儚い細身が倒れて伏せる。
「パチュリー様ー!」
小悪魔の悲痛な叫びが、ヴワル大図書館に響き渡った。
全治二週間。医師の下した診断結果がそれだ。
「さすがにこれ以上は看過できないですぅ」
頭と背中の羽と同じく両手をぱたぱたと上下させながら、小悪魔は訴えた。
それを聞くのは紅魔館の主、レミリア・スカーレットとその従者、十六夜咲夜だ。
「確かにね」
彼女の言葉に、レミリアは腕を組む。
本日の議題は大胆不敵、傲岸不遜の盗人、霧雨魔理沙についてである。
……と、評してしまえれば、何も苦労はないのだが。
客として訪れることがあるのが困りものなのだ。
図書館から本を持ち出し幾星霜。どうやら生きているうちに返すつもりはないらしい。
当然パチュリーは彼女の持ち出しを阻止しようとするのだが、何時でも体調がいいとは限らない。というか、調子のいいときのほうが珍しい。倒れることもしばしばだ。今回のように。
なら最初から全力で追い返せという意見もあるのだが、魔理沙は魔法に精通している数少ない人物の一人なのである。
パチュリーにとって、自分の話についてこれるような輩は貴重なのだ。0か1かで割り切ることが出きる問題ではないのである。
「要は魔理沙が本を持ち出さなくなるか、本を返却するようになればいいのね」
「それはそうですけど……」
咲夜の提案に、小悪魔は物憂げに俯いた。それができれば苦労はない。
「こういうときこそ、知識人の出番なのにね」
ほう、とレミリアはため息をつく。
「それですわ、お嬢様」
ぽん、と手を打ち、咲夜はにこやかに指を立てた。
翌日である。
「……で、何故私はこんな所に拉致されているんだ?」
たんたんたん、とテーブルを指先で叩きながら、上白沢慧音は言った。
「不機嫌そうね」
「当たり前だ」
館主の言葉に、彼女は眉間にしわを寄せる。
昼食後のお茶を楽しんでいたところを、時間を止めて引きずり出されたのだ。これで機嫌が良かったら、何か情緒に致命的な欠落があると疑った方がよい。
「……で」
指を止め、深々とため息をついて慧音は二人を見た。小悪魔はパチュリーに付いている。
「要件は何だ?」
彼女の台詞に、レミリアは少し意外そうに眉を上げた。
「聞く気はあるのね」
「無ければとっくに帰っている。わざわざ私を呼びつけるくらいだ、それなりのことなのだろう? まあ、そうでなければ改めて帰るだけだが」
こともなげに言う。
世に鳴り響く紅魔館。
人員不足はあっても、人材不足があるとは思えなかった。
にもかかわらず、わざわざ部外者、それもさして交流もない部外者を召喚する位なのだから、無下に袖にするのも忍びない。
レミリアの表情が、更に意外そうになる。
「あなたは私を嫌っていると思っていたけど」
人里の守護者から、そんな言葉を聞くとは思わなかった。
「……何か勘違いをしているようだが、私は人間が好きなだけで、特別妖怪が嫌いなわけではないぞ。人喰いを根絶しようなどとも思っていない」
そんなことしては、幻想郷が幻想郷である意味がない。意味が無くなる。
「まあ、私の目の前で人間を襲うような輩がいれば、全力でもって排除するがな」
「案外融通が利くのね」
「……こういうのは融通とはいわんと思うが」
苦笑して、彼女は肩をすくめた。
「それに最近、長年の懸案が片づいたところなのでな、他に手を出す余裕もできた」
「長年の懸案?」
首を傾げる咲夜に、慧音はああと頷く。
「妹紅と輝夜の確執は、お前達も知っているだろう」
勿論だ。全く意図していなかったとはいえ、刺客其の一として彼女に挑んだことさえあるのだから。
「しかしあの騒ぎ以来、輝夜に雇われる妖怪がいなくなったらしい」
無理もあるまい。
音に聞こえた人妖達が大量投入されたにもかかわらず、未だに妹紅が健在なのだから。
まあ、彼女はなにをされても死なないし、今までもそうだったのだが、やはり著名人でも結果が変わらずとあっては、そういう連中に噂も広まるというものだった。
