もこ~んの襲撃で、永遠亭が半壊してしまったため、改修が終わるまで、私はどこかに逗留しなくてはいけないことになった。
永琳は私に白玉楼をすすめた。あそこなら人里や、妖怪のすみかのような穢れがないから、輝夜には居心地がいいと思うわ、とのことだった。とくに行きたいところもなかったので、そのとおりにした。
冥界に行き、白玉楼の門を叩くと、まずは魂魄妖夢、つづいて西行寺幽々子がしずしずとすがたをあらわした。書状をわたして、お世話になります、と言うと、なんだかうさんくさげな、面倒くさそうな顔をされた。いちおう食費として、多少のお金をあずけたあと、
「冥界の食事は、うめーかい?」
と、超おもしろいギャグを飛ばしてやると、従者のほうは大爆笑したものの、亡霊嬢のほうは、やっぱりつまらなそうな顔をしていた。それで、嫌われているんだな、と思った。
(一)月満ちるように死を抱く
それからしばらく、適当に暮らした。白玉楼は、永遠亭以上に娯楽のないところで、昼も夜も、庭と空、それから幽霊をながめて暮らすほかしようがなかった。
庭は妖夢が、いつもばっちりきれいに整えているし、冥界の空は顕界とちがい、よく晴れているときでも、何かうすいミルクのようなものが空に流れて全体を膜のように覆っている感じで、めずらしくって、やっぱりきれいだった。基本的に幽々子と妖夢しかいない家だがたまに幽霊が紛れ込んできた――成仏できない、未練がましい霊たちなのか、それともここで、来世とやらへの、順番待ちをしているのか。とくに訊きもしなかったので、私にはわからない。幽々子も妖夢も、幽霊がそのへんをふよふよ飛んでいるのを、さほど気にしていないようだった。
料理をする妖夢の手元に、幽霊がやってくる。
幽々子が亡霊とは思えないほど、たくさんの量を食べるので、妖夢はいつも、日が傾く前から夕食の仕込みをはじめる。気が向いたときは、私もそれを手伝う。ひまなのだ。
幽霊の色は白く、半透明で、向こうの景色が透けて見える。大きさはまちまちで、握りこぶしくらいのものもいれば、妖夢の胴体くらいの大きさのものもいる。
触ったことはないので、手触りはどういうものだかわからない。
幽霊たちはまるで料理に興味があるかのように、お鍋の上に浮いてとどまったり、周りを飛び回ったりする。
「ねえ」
とんとんとんとん、まな板で玉ねぎを刻む妖夢の背中に、私は話しかける。こちらを見もせずに、妖夢はこたえる。
「はい、何ですか。じゃがいも剥き終わったんですか。それじゃ、次はにんじんお願いします」
「そんなすぐに終わるもんですか。なんなのよこの量。……ねえ、その幽霊、じゃまじゃないの?」
「え? ええと……べつに。慣れてますから。悪さをするわけでもないし」
「幽霊にはものが見えるの?」
「え?」
幽霊たちの動きを、私は目で追いかけている。妖夢は少し、驚いたような声を出す。
「幽霊って、死んでるから、肉体がないし、目もないじゃない。妖夢の手元をのぞきこんでるみたいだけど、見えてるのかなあって」
私の瞳のなかで、半透明の小さな幽霊たちが揺れる。
妖夢は、うーん、と考えこんだあと、見えてますよ、と言った。
「私もこの半霊のほうで、ものを見たり、感じたりすることができるんです。だから、幽霊だって、同じことですよ」
「そうなんだ」
「輝夜様は、どうなんですか。死んでるとき、何か考えたり、感じたりするんですか」
今度は私が、首をひねる番だった。たしかに、私はよく死ぬけれど、死んでいるあいだのことは、ほとんど記憶に残らない。
残らない、というのは、夢を見ているようなときがあるからだ。死んでから生き返るまでのあいだに、何か特別な視界を得ることがある。けれどそのときに見たものは、おおむね忘れてしまう。
帰ったら、永琳に話してみようか。じゃがいもを剥き終わり、にんじんに取りかかったあたりで、私はそう考えた。
