「ああぁぁ~、ぬくいぃ~」
博麗神社の茶の間に寝っ転がりながら、霊夢は風呂にでも浸かっているようなのほほんとした声をあげた。
霊夢の上には冬の代名詞的家具、厳しい寒気を乗り切る日本の知恵と英知が詰まった和式テーブルが鎮座する。
そう、霊夢は朝からずっとコタツに橙よろしく丸まっていた。
季節は冬。雪が降りしきり、レティが喜び庭駆け回るほど気温は低い。
そんな時に霊夢はお外に出よう! などと殊勝な考えは催さない。
今現在実行中のように、コタツに肩まで入れて日がな一日ゴロゴロ過ごす、と心に決めているのだ。
その決意のためだけに茶の間には掘りゴタツを撤去し、床に直接置くタイプのコタツを備え付けている。
香霖堂の主曰く電気ゴタツと言うらしいが、何でも幻想郷にはコレの動力が無いらしい。
しょうがないので熱を発するお札、暖符『弱 中 強 ダニ殺し』をコタツの網に貼り付けて温度を維持している。
人間は知恵と応用力を持った生き物なのだ。
さてぬくぬくを全身で堪能したら、次は魅惑のみかんタイムだ。
みかん~ みかん~と即興歌を口ずさみつつ、天板の上のみかんカゴに手を伸ばす。
だが、手は空っぽのカゴの空をつかむ。
「んあ~? もうなくなっちゃったのか……」
意外そうな顔をするが、天板の上は朝から食べたみかんの皮と筋に制圧されている。
腕白な子供顔負けの量をモリモリ食べているのだから急減して当然だが、無くなったら補充せねばならない。
しかし、みかんを保管している箱は玄関に置いてある。
「……行きたくないなぁ」
重ねて述べるが、外はひたすら寒い。
その冷気は窓をやすやす通り抜け、壁をもブチ抜く。玄関先など氷点下だ。
結局この建物内で温かいのは室内のさらにコタツの中、という狭い一角のみ。
厠に行くのだって躊躇うのに、この楽園からわざわざ出て行く道理は無い。
しかし、みかんは食べたい。乾燥した空気でやられた喉を潤したい。
「何とか……コタツのまま移動できないかしら?」
ついに霊夢はとんでもなく横着な案を想起し始めた。しばらくポクポクポクと本気で考える。
「――ん、そうかアレよ!」
チーン! とひらめく。名案が出たようだ。
そうと決まれば霊夢はまずコタツから出る。
そして茶の間の隅に脱ぎっぱなしのドテラを着込んで廊下に出る。
最初からそーやって外に出ればいいと思うのだが、今はそれより温かく快適な移動を実現すべく動く。
板張り廊下の足裏底冷え攻撃に耐えつつ廊下の隅に辿り着く。
そこに目的のモノを見つけ、霊夢はムフフと笑みを漏らす。
そこには、ひっそりとキャスター付回転イスが置かれていた。
これは紫が『便利なのよ。霊夢も使ってみたらぁ』と半ば強引に押し付けたものだ。
確かに知り合いの洋館にあるイスに比べて軽やかに動き、座りやすいのは賞賛に値した。
しかし、畳に正座の生活様式では無用の長物。
結局高さを無意味に上げ下げしたり、廊下の端から端まで滑ってみたりして遊んでいるのをニヤニヤした紫に見られ、恥かしさのあまりココに打ち捨て放ったらかしにしていたのだ。
だが、霊夢はついにこのイスの有用性を見受けた。
早速イスをコロコロ引きずってコタツ部屋へ連行する。
次にタンスをごそごそ漁って取り出したのは、簡単な社の修繕等に使う工具一式。
そして霊夢はおもむろにイスの解体を始めた。
と言っても、バラしているのはキャスター部分のみ。ノミと金槌でキャスターをイスの足から芯ごと引っこ抜く。
作業が終えると、キャスター付回転イスはただの回転イスにグレードダウンし、そのかわり四つ股の足から4つの丁度いい車輪を手に入れた。
次にコタツをひっくり返し、足元をむき出しにする。そして足の裏に手動ドリルで穴を開け始めた。
足と格闘すること十数分、霊夢は足の全てに穴を開けた。
後は簡単。キャスターの芯を穴に差し込むだけだ。
「よーし、完成」
コタツを元に戻した霊夢が満足そうに言う。
ここに、おそらく全人類の夢と希望が詰まった代物。移動式コタツが産声を上げた。
愛称は『ムーヴ コタツエディション』といった所か。
霊夢は早速、入ってみる。
当たり前だが中の温度は大して変わっていない。だがやっぱり冷えた外気に比べたら天国だ。
そして霊夢はゆっくり四つんばいになり、移動体勢になる。
背中に天板を押し付けハイハイするように進む。
「お、お、おおおぉぉっ!」
動いた。思ったより軽い力で動く。
ちょっと練習したら、部屋の中なら隅々まで辿り着けるようになった。
こりゃあいい、と霊夢は本来の目的を成すことにする。
霊夢はそのままの姿勢で障子戸に移動し、戸を開く。
すかさず冷気が肩口を襲うが、コタツの防壁が攻撃をはじき返す。
廊下に出られるかとも不安になったが、廊下の幅はコタツがぎりぎり通る長さであった。
霊夢はコロコロカラカラとコタツを引きずって玄関に向かう。
肩まですっぽりコタツに包まって移動する様は、傍から見たら大きな亀のようである。
しかしその歩みは鈍重とは程遠く、雑巾がけのごとく軽やかに廊下を滑っていく。
あっという間に玄関まで辿り着いた。
霊夢はみかん箱を手繰り寄せ、大きくて美味しそうなみかんを選別、そのまま天板の籠へゴロンゴロンと積み込む。
復路は方向転換にちと悩んだが、なんのことはない。コタツに潜って反対側に顔を出せば事足りた。
そして部屋に戻って障子を閉める。
あれだけの冷え込みを微塵も感じず、ここまでの作業をやってのけた。
霊夢はコタツを所定の位置に停め、みかんをむき始める。
「ふふふ……素晴らしい。素晴らしい発明よ!」
突然ニヒルに笑い、別人のような口調でまくしたて始める霊夢。
「かつては皆、子供と犬以外はこの寒さに辟易していた。
でも自然現象にゃ勝てねえよ~、などと諦観し易々と快適な生活の場を狭められ奪われ続けた。
しかし! そんな惨めな生活は今日で終わりよ!!
