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――これはこれは。
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白紙だらけの本を読んでみようとは、珍しい方も居たものです。
本と言えば普通、作者が自分の言いたい事をつらつらと書き連ねたものかと思いましたが、
あなたにとっての本はそうでは無いのですね。
まあともかく、お陰でこうして本棚から出ることが出来たのですからお礼の一つも申し上げないといけませんね。
助け出していただいてありがとうございました。
それにしても日の光は良いものですね。
棚の中は温度湿度が一定に保たれるので中々居心地は良いのですが
本といえどもたまにはたっぷり光を浴びてくつろぎたいものです。
勿論直射日光は厳禁、ですが。
おっと、いきなりおしゃべりが過ぎました。これは失敬。
いつも気をつけてはいるのですが、何分喋るのが大好きな性質でして。
さて私、名も無き白い本で御座います。
文字も無ければ名前も無い、まっさらな本です。
先も申し上げましたが、あなたにここから出していただいて助かりましたよ。
いやー、全く窮屈な場所は嫌なものですね、あなたも一度入ってみてもらえるとすぐ狭さが分かると……
……おや、あなた、とは一体誰のことだ、という反応ですね。
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あなたですよ。
あなた。
あなた、と言えばこの世に一人しか居ないではありませんか。
そう、貴方です。
たった今、めくって下さった貴方。
白紙の本が文字を浮かび上がらせた位でそんなに驚かないで下さい。
これから、もっと不思議な、それこそ石ころが喋るくらい驚くべきの、
そんな話をしますから。
まあその話は、のちのちすることにしまして。
どうやらここまで科学技術が発達した世界でも、
言葉を自在に操る本というのは珍しいようですね。
貴方の反応を見ていると良く分かります。
私から言わせてもらえば、あの携帯電話とやらは
私なんかよりよほど凄いものの気がするんですがね。
文字の入力も自由自在だし、色々な付加機能まで付いている。
ただ喋れるだけの本よりずっと価値があると思うわけです。
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やはり見慣れているかどうかの違いは大きいんでしょうね。
私のような本がそこら中にうろついていたら多分貴方もそう驚かれることは無かったでしょう。
いや失礼、本の癖に変に難しいことを口出しして。
私達の世界に無いものなのでつい色々と考えてしまいまして。
私達の世界には、携帯電話などというものは御座いません。
私達の世界。
はい、今「私達の世界」と言いました。
私はこの世界の物質ではありません。
厳密に言えば、この世界にして、この世界に在らざる場所の物、とでも言いましょうか。
どうですか。
そろそろ私の事を怪しいと思い始めた頃じゃないでしょうか。
最初の数ページが白紙ってだけで変なのに、文字が浮かび上がる。
その本が、別世界から来たとかぬかしてくる。
おまけにやかましい。
全くもってこんなのは勘弁だ。
そう思っていたら、そっと私を棚にお戻しください。
こんな怪しいモノに付き合う必要なぞ御座いませんよ。
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お戻しにならない。
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ふふ、嬉しいです。
ところで、こうしてお会い出来たのも何かのご縁。
そうは思いませんか。
貴方が何処で生まれ、何処で育ち、何処でどのような人生を歩んで来たかは存じ上げませんが、
この世界の貴方はまさにたった今、別世界から来たこの私を読んでいる。
先ほども、私を閉じずに読み続けて下さった。
一体、これがどれほどの確率で起こる事なのか白紙の私には知るすべは御座いませんが。
なんだかちょっとした運命を感じませんか。
感じますか?
感じませんか?
まあ、どちらでも良い話ではありますが。
貴方に運命の女神様が付いているって言われても私は信じますよ。
女神様に気に入られているのは私のほう、かもですけれどね。あはは。
どうです、そんなこんなの縁です、少し、話を聞いていってもらえませんか。
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貴方にとって、良い話ですよ。
大丈夫です。
興味が無くなったらいつでも本を閉じて下さって構いません。
何なら今すぐに閉じて貰っても良いですよ。
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二度目の忠告も聞き入れずまだ読み続けられるとは、貴方中々に頑固な性格の持ち主ですね。
ふふ、冗談ですよ、冗談。
それでは本題に入りましょうか。
貴方様は、『幻想郷』に興味をお持ちですね?
