私が人ならざるものと意思の疎通ができるようになったのは、はたしていつ頃であろうか。
物心のついた時には既に様々なものが見えており、私はいつの間にかそれらと対話していた。
「貴方だあれ?」
『二百年ほど前に死んだ、ただのおじさんだよ』
「貴方だあれ?」
『助…けて……タス…ケ…ロ…』
「貴方だあれ?」
『…ヒヒッ』
母はそれをごっこ遊びと呼んでいたが、自分の子供が他の親の目に晒されるような年になった頃に親はそれをやめるように厳しく私に言ったのだ。
『いつまでも変なごっこ遊びをするんじゃない』
『変な子だと思われたらどうするんだ』
今思えばそれは両親なりの将来のための心配であり、優しさだったのであろう。
しかし私にははっきりと、それらが見えているのだ。
好意的に近寄ってくる幽霊が、助けを求めて擦り寄る怨念が、あらゆるものを殺そうとする化物が。
変なごっこ遊びというのなら、ままごとなどをしていれば普通のごっこ遊びなのか。
父親、母親、他にも役を決めて、しばらくの間遊んで、満足したらすぐ投げ出す。
そんなチンケなものに比べたら、私のごっこ遊びが急に凄いものに思えてきた。
両親は話を聞くなと命令し、"彼ら"は話を聞いてくれとお願いしてくる。
どちらの言うことを聞けばいいのか。
私の毎日は疑問に溢れていた。
* * *
ねえお母さん教えてよ
貴方の言う普通ってなに?
人以外に見向きもしないで
自分が決めたルールが普通なの?
* * *
母にしつこく言われてもごっこ遊びをやめなかった私は、母が心配した通りに同い年の子にいじめられた。
穢れたものを見る目で私を見る。
クラスメイトも、その親も、教師でさえも。
私が見たものを、そのまま皆に伝えても、
『嘘吐き』
『気持ち悪い』
私を蔑む言葉しか帰ってこなかった。
私は次第にそういうものを見ても周りには言わなくなった。
中学を卒業する頃にあることが起こった。
どこから嗅ぎつけたのか、テレビ局が取材にやってきたのだ。
霊感のある少女。霊を見ることができる少女。
今となっては忘れてしまったが、そんなタイトルの取材だった。
しかし"普通の人"には見えているか見えていないかの判別がつかないそうなので、番組からある提案をされた。
『東風谷さん、ちょっと相談なんだけど』
「はあ」
『番組でそういう場所を用意するから、そこで霊を指差してくれないかな』
霊なんて、力の強い弱いを気にしないのならどこにでもいる、今喋っているこの男の後ろにも。
場所なんて用意しなくても、指なんていくつあっても足りないくらいにこの世界は人外で溢れているのに。
私はどうせヤラセなんだろうと思いつつも了承した。
ロケ当日、私は少し驚いたのを覚えている。
その家には形容し難い感覚だが、確かに何かがいるのだ。
ほう、と思いつつ番組の台本通りの茶番に付き合った。
指定された部屋は、むせ返るようなお香の香りと、限りなく重たい雰囲気。
そして大量の値の張りそうな御札がいたるところに貼り付けられてあった。
『今から、この部屋の中で待機してもらって、霊がいたらそこを指差して欲しい』
そう言われ、私はその古びた和室に入った。
シミだらけのその畳は、虫に食われているのか妙にスカスカしており、踏むとキシキシという音と共にお香の匂いが舞い上がる。
何かが出るという雰囲気にはぴったりであった。
用意された座布団に座り、どれほど待ったであろうか。
私はその時、恐怖などを感じているわけではなかった。
ただ"それ"を見たいという好奇心が私の胸を高鳴らせ、いくらでも待たせてくれた。
ふと意識を蝋燭へと移したとき、"それ"は天井を通り抜けて現れた。
『あ…が……』
体中のありとあらゆる部分を斬りつけられたような、女性の姿をした怨霊であった。
醜い切り傷がそこかしこにあり、あらゆるところから肉が盛り上がっている。
これ程酷いものを見たのは初めてであり、その時は私も少なからず動揺した。
私は言われた通りに、体中が乾いた血で黒ずんだ彼女を指差した。
彼女が通り抜ける場所の蝋燭が、次々と消える。
進行通りなら番組のスタッフが助けに来るはずなのだが、誰も来ない、まだ続けろということなのか。
彼女が迫ってくる。
今にも全てを刈り取ってしまいそうな両手を私に伸ばしながら。
その時私は咄嗟に話を始めたのだ。
何故喋ろうと思ったのかは覚えていない、思えば一種の防衛本能だったのであろうか。
「ねぇ、貴方は何故こんなところにいるのですか?」
『う…ぐ……』
「この辺に住んでいたけれど、誰かに殺されて、恨んでそいつを殺すためにここにいるのですか?」
『……』
「残念だけど、その人は多分もうこの世界にはいないと思います。早く逝く所に逝って、その恨みを晴らしてはどうです?」
『お…あ……』
「もっとも、その人は今頃地獄ででも罪を償わされてると思いますけど」
『あ…ぎ……』
彼女の体は少しづつ、その醜い姿から形を変え、次第に完全な霊魂へとなり、天へと登っていった。
これが、私が初めて魂を送った瞬間であろう。
しばらくして、番組のスタッフがなだれ込んできた。
どうやら大成功のようだった。
正直、この時の記憶はあまり無い。
今まで必死にお願いしてくる彼らを見て、喋ることしかできなかったのに、初めて彼らのために何かをすることが出来たという達成感から湧き上がる、喜びの気持ちで胸がいっぱいだった。
だが、この番組が放送されてから、間もなくヤラセという、言いがかりが付けられるのは容易に想像できることであった。
番組はもちろん、私もネット上で叩かれた。
学校で下火になっていたいじめは再燃し、そしてエスカレートした。
下駄箱には大量の落書き、嫌がらせ。
上靴や下靴はいつのまにやら無くなる。
机も椅子も姿を消し、勉強道具もどこかへ行ってしまった。
そして教師は何事もないように授業を進める。
私はその内に学校へは行かなくなっていた。
勿論卒業式とかいうものには参加しなかった。
しかしこれをチャンスと見た親の行動は早かった。
進学の決まっていた高校の合格を取り下げ、私は仕事を始めた。
それは霊などに関する困った事を解決する、いわゆる除霊のようなものであったのだが、
やめろと言い続けた親が、このようなオカルトな仕事を押し付けてきたことには流石に苦笑いするしかなかった。
テレビの直後に始めた仕事の件数は初めは少なかったが、
想像していたこと以上のことをやり遂げた私をテレビがそう簡単に離すことはなく、番組に出演して宣伝を繰り返すだけで客はすぐに増えた。
信仰の力を感じるようになりだしたのはこの辺りであろうか。
応援されると不思議と力が出る、このような経験は誰しもがしたことがあるだろう。
それをもっと、深く深く濃縮したような力が信仰である。
なんと言おうか――力が滾るのである。
私は仕事の中で依頼者から少しずつ、信仰を確実に集めていた。
それからしばらくして、信仰の力が強くなる頃には私はとうとうその人外を触れることができるようになっていた。
よりスムーズに仕事をこなすようになり、信仰の力はより増加した。
勿論奴らが消えることもなかった。
嫉妬、好奇心に駆られた奴らは毎日のようにネットで私を叩き、家にまで嫌がらせをするようになっていたのだ。
親は大層迷惑していただろうが、私は信仰のおかげでより仲良くなった"彼ら"が守ってくれていた。
"彼ら"に任せれば私の部屋への投石を生暖かい風で吹き飛ばすことだってできる。
"彼ら"に任せれば私への暴言を不快な音でかき消すことだってできる。
しかしその"彼ら"にも張り紙はどうすることもできない。
『この世から成仏しやがれ』
『ペテン師』
朝一に表に出ては、このような張り紙を剥がして捨てる。
腹が立たないわけではないけれど、この一連の動作が日常化している事にはもっと腹が立つ。
生まれてからというもの、自分が一体何をしたのか。
見えるものを見えるといえば口を塞がれ、罵られる。
口で伝えることを諦め、黙っていることに慣れ始めた頃に、塞いでいた口を急に開かれ、喋れ、仕事をしろと命令される。
そしてそれとバランスを取るかのように、罵る声が大きくなる。
自分の何がいけないのか、この目か、この力か、それとも全てか。
常識を離れたこの私の全てをお前達は否定するのか。
…そもそも常識とは何だ。
わからない、私には全てがわからない。
* * *
ねえみんな教えてよ
どうして私を罵るの?
