Coolier - 新生・東方創想話

ちゆりなパラレル world 2

2016/05/15 00:31:57
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前作はちゆりなパラレル world 1です。

 姉さんとの通信が途絶え、消息不明になってはや四年が経過した。ついに私が出撃する時がやってきた。宙間用大型戦艦“ドライアッド”の格納庫にて調整が行われている私の機体、SMD-31-FX1“月喰”は、三号型SMD機で、今現在の戦闘兵器型端末SMDシリーズの中では最新式だ。
 ケイオス3で製造されている量産機、SMD-31には姉さんの複製なのであろう、C22-B型が搭乗しているが、私、C23だけは次元渡航装置が搭載されたFX1に搭乗することになっている。
 月喰にとって、私は生体ユニット、すなわち月喰を構成する部品の一つに過ぎない。だから、本来であれば私たちバイオロイドに意思など必要ない。でも、何故か私には明確な意思があった。他次元空間における存在の確立に自我が深く関わっているのではないかと分析したが、実際のところはよくわからない。
 少なくとも、私に芽生えているこの意思は、私の製造過程で生じた偶然の産物ではない。M.R.S.に限ってそんなことはあり得ない。何らかの意図があって生まれたものだ。本当に、彼ら(そう呼称するのが正しいか否かはわからない)の考えていることは私にはさっぱりだ。彼らは今まで何をし、これから何をするつもりなのだろうか。
「昔は人間の役に立つことをしていたなんて、あいつは言ってたけれど」
 私はM.R.S.内での教育係が言っていた言葉を思い出し、誰に向かってでもなくひとりごちた。人間の役に立つ? これだけ人類を追いつめておいて? M.R.S.の行動には疑問点が多い。とまれ……それを解明するのは私の役目ではない。私はただ、私が為すべきことを為すだけ。
 最終調整が終了し、私は月喰に乗り込み、エンジンを点火した。コックピットには雑多な機器や操縦桿などといったものはなく、シンプルな計器がいくつか淡い光を放つのみであった。コックピットの肘掛けから母指球の上皮にある入出力器官によって、私は月喰と繋がり、一つになり操縦を行う。戦闘特化型のAIが搭載されているとはいえ、状況の判断や分析は手動で行う必要があるのだ。
 今回の任務は次元跳躍によるデータ収集。M.R.S.というのはどうやら相当な知識欲の権化でもあるらしい。静かに息を吸い、吐く。何があっても生き延びること。それが私に課せられた使命。
 月喰が格納庫から射出用のカタパルトまで運ばれ、固定される。カタパルトによる射出後、次元渡航装置による第一次次元跳躍を実行、予定されている別世界へ渡航する。大丈夫だ、行程はすべて頭の中に入っているし、月喰にもインプットされている。
『ステージオールグリーン。SMD-31-FX1“月喰”カタパルトにセット完了。生体ユニットC23の心拍正常、神経接続による月喰とのシンクロ率は98パーセントを維持。生体ユニットC23の判断により、順次出撃可能となります』
 機械じみた音声がコックピットに響きわたる。ドライアッドの制御AIだ。
「あー、C23了解しました。SMD-31-FX1“月喰”出撃します」
 ブースト全開。同時に、カタパルトが作動、強烈なGに背中をコックピットのシートに押しつけられる。
「うぐっ……!」
 月喰が射出され、殆ど一瞬にしてドライアッドが小さな点になった。私はふぅと息を吐き、少しずり下がった眼鏡をくいと上げた。
「……月喰、無事にドライアッドを離陸。これより第二シークエンスに移行、次元渡航装置を使用した次元跳躍を実行します」
 周囲には障害物も敵影もない。私は深呼吸をし、それから次元渡航装置とセルフ=アブソリュートドライバーを起動。次元跳躍を実行した。ずしんと、全身……いや、月喰の機体に負荷がかかる。機体が次元と次元の狭間に突入し、機体を襲う衝撃で空中分解しそうなほどに揺れる。
 やがてそれが収まると、私は枯れ果てた渓谷にいた。植物はなく、荒れ果てた大地がどこまでも広がっていて、目に付く植物はサボテンのみである。私はブーストを緩め、機体の速度を落とした。どうやら、無事に他次元空間へと到達したようだ。自己の存在も確立している。セルフ=アブソリュートドライバーはしっかりと機能したようだ。
「System Check……#064までの起動を確認。第一次次元跳躍完了。予定ポイントに到達」
 M.R.S.が私に何をさせたいのかはわからない。けれども、私はある目標を立てることにした。姉さんが消息を絶った原因。姉さんが一体何を求めていて、何に辿り着いたのか。それが知りたい。それを目標に、私は生きていくことに決めた。もしかしたら、こうして自分で目標を定めるために、私には意思があるのかもしれないと、そう思った。
 と、センサーに異常を感知する。高エネルギー反応。謎の超巨大エネルギーを生成する動力機関の存在を確認。ふっと、周囲が暗くなった。コックピットからキャノピー越しに見上げると、上空を巨大な何かが飛行していて、影を作っている。逆光でよく見えないが、あれは恐らく戦闘兵器だ。あれが、姉さんが迫っていたものだろうか。それにしたって、なんだってあんな巨大な物が空を飛べるのだろうか。
「……SMD-31-FX1“月喰”目標を補足、これより追撃に入ります」
 私は、その巨大な機影を追った。



「植物が全然無いぜ、この世界」
 ホログラムモニターに映し出された映像を眺めながら、ちゆりは呟いた。どこまでも続く荒れ果てた広野に、乾燥した灰色のコンクリートジャングルが遠くに見える。まるで核戦争でも起こった後みたいだなと、ちゆりは思った。夢美もモニターに目を向ける。
「所々に生えているのはサボテンかしら……なんだか寂しい場所に来てしまったわね。ま、やることはかわらないわ。どこか適当に着陸させて、魔力の存在を観測してきなさい、ちゆり」
「はー? また私一人にやらせる気かよ。今度は夢美様がやってくればいいじゃん。私は前の世界で散々な目に遭ったんだぜ?」
 ぶーぶーと頬を膨らませながらぼやくちゆりの頭に、ごつんと拳骨を落とす夢美。パッと星が散り、ちゆりは目を白黒させた。
「きゃんっ!?」
「ちゆりのくせになに生意気なこと言ってるのよ! いいからさっさと行ってくる!」
「おっ、横暴だぜ! ちゆりに優しい世界を要求する!」
「ごめんなさい、それ来月からなのよ」
 可能性空間移動船が着陸するのと同時に、ちゆりは夢美にぽいっと外に放り出された。外でしくしく泣いていると、船のハッチが開いて中からる~ことが出てきた。る~ことは手にデッキブラシを持って、どこか嬉しそうに笑っていた。が、ちゆりの姿を確認すると心配そうに首を傾げた。顔は相変わらず嬉しそうであるが。
「ご主人さまぁー、泣いてるんですかぁ?」
「ん? いやいや、泣いてないぜ? それより、どうしたんだる~こと。お前が船の外に出るなんて珍しいじゃないか」
「そんな人を引きこもりみたいに言わないでくださいよぉー。あのですね、ご主人さまに言われまして、ご主人さまと一緒に魔法を探してこい、ですって」
 首を傾げるちゆり。ちゆりのことも夢美のこともおしなべてご主人さまと呼称するる~ことは、いささか陽電子頭脳を無駄遣いしているきらいがある。紛らわしいことこの上ない。
「なぁ、その私と夢美様の両方をご主人様って呼ぶの、やめないか? ややこしくて仕方ないぜ」
「えぇー? でも、ご主人さまもご主人さまも、ご主人さまですよ?」
 そう言って小首を傾げるる~ことに、ちゆりはうんざりした風にため息をついた。る~ことは少し悲しそうな笑顔を浮かべる。
「申し訳ありません、ご主人さま。呆れてしまわれたでしょうか?」
 しゅんと意気消沈するる~ことに、再びため息をつくちゆり。それから、る~ことの頭をぽんぽんと撫でた。
「……私のことは名前で呼んでくれて構わないぜ。ご主人様の命令だ。従うだろ?」
「……っ、はいっ! ちゆり!」
「おい、せめてちゆりさんだろ。お前の陽電子頭脳どうなってんだ。隙間にカマンベールチーズでも詰めてんじゃないか?」
「えへへへ、うえへへへ」
 嬉しそうに笑うる~こと。その笑顔を見て、まあいいか、とちゆりは納得した。結局、呼称はちゆり様で落ち着くこととなった。
「んで、なんだ。一緒に魔法探しについてくるのか」
「はいっ! 不肖このる~こと、家事掃除と失せ物探しだけは自信がありますっ!」
「これからするのは家事でも掃除でも失せ物探しでもないんだけどな。それにお前家事も掃除も苦手だし、失せ物探しより失せ物作りの方が得意だろ。まあ、猫の手も借りたいところだったし、精々役に立ってもらうぜ」
 手を丸めて、にゃーんと猫のポーズをするる~ことを無視して、ちゆりは歩き出した。る~ことは少し悲しそうににゃーんと鳴いた。
 とはいっても、見渡す限り水気のない荒野が視界いっぱいに広がっており、魔法の魔の字も気配がないので、今回もなかなかに難航を極めそうである。



 次元渡航装置に不具合が生じたらしく、意図しない次元跳躍が複数回発生した。巨大な機械の中のような場所や、古ぼけた鳥居がそびえる山奥に転移しては、自立型自動迎撃システムや幽霊をデフォルメしたような謎の存在、白い少女と黒い少女の二人組に襲われたりしながら、再び乾いた大地の渓谷に戻ってきた。
Main/System/SMD>System All Green.
Main/System/SMD>SAD...Starting.
Main/System/SMD>第四次 次元跳躍..
 再び上空に、あの巨大な戦闘機が出現する。いや……私が追いついたのか。と、戦闘機がぐんとこちらに接近してきた。かと思うと、音声通信が受信され、厳つい男の声がコックピット内に響いた。
「ようやく来たか。出撃命令が出たってんで期待して来てみれば、また嬢ちゃんかよ」
 どこか残念そうな声色でぼやく男に、少しむっとする。恐らく、この声の持ち主が、あの戦闘機のパイロットだろう。出撃命令……つまりアレは私の敵なのか?
 巨大戦闘機が発するシグナルを読みとる。……違う。第一次次元跳躍の際に観測した高エネルギー反応は、これではない。だが、非常に似ている。そう、そういうことね。こいつは前座に過ぎない。この先に、もっと巨大な存在がある。
「まぁいい。俺の名前はゲイツだ。さあ、かかってこい。おまえの実力、見せてもらうぜ」
 一人で勝手に話を進める男。だが、こちらとしてもこの男を倒すつもりであったので、都合がいい。先にいる存在に接触する為にも、こいつは排除しなければ。
「……SMD-31-FX1“月喰”前方に障害を確認。これより排除に移ります」
「期待してるぞ」
 楽しそうだ。もしかしなくても戦闘狂だな。私はそのどでかい図体にめがけ、パーティクルキャノンを発射した。巨大戦闘機はその体躯からは想像もできないほど俊敏な動きでそれをよけると、光弾やレーザーキャノンを織り交ぜた砲撃を放った。
 月喰は私と神経接続されており、私の意のままに寸分の狂いも見せずに機動する。チリチリと弾が機体を掠める。時にはこちらを狙って、時にはわざとこちらを外すように、時にはその両方を同時に放ってくる弾幕を、ミリ単位の正確な動きで避けていく。
「くっ! とんでもねぇ動きをしやがるな、嬢ちゃん! だがこれならどうだ!」
 ミサイルハッチが開き、数十発の小型ミサイルが尾を引きながらこちらへと向かってくる。物量責めだ。どうやらなりふり構っている余裕もないらしい。私はディメンションアブソリュートバリアシールドを展開、迫り来るミサイルの雨の中を突き抜けた。ミサイルはそのまま地面に衝突し、爆炎が広がった。
「あああああっ!? シールド張るとか聞いてねぇぞ!」
「暑苦しい人ですね。いちいちギャーギャー騒ぎ立てなきゃ生きていけないタイプの人類ですか?」
「くそっ、一度ならず二度までも小娘如きに! こうなりゃ全力だ!」
 ゲイツが怒鳴り、センサーに高エネルギー反応警告が表示された。ちょっとやばいやつ撃つんじゃないだろうなと警戒していると、巨大戦闘機の前面に赤いエネルギー光球が出現した。その大きさたるや、ただでさえ巨大な戦闘機のさらに数倍。視界いっぱいが光球に支配される。
「どうだ! 俺の全力の攻撃を受けて見ろ!」
「……とんだ火力馬鹿ですね。ですが!」
 ディメンションアブソリュートバリアシールドを展開し、光弾の中に突っ込んでいく。次元間絶対障壁を用いたこのシールドは、使用時間の制限と再使用までの充填時間がネックではあるものの、効率よく使用すれば一切の被弾を受けずに戦火の中をくぐり抜けられる。
 巨大な高エネルギー光球の中を突き抜けると、眼前にはゲイツの巨大戦闘機があった。相手の驚愕の顔を想像し、思わず口元がにやけてしまう。
「そんな……馬鹿な……!」
「とどめです」
 パーティクルキャノンを発射。まともに被弾を食らった巨大戦闘機は、黒い煙を吐き出しながら高度を下げ、地面に墜落、爆発炎上した。その少し前にコックピットから射出されるゲイツの姿が見えたので、恐らく死んではいないだろう。
「まったく、ゲイツってのにろくなのいないわね……」



