Coolier - 新生・東方創想話

憂鬱メリーのある出会い

2012/08/01 01:26:15
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     一

「あのね、メリー。私、そろそろ本気で、就職のこと考えようと思うんだ」

 私たちのサークル、「秘封倶楽部」は、蓮子のその一言であっさり解散となった。
 「秘封倶楽部」の活動がなくなってから、毎日が退屈になってしまった。そもそも大学なんて、卒業するだけなら簡単なもの。大事なのは、残りの時間をどう使うか。それは人それぞれで、私はサークル活動に、ほとんどの時間を費やしていた。大半の学生は、大学二年生、いや、一年生の頃から、キャリア教育で大忙しだ。でも私は、正直、就職活動なんて全くして来なかった。いまさらするつもりもない。どうせ一生働かなくても、お父さんとお母さんが残してくれた遺産を、無難に運用していれば、生活に困らないだけのお金は得られるからだ。蓮子も、私と同じように、生活に困らない家柄の出身だ。だから二人して、大学四年になる直前まで、サークル活動をしていられたわけだ。
 でも、それも急な蓮子の心変わりで、一変してしまった。

「就職のこと、本気で考えるかぁ」

 理由としては、異議を覚えるまでもないほど、当たり前。
 だから私は、「そっかぁ。頑張ってね。」とだけ言って、それきりだった。
 「秘封倶楽部」の活動がなくなってから、私はよく、一人車でドライブに行くようになった。それも、蓮子が喜びそうな田舎……だいたいこういうところには、何かしらのいわくがあるものだ。別に、「秘封倶楽部」の活動がどうこうということではなくって、単純に、日本の山河の素朴で美しい姿を見るのが楽しみだから行くのだけれども。
 その日も私は、日本の原風景を眺めながら、一人木陰で心地良く日向ぼっこ(あれ、これって矛盾?)をしていた。ついつい、眠たくなってしまって、そのままこくりと一眠りすると、気がつけば雨が降って来た。山の天気は変わりやすいというけど、全くだ。私は仕方がないから、車の中に入って、そのまま、雨が止むのを待った。不思議な雨だった。天気雨だった。しかも、雨の勢いはすごくて、土が跳ねて飛び散るのが見えるくらいだった。そうして、どこからか雷の音がするのだ。稲光は、何故か見えない。不思議だ、不思議だと思っていると、中途半端なところで目を覚ましたからだろうか。どんどん眠たくなってしまって、まぁ、いいやと暢気に構えて、さらにそこから一眠りしてしまった。そうして起きたときには、既に日が沈んでしまっていた。

「……あちゃぁ。どんだけ眠っちゃったんだよ、私」

 溜息をついて、時間を確認しようと携帯電話を取り出す。うん、もうすっかり遅い時間だ。それよりも、困ったことに電波が届いていない。さすがは田舎。たまにこういうことがある。

「参ったな。あんまり暗い中、やたらと走り回るのも危険なんだよね」

 道路も整備されていないような田舎にまでやって来て、暢気に昼寝をする私が悪いのだが、今更後悔しても仕方がない。どうしたものかなと思案した末に、こんなところに留まっていても良いことはないのだからと、記憶を頼りに、来た道を引き返すことにした。そうして、あちらこちらを走りながら周囲を見渡していると、どこかおかしい。違和感を覚える。

「ここって、こんなところだったかしら……」

 やばい。道を間違えたのかも知れない。でも今更後悔しても遅い。参ったなぁっと思いながら、もう少し、もう少しと、進んでみたその先にあるのは、広大な竹林であった。

「ダメだこりゃ。どう頑張っても、進めないわね」

 すっかり、道も何もないところに来てしまって、私は落胆した。そうしてどうにも、こんな見知らぬ土地の暗い中で一人だというのは寂しくて仕方がない。こんなときに蓮子がいてくれたら……そう思わずにはいられない。話し相手がいるかいないかで、心の緊張は全然違うものなのだから。
 ふぅっと溜息をついて、「お腹が空いたなぁ。」「喉が渇いたなぁ。」とひとり言をしながら一時間ほど経ったろうか。遠くから、灯りが近づいてくるのが見える。

「もしかして……誰か来た!!」

 私は急に元気付いて、車のエンジンをつけ、ライトを照らし、サインを送る。

(やったぁ!! 助かったわ。まず、ここがどこかを尋ねないと。あと、飲み物とご飯をお願いしよう!! 最寄のガソリンスタンドはどこかな。こんなところでガス欠とか、最悪だもんね)

 そんなことを思いながら、近づいてくる灯りを前にして、私はワクワクと安堵感で妙なテンションになっていたのだった。

     二

「ここは幻想郷っていうところで、外の世界とは隔絶された場所なんですよ。あ? ご飯、お口に合いますか? そうですか。あまりもので申し訳ないのですが、喜んでもらえてよかったです」

 そう言って、かわいい笑顔を向けてくれるのは、鈴仙という女の子だ。女の子……だが、どうも人間ではないらしい。ブレザーを着てるが、女子高生ではないらしい。にわかに信じられないが、兎だという。耳も尻尾も、本当ならただのコスプレ(女子高生のコスにウサ耳と尻尾なんだからなんという業の深さだろうか)と済ませてしまうのだが、空を飛んだり、何か良くわからない物体を手から出して飛ばしたりするところを見ると、兎であるということも信じないわけにはいかない。いや、兎であることの証明にはならないのだが……なんか人間でないことは納得してしまう。
 車の中で待ちわびていた私を迎えに来てくれた鈴仙は、「とりあえず、お屋敷まで。そこで、詳しくお話しますので。」と言って、私を招いてくれた。多少警戒の気持ちもあったが、いつまでもあそこにいるわけにもいかないし、お腹も空いたし喉も渇いたし、仕方ないから後を着いて行くことにしたのだ。
 お屋敷に着くと鈴仙はすぐに、ご飯の準備をしてくれた。
 なめことねぎの味噌汁に、かやくご飯とお漬物。そうして、たけのことサトイモとしいたけとこんにゃくの煮付け。すごく、素朴な和食です。でも、こういう食事が好きな私は、大満足だった。多少、塩気がないなぁっとは思ったけど。
 ご飯を食べながら、いろいろとこの世界……幻想郷のことを教えられた。正直、ハァ……とか、ヘェ……とか、相槌を打つしかないお話だった。蓮子がいたら、全然別の反応だったんだろうけど。「このまま、穏やかに毎日を過ごしていくのが、私の人生なのかなぁ。」と思い、受け入れ始めていた私には、ちょっと急すぎる話だった。不思議体験への興味や関心が沸き立つよりも、「あちゃぁ。困ったなぁ。」という気持ちのほうが強いのだ。

「あの、とりあえず疲れてたり混乱してたりすると思うので、今日は家で、ゆっくり休んでください」
「あ、はい。ありがとうございます……」

 すごくすんなり、好意を受け入れてしまった。いや、しょうがないって。だって私、疲れてたし、困惑してたし、お腹一杯だったし。

「あ、良かったらお風呂に入ってください。檜風呂で、すごく大きいんですよ。きっと、満足していただけると思います。あ、でも、姫さまと師匠……えっと、このお屋敷の主人が入った後になるので、もう少ししたらですけど。お二人ともお風呂が長いですし、ここは大所帯なので、後がつかえていますから、私と一緒になってしまいますけれども、それがお嫌じゃなかったら……」
「嫌なことなんて全然!! 鈴仙さんと、もっとお話したいし。それに、こっちこそ、こうまで良くしてもらって、恐縮です……」
「たまに、幻想郷に迷い込んでしまう人がいるんですよね。不幸な出来事で、仕方のないことですから……」

 まぁ、いろいろとビックリすることばかりで気が気じゃないけど、そんな中で出会った鈴仙さんは、お淑やかですごく好印象。あ~、なんか結構、理想のお友達かも。それがとにかく救いだよ……。
 で、この後一緒にお風呂に入りました。鈴仙さん、羨ましかった。何がどうとか言わないけど羨ましかった!! ぐぐ、格が違う……。でも、そんなのも、楽しかったり。鈴仙さん、笑顔がかわいいから、一緒にいると嬉しいし。なんか、地方を旅行して、旅先で人と出会って、仲良く一緒の民宿に泊まった気分……で、気がついたら朝になっていたのでした。

     三

「人里に、藤原妹紅さんって方がいらっしゃいます。外の世界の人にも好意的な方で、寺子屋を運営されています。あ、この人は、蓬莱人っていって、このお屋敷の主である輝夜姫と同じで、不老不死のお方なんですけどね。その方のところへ、案内しますね。そうしたら、外界へ出るのに、いろいろと手助けしてくださると思いますので」

 もう、いろいろと、突っ込みたいところはあったけど、無視した。どうやらあのお屋敷の主人は、輝夜姫らしいとか、不老不死とか。とにかく、私を助けてくれる人が人里にいて、その人は寺子屋を運営していると。OK。それで充分。それ以上は、知らないし知りたくない。
 鈴仙の案内で、人里へ行くことに。鈴仙と一緒に朝食をすませ、言われるままにお屋敷を出ようとすると、家の中から、

「あら? もう行っちゃうの? 少しくらい、お話してみたいと思っていたのだけれども」

 と、とても澄んで響き渡る、女の子の声がする。

「姫様、あまりお戯れを仰らないで下さい。以前もそうやって、外界の民をお屋敷に囲われて、遺恨を残すことになったのをお忘れですか?」

 と、今度は大人な女性の、たしなめる声がする。

(遺恨……って、何があったのかしら?)

