『新商品 春屋の冬そうで秋くない少し夏いハーる 近日発売!!』
我が社の社運を賭けた期待の商品だと社長が声を張り上げていたのを私、リリーブラックはふと思い出した。
はっきり言わせて貰えば、なんだそりゃである。
こんな下らない商品名に自分の会社の命を賭けるなんて馬鹿げていると思う。そして何より今は夏だ。
付き合わされる私たち下っ端社員にはたまったものじゃない。
せっかく苦労して給料の良い会社に入り、耐えに耐えて数年頑張ってきたと思ったらコレである。
どっかで聞いたようなパクリ商品と心中なんて真っ平御免だ。だからこそ否応なしに売らなければならないというジレンマ。
「春ですよ~」
「春ですよは春なんですか?」
「春ですよは春じゃないですよ~」
唯でさえ主力商品である『春ですよ』の売上が芳しくないのに酷い博打だと思う。溜息が出た。
やる気が起きない。
しかも更に嘆かわしいことに、上司から新人教育を任されてしまった。
うちの会社は都合上、3、4、5月が一番忙しい時期になる。稼ぎ時ってやつ。
その為、社員採用は6月からというなんともおかしな決まりがあるのだ。
5月の最終売上がなんとかノルマを達成できたと安心したのも束の間、入社した新人の面倒を命じられた。
上司の命令なので断ることなんて出来る筈もない。嫌々引き受けることになり、今に至る。
「では春ですよを告げる季節はいつですか?」
「春ですよ~」
「なら今は春なんですね?」
「今は春じゃないですよ~」
頭が痛い。
いや、風邪とか病気とかそんなモノではなく、精神的に頭痛がする。
原因は先程から目の前で繰り広げられている頭の悪そうな会話だ。
一方は最近引っ越してきたらしいお寺の尼さん。以前から目をつけていたお客さん。
もう一人は……頭痛の種、今年の新人。名前をリリーホワイトと言う。
こいつが中々に厄介者で、悪い奴ではないが要領が悪い。
会話の通り頭から爪先までポワポワしている。脳内にはお花畑が一面に広がっているのだろう。
初々しいけど屈託のない笑顔が可愛いと社内では評判の癒し系新入社員である。
だがそんなもの私にとってはどうでもいい。むしろ仕事を教える立場からしたら疎ましいだけだ。
要領が悪いと言ったように、仕事を教えては意味のない質問をされたり、不器用なのか何度も失敗をする。
難しいことは苦手な癖に一から十まで覚えようとしては混乱して目を回していることもあった。
ただ本人は至って真面目で、仕事に対する熱意は真剣そのもの。やる気だけは人……妖精一倍持っている。
だからこそ、こちらとしてはやりにくい。
やる気なし、適当に終わらせたい派の私にとってこの新人は厄介な相手であった。
「じゃあこれは春じゃないんですね?」
「いいえ春ですよ~」
「春じゃないのに春とは………むむむ、難題です」
今回は訪問販売の研修として付き添わせたが、本人がぜひ接客させて欲しいと懇願してきたのだ。
私としても楽でいいかなと軽い気持ちで許可を出したが、結果はこのザマである。
逆に余計疲れるという非効率かつ無駄な精神にさせられた。
尼さんも困った顔で対応している。これは不味い。せっかくリピーターになってくれそうな客を手放すわけにはいかない。
人当たりがいいのか、それともこの人も頭が春なのか分からないが怒らないで商品説明(?)を聞いてくれた。
しかしこれ以上押し問答のようなポケポケ会話を聞いているこっちの身が持たん。
面倒だが助け船を出すことにした。
「大変申し訳ございません聖さま。こちらは商品名を『春ですよ』と申しまして今回はその説明に参りました」
「えっ、ああそういうことでしたか。謎かけ遊びかと勘違いしていました。お恥ずかしい…」
「おおっ! さすが先輩です。一言で伝わりました!!」
納得したのかうんうんと頷く尼さんと失態を反省するでもなくお気楽ムードな新人。