このコタツがあれば、真冬の家のどこでもぬっくぬくのまま進行可能!
まさにレボリューション!! 故にフロンティア!! ついでにみかんはミラクルフルーツ!!!
コタツにとっては小さな一歩でも、寒冷地住民には偉大な一歩よ!」
びしっと言い切ると、むき終えたみかんの一房をドヤ顔で口に放り込む。
何を言っているのか分からないが、相当居心地と利便性に優れていることを表現したかったようだ。
まさに自画自賛。というより自コタツ自賛。
「でも、まだ足りない……っ」
ぽんぽん全てのみかんを咀嚼し飲み込んだ霊夢は、だむっとコタツに拳を叩きつけ苦渋の表情でそう漏らす。
「速さ……そう速さよ!
私のコタツの最高速度は、所詮四つんばいの人間が出せる速度でしかない。
日常生活を送る上では何の問題も無いでしょうね。
しかし! そこで満足してるようじゃ向上心がない。
技術の進歩とは探求の歴史。きっと革新的な方法が存在するはずよ!」
霊夢の中では、車輪を付けただけでコタツがとてつもないテクノロジーへ昇華したらしい。
そして発案者から探求者になってしまった霊夢は、コタツとテンションで程よくぬるまった頭をフル回転させる。
そして
「そうよ! アレが使えるわ」
ぐわぁぁ~ん、と銅鑼の音が脳内に鳴り響く。
思い立ったら即実行。
ドテラを羽織ってやってきたのは外の物置。
とうとう普通に屋外に出てきちゃったよ、コタツ云々がなくても平気だろオイ。なんて客観的なツッコミを余所に霊夢は例のアレを探す。
あった。案外とすぐに見つかったアレを持ち出し、霊夢はニヒヒと笑みを漏らす。
手にあるのは小さな車輪付の板、スケボーである。
これに関して思い出すのはロクでもない事ばかり。
紫が『すごく楽しいのよ。一緒に遊んでみない?』なんて言いながら、両足を乗っけて風のように走ったり、わざと蛇行を繰り返したりといった遊び方の手本を見せた。
なんだ簡単そうね、なんて思ったのが運の尽き。
結果、地面を蹴った三秒後にすっころんで目からドラゴンメテオを飛ばしてしまい、紫は腹を抱えて大笑い。
とりあえず紫をボードで一発シバいた後、二度とやるもんかと涙目で物置に封印して現在に至る。
「まさかこんな形でもう一度使うとはね……」
件のコタツ部屋に戻り、スケボーを濡れ雑巾で拭きつつ霊夢はしみじみと呟く。
泥汚れを落としたら作業開始だ。
今度の作業は安易だ。
まずボードの真ん中に、板の反った部分で胸やふとももが痛くならないよう座布団をセット。
用意した長いヒモでスケボーを己の腹に括り付け、余った両端をコタツの枠に縛るだけである。
スケボーの上に腹ばいになる霊夢、そしてコタツがひと繋がりとなった構図だ。
完成したら試運転。
まずは部屋の中。先ほどは這うように進んでいたが。今度は手でちょいと床をかくだけでスイスイ進む。
コタツの中で足も使うと、水泳をするかの如く小さな力で自由自在。
旧コタツとの機動性の差は歴然だ。
「ふっふっふ、少し怖いわ……私の才能」
傍から見ればその発言が恐ろしい。どこぞの天人もビックリの有頂天っぷりである。
だが、真の目的は違う。
ついに速さを試す時がきた。テストコースは神社の長~い廊下。
新コタツを操り、ちょうど回転イスを放置していた箇所に移動する。
遠くの壁を見据え、霊夢は神妙な顔つきで床に手をつき助走態勢になる。
コタツの性能テストとは思えない緊張感が辺りを包む。
「せぇ~のっ!」
そして気合をこめて腕を思い切り引く。
コタツは急に動いたスケボー霊夢に引っ張られ直進運動を開始した。
滑り出しは快調。まるで狩りをする獣のごとく静かに、そしてなめらかに起動する。
部屋の中より助走距離が長いこと、床材が畳ではなく板であることなどが起因しているのか、コタツはぐんぐん加速していく。
「おおおおおっ! それっ! それっ! そいやぁっ!」
だが興奮した霊夢はそんな危うさを感じる状況にもめげず、手足をバタつかせて文字通り拍車をかける。
最早頭の中は相対コタツ速度限界突破の一念しかない。
それにコタツもよく応え、速度は子供が走ってやっと追いつく程度にまで増大。
霊夢の視界の下方では、凄まじい勢いで廊下が濁流のように後ろへ流れる。
「ほーほっほっほ! 神よ、私はコタツの神となるのよ!」
神に仕える者のくせに、神の名まで騙りだした霊夢。
そんな暴走巫女に神罰が下ることとなる。
「霊夢ぅ~、遊びに来たんだけど~」
「って紫!?」
そう、目の前に現れたのは神出鬼没のスキマ妖怪こと、このコタツの心臓部を提供した八雲紫である。
今日も今日とて冬眠に飽きたので、元気に神社へやって来た。
スキマを廊下に作り、モグラのように上半身を出して。
「ちょっとぉぉ! どいてえぇぇ!!」
「へ? えええっ!?」
必死の形相で叫ぶ霊夢の声に、紫はきょとんとして横を向き危機的状況に気づいた。
だが、顔見知りがうつぶせ状態で勢いよく迫り来るというありえない光景に、思考が追いつかず対応が遅れた。
またここで、自称天才の霊夢は己の計算ミスにほぞを噛み締めた。
Q.コレ、止まるにはどうしたらいいの?