この世界の常識は
違うものを排除することなの?
* * *
中学を卒業して何年も経った。
その頃には、テレビの出演も無くなってきており、既に奴らも姿を消しだしていた。
それはいいのだが、それに比例して、客の数も少なくなっていた。
そんなある日、一人の老人が私の仕事場を訪ねてきた。
普通に考えればただの客なのであろうが、今回は事情が違った。
何故か親が丁度来ていて、妙に馴れ馴れしく話をしているのだ。
何かがあるとは思っていたけれど、特に深い感情は抱かなかった。
小さい頃の、私の将来の為に私を否定する親はもういない。
今いるのは、自分の金の為に私を肯定する哀れな人間だけなのだ。
数日後、私の仕事場であるテナントは急遽親に契約を解約され、店を畳まざるを得なくなった。
そして両親はニコニコして、私をある場所へと連れて行った。
着いた場所は廃れた神社。
親が連れてきた場所なのでさして期待はしていなかったのだが、それを裏切ってその神社は、とてもとても綺麗だった。
山を少し入ったところにその神社はあった。
晴れた空にはあらゆる形の雲が流れ、綺麗に並べられた石畳は本殿へと続く道を示している。
木々が暑い太陽の陽を隠し、よく響く鳥の囀りは私の穢れた心を癒す。
風が吹いた。
あらゆる生物を包み込む、優しい風が。
雲を思う場所に移動させる、導きの風が。
私の穢れた心を洗い流してくれるような、そんな風が。
あぁ、なんと美しいのだ。
おそらく私が生きてきた中で、一番美しい場所であろう。
思えば私が生まれ過ごしてきた場所は、あまりにも汚れすぎていた。
その今までの分を取り返すように、美しい景色を私はそこで見たのだ。
ふと気がつくと、親がいない。
少し探してみると、神社の規模には不相応とも思える大きな本殿の中から小さな声が聞こえる。
私は気になって、挨拶もしていないにも関わらず立ち入ったのだ。
『…はい、この金額でよろしいですか?』
『…えぇ、結構ですよ』
『いやぁ、まさかテレビで有名なあの東風谷様がウチの巫女になって頂けるとは』
『いえいえそんな、名前ばかり売れてしまった普通の娘ですよ』
『普通ならオカルトであんなに売れません。借金してまで来て頂く程価値があるということですよ』
ははは、クスクスと、誰かを嗤う声がした。
外へ出ると、先ほどより雲が多くなっているような気がした。
私が今まで見た中で一番美しい場所は、私が今まで見た、どんな場所よりも汚れていた。
* * *
あぁ神様お教え下さい
彼らは何故醜いのですか
この世界はこんなにも
美しさで溢れているのに
* * *
『それはね、人間だからだよ』
突然聞こえた声に、私は思わず飛び上がった。
そしてゆっくりと、後ろを振り向く。
「だ、誰ですか?」
そこにいたのは、可愛らしい女の子であった。
少し奇妙な帽子をかぶっているが、私が人をおかしいと言って罵る事ができる立場じゃないことは分かっている。
私は、それはそれは不抜けた顔で彼女を見ていたのであろう。
『ほう、私のことが見えるのか』
彼女はそう言うと、だらりと長い舌を出した。
その時彼女から微かながら、私より随分と少ないが、とても、とても濃い信仰の力を感じたのだ。
「あ、あの!私今日からここで巫女をすることになった…」
『あぁ、皆まで言うな。分かってるよ』
彼女はケロケロと笑って私に向かってこう言い放った。
『私は洩矢諏訪子、一応神様やってるよ』
「…へ?」
その日、巫女の仕事を一通り教えて貰い、仕事は終了した。
ここの神主は、自宅がすぐ近くにあるので帰ったが、私は今日からここで住み込みで働く。
そして人も、獣も、木々でさえも寝静まる夜更けに、一人と二柱の宴が始まったのだ。
宴を開くとは言っていたが、まさか神様が二人もいるとは思っていなかった私は心底驚いた。
そして諏訪子様が連れてきた八坂神奈子様が、やっと私を見ることができる人間がやってきたと、大層喜んでくださった時のあの笑顔を今でもよく覚えている。
神様相手に、こんなことを言うのは罰当たりなのであろうが、私は初めて本当に全てを預けることができる人、いや、神に出会えたと思ったのだ。
お二人はそれ程までに、私がこの神社に来たことを祝ってくださった。
しかしその時に気付いたこともあった。
お二人共、神であるにもかかわらず、信仰の力が異様に低いのだ。
その時私は、この力を信仰とは理解していなかったのだが、不思議に思い、聞いてみることにした。
知りたがりの性格というのは、どうやら治せないものらしい。
「どうしてお二人共なんといいますか、力をそんなに抑えているんですか?」
『あぁ――それはね、私たちが信仰されていないからさ』
相変わらず諏訪子様はケロケロと笑ってる。
しかし神奈子様は先ほどあんなに笑っていたのに、今は全くその色が見えない。
信仰という聞き慣れない言葉が出てきて首を捻る私を見て、神奈子様が続けた。
『信仰というのは、人が感謝したりする感情が集まってできる、いわば力の塊みたいなものなんだ』
『現代っ子には魔力とか、経験値とかの方が分かりやすいんじゃない?』
ほら、えむぴーだよ、と言いつつ諏訪子様は笑みを浮かべる。
「よ、よくわからないんですけど、神様って感謝されて生まれたりするものじゃないんですか?」
『あぁ生まれ方は皆そうだ。だが、何百年も前に生まれた神様が、昔と同じ量の感謝を受けていると思うか?』
「そ、それは……」
何も言えなかった。
ここで黙ってはいけないのに、何も言えなかった。
『特に近年は、心から信仰を捧げてるものなんてほぼいないだろう』
「でも人がここまで成長できたのは昔神様が手伝ってくれたおかげじゃないんですか?」
『あぁ、昔はな』
『でも周りを見てみなよ。自然に感謝していた人類は、その自然を手放し利用する。自然を造り変え、迷信を捨て、信用できる効率の作業が全て。そして信仰は金という名前になり、神から権力者へと向きを変えるのさ』
諏訪子様の声は、その貼り付けたような笑みと相対するかのように冷たいものだった。
自嘲でもなく、怒りでもない。
哀れな生物を見て鼻で笑うような嗤い方であった。
「でも――そんなの自分勝手過ぎます……」
『あぁそうさ、人間は皆自分勝手さ』
暖かい口調で放たれるその言葉が私の胸に突き刺さる。
痛まないように優しく言ってくださったのだろうか、しかしその配慮は私を深く苦しめる。
刺さらないように、入らないようにと、進行方向とは逆に曲げられた槍は私の胸を奥深くまで抉り、抜けることを強く拒む。
『でも私達はその自分勝手さを含めて彼らを愛していたんだ』
『今更忘れられて恨むような奴はどこにもいないよ』
突き刺さる槍は、お二人の優しさによって深く深く入り込んでいく。
「なら――私が持っているこの力は信仰なのですか」
『あぁ、間違いなく今の私達よりお前の方が強い力を持っている。まるで現人神だ』
「じゃあこの力を受け渡しすることは可能なのですか?」
唐突な疑問であった。
一拍の間を置いて神奈子様が答えてくださった。
