Coolier - 新生・東方創想話

アウトサイダー・ルール

2012/02/16 22:34:33
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 十六夜咲夜の左眼がどんな色をしているか、どれだけの人が知っているというのだろう。

 真相については、蒼だとか赤だとかいろいろな話があった。
 だが、少なくともいま現在の色を問われるなら赤色だった。
 とびきり透き通った、魂の内側まで見通せそうな赤色だ。

 その前は深海数里の昏いものを塗り込めたような蒼色だったし、その前はきわめて不透明な、人の心臓を撃ち抜いた鉛玉から死人のかなしみだけ抽出したような紫色だった。より正確なところを申し述べる必要がある? それだと言うなら、彼女の左眼だけが――、“そう”だったのだ。

 咲夜は、紅魔館の中でまで眼帯を身につけて傷跡を隠してしまうことを好まなかった。
 もちろん、外出や何かの使い、雇い主の名代でどこかにおもむく際は、不本意ながらも黒い革の眼帯で顔の左半分を覆い隠す。しかし、それだったら傷跡を晒しっぱなしにしておくことの方が、はるかにましだとも思っていた。

 武骨な眼帯で傷跡を隠すのは、自らの不手際をことさら言いわけめいたもので覆い隠しているような、つまりは狭量さを示しているのと同じ意味なのだと考えている。だから、彼女の眼は宝石に置き換わったのだ。地底は旧都を望む数里の果て、その採掘場の中でも最も深い場所から切り出された赤い宝石。数百トンの圧力と、数万度の地熱と、数億年も堆積した時間が奇跡のようにして岩石を圧縮してつくり出した、赤い宝石だったのだ。

 まだ咲夜の左眼が昏い蒼色をしていたのは、十一月の終わり頃までだった。

 それを赤い色に取り換えようと心に決めた日、火焔猫とか名乗る出入りの屍体運びの火車猫は、「どうせなら、メイドさんの無事な方の眼を駄賃に欲しかったねえ」と、肉をナイフで削ぎ落とされた十六歳の処女の骨を食みながら言った。ふたりが相対するときは、常に生ごみと湿った土のにおいに取り巻かれている。紅魔館の地下、『解体』のための部屋とそこに直通する狭苦しい階段はひやりとしきり、それが屍体の腐敗を申しわけ程度ながら遅らせる。搬出のための扉はお屋敷の裏側に設けられていた。屠殺の跡が流れ込むのを隠すようにして背の高い樹木に覆われたその“ごみ捨て場”は、梅雨の切れ端を一年中もあちこちに貼りつけているのかと思えるほど、生ぬるいもので満ちている。

 掠れた布に包まれた屍体を、運び出すときだけはていねいに扱う。
 それが、火車猫の職業倫理というものだろうか。
 彼女は、屍体の声が聞こえると言うが。

 布の隙間からほの見える少女の青白い頬を、火車猫の尻尾は撫でる、撫でる。二股の黒尻尾が鉤の形を模して折れ曲がり、続いてぐるりと絡み合った。男女が裸でそうするように。赤毛のさなかで猫の三角耳はぴんとそばだてられる。彼女の聴覚は、どんな肯定を逃すつもりもないのだ。布を手早く取り払い、硬直した屍体の関節を槌で砕いて花の茎でも整えるみたいに折り曲げ、ご自慢の猫車に積み込みやすいように形を変えていく。たまに飛び散り唇に張りつく血のかたまりを、指先でぬぐって舐め取りながら。その作業を、引き取る屍体の数だけこなしていくのである。

「クリスマスプレゼントの定番と言えば、病みついた跡のない眼の珠でつくった装飾さ。“もの”が腐る前に屍体から摘み出してね。神経の繋がってたとこを切ってちょちょいっとふさいだ後、細い針の先に色を浸して、瞳の部分に色を付けてくんだ。ちょうど、入れ墨でもするみたいに。ぞっとしやしないかい? 瞳を取り囲む筋や血管の一本一本にまで、金糸で織り込んだような光が色づけられてて、そいつが瓶詰めにされて部屋の棚に飾ってある。心が湧き立つじゃないか」
「どうも火車猫のあなたとは、ぞっとするという言葉の解釈を巡って争う余地がありそうね」
「地底流のジョークだよ。何もそこまで分別のないわけじゃないんだ……いや、メイドさんの残った方の眼の球だったら、あたいじゃなくても引く手数多だろうけれど」

 雇い主の食事に供するために咲夜の手で解体された人間のうち、屑肉はその辺をぶらつく宵闇の妖怪に、雑多な骨や肉や脂肪は地底から出張ってきた火車猫に、それぞれ投げ渡される。どうやらランプシェードやら皿やらスプーンやら蝋燭づくりの材料として重宝するらしい。別に契約書など交わしたわけではないが、それがいつの間にかでき上がっていた慣習のひとつだった。ご苦労なことである。義眼の代金と一緒にいつもより多めの屍体をくれてやったのは、クリスマス前の心づけかもしれない。

 さっそく、咲夜に渡された封筒の中から紙幣を取り出して、火車猫は注文された品の代金を数え始める。ひい、ふう、みい、よお……うん。確かに、ぴったりだ。

「しかし、メイドさんも大変だ。宝石の義眼なんて、雇い主さんのご命令かい」
「そんなところですわ」
「ふうん。お互い、誰かに飼われるってのは大変だね」
「自分の飼い主がお嫌いで」
「そんなわけない。ただ、どんな場所でも住めば都だし、住んでからじゃないと解らない苦労もあるってことさ」

 屍体を満載した猫車に縄で幌(ほろ)を掛け、火車猫は上機嫌で帰っていった。
 義眼の代金、道々で落っことさなければ良いが。
 今までは、妹さまの元に遊びに来る古明地こいし嬢におつかいを頼んでいたのだが……無意識のままにあちこちをふらつく彼女に頼むよりは、はるかに確実だろうか。

 いやはや、それにしても、意外と話の通じる黒猫かも知れないと嘆息しきり。
 別に彼女と友達になるつもりなんか微塵もないが。
 問題は、注文した新しい『眼』の据わりがまともかどうかだ。
 いちおう、今までと同じ寸法で切り出してくれとは頼んでおいた。

 唇の真裏を舌先でいちど撫で上げて、ポケットに隠してある金属製のオイルライターを指先で探った。人生には少しぐらいの秘密があったほうが、生活というものにも張り合いが出る。前に門番の紅美鈴に見つかるということがあってから、外で煙草を吸うのは我慢しているのだった。そんなささいなことが、どうにも咲夜をかなしませる。


――――――


 行き場を失くした思考を地下のひと部屋で堂々巡りさせているフランドール・スカーレット嬢が、持ち前の虫の居所の悪さで咲夜の顔面を吹き飛ばしてしまった九月のあのときでさえ、咲夜自身は驚きこそすれかなしみも怒りもしなかったのに。

 さて、今にして思えば“そうなった”のは朝から空気が湿っていて髪の毛への櫛の通りが悪かったから? 夕食用の人間を解体する最中、慣れきったはずの血のにおいに眩んでナイフを取り落してしまったから? それとも、たまに時間を止めて煙草を吸っていたのが門番に見つかってしまったから? 

 運の悪さや予感みたいなものは幾度となくあった気がするし、気のせいだと言われればそれまでだと納得もできる。けれど、ひとまず確かな事実だったのは、フランドールが、姉であるレミリア・スカーレット嬢に対する反抗心から、レミリアのお気に入りであるメイド長にちょっかいをかけてしまった、ということだけだ。本人は「“目”の表面をちょっと撫でただけ。ぎゅっとして、どかんはやってない」と言い張った。フランドールの部屋の扉は今まで以上に強固な材質のものに取りかえられ、魔法を練り込んだ鋼材を加工した鎖と錠前で幾重にも縛りつけられ、パチュリー・ノーレッジ女史の手になる十五種の結界で厳重に封印された。

 虫の翅をぴりぴりとちぎるのと同じくらい簡単に、咲夜の顔は子供の手によって跡形もなく吹き飛んだのである。首から上を血まみれの豚のはらわたにすげかえたみたいな有り様だ。運び込まれた患者のあまりの惨状に永遠亭の八意永琳医師はさすがに息を飲んだが、それでも未だ命を失うまでには至らなかったようで、月の技術の粋を集めて、一か月ほどの治療で十六夜咲夜の容姿はほぼ完全に復元された。手術の傷跡は未だ少し走っていたが、化粧と、パチュリー謹製の魔法薬クリームでかなり“ごまかし”が効いた。

 数週間もすれば傷跡も完全になくなるだろうと、永琳は見立てた。
 果たして、その通りになった。
 咲夜は、再び紅魔館の瀟洒な従者として働き始めた。ただし、左の眼窩は空のままで。完全に、一片の破片すらも見つからないほど粉々に砕け散った左眼だけを復元できなかったことを、永琳は泣いて謝った。咲夜だけが、そこまでするほどのものだろうかと呆けていた。

 どうもちょっとばかり、咲夜は自分の身体のことについて無関心すぎるきらいがあるのかもしれなかった。今までだって、未だ大丈夫だと思い込んでまともに休息を取らなかったせいで、風邪で寝込んだことが何度かある。

「どうも……なあ。そのままじゃ格好がつかんじゃないか」

 と、ある朝のレミリアは言った。
 過去、咲夜が体調を崩した記憶をもういちどはっきりと噛み締めるような表情だった。

「格好、ですか」
「おまえの左眼のことだよ。咲夜、それじゃ美人が台なしだ」
「美人だなんて、そんな」
「論点はそこじゃない。仮にも十六夜咲夜は紅魔館のメイドなんだぞ。いつまでも眼の珠の代わりを用意しないというわけにもいくまい」
「そのお話を聞くのはもう六回目でしたか」
「七回目だよ。とにかく、いくら傷跡が塞がったとはいえ眼のあった場所が剥き出しじゃあ、ごみや埃や黴菌が入って、身体の具合にだって障るかもしれない。人間は、吸血鬼と違って脆弱だからね」

 ふうん。
 確かにその通りかもしれないな、と、十六夜咲夜は考えた。
 雇い主の背中、こうもりのでたらめみたいな巨大な羽は、気まぐれに動きを刻んでいた。
 
 レミリアの寝室の中、鏡台にふたりで向き合って、起床したばかりの彼女の髪を櫛で梳いている最中、ふと鏡に映った自分の顔を見ると、まあ確かに左眼がないというのは少しばかり不格好かもしれなかった。視界が半分に狭まってしまったのは、不便だったがもう慣れた。最初は距離感が掴みにくかったせいで、魔法図書館に侵入する魔理沙との弾幕ごっこでも戦績は負け越しが続いていたが、右眼だけでものを見る訓練を積んでからはどうにか五分五分といったところ。魔理沙が、隻眼相手にも変な気を使わずに全力で勝負を挑んできてくれるタイプだったから、こっちも引け目や劣等感を覚えずに済んだのがさいわいだ。

 けれど、紅魔館のメイド長としてレミリア・スカーレットに仕えるぶんには、

「特に問題はありませんわ」
「この私の精神衛生に大いに問題がある。……フランのやつは、さすがに反省しただろうからあと一週間もすれば出してやるつもりだけど、そこで咲夜の眼がぽっかりと空のままなのを見たら、あいつはいったいどう思う?」
「お嬢さまは、お優しい方ですね。私にも、妹さまにも」
「世辞は要らない。咲夜がどうするかって話だ。そうだろ?」

 レミリアがこういう説教じみたことを口にするのは理由もなくいら立っているときか、あるいは寝起きで食事を未だ摂っておらず、頭に栄養が回っていないときである。その日は朝から博麗神社に遊びに行くと昨日寝る前から張り切っていたから、たぶん後者だ。

「以前にも申し上げましたが、この咲夜、どうにも眼帯というのは好きになれないのです」
「改めて訊くが、それはなぜ」
「どうにも、自分の不手際をことさら強調しているようで」
「難しいやつめ……傷跡をそのままにするのとどっちがましなんだ」
「どうせなら、義眼を埋め込めば良いのに!」

 突然、咲夜とレミリア、どちらのものでもない声が響いたのに驚いて、ふたりは眼だけで部屋を見回した。この部屋には自分たちしか居ないはずなのに。とっさに、咲夜はそのの性分に忠実に従い、レミリアの髪を梳かしていた櫛をぱっと離し、懐に隠し持ったナイフに手を伸ばそうとしたが、

「危ないなあ。咲夜は、直ぐそういうことする。だから、あらかじめ身体検査させてもらったよ」
「……あなたでしたの。妹さまのお友だちの、」
「いいかげん名前おぼえてよお。古明地こいしだってば」

 ――――古明地こいしが、たどたどしさとリズミカルがごちゃ混ぜのステップで、レミリアの寝室を歩きまわっていた。咲夜がいつも仕込んで隠し持っていた数本のナイフはすべてこいしの手の中にあった。革製の鞘で覆われままのそいつで、こいしは閉じっぱなしの第三の眼に繋がる、自分の導線を軽くなぞった。無意識に干渉して知覚を完全に欺瞞されては、たとえ咲夜であってもこいしのいたずらは防ぎようがない。諦めて溜め息ひとつつき、またレミリアの髪を梳く仕事に戻る。

「あいさつもノックもなしにお嬢さまのお部屋に入り込むような無礼な子の名前など、憶えるような必要はありませんわ」
「あ、それひっどいなあ。魔理沙やお燐の名前はちゃんと憶えてるくせに。わたし、これでも咲夜に親近感もってるんだよ。お互いに“眼”を持たない者同士」

 咲夜のナイフを、レミリアのベッドのシーツの上に放り投げるこいし。
 どうやら、ナイフそのものにはそれほど興味がないらしい。私の道具に何てことを……とは怒らない。感情の使いどころを飼い慣らして見せるのも、種なしの手品と同じくらい咲夜の得意技のひとつだった。

「いやあ。久しぶりにフランと一緒に遊ぼうと思ったんだけど……どうも部屋の前にやたらとたくさん張ってあった結界を越えることができなくってさ。廊下で立ち話してた妖精メイドのうわさ話を適当に総合したら、どうも咲夜が左眼を失くしたって言うじゃない。ちょっと、面白そうだと思ってね」

 くるくると身を躍らせ、こいしはレミリアのベッドの上に腰を下ろした。
 鏡台に向き合う咲夜とレミリアとは、ちょうど背中合わせになる方向だ。
 そのまま身を横たえて、仰向けのまま頭だけ逆さに起こして咲夜を見つめる。
 姉の古明地さとりとそっくりの癖っ毛が、シーツの上で波打った。

 彼女の肌は、ひどく白い。
 地下に閉じこもってばかり居るフランドールほどではないが、地底世界に住んでいるゆえだろうか。それとも、日の光を効果的に遮る、あの真っ黒でつばの広い帽子をいつも被っているからだろうか。その帽子は、今こいしの頭の上にはなく、数十分前までレミリアが頭を乗せて眠っていた枕の上に置かれていた。いちおう、部屋の中では帽子を脱ぐべきだというマナーを知ってはいるのかもしれなかった。

「親近感?」と、咲夜は訊いた。

 こいしが何を言っているのかは直ぐに解った。彼女もまた、覚妖怪のアイデンティティーである第三の眼の読心を棄てていたからだ。けれど、それでもなお話を繋ぐために訊き直すのが咲夜の誠実さの表れかもしれなかった。

「そう。読心を棄てた覚妖怪は果たして覚妖怪のままで居られるのか? 左眼を失ったメイドさんは果たしてメイドさんのままで居られるのか?」
「どういうことだ」

 咲夜の代わりに、レミリアが退屈げに口を開く。

「最初に言ったじゃないの。義眼を使えば良いじゃない。それも、当たり前のじゃつまらない。いまね、ちょっとした流行りになってるんだ。地底に住む人たちってどうも血の気が多くてね。そういう人たちが喧嘩なり決闘をして、眼を潰してしまうことがたまにあるんだけど。で、そんな人たちが潰れた眼の珠の代わりにね、宝石から削り出した義眼をはめ込んでるの。地底の宝石鉱山の、いっとう深い所から掘り出した美しい石をね、職人がていねいに刻んで、その人の顔かたちにぴったりのをつくってくれる」
「ほう。なかなか面白い話じゃないか」
「でしょ? 傷跡を隠すだけじゃ味気ないから、いっそきれいに飾ってしまおうという発想」
「だとさ。決まりだな、咲夜。宝石義眼。地底の連中も洒落たことをやってるんだな」
「どうして私の意思を無視して話が進んでいるのかが解らないのですが……。けれど、どうしてこいしが私にそんな話を?」
「ん? うん。ほら、親近感ゆえの同族意識? それに、これ実はアルバイトみたいなもんなんだよね」
「アルバイト?」
「お姉ちゃんが“あちこち遊び回ってばかりいないで、自分でお金を稼ぐのも愉しいものですよ”って言うから。自分はいつも閻魔さまが送ってきた書類に、めんどくさそうに判を押すだけの毎日なのにね。で、私はお客さんから注文を取って地底の職人との間を仲介する、そんな仕事を始めたの。地上は、まだこの商売が未開拓だと思ったからね。今んとこ、市場はこいしちゃんの独占状態ってわけ」

