※他愛もない話です。長いけど。
※キャラが壊れてても泣かない。
「私のタイプの男性、ですかー・・・。・・・まず、大前提として」
「ふむふむ」
「私より強いことですね」
ほう、と意外そうな声を漏らすレミリア。
「美鈴の事だから、同じタイプの、なんて言ったらいいかな。・・・そう、体育会系だっけ。そういうのだろうなとは
予測は付いていたけど、自分より強い相手が良いと言うとは思わなかったわ」
「私だって女の子ですから、守ってもらいたいんですよ」
ふふ、と微笑む美鈴に、
「そう? 私も美鈴の言う”オンナノコ”だけど守ってもらいたいとは思わないなぁ」
不思議そうな顔を向けながら、言ってレミリアは胡麻団子を一口齧る。レミリアが理解できない理由が、しかし
美鈴には簡単に分ってしまった。
「あぁ、それは・・・お嬢様はお強いですから」
「・・・。ふふん。まぁ、そうよね」
腕組みなどしつつ誇らしげなお嬢様。唇の端に餡子と胡麻をおべんととして引っさげているあたりを見る
だけだととても強いとは思えない。そんな事もあってか美鈴の言葉はお世辞にも思えるようだが、全くの
事実を述べているだけ。
甘く見積もっても、レミリアの強さは幻想郷の十指に入るだろう。ゆえに守られたいという心理自体が起こらないのか。
「けれど私はそこまで強くはありませんから、やはり守って欲しいんです。・・・と、続きをお話しするとですね、
やはり同じ武術の道を志す人が好ましいですねー。そしてお互い切磋琢磨して、同じ時間を過ごして・・・
そうすれば、愛は深まっていくものだと思います」
流石に気恥ずかしくなったのか、美鈴は目元のグラスに視線を落とした。その熱が伝わったのか、烏龍茶に
浸かった氷がからりと音を立て溶ける。レミリアはといえばそんな門番娘をじーっと見ている。そして、
「ふーん。で、他には?」
意外とそっけない。その様子で美鈴はある事に気付いてしまう。
「あのーお嬢様? 外見についてのご興味の方が優先されてませんか?」
「え、うんまぁ」
分りやすいにも程がある、などと思って美鈴は小さな溜息。しかし、会話をするのに分りやすいのは悪いことではない。
分りにくい極地がレミリアの友人パチュリーだろうか。美鈴はこないだ
「ねぇ美鈴。コッペパンはガムザトハノフよね」
などと言われ、仕方なく適当に
「マゴメットハンですか」
と答えたら、物凄い良い笑顔で鋲打ち装丁されたグリモアの背表紙を顔面に叩き込まれた。確か親指まで立ててた
気がする。もうなにがなんだか全くわからない、それに比べたら。
「まぁ・・・確かに外見はいい方がいいには違いないですけれどね。うーんうーん、表情はきりっとしているほうがいいですし、
どちらかというと都会的というよりワイルドな感じが・・・いい、とは思うんですけど」
そんな感じでいまいち煮え切らない美鈴をやぶにらみのレミリア。美鈴の口から何としてでも好みの相貌を引き出したい
のか。しかし、当の美鈴本人はどこか困った表情である。
「そんな顔で見ないでくださいよお嬢様ぁ。大体どのようなことをお考えになってるかは気付いていますけれど、その、
なんというか・・・。こういうことを言うのは自分でも格好つけてるみたいでいやなんですけど、私はそこまで外見を重視して
ないんですよぅ。確かにワイルドできりっとした感じがいいとは言いましたけど、趣味や嗜好が合うならそれが一番ですから」
「・・・なに優等生ぶってるのよ」
「うわぁ。そういうこと言われるから言いたくなかったんですよぅ。でも、事実ですし・・・」