『――できないことはないが、そんなことをしてどうする?死にかけの知り合いを救いたいというのならやめておけ、そいつは慣れない強大な力を暴走させてその内自滅するぞ』
『君が平気なのは少しづつ信仰を慣らしながら集めていたからなんだ、だから変な気は起こさずにその力を大事にしなさいな』
「違います、私はお二人にこの力を渡したいんです」
一瞬にして、全てのものの動きが止まった。
止まった世界の中で動くものは、キョロキョロと何かを探す私の首だけであった。
まずい事を言ったのだろうか、そう不安に思っていると、神奈子様が口を開いた。
『――本気で言ってるのか?』
「――は、はい」
声音は暗く、私はビクビクしながら答えた。
次の瞬間、諏訪子様が私に飛びついてきた。
私は、先程から震える体をびくりと跳ねさせ、重心が動くままに後ろへ倒れ込んだ。
私はどれだけまずい事を言ったのだ、何故神に殺されかけているのか。
いや待て、何かがおかしい。
――抱きしめられている?
『私この子大好きかもしれない』
宴は余計に盛り上がり、すぐに私は潰れてしまった。
『お前、名前は?』
「東風谷ァ……」
おそらく私はここで意識が飛んでしまったのであろう。
それからというもの、私は昼は働き夜はお二人に教えていただきながら信仰を渡すための祝詞というものの勉強をした。
お二人共とても親切に教えてくださり、少しづつであるが信仰を渡せるようになっていた。
ここに来て一週間もしない内に何故か参拝に来る人が多くなった。
廃れ、忘れられたこの神社に来た誰かがそのことを"奇跡"だと言っていた。
何が奇跡なものか。
私は神から人へと対象の移った信仰の力を使って、少しづつ出来ることをしているだけである。
お二人は私のためにあらゆることをしてくださる。
それが見えず、そして私を信仰する人間とはなんと哀れなのだ。
『人間は自分勝手である』
『人間は脆く、哀れである』
これくらいで十分であろう、ただ罵るだけならば。
しかし、
『だからこそ儚い』
そうお二人は言った。
『だからこそ私達は人間を守るのだ』
『儚い人の生を少しでも美しくしてやるために』
つまり私の信仰は儚き人の為でもあるのだ。
その儚い人間をも理解し、包み込もうとする価値観を持つ。
私もまた巫女として、そして儚き人間の一人として、そんなお二人が大好きであった。
『最近、疲れてないか?』
ある日、そう言われた。
確かに毎日毎日忙しいが、お二人のおかげで充実した日々を送っている。
疲れている場合ではなかった。
お二人に早く信仰を渡さないと、などと毎日毎日思っていた。
祝詞も覚え、自由に信仰の受け渡しが出来るようになっていた。
勿論どんな日でも、人間である自身の信仰も捧げ続けた。
『あぁ、これは……』
『信仰が少なすぎる……』
お二人が言うにはこうだ。
私は信仰を集めすぎていて、既に神になりかかっている。
しかし、神が生きていくための糧である信仰を全てお二人に渡しているので、神としての私の存在が消えかかっているというのだ。
その時私は神ではなく、ただの儚き人間に戻ってしまうだけならまあいいだろうと楽観視していたのだが、お二人は違った。
私が消えかかっていることに対して、罪悪感を感じてくださっていたのだ。
そして私にこう告げた。
『私達は幻想郷に行こうと思う』
聞き慣れない言葉であった。
そして私は、神々に対する事はお二人に一通り学んだので、まだ教えてもらっていないその単語に興味を抱いたのだ。
「幻想郷?」
『忘れられた者達が行き着く場所さ、前々から来ないかと誘われていてな。そこへ行けば信仰の問題に頭を悩ます必要もないというわけだ』
『だから、私達は行こうと思う。現役の神の芽を摘むわけにもいかないしね』
唐突に、何の前触れもなく別れを告げられた。
お二人が行ってしまう。あの優しいお二人が。
私のせいで、一人の儚き人間の為に行ってしまう。
幼い頃から周りの儚き者たちは私に疑問を残すだけで答えはくれなかった。
しかしお二人は全てに答えをくださるのだ。
今までで最初にして最後であろう最高の出会いを失う訳にはいかなかった。
「そんな――私も行きます!」
『ダメだよ、そしたら君の周りの人が悲しむじゃないか』
「――誰が?」
『え?』
「一体誰が私の為に悲しむのですか?私を金の精算機としか見ていない人間達の内、誰が生産されなくなった金ではなく、消えた機械に対して悲しむのですか?」
『それは……』
「ねぇ、教えてくださいよ。諏訪子様、神奈子様。一体誰が悲しむのです?」
返っていたのは無言だけであった。
風が吹いた。
あらゆる生物に死の近付きを告げるような、冷たい風が。
全てを停止させるような、束縛の風が。
私を外側から固めて封じようとするような、そんな風が。
私はその冷たい命令を押し返し、周囲の儚き人間によって凍てつき、固く閉ざされた口を開いた。
「どうせ私はすぐに忘れられて神の力も失くすでしょう。お願いします、お二人共。私も一緒に連れて行ってくださいよ……」
「罰当たりなことは百も承知で言います。私、お二人と出会って生まれて初めて家族みたいだって思えたんですよ。お二人が行ってしまったら、私はまた一人ぼっちになるんですよ……」
気付けば私の両の目からは涙が溢れていた。
お二人の表情は霞んで見えなかった。
どんな表情をしていたのだろうか。気になるところであるが、おそらくお二人は自分の表情なんて覚えていないであろう。
『――分かった、幻想郷に連れて行ってあげるよ』
『諏訪子!?』
神奈子様は驚嘆の声を上げ、信じられないというような目で見ていた。
『どうしたんだい神奈子、信仰深い一人の信者の頼みも聞けないのかい。神失格だね』
『だが……』
『ほら、準備を始めよう。この現人神の存在が消える前に』
諏訪子様はにっこりと笑って何やら準備を始めた。
「――あ、ありがとうございます!」
すると神奈子様も吹っ切れたような笑みを浮かべてこう仰った。
『本当に、自分勝手だな』
『勝手に信仰して力渡して、無くなったら存在消えかけて、言い訳に過去を告白して、挙げ句の果てに神様についてくるんだからね』
『自分勝手で脆くて哀れ、三拍子揃ってる』
『だからこそ儚いんじゃないか』
『あぁ、そうだな』
お二人の表情は、とても柔らかいものであった。
『でもこうなったら現人神が本格的に力つけるわけだし、神様としての名前を付けないとね』
『誰につけてもらうんだ?』
「私、お二人につけてほしいです!」
『出たよ自分勝手ちゃん』
「だってお二人共、親みたいなんですもの」
この言葉は心からの言葉である。
今まで親というものは、命令をするだけのものだと思っていた。
しかしこの二人は違ったのだ、物語の中でしか見たことがないような親のように、私を導いてくださったのだ。
『う、うーん……そんなことを言われるとなぁ……』
『東風谷早苗はどう?』
『――なんだよそれ』
『メチャメチャ縁起良さそうじゃん』
「それがいいです!」
『えぇ……』
『この諏訪子ちゃんにかかればこんなもんよ』
諏訪子様は、どんなもんだいと神奈子様に向かって胸を張る。
