き直った。
常であれば、咲夜はそこで一礼して退出していくところなのだが、その日はそのまま佇んだままであった。
ゆっくりと図書館の中を見回し、そして優雅な足取りで手近な本棚へと歩み寄っていく。細く白い人差し指で棚を一撫で。その指先に積もった埃に、咲夜の眉根が僅かに寄せられた。
「パチュリー様」
「……なに?」
それまで、黙々と本を読んでいた図書館の主が、初めて口を開いた。口を開いて尚、本から顔を上げることはなかったが。
「そろそろ、図書館の大掃除を致しませんか?」
瞬間。図書館内の時間が停止したかのような静寂が訪れた。
あれ、時止めの能力ってこういうのだっけ? と首を傾げるアリス。魔理沙を見やれば、彼女もこのただならぬ雰囲気に目をパチクリさせていた。
司書妖精達も、主の傍らに控えていた小悪魔も凍り付いたように静止する中、唯一パチュリーだけがよどみなく本のページをパラリと捲る。
「必要ないわ」
静かな、しかし有無を言わせぬ意志の込められた重い返答だった。アリスと魔理沙が、揃って僅かに椅子を引いてしまうほどに。
されど相手は紅魔館のメイド長。悪魔の犬と称される、完璧で瀟洒なメイドである。貼り付けた笑顔を欠片も崩すことなく対峙する。
「しかし、流石に埃の溜まりようが目に余りますわ。最近は、今日のようにお客様が訪れることも増えましたし、このままというのはどうかと」
「客なんて知ったことではないわ。人のためではなく、ただ知識のために存在する。ここはそう言う場所よ」
「その知識、書物の保全にとっても、あまりよろしくないのでは?」
「本の管理は司書が滞りなく行っているわ。メイドの貴方が、口を挟むことでは無いでしょう」
「私はお嬢様より館を美しく、清潔に保つよう指示を承っているメイドです。そしてここは、お嬢様のお屋敷の中です。お忘れですか?」
「そのレミィから図書館の管理を任されている“友人”が私よ。雇われのメイド風情が身の程を弁えなさい」
気がつけば。アリスと魔理沙の椅子は、机から随分と遠ざかっていた。
なにこれすごいこわい。
今すぐここから離れたいと願う気持ちと、この状況で迂闊に動く事に対する恐怖心が、臼石の如くアリスの心を挟んでゴリゴリとすり潰す。心臓の音すら、可能ならば止めてしまいたい。そんな圧迫感が図書館中を覆っていた。
「平行線、ですわね」
「貴方が曲がれば交わるわよ」
「お断りですわ」
「そう。私もよ」
パタンと本を閉じ、パチュリーはここに至ってようやく顔を上げた。
魔女とメイド、二つの視線が真っ直ぐにぶつかり合う。その中心で、見えない火花がバチバチと弾けているのを、アリスは幻視した。
「では、準備をさせていただきますわ」
「勝手になさい。こちらは叩き潰すだけよ」
フイッと、咲夜が視線を外した。そのまま足を、図書館の外へと向ける。
パチュリーもまた立ち上がり、小悪魔を伴って図書館の奥へ引っ込もうとしていた。
「な、なあ?」
ついぞ聞いたことのない、遠慮がちに小さく掠れた声を、魔理沙が漏らした。
魔女とメイド、二つの視線が魔理沙に向けられる。途端、魔理沙はビクリと身を竦ませた。幾十、幾百の弾幕を前にしてもひるまず突っ込んでいく魔理沙が、である。
しかしそれでも興味が打ち勝ってしまうのが、彼女の長所であり短所か。怖ず怖ずとどもりながらも、彼女は言葉を続けた。
「えっと、その……な、なんか、始まるのか……?」
「なにか? 決まってるじゃないの」
パチュリーが、口の端を僅かにつり上げた。それは、アリスが初めて見る、彼女の笑みだった。
メイド長が浮かべる上品な笑顔とは正反対の、妖艶さと、残忍さと、嘲りが入り交じった、魔女の笑み。
続けられた答えは、酷く短いものだった。
「戦争よ」
「いいえ、清掃ですわ」
後に続けたのはメイド長。そのまま、バタリと図書館の扉は閉じられた。
――宣洗布告
翌日。そんな文字が書かれた書状が、パチュリーの元に届けられた。
「……洗われるのか?」
「そうらしいわね」
魔理沙の呟きに、パチュリーは無感動な言葉で返した。
摘んでいた紙をピンと弾いた瞬間、炎に包まれて灰となって落ちる。近くにいた司書妖精が、ささっと箒とちりとりで掬って退散していった。
「小悪魔。隊の編成は?」
「司書の中から特に優秀な者7名を選抜し、それぞれに隊を編成中です。一両日中には完了するかと。また、それと並行して図書館内の防衛拠点、迎撃トラップも構築中です。こちらは完成まで少なくとも二、三日の時間を要します」
「そう。なら二日で行いなさい」
「は!」
何故か緑色のベレー帽を被っている小悪魔が、やたらとハキハキした言葉で答えた。
「……こいつらって、こういうキャラだったのか?」
「知らないわよ、そんな長い付き合いじゃないし……」
耳打ちしてきた魔理沙に、アリスも自信なさげに返す。
「確か、何人か前回の戦いを経験していないヒヨッ子が居たわね。そっちは?」
「隊長に選抜した者の中から一人を教官に付けて訓練中です。一端の兵に仕上げるには時間が足りませんが、まぁとにかく走り続けることだけは身体に叩き込めるでしょう」
訓練というのは、あの大量の本をパンパンに詰め込んだ背嚢(ヘタな妖精よりでかい)を背負って、「メス○タ」だの「ビ○チ」だのと罵られながら図書館中を駆けずり回っている連中のことだろうか。確か、魔理沙とアリスが来たときからずっと、かれこれ三時間ほど休み無く走り続けている筈だ。
フラフラとかそう言うのを通り越して、もはや生きているのかも怪しい幽鬼の如き形相。少しでも立ち止まれば、教官らしき妖精に分厚い辞書で滅多打ちにされている。
と言うか、あの追い立てている妖精は、言っている言葉の意味が分かっているのだろうか。アリスにもよく意味の分からない言葉があるのだが。「スカ○ロ」って何だろう。
「失礼いたします!!」
と、そこへ別の司書妖精がやってきた。
「館長にご報告が!!」
「なにかしら?」
「は! 図書館内に忍び込んでいた斥候らしき妖精を一名捉えました!! 如何致しましょう!」
「へぇ? そうね。まずは連れてきなさい」
「は、こちらに!」
言葉と共に、手を後ろに縛られた妖精が連れてこられた。肩を押さえられ、パチュリーの前に跪かせられる妖精。
ちなみに何故か迷彩服を着ており、バンダナに眼帯までしている。図書館内で迷彩服など逆に目立って仕方がないだろうし、妖精なので眼球を損傷しても直ぐに治るはずなのだが。
その事に突っ込んでいいものかどうかアリスが迷っている内に、どんどん話は進んでいった。
「こいつです! 段ボールに入って隠れ潜んでいたところを発見しました!」
「顔を上げなさい」
「…………フンッ」
「おい、耳が聞こえんのか貴様!」
鼻を鳴らして抵抗を見せた妖精に、司書妖精が怒鳴りつける。グイッと頭を捕まれ、捕虜の妖精は無理矢理パチュリーに顔を向けさせられた。
「ぐっ……魔女め!」
うんそうだね、みんな知ってる。
「キッサマー! 館長に対して何だその態度は!!」
「ぐぅ! や、やめっ、本を顔に押しつけッ……か、カビくさ!!」
「よしなさい。話が進まないわ」
「は、申し訳ありません……」
司書妖精が下がる。
捕虜の妖精はケホケホと咳き込みながら、パチュリーを睨み付けた。
「じ、尋問でもするつもりか? 無駄なことを、例え殺されようとも私は何も喋らん!」
ちなみに妖精というのは、例え煮られようと焼かれようと食べられようと死ぬことはない存在である。いや、念のため。
「ふぅ、ん……記憶にない顔ね。顔も覚えられないような、下っ端メイドか……。どうせ、もとより大した情報なんて知らされていないのでしょう」
「では、解放するのですか?」
「まさか」
クッ、と酷く嗜虐的な笑みを、パチュリーが浮かべた。
「紅魔条約に則って、丁重にお持て成ししてあげなさい。第十三書庫でね」
その言葉に、捕虜の妖精は愕然と顔を引きつらせた。
第十三書庫、それは図書館の最奥に位置する、禁書や古代書を納めた禁断の書庫である。アリスも一度だけ入ったことがあったが、そこに並んでいた本はどれもこれも計り知れない価値を秘めた書ばかりであり、また同時に他とは比べ物にならないほど、桁違いにカビ臭かった。そりゃもう二度と入りたくないと思うほどに。
「成る程、了解いたしました!」
「い、いやぁああ! あんな所で生活するなんていやぁあああ!!」
「そら立て! 何を嘆く必要がある、貴様らメイド共が過去三度にわたる大戦でも辿り着けなかった、我らの聖域に入れてやると言っているのだ! 喜ぶべき事だろう?」
「いや、許してえええ! あんな所妖精の生きていける場所じゃないわよおおお!!」
「食事も三食出してやるぞ! 納豆とくさやとブルーチーズだ!! 嬉しかろう、ふははははははー!」
「助けてええええ!! メイド長おおおおぉぉぉぉ――――…………」
悲痛な叫びを上げながら、妖精はずるずると引き摺られていった。
「なぁ……。そろそろこのノリに着いてくのがキツくなってきたんだが」
「私は最初っから置いてけぼりよ……」
そんな光景を見ながら、魔理沙と二人隅っこでコソコソと会話を交わす。まさか、魔理沙をまともな人間と思ってしまうような日が来ようとは。人生とは、何があるか分からないものだ。
まぁそれはそれとして、気になっていることが一つ。
「ねぇ、過去三度とか言ってたけど、以前にもこんな事やってたわけ?」
「え? ああ、はい、そうですよ」
アリスの問いに、小悪魔が答えた。
「最近訪れるようになったお二人は知らないと思いますが、私たち司書とメイド隊は、過去幾度となく対立を繰り返してきました。血で血を洗う、いえ、床洗剤で図書館を洗う、傷ましい戦いの歴史を……」
いやそりゃ清掃だものね。
「メイド隊のやっていることは、侵略行為に他なりません。我々はただ、図書館の平穏を守りたいだけなのです。我々の愛するこの図書館を! 悠久の歴史を宿すこの古書達を!!」
「その通りです司書長!」
「メイド隊の好きにさせてなるものですか!」
「正義は我らにあり!!」
拳を握り熱く語る小悪魔に、周りの司書妖精達が賛同の声を上げながらわらわら集ってきた。
そんな彼女らと、小悪魔はありがとう、ありがとうと涙を浮かべながら抱き合う。
傍目にはとても美しい光景に見えなくもないが、こいつらが守りたいのは図書館のカビ臭さである。それを忘れてはいけない。
「ここにいる者達の思いは、皆同じよ」
不意に、パチュリーが呟いた。
読んでいた本を閉じ、ゆっくりと椅子から立ち上がって彼女らの元へと歩んでいく。
「数の上では、私たちは圧倒的に不利でしょう。敵の数は三倍近く、まともにぶつかれば瞬く間に蹂躙されてしまう。それなのに過去三度にわたる戦いを渡り合えたのは何故か。それは私たち皆が、一人の例外もなく一つの思いを宿していたからよ。私たちの図書館を愛する思いが、一つの大きな力となったからよ!」
「なぁ、どうしよう……。パチュリーが『愛の力』とか語り出したぞ……」
「ごめんなさい、私にはもう何て言ったらいいのか分からないわ……」
「今回の大戦は、過去のどの戦いよりも厳しいものとなるでしょう。けれども、私の知識と、貴方たちの思いが合わされば、例えどのような凄惨な戦いになろうとも、乗り越えられる。私はそう信じているわ。貴方たちの思いを、力を、私は信じている。だから貴方たちもどうか私を信じて、力を貸してちょうだい。この図書館を、私たちの愛する楽園を、奴等の手に渡しはしない! 例えこの身が朽ち果てようとも、この図書館を守り抜くことを、私はここに誓いましょう!!」
パチュリーの演説に、司書達は言葉もなく聴き入っていた。ある者は感動に涙を流しながら、ある者は猛る思いに身を震わせながら。トラップの魔法陣を描いていた妖精も、訓練と称する拷問のようなシゴキを受けていた妖精も、誰も彼もが、パチュリーの姿を見つめていた。
やがて、小悪魔が腕を真っ直ぐに伸ばして叫んだ。「ジーク・ノーレッジ!!」
周りの妖精達も、それに続いた。『ジーク・ノーレッジ!! ジーク・ノーレッジ!!』
ジーク・ノーレッジ、ジーク・ノーレッジ、ジーク・ノーレッジ。
図書館内を振るわせる大合唱を聞きながら、アリスはこいつらもうダメだと思った。
「待てよアリス!」
頭痛のしてきた頭を抱えて図書館を出たアリスに、後ろから声が掛けられた。
振り返らなくても分かる、魔理沙だ。パタパタと忙しない足音が近づいてきて、横に並ぶ。
「帰るのか?」
「そうよ。あんなとこじゃ、ゆっくり本も読めやしない。戦争だか清掃だか知らないけど、落ち着いた頃にまた来るわよ」
「端で見てる分には、割と面白そうだけどなぁ」
「なに? そう言うアンタはアイツらに付き合うわけ?」
「まぁな。あたしは、今の図書館の空気が割と好きだし。パチュリーに手を貸すのもやぶさかじゃあない」
そうか、こいつも腐女子だったか。魔理沙の家の惨状を思い出し、アリスは一人納得した。
「アリスは、どっちかってと咲夜派だろ? 綺麗好きだもんな」
「まぁ、ね……」
確かに、以前から図書館のカビ臭さはどうにかして欲しいとは思っていた。今回の咲夜の行動は、アリスにとっては割と歓迎すべき行いと言ってもいい。
だからといって、自らの手を咲夜に貸す気も別になかったのだが、
「さて、そんなアリスを見込んで、あたしから愉快なご提案があるわけだが」
帽子の下から、ニヒリと悪戯小僧のような笑みを、魔理沙が覗かせた。
四日後。
紅魔館に従事する、実に百五十名近いメイド妖精達が図書館前に集結していた。
扉の前には、彼女らを率いるメイド長の姿。戦いを前に高揚する視線を一身に受け、咲夜は朗々と声を張り上げた。
「紅魔館は常に美しくあらねばならない!! 我らメイド隊は、常にその信念に基づき、この身を捧げてきた!! 我らが主の高潔さを体現するように格調高く! 気品を映し込むように優美に! 我らは紅魔館を保ってきた!!」
丁度その頃、レミリアはベッドのシーツにくるまって涎を垂らしながらケツをボリボリ掻いていたが、そんなことはメイド長の知ったことではなかった。
腕を振り上げ、メイド妖精達を煽るべくさらに喉を振るわせる。
「にもかかわらず、司書隊の連中はそんな我らの思いを踏みにじり続けてきた!! 再三に渡る交渉にも応じず、自らのエゴをただ押し通すだけの行い! 堕落と腐敗に満ちた管理体制!! もはや看過できる限度は、とうに超えて果てた! 腐ったリンゴは、周りにある正常なリンゴにまで汚染を広げる! 腐食した図書館から増殖したダニは、我らがお日様の元で清潔に干したシーツまで蝕み、お嬢様の肌に発疹を作った!! このようなこと、許されるはずがないのだ!!」
咲夜の演説に、メイド妖精達のボルテージは際限なく高まっていく。
声を発する者はいない。ただその身の内に、怒りと興奮と使命感を滾らせ、溜め込んでいく。全ては、自らの打ち倒す敵に爆発させるために。
「今こそ我らが立ち上がらねばならない!! 例え相手が主の友人であろうとも、これ以上の狼藉を認めてはならない!! さあ箒を手に取れ!! モップを絞り、洗剤の準備をしろ!! 仕上げのワックスは持ったか!? 埃を、シミを、カビを、害虫を、全てを駆逐せよ!! 宣言する、今こそ『清戦』の時である!!」
瞬間、百五十名の雄叫びが、紅魔館を震わせた。
各々が腕を振り上げる様はまるで波のようにうねり、図書館の全てを洗い流そうとする意志を体現しているかのようだ。
ダンッ、ダンッ、ダンッ。勇む足が床を踏みならし、蹂躙の時を今か今かと待ちわびている。
「破城槌を前へ!!」
咲夜の言葉と共に、メイド達の波が割れ、数名の妖精達に抱えられた巨大な取っ手付きの丸太が姿を現した。
「開門せよ!!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
図書館の扉へ向け、破城槌が突進していく。
轟音。おそらく魔法で強化されているのであろう扉は、大きく歪みながらも丸太の一撃をはじき返した。
「止めるな! 打ち続けよ!!」
ガン! ガン! ガァン!! 咲夜の言葉に従い、破城槌が幾度となく扉に叩き付けられる。
蝶番が歪み、ドアノブが叩き折られる。軋み、震える扉の音は、さながら苦悶の呻きか。
そして遂に五度目の突進により、
――バァアン!!