 と思ってしまうのは人の性だけれども、やっぱりこれも、知らないし知りたくもない。だから耳を塞いでおいた。
 しばらくすると、パタパタという女の子のかわいい足音が聞こえてくる。

「お待たせしました!! さぁ、早速、人里へと行くことにしましょう」
「うん。お願いね、鈴仙」

 私は何も聞かなかった体で、鈴仙の後に連れ立って行くことにした。
 ただ、それでも一つだけ、気になることがあったので、ちょっと訊いてみた。

「なんか、荷物多いのね」

 鈴仙が背負っているのは、女の子が担ぐにはちょっと不釣合いなくらい大きい箱? である。

「はい。里の人々に、お薬を売り歩くのが私のお仕事なので」

 なるほど、あの中にはお薬が入っているわけだ。
 しかし、あんな見るからに重たそうな荷物を、自分より年若い(少なくともそう見える)女の子に背負わせるのは、ちょっと気が引ける。

「鈴仙、私も持とうか?」
「ふふふ、大丈夫です。慣れてますから。それよりも、里まではけっこう遠いですから、メリーさんも頑張ってくださいね」
「大丈夫!! 私、こう見えて山に登ったりするのが大好きだから」
「あ、そうなんですか。私もいろいろと歩き回って、景色を眺めるのが好きなので、山にもよく登りますよ。えへへ、私たち山女ですね」
(それはちょっと違うと思うけどね……)

 そんなこんなで話をしながら、私たちは人里へと向かった。
 さて、そうして会話をしたり休憩をしたり、かなり苦労しながらもなんとか人里へと着くと(残念ながら車は放置することになった)、なかなか賑わった町並みで私は驚かされた。江戸時代の栄えた町というのは、こういった様相だったのだろう。人も多いし、お店も多い。しかし、チラホラと、どう見ても人間っぽくない特徴のある人々(この表現がなんだか矛盾だけど、他に適当な言葉も見つからないから仕方ない)がいるのは、なんだか違和感を覚えて首を傾げたくなる。でもこれも、やっぱり知らないし知りたくもないというスタイルを貫くのが吉だと直感的に察知して、話題に取り上げないようにした。

(わ、我ながらずいぶんと保守的なスタイルね……)

 と、一人突っ込みを入れるが仕方ないのだ。だって、こんなビックリな現実に直面して、一人きりじゃ寂しいし不安なんだもの。どうしたって、夢であって欲しいし、夢じゃないなら一刻も早くもとの世界に戻りたい。また、もとの世界に戻ることが、私にとっても、この世界の人たちにとっても、しあわせなことなんだと思う。今こうして、街中を歩いていても、少なくない人が私を奇異な目で見ている。逆に私も、どうしたってこの世界の人たちを、珍しいものとして感じてしまう。それってつまりは、私が「招かざれるべき客」だということなのだ。

 そんなことを考えていると、

「あ、着きました。ここですよ」

 と言って案内された先は、年季が入って古いながらも大きなお屋敷だった。

「立派なお屋敷ですね」
「はい。ここは、上白沢さんのお屋敷です。この方は、昔の家老職を務めていらっしゃった、大変確かな家柄のお方で、寺子屋を営むにあたって、お屋敷を好意で開放されたのですよ」
「家老職の方ですか。えっと、それじゃ、この当り、どこかお城なんかもあるのですか?」
「はい。ここは城下町だったそうで、少し小高い山の上に、お城もあります。もっとも、あると言っても、今では城跡が残るばかりですけど。でもこの城跡、私のお気に入りの場所なんですよ。高い石垣にはつたかづらが絡み付いていて、天守閣の建っていたところが平地になっています。それで、その天守閣のあったところから周囲の風景をうかがうと、姫小松まばらに生い立って、草花の隙間なく繁っている様が見えるのです。哀愁っていうんでしょうか。なんとも昔が偲ばれて哀れで、そこが不思議と、私、気に入っているんです。夕焼けで、あたりが真紅にそまっている按配なんて、格別ですよ」
「そう。何だか、私も見てみたいわ。そういう風景」
「そうですか? うふふ。私、なんだか変わった風景が好きだなって、自分でも思うから、そう言ってくれると嬉しいです」

 少し気分がメランコリックだからだろうか。あるいは単純に、日本の原風景を好むが故だろうか。鈴仙の語るその情景が、ひどく私には魅力的に思えた。

「えぇ。本当に、見る機会があれば、是非とも見たいです」
「そうですね。機会があれば、是非」

 そう言って、鈴仙はお屋敷の門を開いた。
 そう、ないほうが良い、その機会があれば、見させてもらうことにしよう。私にとっても、この人たちにとっても、ないほうが良いその機会があれば……。

     四

「おや、こんにちは。ふむ。鈴仙、外来人かな?」
「はい。迷い込まれたようです。それで、後のことをお願いしたいと思って参りました」
「了解。確かに預かったわ」

 藤原妹紅(ふじわらのもこう)さんという女性と鈴仙のやり取りは、非常に簡単に終わった。どうやら、鈴仙が昨日、「メリーさんみたいに迷って来られる方は、たまにいらっしゃるのです。」と言っていたことも、嘘ではないようだ。
 この藤原妹紅さんという女性は、なんだろう。これが音に聞く大正浪漫というのだろうか。袴をはいてらっしゃって、やだ、ステキ。薄海老茶の女袴に、矢絣柄の着物……って、あ、これ知ってる!! ハイカラさんだ!! って、確かハイカラさんは女学生。ということは、これは女学生のファッション? この人は先生のハズなんだけど……ま、まぁ、そのあたりは私も確かな知識じゃないし、似合ってるからいいかな。それに動きやすそうだし、実用性は高そう。あと、この人は見た目普通そう。失礼な言い方だけど……。少し変わっているのは、長い白髪と赤い瞳かな。アルビノ?  でも肌はそこまで白くないわね。もし、これが黒髪黒瞳だったら……完全にハイカラさんだわ。

(しかし考えてみると、鈴仙はどうみてもブレザーだし、やだ、何このステキ空間。ハイカラさんと女子高生が、家老さんのお屋敷でお話してる……)

 そんな感じで、何だかツボにはまって軽くトリップしちゃっていると、

「やぁ、こんにちは。私は藤原妹紅。この寺子屋で、教師をしているわ。いやぁ、災難だったわね。まぁ、じきに巫女が迎えに来てくれるだろうから、それまでの我慢ね」

 と、語りかけられるのでハッと意識が戻った。
 イケナイ。たまに、日本好きが高じてトリップしちゃうからイケナイ。不安とか憂鬱とか関係なくトリップしちゃえるからイケナイ。

「お世話になります。何分、右も左も分からないもので。いろいろとご厄介をお掛けすることになりますが、どうかよろしくお願いします」
「あら。流暢な日本語。どうやら外国人観光客が迷い込んだって感じじゃないわね。これはこれは、ご丁寧にどうも。我が家と思ってお寛ぎくださいませ」
「そう仰っていただけると、助かります。鈴仙にも、お世話になりっぱなしで、恐縮だわ。本当にありがとうございます」
「いえいえ、そんな。大変な遭難で、心細く不安だとは思いますが、しばらくすればちゃんと戻れますので、ご安心ください」
「巫女がちゃんと働けば、ね」
「えぇ。巫女がちゃんと働いてくれれば……」
(え、なにそのちょっと問題ありみたいなの? イヤだ。不安が増すじゃないの)

 そんなこんなで、少し不安なところを残しながら、鈴仙とお別れになってしまった。

     五

「さて、メリーさん。とりあえず、お昼はまだかい?」

 妹紅さんと二人きりになって、まず問われたのはお昼のことだった。
 永遠亭を出てから、歩くこと4時間。途中休憩を挟みながら、目的地についたころにはもうお昼の時間だったわけだ。
 もっとも、お昼の時間に着くというのは、鈴仙の計算どおりだったらしい。というのは、この時間でないと、寺子屋では授業をしているそうだから。
 つまり、今はお昼休みなのである。子供たちは、大体十時頃に寺子屋に集まり、二時間ほど勉強をして、二時間ほどお昼休みを取り、戻って来てまた二時間ほど勉強をするのだとか。子供たちの大半が農家の子で、朝早くから農作業をしなくてはならないこと、お昼には軽く家の手伝いをしたり、睡眠をとる必要があることも鈴仙から聞いた。
 その中で、少し興味をひかれる話題があった。
 この寺子屋は、最近、人間のみならず、妖精や妖怪相手にも勉強を教え始めたのだとか。また、妹紅さんは、基本的に人間の子供たちの相手をしていて、もう一人の教師、その人がこの寺子屋をはじめた人であり、またこのお屋敷の家主でもある上白沢慧音さんなのだが、この方がそちらの担当をしているのだとか。
 もっとも、上白沢慧音さんは家庭教師の仕事のために、ほとんど里には帰って来ないらしい。幻想郷のことはよく分からないのだが、大きな湖の近くに紅魔館というお屋敷があり、そのお屋敷に住み込んでいるのだとか。
 このあたり、もう少し詳しく知りたいと思ったので、私は妹紅さんに聞いてみることにした。

「うんうん。その通りだよ。確かに最近、妖精と妖怪の面倒も見ているね。私がここで、妖精と妖怪を一人ずつ見てるのと、慧音が紅魔館で妹様のお世話をしているの。まぁ、私がやってるのは、ちょっとしたオママゴトみたいなもので、実際に報酬ももらってないしね。だから妖精と妖怪にも勉強を教えているって言っても、そうたいそうなものではないんだよ。どうして妖精や妖怪にも勉強を教えるようになったかというと……まぁ、このあたりは、いろいろ事情があるんだ。聞きたい? どうせ、いなくなっちゃうから、関係ないといえば関係ない話題になるんだけどね」

 そう言われると、訊くに訊けない。あるいは、遠回しに妙なことに首を突っ込むのは止めておけと言っているのかしら?