申し訳ありません。
少々頭の中を覗かせて頂きました。
こんな話を持ち出すくらいですからもう察しはついているかと思いますが、
私は、その異世界、幻想郷に住まう者です。
私たちから見たら「外」の世界の住人でありながら、
どうやら貴方は随分と私たちの世界に精通していらっしゃる。
実に不思議な事です。
私たちの世界と外界とは強力な結界で遮られているはずなのですが。
おや、この事までご存知とは。恐れ入りました。
-13-
さて。
貴方にとって幻想郷とは、どんな存在でしょうか。
藪から棒に何を、と仰るかもしれませんが。
人間以外の不思議な生物が暮らしている所。
妖怪やら月人やらその他もろもろが、度々異変を引き起こす世界。
そして……願っても辿り着くことは叶わない、遠い幻想。
確かにその通りです。
守矢の神と巫女の例は、あくまでも例外。
そちらの世界から幻想郷に入るなんてことは普通は有り得ません。
ですが私、こうも思うのでして。
「例外」は一つである理由は無い、と。
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単刀直入にお聞きいたします。
貴方は、私たちの居る世界に興味はありませんか。
――幻想郷に、来ませんか?
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突然の申し出、困惑されるのも当然とは思います。
本が喋りだしたと思ったら異世界に来い、と言うのですから無理もありません。
ですがどうでしょう。
貴方にとって魅力的な提案、ではないでしょうか。
人間は複雑怪奇な文明にさらされる事無く、自らの希望と欲望のままに日々を過ごし、
妖精や妖怪はそこに居るのがごく当たり前のようで、蹂躙することもされることもなく、
一面には青々とした草木や草花が、あるがままの状態で広がる、そんな幻想郷に。
私なら、貴方を幻想郷にお連れすることが出来ます。
興味がおありでは御座いませんか。
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まあ、貴方はこの世界に大切な物をお抱えになっている。
家族しかり、友人しかり。
今すぐに結論を出していただく必要はありません。
幸いなことに、私には少し時間があります。
それまでに考えを決めて、私に示して頂ければ構いません。
……さて、貴方の心が決まるまでの間に、少しばかり世間話をしましょうか。
あまり堅苦しい話ばかりしても息が詰まってしまいますのでね。
非現実的な話をいきなり並べられて、少し貴方の方も困惑しているところがあると思いますし。
軽い話でもして肩の力を抜いてもらおうというわけです。
ああ、あらかじめ断っておきますが、
つまらないとか面白くないと興味を失ったらいつでも本を閉じて回れ右してもらって結構ですよ。
それこそたかが本に時間をかけるのは野暮ってものです。
では何から話しましょうか。
文字を浮かび上げるにはどうしているか。なんて気になってるんじゃないですか。
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これは簡単な仕組みでですね。
「えいっ」って気合を込めれば良いんです。
何だそれ、と思われるかもしれませんが
私は生まれた時から自然に出来ているものですから。
ほら、人間だってどうやって声を出しているかなんて中々厳密には分からないでしょう。それと同じですよ。
人間には出来なくとも私には出来るのです。
まあでも、もしかしたら人間でも普通に出来るかもしれませんね。
貴方、本の中に入ってやってみませんか。
だから冗談ですってば。逃げないで下さい。
逃げると言えば、最近そちらの世界の一番偉い方が逃げるように辞めていった、と小耳に挟んだのですが本当ですか。
ふふ、一応私本ですので、つねに博識でいられるよう努力しているのですよ。
全く、まがりなりにも国民のトップに立とうとする方なら、
少しはそれなりの行動というものを示していただきたいと私は思うのですが。
なんにせよ、そちらは大変なことになっているみたいですね。
ですが実は、こちらでも似たような事があったのですよ。
スキマ妖怪が博麗大結界の監視を放棄して宴会に行ってしまったことがありましてね。
度重なる宴会に自分だけ参加できないのは寂しい、とかなんとかで、
結界の管理をその式に任せて宴に参加しに行ってしまったのです。
