泣いている。みんな泣いている。それは別離の涙。
もう黒髪の少女が長くないと分かっているから。もう二度と、彼女が元気になることはないと分かっているから。
その光景を、紅髪の少女は彼女の中から見つめていた。その表情に笑顔は無い。
もうすぐ約束の時が訪れるというのに、待ち望んでいた二度目の生を享受出来る筈なのに、少しも心が躍らない。
この時の為に、自分は今まで黒髪の少女の中に入っていたというのに。本当に待ち侘びた瞬間だというのに。
それはきっと、死という名の約束の時に向かっている黒髪の少女を、少しも理解する事が出来なかったから。
泣いている。みんな泣いている。彼女の夫も、彼女の娘も、彼女の孫もみんなみんな泣いている。
でも、それは仕方の無い事。人間にとって死は逃れられない運命。死は恐れるべき事象。
死があるからこそ生は輝く。死があるからこそ今その瞬間を大切にする。そして、その生の短さが人間の一生を美しく煌かせる。
だからこそ、だからこそ紅髪の少女は解せなかった。
みんなが悲しんでいる中で、死に向かう絶望の中で、孤独と冷寒の待つ世界に身を投じようとする中で。
――どうして、あの娘はあんな風に笑っていられるんだろう。
「ただの疲労…?」
「ええ、疲労。言うなれば過労。本人の証言した症状をそのまま信じるのならね」
パチュリーの報告を聞き、飛び込むように部屋に突入したレミリアは、
まるで魂が抜けたかのようにへなへなとその場に腰を落としてしまった。緊張の糸が切れたのか、力が抜けてしまったらしい。
その様子を、ベッドの上に寝かされた美鈴は申し訳なさそうに苦笑を浮かべて見つめていた。
夕刻の紅魔館。一人のんびりと紅茶を楽しんでいたレミリアの元に、血相を変えてフランが飛び込んできた。
何事かと驚き、訊ねかけるレミリアに妹が口にした内容は、レミリアの表情から血の気を引かせるような内容だった。
――美鈴が倒れた。
フランを背に乗せ、掃除に励んでいた最中、突然その場に崩れ落ちるように倒れたと言うのだ。
その話を最初耳に入れたとき、レミリアは頭の中が絵の具で書き殴られたように白く染まっていくような感覚に襲われた。
何故美鈴が倒れたのか。そもそも倒れた理由は何か。いや美鈴は今無事なのか。彼女は今どうしているのか。
様々な思考が脳内に留まる事無く駆け巡り、次にレミリアがとった行動は部屋から飛び出すことだった。
今思えば、その時点で彼女は普段の冷静さを欠いていたのだ。
本来ならば、一番正しい選択はフランに詳しく話を聞くこと。美鈴の症状から居場所、処置に至るまで、彼女は主として冷静に耳を傾けねばならなかった。
しかし、レミリアは駆け出した。一刻も早く美鈴の傍に向かう為に、彼女の身体は考えるよりも早く行動に身を委ねたのだ。
紅魔館中を駆け巡り、部屋と言う部屋を探し回り、ようやく辿り着いたパチュリーの部屋。
その奔走の果てに告げられた答えが、先ほどのパチュリーの診断結果だ。レミリアでなくとも、腰を落としてしまっても仕方が無いだろう。
まるで魂が抜け落ちたかのようにポカンとしているレミリアに、美鈴は申し訳なさそうにベッドから状態を起こし、彼女に声をかける。
「えっと…何だか無駄に徒労させてしまったみたいですみません」
「…もういいわ。本当にただの疲労だけなのね?
フランの様子が徒事じゃなかったから、本当に心配したじゃない」
「…心配してくれたんですか?」
「当たり前でしょ。全く…余計な心配かけないで頂戴。本当、心臓に悪いんだから…」
それはレミリアらしからぬ素直な言葉。普段ならば決して口には出さない本音。
彼女が口を滑らせてしまったのは、それだけ美鈴の事を心配していたから。それだけ安堵したことにより、気が抜けてしまっていたから。
自分の発言がどれだけ珍しいものか気付く余裕の無いレミリアを見て、パチュリーは苦笑する。
本当、いつもこれくらい素直になればいいのに。本当に仕方の無い親友だと。
「ねえめーりん、本当に大丈夫なの?つらくないの?」
「ええ、大丈夫ですよフラン。心配してくれてありがとうございます。
少し休んだら、またいつも通り働きますからね」
ベッドの傍には、フランが心配そうな表情を浮かべて美鈴の方をじっと見つめていた。
どうやら、美鈴がパチュリーの部屋に運ばれている事を知っていたのか、レミリアよりも先に部屋についていたらしい。
不安げに訊ねるフランの頭を優しく撫で、美鈴は笑顔を浮かべて返答を返すが、彼女の意見はレミリアによって曲げられる事になる。
「駄目よ」
「え…」
「過労で倒れたというのに、何を馬鹿な事を言ってるのよ貴女は。
いい?これから私が許可を出すまで、メイド長としての仕事は一切禁止するわ。コレは命令よ」
フンと顔を逸らし、きつく言い放つレミリアに、美鈴は困惑したような表情を浮かべる。
そんな美鈴に、レミリアからバトンを受け取ったようにパチュリーは微笑みを浮かべ、優しく彼女に説明をする。
「レミィの判断は客観的に見ても正しい判断よ。
今無理しても、また倒れてしまっては何にもならないでしょう?今はしっかり休んで身体を回復させなさい」
「ですが…」
未だに納得出来ずに口を開こうとする美鈴だが、その言葉は最後まで発される事はなかった。
くい、と服の袖を引っ張られ、美鈴がそちらに視線を落とすと、フランが悲しそうな表情を浮かべていたからだ。
「…私、嫌だよ。めーりんが目の前でまた倒れたりするの、嫌だよ。
めーりんが倒れた時、凄く怖かった…一人で地下に居る事より何倍も何倍も怖かった…」
「フラン…」
今にも泣きそうな表情を浮かべるフランを、美鈴は自分の胸の中に引き寄せ、優しく抱きしめる。
その光景にレミリアは一つ息を漏らし、まっすぐに美鈴を見つめて言葉を紡ぐ。
「…私も嫌なのよ。貴女が倒れた、なんて巫山戯た報告をもう一度耳に入れるのは。
主を心配させる事、それがどれだけ罪深く許し難い所業かをベッドの上でずっと考えてなさい。そして反省なさい」
話を言い終えたのか、レミリアは用は済んだとばかりに室内から出て行ってしまった。
不器用な親友の背中を見つめ、クスリと小さく微笑み、パチュリーもまた美鈴の方を見て、言葉を紡ぐ。
「レミィは責任を感じてるのよ。貴女の疲れが溜まっている事を見抜いてあげられなかった事にね。
そして、それはレミィだけの責任ではないわ。私も貴女の体調の変化に気付いてあげられなかったもの」
「そんな…二人は全然悪くありません。私が勝手に倒れただけですから。
ですから今後はこのような事が二度とないように気をつけますから…」
「そう思ってくれるなら、今はゆっくりと休んで頂戴。
しっかり休んで、元気になったらまた仕事に戻ればいい。今無理をする事に何の意味も無いわ。
理由は分からないけれど、今の貴女は何か無意味に焦っているように思えるわよ。回復に努めるのも従者の立派な仕事でしょう」
「…そうですね」
パチュリーの説得に、美鈴はようやく反論を諦めたのか、大人しく首を小さく縦に振った。
肩を落としつつも、暗い表情をフランに見せないように微笑む美鈴を眺めながら、パチュリーは口にはしなかったものの、少々驚きを隠せずにいた。
その驚きの理由、それは美鈴が最後まで自分達の決定に反対し、抵抗しようとした事。
無論、美鈴が二人の決定に反対意見を出すことをパチュリーは批難している訳ではない。
美鈴はメイド長であり、紅魔館の実質ナンバー2の人物だ。
今までレミリア達が下した採決に意見する事など珍しい事ではなく、多々あった。それは二人の意見をより良いものへと変える為。
しかし、先ほどの美鈴の様子は何かが違っていた。今は休む事こそが一番の選択であるのに、美鈴は最後までその決定を拒んでいた。
レミリアの命令を良しとせず、彼女はすぐに仕事に戻る事を望んでいた。
しかし、体調が戻らない中での選択が一体どれほど愚行であるか、聡明な美鈴ならば分かる筈だ。
それなのに、美鈴はその愚行を選ぼうとし、最後まで抵抗したのだ。まるで何かに焦っているかのように。
小さな言動の中に見つけた違和感。それは、パチュリーだけが感じた異質。
微笑を浮かべ、フランと笑い合っている美鈴を見つめながら、パチュリーは一つの結論を導き出した。『少し様子を見る必要がある』と。
美鈴が倒れてから三日が経過した紅魔館。
館内では、妖精メイド達がやれ掃除だやれ食事の準備だと騒がしいほどに東奔西走していた。
普段から喧しい程にざわついている彼女達だが、ここ最近の彼女達は普段に輪をかけて忙しい。
その理由は勿論、彼女達を取りまとめるメイド長である美鈴の不在だ。
普段はのほほんとポケポケしている美鈴だが、仕事面では率先して妖精メイド達に指示を送っていた。
優しくすべき事を教え、気を上手く乗せて妖精達に仕事をさせる意味で、美鈴は実に彼女達妖精の扱いが上手かったのだ。
逆に言えば、美鈴が居なければ妖精達の仕事効率は大きく落ちる結果になるのは当然の事で、
妖精達が忙しく駆け回っているのは、効率よく仕事がスムーズに行えない事にあった。
その光景を溜息交じりで見渡しながら、レミリアは一人廊下を進んでいた。彼女の目的の部屋は勿論、ポンコツな従者が休んでいるパチュリーの部屋。
美鈴が倒れてから、パチュリーは美鈴に部屋を使うように言い、自分は図書室で生活するようになった。
最も、パチュリーは眠る必要が無い為、普段から図書館で生活していたも同然であり、
自室など滅多に使っていなかったのだが。現在、彼女の部屋は美鈴の入院室代わりという訳である。
部屋に辿り着いたレミリアは、軽くノックをして、中から美鈴の返事が返ってきた事を確認して扉を開ける。
室内では、美鈴がベッドから上半身を起こし、レミリアの来室を心から喜ぶような微笑を浮かべていた。
そんな美鈴の笑顔にレミリアは一つ息を吐き、ベッドの傍に備え付けられていた椅子を引き寄せて腰を下ろす。
「今日も来てくれたんですね。ありがとうございます」
「そりゃ来るわよ。
『毎日絶対にお見舞いに来て下さい。来てくれないと寂しさで死んじゃいます』なんて私に言ったのは
一体何処の誰だったかしらね」
「ふふっ、相変わらずレミリアは素直じゃないんですから。レミリアの照れ屋さん」
「本気で磨り潰すわよ?全く…本当に貴女の脳は成長しないわね」
呆れるように言うレミリアに、美鈴は笑みを絶やさない。
言葉こそぶっきらぼうだが、レミリアがどれだけ美鈴を心配しているのか、彼女自身分かっているのだ。
そもそも、この三日間毎日欠かさずに一番何度もお見舞いに来ているのは、他ならぬレミリアなのだから。
挨拶をこの程度にして、本題に入るためにレミリアは美鈴に眼差しを向け、真剣な表情で口を開く。
「…昨日の夜、随分熱が出たみたいじゃない。
意識も大分朦朧としてて、かなりうなされてたってパチェから報告が上がってるのだけれど」
「えええ…レミリアには黙っている約束だったのに…パチュリーは嘘つきです」
しゅんとうな垂れる美鈴だが、レミリアが彼女の言葉を聞き逃す事は無かった。
顔を俯かせていた美鈴の頬を摘み、レミリアは無言のまま思いっきり引っ張り上げる。
突然の事に、美鈴は目を丸くして、慌てて悲鳴を上げた。
「痛い!痛いですレミリア!!頬が千切れちゃいますよ!!」
「どうして!!私に!!隠そうと!!するのよ!!このポンコツメイド!!!!」
「ご、ごめんなさいいい!!!!もうしません!!もうしませんから!!!」
必死に許しを請う声にもまだ不満なのか、レミリアはフンと鼻を鳴らして一睨みし、美鈴から手を離した。
ううう、とうめき声を上げながら頬を擦る美鈴だが、これもまあ自業自得なんで仕方が無いだろう。少々暴力的ではあったが。
泣きそうな表情を浮かべる美鈴に、レミリアは軽く息をつき、言葉を紡ぐ。それは、彼女の見せる本当の表情。
「…主を心配させる事は確かに大罪だわ。だけど、主に隠し事をしようとするのはもっと許し難い事よ。
もう二度とこんな事は止めて頂戴。次は本当に怒るわよ」
「…そうですね。ごめんなさい、レミリア。確かに私が浅慮でした。
ご主人様にそんな表情をさせるなんて、私も従者としてまだまだです」
「馬鹿…それで、今は大丈夫なの?熱の方はもう下がったみたいだけど…」
「はい、身体の方はパチュリーから頂いた薬で大分楽になりました。
ただ、仕事に戻る分にはまだまだ時間が掛かりそうですが」
「許可なら出さないわよ。少なくとも、これから一ヶ月は貴女に仕事を何一つ任せるつもりは無いもの。
今はゆっくり休んでおきなさい。どうせ一ヵ月後には、また嫌になるくらい扱き使ってあげるんだから」
「そう…ですね。ふふ、仕事も溜まってますし、来月は本当に忙しくなりそうです」
微笑む美鈴だが、その表情にレミリアは少しばかり違和感を覚えた。
その笑顔はいつもの美鈴のモノだ。けれど、何故かその微笑みは何処か違うような気がして。
何が違うかは分からない。何に違和感を覚えたのかは分からない。
けれど、レミリアはその笑顔を見て確かに感じたのだ。その笑顔には、何か別の感情が込められていたのだと。
それを口にすべきかどうか考えていたレミリアに、美鈴は突然一つあることをお願いする。
「すいません、レミリア。少しだけ両手を上げ、その場に立って後ろを向いて頂けますか?」
「…は?貴女、いきなり何を唐突に訳の分からないことを」
「まあまあ、少しだけですから」
手を合わせて頼む美鈴に、レミリアは眉を寄せて頭上に疑問符を浮かべながらも、
渋々彼女の望みを受け入れる。椅子から腰を上げ、両手を軽く頭上に位置し、
レミリアは『これでいいのか』と確認を取ろうと美鈴の方を振り向こうとした。その刹那だった。
「――なっ」
感じたのは、美鈴の温もり。背中越しに伝わる彼女の鼓動。
どうして美鈴の体温が自分の身体に伝わっているのか。一体何が自分の身に起こったのか。
その事を把握するのに、レミリアは少々時間を要した。彼女の思考が一瞬鈍るほどに、美鈴は唐突な行動だったのだ。
背中を向けたレミリアの両脇を支え、美鈴はレミリアを抱き上げ、そのまま自分の膝の上に引き寄せたのだ。
まるでレミリアを後ろから包み込むように抱き込む美鈴。その姿はまるで母親と娘のようで。それは偏にレミリアの背が低いからなのだが。
ようやく現状がどのような状態かを把握したレミリアは、慌てて美鈴に言葉を投げかける。
「ちょ、ちょっと美鈴!?いきなり何をやってるのよ!!貴女、私をフランと勘違いしてるんじゃ…」
「――温かいですね、レミリアは」
「…美鈴?」
それは鈴の音のように美しく透き通る声。どこまでも広がる草原に響く、一輪の風鈴の音色。
いつもと何ら変わらない筈だった美鈴の声が、レミリアは一瞬そんな風に感じ取れた。
音色と認識した後に、美鈴の言葉を言語として理解した。それ程までに、美鈴の声はかつてレミリアが聴いたどのような音色よりも美しく響き渡ったのだ。
美鈴の発言を言葉としてようやく理解し、レミリアは美鈴の方を振り返ることもなく口を開く。
「当たり前でしょう。これで私の身体から体温が感じ取れなかったら、私は死霊か何かじゃない」
「…出逢った時からそうでした。レミリアは誰よりも温かく、誰よりも優しかった。
レミリアは常に周りの事ばかり考えて、つらい事は何もかも自分で背負い込み、