 ぱたぱたと両脚を空中で泳がせて、こいしは一気にまくし立てた。
 主の髪の毛を梳き終わり、咲夜は櫛を鏡台の上に置いた。
レミリアのよそ行き用のドレスが詰まったクローゼットをがらりと開けながら、彼女の最近のお気に入りを何着か選び出す。

「私は――、お嬢さまがそうせよと命じられるなら、異論はありませんわ」
「おまえの問題なんだぞ、咲夜」
「飼い主が鎖を引っ張るなら、その方向に首を向けるのが犬の役目」
「そうか、解ったよ。このワーカーホリックめ。そこまで言うなら命令してやる。おまえはこの、古明地こいしとやらが語る、宝石の義眼を左眼の後にはめ込んで、いつまでもその傷跡を私の前に晒しているんじゃない。良いな。いや、解ったか」
「御意に」

 ぱあっ……と、こいしの顔が笑顔に輝いた。
 勢いよくレミリアのベッドから飛び降りて、黒帽子を再び被り、咲夜とレミリアの前に並び立つ。

「決まりだね。三日後に職人を連れてくるから、そのときはちゃんとお屋敷に居てよね。料金と仲介料は後払いで」
「だとさ、咲夜。おい古明地。どうせなら、こいつが、」

 レミリアは親指を立てて咲夜を指した。

「ぐうの音も出せなくなるほどきれいなのをつくってやってくれよ」
「了解、了解。職人にはわたしから伝えておくよ」

 ついでに、フランの部屋に入れてほしいんだけど。いや、それは未だだめ。何でよー。けちー。レミリアとこいしの話を聞いているうちに、咲夜は何だか頭が痛くなる気がした。スカーレット家に命を捧げる覚悟とはいえ、やはり理解に虫食いの穴を開ける悩みというものは多分にある。

 その三日後、予告通りにこいしが地底の職人を連れてきたので、咲夜は少しだけ驚いた。おおかた、また無意識でふらふらと遊び回っていて予定は守られないだろうとタカを括っていたからだ。かつて紅魔館にふたつ存在していた拷問部屋のうち、今はパチュリーの実験室になっている方を借りて、咲夜の眼窩の採寸は行われた。

「だからって、何でわざわざ私の実験室なのよ」
「怪しいことやってる感じがして面白いじゃないか。どうせパチェだっていつも怪しい実験しかしてないんだから、今さら減るもんじゃなし」
「さて日符はどこだったかしらね……こないだ改良した、最大出力の八卦炉なみに強力なやつ」

 レミリアとパチュリーの取りとめのない会話を直ぐ近くに聞きながら、咲夜は、自分の頬に触れる職人の手のあたたかさを感じていた。採寸のために椅子に座っているあいだ中、自分の体温の冷たさについてのことが、頭の隅にちらつきっぱなしで居た。くたびれた木製の椅子は、職人が手を伸ばして姿勢を変えるたびに必ずと言って良いほど軋みを上げた。

 こいしが連れてきた職人というのは、こいし自身とそれほど変わらないほどの小柄な体格をした痩せぎすの老人だった。曲がった背は薄っぺらな木綿の衣服で覆われて、やはり薄い背中の肉を通してその背骨の影がほの見えた。ぜんたい、姿勢が曲がりきりなのは“せむし”でいるのかそれとも単に老齢のだけなのか、咲夜には知る由もない。

 彼の手の皮膚は染みとしわに覆われていたが、けれど計測のためのごく細い器具が自分の左の目蓋にぴたりと当てられ、きりきりと何かの目盛りを調節する無機質な音が響くのを聞いていると、なぜだか妙に心が落ち着いた。耄碌(もうろく)をしている手つきでもないのだ。私が、ナイフを研ぐときの音に似ているのかもしれない、と、思った。頻繁に瞬きをくり返すせいで、職人の両眼は絶えず目脂で濡れ光っていた。

「目脂」

 咲夜は言う。

「目脂……?」
「お気になさらないので」
「この顔で女を抱くわけじゃない」

 それだけ言って、職人は黙った。

 痩せ枯れた彼の手指が自分の頬や目蓋を撫で、こじ開け、大きさを測るとき、憐れみと同じ背骨の通る共感を食んだ。尊敬の対象になるほどではない。ただ何となく、自分と同じくらい、上手く自らを御するすべを心得た男なのだと考えただけだ。彼の顔は醜かった。腫れぼったい目蓋の奥からわずかにのぞく眼に、身体中を撫でまわされていることにはとっくに気づいていた。細かな“いぼ”が幾つか吹いた彼の口角からは、熟しすぎた林檎のようなにおいがした。わずかに開きっぱなしの口に、浅い呼吸がせわしなく続いていた。

 咲夜の頬に触れるとき、一瞬の躊躇いに彼の指が震えたことなんて、たとえ隻眼であっても容易に解る。この職人はきっと童貞かもしれない。侮蔑でも嘲笑でもなく、ごく無色で、単純な推定である。彼は、容貌の醜さゆえに誰からも愛されなかったのだと空想した。しかしながら、強烈な諦めに晒されれば晒されるほど正反対に磨かれていくだろうその腕前だけを、誰もが必要としているのだ。左眼を失った自分が、未だにメイドとしてレミリアの寵だけは失ってはいないように。
 
 咲夜の顔や眼窩の大きさを、装飾の色の剥げ落ちた万年筆で、職人は用紙に手早く書きつけていた。

 パチュリーの実験室は彼女の蒐集家めいた部分だけを切り取って煮詰め、きれいに濾し取ってみせたような空間である。書棚にはオナニーの害毒を“科学的に”論じた十八世紀の医学書、異端審問で弾圧され滅亡した神秘主義の瞑想の技法書、焚書に遭うことなく秘匿され続けてきた聖書の偽典や外典、宗教裁判を怖れるあまり終生にわたって発表されることのなかった、ガリレオと同時代の錬金術師による唯物論に関する著作――などがきっちりとその背を並べていた。『標本類』のラベルが貼りつけられた棚には、キュベレーを祭神とする男たちが儀式の熱狂に駆られて自ら切り取ったペニスの瓶詰め標本、ガルの骨相学に基づいて犯罪的器質の部分を鮮やかに色分けされた連続強盗殺人事件の犯人の頭蓋骨、癩(らい)で爛れた顔面の病態を再現した蝋標本、ほか、マジックアイテムと呼ぶにはいささか奇態にして衒学の影を持つ物品が所狭しと居並んでいて、さながら史上における学問“未満”の好奇心の産物だけを溜め込んだ、好事家の部屋といった様相を呈している。

 これでも一応は魔法図書館の分館として機能することを期待されているこの実験室は、足を踏み入れると雑然としているようでいながら、よく見ると埃のひとつもなく、清潔そのものと言えた。咲夜がこの部屋に立ち入ったことはほとんどないが、パチュリー本人がこまめに掃除をしているのかもしれない。

 その中で、職人は万にひとつの間違いも犯さないように懸命に何かを計算していた。紙の上に踊る、数字や文字の細かな端書きが咲夜の隻眼でも見て取れたが、雑多な計算を間違うたび、職人は小さな舌打ちをしてまた続きを書き始める。自分が、まるでこの空間における最大の禁忌だと感じているみたいだった。

 慎重な性格なのか、それとも単に計算が苦手なのかは知らないが、たっぷりと四、五分もかけてようやく採寸の計算に間違いがないことを確認したらしい彼へと、咲夜は「あの、」と声をかけた。舌先で唇を湿らせながら、職人は彼女を振り向いた。

「義眼はどれくらいで、できます」
「一週間はかかるね。人気の石だと、もっと長くなるかもしれないが……」
「売れ残っているものを」

 話すことがなくなって、適当にその辺の書棚から魔導書を手に取って読んでいたレミリアとパチュリーが、咲夜に眼を向けた。片方の眉だけを吊り上げながら、レミリアは「おいおい」と呟いた。

「良いのか。それで」
「ええ。“私の問題ですから”。いちばん売れ残っている石を、くださいな」
「お客さんがそう言うなら、おれは別に構わないんだが。ちょっと待ってくれよ」

 ええと、と、職人はすり切れて小さな穴の開いた鞄の中を探った。取り出されたカタログの表紙は分厚く、辞書や事典だという嘘も簡単に通じそうなほど。目次も索引も参照することなく、迷いなしに目当てのページに指を差し入れる。幾つかの図版や写真がカラーで掲載されている中、彼はひとつの石の写真を指差した。咲夜は身を乗り出して覗き込む。

 きわめて不透明な、人の心臓を撃ち抜いた鉛玉から死人のかなしみだけ抽出したような紫色。掲載されていたのは加工前の原石の写真だったが、咲夜は、その石にそんな感想を抱いたのだ。


――――――


「どうだった?」

 こいしが訊いたのは、職人を送り出してからのことである。

 子供ではないからひとりで帰れると彼が言うので、連れてきたこいしだけが紅魔館に残った。日の光に弱い吸血鬼のお屋敷ゆえ、いつも厚手の遮光カーテンで窓を閉め切られた紅魔館の中は、血の生ぬるさを連想させるような色合いで塗られた外壁の色に反して、意外とひやりとしている。採寸を済ませているあいだ、こいしは誰に許可を取るでもなく好き勝手にカーテンも窓も開け、身を乗り出し、秋の風をたっぷりと吸い込んでいたみたいだった。

 こいしの背後から咲夜も外の様子を見渡した。

 美鈴が趣味でやっている中庭の小さな菜園に、彼女が如雨露(じょうろ)で水をやっているのがちらと見えた。夏はとうに過ぎていて、風は夢のような肌寒さで誰の身体をも撫でていく。美鈴がひとつの畝(うね)に水を撒き終わり、空っぽの如雨露にまた水を汲みに行って、今度は直ぐ隣の畝に水をやり始めるところまでほとんど時間はかからなかった。おおかた、また自作の適当な鼻歌でもうたいながら作業していることだろう。仕事中や居眠りしているときにも、美鈴はよく寝言で何かの歌をうたっている。彼女の故郷に伝わる古い歌だと言われたこともある。はぐらかされているだけだなと思いはしたが、どちらにせよ器用なことだ。
 
 いつの間にか咲夜のかたわらに立つこいしが、つまらなそうに眼を伏せている。
 どうもも何も、と、思い出したように咲夜は返した。声には慌てが混じっていた。
ぼんやりと美鈴の作業を見つめていたせいで、「どうだった」という問いを忘れかけてしまっていた。

「手早く済ませれば良いだけのこと」
「それは採寸が。それとも、職人の仕事が?」
「両方ですわ」

 そりゃそうだ、と。
 何が面白いのか、くすくすと忍び笑いを漏らしながら、こいしは窓から離れていく。咲夜はその肩を捕まえようとしたが、またこちらの無意識に干渉されたのか、手を伸ばしてもするりと逃げられてしまう。唇を小さく噛み、改めて窓とカーテンを閉めた。

「咲夜さあ。抜き身のナイフみたいだよね」

 黒帽子の広々としたつばを持ち上げて、思案気にこいしは言う。

「すっごくきれいなんだけど、表面の光の反射に惑わされて手を伸ばすと確実に傷を負わされる。かと言って、その存在の何もかもを諦めてしまうには、心の内側に刃先で傷をつけられてしまうほど、印象の彩度は強すぎる。油断してると斬り殺されかねないほど」
「まさか、あなたにそんなことを言われるとは」
「レトリックの練習はね、ここの図書館でこっそり読書させてもらってたから自信があるよ」
「本を盗まないだけ、黒白の魔法使いよりはましね」
「黒白の魔法使いよりはましでしょ。そうでしょ」

 からから、けたけた、こいしは笑った。

 その表情が――疑う余地のない可笑しみでありながら、内側には何も引っかかることのないほど空っぽで、つまりはひびの入らない関係を手に入れるために必要なものを、よくできた人工の感情で補っているのではないかということに、咲夜ははっきりと怖気を覚えた。精巧に形づくられた、空っぽの肉の人形が目の前を歩いているのかと。外からの観察では、必ず当たり前の心の痕跡しか見出せない。けれど、そこには何も存在していない。空虚と虚無が女の子の形の骨肉を身にまとって歩いている。

 どうしてそんなことを考えたのかは咲夜自身にも解らなかった。ただ、何となく不気味な相手だと思った。自分が人を殺すときほどに必要とする、濃密な無機性さえ放棄したごとく。古明地こいしは生きて歩き、たとえば笑いそのものを装うのではなく笑いをつくり出す感情の模造品を無意識のうちに削り出す、ただそれだけの『何か』だ。

「三日前に言ったこと憶えてる? “読心を棄てた覚妖怪は果たして覚妖怪のままで居られるのか? 左眼を失ったメイドさんは果たしてメイドさんのままで居られるのか?”」
「メイドの努めはご主人さまに快適な生活をしていただくことに尽きる。よく知りもしない相手と観念論や論理学をぶつことではない」
「そういう物言いだから、ナイフみたいなんだよ」

 ふわふわと――浮き上がり、それ自体がこいしの意思からは完全に切り離されたまったく別個の生き物であるかのように、彼女の第三の眼がふるふると震えた。人に狩られた獣の断末魔、喉の奥から血を吐くごとく。彼女の導線は互いにくるりと絡みつき、ハートマークをかたちづくる。彼女の家こと地霊殿で飼われている、例の火焔猫の黒尻尾を思い出した。あれの尻尾は屍体を扱うその仕事のせいか、そもそもが火車猫という性分のためか、いやに生々しい仕草でばかり絡み合う。こいしの第三の眼に至る導線は、悪夢に浮かぶようにして絡み合う。ちょうど、球体の中心にしつらえられた――と、呼ぶべきなのか。直ぐには判断しかねるのだけど――青色の目蓋は閉じられたままでいる。長い夢を見るにはあつらえ向きであるほどに。

 こいしは、語る。

「人の無意識の領域に干渉できるようになった私は、実はもうとっくに覚妖怪とは属性を異にする生き物なのかもしれない。ううん、そればかりか。自分自身の心さえ無意識の海をたゆたう廃船に預けてしまったせいで、この言葉さえ、かつて古明地こいしだった抜け殻が、他者に私が私のままでいるという錯覚を促すための宿主なのかもしれない」
「それを確かめるすべは?」
「ないよ。どこにもない。たとえばさ、この世界を本当に神さまってやつがつくったんなら、そいつにでも訊いてみれば良い。でも、心が認識するものなんて意外にあやふやで、腕を失くしても幻の腕に痛みを感じる人も居るし、覚妖怪でも何でもないのに、消えずに生き残ってる私みたいなやつも居る。案外と、世の中のつくりっていいかげんだよね。私が私の言葉で私を規定するからこそ、世界は私のためにこそ存在しているという可能性もある」
「そういうのが何というか知っている? 独我論、っていうのよ。自分を中心に世界を視て、自分が観測しなければ世界も存在しないなんて言い出す、ひとりよがりの考え方」
「なあんだ。ちゃんと話せるじゃん、咲夜」
「労働者として、雇用主への適度なお世辞は必須スキルですから」

 何だか、少しずついらいらとしてきてしまった。
 別にものを考えることが嫌いな性分ではなかったが、出口の見えない会話は好きじゃない。きりきりと歯車に沿って回転し続けるほどの、精密に得られた道筋が恋しい。寸分の狂いもなく時間を刻む、銀時計のような。

 急に煙草が恋しくなって、ポケットの中から取り出した。
 小さな箱の底を叩いて一本だけ取り出し、ライターで手早く火を点ける。唇に運ぶ。フィルターを透過して肺の奥に辿り着くにおいが心の中枢まで微細にくすぐり、束の間の快楽を感じるための構造につくり変えられていく。
 
カチンと金属の蓋を閉めると、オイルのにおいの向こうで、こいしはまじまじと咲夜を見つめていた。

「叱られちゃうんじゃないの」
「たぶん、お嬢さまとパチュリーさま、あと少し実験室で話し込むでしょう。その間だけ。時間を加速させれば、煙やにおいがなくなるのも早まるかもしれないわね」

 それに、燃え尽きの灰は窓の桟に叩いて落とせば良い。

「私の左眼が宝石に置き換わったら、私は私じゃなくなるのかしら」
「咲夜という主体が肉体の瑕疵なきことにあるのなら、だと思う。それならまったく別のパーツを寄せ集めて、咲夜と同じ構造をした人間をつくるとする。で、左眼だけに同じ宝石を組み込んだら、どうなるだろうね」
「さあ、どうかしら」

