誰しも自らのアイデンティティを持っているものである。
それは例えば霊夢の腋であり、常識に囚われない東風谷早苗である。
「ボインボイン」
「いやぁあああああ」
レミリアはたわわに実った果実を寄せてあげてほくそ笑んだ。
椅子に縛られている咲夜は、ヘビメタバンドファン並のヘッドバンキングをしながら悲鳴を上げている。
真性ペドの咲夜には、敬愛する主人が幼女でないことを受け入れることができなかったのだ。
それを必死で宥めようとする美鈴の目元には涙が浮かんでおり、パチュリーは本のページを懸命にめくっている。
一人フランドールだけがその輪から離れ、部屋の隅で体育座りをしていた。
「お嬢さまがががががが」
「早くハンマーを持ってきなさい。この本には叩けば直ると書いてあるわ」
「それ家電の本って書いてありますよ」
「これしか方法がないのよ!」
「ええいままよ!」
ハンマーで殴りつけられた咲夜は、そのままぴくりとも動かなくなった。
真っ青になった美鈴とは対照的に、パチュリーの顔は非常に満足げだった。
「うるさいメイドを自分の手を汚さずに黙らせるには」
「図ったなちくしょう!」
「うるさいなぁ」
パチュリーの胸ぐらに掴みかかる美鈴を、レミリアは一蹴りで霧の湖まで吹き飛ばした。
普段のレミリアでは考えられないほどの威力である。
「成熟した吸血鬼はこれほどまでの力を持つのね、恐ろしいわ」
「なんだか落ち着かないけどね」
普段のドレスを着ることはどう考えても不可能だったため、レミリアは美鈴の仕事着を借りている。
スリットから覗く太股からは大人の女性の持つ艶やかさが感じられた。
「咲夜には悪いけど、元に戻す方法は考えつかない。お手上げよ。なんたって妹様の仕業ですもの」
「私はしばらくこのままでいいけどね」
「でも、咲夜が役に立たないんじゃ紅魔館の運営にも不都合が出るでしょう」
「まぁ、ね」
パチュリーは泡を吹いている咲夜を一瞥し、本に目を戻した。
まさか主人が幼女でなくなっただけで、役立たずになるだなんて。
フランドールは意外にしたたかな娘であった。
咲夜が見目麗しい幼女という禁断の果実のために命をかけるベルセルクであることを本能の部分で見抜き、その寵愛を独り占めするため姉の幼女属性を破壊してみせたのだのだった。
「あはは待ってくださいよお嬢様」
「ぎゃおー!! 食べられちゃうぞー!!」
吸血鬼は風より疾いというのに、咲夜は勝る劣らず人間離れしたスピードでレミリアへと迫っていた。
これは咲夜の発作のようなもので、気絶するか死ぬまで延々と追いかけまわすという厄介なものだった。
「落ち着きなさい!」
「ふともむぉ!」
はさみ投げで咲夜を廊下へと突き刺したレミリアは、束の間の休息が得られたことに薄い胸をなでおろした。
力を失った咲夜の足はだらしなく開いていて、純白の布がこんにちは。さようなら瀟洒な従者。
「あー! お姉さままた咲夜と遊んでる!」
「追いかけ回されてただけよ」
「そうなの。でも咲夜は私とはぜんぜん遊んでくれないんだもの。お姉さまはずるいわ」
「パンがなければパンツを盗めばいいじゃないっていうのを地でいく子と遊ぶ必要なんてありません。
美鈴でも引っ張り回してフランドールの犬ってやってなさいよ」
「美鈴と遊ぶとすぐに眠っちゃって、私そっちのけで死神と会話するんだもん。つまんない」
頬を膨らませる妹に、噴き出しそうになった鼻血を必死で抑えるレミリア。
まさか、舐めていいのよ。と実の妹へと迫るわけにはいかない。
「脱がしていいのかしら」
「なにやってるのフラン!」
眩しい笑顔を湛えながら、フランドールは謎の植物(元十六夜咲夜)の皮を剥こうとしていた。
全く、油断も隙もない。
「ぶぅ! お姉さまばっかりズルい! この前だってねちょねちょ遊んでたくせに!」
「あれは咲夜に襲われてただけよ! ちゃんと撃退したし!」
というか見ていたのか。情操教育にもよくない現場だし、咲夜の人格矯正も考えなくてはいけないかもしれない。
「お姉さまなんて嫌いよ! お姉さまなんて年増になっちゃえ!」
「な! ふ、フラーン」
物質の目を手の中で握りつぶした瞬間、ドレスがみちみちと千切れはじめ、中から自由の国アメリカを象徴する女神がハローエブリワン。毎日がエブリディ。
「幼女という属性は人工的にエンチャントできる物ではないわ。
幼女とは実年齢よりも見た目で判断されるもの。
幻想郷の住人を弾幕ババアって秋葉原で言ったら命が危ないのと一緒なの」
「なにげに百歳越えてるもんね、パチェも」
