「ふんふふんふ~ん」
博麗霊夢はご機嫌に下手くそな鼻歌なんぞを歌いながら、スキップ気味に廊下を歩いていた。今日の為にとっておいた、とっておきのお饅頭を食べるのだ。掃除をいつもよりもちょっと頑張ったから、きっといつもより美味しく食べられるだろう。霊夢は想像を膨らませながら、がらりと襖を開けた。
――卓袱台の上に乗ったお饅頭を、もふもふと子犬のように妖夢が食べていた。
「――え」
表情が凍りつく。
先ほどまで自分が楽しみにしていたお饅頭を、他人が食べている。
その光景が霊夢に与えたショックは計り知れない。
ぎゅっと頬を抓ってみる。痛かった。夢じゃなかった。じわり、涙が溢れる。
「待てー!」
そこに駆け込む新たな人影。魂魄妖夢だった。
駆け込んできた妖夢に反応するように、最初からいた妖夢はお饅頭を口に押し込みながら、皿を持って駆け出した。
それを追い駆けて、入ってきた妖夢が出て行こうとする。
その服の裾を、霊夢はぎゅっと握った。
どんがらがっしゃん
もつれるようにして倒れこむ二人。
「いたた……もう、なにするんですか!?」
頭を押さえながら妖夢は聞いた。
ちょうど膝の上に頭を押し付けるようにした霊夢からは、なんの動きも見て取れない。
いいや、ちょっと震えている。
それどころかすすり泣く声まで聞こえてくる。
「――じゅう」
「へ?」
「わたしの……ぐず……お饅頭……」
えぐえぐと膝に顔を押し付けて泣く霊夢の頭を押さえながら、妖夢はぼんやりと、どうしてこんなことになってしまったのだろうか、と思い浮かべた。
◆ 妖夢 ◆
切っ掛けは些細でも何でもないことだった。
半霊を使い、自らの分身を作り出す技、魂魄「幽明求聞持聡明の法」。
妖夢はこれを庭掃除に使っていた。
いくら二百由旬を一瞬に駆け抜けると言っても、白玉楼の庭は広い。その広い庭を掃除するのは、骨が折れる。
だったらから二人になればいい。
安易な思いつきだが、これがうまくいった。
作業効率は二倍になるし、速度も二倍。さすがに分身するのに力を使うけれど、それでも一人で庭掃除をするよりも、ずいぶんと楽だった。
だからその日も、そうしようと思い分身したのだけれど。
そいつは――分身した半霊は、なぜか言うことを聞かなかったのだ。それどころか妖夢の静止を振り切り、白玉楼から出て行ってしまった。
そうして妖夢は、分身を追いかけるために顕界に降りて来た。そういうことなのだ。
しかして、半霊を追い掛けたはいいが、見失ってしまった。
けれど自分の一部。故にどこに行ったかは薄っすらと分かる。
妖夢は慌てながらも、人里に向かった。
◆ トメさん家の太郎 ◆
トメさん家の太郎は大そうな腕白坊主だった。彼は近所の子供たちのボスのような存在であり、その名の通りのガキ大将だった。
乱暴者で、しかも身体も大きいときている。彼を恐れる子供は多かったが、それよりも、彼を慕う子供の方が多かった。
それは、彼の人柄によるものだろう。太郎は確かに乱暴者だったが、それよりも心根が強かった。
決して仲間を裏切らず、正義感に溢れた子供だった。
周りの大人たちも、太郎こそが後の里の自警団の団長に相応しいと期待を寄せていた。その中には、里の守護者である上白沢慧音もいる。
彼女も太郎の乱暴な性格には手を焼いていたが、その類い稀なる正義感。そして何よりも仲間を大切に思う心は、信頼に値すると思っていた。
そんな太郎の大好物は、祖母の作った饅頭である。
彼は、その甘ったるくて、けれどどこか優しい味のするお饅頭が大好きだった。
「たろうー! お饅頭出来たよぅ!」
そう大きくもないトメさん家に、しわがれた、けれど力強い声が響く。
早くに両親を亡くした太郎を、たった一人で育て上げたトメさんの声だ。太郎は祖母を大切に思っていて、いつか恩返しをしたいと思っていた。そんなのはいらないよ、と言われても、いつか楽をさせてあげたいと思っていたのだ。
太郎はその声に返事をしつつ、今日の饅頭はどんなのだろう、と創造を膨らませた。
そのときだ。
がたーん、と何かが倒れる音がする。