「突撃ーー!!」
午前10時13分。第四次紅魔図書館清争の幕は開かれた。
扉を開いたメイド隊をまず出迎えたのは、視界を埋め尽くすほどの弾幕の壁であった。
「怯むな!! 一番隊、先陣を切れ!!」
『Yes Ma'am!!』
咲夜の命に、木の板の盾を構えた妖精達が突撃した。
もちろんそんな急ごしらえで作った盾では、弾幕の全てを防ぐことは叶わない。砕け、割れ、倒れる者も出たものの、妖精達が足を止めることはなかった。
後方の妖精達も、援護とばかりにその裏から弾幕を撃ち放つ。さらにその後ろから続くのは、身の丈よりも大きな縦長の木箱を抱えた妖精達だ。
多くの犠牲を出しながらも、一番隊が遂に一番手前の本棚まで辿り着いた。そのまま前線を維持しながら、弾幕で応戦する。
それを頼りに、木箱を担いだ妖精達が前に出る。妖精達はそのまま木箱をまるで城壁のように並べ立てていった。
「バリケードの構築、完了しました!!」
「よし、一~三番隊はそのまま前線の維持に努めなさい! 四番隊は負傷者を後方へ! 五番隊は窓へ向かいなさい! 換気よ!! 残りの者は清掃を開始! まずは埃を落とし本を庭に運び出しなさい! 虫干ししてカビ臭さを取り除く!!」
『ヤー!!』
バンバンッ、と前線に並べられた木箱が勢いよく開け放たれる。中に詰め込まれていたのは、箒、ちり取り、モップ、バケツと言ったありとあらゆる清掃道具。それは掃除用具入れだった。今回の戦いのために、内側に鉄板も仕込まれている。その中からハタキを取りだし、妖精達が次々と本棚へと舞っていく。
その時、突然本棚側の床が、六芒星の光を上げた。
「うきゃああああー!!?」
トラップ魔法陣から放たれる弾幕に、妖精達が悲鳴を上げて散り散りになる。
それにいち早く反応したのはやはり咲夜だった。掃除用具入れから洗剤の入ったボトルを取りだし、素早く魔法陣に向かっていく。
「フロアクリーナーウェイブ!!」
ビシャア! と、魔法陣に洗剤がぶちまけられた。
「モップ掛けを!!」
『うぉおっしゃああああ!!!』
さらに追い打ちを掛けるべく、モップを手に持った妖精が四方から魔法陣に突進していく。
いかに強力な魔法陣といえど、訓練されたメイド達にとっては所詮山羊の血で描かれた落書きに過ぎない。紅魔館御用達の床洗剤と力強いモップ掛けに、為す術もなく力を失っていった。
「トラップなど冷静に対処すれば恐れることはない! 清掃を続けなさい!!」
メイド長の雄々しい姿に、メイド妖精達はさらに気勢を増して清掃に取りかかった。
「メイド長!!」
そこへ、弾幕の雨をかいくぐって窓へと辿り着いた妖精から声が上がった。
「なにか!」
「窓に木の板が打ち付けられています! これでは換気できません!!」
「想定済みよ! 六番隊、釘抜きを持って板の撤去に向かいなさい!! 五番隊は六番隊の守護を!! 撤去後はそのまま換気窓の防衛に努めなさい!!」
『Yes Ma'am!!』
咲夜の言葉を受け、妖精達が飛び立つ。
清楚なメイド服に身を包んだ愛らしい妖精達が、ごっついバールを手に舞飛ぶ光景は、まさにこの戦いの凄惨さを物語っていた。
「第二フロアの書物の約40%が持ち出されました! サンデイ、マンデイ、テュースデイの三小隊で妨害を行っていますが、前線を突破できません!!」
「構わないわ! 三小隊で前方に注意を引きつけつつ、サーズデイ、フライデイの二小隊で側面から挟撃を掛けなさい!! 一撃を加えたら直ぐ後退、突っ込みすぎないこと! 間違っても咲夜には近づかないで! 少しでも清掃の手を遅らせられればそれでいいわ!!」
「東側窓の制圧が進んでいます! ウェンズデイ小隊だけでは抑えきれません!!」
「少々制圧されても構わないから、こちらの被害を出さないよう妨害を続けなさい!! 敵の二部隊を窓に貼り付けておけるならそれで御の字よ!」
図書館中央部に設置された作戦本部にて、次々と伝えられる戦況に、パチュリーは逐一指示を飛ばしていた。
机の上に広げられた戦況図を睨みやり、ギリッと爪を噛む。戦況は、お世辞にも良いとは言えなかった。
「やるわね、咲夜……」
「やはり、この物量の差は辛いですね」
メイド隊の戦力は、十五名前後で構成された十部隊、約百五十名。対するこちらは、七名構成の小隊七つと、小悪魔配下の親衛隊が五名。
トラップ魔法陣や自立型魔導書の数々を仕掛けているとはいえ、厳しい戦力差だとは予想していたが。
「それもあるけど、前回とはメイド隊の練度が一段違うわ。兵質では、こちらが大きく勝っていると思っていたのに……」
もともと志願によって集った司書妖精とは違い、メイド妖精達は不真面目な者が多かったはずだ。少なくとも前回の戦いでは士気も低く、敵前逃亡する者さえ居た。
だと言うのに、今回はこちらの司書妖精と比べても、それほど遜色ない動きを見せている。
「確かに……。部隊の展開速度も、以前とは段違いです」
「あの子も成長した、と言う事かしら」
「人間というものは、僅かな時間で本当に変わってしまいますからね……」
小悪魔が、どこか遠くを見るように目を細めて呟いた。
今でこそ争い合ってはいるが、本来ならば共に紅魔館で働く仲間、いや付き合ってきた年月を考えれば、もはや家族と言っても良い間柄だ。
まだ咲夜が幼く、小さな手足を精一杯振り回して館を駆け回っていた頃を思い返せば、パチュリーも小悪魔が感じている哀愁を共有できる。しかしだ。
「だからといって、負けるわけにはいかないわ。背伸びしている小娘に、年期の違いというものを教えてやるわよ」
「ええ、もちろんです!」
「館長! サタデイ小隊が所定位置に到着しました!!」
親衛隊の一人から入った伝令に、パチュリーは右腕を広げて振り返った。
「よろしい! サーズデイ、フライデイ両小隊の挟撃に合わせ、奇襲を仕掛けよ!!」
「メイド長、また両翼より挟撃が来ます!!」
「七、八番隊で追い払いなさい! どうせ直ぐ後退していくわ!」
清掃を続けていた部隊の中から二部隊が、それぞれ左右に散っていく。
敵の目的は、こちらを打ち倒すことではなく、清掃を邪魔することだ。こちらをじりじりと消耗させ、清掃を諦めさせる為の持久戦狙い。ただでさえ数に劣る兵を、安易に減らすわけにはいかない。ゆえにチクチクと妨害を繰り返し、直ぐに引いていく。そんな相手の思惑を、咲夜はこれまでの戦いから感じ取っていた。
それが、相手にパターンをすり込ませる為の布石だと、気づけなかった。
どうせここまでは攻め入ってこない。
清掃を続けていた部隊の誰もが、そんな気の緩みを持っていた。それを――
――バァアン!!
『!!?』
突如床下から現れた敵部隊が打ち砕いた。
「目標、敵後方清掃部隊! 放て――!!!」
「全員身構えなさい!!」
咲夜の声が間に合うはずもなく、無防備なところへ撃ち込まれた弾幕の雨に、メイド妖精達が次々と打ち落とされていく。
「きゃああああ!!?」
「メイド長、敵が! 敵が急にぃいい!!?」
「落ち着きなさい!! 隊を立て直し応戦を――」
「総員反転!!」
混乱渦巻く部隊を立て直そうと張り上げた咲夜の声にしかし、敵はまたもや予想外の行動を取った。
あろう事か敵は、この状況で追撃をすることもなく、一斉に背を向け飛び去っていく。
反転? 逃げていく? こちらが混乱しているという絶好の機会を捨てて? いや違う、敵の向かっている先は――
「目標、敵前線防衛ライン――」
「前線部隊!! 後方の敵に備えなさい!!!」
「――突撃ぃいいいいいい!!!!」
『うおおおおおおおおおお!!!!!』
背後からの強襲に、前線の敵に集中していた防衛部隊が対応できるはずもなかった。
陣を真っ二つに割られ、蜂の巣を突いたように逃げまどうメイド妖精達。
その中を、僅か七名に過ぎない司書妖精達が、まさに獅子奮迅と暴れ回る。
「こちらサタデイⅢ、用具入れを一機破壊!!」
「サタデイⅤ! こちらも用具入れを破壊!! どんどん行きますよぉおお!!」
「いやっはー! ファイア、ファイア、ファイアーー!!」
――やられた!!
咲夜の中で、血管が沸騰せんばかりの怒りが渦巻いていた。誰でもない、敵の狙いを見抜けなかった自分自身に対してだ。
敵の狙いは、初めから防衛線、それもバリケードとして並べていた掃除用具入れだったのだ。用具入れに仕込まれている鉄板は背面のみで、逆の扉側からは脆い。そこを突かれた。
防衛と清掃の要である掃除用具入れを破壊されては、清争計画の全てが破綻してしまう。
「全清掃を一時中断!! 前線部隊の支援に向かう!!」
『Yes Ma'am!!』
敵の本隊も、奇襲に乗じて進撃を開始している。このままでは一気に崩されかねない。
清掃部隊を伴い、咲夜は前線へと走った。まずは、奇襲部隊を駆逐する!!
――咲夜の世界!
色を失い静止した世界の中で、咲夜は用具入れを破壊する妖精の一人へと近づいていった。
どこからとも無く取り出したナイフを投げ放ち、妖精を刃の檻に閉じこめる。
「そして時は動き出す……」
「――!!?」
何の脈絡もなく周囲に現れたナイフに、妖精は顔を引きつらせ声にならない叫びを上げた。
一介の妖精などにはとても回避不可能な、冷酷無比のオールレンジ攻撃。しかし、
――ギチィイイ!!
突如としてナイフはまるで何かに吸い込まれるように軌道を変え、毬栗の如く固まって床に落ちた。
「なッ――!?」
「甘いですよ!」
横合いからの声と共に撃ち込まれた弾幕に、咲夜は慌てて身を捻った。
今のはいったい? 驚きに目を見開く咲夜の前に、一冊の魔導書を小脇に抱えた妖精が立ちふさがる。
薄いブラウンの髪のショートカットに、猫を連想させる釣り気味の瞳。他の妖精とは色の違う、濃いワインレッドのベスト(他の妖精は濃紺のベストだ)を羽織った司書妖精だった。
「サタデイ小隊隊長、チャット・ミート! 敵大将の首、貰い受けます!!」
宣言と共に、チャットと名乗った司書妖精が弾幕をばらまいてくる。
しかしその隙間をかいくぐり、咲夜は瞬く間に相手へと詰め寄っていった。
「終りよ」
再度時を止め、ナイフを相手の周囲に配置していく。
時止め解除。あらゆる方位から一斉に襲いかかるナイフ。本来であれば、妖精一匹を仕留めるには過剰とも言える攻撃ではあるが、
「魔導書『マグネットバインド=N』!!」
妖精が本を開いて叫んだ瞬間、またもやナイフが軌道を変えて一塊となった。
――さっきの正体はこれか!!