誰の尻拭いをしていると思ってんだコノヤローと内心で呟く。でも表情は努めて笑顔で。
客に不信を抱かせるわけにはいかないのだ。ノルマの為に。
分かりやすく商品説明を行う。巧みな営業トークで相手心をがっちりと掴まねばならない。
今までの経験と実績でそこらへんは手慣れている。良いことかは分からないが何故か私には営業の才能があった。
名前を呼ぶ時はお客様ではなく苗字で呼ぶ。これなら相手も親近感が湧くので話を聞いて貰いやすくなるのだ。
出来るだけフランクに接する。しかし相手を立てることも忘れずに。
既に尼さんも私の話術に落されかけている。
引っ越してきたばかりの戸惑いを突けばほらこの通り。
「この幻想郷に住む者はみんなコレを使っているんですよ」
「え? そうなんですか」
「はい。越されて日が浅く、ご近所付き合いも迷われてると思いますがコレがあれば大丈夫。誰とでも打ち解けられますよ」
ちょろい。
もう相手は疑うこともせずに購入するだろう。グッと小さく拳を握り、ガッツポーズをとる。
「あれれ? 私の周りじゃ誰もコレ使ってないですよ」
場の空気が固まった。突然の言葉に私も尼さんも動けなくなってしまう。
傍では新人が首を傾げながらブツブツ呟いている。
「う~ん、チルノちゃんも大ちゃんもみんな使ってないって言って―――ブヘラッ!!」
我に帰った私は素早く、目にも止まらぬ速さで新人めがけて回し蹴りを決めた。
面白いようにバウンドして転がっていく新人を尻目に尼さんへ必殺の営業スマイルを打ち込む。
だが時既にお寿司、いや遅し。相手の瞳には疑心が浮かんでいる。
ああ、これはいけない、対応を急がなくては。緊急時マニュアルを脳内フル回転で検索。
今回の状況に見合うもの……おっ、一件ヒットした。
マニュアル103:いつからか夢を見ることを忘れてしまった大人達への対応。
あった。これならまだ乗り切れる! 客に拒否される前に実行しなければ…。
「あ、あのーやっぱりお断りさ――」
「今なら新商品の試供品もお付けしますよ! まだ発売されていないレア物を聖さまだけに特別です」
「あら、そうなの? 私だけ特別にですか、それは嬉しいですね」
よし間に合った。まだ希望は残っていた。
もう一度関心を掴み取ったことに安堵する。だが今度は油断しない。
邪魔が入らないようにと、一瞬だけ蹴り飛ばした方向を盗み見る。まだ新人はうつ伏せで転がっていた。
OK、邪魔者はぐっすり夢の中。攻めるるなら今のうちだ。
鞄の中から瓶詰め容器を取り出す。
「更に今契約して頂くともう一つ。我が社の売れ筋商品『ごはんでした』もお付けしましょう」
「ご、ごはんでした?」
「はい、気になるでしょう? 中身」
目の前でソレをちらつかせる。尼さんの目が面白いように追いかけてきた。
気になるのだろう、身体がそわそわして落ち着かないようだ。
でも敢えていじわるにソレを鞄にしまい直す。その瞬間、尼さんの表情が戸惑いを見せる。
私はあたかも気付いていないように営業スマイルで話を続けた。ここからは止めだ。
「契約して頂けたらすぐにでもお渡ししますがどうでしょうか?」
「ああ…」
「無理にとは言いませんよ。中身をお見せできないのは残念ですが」
「うう…か、か」
「か? そういえば蚊が増える時期ですね。煩わしいです。あ、そろそろお時間ですので失礼させて貰いましょうか?」
「買います…」
「え? よく聞き取れなかったのですが」
「買います! 契約しますから中身を見せてください!!」
「ではこの書類にお名前と印鑑をお願いしますね」
南無三! の声とともに契約書にサインが書かれる。
商品『ごはんでした』。なんてことはない、新潟産こしひかりを炊き立てで詰め込んだ物だ。
なんの捻りもないソレを手渡す。
尼さんは嬉しそうに受け取り、いそいそと蓋を開けて中身を確認した。