決して周囲の人々に悲しい顔を見せようとはしなかった…レミリアは優し過ぎるから、必要以上に自分自身を傷つけた」
「…優しいだなんて、私に一番似つかわしくない表現ね」
「そんな事はありません。レミリアは本当に優しい人です。
誰よりも不器用だけれど、誰よりも心が温かい…そんなレミリアに私は惹かれたんですから。
貴女やパチュリー、そしてフランに出会えた事、共に過ごせた事…その全てが私の宝物です」
言葉を一つ紡ぐ度、後ろから抱きしめる美鈴の力が強まっていくのを感じた。
それは少し息苦しくなるほどに強く。まるでレミリアの存在を、温もりを自らの身体に刻み付けているかのように。
けれど、レミリアには美鈴の言葉が何故か遠く感じられた。
こんなにも近くに居るはずなのに、吐息がかかる距離に居るはずなのに、
何故か彼女の存在が自分から離れているような気がして。先ほどまではあれ程傍に感じられたというのに。
「美鈴、貴女急にどうしたのよ?突然人を抱き抱えたかと思えば、急にそんな事を言い出したりして。
言っては何だけれど、何だか今の貴女は変よ?」
「むむ、変とは心外です。私は心に募る想いをレミリアを抱きしめたり言葉で伝えたりすることで発散しているんです。
誰かさんが私に仕事をさせてくれませんから、私はレミリアの傍に居る事が出来なくなってしまいました。
という訳で、私は常にレミリアに会いたいという寂しさに溢れてしまっているんです。慰めてあげて下さい」
「その原因は何処ぞの誰かさんが倒れたからでしょう。
そして、その誰かさんの為に、私はこうして毎日直接わざわざ足を運んできてあげてるわ。
その上、今ではこうして部下の粗相にも目を瞑ってあげている。本当、呆れるくらいに部下思いの主だと思わない?」
「そんな部下思いのご主人様のご好意に甘えさせて頂く為にも、もう少しだけこのままでいさせて下さいね」
美鈴の言葉に、レミリアは軽く息を吐き、『仕方ないわね』とぶっきらぼうに返答した。
背中越しで美鈴の表情はレミリアからは見えないが、彼女がどんな顔をしているのかはレミリアには容易に予想がついた。
きっと今、美鈴はいつものように嬉しさを湛えた満面の笑みを浮かべているのだろう。私の大好きな、あの優しい笑顔で。
それで彼女が満足すなら悪くない。そう思う自分に気付き、レミリアは内心苦笑する。本当、自分は彼女に完全に惹かれてしまったのだな、と。
優しい静寂の時間が室内を包み、二人は流れるように時間を共に過ごしていた。
それは会話が無くても時間を共有できる事、それだけで二人には充分に有意義な時間だということ。
言葉を介さなくても、傍に感じあえるだけで喜びを分かち合えるということ。
それは二人が育んだ絆の形。出会いから幾月もの時間が流れ、共に心を支えあった主と従者の一つの形。
レミリアが美鈴を必要としているように、美鈴もまたレミリアを必要としていた。
風の騒ぐ夜の出会いから、二人はまるで乾いた和紙が水を吸い込んでゆくように互いの心を求め合ったのだ。
その出会いはきっと運命。だからこそ、レミリアは信じていた。信じて疑う事は無かった。
これから先も、美鈴がずっと自分の傍に居てくれる事を。美鈴がずっと、自分の傍で笑ってくれている未来を。
緩やかに流れ行く時の中、美鈴の望むがままに抱きしめられているレミリアの耳に、ふと一つの音色が響き渡る。
それは優しき旋律の調べ。室内に響き渡るは透き通った鈴の音色。心に触れるは愛しき少女の歌声。
レミリアの耳に聴こえたのは、美鈴が紡ぐ優しき子守唄。その歌声を、レミリアは瞳を閉じ、何も語る事無く耳を傾けていた。
彼女の心に宿るは遠い過去の記憶。美鈴の歌声が彼女の懐かしき記憶を呼び覚ます。
あれは一体何百年前だっただろう。それはきっと、まだフランが生まれて間もなかった頃。
幼い頃、我侭を言ってはよく父と母を困らせていた。そんな自分に、母がよくこんな風に優しく唄を歌ってくれた。
その唄に耳を傾け、自分とフランはいつも喜んでいたものだ。その光景に、父と母は楽しそうに表情を緩ませていた。
あの頃は何もかもが幸せな時間だった。母が生きていた頃、父は誰よりも優しく、誰よりも強く、誰よりも尊敬に値する人だった。
自分もいつかあんな風になりたいと。父のように誇り高き吸血鬼になりたいと。
幼いながらに、レミリアは父の姿を誰よりも追いかけていたのだ。母が死に、父が狂うまでは、確かにレミリアは父の事を愛していたのだ。
あの時の幸せな時間は今、自分の手の中には無い。時の流れは残酷で、その全てを奪ってしまったのだ。
だからこそ、レミリアは誓った。今度は絶対に手離したりしないと。幼く何も出来なかったあの頃とは違うのだと。
今の自分には力がある。この幸せを、紅魔館の皆を守るだけの力がこの手には。だから今度こそは絶対に。
やがて、美鈴の唄は終わりを迎え、歌い終えた彼女に、レミリアは瞳を開いてゆっくりと口を開く。
「…優しい歌ね。何という歌かしら」
「ふふっ、ありがとうございます。実は私も歌の題は知らないんですよ。
この歌は美鈴がいつも歌っていたもの。自分の子供達によく歌い聞かせていた子守唄。
私はそれを何度も繰り返し彼女の中で聴いてるうちに、自然と覚えてしまっただけなんですが…この歌は大好きです」
「そうね…私も嫌いじゃないわ。歌自体もそうだけど、貴女の歌声は嫌いじゃない」
素直じゃないレミリアの褒め言葉にも、美鈴は笑みを零すだけで何も口にする事はなかった。
レミリアの身体を優しく抱きしめたまま、美鈴は再びゆっくりと歌を紡いでゆく。心に響く、優しい優しい子守唄。
歌声に耳をそっと傾けて、背に美鈴の温もりを感じながらレミリアは何度も何度も強く思うのだ。
この優しい時間が、いつまでも続けばいいと。こんな日々が、いつまでも続けばいいと。
美鈴が私の傍で笑ってくれている、そんな幸せな時間がいつまでも続けばいいと――
美鈴の容態が急変したという報告がレミリアの耳に届いたのは、それから七時間後の深夜の事だった。
ただの過労だと思われていた美鈴の容態の変化は、紅魔館の人々に大きな衝撃をもたらした。
レミリアとの会話を終えたその日の深夜、美鈴は異常なまでの発熱を生じ、意識を保つ事すら困難な症状に陥った。
その美鈴の様子に動揺したのはレミリアとフランだ。特にレミリアの心の揺れは尋常ではなく、普段の冷静な彼女の様子は何処にも無かった。
そして、一番冷静に状況を判断し、行動したのは他ならぬパチュリーだった。
彼女の容態が異常だと判断したパチュリーは、レミリアやフランを部屋から閉め出し、すぐに持てる知識の全てを総動員して美鈴の症状を緩和させる手を講じた。
薬学医療から魔法治癒、彼女の長年蓄えたありとあらゆる知識を用い、三日三晩の全ての時を美鈴の治癒に費やしたのだ。
その間、レミリアは一歩たりとも美鈴の治癒が行われている部屋の扉の前から動こうとしなかった。
扉の前に立ち尽くし、己の拳を握り締め、レミリアはただただ己の無力さを呪った。
何故こうなってしまったのか。何故このような状況になってしまったのか。何故美鈴の症状が悪化したのか。
ただの過労だったのではないのか。休めば治るのではなかったのか。どうして今、美鈴が扉の向こうで苦しんでいるのか。
そして何より彼女の心に募る一つの憤り――美鈴が苦しんでいる今、一体何故、自分は何も出来ずにいるのか。
分かっている。分かってはいるのだ。今の自分が美鈴に出来る事など、何一つありはしないと。
今はただ、見守る事だけ。美鈴の無事を、パチュリーの治療を信じて彼女の邪魔をしないように、ただこうして。
治療が終わるまでの時間、それは日数にして三日程度だが、レミリアにとって数百年のようにも感じられた。
一秒、また一秒と時が刻まれる度に、レミリアは不安と己の無力さに心を押しつぶされそうになった。
けれど、決して情けない表情は表には出さない。何故なら、彼女の傍にはフランが居たから。
今にも泣きそうな表情で、妹もまた扉の向こうの美鈴を心配していた。フランですら頑張っているのに、どうして自分だけ情けない姿を呈する事が出来ようか。
フランを元気付け、レミリアは気丈に振る舞い扉の前でただ待ち続けた。美鈴の治癒が終わるその時を。
そして、美鈴の容態が急変してから三日過ぎた夜。
重く閉ざされていた部屋の扉が開かれ、中から三日ぶりにパチュリーが姿を現したのだ。
その姿を確認し、レミリアとフランは慌ててパチュリーに駆け寄り、美鈴の容態を確認する為にパチュリーに口を開く。
「パチェ、美鈴はどうなの!?大丈夫なの!?」
「パチュリー、めーりんは?めーりんは?」
「…安心して。美鈴は何とか意識を取り戻したわ。呂律もハッキリしている。
と言っても、意識を取り戻したというだけで、予断を許さない状況に変わりはないのだけれど」
詰め寄る二人に、パチュリーは淡々と状況を報告する。
その報告は、レミリア達に決して安堵をもたらせるような内容ではなかったが、最悪の結果は回避できたということ。
この三日間、二人の心に燻っていた不安、美鈴の死という最悪の結果だけは。
「ご苦労様…そう言ってあげたいのだけれど、先に訊かなければならないことがあるわ。
パチェ、美鈴の身体では一体何が起こっているの?あの娘はただの過労では無かったの?
三日三晩意識を失うような、そんな症状を引き起こすなんて普通考えられないわ」
「その説明は後。今は先に美鈴に会ってあげて頂戴」
レミリアの質問を制止し、パチュリーは二人に室内に入るように促した。
その理由を、パチュリーは二人に背を向け足を扉の方に進めながら告げる。『美鈴が二人を探しているのよ』と。
パチュリーに続くように、レミリアとフランは意を決して室内に足を踏み入れる。そして、視界に入った光景に言葉を失った。
ベッドの上で一人眠る美鈴。彼女達の知る元気と活力に満ち、笑顔に溢れていた姿はそこには無く。
横たわる少女のなんと儚き事か。身体に力は無く、彼女の象徴でもある美しき紅髪の輝きは失われ、
頬は少し痩せ落ち、肌は白く血液の力強い脈動すら感じられず。二人のよく見知った虹美鈴の姿はもう、そこには無かったのだ。
唇を噛み締め、レミリアは必死に己を保つ。動揺するな。ここで心を揺れ動かし騒いだところで何になる。
今はただ、平然を保つこと。美鈴に無用な心配をかけないこと。ただ只管に強く在ること。
拳を握り締め、レミリアは一歩、また一歩と美鈴に傍に近づいて行く。ベッドの傍に足を止め、レミリアはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「美鈴…私よ、レミリアよ。私の声は聞こえる?」
レミリアの呼びかけに呼応するように、美鈴はゆっくりとその両瞳を開いてゆく。
その虚ろな瞳はレミリアの姿を映し、ゆっくりと輝きを取り戻してゆく。そして、いつものように微笑を浮かべて。
「…レミリア。また心配をかけちゃいましたね…仕事に戻れなくなっちゃいました」
「馬鹿、そんなことはどうでもいいのよ。
それよりも身体は大丈夫なの?つらくはない?」
首を縦に振って大丈夫の意を示す美鈴に、レミリアは少しだけ胸を撫で下ろす。
身体の症状を尋ねかけるレミリアを他所に、フランはベッドに顎を乗せ、不安そうな表情でじっと美鈴を見つめている。
そんなフランに気付いたのか、美鈴は視線をフランに向け、優しく微笑みかける。
いつもなら、フランを抱き寄せたり頭を撫でてあげたりする筈なのに、それをしない。否、出来ないのだ。
今の彼女には、たったそれだけの動作をする力すら残っていないのだろう。その事に気付いたレミリアは、必死に拳を強く握り締めて自制する。
動じるな。不安を表情に出すな。今はただ強く。美鈴の前で、ただ強く。それがたとえ、見え見えの虚構であったとしても。
「とにかく余計な事は考えなくていいから、今は自分の身体の事だけを考えてなさい。
紅魔館の事は私達が何とかするから、ゆっくり療養すること。そして、元気になったその姿を私達に見せなさい。
いい?これは絶対の命令よ。主の命令は絶対なの。しっかり守りなさいよ」
レミリアの命令に、美鈴は微笑を浮かべるだけで言葉を返すことはしなかった。
ゆっくりと瞳を再び閉じ、美鈴はそっと言葉を紡いでゆく。それは誰に向けられた言葉か。
美鈴の言葉はまるで独り言のように。美鈴の呟きは声こそ小さかったけれど、確実に三人の元へ。
「…綺麗です」
「綺麗?」
美鈴の発した呟きに、レミリアは鸚鵡返しのように訊ね返す。
そのレミリアの言葉に反応したのかどうかは分からない。瞳を閉じたまま、美鈴は再びゆっくりと口を開いてゆく。
「…スカーレット。何者にも穢されない、鮮やかな緋色。
一色に染めあげられた純粋なモノ…本当に綺麗です。綺麗で、そして羨ましかった…羨ましかったです。
私もそんな風になりたかった…こんな何モノにも染まらない色ではなく、私もレミリアのように…」
「美鈴…?」
言葉を切らせた美鈴に、レミリアは表情から血の気が失せた。最悪の状況が脳裏を過ぎったからだ。
だが、レミリアの心を読み取っていたのか、傍にいたパチュリーが彼女の肩を優しく叩き、言葉をかける。
『眠っただけ、心配は要らない』と。パチュリーの言葉を受け、レミリアは大きく安堵の息をついた。
「とりあえず、今は寝かせてあげましょう。
美鈴の症状に関しては、部屋の外で話すわ。それでいいかしら?」
「…分かったわ。詳しく聞かせてもらうわよ、パチェ。
さあ、向こうに行きましょう、フラン」
部屋の外へ出るよう促すレミリアに、フランはふるふると横に首を振る。
レミリアの言葉を拒否し、フランはその場から動こうとしない。ただ強く、美鈴の眠るベッドのシーツを握り締めている。
嫌がるフランに驚き、理由を尋ねるレミリアに、フランはぽつりと言葉を紡いでゆく。
「めーりんの傍にいる…一人は凄く寂しいよ。
めーりんが元気になるまで、私はめーりんの傍にいる」
「フラン…」
妹の揺るがない意思を感じ取ったのか、レミリアは何も言葉をかける事無く室内を後にした。
きっとフランは自分が何を言おうと、その考えを変えないだろうことが容易に理解出来たから。
美鈴の傍に居たい。美鈴が大好きだから傍に居たい。その純粋な想いは、もしかしたらフランが誰よりも強いのかもしれない。
自分の気持ちを着飾ることも、偽る事もない。ただ純粋に美鈴を大好きだと言える、フランの想いこそが。
パチュリーと二人室外に出て、レミリアは小さく息をついて彼女に向かい合う。美鈴の体を蝕んでいるその正体を知る為に。
「それじゃパチェ、教えてくれるわね。美鈴の身体に生じている異変の正体を。
あれは唯の過労なんかじゃない、そうでしょう」
「…そうね。あれは過労なんかではないわ。
先に結論を言っておくけれど、原因は不明。美鈴の身体を蝕んでいるモノの正体は私には分からなかった」
パチュリーが言葉を言い終えた瞬間、廊下に大きな衝撃音が響き渡った。
その音源は探るまでも無い。レミリアが左右に広がる廊壁を己が拳で殴りつけたのだ。
壁に亀裂が入る様子をパチュリーは顔色一つ変える事無くじっと見つめる。その冷静さが、苛立っていたレミリアには不快にすら感じられた。
「分からない、ですって?原因が不明ですって?