「で、最近は輝夜が直接出張ったり、妹紅が乗り込んだりしているんだが……あの二人が本気で弾幕りあうと、それはもう大事になる」
竹林は燃え、山は抉れ地に大穴を穿ち、川は煮えたぎる。
そしてそれを修繕するのは慧音と永琳。
慧音は仕事が滞り、永琳は研究が進まない。
そこで二人は苦言を呈したのだ。
「どうせ死なないんだから、殺し合い以外で勝敗を付けてみたらどうだ? とな」
無論、単に勝敗を付けるだけでは二人が納得するはずもない。負けた方は勝った方の言うことを一つ聞くという条件があってこその快諾だった。
「ちなみにどんな方法で?」
「負けた方が次の勝負方法を決めるので、色々だが。トランプとか蹴鞠とか、バックギャモンとかツイスターゲームとか将棋とかチェスとか」
ちなみに将棋は輝夜のほうが強く、チェスは妹紅のほうが強かった。
加えて、運の要素が多分に絡む勝負にすると必ず妹紅が勝つ。というのも、てゐが観戦しているからなのだが。
このことを輝夜も妹紅も気付いていない。慧音は気付いていたが、永琳は気付いていないようだ。気付いていない振りをしているのかもしれないが。更に言うと、てゐ本人はわかってやっているようだった。
永遠亭は、人間関係も色々だ。
閑話休題。
「私は精々審判をするくらいで、随分労力が減った。あの二人もこのまま平穏な交友関係をはぐくんでくれるといいんだが」
まあ無理だろうなぁ、とため息をつく。
倫理的に問題のある罰ゲームの数々を見るだに、望みは極薄だ。
「話がそれたが」
立ち直り、こほんと咳払いを一つし、改めて慧音が言う。
「で、結局私を呼びつけた理由は何だ?」
「それは私から話したほうがいいわね」
口を開きかけたレミリアに先んじて、ばーんと扉が開かれる。
そんな言葉を背負って現れたのは、七曜の魔女、紅魔の館の知識人、パチュリー・ノーレッジだ。点滴をからからと引きずっている。
その後ろには小悪魔が意味もなくあわあわと両手を振り回して付いてきていた。何の役にも立っていない。
「パチェ?!」
レミリアが驚いて腰を浮かす。
「安静にしていなくちゃだめだって……」
「……あんなので二週間も寝込んでいたら、末代までの恥だわ」
言って彼女は軽く咳き込む。
……呪文を詠唱しようとして思いっきり埃を吸い込み、全力で咳き込んで目眩を起こして昏倒、額及び喉からの出血で貧血という、もう病弱とかそういった次元を超越した彼女の貧弱っぷりは、ある意味芸術的ですらあった。
まあ、本調子でないのは確実だった。難儀そうに着席する。
そして視線を客人の方に向け、軽く会釈をした。
「パチュリー・ノーレッジよ」
「上白沢慧音だ。そうか、あなたが話に聞く、紅魔館の知識人か」
同じく返礼して、慧音は本を小脇に抱えた少女を見、納得したように頷いた。
「話に聞いた、ね……」
呟きパチュリーは、ごく自然な動作でレミリアと咲夜に目をやった。
いつも通りと見せかけて、どこか強張ったような二人を確認すると、彼女は再び視線を戻す。
「よければ何て言っていたのか、教えてもらえるかしら」
パチュリーの言葉に、慧音は視線をずらした。
額にびっしりと冷や汗を浮かべる主従が見える。
戻した視線を、微妙に彼女から焦点をはずし、
「……尽きる事なき知識への渇望から、無限ともいえる書を読み続ける、求道研鑽の徒だと」
それを聞いて、パチュリーは一瞬彼女らを見た。
……あとでお仕置き。
そして視線を帰し、
「そう」
彼女の相づちに、慧音は彼女らを見た。
……すまん。
そして視線を帰し、
「ああ」
館主とメイド長は、この世が終わったような顔で座っていた。
「なるほどな、霧雨魔理沙か……」
一つ唸って、仰け反るように腕を組む。
「人間としては常識的だったが、常識的な人間ではなかったか」
「ええ」
慧音の感想に、パチュリーは同意の呟きを漏らした。互いに顔を見合わせ、溜息。
「……まあ前向きに考えてみるか。真っ先に思いつくのは、霧雨魔理沙の紅魔館からの完全排除だな。魔法談義やらは、私が付き合ってもいい。というか、望むところだ」