一方神奈子様は、呆れながらも着々と何かの準備をしていた。
「で、いつ頃行くんですか?」
『今日中だよ?』
「え?」
私は、それは素っ頓狂な声を出したのであろう。
ケロケロという声が聞こえた。
『で早苗、どっちがお父さんなんだい?』
「えーと、諏訪子様ですかね」
『なっ…』
驚きの声が隠しきれないのか、神奈子様が変な声を出して固まってしまった。
『おやぁ?神奈子母さんはどうかしたんですかなぁ?』
そしてそれを諏訪子様が茶化してニヤニヤとしている
「自由奔放でいざという時は頼れる感じがして。神奈子様はそれをニコニコして眺めてたり」
『してないしてない!』
私は笑いながら、本殿に必要なものを取りに行く。
騒がしい、初めての楽しい家族旅行の準備。
そしてそれは、これから始まる長い長いごっこ遊びを意味していた。
『――おい諏訪子』
八坂の神が突然口を開いた。
『どうしたんだい、ばあさんや』
それに反応して洩矢の神が口を開く。
『東風谷――懐かしい名前だと思ったが、お前……』
『――その先は口にしない方がいいよ』
石畳の上を、静寂が支配する。
ケロケロという似合わない笑い声はそこには無かった。
『言っただろう…私はあの子が大好きなんだよ』
風が吹いた。
あらゆる生物にある予感をさせる、生暖かい風が。
全てを連れ去ってしまうような、悍ましい風が。
ピンと張った背筋の氷すらも一瞬で溶かしてしまうような、そんな風が。
一体どれほどであったか、それすらも分からないような遠い昔に、この神社に代々仕えた巫女である東風谷の血は途絶えた。
一子相伝である東風谷の術は廃り、忘却され、最後の巫女は神を見ることができないほどに、巫女としての力も失われていた。
そして、新しい神主がやってきたのだ。
私たちを見ることはできず、信仰することもない。
おそらく公募ででも集められたのであろう神主たちが。
形だけの信仰を受け、二柱は今日まで生き存えた。
しかし今回の神主があることをしたのだ。
テレビで有名になったオカルト少女を金で雇った。
どこにでもある汚い話。
だが今回はそれは汚いだけではなかった。
その少女は、偶然にも東風谷の血を引き継いでいたのだ。
どこで漏れたのかは分からない。
しかし彼女はその血を色濃く宿している。
二柱としては喜ぶべきところなのであろう。
神主にもよくやったと言うべきなのであろう。
しかし事情が違ったのだ。
彼女は生まれてきた時代を選べなかったために、周囲に突き放され、孤独の道を歩みだすと間もなく力を利用され、そして次は客集めの話題として雇われている。
もしももう少し早く、せめて東風谷の代が続いていた頃に生まれてきていたならば、こんなことにはならなかっただろうに。
醜い人間のために、儚き人間であり現人神である彼女が朽ちていく。
『さあ、早く行こう。でないと私はこのなけなしの力を全て使ってあの子の親を、私の子孫を呪い殺してしまいそうだ』
『ああ、そうだな……』
洩矢の神は遠くを見据えていた。
この空を。
自然を破壊し尽くした、この世界の青い空を。
工業化によって、薄汚れてしまったこの灰の空を。
そして思い出していた。
あの空を。
信仰を集め、神として君臨していたあの頃の蒼い空を。
神奈子によって侵攻され、全てを奪われたあの敗の空を。
『とりあえず向こうへ行ったら、失われた東風谷の術でも教えてやろうかな』
あの頃のような力があるわけでもないその声は、あの頃のように澄んでいるわけでもないこの空に、誰にも届くことなく消えていった。
私はお二人に言われた物を取りに、離れの物置に来ていた。
それらを両手いっぱいに抱え、外へ出ようとする。
ちらりと、何かが視界の端に映った。
視界を戻すと、そこには何か日記のような、冊子のような物が落ちていた。
見た目からしてかなりの年代物と見受けられるが、一体何なのだろう。
荷物を置いて、それに手を伸ばそうとした時。
『早苗ーまだかー?』
「あ、今行きますー!」
慌てて荷物を抱えて物置を飛び出した。
表紙には、東風谷と書かれてあったような気がした。
『いいかい早苗、向こうへ行ってしまえばもうお前はこの世界にいなかった事になるんだ。覚悟は出来ているか?』
諏訪子様は脅すようにそう言った。
ここに留まる最後のチャンスを。
「勿論です!お二人のために精一杯頑張ります!」
しかし私だって止まるわけに行かない。
ここで止まってしまえば、二度とお二人に会うことはないだろう。
『いい返事だね』
『さあ諏訪子、早苗。そろそろ行こうか』
そうして私達は幻想郷へ旅立った。
そこで見たのは紅く染まりだした木々、お二人以外に初めて見る多くの神々。河童、烏天狗などの、向こうでは見たこともない妖怪たち。そして澄んだ空気と、混じりけのない美しい蒼い空。
あの世界での一番美しい景色が霞んで見えるほどの、美しい日本の原風景であった。
意気揚々と乗り込んできたが、幻想郷には儚き人間など私以外一人としていなかった。
巫女、魔法使い、従者、そして里の人々。
皆が皆、美しき人間であった。
霊体や神を見ることはもちろん、触れて話すことができる。
そして私は信仰深い儚き人間から、さして珍しくもない現人神へと位が上がった。
あの世界のように穢れた人間は、もう私くらいなのであろうか。
だがまあいい、向こうの常識では考えられないことばかりが、この幻想郷では起こっている。
違うものを排除する常識ではなく、全てを受け入れるという常識がここにはある。
いつかの槍はもう抜こうとはせずに私の体を貫ききった。
そして私は喜びの言葉を高らかに叫ぶのだ。
「幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」
物心のついた時には既に様々なものが見えており、私はいつの間にかそれらと対話していた。
「貴方だあれ?」
『二百年ほど前に死んだ、ただのおじさんだよ』
「貴方だあれ?」
『助…けて……タス…ケ…ロ…』
「貴方だあれ?」
『…ヒヒッ』
母はそれをごっこ遊びと呼んでいたが、自分の子供が他の親の目に晒されるような年になった頃に親はそれをやめるように厳しく私に言ったのだ。
『いつまでも変なごっこ遊びをするんじゃない』
『変な子だと思われたらどうするんだ』
今思えばそれは両親なりの将来のための心配であり、優しさだったのであろう。
しかし私にははっきりと、それらが見えているのだ。
好意的に近寄ってくる幽霊が、助けを求めて擦り寄る怨念が、あらゆるものを殺そうとする化物が。
変なごっこ遊びというのなら、ままごとなどをしていれば普通のごっこ遊びなのか。
父親、母親、他にも役を決めて、しばらくの間遊んで、満足したらすぐ投げ出す。
そんなチンケなものに比べたら、私のごっこ遊びが急に凄いものに思えてきた。
両親は話を聞くなと命令し、"彼ら"は話を聞いてくれとお願いしてくる。
どちらの言うことを聞けばいいのか。
私の毎日は疑問に溢れていた。
* * *
ねえお母さん教えてよ
貴方の言う普通ってなに?