おそらく磁力を操る類の魔法だろうか。
成る程、咲夜のナイフ対策としては、非常に有効だ。飛び道具は、もはや使えないも同然である。
「マグネットリバース=S!!」
今度は磁力による反発か。ナイフが本来の持ち主の元へと、切っ先を輝かせて向かってくる。
さらにその後ろから、チャット自身も弾幕を放ちながら突っ込んでいった。
「貴方の攻撃は封じました! この身に代えても貴方を打ち倒します!!」
「妖精風情が――!」
ナイフと弾幕の波状攻撃の隙間を縫い、ステップでも踏むように咲夜は駆けた。
途中、落ちていた箒を軽く蹴り上げ、クルクルと手で弄びながら相手を迎え撃つ。
「舐めるんじゃないわよ!!」
「我らが図書館のためにぃぃい!!」
箒と魔導書が、プライドと覚悟が、意地と意地が、見えない火花と共にぶつかり合った。
「敵バリケードの三割強を破壊に成功! 混乱に乗じて前線部隊にも打撃を与えていますが、相手も陣形を立て直しつつあります!! サタデイ小隊は――」
そこで、親衛隊兼オペレーターの言葉が途切れた。
仕方のないことだろうとパチュリーは思った。この場にいる誰もが、その後に続く言葉の予想がついていただろう。
「サタデイ小隊からは、数分前から連絡が途絶……。おそらく、全滅したものと思われます……」
「そう……」
感情を押し殺した声で呟き、パチュリーは目を閉じた。
分かり切っていたことだった。たった一小隊、たった七名で、敵陣のど真ん中に奇襲を掛けると言うことの結果を。パチュリーも、サタデイ小隊の隊員達も、全て承知した上での作戦だった。
ここで嘆きの感情を晒すことは、そんな彼女らの覚悟に対する愚弄にしかならない。
自分が司令官だ。責任は全て自分にある。ゆえに彼女は、後悔も、謝罪の念も抱いてはならない。ただ責任も持って、全力を賭して、彼女らの犠牲が無駄ではなかったことを証明しなければならない。勝利することによって。
「頃合いね。敵が立て直りきる前に部隊を後退させなさい」
「は!」
常時と変わらぬ装いで告げたパチュリーの横に、小悪魔がそっと並んだ。
「作戦成功、ですね……」
「ええ、成功よ。大成功ではないわ……。可能であれば、バリケードの半分を破壊しておきたかった……」
決して少ない損害ではないが、この程度では相手も清掃を諦めたりはしない。戦力差は、依然大きく水をあけられたままだ。
速度は落ちるものの、ジリジリと真綿に浸みる水のように清掃は進んでいくだろう。
「それは、仕方のないことです。最良の結果ばかりを求めていても、戦いには勝てません。気持ちを切り替えるべきです」
「分かっているのだけれどね……。このままではジリ貧だわ」
同じ奇襲はもう通用しないだろう。
とは言え、このまままっとうに妨害を続けていても、相手を止められるとは思えない。こちらの損害も、少しずつ広がっていくはずだ。
残る手は――
『あー、あー、パチュリー聞こえるかー?』
その時、通信用の水晶の一つから魔理沙の声が響いた。
来た! 逸る気持ちを抑えて、パチュリーは水晶からの声に答えた。
「聞こえるわ魔理沙。用意、間に合ったのね?」
『ああ。在庫……つうか、処分に困って放置してた分はあったんだが、頼まれてた数には足りなくてな。香霖と一緒に、幻想郷中を探し回っちまったよ。戦い、もう始まってんだろ? どっから入りゃいい?』
「西側の一番奥の……北西の窓から入ってきて。そこは、初めから封鎖していないから」
『りょーかい』
プツン、と通信が途切れる。
「パチュリー様? 今のは……」
「切り札のご到着よ。使わずにいられるならそれで良かったけど……もはやそうも言ってられないわ」
少しして、大きく膨らんだ風呂敷をぶら下げて、魔理沙と、そして霊夢がやってきた。
「よっと。安心迅速、魔女と巫女の宅急便だ。あ、判子はいいぞ?」
ドサリと、二つの風呂敷包みが司令所の一角に置かれる。
「珍しいわね、貴方が魔理沙の手伝いをするなんて」
「魔理沙じゃなくて、霖之助さんに雇われたバイトよ。あ~重かった」
肩をグルグル回しながら、霊夢がぼやいた。
「巫女がバイトなんてしてもいいの……?」
「外の世界じゃむしろ、巫女はバイトでやるものらしいわよ?」
「それは……正直どうなのかしら」
「まぁどうでもいいわよ。それよりはいこれ、請求書ね。一週間以内に香霖堂まで支払いよろしく」
霊夢から差し出された紙を受け取る。そこに書かれた数字を見て、パチュリーは右半分だけ顔を歪めた。
高い……がぼったくりと言うほどではなく、この状況なら渋々とでも払わずを得ない、そんなある種絶妙な値段だった。
「……随分と厭らしい値の付け方をするのね」
「そうなの? 相場とか良くわかんないんだけど。渋るようなら、返品を受け付けても構わないって言ってたわよ?」
その言葉に、パチュリーはますます顔を歪めた。対する霊夢の表情は、キョトンとした悪意の無いものだった。おそらく、「返品を受け付けても構わない」という言葉も、好意と捉えて言っているのだろう。
あえて無知な者を寄越すことで、交渉の機会すら奪うと言うことか。
香霖堂の店主とは実際に会った事はなかったが、パチュリーの中で店主の株価が記録的なストップ安を示していた。
「いいわ、払うわよ……。けど一つ条件が」
「なに?」
「店主にクソッタレって伝えておいて」
その言葉に、霊夢は肩を竦めて了承を示した。
「それじゃ私は帰るわ」
「あたしは残るぜ。なかなか楽しそうだからな」
「あっそう、ご自由に」
宣言どおり、霊夢はそそくさと飛び去っていった。
「小悪魔、各部隊に“それ”を配布できるよう、準備なさい」
「あ、はい!」
小悪魔が、慌てた感じで風呂敷包みに向かっていく。
その結び目を解いた瞬間、ムワッと鼻を摘みたくなる異臭が辺りに広がった。
「こ、これは……。本気、ですか……?」
「ええ、もちろん。貴方は悪魔で私は魔女。もはや魂を売り渡す必要もないわ。覚悟を決めなさいな」
パチュリーの浮かべたどす黒く妖艶な笑みに、その場にいた全員がゴクリと唾を飲み込んだ。
「第ーから第三フロアまでの書物の持ち出し、及び床の掃き掃除、全て完了いたしました!!」
「よろしい! では拭き掃除にはいるわよ。七番隊はバケツに水を汲んできて! 残りの清掃部隊は全員にモップと雑巾を持たせなさい!」
あの奇襲によって。メイド隊はそれなりの損害を出したものの、それ以降は妨害も予定調和的なものになり、清掃は滞りなく進んでいた。
この調子でいけば、今日中に図書館内の半分は清掃できるかもしれない。順調、いや順調すぎると言ってもいいだろう。
それが逆に、咲夜の胸に得体の知れない不安を抱かせていた。
――何を狙っているのかしら。それとも本当に打つ手が無くなった? 戦力差を考えれば、それも分からなくはないけど……。
いや、相手は七曜の魔女パチュリー・ノーレッジだ。必ず何か手を打ってくる。そう思っておいた方が良い。とは言え、必要以上の警戒は清掃の進行の妨げになる。
あくまで気を緩めず、気負わず、その都度冷静な対処を心がけるべきだ。それで、必ず勝てる。咲夜には、その確信があった。
今もメイド妖精達は、咲夜の細かい指示が無くとも迅速に清掃を進めている。各々の役割分担をし、無駄のない連携で瞬く間に磨き上げられていく床と本棚。
過去三度の屈辱的な敗戦を経て、咲夜はここまでメイド妖精達を教育してきた。清掃の技術を教え、メイドとしての心構えを叩き込み、ソルジャーとしての気概を植え付けた。へぇ~妖精って何やっても死なないんだ~、と知ったその時から、血の滲むような鍛錬を(妖精達が)繰り返してきたのだ。
数はもとよりこちらが上。劣っていた質も、今はもうそれほど差は無い。
もはや負けることなどあり得ない。
「メイド長!」
「なにか!」
「敵が来ます! 上空からです!!」
上空? その言葉に眉を潜めて仰ぎ見れば、確かに高い天井付近ギリギリを、七名の妖精がV字に編隊を組んで飛んでいるのが確認できた。
いったい何をする気だろうか。あんな上方から弾幕を撃ってきたところで、大した驚異にはならない。急降下して一気に強襲を掛けてくる気だろうか? ならば撃墜するだけだが。誘いという可能性もある。
「前線の四番隊を上空の警戒に当てなさい。強襲を掛けてくるようなら応戦して。上方から弾幕を撃ってくるようなら、換気窓を維持している五番隊と挟撃して、一気に殲滅しなさい」
咲夜の言葉に、伝令の妖精が慌ただしく駆けていく。
程なく、四番隊の妖精達が、清掃を続ける頭の上で陣を組んで展開した。
V字の編隊が真上に差しかかる。降下してくる気配はない。やはり弾幕による空襲か? そう思った咲夜の目に、何かキラリと光る物が映った。
――バシャアン!!
「きゃあ!?」
何かが、偶然下にあったバケツの中に落下した。
途端バケツの水が真っ白に染まり、さらに鼻の奥を掻き乱すような異臭が広がった。
「ぐッ!? こ、これは……まさか……」
「め、メイド長、この臭いは……」
白い液体、この異臭、バケツの中に浮かぶ空き瓶。
そうだ、これはまさしく、メイドにとってこの世で最も忌むべき存在。背が伸びる、おっぱいが大きくなるという天使の様な甘言を用いて近づき、飲食者の一瞬の隙を突いて牙をむく堕天使。幾多の雑巾を再起不能に追い遣った、悪魔の液体――
「着弾確認。各員、投下用意」
マスクによってくぐもった小隊長の言葉に、隊員達は腰に下げた鞄からゴソゴソと白い小瓶を取り出した。
全員がすべからくマスクを着用し、その手にはゴム手袋がはめられている。汚染を防ぐためだ。例え少量であろうとも、この小瓶に詰められた液体に触れた場合の被害は計り知れない。
身体に付着した液体は瞬く間に乾燥し、刻印として鼻がひん曲がるような悪臭を刻みつける。さらに少なくとも一週間は、他の妖精達から「エンガチョー!」と言って後ろ指をさされ続ける生活を送ることとなるのだ。
その頭に帽子のように付けられたビニールをはがし、ポンと蓋を抜く。それはさながら手榴弾のピンを抜くようでもあった。実際、危険度であればそう大差はあるまい。
各々の瓶を持つ手が、恐怖で小さく震えていた。この液体に対する恐怖に、いや、この液体を投下するという己の行為に対する恐怖に。
いったい、これ一つでどれ程の被害をもたらすこととなるのだろうか。それは果たして、妖精として行っても良い所行なのだろうか。
この作戦を言い渡された時から、疑問は潰えない。しかしそれでも、作戦は遂行せねばならない。
――これは戦争である。
厳かに告げられた館長の言葉を思い出す。
そうだ、これは戦争であり、ここは戦場だ。戦場とは地獄であり、地獄に生ける者は鬼とならなければならない。妖精のままでは、鬼に蹂躙されるだけなのだから。
「――投下開始」
『ラジャー……』
冷酷に告げられた小隊長の言葉に、鬼達は静かにその手を離した。
「――腐った牛乳による空爆……!!?」
咲夜の叫びに、メイド妖精達の顔が恐怖に引き攣った。
「め、メイド長!! 第二波が、第二波が来ます!!」
「そ、総員待避ー!!!」
悲鳴を上げて妖精達が逃げ惑う中、投下された牛乳瓶が、次々と床を白く染め上げていく。
充満する悪臭。ぶちまけられた牛乳は埃と混じり合い、生理的嫌悪を催すような汚れを広げていた。
吐き気さえ込み上げてくる、地獄のような光景。その中でも、咲夜は必死に気丈を装い、声を張り上げる。
「四番隊!! 上空の敵を殲滅しなさい、今すぐに!! 換気部隊も総動員して!! 他の者は清掃を! 清掃を続けるのよ!! 床の汚れをこれ以上広げるなど、メイドとして許しては――!!」
「メイド長、大変です!!」
しかしそんな彼女をさらに追い詰めるように、新たな伝令が走ってきた。
「今度は何!?」
「敵の本体が突撃を仕掛けてきて――」
「前線部隊で対処できるでしょう!? 数ではこちらが勝っているはずよ!! バリケードもある!!」
「それが妙なんです!! 奴等手に何か白い物を持っていて! あれは、あれはおそらく――」
「総員、放てぇぇぇえええええ!!!!」
小悪魔の声が聞こえた。
反射的に振り返った咲夜の目に映ったのは、バリケードを越えて飛んでくる、拳ほどの大きさの白い楕円形の物体。
ああ……まさか、まさかあれは――
――グシャ、バシャ、グチュドチュ、グシャア!
「ぎぃぃぃいいいいいやああああああああああ!!! 顔に、顔にぃぃいいいいいい!!!!」
断末魔の様な悲鳴を上げて、妖精の一人が床を転げ回る。その顔に張り付いているのは、半透明の粘着質な液体と白い欠片、そして茶色く変質した……黄身?
「腐った……卵……」
カランと、手に持っていたモップが床に倒れた。
「誰かぁあ! 誰かとってぇえええ!! 鼻に入っ――臭いの!! 臭いのおお!!」
「衛生兵ー!! 衛生兵を早く!!」
「ひぃいいい!? 牛乳が服に、服について!! 乾いてく、乾いていくよおおおお!!?」
「雑巾を! 誰か新しい雑巾を!!」
「駄目、バケツの水が牛乳に汚染されてて!! 雑巾が絞れない!!」
「助けて、誰か助けてぇえええ!!」
もはやメイド隊は、軍としての機能を完全に失っていた。
次々と投下される腐った牛乳と腐った卵。メイドにとって忌むべき、汚れという要素を濃縮したような二つの存在が、彼女らの戦う意志を根こそぎ奪い取っていた。
阿鼻叫喚とはまさにこのことか。悲鳴と怒号が重なり合い、もはや言葉の判別すら碌につかない。身体に付着した汚物の腐臭に耐えきれず床をのたうつ者。それを助けようと駆け寄り、自身も汚物に塗れてしまう者。雑巾を手に、それでも清掃を続けようとする者。誰もが一様に、涙を流し、叫んでいる。
――バタァアアン!!