A.そんなの走り出した後に言うなよなー
「ちょま、ってあっちいぃぃっ!!」
霊夢の愛しい愛しいコタツに、ブレーキなど付いている筈がなかった。
両手をつき減速を試みるも、摩擦熱で手のひらが火傷しそうになり速度が落ちない。
幅ぎりぎりなので方向転換も不可能。せめてヒモが脱着可能だったら本人だけ脱出できたかもしれなかった。
だが、現実は迫り来る紫の驚きに彩られた顔面。
見開かれた目、少々寝癖が後ろに付いた金髪。
そして奇跡的に霊夢の口の高さにある、あっけにとられた紫の唇。
「っぶ! 嘘おぉぉぉ!!」
まずい。まずいまずいまずい!
霊夢は予想出来過ぎるレモン味な結末を回避すべく、死に物狂いで手足を床に突っ張る。
「あちあちあちぃ~!」とこの寒さの中で贅沢な泣き言を発しながら、霊夢は頑張る。
しかし、乗りに乗ったスピードとコタツ&スケボー霊夢の質量が減速を許さなかった。
霊夢は最後の手段と背筋を駆使して、思い切り体を上に反らす。
だが、体をどんなにひねっても反らしても射程から逃れられない。
ついに紫のぷるんと豊かな唇に吸い寄せられるように、霊夢の唇が急接近する。
もうだめだ、万策尽きた。
「そんな……私、初めてなのに、あ、あああっ! ア――――ッ!!」
止まった。
状況を端的に表すなら、コタツは完全に停止した。
視界の下方、目線の先には口を引きしめ、先ほど以上に目を見開き硬直した紫の顔のどアップ。
おそらく霊夢も今の紫と同じ表情を相手にさらしていることだろう。
紫との唇の距離は、拳一つ分もない。まさにギリギリだ。
手はジンジンするし寿命もちょびっと縮んだ思いもしたが、とにかく霊夢の貞操は最終防衛ラインで踏みとどまっていたのだ。
「――あ、ああ、ふうぅー」
霊夢はホッとして全身の力を抜く。だが、肘をついて紫と一定の距離を取ることは忘れない。
この時ばかりは天におわす偉大な主に感謝した。
紫も事態が落ち着いたのを察し、体勢はそのままにぎこちない表情でこう尋ねる。
「は……はぁい、霊夢。……何をしているのかしら?」
「……急な思いつきでやってはいけない事を、身を以って体験学習していた所よ」
はぁ、とため息をつきながら、霊夢はだいぶ落ち着きを取り戻した。
とりあえずコタツをバックさせて、紫に対して正常な間隔に戻そうと霊夢は床に手を置き力をかける。
と、籠からさっきの急制動でバランスを崩したみかんが一つこぼれ落ちる。
みかんは天板をゴロゴロ転がり、
霊夢の頭に直撃した。
そのさしたる威力のない衝撃も
「「はにゃっ?」」
霊夢の顔を少し前のめりに動かし、唇同士の距離をゼロにするには充分だった――
「ねぇ霊夢~、機嫌直してよ~」
数刻して、二人はコタツに当たっていた。
こう言うと仲睦まじく密着しながら暖まっている姿を連想するが、霊夢はコタツに頭まで入ったきり篭城を決め込んでいる。
紫は霊夢が居ないスペースに足を突っ込んでいるだけ。
何故こうなってしまったは完全に把握しきれていないが、紫は霊夢のナイーブぶりにやや苦笑する。
たまにコタツの中へ呼びかけも行うが、全くなしのつぶてで当惑気味になる。
気持ちはわからんでもないが、責任の一端が紫にあると言わんばかりの会話ボイコットを敢行する霊夢に、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
ちなみに、コタツの傍にはバラバラのキャスターやスケボー等夢の残骸が転がっている。
霊夢が目に一杯涙を溜めながら黙々と分解したからだ。
こうして新世代のコタツは、生み出された即日拗ね巫女のシェルターに相成ってしまったのだった。
「こんなことになったけど、気持ちよかったから問題なあ痛っ!」
ガタンと天板が揺れる。脛を蹴られた紫は「冗談よ~」と怨めしげな反駁をしつつ患部をさする。
しかし、紫の頬が上気し瞳がとろんと蕩けているのも冗談なのか。
霊夢が知らない方が幸せな事象ではある。
「もう、犬に噛まれたと思って諦めなさいな。それに同性ならノーカウントよ……多分」
やんわりと問いかけるも、やはり無言。
犬はともかく大妖怪に噛まれて忘れられるか! という雰囲気をビンビンに撒き散らしている。
「このことは誰にも喋らない。私もあなたも心の中に仕舞っておく。
だから早く出てきて顔見せて。ね?