 はあああ……、っ、と、大げさに煙を吐きだした。菜園の水やりを終えたらしい美鈴が窓際に立つ咲夜に気づき、空の右手を大きく振って叫び出す。

「咲夜さーん! あんまり煙草吸ってると、身体壊しちゃいますよー!」

 ばか正直に相手を諭せるところは、紛れもなく美鈴という妖怪の美点のひとつなんだろうと、紫煙を吸い込みっぱなしでもう真っ黒かもしれない自分の肺のことを考える。そのかたわらで、靴先を床に叩くこいしが居た。ナイフだけでなく、煙草やライターまで無意識の力で取り上げようとするのじゃないかと少し危ぶんだが、どうやら彼女に喫煙を嗜む習慣はないらしい。

「少なくとも、」

 と、咲夜は言った。

「私の身体が何でできているにせよ、それが今までの私と同じことをずっと続けてくれるなら、例外なく十六夜咲夜は死にはしないわ」
「ホリックワーカーだね。さすが紅魔館のメイドさん」
「お嬢さまにもよく言われる」

 咲夜の、そのホリックワーカーぶりを証明するための証拠とか、勲章とか。
 そういったものは今までひとつも存在しなかった。だから、偶然・あるいはフランドールの故意による事故とはいえ、その右眼にはめ込まれるだろう紫色の宝石が、雇い主であるレミリアの称賛以外の、初めての勲章なのかもしれなかった。『十六夜咲夜』という名前をもらったことはある。だが、これは勲章と呼ぶに値しない。むしろ首輪だ。語彙の多寡が思考の質を決めるというのが本当なら、その名前が存在したからこそ、十六夜咲夜は十六夜咲夜としての命を持ったに過ぎない。


――――――


 アンジュ、と、今はもう、その古い名前で咲夜を呼ぶ人は誰も居なかった。
 最後にそう呼んでくれた人は、暑い夏の日に首を吊って死んだ。

 潰走して本隊に取り残された砲兵の一団が、地平の向こうを歩きまわっていた。
 焼け跡ばかりの村の中で、廃兵を見るのは決して珍しいことではなかった。

 彼らと関わらなければならない夜のあいだ、母はそのことにずっと怯えていた。それぞれに手足や顔の一部を失くした廃兵たちは、鍬や鋤を手にすることもできず、死んでしまった父の代わりには成り得なかった。だが、精一杯にその役目を演じようとはしているらしかった。

 父は、理想家肌の人物だった。

 いつの日か連帯と革命を経て、すべての労働者が等しく手を取り合いしあわせになれる日が来ると熱っぽく語っていて、人間が本来的に持っているだろう自由と権利を奉じていた。盲いるような信仰心が未だ当たり前に残っていた村の人々の中で、彼だけは神さまを信じていないらしかったが、家族や友人に自分の考えを押しつけるような真似はしなかった。アンジュや母が日曜ごとに聖堂に行くことにも、「行ってらっしゃい」「おかえり」とにこやかにほほ笑んで、抱き締め、頬に接吻をしてくれた。

 アンジュが産まれる前、都会の学校を出たものの働き口に恵まれなくて故郷の村に戻ってきたという父は、新聞を介して世の中を注視するのが絶えない日課。指先にくっついたパンくずをていねいにふき取りながら、紳士然としたものを演出したいらしい口髭を指先に撫でて。ある朝、優しい性格の彼が、どこか遠くの国でファシスト――そのころ大人たちがふたり以上集まると必ずと言って良いほど口にしていた言葉。意味はよく知らなかったが――たちとそれに対抗する人々のあいだでいくさが始まったことを、烈しい口調で肯定するのを見てアンジュは不思議がる。

 アンジュの父は情念に駆られていたと言える。

 彼は自らの持つ夢のくすぶりに、その熱に気づかぬまま飛び込んで、やがては肉体を火焔に包まれ、闘いの中に己の存在を昇華した。未だ子供でしかなかったアンジュが、そんなレトリックを使うことに長けているはずもない。父と主義を同じくしていた数名の友人のうちのあるひとりが、慰めとして不器用な詩をつくり、母に贈ったというだけである。

 自ら戦いに身を投じた異国の地で、父が銃弾に斃れたという報せを受け取るまでには半年ほどの猶予があったが、それから世界が本格的に砲火の閃きの中に取り込まれていくまでにはそれほど長い時間がかかったわけでもない、というのがそのときのアンジュの実感だった。まして、死んだ父の代わりにアンジュを抱き締め、それから、輜重(しちょう)の部隊からどうやってか多めに手に入れてきた缶詰の食事を持ってくる、廃兵たちの仕事と生活に直面するまでには。

 彼らは優しかったが、その身体はいやに冷たかった。大半は、やがてもっと小奇麗な軍装に身を包んだ人たちと合流して、散り散りになった。いっとうに深い傷跡を負った、ひとりの廃兵だけが残された。包帯の下に滲むどす黒いものから、夏の終わりの湿った土のにおいを嗅ぎ取った。それが傷のにおいなのか、それとも薬か何かのひどいにおいだったのかは杳(よう)として知れなかった。とてもじゃないが苦くて飲み込めない飲み薬だってあるのだから、ひどいにおいの薬があってもおかしくはない。「見捨てられたんだよ」と彼は泣いた。「おれは見捨てられたんだ」。脂っぽい鼻の頭を、未だ膨らみもしないアンジュの乳房に押しつけて、彼はそのたびに泣いていた。アンジュは、黙って彼の頭を撫でてやる。うう、と、犬より惨めなうなり声がする。

 たぶん、もう直ぐ人間から遠ざかってしまうからだ、と、アンジュは考えた。
 だから、お母さんが必要なんだな。だから、行為の最中にはいつも泣いてばかりいるのだし、赤ん坊がおっぱいを吸うみたいにして、母や自分のお腹に、腿に、おっぱいに、生ぐさい唇を押しつけなればならない。

 夜毎にくり返される慰めの後にも、欠かさず朝を告げる鐘の音は耳に入った。
 村の聖堂の鐘は、物悲しげな弔いのためにばかり鳴り続けているみたいだ。
 鐘を鳴らすのは、生まれつき頭は足りないが、代わりにひどく人の好い三十歳の男。
 司祭はとっくに逃げ出したと言うのに、そのときも彼は未だ仕事を続けていた。
 生ぐさい優しさを与えた後、視覚の真裏に蘇るものは峻烈と凄愴。

 ドイツ兵が怖々とした表情で引き金を引く機関銃の、その筒先からときどき飛んで行く流星に似た光。異国から国境を侵してやってきた兵隊はまったくの矛盾でできあがった生き物。恐怖に満ちた表情と、機械的で作業的な殺戮のために小銃の引き金を躊躇いなく引く奇妙な生き物。彼らは夕暮れの薄暗がりから生まれた存在に違いない。人を殺すということの不安と、暗みで何も見えないからもし人じゃないものを撃っても問題はないというこじつけめいた安心の形。アンジュはすべてのきっかけの晩、戦闘の光を家の窓からこっそり眺めていた。後ろから母親が抱き締めて、ずっと祈りの言葉を口ずさんでいた。味方の臨時司令部として徴発された役場の建物から、身を屈めてすばやく闇の中に躍り出ていく兵隊たち。半里しか離れていない所で敵と味方が盛んに撃ち合い、たまに流れ弾がやって来る。地獄のような眩しさと引きかえ、村の中は案外と平穏無事でいる。戦闘中は安全のため家に留まれと、正気とは思えないような命令があったから。遠くで、ひとり、ふたり、踊るようにして倒れていく。鉄兜を被り直す暇もないままに、銃の照準を合わす余裕も与えてもらえずに。糸の切れた人形のごとく。アンジュは笑いをこらえる。ガラス窓のない、ごく古く四角い窓から木の覆いを上げ、無声映画のスクリーンよりはるかに粗い情景を観る。可笑しい。人が死んでいくということが可笑しい。涙が出るほどぞッとしている心の中で、精一杯のまともさを取り戻すために、可笑しいと思い続けている。無邪気に笑い続けている。ファシストめ! そう叫ぶ声がどこかから聞こえた。そうだ。攻めてきているのはファシストの兵隊なんだ。戦争が悪魔の仕業で、ファシストも悪魔の手先だから、いま、“ここ”にはたくさんの悪魔が闊歩してる。信仰心に厚くて、ファシストも共産主義者も悪魔の手先と信じるジャンヌ婆さんは、きっと怯えているに違いない。後退し、押し込められた戦線はなおも砲火を吐きだし続ける。ぱッ、ぱッ、と村の中に火の手が閃く。石畳に根を張った跳弾の音? 炎が人間の形になって踊っている。熱い、熱い。刈りいれることのできなかった麦畑が赤く燃える平原になる。砲弾が飛び込んでどこかの家がばらばらになる。泣きだしている人の顔、顔、顔。狂ったように聖堂の鐘が鳴っているのが聞こえていた。明々とした森の奥からの光に、寺男のアルベールが尖塔で必死に鐘を突いているの透かされて見える。それが彼の仕事だったから。やがて、やかましい鐘の音がすべて打ち終わったときは、聖堂の一部が崩落するのと同じだった。頭を両手で覆って、怖々と地上に降りるアルベール。……。

 ……。朝になると、天国を摘み取るような気持ちで、アンジュは地上から、屋根の上に張り出した十字架に指先を伸ばした。神さまの実在には手が届かない。だが、その切れ端くらいは見えるだろうか? 戦争が始まる前に日曜のお祈りによく出向いた場所だったから。祭壇の上で剣を振りかざす天使の像は、いつでさえ何も語ってはくれない。焼け残っていた小さな花を摘んで冠をつくった。壊れて、転げ落ちてしまった聖者の頭にそれを被せてやる。茨の冠なんかよりよっぽどすてきだ。

 立ち枯れて真っ黒になってしまた麦畑の、直ぐそばを走った。
 収穫しようという人は誰も居なかった。
 ただ、そこにかつて人の手が入っていたのだということを証するためだけに、麦だけがずっと畑の中に在り続けている。石を蹴り飛ばして走る。スカートの裾が風でひらめく。アンジュの家は沈黙している。だが沈黙していない家はない。すっかり静寂の中に紛れ込んで、もう誰も気づかないほど。ドアを開けた。「ただいま」を言っても「おかえり」はなかった。ただ、厩(うまや)のにおいが立ち込めていた。湿った、糞尿のにおいだけが。

 今わの際に死者の肉体がもたらした失禁で濡れてしまった床の上を、すり減ったサンダルでぴちゃぴちゃと歩き、アンジュは、梁をその重さで軋ませながら揺れ続ける母の足を手に取り、別れを厭うようにして接吻した。子供の力で屍体を引き下ろそうと試みたが、首吊りに使われた縄は思いのほか丈夫なつくりで、結局は少しも為すすべがなかった。

 誰に許しを乞うでもなく、誰に許しを乞うすべも知らなかった。聖者は厩で産まれたという。だが、厩のにおい――それは、尿と藁と獣の気配が寄り集まったものに過ぎない。それ自体が、いったい何の聖性を帯びるというのか?――のさなかにあって、自分は何をも産みだせない。未だ裸のままの廃兵が、ベッドの上で血を流していた。治らない火傷の跡の赤黒さが包帯の真裏から透けて見えた。彼の胸を突き刺していたのは、いつも肉を切り分けるのに使っていたナイフだった。大ぶりで、鈍い光を放つ。母がいちばんのお気に入りにしていた、彼女の宝物で。

 何がかなしいのかも判らないほど、心をずたずたにされた人を見たことがある。
 ジョルジュというかつて歩兵だった青年は、心の壊れた英雄だった。
 受勲者として前の戦争から帰った彼は明らかな狂気の兆候を発し、悪夢に悩まされ、聖堂の鐘の音を砲撃だと勘違いして泣きながら待避壕を探し回った。三里ほど離れた街の精神病院で不幸な生涯を閉じることになったジョルジュの、その切れ端のような栄光そのものが、彼の心をずたずたに切り裂いてしまっていた。アンジュがジョルジュの回復を祈っても結局は何も起きなかったし、ジョルジュ自身がもう神さまというものを完全に見失ってしまっていた。彼の心を占めていたのは戦場の恐怖だけであり、その信仰は逆説的に死を奉ずることしかできなくなった、無力な人間の足掻きでしかなかった。ジョルジュはもう居ない。かわいそうな彼の住んでいた家もまた、炸裂した砲弾によって吹き飛ばされてしまった。

 アンジュは、梁から吊り下がった母の身体がゆっ……くりと回転するのをじいっと観察し続けた。胸元がはだけて剥き出しになった乳房の上に、軟膏めいた白く濁った液体がべっとりと跡を引いていた。焦燥に駆られて、自分もまた服の胸元をぎゅうと掴んだ。精液は、その感触も、においも、よく知っている。母の死はなぜだか崇高なもののように錯覚できるのではないかと感じた。『それ』と同じ施し、汚穢に近しい祝福を塗り込められた、何もない神さまの空虚。だからジョルジュの心がそのときはじめて解ってしまった。彼は彼の絶望を言い表すだけの言葉の何もかもを失って、それであるがゆえに語ることの叶わない無比の神聖さ、血みどろの、語るに値しないものだけを手に入れてしまった。

 だが、その眼に映った悲劇のすべてを語る言葉を、アンジュが失ったわけではなかった。幼さの無知は幾たびかの言いわけや理由づけにはなるだろうが、何を代弁してくれることもない。失ったものが少ない分だけ、彼女はしあわせだったのかもしれなかった。彼女が『アンジュ』であった限り。

 彼女の名前は、『天使』を意味する。

 磔刑という暴力が聖者にその聖性を与えたという詭弁を見るように、母の死がアンジュの心を殺し、行くあてもないひとりきりの生き物になり、捨て犬同然にレミリアに拾われたことが、『十六夜咲夜』を繋ぎ止めた。ただ、それだけのことだ。天使が悪魔に飼われて生き延びようと思っただけなのだ。そうやって自分自身を救済しようと憐憫を垂れ続けることにおいて、咲夜は本当に天使的――アンジェリック――であるというだけなのだ。

 信じもしない何かの験(げん)を担いで、景気づけにもう一本煙草を吸おう、とも思った。だが箱の中にはあと四本残っていたはずだったのに、いつの間にか三本にまで減っていた。かちりという音と共に嗅ぎ慣れたオイルのにおいがし、窓の桟に、火を点けた覚えのない燃えさしの煙草が放り出されていた。その横で、灰の数粒を被って自分のライターが銀色に光っている。

 やっぱり、古明地こいしは油断のならない子だ。
 と、思い、携帯用の灰皿を部屋に忘れてきていることに気がついた。
 油断していたのは、どうやら自分の方だったらしい。
 こいしは、とっくにその姿を消している。

 そういうことがあったから、一週間の後に完成した義眼をこいしが持ってきたときも、傷跡に思いきり“もの”を押し込まれるんじゃないかと、少しだけひやひやした。もっとも、そんなことがあったときには相手の手の甲にナイフを突き刺すくらいまではやったかもしれない。

 が、結局はそうならなかった。少し、つまらなすぎるくらいには事態は進行する。
 まったく正常に、しっかりと、こいしは自分の仕事を果たして見せた。
 職人がつくった紫色の宝石の義眼を、咲夜の元まで届けに来た。

 茶封筒めいた小さな紙袋から取り出されたそれは、臙脂色の四角いケースのなかに収められていた。咲夜の顔と眼窩の寸法に合わせて薄く削りだされた、不透明で、紫色の半球体。指先をすっぽりと覆う程度のその大きさ。表面を完全に滑らかな形状に研磨されているわけではなく、ハニカムパターンを薄く彫り込んだ、迂遠な多面体の影をうつろに宿した擬似眼球。あたかも昆虫の複眼を模しているかのように、光を取り込むとそのスペクトルを詳細に解体し、切れ切れに反射して壁に投げかけた。

 不透明な材質であるはずなのに、当たり前のようにそんなことができてしまうのは、地底で産出される特殊な宝石であるからなのかもしれないと思った。今ではぼやけ、薄れた左側の視界の中で、古明地こいしの眼は咲夜に背いていた。咲夜の左眼は紫色になった。はめ込まれた不透明なかたまりは、その部分にだけ彼女に訪れるかもしれなかった死なるものを、無言のうちに代弁してでもいるだろうか。

「“据わり”はどう? 痛くない? きつかったりゆるすぎたりしないかな」
「大丈夫。問題ないわ」

 部屋の中に居るのは、咲夜とこいしだけだった。

 十六夜咲夜自身の無機的なものすべてを詰め込んだような殺風景な私室の中で、こいしは咲夜から眼を背け続ける。くたびれたカバーで覆われた幾冊かの小さな本と、小物入れの中にしまい込まれた使われることのない睡眠薬のシート。たとえ健常の眼であっても、それは他人(ひと)には決して見せることのできない秘密の領域としてだけ、咲夜の部屋の片隅を静かに占めていた。小さな鏡台を見つめる中には、薄い目蓋の内側で、淡い光をはね返す紫色が据わっているのだ。