巫山戯ないでよパチェ!!貴女はこの三日間一体何をやっていたのよ!?
そもそも美鈴を最初に過労と診断したのは他ならぬ貴女でしょう!?」
「…返す言葉も無いわね。
もし、あの時に美鈴の異常に私が気付いていれば、この事態は防げたのかもしれない。
もし、私が美鈴の嘘に気付いていれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。
…無力だわ。呆れるほどに無力過ぎる。結局私の長年蓄えてきた智は何の役にも立たなかった。
美鈴一人救う事すら出来ない…本当、自分自身に対する嫌悪感で頭がどうにかなってしまいそう」
嘲笑交じりで呟くパチュリーの姿に、レミリアは自分がどれだけ愚かな事を口にしてしまったのかに気付く。
普段は表情を表に出さないパチュリーが、あんなのも言葉を強めていて。そして、怒りに心を委ね自傷するような言葉を放って。
馬鹿だ。本当に自分は馬鹿だ。今ここでパチュリーを責めて一体どうなるというのか。
この三日間で、美鈴を救おうと手を尽くしたのは他ならぬパチュリーではないか。
誰よりも美鈴の為にその身を削ったのは親友であるパチュリーその人ではないか。
本当、嫌になる。パチュリーの言う通り、自分自身の嫌悪感で頭がどうにかなってしまいそうだ。
先ほど自分がパチュリーに向けた言葉は、ただの八つ当たり以外の何物でもないではないか。
「…ごめんなさい、パチェ。今のは失言だったわ。
美鈴の為に頑張ってくれたのは、他ならぬパチェだというのに…本当、私は主としても親友としても失格ね」
「いいのよ、レミィ。正直、何も感情をぶつけて貰えない方がつらかったもの。
…それよりも、美鈴に関する話はまだ終わっていない。あの娘の現状を今から説明するわ」
落ち込む親友を励まし、パチュリーは美鈴の症状についてレミリアに説明を始めた。
現在、美鈴の症状は小康状態に入り、最悪の状態は免れたということ。しかし、先ほども述べたように、安心出来る状態ではないということ。
そして何より、美鈴の身体を蝕む原因…それは過労などでは決して無いという結論。
「美鈴が倒れた日、私はあの娘の症状を過労と診断した。
それは、美鈴の話していた症状が全て過労のモノと同じであり、彼女の話に対して疑う事をしなかったから。
…けれど、それは大きな間違いだったわ。それが私の誤り」
「誤りって…つまり、どういう事なの?」
「そのままの意味よ。美鈴は私に自分の身体に生じている異変に対し、虚偽の報告をしていたの。
つまり、美鈴は自分の身体の異変を私達に隠そうとした。私はそれに気付かず、そのまま鵜呑みの診断を下してしまったの」
パチュリーの言葉に、レミリアは益々頭に疑問符を浮かべる。
何故美鈴がパチュリーに対し、嘘の報告をする必要があるのか。しかも自分の身体に関してだ。
美鈴は一日も早い復帰を望んでいた。ならば、早く身体を治す為にも、パチュリーに嘘を告げるメリットなど何一つありはしない筈だ。
首を傾げるレミリアに、パチュリーは彼女の疑問に応えるように、言葉を紡いでゆく。
「何故美鈴が私に嘘をついたのかは分からない。
けれど、身体に生じている異常に対し、虚偽の報告をしていたのは事実。
そうでなければ、こんな重い症状が一度に来たなんて考えられないもの。
今、美鈴の身体に起こっている症状は、時間をかけて確実に蓄積されていったモノであることは間違いないわ」
「それじゃ美鈴は倒れる前から…」
「でしょうね。私の推測が正しければ、ここ数ヶ月はずっと無理を重ねていた筈よ。
ハッキリ言って、立っている事すら奇跡だと思えるほどに身体はボロボロだったもの」
パチュリーの説明を、レミリアはただ呆然と立ち尽くして聞いていた。
説明が上手く頭に入らない。何故だ、どうして美鈴はそんなに無理をした。何処にそんな無理をする必要があった。
嘘をついてまで、どうして仕事をし続けた。つらい身体で、どうして私達に仕え続けた。
そんなことをして私達が喜ぶとでも思っていたのか。そんなことを私達が望むとでも思っていたのか。
分からない。分からない。美鈴の考えが分からない。あんなに近くに感じていた美鈴の心が今は少しも理解出来ない。
表情を悲しみに歪めるレミリアに、パチュリーは言葉を止め、『一度休みましょうか』と提案する。
しかし、その提案をレミリアは首を振って断りを入れる。大丈夫だとパチュリーに意思表示を込めて。
誰が見ても無理をしているのは明らかだが、パチュリーはレミリアの気持ちに応えて話を続ける。それが親友の望んだ選択なら、自分は後押しするだけだと。
「美鈴の身体に起こっている異変…
その正体は分からないけれど、何が起こっているのかについては幾つか分かっている事が存在するわ。
まず一つは、美鈴の体内で巨大な魔力が大きく胎動しているということ」
「大きな魔力?」
「ええ、それも想像を絶するほどの膨大な量の魔力。
あの娘の体内で、明らかに異常だと感知出来る魔力がうねり、不安定な状態で波状を描いてしまっている。
巨大な魔力が押しては引いて、その繰り返しで美鈴の身体を傷つけてしまっている。
魔力の暴走による人体への過負荷。そうね…美鈴が倒れた原因は恐らくコレだと私は思っているわ」
「どうして美鈴の身体にそんな魔力が…」
その言葉を発する途中、レミリアはある一つの事を思い出す。
それは美鈴の正体に関するもの。あの夜、美鈴は自分に言った。心こそ妖怪だが、身体は人間のモノであると。
美鈴の身体は人間から借りたもの、確かに美鈴は自分にそう言った筈だ。
身体が人間のモノならば、巨大な魔力に押しつぶされそうになっていても不思議ではない筈だが、しかし…
「…変よ。確かに美鈴の身体は人間のモノ。巨大な魔力が耐え得る構造にはなっていない。
けれど、美鈴の身体に関しては話は別の筈よ。あの娘は自分で言ってたもの。
『美鈴の身体は私の魔力に良く馴染んだ。この娘には才能があった』って。加えて、美鈴が長年をかけて魔力を馴染ませていったとも言っていたわ。
そして何より、元々美鈴の魔力に耐えられないような身体なら、私達と出会うとっくの昔に美鈴は既に死んでいた筈よ」
「レミィの言う通りよ。美鈴が今更自分自身の魔力に押し潰されたとは考え難い。
そして何より、美鈴は魔力の制御に関しては私達よりも格段に上の筈。
そうでなければ、妹様の狂気を抑えた時のような、超精密作業における超巨大魔力の流用は出来ない筈だもの。
そんな美鈴が、魔力の制御が出来ずにこのような状態に陥ったとは思えない」
「だったら、美鈴の身体には一体何が…」
訊ねるレミリアに、パチュリーは一旦言葉を止める。
それはまるで、自分の考えを口にするのを躊躇っているかのようで。
数秒ほど間を置いた後に、パチュリーはレミリアに視線を戻し、ゆっくりと口を開く。
「…まるで体内に飼っている獰猛な獣を必死に押さえつけているみたいに思えるわ。
あの娘の身体の中で暴れている魔力(モノ)を、今美鈴は必死に抑えようとしている。
もしかしたら、美鈴の持つ魔力容量は私達が考えているより遥かに上なのかもしれないわね。
それこそ本人ですら手が付けられず、あの美鈴ですら長年の間、制御し安定させるだけで手一杯だったくらいに」
「…それで、他に分かっている事は?」
「…対処の仕様が殆ど無いという事。さっきも言ったように、美鈴の症状は体内で暴れる魔力から来るものよ。
私がこの三日間行った治癒は、美鈴から魔力を吸い上げる吸魔の魔法。
それを三日間ずっと続けて膨大な魔力を捨てさせる事で、美鈴はようやく小康状態まで持ち直したの。
けれど、それは応急処置的な処方であって、治癒とは言えないわ。きっとこのままじゃ、同じ事の繰り返しになるだけだもの」
対処方が無い。それはレミリアの心に重く響く一言だった。
それはつまり、美鈴はこれから先も苦しみ続けるという事。彼女は常に、死と隣り合わせの日々を送るという事。
否、それだけではない。パチュリーの口振りからするに、美鈴の容態はいつ急変して悪化してもおかしくはないのだろう。
もし、パチュリーの手に負えないほどに体内の魔力が暴走してしまえば、美鈴は――
「――駄目よ。絶対にそれだけは許さない」
「…レミィ?」
拳を固く握りしめ、レミリアは瞳に意思の炎を宿した。
美鈴の体内の魔力が暴走したその先の未来、そんなものは見たくも無い。考えたくも無い。そんなものは存在しない。
そんな未来など必要ない。求めない。美鈴に用意される未来は、常に自分の傍で笑っている未来だ。
我侭な主に扱き使われ、その妹をいつも頭の上に乗せ、その姿を親友が楽しそうに見つめている。
美鈴に用意されたのは、たった一つだけ。彼女が歩み道はそれだけだ。それ以外の未来など、私が許さない。絶対に認めない。
救ってみせる。手が無い、手段が無いなどとは言わせない。どんな手を使ってでも美鈴を必ず救ってみせる。
あの娘は私達を救ってくれた。何も関係ない私達紅魔館の人々を、愛する妹を、そして私の心を救ってくれたのだ。
報酬など求めたりしない。私達の幸せを、あの娘は自分の事のように喜んでいた。私達の笑顔を見る度に、あの娘はいつも嬉しそうに微笑んでいた。
そんな美鈴の命が今、失われようとしている。理不尽かつ原因すら分からない症状に身を蝕まれている。
一体誰がそんな運命を美鈴に用意したというのか。あんなにも健気で優しく、誰よりも温かい少女にこんな戯けた結末を用意したというのか。
もし、この世界に絶対と言う名の神が存在し、その命運を定めたのだとしたら、私は絶対に許さない。
こんな巫山戯た運命など、私が変えてみせる。それを許さぬというのなら、この手で神すらも殺してみせる。
「パチェ…美鈴を救う方法を探すわよ。
私達には美鈴が必要なの。こんなところで私の許可なく命を失うなんて私は絶対に許さないわ」
「…そうね。諦めるにはまだ早いもの。美鈴はレミィ…いえ、私達にとって失ってはならない存在だわ。
まだ私達の知らない、何か有効な手立ては存在するのかもしれない」
諦めない。勝手な死など決して許さない。彼女が生を閉ざす事などあってはならない。
救ってみせる。絶対に救ってみせる。私に沢山の大切なモノを与えてくれた美鈴――最愛の人を、必ずこの手で。
それから一週間、レミリアは地下書物庫へと昼夜問わず篭もるようになった。
それはパチュリーの書物庫とは別の書斎。忌まわしき彼女の父である前当主が愛用していたものだ。
外の世界で指折りの吸血鬼としてその名を轟かせたレミリアの父は、実力だけでなく識にも溢れた人物であった。
そんな彼が愛用していた書庫こそが現在レミリアが篭もっている室内だ。
その書の数はパチュリーの書室と比較出来る程ではないが、外の世界の書物が余りある程に揃っていた。
書の内容はそれこそ幾多幾様で、歴史書から魔術書、戦術指南書。彼の愛読していたありとあらゆる書物が取り揃えられていた。
それらはパチュリーが見るに、価値で表す事の出来ない程に貴重な書物群らしいのだが、
レミリアはつい最近までこの書物庫を封鎖していた。紅魔館の住人はおろか、パチュリーや自身がこの部屋に入る事すらも禁じていた。
その理由は唯一つ、この書物庫には忌々しい罪科の記憶がこびり付いてしまっているからだ。
例えば本棚の書物一つ取り出してみれば分かりやすい。その書物の内容は他者を無力化するモノ、他者の魔力を持続的に奪い続けるモノ。
それらは狂気に走った彼が、実の娘であるフランに対して行った非道の数々。この部屋にはレミリアの父が犯した罪が形として残ってしまっているのだ。
フランに対してだけではない。何の罪も無い者達を捕え、彼が行った人体実験の記録。
その者達の持つ魔力を己の体内に同化させる為の研究成果。それらの記述もこの部屋には残されていたのだ。
気が狂いそうになる程の罪と吐き気を催すほどの醜悪。レミリアの父の狂気、その全てがこの部屋には凝縮されているのだ。
だからこそ、レミリアはこの部屋への立ち入りの一切を封じた。その意見に同意したからこそ、パチュリーは反対しなかった。
本当ならば、書庫に存在する全ての書物を焼き払ってしまいたかったが、レミリアは行動に移すことは無かった。
もしそれを行ってしまえば、それはまるで父の行った非道の全てを忘れてしまおうとしているようで。
それでは父の愚かな欲望の為に犠牲となった人々が救われないではないか、そう考えレミリアは書庫をそのままに封印したのだ。
彼の罪を忘れない為に。彼の愚行を二度と繰り返さない為に、彼の娘である自身への戒めの意味も込めて。
この紅魔館に残された唯一の暗部。その扉を、レミリアは生涯において二度と封印を解くつもりは無かった。
しかし、今レミリアはその室内にいる。扉の封印を解き、一心不乱に書物を漁って読み解いている。
何故、彼女がその扉の封印を解いたのか。その理由は勿論、美鈴を救う方法を探す為である。
前述したように、この書物には幾多の書が並べられている。忌々しき書物と同時に、他者の命を救うような書物もあるのだ。
美鈴を救う方法を探す為に、レミリアは藁にも縋る気持ちで父の書庫を頼ったのだ。
忌々しい父の智に縋りついででも、どんなプライドをかなぐり捨ててでもレミリアは美鈴を救いたかった。
その想いが故に、彼女はこの部屋の扉を叩いたのだ。
「レミィ、失礼するわよ」
書庫の扉が開かれ、そこから現れたパチュリーの姿を確認することもなく、レミリアは黙したままで書物から視線を逸らさない。
そんなレミリアの姿に、パチュリーは小さく溜息を一つついて、彼女の傍まで歩み寄る。そして運んできた紅茶を一つレミリアに渡した。
カップを無言のままで受け取り、口に運ぶものの、レミリアは以前視線を本に向けたままだ。
「気を張り詰めすぎよ、レミィ。少しは休まないと貴女の身体が持たないわ」
「大丈夫よ、これくらい。そんな簡単に潰れるほど私の身体は軟な造りをしていないもの。
私より休憩が必要なのはパチェの方でしょう。貴女は美鈴の看病につきっきりだもの。少しは休まないと駄目よ」
「私は睡眠を必要としないことくらい、レミィは知っているでしょう。
勿論、睡眠が全く無駄という訳ではないのだけれど…それよりもレミィ、この一週間で睡眠は何時間取ったの?