「ちなみに、妖精のほうは早かったらもうじき来るわ。遅くても授業が終わるまでには来るでしょう。ほとんど毎日、二時間くらい勉強を教えてあげてる。まぁ、勉強というか、読み書き計算の基礎を教えて、算盤をさせて、あとは一緒に本を読むくらいね。今は、里見八犬伝を一緒に読んでるわ。名前はチルノっていってね。氷の妖精よ。男の子みたいな腕白だけど、かわいい子だよ。で、もう一人の妖怪のほうは、実は今お昼を作ってくれていてね。なんだか知らないけど、居ついちゃってる子なのよ。座敷わらしみたいなものね。こっちは、地底から来てる子でね。名前は……」
「古明寺こいしだよ」
「ひゃ!!」
「お、来たか。ハッハッハ。急に後ろから声をかけられたから、驚いちゃったね」
「え、えっと。は、はじめまして。マエリベリー・ハーンです」
「どうも、こんにちは」
「あ、こんにちは」
「お昼ができたから、持って来るね」
「あ、ありがとうございます……」
「あの子は偉い子でね。どういうわけか、家でご飯の仕度をしてくれる。材料もどこからか持ってくることが多い。本当に助かるわ。慧音がいなくなってから、ほとんど入れ違いに来るようになったんだけれども、おかげで私も寂しい思いをしなくてすんでるの」
「お待たせ~」
「いつもありがとうね。まぁ、そんなわけで、詳しい話はお昼ごはんを食べながらにしましょうか」
「は、はい……」

 いきなりのご本人様の登場に、ちょっとビックリしてしまった。しかし、今の子が妖怪……なのだろうか? 鈴仙もそうだったけれど、妖怪というには、なんだか普通の女の子に見えた。少しだけ、変なオブジェが着いてたり、ステキなお召し物だったりするけれども。しかし、座敷わらし……あぁ、確かに。なんだか、こう、神出鬼没でニコニコしてるところは、座敷わらしみたいな気もする。

(しかし、なんでこいしちゃんは、妹紅さんのお昼ご飯を作ってるんだろうか……)

 そのあたりのことも含めて、いろいろと訊いてみることにした。

「う~ん、そのあたりどうなの? こいし?」
「うん? ん~。どうって、何が?」
「いや、なんでこいしは、家に来てご飯を作ってくれるの?」
「なんとなく、かな」
「そっかぁ。まぁ、そういうこともあるよね」
「うん。あるある」

 これで会話は終了してしまった。

(妹紅さん、不老不死で千年以上生きている……らしい!! から、このくらい悠長になってしまっているのか、それとも妖怪相手ではこれが普通なのか、それともこれが幻想郷クオリティーなのか……)

 とりあえず、外の世界から来た私には不案内にすぎるので、もう少し突っ込んで訊いてみた。

「え、えっと、それじゃね。こいしちゃんは、なんでお勉強を教えてもらっているの?」
「うん。だれだったか忘れちゃったけどね。女は不思議があったほうが、神秘的で魅力的だって言ってたのを聞いたからね、こいしもそういう女になろうと思ったの」
「あ~。だからこいしは、オランダ語なんて勉強したいと思ったのか」
「うん。そだよ~」
「お、オランダ語ですか……」
「そそ。私、オランダ語しゃべれるから。あいつら、キリスト教を布教しないから、商売させてあたってさ。いやぁ、オランダ語をしゃべれると重宝されたねぇ」
(……江戸時代のお話ですか。千年以上生きているなら、そういうこともあるか。というか、もしかして妹紅さんも、私と同じで外から来た人なのかな……)
「まぁ、千三百年も生きてると、南蛮人の言葉の一つ二つはしゃべることができるようになるものよ。っと、そっちはいいとして、いや、思い出すなぁ。こいしがはじめて家に来たときのこと。縁側でお茶を飲んでたら、干し肉を持って、何か変わったことを教えてって言って来るんだもの。変わったことってなんだ~って思ったけど、とりあえず、じゃぁ、オランダ語でも勉強する? ってなってね」
「オランダ語、カッコイイ」
「滅多にしゃべれる人いないからなぁ」
(それはほとんど勉強する甲斐がないということではないだろうか……)
「お姉ちゃん、オランダ語しゃべれる?」
「オランダ語は分からないけど、英語とフランス語なら……」
「スゴイ!! 英語、フランス語……カッコイイ!!」
「お~。そうだね。カッコイイね」
「そ、そうなのかな?」
「……こいし、英語とかフランス語、勉強したい?」
「うん、したい!!」
「そっかぁ。そうだよなぁ。カッコイイもんなぁ。というわけで、ねぇ、メリー。あなた、外に帰るまでの間、暇でしょう? 宿賃だと思って、しばらくこいしに勉強教えてあげてくれない? そうしてくれると、私も助かるわ」
「え? あ、はい。それは構いませんけど」
「ついでに、チルノが来たら、勉強見てくれたら助かるかな。なに、大丈夫大丈夫。簡単なことだから。テキトーに読み書きと計算させてやったら、それでお終いだから。ね? 簡単でしょう?」
「えっと。まぁ、昔子供たちにお勉強を教えていたことがあるので、構わないですけど」
「お、そうなの? それは好都合だわ」
「でも、チルノちゃんって、どんな子なんですか?」
「あぁ。そうだよね。見たことないから分からないよね。う~ん、妖精だから年齢が分からないけど、人間で言うと、まだ十にもいかないくらいかなぁ」
「それじゃ、本当にちっちゃな子供なんですね」
「うん。安心して。見てくれも普通の子供だから」
「あ、それ聞いてちょっと安心しました」
「あ、やっぱり気になってた? 外来人は、みんな妖怪とか妖精っていうと、おっかないのとか不思議なのを思い浮かべるからね。まぁ、そういうのもたくさんいるけどね」

 そんなこんなを話しながら、楽しく昼食の時間は終わったのだった。

     六

「さて、それじゃこいしちゃん。一緒にお勉強しようか?」
「うん。お勉強、しよう!!」

 こういう元気が良くて朗らかな子は、本当にやりやすい。昔取った杵柄ということで、さて、新しい言語を覚えるというのは、どうにも難しいもの。取っ組み難いし、未知の分野に挑戦するということ自体が、ストレスも多い。だから、まずは興味関心のあることがらや、身近なことがらと結びつけてあげなくてはならない。

「じゃぁね、こいしちゃん。こいしちゃんの好きなものとか、好きなことって何かな?」
「ん~とね、動物好きだよ。ペット。たくさんいるの」
「そうなんだ。えっと、地底ってところに住んでるんだよね? そこには、たくさん動物がいるの?」
「地底にいっぱいいるっていうか、地霊殿っていうね、私のお家にたくさんいるの」
「なるほど。じゃぁさ、飼っているペットの種類、教えてくれる? あと、ペットのお名前。お姉ちゃんが、英語で全部書いてあげるから。そうしたら、後で一緒にお絵描きしようね。こいしちゃん、お絵描き好き?」
「うん。お絵描き好き。よくお絵描きする」
「へぇ、そっかぁ。お姉ちゃんも、お絵描き好きなんだよ。どっちがうまいか、競争だね」
「うん。競争競争♪」

 おしゃべりをする、あるいは自分のことを話すということは、本質的には楽しいもの。大人の目からすると、他愛のないおしゃべりに見えるかも知れないけど、非常に狭い世界しか知らない子供にとっては、自分のことを話すということがその子にとっての全てなのだ。そうしてそれが、大切な学びの機会になる。だから、できるかぎり、お話をさせてあげることが大事。そうしてそこから、子供と接するほうも、多くのことを知ることができて、その子に適切な教育を与えるためのヒントを得られる。新たな話題の提供もできるようになる。交流も円滑に行えるようになる。まぁ、これもなかなか、言うは易く行うは難しというところだけれども。
 こいしちゃんは、次々にペットの種類と名前を書いていく。

(カラス・おくう ネコ・おりん ……)

 なるほど、カラスにネコね。名前はなんだか、古風。まぁ、これがこの世界の人たちにとっては、普通なんだろうな。

(ゾウ・だいすけ サイ・かくすけ ……)

 ゾウにサイ……すごいわね。動物園じゃないのこれ。

(クマ・ゆうぎ トラ・すい ……)

 クマにトラ。猛獣だって、妖怪にとってはペットなわけね。

(ミズチ・かなこ オオガマ・すわこ ……)

 さ、さすがは幻想郷……ミズチとかオオガマとか、そんなのもいるのね。というか、ペット? それはペットなの? あと、英語でなんていうか分からないよ!! Giantとかつけたらそれでいいのかな? かな?

(オオトリ・もこたん ハクタク・けいね ……)

 ……まぁ、妖怪がいるんだから、幻獣がいてもおかしくない、かな?

 いろいろと意外性に富んでいてちょっとお姉さんビックリだけど、とりあえず、平常心平常心。えっと、こいしちゃんが書いてくれたペットの種類の横に英語の綴りを書いてあげて(縦書きちょっと辛いです……)、名前はローマ字で書いてあげよう。アルファベットは、まぁ、自然に覚えるでしょう。アルファベットを第一に教えることは、一見効率的なんだけど、子供たちからすると細々していて、むしろ気が萎えちゃうから、何かを学ぶ際に一番大切な物事への興味や関心を削いでしまうことにつながるのよね。それに、こういう「きっちり覚えましょう!!」的なのは、「失敗するわけがないでしょう!!」っていう、脅迫にもなっちゃって、失敗を恐れる子供にとっては、すごい萎縮する原因になっちゃう。まぁ、こいしちゃんはそういうタイプに見えないけど、油断は禁物。その子の行動とか感じ方は、個性と同じくらい家庭環境やそのときの調子で変わってきちゃうんだから。そういうわけで、やっぱり細かいことは自然に覚えてくれるのが一番。もちろん、アルファベットも、さらっと一通りは教えてあげるけどね。

「はい、いっぱい書いたね。スゴイね、こいしちゃん!! うん、本当にスゴイわね……ちょっと予想外のペットさんもいたりするし……てか、ペット多いんだね!! 本当に動物園じゃないの、これ」
「えへへ。幻想郷は動物園だからね」
「そうなの!? すごいなぁ。まるでサバンナね」
「さばんなだからね」
「(これ絶対、サバンナの意味分かってないよね……)じゃ、次はお絵描きね。お姉ちゃん、こういうの持ってるから、これにたくさん絵を描こうね」

 そうして取り出したのは葉書サイズのスケッチブック!! 旅行していると、何かとこのくらいのサイズのスケッチブックは重宝するので、常に携帯しているのだ。

「表に、ペットの絵を描いていってね。そうしたら、私が英語でペットさんのお名前を描いてあげよう。でね、裏にね、ネコさんとかカラスさんとか、どんなペットなのか、英語でスペルを書いてあげて、発音も書いておこうね。そうしたら、いつでも気軽に英語のお勉強できるよ。いいかな?」
「うん。分かった」
「ちょっといくつかお姉ちゃん見たことなくて分からないペットさんもいるから、カラスさんとかネコさんとか、普通の動物さんを私に描かせてね」
「うん。仕方ないね。お姉さんは人間だものね」
「こいしちゃんは、物分りがよくって、お姉ちゃん助かるよ~(なでなで)」
「えへへへ♪♪」

 あぁ。こいしちゃん、いい子だわ。こういう素直な子のお勉強を見てあげてると、本当に先生っていい仕事だなって思うの。なんだか、昔を思い出しちゃうなぁ。こういう子のお世話をしているときは、本当に楽しかったなぁ……。って、思い出に浸っている場合じゃないわ。お絵描きお絵描き……。

「って、こいしちゃん、本当に絵がお上手なのね……でも、どう見てもその絵は人間なんですけど」
「?? 人間じゃないよ。妖怪だよ?」
「……あぁ。そっか。妖怪さんも、人間の形をしてるのよね。え? でも、その子は動物さん……あぁ、鈴仙は兎だったっけなぁ」
「これがね、お空で、こっちが、お燐なんだよ♪」
「そっかぁ。これがお空ちゃんで、こっちがお燐ちゃんなんだね~って、お姉ちゃんに描かせてっていったのとかぶっちゃってるね。そんなにこの子達のこと描きたかったのかな?」

 まぁ、基本子供はこっちの話を聞かないもの。しかも計画的に人の話を無視するからくせ者。そうして、どのくらいならこの人は怒らないのかな? とか、いろいろ探っているもの。ここで細かくああだこうだとお説教をすると、子供は幻滅してしまう……ふふふ、そういう君たちの企みはお姉ちゃんには全て分かっているのだよ!!