「ふぅん。仕方がないわね」
これ以上問い詰めてもそれほど実になる情報が入手できるとは思えないと判断したレミリアは、困り果てた表情の
門番娘をようやく解放する。話題の虜囚の身から解放された美鈴は、ほぅと溜息をついて烏龍茶を飲み干した。
「それで、美鈴」
おかわりを注ぐ美鈴にさらに言葉を投げかけるレミリア。
「はい?」
「もし、仮にお前に恋人ができたとする。そのときお前は、仕事を取るのかしら? それとも愛を取るのかしら?」
レミリアの紅の瞳は真っ直ぐに美鈴を直視している。何かしらの運命が見えているのであろうか。レミリアとしては
やはり美鈴に門番として居てもらいたいのだろう。それでも美鈴が愛のために館を離れるというのならそれを認める
寛容さも持ち合わせている。
いつか来るかもしれないその時のために、レミリアは美鈴の言葉を待っている。他愛無い午後の会話の空気が、少しだけ
ひきしめられる。その空気の変化を敏感に感じ取った美鈴は、答えを模索する。しばしして導き出された答えに
一つ頷き、視線を合わせてこう言う。
「両方ですよ」
「・・・へ?」
「ですから、両方です。恋をして愛が結実しても、私は門番で居たいと思いますよ。できうるならその未来の恋の相手と
共に、紅魔館の門を守っていきます。私が好きになる人、私を好きになってくれる人なら、きっと分ってくれます」
微笑むその目はしかし真剣そのもの。皮肉の一つでも飛ばそうかと思ったお嬢様はそれをやめた。
「・・・主としては満点を上げるべき答えかもしれないわね。もしそんな事があるならぜひそうしてもらいたいものだわ」
「はい」
優しげな笑顔のレミリアからは普段無い無いと言われるカリスマが感じ取れた。美鈴もその言葉と、主の様子に
満足する。満足して美鈴は、さて、受けてばかりもいられませんねと心の中で決意する。
「ところでお嬢様?」
「ん?」
「そういうお嬢様の好みのタイプって、どういうものなんですかね?」
そう問う美鈴の笑みにはどこかしらか、ちょっとだけ意地悪な雰囲気が感じられた。
「え? あー・・・うん。わ、私の好みかー・・・」
意外にもレミリアは怒りもせずに考え出した。美鈴の気を使う能力は話の流れをも見切れるのか、それとも優しい
主従関係ゆえか、ともあれ美鈴の思うとおりの展開になったようだ。眉根にしわさえ寄せる勢いで真剣な表情のレミリア。
腕を組んだり顎に手を当てたりあうあーと天に両手を突き上げ反り返り叫んだりしている。こりゃぁちょっと時間が
かかりそうだと判断した美鈴は、
「しばしご考慮のお時間を楽しんでてくださいね。ピッチャーに烏龍茶を注ぎ足してきますんで」
一つ断りを入れて厨房に引っ込んだ。肝心の主は返事をせずに、頭を抱え込んでうーだのみゃーだのと悶えている。
氷の塊を景気よく、うぁっちゃぁぁぁおぉぅっだのと気合を入れながら叩き割り、烏龍茶を注いで戻るのに五分はかけた美鈴。
ちゃんと気遣いましたよってな感じ笑みと共にダイニングに戻ると、流石にレミリアの煩悶も収まっていた。収まらずまだ
くねくねうーにゃーしててもそれはそれで可愛らしくてよかったけど、などと心の中で結構失礼なことを思う美鈴。その姿に
気付いたレミリアは、答えをその小さな口から、
「わたしのこのみはー、わたしよりつよくてー」
「・・・私の受け売りじゃないですかそれ」
棒読みだったので流石に美鈴もツッコミを入れた。うぐ、と図星のレミリアは物凄く困り果てた顔をする。どうやら五分や