人以外に見向きもしないで
自分が決めたルールが普通なの?
* * *
母にしつこく言われてもごっこ遊びをやめなかった私は、母が心配した通りに同い年の子にいじめられた。
穢れたものを見る目で私を見る。
クラスメイトも、その親も、教師でさえも。
私が見たものを、そのまま皆に伝えても、
『嘘吐き』
『気持ち悪い』
私を蔑む言葉しか帰ってこなかった。
私は次第にそういうものを見ても周りには言わなくなった。
中学を卒業する頃にあることが起こった。
どこから嗅ぎつけたのか、テレビ局が取材にやってきたのだ。
霊感のある少女。霊を見ることができる少女。
今となっては忘れてしまったが、そんなタイトルの取材だった。
しかし"普通の人"には見えているか見えていないかの判別がつかないそうなので、番組からある提案をされた。
『東風谷さん、ちょっと相談なんだけど』
「はあ」
『番組でそういう場所を用意するから、そこで霊を指差してくれないかな』
霊なんて、力の強い弱いを気にしないのならどこにでもいる、今喋っているこの男の後ろにも。
場所なんて用意しなくても、指なんていくつあっても足りないくらいにこの世界は人外で溢れているのに。
私はどうせヤラセなんだろうと思いつつも了承した。
ロケ当日、私は少し驚いたのを覚えている。
その家には形容し難い感覚だが、確かに何かがいるのだ。
ほう、と思いつつ番組の台本通りの茶番に付き合った。
指定された部屋は、むせ返るようなお香の香りと、限りなく重たい雰囲気。
そして大量の値の張りそうな御札がいたるところに貼り付けられてあった。
『今から、この部屋の中で待機してもらって、霊がいたらそこを指差して欲しい』
そう言われ、私はその古びた和室に入った。
シミだらけのその畳は、虫に食われているのか妙にスカスカしており、踏むとキシキシという音と共にお香の匂いが舞い上がる。
何かが出るという雰囲気にはぴったりであった。
用意された座布団に座り、どれほど待ったであろうか。
私はその時、恐怖などを感じているわけではなかった。
ただ"それ"を見たいという好奇心が私の胸を高鳴らせ、いくらでも待たせてくれた。
ふと意識を蝋燭へと移したとき、"それ"は天井を通り抜けて現れた。
『あ…が……』
体中のありとあらゆる部分を斬りつけられたような、女性の姿をした怨霊であった。
醜い切り傷がそこかしこにあり、あらゆるところから肉が盛り上がっている。
これ程酷いものを見たのは初めてであり、その時は私も少なからず動揺した。
私は言われた通りに、体中が乾いた血で黒ずんだ彼女を指差した。
彼女が通り抜ける場所の蝋燭が、次々と消える。
進行通りなら番組のスタッフが助けに来るはずなのだが、誰も来ない、まだ続けろということなのか。
彼女が迫ってくる。
今にも全てを刈り取ってしまいそうな両手を私に伸ばしながら。
その時私は咄嗟に話を始めたのだ。
何故喋ろうと思ったのかは覚えていない、思えば一種の防衛本能だったのであろうか。
「ねぇ、貴方は何故こんなところにいるのですか?」
『う…ぐ……』
「この辺に住んでいたけれど、誰かに殺されて、恨んでそいつを殺すためにここにいるのですか?」
『……』
「残念だけど、その人は多分もうこの世界にはいないと思います。早く逝く所に逝って、その恨みを晴らしてはどうです?」
『お…あ……』
「もっとも、その人は今頃地獄ででも罪を償わされてると思いますけど」
『あ…ぎ……』
彼女の体は少しづつ、その醜い姿から形を変え、次第に完全な霊魂へとなり、天へと登っていった。
これが、私が初めて魂を送った瞬間であろう。
しばらくして、番組のスタッフがなだれ込んできた。
どうやら大成功のようだった。
正直、この時の記憶はあまり無い。
今まで必死にお願いしてくる彼らを見て、喋ることしかできなかったのに、初めて彼らのために何かをすることが出来たという達成感から湧き上がる、喜びの気持ちで胸がいっぱいだった。
だが、この番組が放送されてから、間もなくヤラセという、言いがかりが付けられるのは容易に想像できることであった。
番組はもちろん、私もネット上で叩かれた。
学校で下火になっていたいじめは再燃し、そしてエスカレートした。
下駄箱には大量の落書き、嫌がらせ。
上靴や下靴はいつのまにやら無くなる。
机も椅子も姿を消し、勉強道具もどこかへ行ってしまった。
そして教師は何事もないように授業を進める。
私はその内に学校へは行かなくなっていた。
勿論卒業式とかいうものには参加しなかった。
しかしこれをチャンスと見た親の行動は早かった。
進学の決まっていた高校の合格を取り下げ、私は仕事を始めた。
それは霊などに関する困った事を解決する、いわゆる除霊のようなものであったのだが、
やめろと言い続けた親が、このようなオカルトな仕事を押し付けてきたことには流石に苦笑いするしかなかった。
テレビの直後に始めた仕事の件数は初めは少なかったが、
想像していたこと以上のことをやり遂げた私をテレビがそう簡単に離すことはなく、番組に出演して宣伝を繰り返すだけで客はすぐに増えた。
信仰の力を感じるようになりだしたのはこの辺りであろうか。
応援されると不思議と力が出る、このような経験は誰しもがしたことがあるだろう。
それをもっと、深く深く濃縮したような力が信仰である。
なんと言おうか――力が滾るのである。
私は仕事の中で依頼者から少しずつ、信仰を確実に集めていた。
それからしばらくして、信仰の力が強くなる頃には私はとうとうその人外を触れることができるようになっていた。
よりスムーズに仕事をこなすようになり、信仰の力はより増加した。
勿論奴らが消えることもなかった。
嫉妬、好奇心に駆られた奴らは毎日のようにネットで私を叩き、家にまで嫌がらせをするようになっていたのだ。
親は大層迷惑していただろうが、私は信仰のおかげでより仲良くなった"彼ら"が守ってくれていた。
"彼ら"に任せれば私の部屋への投石を生暖かい風で吹き飛ばすことだってできる。
"彼ら"に任せれば私への暴言を不快な音でかき消すことだってできる。
しかしその"彼ら"にも張り紙はどうすることもできない。
『この世から成仏しやがれ』
『ペテン師』
朝一に表に出ては、このような張り紙を剥がして捨てる。
腹が立たないわけではないけれど、この一連の動作が日常化している事にはもっと腹が立つ。
生まれてからというもの、自分が一体何をしたのか。
見えるものを見えるといえば口を塞がれ、罵られる。
口で伝えることを諦め、黙っていることに慣れ始めた頃に、塞いでいた口を急に開かれ、喋れ、仕事をしろと命令される。
そしてそれとバランスを取るかのように、罵る声が大きくなる。
自分の何がいけないのか、この目か、この力か、それとも全てか。
常識を離れたこの私の全てをお前達は否定するのか。
…そもそも常識とは何だ。
わからない、私には全てがわからない。
* * *
ねえみんな教えてよ
どうして私を罵るの?