 る~ことと一緒に荒野をあてもなくさまよっているちゆりの上空に、耳をつんざくような轟音と共に二機の戦闘機が出現した。一機はどうやったらこんなものが空を飛べるんだというくらいに巨大な戦闘機で、もう一機は小さいながらも協力な装備を搭載した戦闘機であった。小さい方の戦闘機は、前の世界で赤髪のメイドと空中戦を披露していた、別世界の戦闘機と同じであった。
 二機の戦闘機は互いに砲撃を撃ち合いながら上空を舞っており、その弾幕はまるで花火のように美しいものである。が、その幾つかが地面に着弾しているので、おちおち弾幕鑑賞もできなかった。
「美に酔いしれるのはかまわんが、ありゃまずいな。る~こと! 急いで船に戻るぞ! あんなバケモンみたいなのが跋扈してる世界はろくなもんじゃないぜ! それにアレを見る限り、この世界に魔法はなさそうだ!」
「かしこまりました、ちゆり様! 全速力で逃げましょう!」
 そう言って走り出したちゆりとる~こと。しかし、る~ことの走りはちゆりのそれと比べても格段に遅く、またすぐに息を切らして地面にへたりこんでしまった。ぜーはーと苦しそうにしながら、今にも泣き出しそうな表情をするる~ことに、ちゆりはため息をつく。
「お前、なんでそういうしょーもないところだけリアルかつロースペックなんだよ!」
「か、家事掃除ロボだからでしょうか……?」
「家事掃除は体力勝負だぜ!」
 バシュッバシュッとなにかが射出される音に、ちゆりは上空に目を向け、ぎょっとした。巨大戦闘機のミサイルハッチが全て開き、無数の小型ミサイルが次々と小さい戦闘機に向けて放たれた。しかし、小型戦闘機がその機体を球状のシールドで覆うと、ミサイルはすべて小型戦闘機をすり抜け、そのままちゆり達へと向かって落ちてきた。
「やばいやばいやばい! おいる~こと! どうにかしろ!」
「どっ、どうにかしろったってどうにもできないですよぉー!」
「バリアだ! バリア張れ!」
「えーっとえっと……えっ、えいっ! バリアッ!」
 二人を包み込むように、球状のバリアが出現した。ディメンションアブソリュートバリアシールドに用いられている次元間絶対障壁。る~ことが発したバリアはまさにそれであった。
「で、できちゃいました……さっきの戦闘機のシールドを見て、もしかしたらと思ったのですが、私って天才かもしれません!」
 一段と嬉しそうなる~ことに対し、ちゆりは頭を抱えてうずくまっていた。すべてのミサイルがシールドと接触すると同時に爆発し、地面を大きくえぐる。バリアに守られている二人には、地面の振動一つ伝わることはなかった。が、怖いものはやはり怖いのだ。もう絶対にミサイルの雨の中なんて体験したくないと、ちゆりは強く思った。
 やがて、すべてのミサイルが墜落し終えると、地面の様相は大きく様変わりしていた。地面にぺたんと座り込んでいるちゆりは、ぎぎぎと錆びた機械のような動きでる~ことに目を向けた。
「……なぁ、私、生きてるか……?」
「そうですねぇ……見た感じ、死んではなさそうですよぉ?」
「ほっぺ、つねってくれ……」
「はぁ……それじゃあ、ぎうー」
 る~ことがちゆりの頬をつねり、ひっぱる。アンドロイドの力で加減無しに引っ張ったため、ちゆりの頬はみょんと伸びた。
「いだだだだだだっ!! おまっ、る~ことっ! つねるだけでいいんだよ引っ張るな! 手加減しろよ、ほっぺた取れるかと思ったぜ!」
「いったぁーい……だからって殴らなくたっていいじゃないですかぁー!」
「はぁ、はぁ、どうなってんだよお前のロボット三原則は……取りあえず、お互い夢ではなさそうだな」
 ひりひりと痛む頬をさすりながら、ちゆりは立ち上がった。る~ことも殴られた頭をおさえながら立ち上がる。ちゆりたちの周囲はクレーターだらけになっており、あちこちが焼け焦げて黒くなっていた。燃えた火薬の焦げた臭いが周囲に漂っており、思わずむせる。
「げほっげほっ、とんでもねえことしやがるな、あいつら」
「ち、ちゆりさまぁー……なんだかもっととんでもないことになってますぅ……」
「あー? またミサイルかなんかが……」
 上空を見上げたちゆりの表情が固まる。巨大戦闘機が黒い煙を吐き出しながらちゆり達の方へと落ちてきていた。
「おいおい馬鹿馬鹿馬鹿! なんでわざわざこっちに落っこちてくるんだ! る~こと! バリアッバリア張れっ!」
「バッ、バリアバリアバリアーッ! ……ふえぇーん、なんで出ないんですかぁー!」
 る~ことが次元間障壁を使用するに当たって、実質超弦理論と同一である統一原理が用いられた彼女の体内の機関と、次元浮遊物質blankが偶然にも作用する形となった。その際、体内の機関に一時的に大きな負荷がかかりオーバーヒート状態となったため、二度目の次元間障壁は発動しなかったのである。
「もういいからさっさと逃げるぞっ!」
 る~ことの手を取り走り出し、二人してクレーターに足を取られて転倒する。そのすぐ上を巨大戦闘機が掠め、そのまま地面をえぐるようにして墜落。数十メートル先で爆発炎上した。爆風と衝撃波が襲い、二人は地面を転がった。ふっと意識を失い、ちゆりは闇の中に沈んだ。
 体を揺さぶられて、ちゆりは意識を取り戻した。目を開けると、今にも泣き出しそうなる~ことの顔がすぐそばにあった。
「あっ、ちゆりさまぁー! よかった……よかったですぅー!」
「ぐえっ! ちょ、る~こと! 苦しい苦しい!」
 首に抱きついてくるる~ことを引き剥がし、喉をさするちゆり。る~ことは気が緩んだからか、ぼろぼろと涙を流していた。アンドロイドなのに。
「もう死んじゃったかと思いましたよぉー!」
「いやはや、案外死ねないもんだな、人間ってのも」
 ちゆりが目を向けた先には、真っ赤な炎とどす黒い煙をもうもうとてんんまで吐き出している、巨大な戦闘機であった。もう少し手前に落ちていれば、確実に死んでいただろうと思うと、ぞっとする思いであった。
 ちゆりは上空を見上げた。小さい方の戦闘機はどこかへと飛び去ってしまったらしく、見あたらなかった。その代わり、パラシュートで降下してくる人物が一人、こちらへと向かってきているのが見えた。
「あれ、この戦闘機のパイロットか?」
「ですかねぇ……」
 二人が見守る中、その人物はすぐ近くに降り立ち、パラシュートを取り外した。四十代半ばと思われる、筋骨隆々の大男で、右目に眼帯をしており、いかにも軍人ですといった趣の出で立ちであり、その実職業は軍人であった。男は炎上する巨大戦闘機を眺め、はぁと息を吐いた。
「ったく、参っちまうな。俺の自慢の愛機がパーだ。まあ、命あっての物種と考えりゃ、生きてるだけ儲けもんか……ん?」
 人の気配に振り返る男。ちゆり達と目が合った。
「……なっ! 民間人だと!? こんなところに!? おっ、おい! お前たち大丈夫かっ!」
「ひええええっ!」
「ひええええっ!」
 突然怖い顔をしてこちらへと駆け寄ってくる男に、叫び声をあげる二人。ちゆりは咄嗟に科学魔法の小型拳銃を取り出し、男に銃口を向けた。
「撃つと動く! ……もとい、動くと撃つぜ!」
 銃を向けられ、男は咄嗟に腰の拳銃に手を伸ばした。が、自分が怖がられているのだと気付き、怖がらせないようにと両手を上に挙げながらにっこり満面の笑みを浮かべた。が、あまり効果はない。むしろ怖さが倍増しているまである。
「まっ、待て! 大丈夫だ! 怖くないぞ! 俺は国家防衛軍の隊長、ゲイツだ! 好きな色はピンク、嫌いな動物は犬だ。な? 怖くないだろう?」
 口角を指で上げて笑うゲイツ。正直とても怖いが、敵対する意思はなく、むしろ自分たちの心配をしてくれているのだと理解したちゆりは、銃を下ろした。もっとも、彼のせいで二人が二度も死にかけたのは間違いないのであるが。
「わ、私は北白河ちゆりだぜ……」
「る~ことですぅ……」
「ちゆりちゃんにるーことちゃんな。取りあえず、今からここにおじさんの仲間が助けに来るだろうから、一緒に町へ行こう。こんなところに君たちだけでいるのは危険だ。いつなにに襲われるかわからないからな」
「えっと、あの……」
「いやいや、心配するな。君たちのような孤児を保護するのも、我々国家防衛軍の役目だからな。ぬわっはっはっは!」
 どうやら家無き孤児と勘違いされているようだと、ちゆりとる~ことは目を合わせた。どこの世界にセーラー服とメイド服の孤児がいるんだという話であるが、ゲイツは見ての通り脳まで筋肉でできた根っからの軍人であり、言ってしまえば馬鹿であった。そして、見た目だけはおっかないので、ちゆりたちは大人しく従うことにした。
「る~こと。夢美様に連絡取れるか?」
「はっ、はいぃ、とれますぅ」
「そしたら伝えてくれ。戦闘機同士のドッグファイトの巻き添えを食らって、おまけにこの世界の軍人に孤児と間違われて町に連れて行かれることになった。逃げられそうにもないし、帰りは遅くなりそうだ」
「りょーかいですー」
 ちゆりとる~ことは小声で遣り取りし、早速る~ことに搭載されている通信端末で可能性空間移動船へと連絡が送られた。数分後、夕飯までには帰ってらっしゃいと返信が来て、二人はがっくりと肩を落とした。
 そんな二人の様子を見て、不安な気持ちでいっぱいになって泣きそうなのではないかと解釈したゲイツは、ポケットの中に常備してあるあめ玉を取り出し、二人へと差し出した。あめ玉を口に転がして、少し心が落ち着いたのかふっと微笑みを浮かべる二人の少女を見て、ゲイツはうんうんと頷くのであった。
 数十分後、三人の元へ大型のVTOLジェット機が垂直に下りてきた。ゲイツの戦闘機も大きかったが、このジェット機もなかなかの大きさで、その迫力に二人は目を見開いた。もしかしたらゲイツが隊長を務める軍は大艦巨砲主義なのかもしれないと、ちゆりは思った。
 後部の貨物ハッチが開くと、中からゲイツと同じ軍服を着た男女が数十人出てきて、綺麗な整列でゲイツに敬礼をした。ゲイツも彼らに敬礼を返す。ゲイツが休め、と号令を出すと、隊員達は手を背中で組み、足を肩幅まで開いた。
「よしお前ら! 一班から三班は墜落した機体の消火と、いないとは思うが念のために民間人の立ち入り制限を行え! 四班はこの子達を保護、怪我の手当てをしてやれ! 以上だ!」
 ゲイツの指示で隊員達は散り散りになり、炎上している機体にVTOLジェット機から伸びたホースで消火剤をかけたり、ジェット機に積んであった重機を使って瓦礫の撤去を始めた。第四班の隊員はちゆり達を連れて、ジェット機の中の医務室へと向かった。
 ジェット機は機内も広々としており、まるで飛行機の中であると感じさせなかった。こんな巨大な物体を飛ばすなんて、相当なエネルギーが必要だ。恐らく核融合炉が使用されているのだろうと、ちゆりは睨んでいた。
 ちゆり達を案内する四班は女性のみで構成された班で、主に民間人の保護や怪我の手当を行っているのだと、隊員の一人が説明してくれた。男性軍人の筆頭であるゲイツがあれだもんなぁ、とちゆりは納得した。あんなのに保護されてもおっかないだけである。
「顔はおっかないですが、あれでも優しい人なんですよ。まあ、戦いのこととなるとちょっと周りが見えなくなるのが玉に瑕ですけれど」
 ちゆりの横を歩く女性隊員が、苦笑しながら言った。
 やがて医務室に到着すると、先ほど話しかけてきた女性隊員がちゆりの怪我の手当を行った。怪我といっても、不幸中の幸いでかすり傷程度のものしかなかった。最悪死んでいた可能性もあると考えると、なんとも幸運であった。
「それで、二人はなんだってこんな場所にいたの? ここは居住地区からも離れているから、いつ無法者に襲われるかわからないことくらい、知ってるはずでしょう?」
 女性隊員はゲイツから、二人は孤児であると説明を受けていたが、セーラー服とメイド服の二人が孤児であるようにはどうしても思えず、またいつもの隊長の早とちりだろうと考えていた。よかった、この人はまともだと、ちゆりは胸をなで下ろす。そして、世界間渡航許可証を取り出し、女性隊員に見せた。
「ご覧の通り、別世界からの旅行者だぜ。えーっと、こっちの世界では何コトヒメなんだ?」
 ちゆりの怪我の手当をしていた、真川琴姫と同じ顔をした女性隊員は、驚いた表情をしてみせた。
「……あなた、別の世界から来たの?」
「ああ、ちょっと前にドーワスロク線世界からな。あそこのお前は真川琴姫っつー名前だったぜ、確か」
「……そうか、あの戦闘機とほとんど同時に次元跳躍してきたのね。空間の歪みは一つじゃなかったって訳か」
「おーい、なに一人でぶつぶつ喋ってるんだ?」
「はっ、そうだった! ごめんなさい。私の名前はコトヒメ・シュトレーメルよ。お察しの通り、このウェステン線世界の平行警察。みんなはもちろん知らないけれどね。それじゃあ、ちょっと調べさせてもらうわね」
 そう言って、コトヒメはオレンジ色のペンライトを渡航許可証に当てた。幾何学的な記号がホログラムに浮かび上がる。
「……うん、本物ね。はい、これ返すわ」
「おう、こっちのコトヒメは軽いな」
「軍人やってたって、実際はこんなもんよ。渡航目的は?」
「魔法を探すためだ。とはいっても、私たちが乗ってる船は行き先指定ができないから、ここに来たのはたまたまだな」
「なら失敗ね。この世界は科学と機械の世界よ。魔法なんてものはただの夢物語だわ」
 薄々感づいていたので、ちゆりは特段落ち込むこともなかった。それがわかればさっさと船に戻って、別の世界に飛ぼう。
「それじゃあ、私はそろそろ戻るぜ。あの隊長さんにはあんたから言っておいてくれよ。あの二人は孤児じゃなかった。もう家に帰ったってさ」
「えっと、それは構わないけれど……」
 コトヒメはちゆりから目を逸らし、ばつが悪そうな顔をした。
「このジェット機、もう飛んでるわよ」
「はぁっ!?」
 ちゆりは医務室の窓に張り付き、目を見張った。ジェット機はいつの間にか空を飛んでいた。揺れも音もないので、まったく気付かなかったのだ。
「墜落した機体の消火は? 瓦礫の撤去は?」
「消火ならもう終わったし、瓦礫もひとまとめにしてあるわよ。さすがにこれで持って帰れないから、後から地上部隊がまとめておいた瓦礫を回収するのだけれど」
「仕事早すぎだろ! どんだけ優秀なんだよお前ら!」
 お褒めに与り光栄だわ、と微笑むコトヒメに対し、ちゆりは頭を抱えてうんうんと唸った。このまま町とやらに行ってしまえば、一体どうやって帰ってくればいいんだ。船が停泊している場所はおろか、この世界の地理情報すら知らないのだ。そんなちゆりに、まあまあとコトヒメが慰めの声をかけた。
「町に着いたら、瓦礫撤去組の地上部隊のトラックに同乗させてもらいましょう。ゲイツ隊長には私から話を通しておきますから」
「おおお……お前、凄くいいやつだな!」
「……前の世界の私は、どんな酷いことをしたのかしら」
 顔を輝かせるちゆりに、コトヒメは苦笑した。