そこらではタイプを探し出せなかったらしい。困り顔の主を放置するのもそれはそれで嗜虐心をそそられはしようが、
流石に美鈴はそこまで外道ではない。少しだけ思案して上手く話題を構築しようと決めた。
「そもそもお嬢様より強い相手、ってのがいますでしょうか」
「いるよー。霊夢でしょ・・・あとは挙げたくないけど、あのスキマは今の私だと倒せないかもね。調子がいい時の魔理沙も結構・・・」
「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいお嬢様」
かなり真剣に指折り数え始めたレミリアを慌てて止める美鈴。話を遮られて不機嫌そうなレミリアだが、
「大前提以前の物が間違ってますよお嬢様。確かに今挙げられた方はお嬢様より強いかもしれません。ですが・・・
全員女性じゃないですか!」
「・・・おお!」
「おお、じゃないですよお嬢様! とある特殊な方向性でそういうのをお喜びになられる方もいらっしゃいますけれど、
男性であることを前提にしてください! もう少し生産的に!」
「わ、わかったわよ」
もっともな意見の前に得心したようだ。したところで、
「しかし私より強い男性など・・・知る限りいないなぁ」
とあくまで強さにこだわってみた。なぜか女性が派手な活躍をする幻想郷で、強いと目される男性など誰も思い浮かばない
のは明らかにも程がある。
「いないでしょうねぇ・・・。けれど、もしそんな存在が居たとしますよお嬢様」
「うむ」
想像の翼を羽ばたかす。おかげでレミリア自前の翼まで小さくはためいている。
「・・・思うに、お嬢様より強い存在って、お嬢様は好きになられますか? 私はそうは思えません」
ほら、お嬢様負けず嫌いですから、の一言は何とか飲み込み美鈴の分析。言葉を続ける。
「闘いにでもなったときに”レミリア、お前は引っ込んでろ”って言われて素直に下がりますか?」
「そんなわけないでしょう。そんな事を言う奴には私の強さってのを全視神経、脳神経に焼きつかせてやるんだから」
「・・・ほら」
「あ。・・・あぁ・・・そうねぇ。なるほどねぇ」
美鈴の言わんとしたい事をおおよそ理解したレミリア。やはりレミリアは傲慢不遜にして唯我独尊、最強美少女で
なければいけない。そんなトップオブ全世界吸血美少女より強い恋人は、むしろ踏み超え倒すべき存在となってしまう。
つまり、
「私のタイプの大前提は、私より強くてはいけないわけね」
「ですねぇ」
となる。
「けれどお嬢様、強くはないとしても弱すぎるってのもお嫌いですよね? ただただお嬢様に守られ続けるような相手っていうのは」
「お断り。己の力で立てぬものが私の横に立てるわけがない。支え棒になるなんてごめんだわ」
「ですよねぇ。となると、お嬢様のタイプにはまず、お嬢様より強くもないけど自分一人でもそこそこ・・・いえ、結構
闘えるような人でないとダメ、ってことが分りましたね」
「・・・なるほど。そうね」
完全に納得した顔でレミリアが頷いた。恋人にまず強さを求めた場合の答えを二人で導き出す。美鈴はいつしか
お嬢様のタイプを考えていくことが楽しくなっている。そしておそらくはレミリア自身も。
「ところで、外見の好みもお聞きした方がいいですかね?」
「うー・・・ん。聞く?」
「じゃあ、せっかくですし」
赤い扉を選びそうな言葉だが、そういえばここは紅魔館。赤い扉ばかりだ。そんな事はともあれ、赤々言ってたらレミリアの
頬にも赤みが差してきた。もじもじしつつも、しっかりとした口調で話し始める。