紅魔館には495歳児すらいる。
ビバ、幼女。
「ビバはイタリア語で、幼女は日本語よ。ところで幼女って卑猥な響きがするわね」
「幼女は短し襲えよ乙女、ってことね」
「犯罪よ」
「もっともだわ」
二人は椅子に縛られたままの咲夜を見やる。
緩んだ顔からして、幸せな夢を見ているに違いない。
「ねえパチェ。このまま眠らせておくわけにはいかないかしら」
「レミィ。咲夜は妹様のように閉じこめておくわけにはいかないのよ。
なんたってこの娘は人間。欲望のままに過ごさせてあげるのが一番の幸せなの」
「そうだけど……」
「大丈夫。まずは美鈴を呼び戻しましょう」
ぐっと拳を握り積めるパチュリーに、良い友達を持ったと感慨深いレミリアであった。
「お嬢様、お嬢様はどこ」
「咲夜さん! お嬢様は目の前にいらっしゃいます!」
お魚をくわえて帰ってきた美鈴は、すっかり咲夜のことなど忘れて門前で昼寝をしていた。
それを叩き起こして連れてくると、ようやく現状を思い出したらしい。
マジボケも大概にしてもらいたいものだとレミリアは腕を組む。
それよりも気がかりなのは咲夜のことである。
咲夜の目は光を失い、本人の代わりにエクトプラズムが会話をしているという有様。
これにはパチュリーも、溢れる涙を抑えることができなかった。
「人間の鑑だわ」
「感動するところなの!?」
溢れる涙を拭って、パチュリーは毅然とした表情に戻って言った。
「幼女をここへ」
「フラン、いらっしゃい」
「ぶぅー!」
頬を膨らませて抗議の声を上げるフランドール。対抗のレミリアがいなくなったというのに、咲夜はこのように抜け殻状態。
自分には幼女としての魅力がないのかと不満なのだった。
「フラン、あなたはどこからどう見ても素敵な淑女(ロリ向け)よ。咲夜は今、混乱しているだけなの」
「ぶぅー!」
「妹様、おならをするのはやめてください」
「してないもん!」
「咲夜さん、ほら幼女ですよ! しっかりしてください!」
しかし当の咲夜は、フランドールを前にしても一向に反応を見せはしなかった。
「やはり咲夜の心はレミィの物なのかしら。わかっていたことだけど」
「いえ、パチュリーさま。私は以前咲夜さんから聞いたことがあります」
「何? 今はなんでもいいから情報が欲しいわ。言ってちょうだい」
「幼女の絡みに我この世の真実を見たり、と」
神妙な顔付きになり押し黙るパチュリー。
自らの知識を最大限に活用し、この言葉の意味するところを探ろうとしていたのだ。
「わかった、媚薬が必要なのね」
誤った方向へ邁進するパチュリーを、レミリアは必死で止めた。
稼ぎプレイではないのだから、グレイズはほどほどにしていただきたい。
「離してレミィ! 分身した妹様でねちょねちょやらせれば世界は平和になるのよ!」
「そんな犠牲の上に成り立つ平和だなんて、私は絶対に認めない!」
「フォーオブアカインド!」
「フラン!」
叫ぶレミリアに、フランドールはニッコリ笑いかけた。
「これで咲夜が元に戻るんなら、私はいいよ」
「フラーン!」
そして四人のフランは、紅い自主規制の光に包まれた。
「まぁだめだったわね」
「骨折り損のくたびれ儲けでしたね」
「鼻血吹いただけ損だわ」
フランドールが体を張ったというのに、咲夜は相変わらず抜け殻だった。一体何が足りないというのか。
「禁断、禁忌、禁忌キッズ。わかったわレミィ! なぜ咲夜がレミィを追いかけているかを考えれば、謎は解けるのよ!」
「どうでもいいけど、禁忌キッズっていうとジャニーさんみたいね。同性の尻追っかけてる辺り」
「お嬢様! 消されますよ!」
失言に口を押さえるレミリアと、私は何も聞いていないとアピールするフランドールとパチュリー。
「それでパチュリー。早く飛躍した理論を聞かせてちょうだい」
「ええ。私の仮説はこうよ。妹さまは確かに幼女、レミィと同じぐらい愛らしいのは間違いないわ。
でもどうして咲夜はレミィばかりを追いかけるのかしら。
そこで二人の違いと普段の咲夜の行動をよく鑑みたの」
「まどろっこしいわ」
「もう終わるから。単純な話よ。レミィは咲夜から逃げるじゃない」
「ええ」
「妹様はそうじゃない」
「だから?」
「咲夜はきっと、二人を絡ませてねちょねちょさせたかったんじゃないのかしら」
「なるほど!」
「美鈴はそこで手を打たない。私が納得したと思われたら心外だもの」
「じゃあ咲夜は、私のことが嫌いじゃなかったんだ……」
「ええ、妹様のことが嫌いな者なんて、この館にいるものですか。ただ咲夜は今ショックを受けているから目に入らないだけよ」