「どうですご感想は?」
「ご、ごはんでした……」
「良かったですね。では今月分です。ここに置いときますね。それでは有難うございました」
商品である『春ですよ』一月分と試供品の『冬そうで秋くない少し夏いハーる』をその場に置く。
契約が終わればもうここに用はない。
「ごはんでしたはごはんでした……」
悟りを開いたかのような清々しい顔で立ち尽くす尼さんに一礼してさっさと立ち去る。
途中まだ転がっている新人の首根っこを掴んで引き摺り歩く。
ヒトが苦労してるのにいい気なもんだ。これでは会社の未来は暗い。
それにしてもよくやったぞ、リリーブラック。誰も褒めてくれないので自分で褒める。
今さら喜びや達成感とかはないけども、まあ今度の休日は自分にご褒美(笑)をあげようと思う。
しばらく歩いていたら新人が目を覚ました。打ち所が良かったのか何も覚えていないようだ。
変に訴えられずに済んだことにほっとする。今の時代訴訟されたら負けなのだ。私も訴えたことがあるから解る。
セクハラ上司の末路を思い出していると、新人がキョロキョロ辺りを見渡していた。
さっきまでと景色が違っているから混乱しているのだろう。下手に思い出す前になんとかせねば。
「ここは誰です? 私はどこです? なんか顔が痛いですよ」
「おい、ベタなボケはいいから次行くよ。置いてかれたくなかったらさっさと準備しな」
「はわわ!? 待って下さいよ~ブラック先輩! あれ? そういえば先輩にガツンと何かされたような気が……」
「喉渇いたろ。ジュース奢ってやろう」
「わ~い」
ちっ、危なかった…。まあジュースで手打ちということにしておく。
渋々サイフから120円を取り出してポカリを買う。プルタブを開け3分の2ほど飲んで渡してやった。
間接キスです~とか喜んでいるのは何故だろう? 暢気な奴だ。
「今度はどこに行くですか?」
「お得意様のとこ。今日はもう疲れたから新規開拓は無しだ」
「でもでも、まだ午前中ですよ。先輩は貧弱キャラですか? イタタタタッ、グリグリは止めて~」
「……あっちなら何も言わなくても購入してくれる。新人教育の場には持って来いなんだよ」
誰のせいで疲れたと思ってるんだコノヤロウ。
こめかみグリグリの刑に処す。情状酌量の余地はなし。
先輩の愛のムチです~とか痛がりながらも喜んでいるように見えるのは何故だろう? 不気味な奴だ。
場所が変わり今は冥界に来ている。向かう先は白玉楼、私が入社した時から贔屓にして貰っているお客だ。
永遠と思われる階段を上りきると大きな屋敷が見えてきた。いかにもお金持ってますよ的な家である。妬ましい。
しかし、ここの主人のおかげで毎年ノルマを達成できているのも事実。
私にとってお客様は神様ではなく亡霊様だった。ありがたやありがたや…。
階段で疲れてヒーヒー唸っている新人を急かし玄関まで辿り着く。軟弱者め。ざまあみろ。
チャイムを鳴らすと屋敷に住む従者の者が現れた。まだ子供のような容姿の女の子。通称おかっぱ。
自慢じゃないがそれなりの付き合いなのでほとんど顔パスだ。その子も私の顔を見るなり腰の刀に手をかけて、
「怪しい奴め! 楼観剣のサビにしてくれる!!」
襲ってきた。
傍にいた新人を盾にして攻撃を防ぎ、すぐにおかっぱの後ろへ回り込み臀部めがけて正拳突きを打ち込む。
転がる死体が二つ。勝者は私ただ一人。
言っておくがこれは正当防衛だ。故意ではない。だから裁判で勝てる。
物言わぬ骸に別れを告げ、私は仕事へと戻った。
「あらいらっしゃいブラックちゃん。今日はどんな美味しい物を持って来てくれたのかしら?」
「お久しぶりです西行寺さま。本日はまだ発売されていないレア物を西行寺さまの為だけに特別にお持ちしました」
「あら、そうなの? 私だけ特別、それは嬉しいわねぇ」