「ほら、私は西洋系な妖怪なわけじゃない? だから西洋的な美男子、ってのが逆に有り体過ぎていまいち
惚れこめないのよね」
「・・・と、いう事は東洋系の顔立ちがよろしいんですか? 初耳です」
「そりゃぁ、こんな事話すの初めてだもの」
火照った頭を冷やすためか、烏龍茶を一口。ふう、と小さな溜息一つついて
「でも考えてもご覧なさい。親友のパチェもタミルの名。咲夜にしろ、貴女にしろ東洋系、ってね・・・。ふふ」
「え、お、お嬢様?」
幼い相貌だからこそより妖しく見える、艶然とした笑みを湛えるレミリア。席から身を乗り出し、ずい、と美鈴に顔を
近づける。吐息の熱が頬に感じられて、美鈴もどこか妙な気分になってくる。とろんとしたお嬢様の紅い瞳が美鈴の
深い緑の瞳を覗き込む。
そういえば吸血鬼の瞳には魅了する力とかあるとか聞いた気も、あぁまずいかなぁ。けど、こういう展開もありかも
しれないなぁ、などと半ば溶け出した美鈴の思考。
「・・・だから、好きよ、美鈴。貴女のことが」
「・・・わ・・・」
私もです、お嬢様、とでも声を投げかけたくとも舌も喉もねっとりとした空気に捕らわれて音にならない。じぃっと見つめる
紅の瞳が、麗しい睫毛で飾られた目蓋で隠された。そして・・・
「・・・なーんちゃって」
「・・・。・・・へ!?」
けらけらと黄色い笑いを振りまいて、本当に愉快そうに席にお戻りになるお嬢様。その様は小悪魔・・・といってしまうと
図書館に行けば実物を拝めてしまうので、まさに幼い悪魔そのものだ、というべきか。
「お嬢様! お、おふざけが過ぎま・・・」
「あら? 私にその気がないのは美鈴なら分ってるじゃない。それとも貴女にこそそういうケがあったのかしら。
きゃーこわーい、たべられちゃーう」
どこまでも冗談めいた口調に、美鈴は呆れてしまう。お返しに冷たい声で一言、
「・・・そういう悪戯は咲夜さんにしてあげて下さい」
「・・・それは本当に食べられちゃうからやらない」
ふざけた雰囲気が一気に吹っ飛んだ。・・・あのメイド長は一体なにをやらかしてるんだ。
「確かにちょっと冗談が過ぎたわね、ごめんなさい。話を戻すわね。東洋系、言い換えればオリエンタルな風貌は
実際好みだと思うわ。ただ、彫りが浅いとしても、精悍な顔つきをしていて欲しいわね。文系一辺倒、武術一辺倒
よりは文武両道、って感じを思わせるような」
「ははぁ、なるほどですねぇ」
さようなら森近さん、惜しむらくはもう少し体を鍛えていればよかったのでしょうけど。などと少しは見知った数少ない
男性に見切りをつける美鈴。何も知らない霖之助は何も知らないまま店でくしゃみを一つ二つした。
「さて、お嬢様が男性に求める強さや外見は分りました。さて、その次にして最も重要なのは・・・」
「みなまで言わなくてもいいわよ。性格よね、せ・い・か・く」
こくりと美鈴は頷く。いかに望んだ程度の力を持っていようと、いかに好みの風貌であろうと、この性格ってものが上手く
噛み合わなければ御破算もいいところである。
「ふぅむ」
レミリア今日何度目かのシンキングタイム。しばらく壁掛け時計だけが単調なソロコンサートで場を繋ぐ。長くかかりそうかなと
美鈴が思い始めた頃に、レミリアの口が開いた。
「まずねぇ、当たり前かもしれないけど自分の考えをきちんと持って行動できるしっかりした相手じゃないとダメよね。
ただ、それを私に無理やり押し付けるような相手はごめんこうむるわ」