「でもあなたは、こちらばかりに構っていられる身でもないでしょ」
と咲夜。
「それにあの白黒は出入り禁止にしたところで、結局あの手この手で侵入してくるだろうし」
何しろ迎撃体制にあった紅魔館を突破して、レミリアの所まで到達したのだから。そうでなくとも、何か妙な手口で侵入してくることも考えられる。
「うむ、まあそんな所だろうな」
あっさりと慧音が頷く。本人もそれほど効果がある考えとは思っていなかったようだ。
「案其の二。いっそこちらから本を回収しに行く」
「……それをしなかったと思う?」
ぼそり、とパチュリー。
慧音は首を振り、
「ということは、うまくいかなかったのか」
その問いかけに、彼女はうなだれるように頭を垂れる。
「世に混沌があるというなら、それは魔理沙の部屋のことだわ」
彼女の部屋、というか家はすさまじい有り様だった。
何しろ机の上にあった本が、三秒後には行方知れずになるのだ。雪崩が起こりっぱなしである。
お世辞にも俊敏とは言えないパチュリーは、雪崩に巻き込まれまくった。
というか、そもそも禄に本が見つからなかった。そんな惨状では当たり前だが。
「……そんなに酷いのか」
「酷いわ。整頓前のヴワル大図書館も、あそこまでは酷くなかった」
うむぅ、と戦くように慧音は身を引き唸る。
「近しい友人……そうだな、博麗霊夢あたりに説得してもらうというのはどうだ」
「素直に聞くようなタマではありませんわ」
「そもそもそんなことを霊夢にさせようとすることのほうが、よっぽどよ」
咲夜とレミリアの突っ込みに、再び唸る。口元に手を当て、しばし黙考。
「…………殺すか」
ようやっと突いて出た言葉は、あまりにも潤いに欠けていた。
「思考が飛躍しすぎよ、そこの半獣」
「あなた本当に人間好きなの?」
「冗談だ」
即座の突っ込みにしれっと答えるあたり、さすがに海千山千だ。
「うーむ、となるとこれしかないな。少々バクチだが、可能性は高い」
言うか言うまいか少々逡巡してから、彼女が口を開く。
「というと?」
先を促すパチュリーに、慧音はうむと頷き、
「古今東西、女が変わるきっかけといえば、男と相場が決まっている」
指を立てての彼女の言葉に、四者は四様の反応を示した。
レミリアは納得とばかりにぽんと手を打ち。
パチュリーは変わらぬ視線を本の背表紙に落とし。
咲夜はいつの間にか部屋の隅に移動しており、そこで壁をがんがんと蹴り飛ばし。
小悪魔は頬を染め、艶やかな女の顔で陶然と俯き、嫣然とはにかんだ。
レミリアはまあ、霊夢を思い描いたのだろう、男ではないが。
パチュリーは興味なさげだ。強いて言うなら本が恋人といったところだろうか。
あとの二人に関しては想像したくない、と慧音は思った。
「成る程、それは一理あるわね」
「まあ、レミィを見るだに納得するだけの説得力はあるわ」
「ところで咲夜ー、いい加減戻ってらっしゃいな」
「……今度……ら…………縛って搾り……は?! あ、お、お嬢様?! はいっ! 咲夜はいます! 戻らずともいます! お嬢様の傍にいつでもいます!」
「そ、そう……」
「あなたもそろそろ正気になりなさい」
「……甘くてぇ……ギュって…………あ、そんなキツっ……シてぇ…………ああん、どうなさいましたパチュリーさまぁ?」
「艶っぽい声で返事しないで頂戴!」
「……経験者がいると、話が早くて助かる」
「よくもそんな感想が口にできるわね」
やぶにらみのパチュリーに、慧音はそっぽを向く。ぶっちゃけ会話に参加したくなかった。
「効果的であるだろう事は理解してもらえたと思うが」
「…………まあね」
「問題は」
彼女はそこで言葉を切り、紅茶で舌をしめらせる。
「そんな物好きがいるのかということだ」
「どっちの?」
「どっちも、だな」
パチュリーの問いに、彼女はあっさりと頷いた。
魔理沙がどんなのに好意を寄せるのか、またどんなのが魔理沙に好意を寄せるのか。
慧音にはいまいち想像しかねた。
じゃじゃ馬、気まぐれ猫。御し手なずけるのはどんなのだ?