「ようやくお出ましね」
 センサーに反応していた高エネルギーの放出源が、やっと見つかった。それは箒に横座りをした、赤い髪のメイドのおばさんであった。一見すると普通の人間であったが(普通の人間は箒で空を飛ばない)、どうやら彼女はアンドロイドであるらしい。機械をわざわざ人間の姿に真似るなんて酔狂なものだと思ったが、よくよく考えれば私も同じようなものであった。
「あなたですね! 聖杯を持っているのは!」
 と、おばさんがこちらへ近付いてくると、キャノピー越しになにやら言い放ってきた。近くに来るとより高エネルギーを感知する。ピリピリと肌で感じるほどだ。
 しかし、聖杯? 何を言っているのだろう、このおばさんは。というか、私あなたのこと知らないんですけれど。
「……おばさん、誰?」
「おばさん……?」
 一瞬ぽかんと呆けた顔になったおばさんは、やがてその顔を真っ赤に染めた。
「私はおばさんじゃないですよっ!」
「どう見ても、おばさんだけど?」
 嘘ではない。外見こそ少女のそれであるが、彼女は製造されてからかなりの年数が経っている。彼女からは、そう……年期を感じるのだ。
「初対面の人に向かって……あなた失礼ですよ! ぷんすか!」
 ぷんすかて。おばさんがぷんすかて。
「大体おばさjk2y8lh◎」
 なんか壊れ始めた。まあいい。
「私には、探し物があるの」
「s5c★jかkrh9……へ?」
 姉が……C22が追い求めていたもの。強き者の向こう側にあるもの。私はそれを探している。
「だから……あなたを攻撃します」
 おばさんは少し驚いた顔になり、やがてニヤリと不適な笑みを浮かべて見せた。放出されるエネルギー量が倍増する。ぞくりと、背筋が寒くなった。
「……よくわからないですけど、負けませんよ、私。紅白の人達にも勝ったんですから。その代わり! 私が勝ったら聖杯は渡してもらいますからね!」
 私は聖杯なんて持っていないのだが……まあいい。勘違いして戦ってくれるのであれば、勘違いさせておこう。
 戦闘AI起動。出力94パーセントにまで放出。あのおばさんには手を抜けない。本気で挑まなければ。すぅ、と息を吸い、目を閉じる。自己が溶けだし、月喰となる。月喰は私、私は月喰……。シンクロ率99.99パーセントに上昇。よし。私は目を開いた。
「……SMD-31-FX1“月喰”前方に目標を確認。これより排除に移ります」