「よし!! もこたんできた!!」
「どれどれ……って、あれ? これって、妹紅さん?」
「へへへ。もこたんだよ♪」
「こ、こいしちゃんにかかれば妹紅さんはペットになっちゃうのね……」
(もしかしてこの子が妹紅さんにご飯を作ってあげているのは、飼い主がペットにご飯をあげるためだったりするんだろうか……)

 ちょっと不思議ちゃんな雰囲気があるこいしちゃんだけど、不思議ちゃんどころではなかったのかも知れない。そんなことを考えていると、

「あれ? こいしちゃん?」

 こいしちゃんの姿が見えない。

(どこに行ったんだろう? お手洗い? というか、いつの間に……)

 このあたりの神出鬼没を思うと、やっぱり妖怪なんだなぁと思わされる。
 すると台所のあたりから、陽気な歌声が聞こえてきた。


 ステキなあの人の姿を見ると ハートがドキドキしちゃうの
 かわいいミニスカートの私を見て きっとお日様もクラクラするわ
 流し目でチラって見てみたら あの人も私を見ていたの
 そしたらお星様がぶつかり合って キラキラ光って眩しかったわ


(なにこの百年前のアメリカ人が歌ってそうな歌は!! 聞いてるこっちがクラクラしちゃいそうだわ……あ、二番入った!!)


 中世のおとぎ話にあるように 天使と悪魔が争うの
 かわりばんこにサイコロ振って 引っ張り合って争うわ
 浮気な真似はダメだって 天使は私をしかりつけるの
 でも恋する気持ちは止められなくって 私は悪魔に味方したわ


(さすがは妖怪のいる世界ね。歌のセンスも奇想天外だわ。でもやっぱり恋の歌が女のこのハートを射止めるのは変わらないのね。そこはちょっと安心した)

「はい!! こいしの大好きな梅昆布茶だよ!! アッツアツだよ!! 今日は温かいからね。アツイお茶が飲みたかったんだ♪」
「うわぁ!! い、いきなりでビックリしたわ。あ、ありがとうね。でも渋いチョイスなのね」
「こいし、大人な女でしょう?」
「あ、いや……あぁ。そ、そうだね。神秘的(不思議)で魅力的(意外)な女の子だね。しかも、家事(ペット? のご飯。あ、このお茶ももしかして……餌付け??)ができてステキだわ。将来はいいお嫁さんになりそうだね。お姉ちゃんだったら、こいしちゃんみたいな子と結婚したいな~」
「ごめんね、お姉ちゃん。こいし、女の子だから、お姉ちゃんとは結婚できないよ」
「あ、うん。そ、そうだね。できないよね」

 素で返されてちょっと立場がなくなっちゃった。自分はボケるくせに、人のボケは潰すというこしいちゃん、マジ小悪魔だわ。
 気を取り直して、せっせとお絵描きの続きをして、こいしちゃんと「お名前カード」を作成。そして完成!! 

「わぁい!! ありがとう、お姉ちゃん」
「いえいえ、どういたしまして」
「それじゃね♪」
「それじゃね……って、あれ? こいしちゃん??」

 気がついたらいなくなっちゃってた。

(まぁ、なんだか不思議ちゃんだけど、妖怪って言っても普通に接している分には、全然怖くないんだなぁ……。とりあえず、思っていたより、この世界は安全そうで良かった)

 そう思ってホッと胸を撫で下ろす私だった。

     七

「やぁ、お邪魔するよ。って、おや? こいしは帰っちゃったのか」

 冷めてすっかり美味しくなくなった梅昆布茶を飲んで、何だかナンセンスでおかしい気持ちになるっていると、妹紅さんが部屋に入ってきた。

「あ、はい。気がついたらいなくなっちゃってて」
「たぶん、地底に戻ったんだろうね。まぁ、いいわ。それより、紹介するわね。この子がチルノ。氷の妖精だよ」
「こんにちは」
「あ、こんにちは。はじめまして。私、マエリベリー・ハーン。メリーって呼んでね」
「メリーね。うん。分かったよ」
「よしよし。自己紹介はすんだな。それじゃ、着替えするか、チルノ。いつものところに入ってるから。私は、授業に戻るからな。宿題、今日はやって来たか? なんだ、やっぱりやってないのか。仕方ないな。それじゃ、お姉ちゃんと一緒に宿題をやっておくこと。分かった?」

 妹紅さんのいうことに、こくりこくりと頭を下げながら、「うん。うん。」と返事をするチルノちゃん。幼いながらに意志の強そうな太い眉と、闊達さが溢れている一つ一つの挙動から、なるほど、腕白そうだとの印象を受けた。でも、一方でなかなか素直そう。たぶん、気が和らいでいるときや緊張しているときは、よく人のいうことを聞くのだけれども、ちょっと気が立ったり楽しくて興奮してくると、後先を考えないようになるんだろう。なんということはない。年相応に元気一杯で、順調な発達の子供という感じだ。

(ふふふ。昔取った杵柄。一目である程度の特徴を予測するくらいのことはできるのだ!! もちろん、最初の見立てに拘泥するような愚は犯さない。でも、何らかの見立てを立てた上でないと、教育の指針を立てることもできないもの。全てを理解してからドンと方針を打ち出すんじゃなくって、大まかな見立てを調整していって指針を作るほうが、現実的なのよね)

 なんて、思いながらちょっと得意になってると、チルノちゃんが目の前でお洋服を脱ぎ脱ぎしはじめた。これには私も目をパチクリさせて驚いた。

「ち、チルノちゃん? ど、どうしたの?」
 
 そう問いかけると、チルノちゃんは私の方を見て、「服、着替えなくっちゃ。」と答えてくれた。

(あ、そういえば、妹紅さんが着替えって言ってたっけ?)

 すると、引き出しの中から、チルノちゃんは朱色の浴衣を取り出す。そうして、もたもたと難儀しながら、帯を締めようと悪戦苦闘している。

「チルノちゃん、私がお手伝いしようか?」

 と訊ねると、「うぅん。ダメ。」と答える。「え~、どうして?」と言うと、「危ないから。」とのお返事。

「危ない?」
「うん。アタイ、冷たいから。凍っちゃうの」
「え?」
「ホラ。通ったところ、凍っちゃってるでしょ?」
「あ……ホントだ。うっすらと霜ができてる」

 うわぁ、スゴイ。本当にこの子、氷の妖精なんだ……いや、背中に妙なの生えてるけど、実感がなかった。でも、実際に見せられると、納得しないわけにはいかない。

「朱絹を来たら、大丈夫だから」
「朱絹?」
「うん。この浴衣。妹紅が作ってくれたの」
「へぇ……そうなんだ」

 なるほど。つまり、妹紅さんが作ったこの「朱絹」という浴衣を着ると、チルノちゃんに触っても凍らなくなるということなんだ。どういう原理かは知らないけど、うわぁ、スゴイファンタジーになって来たぞ……。

「帯、キレイになってる?」

 そうして背中を見せるチルノちゃん。帯はちゃんと、左右対称に蝶々を作っている。

「あ、スゴイ。チルノちゃん、お上手」
「へへ、毎日、着てるから……」

 こうやって恥らって照れるところがカワイイなぁ。やっぱり、ちょっと男の子っぽいかわいらしさ。案外男の子のほうが照れ屋さんだからねぇ。

「もう触っても大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」

 そうして、チルノちゃんの手を触らせてもらうと、

「あ……冷たい」
「これ着てても、人間と同じにはならないから」
「大体、二十度くらい……かな? でも、冷やっこくていいかも」
「こっちは、温かいよ」

 そう言って、浴衣の袖を差し出してくれるチルノちゃん。触ってみると、

「あ、確かに!! これ、四十度以上ある……」

 ヤバイ。すっごいファンタジー。いきなり不思議アイテムに出会えるとか、ちょっと感動。昨日の夜、鈴仙が出してくれた弾丸みたいなのは、竹を吹き飛ばすだけで、驚いたけど面白くなかったし……いやぁ、幻想郷が本当に幻想の世界だってのを、実感したわ。

(しかし、この朱絹ってどうやって作ったんだろう? 後で妹紅さんに尋ねてみようかな)

 そんなことを考えていると、

「宿題していい?」

 とチルノちゃんが訊いてきた。

「モチロン!! お姉ちゃんといっしょに、宿題しようね」

 と誘うと、「うん。分かんなかったら、訊いていい?」と言ってくれた。こういうふうに、意思疎通のキャッチボールができると、本当に楽しい。なかにはムスッとしたり、自分の世界にエスケープしちゃう子もいるからなぁ。そうしてそのくせ、自分の発言には全部、反応しないと怒るんだよね……。
 そんなこんなで、チルノちゃんとは宿題をして、どんなことを今までお勉強したのかを聞いて、簡単な計算問題(九九で割り切れる割り算:チルノちゃんは必死に指を折って九九の計算をしていました)をして、最後に里見八犬伝……は原文だったのでギブアップして、お互いのことをお話して、妹紅先生が来たのでバトンタッチ!! 後は、お楽しみの御本の時間で、終わってさよならとなったのだった。

     八

「朱絹? あぁ、あれは血帷子なのよ」
(チカタビラ? なんですか、それ。聞いたことないです……)

 気がついたら晩御飯ができていた不思議な寺子屋。今日の晩御飯は何故かサンドイッチ。妹紅さん曰く、「定番メニュー」らしい。おそらく、こいしちゃんが地底で作ったサンドイッチのあまりを持ってきてくれるのだろう、ということ。そうでもなければ、サンドイッチに使うパンやチーズ、バターなどは用意できないとのこと。……こいしちゃんが、妹紅さんのことを、「オオトリ・もこたん」と書いていたことは黙っておこう。余計な荒波は起こさないに限るものね。

「血帷子ってのはね、その名の通り、血を吸った帷子。私が不老不死ってのは、知ってるわよね。この不老不死が理由で、どうもこの身は不死鳥に慕われたらしくてね。私の身体には、不死鳥が宿っているわ。で、その私の血がどういう存在であるか。もう、概ね察しはつくんじゃない?」
「な、なるほど。つまり、妹紅さんの血を吸った帷子……まぁ、つまりは浴衣が、朱絹だということですよね」
「そう。正確には、絹に私の血を吸わせて、それをもとにして作った浴衣に、私がチルノに合うように術式をかけてやったのよ。幸い、チルノが氷精なこともあり、冬でも使える便利仕様。ちなみに、不死鳥の炎を宿して温度が高いだけではなく、不滅の呪いがかかっているから、斬ったり焼いたりしても意味がない。洗濯も不要。いやぁ、便利だわ」

 さすがのファンタジー設定に、こう、現代日本の老若男女が親しむ文化に関心の低いわけではない私は、胸が熱くなってしまう!!