「あら、それなら心配ありませんわ」
「そうね」
「当てがあるのか」
顔を見合わせいう主従に、慧音は心底意外そうに首を傾げた。咲夜はええ、と頷き、
「香霖堂をご存じかしら」
その言葉に彼女は刹那黙考し、思い当たったのか、ああと声をあげる。
「あの、辺鄙なところにある古道具屋か」
「あそこの店主と彼女、旧知らしいのよ」
何でも幼少の頃彼に預けられ、未だ関係が続いているらしい。
それなりの頻度でそこを訪れる家政婦……もとい侍女長が見たところ、関係は良好に思えた。ただ、腐れ縁という可能性もある。
「兄と妹のような関係、それがいつしか愛へと変わり……うむ、王道だな、美しい。非常によい」
一通りの話を聞き、慧音はしきりに頷いて言う。
「案外ベタ……というか、ロマンチストね」
そんな彼女の様子に、咲夜はどこか遠い声で言った。
慧音は肩をすくめ、
「ロマンチストでなければ、歴史など綴れはしないさ」
いまいち筋が通らない気がする。しかし歴史の編纂をしているのは慧音だけなので、その彼女がロマンチストであるのなら、そういうものなのかもしれない。
……実際のところは、幻想郷の全歴史を知っているため、奇妙奇天烈摩訶不思議な恋愛譚はお腹いっぱい食傷飽和なのである。
原点回帰、王道サクセスストーリーに走りたくなるのも無理はない。
「ふむ、となると、必要なのはいかに背中を押すかという方法、タイミングだな」
「やる気満々ですねぇ」
妙に生き生きとしだした慧音を、小悪魔が楽しそう、と評した。
「それをあなたが言う?」
先ほどから瞳を輝かせ、頭と背の羽をパタパタさせっぱなしの彼女を見、パチュリーが苦笑する。
小悪魔はちっちっち、と指を振り、
「他人の秘密は蜜の味!」
「そうね」
「そうですわね」
「いやそこまで悪趣味ではないが」
「「「裏切り者!」」」
三人の矛先が一斉に慧音に向く。しかし彼女は聊かも動じず、
「楽しいのは否定せんし、魔理沙の恋愛模様に興味がないわけでもないが、私が今やる気なのは、お前達あってのことだぞ」
言って慧音はレミリアに視線をやり、その後にパチュリーに転じた。
「どういうこと?」
パチュリーの問いかけに彼女は少し笑い、
「元々今回の件、レミリアはあなたには内々で片をつけるつもりだったんだよ」
そうでなければ、慧音がここにいる理由はない。友人の悩みの種を、自らの手で解決したかったのだろう。
この場にパチュリーがいるということ自体、レミリアにとっては誤算だっただろう。
何かしらの案が出れば、彼女は自ら行おうとするだろうから。事は図書館のことだから。
そして、それはレミリアの本意ではなかった。
「紅い悪魔だの何だの言われている夜の王の篤い友情に、私は胸を打たれたのさ」
言って彼女は戯けたように肩をすくめた。
パチュリーがレミリアを見る。
レミリアは壁を見ていた。
くすりと笑う。
「さて、何はともあれ情報収集だな。幸い昨日はここに来なかったようだし、奴の昨日の歴史を見てみるか」
個人の歴史を垣間見る口実なんて久しぶりに得たなぁ、と弾んだ声で言い、慧音はどこからともなく大鏡を取り出し、テーブルに置いた。
今の彼女の様子を見るだに、先ほどの美しい、どこか心温まる発言は全部真っ赤な嘘で、実は単なる野次馬根性なんじゃないかという疑念が小悪魔の脳裏をかすめたが、面白そうなので黙っていた。
「それは?」
未だにそっぽを向いている主に代わって、咲夜が訊く。