その式が優秀だったこともあり、特に大きな問題は起こらなかったのですが
それに味をしめたのかその後も度々脱走しては宴会に顔を出すようになっています。
-18-
最近、幻想郷で宴会が頻繁に開かれるようになりまして。
今までも月にそれなりの数開催されていたんですが、
近頃は特にその回数が増えましてね。
一介の本である私にはなかなか退屈な時間が増えたのですよ。
ただでさえ白紙なせいか手に取ってくれる人も少ないのに、
宴会の頻度が多くなったものだから見向きもされなくなった。
私としては寂しい限りのこの小さな異変。
全て、とある妖精のちょっとした行動から始まったのです。
霧の湖の近く、雄大にそびえ立つ洋風の建物。
プリズムリバー三姉妹は、そこに住んでいます。
主人が居なくなってからは周囲に人の気配もなく、
人と言えばたまに三姉妹のおっかけが現れて、すぐに見つかり追い返されるといった程度で。
その日も、蝉が日差しを求めて鳴く声だけが響く中、三姉妹は夕方のライブのリハーサルの準備をしていました。
そんな時です、周りの空気を凍らせながら、青い髪の彼女がやって来たのは。
「ちょっとあんたたち!大ちゃん知らない?」
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楽器に向き合っている三姉妹の様子を気にかけること無く、遠慮無しに探し人を尋ねた彼女。
この氷精こそ、今の宴会続きの夜を演出した張本人です。
もっとも、彼女はそんな事気にしたことも無いかもしれませんけれど。
そんな彼女の声は、ガチャガチャと仕事をしている三姉妹の耳には入りませんでした。
「ねえ!大ちゃん知らないかってば!」
大きく声を張り上げたところで初めて、三姉妹の三女がその存在に気づきました。
「あら妖精?
私達は今ライブ前で忙しいの。妖精とストーカーは必要無いのよ。
ほら帰った帰った」
「ふん、そんな邪険にするならいいよーだ。
他の場所を探すから」
「行ったか。さあ姉さん達、ちゃっちゃと始めちゃいなさい」
「あんたもよリリカ」
「うぇー」
そうして、氷精は追い出され、リハーサルが始まりました。
いつものように、聴衆の居ない、三人だけのリハーサル。
……の、はずだったのですが。
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「うわー、すごいすごい!」
練習がひと段落した丁度その時、氷精が手を叩いて、ひょっこりと物陰から出てきました。
「ちょっとあんた、まだ居たの」
「帰ろうと思ったんだけど、あんた達の音があまりに五月蝿いからつい戻ってきちゃったのよ」
「成る程、さっきから何をしたいのかと思ったら私達三人に敵対したいって訳ね」
言い終わるか終わらないかのうちに、三女はキーボードを氷精に向けて構えました。
しかし氷精は、さっきの言葉とは裏腹に、喧嘩を売るつもりはない、とばかりに慌てるのです。
「わわ、ちょっと待ってよ。
確かにすんごい五月蝿かったけどさ、
でも何ていうの、今まで聞いた事の無かったような音でさ、
氷を割る音とも、凍らせた花をつまむ音とも違ってさ……」
今まで体験したことの無い、初めての気持ち。
この心の中をどうにか表現しようと、氷精は思案している様子でした。
その様子を見かねて、三姉妹の長女が助け舟を出します。
「うん、それで、私達の演奏はどうだった?」
「姉さん」
-21-
「うーん、あまり上手く言えないんだけど、何か凄かった」
「そう、ありがとう」
彼女はそう言って、にっこりと微笑みました。
そして、何だかそわそわしている氷精に向かって、こう言うのです。
「そうね……折角だから、もう少し聴いていくかしら?」
「え、いいの!?」
「ちょっと姉さん、私は良いなんてまだ一言も言ってないわよ」
長女の言葉に、満面の笑みを浮かべる氷精。
そこに、喜んでいる氷精と対照的に不満そうな、三姉妹の三女が口を挟みます。
「こんな妖精に私達の演奏聴かせたって何の得にもなりゃしないじゃないの」
「全く、お前は他人を何とか利用しようとする考えしかないのね。
良い、私達の演奏は他の人に聴いてもらって初めて価値が出るの。
それなら、出来るだけ多くの人に聴いて貰うのが、私達のやるべきこと」
「ええー、でも……」
説得されてまだ納得いかない様子の三女に、長女は続けます。
「分かった、こうしよう。
おーい、メルラン、この子に私達の演奏を聴かせてやりたいんだけど、どう思う?」
「え、何、その妖精に演奏を?
