お空は鳥頭だ。
改めてそんなことを言えば『カラスなんだから当然じゃないか』と言われるかもしれない。
でも、あたいたちはそれなりに長く生きてきた。
それなりの知性は、あたいにもお空にも宿っていて然るべきなのだ。
だというのに。
お空は未だに物覚えが悪く、物事を複雑に考えられない頭をしていた。
友達のあたいが言うのもなんだけど、詰まるところ、お空はバカだったのだ。
だけどそれ以上に、お空はすごく仲間思いの良い奴だ。
ご主人様のことが大好きで、みんなのことも大好きなんだってことは、地霊殿に住むみんなが知っていた。
さとり様がみんなに付けた名前だって、お空は全部きっちり覚えてた。
鳥頭のくせに。
ちょっと子供っぽいところがあって、すっごく純粋な地獄鴉。
それがお空であり、あたいの自慢の友達でもあった。
『なんか面白いことないかなー』
『面白いことなんて、そうそう向こうからやってきたりはしないよ』
平穏無事な毎日は、お空にとっては少し退屈だったのかもしれない。
時々そんなことを漏らしていたけれど……
信じられるご主人様が居て、信じられる友達がいる。
あたいにとっては、それだけで十分すぎる幸せだったのだけれど。
『見てよ、お燐! 凄いでしょ? この力!』
だけどそんな平穏は、呆気なく崩れ去った。
『面白いことが向こうからやってきたんだ、こりゃあ神様の思し召しってヤツに違いないよ!』
何がお空にそれだけの力を与えたのか、その時は分からなかったけど。
ただ、炯々と輝く三つの眼が途轍もなく不吉なものとして映ったこと、
『この力があれば、世界征服だって夢じゃない……!』
そしてお空のことを、本当に馬鹿だと初めて思ったことだけは、ようく覚えてる。
『うーん、どうにも加減が難しいなぁ』
『バ火力過ぎるんだよ、その力は。ほら、死体』
『うにゅにゅ……』
それからまあ、いろいろあって、お空の企みは野心もろとも、ものの見事に打ち砕かれた。
あたいが裏で暗躍した結果だ。
……正直、人間がやって来た時は、もう駄目かとも思った。
あの時のお空は、人間がどうこう出来る存在には見えなかったから。
でも、お空を負かしてくれた相手が人間で、良かったのかも知れないと今は思う。
地上を制圧してやろうなんて考えを綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれたようだったから。
『そういえば何かまた、おかしなことするんだって?』
『んー? あー……。ああ、そうそう。この間ちっちゃい方の神様が来てね?』
それからは、それなりに穏やかで、時々面白いことがやって来る日々が続いた。
灼熱地獄跡も随分安定したし、遊んでいられる時間だってその分増えた。
年中温くなったこの場所で、ぬくぬく暮らしていられればいいな。
そんな風に暢気なことを、あたいは考えていた。
だけど、好事魔多しと言うように。
少しずつ少しずつ、だけど確かに、何かが狂い始めていた。
多分それは、お空が神様を取り込んだ時から。
「お空、お空」
「――……」
「お・く・う!」
「わっ! ななな、なんだい、いきなり!」
「今のどこがいきなりだって言うんだい」
「いや、だって、今の大声……」
「もう。この調子じゃ、遊ぶ約束まで忘れてそうだね?」
「……、……、……わ、忘れてなぃょ?」
「忘れてたなー!」
月日を重ねるごとに、お空の反応は鈍くなっていった。
その変調を最初の内は、ただ寝ぼけてるだけだと思って看過していた。
核融合とかいう力で地底はずっと過ごしやすい温度になったし、あたいも時々うたた寝しちゃってたし……
きっとお空も、それと同じなんだろうな、って。
「お空、お空」
「……?」
「? ご飯、持ってきたよ」
「え、あ……、うん。ありがとう……」
けれど、実際はもっと深刻だった。
それに気付けたのは、お空への食事をあたいに運んで欲しいと、さとり様が頼むようになったから。
これまでずっとご自分で運んでらしたのに、急にそんなことを言い出したのだ。
お空と喧嘩でもしたのかと思って、話を聞こうとしたけれど、
「よいしょ、っと」
「っ!?」
「ん? なにさ、そんな驚いた顔して」
「えっと、あの、その」
「あぁ分かった。横取りされやしないかと心配なんだろう? 安心しなよ、あたいはもう食べてきたからさ」
何故だかお空はあたいのことを警戒してて。
とてもじゃないけど、話なんて聞けるような雰囲気じゃなかった。
……いや。
あれはきっと、警戒ではなく恐怖。