「これはまあ、媒体だ。これに昨日の魔理沙の歴史を映す。……あまりプライヴェートな歴史を見るのはなんだし、昼頃からでいいか」
そんなことを言って、慧音は鏡を軽くつついた。
ぼう、と何かが結像していく。
箒に腰掛け空飛ぶ魔理沙。それが今にも着陸しようとしているところだった。
「よーう香霖、相変わらず暇してるかー?!」
軽やかな呼び鈴をうち消すように、どばーんと豪快な音をたて、霧雨魔理沙が入店した。
「い……なんだ、魔理沙か」
「御挨拶だぜ」
どちらも相手の言動を気にした様子もない。
なにやら作業をしていた霖之助の元に小動物じみた挙動で歩み寄り、その手元をのぞき込む。
「なんだ、それ」
「なんに見える?」
勝手に彼の手からそれを取り上げ、しげしげと眺める彼女に逆に訊いてみる。
「わたしの目が確かなら、指輪に見えるぜ」
「正常だ。実はこれは二つで一組で、ある儀式の最中に相手と交換するものらしいんだが」
手にした拡大鏡を置いて、大きくのびをする。
「一つしかないじゃないか」
「うん。だからどんな儀式に使うのかもわからなくてね」
「非生産的だぜ」
「骨董品の鑑定なんて、大概そんなものさ。それにそもそも、ここのものは奪われるばかりで、何を生み出したこともないしね」
そっぽを向く魔理沙。
実は彼女のところから霖之助が持っていったものを鑑みるに、彼の収支はプラスだったりするのだが。
「ところで香霖、昼食は食べたのか?」
話題転換のためにか、ちっともさりげなくなく、魔理沙が振る。
「え? もうそんな時間か」
「腕に巻いた時計は飾りなのかい、貰っていいか?」
呆れたようにため息をつく。
こと外の世界の品のこととなると、時間を忘れるのは彼の悪い癖だ。尤もその事について、魔理沙も人のことが言えたものではなかったが。
「何か使っていいものはあるか?」
「残りの白米が、お櫃に。あとは卵くらいだな」
なんでもないように訊き、なんでもないように答える。
「そうか。ちなみになぜかわたしの手元に高菜がある。炒飯で決まりだな」
「待った」
反論はゆるさん、とばかりに奥へ消えようとした魔理沙の肩を掴む。
「な、なんだよ香霖」
ギクリと体を強張らせた彼女に、言う。
「……八卦炉は置いていってくれ」
えー、と不満そうに口を尖らせた。
「なんでだよ。中華は火力だって、紅魔館の門番も言ってたぜ?」
「……火力のニュアンスに、大きな隔たりがありそうなんだが」
「大丈夫、台所を壊したりはしないって……少ししか」
「勘弁してくれ」
そうでなくとも禄に利益の出ていない香霖堂、その上出費までかさんでは、とてもじゃないがたちゆかない。
溜息とともに、霖之助の手が閃く。
「あっ」
いつのまにやら、八卦炉は彼の手におさまっていた。
「どろぼー」
「魔理沙が言うか。……それに長いこと調整してなかっただろう? 僕が点検しておくから安心してくれ」
「……」
またも不満そうに、魔理沙は口をカモノハシのくちばしのようにしていたが、何か思いついたのか、それがにやりと笑みの形に歪んだ。
「ま、マスタースパークだけが火力でもないしな」
聞き捨てならない一言を残し、今度こそ彼女の姿は台所に消えた。
がたぴし。
慧音が再び鏡をつま弾くと、それは妙な音をたて映すのをやめた。
「「「「「…………」」」」」
全員、声もなく顔を見合わせる。
「……なあ」
「……ええ」