「私の顔、見てはくれないの」
「新しい眼があるというなら、もう咲夜はわたしと一緒じゃなくなるもの」
「妬いてくれるのね」
「自分で自分を研ぐやり方を知ってる人は、実はけっこう苦手なんだよ」

 なるほど。
 だから、自分に近づいたのか。
 何だかひどく合点が行く気がして、じわじわと可笑しさがこみ上げてきた。
 結局は、彼女も子供なのかもしれないと。

「お金は確かにもらったよ……代金に仲介料」
「偉いわね。おつかいがちゃんとできて」
「お姉ちゃんだけじゃなくて咲夜まで子供あつかいするんだからイヤだな。もしかして、わたし、自分ちのペットとかよりも下だと思われてたってこと?」
「少なくとも、あの火車猫はちゃんと働いていたもの」

 こいしは、咲夜の部屋に居るあいだ中、ずっと帽子を脱がなかった。
 咲夜が義眼で傷跡を隠すことを決めたように、自分もまた心を許す相手をひとり遠ざけよう。そういう決めごとが、きっとあるのだ。

 折り目の波打つ咲夜のベッドに座り込み、哲学者然と頬を指で撫でるこいし。
 そのとき初めて、彼女は咲夜の左眼を覗き込んだ。

「よく似合ってる、って、言っちゃえれば良いんだよね。でも、わたしは言わない。そんなことは性に合わない。覚の眼さえも棄ててしまったわたしだもの」
「それなら、その眼をこじ開けて――、」

 人の心を読み取る眼の珠を摘み取って、代わりに宝石をはめ込めば良いのに。
 あなたが、私にそう勧めたように。

 当たり前の皮肉でも、それと同じくらい諧謔でもある言葉を、その最後までこいしに突きつけることはできなかった。彼女は読心の眼を閉じたことで、覚妖怪ではない覚妖怪と成った。こいしはこいしとして産まれたのではなく、こいしに成った。咲夜が、かつてアンジュという少女であったのと同じように。

「私の、読心の眼をこじあけて?」
「いいえ。何でもない」

 彼女が『古明地こいし』であって良かったと、咲夜は思う。
 少なくともそのおかげで、自分も彼女も、幾らかは自分自身を憐れむに足るすべの、そのかけらだけでも手にすることができたのだろうからだ。

 こいしは、帰った。
 するり、するりと、という、煙のようなあの感触をまといながらではなく、しっかりと、咲夜の記憶の表面に刃物で傷をつけるかのようにして、微笑んでからだ。去り際に、フランドールの部屋の封印が解かれたらしいから少し顔を出していく、という意味のことを言った。咲夜は、もう彼女の前では煙草を吸わないでおこうと決めた。


――――――


 新しい左眼に関しての評判は、幻想郷における彼女の人間関係全般においてはおおむね好いものと言えた。蔵書を整理する手助けを頼まれて図書館まで出向いたとき、パチュリーは興味深げに義眼の表面を爪の先で撫でた。お屋敷の敷地内への侵入を退けたとき、魔理沙は地底にある未だ見ぬ工芸に溜め息をついた。仕入れすぎた材料で手慰みにつくったチーズタルトをおすそ分けしようと博麗神社に行ったとき、霊夢は特に何も言わずにお茶をすすり、お賽銭を要求した。チーズタルトはふたりで食べた。

「悪くはないんじゃないか」

 と、レミリアは言った。

 秋雨の季節。
 三日前から雨雲が根を張って、湿った空気を吸い込まなければならない天気だった。 

 お嬢さまの髪の毛は、湿気のせいで殊のほかごわごわになりやすい。
 櫛の歯の通りが悪いから作業はいつもより遅くなる。
 そのぶん暇を持て余して、自分に色々と話しかけてくる。
 反芻(はんすう)するようにして思考した。
 意味の連なりというよりも事実の提示だけ優先させるような、断続の色を伴った言葉だけを選んでいた。その方が、咲夜は何も考えずに仕事に没頭できるのだ。

 いつだったかのように、レミリアの寝室で咲夜が雇い主の髪を梳いているとき、もうこいしが勝手に入り込むことはなくなった。咲夜は、もうすっかり彼女の姿を見ていない。その代わりのようにして、紅魔館の妖精メイドたちの間で「つばの広い、大きな黒帽子を被った女の子の幽霊が、妹さまのお部屋の周りをうろついている」というおかしな噂が立ったのはまた別の話である。

 眼、の話だけどさ。
 レミリアが、補いの言葉を加えた。
 鏡台にぴったりとはめ込まれた鏡は咲夜の半身を映しだし、その一点に鈍い紫色の瞳を集中し、描きつけた。

「良い、とは仰ってくださらないんですね」
「似合ってるよ」
「そうではなく」
「じゃあ何だ。……おまえ、他人にあれこれと評価を求めるような性格だったか、咲夜」
「咲夜も人間でございますから」
「そうだった、そうだった。どうにもおまえは化け物じみてるからすっかり失念してた」

“人間は吸血鬼よりも脆弱”とか何とか言っていたことは、もう記憶に残ってはいないらしい。彼女がその後のためらいを見せたのはほんのわずかな間だけだった。当然の命令を口にするという風で、レミリアは言った。決断こそ当主の仕事だという信仰のような意志を彼女は持っている。

「フランのやつには、見せてやったのか」

 だが、その声は針の先ほどには硬くなる。
 鏡台の表面をこつこつと指先の爪で叩く。
 声そのものとはベクトルの違う硬さの響き。
 骨肉さえたやすく引き裂く吸血鬼の爪は、人のそれよりはるかに鋭い。

「いいえ。妹さまには未だ……お会いしてはおりません」
「なんだ、おまえらしくもない。スマートじゃないな。もう部屋の封印は解いてあるんだぞ。もっとも、フラン本人は相変わらず部屋に籠りっぱなしだが」
「心の整理がつかないのです」
「便利な言葉じゃないか。だが、陳腐な言葉だ。怖いかよ。あいつのことが」
「有り体に申し上げるのなら」
「やっぱり人間ってやつは不便だと思うがね。“私たち”はさ、ひとつのことだけに集中してれば生きていけるが。“おまえたち”は、思うに、ばかみたいに色々と抱え込み過ぎてやしないかね。だから、あらゆる意味や理由を失っても生きて行かなけりゃならない」
「パンドラの箱に残ったものをどう解釈するか。つまりは、そういうことでしかないのかもしれませんわ」
「なるほど。希望ひとつが残ったおかげで諦めずに済むのか、希望ひとつしか残らなかったせいで諦めることが許されないのか」

 それは、どうやらレミリアにとって長考に値する命題だったらしい。
 咲夜が髪の毛を梳き終わっても、仕立てたばかりの新しいドレスに袖を通しても、美鈴の菜園で獲れた野菜を処女の血で煮込んだスープを飲むときも、私家版であるらしい無記名の小説を魔法図書館で読みふけっているときも、彼女はずっと考えつつづけていた。ときおり何かをぶつぶつと呟いて、パチュリーに怪訝な顔を向けられたりもした。

 咲夜の思考は、少なくとも雇い主に対してだけは直ぐさま人間らしいところを取り戻す。
「怖い」とレミリアに言ったのは、純粋な死の危険がフランドールの部屋に待っているからではない。フランドールが咲夜に危害を加えようとしたこと自体が少なかったのだし、このあいだの“あれ”は、とびきりの運の悪さを何かの拍子に踏んづけてしまったというだけのことだ。

 それなら、いったい何が怖い?
 答えは解りきっている。否、答えを出すこと自体が怖いのだ。
 フランドールの、何にも染まることのない幼い『危うさ』それ自体のことである。
 それそのものが、果たしてフランドール自身としてそこに在り続けるべきものであるのか。それとも、がちがちに縛り上げておくべきものなのか。

 フランドール・スカーレットは、数百年も日の光を見なかった。
 光を知らない者が、いったい手持ちの言葉だけでどうやって光を理解することができるだろう。つまるところ咲夜の想定するフランドールの危うさとは、スカーレットの妹君があまりにも何も知らなすぎやしないかということに尽きていた。今さらに誰を、何を、責めるべき話でもなく、後悔の上手いやり方を模索する段階もとうに過ぎてしまっていたのだろう。『箱』も『部屋』もとっくに開かれているのである。その中に何かひとつだけ残っているにせよ、残っていないにせよ、空になってしまったところは誰かがどうかして埋め合わせをする必要があるのかもしれないのだが。

 その晩、咲夜は久しぶりに紫色の義眼を外した状態で自分の顔を鏡に映した。

 あんなにも容姿における瑕疵に無頓着だった自分なのに、あまりに義眼を使う生活に慣れ過ぎて、ぽっかりと左眼の穴が空き、傷跡の残る自らの顔が、耐えがたいほど醜い何かであるように感じられた。指先で横断するように顔に触れると、肌と肌との“繋ぎ目”の残滓のような感触が走った。見える傷跡は消えていても、そこに死が近くまで迫っていたという小さな痕跡だけは、消えることなく残り続けているのだった。

 銀時計に突き出るボタンをかちりと押し込んで、時間を止めた。

 仕事が忙しくて休憩の時間が都合できないときのために、効率的に眠るための非常手段として用意しておいた睡眠薬。そのシートを小物入れの小箱から取り出して、初めて一錠だけ飲み込んだ。水がないのでなかなか喉の奥まで落ちて行ってはくれなかった。眠気よりも、ぐるぐると世界が遠ざかっていく心地よさだけを感じていた。目覚めたときには未だ時間が止まったままだろう。そのときこそ、本当に決心をつけていられたら良いのに、と、思った。傷跡のことをどう考えていくかまで含めて。着替えもせずに、咲夜は眠った。

 翌朝に目覚めた後――と言っても、時間を止めっぱなしだから空の明るみは夜のままだったのだけど、一本の煙草を吸いきるのと同じくらいの早さで時間を進めることにした。閃きの速度は光のように早くても、有為な言葉としてまとめ上げるためには亀の歩みを覚悟しなければならない。腹をくくろう。普段だったら、あまり使わない言葉。品がないのは好きじゃない。嫌いだと言い切れないところを、美鈴だったら諭すだろうか。笑うだろうか。

 しばらく吸いがらの積もりっぱなしになっているクリスタルの灰皿に煙草を叩きつけながら、ライターの蓋を指先だけでもてあそび、かちりと音を鳴らしていた。自分の肌の温度で、金属製のライターはどんどん生ぬるくなっていく。冷たいところを探しだすようにして指が這いまわる。よし、よし! 感覚は明瞭にして上々。たぶん、大丈夫。それなりに、いけるだろう。

 部屋の奥に併設された簡素なシャワールームで念入りに身体を清め、下着と服とを取り換えた。水や湯と一緒に決心まで洗い流されないように、可能な限りのスマートさで。それから、ぴっしりと糊の効いた真新しいブラウスに袖を通した。こんなのを着るのは、本当ならせいぜい季節の変わり目の衣替えのときぐらい、と、苦笑した。再び時計を操作して、すべての時間を通常通りの進み方に振り向ける。

 お嬢さまも門番も図書館の魔女どのも妖精メイドたちも、きっと未だ起きてはいない。
 時間の操作や空間の拡大から束の間に逃れた紅魔館は、太陽が昇り始めるころまでにでも、咲夜の足で一周できる。世の中というのは案外といいかげんにできている。かつて、こいしが言っていたように。ナイフの先で、いや針の先で床に傷をつけていくほどの気配さえ殺しながら、フランドールの部屋まで真っ直ぐに向かった。メイド長権限で保管を許されている鍵束を片手に。

 廊下で、日の光のない夜の間だけ開け放たれる遮光カーテンが、咲夜の“夜遊び”をくすりと笑うみたいにして揺れた。その向こうにある窓から流れ込む星明かりもまた、彼女の肌を左側から撫で上げた。けれど、もう咲夜の視界がそれに気がつくことはない。

 ポケットの中でずっと握りしめていたせいで、紫色の義眼は鉱物の冷たさを失っていた。刃物のように研がれた咲夜の体温が、うっすらと塗りこめられている。目蓋をこじ開け、ゆっくりと傷跡に義眼を挿入した。怪我の痛みからはとうに解放されながらも、いつもその小さな穴の中は湿っていた。血と涙は流れない。それを肯定するための古い感情もまた欠落してしまっていた。眼の珠を欠いた顔の片側が、義眼のためにほんのわずかに重くなる。しかし、何かを失ったせいで魂の重みがそのバランスを欠いてしまうよりは、はるかに快楽に近いのだと言い切れる。
 
 二重に設けられている扉のひとつを押し開けて、その先に通じる一本の地下道の空気を呼吸した。冬のそれより乾ききり、生命の存在を疑わせるように揺らいでいた。事前にパチュリーからメイドたちに与えられた指示通り、触れた者を人妖問わず灰に変える結界の術式を踏んづけないよう、細心の注意で安全な足取りを見極めながら進んでいく。終点にある、魔法鋼材を練り込んだ本命の扉をノックする。だが、返ってくるべき応答はない。

 もういちど、ノック。
 やはり、返事はない。

 必要なのは、レミリアを真似て、決意することを大事な仕事のひとつにすることかもしれない。なぜなら今日はそのために来たというのに、引き下がるのは最高に格好が悪い。

「妹さま」

 無言。

「フランドール・スカーレットさま」

 かた、かた。こと、ん。
 何か、壁に軽いものがぶつかるような音である。

「咲夜でございます。フランドールさま」

 こん、こん!
 内側から、扉を叩く音がした。

「入って良いよ。ていうか、開けて良いよ」

 フランドールの部屋の扉は、あいにくと内側から鍵をかけることのできる仕組みにはなっていなかった。鍵をかけるのはいつも扉の外側に立つ者の仕事である。銅のリングに通されてひとまとめになった十数の鍵束の中から、咲夜は直ぐに目当ての物を見つけ出した。重々しい錠前に指し込むと、開け閉めのために鍵を回すこともやはり重々しかった。がちゃりという音と共に扉が開く。しかし、フランドール自らが扉を開けるようなことはなかった。乾いた唇に舌で触れ、咲夜は両手で扉を押し開いた。

「…………煙草のにおいがする」
「お判りになりまして?」
「この部屋はね、咲夜やお姉さまが思ってるよりは良いところなんだ。何にもにおいのない場所だから、そのぶんだけ“外”から何かが来たときには鼻が利く」

 なるほど、と、咲夜は素直にうなずいた。

 人間である自分は吸血鬼ほど鼻が利かないうえに、食用の人間を解体した後は血のにおいで嗅覚が“ばか”になってしまうこともある。しかし、フランドールは自分以外に誰も居らず、そして自分以外の何のにおいもない部屋に居るのだから、嗅覚が研ぎ澄まされて、そのぶんだけ細かなにおいの気配にも敏感になる。せっかくシャワーを浴びても、直ぐに煙草を吸ったとばれてしまうくらいには、というところか。単調さと清浄さは、ときとしてひどく似通っている。

 咲夜が鍵を開けるまでのあいだに、フランドールはベッドの上に腰かけて、両手で頬杖をついていた。のこぎりの刃に色づけたような彼女の翼が震える様は、姉のレミリアとよく似ている。天井から吊り下がる灯りはごく簡素なランプでしかなく、細い網目の隙間から漏れこぼれる光が、きれぎれに降り注ぎ手指を染める蝶の鱗粉によく似ている。それがフランドールの紅色の眼をくっきりと照らしだす。虫籠の中に閉じ込められた、珍しい蝶を観察しているみたいだとさえ思う。いや、もしかして観察されているのは自分の方なのだろうか。踏み込んだのはフランドールではなく、咲夜の方なのだから。

 愛でるでもなく、憎むでもなく。
 ただ無機的な。
 ――それこそ、咲夜が頭の中でよくやる『切り替え』とよく似たパターンで。

「そのランプは、パチュリーがつくってくれたんだよ。魔法のおかげで、火種が長く保つからってね」
「ええ。存じております」

 ふた月にいちどほどの頻度で、火種を代えに来るのは咲夜の仕事だった。

「ここは良いところだよ。自分以外の何もないんだから。悪いやつは誰も居ない。余計なものは何もない。何を考えていても問題はない」
「退屈はなさらないので?」
「あはは……。今さらそんなこと訊いちゃうんだ。もしかして、私が外に出たいって思ってる」
「お顔を拝見するたび、ときおりには」
「もちろん、そんなことを考えるのだって自由なんだよ」

 しかし、メイドの顔を吹き飛ばすことまでは許されていない。
 咲夜はそう言わなかったし、フランドール自身ももちろん口にしなかった。
 まるで言葉を選んだ会話。
 互いの傷口がいったいどこにあるのかを探り出そうとするような、である。