太郎の頭に、いやな予感が過ぎる。奥の部屋から飛び出て、太郎は居間に向かう。
小さな居間には、これまた小さな卓袱台が置いてある。その傍に、トメさんが倒れていた。
「婆ちゃん!」
太郎は駆け寄り、トメさんを抱き起こした。すぐトメさんは少し唸ると、抱えていた手を開いた。胸元に、真っ白なお饅頭があるのが見えた。
「ごめんねぇ、太郎……一個しか守れなかったよ」
「そんなこといいよ! 婆ちゃん! 誰にやられたんだよ!?」
「……髪の白い娘がねぇ……突然入ってきたんだよ。そうしてお饅頭を盗っていってしまた。ごめんよ、あれは、太郎のなのに……守れなかったよ」
「いいよ! 婆ちゃん! そんなのいいよ!」
太郎は喚くように言う。抱き起こしたトメさんの胸元から、お饅頭を取り出して、食べた。トメさんが守った、お饅頭は、少しだけしょっぱかった。
そこで、初めて自分が泣いていることに気が付いた。酷く弱々しい祖母の様子に、残された時間が僅かだと言うことを知ってしまったのだ。
腕が震えた。
身体が震えた。
自分は、祖母になにもしてやれないのではないか、そう思えた。
祖母が守ってくれたお饅頭。それは、他のなによりも美味しく思えた。
ごめんねごめんねと謝る祖母は、ちっぽけに見えた。シワの入った顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
今まで守っていてくれた人が、酷く脆く見えた。
太郎は決心した。
働こう。
そして、祖母に楽をさせてあげよう。
これは恩返しだ。自分のことを守ってくれた祖母への、恩返しだ。
太郎は、トメさんを抱きしめた。
強く、強く、離さないように。
そういえば――祖母を襲って、饅頭を盗って行ったのは、誰だったのだろうか。
そんなのは、最早どうでもいい。太郎は世の理をある程度知っていた。きっとその娘は、貧しいのだろう。でなければ、どうしてリスクを背負ってまでして物取りなどしようか。だったらもういい。過ぎたことだ。
今は、目の前のことが先決だ。
太郎はトメさんの手を、ぎゅっと握って、胸中で誓いをたてた。
◆ 妖夢 ◆
「うぇぇ!?」
人里に降りて来た妖夢は辺りを見渡して、素っ頓狂な声をあげた。
何故なら人里は慌てふためいていたからだ。
まるで賊の襲撃にあったかのようだった。
「な、ええ? い、いったいなにがあったの……」
里の入り口で呆然としている妖夢に近付く人影があった。長い白髪を靡かせた半獣。上白沢慧音だった。
「おい」
「ひゃい!?」
背後からかけられた声に、大げさに反応してしまう。気配に気が付かなかったのは、それほど呆然としていたと言うことだ。
妖夢は己を恥じた。
「慧音さん……これはいったいどうしたのですか……?」
すると慧音は困ったように頬をかいた。
「実はな、今、人里には饅頭をひったくっていく娘が出没しているんだ」
「饅頭を? お金ではなくて?」
「ああ、命も盗らない。饅頭を盗んでいくだけだ。そいつがまた足が速くてな。捕まえようと思っても捕まえられんのだ」
「へ、へぇ……」
妖夢の頬を冷や汗が伝う。
そのことに、少しばかり心覚えがあったのだ。
「で、なにか知らないか……? そうそう犯人はお前のような白い短髪の娘のようだ」
「あ、あはは……私はなにも知りませんよ」
「ふぅむ、まさかお前ではあるまいな?」
「そ、そんなわけないですよぉ……」
曖昧な笑いを浮かべて、その場をやり過ごす所存にあった。
その奇妙な笑いを見て、慧音は一瞬、こいつが犯人だと思った。けれど、普段の行いを顧みてみれば、彼女がそんなことをしないと言うことは、目に見えて明らかだ。
なにかよっぽどのことがない限り、妖夢が物取りなどするはずがないだろう。
例えば、あの食いしん坊のお嬢様が、白玉楼の食い物を全部食べてしまったとか。
そこまで考えて、慧音は何をばかな、と頭を振った。
どれほどの食いしん坊であろうと、保存してある全ての食べ物を食べることなど出来やしないだろう。
すたたたた、と妖夢は視界の隅っこに逃げていく分身を見つけた。