「ふむ、なるほどぉ。確かに押し付けがましい相手は私もあまり好きになれそうにないです。他には・・・明るい方が
よろしいですか? それとも・・・」
「むー。私としてはどちらかというと静かな方が好きかもしれないわね」
確かにレミリアは一度火がつけばバカ騒ぎも大歓迎としてはいるが、普段は静謐に、紅茶を嗜み、月や星を眺め、
書に目を通す等といった暮らしぶりをしている。考えてみれば側仕えも親友も喧騒とは程遠い性格ではないか。
「かと言って暗いってのとは違うわよ。それでね、やはり理想とするなら・・・」
「はい」
「目と目を合わせただけでも、私の考えていることが通じる、そういう間柄がいいわね」
「それはかすかに色っぽいですね」
「・・・そうなの?」
「ってことはあれですか。ついでに手を合わせて見つめるなんて事しちゃったら愛し合えて話もできるんですね」
ゆっふぉっ、とか訳のわからないことを妙な振り付けと共に美鈴。妙な物を見る目のお嬢様は嘆息しつつも、
「・・・まぁ、それくらい、お互いがお互いを理解しあえて、言葉なんて超越するくらいの愛を育みたいわね・・・」
少しはにかんだ表情で仰られた。
「でしたらよく気が効いて、お嬢様のワガマm・・・もとい! お嬢様の高邁なお考えをも即座に実行に移せる位の優秀な
方でないといけませんねー」
「そうね。ただ、私がもし間違った運命を選択しそうになった時は身を挺してでも・・・阻止して欲しいわ」
随分と真剣な表情のレミリアに、しかし美鈴はあっけらかんと、
「そんな言葉を使わなくたっていいじゃないですかお嬢様。悪い事したら叱ってくれる人がいい、で十分ですよ」
分りやすい言葉に修正した。ところが言われたお嬢様は不機嫌そうな表情を浮かべ、
「なによそれ、私が子どもみたいじゃないの。美鈴は分ってないわねぇ」
とふてくされる。その様はどう見ても子どもが腹を立てている姿そのものなのだが、まぁ500歳の吸血鬼、そんじょそこらの
子どもと同じようには扱われたくないのだろう。でしたらもっと二次性徴を発露すればいいのに、などととんでもない事を
美鈴は思う。ねぇ美鈴、そうなると悲しむ人がたくさん出ると思うんだ、何故か分らないけど、きっとたぶん。
「分ってないんでしょうか私。それでもまぁ、お嬢様の好みはだいたい分りました」
「へぇ、じゃあ言ってみてよ」
こほんと一つ咳払いの美鈴。
「では遠慮なく。まずお嬢様ほどではありませんがかなりの強さがあり、文武両道の雰囲気を持つオリエンタルな顔立ち。
自分がしっかりとある方で、且つよく気がついてお嬢様のことを誰よりも理解し、普段は静かでしかしお嬢様の間違いをも
きちんと正せるような方・・・って事で構いませんかね?」
「そうね。・・・・・・けれどもそんな存在っているのかしら」
ある意味で真理のこもった言葉。レミリアも美鈴も腕を組んで考える。しかしなかなかに理想は高い。ほとんど
完璧超人の域だなぁ、などと考えて、美鈴ははたと気付いた。
一人、いる。だが、しかし。
気付いたときにはもう遅かった。
「・・・ぷっ」
「・・・? 美り・・・」
「ぷわっはっはっはっはっはっはっあーぁはっはっはっはっはっはっ!!」
噴出しざまに大爆笑。どんがどんが机まで叩くもんだからレミリアは目を丸くして、ついでツッコミを入れるより先に
烏龍茶と胡麻団子を守るのに精一杯だ。天を仰ぎ腹筋を押さえ机を叩き割るんじゃなかろうかという勢いの美鈴の
爆笑にレミリアはあらぬ心配をする。美鈴の笑いが少し落ち着いたところを見計らって、
「め、美鈴? ももも、もしかして気でもおかしくなった?」