「ちょっと私も着てみたいです……」
「ハッハッハ!! 人間が着たら全身大火傷だから止めておくことね。朱絹は便利な道具じゃ決してないの。あれは、あくまで呪いの法衣なんだから。よっぽどの術者ならまだしも、チルノと私以外が着たら、不死鳥を怒らせるか、あるいは魅入られてしまって、大変なことになるのよ。まぁ、それでもというなら止めないんだけどね……」
「い、いえ。まだ死にたくないので、止めておきます」
「ふふふ。それが賢明よ。それより、どうやって血を採取したか、分かるかな?」
「いえ、知らないし知りたくもないです」
「こうね、大きな桶に頭を半ば入れてね、首を……」
「わ~!! わ~!! イヤです、聞きたくな~い~!!」
「ハッハッハッハ!! そういわず、ね? 聞いてちょうだいよ」
「イヤですイヤです!! 絶対聞きたくない!! そういうグロイのは、私だいっ嫌いなんですよ!!」
「では、直接どのようにしたのかをお見せしましょうか!! さぁ、さぁ!!」
「もっとイヤですって!!」

 こんな感じで、みっちり一時間ほど妹紅さんのオモチャにされた私は、その後お風呂に入って、お布団に直行しました。

(うぅ……妹紅さん、結構イジワルな人だ。でも……こいしちゃんやチルノちゃんと一緒にお勉強したり、こうやって隔てなく誰かとお話したりって久しぶりで、とってもリラックスできたかも……。意外に、幻想郷の生活も、悪くない……かな?)

 そんなことを考えていたら、すぐに眠ってしまいました。

     八

「で、高校に行くのは良いのだけれども、そのお金は誰が出すのかな?」

 子供のころの、夢を見た。
 宣教師の父と主婦家業をこなす傍らに夫の伝道活動を手伝う厳格なキリスト教徒の両親のもと、小学生のころから日本で生活するようになっていた私は、中学一年のとき、両親を災害で失った。それからは、叔母さんの家でお世話になることとなった。叔母さんは女一人、アメリカの保険会社に勤め、日本勤めを十年以上しているというキャリアウーマンだ。
 叔母さんは、自立を何よりも大切なものと考える人だった。だから、両親の遺産、一億八千万円を、どのように資産運用するのかという課題を、中学二年の夏休み、私に課すような人だった。当然、叔母さんはそのあたりの道に明るいから、叔母さんが適切に運用することもできた。しかしそれは、「あなたの学びの機会を奪う愚かなことだし、しかもこのお金はあなたのお父さんとお母さんそのものなのだから、私が手を触れてよいようなものではないほどに神聖」だから、遺産の運用方法についたは、私が考えねばならないということだった。
 そんな叔母さんだから、こういうことも言えたのだろう。

「高校? 高校に行くのは自由だけど、誰がそのお金を払うの?」
「え?」

 私はすっかり、叔母さんが払ってくださるのだと思っていたから、言葉が出なかった。

「いいかしら? 私にあなたを高校へ行かせる義務はないのよ」

 どういうことなんだろう? 叔母さんは、私を嫌いだからこんなことを言うのかな? でも、叔母さんは私に、愛情を持って接してくれる方だって、私は思う。よく叔母さんは、「あなたは私の誇りよ。」って言って、ハグしてくれるし、学校に行くときも、叔母さんが仕事から帰って来たときも、お休みのときも、キスしてくれる。叔母さんが私のことを嫌いなはずはない。

「いいかしら? 私はあなたをかわいく思っているわ。でも、あなたは私の子供ではないの。あなたには、両親はいないし、兄弟もいないのよ。私はあなたの、ただの叔母よ。あなたは一人で生きていかなくてはならないのよ。分かるかしら?」

 私はショックだった。叔母さんが私のお父さんとお母さんの代わりになってくれると信じていたから。

「あなたはもう立派な個人よ。私は私を愛するように、また私を尊いものと感じるように、あなたを愛しますし、尊敬します。だから、私はあなたに、あなたのお父さんとお母さんが残してくださった、大事なお金を、成人するまで使うことを許しません。そうして私には、あなたのためにお金を費やす義務もありません。分かるかしら?」

 私は愕然として、ただ「はい。」と答えるだけだった。
 でも、高校には行きたい。だから私は、「どうしたらいいの? 叔母さん。」と、泣きそうになりながら尋ねたのだった。叔母さんは、「自分でお金を稼いだらいいんじゃない?」と答えた。「どうやって?」と聞くと、「そこにいっぱい、お金はあるじゃない。」と言って、窓の外を見た。そこには、小学生がたくさんいた。
 それがはじまりだった。私は中学校の三年から、高校三年の冬まで、英語塾というか、家庭教師というか、子供のお世話係というか、そんな仕事をするようになった。外国人のお姉ちゃんが教えてくれるということで、怪しさと物珍しさとが混在して、結構話題になった。一週間に二時間で、一人一月六千円。料金もお手頃だった。
 最初の生徒は、同級生の女の子たちだった。私は中間試験と期末試験では、九十点より下をとった科目は、過去に一つもなかった。英語は当然、ネイティブレベルだった。志望校も家から近いほどほどのレベルの高校に決めていたから、推薦で確定だった。だからだろう。同じ学年の女の子が五人も生徒として来てくれていた。彼女たちはみんな、文芸部の子だった。いわゆる、「ちょっとオタクな女の子たち」だった。こういう子達は、あまり既存の考えには捉われないらしい。むしろ、珍しいものに興味いっぱいで、外国人で転校生の私に、誰よりも関心を持ってくれたし、また優しくしてくれた。本当はこの心嬉しい同級生たちからお金をとるつもりなんてなかったんだけど、成績が上がったからと言って、ご両親がくださった。本当にステキで尊敬できる人達だった。
 教室は、叔母さんに許しを得て、基本的に叔母さんの家を使わせてもらっていた。たまに、他の子の家にお邪魔した。学校の自習室や、図書室を使うときもあった。どこも無料だから助かった。普通の塾では、そうはいかないだろう。
 高校生になると、受験が終わったので、文芸部の子達とはさよならになった。その代わり、後輩の女の子の勉強を見てあげることになった。また、新しい受験生が誕生したわけだ。そのころには、何人か小学生の子も英語を勉強しに来るようになった。おかげで、私は忙しくなった。高校に入ってからの中間試験と期末試験は、英語と算数を除いて、大体五十点から六十点くらいだった。私の定期テスト対策をする暇は、なかったからだ。でもそれが、むしろ私の実力で分からない問題を明らかにすることになって、学力を上げるよい機会になった。でも、模試では、学年一位で、毎回、平均点数が八十点を越えていた。
 先生たちは、私のことをたいそう面白くないと思っていたらしい。けれども、結局何も言わなかった。他の同級生たちも、私をちょっと苦手にしているみたいだった。でも、それは仕方ないと思う。先生たちからすれば、私のような生徒は前代未聞だ。校則を破ってアルバイトをしているのだが、成績は学年トップなのだ。しかし、学年トップなのに、定期テストは良くないのだ。宿題も、期限内になかなか出さない。それで結局、私に非があるのかというと、校則違反という非があるのだが、その校則違反であるアルバイトを禁止する理由である素行の乱れと学業への悪い影響が、当てはまらない。当てはまらないが、完全に当てはまらないでもない。実際に、課題を期限内に提出しないのだ。ならばと思って、アルバイトの申請を出したいと先生に相談したところ、家計が苦しいわけではないから、学校としては認めることができないそうなのだ。
 滑稽な規律に縛られて生徒の可能性を踏み躙ろうとする日本人を見て、私は彼らを哀れに思った。同時に何故、両親がこの東亜の島国へ伝道のために来たのかも理解できた。規律への盲目的な服従と隷属という形で法を遵守するという段階にとどまり、自由意志の下で法を尊ぶという偉大な文明人になることができず、小さな野蛮人から大きな奴隷へと成長している彼らを啓発するという崇高な目的が、少なくともその一つとして、きっとあったのである。
 「ルールはルール」「決まりは決まり」を墨守するこの人達は、私から見るとほとんど自分の意思をもたない機械か、あるいは言われたことしかできない子供に思えるのだった。そういう存在である同級生のみんなからすると、私のことは、本当にどう接したらよいのか分からなかったのだと思う。
 その結果として、私のことを奇異な存在として扱わざるを得なかったことは、仕方のないことだったと思う。不完全な人間の、しかも未だ神の光明が充分に行き届いていない人々の、さらに言えば子供のやることなのだから。
 それでも私は何とか、みんなと打ち解けたいと思って、いろいろと頑張ったのだった。だけれども、それは裏目に出てばかりだった。それは本当にもう、「徒労」という言葉で形容されるべき、青春の疲弊だったのだ。