それとも、そんなに私相手じゃ嫌だった? もしそうだったら悲しくてこっちが泣いちゃうわよ~」
まるで不貞腐れる子供を諭す母親のような言い口だが、コタツの中でうー、だのむー、だの呻き声が聞こえてくるので相当葛藤していることが伝わる。
しかしコタツ布団がもぞもぞと動いているので、天の岩戸が開くのも時間の問題だろう。
あともう一押し。
「そうだ。いつもお茶淹れてもらってばっかりだったから、今日は私が淹れるわ。
えーと、お茶は……っと」
「そこの茶箪笥の三段目。お茶菓子は隣の引出しです」
「ありがとう。あら、羊羹があるじゃな……」
「…………」 「…………」 「…………あ、私端っこで結構ですよ」
沈黙する2名に対し、コタツに当然のように当たっている天狗はしゃあしゃあと言ってのける。
紫は重い口調で闖入者に問う。
「3つ、聞くけど」
「どうぞ」
「1つ、あなたの名前及び所属は?」
「清く正しい射命丸文です。所属は文々。新聞の記者」
「2つ、どこから見聞きしていた?」
「見たのは幻想郷の賢者たる大妖怪様と博麗の巫女様が、寒さに負けず神聖な神社で変則的なコタツプレイに興じていた場面をファインダーに収めた所から。
聞いたのは『こんな……痛いけど、気持ちイイっ!』って所ですかね。
何分壁越しは聞こえづらくて。裏付けは先刻までのイチャラブっぷりで充分ですので、ついでに羊羹ください」
「3つ、今日の号外の見出しは?」
「『種族を超えた禁断の花園 ダメ、そこは敏感なスキマなの…… 清純巫女はコタツ遊戯がお好き!?』」
「よし、歯ァ食いしばってそこに立て」
「さらばだ明智君!!」
羅刹の如き面跳躍で襲い来る紫の鉄拳をヒラリとかわし、文は縁側から大空へと軌跡も残さず飛び去ってしまった。
これで妖怪の山の輪転機はフル稼働、数時間もしないうちに曲解まみれの痴態が里中に広がるだろう。
紫は怒りと羞恥に拳を握り締める。
あんのパパラッチ天狗めどうしてくれよう。
人知の及ばぬ異次元空間に叩き込もうか。それとも足腰立たなくしてから、あーんな写真やこーんな写真をバシバシ撮影して人里にさらしてやろうか。
そんな身の毛もよだつ凄惨な復讐をアレコレ考える紫の背中に、凄まじい殺気かちりちりと刺さった。
人間より遥かに長い年月を生きる紫が身震いするほどの明確な殺意。
紫は生唾を飲み込みゆっくり振り返る。
それは、コタツの中から発生していた。
「ふ……ふふふ……ふふふふふふ」
コタツの闇の中から朗らかな笑い声が聞こえる。
しかし、紫には地獄の底から這い上がってきた鬼神の呪詛の言霊に聞こえた。
もはや恐怖と圧倒的な霊圧で全く動けない。
その時、コタツがふわりと浮かび上がる。
「ひいぃぃ~」と情けない悲鳴をあげてその場にへたり込む紫。
まるで空飛ぶ円盤のように茶の間で滞空するコタツ。
刹那、鋭い轟音と逆巻く暴風が部屋中を支配したかと思うと、コタツはもう茶の間に存在しなかった。
紫が顔を上げると、見たのは吹き散らかされた室内と無残に破られた縁側の障子戸。
コタツの行き先は、確実にわかっている。
紫はしばらく火薬庫の中心にいた緊迫感から解放されたことを感じ入り、それからこう呟く。
「……山の地形が変わらなきゃいいけど」
翌日 花果子念報他各新聞から抜粋
『妖怪の山襲撃される! 犯人は空飛ぶコタツ!?』
『まるで白昼の爆撃 白狼天狗防衛部隊歯が立たず』
『阿鼻叫喚の様相 あまりの衝撃にコタツ恐怖症候群発病者多数』
『新たな異変!? 巫女と賢者は沈黙す』
『お知らせ
いつも文々。新聞をご購読いただき誠にありがとうございます。
大変勝手ではありますが、当新聞は記者の都合上暫くの間休刊させていただきます。
具体的には、暫時コタツのいらない暖かな地へ取材に行きます。
ほとぼりが冷めるまで探さないでください。
勘弁してください。もうしませんから。
今後とも当新聞をよろしくお願いします』
その後、博霊神社のコタツは床にガッチリ固定された掘りゴタツに戻ったとさ。
【終】
博麗神社の茶の間に寝っ転がりながら、霊夢は風呂にでも浸かっているようなのほほんとした声をあげた。
霊夢の上には冬の代名詞的家具、厳しい寒気を乗り切る日本の知恵と英知が詰まった和式テーブルが鎮座する。
そう、霊夢は朝からずっとコタツに橙よろしく丸まっていた。
季節は冬。雪が降りしきり、レティが喜び庭駆け回るほど気温は低い。
そんな時に霊夢はお外に出よう! などと殊勝な考えは催さない。
今現在実行中のように、コタツに肩まで入れて日がな一日ゴロゴロ過ごす、と心に決めているのだ。
その決意のためだけに茶の間には掘りゴタツを撤去し、床に直接置くタイプのコタツを備え付けている。
香霖堂の主曰く電気ゴタツと言うらしいが、何でも幻想郷にはコレの動力が無いらしい。
しょうがないので熱を発するお札、暖符『弱 中 強 ダニ殺し』をコタツの網に貼り付けて温度を維持している。
人間は知恵と応用力を持った生き物なのだ。
さてぬくぬくを全身で堪能したら、次は魅惑のみかんタイムだ。
みかん~ みかん~と即興歌を口ずさみつつ、天板の上のみかんカゴに手を伸ばす。
だが、手は空っぽのカゴの空をつかむ。
「んあ~? もうなくなっちゃったのか……」