私の知る限りでは、レミィがこの書物庫から出て行ったという話を誰からも聞いていないのだけれど」
「睡眠ならちゃんと取ってるわよ。昨日も気付いたら意識が無くて一時間ほど床で眠っていたわ。
おかげで服が埃塗れになっちゃったわよ。封印を施す前に部屋掃除くらいしておくべきだったと後悔しているわ」
「…レミィ、それを世間一般では『眠った』ではなく『気を失った』と言うのよ」
呆れ果てるパチュリーの言葉にも、レミリアは話半分に相槌を打つだけだ。
この一週間、レミリアはまともな睡眠を取っていなかった。彼女達が話すように、時折気を失っては起き上がり、書に目を通すの繰り返しの日々。
食事だってそうだ。この一週間、レミリアがまともに食事を口にしているところを紅魔館の誰一人として見ていない。
最低限の食事と睡眠、そして残る時間を全てをこの場所で過ごし書を読み耽る。それが今のレミリアの生活サイクルだった。
呆れるように息をつくパチュリーだが、彼女とてレミリアと大して変わらない。
この一週間、彼女は美鈴の容態を常に見続けていた。いつ容態が急変するか分からない状況の中、
パチュリーは美鈴に毎日魔力吸引の魔法をかけ続けたのだ。突発的な魔力の暴走を防ぐ為にである。
そして、フランが美鈴の元を訪れた時に、何か変化が生じたならすぐに呼ぶように言い、
自分専用の書庫で美鈴を救う方法をレミリアと同じように探していた。書物を漁っては先人の智に頼ろうとしたのだ。
魔法により、食事と睡眠を必要としない分、レミリアほどの負担ではないが、それでも疲労が溜まっていない筈が無い。
それでも二人は弱音を少しも吐こうとはしなかった。美鈴を救う為ならば、自分の労苦など厭いはしないと。
「それでレミィ、ここでは何か美鈴を救う為の手がかりを見つけたかしら」
「…残念ながら、決定的な打開策は見当たらないわね。
だけど、少なからず得られたものはあるわ。美鈴を救う為の方法…そう断定していいのかは分からないけれど」
言葉を一度切り、レミリアは読んでいた書籍を閉じてパチュリーへと差し出した。
その本を受け取り、パチュリーはぱらぱらとページを捲り、書の内容に目を通してゆく。
そして読み進めるうちに、彼女は表情を険しいものへと変容していく。その表情に表れた感情は困惑の色。
ある程度まで読み進め、パチュリーは何も言わずに本を閉じ、その書物の表紙へと目を向ける。
そこには本来あるはずの書名が表記されておらず、ただ短く一人の名前が書き綴られていた。それはパチュリーの親友である目の前の少女の父親の名前。
「…元主様の日記?」
「そう。それはアイツの日記よ。
母様がまだ存命だった頃…気が触れておらず、必死に妻の命を救おうとした男の日記」
レミリアの浮かべているやりきれない表情、それが書の内容の全てを表していた。
その日記の内容はパチュリーの知る冷酷無比な吸血鬼とは程遠いモノであった。
病に倒れた妻を救う為、ありとあらゆる知識を持って愛する妻を救おうとした男の日記。
そこにあるのは妻を愛し、娘達を愛し、何よりも家族を守ろうとした誇り高き吸血鬼の在り様。
虐殺を繰り返し、己の力を誇示しようとした吸血鬼の姿しか知らぬパチュリーには別人とも思えるような記載内容だったのだ。
そう、レミリアの父は名君だったのだ。誰からも敬意を表され、ブラド・ツェペシュの末裔の名に相応しき吸血鬼。
彼が心を砕いた瞬間――愛する妻の死を迎えるまでは、彼は確かに誇り高き吸血鬼であったのだから。
「…馬鹿な男。こんな結末を母様が望んでいるとでも思っていたのかしらね」
「レミィ…」
「…全ては終わった話。
今、私達がすべき事はあの男の事を考える時じゃない。私達がすべきは美鈴を救う事、その一点だけよ」
自分自身に言い聞かせるように言い放ち、レミリアはパチュリーから書を受け取り、目的のページを開く。
該当ページに辿り着いた時、パチュリーにその内容を覗かせた。
それは彼が妻の命を救おうとあらゆる手を用いようとした記述、その一部分であった。
「転魂法…?」
「ええ、そうよ。美鈴の魂を別の容器に入れ替える事…それが私の辿り着いた一つの答え。
パチェ、貴女には話したでしょう。美鈴の正体が人間の身体に憑依した霊か何かの類だと」
「ええ、それは聞いたけれど…」
レミリアの提示した方法にパチュリーが難色の色を示すのも無理からぬことだった。
彼女の意見は、美鈴の身体自体を限界と見切り、他の容器に魂を移し替えるというもの。
長い年月をかけて魂の魔力によって傷つけられた人間の身体を別のモノへと交換することで、
美鈴の身体の損傷をリセットし、同じような症状が起こる度にこれを繰り返す方法。
確かにその方法は正しい選択に思える。しかし、パチュリーには容易に頷けない理由があった。
「…無理よ、レミィ。確かにその方法なら美鈴は助かるかもしれない。
けれど、美鈴の魂を受け入れられるほどの器が何処にも存在しないわ。
美鈴の魔力量はレミィをも上回る程の容量なのよ。並の人間の身体では一日と持たずに壊れてしまう。
そもそも、美鈴がああやって人間の身体に適合している時点で奇跡だもの。
人間の美鈴…彼女以上に美鈴の魂に見合う身体なんて何処にも…」
「――身体なら在る。人間の身にして、今の美鈴の身体をも上回る程の好条件がこの幻想郷には」
「幻想郷に…まさかレミィ!?」
レミリアの言葉に、パチュリーは驚きの声を上げる。彼女にも、思い当たる人物が見当たったからだ。
この幻想郷において、人間の身でありながら恐るべき魔力容量を持つ存在。それは確かに存在した。
――博麗の巫女。この幻想郷の秩序を守る者にして、楽園の管理者の一人。つい最近、先代から巫女の座を譲り受けたばかりのまだ15にも満たぬ少女。
確かに彼女ならば、今の身体以上に美鈴に適合出来るかもしれない。可能性という名の勝算ならば十二分にある。
しかし、しかしだ。巫女の身体を使うという事、それは即ち彼女の命を奪うという事。
レミリアの友人であり、この幻想郷において代わりの効かない博麗の巫女をその手で殺すという事なのだ。
だからこそパチュリーはらしくもなく、声を荒げずにはいられなかった。本当に貴女は自分の言葉の意味を理解しているのか、と。
そんなパチュリーの感情を理解していたのか、レミリアは小さく息を吐いて軽く首を振って否定する。
「しないわよ。いくら美鈴を救う為とはいえ、あの娘を殺すなんてする訳がないでしょう。
そんな事をしてしまえば、あの娘の母親と八雲の妖怪が紅魔館の全てを根絶やしにしてしまうもの。
それに、あの憎たらしい小娘の怠けきった身体じゃ美鈴だって嫌がるでしょうしね」
「もう…お願いだからそういう冗談は止めて。博麗の巫女に手をかけるなんて、流石に笑えないわ」
「そうね…冗談。今は冗談で済んでいる。
私はあの娘を殺すつもりもないし、あの娘の犠牲の上で成り立つような生を美鈴が欲しているとも思わない。
…だけど、もし美鈴が本当に死の淵に瀕した際に、同じ事が言えるという保障は無いわ」
もし美鈴の命の灯火が消える瞬間が訪れたなら、果たして自分は同じ台詞を言えるだろうか。
愛するあの娘が死にゆく事を認めることが出来るだろうか。救う方法が零という訳ではないのだ。
けれど、その方法は友人の命を奪うもので。幻想郷全てを敵に回すと同義の事で。
在り得ない。そんな方法は絶対に選べない。その方法を選んでしまえば、今度こそ紅魔館の人々は全員殺されてしまう。
いくら美鈴の為とはいえ、妹や親友、他の従者達の命と引き換えにする訳にはいかない。
けれど、それはあくまで理性が働いている間での考え。もし、本当に美鈴の命が尽きる瞬間を見届けた時、自分は不動でいられるのか。
愛する人を失った者の末路は肉親を持って証明された。もし美鈴を失った時、自分は父にようにならないと断言出来るのか。
否、今はそれ以前の問題だ。美鈴が死にゆくその際に、自分は最後まで紅魔館の主としての自分を優先出来るのか。
出来ない。決して大丈夫だと断言出来ない。レミリアにとって、美鈴という女性はそれほどまでに大きな存在なのだ。
だからこそ今、釘を刺しておかねばならない。全てが手遅れにならない為に、紅魔館の主として、自分自身への抑止力を。
「パチェ…お願いがあるの。
もし、美鈴の命が尽きそうな時、私が父のような愚行に走るようなことがあったら、その時は私を…」
「嫌よ」
「…パチェ」
「約束したもの。私は死ぬまで貴女の我侭に付き合うって。
貴女が死ぬ時は私も死ぬ時。レミィのいない世界なんて私には考えられない。
らしくないわよ、レミィ。私の親友はそんな駄目だった時の事を考えるような軟な人じゃない。
私の親友は我侭で不器用で傍若無人で唯我独尊で――そして誰よりも優しく、何事も最後まで諦めない誇り高き吸血鬼の筈だもの」
パチュリーの言葉に驚いたように表情を固めたレミリアだが、やがて堰を切ったように微笑を浮かべた。
それは彼女が見せた久しぶりの笑顔。美鈴の容態が悪化して以来、見せる事のなかった少女の本当の表情。
らしくない。そうだ、何を弱気になっていた。どうして今、最悪の場面を考える必要がある。
必ず救うと決めた。必ず助けると誓った。ならばそれは絶対不変の理。変えようの無い決められた運命。
誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットは諦めない。どんな時でも押し迫る運命をその手中に収めてきた。
ならば今度も必ず救える筈だ。否、救ってみせる。かつて妹や親友の命をこの手で守ったように、美鈴の命も必ず。
「確かに全然私らしくなかったわ。
それにしても…フフッ、今の台詞はパチェらしくなかったんじゃない?貴女にしては物凄く情熱的だったわよ」
「大切な人の為なら、女はどんな風にだって変われるものよ。ましてやそれが親友ならね。
それでレミィ、美鈴を救う手立てについてなんだけれど」
「そうね…転魂の秘術、美鈴を救う為にはその方向性で間違っていないと私は思っているわ。
さっき言った博麗の巫女ほどではないけれど、美鈴の魂に見合うような身体がいくつか存在する筈よ。
まずは美鈴の身体となりうる人間を探す事が肝要かしら」
「その人間自体を何処から持ってくるかが一番の問題ね。
八雲の妖怪との契約により、私達は人里の人間を無闇に襲うことが出来ないもの。
そんなことをしてしまえば、主様の時と同じ事の繰り返しだわ」
「人間の身体に関しては、私は八雲の妖怪を頼ろうと思う。
私達の食料としての人間を提供しているアイツならば、人体に関しての当てが相当ある筈」
「八雲の妖怪に頼るのは確かに最良の判断だと思えるけれど、果たして力になってくれるかしら。
美鈴が話すには、八雲の妖怪は美鈴を見つけ次第殺すつもりなんでしょう?」
「そこを何とか曲げてもらうわ。必要ならば頭も下げるし、アイツの従属になったって構わない。
まあ、八雲の妖怪がそんなことを望むとは思えないけれど。
『馬鹿ね。貴女みたいな我侭なお姫様を従者にしたところで仕方ないでしょう』なんて言われそうだわ」
「全くその通りだと私も同意しておくわ。それじゃレミィは今から八雲の妖怪の元へ行くのね?