     九

「お姉ちゃん。朝ごはん、できたよ?」

 こいしちゃんの呼びかけで、私は目を覚ました。

「う……ん。おはよう、こいしちゃん」
「おはよう、お姉ちゃん♪」

 久しぶりに、昔の夢を見たなぁ。思い返せば高校時代は、本当に本当の「精一杯」で生きていた。ただ、自分の日常を充実したものにしようと試みていて、それが人生の全てだった時代。そこに私の「夢」があったと思う。でも、その「夢」は破れてしまった。その失意から半ば立ち直れずにいた私が出会ったのは、蓮子だったのだ。
 あぁ、そうか。今気がついた。私は、蓮子に夢を見ていたのだ。高校生のころとは違うけど、根本的には同じ「夢」を。つまり、穏やかで楽しい毎日という「夢」を、私は見ていたんだ。そうしてその「夢」は、日常の域をでなかったのだ。

(そうして、その夢はまた破れ、この幻想郷に来た、ということね)

 ハァッと、何だか溜息が出てしまう。
 蓮子と出会ったときのことは、今でも明瞭に思い返すことができる……。

「どうしたの、お姉ちゃん? 嫌な夢でも見た?」

 あぶないあぶない。危うく、また回想に突入するところだった。

「ううん。そんなことないよ。私、ちょっと朝苦手だから」
「妹紅が、きっとお姉ちゃんは疲れてるんだろうって、言ってたよ」
「あ~……それもあるかも。昨日、たくさん歩いたし」
「だからこんなにネボスケさんなんだね」
「ん? ネボスケ?」
「もう、十時だよ?」
「え!! ウソ!!」
「ホントだよ。そろそろ、子供たちが来る時間だもん。妹紅は早くに起きて、巫女のところに行って、もう帰って来ちゃったくらいだよ。明日か明後日には、お姉ちゃん帰れるってさ。あ、ご飯作ったから、おいてくね。私、午前中のオヤツの準備してあげなくっちゃダメだから、帰る」
「あ、そうなんだ。ありがとうね、こいしちゃん」
「ばいば~い」

 そう言って、こいしちゃんは、スッと姿が見えなくなってしまった。相変わらずの神出鬼没だ。部屋に置かれたお膳を見ると、ご飯にお味噌汁にお漬物と卵焼きが乗せてある。

(おいしそう……)

 どんな境遇でも、お腹が減ることは変わりない。これが生命の実感というヤツかな? ははは……。

「それでは、いただきます……うん、おいしい。こいしちゃん、やっぱり良いお嫁さんになるわね」

 そう言った後に、あたりをキョロキョロと見回す。今度は突っ込みが入らなかったようだ。こいしちゃんなら、フイっと現れて、また何か一言残していきかねない。

(……でも、明日か明後日には帰れる、か。よくよく考えると、じゃぁ、帰ってどうするのって話よね。まぁ、だからといって、帰らないわけにもいかないんだけど)

 そんなことを考えながら、私はこの、新たに得た、しかし必ず破れる運命にある幻想の味を堪能することにした。

     十

「ごちそうさまでした」

 ご飯を食べ終え、用意されていたお茶を飲みながら(どうもこの世界では常温でお茶を抽出するらしい。もっとも、お湯を沸かすことにも相応のコストがかかる時代では、むしろ当然の飲み方だったのかも知れない)、そういえば、午後になってこいしちゃんやチルノちゃんが来るまでは、大分時間の余裕があることに気がついた。
 さて、どうしようかと考えたとき、すぐに思いついたのは、妹紅さんの授業風景を覗いてみることと、里の様子を観察がてら見て歩くことである。どちらも、なかなか興味深い。
 だが今は、この寺子屋でお世話になっていることもあり、妹紅さんの授業風景を見学させてもらうことにした。もちろん、授業の邪魔にならないように、遠くからだ。幸い、明け透けなこの日本家屋では、他の部屋から授業に使っている教室の様子が何となく分かる。視力2.0の自慢の両目が活躍する!! ことは確かに活躍するのだが、どうにもこうにも、ミュート状態ではイライラして仕方がない。ちょっと姿は見えないように近くにまでよって、音だけで授業の様子を想像させていただくことにしよう。悪趣味っぽいけど、あんまりお邪魔しないほうが、お互いにとって良さそうな予感がするので。
 意外に人間、音だけで情景を思い浮かべることができるらしい。
 なるほど、これは妹紅先生、大変そうだ。
 考えてみれば当然のことだけれども、子供の年齢や発達段階がバラバラの中で、時間を合わせて教えているのだから、あっちの子供は小学五年生、こっちの子供は小学一年生と、てんでバラバラの指導をしなくてはならなくなる。そうして、あちらのこどもではこの問題が分からず、こちらの子供ではこの問題が分からないという状況になってしまう。到底、身一つでは足りるわけがない。

(でも、だけれども……あぁ、何だか妹紅さんも、子供たちも、楽しそうだな……この子は、年長さんなのかな。他の子に、いろいろと教えてあげる役割なのね。あぁ、この子もきっと、少し年長さんなんだ。小さい子を、なだめてあげている。そうなんだよね。たくさんでいると、自然とその中で、役割分担みたいなのができるんだよね……)

 そんな、楽しそうな雰囲気を思うと、ヤバイ、なんだか、いいなぁ、羨ましいなぁ……そう、思ってしまう。私も、そんな中の、一人になりたい。なんだろう。昔のことを思い出してしまって、また今のわびしい境遇を思ってしまって、覚えず涙が出てきてしまう……。

「ハンカチ使う、お姉ちゃん?」

 その言葉に、私はビックリしてしまった。

「あ、こ、こいしちゃん? あ、ありがとう……」

 思わず借りてしまった。

「二階、行ってるね? お勉強の続き、しよう?」

 そう言って、タタっと駆けて行くこいしちゃん。

(参ったなぁ。こいしちゃん、マジ天使だし……)

 メランコリックでちょっと無理して頑張っていたお姉ちゃんは、無邪気な少女に助けられてしまった。まぁ、この借りは、ちゃんとお勉強で返すかな。何だか元気付いちゃったし。

(さて、今日は何を教えてあげよっかな? こいしちゃんは、お料理が得意だから、お料理のことについて、英語で何て発音するか教えてあげようかな。あぁ、西洋の料理で、知らないものがあったら、教えてあげると喜ぶかもしれない。チルノちゃんはどうだろう。チルノちゃんは、何が好きなのかな? やっぱり、騎士の物語とか、興味があるのかな。里見八犬伝を読んでいるくらいだし。妖精の話のほうが興味持つかな。どうなのか、聞いてみよう。そうして、知りたいことを教えてあげよう……)

 それから私はこいしちゃんに一時間ほどお勉強を教えてあげて、また妹紅さんと三人で食事をした。午後からはこいしちゃんとチルノちゃんにいろいろなお話を聞かせてもらって、また私のことも聞いてもらった。夕方からは寺子屋の事務的なお仕事を手伝って、妹紅さんから寺子屋についていろいろとお話を聞かせてもらった。今は多忙で来ていないけれども、阿求さんという人が、よく寺子屋を手伝ってくれるらしい。そうして、また三人で夕ご飯を食べて、お風呂に入って、一人空を見てゆっくり過ごした。

(あぁ、この美しい夜空を見たら、きっと蓮子は感動するのだろうな。この世界のことを話せば、きっと彼女は、来てみたいというに違いない。折角、就職に向けてやる気を出している蓮子に、この世界のことを教えてあげることが良いことなのかどうか、私には分からないけれども、この空の美しさだけは、それでも見せてあげたいなぁ……)

 そんなことを思いながら、その日はただ、幸せな時間が早く過ぎ去ったのでした。

     十一

 また、昔の夢を見た。

 高校一年の夏、私は英検一級と、数検の準二級をとった。もともとは、子供たちに勉強を教えるのに、自分自身の能力を証明して、保護者の方に納得してもらうために受けた試験だった。そうして時を同じくして、私は高校に入ってからはじめての模試を受けた。私は英語で百点、数学で九十四点、国語で七十六点の成績だった。この結果を受けて、私はこう思ったのだ。「もしかして私、クラスのみんなに、お勉強を教えてあげることができるんじゃないかな? そうすればきっと、みんなは私に感謝するはずだ。それにきっと、喜んでくれるハズだ。」って。でも、それは違ったのだった。
 二学期最初のクラスミーティングで、私は突如発言を求めると、級友に向かって提案をした。

「みなさん。私は夏の模試で、充分認められるだけの成績を得ることができました。英検の一級も取りましたし、数検も準二級を持っています。私は、同じクラスメートとして、みなさんのことを大切に思っていますし、尊敬しています。その友情の証として、みんなと、勉強をしたいと思うのです。私は毎週、月曜日と木曜日は、授業が終わってから、二時間教室にいて、自習しています。朝は、毎日七時三十分に教室に来ています。予習ですとか、復習ですとか、問題集の分からないところも、あると思います。是非、私に聞いてください」

 私は思いのほか、純朴すぎる子供だったらしい。ただ一途に善意のみで行った提案だった。私からすれば、本来授業料を取って教えているのだから、それだけでも大変な好意の証になるだろうと思っていたし、感謝されるに値するものと思っていた。
 しかしそれから一週間、誰一人として来てくれる子はいなかった。
 手に負えないくらいたくさんのクラスメートが来たらどうしようかと思っていた私は、現実を目の当たりにしてとても悲しい気持ちになった。

(どうしてかな? やっぱり、ビラとか配って、他の学級の子にも宣伝しないとダメかな? もっと呼びかけるべきかな? それともみんな、私の能力に疑問があるのかな? それも当然だよね。男の子は、きっと来難いよね。あるいは、勉強じゃなくって、他のことに興味があるのかも知れない。今は就職のためのキャリア教育が盛んな時代だから、先を見て、役に立つスキルを身につけたいと、みんな思っているのかも知れない。子供たちのテキストを作るのに、Adobe InDesign と Adobe Illustrator を使っているから、専門性の高いソフトの使い方を知っているし、ソフトも持ってるわ。そのことも言うべきかな? どうすべきかな。叔母さんに相談しようかな)

 そんなことを考え、授業中に溜息をつく日が続いていた。そうして二週間、三週間経った。私は叔母さんに相談することにした。叔母さんは、「仕方ないことよ。」と言った。「どうして仕方ないのかって、説明するのは大変だけど……正しいことを、一生懸命頑張ったからって、結果が出るとは限らないもの。」そう言って、何だか悲しそうな顔をする叔母さんを見て、私もそれ以上は何も言えなくなってしまった。

(確かに叔母さんの言うとおり、望みどおりの結果は出ていないわ。でも、私は正しいことをしている。それは間違いないわ。生前、お父さんはよくこう言ってたわ。" You are what you do. Not what you say.:人は何を言ったかではなく、何をしたかによって評価されるべきである。" 私が学校のみんなと打ち解けたいと思っていて、またみんなの役に立ちたいと思っている気持ちは、本当よ。だったら、行動で証明しないとウソだわ。そうよ、お母さんも言ってたわ。" I challenge you. Make your action reflect your words.:さぁ、日頃言ってることを、行動に反映させてちょうだい。" そうよ、今、私は魂が試されているのだわ)

 そのとき私は、どうにかして同じ学校の生徒たちと友情の証を立て、互いに認め合う関係を作ることが、私に課せられたマニフェスト・ディスティニー(明白な運命)なのだと感じていた。またきっと、この道が、チャーチ・オン・ザ・ヒル(丘の上の教会)につながっているのだと思ったのであった。

     十二

「今日はそこまでネボスケさんじゃないね、お姉ちゃん」

 朝、目が覚めると、正面にはこいしちゃんのキュートな瞳があるのだった。

(閉じた瞳……あのオブジェって、一体なんなんだろう??)