この世界の常識は
違うものを排除することなの?
* * *
中学を卒業して何年も経った。
その頃には、テレビの出演も無くなってきており、既に奴らも姿を消しだしていた。
それはいいのだが、それに比例して、客の数も少なくなっていた。
そんなある日、一人の老人が私の仕事場を訪ねてきた。
普通に考えればただの客なのであろうが、今回は事情が違った。
何故か親が丁度来ていて、妙に馴れ馴れしく話をしているのだ。
何かがあるとは思っていたけれど、特に深い感情は抱かなかった。
小さい頃の、私の将来の為に私を否定する親はもういない。
今いるのは、自分の金の為に私を肯定する哀れな人間だけなのだ。
数日後、私の仕事場であるテナントは急遽親に契約を解約され、店を畳まざるを得なくなった。
そして両親はニコニコして、私をある場所へと連れて行った。
着いた場所は廃れた神社。
親が連れてきた場所なのでさして期待はしていなかったのだが、それを裏切ってその神社は、とてもとても綺麗だった。
山を少し入ったところにその神社はあった。
晴れた空にはあらゆる形の雲が流れ、綺麗に並べられた石畳は本殿へと続く道を示している。
木々が暑い太陽の陽を隠し、よく響く鳥の囀りは私の穢れた心を癒す。
風が吹いた。
あらゆる生物を包み込む、優しい風が。
雲を思う場所に移動させる、導きの風が。
私の穢れた心を洗い流してくれるような、そんな風が。
あぁ、なんと美しいのだ。
おそらく私が生きてきた中で、一番美しい場所であろう。
思えば私が生まれ過ごしてきた場所は、あまりにも汚れすぎていた。
その今までの分を取り返すように、美しい景色を私はそこで見たのだ。
ふと気がつくと、親がいない。
少し探してみると、神社の規模には不相応とも思える大きな本殿の中から小さな声が聞こえる。
私は気になって、挨拶もしていないにも関わらず立ち入ったのだ。
『…はい、この金額でよろしいですか?』
『…えぇ、結構ですよ』
『いやぁ、まさかテレビで有名なあの東風谷様がウチの巫女になって頂けるとは』
『いえいえそんな、名前ばかり売れてしまった普通の娘ですよ』
『普通ならオカルトであんなに売れません。借金してまで来て頂く程価値があるということですよ』
ははは、クスクスと、誰かを嗤う声がした。
外へ出ると、先ほどより雲が多くなっているような気がした。
私が今まで見た中で一番美しい場所は、私が今まで見た、どんな場所よりも汚れていた。
* * *
あぁ神様お教え下さい
彼らは何故醜いのですか
この世界はこんなにも
美しさで溢れているのに
* * *
『それはね、人間だからだよ』
突然聞こえた声に、私は思わず飛び上がった。
そしてゆっくりと、後ろを振り向く。
「だ、誰ですか?」
そこにいたのは、可愛らしい女の子であった。
少し奇妙な帽子をかぶっているが、私が人をおかしいと言って罵る事ができる立場じゃないことは分かっている。
私は、それはそれは不抜けた顔で彼女を見ていたのであろう。
『ほう、私のことが見えるのか』
彼女はそう言うと、だらりと長い舌を出した。
その時彼女から微かながら、私より随分と少ないが、とても、とても濃い信仰の力を感じたのだ。
「あ、あの!私今日からここで巫女をすることになった…」
『あぁ、皆まで言うな。分かってるよ』
彼女はケロケロと笑って私に向かってこう言い放った。
『私は洩矢諏訪子、一応神様やってるよ』
「…へ?」
その日、巫女の仕事を一通り教えて貰い、仕事は終了した。
ここの神主は、自宅がすぐ近くにあるので帰ったが、私は今日からここで住み込みで働く。
そして人も、獣も、木々でさえも寝静まる夜更けに、一人と二柱の宴が始まったのだ。
宴を開くとは言っていたが、まさか神様が二人もいるとは思っていなかった私は心底驚いた。
そして諏訪子様が連れてきた八坂神奈子様が、やっと私を見ることができる人間がやってきたと、大層喜んでくださった時のあの笑顔を今でもよく覚えている。
神様相手に、こんなことを言うのは罰当たりなのであろうが、私は初めて本当に全てを預けることができる人、いや、神に出会えたと思ったのだ。
お二人はそれ程までに、私がこの神社に来たことを祝ってくださった。
しかしその時に気付いたこともあった。
お二人共、神であるにもかかわらず、信仰の力が異様に低いのだ。
その時私は、この力を信仰とは理解していなかったのだが、不思議に思い、聞いてみることにした。
知りたがりの性格というのは、どうやら治せないものらしい。
「どうしてお二人共なんといいますか、力をそんなに抑えているんですか?」
『あぁ――それはね、私たちが信仰されていないからさ』
相変わらず諏訪子様はケロケロと笑ってる。
しかし神奈子様は先ほどあんなに笑っていたのに、今は全くその色が見えない。
信仰という聞き慣れない言葉が出てきて首を捻る私を見て、神奈子様が続けた。
『信仰というのは、人が感謝したりする感情が集まってできる、いわば力の塊みたいなものなんだ』
『現代っ子には魔力とか、経験値とかの方が分かりやすいんじゃない?』
ほら、えむぴーだよ、と言いつつ諏訪子様は笑みを浮かべる。
「よ、よくわからないんですけど、神様って感謝されて生まれたりするものじゃないんですか?」
『あぁ生まれ方は皆そうだ。だが、何百年も前に生まれた神様が、昔と同じ量の感謝を受けていると思うか?』
「そ、それは……」
何も言えなかった。
ここで黙ってはいけないのに、何も言えなかった。
『特に近年は、心から信仰を捧げてるものなんてほぼいないだろう』
「でも人がここまで成長できたのは昔神様が手伝ってくれたおかげじゃないんですか?」
『あぁ、昔はな』
『でも周りを見てみなよ。自然に感謝していた人類は、その自然を手放し利用する。自然を造り変え、迷信を捨て、信用できる効率の作業が全て。そして信仰は金という名前になり、神から権力者へと向きを変えるのさ』
諏訪子様の声は、その貼り付けたような笑みと相対するかのように冷たいものだった。
自嘲でもなく、怒りでもない。
哀れな生物を見て鼻で笑うような嗤い方であった。
「でも――そんなの自分勝手過ぎます……」
『あぁそうさ、人間は皆自分勝手さ』
暖かい口調で放たれるその言葉が私の胸に突き刺さる。
痛まないように優しく言ってくださったのだろうか、しかしその配慮は私を深く苦しめる。
刺さらないように、入らないようにと、進行方向とは逆に曲げられた槍は私の胸を奥深くまで抉り、抜けることを強く拒む。
『でも私達はその自分勝手さを含めて彼らを愛していたんだ』