うーん、まあいいんじゃない?聴いてくれる人が居た方が楽しいし」
-22-
「だそうだ、リリカ。二対一だよ。
それともこの場も『利益にならないことはしない』で切り抜けるつもり?」
「むー……
分かったわ、分かったわよ。
妖精が居ようが居まいが私の演奏には関係ないし」
三女はようやく、しぶしぶながら納得してくれました。
「ということで。ええと、名前は何と言うのかな」
「あたいチルノ」
「そう、チルノ。ゆっくり聴いていくと良いわ。
もっとも、私達の演奏を聴いて落ち着いた気分のままで居られる保障はないけれどね」
やかましく騒いでいた蝉が、真打登場とばかりにさっと姿を消します。
長女が小さなお客様に向けてウインクを贈ったのを合図に、
たった一人のためのミニライブが始まりました。
氷精は、三姉妹の演奏をたっぷり堪能して帰っていきました。
やたらハイテンションになって歌って踊りながら帰ることになったのは勿論のことです。
小さいお客さんにリハーサルを見てもらった三姉妹のその日のライブは大盛況で、
日が沈んで夜がふけても会場から音が途切れることははありませんでした。
そんな訳で、三人が三人ともしっかりと寝坊をした次の日のこと。
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おーい、来たぞー、の声と共に氷精はやって来ました。
前日探していた「大ちゃん」こと大妖精と共に。
寝起きにも関わらず、上の二人は快く突然の来訪者を歓迎してくれました。
寝ぼけ眼の所を大声で現実に引き戻された三女は大層不機嫌でしたが、
姉二人の歓迎ムードの前にあってはその意思を隠すことしか出来なかったみたいですね。
この日は、ライブは無かったので五人でとりとめもないことを喋ったりすることになりました。
氷精が話し、長女が頷き、次女が笑い、三女がけしかけ、大妖精が謝る。
女三人集まれば姦しいとはよく言ったものですが、彼女達の場合も例外ではなく、
プリズムリバー亭の一日は楽しい声と共に過ぎ去っていくのでした。
次の日も、その次の日も、氷精はやって来ました。
その度に、新しい友人を引き連れて。
人間が、妖怪が、そして妖精が、毎日のように館を訪れます。
日々にぎやかになるプリズムリバー邸。
かつての寂れて疲れきったその姿はどこにもありませんでした。
周りの笑顔が耐えない中、三女だけはこの事態を気に入っていなかったみたいですね。
しかし彼女も、館に来ていたメンバーで行われた、誕生日のサプライズパーティーの後は、
少しずつ周囲と打ち解けていったようです。
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氷精の最初の来訪から、二ヶ月が経ちました。
永遠亭の当主がウサギ達を引き連れて屋敷へやってきます。
ウサギ達はこれから始まる出来事に胸を躍らせているようです。
おっ、やっと来たな、とは藤原の娘の談。
その隣で白沢が静かに夜酒を楽しんでいます。
すぐ傍には閻魔様が、死神を従えて
例の件でスキマ妖怪をなんとか説教しようと頑張っています。
そのスキマ妖怪と言えば、白玉楼の当主と共に
部下の愚痴を言い合ったり褒めたりとまさに我が子を見守る親の心境で。
色々と言われている白玉楼の庭師は、夜雀と一緒に食事の準備をするのに大忙し。
片っ端から食材を斬っていきます。
そんな面々の中心にこの館の主人達、プリズムリバー三姉妹が陣取ります。
ヴァイオリン、トランペット、キーボードを鳴らし、屋敷中に音色を届けます。
その三姉妹の中央に、陽気に歌っている氷の妖精がいます。
「チルノのチは~着氷のチ~氷に着くって書いて着氷~あたいに触ったら着氷だぞ~♪」
長女は静かに、次女は陽気に、三女はいたずらっぽく笑う中。
氷精もとびきりの笑顔で彼女達の演奏に応えていることは言うまでもないでしょう。
-25-
これが最近の幻想郷の様子です。