バリケードとして並べていた用具入れが倒れる。司書隊が、遂にここまで攻め入ってきたのだ。
「敵は戦意を失っている!! 根こそぎ殲滅せよ!!」
『うおおおおおおおおおおおお!!!!!』
小悪魔の号令に、司書妖精達が弾幕をまき散らしながら突っ込んでくる。
駄目だ、もうこれ以上は持たない。
「撤退よ!! 図書館の外まで撤退します!!」
咲夜の叫びにもしかし、混乱の極致に達しているメイド隊の動きは鈍かった。
次々と弾幕に撃たれて沈んでいくメイド妖精達。あまりにも一方的な蹂躙だ。
「部隊長、隊をまとめて!! 無事な者は負傷者を背負いなさい!! 下がるのよ、早く!!!」
戦場を駆け回り叫び続ける咲夜の目に、一人の妖精が映った。敵が直ぐ側まで迫っているというのに、その妖精は床の汚れを必死に拭い続けていた。
汚れきった雑巾はもはや使えず、代わりに自身のメイド服のスカートを破り、清掃を続けていた。
「何やってるの貴方は!! 逃げなさい早く!!」
「いや、放して!! 放してださいメイド長!! こんな、こんな汚れている床を放って逃げるなんて、あたしには耐えられません!!」
手を引く咲夜に必死に抵抗をして、妖精は叫んだ。
酷い、有様だった。涙と鼻水でグチャグチャになった顔。腐った卵のこびり付いた髪。牛乳の染み付いた服。その身体に、汚れていない箇所など何処にもない。だと言うのに、こんな姿になってもまだ、清掃を続けようとしている。そんな彼女の行動が、どうしようもなく咲夜の胸を締め付けた。
「お願い言うことを聞いて!! 逃げるのよ!! お願いだから!!!」
「いや! いやです!! あたしは、あたしはメイドとして、この紅魔館を――」
――パンッ、と。その頭が弾幕に撃ち抜かれた。
「あ……」
呆然とする咲夜の目の前で、妖精が力を失い床に倒れ伏していく。グチャリと、その顔が腐った牛乳の海に沈んだ。
「あ……ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
汚れに塗れた、しかしあまりにも美しいその小さな身体を掻き抱いて、咲夜は叫んだ。
喉に血の味が溜まっていく。酸素を失っていく肺が、引き絞られるように傷んだ。心臓は破れんばかりに鼓動を加速させている。
ふやけ、滲んでいく視界に、咲夜は自分が泣いていることに気付いた。メイド長という地位に就いてから、泣いたことなど一度もなかったのに。どんな辛く、厳しい仕事も、メイドとして笑顔を絶やさずこなしてきたのに。
涙を止めることが出来ない。叫びを止めることが出来ない。笑顔を浮かべることが出来ない。メイドとしての自分を取り戻すことが出来ない。
この小さくも素晴らしいメイドを守れなかった自分が、メイド長などと振る舞えるはずもない。
「無様ですね」
嘲笑う声が聞こえた。
顔を上げる。冷めた目で傲然とこちらを見下ろす小悪魔が、そこにいた。
「こ、あ……くま……」
「まぁ大したものでしたよ。あの怠け者ばかりのメイド隊を、ここまで鍛え上げたんですから。随分と苦戦させられました」
やれやれと小悪魔が肩を竦める。
しかしそこで表情を一変させ、その少女然とした外見に似合わぬ蠱惑的な笑みを浮かべた。自身の指先で唇をそっと撫で、彼女は尚も言葉を続ける。
「けれどそれ故にメイド隊は壊滅するのでしょう。嗚呼なんて悲劇的。ほら見てくださいな、メイド長として鼻が高いのじゃありませんか? この状況でもまだ清掃を続けている。メイドとして育て上げられた身が、汚れを放って逃げることを拒絶している。ああ、また一人倒れた。ふふふ、戦いもせず、雑巾を握りしめたまま倒れた! あはは、あははははは!!! なんて、なんて滑稽なんでしょう!! まるで炎に群がる羽虫のよう!!」
「こあ、くま……」
小悪魔が言葉を続ける度に、咲夜の中で何かがひび割れていくのを感じた。
彼女がこれまでの人生で築き上げてきた物、彼女を彼女たらしめていた骨格が、内側から膨張する何かに耐えきれず、悲鳴を上げている。
膨張は止まらない。既にひび割れた隙間から溢れだし、咲夜の心を焼き続けている。驚くほどの熱を持った、何か。
「咲夜さん、私、この光景を見てて思ったんですよ~。メイドって凄いですよね、自分が汚れるのも構わずに清掃を続けているんですよ? 信じられませんよね、素晴らしいです。館を清潔に保つ、崇高な使命を持った存在ですもんね! でもそれってぇ~……」
うふっ、と小悪魔が童女のような笑顔を浮かべた。
「雑巾と一緒ですよね?」
その一言で最後だった。木っ端みじんに砕けて割れた。一欠片も残らなかった。全て焼かれて灰になった。
「小悪魔ああああああああああああ!!!!!!」
力を失った妖精を抱えて、咲夜は飛んだ。一降りの小さなナイフを手に、一直線に小悪魔に斬りかかる。
しかし普段の精彩を欠いた一撃は、魔力障壁により簡単に防がれた。
「何です? 本当のことを言われて怒ったんですか?」
「黙れ!! 貴様が言うな!! 貴様が私のメイド達を語るな!! 貴様は司書だろう!! この図書館の、この図書館を――!!」
図書館を守るべき存在。それでありながら、例え戦いに勝つためとは言え、すでに本は運び出されたとは言え、その図書館に、腐った牛乳と卵をまき散らすなど。
それが、それが――!
「司書のすることかぁあああああああ!!!」
「司書だから、できるんでしょうううう!!!」
咲夜のナイフを弾き、小悪魔が距離を取る。
咲夜はそれを追い、小悪魔は弾幕をばらまいて牽制した。
「あの時、パチュリー様は『戦争』と言い、貴方は『清掃』だと言った!! その差が、この結果ですよ!! 戦いの本質を理解していない、甘ったれた貴方がもたらした結果ですよ!!」
「黙れ、黙れ、黙れぇえええええ!!」
「黙りませんよ、貴方には聞く義務がある! 弾幕ごっことは違うんです、戦いを始めたならば勝たなければならない!! 最低でも、負けることだけは回避しなければならない!! そう、例えどんな手段を用いようとも!! もう一度言いますよ? この惨劇は、全て、貴方の責任だ!!!」
「う、あ、うあああああああああああ!!!」
時を止める。その手によって築き上げられる、小悪魔の周りを幾重にも囲むナイフの檻。
その檻の中に“自身の身も置いたまま”、咲夜は時の針を再動させた。
「な!?」
小悪魔の顔が驚愕に歪む。
二人に向かって嵐のごとく襲いかかるナイフの雨。その中で咲夜は踊るように身を舞わせ、小悪魔に襲いかかる。
ナイフを避けるだけで精一杯の小悪魔に、それを受け止める手など無かった。
「くぁッ!」
咲夜の手によって、小悪魔の肩にナイフが突き立てられた。
苦悶に身を捩らせ、そのまま墜落していく小悪魔を、咲夜は追わなかった。自身のナイフで切り傷だらけになった身体を翻し、彼女のメイド達が居る戦場に舞い戻る。
「あああああああああああ!!!!」
彼女のメイド達を逃がすために。
メイドとしての気品も、優雅さも全てかなぐり捨て、犬のように牙をむいて咲夜は戦場を駆けた。
うっ、とアリスは思わず呻いてしまった。いつも清潔に保たれている紅魔館ではついぞ嗅いだことのない、得体の知れない悪臭が、図書館へと続く廊下に充満していたからだ。
「何、この臭い……」
「あ~……多分、パチュリーが暴挙に出たんじゃないかしらねぇ……」
後ろから、アリスともども大きな風呂敷包みを抱えて歩いていた霊夢が、言葉を濁しながら答えた。
「暴挙?」
「まぁ、行けば分かるわよ」
霊夢の言葉に首を傾げながらも、考えても仕方ないかとアリスは歩みを再開する。
燭台の炎に照らされる薄暗い廊下を進んでいくと程なくして、廊下に座り込んでいる人影がボンヤリと浮かんだ。
初めは、自分たちのために待たされている妖精かと思った。今も清掃は続いていると、アリスは思っていたからだ。
しかし、そうでないことは直ぐに分かった。一人だけではない。何十人もの妖精が、蹲り、ひしめき合って、廊下で啜り泣いていた。
しくしく、しくしく……。
臭いよう……臭いよう……。
もう嫌……牛乳は、もう嫌……。
かゆ……うま……。
いったい何事かと、アリスは途方に暮れて佇んだ。パチュリーは「戦争」と言っていたが、まるで本当に瀕死の兵が渦巻く野戦病院にでも迷い込んだようではないか。
いや、怪我を負っている者はそんなに居ないようではあったが、代わりに皆が皆よく分からない粘液みたいな物に塗れ、鼻に浸みるような腐臭を漂わせていた。
「これは……酷い有様ねぇ……」
「酷いって言うか、ホントに何なのよこれは。咲夜はどこ……?」
キョロキョロと視線を漂わせると、一人の妖精を抱きかかえ、壁にもたれて座り込んでいるメイド長の姿を見つけた。
啜り泣く妖精達の隙間を縫い、えっちらおっちらとその場に向かう。
「咲夜!」
「……アリ、ス?」
声を掛けられて初めて気付いたのか、咲夜が憔悴しきった顔を上げた。彼女の顔や髪にも、白と茶色が混ざり合った粘液がべっとりと張り付いている。
「ああ、頼んでた道具、持ってきてくれたのね……」
「え? ええ……、ってそれよりも! 何があったのよ一体!」
虚ろな瞳で弱々しく笑みを浮かべる咲夜に、アリスは戸惑いながらも声を張り上げた。
彼女の前に座り込み、持っていたハンカチを取り出す。
「ちょっとじっとしてて」
「あ……」
その顔に張り付いていた粘液を、そっとハンカチで拭い取る。同性であるアリスも時に見とれてしまう咲夜の顔が、こんな物で汚れている様など少々耐え難かった。
「悪いわね……。もう、新しい雑巾もないから、拭うことも出来なくて……」
「良いわよ、これくらい」
「私はもう良いから……。代わりにこの子を、拭いてあげて……?」
続けて髪についた汚れも拭おうとしたアリスの手をやんわりと断り、咲夜は抱いていた妖精をそっと廊下に寝かせた。
立ち上がり、アリス達が持ってきた風呂敷包みへと、彼女は手を伸ばした。
「頼んでいた物は、これで全部……?」
「特注品の奴が、まだ庭に置いてあるわよ。私とアリスだけじゃ運びきれなくて」
「そう……。それは後で、妖精達に取りに行かせるわ……」
「うん、よろしく。あ、これ請求書ね」
霊夢の手から請求書を受け取り、咲夜は風呂敷の結び目を解いた。
ゴロンと、霧吹きに似た道具の山が崩れ、廊下に広がる。
それは外の道具で、香霖堂の店主曰く、臭いを吸い取る不思議な薬品であるという。その一つを拾い上げ、咲夜は自身の体にシュッと吹き掛けた。
「…………」
無言のまま、もう一吹き、また一吹き。そうして体中に霧を吹き掛けた後、咲夜は大きく深呼吸をした。
ふと、咲夜の肩が細かく震えていることに気付いた。
「……ふ……あは……あはははは、あははははははははははははははははははは!!!」
突如、大声で笑い出した咲夜に、アリスと霊夢はぎょっとして後じさった。
周りの妖精達も、力の失った胡乱げな視線を、自らのメイド長に向けている。
「部隊長!! 生き残っている部隊長はいるかしら!!!」
張り上げられた咲夜の声に、蹲っていた妖精達の中から六人ほどが立ち上がった。
咲夜に呼ばれるまま、妖精達は彼女の元にフラフラと歩み寄っていく。
自らの前に並んだ妖精達に向け、咲夜はその霧を吹き掛けていった。
『……? ……ッ!?』
呆然と色を失っていた妖精達の瞳が、驚きに見開かれた。
戸惑いながら、妖精達もその道具を拾い、自分で霧を吹き掛ける。やがて、咲夜と同じように、彼女らも笑い声を上げだした。
あは。あはははは。うふふふふ。あはははは。
笑いながら、周りに蹲っていた妖精達にも霧を吹き掛けていく。吹き掛けられた妖精もまた、顔を上げた。
顔を上げ、驚きに目を開き、そして悪魔に誘われるように、道具に向けて這いずっていった。
笑いが伝播していく。何かタチの悪い病か呪いが感染していくように、皆が皆、一様に道具へと這いずっていき、道具を手にした者から一様に声を上げ、笑い出していく。
あはははははは! ふふふふふふ! うふふふふふふ! ふひひひひひ!