意外そうな顔をするが、天板の上は朝から食べたみかんの皮と筋に制圧されている。
腕白な子供顔負けの量をモリモリ食べているのだから急減して当然だが、無くなったら補充せねばならない。
しかし、みかんを保管している箱は玄関に置いてある。
「……行きたくないなぁ」
重ねて述べるが、外はひたすら寒い。
その冷気は窓をやすやす通り抜け、壁をもブチ抜く。玄関先など氷点下だ。
結局この建物内で温かいのは室内のさらにコタツの中、という狭い一角のみ。
厠に行くのだって躊躇うのに、この楽園からわざわざ出て行く道理は無い。
しかし、みかんは食べたい。乾燥した空気でやられた喉を潤したい。
「何とか……コタツのまま移動できないかしら?」
ついに霊夢はとんでもなく横着な案を想起し始めた。しばらくポクポクポクと本気で考える。
「――ん、そうかアレよ!」
チーン! とひらめく。名案が出たようだ。
そうと決まれば霊夢はまずコタツから出る。
そして茶の間の隅に脱ぎっぱなしのドテラを着込んで廊下に出る。
最初からそーやって外に出ればいいと思うのだが、今はそれより温かく快適な移動を実現すべく動く。
板張り廊下の足裏底冷え攻撃に耐えつつ廊下の隅に辿り着く。
そこに目的のモノを見つけ、霊夢はムフフと笑みを漏らす。
そこには、ひっそりとキャスター付回転イスが置かれていた。
これは紫が『便利なのよ。霊夢も使ってみたらぁ』と半ば強引に押し付けたものだ。
確かに知り合いの洋館にあるイスに比べて軽やかに動き、座りやすいのは賞賛に値した。
しかし、畳に正座の生活様式では無用の長物。
結局高さを無意味に上げ下げしたり、廊下の端から端まで滑ってみたりして遊んでいるのをニヤニヤした紫に見られ、恥かしさのあまりココに打ち捨て放ったらかしにしていたのだ。
だが、霊夢はついにこのイスの有用性を見受けた。
早速イスをコロコロ引きずってコタツ部屋へ連行する。
次にタンスをごそごそ漁って取り出したのは、簡単な社の修繕等に使う工具一式。
そして霊夢はおもむろにイスの解体を始めた。
と言っても、バラしているのはキャスター部分のみ。ノミと金槌でキャスターをイスの足から芯ごと引っこ抜く。
作業が終えると、キャスター付回転イスはただの回転イスにグレードダウンし、そのかわり四つ股の足から4つの丁度いい車輪を手に入れた。
次にコタツをひっくり返し、足元をむき出しにする。そして足の裏に手動ドリルで穴を開け始めた。
足と格闘すること十数分、霊夢は足の全てに穴を開けた。
後は簡単。キャスターの芯を穴に差し込むだけだ。
「よーし、完成」
コタツを元に戻した霊夢が満足そうに言う。
ここに、おそらく全人類の夢と希望が詰まった代物。移動式コタツが産声を上げた。
愛称は『ムーヴ コタツエディション』といった所か。
霊夢は早速、入ってみる。
当たり前だが中の温度は大して変わっていない。だがやっぱり冷えた外気に比べたら天国だ。
そして霊夢はゆっくり四つんばいになり、移動体勢になる。
背中に天板を押し付けハイハイするように進む。
「お、お、おおおぉぉっ!」
動いた。思ったより軽い力で動く。
ちょっと練習したら、部屋の中なら隅々まで辿り着けるようになった。
こりゃあいい、と霊夢は本来の目的を成すことにする。
霊夢はそのままの姿勢で障子戸に移動し、戸を開く。
すかさず冷気が肩口を襲うが、コタツの防壁が攻撃をはじき返す。
廊下に出られるかとも不安になったが、廊下の幅はコタツがぎりぎり通る長さであった。
霊夢はコロコロカラカラとコタツを引きずって玄関に向かう。
肩まですっぽりコタツに包まって移動する様は、傍から見たら大きな亀のようである。
しかしその歩みは鈍重とは程遠く、雑巾がけのごとく軽やかに廊下を滑っていく。
あっという間に玄関まで辿り着いた。
霊夢はみかん箱を手繰り寄せ、大きくて美味しそうなみかんを選別、そのまま天板の籠へゴロンゴロンと積み込む。
復路は方向転換にちと悩んだが、なんのことはない。コタツに潜って反対側に顔を出せば事足りた。
そして部屋に戻って障子を閉める。
あれだけの冷え込みを微塵も感じず、ここまでの作業をやってのけた。
霊夢はコタツを所定の位置に停め、みかんをむき始める。
「ふふふ……素晴らしい。素晴らしい発明よ!」
突然ニヒルに笑い、別人のような口調でまくしたて始める霊夢。
「かつては皆、子供と犬以外はこの寒さに辟易していた。
でも自然現象にゃ勝てねえよ~、などと諦観し易々と快適な生活の場を狭められ奪われ続けた。
しかし! そんな惨めな生活は今日で終わりよ!!
このコタツがあれば、真冬の家のどこでもぬっくぬくのまま進行可能!
まさにレボリューション!! 故にフロンティア!! ついでにみかんはミラクルフルーツ!!!
コタツにとっては小さな一歩でも、寒冷地住民には偉大な一歩よ!」
びしっと言い切ると、むき終えたみかんの一房をドヤ顔で口に放り込む。
何を言っているのか分からないが、相当居心地と利便性に優れていることを表現したかったようだ。
まさに自画自賛。というより自コタツ自賛。
「でも、まだ足りない……っ」
ぽんぽん全てのみかんを咀嚼し飲み込んだ霊夢は、だむっとコタツに拳を叩きつけ苦渋の表情でそう漏らす。
「速さ……そう速さよ!