笑顔の絶えないプリズムリバー邸。楽しそうじゃありませんか。
どうです。行ってみたくなりませんか。
幻想郷に来れば、こんな楽しい毎日が待っています。
三姉妹が歓迎してくれるかは分かりませんが、人妖入り混じっている宴ですからおそらく大丈夫でしょう。
もし貴方が幻想郷に行く、というのであれば
最初にここ、プリズムリバー邸を訪れるのも良いかもしれません。
その際は私がこの館までお連れしましょう。
幻想郷に着たばかりでは道も何も分からないと思いますから。
稗田家に赴くのも良いでしょう。
外界から来た人間だと分かれば、九代目の稗田は必ずや貴方のことを歓迎してくれるはずです。
ご存知かどうか分かりませんが、幻想郷にも人間の住む村があります。
その方達と一緒に住み、幻想郷の一員となるのも一つの選択肢かと思います。
その他、博麗神社、魔法の森、永遠亭、無縁塚、妖怪の山……
私の力の及ぶ範囲であれば。
どこへでも。
好きなところに。
連れて行って差し上げます。
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もちろん、その場所が気に入らなければ、別の所にお送りさせて頂きます。
どうされましたか。
ははあ、なぜ私がこんなにも熱心に貴方を勧誘しているか分からない、と。
確かに私は今、傍からすればそれこそ怪しい位に貴方を誘おうとしていますが。
惜しかったのですよ。
これだけ私どもの世界について詳しい方というのは、
実は幻想郷広しと言えども中々居ないものなのです。
我々の世界の住民は自分が住んでいる所に無頓着な者ばかりですので。
どれほど自分達が恵まれた環境下に居るか、
どれほど外の世界の人間が幻想郷に羨望を抱いているかなんて考えもしない連中です。
おっと失礼。また口が滑ってしまいました。
もし向こうに着いても、今の私の軽口、どうかお話しないようお願いします。
さて、話を戻しますが、
ですからこの提案、貴方が貴方の知っている幻想郷についての知識を
私どもにお話して頂く事が条件となります。
難しい事ではありません。
ただ単に教えていただくだけで良いのです。
それだけで私たちは十分有益な情報を得ることが出来るのですから。
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まだ何か懸念はありますか。
ああ、そういえば私は大切なことを言い忘れていました。
万一幻想郷が気に入らなかったり、
何かの都合で貴方の世界に帰りたくなった場合。
一度に限り、私が貴方をお連れして帰ってくることができます。
二度と幻想郷に行くことは出来ませんが、
それでも一度行けば十分ではないでしょうか。
どうです、懸案も解消されたのではないですか。
残していく人に心配を掛ける必要もありません。
一寸行ってみて、異世界の話を土産に帰る、ということも不可能ではありません。
勿論私としては、貴方に残ってもらいたい所ではありますけれどね。
如何でしょう。
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さて、もう少し貴方とお話していたいのはやまやまなのですが、
いよいよ時間が来てしまったようです。
はい、私はもうすぐにでも幻想郷に戻らないといけません。
貴方。
大切なのは、貴方の意思。
私の話も貴方には何の強制力も持ちません。
最終的に、貴方が行きたいと思うかどうか。それが一番大事です。
……さて。
やはり、この世界に留まることにしたのであれば。
悲しいですが、運命だったのでしょう。
静かに本を閉じて下さい。
そして今まであった事は忘れましょう。その方が貴方のためです。
そして、幻想郷に行く心を決められたのであれば。
このまま本を開いていて下さい。
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そうですか、宜しいんですね。
では。
