畳の広間に寝ころびかえる。
へたすれば、自分の住居より広くはないか。
思っても詮無き事に、軽く落ち込む。
だがしかし、自分も彼女も所詮は一人身。無闇な広さは無用の長物。手間と寂しさ増すばかり。
負け惜しみでは、決してない。
寝そべったまま視線をあげる。
ちゃぶ台の、上には湯のみと菓子の皿。
その菓子を一つ取ろうと手を伸ばし。
だけれども、結局のところ億劫なのか、隠しから手を出しもせず。
そしてそのまま半身を返し、顎を布団の上にのせ、なんともだらけて穏と言う。
「のんべんだらり~」
「帰れ」
妹紅の暢気な呟きを、部屋の主が切り捨てる。
「無下ねぇ」
「日がな一日そんなことされてれば、文句の一つも言いたくなるわよ」
彼女の気のないその声に、言葉ほどには気にもせず、博麗霊夢は返事する。
時は夕刻、日は傾いて。
幻想郷は、紅くなる。
「敗者が文句言うんじゃありませーん」
「はいはい悪うございました妹紅様」
敬意のけもなくぞんざいに、彼女はそうと返事する。
彼女らの言う敗者だの何だのは、満月事件の後日談。
輝夜のすすめの肝試し、赴く先の竹林に、待つは不死人紅きひと。弾幕ごっことしゃれ込むが・・・
撃てど撃てども墜ちない彼女に、早々紫はスキマに隠れ、さしもの霊夢も音を上げた。
その結果、彼女は勝者の権利とばかり、神社を訪れこに至る。
「だいたい、魔理沙やらレミリアやら幽々子やらにも勝ったんでしょ。なんでうちに入り浸りなのよ」
勝ったといっても他の面々も、理由は同じに手をあげたのだが。
「竹林住まいなのにわざわざ暗い森なんかに行きたくないし、紅魔の館は妖怪だらけでいやだし、死なない私が冥界行ったって予行演習にもなりゃしないし」
抗議と言えない声音の彼女に、彼女も清々しく応じ。
「慧音のところにでも行ったら?」
「慧音は普段は忙しいし。・・・あんたと違って」
底意地悪く付け加え。
「失礼ね、こう見えても私は結構多忙なのよ」
「それで私の相手してれば世話ないわ」
その通り。
真実暇の証明だ。
憮然な彼女を軽く笑って、彼女は身起こし姿勢を正す。
置かれた湯飲みに手を伸ばし、そして中身を一啜り。
「不死人でも、お茶は飲むのね」
いやに清楚なその物腰に、感心するでもなく言った。
「別に必要はないんだけどね。人の振りしてるだけよ、これは」
「だったら飲むな」
彼女の奇妙な台詞には一切合切頓着せずに、彼女はにべもなく言った。
そしてため息。
「慧音が聞いたら泣きそうな台詞ね」
「どうかしらね」
行きも帰りも淡々と。
しばしの沈黙。
「ねぇ」
「何よ?」
「死なないってどんな気分?・・・いえ」
頭を振るう。
「死ねないって、どんな気分?」
彼女のそんな問いかけに、彼女は肩を、すくめて見せた。
「答えようがないわね」
あっさりと。
「死って何?」
笑んで言う。
「死なんて概念、私にはない。ないものは答えられないわ」
「そ」
「参考には、なったでしょ?」
どことなく落胆したよな彼女の様に、妹紅はそうと付け足した。
「なんでよ」
「なんでと訊くの?同類さん」
「・・・・・・」
彼女の指摘に、押し黙る。
「私の死なずはあいつと違う。この子のものよ。蓬莱の薬はただの切欠」
胸を指さし彼女は続く。
「私は不変。さしずめあんたは不偏ってところ?」
そして彼女は嬉しげに、両手のひらを掲げてみせる。
彼女の胸から炎が滲む。
炎の頭が出て鳴く。
「私には、この子がいた。もとより無限だったのよ」
愛おしそうに死なずの鳥の、燃え立つ体を撫でさする。骨まで焼かれる紅蓮のそれを、意にも介さず撫でさする。
「この子は火翼。私の比翼。この子は千変、私は不変」
頷くように、彼も鳴く。鳴いて彼女に頬よせる。
「この子が変わり続けるかわりに、私はこのまま在り続ける」
こそばゆそうに目を細め、その首筋に手を置いて。
「変わり続けるものを変えようとしても無駄。変えた途端にまた変わる」
彼女は語る、楽しげに。内緒話とでも言うように、蜜の味する言葉を語る。