私のコタツの最高速度は、所詮四つんばいの人間が出せる速度でしかない。
日常生活を送る上では何の問題も無いでしょうね。
しかし! そこで満足してるようじゃ向上心がない。
技術の進歩とは探求の歴史。きっと革新的な方法が存在するはずよ!」
霊夢の中では、車輪を付けただけでコタツがとてつもないテクノロジーへ昇華したらしい。
そして発案者から探求者になってしまった霊夢は、コタツとテンションで程よくぬるまった頭をフル回転させる。
そして
「そうよ! アレが使えるわ」
ぐわぁぁ~ん、と銅鑼の音が脳内に鳴り響く。
思い立ったら即実行。
ドテラを羽織ってやってきたのは外の物置。
とうとう普通に屋外に出てきちゃったよ、コタツ云々がなくても平気だろオイ。なんて客観的なツッコミを余所に霊夢は例のアレを探す。
あった。案外とすぐに見つかったアレを持ち出し、霊夢はニヒヒと笑みを漏らす。
手にあるのは小さな車輪付の板、スケボーである。
これに関して思い出すのはロクでもない事ばかり。
紫が『すごく楽しいのよ。一緒に遊んでみない?』なんて言いながら、両足を乗っけて風のように走ったり、わざと蛇行を繰り返したりといった遊び方の手本を見せた。
なんだ簡単そうね、なんて思ったのが運の尽き。
結果、地面を蹴った三秒後にすっころんで目からドラゴンメテオを飛ばしてしまい、紫は腹を抱えて大笑い。
とりあえず紫をボードで一発シバいた後、二度とやるもんかと涙目で物置に封印して現在に至る。
「まさかこんな形でもう一度使うとはね……」
件のコタツ部屋に戻り、スケボーを濡れ雑巾で拭きつつ霊夢はしみじみと呟く。
泥汚れを落としたら作業開始だ。
今度の作業は安易だ。
まずボードの真ん中に、板の反った部分で胸やふとももが痛くならないよう座布団をセット。
用意した長いヒモでスケボーを己の腹に括り付け、余った両端をコタツの枠に縛るだけである。
スケボーの上に腹ばいになる霊夢、そしてコタツがひと繋がりとなった構図だ。
完成したら試運転。
まずは部屋の中。先ほどは這うように進んでいたが。今度は手でちょいと床をかくだけでスイスイ進む。
コタツの中で足も使うと、水泳をするかの如く小さな力で自由自在。
旧コタツとの機動性の差は歴然だ。
「ふっふっふ、少し怖いわ……私の才能」
傍から見ればその発言が恐ろしい。どこぞの天人もビックリの有頂天っぷりである。
だが、真の目的は違う。
ついに速さを試す時がきた。テストコースは神社の長~い廊下。
新コタツを操り、ちょうど回転イスを放置していた箇所に移動する。
遠くの壁を見据え、霊夢は神妙な顔つきで床に手をつき助走態勢になる。
コタツの性能テストとは思えない緊張感が辺りを包む。
「せぇ~のっ!」
そして気合をこめて腕を思い切り引く。
コタツは急に動いたスケボー霊夢に引っ張られ直進運動を開始した。
滑り出しは快調。まるで狩りをする獣のごとく静かに、そしてなめらかに起動する。
部屋の中より助走距離が長いこと、床材が畳ではなく板であることなどが起因しているのか、コタツはぐんぐん加速していく。
「おおおおおっ! それっ! それっ! そいやぁっ!」
だが興奮した霊夢はそんな危うさを感じる状況にもめげず、手足をバタつかせて文字通り拍車をかける。
最早頭の中は相対コタツ速度限界突破の一念しかない。
それにコタツもよく応え、速度は子供が走ってやっと追いつく程度にまで増大。
霊夢の視界の下方では、凄まじい勢いで廊下が濁流のように後ろへ流れる。
「ほーほっほっほ! 神よ、私はコタツの神となるのよ!」
神に仕える者のくせに、神の名まで騙りだした霊夢。
そんな暴走巫女に神罰が下ることとなる。
「霊夢ぅ~、遊びに来たんだけど~」
「って紫!?」
そう、目の前に現れたのは神出鬼没のスキマ妖怪こと、このコタツの心臓部を提供した八雲紫である。
今日も今日とて冬眠に飽きたので、元気に神社へやって来た。
スキマを廊下に作り、モグラのように上半身を出して。
「ちょっとぉぉ! どいてえぇぇ!!」
「へ? えええっ!?」
必死の形相で叫ぶ霊夢の声に、紫はきょとんとして横を向き危機的状況に気づいた。
だが、顔見知りがうつぶせ状態で勢いよく迫り来るというありえない光景に、思考が追いつかず対応が遅れた。
またここで、自称天才の霊夢は己の計算ミスにほぞを噛み締めた。
Q.コレ、止まるにはどうしたらいいの?
A.そんなの走り出した後に言うなよなー
「ちょま、ってあっちいぃぃっ!!」
霊夢の愛しい愛しいコタツに、ブレーキなど付いている筈がなかった。
両手をつき減速を試みるも、摩擦熱で手のひらが火傷しそうになり速度が落ちない。
幅ぎりぎりなので方向転換も不可能。せめてヒモが脱着可能だったら本人だけ脱出できたかもしれなかった。
だが、現実は迫り来る紫の驚きに彩られた顔面。
見開かれた目、少々寝癖が後ろに付いた金髪。
そして奇跡的に霊夢の口の高さにある、あっけにとられた紫の唇。
「っぶ! 嘘おぉぉぉ!!」
まずい。まずいまずいまずい!