例えるなら知らないヤツに親しげ話しかけられたような、得体の知れない気持ち悪さ。
そういったものが、お空を怯えさせていたのだろうと思う。
この時にはもう、お空はあたいのことを、すっかり忘れてしまっていたのだから。
お空は鳥頭でバカだけど、友達のことを忘れるほどバカじゃない。
なのにお空は、あたいのことを覚えていなかった。
多分、みんなのことも忘れちゃってたんだろう。
大好きなさとり様のことでさえ。
だからさとり様は、私に頼んだのだと思う。
さとり様は、心が読めちゃうから。
どうしてお空がそんな風になっちゃったか、理由は分からない。
これまでそんなこと、一度だってなかったから。
けど、お空の内に宿る八咫烏。
そいつが悪さをしていることだけは、疑いようもなかった。
それ以外の原因なんて、考えられなかったから。
だけど地上の神様は、この事に気付いて居ないだろうとも思った。
そう思うほどに、仕事だけは十全に取り行われていた。
いっそ、腹立たしい程の正確さで。
だからあたいは、神様に直談判しようと思った。
友達の目を覚まさせてやるために。
「行くのですか」
そんなあたいの考えは、さとり様には筒抜けだったらしい。
まるで見計らったかのようなタイミングで、声を掛けられた。
外っ面なら、いくらでも猫を被れる。
けど、心だけはどうしようもない。
胸の内の叫びでさえ、隠しようがない。
「さとり様は、あたいを止めますか?」
だからあたいは、思ったままを口にし、心に浮かべた。
もし邪魔立てをするのなら、ご主人様であろうとも容赦はしない。
強く、自分に言い聞かせるように。
……苛立ちも、あったのだと思う。
お空のことに気が付いていながら、どうして何もしないのかと。
「いいえ」
けれど、返ってきたのは深いお辞儀で、
「どうか、お願いします。……気をつけて」
――お空のことなんて、本当はどうでもいいと思ってるんじゃないか?
そんな風に疑い苛立っていた自分を、恥じた。
さとり様は、何もしなかったんじゃない。
何も出来なかったのだ。地霊殿の、主だから。
少し考えれば分かったはずのことにさえ気付けなかったのだ、あたいは。
それほど、頭に血が上っていた。
もしそんな状態のまま地上へ向かっていたならば、
……あるいはあたいも、馬鹿なことをしでかしていたのかもしれない。
「任せてください、さとり様。あたいの手にかかれば、チョチョイのチョイですって!」
でも、さとり様がそのことを気付かせてくれた。
あたいだけがお空のことを心配してるわけじゃないんだ、って。
神様だって、きっとお空をあんなにしようとして、八咫烏を授けたわけじゃないんだ、って。
お空のことは譲れない。
あたいはお空のことが、大好きだから。
だけど、あたいがすべきなのは喧嘩じゃない。
ようく話して、神様たちにも状況を理解してもらうことだ。
憤るのは、最後の手段。
……うん、大丈夫。
「それじゃ、行ってきます!」
さとり様の頷きは、きっと自問自答に対する答え。
だからあたいは迷い無く、地霊殿を飛び出せた。
「ふーむ成程、確かに八咫烏が勝っちまってるみたいだね」
「予想外だね。三つ足でバランス取れる筈だったのに」
「大方、出力を上げすぎたってとこじゃないかと思うんだが……諏訪子はどう見る?」
「リミッターかけるために八咫烏が出てきた、ってとこじゃないかな」
「だろうね。そうなると……」
事情を話したところ、山の神様は驚くほどあっさり付いて来てくれた。
「――」
「――――」
話の内容はほとんど理解出来なかったから、あたいは傍で見てるくらいしか出来なかったけど、
「……待たせたね。それじゃ、本題に入ろうか」
「ここまで侵食が進んでる以上、八咫烏を引き剥がすことは諦めた方がいい」
「だけど正気に戻す方法なら、一つだけある」
「きっとこの子に不便な思いをさせるだろうし、誰かがずっと面倒を見てやらなきゃいけなくなる方法だ」
「それでも、やるかい?」
「お願いします。このバカの目を、覚まさせてやってください」
お空が名前を呼んでくれるのなら、あたいはなんだってやってみせる――
そんな自分の思いだけは、強く信じられた。
「んぅー……」
処置が施されて、少しした頃。
神様たちも見守る中、お空が目を覚ました。
「……お空?」
「ぁー……」
これで上手く行く筈だと、神様は言ってくれた。
だけど、やっぱり、怖い。
また、あんな怯えた目で見られたらと思うと、心が竦んだ。
でも、嗚呼。
「ん……。どうしたの、お燐?」
ちゃんとあたいの名前を呼んでくれた!