『今更忘れられて恨むような奴はどこにもいないよ』
突き刺さる槍は、お二人の優しさによって深く深く入り込んでいく。
「なら――私が持っているこの力は信仰なのですか」
『あぁ、間違いなく今の私達よりお前の方が強い力を持っている。まるで現人神だ』
「じゃあこの力を受け渡しすることは可能なのですか?」
唐突な疑問であった。
一拍の間を置いて神奈子様が答えてくださった。
『――できないことはないが、そんなことをしてどうする?死にかけの知り合いを救いたいというのならやめておけ、そいつは慣れない強大な力を暴走させてその内自滅するぞ』
『君が平気なのは少しづつ信仰を慣らしながら集めていたからなんだ、だから変な気は起こさずにその力を大事にしなさいな』
「違います、私はお二人にこの力を渡したいんです」
一瞬にして、全てのものの動きが止まった。
止まった世界の中で動くものは、キョロキョロと何かを探す私の首だけであった。
まずい事を言ったのだろうか、そう不安に思っていると、神奈子様が口を開いた。
『――本気で言ってるのか?』
「――は、はい」
声音は暗く、私はビクビクしながら答えた。
次の瞬間、諏訪子様が私に飛びついてきた。
私は、先程から震える体をびくりと跳ねさせ、重心が動くままに後ろへ倒れ込んだ。
私はどれだけまずい事を言ったのだ、何故神に殺されかけているのか。
いや待て、何かがおかしい。
――抱きしめられている?
『私この子大好きかもしれない』
宴は余計に盛り上がり、すぐに私は潰れてしまった。
『お前、名前は?』
「東風谷ァ……」
おそらく私はここで意識が飛んでしまったのであろう。
それからというもの、私は昼は働き夜はお二人に教えていただきながら信仰を渡すための祝詞というものの勉強をした。
お二人共とても親切に教えてくださり、少しづつであるが信仰を渡せるようになっていた。
ここに来て一週間もしない内に何故か参拝に来る人が多くなった。
廃れ、忘れられたこの神社に来た誰かがそのことを"奇跡"だと言っていた。
何が奇跡なものか。
私は神から人へと対象の移った信仰の力を使って、少しづつ出来ることをしているだけである。
お二人は私のためにあらゆることをしてくださる。
それが見えず、そして私を信仰する人間とはなんと哀れなのだ。
『人間は自分勝手である』
『人間は脆く、哀れである』
これくらいで十分であろう、ただ罵るだけならば。
しかし、
『だからこそ儚い』
そうお二人は言った。
『だからこそ私達は人間を守るのだ』
『儚い人の生を少しでも美しくしてやるために』
つまり私の信仰は儚き人の為でもあるのだ。
その儚い人間をも理解し、包み込もうとする価値観を持つ。
私もまた巫女として、そして儚き人間の一人として、そんなお二人が大好きであった。
『最近、疲れてないか?』
ある日、そう言われた。
確かに毎日毎日忙しいが、お二人のおかげで充実した日々を送っている。
疲れている場合ではなかった。
お二人に早く信仰を渡さないと、などと毎日毎日思っていた。
祝詞も覚え、自由に信仰の受け渡しが出来るようになっていた。
勿論どんな日でも、人間である自身の信仰も捧げ続けた。
『あぁ、これは……』
『信仰が少なすぎる……』
お二人が言うにはこうだ。
私は信仰を集めすぎていて、既に神になりかかっている。
しかし、神が生きていくための糧である信仰を全てお二人に渡しているので、神としての私の存在が消えかかっているというのだ。
その時私は神ではなく、ただの儚き人間に戻ってしまうだけならまあいいだろうと楽観視していたのだが、お二人は違った。
私が消えかかっていることに対して、罪悪感を感じてくださっていたのだ。
そして私にこう告げた。
『私達は幻想郷に行こうと思う』
聞き慣れない言葉であった。
そして私は、神々に対する事はお二人に一通り学んだので、まだ教えてもらっていないその単語に興味を抱いたのだ。
「幻想郷?」
『忘れられた者達が行き着く場所さ、前々から来ないかと誘われていてな。そこへ行けば信仰の問題に頭を悩ます必要もないというわけだ』
『だから、私達は行こうと思う。現役の神の芽を摘むわけにもいかないしね』
唐突に、何の前触れもなく別れを告げられた。
お二人が行ってしまう。あの優しいお二人が。
私のせいで、一人の儚き人間の為に行ってしまう。
幼い頃から周りの儚き者たちは私に疑問を残すだけで答えはくれなかった。
しかしお二人は全てに答えをくださるのだ。
今までで最初にして最後であろう最高の出会いを失う訳にはいかなかった。
「そんな――私も行きます!」
『ダメだよ、そしたら君の周りの人が悲しむじゃないか』
「――誰が?」
『え?』
「一体誰が私の為に悲しむのですか?私を金の精算機としか見ていない人間達の内、誰が生産されなくなった金ではなく、消えた機械に対して悲しむのですか?」
『それは……』
「ねぇ、教えてくださいよ。諏訪子様、神奈子様。一体誰が悲しむのです?」
返っていたのは無言だけであった。
風が吹いた。
あらゆる生物に死の近付きを告げるような、冷たい風が。
全てを停止させるような、束縛の風が。
私を外側から固めて封じようとするような、そんな風が。
私はその冷たい命令を押し返し、周囲の儚き人間によって凍てつき、固く閉ざされた口を開いた。
「どうせ私はすぐに忘れられて神の力も失くすでしょう。お願いします、お二人共。私も一緒に連れて行ってくださいよ……」
「罰当たりなことは百も承知で言います。私、お二人と出会って生まれて初めて家族みたいだって思えたんですよ。お二人が行ってしまったら、私はまた一人ぼっちになるんですよ……」
気付けば私の両の目からは涙が溢れていた。
お二人の表情は霞んで見えなかった。
どんな表情をしていたのだろうか。気になるところであるが、おそらくお二人は自分の表情なんて覚えていないであろう。
『――分かった、幻想郷に連れて行ってあげるよ』
『諏訪子!?』
神奈子様は驚嘆の声を上げ、信じられないというような目で見ていた。
『どうしたんだい神奈子、信仰深い一人の信者の頼みも聞けないのかい。神失格だね』
『だが……』
『ほら、準備を始めよう。この現人神の存在が消える前に』
諏訪子様はにっこりと笑って何やら準備を始めた。
「――あ、ありがとうございます!」
すると神奈子様も吹っ切れたような笑みを浮かべてこう仰った。
『本当に、自分勝手だな』
『勝手に信仰して力渡して、無くなったら存在消えかけて、言い訳に過去を告白して、挙げ句の果てに神様についてくるんだからね』
『自分勝手で脆くて哀れ、三拍子揃ってる』