「左眼、ずいぶんときれいな色になったじゃない。似合うよ。紫色」
「嬉しいですわ。お嬢さまは、あまり積極的に褒めてくださらないものですから」
「“あいつ”は鈍感だからね。しかも尊大だし。戦争とか、病とか、不義とか、世界には悪いものが満ちあふれてるからっていう方便で、お姉さまは私を閉じ込めた。けど、直ぐにそんな与太を信じてしまうほど、私だってばかじゃない。それに子供でもない。彼女の判断が私の能力を怖れてのことだっていうのは簡単に想像がついたし、その悪いものとやらが何なのかだってまるで教えちゃくれなかったじゃないの。そんな嘘をいちいち信じてられると思うから、お姉さまは尊大なんだよ」

 ベッドから立ち上がって、フランドールは部屋の隅にしつらえられた小さな机と椅子に歩み寄った。椅子の背に片手を置きながら、机の上に何本か置かれた短い鉛筆を手に取った。それから、鉛筆の直ぐ近くに置かれた紙の束のいちばん上にすばやく何かを書きつけて、乱れないように端を揃え、咲夜の元まで手渡した。鉛筆を机の上に放り出す、からからという音がした。

「咲夜。私ね、小説を書いてるの」
「小説?」
「咲夜は、小説なんか読むのかな」
「暇を持て余したときなんかには」
「そっか。私も、たまに魔法図書館から借りてるんだけど。面白いよ」

 実際のところ、最近はほとんど読書などできていないのだが。

「その原稿はさ、パチュリーにでも渡してよ。……私、原稿をまとめるための紐の通し方なんかもよく解らないし、彼女なら色々と知ってそうじゃない。いちおうノンブルは振ってあるから、途中で間違いがなければちゃんと最後まで読めるはずだと思う」
「お差し支えなければ、あらすじなどうかがってもよろしいでしょうか」

 暗がりの中で、フランドールが書いたという原稿の束をぱらぱらとめくった。
 いちばん上の――タイトルが付された表紙に相当するらしい場所には、彼女の手で署名を済ませてある。思いのほかきれいで、淀みなく、几帳面な綴り方をされた文字だった。行は紙の上から下まで詰め気味に書かれていて、どの原稿を見ても破綻なく三十行きっちりに収められている。罫線やマス目の印刷されていない、ごくまっさらな紙の上に。

「ふふん。どうしようかな」
「無理に、とは申しませんが……」
「お姉さまに秘密にしてくれるっていうなら教えてあげる。誓える?」
「誓いますわ」
「よし。咲夜、耳を貸して」

 命じられるまま、フランドールの身長に合わせてしゃがみ込んだ。
 ゆっくりとこちらに近づいてくる彼女の口元が、舌なめずりをしたように見えたのが不思議だった。小さな両手が咲夜の顔を引き寄せた。細い唇から、耳の奥まで吐息が届いてしまいそうだった。フランドール・スカーレットの体温はあたたかいのに、吹きかかる息はいやに冷たい。生きていること自体を欺瞞し続けているかのように。

「産まれてからずっと、ひとりぼっちのままで過ごしていた女の子が居ました。ずっと昔にはお母さんやお父さんが居たような気もしますが、今となってはよく憶えていません……」

 話をしながら、フランドールの片方の手指が咲夜の左眼に伸びて行く。

「女の子の元にはお姉さんがひとりと、たくさんの召使いが住んでいました。しかし、彼女がその顔を見ることはほとんどありませんでした。なぜなら、女の子はいつも自分にあてがわれた地下の小部屋に籠りっきりだったからです。晴れの日も、雨の日も。戦争の日も、疫病の日も……」

 左眼の代わりの宝石を、小さな指が探り当てた。
 硬く冷たい表面を、指先が撫でていく。

「ある年に、女の子の部屋までひとりの召使いがあいさつにやって来ました。銀色の髪をした、きれいな女の人でした。まるで、抜き身の刃物のように。女の子は、それまで刃物やナイフというものの使い方の、そのすべてを知っているわけではありませんでした。それはたいてい、部屋まで運ばれてくるパンや果物や肉を食べやすい大きさにまで切り裂くための道具であり、テーブルマナーの一角をひっそりと占めるに過ぎない、可愛らしい銀色の棒きれでしかなかったからです……」

 自分の体温が触れない場所をどこにも残しておく気はない。
 そんな風に、フランドールの指は咲夜の義眼の上を這いまわった。
 愛撫という言葉が当てはまりさえする、そんな予感が胸を占めた。
 そして彼女は器用だった。いちど義眼を探り当ててしまうと、もう咲夜の顔のどの部分にも指を触れることはなかった。

「召使いの雇い主は女の子のお姉さんでした。女の子は、その召使いから色んなことを教わりました。料理の食材のこと。大きな湖のきらめきのこと。よく箒に乗った魔法使いが忍び込むんだということ。あるとき、召使いは、ちょっと背筋を冷やりとさせるようなことを言いたいみたいでした。それは刃物の話で、ナイフというものは何も食事や手紙の封を切るためにだけ使われるものじゃないし、たびたび戦争や人殺しにだって使われているって話だったのです……」

 フランドールの指づかいは、廃兵がアンジュの身体に触れたときのことを思い出させるには十分だった。彼は自分の感情を、突き詰めれば欲望を、愛情という覆いのさなかに押し留めようとしていた。今ならばそれが解る。吐き出すことのできない心の有り様を棄ててしまうには、ひとりで死ぬのは寂しすぎるのだ。

「女の子は、召使いのことが好きになりました。それはもう、たちの悪い熱病に罹ったみたいに。話をするたび、彼女のことを引き止めようと考えました。なぜなら、小部屋と外の世界とは時間の流れが少しばかり違っている気がしたからです。その小部屋は、まるでしっかりと封をされ、鍵をかけられた箱のよう。その中でならどんなものでも老いずに、ただ存在し続けることだけができるのかもしれません。しかし、当の召使いはどうやらお姉さんのお気に入りで、女の子の気持ちになど気がつくはずもありません。元より、彼女は外の世界の住人だったのですから、部屋の中とは生き方が違うのが当たり前と言えました……」

 原稿の一行目、薄れることなく未だ青々と真新しい鉛筆の跡。
 そんなところを指先でなぞっても、意識はそれを文字だと認識してはくれない。
 フランドールの指が眼窩の奥深くに挿入され、義眼の裏側に爪を触れた。
 腿の間に廃兵の指が挿しこまれたときの感触に、それはそっくりだ。
「おいで、おいで」をするようにして、指はゆっくりと動き回る。
 傷跡に満ちる湿り気も、すべて余すところなくすくい取られていくような感触。

「かなしんでいる女の子の目前にひとりの悪魔が現れたのは、秋が始まったばかりの日のことでした。それは、彼女がいつも心の中で空想していた、たったひとりの友達でした。いつでも彼女にうなずいてくれる。いつでも彼女を慰めてくれる。いつでも彼女の気持ちを解ってくれる。最高で最良の友達。女の子が、ちっぽけな箱の中めいた小部屋に詰め込めるだけの想像力でつくり上げた、それはそれは――女の子自身のものなのか、悪魔のものなのかは判りませんが――器用な無意識で動き回る。その友達はいつも顔全体を覆い隠すかのような、大きくてつばの広い黒帽子を被っています。悪魔は地獄に住んでいるから、太陽の光に慣れていないのかもしれません……」

 フランドールの顔は咲夜の唇が届くところにはなかった。
 だが、彼女は昔の習慣を思い出す。本能のようにして唇を舌先で濡らし、接吻の真似ごとのために唇をほんのわずかだけ突き出した。左眼のすべてが削り取られる。ぐらぐらと義眼は揺れ動き、やがて自分の感覚の内から断絶され、フランドールのものになる。紫色の宝石義眼は、フランドールの指先に在った。吸血鬼の鋭い爪が咲夜を傷つけないように、しかし、自分がいったい何をしているのかをことさらに教え込むように。彼女の指は義眼を取り外すとき、咲夜の眼窩を執拗に撫でまわして見せたのだった。無感覚が途切れ、うっすらとした痺れに変わり、笑うに値しないくすぐったさになっていった。すべての快楽における矮小な先ぶれ。懐かしいその感覚。気持ち良すぎて、虫唾が走る。

「悪魔は女の子をそそのかしました。とびきり人好きのする、可愛らしい笑顔をして。“その召使いを殺してしまえ。新しい命を自分が用意しよう。おまえがわたしに与えたような。
そうすれば、その召使いはおまえのものだ”って」

 ひどい吐き気が、喉の奥を這いまわっている気がした。
 ただ、なぜか幻覚に向けて刃物を突き刺そうとしているような、手ごたえのまるでない、奇妙な不快感でもあった。本当は、はらわたの中のものをこの場にぶちまけてしまいたいのだが、眼に見えない拘束が掛けられているせいで何もかも思い通りにいかないのだ。

「それで。その先は、どうなるのですか」

 咲夜は訪ねる。
 フランドールは咲夜の耳元から唇を離した。
 薄明かりの下で咲夜の顔を見、少し興を削がれたようにして顔を背ける。
 咲夜が義眼を手に入れたときの、こいしの表情によく似ていた。
 引き結んだ唇を震わせながら、ためらいがちな言葉が帰ってきた。

「どうなるんだろうね。……ぜんぶ、さっき考えた嘘のあらすじなんだけど。本当はまるっきり別の話なんだよ。格好が良いよね。昔の詩人はさ、こうやって聴衆の反応を見ながら、即興でお話をつくり上げていったっていうんだから。ただ、きっと女の子は召使いの命までは欲しくなかったんじゃないかな。彼女の片方の眼さえ手に入れれば十分すぎて。だって、その召使いはどう口説いても、たとえ殺してしまっても、結局はお姉さんのものとして死んでいくんだから。言ったでしょ。そんなことも解らないほど、この私はばかじゃないんだって」

 けらけらと笑い、フランドールは片手にした咲夜の義眼に唇を押しつけた。
 ふうっ、と、彼女が短く息を吐いたとき、ほの見えた舌先に沿うようにして、吸血鬼の鋭い牙が垣間見えた。

『希望』というのは、たぶんありふれたものなのだと、咲夜はぼんやりと思った。
 パンドラの箱の中に唯一残ったその感情は、あまりにもありふれたものでありすぎるせいで、その有用性を確認するためにまったく正反対の――あらゆる不義や不幸や害毒や悪徳が必要になってしまう。悪人が居ないのなら、悪人を探し出さなければならなかった。

 咲夜の眼窩から抜き出した紫の宝石義眼を、フランドールは自分のベッドまで放り投げた。石の壁に軽くぶつかって、こつんと音を立て、シーツのうねりの中に沈み込んでいく。再びベッドに腰かけたフランドールの、紅色の瞳が咲夜の顔を切り裂くように見据えていた。彼女の手はベッドの上の義眼を探り当てようと、もぞもぞと動き続けている。咲夜は立ち上がった。空になった左の眼窩をもういちど撫でた。フランドールの指の感触を思い出そうと、自分の指の縁を怖々と触れることしかできなかった。

「怖いんでしょ。私のことが」
「今は、そこまで怖れてはおりません」

 意外なまでに、すんなりと言葉を繋げている。
 あくまでスピーディに。手早く仕事を済ませただけだ。
咲夜は微笑んだ。自分らしくもない、衒(てら)いの色を持たない笑みだった。

「へえ。うん。そうだね。私、やっぱり咲夜のことが好きなんだと思うよ」

 咲夜の義眼を光に透かして、フランドールは早口に言う。
 蝶の鱗紛を思わせる散漫な光のスペクトルも、地底の宝石は容易に集積し、そしてまた、数色の紫がかった虹の模造として壁に投影した。

「私と違って、咲夜は正直だからね」

 彼女は笑っている。彼女の喜びに水を指すべきじゃないのだと気がついた。
 彼女は箱の中の希望であって、それに伍するほどの鋭敏で昏い絶望でもある。
 地下室を辞し、また鍵を掛けた。銅のリングの円周で、鍵束がかちゃかちゃとうなる。
 フランドールからは何も言われなかった。
 たぶん、彼女自身でもそれを望んでいたのだろう。
 そう考えた方が、咲夜にとってもしあわせだった。
 ふたりのあいだの秘密を封じ込めてしまうためには、人間の心は小さすぎる。
 たとえばアンジュと廃兵の。それから、咲夜とフランドールの。

 急いで部屋に帰り、原稿の束に目を通した。
 烈しい風が窓にはめ込まれたガラスの貧弱さを叩き、嘲っている。
 終わりかけの秋の気配はひどく乱暴で、毛羽立った感じがした。
 再び空になった眼窩に指を触れた。もうそこに湿り気は生き残っていない。
 すべての必要性において正気に立ち返ったのだろうことが、咲夜にも解った。
 フランドールの原稿の表面を愛おしげに撫で続けた。
 たぶん、“そこ”にすべて置いてきてしまったせいなのだから。

 物語の内容そのものは何てこともない、怪奇色の強い恋愛小説だった。
 書店の隅で埃を被ることもなく、ときたま物好きなお客に手に取ってもらえ、ごく稀に運の良い日は買ってもらえるような。それぐらいの話かもしれないと思う。けれど文体や構成とか、単語の数とか、修辞とか、思想とか、そういう技法的なものだけを抜き出して具体的に考えることができるほど、十六夜咲夜は批評家としての優秀さまでをも持ち合わせているわけではなかった。


――――――


「で、妹さまはこれをどうしろと?」

 と、パチュリーが言ったのは、それから数週間後に批評家の代理人を彼女に頼んだときである。お世辞にも洒落たデザインとは言いがたいほど厚い縁をした近眼鏡の奥から、気だるげな、けれど、小さな期待に満ちた眼を覗かせていた。図書館の中、円卓に積まれた書物の塔の向こうから顔を出す彼女。まるで大木の間を駆けまわる小人である。その身はロッキングチェアに深々と腰かけ揺られているせいで、陽炎の不安定さを間近く見ているようだった。「初めてにしては、」と、彼女はもったいぶった。「まともに読める方……だと思う」。陳腐、という感想は意図的に漏らさないようにしている。そんな風に咲夜には見える。

「はあ。残念ながら、そこまで詳しくは仰っていませんでしたわ。もしかしたら、本にして欲しいのかもしれませんが」
「なるほど。私家版の小説本をつくってみたいというわけね。ただ、ひとつだけその発想の間違いを指摘するとするならば、私は“書く”のと“読む”のが仕事であって、製本や印刷は別に専門家を呼ぶ必要があるということだわ」
「それでしたら、今日、里まで買い物に出向く予定がありますから、私が名代(みょうだい)を務めましても」
「なら、咲夜にお願いしようかしらね。ちょうど、私もこのあいだワーハクタクや御阿礼や鴉天狗と短編小説のアンソロジーを編んで、そのうちの何部かを夢殿太子廟の連中に歓迎がてら献本したのよ。そのときと同じところに頼んでちょうだい。処女作は、どうせなら立派な装丁にしてあげた方が良い思い出になるでしょ。場所は……」

 やおら身を起こし、パチュリーは手近な紙にペンで地図と業者の名前を書きつけた。
 書き立てで乾き切らないインクのにおいが、図書館に充満する紙のにおいと混じり合う。
地図に眼をやると、ちょうど、人里の中でも工匠たちが集まる街の中に、その製本と印刷の業者はあるらしかった。

「はい、これ。頼んだわよ」
「お任せください」

 フランドールから受け取った原稿を収めるために改めて用意した封筒へ、再び原稿をしまい込んだ。だが、くるりと出入り口に向けて踵を返そうとしたとき、「ねえ、咲夜」とパチュリーは声をかける。

「あなたの義眼は、たしか紫色をしていたと思うのだけど」

 思慮深いようでいて、その実、やはり少しもためらわないと決めた風に、その次の言葉が続いた。

「どうして、今は蒼色に変わってるのかしら」

 ぎゅうと原稿を抱き締めながら、首から上だけパチュリーに向き直る。
 ちょうど、パチュリーの視界には咲夜の顔面の左側――蒼色の義眼がはっきりと見えるように。

 上手い説明を思いつくよりも先に、未だ手の中にある原稿に記されたストーリーの方がはっきりと思い出されてきた。

 戦火に見舞われた街で少年と少女が出会うという話だった。
 街の人々を追い立てるようにして、夜空には鮮やかな火線が描きつけられる。
 その砲撃から逃れるさなかにふたりは出会い、恋に落ちた。
 だが、逃げ延びた先の街で少年はにわか仕込みの歩兵として出征し、ふたりは離れ離れになる。少女は新たな街の小さなアパートの二階に住み、パン工場の女工の仕事を見つけ、「戦争が終わったら、ここをふたりの家にしよう」と誓った。大通りの桜並木に面した、小さな家だった。