「お空っ!」
「わぁ!」
「お空、お空!」
神様たちが後ろでニヤついてる、雰囲気だけでもそれがわかった。
だけどそんなもの、この喜びに比べればどれほどのものだろう!
恥とは思わない、だから外聞なんて取り繕わない。
猫を被る必要なんて、全く無い!
躊躇いも容赦もなく、あたいはお空にじゃれ付いた。
「なに、なに!? 一体なに……って、なんじゃこりゃー!?」
そんなあたいを受け止めようとして、違和感に気付いたのだろうか?
お空が自分の左腕を見て、叫んだ。
でもまあ、それも仕方ないかな、と思う。
だって、お空の左腕には、
「いやあ、ちょっと不便かなーとは思ったんだけどね?」
「そっちの腕にも制御棒、付けさせてもらったから」
「あ、あんですとー!!」
右腕と同じ棒が、装着されていたのだから。
「それじゃ、今日もよろしくお願いします」
「へぅ……あたいがやらなきゃ、ダメですか?」
「あなたが大見得を切ったんですから、あなたの役目になるのは当然でしょう?」
「うぅぅ……」
――で。
今日も今日とて、あたいはお空の食事係に任命されていた。
ひょっとしてさとり様は、この事を見越してたんじゃないか?
最近ではそんな疑念が鎌首を持ち上げ始めたけど、
「好奇心は猫を殺すそうです。おかしな詮索はしないように」
「ひえぇ」
……あまり首を突っ込まない方が良さそうだと、野生の勘が告げていた。
「ごはんー! ごはんー!」
「あーもぅ、ぴーちくぱーちく囀らないの。……ほら、あーん」
そんなこんなで、あたいはお空にご飯を食べさせる。
多分これからもずっと、毎日毎食やらされ続けるに違いない。
恥ずかしい、この上なく恥ずかしい。
外聞とか超気にしたい。
「あー、はむっ」
なのに、お空は気にする素振りさえ見せない。
あたいだけが一方的に恥ずかしいとか、ずるい。
「食べる時だけ外せばいいのに……」
文句の一つだって出ようってもんだ。
「いやぁ、それは神様に止められてるもんで」
「え? なんで?」
「一度外したら着けるの忘れそうだから、って」
「……」
だけどお空の口から飛び出た言葉に、あたいは心底納得してしまった。
お空なら十分やりかねない、と。
「あ、でもでも、今度改造してくれるって言ってたから、もっとカッコ良くなるかも!」
「カッコよさとかどうでもいいから! ……ほら、あーん」
「あー、はむっ」
どうせなら、背負う棒にしてくれればいいのに。
そんな風に、悪態吐いてやりたくもなるけど、
「むぐむぐ」
「? どうかした? お空」
「へへー。ありがとね、お燐」
「……どういたしまして」
こんな日常が続いて行くのも、まあ、悪くはないか。
改めてそんなことを言えば『カラスなんだから当然じゃないか』と言われるかもしれない。
でも、あたいたちはそれなりに長く生きてきた。
それなりの知性は、あたいにもお空にも宿っていて然るべきなのだ。
だというのに。
お空は未だに物覚えが悪く、物事を複雑に考えられない頭をしていた。
友達のあたいが言うのもなんだけど、詰まるところ、お空はバカだったのだ。
だけどそれ以上に、お空はすごく仲間思いの良い奴だ。
ご主人様のことが大好きで、みんなのことも大好きなんだってことは、地霊殿に住むみんなが知っていた。
さとり様がみんなに付けた名前だって、お空は全部きっちり覚えてた。
鳥頭のくせに。
ちょっと子供っぽいところがあって、すっごく純粋な地獄鴉。
それがお空であり、あたいの自慢の友達でもあった。
『なんか面白いことないかなー』
『面白いことなんて、そうそう向こうからやってきたりはしないよ』
平穏無事な毎日は、お空にとっては少し退屈だったのかもしれない。
時々そんなことを漏らしていたけれど……
信じられるご主人様が居て、信じられる友達がいる。
あたいにとっては、それだけで十分すぎる幸せだったのだけれど。
『見てよ、お燐! 凄いでしょ? この力!』