「変わらないものを変えようとしても無駄。だってそれにはそれしかない。未来は現在、過去も現在。年もとらなきゃ成長もない」
「元よりその胸、それはそれで腹が立つわね」
「茶々を入れない」
的の外れた戯言を、ひらと手を振りあしらって。
そしてひよくは彼女へ還る。
「あいつは知ってる。私の不変を知っている。あいつは知ってる。手だてはないと知っている」
一転彼女は愁眉をひそめ、つまらなそうに、愚痴吐くように。
「だからあいつは、妙な手合いを送りつけてくる。自分にできないから他人にやらせる。成る程全く合理的。でもそれが幾千年と続けばうんざりするわ。いーかげんにしろ、ってね」
言葉と同じ声の音が、僅か微かに高くなる。
「まー、今なら評価してやってもいいのかしらね」
「殊勝ね」
「あんたみたいのに、逢えたからね」
「・・・・・・」
それに彼女は答えない。
「私は不変であんたは不偏。円の中心。誰からも同じところにいるのね。むしろ普遍と言うべきかしら」
「どっかの酔いどれ小鬼でもあるまいし」
「もちろんそれとは違うでしょうよ」
「・・・・・・」
それに彼女は応えない。
「手を伸ばしても、届かない。誰の元へも訪れない。誰も」
言って彼女は手を伸ばし、伸びきる前に手を戻す。
「全部手に入らないのなら、何もいらない?」
「・・・お金があれば何でも手に入るー、とか言いだしたら、どう?」
「却下よ却下、この万年素寒貧神社巫女」
真意の欠片もない戯れ言に、呆れて彼女は首を振る。
「少しは真面目に答えられないの?それとも真面目に応えたくないの?」
「・・・・・・」
それに彼女はこたえない。
「あんたってさ、なんで生きてるの?」
「・・・御挨拶ね」
「不偏で普遍で移ろい漂い、つかず離れず飛んでいる。ならば何故ここに在る?」
「あって幾日の相手に、ここまで言われたことはなかったわ」
いっそ楽しげですらある。口の端歪めて紅を見る。
「今の私は未来の私。私相手に時間は無意味。不変よ不変。だからナイフは刺さらない。運命なんてありゃしない」
詩を詠むように、彼女は言った。
「も一度訊こう。あんたはなんで、まだ生きてるの?」
「そういうあんたはどうなのよ」
「私は死ねない、だから生きてる。生きてるってのも烏滸がましいかな」
こくりと傾げて言い直す。
「死んでないから生きいる。そんなもんでも、ないものね」
嗜虐に自虐。混じるは挑発。
「相も変わらず飽きもせず、ただただ私はここにいる。幸いなことに、飽きないし。飽きるってのは変わる事だから。ビバ不変!死んでないって素晴らしい!」
大仰に、彼女は両手を広げてみせて。
そして視線を舞い戻す。
「それであんたはどうなのよ」
誰にも依らない彼女に戻す。
「不偏のあんた、変わらぬあんた。不変の私、変われぬ私」
自らに由る、彼女に戻す。
「かたや変われる、かたや変われぬ、そこが違うね同類さん」
悪戯っぽく、密やかに。
「そしてその差が無限大」
謳うよに、
「あんたは変われるはずなのに。変われぬ私と真逆に、あんたは変われるはずなのに」
指揮するように。
「あんたは年経るはずなのに、あんたは死ねる、はずなのに。どうして未だに生きている、どうして未だ、生きられる?」
哭くように。
「十三代目の巫女」
いやと否定に頭を振るい。
「・・・十三回目の巫女」
今までになく静謐に。
彼女の視線が、すいと細まる。
何処までと。
「過去の私は今の私。忘れない。忘れるってのは、変化するって事だから」
言って彼女は苦笑う。視線が横に滑ってく。
「端から知ってるわけじゃないけど」
滑った視線を流して戻し。
「未練ってわけじゃ、ないんでしょ?」
そんなことは、疑問足り得ない。
だから単なる確認事項。
「それはそうよ、未練があるってことは、何かに偏ったってことでしょ?」
視線の色を、いつもに戻し、ただ淡々とこたえを紡ぐ。
「深い意味があるわけじゃないわ。誰がやっても同じことでしょ。幻想郷が、変わるわけじゃない」
霧を散らして冬終わらせて、夜空の月を取り戻し。
でもどれも。