 少年は戦場から、故郷で待つ少女に向けて手紙を送ることを始めた。
 それは四月の初めころから始めた習慣だった。
 野戦砲に数人の兵隊ごと塹壕の一角を吹き飛ばされても、銃剣突撃で初めて人を刺し殺したその日の晩も、どうかして検閲の目に留まらないようにと知恵を絞って、自分の無事と、少女への愛を綴り続けた。

 そのたび、少女からはしっかりと返事が返って来る。
 工場の生産高に貢献し、表彰されて賞金までもらったこと。
 街にたくさん植わっている桜の花は美しいが、毛虫が多いのが玉に傷だということ。
 暇なときを見計らって、近所の子供たちの勉強の面倒を見ていること。
 そしてどんな内容の手紙にでも、最後の行には少年を愛し、その無事を祈っているということが例外なく記されていた。

 少年は、右脚を失った。
 敵の陣地が昼夜を分かたず砲撃をくり返し、そのときに炸裂した榴弾の破片が脚に突き刺さり、やがて傷口が壊疽を起こしてしまった。麻酔の効きも不十分なまま、未だ薄ぼんやりとしている意識の中で、自分の腐った右脚がのこぎりで切断されていく音を彼は耳にしなければならなかった。少年は、廃兵になった。足を失った歩兵は使い物にならない。最前線から外され、本国の病院に後送される。ほどなくして、戦争は終わった。どっちの国が勝ったのかは、少年にはどうでも良かった。ただ、少女と再会できることだけが嬉しかった。脚を失ったことを手紙で告げたとき、脚や腕がなくなっても、あなたはあなただと少女は励ましの返事を送ってきた。

 退院した彼は、列車を乗り継いで少女の住む街に辿り着いた。
 役所で申請書に記入し、傷痍軍人への恩給と、それから年金受け取りの手続きを手早く済ませる。少女と別れてから二年ほどが経っていた。祖国は多くの街が敵に攻撃され、占領され、しかしまた奪還することのくり返しで荒廃したところが多いと聞いていた。ふたりの街も例外ではなかった。春そのものが街を歩いているようだった桜並木も、少女が働いていたパン工場も。それに、彼女が住んでいたあのアパートも。どこもかしこも、市街地では多くの人が死んでいた。聖堂さえ破壊され、司祭もまた犠牲者名簿に名前を連ねている。土葬をしてくれる墓掘り人足も居ないのだ。屍体の腐敗による疫病の発生を予防するために、地面に掘った大きな穴に死者をたくさん投げ込んで、焼いてしまうより他になかった。

 アパートは、壁や屋根の一部が崩れ落ちながらも、どうにか大まかの形だけは保っていたのがさいわいだったかもしれない。積み上がる瓦礫と傾いた階段に義足のバランスを崩されないように、気をつけながら二階のひと部屋を覗き込んでみると、ついさっきまで人が住んでいたような形跡が残っている。懐かしいと呼ぶにはあまりにも浅い思い出しかないが、クリーム色の壁紙は確かに少年と少女がふたりで住もうと約束した部屋のものだった。徴兵の令状を読んで唇を噛み締めた樫の机には、彼女の好みで買ったランプはもうなかった。棚の中の食器はことごとく床に落下して割れ、菜の花の絵柄が土埃を被っている。少年が修理したラジオのアンテナは伸びっぱなしで、スイッチを入れてもノイズしか受信してはくれなかった。

 もういちど樫の机をよく見ると、書きかけらしい手紙と便箋も残っている。
 震えた筆跡、滲んだような涙の跡。戦場で嗅ぎ慣れた硝煙のにおいが、そこには未だ残っていた。だが、血の跡なんかはどこにもない。期待と不安がない交ぜになる。

 瓦礫の山をかき分けて、元々の土地の所有者やら入居者やらを確認に来たらしい役人のひとりを捕まえて、「あのアパートに住んでいたはずの女の子はどうなりましたか」と、恋人の名前と住所を告げ、少年は訊いた。

 市民の名簿であるらしい台帳を手早くめくりながら、役人の説明に曰く――――、

「大変申し上げにくいのですが……あなたの仰る女性の方は、二年前の四月にこの街が敵の砲撃に遭った際、避難の途上で砲弾の爆発に巻き込まれて亡くなられたそうです。ご遺体は、聖堂近くの臨時火葬場で共同葬儀に付されたと」

 そこから先の文章を、咲夜はいっとうはっきりと憶えていた。
 パチュリーに返す言葉を吟味するあいだ、瞬きよりも素早くその記憶が反芻される。


――――――


フランドール・スカーレット・著
『まぼろしの筆跡』
抄出




 ぼくは溜め息をつき、その役人を睨みつけた。
 彼の右腕に装着された黒い腕章には、“戦時事務官”の文字が仰々しく刺繍されていたが、いら立ちのあまり、自分にとってはどうでも良いはずの彼の地位にさえ当たり散らしてしまわなければ気が済まない。そんな、どうしようもない気分に陥っていくのだ。

「ちょっと、待ってください。その……本当の話なんでしょうか。ぼくがさっき言った女の子が、二年も前に亡くなってるっていう話」
「ええ。嘘偽りを申しても仕方がないでしょうからね。わりあい、この街は被害の規模と犠牲者の数の統計が他の街よりもはっきりとしているので。残念ながら、間違いである可能性は限りなく低いのではないかと思います」

 心から同情いたします、と、役人は唇を噛んだ。
 たぶん、彼は心底からそう思ってくれているのだろう。良い心がけだ。市民を気遣うことのできる彼は、きっといつかすばらしい仕事を成し遂げることだろう。だが、優しさが死者を蘇らせてくれるわけじゃないというのは解りきった事実である。
 
 眩暈とも吐き気とも違う不快感に必死に耐えながら、戦争が起きる前、国民必携として配布された氏名タグのことを思い出さなければならなかった。薄く小さな金属のプレートに、その人の氏名・性別・出身地・現住所・血液型などが彫り込まれたタグだ。ぼくたち兵隊が首元から下げるドッグ・タグと同じように、鎖を通してネックレスの要領で常に身につけておくべきもの。もし“ぐちゃぐちゃ”になって死んでしまっても、直ぐにその死者が誰であるかを判別できるように。

 厳かな書体でタグの裏側に刻まれた互いの名前を、ぼくたちが出会ったときには見せあったのだ。二年前。三月の終わり。未だ寒さの残るころ。きれぎれの思い出を遊ばせながら、ぼくは「ちょっと失礼!」と役人の持つ台帳を手から奪い取った。彼女のあの名前、間近く砲火の迫る永い死の夜に、ぼくが知ったあの名前を懸命に探した。

 ×××市。
 ×××通り。
 ×××番地。
 国営市民住宅、二〇五号室――。

 詠嘆するようにして、役人は鼻をすすりあげた。
 彼はどこまでも優しかった。安易にぼくの肩に触れ、慰めようとはしなかった。
 ただ無言だけが、目の前の廃兵に事態を受け容れさせるのに必要であるということを、彼はたぶんよく知っているのだろう。それに、この手の悲劇は戦争ではありふれているのだろうから。

 探し求めた項目は、台帳の348ページに記載されていた。

 字引きのアルファベットを何度も指でなぞり、その名前との間で視線を往復しなければならなかった。二年前の四月。兵員輸送列車の固いシートに辟易としていたころ。隣国との最前線に必死で塹壕を構築していたころ。七連発式の小銃をぴかぴかに磨き上げるのが日々の仕事だったころ。ぼくが、ちょうど彼女と手紙のやり取りを始めたころ。はっきり、そのときに彼女は死んでいた。台帳に記載されていた“それ”は、忘れるはずもない、彼女の氏名タグに彫り込まれていた名とも姓とも、アルファベットの綴りとも過つことなく完全に一致していた。『四月七日。×××軍との戦闘に伴う砲撃に巻き込まれ、死亡』。

 歯をかたかたと鳴らして、役人の手に台帳を返した。
「お悔やみ申し上げます」と改めて告げ、彼は去っていく。

 不安定な足場も顧みずに、ぼくは再びアパートに上った。
それから小さな懐かしい部屋に踏み入れ、机の上に残る手紙をひったくった。ペンで走り書きされている日付は、やはり二年前の四月八日。今でもはっきりと憶えている。消印がその日になっていた手紙が届いた日、ぼくはどんなにか嬉しがったことだろう!

 爆風に晒されたにしては焦げ跡もなく、皺もほとんど寄りついていない。
 表面の煤を手のひらで払って、わずかに書きこまれた文字を読んだ。
 涙は出ず、どうしてかかなしさでさえほとんど感じなかった。
 ただ、ぼくの顔を見つめていた彼女の蒼色の瞳だけが、今は懐かしくて仕方がなかった。

『おそらく私があなたに書く手紙は、これが最後になることでしょう……』

 ぼくの目にした手紙は、その一文から始まっていた。(完)


――――――


「ちょっとした同一化の願望、ですわ」

 左眼の蒼い義眼をきらめかせながら、咲夜はゆったりと微笑むのだった。
 すべて承知したというようにパチュリーは嘆息した。さすがに魔女どのは理解が早くて助かった。が、同時に小さな粒のような呆れまでも彼女は抱いたらしかった。小説の中の、蒼い眼をしたヒロインになぞらえた選択であることに。咲夜らしくもないという風に、じとりとした嘲りの真似ごとが絡む視線で、パチュリーは咲夜の顔を見遣るのである。

「咲夜って、実はけっこうロマンティストなのね」
「死者の言葉に、耳を傾ける余地を見出すくらいには」
「それは、神さまというものの実在を信じるよりかは確かなものだわ」
「それならば、リアリストでもあるのでしょう。ただし、はなはだ悲観的な」

 指先で、蒼色の義眼をとんと叩いて見せる。 

 紫色の義眼をフランドールの元に置いてきてしまったのは、それを棄ててしまおうという投げやりな気持ちからではない。和解と言うには痛々しいし、譲歩と呼ぶにしても強いた犠牲からすれば釣り合いが取れない。子供の要求に屈したとは思いたくない――と、断ずるほどには咲夜も大人げないのかもしれなかったが、それがフランドールの望む結果であるのなら、彼女はそれにごく忠実に従っただけだった。

 だから、咲夜は蒼色の義眼を使い始めた。

 またふたふらと紅魔館に遊びに来ていたこいしが無意識への干渉を解いたところを運良く捕まえて、新たな採寸もせずに蒼い色の義眼が欲しいと頼み込んだ。奇しくも、そこはいちばん初めに眼窩の採寸を行ったパチュリーの研究室の前の廊下だった。もうあのときのように煙草は吸わなかった。こいしの前ではそうするまいと決めていたのだから。彼女は勝手にカーテンや窓を開けなかったし、美鈴は中庭の菜園に水をやっていなかった。その日はひどい曇り空だったが、それでも相手の顔はどうしてかくっきりと見えたのを今でも覚えている。こいしは怪訝な顔で不思議がって、それから直ぐに「ひどく合点が行った」というような表情も見せた。喜びの色だったら、きっと良かったのに。咲夜が、自分の胸元に垂れ下がる第三の眼と同じ色の義眼をつくってくれと頼み込んだことへの。

「蒼い左眼になったとしたら、わたしの知っている紫の眼の咲夜は死ぬのかな」

 と、こいしは言った。
 前に私がした問いを混ぜっ返そうとしているな、と、いうのは直ぐに解った。

 あごから唇にかけてを手指で覆い隠したこいしのシルエットが、さも何かの悪巧みを秘めている表情にしか見えなかったからだ。左眼が紫の義眼に置き換わっても、咲夜は咲夜のままだった。そこに居る、銀色の髪の毛をした人間の形の生き物が、自分を咲夜だと思っている限り。元より眠る前と目覚めた後で、自分が本当に同じ人間だという保証がどこにあるだろう。十六夜咲夜はいつも咲夜であるし、しかし十六夜咲夜ですらないかもしれない。

「私は私よ。咲夜はこいしではないもの。でも、あなたの中で像を結んだ私が居る限り、こいしが知っている咲夜は死にはしないわ」
「……ふうん。結局、私の主観に頼ることしかできてないんじゃない?」
「あなたの、その読心を止めた眼と同じ色よ。深海数里の昏いものを閉じ込めた、蒼い色」

 だから、もっと喜んでくれ、とまでは言わないけれど。

「咲夜の見る蒼と、私の見る蒼が同じかは判らないからね」

 そう呟いて、こいしは帽子のつばで顔を隠した

「私は、心を読むのを止めたもの」

 彼女の顔に浮かんでいたと思った喜びの色のようなものが、もしかしたら錯覚だったかもしれない――ということに、そのときようやく思い至った。

 世の中は、ひょっとして子供っぽさで回っているのか?
 手に入らないものに傷をつけることしかできないこと然り、喪失そのものを誰かと共有したがること然り――さて、そういう心を完全に棄ててしまわなければ大人になれないというのなら、自分は、いったいどこまで“まとも”で居られるというのだろうか? 少なくとも咲夜は咲夜の思っている以上にものごとを都合の良い方向に解釈しがちだと、誰ひとりも教えてはくれなかったから。義眼の代金と仲介料は、前回と同じ金額だった。ただ、今回は実物が届くまでに十日はかかったのである。

 赤い右眼と蒼い左眼。
 格好つけてばかりで、気取りっぱなしの人形みたいな顔になってしまった。
 
 同一化の願望について。
 人はみな、自分を物語の主人公のように錯覚したがる。
 蒼い義眼を身につけたことをパチュリーに問われてから一週間ばかりが経っていた。
 レミリアの命令だからという意義は初めに比べるとだいぶ薄れてしまっていた。そのころになると、もう咲夜は自分が何なのかと長考することもなくなっていった。明瞭な答えがあるはずもなく、彼女は普段通りの生活をする。そうやって、何の疑問もなしで居られることが何よりのしあわせな正解かもしれないと思う。

 パチュリーの校正が入ったフランドールの原稿は、やがて12月に入ってから一冊の本にまとまった。元がそれほど長いわけでもない中編かそうでないかという分量で、加筆や削除もこれといって目立つ形のものが行われたわけでもなかった。フランドール・スカーレットの処女作『まぼろしの筆跡』は、私家版の小説として全部で五部だけが出版され、著者の手元に一部、魔法図書館に一部、フランドールの元にやってくる魔理沙とこいしに一部ずつ献本され、残りの一部は人里の書店の好意で『幻想文学』の書棚に置いてもらえることになった。

 幻想郷でその年いちばんの冷え込みが記憶された日、少し濡れ気味の雪を踏み分けて書店に立ち寄った咲夜は、いつの間にか『幻想文学』の書棚からフランドールの本が消えているのに気がついた。きっと、誰か物好きなお客が買って行ってくれたのだろうと思うことにした。咲夜に気がついた、五十路になるだろうかという書店の店主は、にこりと微笑んで会釈をしたが、かつて左眼の視界だった空間で行われたあいさつに、とうとう咲夜が気づくことはできなかった。目当ての料理書を会計に持って行って「十六夜さん、もしかしてお疲れですか?」とそのことをやんわりと問われ、慌てた様子で笑みを返した。

「クリスマス前ですから。少し浮ついているのですわ」
「そうですか。道々、転んでお怪我なんてなさらないようにね」

 クリスマスの時季を目前にして、どの街々もまたすっかり浮かれ気味の空気が流れていた。小さな村や街が幾つか点在しているだけなのだから、どこかで好い報せがあると瞬く間にあちこちに波及する。基本的に――幻想郷は新参者が何か異変や事件を起こしても、博麗の巫女による仕置きが終了したら、酒と宴会で異変の首謀者をむりやり仲間に取り込んで、それで手打ちにしてしまうような気風の土地である。年中、何かにつけて祝祭に飢えているのは特に珍しいことでもなく、有り体に言えば、愉しく酒が飲めれば理由はどうでも良いのだった。

 最近は妖怪の山の河童たちがやたらと人間のところに下りてきたがって、彼らのつくった発電機やらイルミネーションをあちこちの商店や豪家に売り込んでいく。そうでなくても天狗新聞や守矢の神社が手を組んでか、やたらと舶来の新式イベントを新聞を通して広めたがる。各種の催し物の日時を伝える文々。新聞クリスマス特集号は、おかげで過去最高の売り上げを記録した。主筆の鴉天狗は「あやややや。イベントに乗じて読者が増えるとは、嬉しいやらかなしいやら……」と首をひねること、しきりでもあった。

 けれど、そのおかげで赤や、青や、黄色や、緑の光の粒が12月の街を当たり前に色づけていくなど、自分たちが幻想郷に移住したときには到底考えられなかったと咲夜は述懐する。たぶん、正しい意味とか発祥を知らないまま、みんなとりあえず愉しんでいるだけなのだろう。瓦ぶきの屋根、漆喰で塗り固められた白い倉、元のつくりが質素なせいで、飾りつけは不似合いながらもよく映える。白い紙に、クレヨンで思い思いに絵を描きつけていくようなものだろう。