 機体がガタンと大きく揺れ、ちゆりたちは床に転倒した。医務室の棚は倒れ、ガラスが割れて飛散する。警報音が機内に鳴り響き、赤色灯が点灯した。
「なんっ、なんっ、なんだなんだ、なんなんだ!?」
 突然の揺れに狼狽するちゆりに対して、流石は軍人ということか、コトヒメは冷静であった。
「どうやら外部から攻撃を受けたみたいね。これはまずいわ……」
 苦い顔をして呟くコトヒメに、ちゆりは顔面蒼白となった。
「おいおいおい! まさか落ちるのか!?」
「いいえ、この機体はそんな柔にできていないから、恐らく落ちることはないでしょうけれど……攻撃されて黙ってるような人じゃないのよ、うちの隊長」
「あっ、察したわ」
 あのゲイツが攻撃を受けて平然としていられるほど、常識人ではないことを、ちゆりはこの短期間でよくよく理解していた。たとえ相手が戦闘機と空飛ぶアンドロイドメイドで、こちらがろくな武装もない愚鈍なジェット機であったとしても、平然と突っ込んでいくのがゲイツという男である。
 と、機内にスピーカーからゲイツの声が響いた。
「総員戦闘準備だ! たった今、前方で戦闘中の小型戦闘機一機と赤い髪の嬢ちゃんから攻撃を食らった! 我々はあらゆる武力攻撃に対し、決して屈してはならない! 何故なら我々は国家防衛軍だからである!」
「おい、あれ止めなくていいのか!?」
「無駄よ。止まらないもの、あの人」
「民間人を乗せてること忘れてるぜ、あいつ!」
 再び大きく揺れる機体。ちゆりがおぼつたない足取りで窓の側へ駆け寄ると、大空の中で戦う小型戦闘機と、箒に乗って空を飛ぶ赤い髪のメイドが見えた。赤髪のメイドが七色の光弾をばらまき、戦闘機がそれを正確な動きで避けたりシールドを張って防いだりしている。だが、ちゆりの視線は赤髪のメイドに釘付けになっていた。
「おいおいおいマジかよ! ありゃどう見ても魔女だぜ!」
「へっ?」
 喜色ばんで叫ぶちゆりに、きょとんとするコトヒメ。ちゆりは慌ててバッグからゲージ粒子観測装置を取り出すと、お掃除ロボの能力を発揮して床に飛散したガラス片をかき集め、蹴躓いて再び地面にぶちまけるる~ことの頭を叩いた。
「何馬鹿やってんだ! 行くぞる~こと!」
「ええぇー? どこに行くんですか、ちゆりさまぁー」
「魔女だよ魔女! 空飛ぶメイド服の魔女が外にいるんだ! ほらはやく行くぜ!」
「は、はぁーい、ちゆりさまぁー」
ちゆりは勢いよく医務室を飛び出し、その後をぱたぱたとおぼつたない足取りでる~ことが追いかけた。ちゆりの背中に向かってコトヒメがなにやら叫んだが、無視された。
 ジェット機後部の貨物室に飛び込んだちゆりは、いくつもの重機が固定されて並んでいる中を縫うように進み、今は閉じている貨物ハッチ前に到達した。壁に取り付けられたハッチの制御盤に触れてみるも、どうやらロックされている様子であった。ちゆりはる~ことを手招きして呼び、制御盤を指さした。
「る~こと、ちょちょいとハッキングしてハッチを開けてくれ」
「ちゆりさまぁ、犯罪ですよぉ?」
「安心しろ、そのときは私とお前は共犯者だぜ」
「ふぇーん」
 る~ことは壁に取り付けられた制御盤に手をかざし、電気信号を送った。ぴりっと電流が走ったかと思うと、ロックが解除されて貨物ハッチがゆっくりと開いた。強い風が吹き込み、重機にかけられたシートがばたばたと音を立ててたなびく。
「ちょっと! あなた何をするつもりなの!?」
 貨物室に飛び込んできたコトヒメが、開いたハッチの前に立つちゆり達に向かって息を切らしながら叫んだ。ちゆりは振り返ると、コトヒメに向けてニヤリと笑みを浮かべた。
「すぐ目の前に追い求めていた魔法があるんだぜ? 今あいつを捕まえなくていつ捕まえるんだって話だろ?」
「いや、だから彼女は……」
「る~こと! 戦闘モードに移行だ!」
「はぁーい!」
 る~ことは嬉しそうに答えると、自分の体を家事掃除モードから戦闘モードへと切り替えた。背中からは三つ葉の放射能標識を突き破ってジェットパックが出現し、戦闘用のゴーグルが顔の上半分を覆うように現れた。手に持っていたデッキブラシは科学魔法の機関銃に変形し、戦闘モードへの切り替えが完了した。
「空飛ぶメイドは一人じゃないぜ」
 ぽん、と背中のジェットパックに手を置いて、ニヤリと笑うちゆり。本来は単なる家事掃除用メイドロボットであったる~ことを、ちゆりは夢美にも内緒で勝手に改造を施していた。戦闘モードになったる~ことは、家事掃除モードよりも全体的なパワーの出力が上昇しており、ちゆり自作の戦闘AIも搭載されている。家事掃除の能力はというと、家事掃除モードの時とほとんど変わっていない。つまるところ、家事掃除は下手なのである。
「あなた……アンドロイドだったの?」
 目の前で突然変身したる~ことに、口をあんぐりと開けて驚くコトヒメに、る~ことはにこりと微笑んだ。
「はい、わたくし、ちゆりさまとご主人さまの専属メイドでございます、家事掃除用アンドロイド、る~ことと申します。以後お見知り置きを」
「あっ、どうも……」
 ぺこりと一礼するる~ことに、コトヒメも思わず頭を下げていた。る~ことの頭をぱしんと叩くちゆり。
「やってないで、さっさと行くぜ」
「はいっ、かしこまりましたぁ!」
 嬉しそうに返事をし、る~ことが真後ろに立つと、ちゆりは両手を横に広げた。る~ことの体から伸びたベルトが、ちゆりの腕や肩、腰に伸びて巻き付き、カチリカチリと音を立てて体を固定した。そうして、ちゆりの背中にる~ことがぴったりと張り付いて固定される。まるでる~ことを背負うような形になるが、る~ことの方が若干背が高いのでなんだか不格好であった。
 る~ことに背中から抱きしめられているみたいでなんか恥ずかしいなと、ちゆりは少し頬を赤く染めた。なにより、後頭部に感じる柔らかい感触がもう、恥ずかしいやら憎たらしいやら。ちゆりは腹いせに後頭部をその柔らかいものへ向けてぐりぐりした。
「それじゃ、コトヒメ。怪我の手当てありがとうな。これからちょっとあの魔女をとっ捕まえてくるぜ!」
「いや、ちょっと! ちゆりさん! 話を聞いて……」
 コトヒメの制止を聞かずに、ちゆりはる~ことに飛行指示を出した。る~ことの背中のジェットパックが火を噴き、ふわりと二人の体が宙に浮く。そのまま二人は開いた貨物ハッチから外に飛び出し、空飛ぶ赤髪メイドと戦闘機の方へと飛び去っていった。
 貨物室に取り残されたコトヒメは、しばらく呆然と飛び去っていった二人を眺めていたが、やがて顔面蒼白として慌ててコックピットへと向かって飛び出した。
「やばいやばいやばい! 平行警察である私の目の前で次元渡航者に死なれたとなっちゃ私のメンツが潰える! おまけに隠れ蓑にしている組織に殺されたとあっては、最悪私の首が飛ぶわ! ゲイツたいちょおおおおお!」
 コトヒメは、自分が所属する軍の隊長が、どうか新たに出現した空飛ぶメイドに興味を持ち、あげく攻撃を仕掛けないことを祈りながら、ゲイツの名前を叫んだ。



 その空飛ぶメイド型アンドロイドの内側から発せられる超高エネルギーは、私の想像以上の威力を発揮していた。戦闘AIが状況判断に追いつかず早々に戦力外となり、私はほとんど人力で奴の対処をする羽目になってしまった。大量に放出される光弾で張られた、様々な法則性を持つ弾幕の情報処理をさせられて、脳の神経が焼き切れるのではないかというくらい、脳を酷使した。
 一回休んで甘いものが食べたい。糖分を補給し、脳を休ませたかった。だがもちろん、そんな暇はない。瞬きをする間にも、あのメイドが張る弾幕は刻一刻とその姿を変えて襲いかかってくるのだ。
「これはビビットお嬢様の分! これは白黒の分! これは紅白の分!」
 幸いなのは、あのメイドが弾幕を張るたびにいちいちよくわからない宣言をすることであった。おかげで次にどんな法則で弾が飛んできて、どんな動きで避ければいいのか、ある程度の予測ができた。だが、あくまでもある程度、である。不意にレーザーやミサイルが飛んでくることもあるので、おちおち油断もできないのが現状であった。
 このままではじり貧だ。なにか機会はないものか……。そう思っていると、ふっと視界が一瞬暗くなったか。かと思うと、ぱっと世界が切り替わった。一瞬の出来事で何が起こったのか理解できなかったが、どうやら次元跳躍が行われたらしく、さっきまでいた世界とは別の世界へと来ていた。だが、次元渡航装置は作動した様子がない。これは……外因による次元跳躍?
「意図せぬ次元跳躍を確認。Main/System/SMD/Global Positioning System Error...現在位置不明」
 周囲の風景は一変しており、眼下には半壊したコンクリート製の巨大な建物と、多くの人間と多種多様な有象無象が跳梁跋扈する広場が広がっていた。その周りには様々な色の屋根を乗せた家々に、遙か遠くには海が広がっていた。この世界がどこであるかはわからないが、とても平和な世界だ。眼下で繰り広げられる光景に関しては、若干平和とはいえないかもしれないが。それでも、この景色を破壊してしまうのは忍びない。
「はやく聖杯を渡しておばさんを撤回しなさjk2y8lh◎」
 またバグってる……。やたらめったら撃ち出される弾幕が地上に被害をもたらさないよう、誘導しながら戦闘する。ああ、さらに人力では不可能なほどの演算処理を脳に無理矢理行わせて、本当に脳の神経がすり切れそうだ。
 とろりと、鼻から何かが伝った。鼻水でも出たかと腕で拭うと、真っ赤な血がべっとりと付着していた。口の中に鉄の味が広がる。これはきつい。想像以上に強敵だ。
 突然、地面で金色に輝く光がぴんと真っ直ぐに天へと突き抜けていくと、四方八方へと枝分かれして光の紐となって伸びていった。何事かと気を取られていると、そのうちの一本が私をめがけて伸びてきた。慌てて回避行動を取るも、まるで先回りするかのように追いつかれ、機体をぐるぐる巻きにされる。身動きが取れなくなり、操縦が利かなくなった。
 見ると、メイドの方もまた別の光る紐にぐるぐる巻きにされており、なにやらぎゃーぎゃーと喚いている。
「こらー! 離せー! さては私を陵辱する気ですね!? エロ同人みたいに! エロ同人みたいに!!」
 いや、おばさんの触手陵辱とか誰が得するのか……。
「聞こえてるぞー! おばさんって言うなって何度言ったらip0tあ3£ぺ」
 結局、私もメイドも為す術がないまま光の紐に連れられて、気がついたら再び次元跳躍によって元の世界へと戻ってきていた。どうやらあの光る紐こそが、次元跳躍が起こった外因であると考えられる。妙な存在もあったものだ。
 さて、ほんの短時間であるが、オーバーヒート寸前だった脳を休ませることができた。全回復とまでは言わないが、さっきまでと比べればコンディションは大分ましだ。再び睨み合う私とメイド。だが、それは突然響いた大音量の怒鳴り声によって吹き飛ばされることとなった。
「てめぇらッ! 一日に二度も俺が乗った機体に弾を撃つとは、いい度胸だッ!」
「げえっ! ゲイツ!」
 メイドがあからさまに嫌そうな顔をし、声がする方を睨んだ。私もそちらに目を向ける。そこには、私が撃ち落としたのよりもさらに巨大なジェット機が、ものすごい勢いでこちらへと突っ込んできていた。慌てて回避すると、耳をつんざくジェット音と共に衝撃波が襲いかかった。ジェット機は旋回して再びこちらへ向き直ると、そのままその場に停滞した。
「覚悟はできてるんだろうな、嬢ちゃんたち。戦闘機はおもちゃじゃねぇんだ。お前たちには今からそれを教えてやる!」
「私に負けたくせに何を言ってるんですかね、この筋肉ダルマは!」
「まったくですね。負け犬がきゃんきゃん吠えても説得力はありませんよ」
「ぐぬぬぬぬぅ……! てめぇらみたいな尻の青いガキにそう何度もやられると思うなよッ!」
 再びこちらへ突っ込んでくるジェット機を躱し、エネルギー弾を撃ち込む。装甲が厚いのか、機体の表面が少し黒く煤けただけで、攻撃が効いた様子はなかった。しかし、相手のジェット機にもろくな武器が装備されていないようで、豆鉄砲のような銃弾がぴしぴしと機体に当たっては弾かれていった。攻撃力はないが、鬱陶しいことこの上ない。
 ちらとメイドの方に目を向ける。と、何故かメイドが二体に増えていた。一体は箒に横座りしている赤髪のおばさん。もう一体は、背中からジェットパックを生やし、何故か金髪の少女を抱き抱えた、緑髪のメイドであった。緑髪のメイドは手にデッキブラシのようなものを持っており、メイドに抱えられた少女はそ手にに拳銃らしきものを握っている。……なんだ、あれ。
「余所見をしている余裕があるかッ!」
 ……ッ! しまった! 二体のメイドの珍妙な光景に気を取られ、ゲイツのことを失念していた。迫り来る巨体に、今からでは回避が追いつかない。一か八か、私はディメンションアブソリュートバリアシールドを展開した。