霊夢は予想出来過ぎるレモン味な結末を回避すべく、死に物狂いで手足を床に突っ張る。
「あちあちあちぃ~!」とこの寒さの中で贅沢な泣き言を発しながら、霊夢は頑張る。
しかし、乗りに乗ったスピードとコタツ&スケボー霊夢の質量が減速を許さなかった。
霊夢は最後の手段と背筋を駆使して、思い切り体を上に反らす。
だが、体をどんなにひねっても反らしても射程から逃れられない。
ついに紫のぷるんと豊かな唇に吸い寄せられるように、霊夢の唇が急接近する。
もうだめだ、万策尽きた。
「そんな……私、初めてなのに、あ、あああっ! ア――――ッ!!」
止まった。
状況を端的に表すなら、コタツは完全に停止した。
視界の下方、目線の先には口を引きしめ、先ほど以上に目を見開き硬直した紫の顔のどアップ。
おそらく霊夢も今の紫と同じ表情を相手にさらしていることだろう。
紫との唇の距離は、拳一つ分もない。まさにギリギリだ。
手はジンジンするし寿命もちょびっと縮んだ思いもしたが、とにかく霊夢の貞操は最終防衛ラインで踏みとどまっていたのだ。
「――あ、ああ、ふうぅー」
霊夢はホッとして全身の力を抜く。だが、肘をついて紫と一定の距離を取ることは忘れない。
この時ばかりは天におわす偉大な主に感謝した。
紫も事態が落ち着いたのを察し、体勢はそのままにぎこちない表情でこう尋ねる。
「は……はぁい、霊夢。……何をしているのかしら?」
「……急な思いつきでやってはいけない事を、身を以って体験学習していた所よ」
はぁ、とため息をつきながら、霊夢はだいぶ落ち着きを取り戻した。
とりあえずコタツをバックさせて、紫に対して正常な間隔に戻そうと霊夢は床に手を置き力をかける。
と、籠からさっきの急制動でバランスを崩したみかんが一つこぼれ落ちる。
みかんは天板をゴロゴロ転がり、
霊夢の頭に直撃した。
そのさしたる威力のない衝撃も
「「はにゃっ?」」
霊夢の顔を少し前のめりに動かし、唇同士の距離をゼロにするには充分だった――
「ねぇ霊夢~、機嫌直してよ~」
数刻して、二人はコタツに当たっていた。
こう言うと仲睦まじく密着しながら暖まっている姿を連想するが、霊夢はコタツに頭まで入ったきり篭城を決め込んでいる。
紫は霊夢が居ないスペースに足を突っ込んでいるだけ。
何故こうなってしまったは完全に把握しきれていないが、紫は霊夢のナイーブぶりにやや苦笑する。
たまにコタツの中へ呼びかけも行うが、全くなしのつぶてで当惑気味になる。
気持ちはわからんでもないが、責任の一端が紫にあると言わんばかりの会話ボイコットを敢行する霊夢に、何とも言えない居心地の悪さを感じていた。
ちなみに、コタツの傍にはバラバラのキャスターやスケボー等夢の残骸が転がっている。
霊夢が目に一杯涙を溜めながら黙々と分解したからだ。
こうして新世代のコタツは、生み出された即日拗ね巫女のシェルターに相成ってしまったのだった。
「こんなことになったけど、気持ちよかったから問題なあ痛っ!」
ガタンと天板が揺れる。脛を蹴られた紫は「冗談よ~」と怨めしげな反駁をしつつ患部をさする。
しかし、紫の頬が上気し瞳がとろんと蕩けているのも冗談なのか。
霊夢が知らない方が幸せな事象ではある。
「もう、犬に噛まれたと思って諦めなさいな。それに同性ならノーカウントよ……多分」
やんわりと問いかけるも、やはり無言。
犬はともかく大妖怪に噛まれて忘れられるか! という雰囲気をビンビンに撒き散らしている。
「このことは誰にも喋らない。私もあなたも心の中に仕舞っておく。
だから早く出てきて顔見せて。ね?
それとも、そんなに私相手じゃ嫌だった? もしそうだったら悲しくてこっちが泣いちゃうわよ~」
まるで不貞腐れる子供を諭す母親のような言い口だが、コタツの中でうー、だのむー、だの呻き声が聞こえてくるので相当葛藤していることが伝わる。
しかしコタツ布団がもぞもぞと動いているので、天の岩戸が開くのも時間の問題だろう。
あともう一押し。
「そうだ。いつもお茶淹れてもらってばっかりだったから、今日は私が淹れるわ。
えーと、お茶は……っと」
「そこの茶箪笥の三段目。お茶菓子は隣の引出しです」
「ありがとう。あら、羊羹があるじゃな……」
「…………」 「…………」 「…………あ、私端っこで結構ですよ」
沈黙する2名に対し、コタツに当然のように当たっている天狗はしゃあしゃあと言ってのける。
紫は重い口調で闖入者に問う。
「3つ、聞くけど」
「どうぞ」
「1つ、あなたの名前及び所属は?」
「清く正しい射命丸文です。所属は文々。新聞の記者」
「2つ、どこから見聞きしていた?」
「見たのは幻想郷の賢者たる大妖怪様と博麗の巫女様が、寒さに負けず神聖な神社で変則的なコタツプレイに興じていた場面をファインダーに収めた所から。
聞いたのは『こんな……痛いけど、気持ちイイっ!』って所ですかね。
何分壁越しは聞こえづらくて。裏付けは先刻までのイチャラブっぷりで充分ですので、ついでに羊羹ください」
「3つ、今日の号外の見出しは?」
「『種族を超えた禁断の花園 ダメ、そこは敏感なスキマなの…… 清純巫女はコタツ遊戯がお好き!?』」
「よし、歯ァ食いしばってそこに立て」
「さらばだ明智君!!」
羅刹の如き面跳躍で襲い来る紫の鉄拳をヒラリとかわし、文は縁側から大空へと軌跡も残さず飛び去ってしまった。
これで妖怪の山の輪転機はフル稼働、数時間もしないうちに曲解まみれの痴態が里中に広がるだろう。
紫は怒りと羞恥に拳を握り締める。