だけどそんな平穏は、呆気なく崩れ去った。
『面白いことが向こうからやってきたんだ、こりゃあ神様の思し召しってヤツに違いないよ!』
何がお空にそれだけの力を与えたのか、その時は分からなかったけど。
ただ、炯々と輝く三つの眼が途轍もなく不吉なものとして映ったこと、
『この力があれば、世界征服だって夢じゃない……!』
そしてお空のことを、本当に馬鹿だと初めて思ったことだけは、ようく覚えてる。
『うーん、どうにも加減が難しいなぁ』
『バ火力過ぎるんだよ、その力は。ほら、死体』
『うにゅにゅ……』
それからまあ、いろいろあって、お空の企みは野心もろとも、ものの見事に打ち砕かれた。
あたいが裏で暗躍した結果だ。
……正直、人間がやって来た時は、もう駄目かとも思った。
あの時のお空は、人間がどうこう出来る存在には見えなかったから。
でも、お空を負かしてくれた相手が人間で、良かったのかも知れないと今は思う。
地上を制圧してやろうなんて考えを綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれたようだったから。
『そういえば何かまた、おかしなことするんだって?』
『んー? あー……。ああ、そうそう。この間ちっちゃい方の神様が来てね?』
それからは、それなりに穏やかで、時々面白いことがやって来る日々が続いた。
灼熱地獄跡も随分安定したし、遊んでいられる時間だってその分増えた。
年中温くなったこの場所で、ぬくぬく暮らしていられればいいな。
そんな風に暢気なことを、あたいは考えていた。
だけど、好事魔多しと言うように。
少しずつ少しずつ、だけど確かに、何かが狂い始めていた。
多分それは、お空が神様を取り込んだ時から。
「お空、お空」
「――……」
「お・く・う!」
「わっ! ななな、なんだい、いきなり!」
「今のどこがいきなりだって言うんだい」
「いや、だって、今の大声……」
「もう。この調子じゃ、遊ぶ約束まで忘れてそうだね?」
「……、……、……わ、忘れてなぃょ?」
「忘れてたなー!」
月日を重ねるごとに、お空の反応は鈍くなっていった。
その変調を最初の内は、ただ寝ぼけてるだけだと思って看過していた。
核融合とかいう力で地底はずっと過ごしやすい温度になったし、あたいも時々うたた寝しちゃってたし……
きっとお空も、それと同じなんだろうな、って。
「お空、お空」
「……?」
「? ご飯、持ってきたよ」
「え、あ……、うん。ありがとう……」
けれど、実際はもっと深刻だった。
それに気付けたのは、お空への食事をあたいに運んで欲しいと、さとり様が頼むようになったから。
これまでずっとご自分で運んでらしたのに、急にそんなことを言い出したのだ。
お空と喧嘩でもしたのかと思って、話を聞こうとしたけれど、
「よいしょ、っと」
「っ!?」
「ん? なにさ、そんな驚いた顔して」
「えっと、あの、その」
「あぁ分かった。横取りされやしないかと心配なんだろう? 安心しなよ、あたいはもう食べてきたからさ」
何故だかお空はあたいのことを警戒してて。
とてもじゃないけど、話なんて聞けるような雰囲気じゃなかった。
……いや。
あれはきっと、警戒ではなく恐怖。
例えるなら知らないヤツに親しげ話しかけられたような、得体の知れない気持ち悪さ。
そういったものが、お空を怯えさせていたのだろうと思う。
この時にはもう、お空はあたいのことを、すっかり忘れてしまっていたのだから。
お空は鳥頭でバカだけど、友達のことを忘れるほどバカじゃない。
なのにお空は、あたいのことを覚えていなかった。
多分、みんなのことも忘れちゃってたんだろう。
大好きなさとり様のことでさえ。
だからさとり様は、私に頼んだのだと思う。
さとり様は、心が読めちゃうから。
どうしてお空がそんな風になっちゃったか、理由は分からない。