どこかで聞いた会話だって? こんなの商売人なら誰だって使っている手だ。
特別という言葉はとても便利である。これを言うだけで相手はいい気になってこちらに興味を持つ。
今だって既に亡霊は早く商品を出せと言わんばかりの涎を垂らしながら両手を突き出してきている。
フフフ、ちょろすぎる。だからここに来るのは止められない。
鞄から商品を取り出し、その手に乗せてやった。
「こちらは近日発売の『冬そうで秋くない少し夏いハーる』でございます。御説明いたしま……」
「クチャクチャ、ハフッハフッ、ゴックン」
説明をしようとしたが聞いていない。
容器の中はもう空っぽだった。相変わらずスゲェ…。
「味はまあまあね。私としては『春ですよ』の方が好みかしら。でもこっちも悪くないわ」
「そ、そうですか。お気に召して嬉しいです」
「買うわ」
「えっ?」
「聞こえなかった? 買うと言ったの。早く契約書を出しなさい」
「あ、ありがとうございます!!」
取り出した書類にサラサラとサインをする亡霊。
私自身でも驚くぐらいの即決だった。これがセレブか…。
嬉しさと妬ましさがせめぎ合うこちらの心情を知らずに亡霊がまた手を出してきた。
「どうせ『春ですよ』も持っているんでしょ。ついでに買うから出しなさい。『ごはんでした』もね」
妬ましさが嬉しさを嬲り殺した。畜生、これだから金持ってやつは……。
だが私はプロ。嫌な顔一つせず、商品を渡す。
がっつく客を蔑むように優しく見詰め続けた。
「ふぅ…美味しかった。それよりもその子はどちら様?」
食べ終わると同時に質問してくる。
指を差された方を見るとおかっぱと新人が仲良く並んでお茶を飲んでいた。
ちっ、生きていたか。中々しぶといな。
おかっぱはやけに色が薄く透けている。半霊の方が濃くなっているように見えるのは気のせいだろう。
「ああ、ご紹介が遅れました。今年から我が春屋に入社しました新人の」
「リリーホワイトです。よろしくです~」
「まあ、美味しそう」
商談はこいつにさせれば良かったかと思ったが、なんか嫌な予感しかしないから諦める。
面倒事は面倒なのだ。
さあ、ここにも用は無くなった。さっさと出て行こう。これ以上ここに居ると嫉妬の炎で燃え上がってしまう。
昔、友達の橋姫に飲み屋でセレブについて愚痴っていたら、
「ブラック、あなた疲れているのよ」
と心配されてしまった。嫉妬は体に悪いらしい。
自分の健康の為に急いで来た道を引き返す。ゆっくりしたがっていた新人を引き摺り歩く。
急ぐ私を訝しむように見上げてきた。
「なんで急ぐですか? はッ、トイレですね! 先輩はトイレが近い年増女なんですね!!」
ボウリングのフォームで新人を投げ転がす。
奇麗に転げて階段から遥か先の地上へと落ちていくのを眺めながら私はゆっくりと下って行った。
地上に到着すると新人が目を回しながら倒れていた。見たところケガはないようだ。
かなり頑丈に出来ているらしい。ふらふらと立ち上がって私に抗議してきた。
「死ぬかと思ったです。先輩酷いです!」
「いや、刀で斬られた時点で死んでなきゃおかしいだろ。むしろなんで生きてる?」
「いくら私でもこの帽子がなければ危なかったですよ。持ってて良かったリリー帽」
会社の支給品にそんな効果はない。
ちなみに私も色違いだが同じものを被っている。
「もう怒り心頭なのです。訴訟も辞さないですよ!」
「わかったわかった。ケーキ奢ってやろう」
「わ~い」
軽い奴だ。新人の扱い方が少し分かってきた。そんなものなんの役にも立たないが。
まあ今日は2件も契約を採ったんだ。もうサボってもいいだろう。
新人を連れて近くの喫茶店に入る。お昼もまだだったので軽食とケーキを頼む。
その辺にあった女性向け雑誌『小悪魔アゲハ(パチュリー著)』を手に取りページを捲る。
夏に向けての水着特集に目が留った。