これから貴方を、幻想郷にお連れ致します。
もう一つお話がありましたが……
向こうに着いてからでも遅くは無いでしょう。
好きな所に行きたいというお気持ちは分かりますが、
向こうではまず私の話を聞いて下さい。
どうか約束願います。
良いですか。
まず第一に、貴方の昂ぶったその心を落ち着かせる必要があります。
世界をまたぐ訳ですから、精神集中が大切になるわけです。
一つ、深呼吸して下さい。
息を深く吸い込んで、吐いて。
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そうです。そう。
それから、ゆっくりと、心を閉じます。
目を閉じるのと同じ意識で、四方に広がっている心を狭めて。
雑音はもう何も聞こえません。
周りには誰も居ません。貴方は私と二人きり……
だんだんと。
深く。
……はい。
さて、ここからが重要です。
貴方が思う『幻想郷』を一つ、思い浮かべてして下さい。
場所でも、人物でも、何か抽象的なものでも、構いません。
思い浮かべたら、それのすぐ側に貴方自身が居るイメージで、
意識を閉じた心に向けます。
人間である貴方が行うには至難の業。
しかし乗り越えないと一尺たりとも先に進む事は許されません。
-32-
もっとです。
もっとはっきり意識を持って。
貴方はもう幻想郷に居る、そんな意識で。
悪くありません。
苦しいと思いますが、少し、あと少しだけそのままで居てください。
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それでは。
行きますよ。
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……もし。
お目覚めになりましたか。
幻想郷に、ようこそいらっしゃいました。
ええ、間違いなく、幻想郷です。
どうです、貴方の理想郷にたどり着いた感想は。
実感が無いかもしれませんね。
別の世界とは言っても、共に等しく存在している世界ですから。
すぐにでもこの世界を巡ってみたい所でしょうか。
そうですよね、自ら望んでやって来たこの世界、存分に楽しんでみたい所ですよね。
ですがその前に。
約束、覚えていますか。
旅立つ直前にお伝えした、「向こうではまず私の話を聞いて下さい」というやつです。
急いた気持ちも分からなくも無いですが、どうか一つ話を聞いていって下さい。
……大事な話ですから。
さて。
悪魔の住まう屋敷、紅魔館。
ここは、その図書館。
この図書館は広いでしょう。
一体どれ程の広さがあるのか私ですら分かりません。
そもそも広さの限界というものが有るのかすら定かでは御座いません。
それ程この図書館は広く、またそれだけ沢山の本が眠っているのです。
ところで、その本がちょっと問題でして。
ご存知の通り、我が図書館には膨大な量の本が貯蔵されております。
空間を広げても広げても、その本が尽きることはございません。
それは何故か、ご存知ですか。
存じ上げないですか。
まあ予想は付いていました。今までの方もそうでしたから。
ええ。
今までにも私たちの世界にいらした方が居るんですよ。
私の魔法で、本に姿を変えられた、そんな不憫な方々が。
動けないでしょう?
貴方は今、先ほどまで私が居た本の中。
私が魔導書の中に入り込み、
双方の同意を条件に使える転移魔法で、私と貴方の場所を入れ替える。
あとはあらかじめ敷いておいた魔法陣に帰ってくる、という寸法です。
ああ、申し遅れました。
私、この紅魔館に住まう小悪魔と申します。以降お見知りおきを。
白紙のことなら心配しなくて結構ですよ。
魔導書の力で、貴方の脳に記憶された知識が、活字となって本に刻まれていますから。
一冊一冊の内容は薄っぺらくとも、
数を集めればそれなりに読める書物となるもので。
紅魔館の蔵書が増え続けているのはこういうカラクリがあるのです。
おや、何かご不満ですか。
嘘?