ビクビクしながら聞く。はぁはぁと息を荒げた美鈴は、何とかレミリアに向き直り、
「おっお嬢様酷・・・っあははははは! あーははははは!」
やっぱり壊れた。レミリアは驚愕しつつも、そういえばフランの部屋の隣って空いてたっけなぁなどとぼんやりと決断の
準備に入りだした。二度の爆笑を終えた美鈴がもう一度主に向き直る。始終にやけっぱなしで緩みまくった涙腺から
こぼれる涙を可笑しそうにぬぐいつつも。
「お、お嬢様、すみません。あのですね・・・」
「うんわかったわ美鈴もう何も言わなくてもいいの。門番をして魔理沙に吹っ飛ばされることもないわ。安心してフランの
隣の部屋でゆっくり過ごしなさい」
「い、いやちょっと、お嬢様私正気ですって!」
同情からかなんなのか、ひどく優しい表情のレミリアに慌てて誤解を改めさそうとする美鈴。これは爆笑の理由を
教える必要がありそうだ。
「ちょっと、お嬢様の好みにあまりにもジャストする人がいたので、そのなんていうんですかね、う、運命・・・ぷぷ、あ、あぁすみません
おかしくないですよー可笑しいですけど。えーと、う、運命の悪戯というか偶然って怖いって言うか・・・くくっ」
笑い混じりの美鈴の言葉に耳を傾けながら、お嬢様は段々腹が立ってきたご様子。どうやら一人で勝手に思い当たって
一人で面白くなって一人で爆笑したらしい。ちょっと待て、恋の話を二人でするんじゃなかったのか、とこういうわけだ。
最も、一人で楽しまれたのが一番癪にきてるのだろうが。
「・・・一人で納得してないで、さっさと教えなさい。でないとその運命の鎖でグルグル巻きにして湖に沈めてやるわ」
怒りを滲ませながらじっとりと言うレミリアに、対照的な笑みの美鈴は
「わかりました。ではお嬢様のタイプに全く合ったその人の名は」
愛すべき一人の人間の名を告げる。
「十六夜 咲夜」
「・・・え。・・・むぅ。・・・・・・。・・・ぷ、く、くはは、あはははは! た、確かにそう、うっあははははは!」
「でしょう?」
「あははははは! そ、そうだなあははははは!」
自分のメイド長の名を言われて笑い転げるお嬢様。確かにしかし、咲夜の全てが先のレミリアの好みにある。
そこそこ以上の強さ、オリエンタルな雰囲気、静かで面倒見がよく何より誰よりもお嬢様を理解している。つもりはないのに
いつの間にか積み重なる符丁の組み合わせは冗談にしてはよく出来ている。あまりの当てはまりっぷりにレミリアも美鈴も
爆笑せざるを得ないといった体だ。
「いやーしかし参りましたねお嬢様。好みのタイプがこんなに近くにいましたなんて。これはチャンスですね!」
あはははは、と美鈴。無論、冗談である。
「そうねぇ。なんと言って口説こうかしら。”咲夜、私のために毎晩ブラッド味噌汁を作ってくれ”でどう?」
うふふふふ、とレミリア。無論、冗談である。
「だーめですよぅ今も実際咲夜さんがご飯作ってくれてるじゃないですか。ここはもうストレートに”咲夜、私の婿か嫁に
なってくれ”でいいんじゃないですか?」
ぬふふふふ、と美鈴。無論、冗談である。
「さっき女同士がどうこうとは言っていたとは思えない言葉ね美鈴。でもまぁ、咲夜ならいいかなー。だって”好みのタイプ”なんだし」
くすすすす、とレミリア。無論、冗談である。
が。
ドサリ。
冗談でもなんでもない音が、ダイニングの入り口から聞こえた。
素晴らしい笑顔をそのまま凍りつかせる紅魔館の主とその門番。そのまま30秒ほど完全に膠着した時間が過ぎる。