「アリス……なにこれこわい……」
横にいた霊夢が、顔を青くして呟いた。
この傍若無人な巫女が怯える様など初めてみたが、驚きはしなかった。アリスもすこぶる怖かった。ちょっと涙目になっちゃうほどに。
「聞きなさい、メイド達!!」
咲夜が声を上げた。妖精達の笑いが、ピタリと止む。
「…………地獄を、見たわね?」
咲夜の問いかけに、メイド妖精達はその目を真っ直ぐに見つめ返すことで肯定を示した。
「この道具はファ○リーズという、香霖堂から取り寄せた外の世界の道具よ。臭いを取り除くという。その効果の程は……ふふ、今身を持って知ったわね? 全く、笑いが止まらないわ……」
言葉の通り、些か自嘲気味に笑い、咲夜は言葉を続ける。
「貴方たちには、これまでに私の知るメイドとしての技術と心意気、全てを叩き込んできたわ。もちろんまだまだな部分もあるけど、正直に語るなら……誇りにさえ、思っているのでしょう。今日気付いたのだけどね……。故にこそ訊ねましょう。吹きかけるだけで臭いが取れるなどと言う、このような道具に頼ることが、果たしてメイドとして正しいと言えて!?」
『No Ma'am!!』
刹那の間もなく、妖精達は答えた。答えに迷う者など、誰一人として居なかった。
「ええそう。全く! 全く持ってその通りよ! 私とてこんな物、最後の仕上げに使う程度にしか考えていなかった!! ふふふ……仕上げ……仕上げ、ね……。仕上げなど、いつ来るというのかしら……。今、残っているのは何人?」
「……軽傷者を合わせても、戦える者は六十名ほどです」
部隊長の一人が答えた。
「そう……。その悠長で、間の抜けた考えが、この結果という訳ね……。メイドとしての私は、今でもその考えを否定出来はしないけれど……。だからこそ、報いとして私は最後の教えを、貴方たちに叩き込まなければいけないのでしょうね……」
ギリッと、歯の軋む音が響いた。きつく握りしめられた咲夜の拳から、血が滲み出てポタリポタリと床に落ちる。
「厳命します!! メイドで在ることを捨てなさい!! 妖精で在る己を放棄しなさい!! 地獄を思い出し、地獄を受け入れ、地獄に浸りなさい!! 図らずも今日は満月の夜、これを我らがお嬢様のお示しに成られた運命と捉えましょう」
爛と、咲夜の瞳が光を灯した。それこそ月のように深く、しかし血のように暗く。
その瞳を通して映る世界を、アリスは確かに見てしまった。妖精達もまた、同じ世界を見てしまったのだろうと思えた。
「今宵我らは修羅の道へと入る」
耐えきれず目を逸らしてしまう寸前。同じ光を瞳に灯している妖精達の姿を、アリスは見てしまったからだ。
「配給ー。配給だよー」
「ひゃー、ご飯だー!」
待ちに待ったその声を、見張りに付いていた司書妖精は諸手を挙げて迎え入れた。
戦い詰めだった昼間は食べる暇などなかったので、実に半日ぶりの食事だ。正直さっきからお腹が鳴りっぱなしで、見張りもロクに集中できなかった。
「あたしの分も貰っといてー」
もう一人、共に見張りに付いていた相棒の言葉に「はーい」と答え、声の元へと向かう。
本棚の間を抜けていくと直ぐに、大きなカゴを抱えて歩いている妖精が見付かった。
「こっちー! 二人分ちょーだい」
「あ、いた。ほいさ」
給食班の妖精が、抱えていたカゴの中から紙の包みを二つ取り出し、ひょいひょいと投げ渡してくる。
少し開いてみれば、ハムやレタス、トマトなどの簡単な具材を挟んだサンドウィッチが重ねられていた。
「ありがたく頂きま~す」
「は~い、たんと召上がれ。え~っと次何処だっけ……」
よたよたとカゴを抱えて去っていく妖精に「お疲れ~」と手を振り、彼女は早足で自らの配置へと戻っていく。
その僅かな距離も待ちきれなくて、途中でサンドウィッチを一切れ口に咥えてしまった。
「ほまはへ~」
「あ、もう食べてる!」
相棒からの抗議の声を、にへへと笑って誤魔化す。
とは言えサンドウィッチを開いてみせれば、直ぐに機嫌も元通りだ。
包みを床に広げて、少し遅めのディナーは始まった。
「あ、水筒取って」
「はいはい」
サンドウィッチの味は格別だった。まぁ昼間あれだけ動き回った後の食事だ。美味しくないわけがない。
夢中でサンドウィッチを頬張る彼女の隣で、もう一人は食べながらも図書館の扉の方へと向き直った。
「ご飯の時間なのに、真面目だねぇ……」
「食事時だからこそ、見張りがサボっていいわけないでしょ」
彼女の呟きに呆れたような声を返して、相棒は細かな装飾の入ったオペラグラスを手に取った。
オペラグラスは、パチュリー・ノーレッジお手製の魔道具で、暗闇の中でも遠くを見渡せるという優れ物だった。
日もすっかり落ちきった現在、図書館内は薄い闇に沈んでいる。普段ならば夜であろうとも、魔法のランプで照らされているのだが、現在その魔力はトラップ魔法陣や通信用水晶の維持のため、節約中である。
作戦本部付近など、明りは必要最低限しか灯されていない。
「まぁ、攻めてこないとは思うけどね……」
「だよねぇ。昼間あれだけメタメタにして追い払ったんだもん。ねぇねぇ、戦いに勝ったら休暇もらえるって言ってたでしょ? 何するとか決まってる?」
「ん~、そう言えば考えてなかったなぁ……」
「あたしね、この戦争が終ったら、久しぶりに里帰りしようって決めてるんだ~」
「あ~、それも良いかもねぇ……って、あれ?」
不意に、オペラグラスを覗いていた相棒から疑問符が上がった。
「どうかしたの?」
「いや、いつの間にか図書館の扉が開いて――」
――カン、カラカラン……
直ぐ側から、何かの転がる音が響いた。
目を向けると、何か少し大きめの缶詰のような物が落ちていた。その表面に『バ○サン』と言う文字が書かれている事に気付いた瞬間、いきなり缶詰が白い煙を噴き上げた。
「わぁああああああ!!?」
視界が、一瞬で白一色に染まる。
「ちょ、何よこれ――ぎゃん!!」
「なに!? なによどうしたの!?」
悲鳴を上げた相棒に問い掛けるも、返事は返ってこない。
ダメだ、これは敵襲だ。慌てて駆け出そうとする彼女はしかし、何者かに足を払われ、受け身も取れずに背中から床に落ちた。
「ぐえっ!」
衝撃に肺が圧迫され、酸素が口から逃げ出していく。
息苦しさに喘ぎ、大きく口を開いたところで、何かノズルのような物が口の中に突き込まれた。
「あッ、あが……」
瞳が、恐怖に見開く。白に染まった視界の中で、銀の髪と赤い瞳が薄ボンヤリと浮かんでいた。
「その目はなにかしら? 何に縋っているの?」
掛けられた声は、恐ろしいほどに冷たかった。
身体の震えが止まらないのは、恐怖か、それともその冷たさに凍えているのか、判断がつかない。
「この地獄にいるのだから、貴方も鬼になったのでしょう? だとすれば、神に縋るなど筋違いですわ。ましてや私に縋ろうなんて、」
「ひ、や……た、ひゅけ……」
「まったく持ってお門違い」
――ゴッ!!
衝撃と共に意識が闇に沈む寸前、何よりも懐かしい菜の花畑が、彼女の脳裏に浮かんで消えた。
『本部、本部!! こちらウェンズデイ小隊!! 敵の襲撃を受けている、至急応援をもッ――』
「ウェンズデイ小隊!? ウェンズデイ小隊、応答せよ!!」
「サンデイ小隊状況を述べよ!! サンデイ小隊!!」
『いや、誰か、誰か助け、ぎゃああああぁぁぁ……――――』
「駄目です、小隊からの通信が次々途絶えていきます!!」
悲鳴と怒号に塗れた通信を聞きながら、パチュリーは呆然と立ち尽くしていた。
「一体……何が起きているというの……?」
図書館内の彼方此方で白い煙が立ち上り、悲鳴が響き渡っている。
夜襲? 馬鹿な。例え今攻めてきたとしても、この暗闇の中では効率的な清掃など行えない。
いや、例え昼間だとしても、三分の一近くまで減じた相手の戦力では、こちらの妨害を退けつつ清掃を行うなど出来ないはずだ。
「清掃を諦め、ただこちらの殲滅だけを目的に攻めてきたと言うこと? だとすれば、何故ウチの小隊は撤退してこないの?」
相手に清掃の意志がないのであれば、此方が戦う意味もないのだ。撤退、合流した後、相手が清掃を再開するのを確認してから、妨害行動を行えばいい。
だとすれば、相手は清掃する気はなく、尚かつこちらが抗戦せざるを得ない状況を作り出したと言う事だろうか。
「かん、ちょう……」
その時、一人の妖精がボロボロの有様で作戦本部に飛び込んできた。
肩を押さえ、片足を引きずりながらパチュリーの元までやって来ようとしたところで、ガクリとその膝が崩れる。
妖精が倒れ込む寸前、誰よりも速くパチュリーは駆け寄り、その身体を抱き留めた。
「館長……申し訳、ありません……」
「しっかりなさい! いったい何があったというの?」
「突然……敵の夜襲を、うけて……。わたし、足手まといで……走ることしか、できなくて……」
涙をこぼしながら、息も絶え絶えに呟いた妖精の言葉で気付く。そうだ、この娘は訓練を受けていたヒヨッ子の司書妖精だ。
「お前は、逃げろと……小隊長が……これを、わたしに託して……」
「これは……?」
妖精が手に持っていた霧吹きのような道具に、パチュリーは訝しげに眉根を寄せた。
「奴らから奪った……道具、です……。もう一つ……白い煙を噴き出す缶も、有ったんですけど……。この霧を吹きかけるだけで……本からカビ臭さが、あっという間に、消えてしまったんです……」
『な!?』
妖精の言葉に、パチュリーのみならず、その場にいた全員から驚愕の声が上がった。
それが本当だとすれば、司書隊にとって最悪と言ってもいい兵器だ。物量差と清掃の足かせ、この二つの要素によって保たれていたパワーバランスが、一気に崩壊してしまう。
「だから、先輩達……戦うしか、なくて……。わたし、なにも……なにも、出来なかった……」
「いいえ、貴方は立派に役割を果たしたわ。後は私に任せなさい……」
ポロポロと涙を零し続ける妖精の背中を優しく撫で、パチュリーは言い聞かせるように語った。
「館長……お願い、します……わたしたちの、としょ、かん、を……っ……」
――守って……。最後に蚊の鳴くような声でそう呟き、妖精は力を失った。持っていた霧吹きがゴトンと床に落ちる。
その身体を一度だけぎゅっと抱きしめ、パチュリーは顔を上げた。
「この娘を、どこか安全な場所へ……」
「あ、はい」
親衛隊の一人に妖精の小さな身体を預け、パチュリーは立ち上がった。
「私も出るわ。親衛隊、準備なさい」
「パチュリー様……!?」
「魔理沙はどこ? 例え借りを作ることになっても、今は少しでも戦力が欲しいわ」
「あ、魔理沙様は……。サンドウィッチを摘んだ後、飽きたと言って帰りました……」
「あの自己中ネズミは……!」
親衛隊の言葉に、パチュリーは心底忌々しげに吐き捨てた。
「まぁいいわ。私だけでも、やってみせる……!」
「パチュリー様!!」
歩みを進めようとしたパチュリーの前に、小悪魔が立ちふさがって声を上げた。
「退きなさい、小悪魔」
「いいえ退きません。危険すぎます!」
「関係ないわ」
「パチュリー様は正常な判断力を失っています! 今我々が討って出ても、敵の物量に押されて全滅するだけです!!」
「関係ないと言っているでしょう!! それとも何? 今も必死で戦っている部下達を見捨てて、自分だけ逃げろと言うの? ふざけるんじゃあないわよ!!」
――バチコォォォォオン!!!!!
小悪魔の平手打ちに、パチュリーの身体が空中でクアドラプルアクセル(四回転半)を決めて床に落ちた。
「むぎゅう!!?」
「ふざけてるのはどっちですか!!」
激痛に床をのたうち回るパチュリー。
しばし後、真っ赤に張らせた頬を手で押さえ、涙と鼻血を垂らしながらよろよろと彼女は起き上がった。
「こ、小悪魔……アンタ今、主人を全力でぶっ叩いたわね……」
「目が覚めたでしょう。貴方は、先程の健気な新米司書の言葉をもう忘れたんですか? この図書館を守ることが、貴方の使命なんです。簡単に命を捨てられるほど、パチュリー様の責任は軽くありません!!」
「…………!!」
その言葉は、あまりにも鋭くパチュリーの心に突き刺さった。
そうだ。その通りだ。一体自分は何を考えていたのだろうか。こんな、こんな年がら年中図書館に引きこもっている紫もやしの命などで、散っていった部下達の償いになるとでも思っていたのだろうか。
馬鹿馬鹿しい。あまりにも愚かな考えだ。彼女らの願いはただ一つ、この図書館を守ることだけだ。それを成し遂げる以外に、償いの方法など有りはしないのだ。
「親衛隊を連れて、第十三書庫までお下がりください。あそこであれば、力のある魔導書が多数あります。それを用いて、敵を迎え撃つ準備を。それまでの時間は、私が稼ぎます……」
「司書長!?」
「そんな、司書長だけでなんて!!」
「……一時間、いえ四十五分で良いわ。それだけあれば、準備を整えてみせる」
立ち去る小悪魔を追いかけようとした親衛隊員を、パチュリーは手で制した。
「四十五分間。生き延びて、帰ってきなさい小悪魔。貴方は上官に手を挙げたのだから。懲罰しなければならないわ」
「それは怖いなぁ……。でも――」
小悪魔が振り返る。
その顔には、いつも失敗が見付かった時にパチュリーに向ける、気恥ずかしげにはにかんだ笑みを浮かべていた。
「了解しました」
それっきり、二人は互いに背を向けて歩き出した。それぞれの戦う場所へと。
淀みのない足取りは、例えどれだけ遠く離れようとも揺らぐことのない、信頼の証のようでもあった。
「あ、ところで誰かティッシュ持ってない?」
それはそれとして、さっきから鼻血が止まらなかった。
妖精達が入り乱れ、宙を舞う。
幾重にも弾幕が花開き、幾何学的な模様を描いて軌跡を残す様は、戦いと呼ぶことを躊躇うほどに美しく幻想的な光景であったが、同時に咲き乱れる彼岸花のように、残酷で毒々しくも見えた。
事実、その花弁に捕らわれた妖精が、一人、また一人と地に落ちていく。そして、その妖精達の多くは、シックな司書服に身を包んでいた。
「くぅッ……数が違いすぎる!!」
追いすがるメイド妖精を弾幕で牽制しながら、司書妖精の一人が呻く。
メイド隊と司書隊、現在の戦力比はおよそ2:1。数字で表せば酷く簡単ではあるが、実際の戦いでその差を覆すのは容易ではない。いや、敵の夜襲を受け混戦となってしまった現状では、殆ど不可能と言っていいだろう。
「ひゃっはー! 汚物は消毒だー!!」
頭上から、さらに別のメイド妖精が攻撃を仕掛けてくる。
降り注ぐ弾幕から急旋回して逃れようとするも、その内の一発に、肩を浅く撃ち抜かれてしまった。
「あぐっ!」
痛みと衝撃に、バランスが崩れる。
慌てて体勢を立て直したときには既に、後ろから追ってきていたメイド妖精が、必中の距離にまで迫っていた。
――やられる!?