私は美鈴を診ていないといけないから、ここから離れられないけれど」
「ええ。少し館を離れるけれど、美鈴の事をお願いするわね。
それとフランの事も。あの娘も美鈴が倒れて以来、肉体的にも精神的にも困憊な筈だから」
頷くパチュリーを見て、レミリアは手に持っていた書を机に置き、その場から立ち上がった。
目指す場所は八雲の妖怪の住みし処、マヨヒガ。レミリアならば数時間と掛からずに辿り着けるだろう。
パチュリー共々、父親の書庫から出て行こうと扉のに手をかけようとしたその瞬間だった。
激しく扉を叩き付ける衝撃音と共に、室外から一人の少女――最愛の妹、フランドールが姿を現したのだ。
突然現れたフランに、レミリアは少し驚いたような表情を浮かべたものの、平然を取り繕って優しくフランに声をかける。
「どうしたの、フラン。そんなに慌てて…」
訊ねかけるレミリアだが、フランの様子が尋常ではない事に気付き、思わず言葉を切ってしまった。
レミリアに視線を送るフランは今にも泣きそうな表情で。それはまるで、迷子になってしまった幼い子供のようで。
それはパチュリーも同感だったのか、彼女も動揺の色を隠せない。そんな二人に、フランは泣き出しそうな声を紡いでゆく。
「めーりんが…めーりんが何処にも居ないの…」
「――美鈴が、消えた?」
フランが必死に紡ぎだした言葉は、二人が考えもしなかった内容だった。
美鈴がいない。その言葉の意味を理解するのに、二人が要した時間はどれほどのモノだっただろうか。
音が意味を成すには一瞬で事足りる。だが、人は己の理外の話を耳に入れたとき、その時間は遅れてしまう。
恐らく、今の二人もフランの話した言葉を額面通り受け止めるには数瞬を要してしまった筈だ。
だからこそ、彼女達は訊き返さずには居られなかった。フランの告げた、その言葉の意味を。
「どういうことなの、フラン。美鈴が消えたとは、どういう意味?」
「お姉様…あのね、めーりんがね、水が飲みたいって私に言ったの…
だから私、部屋を離れてコップに水を汲んでめーりんのところに持っていったら…めーりんがベッドに居なかったの」
「嘘…美鈴の容態は魔力の行使どころか歩く事すら困難な筈よ。そんなこと出来る訳が…」
「でも本当にめーりんがいないんだもん!!」
パチュリーの言葉に、フランは錯乱気味に声を荒げて反論する。
当然だ。あんなにも弱っていた美鈴が、理由も告げず急に姿を消したのだ。フランのように慌てないほうがおかしいのだ。
しかし、レミリアは心を必死で落ち着かせることに従事する。ここで動揺しては駄目だ。頭の混乱は、他の人間に伝播してしまう。
まず今すべきことは美鈴を探す事だ。どんな理由があるにしても、あの娘を見つけ出さない事には何も出来ない。
フランを落ち着かせるように優しく抱きしめ、レミリアはゆっくりと口を開いてフランに訊ねかける。
「フラン、美鈴が消えたのはいつ頃?」
「本当に今さっき…めーりんが部屋に居なかったから、お姉様に知らせないとって思って…」
「そう。良く慌てずにその判断が出来たわ、フラン。
パチェ、美鈴を探すわよ。館内は他の従者達に任せて、私達は外に出ましょう。
フランの話と美鈴の容態から考えて、まだそう遠くには行っていない筈よ」
「そうね…美鈴が出て行った理由は分からないけれど、それを探るのは後でも出来る。
今は美鈴を一刻も早く探し出さないと…下手をすれば、手遅れになりかねないわ」
「そういう事よ。…ったく、本当にあのポンコツメイド、全然私の気持ちも知らないで――」
怒りを堪えながらも、レミリアの心はたった一つの想いに集約されていた。
自分達が見つけるまではどうか無事でいて頂戴、と。どうか馬鹿なことだけはしてくれるな、と。
空に浮かぶ美しい満月。闇に染まる大地を優しく照らす泡沫夢幻の月光。
雲ひとつ掛かる事のない月を見上げながら、美鈴は草原に一人立ち尽くしていた。
こんな月の夜、レミリアはいつも嬉しそうに微笑んでいた。酒を傾けながら、私に日頃の鬱憤をぶつけてくるのだ。
やれ私の言うコトをちゃんと聞いていないだの、やれもっと主の心の機微を理解しなさいこのヘッポコメイドだの、
今思い返せば散々な事を沢山言われた気がする。それこそ数え切れないくらいの罵声を浴びたような気さえする。
だけど、その言葉の全ては愛情の裏返しで。一つの言葉には、レミリアの優しさが溢れるほどに込められていて。
この瞬間になってこそ言える。自分はそんな優しい時間が大好きだった。レミリアと過ごす時間が何よりも愛しかった。
誰よりも傍に居たいと願った。誰よりも一緒に居たいと願った。それは初めてレミリアに出会った時、心に生まれた大きな衝動。
レミリアはきっと知らないだろう。貴女を初めて見たとき、私の胸の中に溢れたこの感情の高鳴りを。
レミリアはきっと知らないだろう。貴女に受け入れられたとき、私がどんなに心を救われたかを。
外の世界で常に独り、人の毛皮を着飾ったところで心は妖。どんなに人の中に紛れても、本当の意味で心の渇望を満たす事は出来なかった。
外の世界で同胞に追われ、追っ手を屠ってでも生き延びた私。そんな汚れた私を、レミリアは受け入れてくれた。
誰よりも穢れなく、誰よりも在り方が美しいレミリアは、私にとって眩いばかりの存在だった。
ただ一つの欲望に突き動かされ、失われた生を無理矢理奪い取って生きる私には、レミリアは誰よりも美しく心奪わせる存在だった。
時に偽り、時に欺く私をレミリアは追求する事はなかった。ただ、私が話を切り出すのを待ってくれた。
それどころか、私を紅魔館の一員とみなしてくれた。私にも温もりを分け与えてくれた。私の欲していたモノを、レミリアは簡単に与えてくれたのだ。
幸せだった。本当に幸せだった。
フランが居て、パチュリーが居て、紅魔館のみんなが居て、そしてレミリアが居て。
時に笑いあい、時に悲しみを共有しあい、時に共に酒を酌み交わし、時に共に大騒ぎをする。
一秒一秒のその全てが外の世界では手に入れることの出来なかった濃密な時間だ。
良かった。幻想郷に来て、レミリアと出会うことが出来て本当に良かった。
自分で言うのも変な話だが、もしこの運命を造ってくれた神様が居るとするならば、心から感謝をしたい。
残された最後の時を、こうして最高の時間を送る事が出来た。最後の最後で、長年探し歩いた宝物に辿り着く事が出来た。
ありがとう、フラン。ありがとう、パチュリー。ありがとう――そしてごめんなさい、レミリア。
自分の魂が宿るこの身体に残された時間は後幾許も無いだろう。よくも数千年、私の我侭についてきてくれたモノだと思う。
本当、この身体を私に貸してくれた美鈴には感謝してもしきれない。あの娘が居なければ、自分はレミリアに出会うことすら出来なかった。
許されるは僅かな時間。だからこそ、最後はしっかりと幕を閉じなければならない。レミリア達に迷惑をかけることも、負担になることも許されない。
「…寝てる人の頭にガンガン響く程の妖気を送りつけてきて、一体誰かと思えば。
紅髪の女…虹美鈴ね。紫の奴、まだアンタの事を捕まえていなかったのね」
「フフッ、こんな夜中に申し訳ありません。少しだけ貴女に用がありまして」
美鈴の目の前に降り立ったのは、この世界を護りし楽園の巫女。
八雲の妖怪から虹美鈴の話を聞かされている為、美鈴の事を危険な妖怪と知っている為、全身からは殺気で溢れている。
恐らくは自分を呼び出した美鈴の用件が『博麗の巫女を殺す事』だと思っているのだろう。
「虹美鈴…だったかしら。紫の奴が探してたわよ。
アイツの目を掻い潜りこの幻想郷の一体何処に潜んでたのかは知らないけれど、よくもまあ隠しおおせたものね」
「自慢じゃありませんが、逃げる事と隠れることだけは得意でして。
それに、幻想郷には心優しい人も居まして。こんな私でも受け入れて下さった方々がいたんですよ」
「へえ…それはそれは、なかなかどうして奇特な奴等が居たものね。一度そいつらの顔を見てみたいわ。
それで、私をこの場所に呼び出した用件は一体何なのかしら。
人の安眠を妨害してこんな夜中に呼び出したんだもの。さぞや魅惑的なお誘いなんでしょうね」
「魅惑的かどうかは分かりませんが、幻想郷の安寧を維持する貴女にとっては良い話だと思いますよ。
それと、私は別に貴女を殺すとかそういうつもりでここに呼び寄せた訳ではありませんので、
そろそろその全身から溢れている殺気を収めて頂けると嬉しいんですけどね」
「生憎だけど、妖怪の空言は極力信じないようにしてるのよ。身近に性質の悪い性悪妖怪が沢山居るからね。
そんな下らない話はいいから、さっさと用件を言いなさい」
美鈴の言葉を払いのけ、鋭い視線を向けたままで巫女は話の続きを促した。
どうやら少女は自分の事を完全に敵視しているらしい。それも当然と言えば当然なのだが。
軽く息を吐き、瞳を少女へ向けて美鈴は口を開く。彼女をここに呼んだ理由、それは唯一つ。
「八雲の妖怪さんを私の元へ呼んで頂きたいんです。その為に貴女をここにお呼び致しました。
私の知る限り、彼女へつながる人物は博麗の巫女である貴女しか存在しませんから」
「…用件は私じゃなくて紫って訳。何、貴女もしかして紫を倒そうとでも考えてるの?
一応忠告してあげるけれど、悪いことは言わないから止めておきなさい。
普段はグータラな奴だけど、本気を出したアレは天蓋の存在よ。貴女が何であれ、紫に勝てるとは到底思えないわ」
忠言に美鈴は唇の端を歪ませる。
そうだ、それでいい。レミリアや巫女の話が確かならば、八雲の妖怪の実力は無双。
恐らく外の世界を含めてもその力は五指に入る実力者なのだろう。それくらいでなければ困るのだ。
「ええ、勿論八雲の妖怪さんが強い事は知っています。私のような一妖怪如きが勝てる存在ではないことも。
ですが、それで良いんです。それくらいの実力でなければ私の用件を果たす事が出来ませんから」
「分からないわね。それとも分かり難いようにワザと遠回しに言ってるのかしら。
めんどうだから率直に聞くわ。虹美鈴、貴女の紫への用とは何?」
それは全ての終焉。八雲の妖怪こそがこの長き生涯における虹美鈴の終着点。
何故レミリア達の元を黙って抜け出したのか。それはこれ以上自我を保てる自信が無かったから。
今もなお体内で暴れ回っているこの獣が、自分の本当の姿が、万が一にでもレミリア達を傷つけるような事があってはならないから。
それでは虹美鈴は一体八雲の妖怪に何の用があると言うのか。そんなことは決まっている。
「――殺してもらいたいんですよ。八雲の妖怪さんに、この私を」
圧倒。その妖怪が浮かべた笑みに、少女が気圧されたのは果たして錯覚だっただろうか。
それは彼女の発した言葉の狂気に富んだ故の感情か。美鈴が己の死を望むと口にした時、確かに巫女は心に動揺が生じたのだ。
それは少女が予想だにしなかった言葉。それも当然だ、目の前の妖怪は自ら死を望んでいるというのだ。
不可解。これまで十数年と生きていない少女だが、人並み以上の修羅場は潜ってきた。
数多の妖怪と出会い、幾多の妖怪を倒してきたが、これほどまでに理解に苦しむ生物は初めてだった。
それはまるで暗闇の中、必死に手探りで霞を掴んでいた最中に、何か得体の知れぬモノを掴んでしまったような感覚。
触覚では分からぬ。温感でも解明出来ぬ、素性の分からない物質。少女は今、そんな不透明な生物を前にしているのだ。
「…妖怪のくせに自殺願望だなんて変な奴ね。
そんなに死にたいなら紫に頼らずに一人で死ねば?いくら妖怪でも首を吹き飛ばせば冥界に逝けるでしょうよ」
「そうですね。普通なら自殺(それ)が一番手っ取り早いのですが…私の場合、その後が問題でして。
八雲の妖怪さんに殺して頂きたいのは、今の私ではなく『その後の私』なんですよ」
「今だの後だの本当訳が分からないわね。まあ、アンタの大体の話は分かったけれど」
「そうですか、それは幸いです。それでは八雲の妖怪さんをここに呼んで頂けますか?」
「嫌よ。面倒だし、紫がそんな下らない呼び出しに応じるとも思えない。どうせ無駄手間に終わるだけよ。
それに、つまるところアンタを殺せばいいんでしょう?その役目、私がきっちり請負うわ。
慈善事業は好きじゃないけれど、迷う事の無いように私がしっかりと閻魔のところに水先案内してあげる」
それは巫女の口から自然と零れ落ちた虚偽。
あれだけ虹美鈴を探していた紫が、呼びつけてこの場に来ない訳が無いのだ。呼べば必ずこの場所に訪れるだろう。
だが、少女はその選択を選ぶ事はなかった。紫にこの妖怪を押し付けるという選択肢を選べなかった。
それは子供のような単純な理由。目の前の妖怪が気に食わなかったから。
自殺願望を持つというとても理解出来ない思考回路もだが、何より目の前の妖怪は自分を紫との連絡役にしか見ていない。
別段母のように博麗の巫女としてのプライドなどと言うものは持ち合わせていないが、それでも気に食わないものは仕方が無い。
この妖怪は舐めている。自分に目もくれず紫を呼べということは、暗に『お前では私を殺せない』と告げている。
面倒ごとはゴメンだ。日々是平穏に勝るものなし。そんなものよりも縁側でお茶を啜る生き方のほうが何倍も楽しい。
けれど、それでも譲れないものはある。妖怪退治を生業とする巫女が妖怪に舐められる、それを見過ごせるほど自分は墜ちていない。
やる気の無さは祖母譲り。けれど、負けず嫌いは母親譲り。博麗の血筋を軽んじた妖怪を放っておけるほど、自分は優しい人間ではないのだから。
「貴女では私を殺せませんよ。不要な怪我をするだけ…いえ、それで済めば幸運です。
それに貴女は私の大切な人の友人です。私は傷つけたくはありません」
「ふうん…最初から最後まで私は眼中に無いって訳。――舐めるのもいい加減にしなさいよ、妖怪」
跳躍と投擲、それは一体どちらが先立ったのだろうか。
美鈴の目の前から消えるように巫女は大空へと飛翔し、その際に美鈴へ向けて数本の針を投げつけた。
それは退魔の加護を受けた一針一針の特注品。並みの妖怪ならば触れるだけで皮膚が爛れてもおかしく無い程の魔道具だ。
その針を美鈴はその場から動く事も無く、素手で受け止めてみせる。瞬き一つすることなく、動じることもなく。
針を受け止められ、巫女は驚き目を見開いた。針が止められたことに驚いたのではない、針を手で何事も無く受け止めた事に少女は驚いたのだ。
先ほども述べたように、並みの妖怪なら触れることすら激痛が伴う封魔針を、目の前の妖怪は何事もないように手掴みしてみせた。
妖怪ならば大小関わらず効果を発揮する筈なのに、一体どういうことか。眉を潜める巫女に、美鈴は針を地面に投げ捨てながら平然と語りかける。
「貴女が妖怪退治の専門家だということは知っています。そして、退魔の技に秀でてる事も。
ですが、それでは私には通用しません。私の身体は妖怪ではなく人間のモノなのですから」
「…成る程ね。ネタバレを聞いてみたら何て簡単な事。
変な話ね。紫の話だと虹美鈴は妖怪の筈だったんだけれど…紫の言うことは本当に当てにならないわねっ!!」
舌打ちと同時に符を構え、高速詠唱を展開する。
巫女の左右に現れるは博麗の巫女が用いる霊符。幾枚ものアミュレットが宙を舞い、少女の指示を待つように夜空を浮遊する。
その数は四つ、六つ、八つ、十。両手では収まらない程の数を自在に操れるのは偏に彼女の天賦の才か、はたまた不断の努力の結晶か。
一つ一つに多大な魔力が込められ、退魔としての能力ではなく魔弾としての役割を重視させた術式。
その数が二十を満たしたとき、少女はそのアミュレットの全てを美鈴へと放出する。
避ける事は叶わない。その全てが目標となる敵を追撃するように特殊な仕様に組み替えてあるのだ。回避出来る筈が無い。
飢えた狼達が獲物に群がるように、巫女の放ったアミュレットの全てが美鈴へと牙を剥いてゆく。
一つ、また一つ被弾する衝撃音と共に巻き起こる爆煙。大地が削れるほどの爆発を生じさせてもなお巫女は攻撃の手を緩めない。
まだだ。この程度で終わるような相手ではない。あの紫すら危険視する程の妖怪だ。この程度で終わる筈が無い。
全てのアミュレットを放ち、向こうからの反撃を警戒して態勢を整える。相手の次の一手を見てからこちらも次の手を選択する為だ。
巻き上げられた粉塵が風に流され、ゆっくりと煙の結界が晴れてゆく。さあ、先ほどの攻撃を虹美鈴はどう受け止めた。
避けたか、それとも次の反撃の準備を整えているのか。またまた既に反撃の一手を打っているのか。
煙が収まり、虹美鈴の居た場所を凝視する少女だが、その瞬間言葉を失った。
虹美鈴はその場所に居た。攻撃をする前と何一つ変わらず、その場に立ち尽くして少女の方を見つめていた。
その身に纏っていた衣服はボロボロで、呼吸は激しく乱れながらも、彼女は膝を折る事無くその場に変わらず立っていたのだ。
少女が驚いたのは、美鈴が全ての攻撃を受け止めたからではない。彼女が受け止めたのではなく、『受け止める選択をしなかった』からだ。
避けるでもなく、衝撃を吸収する為に受け止めた訳でもない。美鈴はただ、その身に先ほどの攻撃を全て何一つ守りを固める事無く直撃させてしまったのだ。
「…もういいでしょう。これ以上は危険です。お願いですからもう止めて下さい」
「アンタ…何で避けないのよ。何で防御しないのよ。
私の攻撃はそんなことする価値も無いとでも言うつも――」
怒りに血が上り、美鈴に詰め寄ろうとした少女だが、それは叶わなかった。
少女が言葉を口にした瞬間、美鈴がまるで操り糸の切れたマリオネットのようにその場に崩れ落ちたからだ。
地面に両膝をつき、苦しそうに呼吸を乱す美鈴の姿に、巫女は訝しげに眉を寄せる。美鈴がどうしてその場に倒れたのか、その理由が分からないからだ。
あの攻撃で倒れるような妖怪ならば、紫があれほどまでに大袈裟な忠告をするものだろうか。
紫は言った。虹美鈴には近づくなと。あれは人間の手には負えぬ化け物だと。
それほどの大妖怪が果たして挨拶代わりの攻撃で倒れたりするものか。否、断じて否。
ならばこの妖怪の狙いは何だ。この妖怪が倒れている理由は一体何か。距離を保ち、巫女は美鈴の様子を冷静に分析していた。
しかし、いくら分析したところで美鈴が倒れた理由など少女に思いつく筈も無いだろう。
彼女は知らない。美鈴が今、その場に立っていたことでさえ奇跡に近い状態であった事を。
彼女は知らない。美鈴が今、指一本動かす事にすら多大な労力と激痛を伴う事を。
つらそうに呼吸を乱す美鈴を眺めていた少女だが、考える事を止めたのか、軽く息を吐いて美鈴の元へと近づいてゆく。
地面に倒れる美鈴の傍に立ち、少女は一枚の霊符を取り出す。それは彼女が持てる最大級の秘術を行使する為の準備。
「…気が抜けたわ。正直、アンタに対して色々と苛立ってたんだけど何だかどうでもよくなっちゃった。
アンタ、本当に死にたいのね?最後の情けよ。苦しまないように私がしっかり冥界に送ってあげる」
「駄目…です…お願いですから、止めて下さい…お願いですから、八雲の妖怪を…」
「馬鹿ね。今のアンタがどうやって私を殺せると言うのよ。
いいから安心して寝てなさい。次に目覚めた時は全てが終わっているでしょうから」
霊力を符に込め、少女は瞳を閉じて詠唱へと入る。
其は博麗が血族にのみ許された封魔の奥義。古より妖魔を封ずる秘術、その最高峰に君臨する退魔結界。
まだ十五にも満たぬ少女がその技を為せるのは彼女の非凡なる才に他ならない。
実力こそまだ届かないが、彼女が内包する才は恐らく母や祖母を超えるモノだろう。
準備を終え、少女が美鈴に最後の一撃を加えようとしたその時だった。
「美鈴っ!!!!」
巫女と美鈴の二人しか人が存在しない筈の草原に、誰かの悲痛な叫びが響き渡った。
その声に反応し、巫女は視線を美鈴から外して声の方向へと向ける。無論、戦闘態勢に切り替えて、だ。
少女が視線を向けたその先には、彼女のよく見知った人物――紅魔館の主、レミリア・スカーレットが宙に立ち尽くしていた。
彼女の背後には、レミリア同様に表情を驚愕に歪めたパチュリーとフランが美鈴の方へ視線を送っていた。
「レミリア?アンタ、何でこんなところに――ちょ、ちょっと!?」
「美鈴っ!!しっかりなさい、美鈴!!」
疑問を投げかける巫女を突き飛ばし、レミリアは脇目も振らず美鈴に駆け寄り、倒れていた彼女を抱き上げる。
だが、レミリアの呼びかけにも美鈴は言葉を返さない。違う、返せないのだ。
身体は尋常では無い程に熱を帯び、呼吸は乱れきって、最早意識を保っているのかすら怪しい程に目は虚ろで。
無理が完全に祟った結果だろう。今の美鈴の容態は、完全に最悪だった時の状態に戻ってしまっていた。
「返事をなさい美鈴!!私よ、レミリアよ!!私の声が聴こえないの!?」
「落ち着いてレミィ!!今は美鈴を紅魔館へ戻す事が先よ!