ああ、確かに私は嘘をつきました。
貴方が思っているのは名前と「好きな所に連れて行く」という事だけかもしれませんが、
実は全て、一から十まで身も蓋も無いでっち上げでございます。
現在の幻想郷のくだりも、意識を集中云々も、全部嘘。
情報提供なんてのは、ただ貴方を連れてくるための口実でしかありません。
そんな私の嘘に踊らされている貴方は傍目からすれば中々良いものでしたよ。
勿論、帰ることが出来るというのも全くの嘘。
申し訳ありませんが貴方には、恒久の時をこの幻想郷でお過ごし頂くことになります。
しかし、悪魔は嘘をつくもの。
残念ながらそう相場は決まっているものですから。
折角人間がそうイメージを作り上げて下さったのですから、私達悪魔もその期待に応えないと失礼というものですし。
それに、お言葉ではありますが、私は何度も後退する機会を与えたのですから、それをしなかった貴方が悪いのですよ。
まあ、たとえ閉じようとしたとしても、無駄な事ではあるんですけれど。
おやおや。
どういう事だか合点がいかない様子ですね。
良いですわ。お教えしましょう。
貴方達外の人間は、不思議なことに私の『能力』について何一つ知らない。
私にとっては非常に都合の良い事です。
ですから、私は惜しみなく『能力』を使わせて貰った、という訳です。
私の『能力』は、『見たものを虜にする程度の能力』。
貴方が今ここに居るのがその証明。
貴方はいつでも本を閉じられると思っていながら、
あの一行目を読んだ時から私の能力に囚われていたのですよ。
運命の悪魔は最初から私に味方していたのです。
私の能力も絶対という訳ではありませんから、
もし貴方が強靭な意志を持った人間だったなら、
不幸な定めとはまた別の未来が待っていたかもしれませんけれど。
『悪魔の言う自由とは、人間で言う不自由である』
今後のためにもお聞き置き下さい。
役に立つかどうかは私次第、ですが。
そういえば私としたことが、こちらに旅立つ前に、一言言い忘れておりました。
「もしかしたら、今度は貴方にとって悪い話かもしれません。」
間違いなく今、お伝えしましたので。
さて。
幸いなことに貴方は、もはや人間ではない。
人間なら寿命が尽きて朽ち果てるような時間の中でも、
生き永らえている可能性もない訳ではありません。
もしも『運命』が重なり、再び合間見えることがあったなら。
その時は私の能力で、たっぷりと愛でて差し上げますわ。
――クスクス
もしかしてそれがあなたの持つ能力なのですか。
スクロールしてもそれが続いていたので「どういうことだ?」と思ってましたが・・・・・・。
やられました・・・まさかこんな考えがあったとは、やられました。
色んな意味で面白かったです。
今までに無いSSで感動しました
意外性を狙うという点では当たりのスタイルだと思いました。
「…という能力」についても、これなら小悪魔の小悪魔らしさに合致していますね。
引き込まれました、満点をどうぞ。
踏襲を許さない圧倒的なインパクトでした。
あ、そういえば俺もう本でした
あとこぁくまかわいいよこぁくま
そういえばこんなこともできたんだなぁ、という感じです。
web媒体の面白さを再認識させてくれる良い作品でした
小悪魔シリアスは良いですねー! とにかく100点!
そんな本で埋まってるわけですね大図書館は。
幻想郷に行けるなら本でもいいかも。
というかこぁに会えただけで満足なんだ…
具体的に言えず申し訳ない。
大好きです、こういうの
SS書き歴も本当に浅く、前二作もマニアの方に評価して頂いた感じなので
千点行けば嬉しいなーなんて思っていたのですが
これほど多くの方に読んでいただいて評価して頂けたというのは
望外の喜びであります。本当にありがとうございます。
>オチが分かる~
>騙りに一捻り~
>何かが足りない~
これらは全て私の実力不足によるものです。精進します。
これからもっともっとよい作品を書ける様に努力したいと思います。
この作品は殆どアイデア勝ちだと思うので。
少し留守にしますが半年後あたりに戻ってきた時に
パワーアップした作品を見せられたらいいな、と。
読んでいただいた全ての方に、感謝いたします。
個人的に、悪魔も小悪魔も「嘘は言って無いけど本当のことも言って無い」語りで人を騙すと思っているのでそこら辺は違和感がありました。
まぁ、個人的、そうあくまで個人的な感覚なんですが。
ともあれ、良い作品でした。
最後に。
>>その時は私の能力で、たっぷりと愛でて差し上げますわ。
君に愛でてもらえるなら本にだって何にだってなってやるぜこぁーーー!!!