その夜も、幽々子のご機嫌をそこねて、私は殺されてしまった。
◆
幽々子はおしとやかに見えて、わりと乱暴な奴で、とくに意味もなく、私を殺してしまう。
はじめに殺されたのは、お茶を飲んでいるときだった。ぼんやりと白玉楼の庭に目をやって――松を基調とした日本式の庭園で、中心に池があり、ゆるやかな起伏のある土地の庭石のあいだを水が流れている。水はしだいに合流し、大きな流れになっていく。
これが表側の庭で、屋敷の裏側にも庭がある。裏側の庭では、水を用いずに白砂で水の流れを象徴させており、夜に眺めるとまるで月の表面みたいに枯れているところが、私に故郷を思い出させた――で、庭で咲いている花を見ていた。松の木の横に一本だけ梅の木があって、ごつごつした幹と枝の先に鮮やかなピンク色の花がひらいている。
けっこう離れていたけれど、見ていると、こちらまで花の香りがとどいてきそうに思えた。鼻をくんくんさせながら、妖夢が淹れてくれたお茶を飲んでいた。すると、蝶が飛んでいるのを見つけた。
昼の光のなかで、闇のような瑠璃色に輝く、大きな、とてもきれいな蝶だった。思わず、それに手をのばした。触れると、私は死んでしまった。
生き返ってしばらくするまで、何が起こったのかわからなかった。幽々子を見ると、つまらなそうな顔をして、「やっぱり生き返る」と言った。それでわかった。
「な、なにするのよ。なにか悪いことした?」
「べつに。ただ、ままならないな、って思っただけ」
何がだろう。興味がわいたが、それよりも危なっかしい奴だと思った。私のようなものでさえ、瞬間に殺すことができる。幽々子の能力は度を越えて強く、危険なものだ。今は亡霊をやっているが、生きているときからこうだったのだろうか。
もう一度殺してくれるように頼んだ。幽々子は驚いた顔をした。
あなたの能力に、どれだけ抵抗できるか、ためしてみたいのよ。
そう言うと、幽々子は呆れたような表情で、思ったよりもAggressiveな姫様ね……と言ってからもう一度蝶を出してくれた。
がんばったけど、やっぱり死んでしまった。それから何度もためしたけれど、どうしてもだめだった。
幽々子に殺されるのは、妹紅に殺されるのとずいぶんちがった。「生」と「意識」が私という車の両輪にあるとすると、まず、生のほうが死にとらわれて止まってしまって、それにつれて、意識のほうも私から離れていく。ほとんど同時に止まるけど、わずかのあいだ、そのふたつには時間差があって、その隙間の時間、私は幽霊になったような気持ちになるのだ。
けれどその気持ちも、生き返ったとたんに、砂が波に飲まれるみたいに、流れて消えてしまう。
◆
その日、私は妖夢よりも早く起きた。庭に出て、昇ったばかりの太陽を見た。昼間よりも木や石や、水の輪郭がはっきりして、色が際立つようによく見えた。妖夢が起きてくると、あくびをしている妖夢に「おはようむ」と声をかけた。大爆笑だった。
ゆっくり時間をかけて朝食をとった。食べているあいだに、室内に差し込む光の角度が変わって、それで時間が経っているのがわかった。この家にしてはめずらしく、洋食の朝ごはんで、パンにジャムやマーマレードを塗ったものと、目玉焼き、ほうれん草のバターいためににんじんのグラッセ、それから野菜のクリームスープだった。私はそれでおなかいっぱいだったが、幽々子はそれにつけくわえて、お好み焼きと、チャーハンと、すき焼きを食べていた。わけがわからなかった。
「つっこんでいいのかしら……」
「だめよ」
「だめです」
主従から声を合わせて言われると、元来奥ゆかしい性質の私は、縮こまって黙ってしまう。
サイヤ人のごとくもりもりごはんをたいらげていく幽々子の耳の後ろあたりに、いつも彼女がしたがえている数体の小さな幽霊が、ふよふよ浮いているのが見える。
私はその幽霊から目をそらして、また庭を見た。起きたときよりも色が濃くなったように思えた。