これまでそんなこと、一度だってなかったから。
けど、お空の内に宿る八咫烏。
そいつが悪さをしていることだけは、疑いようもなかった。
それ以外の原因なんて、考えられなかったから。
だけど地上の神様は、この事に気付いて居ないだろうとも思った。
そう思うほどに、仕事だけは十全に取り行われていた。
いっそ、腹立たしい程の正確さで。
だからあたいは、神様に直談判しようと思った。
友達の目を覚まさせてやるために。
「行くのですか」
そんなあたいの考えは、さとり様には筒抜けだったらしい。
まるで見計らったかのようなタイミングで、声を掛けられた。
外っ面なら、いくらでも猫を被れる。
けど、心だけはどうしようもない。
胸の内の叫びでさえ、隠しようがない。
「さとり様は、あたいを止めますか?」
だからあたいは、思ったままを口にし、心に浮かべた。
もし邪魔立てをするのなら、ご主人様であろうとも容赦はしない。
強く、自分に言い聞かせるように。
……苛立ちも、あったのだと思う。
お空のことに気が付いていながら、どうして何もしないのかと。
「いいえ」
けれど、返ってきたのは深いお辞儀で、
「どうか、お願いします。……気をつけて」
――お空のことなんて、本当はどうでもいいと思ってるんじゃないか?
そんな風に疑い苛立っていた自分を、恥じた。
さとり様は、何もしなかったんじゃない。
何も出来なかったのだ。地霊殿の、主だから。
少し考えれば分かったはずのことにさえ気付けなかったのだ、あたいは。
それほど、頭に血が上っていた。
もしそんな状態のまま地上へ向かっていたならば、
……あるいはあたいも、馬鹿なことをしでかしていたのかもしれない。
「任せてください、さとり様。あたいの手にかかれば、チョチョイのチョイですって!」
でも、さとり様がそのことを気付かせてくれた。
あたいだけがお空のことを心配してるわけじゃないんだ、って。
神様だって、きっとお空をあんなにしようとして、八咫烏を授けたわけじゃないんだ、って。
お空のことは譲れない。
あたいはお空のことが、大好きだから。
だけど、あたいがすべきなのは喧嘩じゃない。
ようく話して、神様たちにも状況を理解してもらうことだ。
憤るのは、最後の手段。
……うん、大丈夫。
「それじゃ、行ってきます!」
さとり様の頷きは、きっと自問自答に対する答え。
だからあたいは迷い無く、地霊殿を飛び出せた。
「ふーむ成程、確かに八咫烏が勝っちまってるみたいだね」
「予想外だね。三つ足でバランス取れる筈だったのに」
「大方、出力を上げすぎたってとこじゃないかと思うんだが……諏訪子はどう見る?」
「リミッターかけるために八咫烏が出てきた、ってとこじゃないかな」
「だろうね。そうなると……」
事情を話したところ、山の神様は驚くほどあっさり付いて来てくれた。
「――」
「――――」
話の内容はほとんど理解出来なかったから、あたいは傍で見てるくらいしか出来なかったけど、
「……待たせたね。それじゃ、本題に入ろうか」
「ここまで侵食が進んでる以上、八咫烏を引き剥がすことは諦めた方がいい」
「だけど正気に戻す方法なら、一つだけある」
「きっとこの子に不便な思いをさせるだろうし、誰かがずっと面倒を見てやらなきゃいけなくなる方法だ」
「それでも、やるかい?」
「お願いします。このバカの目を、覚まさせてやってください」
お空が名前を呼んでくれるのなら、あたいはなんだってやってみせる――
そんな自分の思いだけは、強く信じられた。
「んぅー……」
処置が施されて、少しした頃。
神様たちも見守る中、お空が目を覚ました。
「……お空?」
「ぁー……」
これで上手く行く筈だと、神様は言ってくれた。
だけど、やっぱり、怖い。
また、あんな怯えた目で見られたらと思うと、心が竦んだ。
でも、嗚呼。
「ん……。どうしたの、お燐?」
ちゃんとあたいの名前を呼んでくれた!