「なにも私がやる理由はない」
だがしかし。
「そしてやらない理由もない」
ため息ついて、悪態ついて、結局彼女は手をを出して。
「だから生きてる、だらだらと、ね。紫も、百年ごとに相方が変わったらやりにくいだろうし」
「はぁん」
「私は不偏、不変じゃない。いつでも変われる、だからいつでも偏れる。これってすごい利点よね。ビバ不偏!生きてられるって素晴らしい!っと」
道化の如き振る舞いも、不似合いなことこの上ない。
「紫に終わりが来た時に、私も終わりにしようかしらね。きりがいいし」
「あらま純愛」
「何言ってんだか。私は不偏、なんでしょ?」
「どーだかね」
「そ。世の中、嘘つきが多いわよね」
「全くね」
化かし合うよな言葉の応酬、それを最後に席を立つ。
「あらあら、不変の妹紅さん、何処へ?」
「お邪魔をするのもなんだしね。愛しの慧音のところまで。厭しの輝夜のところまで?どちらにしても、久しぶり。普遍だからって、覗きは御免よ」
「恋路の邪魔は、趣味じゃないわね」
「お互いにね」
ふ、と笑い。
その足音が遠ざかる。
この神社に来るものにしては珍しく、彼女は戸から出ていくらしい。
「忘れることが変わることなら、覚えることすら変わること」
「正直者は死に絶えて、かくて世界は嘘色に、と」
後ろの声に合いの手を入れ、そして彼女は振り返る。
「相変わらずの覗き趣味、いい加減改めたほうがいいわよ、紫」
「霊夢があんまりに楽しそうだからつい、ね」
声をかけそびれちゃったわ、と悪びれもせず、手をあげる。
彼女の言葉に、ふと眉ひそめ。
「・・・そうね。楽しかった、のかも」
うつむき彼女は自問する。
自分から、消えていくのが嫌だった。
この手から、こぼれ落ちるのが嫌だった。
何もかも、消えてなくなる。
何もかも、こぼれて落ちる。
だからいらない、欲しくない。
誰も私に届かない。
ああ、つまり。
私は誰にも、届かない。
それがいい。
それでいい。
でもだけど。
「それでも私が手を伸ばす。貴女のとこまで手を伸ばす」
そして彼女は手を伸ばす。
言葉の通り、手を伸ばす。
出されたその手に手が伸びる。ためらうように、手が伸びる。
出されたその手を、叩いて払う。
「恩着せがましい、あんたも欲しいだけでしょ。朽ち無き隣人が、永劫の伴侶が」
気もない彼女に、彼女はわらう。
「そう、欲しい」
やさしさと、
「私も、ね」
ほんの少しの、揶揄込めて。
軽く小さく舌を打つ。
「言うてくれるね、すきまの」
「言いもしますわ、博麗の」
枯れた言葉を柔らかに、彼女の声が受け止める。
二つの視線。
挑むよに、包み込むよに、絡み合い。
そして弾けて夢惨に消える。
合わせたように、笑い出す。
「やめましょ、紫」
「そうね、霊夢」
笑いはさめず、くつくつと。
掛けたスキマを広げて誘う。
「つきあわない?奢るわよ」
「どうせ拾いものでしょうが」
裏腹に、彼女はすっくと立ち上がる。
「なら、いらない?」
「冗談」
何処への問いか、何処への返か。
「ただ酒ほど、美味しいものはないわ」
ふと笑う。
「同感ね」
すと消える。
彼女もスキマに手をかけて。
届きはしない言葉を紡ぎ。
そしてその肩、すくめてみせる。
老婆のように、すくめてみせる。
貴女は誰に、手を伸ばす?
彼女か彼女かはたまたあいつか。私ってことはないわよね?
どうだかね。
消えるその背に、微笑みかける。
老婆のように、微笑みかける。
嘘つきが、多すぎる。
「だからこそ、捨てたもんでも無いのかしらね」
消えた背中にそう語り。
まだまだまだまだ入り浸ろうと、心に決めて、今度こそ。
誰とも変わらず何より不変に、彼女の姿は闇夜に消えた。
いとしの彼女の、ところへと。
後書きの分岐に笑った。
背中に2本箒を差し、赤青黄色の旗を振りながらけたたましくコケーコとなきさけぶのが元ネタだったりしますか? うろ覚えですけど。
個人的にはトリガーハッピーエンドが好きですが。
なるほど、妹紅には攻め属性もあるんですn(パゼストバイブリリアントマウンテン