 ゲイツのジェット機が小型戦闘機と対峙している間に、ちゆりとる~ことはVIVITの前に現れていた。
「なっ、なんですかあなたたち!はっ、さてはあなたたちも聖杯を狙ってるんですね! 渡しませんよ! 今日中にあの聖杯をご主人さまの元へ届けなくちゃいけないんですから!」
 ちゆり達を指さして叫ぶVIVITに、ちゆりは首を傾げた。
「なに言ってんだあいつ。聖杯?」
「聖杯伝説ですかねぇ。イエスの血を受けた杯で、奇跡をもたらすとされる聖遺物とされていますねー」
「そんなん実在するのか?」
「しません」
 言い切るる~ことを背に、ちゆりは再びVIVITに目を向けた。空飛ぶメイドの魔女が探し求める聖杯。もしかして、それはマジックアイテムなのではなかろうか。私たちが探し求めている魔力、それを宿す物。ちゆりは不敵な笑みを浮かべた。
「あんた、その口振りからして、聖杯の在処を知っているんだろう?」
「……ななな、なーにを仰ってるのでございますかねこの小娘は! わわわわっ、私が知るわけないじゃなkwま※pせqn」
「なんだ、知らないのか。まあそうだよな、お前弱そうだもんな」
「utばdvs……なっ、弱そうとはなんですか弱そうとは! これでも今までいろんなの相手に勝利してるんですからね! ぷんすか!」
 VIVITは向こうで巨大ジェット機の突撃をディメンションアブソリュートバリアシールドでいなす小型戦闘機を指さした。小型戦闘機はシールドを貼ったままジェット機に正面から体当たりして装甲を突き破ると、そのまま機内を抜けて後部の貨物ハッチから飛び出した。爆発と共に黒煙を吐き出すジェット機。ゲイツの叫び声が木霊した。
「あらぁー……」
「あっ、あいつよ! あの小娘が聖杯を持ってるわ! それで私のことをおばさん呼ばわりするからもう腹立たしくて腹立たしくて!」
「うん……それならまあ、あとであいつを倒して聖杯はいただくとして……まずはお前から倒すぜ、赤髪の魔女!」
「なんでよ!?」
「それはお前が魔女だからだぜ!」
「ちゆりさまぁー、見た感じ、こう、あの人は魔女ではないかと……どちらかといえば私に近い存在だと思うんですけれどぉ……」
 る~ことの言葉は無視された。
 放たれる無数の光弾を避けると、る~ことはデッキブラシの科学魔法銃をVIVITへと向け、引き金を絞った。銃口がきらりと光り、科学魔法光線がVIVITに襲いかかる。VIVITがそれを危なげなく避ける隙に、る~ことは彼女の眼前へと接近した。至近距離でデッキブラシの科学魔法銃を構える。
 と、VIVITは座っていた箒から飛び降りると、箒の柄を掴んで勢いよくそれを振り下ろした。
「箒無しでも飛べるのかよ!」
と突っ込みを入れるちゆりの目の前でぶおんと風を切る音がして、真空の刃がちゆりの髪を少しだけ切り裂いた。はらりと散る髪に、ちゆりは背筋がぞっとするのを感じた。
「……ッ! あああああぶあぶあぶ危ねぇっ! おいお前ふざけんなよ! 私を殺す気かっ!? あとその箒は何のために乗ってたんだよ!」
 VIVITを指さし叫ぶちゆりに、空中に浮かんでいるVIVITも言い返した。
「先に襲いかかってきたのはそっちじゃないですか! あとこの箒はただの掃除道具ですから、座っていたのは演出です!」
「ただの掃除道具は鎌鼬なんて起こさないぜ!」
「こんなのはちょっとしたコツですよ! コツさえ掴めば空気の流れを操って、相手を触れることなく投げ飛ばすことだってできます!」
「いやいやいや、無理だろ!」
 VIVITは箒を手にしながら、さらに光弾を次々と発射した。時にはちゆり達を追跡し、時にはランダムに射出され、屈折するレーザーやミサイルや星の形の弾がとにかく視界いっぱいに広がった。ちゆり達は体を掠めるギリギリの精度で弾幕を避けながら再び接近を試みる。しかし、箒による真空切りが襲いかかるのでろくに近付けないでいた。
「ちゆりさまがいなければ、あんな攻撃へでもないんですけれどぉ」
「おいる~こと、私をお荷物扱いか?」
「でもでも、ちゆりさまの重みで機動力も落ちてるんですよ?」
「私はそんな重くないぜ!」
「仲良くお喋りしている暇がおありでしてっ!?」
 VIVITは大量の光弾を周囲に浮かばせた。それらは一点、ちゆり達に向かって撃ち放たれ、避けても避けても二人の居場所を狙って撃ち続けられた。移動さえしていれば当たることはないが、さらにそこへ移動を制限するようにミサイルやレーザーが飛んでくる。
「ひえぇっ! ぎょえぇっ!」
 る~ことが右へ左へ避けるたびに、ちゆりはまるで潰れた蛙のような声をあげた。それをすぐ側で聞き続けているる~こととしてはたまったものではなかった。
「もういっそのことあの箒に切られちゃいますか? 私の体ならたぶん大丈夫ですよ?」
「おいばかやめろ!お前が大丈夫でも私の体がバラバラになるぜ!」
「そこはまあ、今後の世界のより良い発展のための、致し方ない犠牲ということで……」
「嫌だー! コラテラルダメージは嫌だー!」
 ぶんぶんと首を振るちゆりを無視して、る~ことは再び弾幕をかいくぐってVIVITへと接近した。箒を構えるVIVIT。
「何度来たって同じことですよ!」
 箒を振りかぶり、振り下ろす。ぶおんと音がして、ちゆりが叫び声をあげた。真空の刃がちゆり達に達する寸前に、る~ことは両手を前に伸ばし、
「バリアー!」
と叫んだ。ちゆり達を包み込むように次元間障壁が展開され、真空の刃がかき消される。VIVITは驚愕した。
「なっ、あの小娘と同じ技……ッ!?」
 目と鼻の先まで接近されたVIVITは、再び箒を振るおうとして、それをる~ことに阻止された。る~ことがデッキブラシでVIVITの箒を押さえつけたのだ。メイドの格好をしたアンドロイドが二体、空を飛びながら箒とデッキブラシで鍔迫り合いというのも、なかなか妙な光景である。
「うぎぎぎぎぎぎ!」
「ぐぬぬぬ……ちゆりさま! 今こそその石頭を役立たせる時です!」
「ええい……ままよっ!」
 る~ことが叫び、ちゆりはVIVITの頭を両手で掴んだ。そしてそのままぐいと引き寄せると、VIVITの頭にむかって頭突きをかました。ガンッ、と鈍い音が響き、二人の間に星が舞った。
「……はわわ~……綺麗な小鳥がピヨピヨピヨ……」
「い……ってぇ! なんだこいつの頭! まるで鉄だぜ!」
 普段夢美様に叩かれ慣れてる私の頭が、こんなに痛いぜ! と涙目になるちゆりに、る~ことが彼女の頭を優しくさすった。
「恐らくですが、彼女は魔女ではなく私と同じアンドロイドなんじゃないかと……。かすかにですが、彼女の内部からモーター音が聞こえてきますので」
「はぁ!? なんだよそれ!」
 ちゆりは慌ててゲージ粒子観測装置をVIVITに向けた。結果はシロ。VIVITは魔女ではないし、魔力も持っていなかった。愕然とするちゆり。
「なんだ、それじゃあ、私が散々死にかけたのも、こいつに頭突きかましたのもまったくの無駄だったってことか!?」
「無駄ではないんじゃないですかねぇ。ほら、彼女あまりの衝撃に機能停止してます。アンドロイド相手に頭突きで勝つなんて、ちゆりさまの石頭は筋金入りですねぇ」
「う、嬉しくないぜ……」
 呟きながら、ちゆりはる~ことの手を払いのけた。それからきょろきょろと周囲を見回した。
「さて……それじゃあ、あの戦闘機の奴から聖杯の件について聞き出すか……」
「ないわよ」
 背後から否定の言葉がかけられた。振り返ると、ちゆり達のすぐ目の前に小型戦闘機の月喰が来ていた。キャノピーが開いており、コックピットからC23が身を乗り出して、縁にもたれ掛かるように頬杖をついていた。C23は呆れた風な表情で、ちゆりやVIVITのことを一瞥する。
「……ないって、どういうことだ?」
「そっちのおばさんが」
「おばさんじゃないって言ってるでy8faぴ@」
 いつの間に回復していたのか、VIVITが喚く。
「……そっちの赤い方のメイドが、勝手に私が聖杯を持っていると勘違いしただけで、私はそんなもの持っていないし、そもそも聖杯なんて存在しないでしょ」
「まあ……しないでしょうね」
 C23の言葉に同調するようにる~ことも呟くと、ちゆりとVIVITはあからさまにがっかりとした顔をした。
「まあ、聖杯はどうでもいいんです。それよりおばさん、無駄にでっかい横槍が入っちゃいましたけれど、さっきの続きといきましょうか」
 C23がちらと眼下を見て言った。サボテンが群生する荒野に、黒煙を吐いたジェット機が不時着しているのが見えた。ゲイツはまあ死ななそうだからいいとして、コトヒメは無事だろうかとちゆりは少し心配になった。
「えぇー? 聖杯を持っていないんじゃ、戦う意味なんてないじゃないですかー。私は今日中に聖杯を手に入れなければならないんですー。こんなところで油を喰ってる暇はないんですー」
「もしくは道草を売ってる、だぜ」
「誰が買うのよそんなもの。申し訳ないのだけれど、私にも私の探し物があるの。だから、無理矢理にでも戦ってもらうわよ」
 そう言って月喰の砲口を向けてくるC23に、VIVITはめんどくさそうに大きなため息をわざとらしくつき、る~こととちゆりをぐいと彼女の方へ押し出した。
「私さっきこの二人に負けたんでー、たぶんきっとこの二人の方が強いと思いますよ?」
「おい馬鹿ふざけるなよお前! こっちはお前一人どうにかするのにいっぱいいっぱいだったんだぞ! だのにあんな戦闘機どうしろってんだよ!」
 ちゆりは全力で否定するが、C23は乗り気であった。値踏みするように視線をちゆりとる~ことへ向ける。きらりと眼鏡が光った。
「へえ、後ろのあなたもおばさんと同じ……でも、おばさんより若いわね。お姉さんかしら。……ちょっとうるさいわよおばさん。で、こっちのちっちゃい方は……おこちゃま?」
「誰がおこちゃまだ! 私はちゃんと大学院を卒業して、今は助教授だぜ!」
 それに来年には成人するんだぜ、とちゆりは胸を張った。その張られた胸を一瞥し、C23はフッと鼻で笑った。
「やっぱりおこちゃまじゃない」
「こいつくっそ腹立つなー!」
「まったくですよ! 初対面の相手に礼儀がなっていません!」
「えへへー、お姉さんですって。えへへー」
 どうやら解放してくれなさそうなC23に、ちゆりは渋々といった様子で戦うことを承諾した。一端地面に降り、ちゆりはる~ことと体を固定しているベルトを外した。
「ちゆりさま?」
 首を傾げるる~ことの頭に、ぽんと手を置くちゆり。
「じゃ、頑張れ!」
「えっ、えええー!? なんでですかちゆりさまぁ! 一緒に戦ってくれるんじゃないんですかぁ!?」
 抱きついてくるる~ことを、ちゆりはぐいぐいと押し返した。そのまま後ろを向かせ、背中をぐいぐいと押し出す。
「あんな戦闘機相手に頭突きなんてしたらこっちの頭がトマトになるぜ! それにお前一人の方が戦いやすいだろ。どうやら私は重いみたいだからな」
「ひどいですぅー。ちゆりさまには良心がないんですかぁ?」
「ないぜ」
 とん、と背中を突き飛ばすと、る~ことは二、三歩よろけてからちゆりの方を振り返った。ちゆりは笑っていた。楽しそうな笑みであった。
「思い出せ、る~こと。あいつはお前のご主人さまをおこちゃまと呼んだんだ。許せないよな?」
「でも私のことはお姉さんと……」
「お前のことはどうでもいいぜ!」
「ひどい!」
「お前が許せても私が許せないんだ! だから絶対に勝ってこい! ご主人さまからの命令だ」
「ちゆりさまの……命令……」
 る~ことは命令、命令、と口の中で何度も反芻すると、キッと面を上げて上空のC23が乗る月喰を睨んだ。
「かしこまりました、ちゆりさま。不肖このる~こと、必ずやちゆりさまの命令を成し遂げてみせます!」
 そして、ジェットパックを点火すると、る~ことは煙の尾を引きながら意気揚々と空高くへと飛んでいくのであった。その背中を眺めながら、ちゆりは呟いた。
「やれやれ、これで面倒事は全部る~ことに任せられたぜ。それじゃ、こっちはこっちでアレの様子でも見ておくか……」
そう言ってちゆりが向けた視線の先には、不時着した巨大ジェット機の姿があった。