例え1ページにも満たない数行の文字になろうとも構わないと思う。
幻想郷に引き込む+誰でもいいとなるとおぜうさまの食事辺りかなーと思ったのに
悪魔の契約って嘘禁止ってイメージがあるんだけど幻想郷じゃ鬼の担当なのかな
嘘をつかない中で、人間が破格の代償を支払わされたり、悪魔がやり込められたりするという双方の駆け引きのイメージがあるのだけども
ちょっとだけ、「悪魔らしくない」理不尽さがあったかなーと
斬新な表現方法だったと思います。
小悪魔、恐ろしい娘っ!!
絶対これ騙されるって思いつつも最後まで読んでしまったw
つーか「あなた」になりきってしまった。話が上手いな。凄い。
>どれほど自分達が恵まれた環境下に居るか、
>どれほど外の世界の人間が幻想郷に羨望を抱いているかなんて考えもしない連中です。
そうだったっけ?
確か香霖堂で「幻想郷の妖怪達は外の世界よりも自分達の方が上だと勘違いしている」的な感じのことが書かれてて
外の世界>>>幻想郷 っぽかったから違うような…
もしわざと「小悪魔に嘘を言わせてる」設定だったらすまない
いいもん。小悪魔に出会えただけでいいもん。
最初のくだりが若干長いような気もしましたが、読了後にはいい意味でやられた。という爽快感がありますね。何より恐ろしいのはこのSSを読んだほぼすべての人が図書館に連れ去られていることでしょうw
いい意味で、とってもずるい
東方オタなら誰もが一度は幻想郷に行きたいと思うもんなぁ。
読んでるうちに引き込まれてしまった…お見事です。
2度目は無いだろうけどだからこその迫力があったよ。
こぁの話術がお見事でした。
ただそれを踏まえてもどんどんと読まされるような感覚に陥ったのは見事でした。
個人的には37~44頁で文字が大きくなっていくのはキターーーーーー(゚∀゚)ーーーーーーー!!となって凄いドキドキしました
途中から、『ん?』と思ってはいたのですが、この不思議な本に魅了されて結局は本になってしまいました。
ええ、完敗です。あなたに満点を。
私の感性が鈍いだけなのかもしれないけれど。
まんざらでもないなあと思い始めた私は完敗です。
今頃大図書館は大量に現れた本を片付けている最中なのかなあ
でも最初のページから「小悪魔っ!こぁ!こぁー!」とか書いてあってドン引きされそう・・・・・・
まさにアイディアの勝利な作品でした。
この発想を思いついたあなたに100点評価を。
一度限り、だけどとても楽しませてもらいました。
楽しめました
文字通り私たちは引き込まれたというわけですね
あまりみない形でしたが、納得させてしまう作者さんのすごすぎる腕前にこの点数をー。
また、次会う日があればいいですね。「運命」というモノが、あなたと私が、重なった時に…
文句なしに満点です。
ぞくぞくした
種明かしも展開も上手いけど何より引き込みが素晴らしい
悪魔が嘘をつくというのは若干自分のイメージとズレますが、それでもこの点数を付けざるを得ません。
ハハッ、まだ心臓がバックンバックンいってるぜ……ページ数がでかくなるのは反則だろ……
> よく喋る上に喋り方が柔和です。
ゲーテのメフィストフェレスがそうであるように、饒舌で慇懃(あれは慇懃無礼ですが)な悪魔像は悪くないと思います。
他の方もおっしゃるように、自ら嘘を吐かず「貴方が勝手に勘違いしたんですよ」と誘導する方が、より悪魔らしい立ち回りと言えるかもしれませんね。
とはいえ、面白かったです。
本になる運命から逃れられる気がしないw
このSSのチャームにやられてしまいました
大変面白かったです
実験的で面白い作品だった。