 最初あったときから気になっていたことなんだが、やっぱり知らないし知りたくもないを貫くべきだと思い、聞かずにいたものの……寝ぼけ頭の勢いを借りて、聞いてしまおうか。

「おはよう、こいしちゃん」
「おはよう、お姉ちゃん」
「こいしちゃん、瞳が近いよ」
「えへへへ。見せてんのよ♪」
「そ、そう。そうよね。バッチリ見えてるもんね。ところでその瞳って、なに?」
「チャーミングポイントだよ☆」
「ステキだね」
「でしょう?」

 まぁ、あまりハッキリとした回答は得られなかった。けれども、少し私もこの世界に慣れて来たのかな。意外にすんなり訊けた。それに、こういうやり取りも、何だか、心地良い。

「さ、朝ごはん食べよ? 三人で仲良く、朝ご飯だよ」
「うん、今行くね」

 そうして私は着替えをして、ご飯を食べに行くのだった。
 膳を囲んでの三人の食卓。そういえば、昨日はネボスケだったから、一人で朝ごはんになってしまったのだった。別に、一人のご飯も嫌いじゃないけれども、何だか、この人達と一緒のご飯なら、食べたいなって思う。そう思わせてくれるほど近しい人は、最近では、蓮子しかいなかったっけ。

 そんなことを考えながら、ご飯を食べていると、妹紅さんが、「メリー。ちょっと、一緒に授業をやってみない?」と提案されるのだった。私はキョトンとして、「ほぇ?」とすっとんきょうな声をあげてしまった。

「いやね。一緒に寺子屋の授業をみてもらえると、助かるんだけどな」
「それは……」
「あの巫女、いつ来るか分かんないし」
「そうなんですか?」
「えぇ、そうなのよ。まぁ、もちろんのことだけど、無理強いはしないわ。でも、何せ私一人しかいない仕事でさ。子供たちも聞かん坊で、手を焼いてるの。誰か大人が一緒にいてくれるだけで、どれだけ助かるか分からないわ」
「……ご苦労お察し申し上げます。でも私、ごめんなさい。すぐには、心の準備ができません」
「まぁ、それもそうよね。ごめんね、急なお願いで。あ、でも、こいしとチルノの勉強は、今日も見てくれるんでしょう?」
「はい、もちろんです。ね、今日も一緒に、私とお勉強しようね?」
「うん、しようね!!」

 笑顔で答えてくれるこいしちゃん。
 その笑顔を見て、相好を崩す妹紅さん。
 その場はそれっきりで、お終いになった。
 そうしてご飯を食べ終えると、お掃除の手伝いをして、部屋に私は引っ込んでしまった。

(心の準備……か。ウソじゃないけど、この寺子屋で教えているくらいの内容だったら、別に授業内容の準備も必要ないし。それに、きっと妹紅さん、お勉強を教えることに、こだわるような人じゃないと思う。たぶん、外来人の私と、子供たちとの出会いの場を作って、それを学びの機会にしようと考えているんだわ。だから、私はただみんなのお姉さんとして、一緒にお話をしてあげたらいい。これっくらいのことは、いわれなくても察しがつくわ。察しがついてるのに、断ったのよね……)

 次第にお屋敷が賑やかになって来た。子供たちが来たのだろう。どうしたって、煩くならないわけにはいかない。悪戦苦闘する、妹紅さんの姿が想像できるようだ。

 昔よく、学校の先生になったりするのが夢なんじゃないかと聞かれたことを思い出す。でも私は、学校の先生になるのはイヤじゃなかったけど、別段強い憧れとか意欲は持っていなかったから、「そういうわけじゃないんですよ。」と答えることにしていた。
 私の欲求は、あくまで、穏やかで楽しい毎日を過ごしたいという、それ以上ではなかったのだ。その欲求を夢として認めてもらえるのであれば、それが私の夢になるし、それが夢ではないといわれるのならば、私に夢はなかったのだ。今も、それは変わらないのだろう。私はただ、平凡ではあるけれども、幸福と満足とに充ちた、尊い日常の滋味を味わいたいばかりなのだ。そうしてその幸福と満足とを得る手段として、私は他者に幸福と満足とを与えたいと思っていたのだ。そこに、私の人生の崇高さがあると信じていたのだ。それが場合によっては、宗教や文明による啓発という意味合いを兼ねることもあったが、その大元はやはり、平凡な日常を求める心なのだった。あぁ、だが、それは認められぬ生き方であった。それを悟らされたのが、あの中学・高校生活だったのだ。

 過去を思い返し、ややアンニョイな気持ちになっていると、ふと、では、私は妹紅さんみたいになりたいかどうかを考えた。そのとき、私は意外なほど、素直になりたいのではないかと感じていることに気がついた。学校の先生には、今もあまり魅力を感じない。だが、妹紅さんならば、つまりは寺子屋の先生ならば、どうだろうか。私はまだ、この寺子屋の先生という仕事を詳しくは知らない。だがきっと、この仕事は、本質的に自由であろうと思われる。そうして、生活と仕事と思想とが、ほとんど合致した毎日を送ることになろうとも予想される。どう見てもこれは、外の世界の学校の先生とは違う。つまりただ、毎日を一生懸命、正しいと思うこと、子供たちにとって良かれと思うことのために費やせばよいという人生なのではないか。そうして私が、常に追い求めて止まなかったものは、そういう人生なのではないだろうか。

 父は、教育に関しても一家言ある人だった。
 小学生のころ、私はおてんばな女の子だった。男の子とよく遊んだし、場合によっては殴り合いの喧嘩をするようなこともあった。そんな私を父は、よく「小さな野蛮人」と呼んでいた。「全く!! 男の子と変わらないね!!」そう言って呆れることも少なくなかった。「やれやれ。この年配は容赦がないからな。」と言って、苦笑するのが常だった。でも、そんな私を一度も怒ったりすることはなかった。
 どうしてだろうか?
 その理由を私が知るのは、小学六年生のとき、五百人の聴衆の前で、神父として講演する栄誉を父が授かったときであった。
 
『さて、少し聖書の教えとは離れますが、これはとても重要なことなので、是非ともお聞きいただきたいのです。
 ご存知の方も多いかとは思いますが、私には一人の娘がおりまして、これが中々、中性的な魅力に溢れた女の子なのであります。それで、この子なのですが、まぁ、なかなか言いつけも守りませんし、女性らしい振る舞いというのも、行うのが難しいようで、私も苦慮しております。
 ですが、果物は甘くなる前は酸っぱいものです。あの賢く有益な人間の友である馬も、手綱やくつわをはめられるときは、じたばたするものです。そうしてようやく、人間に従属することを受け入れるのです。
 人間も同じことです。我々はまず、感情が先に立ちます。お上品な振る舞いというのは、どうやら感情を逆撫でするようです。我々の天性にとっては忌まわしいものなようです。また権威というものに屈することも、我々の感情は喜ばないようです。これもまた、自然なことでありましょう。
 ですが人間は大人になると、むしろ権威に屈するようになるものです。それは、我々が次第に訓練されて、理性というものを獲得するからです。理性とは何でしょうか。それは理知であります。その最大の構成要素は、良心であります。また正義であります。正義を愛する心であります。大人になるということは、そういう正義を尊ぶようになるということなのであります。
 はじめ人間は、つまりは「小さな野蛮人」は、文明に対して無意識の抵抗を行うものです。次第に「小さな野蛮人」が、「偉大な文明人」に成長すると、どういう変化が起こるかというと、法律の下、従順と熱心と調和とのうちに均衡を見出すようになり、自発的に規律へと屈服するようになるのであります。我が娘も、そういう「偉大な文明人」に早くなって欲しいものです。
 さて、今日、皆さんに申し上げたいことは二点あります。
 第一に、「小さな野蛮人」が「偉大な文明人」に至るまで、何百遍とですね、小さな暴君たちは、結社と革命と闘争との歴史を繰り返すわけです。そうして誰もが、成長するのであるということでして、最近しばしば見受けられます、子育ての疲れから子供に酷く当たるようなことは、厳に慎まねばならないのであります。つまりは寛容をもってして、次代の担い手を見守っていこうということを、申し上げたいのです。
 第二に、教育のあり方についてです。教育は、「小さな野蛮人」を「偉大な文明人」へと育て上げることを目的としています。つまり、野蛮な状態から理性的な状態へと高めることが目的なのであります。それは、気まぐれの領域から自由の領域へと高めることと言い換えられようと思います。あくまで、自由意志の下において、法律に屈するのであります。これが、軍隊的な、強制的な屈服による秩序の維持であってはならないのであります。お分かりいただけますでしょうか? つまり、「してはいけない」という言葉や、「ルールはルール」といった言葉による屈服、親や大人の権力による屈服で、「小さな野蛮人」を、「哀れな奴隷」であるとか、「権力による宦官」にしてはならないのです。つまり、「小さな野蛮人」の良心を呼び覚まし、正義の本能を満足させながら、愛情を手に入れさせるということが大事になるのであります。そのために、どういう教育をしたら良いのかを、一緒に考えていこうではありませんか。私も、日々苦労しながら、教育の実践を行っております。ね? マエリベリー』