一本の松の木の下に、小さな水仙が咲いている。あたたかくなってから咲くものとは品種がちがう、小さな花で、中心の筒状の花びらが黄色いものだった。
花の幽霊なのだろうか。
すき焼きのお肉をおかずにチャーハンを食べている幽々子に向きなおって、私は話しかけた。
「幽々子」
「もぐもぐ。なあに」
「お肉、おいしい?」
「おいしいわよ。妖夢の料理は冥界一よ」
「えへへ」
「妖夢のほかに料理人いないでしょう。でも、いいの?」
「なにがよ。あげないわよ」
「いらないわよ。幽々子はさ、冥界の姫で、穢れとは隔絶された暮らしをしているのに、動物の死体なんか、食べてもいいの」
「……言ってる意味がよくわからない」
「だからさ、生きることと死ぬこと、産むことと殺すこと、その両方の繰り返しが、穢れを作るわけでしょう。浄土の住人であるあなたが、殺された動物のお肉を食べるなんて、なんだか罪深いんじゃないかって」
「……そういったことは、あまり気にしないわ」
「そう? でも、おかしいと思うわ」
「そうかしら」
「ええ」
「輝夜様こそ、いいんですか」
妖夢が口を挟んできた。
「輝夜様だって、月の住人で、私たちと同じでしょう。毎日毎日、いっぱいごはん食べてますけど、良いんですか。もらったお金はもう使い果たしてしまいましたよ。まさか三ヶ月も居座るなんて……」
「永遠亭では永琳に深夜アニメを止められていて……」
「改修はとっくに終わってるんだから、機を見て帰ってくださいよ。向こうでもさみしがっているでしょう」
「あのね、三ヶ月なんて、私たちには刹那・F・セイエイなのよ。ともあれ、私たちはもう、穢れなんて気にしないの」
「そうなんですか」
「蓬莱の薬を飲んだ時点で、月から追放されるくらい穢れてるんだもの。このうえちょっとばかり上塗りしたところで、どうってことないわ」
「そうなのね」
「……そうよ。幽々子。私たちは永遠を生きる存在。穢れていようがいまいが、関係がない。未来も死も、私たちの行く手にはない。連綿とつづく、途切れのない『今』だけが私たちを延長する」
「醜いわ」
「え?」
生にしがみつく、死に怯えない存在。見ていられないわ。
幽々子はそういうことを言って、立ち上がり、すたすた歩いて部屋を出ていってしまった。妖夢が、あわてて追いかけた。ひとり残された私は、手持ち無沙汰になってしまった。幽々子の使っていた箸をとり、すき焼きのお肉を、いちまいだけ食べてみた。いいお肉だったし、妖夢が味付けしたのだから、文句なしにおいしかった。けれどなんだか、ふつうに食べるよりも味気ないような気がした。
(二)私たちは連続していない
その夜、私は幽々子に夜這いをかけた。
それまでも、何度かやっていたのだ。なにせ幽々子はとても美人で、よく食べるせいか、亡霊のくせに肉付きがよく、抱きしめたくなるような女だった。私の洗練されたレズビアンエモーションがうなりをあげないわけはなかった。
幽々子は亡霊のくせに早寝で、真夜中には、いつもぐっすり眠っているから、忍びこむのはかんたんだった。
そろそろと寝室のふすまをあけ、部屋の畳のまんなかで、幽々子が眠っているのを確認すると、開けたときと同じように慎重にふすまをしめて、音を立てないよう、爪先立ちで近づき、厚手の布団を少しだけ持ち上げて、幽々子の隣に体を入れる。仰向けで、まっすぐ体を伸ばしたきれいな姿勢で眠っている。幽々子の体は、死んでいるから、冷たい。
抱きついて、体温をわけてあげるように、私はじっと動かずに待つ。やがて、幽々子の体のなかにわずかばかりの火が灯り、内側の奥底で、何かが動く気配を感じるようになる。そうすると、私は眠る幽々子の、好きな部分をさわる。
幽々子は起きない。眠りの深い、健康的な幽霊なのだ。
念のため、鼻の下に指をあてて、寝息が規則的なのを確認すると、私は幽々子の耳に口をよせ、小さな声で謝った。