視線を何とか合わせた主と門番は、ギギ、ギギ、と油の差してない機械のように入り口が見えるように首を動かした。
そこにははたして、やはりと言うか。瀟洒にして完全なるメイド長、十六夜 咲夜の姿があった。音の正体は彼女が
うっかり取り落とした買い物袋からだろう。咲夜は凍りついたように、直立不動の姿勢でダイニングを外から眺めている。
視線が合えばレミリアと美鈴の足先から頭のてっぺんまでとんでもない寒気が走った。
「サ、サクヤ。イツカラソコニ?」
こわばった体でこわばった喉から、まったく平坦な声で問うレミリア。それを認めて咲夜はにこりと、非の打ち所のない
笑顔を浮かべ、
「申し訳ありませんお嬢様。盗み聞きするのは不躾だとは思いましたが、その問いに答えるのならお嬢様が
”わたしのこのみはー、わたしよりつよくてー”と仰られた頃からですわ」
と非礼を詫びる礼と共に答える。実際はレミリアがうーにゃー言ってた頃からだが。
「アノデスネサクヤサン、コ、コレハ」
主と同じくらい固まった美鈴は何とか言葉を紡ぎ出すも、
「いいのよ美鈴。私怒ってなんかないわ。むしろ、感謝してる」
ありがとうと小さく呟き頬を染める咲夜の姿。確かに美しく可憐で絵になるのだが明らかに拙い流れだ。なにが恐ろしいって
いつものように分りやすく鼻血を垂れ流し暴走する野牛のようにお嬢様のスカートの中めがけて突進してないところが。
嵐の前の静けさは、それが深いほど後の嵐が大きいともいう。
「さ、お嬢様」
「ハ、ハイナンデスカー!? ってひゃぁっ!?」
時を止めて一瞬で主の横に立ったメイド長は両腕を軽く広げ前に突き出している。相変わらず無駄に大仰な能力を
本当に無駄に使っているメイド長の、その格好を一瞬では理解できないレミリア。しかし傍から客観的な美鈴はその意図する
ことがなんとなく分ってしまった。
「抱きしめてあげます。抱きしめられるのでもいいです。婿でもいいですし嫁でも問題ありません。私のタイプは
言わずもがなです。レミリアお嬢様、この一言で事足ります」
「ちょ、え、いや、咲夜? さっきのは・・・」
「わかっています。冗談なんかじゃないんですよね。よかった、相思相愛なんだ。さあ愛の抱擁を。さあ。
さあさあさあさあさあさあさあさあ!!」
一見瀟洒な笑顔に見えるが、その瞳の色は明らかに正気じゃない。それが証拠にすでにレミリアの声は咲夜の耳朶には
”私が愛し私が愛される人の口が舌が喉が発した麗しい旋律”としてしか聞こえおらず、内容も意味も桃色に染まった
脳にまで届いていない。レミリアにはそれがよくわかっていた。
「あ、あー。あー、うー! め、めーりん!」
「は、はい只今! さ、咲夜さん。ちょっと落ち着きましょう。お嬢様もこんなに怯えて・・・」
言われて美鈴も椅子を立って咲夜を制しようとする。十人が十人見たら美しいと思える幸せそうな笑みのまま、
咲夜が美鈴に振り返る。神々しいまでの笑顔にどきりとする美鈴。
「美鈴」
「は、はい?」
「本当に、ありがとう」
え、と美鈴が予期せぬ言葉に間が抜けた表情をさらす間もなく、瀟洒で完全なロシアンフックが美鈴のこめかみに
叩き込まれた。パチュリーが理解しにくい思考をしているとするなら、今の咲夜は常識では理解できない思考の元に
動いているらしい。いや、一人いる、咲夜自身か。スローモーションで傾ぐ視界の中、美鈴は、
「・・・咲夜さん、ナイス、パンチ」
と親指を立てながらノックダウンした。色々とうまくいったら仲人は美鈴だろう。いや、うまいのか?