「……なんというか……」
「通い妻みたいですよね」
「……それもそうだけど」
名状しがたい表情で、パチュリーが呟く。
「……魔理沙、確か八卦炉を胸元にしまってたと思うんだけど」
「「「「「…………」」」」」
またも全員押し黙る。
「……なあ」
「……ええ」
「……なんというか……」
「何も言いませんでしたよね」
「泥棒、とは言っていたけどね」
「「「「「…………」」」」」
三度の沈黙。
「……どうする?」
言って慧音が、パチュリーをちらりと見る。
「……え? どうするって?」
驚いたように、その実口の端を笑みの形に歪めながら、パチュリー。
「いやいや、わかってるでしょ、パチェ?」
「そうですわパチュリー様、この案の成否を決するには、未だ情報が不足しているとは思いませんか?」
「まだ、どの辺なのかわかりませんよねぇ」
レミリア、咲夜、小悪魔の三人が、同じ顔して言ってくる。
慧音が深く頷き、
「あの位の接触は、単なるスキンシップといって通る程度のものだ。あの二人がデキている……つまりあの二人をくっつけるというこの案が破綻しているかどうかは、未だわからん」
もっともらしい口調が、今は果てしなく胡散臭い。
そして四人の視線が、パチュリーに集中する。
わかっているとばかりに……もとい重々しく彼女は頷き、ぐっと拳を握りしめ、
「図書館を……否、紅魔館を守るためだから……!」
全員の心が一つになった瞬間だった。
まあ全ての責任がパチュリーに押しつけられた瞬間でもあるのだが。
もはやなんの集団なのかわからなくなってきた面々の前で、再び鏡が歴史を映しだした。
「やー、終わった終わった。さあ香霖、わたしを労ってくれ。手始めにお茶でも一杯……」
洗い物を片付けて居間に戻ってきた魔理沙が霖之助の背にかけた声が、中途で萎む。
かくん、かくんと不規則に揺れる、彼の首。船をこいでいる。
やれやれ、と呆れたように溜息。まあ大方、徹夜でもしたのだろうが、
「昼食とってお昼寝……って、子供じゃあるまいし……うわっ」
がくんと仰け反った霖之助の体が後ろに倒れそうになるのを、魔理沙はすんでの所で支えた。
脱力した体は重い。ゆっくりと横たわらせるのが精一杯だ……
愉しそうに、彼女が笑う。
魔理沙は彼の頭をゆるゆると自らの膝の上にのせた。
「こんな贅沢、そうはないぜ?」
誰にも届かない言葉を紡いで、彼女は優しく微笑み眼鏡を外してやる。
そしてあやすように軽く彼の胸元を叩き、嬉しそうに、彼の寝顔を眺めていた。
にやにやと笑いをかみ殺して画面を食い入るように見ている彼女らを見て、小悪魔は、ああもうダメなんだなぁ、と思っていた。私は悪魔だからこれくらいで丁度いいけど、と勝手な言い訳をしながら。
眼を開くと、そこには見知った天井があった。
状況が把握できず、二、三度瞬きをする。
魔理沙お手製の炒飯を食べて、食器を抱えた彼女の背中を見送って……
そこから先が思い出せない。つまり、
「寝てしまったのか」
納得したように呟いた。それなら天井を見ているのも頷ける。
昨日は徹夜だったし、まともに食事をしたのも一日ぶりだ。睡魔に襲われてもおかしくない。
後頭部には畳ではなく、何か柔らかな感触。魔理沙が気を利かせて、座布団でも敷いてくれたのだろうか。
身を起こす。
魔理沙が、眠っていた。
霖之助の頭をのせていた、折られた右膝。伸びた左足。
体は少し斜めに傾き、左の頬はぺたりと畳に張り付いている。