「ああああ!」
叫ぶと同時、妖夢は駆け出していた。
「おい!」
その背に慧音が呼びかけるが、遅かった。
すでに妖夢はどこかへ駆け出していってしまった後だった。
慧音は小さく息を漏らすと、髪の毛をかき上げた。
◆ ボディビルダーのジョー ◆
ジョーは里で主催されるボディービル大会の優勝者だった。
その巧みに鍛え上げられた筋肉の見せ付ける、嵐のようなフォームに皆が魅了された。ジョーが動けば歓声が沸き起こり、ジョーが歩けば女が抱きつく。そうして一たび戦いを申し込まれれば、ジョーは容赦もなく、その筋肉を用いて相手を魅了する。
ついたあだ名が「魅惑のジョー」。
彼の筋肉は際限がなく、まさに進化する筋肉とさえ言われた。
ジョーはその筋肉に誇りを持っていたし、周囲もそれを尊敬した。
しかし、或る日、だ。ジョーは自信をなくしてしまっていた。
永遠のチャンプと呼ばれたジョーは、ついこの間、里の大男である、田吾作に負けたのだ。ジョーに勝るとも劣らぬ見事な筋肉であり、戦いはほぼ互角であった。しかし、田吾作の方が一枚上手だった。繰り出される圧倒的なパワーは、ジョーを超えていたのだ。
負けて悔しいか、と問われれば、ジョーは間違いなく悔しいと答える。しかし、もう一度戦いたいかと問われれば、ジョーは首を振るだろう。
そう、ジョーは戦うのが恐ろしくなってしまった。
負けるのが怖くなってしまったのだ。
ジョーはもう戦えない。
それに対し、里の人は落胆を露わに示した。突き刺さる視線。ジョーは、その視線に晒されることに堪えきれず、家に篭った。
かつてのチャンプは、今は見る影もない引き篭もりになってしまった。
かちゃり、ジョーはキッチンの扉を開くと、戸棚からお饅頭を取り出した。ジョーは見掛けに似合わず甘いお菓子が大好きだった。
特に里で一番と噂される、玄さんのお饅頭が大好物だった。
ぱくりと一口食べると、口の中にふわっと広がる餡子の甘さ。まるで全身が羽毛に包まれ、空高く昇っていけそうな心地よさ。
その絶妙な加減に、病み付きになった。
これが、最後の一個だ。
これを食べてしまったら、自分は表に出なければいけない。だが、視線に耐えられるのか?
かつてのチャンピオンを嘲笑する視線に、自分は耐えられるのか。
薄っすら目じりに浮かんだ涙を拭いもせず、彼はお饅頭の入った箱を見詰めた。
その瞬間だ。
だん、床を蹴る音。
戸棚の前を一瞬、影が通る。
次の瞬間、饅頭の箱が開けられ、中の饅頭がなくなっていた。
ジョーはあっと叫び声を上げる。
見れば、壁際に、俯き加減にもそもそと饅頭を食べる少女を発見した。白い髪をした、可愛らしい少女である。ジョーは怒りに顔を染めた。
最後の一個だったのに! 余りに子供っぽい理屈だった。
しかし、とジョーは目を見開いた。
もふもふと両手で持った饅頭を、まるで小動物のように小さな口に運ぶ様子。栗鼠のように頬を膨らませて、一生懸命食べる姿。
ジョーは拳を振り上げて逡巡した。こんな一生懸命な少女を、止めることが出来るのか? と。できない。出来ないのだ。
美味しいものを、こんなに美味しそうに食べる少女の、邪魔など、出来る筈がないのだ。
もくもくと食べて、少女はにこりとジョーに微笑んだ。
頬っぺたに、餡子をつけた愛らしい笑顔に、ジョーはどきりと胸を高鳴らせた。
そうして、ぺこりとお辞儀をし、どこからともなく入ってきた彼女は、どこかへ走っていってしまった。
ジョーは呆然として、彼女のことを頭の中に思い描いた。
本当に嬉しそうに食べる様子に、ジョーはあることを思い返していた。初めてボディービルダーになろうと思った日のことだ。
里で開かれた大会で、幼いジョーは筋肉に魅了された。
ただただ、魅せるためだけに鍛え上げられたその肉体に、ジョーの胸は高鳴った。そうだ、先ほどの胸の高鳴りと同じだ。
自分が始まるときは、いつも胸の高鳴りからだ。あの日と同じ高鳴りを、あの娘がくれた。そうだ、戦うのが怖くてどうする。外に出るのが怖くては、戦えない。
ジョーは決める。