あんのパパラッチ天狗めどうしてくれよう。
人知の及ばぬ異次元空間に叩き込もうか。それとも足腰立たなくしてから、あーんな写真やこーんな写真をバシバシ撮影して人里にさらしてやろうか。
そんな身の毛もよだつ凄惨な復讐をアレコレ考える紫の背中に、凄まじい殺気かちりちりと刺さった。
人間より遥かに長い年月を生きる紫が身震いするほどの明確な殺意。
紫は生唾を飲み込みゆっくり振り返る。
それは、コタツの中から発生していた。
「ふ……ふふふ……ふふふふふふ」
コタツの闇の中から朗らかな笑い声が聞こえる。
しかし、紫には地獄の底から這い上がってきた鬼神の呪詛の言霊に聞こえた。
もはや恐怖と圧倒的な霊圧で全く動けない。
その時、コタツがふわりと浮かび上がる。
「ひいぃぃ~」と情けない悲鳴をあげてその場にへたり込む紫。
まるで空飛ぶ円盤のように茶の間で滞空するコタツ。
刹那、鋭い轟音と逆巻く暴風が部屋中を支配したかと思うと、コタツはもう茶の間に存在しなかった。
紫が顔を上げると、見たのは吹き散らかされた室内と無残に破られた縁側の障子戸。
コタツの行き先は、確実にわかっている。
紫はしばらく火薬庫の中心にいた緊迫感から解放されたことを感じ入り、それからこう呟く。
「……山の地形が変わらなきゃいいけど」
翌日 花果子念報他各新聞から抜粋
『妖怪の山襲撃される! 犯人は空飛ぶコタツ!?』
『まるで白昼の爆撃 白狼天狗防衛部隊歯が立たず』
『阿鼻叫喚の様相 あまりの衝撃にコタツ恐怖症候群発病者多数』
『新たな異変!? 巫女と賢者は沈黙す』
『お知らせ
いつも文々。新聞をご購読いただき誠にありがとうございます。
大変勝手ではありますが、当新聞は記者の都合上暫くの間休刊させていただきます。
具体的には、暫時コタツのいらない暖かな地へ取材に行きます。
ほとぼりが冷めるまで探さないでください。
勘弁してください。もうしませんから。
今後とも当新聞をよろしくお願いします』
その後、博霊神社のコタツは床にガッチリ固定された掘りゴタツに戻ったとさ。
【終】
ツッコミ所が多くて面白かったですww
面白いからいいけど。
途中で外に出てるしwwwつまり、ドテラの内側に暖かくなるお札を貼ってから着込めば
コタツを改造しなくても良かったのでは……いやはや、笑わせて頂きました。
防寒対策なら「歩く寝袋」なんかもいいと思うぜ。
霊夢が最高に可愛くて面白かったですw
そしてこの自堕落なのかマメなのかよく分からない霊夢最高だよ~!
暖符『弱 中 強 ダニ殺し』があったら床暖できるじゃん!てそれ
しない霊夢がこたれいむだよね~!おもしろかった~! お嬢様
とても楽しく見させていただきました。
霊夢何やってんの?て感じですが、それがまたいいですね。
私の家にはコタツが無いのでこの魅力がうらやましいですわ。冥途蝶
こういう暮らしがしたい・・。
スケボーの難しさは見た目以上ですよね~。小さい時痛い目見ました!
「腹ばい乗り」一度はやってみるんですよねえ・・(笑) 超門番
霊夢もゆかりんもかわいくて良かったです。
いや~面白かったです。
奇声を発する程度の能力様
私もすごく感じております。メーカーさん、どうかプロトタイプでもいいので一つお願いします。
7番様
……ハッ、その手があったかっ!(オイ)
8番様
ええ、コタツにあたれば世の中の争いなんて皆解決です。
12番様
……ハッ、その手があったかっパート2!(マテ)書いてた当時は思いつかなかったのです……
18番様
……ハッ、その手が(ry こっちの方が効率良いですよね……
20番様
歩く寝袋、画像検索しました。サイダー吹きましたwww
21番様
お札のお陰で必要ないので、縛って足の根元にクリップでぶら下げてあります。
ワレモノ中尉様
ご感想ありがとうございます。笑っていただければ幸いです。
26番様
ええっ!? ちょ、ちょっとその役代わってくださーい!
お嬢様・冥途蝶・超門番様
お待たせいたしました。腹ばい乗りでアゴをこすったがま口です(笑)
実はニュアンスが少し違うのですが、最近ではコタツごと軽々移動できる一人用コタツなるものがあるそうです。
さっそく画像検索しました。サイダーを飲み終わったコップに涙が溜まりましたwww
32番様
よーし、すぐにでも東京特許許可局に行かねば!(そんな組織は、無い)
36番様
それが板張りのツライ所です。
39番様
正しい反応であります。
42番様
私のイメージも大体そんな感じです。もちろん、破壊行動もガメラ並みですね。
46番様
対して、家の中ではホバークラフトみたいになりそうですな。
コタツ布団を大きくして、温かい領域の裾野を広げようと思案していたがま口でした。
ご感想ありがとうございます。コタツはいいですよ。下手をすると半日動けませんから(笑)
ご感想ありがとうございます。
確かに、これに動きがついたらコミカルで面白そうですなぁ。
……どないですか、メーカーさん?
みんな可愛くて良かったです。
おお……こんな古い作品に感想ありがとうございます。
思えば東方を知り始めてキャラを模索していた頃に作ったお話なのに、思い切ったことをしたなぁ……と感慨深い心情です。
爆笑していただけたのなら幸いです。
ありがとうございます。ものぐさ霊夢が可愛いのです。
ご感想、ありがとうございます。
頭の中で「歩ける寝袋」が再生されました。あれは便利と笑いを追求した優れものですよ。
ご感想ありがとうございます。この霊夢がいいですなぁ。