 でなければ、仏教の寺である命連寺まで色とりどりのイルミネーションで飾られて、クリスマス記念説法というよく解らないイベントの開催が予定されていることの説明がつかない。通りがかりに垣根の向こうに視線を巡らしてみると、入道と入道使いがああでもないこうでもないと頭をひねりながら、クリスマスツリーとして使うらしい樅の木に飾りつけをしている最中だった。噂によると、どうやら、封獣ぬえが外界から呼び寄せた二ッ岩マミゾウとかいう化け狸の入れ知恵らしい。去年までは、せいぜい歳末に托鉢を乞うているを見かけるぐらいだったのだが。

 とはいえ、それくらい無神経で居られる方が、祝祭を迎えるにあたってはもっともちょうど良い心構えなのかもしれない。イルミネーションの雑多な光の中でなら、彼女の義眼も目立たなくなる。誰もみな年末の出費が増えた増えたと口にしながらも、眼と唇の端にそれとない笑みを浮かべているから、理由のないいら立ちを抱え込みながら家路を急いでいたとしても決して見つかることはないはずだ。

 朱鷺色のマフラーと黒っぽいロングコートは、なぜだか街を歩くとき人目につくのがとても嫌な年があって、そのときになるべく地味なやつをと思って買って来たものだった。きらびやかな12月。しあわせだというよりも、精一杯にしあわせであり続けようとする人たち。どちらもあまり好きではなかった。だが、きれいなものたちのさなかにあっては、そうではない自分自身はひどく目立ってしまっている。地味な上着を選んだのが裏目に出てしまった。自分の居場所はここじゃないと、彼女は思っていた。そして、いつでも咲夜は自分の居場所を探している。とうに失って、未だ見つかっていないかもしれないもの。
 
 料理書をくるんだ紙包みを小脇に抱えて、紅魔館の直ぐ近くまで戻ってきた。

 薄白い原の中に、真紅に塗られたお屋敷がひとつ。
冷たく沈潜した風景の中に唯一という形で存在する人工物は、産み落とされたばかりで未だ産湯を使う前の赤ん坊のように明々と濡れ光っている。それは当たり前に続いてきて、これからもずっと続くのだろうこの世界にあっては、はっきりとした異形であり、異物だった。子宮という安逸の底から弾き落とされた新しい命がこの世界に馴染み切るには、未だずっと多くの時間を必要とする。幻想は、いつでも産み落とされたばかりの赤ん坊でしかない。それはプリミティヴな恐怖であり、ダイレクトな憧憬である。ドレスで着飾った、きらびやかな怪物を仰ぎ見るような。咲夜が咲夜の家かもしれない場所に帰りつく、そのたびに過ぎる空想。彼女の生活は、彼女の想像力の中でこそようやく完成を見るのかもしれなかった。

 街を出て、森を抜け、ようやく遠くに帰るべきところを見はるかすと、紅魔館の切り立った屋根の上には未だほとんど雪が積もっていないみたいだった。あまり雪が降り続くようなら妖精メイドを動員して雪下ろしをさせなければならないだろう。また今年も仕事がひとつ増えるな、と、嘆息。

 空さえ飛べばあっという間に帰りつけるのに、冬場の風が吹き晒す中でそうするのはあまりにも辛すぎて、湖の手前でまた徒歩に戻る。氷の妖精が冬なら自分は最強だから勝負しろとしつこく食い下がってきても、適当にあしらいつつ時間を止めて、ゆっくり、ゆっくりと溶けかけの雪の上を歩いてきた。濡れ気味の雪は、厚手のブーツの中まで否応なしに冷やしていく。反面、防寒具が抱えるあたたかさと身体を動かすことの熱が、ごく薄い汗を滲ませた。


――――――


「帰る家があるっていうのは、良いことだね」

 彼女は爪先立ちで背伸びをし、咲夜の姿を迎えていた。
 瞬きほどの間に認識の内側に現れる“染み”か、あるいは存在しているのに決して視界に入ることのなかった“盲点”みたいにして。

 つばの広い黒帽子を頭から外し、敬意を表するようにして胸元に押し当てている。こいしがどうしてそういうポーズを取っているのかが解るはずもない。あるいは本当にポーズだけなのだろうか。癖っ毛である銀色の髪の毛が咲夜よりも少しだけ暗い色彩をしていると、翳り始めた日の下で見える。サイズが合っていないのか、少しぶかぶかになっている藍色のダッフルコートは、彼女の手のひらの真ん中まで袖が余ってしまっていた。第三の眼は、コートに隠れて見えなかった。生地のうねりがつくる布の膨らみの中に隠されて、導線だけが彼女の首周りに素っ気ない飾りつけのようにしてその姿を残している。

「また妹さまのところへ?」

 言いながら、咲夜はこいしの横を通り過ぎようとした。
 手の中の紙包みはずっと握りしめていたせいか、汗をかいた手のひらですっかりふやけている感じがした。今まで左手で持っていた荷物を右手に持ち替え、コートのポケットに手を突っ込む。改めて手を握り、開くと、汗の感触がただの錯覚だというのが解る。本当は身体のどこも冷たいのだ。

「それと、頼まれものをお届けに」
「頼まれもの……」
「お燐に注文したんでしょ。言ってくれればこっちから行くのに」
「普段、どこで何をしているかまるで解らないんだもの、こいしは」

 帽子を抱えたままで彼女は首をすくめた。
 滑稽劇を見せられるような動作。彼女は、道化としての古明地こいしを自任しているのかもしれなかった。咲夜が紅魔館のメイドを懸命に自任し続けているのと同じように。ふたりの間に横たわる冷たい空気は単なる距離の隔てであり、乗り越えるべきでない断絶である。絡まり合った銀色の癖っ毛が、こいしが首を揺らすたびにそれに同調し続けた。心と心がこすれ合い、軋みを上げることはない。それが彼女の選んだ道なのだ。こいしが帽子を胸元に押し当てたままでいるのは、そのことを隠すためなのではないかと咲夜には思えた。

 閉じてしまったものに対する恥じ入りの切れ端。彼女は彼女のままでいる。断絶された不連続な自己という不安。ひびの入った孤独である。アンジュが知ったのと同じ厩のにおいが、そこには必要なはずだった。神さまを殺すための見えないナイフだ。だが、こいしは何も殺さない。

「ただ、ね。うらやましいよ、咲夜が。あなたは私の知る言葉においては、たぶんしあわせなんだからね」
「自分はふしあわせだと」
「そうじゃない。ただ、心の置きどころが解らないってだけだね。良いかな。偉大なものの在る無しを議論するよりも、スープの底に肉が何切れ入ってるかを気にする方が、はるかにましな生き方なんだ。何も思い煩うことはない。生きることだけに執心して生きていれば良いんだから」
「相変わらず、よく解らない観念論がお好きなことで」
「だから、帰る家を探している。世界中に迷子があふれているから」

 悲観的――な、言葉だった。

 ひどくナーバスだ。包帯の下の傷をさらけ出して、互いに自慢し合うのとよく似ている。
 しかし、咲夜のそれはもう治りかけて、傷跡だけが薄らと残っているに過ぎない。そこにきれいな色を幾重にも塗りつけて、新しいものを見つけ出すのが得意だった。だから自分は紅魔館に居る。望みや願いが虚飾であれ、真実であれ。

 傲慢なのは自分の方かもしれない、と、咲夜は思った。
 そうやって、何かを規定し続けなければ生きていられない。結局のところ。
 だが、咲夜はそれを語るべきではなかったのだ。自らのうちに押し留めて、隠し通し、小箱の内側に秘匿する。左眼の蒼い義眼に指を触れた。その冷たさが、今では咲夜の体温の断片だった。それを知ることに何の言葉も必要ない。感覚だけが空虚に研ぎ澄まされていった。彼女は彼女の秘密を信仰していた。たとえ“ここ”が自分の知っている誰もが帰りつく場所であったとしても、秘密をひとつつくることは、ほんの少しずつの優越感を手に入れる手段になる。

「私はね、神さまを好きではいるのだけど、決して信じてはいないのよ」

 まったく、唐突な問いかけだった。

「あなたは、どう?」

 それでも、こいしはこいしの誠実さではっきりと答えてくれるものだと咲夜は考えた。
 驕りの彩度はいつだって必要なのだ。誰もが孤独であるのなら、ひと繋がりになるためだけにこそその傲慢さが必要になる。問われて、こいしは答えた。咲夜は、自分の問いに答えてくれることだけを求めていた。どんな答えが返って来ても、もう後は時間だけがすくい上げてくれることを確信していた。

「語る言葉が多ければ多いほど存在は明確に定義され続け、容易く理解できるようになっていく。けどね。それはきっと、どうしようもなくありふれた価値のなさと限りなく等しくなっていくってことなんだよ。本当の神秘は何も語らないことだと思うな。群衆の中でこそ真に孤独が襲ってくるように。だから、私は“語るに値しない”神さまだけを探してる」

 ようやく彼女は帽子を被り直す。
 それから手指を組んで、「はあっ」とあたたかい息を吹きかけた。
 呼吸は白く、むせ返りそうなほどの真実味を持っていた。

「咲夜は、もう、私が欲しいものを持っているもの。だからうらやましいと言ったんだよ」

 ばいばい――と呟きながらも、こいしは咲夜から最後まで眼を逸らしていた。
 明日もまた会うだろう友達に語りかけるような、そういう、どこか当たり前じみた影を踏んで歩いていく。

「家に帰ろう。私にも、帰る家くらいはあるんだから」

 靴先で器用に泥を避けるこいしの影は次第に小さくなって、やがて、すっかり認識の外に旅立っていく。


――――――


「ただいま帰りました」
「遅かったな」
「ちょっと、色々ありましたもので。世間話とか、世間話とか」
「何だそれは……まあ良いさ。無事に帰っただけでも重畳だ」
「初めてのおつかいですか、私は」

 帰ってきたらなるべく直ぐ部屋に来いと、外出前に言い含められていたのである。

 いちど自分の部屋に戻ってコートとマフラーを脱いで、手に入れた料理書をベッドの上に放り投げた。それから外出用の私服からいつものメイド服に着替え、風に吹かれた髪の毛に指を梳き入れて手早く整えた後、深呼吸ひとつだけしておとなしく雇い主の部屋に向かった。それはもう深々と息を吸い込み、吐き出してから。

 ときどき、レミリア・スカーレットはこうして咲夜を呼びつける。

 たいてい、暇だから話相手になれとか弾幕ごっこにつきあえとか言い出すだけなので、何ということもない雑務のひとつではあるのだが。沈み込んだ気分の中でも雇い主に気遣わせまいと微笑を浮かべるのが紅魔館メイド長の基本スキルのひとつではあった。彼女は嘘が上手いのだ。誰からも嫌われることはなく、誰からも孤独であるためのすべとして。

 レミリアはベッドの上に腰かけて、何か大判の本を手当たり次第に開いては、つまらなそうな顔をして次々に放り投げて行く、ということをやっていた。威厳を保つということについて常に哲学し続けるレミリアだったが、読書家として実際に手が伸びるのは通俗的な娯楽小説やら恋愛小説が大半だった。教養がどうので頭ばかりがでかくなるのはむしろ格好が悪い、ということらしい。大図書館の魔女どのが見たら卒倒しかねない光景だと、咲夜は思う。そこまで深刻な事態でもないと思うので、諌めの対象になることもないのだけど。

 ドアをくぐったとき、紅色に光る瞳でぎらりとにらまれた。
 やはり持っていた本を放り投げると、レミリアのベッドの枕元には無造作に積み上げられ、崩れた本の山ができあがっている。都合、十数冊はあるだろうと隻眼でも数えられた。

 ばたりと仰向けに倒れ込むと、両脚をぱたぱたと動かして「おーい」と呼ばわる。

「何でしょうか」
「届いてるぞ」
「例の義眼で」
「解ったか」
「門をくぐったときに、“本人”と顔を合せましたので」
「なんだ、」

 レミリアは眼だけで咲夜を見て、

「もったいぶって、損した」

 と、唇を舐めた。
 夜の昏みを留める色の髪の毛が、シーツの上に跳ねていた。
 そのうちのひと房を指先で摘まみ、もてあそびながら、もう一方の手で彼女は鏡台を指し示す。歩いて行って、目当ての物に手を伸ばした。 ケースの表面は、薄く緑がかった白色をしていた。

 左眼が新しいものに入れ換わるまでの間、咲夜は鏡を見なかった。
 目蓋をこじ開け、冬の空気で乾いた眼窩に触れた。地下室でフランドールの指がもたらした心地の良い感度は、そこにはなかった。蒼色の義眼を取り外すのと一緒に、快感まで棄て去ってしまったのだと悟らざるを得なかった。幻想は現実の生活の前に敗北すべきものなのだ。けれど、レミリアの部屋に備えつけの暖炉が手指の先から順番に熱を移し替えていったのは、幻想の本質的な弱々しさという事実に反比例を示すごとく、だった。

 やがて、彼女の左眼にぽっかりと空いてしまった空虚さにも、少しずつ湿り気が戻ってきた。取り外した蒼い義眼を新しいケースに収めようと何度か試みたが、微妙に形状が違うのか、真ん中に彫り刻まれた“くぼみ”の部分に上手く当てはまってはくれなかった。二、三度くり返してからようやく諦めて、指先に乗ったものを眼に挿し入れることに集中する。美鈴やこいしとの会話で、束の間、蘇った感触は、やはり今は失われてしまっている。遺物なのだ。懐かしくもなく、遠すぎるでもなく。まったくの正気でいるあいだ、咲夜は何をも孕めない。

 出ない涙を馴染ませるようにして瞬きをくり返した後、ようやく彼女は鏡を見た。

 かつて傷跡のあったところに指を触れた。もう切り裂かれたようなあの縫い目、繋ぎ目の感触が指先に走ることはなく、肌と肌の間に埋没しきっているらしかった。その屈折した喜びを頂くひとつの極点に、未だほんのわずかに歪な形のままでいる目蓋があって、その奥には輝く真紅の宝石義眼があって、それを食むことでまたひとつの笑み方を知った十六夜咲夜があった。それだというのに自分の表情は、ひどく懐かしい顔つきに見えた。たぶん左の義眼の色を、健在なままの右眼の色と合わせたからだろう。どちらも赤く透きとおってはいても、生物的な痕跡を持たない今の左眼は、閉め切られた遮光カーテンの向こうからわずかに入ってくる光を器用にはね返し、鏡の表面を眩ませ続けた。

「顔を見せろ」

 命令を拒む理由はない。
 何度か微笑むやり方を練習してから、いつの間にか身を起こしていたレミリアの元に戻っていく。

「ずいぶんと懐かしい顔つきになってしまったな」
「私もそう思いましたわ」

 すばやく半身を起こしたレミリアの眼前に、同じくらいすばやく咲夜はひざまずくことをした。『待て』を命じられた犬が餌の前でよだれを垂らすような惨めさが、ひとつなりとそこにあってもおかしくはないはずだった。だが、咲夜がそれを見せるようなことはなかった。誇りとか矜持とか、その手の立派なものなどとうに彼女は失ってしまっていたのだし、容易に言葉で示すことができるほどに安っぽい理解を捧げることが許されるほどの人物でも、自身の眼前に在り続けるレミリア・スカーレットはまったく無いと言っても良かったのである。

 ひざまずいたままでいる影みたいな犬――咲夜の頬へとレミリアはその指を触れた。

 かつて傷跡のあった場所を少し強く、力を入れてなぞり、それから人間の弱々しい肌を引き裂かないくらいに力を御しながら、鈍い血肉の色を薄化粧の下から漏れださせている、覆い難く歪みの彫り刻まれた眼窩の縁を優しくなでた。

 かつてフランドールが地下室でそうしたのと比べて、その感触には幾らかの戸惑い、あるいは躊躇いによく似た感情が混じり込んでいる。“きわめて”の冷たさに支配された、生の様相そのものの欺瞞に基づいた夜の生き物の気配がする。その部分だけは妹さまとそっくりとはいえ、レミリアは咲夜とは正反対のものへの憧憬を持っているのかもしれなかった。陽の光の下に出で来ることができないぶんだけ。そのぶんだけ、彼女が彼女のまま、咲夜と決して交わることのないまま、逆説的な論法で自分自身を見失わずに済んでいるのだろう。

 だが、やはり――そうでなくてはだめなのだ。

 簡単でありふれた言葉を捧げるまま、咲夜がレミリアの“もの”として在り続けることはできない。レミリアがそれに気づいているのかは解らない。しかし、少なくとも咲夜だけは気がついている。気がついて、必死にもがいている。無数の意味と無意味の奔流の中でもがき続けている。ナイフの刃は不用意に触れれば指を切り裂き血を流させるだけだから、その使い方をもっともよく知っている人にこそ託されなければならない。