もう自分は、ボディービルダーとして戦っていけないだろう。けれど、別の道がある。
頭の中で、あの娘の笑顔を思い描く。
ジョーは微笑んで、半裸の上にコートを羽織った。
◆ 妖夢 ◆
「もう、どこ行ったのよ!?」
視界には立ち並ぶ家々のほかにはなにも見えない。
走りながら、辺りを見渡す。
人の気配はすれど、半霊の気配はない。
どこにも見えないのだ。自分の半身なのに。
妖夢は、少し自信をなくしつつあった。自分の身体でさえ思い通りにいかない。そのどうしようもない感情が歯痒くて、妖夢は歯を食い縛った。
往来で立ち尽くす妖夢に、注目する人は少なくないが、その誰もが、妖夢に話しかけようとしない。重々しい空気を纏った妖夢に、近付きたくないのだ。
目の端から、涙が零れそうになる。
自分が情けなくて、くず折れてしまえれば、どんなに楽かと。
しかしそれは出来ない。
逃げているのは、自分の半身。そして、きっと事件を起こしているのも、それなのだ。
自分自身のことさえ、自分で片付けることができない。
それが堪らなく悔しかったのだ。
「妖夢ちゃんじゃないか。……どうしたよ」
そんな妖夢に話しかける、酒に焼けた、けれど一本筋の入った声。里一番の饅頭職人・玄さんの声だった。
妖夢は顔をあげる。
日に焼けて、浅黒く染まった肌と、そこに刻まれる深いシワ。一本一本が厳しく見える。それに乗っかる、真白に染まった髪が目に入った。
幽々子がいつも贔屓にしている饅頭屋で、妖夢は顔見知りだった。寄る度に、妖夢の吐く愚痴を、文句の一つもなく聞いてくれる、爺さまだ。
「玄さん……」
妖夢は低く呻くように呟いた。心の奥を見せたくない、そんな願いを込めて。けれど玄さんとの付き合いはけっこう長く、そんなものは簡単に看破されてしまう。
玄さんは視線をずらして、妖夢の隣を見た。そこには、いつも付き従う半霊の姿はない。なにかあったな、と玄さんは推測する。
玄さんの力強い無骨な手が、妖夢の頭をくしゃりと撫でる。「ふぇ?」と顔をあげると、玄さんはにやりと白い歯を見せた。
浅黒い肌に、白い歯は印象的だった。
「うちの店に来なよ。饅頭くらいなら出してやれる」
それが、玄さんに出来る唯一のことだった。
玄さんには、力も学もないが、けれど饅頭を作ることは出来る。誰かに美味しい饅頭を食べさせて、笑顔にさせてやるのが、玄さんの大好きなことだった。
笑顔が見られるならば、喜んで自らの技術を振るい、最高の饅頭を作ってやる。
それが玄さんの信念だ。
「え、で、でも今日はお金とか持ってないですし……」
「金なんて細かいことはいいんだよ。ただ、おれはお前さんに饅頭を食べさせてやりたいだけだよ」
玄さんはにやりと笑った。
細められた目から、穏やかな光が見えた。
妖夢は、そのままに、こくりと小さく頷いた。
◆ 饅頭屋の玄さん ◆
テーブルに行儀良く座った妖夢に、玄さんはお茶を出してやりながら話を聞いた。
半霊が逃げ出して、どうしようもなくて、自分の自信が消えそうになったこと。
難しいことはさっぱり分からないが、妖夢が気落ちしていることだけはわかった。
作業する手は止めずに、玄さんは話を聞いていく。
頷いたりしながら聞いていると、妖夢は幾分楽になったようだった。
玄さんは、饅頭を出してやった。
お皿に乗せられたもっちりとした大きな白いお饅頭だ。まるで白雪のようなそれは、玄さんの手、自ら作り出されたことを誇るように輝いて見えた。
妖夢は一瞬、目を奪われた。
そして、両手でしっかりとそれを持つと、小さな口を一杯に広げて齧り付いた。
甘さが広がった。
口の中を、とろけるようにして広がっていく。まるで身体ごと羽毛の中にダイブしたような気分だ。二口目には太陽の下で昼寝をしているような気持ちだった。
心地よくて、もふもふと絶えず口を動かしてしまう。
美味しかった。
控えめな甘さも、適当でちょうどいい。皮はもっちりと程よい弾力があって、よく伸びる。伸びたとき、噛み切るのが容易なよう、計算しつくされた玄さんの饅頭。
堅くなく、柔らかすぎず、ふんわりと餡子を包む甘い皮。