ごめんなさい
幽々子が目を覚ました。
それから、私は幽々子にひとしきりしばきあげられた。顔面を拳で殴られて立ち上がれなくなった私の手を幽々子が掴んで、引っぱり、裏側の庭が見える縁側まで連れて行った。表側の庭とはちがう、水のない、砂と岩だけの庭だ。
月光が満ちており、白砂で描かれた水の流れが鈍く輝いていた。満月が中天にかかっていた。暗い夜のなかで月の白い光が、長い時間をかけてやっとのことでこの庭に到達し、ゆるやかに動きつつたまっているように見えた――まるで水底のような景色だった。
私をほっぽり出して、縁側に座り、足を前に投げ出した幽々子が、身動きもせずじっと月を見ている。私はその背中を見る。薄手の寝間着を透かして、幽々子の体の影が見える。風が吹いて寝間着の布が揺れる。影が揺れる。
幽々子は何を考えているのだろうか。とても知りたくなった。声をかけようとしたとき、幽々子が立ち上がった。
裸足のまま、庭に降り立つ。幾度か、刻むような足取りで、白砂を踏みしめたあと、くるりとこちらを振り向く。
「人魚姫のようでしょう。足の生えた」
そう言って、寝間着の裾をまくると、小さな、でもきちんと骨があるのがわかる膝小僧が見えた。
幽々子は笑う。
笑う幽々子の横に、幽霊が浮いている。
「輝夜」
私の名を呼ぶ。
「死なないってどんな気持ち? あなたはどうして、蓬莱の薬を飲んだの?」
「……」
「わからないの? 自分のことなのに」
「馬鹿。わからないわけ、ないじゃない」
「じゃあ、どうしてよ。教えてほしいわ」
「いいけどさ」
「何よ」
「幽々子、寝間着で寒くないの?」
幽々子は今度は、声をあげて笑った。
どうやら、夜這いして体をまさぐったことは、もう怒っていないみたいだ。殺されなくてよかった。
死んでいるうちは、私は動けないので、こうして言葉を交わすことができないからだ。
会話をつづけた。
「幽々子。問いの答えがほしいの?」
「知りたいわ」
「私たちは連続していない」
「え?」
「私はあなたに何度も殺されて、しだいに、意識を明瞭に保つことができるようになったわ。自分の死を見つめられるようになった――
生と死の間には隙間がある。あなたが考えているようなものとはちがう。私たちは、はっきりと別のものだわ」
「何を言ってるの」
「生き返らせてあげようか」
西行妖。白玉楼で暮らしているうちに、私はその桜の名前を何度か聞いた。
とても大きな桜の木で、幽々子はその枯れた桜をもう一度満開に咲かせようと、私たちより以前に異変を起こしたのだという。
私の能力なら、たぶんその桜を、咲かせることができるだろう。
黒い、けれどネオン色に輝く大きな蝶が、いくつも私に群がってきた。私はそれを、注意深く避けた。ふつうに体を動かしただけでは避けきれないものは、須臾の時間を使って蝶と時間のあいだに自分を割り込ませた――幽々子は驚いているようだった。夜這いのときと同じように、焦らず、丁寧に歩を進めて、私は幽々子に近づいた。
両手で幽々子の頬に触れる。
幽々子は私より背が高いから、私のほうが少し下から見上げる格好だ。幽々子の頭の後ろに月が見える。逆光で、幽々子の表情がよく見えない。
「死にっぱなしの亡霊。私がお前を、輪廻の輪に戻してやろうか。もう一度価値ある生をおくらせてやろうか。生まれ変わらせてやろうか」
「……よけいな」
「よけいなお世話、かしらね。まったく見てられない……言い直すわ。殺してやろうか」
「何を」
「私は私の周りの月人を、何人も殺したわ。地上に降りてからは、地上の人間を。
永琳は私のために、私を連れ戻しに来た月の使者を皆殺しにした。妹紅は私への憎しみから、私を育ててくれたおじいさんとおばあさんを殺した。
幽々子。あなたは、ほんとうに誰かを殺したことはあるの? 自分の悪意で、人を殺したことがあるの?
誰かと死に別れたことは?