針のように収束された一条の光弾が、妖精の身体を撃ち抜いた。
「え?」
呆気にとられる司書妖精の目の前で、メイド妖精が悲鳴を上げることもなく、力を失って墜落していく。
光弾に撃ち抜かれたのは、自分ではなかった。
「平気?」
声に振り向く。
戦場の中心でたなびく紅い髪を見た瞬間、堪えようのない感情が溢れて、司書妖精の顔がクシャリと歪んだ。
「お、お前は!」
メイド妖精達の間に、次々と動揺の声が走る。
「第一の司書!!」
「魔女の副官!!」
「紅魔館の禁書目録!!」
「カマトト悪魔!!!」
ガクッと、小悪魔の肩が転けた。
『司書長ーー!!!』
最後の重なった叫びは、司書妖精達のものだった。
感極まって涙を流しながら抱きつこうとする妖精をしかし、小悪魔は額にチョップをかまして制する。
「戦闘中。気を抜かない」
「ず、ずびまぜん……」
涙と鼻水を垂らしながら額を抑える妖精に、小悪魔は溜め息をついてハンカチを手渡した。
小悪魔が改めて表情を引き締め、メイド妖精達に向き直る。
「ていうか誰、今カマトト悪魔なんて言ったの!!」
そこかよ。ハンカチで鼻をかみながら、司書妖精は胸中でツッコんだ。
メイド妖精達が互いに顔を見合わせる。一瞬の間を置いて、彼女らはコクリと頷き合った。
「カマトト悪魔」
「カマトト悪魔!」
「カマトト悪魔ー」
「やーい、カマトトカマトトー!」
「悪魔のくせに清純気取ってんじゃないわよー!」
「ぶっとばす!!!」
妖精のものとは比べ物にならない密度の弾幕が、小悪魔の身体から放たれた。
「きゃー怒ったー!」
「撤退! 撤退ー!」
「逃げんなちくしょー!! 悪魔が処女で悪いかあああ!!」
「し、司書長、落ち着いてくださいー!」
逃げるメイド妖精を追い掛けようとする小悪魔を、司書妖精が必死に引き留める。
「私だって、私だって出来ることなら悪魔らしい性格に生まれたかったわよ! 同窓会で同期の子達が『先月だけで10人も男引っかけちゃったー』『あたし8人ー』とか話してる横で、ひたすら話しかけられないように気配を消してオレンジジュース呑んでる私の気持ちが貴様らに分かるかー!! お母さんなんてこないだ里帰りしたとき、私を精神科医に連れてこうとしたっつーの!! 病気かよ!! 処女は病気なのかよ!!」
「大丈夫です司書長はちゃんと悪魔らしいですからー!!」
「大人っぽくてあたし達みんなの憧れですー!!」
「司書長マジ魅惑的!! マジ妖しげ!!」
周りの司書妖精達も揃って、小悪魔をなんとか抑えようとしがみついてくる。
そのまま綱引き状態でしばらく拮抗していた後、ゼェゼェと息を荒げて小悪魔はようやく落ち着きを取り戻した。
「ゴメン……ちょっと、取り乱した……」
「いえ……」
もう慣れてますから。司書妖精は、そう呟きそうになる口を慌てて閉じた。
小悪魔が、悪魔らしくない自分の性格にコンプレックスを抱いているのは、司書隊の間では非常に良く知られていることだった。
まぁ何にせよ、結果的に敵は後退し、束の間の平穏が訪れた。
「この場で生き残っているのは、これだけ?」
「あ、はい。別の小隊も、どこかで戦っていると思いますけど……」
司書妖精の一人が、小悪魔の問いに答えた。彼女はマンデイ小隊の隊長だった。
元々はサンデイ、マンデイの二小隊、計十四人が居たのだが、今では半分以下の六人だけだ。サンデイ小隊の隊長も、部下を庇って撃墜されてしまった。
難しい顔をして、小悪魔が懐から小さな懐中時計を取り出す。
「あの……」
小隊長がおずおずと声をかけた。
「司書長が来たって事は、館長も前線に?」
「パチュリー様は、第十三書庫まで下がりました」
ザワっと妖精達の間にどよめきが走った。
懐中時計の蓋が、パチンと閉じられる。そうして向き直った小悪魔の顔は、酷く色に乏しいものだった。
人によっては、冷たいと感じる無表情。ただ付き合いの長い司書妖精達には、それがどうにも無理をして取り繕っている仮面のようにしか見えなかった。
「現在、そこで魔導書を用いた防衛陣を構築中です。ただしそれには今しばらく時間が――」
「分かりました、私達でその時間を稼ぐんですね!!」
「かか……へ?」
突然言葉を遮られ、小悪魔の仮面はあっさりと剥がされた。
「いや、あの……」
「私達だけじゃちょっとキツイねー」
「他の部隊とも合流しないと」
「ちょっと? もしもーし?」
「まぁ、上手いこと立ち回ればなんとか」
「トラップ魔法陣もまだ残ってるし」
「――って、アンタら上官の話は最後まで聞けぇええええ!!!」
とうとう小悪魔がキレて叫んだ。が、妖精達は全く堪えた様子もなく、ニヘラヘラと表情を緩ませる。
「いやぁ、だって司書長やたらと言いにくそうな感じだったしー」
「無理してんのが見え見えで、痛々しかったって言うかー」
「五月蠅いわよ! わざと冷たい感じに言って、逃げたい者は逃げなさいって続ける予定だったのにー! あーもー!!」
似合わなーい! キャラ作りすぎー! 妖精達の間から、次々と声が上がった。
「いいわよ、今更逃げたいっていっても遅いからね!? 貴方たちはこれより私の指揮下に入ります! 残り四十分間、なんとしても敵の足止めをするわよ! それ以後ならば撤退、降伏しても良し!! 生き残ることを最優先に考えること!!」
『了解しました!!』
「さぁ、行きましょうか。まずは残存戦力との合流。泥中を這い回るように、惨めに戦い抜くわよ」
小悪魔が身を翻し、妖精達も後に続く。
おそらく、この戦いに勝利することはあり得ないだろう。兵力は相手の半分以下。疲労困憊、軽傷者多数。負けることを前提とした、半死人達の行軍だ。
悪魔の率いる部隊としては、何ともお誂え向きだ。妖精達の誰もが、そう思って笑った。悲壮感など、何処にも見られなかった。
――残り三十五分。
「予備のマナプールからスプリットスクエアに直結するわよ。サーキットを繋いで!!」
山羊の血で床に巨大な魔法陣を描きながら、パチュリーが指示を飛ばす。
図書館の最奥、第十三書庫。そこもまた、戦場さながらの有様だった。
「カレントデバイスを通さないんですか!? マナバーンの危険が――」
「デバイスを一から構築している時間なんてないでしょう。カレントコントロールは全て私がマニュアルで行なうわ。ブレーカーもいらない、止まろうと暴走しようと、どうせその時点で私達の負け確定よ。まぁルーン刻んで、有る程度の流れを無理矢理固定しとけば何とかなるでしょう。いえ、してみせる!」
魔導書を媒体とした防御陣の構築。口で言うのは容易いが、本来ならば丸一日以上掛けて構築するような大規模魔術である。それを僅か四十五分で完成させなければならない。
いや、完成というのはおこがましいだろうか。構成を省き、誤魔化し、無茶と無謀を重ねることでバランスを取り、でっち上げるのだ。とにかくメイド隊と戦う間、数十分程度の時間持てばそれでいい。
「各魔導書の設置、完了しました!」
「よろしい、末端から起動実験を行っていくわ。宝石箱を持ってきて!」
「はいー!」
妖精の一人が持ってきた宝石箱の中から、小指の先程の大きさのルビーを一つ摘み上げる。
パチュリーの呟きと共に、ボウッと空中で炎が上がり、渦を巻いて火球と化した。その中に先程のルビーを落し入れる。一分ばかりの間、ルビーは火の中でスープのごとくトロトロと煮込まれ、ドロリとした液体にその姿を変えた。
「ふぅぅぅ……」
緊張した面持ちで大きく息を吐き、パチュリーが人差し指を火球の真下に持ってくる。
その指に誘われるように、火球の中から溶けた宝石が糸のように垂れ下がって床に落ちた。パチュリーが指を動かせば、それに付き従うように垂れる宝石の糸も歪み、床に模様を描いていく。
そうして全て描き終えたところで、パチュリーは火球を消して顔を上げた。
「よし、三番ラインを開いて、マナプールから魔力を供給! 出力は最低で良い!!」
「は、はい!」
魔法陣の一部が青白く光り、宝石で描かれたルーンを通って、魔力が魔導書へと流れ込んでいく。その光景を、パチュリー達はただ固唾を呑んで見守っていた。
――残り三十分。
「敵は袋のネズミよ! 包囲を狭めて押しつぶしなさい!」
もはや空戦も諦め、司書隊は地面に方陣を組んでただ弾幕で敵を牽制するだけとなっていた。
それを四方から取り囲み、メイド妖精達はジリジリと前進していく。
弾幕とて、無限に撃ち続けられるわけではない。撃てば撃つだけ体力を消耗し、疲労は溜まっていく。司書隊も当初の勢いなど見るかげもなく、牽制の弾幕も散発的だ。
このまま、一気に殲滅できる。メイド妖精達がそう思い、突撃しようと浮き足だった瞬間、突然横合いから別の弾幕が撃ち込まれた。
「包囲を崩して味方を救出せよ! 突撃ぃいいい!!」
「ッ!? 来たわね小悪魔!!」
目を向ければ、小悪魔を先頭にした僅か七名ばかりの部隊。しかし侮りはしない。例え死に損ないの寄せ集め部隊であろうと、全力を持って叩き潰す。
咲夜は奇襲に備え待機させておいた部隊を率い、自らも戦場に飛び込んだ。
「小悪魔ぁぁぁあああ!!」
「司書長、敵の増援が来ます!」
「構うな!! 味方の救出を目的とする以外の一切の戦闘を禁ずる!!」
後ろから追撃する咲夜に一切目を向けることなく、小悪魔達はまるで一本の矢のごとく隊を密集させ、包囲を突き破っていく。
敵に囲まれたこの状況でありながら、何という統率力だろう。戦いの最中であるというのに、咲夜は思わず感嘆の息を漏らしてしまった。
指揮官に対する絶大な信頼がなければ、こんな愚直な突進に隊は付いてこない。それだけではない、包囲され息も絶え絶えだった司書隊もだ。まるで初めから助けが来ると確信していたように、即座に方陣を解いて小悪魔達が崩した包囲の穴に雪崩れ込んでいる。
――このままでは抜けられる!!
「敵を逃がすなぁあああ!!」
上から、後ろから、左右から、逃げる司書隊に向けて嵐のごとく弾幕が撃ち込まれる。
司書隊は反撃しない。目を向けることすらない。撃たれ、傷つき、仲間が倒れようともひたすら逃げ続ける。
その目指す先は、図書館の中心。主の居ない作戦本部があった。
――残り二十五分。
生き残った司書隊を率い、小悪魔は作戦本部へと飛び込んだ。
その勢いのまま、中央に置かれていた机を蹴り倒す。その下には、一つの魔法陣が描かれていた。
「緊急防衛ライン起動!!」
「は! 防衛ライン起動!!」
司書妖精の一人が、魔法陣に触れ何事かを小さく呟く。すると作戦本部の周囲が淡く光り、横倒しになった空の本棚が四角く囲むように現れる。
「全員本棚の裏に膝を付け!! 決して顔を出すな、上を向き、本棚を越えてくる敵だけを撃ち落とせ!!」
生き残りは、小悪魔を含め僅か十四名。一辺に三、四名づつが本棚の裏にしゃがみ込み、固唾を呑んで頭上を見上げる。
自らの荒い息づかいが、いやに耳に付いた。心臓が、胸を突き破らんばかりに激しく鼓動している。耐え難い緊張を噛み殺すように、小悪魔は歯を食いしばった。
唐突に、影が自らの上に落ちた。
「――ッてぇええええええ!!」
裏返り気味の号令に、司書妖精達が一斉に弾幕を撃ち込む。
本棚を越えてきた数名のメイド妖精達は、集中砲火に為す術もなく撃ち落とされ、或いは退却していく。
「気を抜くな! 直ぐ次が来るわよ!!」
部下達に、と言うよりも殆ど自分に言い聞かせるように、小悪魔は叫んだ。
時間はまだか。懐の懐中時計を床に置く。数分が、数秒が、今の小悪魔にはそれこそ何時間と言う長さに感じられた。
――残り十五分。
幾度かの侵攻を繰り返した後、唐突にメイド隊の攻撃は止まった。
安堵と戸惑い、二つの感情が司書妖精達の心を攪拌させ、プツプツと泡のように緊張の隙間を作っている。その空気が、小悪魔には明確に感じられた。
「……諦めたんでしょうか?」
「どうかしらね……。そう願いたいけれど」
隣にいた妖精の言葉に答えつつも、そんな筈はないだろうと小悪魔には確信できた。
「願うだけで、信じないようにしなさい。全員、下を向くな! 上を注視!!」
改めて、妖精達の気を引き締め直す。
そんな甘い相手ではない。いったい何を狙っているのか、或いは何か準備をしているのか。思考は巡れども答えは出ない。推測するにはあまりにも情報が少なすぎた。
このまま悠長に待っていてもいいのだろうか、しかしこちらから打って出たところで、瞬く間に殲滅させられるだろう。
どうする。どうする。焦る気持ちが、迷いをさらに助長させる。結局、それを断つだけの時間を、敵は与えてくれなかった。
――カン、カンカランカランッ
「!?」
不意に、大きめの缶詰のようなものが幾つも投げ入れられた。咄嗟に小悪魔の頭を過ぎったのは、爆弾という言葉。まさかそんなはずはないと言う思いに反して、身体が硬直する。
「司書長、それは!」
司書妖精達が咄嗟に手を伸ばす。しかしそれよりも早く、缶詰から吹き出した白い煙が、視界を覆い尽くした。
「こ、これは!?」
自分の迂闊さを呪う。そうか、これがあのヒヨッ子妖精の言っていた『白い煙が吹き出す缶』か。
しかし床付近はともかく、上空の煙はそこまで濃くはない。敵影程度なら、十分確認できる。
「ごほ、ごほ! 落ち着きなさい、敵が来るわ!! 今はとにかく上から来る敵に対処――」
――ズガァアアン!!
「きゃあああ!?」
「うわああああ!!」
突如轟音と共に、巨大な丸太が本棚の防壁を突き破った。
「は、破城槌!?」
準備していたのはこれか!!
破壊された本棚の穴から、メイド妖精達が次々と侵攻してくる。
「敵の侵入を許すな!! 撃て撃てええ!!」
「このー!」
「来るな、来るなああああ!!」
必死に応戦する司書妖精達。しかし上空からも弾幕が撃ち込まれてくる状況にいたり、遂に互いの拮抗は崩れた。
「司書長、このままでは!」
「くっ……ここまでか!」
もはや本棚の防壁は、こちらの逃げ道をふさぐだけの壁になっている。ここに留まっているメリットはどこにもない。
「本部を放棄!! 空戦に移行します、全員私に続きなさい!!」
『ラジャー!!』
小悪魔を先頭に、司書妖精達が一斉に飛び立つ。
それを待ち受けていたのだろう。周囲から、視界を埋め尽くさんばかりに弾幕が撃ち込まれてきた。
生き残った司書隊の三分の一が、その弾幕に撃ち落とされた。
「固まりすぎるな! 後十分、なんとしても生き延びなさい!!」
それから先の事は、余り記憶に残っていなかった。部下達の悲鳴だけは、嫌に耳に残っていたが、その声すらもどんどん少なくなっていった。
ただ弾幕を避け続け、弾幕を撃ち続けた。
どれだけそれを繰り返しただろう、長かったのか短かったのかすらも判断が付かなかったが、不意にメイド妖精達の包囲の隙間を、小悪魔は見つけた。
あそこから包囲を抜けられるか!?