なんともあどけない、無邪気な彼女の寝顔に、彼の表情は知らず穏やかなものになった。
「全く……」
今の自分の心中に気付いてしまったからか、霖之助は慌てたように、取って付けたように、誰にも届かぬ悪態をつく。
「いつもこうなら、手間もかからないんだが……」
……口ではそう言うが、しとやかで慎ましやかな魔理沙など想像もできない。
跳ねっ返りで快活な魔砲使いこそ、魔理沙だと思う。
きっと増長するので、絶対彼女には言わないが。
まあ、しかし……たまにはこんな彼女も、いいかもしれない。
右足をそっと伸ばしてやり、皺にならないようスカートを整える。
その拍子に、魔理沙の顔が上を向いた。
くっきりと左頬に畳の跡を残した、彼女の顔。吹き出しそうになるのを、なんとかこらえる。
しばし彼女のそんな寝姿を眺めていたが、ややあって何か思いついたのか、彼にしては珍しい、悪戯っぽい表情になった。
そろそろと音をたてないように、魔理沙の頭の所まで移動、起こさぬようそっと彼女の頭を持ち上げ、そこに自分の足を差し込んだ。
少しむずがるが、彼女の瞳は開かない。
ふ、と微笑み、彼女の長い髪を手櫛で梳く。
気持ちよさそうに喉を鳴らす彼女は、未だ、目覚めない。
うおおおおお。
怒号とともにどんどんどんと床を踏み鳴らす彼女らのボルテージは最高潮だ。
ああ完全にダメだこの人達。私は悪魔だからいいけど。
ノリノリで床を蹴りつつ、小悪魔はそんなことを思っていた。
ちなみにレミリアは足が床に届かないので、代わりにテーブルを手で叩いている。
目を開けると真っ先に飛び込んできたのは、見知った青年の顔だった。
「……んが……?」
しばし焦点の合わない瞳でぼんやりとその顔を見上げていたが、
「よかった。そろそろ足が痺れてきたところなんだ」
彼の言葉に、魔理沙はようやく自分の置かれた状況を理解したようだ。否やがばと身を起こす。
「……意趣返しか?」
「小さな親切さ」
「大きなお世話……とは言わないけどさ。もしかしてずっとわたしの寝顔を見てたのか? 不作法だぜ」
いかにも不服そうに、彼女は頬を膨らませた。
「古道具屋の品物を強奪するのは、不作法じゃないのかい?」
「だから昼と夜と、わたしの料理の腕を振るいに来てやってるじゃないか。乙女の手料理はプライスレスだぜ?」
余裕たっぷりに言う彼女に、霖之助は肩をすくめる。この手の言葉の応酬になると、彼に勝ち目はない。
その彼女が、突然あっと声をあげた。
「ところで、今夜はどうするんだ?」
「ああ……パスだ。腰が痛くてね」
「ヤワだぜ」
やれやれ、と首を振る。
「魔理沙は下になったことがないからわからないんだ。あれは相当腰に負担がかかるんだぞ」
「なら、今日はわたしが下になる」
不服そうに言う霖之助に、魔理沙は自信満々に答えた。
「……大丈夫か? 無理はしなくていいんだぞ?」
「何事も経験だぜ」
さっきがマックスボルテージだとしたら、今現在の彼女らはリミットブレイクである。
「ちょっ、これ……!」
「完璧でしょ、もう余地無しでしょ?!」
「じゃあこの辺で止めておくか」
「なにバカなこと言ってるんですか!」
「早送り! 早送り!」
「冗談だ! 先生みんなわかってる!」
少女早送り中……
ごきん。
「ぁ、ぃっ、ひぅぅぅぅぅぅぅ?!」
「……だから無理だって言っただろう」
激痛と重みに、のたうつこともできない。