 一旦地面に金髪のちびっ子を置いてきた緑髪のロボメイドは、再びこちらへと上昇してきた。にこにことどこか楽しそうな笑みを浮かべており、その緊張感のなさに少々呆れる。
「言っておくけれど、手を抜いたりだとかは無しよ。私は本当に強い相手と戦わなければならないの。手を抜くようなら、容赦なく壊すわよ」
「えへへへー、私も手加減はできません。ちゆりさまに絶対に勝つようにとの命令を受けましたので」
 相変わらずにこにこと緊張感の欠片もない笑みを浮かべているが、彼女の中のエネルギーがぐんと上昇し、手加減をするつもりなど微塵もないことが容易に理解できた。私は口元に笑みを浮かべながら、キャノピーを閉じてコックピットに座った。肘掛けに手を置き、月喰と神経をシンクロさせる。
「いくよ、月喰……SMD-31-FX1“月喰”前方の対象を新たな目標に認定。これより排除に移ります」
 ブーストを全開にし、私は緑髪のメイドへと突っ込んだ。標準を合わせ、パーティクルキャノンを放つ。砲口の角度から弾道を読んだのか、メイドは最小限の動きでそれを躱すと、デッキブラシのようなものの先端をこちらへと向けた。直後、ぴかっとそれが光ったかと思うと、月喰は被弾していた。
「右翼に被弾を確認。ダメージは軽微。大丈夫。たいしたことない」
 メイドが何かを放ったのは明確であったが、それが見えなかった。ステルス弾だろうか? でも、その何かが放出するエネルギーは隠せない。
「月喰、放出されるエネルギーに集中して。目で追ってはいけない。肌で感じるのよ……」
 月喰のセンサーが脳内に流れ込む。感知するエネルギーが大きくなり、次弾の発射を告げる。月喰の左翼へと向かって目にも止まらぬ早さで飛んでくるそれをギリギリで躱す。翼の表面をかすり、チリチリと音がした。
 次々に襲いかかるそれを躱しながら、メイドの周囲をぐるりと旋回する。じっと観察していると、デッキブラシ型の武器から一定数それを射出すると、メイドは手かデッキブラシへとエネルギーを注入していた。どうやら射出した分だけ充填する必要があるらしい。あのメイドの体内には、何らかのエネルギーを作り出す装置があるようで、エネルギー切れは期待できない。
 デッキブラシにエネルギーを充填するタイミングを狙って、私は月喰を旋回させながら軌道をわずかに変えた。一見するとメイドの周囲をぐるぐると回っているようで、軌道は曲線を描きながらメイドへと向かっている。やがて、メイドがエネルギーの充填を始め、月喰はぐんと彼女に接近した。パーティクルキャノンを放つ。
「きゃああああっ!」
 メイドが叫び声をあげ、衝突するギリギリのところで躱される。その場で月喰を180度ターンさせ、ブーストを全開にする。ブレーキが掛かりシートに背中が強く押しつけられる。強力なGに、内臓が口から出てきそうだ。そして、再びメイドへと向かってパーティクルキャノンを放った。
 彼女を包み込むように次元間障壁が展開され、放った弾が消失する。馬鹿な! 私は思わず叫んでいた。どうして彼女が次元間障壁を操れるのだ! それはSMD機関を搭載したSMDシリーズ機にしか……。
「まさか……あなたもM.R.S.に……?」
「……? 私はご主人さまとちゆりさまに作ってもらったんですよ?」
「あのちびっこと、もう一人……?」
「攻撃は終わりですか? それでは、次は私からいかせてもらいますよっ!」
 ぐんと、一瞬でメイドが至近距離まで接近していた。キャノピー越しに目が合う。
「……ッ! 動きが見えない!」
反応する暇もなかった。メイドはデッキブラシ型の武器を振りかぶると、キャノピーに向かって叩きつけた。バキッと音がして、キャノピーにひびが入る。私は慌ててブーストを全開にし、メイドと距離を取った。
 馬鹿な。ありえない。あんな武器で月喰に傷を付けるなんて。それに、彼女の内包するエネルギーがどんどん強くなってきている。あんな莫大なエネルギー、一体どうやって……。
 ダンダンと何かが叩きつけられる音がして、私は頭上に目を向けた。
「ひっ」
思わず悲鳴を上げる。キャノピーの上に、にっこりと笑顔のメイドがこちらを見つめていたのだ。デッキブラシの柄の先端が、キャノピーに叩きつけられる。
「予測解析値と違う値を観測、ロボット如きになんでこんな力が……!」
デッキブラシを突き立て、メイドはにこりと笑った。
「えっ? そりゃあ、他ならぬちゆりさまとご主人さまのためだからですよ」
「そんな事で力が……? Ruturn ErrorCode 9821...理解不能」
 私は月喰の機首を持ち上げて、エアロバティックさながらの宙返りでメイドを振り落とそうとした。が、叶わない。どれだけ激しい動きをしても、メイドはがっしりと機体にしがみついて、こちらに笑顔を向けていた。逆に、コックピット内で右へ左へ、上へ下へと振り回されている私の体は、一気に体力を消耗していた。
「いつまで張り付いてるつもり、ですかっ!」
 私は月喰の機体を垂直に真上へと向け、そのままキャノピーを開いた。
「カハッ……!」
ぶわっと勢いよく空気が流れ込み、寒さと風圧で息ができなくなる。
「ひゃわあっ!」
 キャノピーの上に乗っていたメイドはようやく振り落とされてくれたらしく、機体から少し落ちたところで背中のジェットパックを噴射させていた。私はキャノピーを閉じると、機体を失速してストールターンさせた。
 私が見下ろし、メイドが見上げる形で再び対峙する。このままメイドに攻撃を加えても、あの解析値では恐らく避けられてしまうだろう。そして攻撃というのは放った直後が一番隙が生じやすい。下手に手を出せばカウンターを食らって自滅しかねない。だが、このまま長期戦に持ち込めば分が悪いのは恐らく私だ。ここで何とか決着をつけてしまいたい。
 ふと、そこで頭の中にあるアイディアが浮かび上がった。ちょっと……いや、かなり無茶をすることになるが、あのメイドを相手に勝つにはそれくらいする必要があるだろう。なに、失敗しても死にはしない。私はそもそも人間ではないのだ。
「いけません、マスター。そのような自殺行為、認められません」
 と、即座に月喰のAIが私の思考へ反対表明を示した。
「あら、月喰。あなたそんな声だったのね。いつも神経接続してたから、こうして鼓膜からあなたの声を取り入れるのは初めてね」
私は月喰をなだめるように、ぽんぽんとコックピットの肘掛けを叩いた。
「何があっても生き延びる、それが私の使命……大丈夫、忘れてなんていないわよ」
「……絶対に死なないでください。私も、絶対にあなたを死なせません、マスター」
「ええ、頼りにしてるわ。それじゃあ……いくわよ」
 私はキャノピーを開き、身を乗り出した。高度ウン千メートルでパラシュート無しのスカイダイビングか。ぞっとしない発想だな。私はコックピットを蹴って、外に飛び出した。ぶわっと空気の抵抗が全身を襲い、月喰との距離が一気に離れる。ばたばたと風を切る音が耳の奥に響く。
「なっ……なにやってるんですかあなた!」
 月喰から飛び出た私に、驚いたメイドが叫び声をあげた。私に気を取られているうちに、月喰はキャノピーを開いたままメイドに向かっていった。月喰とメイドが衝突し、メイドがコックピットの中に突っ込むと、月喰はそのままメイドをさらうようにぐるりと大きく旋回し、自由落下する私の横に並んだ。
「よくやったわ月喰!」
 と言おうとしたが、空気が口に入ってきて言葉を発せない。
「マスター、早くお乗りください」
 メイドが逆さまになって目を回しているコックピットに乗り込み、キャノピーを閉じる。ぐえっと、メイドが潰れた蛙のような声を漏らした。どうやら踏んづけてしまったようであるが、まあ狭いコックピットの中に二人いるのだ。我慢してもらおう。
「ふぅ……よくやったわ、月喰。お疲れさま」
「ありがとうございます、マスター」
 数秒間ではあったが、着の身着のままのスカイダイビングはなかなかにスリルのある体験だった。できればもう二度と味わいたくはない。そう思わせるほどには恐怖体験と言えるだろう。
「まあ、でもこれで勝ちは勝ちよね。……それで月喰、なにかわかったかしら?」
「いえ、なにも」
「なにひとつ?」
「はい」
「そう……結局、姉さんが探していたものは、今の私にはわからない……か」
 私は足下で逆さまになって伸びているメイドに目を向けた。あの異常なまでの出力……きっとあそこに、姉さんが探していたものの手がかりが隠されているはずだ。
「取りあえず、下に降りようか、月喰」
「了解しました、マスター」