「生き残っている者! 私の後に続――」
叫びと共に振り返り、小悪魔は気付いた。自分以外、生き残っている司書隊は、誰もいなかった。
「終りよ」
小悪魔に声が掛けられた。
顔を上げる。まるで、つい数時間前のシーンを焼き直すように、十六夜咲夜がそこにいた。配役は、真逆になってしまったが。
「司書隊は全滅する。もう、それは覆せないわ」
「……まだ、分かりませんよ」
言いながら、懐中時計で時間を確認する。約束の時間まで、あと三分残っていた。
「パチュリー様がまだ残っていると? けれど、兵はもう殆ど居ないでしょう」
「そうですね。けど――」
懐中時計を投げ捨てる。
「ここで貴方を討てば!!」
この身の全てを賭けて、小悪魔は空を駆けた。もはや限界に近い疲労も、相手との力量差も、全て思考から投げ捨てた、決死の突撃。
対する咲夜は動かなかった。ナイフの一本も取り出さなかった。ただ、小悪魔を指さし、一言呟いた。
「撃て」
周りを取り囲む妖精達からの一斉射撃に、逃げる隙間などどこにもなかった。
手を、足を、肩を、身体を、頭を、あらゆる部分を弾幕に撃ち抜かれた。
――失敗、したなぁ……。
沈んでいく意識の中で、ボンヤリと小悪魔は思った。
以前の十六夜咲夜ならば、この一騎打ちにも、馬鹿正直に乗って来ていた筈なのに。
『この惨劇は、全て、貴方の責任だ』
あんな言葉、わざわざ掛けるべきではなかった。人間は、あっという間に変わってしまうと知っていたのに。
いつか弾幕ゴッコでも、私たちとの戦いでもなく、本当に命を賭けた戦いをする時のために。そんな甘い心を、あの時に出すべきではなかった。
こんなだから、自分は何時までも『小悪魔』のままなのだろう。
――パチュリー様……すいません……。
約束は、果たせなかった。
蝶番の軋む音を響かせて、重苦しく扉は開いた。
「来たわね。咲夜」
「ええ、来ましたわ。ついに、と言って良いのでしょうね」
僅か五人の司書妖精を従え、パチュリー・ノーレッジは書庫の中心に佇んでいた。
第十三書庫。紅魔図書館の最奥。最秘奥。
「ついに。ついに、辿り着きました」
過去三度の大戦は言うに及ばず、それ以外の如何なる時、如何なる場合でも、パチュリーは咲夜をこの場所に入れようとはしなかった。
今ならば、その理由が理解できる。
不可視の粘度すら伴って鼻孔に張り付いてくるような、耐え難いカビ臭さ。魔法のランプに照らされ、薄き絹のベールの様に波うつ光の粒子は、圧倒的密度の埃か。この場にいるだけで、肌がチクチクと刺激されるような違和感を感じる。
一体どれだけのカビが、ダニが、害虫が、この場に巣くっているのだろう。耐えられない、許せない、許せるわけがない。一切合切全てを駆逐しなければ、気が済まない。
そう、ここが、こここそが、全ての諸悪の根源だ。
怖気の粟立ちを武者震いに代えて、咲夜はゆっくりと腕を上げた。
「メイド隊、前へ」
咲夜の後ろから、メイド妖精達が次々と書庫内に踏み入り、一糸乱れぬ動きで陣形を構築していく。生き残っているメイド妖精三十九名から成る、三層の横列陣形。
そしてさらに二人の妖精が、ゴロゴロと身の丈よりも大きいドラム缶を転がし、咲夜の横に並んだ。
「それは……!」
パチュリーの顔が、驚愕に歪む。
「バル○ンKRD八百万。香霖堂の店主に作らせた特注品ですわ。これを書庫の中心で点火させれば、瞬く間に全てを浄化してくれることでしょう。腐敗の全ては黒歴史へと封じ、リセットされる。ふふふ、なんと心が躍ること」
「香霖堂……ッ」
ギリッと、歯の軋む音が聞こえた。
「まさか、そんな物まで用意していたなんて……。けれど」
パチュリーが、全てを抱き留める聖母のように、両腕を広げた。
「サーキット接続OK!」
「マナプール全ライン開放!」
「出力安定。スプリットスクエア、オールグリーン! 行けます館長!!」
「こちらにも、切り札はある」
―― 大典『Voile du Grimoire』 ――
パチュリーを中心に、巨大な魔法陣が目映い光を放ちながら浮かび上がった。溢れる魔力が雷土となって宙を奔り、咲夜の目を焼く。
吹き荒れる風に攫われ、魔導書と思われる十数冊の本が、魔法陣を囲うように舞飛んだ。雷土が蛇のように鎌首を擡げ、魔導書に食らいつく。魔導書に食らいついた蛇は、そこからさらに首を別け、別の魔導書に食らいつき、また別れる。
「これ、は……そうか、小悪魔は、このための……!!」
「ふ、うぅぅぅ……」
魔導書を頂点、雷土を辺とし、蜘蛛の巣状に入り乱れて構築される立体図形。その中心で、パチュリーは呻くように大きく息を吐いた。
額からは大量の脂汗が滲み、体中が細かく震えている。弾ける稲妻に髪留めが焼かれ、長い髪が扇のように広がった。朦朧と色を失った瞳が、焦点を揺らしながら咲夜に向けられる。
「いく、わよ……!」
「ッ――全員散開!!」
横にあったバ○サンKRD八百万を蹴転がし、反射的に咲夜は叫んだ。妖精達が飛び立った直後、十数冊の魔導書から一斉にレーザーが放たれる。
触れてもいないのに、側を熱線が掠めるだけでチリチリと肌が炙られる。よほど強力な結界が貼られているのか、書庫内の床や壁には焦げ痕も付いていなかったが、人や妖精に直撃すればどうなるか分かったものではない。
「何て火力……!」
戦きながらも、自軍の被害を確認する。
幸い、今の砲撃にやられた妖精は居ないようだった。こちらの切り札であるバ○サンも、咲夜のとっさの機転により損傷無く壁際付近に転がっている。
「五人、バ○サンの点火準備と守護に付きなさい!! あとの者は敵を取り囲め! 全方位から一斉射撃を仕掛ける!!」
『Yes Ma'am!!』
咲夜の号令に、メイド妖精達が一斉に広がってパチュリーと『Voile du Grimoire』を包囲した。
「無駄なことを……」
パチュリーの呟きと共に、魔導書達がグルリと巡り、シンプルな四角柱へと並びを変える。
「撃てぇえええええええええ!!!!」
四十名近い妖精達による、弾幕の一斉掃射。数百、数千に及ぼうかという光弾が閃光と爆煙を生み、巨大な『Voile du Grimoire』の姿さえ覆い隠していく。
十数秒程も撃ち続けただろうか、流石に妖精達も息切れを起こし、弾幕は止んだ。
ゼェゼェと荒い息をつく妖精達の見守る中、煙がゆっくりと薄れていく。そこには、
「そん、な……」
先ほどまでと何ら変わりのない、『Voile du Grimoire』の姿があった。
「あ、あれだけの攻撃で無傷!?」
「無駄だと言ったでしょう」
魔導書がまた並びを変える。形成されるのは、パチュリーの周りを輪となって囲む二つのリング。
リングはそれぞれ別方向に回りながら、弾幕とレーザーを周囲にまき散らす。
「うきゃぁああああ!?」
「こ、こんなの、まるで要塞じゃない!!」
「怯むな! どこかに付け入る隙が必ずある筈よ!!」
「しかしメイド長、このままでは……!」
「弾幕が駄目なら――」
クルンと、咲夜が手首を回す。瞬きの後、その手にはいつも使う投擲用の物とは違う、やや大振りなナイフが握られていた。
「接近戦で直接!!」
自身の身を矢と変えて、咲夜は飛んだ。
その行く手を遮るべく、四冊の魔導書が咲夜の前に障壁を展開する。
――バヂィィイイイィイッ!!
ナイフの切っ先と障壁がぶつかり合い、青白い火花を生む。
「ぐ、うぅぅうううう!!」
僅かな拮抗の後、バチィ! と咲夜の身体は弾かれた。
「諦めさない。貴方たちの攻撃は届かない。ただ私に蹂躙されて戦いを終える」
「まだ……まだぁあああぁああ!!」
弾かれた身をグルリと捻り、再度咲夜は突撃した。
ナイフを大きく頭上に振り上げ、落下速度を存分に乗せたそれを振り下ろす。狙いは――
「そ、こ、だぁああああ!!」
「――!?」
初めて、パチュリーが動揺を露わにした。
ナイフが振り下ろされた先は、障壁ではなくそれを構成する点、魔導書。
魔導書を包む力場にナイフが食い込む。弾ける火花。削られ、欠けていく刃先。後数センチで魔導書に届くかという寸前、乾いた音を立て、無情にもナイフの刃は砕けた。
「ああ!?」
メイド妖精達が、悲嘆の声を上げた。
小さく、パチュリーが安堵の息を漏らす。彼女は気付いていなかった。咲夜の瞳が、まだ輝きを失っていないことを。
「計算――」
咲夜が左手を突き出す。その手には、外の世界の道具、ファブ○ーズが握られていた。
「しまッ――!!」
「通りよ!!」
ナイフとの拮抗により力場を失った魔導書に、ファ○リーズを吹き付ける。
途端、魔導書は意識でも失うかのように力を無くし、ヘロヘロと床に落下していった。
やはり思った通りだ。そう、魔導書と言えども所詮は本。
「湿気には弱いようね!!」
「くッ、おのれぇ……!」
点の一転が崩れたことにより、障壁そのものも消失する。魔導書の内側に入ってしまえば、相手はもはや裸同然だ。
今ならば、パチュリーの身にも届く!
「私たちのこと、お忘れではないですか?」
「ッ!?」
猛然と突っ込もうとした咲夜の横から、不意に声が掛けられた。ゾクリと背中が粟立つ。
咄嗟に身体が動いたのは、明確な恐怖を感じたからだった。身を捻った咲夜の服を掠め、妖精のものとは思えぬ速度と密度の弾幕が、通り過ぎていく。
「我らノーレッジ親衛隊」
さらに頭上から別の声。撃ち下ろされるレーザーは、正確無比に逃げる咲夜を追い、反撃すらも容易に許さない。
――この子達……ッ
「十把一絡げの雑魚と一緒にされては困ります」
三人目は、何の脈絡もなく、ただ当たり前のように咲夜の懐に現れた。
――他の妖精達とはレベルが違う!?
妖精の中に、希に零時間移動を可能にする者が居ることは聞いていた。
霊夢や魔理沙は会ったことがあるらしいが、咲夜は実際に見たことはなかった。それがまさか、司書隊の中に居たとは。
鳩尾に、重苦しい衝撃が走る。
「かはッ……!」
吹き飛ばされた咲夜にトドメを刺さんと、さらに二人の妖精が迫る。
急所を打たれて身体が硬直している、動かない、時を――間にあわ――
「雑魚だってぇえええええ!!」
咲夜の背後から放たれた弾幕が、迫る親衛隊二人の動きを止めた。
落下しようとしていた身体が、後ろからそっと支えられる。さらにその前を守るように、メイド妖精達がずらりと陣形を組んで並んだ。
「数さえ揃えば、巫女だって落とせるんだから!!」
「魔法使いだって行けるもん!!」
「あなたたち……」
目頭から溢れそうになる何かを必死に堪え、咲夜は首を振った。今は駄目だ。まだ早い。全てが終った時に、存分に。彼女たちに、この気持ちを伝えよう。その為にこそ。
咲夜は厳しい表情を取り戻し、メイド妖精達を見回した。
「敵の弱点は、分かったわね?」
コクリと、妖精達が頷く。全員の手に、ファブ○ーズが握られていた。
「行くわ、総力戦よ!!」
「来なさい、全て叩き潰してあげる!!」
最後の決戦が始まった。
圧倒的な火力と防御力を持つパチュリー、そして強力な単体戦力である親衛隊に対し、メイド妖精達は咲夜の指揮の下、数人単位のチームを組んで互いにサポートし合い、攻防を続ける。
「鬱陶しいッ……落ちなさいカトンボ!!」
『Voile du Grimoire』から、それこそ書庫内全てを埋め尽くそうかという量の弾幕が放たれる。メイド妖精達に避けきれるレベルのものではない、一人、また一人と撃ち落とされる。
しかし、それでもメイド妖精達はあえて弾幕の中に突撃していく。攻撃の時こそ、防御が薄くなることを理解していたからだ。
「この、程度で!!」
「なんとぉおおおおおお!!!」
決死の覚悟で接近した妖精が魔導書に至近距離から弾幕を撃ち込み、力場が弱まったところに別の妖精がファ○リーズを吹き付ける。
「くっ、また魔導書が……!」
「このッ、近づくなぁああ!!」
親衛隊もそれを追い払おうと飛び回るが、数の差だけは覆しようがない。別のメイド妖精も、それを邪魔するべく弾幕を放ってくる。親衛隊とて、無傷というわけにはいかなかった。
互いを、互いの身で磨り潰し合うかのような、凄惨な戦い。
しかし焦っているのは、司書隊の方であった。『Voile du Grimoire』は短時間で構築した、不完全な術式だ。戦いが長引くほど負担は積み重ねられ、不安定になっていく。魔導書も、多くが力を失ってしまった。
もはや何時崩壊してもおかしくない状態だと、パチュリーは感じていた。
「こうなったら、一か八か……!!」
覚悟を固め、パチュリーは真っ直ぐ両腕を横に広げた。その先に、それぞれ四冊の魔導書が集まり、砲門を形成する。
魔法陣が一際大きな輝きを放ち、膨大な魔力を砲門の先に収束させた。
「これはッ……拙い、全員待避ー!!」
「もちなさいよッ――偽典『ツイン・バスタースパーク』!!!」
両砲門から、魔理沙のマスタースパークもかくやと言う、極太のビームが放出された。それだけではない、放出した状態でさらにゆっくりと回転させ、書庫内全てを蹂躙していく。
「きゃあああああああ!!!」
「みんな逃げ、うわぁああああああ!!!」
メイド妖精達の断末魔を聞きながら、パチュリーは血が滲むほど奥歯を食いしばり、目を血走らせ、必死で術式を維持し続ける。
魔法陣からは溢れた魔力が迸り、もはや崩壊寸前だ。
あと少し、お願いもう少しだけ!
「館長、上です!!」
不意に掛けられた親衛隊の声に、パチュリーはハッと頭上を見上げた。
「覚悟ぉおおおおおお!!」
「咲夜!?」
咄嗟に残った魔導書を頭上に集め、障壁を展開する。
――ギチィイイイイイィイイイ!!