あなたは死をなんだと思っているの? 死にっぱなしの亡霊。答えなさい」
死ぬとは、もう二度と、その者と会えなくなることだ。
幽々子は黙っている。頬に触れた手から、わずかに震えが伝わってくる。
ほんとうは、今夜、幽々子が起きなければ、黙って出ていくつもりだったのだ。食事のときに、幽々子が怒ったことで、私がいると、迷惑なんだと考えた。ここは幽霊の住み処だ。居心地は良かったけれど、けっきょくのところ、私とは相性が悪いのだ。
その証拠に、こうやって、私は子どもをいじめてしまっている。
「……ごめんなさい」
もう一度謝った。やはり、レズエモーションをなんとかして抑えこむべきだった。
幽々子から手を離し、くるりと後ろを向いて、私は庭を離れた。自分の寝室へ戻り、朝を待った。
朝になったので、一応、妖夢に挨拶をしてから出て行こうと考えて、腰を上げたところに、八雲紫が訪ねてきた。
(三)幽々子様のお友達
「ほほほ」
「……何用よ」
隙間妖怪にしては礼儀正しいことに、きちんと障子をあけて、歩いて部屋に入ってきた。戸惑っている私を落ち着かせるように、まあ、そこ座んなさい、と座布団を指し示す。人ん家とはいえ、一応、私の部屋なのだが。
差し向かいで座ったが、八雲紫は扇子で口元を隠して、うすく笑っているだけで、いっこう会話をはじめようとしなかった。なんだか所在ない感じになってしまった。何かしら用があって来たんだろうと思ったが、こちらから水を向けてやる気にはなれなかった。それでテレビをつけた。日曜日だったので、仮面ライダーフォーゼをやっていた。ふたりで見た。最高だった。
それではずみがついたのか、八雲紫はやっと話しだした。
「ねえ、もう少し、ここにいてあげてくれないかしら」
「何でよ。私、嫌われてるでしょう」
「そんなことないわよ。わかってるでしょ。幽々子は怖がっているだけなの」
死を操り、生に怯える亡霊。それがどれだけ滑稽な、お笑い種の存在か、彼女ならわかるはずだ。
「あなたは幽々子が、誰も殺していないと考えているようだけど、それは間違いだわ。彼女は生前に、とても多くの人を殺しました。そのために、今の亡霊の彼女があります」
「聞いてたの?」
「寝物語にね。……昨日は藍が激しくて、あやうく気絶してしまうところだったけど……あぁ……藍、藍……おしりはやーなの……」
「あ、あの?」
「うぉっほん。……ここは、美しいところでしょう。輝夜」
一拍遅れて、ええ、と返した。隙間妖怪の性生活を知った衝撃とともに、はじめて、彼女が私を名前で呼んだので、驚いてしまったのだ。
「ここは幽々子の死によって作られた場所。彼女の居場所よ。あなたはここを美しいと感じ、楽しむことができる。何ヶ月いても飽きないくらいには、ね。冥界において、それがどれだけ貴重なことか」
「いやそれは深夜アニメが……」
「私は毎日来るわけにはいかないし、冬の間は眠ってしまうし……ねえ、あなたに、幽々子の友達になってほしいのよ」
「あなた、あの子の何なの?」
どうにも気に食わなかったので、ついつい、乱暴な調子で言ってしまった。すると隙間妖怪は、なぜだかうれしそうな顔をする。
「私は、あの子を。……幽々子を、妹みたいなものだと思っているわ。私ではできなかったことがある。とても悔しくて、今でも、身をちぎられそうな思いがするわ。
私は彼女を、幸せにしてあげたい。
そのためなら、どんなことでもするわよ」
朝っぱらから、変な空気になってしまった。隙間の体から妖気があふれ出し、家じゅうに広がった――耳をふさがれ、目も見えなくなってしまったように思った。つけっぱなしだったテレビの音が遠ざかり、手を伸ばせば届く距離にいるはずの隙間妖怪の姿がもう見えない。
私はため息をついた。生来、つつしみぶかい性質の私だから、こんなことはあまり好きでないのだ。まともに戦えば、負けない自信はあるが、この妖怪は存在自体がインチキである。めんどうくさいことこの上なかった。
口を開く。
「もう三ヶ月だけね」
「……おや」
「新しいアニメもはじまったし……あのね。それで、信じてほしいんだけど」
「何かしら」
「私も幽々子のことが好きよ。紫」
隙間妖怪は驚いたような顔をした。――そうだ。私は誰かを、驚かせることが好きなのだ。