 私は父が、どのような思いで私を育ててくれたのか。その思いの深さを知って、感動した。また、大聖堂で立派に、しかしユーモアを持って人々に語りかける父の姿を見て、私は心から尊敬した。それから、もっと女の子らしくならないとダメだって、思うようになったのだった。

 食事を終えた私は、部屋を出て、妹紅さんの邪魔にならないように、そっと授業風景を覗き見る。子供たちはワイワイと騒ぎ、あれこれと先生に話しかける。右に左に語りかけられる妹紅さんは、苦笑しながら子供たちをあやしている。
 おそらくこの光景が、外の世界の学校で見られたならば、人々は学級崩壊とでも言うのではないだろうか。なんということもない当たり前の風景として、子供たちの頭を撫でてやり、ときには軽く抱きしめてあげるあの女性の姿を、教師としてではなく、お友達として子供と付き合ってしまっているとでも、批難するのではないだろうか。だが、彼女の姿勢は、本当にそうした批難を受けるべきものなのだろうか。ただ、身近にいる、親兄弟以外の尊敬と親しみとを持つべき一人の大人として、個人として、彼女は当然の振る舞いをしているのではないだろうか。そうして私は、ああいう姿勢で、子供たちや同級生と付き合いたいと思っていたのではないだろうか。またこの姿勢こそが、父の私に見せてくれた教育のあり方だったのではないだろうか。
 
 そこまで思い至ったとき、それが、何時の間にか許されなくなってしまったのが、私の中学・高校時代だったのであることを理解した。そうして私の願いというのは、その私のあり方が認められることであるという、素朴な領域を出なかったのである。そうして、そのあり方を認めてくれたのが、蓮子だったのである。だから蓮子は、私にとっての、陽だまりに吹く風であったのだ。そういう温かい風のような人との出会いと交流とに、私の夢があったのである。そうしてその夢が崩れてしまって、私はずっと憂鬱だったのだ。
 だがその憂鬱は今晴れた。
 私は私の夢を思い出した。
 その夢と同じ薫りの風が吹く場所を見つけたのだ。
 そこには、私の理想とする、尊敬できる人がいた。

 私は意識せず教室に向かい中へと入った。

「妹紅さん!!」
「おや、マリー。どうしたのかしら?」
「妹紅さん。私は、子供たちに勉強を教えていたことがあります」
「うん。知っているよ」
「私は、子供たちに勉強を教えてあげることができるだけの、能力もあります」
「うん。とてもよく、チルノやこいしに勉強を教えてあげてくれたわ。私は確かにそれを見させてもらいました」
「妹紅さん……私も、みんなに勉強を教えてあげたいです」
「あぁ、それは本当に助かるわ。この通り、みんな聞かん坊でね」

 突然の来訪者に、子供たちはビックリして、目をパチクリさせている。慣れた場所、慣れた人となら、我がまま放題なくせに、ちょっと知らない場所に来たり、知らない人がいるととたんに縮こまってしまう……外の世界も幻想の世界も、子供は何も変わらないらしい。

「みんな、はじめまして。私は、マエリベリー・ハーンっていいます。メリーって呼んでください。二日前、この不思議な世界に入って来ちゃって、驚いています。今も、夢を見ているんじゃないかって、何だか不思議な気分です」
「お姉さん、外来人なの?」
「そう!! お姉さんみたいな人って、外来人って言うんだってね。みんなは、今まで、外来人の人、見たことあるかな?」

 そういうと、「あるよ!!」とか、「家のお店にね、来たよ。」とか、「見たことない。」とか、いろいろな反応をしてくれる。私の自己紹介からはじまり、子供たちに自己紹介をしてもらい、外の世界のこと、幻想郷のことを訊ね合う。妹紅さんは、子供たちと一緒になって、あれこれと質問をして、すっかり私を取り巻く生徒の一人になってしまった。

 お昼になって、一度子供たちが帰る時間になった。それでも、子供たちは、もっとお話がしたいと帰ろうとしない。それを無理に帰そうとすることの、なんとも心苦しく、また嬉しいことだろうか。こんなに、私のことを、この子達は興味と関心とで見てくれる。そうして、この私のあり方を、妹紅さんは認めてくれている。

 あぁ、帰ろう。一度、必ず外の世界に帰って、このメルヘンが、果たして外の世界にあり得るのかどうかを明らかにしよう。そうして、戻ってこよう。このメルヘンに生きることが、本当に私の願いそのものであるのかどうかを確かめるために。それから、答えを出そう。そのためにも、蓮子に相談しよう。蓮子の相談にも、乗ってあげよう。私たちはやはり、私たちに課せられた、明白な運命を明らめ、丘の上の教会へと至らねばならないのだから。
 そう決意して、私は幻想郷を去ったのであった。
ノベルゲームって、やったことありますか?
私は昔、大変好きでよくやってました。
ノベルゲームって、土壇場からはじまるんですよね。
徐々に物語が進むに連れて、どういうお話なのかが説明されていく。
これって、どういう物語なのかなぁってのが、プレイヤーにとっては興味のあるところでして。
ところが、こういう創作論は、ノベルゲームの創作論であって、小説の創作論ではないのです。
ですが、ノベルゲームをやったことのある自分としては、この形式も悪くないと思うのです。
だから、適度なレベルで、文学的な創作作法と、ノベルゲーム的な創作作法とを、融合できないかなぁっと思って、挑戦して見ました。
しかし秘封の二人は、詳細な設定がないという点では二次創作がしやすいし便利なのですが、一方で「誰コレ??」になりやすい……案外、難しいキャラクターなんだと思わされました。
直江正義
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コメント



0.790簡易評価
4.100もんてまん削除
幻想郷に来たにも関わらず、メリーはその事実を他人事のように平然と受け止めていました(自分がそう見えただけかもしれませんが)。そんな彼女が人間に見えなかったからでしょうか。幻想郷にいる間の彼女はつまらなくて、読むのが辛かった。
けれど、何故でしょう。メリーの過去のお話などはとても読むのが楽しかった。それに冒頭部分でとてつもなく惹かれるものを感じました。
それと、お父さんの演説が良い。本当に和訳したような文章で、まるで直に外国の方の演説を聞いているような気分になれました。
長文申し訳ありません。気付いたらこんなに書いてました。未だ書きたい事はあるのですが、これ以上書くのもあれですし、これで。
面白かったです。次も期待しています。

あ、次は入浴シーンも期待してま(ry
5.60名前が無い程度の能力削除
(笑) がなければよかった
6.100名前が無い程度の能力削除
確かに、いわゆる小説とは多少ずれたように感じる書き方の部分もあって、若干戸惑いつつ読み進めましたが、面白かったです。
8.無評価直江正義削除
>もんてまん様

一つには、物語の形式として、できるかぎりスラスラっと読めるように苦心したからというのがあげられると思います。
文体も心象への踏み込みも、あんまり深くはしないところに、自分なりの挑戦がありました。
ただ、もっと大事なことは、メリーにとって、人生のウェイトはどこにあるかということだと思います。
この物語は、「今の彼女」視点で語られています。
しかし物語全体は、「彼女の人生全て」を内包しています。
「彼女の人生全て」の中において、重きをなすところを引っ張ってきて、広げるというのが今回の形式なのです。
時間としては、「今の彼女」なのだから、どうしても今起こっていることを私は語らないといけなかったわけですが、彼女にとって重要なのは、「今の彼女」ではないんですよね。だから、過去のお話のほうが詰まっていますし、詳細です。
お父さんの演説も含めて、現実世界の話は、どれも実際のお話を、継ぎ接ぎにして構築したというところも大きいのでしょう。
お父さんの演説は、『アミエルの日記』の、1865年8月8日を参考にしています。
このあたり、いい感じにメリハリをつけられたのかなぁっと思います。

>コメント5番様

NPOの活動なんかに関わることが多くて、彼らの会報なんかをよく読むのですが、講演の様子を書くとき、(一同笑い)とか、そんなんけっこうつけるんですよね。私自身も、変だなとは思うのですが、妙なリアルさがそこにあるのかなぁっと思ってつけました。けどこれ、やっぱりないほうが良いですよね。たぶん、主婦たちやお年寄りはあったほうがよいと思うのでしょうが、若い衆から見るとダサいですよね。訂正しておきます。

>コメント6番様

戸惑いが、若干ですんでよかったです。
どのくらいの方が、若干の戸惑いですむのか……ちょっと楽しみなところではありますね。
12.100名前が無い程度の能力削除
こいしちゃんがやたら可愛かったのと、こいしちゃんの幻想郷民に対する考え及びペット考に成程、素敵と思わされたので100点を。
面白かったです。
14.無評価名前が無い程度の能力削除
秘封倶楽部の活動あっさり終わり過ぎな点に違和感が・・・
あと幻想郷に城?などなどオリ設定が多いような気がしましたなぁ
16.70名前が無い程度の能力削除
最初の方で読むのがつらかったのと、終わりがあっさりで少し残念
17.100名前が無い程度の能力削除
きらいじゃないわ
19.100名前が無い程度の能力削除
面白かった。何がどこがって言われたら全てが。
大きな奴隷について考えさせられました
21.100名前が無い程度の能力削除
素敵
24.80名前が無い程度の能力削除
終わりが納得いかない気がします。
というのも、このメリーなら、幻想郷に残ってしまうのではないかと思ったので。

メリーが、望んでやまないものは、「穏やかで楽しい毎日」だと繰り返し述べられています。

それは現実の外の世界においては、「秘封倶楽部」という形で存在しましたが、もろくも崩れ去ってしまいました。
で、メルヘンたる幻想郷においては、「妹紅の私塾」という形で存在します。それは、メリーが手にしているものではないものの、手を伸ばせばすぐに手に入るものとして、表現されています。

どうして、メリーは、すぐ手に入る「穏やかで楽しい毎日」を捨てて、辛い現実世界へと帰らねばならないのでしょうか。
どうも、その辺りの理由が不分明であった気がします。
25.100愚迂多良童子削除
良いカタルシスだなあ。
幻想郷ってのは、こんな風に楽園であってほしいもんだ。
この後メリーは教職に就くのだろうか。