甘さを控えるよう、調整された小豆。
妖夢は知らず、頬を緩めていた。
目を細めて、うっとりと饅頭の味に夢中になっている。
玄さんは頷いた。やはり、女の子は笑っているほうが可愛いのだ。
夢中になって食べ続け、饅頭がなくなって、それでも食べようとして、がちんと空を噛んで、妖夢は頬を赤く染めた。そこには、真っ黒い餡子がついていて、思わず笑みを誘った。指摘してやると、妖夢はさらに頬を染めて、俯きながら、袖で拭いた。
笑いながら見ていると、唐突に、妖夢は立ち上がった。
晴れ晴れとした表情で、お礼を言って、妖夢は駆け出した。
玄さんは笑いを堪えながら、元気な娘だなぁ、と肩を震わせた。
そう言えば、と双子の妹であるトメさんのこと思い返していた。あいつの孫も饅頭が好きだったはずだ。今度持って行ってやるのもいいかもしれない。
トメも饅頭を作るのは得意だが、如何せんあいつのは甘すぎる。
玄さんはくつくつと笑った。
とんとんと扉を叩く音。音は二つ。裏口の扉と表の扉。
片方は大きく、片方は小さく。
玄さんは威勢よく、はぁい! と言った。
◆ 妖夢(今) ◆
そして人里から抜け出した気配を追って辿り着いたのが博麗神社、と。
人里を離れてかなりの速さで走るそれは、妖夢の分身だと容易くわかった。
膝の上では相変わらず霊夢がえぐえぐ泣いている。
さてどうしたもんかと頭を巡らせる。
そもそもどうして分身が逃げたのかさえわかっていないのだ。
自分がなにか至らないことをしてしまったのだろか。いや、だとしたら、お饅頭を食べまくった意味がわからない。
どうしてそんなことをしたのか、まったくわからないのだ。
妖夢は腕を組んで思考に耽った。
傍から見れば、霊夢に押し倒されている風に見えなくもないが、そんなことは端から気にしていなかった。
妖夢は、ただ自分の分身のことを考えていた、
されど答えは出ない。
「――あなたは、なにか自分を抑えつけているのね」
と声がした。
「紫様?」
「ええ、そうよ」
にゅるりと開いた隙間から顔を覗かせながら、紫は頷いた。背後から泣き声が聞こえるがそんなものは気にしない。
「紫様は、私の半霊がどうして逃げてしまったのか知っているのですか?」
「もちろんよ。さっきも言ったじゃない。あなたは自分を抑えてるのよ」
「抑えている?」
「ええ、感情かなにか……それが半霊を動かしているの」
その言葉に、妖夢はぴんと来るものがあった。
霊夢の頭を撫でていた手を止めて、妖夢は顔を跳ね上げた。
その目には決心が宿っていた。
自らの半身を取り戻すという強い意志だった。
「紫様」
「なんでしょう?」
わかっているのに、煙に巻くように聞き返す。
「白玉楼への隙間を開いてください」
「合点承知よ」
空間が開いた。
妖夢は立ち上がる。霊夢の頭がずり落ちて、ごんと音をたてた。霊夢は泣いた。
「そう言えば、どうして助けてくれたのですか?」
いつもは傍観するくせに。
「橙のお饅頭が盗られて藍に誤解されたのよ」
不貞腐れたように紫は言う。
なるほど、だからそんなに頬っぺたに紅葉が散っているのですね、と苦笑しつつも、心の中は澄み切っていた。あとは自分の為すべきことをやるだけだ。
妖夢は隙間に消えた。
霊夢は一人で泣いた。紫が手を差し出すと、甘える小動物のように腕に絡みついた。その上目遣いの視線に、八雲紫は陥落した。
◆
隙間からの落下速度+質量+α
振りかぶってどーん。
「勝手に私のお饅頭食べるってどう言うことですか幽々子様ぁぁぁぁぁぁあ!」
「ごめんなさい妖夢ぅぅぅぅぅぅぅう!?」
派手に吹き飛ぶ幽々子。
妖夢は一息吐いた。
何時の間にか、隣に半霊が戻ってきていた。
どうやら間違っていなかったようだ。
良かった、と胸を撫で下ろす。
半霊が、申し訳なさそうにしている。
ふわふわとした白い、お饅頭のようなそれを、妖夢はなんとなくおいしそうだな、と思って齧ってみた。
半霊は泣いた。
[了]
ここのお饅頭食べに行きたいなぁ
何(ry
何か騙されてる気がするw
ギャグだった筈なのになんでいい話になってるんだ……?