このままだと本当に手遅れになりかねないわ!!」
「――っ!!」
パチュリーの言葉にレミリアは奥歯を噛み締め必死に己を自制する。
慌てるな。動揺するな。ここで自分が取り乱して何が解決する。一体何がどうなると言うのか。
美鈴を抱き寄せたまま、レミリアはその場に立ち上がり、パチュリーに対して力強く首を頷かせる。
「ちょ、ちょっとレミリア、私の質問に答えなさいよ!?
何でアンタはここに来たのよ。というか、そもそもアンタは虹美鈴とつながりがあった訳?」
「五月蝿いわねっ!!質問ならこっちがしたいくらいよ!!
貴女はどうして美鈴とここに居たのよ!?大体貴女は今美鈴に何をしようとしたのよ!?」
「はああ!?何で私が逆切れされないよいけないのよ!?
大体悪いのはそいつじゃない!私はこんな夜中に叩き起こされたのよ!?
何の用かと思えば紫を呼び出してくれとか言い出して…本当、訳が分からないわよ!」
「紫…?美鈴が八雲の妖怪を呼び出してくれと言ったの?」
「そうよ!!それで呼び出してどうするつもりだって聞いたら
『私を殺してもらう』だなんて馬鹿みたいなこと言い出すし…しかもお前じゃ私を殺せないとかケンカ売ってくるし!!」
最早巫女の怒りの声はレミリアの耳に届いていなかった。
否、それはレミリアだけではない。先ほど早く紅魔館に運ぶように急かしていたパチュリーですら何も言えずにいるのだ。
美鈴が紅魔館を抜け出した理由、それは八雲の妖怪と会う為。では会って何をするのか――それは自分を殺してもらう為。
目の前に突き立てられたその事実が、レミリアやパチュリーには当然理解する事も受け入れる事も出来ないのだ。
何故美鈴は死を望んでいるのか。何故美鈴は生きる事を放棄しようとするのか。
そもそも美鈴は何故八雲の妖怪に自ら殺される事を望んだのか。分からない。分からない分からない分からない。
見えない。美鈴の姿が見えない。あんなに近くに感じられていた美鈴が今では少しも感じられない。
呆然と立ち尽くすレミリアに、美鈴は呼吸を荒げながら必死に声を絞り出す。
よく今まで持ったものだと思う。常人なら気が狂ってもおかしくはないほどの抑制。ついに防波堤の崩壊の時が訪れたのだ。
「レミ…リア…」
「…美鈴?」
伝えないと。ただ一言だけ伝えないと。
大切な人々を傷つけない為に。身体の中で暴れ狂うモノの解放、その瞬間が訪れる前に。
この世界で出会うことの出来た、こんな私に居場所を与えてくれた優しい人に、最後の言葉を――
「…逃げて…下さい…私から、離れて…」
「離れる…?貴女、一体何を…」
「ごめん…なさい…早く…手遅れに…なる前に……がああああっ!!!!!!!!」
刹那、レミリアの腕の中から美鈴が消えた。
まるで霞に溶けて霧散したかのように姿を失わせた美鈴に、レミリア達は表情を凍らせる。
最初に意識を取り戻したのはパチュリーだった。レミリアとフラン、巫女の少女に声をかけ、美鈴の行方を探るように指示を出したのだ。
だが、周囲に視線を向けても何処にも美鈴の姿は存在しない。それこそまるで彼女の存在が幻だったかのように。
混乱する三人を他所に、美鈴を見つける為に、空に舞い上がろうとレミリアが翼を広げたその時だった。
一筋の雷鳴が夜空を切り裂き、それと同時に荒々しい獣の激しい咆哮がこの幻想郷中に響き渡ったのだ。
その身を押し潰さんというような叫び声に、レミリア達は身を竦ませる。それはまるで肉食動物に人間が狙いを定められたような恐怖感と重圧感。
そして彼女達の遥か頭上に突如現れた圧倒的な存在感。それは今まで彼女達が感じた事も無い程に重く圧し掛かるプレッシャーを放っていて。
獣の唸り声が大空に響き渡る中、レミリアの胸の中を激しく警告音が鳴り響く。それは彼女が強者だからこそ感じられた身体の悲鳴。
上を見てはならぬ。大空を見上げてはならぬ。あれはお前の手に負える存在ではない。目が合えば全てが終わってしまう。
レミリアとて歴戦の強者、かつて目の前に立ち塞がる幾人もの強敵と戦い、その度に敵を打破してきた。
だが、上空に現れた『何か』はそのような者達とは世界が違う。比較してはならぬ程の危険を今この身に感じてしまっているのだ。
だが、レミリアは怯える自らの身体を意思でねじ伏せ、視線を大空へと向けた。
何故無理をしてまで彼女は空へと視線を向けたのか。それは分かっていたから。きっとこの視線の先に彼女が――美鈴がいると言うことを。
ああ、今になってようやく全てが一本でつながった。
何故美鈴の体内で魔力が暴走していたのか。
そんな事は簡単だ。あんな存在が人間の身体に入っていたのではそうならない方がおかしい。
何故美鈴は八雲の妖怪に自分を殺させようとしたのか。
それも簡単な事だ。八雲の妖怪ほどの実力を持つ化け物でなければ、アレは殺せる訳がないからだ。
では最後の疑問。何故美鈴は自分達にこの場から離れるように言ったのか。
それこそ何より易しい問題だ。――この場に居ては自分達が誰一人例外なく『美鈴』に殺されるからだ。
「――虹色の、龍…?」
それは一体誰の呟きだっただろうか。夜空に舞う巨大な怪物の姿を視界に入れ、零れ落ちた言葉。
暗闇が支配する漆黒の夜空にも関わらず、凛然と輝く虹色の龍鱗。天を覆うような長き体躯、腕の先に備わるは鋭い凶爪。
そして大きく裂けた口腔に雄々しく連なった龍の牙。万物を無慈悲に噛み砕くその牙は最強と最凶の揺るぎなき証明か。
その存在感は見る者全てに瞬きすら許さない。神々しき様相は生きとし生ける者全てが崇拝するに相応しい。
最強にして最高の存在――龍。それが今、レミリア達の頭上に降臨した獣の正体である。
「な…何よ、何なのよアレは…」
「美鈴、でしょうね…それ以外考えられないわ」
「嘘…あれが虹美鈴だって言うの?さっきまではただの人間の姿だったじゃない…」
表情を強張らせる巫女を他所に、レミリアは虹龍の姿と美鈴との会話の記憶を重ね合わせていく。
美鈴は言っていた。自分の正体をとても特殊な種族であると。
住まう場所から、司るもの。自分の為すべきことから、崇められる事象。
私達の種族は生まれながらにして知性を得、枷を背負い、万物とは線を逸して生きることを定められでいる存在だと。
その話を聞き、レミリアは美鈴の正体をただの八百万の神だと決め付けていた。
また、美鈴の正体を追求する事をしなかった。美鈴が話したくないという気配は感じていたし、
何より自分と美鈴の間に彼女の素性など何ら関係ないと考えたからだ。
しかし、蓋を開けてみれば彼女の正体はレミリアの想像を遥かに上回る最高位の存在で。
「あんのポンコツメイドはいつもいつもこういう大事な事を話さないで…
一体何処の世界に吸血鬼に仕える龍がいると言うのよ」
「…拙いわね。先ほどの口振りからするに、もしかしたら美鈴は自我が無いのかもしれないわ」
「ちょっとパチェ、変なこと言わないでよ。
一応聞いておくけれど、もし美鈴が意識が無い状態で私達を見つければ、次はどんな行動を起こすと思う?」
「レミィ、それは飢えた獣の前に餌を用意すればどうなるか…そう訊ねてることと同義だわ。
どうして美鈴が私達に逃げるように言ったのか…その理由はあまり考えたくは無いわね」
大空を舞う虹龍の鋭い双眼がレミリア達を捕える。
一際低重な咆哮を上げ、虹龍は大気中に魔力を放出してゆく。龍の体内から放たれた魔力はゆっくりと形を変え、逆らう者全てを断罪する牙へと変容させる。
虹色の龍が抱くその第一の牙は神雷の黄。七色ある牙の中で最も荒々しく鋭き刃なり。
虹龍の周囲を包む、桁外れの魔力によって形成された雷撃からレミリア達は目を逸らさない。
来る。あの雷撃は確実に私達の身を貫かんと襲い来る。それは数秒後か、はたまた一瞬の後か。
身構えるレミリア達だが、龍神の鉄槌という名の審判が下されたのは、誰もが予想していなかった事がキッカケとなる。
「めーりん…めーりんっ!!」
「っ!!駄目っ!!!フランっ!!!!」
虹龍の元へ近づこうとしたフラン。それがこの望まぬ戦いの開幕の合図となってしまった。
フランが動いたその瞬間、虹龍は暴れ狂う雷撃を迷う事無くレミリア達へと解き放った。
その速度は迅雷。レミリアが判断したのは頭ではなく身体での事。フランを抱き寄せ、全力で横へと飛んだのだ。
パチュリーや巫女も空へ逃げ、虚空を切った雷撃は地面へと抉りこみ、大きな爆発を生じさせる。
彼女達がみな避けられたのは偏に攻撃が来ると言う事が分かっていたから。だが、もし今の攻撃が何の予備動作も無しに放たれていたならば、誰も回避する事は出来なかっただろう。
それほどまでの速度が今の雷撃にはあったのだ。そして、その余りある威力を証明するように地面に刻まれたクレーター。
吹き荒れる爆煙の中、レミリアはフランを抱きしめたまま地面へと叩き付けられる。
その事自体にダメージは無い。だが、ダメージが在るのは彼女の妹の心か。
「お姉様っ!!めーりんがっ…めーりんが!!」
「落ち着きなさいフラン!今の美鈴は私達の知ってる美鈴じゃないのよ!