「お空っ!」
「わぁ!」
「お空、お空!」
神様たちが後ろでニヤついてる、雰囲気だけでもそれがわかった。
だけどそんなもの、この喜びに比べればどれほどのものだろう!
恥とは思わない、だから外聞なんて取り繕わない。
猫を被る必要なんて、全く無い!
躊躇いも容赦もなく、あたいはお空にじゃれ付いた。
「なに、なに!? 一体なに……って、なんじゃこりゃー!?」
そんなあたいを受け止めようとして、違和感に気付いたのだろうか?
お空が自分の左腕を見て、叫んだ。
でもまあ、それも仕方ないかな、と思う。
だって、お空の左腕には、
「いやあ、ちょっと不便かなーとは思ったんだけどね?」
「そっちの腕にも制御棒、付けさせてもらったから」
「あ、あんですとー!!」
右腕と同じ棒が、装着されていたのだから。
「それじゃ、今日もよろしくお願いします」
「へぅ……あたいがやらなきゃ、ダメですか?」
「あなたが大見得を切ったんですから、あなたの役目になるのは当然でしょう?」
「うぅぅ……」
――で。
今日も今日とて、あたいはお空の食事係に任命されていた。
ひょっとしてさとり様は、この事を見越してたんじゃないか?
最近ではそんな疑念が鎌首を持ち上げ始めたけど、
「好奇心は猫を殺すそうです。おかしな詮索はしないように」
「ひえぇ」
……あまり首を突っ込まない方が良さそうだと、野生の勘が告げていた。
「ごはんー! ごはんー!」
「あーもぅ、ぴーちくぱーちく囀らないの。……ほら、あーん」
そんなこんなで、あたいはお空にご飯を食べさせる。
多分これからもずっと、毎日毎食やらされ続けるに違いない。
恥ずかしい、この上なく恥ずかしい。
外聞とか超気にしたい。
「あー、はむっ」
なのに、お空は気にする素振りさえ見せない。
あたいだけが一方的に恥ずかしいとか、ずるい。
「食べる時だけ外せばいいのに……」
文句の一つだって出ようってもんだ。
「いやぁ、それは神様に止められてるもんで」
「え? なんで?」
「一度外したら着けるの忘れそうだから、って」
「……」
だけどお空の口から飛び出た言葉に、あたいは心底納得してしまった。
お空なら十分やりかねない、と。
「あ、でもでも、今度改造してくれるって言ってたから、もっとカッコ良くなるかも!」
「カッコよさとかどうでもいいから! ……ほら、あーん」
「あー、はむっ」
どうせなら、背負う棒にしてくれればいいのに。
そんな風に、悪態吐いてやりたくもなるけど、
「むぐむぐ」
「? どうかした? お空」
「へへー。ありがとね、お燐」
「……どういたしまして」
こんな日常が続いて行くのも、まあ、悪くはないか。
でもW制御棒は非でならすごく格好よさげなきがす
シリアスなのにギャグ風味とはお見事。
悲惨な話になりそうでしたが、逆転のオチもすごくよかったです。
いっこ前の作品が大御所すぎて埋もれてしまって残念
もしくはツインサテライトキャノンか?