「め、めーりんめーりん!? うわーん!?」
「さてお嬢様。式はどういたしましょうか。正教会式ですか、カトリック教会式ですか。いえ、どうせですし博霊神社で
神前式でもいいでしょうかね。でも私はどれでも構いませんよ? お嬢様の伴侶となる、その事実だけが全てです」
「誰でもいいから、たーぁーすーけーてーよーぅ!!」
喜色満面のメイド長にがっちりと抱きしめられながら主であるはずのレミリアは、三々九度の運命を幻視しつつ
悲痛な叫び声を上げた。
結局、レミリアの魂からの叫びに駆けつけた門番隊やメイド妖精たち、気絶から覚めた美鈴の力で、多大なる犠牲を
払いながらも咲夜はその身を拘束された。今その姿は荒縄で頭の先から足の指先までがんじがらめ・・・どころか全身
グルグル巻きにされており、さらにお嬢様のミゼラブルフェイトで作られた運命の鎖で二重巻きというこれでもかといった
様相だ。だがわからない話ではない。時を止めるメイド長にはこれでもまだ安心できるかどうか怪しいところ。
もぞもぞと蠢く縄と鎖の中身にぞっとしつつも、
「さ、早く地下に封印してきなさい。フランの隣の部屋? やめてよ! 私の可愛い妹の横に淫獣を放置する気!?
フランの部屋のある地下のもっと下の下の下、”コキュートス”って書いてある部屋の穴に落として上から土を10トンくらい
かぶせときなさい。それでも生ぬるいと思うけど当面はそれでいいわ。さ! 早く行きなさい!!」
びしりと妖精メイドたちに命じるレミリアの姿は当主として為すべき事を為す威厳に満ち溢れていた、たぶん。妖精メイドたちは
数人がかりで縄と鎖でデコレーションされたリーダーを担いで、矢のような勢いで地下の方へと消えていった。その姿を眺める
レミリアも美鈴も、もはや午後の緩んだ空気には似つかわしくないズタボロ姿である。レミリアなんか脱がされかかってたし。
そしてレミリアは重々しく口を開いた。
「ねぇ、美鈴」
「はい、なんでしょうお嬢様」
「私の好みのタイプの大前提がわかったわ」
「聞かせていただきますか?」
「・・・自分の恋愛感情を抑制できて、暴走しないこと」
「重畳にてございます」
きっぱりと言い放った主に、よく出来た門番は恭しく一礼をした。
どこか遠くから、聞きなれた声がかすかに耳に届いたが、何も聞かなかったことにして、大きな溜息を二人してついた。
「あ~~~いるび~~~ばぁ~~~っく。まぁいすぅぃ~~~と、れっみりっあおっぜうっさ・ま~~~~~~!!」
咲夜さんはもうちょっと優遇されてもいいと思うの! ピー音が入っちゃうけど!
恋の話のストックを全て暴露するべし! さあ、遠慮するな!
むしろパチュリーより親友っぽい
あと誰かメイド長埋め直してこいw
彼の気をひけるかは分からんけど
めーりんの恋人は男版魔理沙(某絵師)のやつで決まりですね
オンナノコって感じがして、二人ともすごく可愛かったです。
恋の先輩だけど思いを伝えられない美鈴可愛いよ美鈴。
お嬢様はフランちゃんに「恋」のこと教えて上げられたのかしらん?
咲夜さんはむしろもう清々しくて素敵。
しかしこの咲夜さんは、お嬢様の間違いをきちんと正せるのだろうか……
これが「めーりん、めーりん、たすけてめーりん!」
と自動変換されたのは俺だけか?
早くなんとかしないと・・・
なかば読めていたオチも、予定調和として非常に良かったです。
>おぜうさま
自分の書くレミリアは時々カリスマを出そうとしたりするので困ります。
幼女のままでいいのに。
>めーりん
めーりんめーりんたすけてめーりん!
こういう話の場合咲夜さんよりも美鈴のほうが似合うかなぁ、と。
あと恋の話のストックはスキマに投げ込んどきますんでどなたか書いてください(投げた
>咲夜さん
すみませんオチに使って。
で、もちろん次の日には瀟洒なメイド長復活ですよ。助けて。
それではみなさま。KEN! ZEN!
だからここは俺に任せて皆は里に帰りな!!
空間も操れる咲夜さんには何やっても無駄な気がしてならないw
全部へたれみりゃと駄メイドが持ってっちゃった……