 ちゆりが不時着したジェット機の残骸に近付いていくと、小型戦闘機が突き破ったレドーム部の大穴から眼帯をした大男が姿を現した。ゲイツだ。
「おっ、やっぱり無事だったのか」
 ちゆりに気がついたゲイツは、そのがたいと強面に似つかわしくない、しょんぼりとした表情を浮かべた。
「ああ、嬢ちゃんか。すまねえな、こんなことしちまって。俺ァ、どうにも戦闘のこととなると右左がわからなくなる質でな。民間人が乗っている船で戦って、無様に墜落してちゃあ、軍人失格だよな……」
 そう言って深々と頭を下げるゲイツ。早々にハッチから外に飛び出たから大した被害は受けていないんだけれどなぁ、とちゆりは苦笑した。
「ところで、コトヒメたちは無事なのか?」
「ああ、全員無事だ。ほれ」
 ちゆりがゲイツの背後を覗き込むと、レドーム部の大穴からはとジェット機に乗っていた隊員達がぞろぞろと這い出てきていた。その中にコトヒメの姿を見つけると、ちゆりは彼女の元へと駆け寄っていった。
「おうい、コトヒメ!」
「あっ、ちゆりさん! ああ、よかった……無事だったんですね!」
 ちゆりの姿を目にして、心から安堵してみせるコトヒメ。
「おう、そんなに心配してくれてたのか。嬉しいぜ」
「そりゃあ、目の前で次元渡航者に死なれてしまっては、平行警察の名折れですから。ああ、本当によかったぁ! これで私のメンツが潰れなくてすみます!」
「……お前、結構ひどいやつなのな」
「目の前で突然飛んでかれちゃう私の気持ちも考えてくださいよ! 本気で心配したんですからね!」
「それはその、すまなかったな」
 ところで、とコトヒメは周囲をきょろきょろと見回した。
「あのアンドロイドのメイドは?」
「私のことですかー?」
空から箒に乗ったVIVITが降りてくると、ちゆりたちの前にすとんと降り立った。ゲイツが気づいて飛びかかろうとするのを、隊員が数人掛かりで押さえつけているのが視界の端に見え、ちゆりとコトヒメは苦笑した。
「あなたじゃないわ。緑の髪をした方よ」
「ああ、る~ことな。あいつなら……ほれ、あそこだ」
 ちゆりが真上を指さして見せ、コトヒメがそちらを見上げる。ジェット機を墜落せしめた小型戦闘機と、緑髪のメイドが遙か頭上で戦っている光景に、唖然とするコトヒメ。
「呆れた。うちの隊長もそうだけれど、あなた達も負けず劣らず戦闘馬鹿よね……」
「まあ、否定はしないぜ。だが、今回の場合は全てにおいてあの戦闘機乗りが戦闘馬鹿なだけで、こっちは被害者なんだがな。しかし売られた喧嘩は高く買うのが私の主義なんで、絶対に勝つようにと命じておいたのさ」
「でも、なんか負けちゃったっぽいですよ?」
「はっ?」
 VIVITの言葉に、ちゆりも頭上を見上げる。そこには、無理矢理小型戦闘機のコックピットに詰め込まれたる~ことと、そのままこちらへと向かって降りてくる戦闘機の姿。戦闘機が大きく旋回してこちらへと着陸してくると、ようやく落ち着きを取り戻し始めたゲイツが再び喚き始めた。
「あいつ、軍人止めさせるべきだと思うぜ?」
「普段は優秀なんです。普段は……」
 小型戦闘機はちゆりたちの目の前で停止すると、キャノピーが開いてコックピットからC23が姿を現した。C23は肩にる~ことを担いでおり、地面に降り立つとる~ことをぽいと地に放った。
「勝ったわ」
 C23はくいっと眼鏡を上げると、誇らしげに胸を張り、ドヤ顔でムフーと鼻を鳴らした。る~ことの頬をぺちぺちと叩くちゆり。
「それはいいんだが……で、探し物とやらは見つかったのか?」
「いいえ、ぜんぜん」
「とんだ骨折り損の草臥れ儲けじゃねえか。ほんとしょーもな」
 と、意識を取り戻したる~ことははっとして周囲を見回し、すっくと立ち上がるとC23に対峙した。
「っと、少し意識を失っていたみたいですね! ですがまだまだ私は負けませんよ!」
「いえ、あなたの負けよ」
「お前の負けだぜ、る~こと」
ちゆりとC23の言葉にきょとんとするる~こと。やがてその言葉の意味を理解すると、だんだんとその顔をくしゃくしゃに歪め、最後にはちゆりに泣きついた。おっと、と抱き止めるちゆりの薄い胸に、る~ことは顔を押しつけた。
「ふえええーん! ごめんなさいちゆりさまぁー! 私は……私はちゆりさまのご命令にも従えない役立たずでございますー!」
「わかります、その気持ち」
 うんうんと頷くVIVITに、ちゆりは苦笑する。
「いやまあ、役立たずなのは今に始まった事じゃないし、気にする必要はないぜ、る~こと」
「そ、それじゃあ……私は今まで通りってことですか? ちゆりさまは私に失望とかしてないんですか?」
「してないしてない、そもそも期待してないぜ」
「ああ、そうだったんですか、よかったぁ……」
 そう言って幸せそうな笑みを浮かべるる~ことに、ちゆり以外の全員が呆れた顔を浮かべた。