迂闊に今の美鈴に近づいては…」
「やだっ!!私はめーりんの傍に居るって約束したもん!!めーりんと一緒に居るって約束したんだもん!!」
「っ!!フラン、駄目!!!」
レミリアの制止を振りきり、フランは真っ直ぐに虹龍の元へと飛翔する。
どんなに姿が変わっても少女にとって彼女が美鈴であることには何も変わらない。変わらないのだ。
だからこそ傍にいなければならない。約束したから。一人は寂しいから、一緒に居ると。
虹龍の傍まで近づき、フランは必死に声を上げる。美鈴に届くように。美鈴に自分が分かるように。
「めーりん、私だよ…フランだよ…
私、めーりんと離れちゃ駄目なんだよ?めーりんと一緒にいないと駄目なんだよ…」
「フラン…」
めーりんは助けてくれた。自分とお姉様をもう一度一緒に暮らせるように私を助けてくれた。
めーりんはどんな時でも私に構ってくれた。楽しいお話をしてくれたり、一緒に遊んでくれたりした。
大好き。めーりんが大好き。ずっと一緒にいたい。ずっと傍にいたい。離れたくない。離れられない。
めーりんが倒れている間、ずっとずっと悲しかった。悲しくて悲しくて何度も泣いてしまった。
でも、今めーりんから離れれば、きっと私はもっともっと悲しい気持ちになる。めーりんが二度と私と一緒に居てくれなくなる。
やだ。そんなの嫌だ。だから私は傍にいる。何があってもめーりんの傍に。大好きな大好きなめーりんの傍に、私は――
「逃げなさい!!!!!!!!フラン!!!!!!!!!!!」
「めーりん…私、めーりんの事が大好きだよ?だからこれからもずっと一緒に…」
悪魔の妹、フランドールの意識が残っているのはそこまでだった。
近寄った彼女に対し、虹龍が次なる牙を剥いて襲い掛かったからだ。
虹龍が振るう第二の牙は豪風の緑。七色にして最も疾き刃なり。
圧倒的な高濃度の魔力によって生じさせられた暴風が吹き荒れ、フランの身体を一飲みするように巻き込んでゆく。
風神の怒りは収まらない。幼き少女の身体を弄ぶかのように濁流の中で振り回し、少女の身体を低地へと押し込んでゆく。
そして最後にはフランの身体を地面へと叩きつけ、その断罪の終了を告げた。
「フラン!!!!!」
風神の舞から投げ出された妹の元に駆け寄るレミリアだが、既にフランの意識は無く、眠るように地に叩きつけられていた。
吸血鬼の身体ゆえ、致命傷は免れたが激しく脳を揺らされたのか、レミリアの声にフランは全く応じない。
それも仕方の無い事。あれだけ吹き荒れる嵐に巻き込まれ、速度の上乗せされたまま地面に叩きつけられたのだ。
常人なら身体の骨が粉々に砕かれてもおかしくないレベルなのだ。意識を失っただけで済んだのは、フランが吸血鬼である故の身体能力のおかげだろう。
命に別状が無い事を知り、レミリアは小さく安堵の息をつく。だが、これで何かが終わった訳ではない。上空では依然として虹龍が君臨しているのだ。
「パチェ、美鈴はどうすれば元に戻ると思う?」
「…可能性を考えるなら、思いつくのは魔力を消耗させるか戦闘不能にする事くらいね。
そもそも、美鈴が元の姿に戻れると断定出来る訳じゃない。
そして魔力を消耗させる事も戦闘不能にする事も並大抵のことではなさそうだし」
「…それでもやるのよ。美鈴は絶対に連れて帰る。私達には美鈴が必要なの。
それが例え分の悪い賭けでも、私達はそれに乗るしかないのよ」
「そうね…それじゃ、久しぶりにやるとしましょうか」
懐から魔道書を取り出し、パチュリーは高速詠唱に移る。
組み上げられた術式は防御壁の結界陣。横たわるフランの周囲に形成され、彼女を護る為に唱えられた術式。
これで余程のことが無い限りフランが巻き添えを食う事はないだろう。
結界が完成したのを確認し、レミリアは視線を巫女の方へと向ける。
「貴女も協力しなさいよ。まさか博麗の巫女たる者がこのまま逃げるつもりじゃないでしょうね」
「冗談。私は舐められたまま尻尾を巻くほどお人好しじゃないのよ。
お金以外の借りはきっちり利子をつけて返してあげないとね」
「そう、それでこそアイツの娘よ。
やる気皆無で育て方を間違えたとばかり思っていたけれど、アイツもなかなか良い娘を持ったみたいじゃない。
――待たせたわね、美鈴。今、私が貴女を止めてあげる。そして連れ戻させて貰うわよ。
貴女の住まうべき場所はこんな暗闇に包まれた世界なんかじゃない」
レミリアと巫女が宙に舞うと同時に、パチュリーは高熱を帯びた魔弾の嵐を虹龍へと放出する。
弾幕はやがて炎へと形を変え、幾重にも渡る波状を形成して炎の嵐が龍の身体へと吹き荒れる。
パチュリーが放つは七曜が一つ、火符『アグニシャイン』。ワンラインの形成魔法の為、術式こそ単純だが威力は明快。
早さも精密さも重視しない、威力だけに絞り込んだ魔術故に対大型魔獣においては一番の選択肢だろう。
吹き荒れる炎の中、その弾幕をすり抜けるように巫女は虹龍のわき腹へと駆け抜ける。
「さっきは途中でレミリアに止められちゃったけど…今回は本気で撃たせてもらうわよ!!」
霊符に魔力を込め、その小さき身体に宿る全ての力を解放する。
相手は龍、かつて少女が戦った妖怪の何よりも遥かに強大な存在。そのような化け物相手に出し惜しみはしない。
少女の詠唱と共に虹龍の周りに幾つもの基点が発生する。その基点をつなぎあわせるように魔力によって編まれたラインが接続されてゆき、一つの大結界を生じさせる。
それは龍の頭部を覆うほどの大きさでしかないが、それで充分。今回重視するのは広範囲ではなく、あくまで威力。
基点と基点を結び合わされた結界は、大きな光を放ち、その固さを堅牢なモノへと変えてゆく。
準備は整った。ならば後は導火線に火を灯すだけだ。見るが良い、数多の妖怪達よ。これが博麗の血脈が受け継いだ退魔が奥義。
「――霊符『夢想封印』」
少女が魔力を解き放った刹那、結界の全ての基点が共鳴しあい、結界内に高密度の魔力の嵐が荒れ狂う。
結界内という限られた固有空間のみに許された一点突破の退魔の威力は無双、並みの妖怪ならば一片の肉片とてこの世に残さない。
巫女の生じさせた奥義の傍ら、パチュリーもまた攻撃の手を緩ませない。
少女の攻撃を皮切りに、パチュリーは火符に更なる火符のワンラインを加え、威力を更に上乗せした魔術を放出する。
一つの魔法に同属性、他属性の魔法を重ね合わせる上級魔法式。これこそが彼女が並ぶもの無き魔法使いと謳われる所以。
彼女の放つ地獄の業火、火符『アグニレイディアンス』は夢想封印を受け、無防備と化している龍の胴体に容赦なく叩き込まれてゆく。
魔女と巫女の狂乱の宴は続く。それは龍が力を果てるまでかと思えるほどに。
だが、その宴は終わりを迎えることになる。永遠に続くモノなど何も存在しないように、その宴にも終わりを告げねばなるまい。
ならばその祭りに終焉という名の楔を打ち込む者は誰か。――そんなものは考えるまでも無い。
吹き荒れる弾幕の嵐の中、悠然と夜空に舞い降りるは気高き吸血鬼。幼き身体に果て無き力を宿したスカーレット・デビル。
夜の世界、その覇者は彼女をおいて存在しない。彼女こそが終わりを告げる者。紅魔館の主、レミリア・スカーレットその人こそが。
「…美鈴、もう少しだけ我慢なさい。この一撃にて貴女の意識を断たせてもらうわ」
天空に掲げたレミリアの右手に集るは紅き霧。それは形を変えた彼女の魔力。
紅霧はやがて一本の槍へと姿を変えてゆく。それは彼女が悪魔に寵愛されし証。レミリア・スカーレットが愛用する一振りの神槍。
彼女の強大な魔力によって生み出されたその槍は万物を容赦なく貫き通す紅き凶槍。
レミリア・スカーレット、紅悪魔にのみ持つ事を許された闇の世界の覇者の象徴――それが神槍、グングニルである。
槍の成形を終え、レミリアは狙いを虹龍へと定めてその槍を大きく振りかぶる。
彼女がこの槍を用いる時には、大抵の場合は武器として敵を薙ぎ払う場合に用いる。
しかし、相手が強大な生物であったり多人数であったりすれば話は変わる。そのような時こそがグングニルが真の力を解き放つ。
グングニルは投擲槍の代名詞。投擲したグングニルは不可避、敵を貫いた後は持ち手の元に戻るという逸話が残されている。
その槍がレミリアの魔力によって生み出されたのだ。それを投げつけてしまえば、一体それはどれ程の破壊力を生み出すのか。
避ける事もかなわない、悪魔との絶対的な死の約束。それこそが彼女、レミリア・スカーレットの握る槍の正体なのだ。
「パチェ!!美鈴への治癒魔法の準備を始めておいて!!!!」
吸血鬼の持つ強靭的な身体能力を総動員して、レミリアはグングニルを虹龍の胴体へと投擲した。
彼女の手から放たれた凶槍は彗星の如く加速を重ね、隕石が惑星に衝突するかのように唸りをあげて着弾する。
否、実際に隕石の衝突と言っても過言ではないだろう。虹龍に触れるや否やグングニルは龍の身体全てを包むほどの爆炎を放ち、獣の身体を力でねじ伏せたのだ。
これが彼女、レミリア・スカーレットの実力。紅悪魔と恐れられる吸血鬼の真の姿。
破壊の炎に包まれる龍を見つめながら、巫女は一人息を飲む。彼女がレミリアの真の力を見るのは初めてだったからだ。
「…レミリアの奴、シャレにならない強さね。
母さんもアイツに何度もケンカを売ってよく生きてるものね。本当、無茶苦茶としか言いようがないわ」
構えを解き、巫女は軽く息を吐いて龍の身体を見つめる。
これだけの最大奥義を放ったのだ。まともに動けるどころか、身体の大半は消し飛んだに違いない。
果たしてレミリア達の期待するような元の姿に戻れるかどうか。
肩をゆっくりと鳴らし、自分の用は終わったとばかりにレミリアに向け、少女は声をかける。
「レミリア、私は帰るわよ。後はあんた達の問題みたいだし、紫を呼ぶなりなんなりは勝手にしなさいよ」
「――冗談でしょう。今ので無傷だとでも言うの…?」
「は?アンタ一体何を言って――」
レミリアの視線の先、虹龍の方へ目を送って、巫女は表情を凍てつかせる。
そんな馬鹿な。さきほど虹龍はあの夢想封印を何の防御策をとることも無くまともに喰らった筈だ。
それだけではない。パチュリーの魔法に、レミリアのグングニル。そのどれもがどんな妖怪をも死に至らしめる程の力があった筈だ。
それなのに何故、目の前には傷一つついてないい大蛇の体躯が存在するのか。何故今も何一つ変わる事無く悠然と大空を舞っているのか。
そして何よりも、爆煙の向こうに妖しく光る虹龍の双眼。何故あの瞳はあんなにも自分の方を見つめて――
「避けなさいっっっ!!!!!!」
「なっ!?――があっ!!!!」
それは一瞬の事だった。煙の中から巨大な岩石の塊が八方の方向へと噴射されたのだ。
構えを解いていた巫女と、戦闘態勢を保ったままだったレミリア。それが二人の安否を分ける結果となってしまった。
乱れ飛ぶ岩石が少女の腕部を押し付けるように身体ごと持っていき、華奢な身体を遥か下の大地まで運んでいったのだ。
腕を挟んだことで致命傷こそ免れたものの、その腕は使い物にはならない。鈍い音と共に骨の軋む音が少女の体内に響き渡ったからだ。
地面に叩きつけられ、意識こそあるもののその姿は満身創痍。折れた腕を押さえ、苦悶の表情に顔を歪ませながらも、視線を虹龍にぶつけている。
それは油断した己への憤怒、そして自身をこんなにも簡単に砕いてくれた虹龍への憎悪。
まだ幼い少女にとって、圧倒的な敵に向かい合い、劣勢に陥るのは初めてのことだった。
「こんの…やってくれるわね、畜生…」
「下がってなさい。今の貴女じゃ既に足手纏いだわ」
「!?パチュリー!?」
地面に膝をつく巫女の前に立ち、パチュリーは高速詠唱を再び展開する。
そして魔力を解き放ち、天に向けて導くは土符『トリリトンシェイク』。土属性を帯びた強大な魔弾を次々と空へ放出してゆく。
それは巫女を追い打たんと飛来する岩石を叩き落す為。虹龍が繰り出した第三の牙、遥土の藍を防ぐ為の捨て魔法。
土と土、同属性同士の打ち合いならばより術式が高度な魔法が打ち勝つのは自然の理。
そして我が身は魔法使い、魔法に関しては誰にも負けぬ賢者なり。たとえ龍が相手でも、一歩たりとも後ろをみせる必要は無い。
パチュリーの放つ魔弾は正確に、より精密に襲い来る虹龍の岩石弾を破壊してゆく。
だが、それはあくまで専守防衛の魔法に過ぎない。虹龍を封じるには、更に強力な魔法を自分から打って出る必要がなる。
岩石弾を弾きながら、パチュリーは冷静に思考を進めてゆく。狙うは一点、この岩石の嵐が収まった瞬間。
いくら龍とはいえ、このような大魔術を連続で放つ事が出来る訳が無いのだ。それでは砲身自体がオーバーヒートを起こし、焼きつきを生じさせてしまう。
現にこれまで雷撃、風撃、岩石の嵐とその全てにおいて術同士に間が発生していた。それは虹龍自身が大魔術に準備が必要だという事。
ならば、その準備が整う前、いわば息継ぎの瞬間に高速詠唱を終わらせ、最大魔術にて虹龍を沈黙させる。
虹龍の準備とこちらの詠唱、どちらが早いかは賭けとなるが、何もしない訳にはいかない。
レミィの為に、そして自分の為に、美鈴は絶対に救い出す。あの娘は親友にも私にも必要な存在なのだから。
二十を超えた岩石弾を破壊し終えた時、天からの無慈悲な断罪は終え、パチュリーの待っていた瞬間が訪れる。
その瞬間、パチュリーは今までとは明らかに空気の違う呪文詠唱へと移る。それは彼女が持つ最大魔法。
普段彼女が用いるワンラインの系統魔法に対し、四つもの多重属性を重ね合わせ、魔法使いとして奇跡の領域に足を踏み込ませる。
それは彼女が優れた魔法使いであること、そして七曜という先天的な属性の寵愛を受けていること、
その二つの条件が満たされているからこそ発揮できる魔法使いの遥か高み。魔法使いの誰もが目指す世界。
彼女が七曜の魔女たらしめる奇跡の魔法。それが火水木金土符――『賢者の石』である。
大魔法故、発動までは時間が掛かるがそれは虹龍とて同じ。あちらも大魔法を行使しているのだ。
ならば一刻も先にこの術式を完成させる。この魔法にて虹龍を止めてみせる。この魔法で、美鈴を――
「パチェ、詠唱を止めて逃げなさい!!!!」
「え――」
レミリアの声が彼女に届くのが、虹龍の様子に気付くのが、あと少し早ければ結果は変わっていたのかもしれない。
詠唱の最中、パチュリーの視線に飛び込んだのは虹龍から何かが放たれたシーンだった。
虹龍が生み出した何かが自分の元へと飛来してくる。その何かを理解するのにコンマ数秒。
それは魔力の塊、魔力で創られし凍寒の青、全てを切り裂く氷塊の刃の雨。
恐ろしき無数の刃は魔力を凝縮させて我が一番をばかりにパチュリーと巫女の下へと降り注ぐ。
――馬鹿な。あれほどの大魔法を虹龍は連発出来るのか。その身は一体どこまで奇跡の体現と言えるのか。
あの荒れ狂う氷の刃にどう対処する。このまま迎撃するか。駄目だ、賢者の石は間に合わない。
ならば避けるか。駄目だ、私一人ならまだしも背後に居る巫女の少女が負傷している。
受けるも駄目、避けるも駄目。どうする。どうする。どうする。どうする。どうする。どうやってアレを乗り切る。