「でも、私勘違いしてお姉さまをボインボインにしちゃった……」
「いいのよフラン、そんな小さなことは」
紅魔館の当主としての器を見せるレミリア。その大きな胸へと、フランドールは飛び込んだ。
「お姉さまごめんなさい、ごめんなさい!」
「いいはなしだなー」
「バカいってないの。何一つとして解決してないじゃない。
咲夜を元に戻してようやくハッピーエンドなのよ」
「でもパチュリーさま。どうやって治すんですか」
「古典的手法を使いましょう。さあレミィ、咲夜にキスしなさい」
「なんでよ」
「お姫さまは王子様のキスで目覚めるものなのよ! さあ急いで! 間に合わなくなる前に!」
「お嬢様、咲夜さんのために一肌脱いであげてください!」
「お姉さま、私からもお願い」
「うっ、そこまで言われたら、断れないじゃないの。
わかった、私も紅魔館の主として責務を果たすわ」
覚悟を決めたレミリアは、唾を飲み込んで咲夜の唇に近づいていく。さようなら、ファーストキス。
「ボインは嫌!」
「もういい、私死ぬから」
「方向性を考え直す必要がありそうね」
部屋の隅で体育座りをするレミリアと、首を傾げるパチュリー。
「パチュリーさま、そういう定番ネタならもう一個」
「何?」
「お姫様が王子様のキスで目覚めるのなら、王子様はお姫様の涙で奇跡を起こすんです」
「ふむ。つまりはレミィを元に戻す奇跡を起こせばいいってこと?」
「そういうことです。素敵じゃないですか、ロマンスって感じで」
女同士に何のロマンスがあるのだろうかと、レミリアはツッコミを入れることを避けた。
「でも美鈴。この状態の咲夜に一体どうやって涙を流させるの?」
「ふふふ、任せておいてください」
そう言って美鈴は、咲夜の耳元で何やらを囁いた。
「うぐっ! 体が!」
「お姉さま!?」
「どうしたのレミィ、大丈夫!?」
「体が、熱いよぉ」
体中から蒸気が上がっていくレミリア、その体はみるみる内に縮んでいくではないか。
「すごいわ美鈴。一体どうやってこんな奇跡を起こしたの?」
「あいや、二人のお体をお拭きしたときのことを思い出してくださいって言ったらその、鼻血が一滴垂れまして」
「……すべてを思い出したわ。悪夢から覚めたみたい」
「咲夜!? 元に戻ったの!?」
「妹様、ええ、もう大丈夫なのでこの縄を解いてください。そのお餅みたいに柔らかなほっぺに咲夜がちゅーしてあげますからね」
「うん!」
さあ大団円だと抱き合い喜び合った紅魔館の面々。
その中でただ一人、レミリアだけがその輪に加わっていなかった。
「うーうー! ぎゃおー!」
おもちゃの馬を走らせて遊ぶレミリア。その姿は平時のそれよりもさらに幼く見える。
「まさに奇跡ね……。愛の力は偉大だわ」
「ええ。最高の結末です」
何かを得心したように頷くパチュリーと、鼻にティッシュを詰め込んだ咲夜。
フランドールは妹ができたと喜んでおり、美鈴は門前で昼寝を決め込んでいた。
こうして紅魔館は、大団円を迎えたのだった。
「ぎゃおーぎゃおー。うー!」
凝縮されたギャグが相変わらずの良いテンポ。
楽しかった。
そしてあらたな名言を発見した。
【パンがなければパンツを盗めばいいじゃない】
自主規制を外せー!
これを理解するには悟りの境地が必要なのか・・・
ちょっと地霊殿行って来ます
無論幼女的な意味で
咲夜さんが他人とは思えない‥そしてこれを書ける電気羊さまも。(勿論、嗜好的な意味で)
なんというか、羊さんは幼女が好きなんはわかりました。
ここまでカオス紅魔館をひたすら突き進められるのも稀かと。
ただカオスの勢いを失わない程度に、もちっと拗ねたフランちゃんが見たかったような気がしました。
ギャグの中にシリアス?なシーンが入るとネタがより引き立つと思います。
でも大人レミリアも悪くないぜ?
失言がまともな発言・・・になってない
どうやら貴女は私の敵様ですね。
しかし幼女に全てを捧げたその生き様は見事、貴女の気高き魂にこの点数を献上させて頂きます。
成長なされたお嬢様も元のお嬢様もどちらも正義。
ということでそこでうーうーぎゃおー言ってる幼女をお持ち帰りしていいですか
素晴らしい
スラスラ読めて楽しかったです。
レミ咲イイよレミ咲。いや、これは咲レミかな。
大人レミリアもいいんだZE。
お疲れさまです、最高でした。
おぜうさま流石です
Exactry(その通りでございます)
さあ、全てさらけ出して……そうすれば、この世界同時不況も、中東の紛争も終わるのだから……
ふいたwwwwwwwwwwwwww