それでついつい、蓬莱の薬なんかを作らせて、飲んでしまったのではないだろうか。そういうふうに考えて、どうも一面の真実をとらえているようなので、それこそ私は自分自身に驚いてしまったが、ともあれ、しばらくは永琳にも誰にもこの考えはいわないでおこうと思った。
ちょっと放心してしまったところに、紫がぐっと近寄ってきて、私の両手を握ってぶんぶんと振る。
「ありがとう。お願いするわ。お願いするわ」
「お、おう」
「紫様!」
とてとて廊下を走ってくる音が聞こえて、勢い良く障子が開いた。紫の式の、藍とかいう狐が血相変えて部屋に入ってきた。手を取り合っている私たちを見て、ほっとしたようだったが、それでもとりあえずは、ハリセンを取り出して紫の後頭部をはたいた。
「もう。何やってるんですか。人ん家で。だめですよ、紫様」
「痛い。痛いわ藍」
「これは今夜もおしおきですね……」
「あ、あの!」
「これは輝夜様、ご機嫌うるわしゅう。何、気にしないでください。嫌がってるわけではないんですよ。ねっ紫様」
「はい」
「ゆ、紫?」
「じゃ、行きましょう」
連れ立って、ふたりが出ていったので、私もあわててついて行った。居間に人数分の朝食が用意されていた。妖夢が幽々子のお茶碗にごはんをてんこもりによそっている。よっそいよっそい。
座ったまま、幽々子が顔を上げて私を見た。ちょっとだけ、びくっとしたようだったけど、すぐに目に力をこめて、私をにらみつけてきた。私はその視線を受け止めた。なんだか目の前の女の子が、とてもいとおしくなってしまった。
作中に時折見られる、キャラクターの気の抜けるような発言も、話の雰囲気(というより作者さんの筆致)のおかげでどこかおバカな、春めいた陽気さとのどかさが感じられました。それが話の中でいいアクセントになってるように思います。
ただ、深夜アニメやらなんやらのメタ要素だけは不可解でした。
どうも私には受け入れがたく、読んでいて喉につっかかるような。端的にいってしまえば異物感がひどい。
芸風だというならそれまでなんですが、少なくともこの話にはあわないように感じました。
ラスト、にらみつける幽々子様がたいそう可愛らしかった。
もうちょい紫様を不自由に使って欲しかった気もしますね。
では、同じく作中で提起されている穢れと生に関して読み解いてみると、輝夜をして生にしがみついていると幽々子は看破しますが、それをいうなら幽々子こそ死にしがみついている。生者とおなじ食事を取ることなどまさに生の真似事をしているに等しい。おそらく、穢れという意味では輝夜幽々子両者に相違はなく、ただそこに応対する態度が違う。輝夜も幽々子も生への性向を自覚しながら、輝夜は死を恐れず永遠を生きるとのたまう。これは生きるとはいえない。永遠の生は存在しないわけですから。幽々子はおそらくそこに突っかかったものと推察します。けれど翻って幽々子はどうかというと輪廻に戻る事も踏み外す事もせず(できず)ふらふらしているばかり。ここで、両者の「生き方」が対比されているのではないか。そして、死をなんだと思っているのだ、と輝夜が幽々子を問い詰める場面などは、これはそのまま『おまえはなぜ生きているのだ』と問い詰めているもおなじであり、ニートにそんなこと問い詰められたら俺でもキレるわ。俺キレさせたらたいしたもんですよ。そりゃあふくれっつらも作ろうというものです。つまりゆゆ様可愛い。
いずれにせよ生と死を特殊な環境で享受する両者に生き方を語らせるというのは、大胆な試みだなあと感心するばかりです。つまりゆゆ様可愛い。
ところで、人魚姫に幽々子を例えていることからちょっと調べてみたら、なるほど古典の名著同士だから必然なのだろうけど竹取物語と共通する要素(難題婚・異常出生・昇天)があるようでこれもまた興味深いです。人魚姫と幽々子を同一視する意味は、いい加減長いので他所で考えます。
全体的にゆゆ様が可愛かったです。
あと、深夜アニメに代表される小道具も使い方はごたまぜにされた挙句良い感じに醸されているかと思います。洗練された味わいを求めてしまうと、ぼにゃりしてしまうかもだけど。
ゆゆ様が可愛かったです。ゆゆ様が。
やっぱり書き手が変わるだけで作品の雰囲気がガラっと変わりますね。
てるゆゆいいよてるゆゆ。
ゆるせん、もっとやれ!