「おおぉおおおおおぁあああぁぁあああ!!!」
「こぉおおのぉおおおおおおぉぉおおお!!!」
ブツンッ、と。遂に魔法陣は崩壊し、全ての魔導書が力を失って地に落ちた。
「パワーダウンですって……!?」
「バ○サンの準備は!」
「大丈夫、行けます!!」
咲夜の言葉を受け、今まで守りに守り抜かれていたバル○ンが、遂に書庫の中央に向けて転がっていく。
「くッ、それだけは!!」
「行かせません!!」
疲労困憊の身に鞭打ち、飛び立とうとしたパチュリーの前に咲夜が立ちふさがる。
「親衛隊! 誰か!! それを破壊しなさい!!!」
「逝きなさい、バ○サンKRD八百万!! 忌まわしきカビ臭さと共に!!!」
ガラゴロガラゴロと派手な音を立てて転がっていくバ○サン。残る親衛隊の猛攻も、メイド妖精が文字通りその身を盾にして寄せ付けない。
「退きなさい、咲夜ぁああああ!!!」
「退くもんですかぁあああああ!!!」
行く手を阻むナイフの雨。なけなしの魔力を注いだ反撃も、咲夜を仕留めるには至らない。
中央までたどり着いたバル○ンが今まさに、メイド妖精の手によって点火されようとしている。
ダメだ、間に合わない。パチュリーが諦めかけたその時、背後から、小さな司書妖精が咲夜にしがみついた。
「な!?」
「貴方は!!」
「行って、ください……館長!!」
それは、敵のファブリーズを手に命からがら作戦本部まで戻り、気絶していたヒヨッ子司書妖精だった。
「良くやった、貴方は英雄よ!!」
動きを制限された咲夜の横を抜け、パチュリーが一直線にバ○サンの元に向かう。
すでにバ○サンは小さく煙を吹き出し始めていた。
「ッ! さ、させな――」
「邪魔よ!!」
最後のメイド妖精がパチュリーの前に立ちふさがる。しかしいくら疲労しているとはいえ、妖精に遅れを取るパチュリーではない。
瞬く間にメイド妖精を蹴散らし、バルサンの元に辿り着く。
「これで――」
「このっ、はなせぇぇええ!!!」
ようやく妖精の身体を振り解き、咲夜はパチュリーを追撃した。
「時よ!!」
カチリと世界が色を失い、制止する。
パチュリーは手に火球を生み出し、今まさにバ○サンに向けて放とうとしていた。
――もう体力が……あまり時間を止めていられない!!
パチュリーの元まであと数メートル。ダメだ、限界だ。最後の最後にナイフを一本投げ放ち、時が動き出す。
「あぐっ!」
手の甲にナイフが突き刺さり、パチュリーの火球が霧散する。その隙に、咲夜は後ろから全速でパチュリーにぶつかった。
そのまま、二人の身体はバ○サンを挟むような形で床に落下した。
落下の痛みにも構わず、パチュリーが残った左腕を振り上げる。その腕を咲夜が掴んだところで、ついにバ○サンが大きく白い煙を噴き上げた。
「勝った!!」
咲夜が会心の笑みを浮べる。
パチュリーは失意に暮れるように、顔を伏せていた。その口が小さく何事かを紡いでいたことに、咲夜は気づけなかった。
最初に異変を感じたのは肌だった。肌が震えている。
「こ、これは――!」
「貴方の、負けよ……」
咲夜が気づいたときには、すでにパチュリーの最後の魔法は完成していた。
青白い光が周囲を包み、空気を凍てつかせるほどの冷気が溢れ出す。
「まさか、自分の身体ごと!?」
「それくらいの覚悟、貴方も持っているでしょう……?」
咲夜を逃がすまいと、バル○ン越しにパチュリーはその身を抱きしめた。
パキパキと音を立てて二人の身体が凍り付いていく。
吹き出す煙は冷気によって固まり、細く蚕の糸のようになってたゆたいながら、キラキラ輝いていた。
「最後の、最後で……こんな……!」
二人を優しく撫で付けるように糸が絡まり、その身を覆っていく。
「戦いを、始めた者の責任を……果たしましょう……? 貴方も、一緒に……」
「おじょう、さま……これが……運命、なのですか……?」
戦争がもたらす結末としてはあまりに幻想的なその光景に、妖精達は息を呑んで見守り続けていた。
バ○サンの繭に包まれ、二人は蝶のように美しく、儚く、静かに、眠りにつく。
午後11時47分。過去最大の犠牲者を生んだ第四次紅魔図書館清争は、こうして幕を閉じた……。
「って、あんたらなにぼーっと見てんのー!? 二人をお風呂場に運んで!! 早く! 解凍ー!!!」
気絶から目を覚ましたらしい、ボロボロの状態で飛び込んできた小悪魔の叫びに、我に返った妖精達はわーわーきゃーきゃー騒ぎながら慌てて二人に駆け寄った。
『かんぱーい!!』
香霖堂の居間にて。
霊夢、魔理沙、霖之助、そしてアリスの四人は、すき焼きの鍋を囲んで、グラスを合わせていた。
グイーとグラスの麦酒を呷り、早速と言った様子で鍋に箸をつける霊夢と魔理沙。霖之助は、お猪口で熱燗をチビチビと飲んでいる。対して、アリスは何処か気が進まないように、箸を弄んでいた。
「どうしたんだい? すき焼きは苦手だったかな?」
「いや、そう言う訳じゃないけど……」
霖之助の問いかけにも、アリスは歯切れ悪く答える。
「なら食えよ、霊夢に全部牛肉持ってかれるぞ?」
「うっしさん、うっしさん、もーもー♪」
魔理沙に揶揄された霊夢は、周りの様子など全く気にかけず、喜色満面の笑顔でひたすら牛肉を頬張っていた。
ていうか、え? これ誰?
「ねぇ……これ、ホントに霊夢?」
「うむ。霊夢のご機嫌フィーバーモードだ。見たこと無かったか? まぁ、他人の居る場で見せるのは珍しいけど、一人で雪かきしてるときとか結構こんな感じになるぞ。よっぽど牛肉が嬉しかったんだな」
確かに幻想郷では兎肉や猪肉が主流で、牛肉はあまり食べられる機会がないが。いくら何でもこれは変わりすぎじゃなかろうか。
普段の霊夢を知っている身からすれば、軽いホラーである。
「遠慮なら不要だよ。今回は僕も随分儲けさせて貰った。これは正当な報酬だ」
「遠慮何てしてないわ。ただ、貴方も良くやるわよねって思ってただけよ。二つの陣営に取り入って、それぞれ道具を売りつけるなんて」
「そうかい? 商人として当然の行いだと思うが。ああ、もしかしてその事に負い目を感じているのかい?」
霖之助の指摘に、アリスはぐっと言葉を詰まらせた。
そう、それこそアリスの食指がイマイチ伸びない理由であった。
今回紅魔館で起きた戦いで、アリスは魔理沙に誘われて、咲夜の陣営に道具を売りつける手伝いをした。報酬は外の世界の衣類や布、糸など。魔理沙と霊夢は、今まで溜まりに溜まっていたツケの精算。
そしてその打ち上げとして、このすき焼きな訳だが、納得の上とはいえ、どうにも知り合いの弱みにつけ込んだ様な気がして、アリスはモヤモヤとした気分を抱えていたのだ。
「気にすることはないさ。僕たちは、戦争を正しく利用しただけに過ぎない」
「正しく利用?」
霖之助の言葉に、アリスは首をかしげた。
「そうだよ。戦争というのはね、他の何よりも効果の高い景気対策なのだから。商人が儲けを得るのは、当然のことさ」
「いや、私商人じゃないし」
ていうか景気対策って、私達はともかく、紅魔館は大赤字じゃなかろうか。
「もちろん、本当に人死にが起こる戦争となったら話は別だけどね。戦争と言ったところで、所詮は弾幕ごっこの延長だ。弾幕ごっこは、酒の肴にして楽しむべきだよ」
その理屈は、理解できた。
確かに弾幕ごっこで負けたからといって、そこまで気にするやつは誰もいない。どんなに無様な負け方をしたとしても、大抵は宴会の場で笑い話として話される。
自分が難しく考えすぎなのだろうか。
気を取り直すように首を振って、アリスは卵を溶き始めた。
後日、咲夜とパチュリーが変な繭に包まれて凍死しかけたという記事がばらまかれ、幻想郷中が笑いに包まれた。
特にレミリアが馬鹿ウケしていたのを見て、「幻想郷って平和で素晴らしいな~」とアリスは思った。
あと、こないだ買ったファ○リーズも素晴らしかった。
…それはともかく、いちガノタとしても楽しく読ませていただきましたw
物語の構成や、一つ一つのシーンの描写が丁寧で、また一人一人が生き生きとしていてとてもよかったです。
ただ一つ、「これは漫画で読みたい」。文章媒体で書く必然性があるかということを考えると、少し微妙かも知れないと、そう思いました。
ただこれは、自分に漫画を描ける技量があればそうしてしまいたいほど引き込まれた為に生まれてきた思いですので、
批判とは思わないで下さると幸いです。
幻想郷観については全く同意です。重苦しい過去を乗り越えて、こんな「楽しい今」にたどり着く。
幻想郷の歴史はそうしたものであって欲しいと私は思います。
ああ、本当にこの幻想郷は楽しいなあ!
なぜだかわかりませんが、ひどく色っぽいものを感じたので。
本人たちは本気だけど、武器はいつもの弾幕に牛乳卵ファ〇ブリーズという幻想郷らしさ
こういうFPSみたいなのやってみたい
後書きのギャグSSってのにはちょっと首を傾げましたがw
>こういう馬鹿なことで大騒ぎする幻想郷であってほしい
全力で同意。
しかし霖之助はなかなかえげつないなw
勢いの良い展開といい端々の小ネタといい、よくまとまっている
しかしそれにしても、脇でチョロチョロしていただけのアリスや霊夢が無闇に可愛い
そうか、三月精の時のアレはフィーバーモードなのか
素晴らしいエンターテインメントをありがとうございました。
盛大に馬鹿をやっている感じがすばらしい。
それと、カマトト悪魔で一本取られた。
訊ねましょうかな
汚れたメイド服の妖精に少しときめきました
しかし腐った牛乳・卵は凶悪すぎる……
誤字・脱字をいくつか報告
三小隊で前方に注意を引き つけつつ
どっかりゃ入りゃいい
対する霊無の表情は、
手に持ていたモップ
汚ギャルってもう死語でしたっけ?
童貞はこじらせると死に至るけど
処女はどうだろうね
欲を言えば漫画で見たいw
だが腐った牛乳と卵は非人道的兵器として認定されるべき。
咲夜「自分を捨てて掃除する人には!」
こうですねわかります。終始爆笑しっぱなしでした。
ただし腐った卵、てめーは駄目だ。
くだらねぇww
呼んでいてえらく楽しかったです。
にしても、主人公3人組の脇役っぷりと美味しいとこどりが実にいいw
この図書館守り抜くことを、私はここに誓いましょう!!」
→この図書館を?
みんな馬鹿すぎて困るw
ヒゲと御大将まで網羅されてるあたりさすがです
最後の霊夢がかわいくて生きるのが辛い
うんそうだね、みんな知ってる。
この他ところどころにすごく面白い表現があって楽しい。
戦争終盤はセリフが完全にガンダムになってて笑った。
最初から最後まで真面目にギャグやってるって感じで、
それがまた幻想郷っぽいなぁと思えた。
紅魔館以外のこんな話も読んでみたい。
こーりんマジ死の商人
あとストーリーと全然関係ないけど霊夢がかわいすぎる
アイデアも楽しいですが、小説としてのシーンの流れがとても明確で、
安心して乗っかることができました。細かい描写や文章回し、
キャラの立て方なんかも上手くて本当にすごい。
冒頭傍観者のアリス視点から入るところとか、三人称の使い方に
慣れてるなぁという印象です。小説ならではの技法が
たくさん使われている作品だと思いました。
内容も色々面白かったですが、妖精さんが生き生きとしていたのが
本当によかった。「ぐっ……魔女め!」とか。死亡フラグ立てすぎ
とか。あとチャット・ミート可愛いよチャット・ミート。
以下いくつかまだ直っていない誤字の指摘など。
「雇われのメイド無勢が」「妖精無勢が」→「無勢」は“人の数が少ないこと”だと思うので、「風情」の誤用かなと思います
同姓であるアリス→同性であるアリス
道具を手にした物から→道具を手にした者から
パチュリーのみ成らず→パチュリーのみならず
本のカビ臭さはそれ程嫌いでは無いのですが、あまり汚いのはちょっと嫌なので、どちらかと言えば咲夜側の心情なのですけど、
読んでいる間はどちらの陣営が勝つか、最後までワクワクして読み進めていました。
後書きに全面的に同意ですぜ……これでこそ、きっとそれこそ楽園、幻想郷ッ!!
胸痛めつつ泣きつつ面白くて笑うなんて本当ふつーしませんよ…
自分の中の小悪魔株がストップ高まで上り詰めた。
パッチェさんも咲夜さんもみんな熱くて魅力的。そして主人公組の可愛さったらもう!!
気持ちのいい話でした。もってけ100点。
こんな壮絶な顛末の次の日には、普通にやりとりしてるんでしょうね、咲夜もパチュリーも小悪魔も。
登場人物を絞り、締めくくりも簡潔。全体にキレのよさが際立つ良作だと感じました。
実に面白かった。
11%ハクレイガールの影響があるのですかな?
とにかく、熱くて感動するギャグをありがとうございます。
他人から見るとしょうもない事なのに、この緊迫感。
知らずに引き込まれていました。
まさに戦争でした。
富野節がいい味出してるねえ。
よくあるネタだけど真面目に徹しきるパワーがありました。
パチュリーの魔術シーンが中二心にキュンときた
みんな最高!
ただの掃除なのに…バカなことを大真面目にやる姿!
そこにシビれる憧れるっ!!
ただ大量破壊兵器(バ◯サン・腐卵・腐乳)は禁止されるべきだ、アク◯ズと共にw
特にバルさん
事前に周囲に使うことを告知しとかないと火事と間違われるし、
"正しい"使い方をしないと効果薄いとか
窓開けとくとガスが飛んでっちゃうし
クッション系は覆うとかしないと使用不可になりかねん
まあ面白かったし、細かいことはいいか
楽しく読めました
重さの中に適度なギャグと、ノリが含まれていて素晴らしかったです。
霖之助の『戦争とは商人が儲けるためのもの』という発言も
深い意味が込められているようで、考えてしまいました。
あと、気になった点を一つ。
『おそらく磁力を操る類の魔法だろうか。
成る程、咲夜のナイフ対策としては、非常に有効だ。』
おそらく、銀は金と同様に反磁性体なので磁石にはくっつかないです。
魔法と考えれば問題は無さそうだし、そうでなくとも、取っ手の鉄などを引き付けたと考えれば説明はつくので、細かい話なのですが…。
すみません、気になったもので…^^;
秘密兵器がことごとく日用品なのも○
そして最後の香霖堂が戦争の真理を語っている。面白かったです。
パチュリーも管理任されてるとはいえ居候だからあんま強く出れないし
レミリアは図書館を何とかしようと思ってないって事は多分このままでいいと思ってるんだろうけどそれだとメイドの方も唯の自己満足だよね、と