「それでは、私は今日中に聖杯を見つけてご主人さまにお届けしなければいけませんので、これにて失礼させていただきますわ!」
「まだ言ってる……」
 VIVITはそう言って箒に横座りすると、ふわりと浮かび上がってどこかへと飛び去ってしまった。恐らくこれからも聖杯が見つかることはないだろう。
 コトヒメやゲイツたち軍人は瓦礫撤去担当の地上部隊と合流し、そのまま基地へと帰還するという。
「約束通り、地上部隊から車両を一台貸し出すわ。それに乗って航時機まで戻ってちょうだい」
「そうさせてもらうぜ」
やがてちゆりたちの元へ到着した地上部隊は、重機を積んだ大型トラックや、人員輸送のための高機動車、護衛用の戦車や装甲車を連ねていた。先頭を走っていた装甲車のハッチが開き、白衣の少女が姿を現す。少女は墜落したジェット機を見るや否や、頭を両手で押さえながら叫んだ。
「うわあああーっ! わたしの……わたしの最高傑作の飛行型戦車、イビルアイΛが……! こんなにも無惨な姿になっているのです!」
「あれ、そんな名前だったのか。というか飛行型戦車て」
「彼女、戦車技師なのよ。だから彼女が作った物は全部戦車なの。そこの装甲車も高機動車も、彼女に言わせれば全部戦車なのよね」
「なんだそりゃ」
 見ると、戦車技師だという少女は装甲車から飛び降りると、つかつかとゲイツに歩み寄り、その胸ぐらをがしっと掴んだ。身長差が大きいので、精一杯背伸びをしてようやっと掴んでいるといった感じであったが、少女の表情は鬼気迫るものであった。
「ゲイツ隊長! あなたこの前もわたしの最高傑作を墜落させておいて、なんでこう短期間に何機も墜とすのです!?」
「す、すまんリカ! これにはマリアナ海溝よりも深い深い事情があってだな……!」
 そう言ってちらちらとコトヒメに視線を向けるゲイツ。その目は助けてくれと物語っていた。コトヒメは小さくため息をつくと、
「ゲイツ隊長が勝手に先走って撃墜されただけですよー」
「なっ、こっ、コトヒメ!」
「まあそんなところだろうとは思っていたのです。大体予想通りなのです。さ、ゲイツ隊長、ちょっとこっち来るのです。おしおきなのです」
 そう言ってリカはゲイツの胸ぐらを掴んだまま、ずりずりと巨体を引きずって墜落したジェット機の方へと行ってしまった。
「よかったのか?」
リカたちを指さしながら、コトヒメに向かって呟くちゆり。
「いいのよ。いい加減、隊長には反省してもらわなきゃ」
「なんだか女難の相が見えるぜ」
 数分後、何をされたのかボロボロになって戻ってきたゲイツと、ぷんすかと頬を膨らませて怒っているリカが戻ってきた。コトヒメがリカを呼び止める。
「リカさん、ちょっとご相談が……」
 コトヒメに気づくと、リカはころっと笑顔になった。
「あら、コトヒメ。お疲れさまなのです。相談って、どうかしたのです? ……もしかして、あなたもなにか壊したのです?」
「いやいやっ、違いますって! 実は保護していた民間人を乗せていたのですが、まあゲイツ隊長のせいでご覧の有様でして……」
 コトヒメはちらと重機によって撤去されていくジェット機に目をやった。
「で、リカさんが引き連れてきた高機動車か装甲車で……」
「違うのです! あれはみんな戦車なのです!」
「リカさんが引き連れてきた戦車でですね、彼女たちを運んではもらえないかと思いまして」
 リカはコトヒメの隣に並ぶちゆりとる~ことに目をやり、こくんと頷いた。
「承ったなのです!」
「そのとってつけたような語尾は何なんだぜ?」
「ちゆりさまも人のこと言えないと思いますよー?」
「それで、どこまで連れて行けばいいのです? 町の方なのです?」
「あー、いえ……もう一機が墜落した現場の近くに、彼女たちの身内の方がいるらしいので、そちらまでお願いできますか?」
「ん? もう一機?」
 首を傾げるリカに、コトヒメが苦笑しながら説明する。説明を受けていたリカはやがて顔をぷるぷると震えさせ、ギロリとゲイツを睨んだ。そしてこっそりと逃げだそうとするゲイツの襟首を掴み、引きずり倒した。
「そうだったのですね。イビルアイΛだけでは飽きたらず、わたしの最高傑作のとぅくとぅぷ戦車まで……!」
「待て! 待ってくれ! 仕方なかったんだ! 仕方なかったんだ!」
「結局アレも戦車なんだな」
「まあ、戦車技師だから……」
「というか全部最高傑作なんだな」
「まあ、戦車技師だから……」
「関係ないと思うぜ」
 リカにレンチでボコボコにされるゲイツをぼうっと眺めながら、ちゆりとコトヒメは呟いた。しばらくすると気が済んだのか、リカはふぅと息をつきながら額を腕で拭った。返り血らしきものが顔についているが気にしないことにした。ゲイツならたぶん大丈夫だろうと、ちゆりもコトヒメも、その場の誰もが思っていた。
「ああ、ごめんなさいなのです。それじゃあ、そちらの三人を墜落したとぅくとぅぷ戦車のところまで運んでいけばいいのです?」
「はい、それでお願いします」
「よろしく頼むぜ」
 ぺこりと頭を下げるコトヒメと、ひらひらと手を振って会釈するちゆり。……ん? 三人? ちゆりが横に目をやると、る~ことと並んでしれっとした顔でC23が立っていた。ちゆりの視線に気づいたC23は、
「ん? どうかしたかしら?」
と首を傾げて言った。
「どうかしたかしら、じゃないぜ。なにやってんだお前。なんでしれっとここにいるんだよ」
「あら、なにか問題が?」
「いや、そうじゃなくてな?」
 ちゆりがなにを言っても、C23は気にする様子もなくしれっとした顔をしているので、やがてちゆりはC23について考えることを放棄した。そして結局、C23もちゆりたちと共にリカが運転する装甲車(リカいわく、戦車である)に乗ることとなった。
「それじゃ、ほんのちょっとだったが世話になったな、コトヒメ」
「まあ、それが仕事だから。魔法探し、頑張ってね」
 コトヒメたちと別れの挨拶を交わしたちゆりたちは、装甲車の後部ハッチから車内に乗り込んだ。装甲車が発進する。運転しているのはリカだ。
 C23が上部のハッチを開けて顔を出すと、上空を装甲車についていくように月喰が飛んでいるのが見えた。C23が月喰に向かって手を振ると、まるで手を振り返すかのように月喰はくるりと宙返りをして見せた。
「なんだか今にも攻撃を受けるんじゃないかって冷や冷やするのです……」
「ああ、そうだな。攻撃の意思はないとわかっていても、怖いもの怖い」
 装甲車の運転席でハンドルを握りながらリカが呟き、助手席に乗っているポニーテールの女性がうんうんと頷いた。もっとも、万が一攻撃を受けたとしても傷一つ付くことはないだろうとリカは思っているのだが。そして、月喰に襲われることも、外部からの攻撃を受けることもなく、装甲車は墜落した戦闘機の残骸の元へとたどり着いた。
「あ……あ……あ……なんて……なんてむごい事をするのです……こんな……いったい誰がこんな……」
 装甲車から降りたリカは、煤まみれになった黒い瓦礫の山を見て、膝から崩れ落ちた。見るも無惨な有様の瓦礫の山に、かつての姿の面影はない。リカはぼろぼろと涙を流し、ポニーテールの女性がぽんぽんと優しく彼女の背中を叩いた。
「うっうっ……メイラぁ……」
ちゆりとる~ことが非難がましい目でC23をじっと見つめる。C23は不機嫌そうに顔をしかめた。
「……なによ。私別になにも悪いことしてないわよ?」
「いんや、なにも言ってないぜ?」
「なにも言っておりませんが……」
 そして二人は泣き崩れるリカに目をやり、再びC23を見やった。
「だからなんなのよ! 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!」
「べっつにぃー?」
「なにも言ってませんよねぇ?」
 そしてちゆりとる~ことも、ぽんぽんとリカの肩を優しく叩いたのであった。
 リカとメイラに別れを告げ、ちゆりたちは可能性空間移動船へと向かって歩き始めた。なんだかこう行く先々で騒動に巻き込まれてちゃ、前途多難だな、とちゆりは苦笑した。魔法に関してだって、これっぽっちもその片鱗を見せようとしないのだ。先はまだまだ長いだろうなと、ちゆりは思った。
「なにニヤニヤしてるのよ、気持ち悪いわね」
「……だからなんでおまえはついてくるんだよ」
 C23は相変わらずちゆりの横を歩いていた。上空では月喰がぐるぐると旋回しながらついてくる。ちゆりが怪訝そうな顔でC23を睨むと、ぷいっと顔を背けられてしまった。ため息をつくちゆり。
「なんでもいいけどな。くれぐれも探し物があるんだー、とか言って戦闘を仕掛けてくるのだけはごめんだぜ」
「わかってるわよ。見ての通り、頭がいいのよ、私」
 くいっと眼鏡を上げてみせるC23に、不安を感じずにはいられないちゆりであった。
 ちゆりたちは可能性空間移動船にたどり着くと、ハッチを開けて中に入った。当然のようにC23も船内へと入ってきたので、ちゆりはもう諦めることにした。船内では夢美がディスプレイモニターの前でなにやら数値の計算やデータの編纂を行っていた。ちゆりたちに気が付くと、椅子ごとくるりと回って振り返った。
「あら、おかえりなさいちゆり。意外と早かったわね」
「まあ、いろいろあってな。結局この世界に魔法はなかったぜ」
「あらそう、残念だわ」
 ま、知ってたけれど。と夢美は残念そうな素振りも見せずに言い放った。そして、ちゆりの隣で興味深そうに船内をきょろきょろと見回しているC23に目を向けた。
「で、そっちの彼女は誰かしら」
「えっとまあその……なんかついてきちゃったぜ」
「駄目よ、飼えないわ。捨ててらっしゃい」
「……なんか酷い言いぐさですけど。私、一応お客様ですよね?」
「招かれざる客って奴だな。帰ってもいいんだぜ?」
「ひどいわひどいわ。る~ことちゃん、あなたのご主人様は外道ばっかりなのね」
 る~ことに泣きつくふりをし、およよと泣き真似をするC23であったが、る~ことはうれしそうに笑いながら、そうですねー、と適当な同意をしただけであった。負けたことを根に持っているのかもしれないと、ちゆりは思った。
「なんだかよくわからないけれど、まあいいわ。私は岡崎夢美。この船の船長であり、いずれ世界に名を轟かせるであろう天才比較物理学教授よ。今は魔法を求めてこの助手とメイドと共に世界を回っているの」
 よろしく、と夢美が手を差し出すと、C23はその手を握って応じた。
「私はC23よ。バイオロイド……いわゆる人造人間ってやつね。行方不明になった姉が探し求めていた物を知るために、世界を旅しているわ」
「探し方は野蛮そのものだがな」
 茶化すちゆりに、C23はべーっと舌を出した。
「へぇ、バイオロイド……魔法じゃないけれど、素敵ね」
「おいおい、解剖とかするなよ夢美様」
「失礼しちゃうわね! 私がそんなマッドサイエンティストに見えるっていうの?」
 見えるぜ、とは言わないでおいた。
「それで、あなたはいったいなんの用があってここに来たのかしら? 残念だけど、あなたのお姉さんが探していたであろう物は、たぶんここにはないわよ」
 夢美の言葉にC23は首を横に振ると、る~ことに目を向けた。る~ことは、この短時間ですっかり船内を汚してご主人様は! と憤慨しながらデッキブラシで床を擦り、なにもないところで転倒して放り出したデッキブラシで机の上の書類をぶちまけているところであった。
「姉さんが探し求めていたもの……きっとその答えは彼女にあると思うの。誰かのために通常の出力値ではあり得ない力を発揮させる、そのイレギュラーな部分こそ、きっと姉さんが探し求めていたものだと、私は思っているわ」
「あ、あれに……?」」
 皆の視線を受け、両手を頬に当てててれてれと恥ずかしそうに笑うる~こと。恥ずかしがってないでさっさと片づけろと、ちゆりに頭を叩かれ、散らばった書類をまとめ始めた。
「……まあ、あなたがなににどう憧れるのかはあなたの自由だけれどね。それで、あなたはどうしたいの?」
 問われて、C23はすうっと小さく息を吸うと、真っ直ぐに夢美を見つめて言った。
「私を……一緒に連れて行ってくれないかしら」
「却下だぜ!」
 書類を拾い上げるのを手伝っていたちゆりが、びしっとC23を指さし叫んだ。C23が邪魔をするなと睨み、ちゆりも負けじと睨み返す。
「今日だけでお前にどんだけ酷い目に遭わされたと思ってるんだ! これ以上一緒にいられちゃこっちの身が保たないぜ!」
「へぇ? そんなに酷いの?」
「酷いも酷い! こいつは自分が探し求めているもののために、無理矢理戦闘を仕掛けてくるような奴だぜ! とんだ戦闘民族だ! この先もことあるごとに探し物のためだとか言ってばかすか戦われちゃあ、行く先々の世界が焦土と化すぜ!」
「失礼ね! そんなにばかすか戦わないわよ!」
 二人の間で視線がぶつかり合って火花が散った。る~ことはおろおろとし出して集めた書類を再び床にぶちまけ、夢美は腕を組みながらふむ……と思慮に耽っていた。が、ぱん、と手を叩くと、にっこりと笑顔になった。
「うん、素敵じゃない! 追い求めるものを手に入れるためなら、自ら戦いに身を投じることも必要だと思うわよ、私は」
 はぁー? と驚愕の表情を浮かべるちゆり。
「それじゃあ……」
「ええ、乗船を許可するわ。もっとも、私の船に乗るからにはきっちりと働いてもらいますからね」
「はいっ! ありがとうございます!」
 深々と頭を下げるC23。案外素直でいい子じゃないと、夢美はうんうん頷いた。騙されちゃ駄目だぜ! と夢美の服の裾をちゆりがくいくい引っ張るが、無視された。C23はふふんと鼻を鳴らすと、ちゆりの頭をぺたぺたと撫でる。
「そういうわけだから、これからよろしくね? ちびっ子ちゃん?」
「ぐぬぬぬぬ! ぐぬぬぬぬぬぬ!!」
「仲良くしなさいよー、二人ともー」



 る~ことがぶちまけた書類をかき集めるのを手伝っていると、ちゆりが尋ねてきた。
「ところで、あの戦闘機はどうするんだ? あんなのこの船には入らないぜ?」
 恐らく月喰のことだろう。私は首を横に振った。
「ああ、それなら心配いらないわ。あの子は優秀だから、勝手にこの船についてくるわよ」
「だけどこの船、次元跳躍するぜ?」
 あら、そうだったの。まるで遺跡か何かのような、妙な船だけれど、意外とハイテクなのね。
「それなら平気よ。あの子もするもの、次元跳躍」
「ならいいんだが。はぐれても責任はとらないぜ?」
「ええ、大丈夫よ」
「それじゃあそろそろ出発するわよ!」
 夢美が言い、ちゆりは彼女と一緒に操舵室へと向かっていった。私はる~ことに招かれてエントランスのソファに座ることとなった。ソファーにはシートベルトが着いており、それで体をしっかりと固定する。
 船内の全システムが作動したのか、ブウンと船体が低く轟いた。核融合炉エネルギーだろうか。それから磁場も発生しているようだ。同じ次元跳躍でも、まったく異なる方法で行われるんだなと、少し感心した。
「総員、三〇病後の衝撃に備えてください。カウントダウンを開始しますぅ」
 突然、隣に座っていたる~ことがしゃべり出してぎょっとした。る~ことは相変わらず緊張感のないにこにことした笑みを浮かべている。
「あの、なんであなたがアナウンスするの?」
「えー? だって私、一応ロボットですから。とえんてーすりー、とえんてーつー……」
『そのみっともないカウントやめろって言ってるだろ!』
 船内のスピーカーからちゆりの声が響き、る~ことはしくしくと泣き始めた。なんだかなぁ。緊張感のない人達だなあと、私は少し呆れた。でも、平和だ。人類とM.R.S.が争うことのない、平和な日常がここにある。こういうのも悪くはないなと、私は思っていた。
『もうすぐ次元跳躍するからな。しっかり掴まってるんだぜ!』
 ちゆりの言葉が響いて数秒後、船はがたがたと大きく揺れ始めた。多次元世界に進入し、空間の歪みが船をばらばらに破壊しようとしているのだ。やがて、ふっと揺れが収まる。
『次元跳躍完了だぜ』
 ちゆりの声に、ふーっと大きく息をついて、自分で思っていた以上に緊張していたことに気がつく。やはり、月喰と神経接続した上で行う次元跳躍とは全く異なるものである。なんというか、自分の命綱を他人に任せているような、そんな不安定で、足下が覚束ない感覚だ。
「はぁ……こんな不安な気持ちになったのは初めてよ」
「大丈夫ですか? 怖かったですか?」
 る~ことが心配そうに顔を覗き込んでくる。私はひらひらと手を振った。
「大丈夫、ちょっと緊張しただけよ。それで、もう外には出られるの? 月食に会いたいんだけど……」
「船が着陸したら出られますよー。あっ、今ちょうど着陸したみたいですね」
 操舵室からちゆりと夢美が出てくる。私はハッチを開いて船の外に出た。周囲を見回す。月喰の姿はない。
「月喰! 出てきなさい! おーい! 月喰!」
 ……反応がない。振り返ると、なんだなんだと船からちゆりたちが顔を覗かせていた。
「おい、まさか……」
呟くちゆりに、私は頷いて見せた。
「月喰……はぐれちゃったみたい……」
前作からかなり時間が経ちましたが、シリーズ三作目です。旧作に加えて西方と五月雨が入ってます。魅魔様は出てこなかったよ……。
雨宮和巳
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コメント



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3.100名前が無い程度の能力削除
凄くこういうの好きです
旧作の独特なSF感ファンタジー感はなんともいえません
5.100名前が無い程度の能力削除
初回から読ませて頂いてます
相変わらずドタバタSFな感じが気持ちいい
そして夢美さんが素敵なくらいざっくばらんだ……w
次回も期待してます