 そのナイフの切っ先を探り当てるようにして、赤い義眼の表面をレミリアの指が撫でていった。細かな傷もないほど磨きあげられ、輝きに瑕疵を残すだけのどんな小さな埃さえ見当たらない左眼を、咲夜以外の指が、感情が、感覚が、決して消えることのないものをかき抱かせる気色でもって、音も立てずにゆっくりと這いまわった。それを感知するための神経も感覚も、咲夜の傷跡にはもう残っていない。あるいはフランドールが紫の義眼を取り出したときの快楽は、精神が生み出した錯覚であり、脳細胞の接続に閃く微細な電流の過誤であり、どこにもあるはずのない幻でしかなかったのではないだろうか。であるならば、ここにあるのは――レミリアとこうしている自分は、何の幻に頼ることも必要ではない、揺らぐことのない、現実の痛みだけにその身を預けているのだろう。

 痛みの受容は死の受容さえ垣間見る。
 レミリアは、再びゆっくりと両の手を伸ばしてきた。今度は、頸へ向けて。

 咲夜は犬を飼ったことはなかったが、それが『犬に首輪をかけるため』の手つきであるということは直ぐに解った。彼女は愚直なまでに紅魔館のメイドではあったけれど、決して愚かそのものではない。十本の指の先がことごとく蜘蛛の脚を模するかのような器用さを持っていた。レミリアは未だ快楽の生きた箇所を探していて、試しているのは咲夜の意思をそれに従属させるための行動に違いなかった。そんなことぐらい、理解できないはずもない。自分はレミリアに所有されている。だが所有されているということは、“ご主人さま”が犬を愛でるそのとき、犬の方こそがご主人さまを所有しているということでもある。

 咲夜の頸にしっかりと巻きついたレミリアの指に、少しずつ力が籠っていった。
 このまま行けば、自分は締め殺されてしまうだろうな。
 命の危うさがはっきりと頭に閃いているというのに、咲夜は自身を傍観しきっていた。
 だから、美鈴にも「自分を大事にしない」とか言われてしまう。

 細く、小さなレミリアの手首に両手でもって掴みかかった。
 もとより頑強な吸血鬼の手を、人間の女の力で引き剥がせるはずはない。

 だが、そんな解りきったことを改めてするまでもなかった。咲夜は咲夜の力が及ぶ限り、レミリアの手首を握りしめ、爪を立てた。清潔さのために常に短く切り整えてある爪でいったい何ができるはずもなかった。しかし、柔らかな子供の肌に大人になりかけた自分の爪が沈み込み、喰い込む感触だけは本当に確かなものだった。じわりと熱くなっていく自分の指先に、とくとくと流れる血の感触を覚える。それがどちらかの身体から流れ出たものなのか、それとも静寂のさなかで鋭敏になった感覚が血管の中の熱を感じさせただけだったのだろうか。

 レミリアは笑んで両手を離し、咲夜も同時に主の腕から手を話した。
 爪の先から柔らかなものが剥がれ落ちる気配がした。
 彼女の爪には、何か赤いものが詰まっていた。
 だが、レミリアの腕には傷ひとつ残っていない。
 真っ赤な痣を見るように、咲夜の爪の跡が残っているだけだった。

「そうだな」

 レミリアは、右腕を左手で撫でさすりながら言う。

「そうでなければ、私は咲夜が嫌いになった」

 そうして、彼女は次の言葉を思案する。
 本当の犬のようにひざまずいたまま、艶然という情景を目一杯に再現する。
 そういう微笑を浮かべていた。

「アンジュ、とは呼んでくださらない」
「捨て犬の名前は忘れたな」
「良い名前だと褒めてくださいましたのに」
「そうだったか?」

 にい、と、笑った。
 改めて、咲夜の左眼へとその指が伸びる。

「細かいことは忘れたね。これでも五百年は生きてるから」
「私と初めてお会いしたときは、未だ四百五十年も生きていなかった」
「昔話はよしておけ、ということさ。幻想に必要な懐かしさは言葉じゃない。想像力であり、憧憬であり、恐怖であり、逃避だ」

 赤い宝石義眼の表面を、また愛おしげにレミリアは撫でるのだった。

「そして、――懐かしい“色合い”だよ」

 レミリアの瞳の紅色に同調して、咲夜の眼もまた輝いた。

 光のほとんど飛び込んで来ない部屋の中で、ガラス窓を覆った遮光カーテンはすっかりとその役目をまっとうしてくれているらしかったが、隻眼の咲夜には暗緑色の空気で部屋中を染め上げるだけの効果しかもたらさない。彼女の魂を覆う肉体は陽の光では焼かれない。それは子供のころからずっと変わることのなかった事実であり、レミリアの足下にひざまずく今であってもまた不変の事柄だった。

 両の眼の惑乱が咲夜の記憶を侵犯する。
 本当は、自分は初めから左眼を持たずに産まれてきたのではなかったのかと。あるいは左眼を取り出したのは、レミリアの意向に従ったまでのことではなかったか。彼女は、運命を操れる。

 レミリアは眼を細める。
 当然の努めのように自分も唇を鎌形に吊り上げて微笑したはずだった。
 だが、頬の肉には何の感触もなかった。
 口の中が渇ききっていた。レミリアの言葉だけが、感覚の中枢をごまかしてくれる。

「何たって、咲夜の色だ。おまえが持って生まれた赤い色だ。実に私好みでいる。捨て犬同然だったアンジュのころから、まったく何も変わっちゃいない」

 背中の羽が気まぐれに動くのが見える。
 再びベッドに倒れ込むところまで見届けると、レミリアの溜め息を合図にして咲夜は立ち上がった。「良し」という許しを得るまでもなく、雇い主のベッドに腰を下ろした。ちょうど、レミリアの左側に。健在な方の右の眼で、相手の姿がはっきりと捉えられるように。

 拗ねたようになって唇を尖らせる仕草が、レミリアとフランドールはよく似ている。
 それを指摘したときのレミリアの表情は喜びであり、屈辱でもある。彼女は人間が複雑すぎると言うわりに、自分自身にもまたその複雑さが備わっていることに気づいてないのかもしれなかった。幻想が人間の想像力から“はみ出した”者たちであるのなら、その理解され得る範疇もまた人間が感知できるものになる。「咲夜にな、赤い義眼をつくれと命じて良かった」と、レミリアは言った。

「自分の手で傷つければ咲夜を形づくる要素の一部分だけでも手に入れられると踏んだのだろう。困った妹だ。だが、とんだ心得ちがいだ。たとえ“咲夜”が誰の手に渡っても、“アンジュ”だけは常に私のもの」

 急に可笑しくなって、咲夜は細かな吐息を漏らす。

「幻想に言葉は必要ないはずでは?」
「あー。何だ、その」

 レミリアもまた、眼だけでもって笑っている。

「人間の基準ってやつにも合わせないとな」

 それはだな、雇用主の義務だよ、と、彼女は呟く。

 いやに俗っぽいことを口にするな。咲夜は思った。が、それは納得と意味を同じくする。
 ときおり、レミリア・スカーレットという吸血鬼はひどく生真面目なところがあるのを知っていた。ほとんどの部分において自己の体面を保つための行動かもしれないそれが、結果として優しさみたいな何かになるということをも知っている。

「お嬢さまは、昔にも似たようなことを仰いましたわ」
「……おお。それならよく憶えてる。そりゃ、人間が機械で空を飛び、爆弾を落とし、街ひとつを灰に変えるような時代だったからな」

 古く、古く。
 悪魔が人間を堕落させるために契約書をしたためてきたごとく、あるいはワルプルギスの晩に夜宴が尽きなかったというごとく。だが、あくまでレミリアは自身のプライドにこだわった。古式ゆかしく契約書を書くのは面倒だ。第一、そのときのアンジュは未だ字が書けなかった。かと言って情を交わすほど肉体が成熟していたわけでもない。アンジュが廃兵と『何をしていたか』というのを、レミリアも気がつかなかったはずはないのに。運命の到来に聡いほどでなければ悪魔は務まらないのだと彼女は自慢する。あまつさえ、アンジュはとうに処女ではなかった。未だ早すぎた痛みも、“これ”が快いものだと心を騙ることもすでに知ってしまっていた。だが、それを言い表すすべをひとつとして持っていなかった。通過すべきものが悲劇であれ、喜劇であれ――それだけでは、アンジュは十六夜咲夜ではなかったのだ。

 家畜たちのごちそうだった藁束の中で、毛羽立った毛布に包まれて、あるいは崩れ落ちた聖堂の壁を聖像に見立ててお祈りのごっこ遊びをしながら。そうやって、アンジュとレミリアはふたりで居た。故郷のないレミリア。私は故郷を棄てたんだと言ったレミリア。しかしながら、そんなことはかなしさの理由ではあり得ない。信仰の果てが形而的な快楽であるように、安堵は常に心の端に根を張っていた。

「だから、私はどこにだって居る」

 一層に、レミリアの笑みが深くなかった。

「悪魔ってやつは、いきなり雷を落として悪人を殺す神さまほど拙速じゃないし、女と見れば誰彼かまわず抱きたがる人間の男とも違う。もっと知的で、紳士的で、スマートな仕事をするものさ。信用第一の稼業だ。いわば……保険屋みたいに」
「その喩え自体は、そこまで格好が良くありませんわ」
「何をう」
「危険を回避するためなら」
「うん?」
「全力を尽くせ、と教えてくださったのまた、お嬢さまでしたが」
「本当に、咲夜は昔のことをよく憶えてる」
「いま思い出したのかもしれません。今まですっかり忘れていました。私はもうアンジュでなく、十六夜咲夜なのですから」

 阿諛(あゆ)や世辞を口にしたつもりもない。頬を歪ませた笑みを含んで雇い主は苦笑した。どうやら彼女は、美鈴なんかに比べると疑り深い性格なのだが。少しばかり、咲夜は言葉を探しあぐねていた。適当な表現が見つからないのは緊張のせいではないのだろう。嬉しいはずもなければ、それ以上にかなしいはずもなかったけれど。「お嬢さまのおかげかもしれませんわ」と言うと、「何が」とさらに怪訝な顔が帰ってくる。「昔話をする気になったのは」、と、早口に言った。

「何と言っても、久しぶりに両の眼の色がそろったおかげでですわ」

 ふう、と、溜め息の気配。

「褒めているのか」
「褒めているのですよ」

 はあ、と、自分も溜め息を吐いた。

「他人(ひと)を褒めるやり方も、あなたに教わったのよ。レミリア」

 舌を這わせて上顎を撫でた。
 乾いた口の中は、やけにざらついている。
 レミリアは何も答えなかった。ただ思案気に、目蓋を眠気に揺らしているように見えた。

 そうやって心を燻らせた顔を、自分もまたしていたのだと、咲夜は――否、そのときはもう昔の自分に立ち返ったアンジュは思った。崩れ落ちた廃聖堂の中で、死んだ神さまの残骸を眺めていたときの心地よさを、少しずつ蘇らせながら。
咲夜さんはフランス人だと思ってる勢



2012年3月15日 追記

>30.
>この物語に出てくる戦争の話はなにか元となった話や本があるのですか?

第二次世界大戦で、
ドイツ軍がアルデンヌの森を越えてフランスに侵入した史実をモデルにしたつもりですが、
特に時代考証も行っておらず、あくまで『フランス人の戦災孤児』というイメージを
十六夜咲夜に付加するための借用だと思っていただければ。後は映画の『禁じられた遊び』あたりかもしれません。

って、そういう時代設定は本編中に明示しろって話ですね。すいません。
こうず
https://twitter.com/#!/kouzu
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コメント



0.860簡易評価
7.100名前が無い程度の能力削除
ふざけるな! 咲夜さんはイギリス人だ!
8.100名前が無い程度の能力削除
すごいものを読むと溜め息が出るという癖が俺にはある。
これを読んだら、溜め息が出た。
10.100君の瞳にレモン汁削除
いいや残念ながら咲夜さんはバルバロッサの前にナチとアカの犠牲になったポーランド人だ。
11.100名前が無い程度の能力削除
Bravo!
12.100名前が無い程度の能力削除
あなたの作品で一番好きかもしれない.不知火もよかったけれど
14.100名前が無い程度の能力削除
実は中国人の咲夜さんとか… ないなぁ
俺には唸る事とこの点数を捧げる事しかできねぇ
15.90名前が無い程度の能力削除
丁寧な比喩と言い回しが好印象でした。作者さんの作品は正直少し読みづらいな、と思っていたのですが、あまり感じませんでした。100KBでもそこまで苦ではなかったです。まあ、ひっかかるところはありましたが。
物語については少し薄いというか、もっと密にキャラクター間の関係を描いてくれたらよかったと思います。全体的に抑揚が少く、散逸してるような気が……。
最後に、東方でバタイユとか誰得wwwなんて思いましたが、明らかに自分得でした、ええ、ありがとうございます。
16.100名前が正体不明である程度の能力削除
いや、咲夜さんはスイス人だね。
17.100名前が無い程度の能力削除
美しく艶かしく、まさに悪魔の館を舞台にするのに相応しい作品でした。カッコいい!
18.無評価名前が無い程度の能力削除
これは小説ではなく登場人物に自分の信条を化体したエッセイでしかない。
それを悪いとは思わないけど、少なくとも読み切ったあとに残るものが
ほとんどなかったのが残念だった。
幻想郷を緩慢に滅びゆくだけのモノたちのホスピスだと断じるならば、
その外の世界はどうだっていうんだろう。
作者さんには失礼ながら読者を愉しませるっていう視点が根本的に
かけているんだと思う。
虚構一人称という形式は本当に繊細なもので、気を抜くと簡単に虚構から自伝へと
振り切れてしまう。
もう少しバランスを取ることを努力してみるのもいいかもしれない。
文章力も長文を書き切る根気もあるのに勿体無い。
20.100夜空削除
こうしてコメントにすること自体が作品を穢してしまう気がするくらい、言葉にならないなにかを突きつけられたような読後感でした
咲夜さんの見てる世界とか、抱く感情のもろもろが美しいし、とても気持ち悪いときもあって、くしゃくしゃ心がかきむしられるものがあって……
ひとみの欠落が示す意味が面白いのだけど、とにかく倒錯してると言いますか、極論としてどんな色も当てはまってしまうあたりの歪み方がすてきですね
おそらく本来の眼が視た本質的なものを取り戻すことはできない(と思うのですが)代わりの義眼が意味する喪失が果てしなく絶望に感じられてしまいました
21.90保冷剤削除
時々地雷踏んだみたいに突拍子もない問いかけが飛び出てくるので油断できない。少ない頭では処理しきれず取りこぼしが多かったためか、キッチリ理解するには至りませんでした。たぶん価値観が違うんだと思うから仕方がないかな、けどこいしとの問答はいささか胡乱過ぎたと思う。
前作までの文脈を含めると、咲夜さんは十六夜咲夜という幻想を自らの持てる資産すべてを費やして養うことに腐心するものである、と思っているので、こりゃ十六夜咲夜以前のアンジュの話なんだなー、幼児体験だなー、十六夜咲夜とは紅魔館そのものだな、とおぼろげに考えています。そして過去話部分はこれは個人的にすごく満足。
パチュリーと美鈴は不明だけど、咲夜・レミリア・フランドールの三者の生き方と思想を丹念に描くことで、相互が相互に幻想を加担し合っている構図というのがよくよく見えていて、これは大変深いと思います。そして深みを浮かび上がらせているのは他ならずアウトサイダーとしてのこいしだったのではないか。
23.無評価名前が無い程度の能力削除
>咲夜はそのの性分に忠実に従い、
その?

わざとかも知れないけど簡単な言葉で漢字を使ってなかったのが少し気になりました。あと文の構成が独特なせいか読みづらいところがしばしば。
29.90名前が無い程度の能力削除
この物語に出てくる戦争の話はなにか元となった話や本があるのですか?
30.無評価30番の人削除
回答ありがとうございます。
個人的には、別に時代設定なんかは本文中に明記する必要はなく、あとがきにでもチラッと書いてもらえれば十分です。
31.100名前が無い程度の能力削除
宝石義眼なんてステキ。
それ以上に作中の言い回しが好み。
このレミリアは悪魔とは思えないほど優しいな。咲夜にだけだけれど。
32.100名前が無い程度の能力削除
お洒落なお話でした
33.100名前が無い程度の能力削除
こうずさん、あなたは上手い。とても好い物を書く、と思う。
余暇を使って只管書きたいものを書くでも良い。文筆業に就くでも良い。続けて欲しい。
変な話だが其れくらい自分は惚れてしまった。兎にかくファンです!!応援します。
34.100名前が無い程度の能力削除
凄いとしかいいようがないといさか私の能力では良かった以外の感想が言えないですね
バットエンドというか不幸、グロさ悲惨さ哲学ナンセンス 服従に反抗 歪んだ愛に愛の敗北 非人間性に人間性と愛の回復でホント色々詰まってると思いました
所謂小学生並の感想しか言えませんがとにかく素晴らしかったです