『だからこそ儚いんじゃないか』
『あぁ、そうだな』
お二人の表情は、とても柔らかいものであった。
『でもこうなったら現人神が本格的に力つけるわけだし、神様としての名前を付けないとね』
『誰につけてもらうんだ?』
「私、お二人につけてほしいです!」
『出たよ自分勝手ちゃん』
「だってお二人共、親みたいなんですもの」
この言葉は心からの言葉である。
今まで親というものは、命令をするだけのものだと思っていた。
しかしこの二人は違ったのだ、物語の中でしか見たことがないような親のように、私を導いてくださったのだ。
『う、うーん……そんなことを言われるとなぁ……』
『東風谷早苗はどう?』
『――なんだよそれ』
『メチャメチャ縁起良さそうじゃん』
「それがいいです!」
『えぇ……』
『この諏訪子ちゃんにかかればこんなもんよ』
諏訪子様は、どんなもんだいと神奈子様に向かって胸を張る。
一方神奈子様は、呆れながらも着々と何かの準備をしていた。
「で、いつ頃行くんですか?」
『今日中だよ?』
「え?」
私は、それは素っ頓狂な声を出したのであろう。
ケロケロという声が聞こえた。
『で早苗、どっちがお父さんなんだい?』
「えーと、諏訪子様ですかね」
『なっ…』
驚きの声が隠しきれないのか、神奈子様が変な声を出して固まってしまった。
『おやぁ?神奈子母さんはどうかしたんですかなぁ?』
そしてそれを諏訪子様が茶化してニヤニヤとしている
「自由奔放でいざという時は頼れる感じがして。神奈子様はそれをニコニコして眺めてたり」
『してないしてない!』
私は笑いながら、本殿に必要なものを取りに行く。
騒がしい、初めての楽しい家族旅行の準備。
そしてそれは、これから始まる長い長いごっこ遊びを意味していた。
『――おい諏訪子』
八坂の神が突然口を開いた。
『どうしたんだい、ばあさんや』
それに反応して洩矢の神が口を開く。
『東風谷――懐かしい名前だと思ったが、お前……』
『――その先は口にしない方がいいよ』
石畳の上を、静寂が支配する。
ケロケロという似合わない笑い声はそこには無かった。
『言っただろう…私はあの子が大好きなんだよ』
風が吹いた。
あらゆる生物にある予感をさせる、生暖かい風が。
全てを連れ去ってしまうような、悍ましい風が。
ピンと張った背筋の氷すらも一瞬で溶かしてしまうような、そんな風が。
一体どれほどであったか、それすらも分からないような遠い昔に、この神社に代々仕えた巫女である東風谷の血は途絶えた。
一子相伝である東風谷の術は廃り、忘却され、最後の巫女は神を見ることができないほどに、巫女としての力も失われていた。
そして、新しい神主がやってきたのだ。
私たちを見ることはできず、信仰することもない。
おそらく公募ででも集められたのであろう神主たちが。
形だけの信仰を受け、二柱は今日まで生き存えた。
しかし今回の神主があることをしたのだ。
テレビで有名になったオカルト少女を金で雇った。
どこにでもある汚い話。
だが今回はそれは汚いだけではなかった。
その少女は、偶然にも東風谷の血を引き継いでいたのだ。
どこで漏れたのかは分からない。
しかし彼女はその血を色濃く宿している。
二柱としては喜ぶべきところなのであろう。
神主にもよくやったと言うべきなのであろう。
しかし事情が違ったのだ。
彼女は生まれてきた時代を選べなかったために、周囲に突き放され、孤独の道を歩みだすと間もなく力を利用され、そして次は客集めの話題として雇われている。
もしももう少し早く、せめて東風谷の代が続いていた頃に生まれてきていたならば、こんなことにはならなかっただろうに。
醜い人間のために、儚き人間であり現人神である彼女が朽ちていく。
『さあ、早く行こう。でないと私はこのなけなしの力を全て使ってあの子の親を、私の子孫を呪い殺してしまいそうだ』
『ああ、そうだな……』
洩矢の神は遠くを見据えていた。
この空を。
自然を破壊し尽くした、この世界の青い空を。
工業化によって、薄汚れてしまったこの灰の空を。
そして思い出していた。
あの空を。
信仰を集め、神として君臨していたあの頃の蒼い空を。
神奈子によって侵攻され、全てを奪われたあの敗の空を。
『とりあえず向こうへ行ったら、失われた東風谷の術でも教えてやろうかな』
あの頃のような力があるわけでもないその声は、あの頃のように澄んでいるわけでもないこの空に、誰にも届くことなく消えていった。
私はお二人に言われた物を取りに、離れの物置に来ていた。
それらを両手いっぱいに抱え、外へ出ようとする。
ちらりと、何かが視界の端に映った。
視界を戻すと、そこには何か日記のような、冊子のような物が落ちていた。
見た目からしてかなりの年代物と見受けられるが、一体何なのだろう。
荷物を置いて、それに手を伸ばそうとした時。
『早苗ーまだかー?』
「あ、今行きますー!」
慌てて荷物を抱えて物置を飛び出した。
表紙には、東風谷と書かれてあったような気がした。
『いいかい早苗、向こうへ行ってしまえばもうお前はこの世界にいなかった事になるんだ。覚悟は出来ているか?』
諏訪子様は脅すようにそう言った。
ここに留まる最後のチャンスを。
「勿論です!お二人のために精一杯頑張ります!」
しかし私だって止まるわけに行かない。
ここで止まってしまえば、二度とお二人に会うことはないだろう。
『いい返事だね』
『さあ諏訪子、早苗。そろそろ行こうか』
そうして私達は幻想郷へ旅立った。
そこで見たのは紅く染まりだした木々、お二人以外に初めて見る多くの神々。河童、烏天狗などの、向こうでは見たこともない妖怪たち。そして澄んだ空気と、混じりけのない美しい蒼い空。
あの世界での一番美しい景色が霞んで見えるほどの、美しい日本の原風景であった。
意気揚々と乗り込んできたが、幻想郷には儚き人間など私以外一人としていなかった。
巫女、魔法使い、従者、そして里の人々。
皆が皆、美しき人間であった。
霊体や神を見ることはもちろん、触れて話すことができる。
そして私は信仰深い儚き人間から、さして珍しくもない現人神へと位が上がった。
あの世界のように穢れた人間は、もう私くらいなのであろうか。
だがまあいい、向こうの常識では考えられないことばかりが、この幻想郷では起こっている。
違うものを排除する常識ではなく、全てを受け入れるという常識がここにはある。
いつかの槍はもう抜こうとはせずに私の体を貫ききった。
そして私は喜びの言葉を高らかに叫ぶのだ。
「幻想郷では常識に囚われてはいけないのですね!」
ああ、今日も霊山に風が吹く。