跨っていた魔理沙から降りつつ、霖之助が言った。
「僕を肩車するなんて」
「「「「「…………」」」」」
「ううううう確かに……ってよく考えたら、わたしが箒で飛んでやればよかったんだよな、棚の上の雑巾掛けなんて」
「言われてみればそうだな……うっかりしていたよハハハ!」
「ハハハ!」
「「「「「…………」」」」」
全員の手がテーブルの端にかかり、全員の呼吸が一つになる。
「「「「「……金返せ!!!!!」」」」」
そしてテーブルと鏡は、美しく宙を舞った……
続きがあれば、是非読みたいです。というかいずれ書いて下さることを期待していますw
しかしなんですな、出歯亀はゆかりんの専売特許じゃなかったんですな。あんまりやり過ぎると巫女さんに説教されるから用量・用法を守って適度にヤッチャッテ下さい>慧音先生
妹紅と永遠亭の面々の描写も素敵でしたー。
あと咲夜さんは過去に何が(殺人ドール
ご馳走様でした♪
ともあれ、面白かったです♪
そして金返せ吹いた。紅魔館の駄目な人たちが素敵過ぎますw
GJ!GJ!!ぐっじょーっぶ!!!
の部分に噴きました。
初めてはっちゃけた慧音さんを見ましたが、これはこれでよいものですね
ところで魔理沙と香霖は顔を合わせるたびこんな日常を送ってるのだろうか
紅魔館+1のテンションの上がりっぷりが。
やっぱ慧音も幻想郷のヒトですね。
>あの二人の関係など~中略~どうでもいいのであった
覗き見中の様子を見る限り説得力皆無なんですが。パチュリーさん。
魔理沙及び紅魔のメンツが普通に女の子してる・・・。
これはこれで。
足踏みする紅魔館メンバーが某外人さん達と何故かダブって見えます
レミィ×パチェが特にいいですねー
つか魔理沙かわいすぎるんですがその辺どうでしょう!?
吐血(胃より)だか喀血(肺より)だかわかんないパチュリーとか
可愛すぎる魔理沙とかいろいろとコメントしたいが、一言だけ言うことにする
霖之助、羨ましすぎるぞオイ!!
恥ずかしいけど、何故かとても幸せです。(阿呆)
深夜なのに爆笑してしまいましたww
いやいやいやキャラの性格から話の構成まで文句の付けようがない!
続編あったらぜひどーぞ。
慧音本領発揮、少女達の暴走夢時空。
しかし恋愛譚に食傷気味ってプレイカーウ疑惑が高まってます慧音先生。
・・・・・・そしてハブられる中国。
えー。まあ、義務として
「あんたら金払ってないやん」と突っ込みいれつつ。
なんかもう、慧音先生、速攻馴染みましたね。
素質はあったように見受けられましたが。
いいぞもっとやれ。
鏡で覗くのはパチュリーの方が似合うというのは黙っておきます。
小悪魔が何気にいい感じでした。
目指せ、10000オーバー!!
それと、咲夜さんの過去に一体何が!!
>「冗談だ! 先生みんなわかってる!」
>「「「「「……金返せ!!!!!」」」」」
最ッ・・・高に笑いました。
ありゃーしたーっ!!
では、続き見てきます。
何だろう、ニヤニヤが止まらない。続きを見てこなければ。
みんなと一緒にニヤニヤさせてもらいました。
先生自重しろwwwwwwwwwwwww
笑っちまったぜ!!
いや、レミリアたちの気持ちがよーく分かる。あのボルテージの上がりっぷりはいつでも素晴らしいwwww
いや~笑ったw
紅魔館連中+1のリアクションが最高すぎるw
霖之助と魔理沙のやり取りを見ていてニヤニヤしない奴などいない!