今年も友人である竜宮の使いでも連れて湘南まで泳ぎに行こうか考える。きっとフィーバーするだろう。
ふと新人がこっちを見詰めているのに気付いた。
「なに? 私の顔になんか付いてる?」
「いいえ~、やっぱり先輩は美人さんですね~って見惚れていただけですよ」
「……はぁ? いきなり何よ、変な子ね」
急に何を言い出すんだこいつは。同性に褒められても嬉しくない。
「仕事は出来るし、人望もあるし。まさにパーフェクトレディです。憧れちゃいます」
「止めなさい。そういうの苦手なの」
「私なんて要領も頭も悪いし、ダメダメ社員ですよ。やっていける自信がありません……」
一人で自傷してしゅんとなる新人。
ふざけている。買い被り過ぎだ。私はそんなに凄くない。
仕事も適当だし、面倒だから上司から言われたことを淡々とこなしているだけだ。
ただ何となく生きている。それが私。
私に比べれば、目の前の小娘の方が何倍も素晴らしいと思う。
明るくてドジだが仕事には熱心でいっつも元気な笑顔でいる。それはもう鬱陶しい程に。
でもそこがこいつの良いところなのだ。こいつが入ってから会社全体が少し明るくなった気がする。
こいつの笑顔がみんなに元気を分けてくれるのだ。それはもちろん私にも。
そんな新人にも悩みなんてものがあることに気付かされた。
……仕方ない。偶には先輩らしく説教の一つでもしてやらんといけないようだ。
「あのね、確かにあんたはアホでマヌケでへっぽこでうざい奴だけど」
「ああぅ、そこまで言わなくても……9999のダメージです。もう立ち直れません」
何故か更に落ち込む新人。本当のことを言っただけなのに。
「そのバカみたいに真っ直ぐなところがあんたの良いところでもあるの。私はそれを評価しているわ」
「せ、先輩。私のこと認めてくれているですか?」
「少しだけね。ほんのちょこっと。小指の爪くらいだけど」
「それでも嬉しいです。ありがとうございます。私がんばります~」
「あんたの長所大事にしなさい。私みたいになるには100年早い」
泣きながら一生懸命頭を下げている。
その姿が入社した時の自分の姿とダブった。
私も確か最初はこんなだっけ、その時先輩に教えられたんだった。
今更やる気になるつもりはないが、自分なりに頑張ろうと思う。
目の前の新入社員を参考にして。
「先輩!」
「なによ?」
「チーズケーキ追加してもいいですか!」
……やっぱ参考にするのは止めとこう。
私は営業スマイルじゃなく、私自身の笑顔を向けて答えてやった。
「ダメ」
◇
今日も今日とてお仕事だ。見事にやる気メーターは0%を指している。
自然と溜息が出た。頭痛も酷い。
なぜかって? そりゃあこいつが居るからに決まってるでしょ。
「ブラック先輩! おはようございます~」
「……ああおはよう」
「今日も一日がんばりますよ! 真っ直ぐに突き進むです」
「壁に激突して死ね」
「はっはっは、心配無用。このリリー帽が守ってくれます」
嬉しそうに帽子を被っている。
あの説教(のつもり)から数日。今まで以上にこいつがやる気を出してしまっていた。
しかも、上司からは契約を採ってきたことを変に評価され、正式に教育係を任されることに。
失敗した。そう思っても後の祭り、面倒事が降りかかってきた。
また今日も二人(戦力にならないから実質私一人)で『冬そうで秋くない少し夏いハーる』を売らなければならない。
仕方ないな。また冥界にでも行くかと気持ちを切り替えて私の黒い帽子を手に取る。
商品を詰めた鞄を持ち、玄関へ進む。
ドアを開け外に出ようとした瞬間、大事なものを忘れていたことに気付いた。
「おい、さっさと行くよ。―――ホワイト」
「あ~ん、先輩待ってくださいよ~」
さあ、今日も今日とてお仕事だ。
ひじりん哀れ
あ、『ごはんでした』一つ。
ああもう、可愛いなあ二人とも!