常人ならこの時点で死は免れなかっただろう。だが、ここでパチュリーは恐るべき才を見せ付ける。
何故彼女が魔法の申し子と呼ばれているか。何故彼女が随一の魔法使いと呼ばれているのか。
それは飽くなき探究心と魔法に対するセンスによるもの。ならば今、その才とセンスを見せ付けずしていつ見せるというのか。
賢者の石の詠唱を中断し、なんと彼女は途中まで練り上げていた魔術式をそのまま迎撃用の魔法へと転化させてしまったのだ。
奇跡を形成する術式の途中組式、火水木金土符のうち、既に組み込みを終えていた火符と水符までで練成を切り上げ、
その二つから迎撃用の魔法を完成させる。それが彼女の放った魔法、水&火符『フロギスティックレイン』である。
真に恐るべきは、その魔法式を組み上げたことよりも賢者の石を諦め、すぐに行動に移した彼女の判断力。
そう、パチュリーの判断は賞賛に値する。何故なら彼女はあの短時間から選びうる手段の中で『最も致命傷を避けうる』判断を選び抜いたのだから。
至近距離での高魔力のぶつかり合いによる相殺法は激しい誘爆を招き入れる。それは今とて例外ではない。
パチュリー達を包み込むように展開された数多の氷刃を止める為、その全てに魔力を叩き込んだのだ。
一つ一つの爆発が連鎖してゆき、それはパチュリー達を包み込む大きな一つの衝撃派となり彼女達を襲った。
もし、これが平常時ならなんとか踏み止まったかもしれない。しかし、彼女達は互いに防御の術を失っているのだ。
パチュリーは呪文の詠唱を終えたばかり、巫女は片腕を始めとした全身を負傷している。そんな彼女達に迫り狂う衝撃を受け止める術などありはしない。
まるで花びらが風に翻弄されるように、二人の体躯は宙に投げ出され、数十メートルも先の大地へと沈められる。
無論、満身創痍であった二人がその衝撃に耐えうる筈も無かった。嵐が収まった時、大地には意識を根元から断たれた二人が横たえられていた。
「そんな――くっ!!」
パチュリー達の元へ駆け寄ろうとしたレミリアだが、残る最後の一人の自由を見過ごすほど敵は優しくは無い。
レミリアの身体を引き裂かんとばかりに、虹龍は鋭い凶爪を彼女へ向けて大きく振るったのだ。
それは初めて見せた龍の直接的な狩り。魔力に頼る事無く、その恐るべき体躯を躍動させた豪腕を、レミリアは後ろに下がって回避する。
「あの娘はともかく、フランとパチェを傷つけるなんて…そして今、貴女はこうして自分の主に刃を振るう。
美鈴、それが自分の意思ではないとはいえ、言い訳にならないわよ?これは少しキツイお仕置きが必要ね!!」
声を荒げると同時に、虹龍に向けてレミリアは大小入り混じった弾幕を放出する。
口では強がってみせたレミリアだが、その実、内心では次の一手を決めきれずにいた。
はっきり言ってしまう。今、レミリアは虹龍に対して何一つ有効打を持ち合わせていないと実感していた。
彼女の最も信頼していたグングニルを持ってしても、虹龍には傷一つつけられなかった事実、
それが今のレミリアに重く圧し掛かっていた。あれは彼女の持ちうる技の中で最も破壊力に富んだ技だったのだ。
本来、レミリア・スカーレットというより吸血鬼という生物は肉体こそが最強の武器。
破壊されても再生する身体と、並みの妖怪とは一線を画した身体能力による戦いこそが本来の戦い方で、
大魔術に頼って砲撃戦というのは本来彼女にとっては門外漢なのだ。しかし今、その戦いしか虹龍相手には活路は無い。
何故ならば、あの巨体に対し拳や蹴りの一発や二発を叩き込んだところで、意味があるとは思えない。
あのような巨大生物に対して有効なのは圧倒的な対軍魔法。全てを薙ぎ払うような火力で責めるのが定石。
巫女がそうしたり、パチュリーがそうしようとしたように、レミリアもまたそうすべきなのだが、彼女は既に切り札を切ってしまっている。
グングニルを防がれた今、レミリアが虹龍の龍鱗を貫けるような術などある筈も無い。ならばどうするか。残る術は唯一つ。
「残る手段は美鈴の魔力切れを待つのみ…か。
嫌になるわね。こんな最低な鬼ごっこなんて私は趣味じゃないわよ!!」
虹龍が放った岩石弾を回避し、レミリアは遥か上空へと翔け上がってゆく。
そして虹龍より高度へと陣取り、注意を自分へひきつける為に虹龍へ紅の魔弾を放つ。
彼女が虹龍より高い空へ身を移動させたのは、偏に大地で気を失っているフラン達に流れ弾が届かないようにする為。
敵を見下せる大空で翼を広げ、レミリアは再びその手に紅き魔槍を形成させる。
今度は投擲の為ではなく、己の身を守る為の武器として。グングニルを身体の前に掲げ、レミリアは不敵に微笑む。
「さあ、始めましょうか。いつもいつもご主人様に迷惑ばかりかけてくれる
ガッカリポンコツ駄目駄目メイドのお仕置きをっ!!」
槍撃一閃。レミリアに迫り狂う氷の刃を、彼女はグングニルを横凪にし、衝撃波を放つ事でその数の暴力を相殺させる。
それが始まりのゴングとなり、虹龍は再び岩石弾をレミリアへ叩き付けんと散弾させる。
恐ろしきまでの弾幕を、レミリアは眼にも止まらぬ驚異的な速度で中空を旋回し、回避してゆく。
吸血鬼の飛行速度は天狗にも劣らぬと謳われる。今レミリアはその力を少しも惜しむ事無く全て発揮していた。
数の暴力では拉致があかないと考えたのか、虹龍は次なるカードを切って落とす。七色が一つ、妖闇の紫である。
大気に溶け込んだ闇がアメーバーのように魔力の塊を形成し、レミリアを飲み込まんと触手を伸ばして迫り行く。
「成る程…まずは私を捕まえようということ。けれど、それじゃ遅すぎるわよ。
闇夜の世界を支配する者を捕えるには、その程度じゃ無駄ね」
怒涛のように押し寄せる触手をレミリアは引き寄せるように大空へと導いてゆく。
そして、触手の長さを稼いだところで、身体を急降下させ、触手の根元まで翔け抜ける。
その速度のついた身体をまるでぶつけるように、魔力の塊へと飛翔させ、手に持っていたその槍を触手の根元へ奔らせた。
まるで断罪の鎌を振り下ろすかのようにグングニルを一閃し、魔力の根源と触手を分断し、この幻想郷から消滅させたのだ。
槍を腕の中で回し、レミリアは再び虹龍に対し微笑みかける。それは先ほどと同じように、自信に満ち溢れた表情。
何故レミリアは笑うのか。状況は絶望的で、相手に対して決定的な打撃を与える事も出来ないというのに、だ。
「どうしたの?まさかこの程度で私を殺ろうとしたのではないでしょうね。
そんな下賎なレベルでは、到底私の首なんて夢また夢の話よ」
何故彼女は笑うのか――そんな事は決まっている。レミリアは微塵も負けるとは感じていないからだ。
確かに虹龍は強い。その圧倒的な大魔法の行使に強大な体躯、そしてその存在感。何から何まで次元が違う。
けれど、レミリアは負ける未来など考えない。考えられない。
彼女が見つめる未来は美鈴と共に在る未来。彼女がいつも自分の傍で微笑んでいる優しい未来だ。
天然で空気が読めなくて、それでいて主の気持ちなんか微塵も理解しようとしないガッカリメイド。
けれど、誰よりレミリアの事を理解してくれて、いつも彼女の心を支えてくれて、何より心優しき愛する女性。
今ここで負けてしまえば、美鈴と共に生きるそんな未来を紡がれてしまう事になる。そんなことはさせない。許されない。
彼女は誓ったのだ。必ず美鈴を救うと。元の姿に戻して、何としてでも元気に復調させてみせる。
そしてまた、紅魔館で幸せな日々を共に刻むのだ。自分がいて、フランがいて、パチュリーがいて、そしてあの娘が共にいる未来を。
そして何時の日か、あの鈍感な馬鹿メイドに私の本当の気持ちを告げるのだ。
心から大好きな、心から愛したあの紅髪の優しき少女に。自分の何一つ着飾る事の無い本当の気持ちを。だから――
「――全力で来なさい、美鈴。貴女の全ての魔力、この私が受けきってみせるわ。
そして見届けなさい。貴女の主がその一生を賭けて仕えるに相応しい存在かどうかをね」
龍の猛々しい雄叫びと共に放たれるカマイタチを、レミリアは踊るように夜空の上で回避してゆく。
吹き荒れる嵐も最早彼女には通用しない。その百戦錬磨によって磨かれた感性と洞察力により、安全な場所を探し当てられるだけだ。
全てを消し飛ばすような雷撃すらも、今のレミリアには届かない。岩石弾も、闇の泥すらもレミリアには触れることすら叶わない。
真の能力を発揮した吸血鬼のその姿を捕えられる者など、果たしてこの世界にどのくらい存在するだろうか。
確かに龍は天蓋の存在だ。その能力は神の名に相応しく、並みの妖怪など相手にならぬ遥か化物。
だが、相手が化物ならばレミリアもまた常識の外に存在する妖。その戦闘センスと直感、そして身体能力は悪魔に承った一種の芸術。
確かに虹龍の攻撃は恐るべき破壊力だ。そして連射が可能という信じ難い殺戮能力。
しかし、レミリアから見ればそのような攻撃など恐れるに足りない。幾ら大砲が脅威であっても、単調ならば当たりはしない。
どれだけ破壊力があろうと、レミリアの目に映るのは何の駆け引きも感じられない敵をねじ伏せようとするだけの魔力の行使。
それではどれだけ魔術を放とうともレミリアを捕らえる事は出来ないだろう。
彼女の反射神経、洞察力、感性の全てを叩き潰す程の攻撃でなければ、吸血姫には傷一つつけられはしない。
戦場で誰よりも美しく舞う、戦鬼に愛されし吸血姫。それが彼女、レミリア・スカーレットなのだから。
雷撃を避ける際に魔弾を数発龍の額に叩き込み、レミリアは凛然と夜空に舞う。
「攻撃力も防御力も確かに驚異的だけれど…ただそれだけね。
自我と判断力の消失が折角の七色の能力を無駄にしてしまっている。それではただの獣と同じだわ。
さあ、もう十二分に暴れたでしょう?満足したら、さっさと元の姿に戻りなさい。
美鈴の身体はこんな余興にいつまでもつきあえるほどの余裕は無いのよ」
残り時間、それだけがレミリアの気がかりだった。
この館を出て行くまでの美鈴は一人で立つ事すら出来ない程に弱りきっていた。
その美鈴が館を出て、八雲の妖怪に自分を殺してくれと頼みに行ったのだ。
最初は理解出来なかったが、今となっては良く分かる。美鈴はきっと、限界を感じたのだ。
自分の本当の姿、龍である己の魂の暴走が、人間である美鈴の身体だけでは最早抑えきれないことに。
そして彼女は選ぼうとした。自分やパチェ、フランに迷惑をかけることなく、一人死に向かう事を。
その理由は今こうして目の前に在る。彼女は知っていたのだ。本来の自分、その魂が再び現世に出ようとしている事を。
美鈴は自分達を嫌ったり嫌になったりして紅魔館を出て行った訳ではない。
あんなつらい想いをしながら、彼女は最後の最後まで私達の事を考えていた。この場から逃げるように告げ、私に謝ったのだ。
美鈴はきっと諦めている。あの言葉を私達との今生の別れの言葉と考えているのだろう。
だが、私は諦めない。絶対に諦めたりしない。美鈴を救う、必ず救ってみせる。もう一度彼女の笑顔に会う為に、今度こそ自分の気持ちを伝える為に。
だからこそ今は一刻も早く彼女を元に戻さなければ。その為に、少しでも多く魔力を消費させる。
相手にはもう何も手札は残っていない。残されたのは考え無しの単調な大魔法とその凶爪のみ。
美鈴を救う。絶対に救う。それは何よりも強い気持ち。誰にも譲れないレミリアの想い。
翔けるレミリアに、虹龍は再び大きな咆哮を上げて魔力を形に変えてゆく。次に来るのは雷か風か、はたまた土か。
いずれにしても問題ない。どんな魔法でも、所詮獣の魔法など単調に過ぎない。
そんなものよりも、今は一刻も早く戦闘を終わらせる。そして美鈴を救い出す。必ず、必ず美鈴を。
「――炎に氷撃?ハッ!!今更そんなものを二つ同時に出したところで当たる訳がっ!!」
虹龍から放たれんとした一撃に備え、レミリアは夜空に大きく翼をはためかせる。
その一撃を回避したら、今度はこちらから攻勢に転じる。例え堅牢な龍鱗は貫けずとも、防御によって魔力は消費させられる筈だ。
レミリアは虹龍からの牙を待った。もう幾度と無く避けた大業な大魔法など当たりはしないと見切っていたから。
そう考えたレミリアの判断を一体誰が責められることが出来ようか。それは彼女の歴戦の経験と才が下した決断。
決して敵を甘んじた訳ではない。軽んじた訳でもない。誰が見ても適切で常道な判断、虹龍の猛攻を確かに彼女は見極めていたのだ。
しかし、敢えて彼女に苦言を呈すならばたったニ点。一つは彼女の心に焦りが生じていたこと。
美鈴を救いたい、早く救わなければならないという彼女の心が、その彼女の大きな武器の一つである直感を鈍らせた。
もし『普段の』彼女だったならば、予想外のモノとはいえ、虹龍のどんな攻撃をも回避することが出来た筈だ。
敵からの攻撃が放たれる前に、その嫌な予感を感じ取り、体躯に警戒を走らせた筈なのだ。
そしてもう一つ。それはレミリアが敵ではなく『七色を扱う程度の能力』を軽んじてしまった事。
酒の席で美鈴からの話を聞いたとき、レミリアはその彼女の口から語られたこの能力を特に脅威ではないと感じていた。
それは能力自体が親友の七曜を操る程度の能力と同系であり、自分が良く知る能力である事に起因する。
能力自体がオーソドックスな属性魔法で、運命を操ったり隙間を使ったりといったトリッキーなものではない。
むしろ人間の美鈴の持つ『気を使う程度の能力』の方が遥かに厄介だ。天気や大気から気功まで操れる汎用性の広さがあるそちらの方がレミリアとしては戦い難い。
その点、七色の能力は正面から当たっても、所詮は正当な能力。打ち負けることは無いとレミリアは認識していたからだ。
だが、それは完全なレミリアの判断ミス。彼女は美鈴から確かに聞いていた筈なのだ。
『この力を使い、私は生き延びる為に何人もの同胞を屠りました。それが私の虹という二つ名の由来です』
美鈴の同胞とは一体何か。今、目の前で咆哮を上げている獣の同胞とは何か。
そうだ。確かに美鈴はレミリアに語った。彼女は七色の能力を用いて同胞――龍を何人も屠ってみせたと。
果たしてレミリアが簡単に見極められる程度の能力が、同属であり天蓋の生き物である龍を簡単に屠れるものだろうか。
果たしてこのような大味な技だけを放つ能力を持つだけで、他の同属から『虹』の二つ名を与えられるほど畏怖されるものだろうか。
ここに一つ仮定を呈したい。もし、虹龍たる彼女の能力の真の姿が今のような大魔術の行使だけに留まらなかったら。
もし、彼女の真の能力に更にワンランク上の境地が存在したとしたならば。
それはパチュリーが先ほど体現してみせた奇跡の具現。属性に属性を重ね合わせる最高峰の魔術。
そのような奇跡を、もし虹龍がやってみせたとしたならば。パチュリーを遥かに凌駕する魔力容量を持つ獣が、その最高魔法をみせたならば。
一色一色は所詮単色に過ぎない。けれど、数多の色が重なり合えば、それは一つの天橋となりて夜空に軌跡を描く。
七色を操る能力の真の姿。彼女が虹と恐れられる所以。その禁忌は今、ここに紐解かれる事になる。
「!?拙――」
己の失策を悔やむには遅過ぎた。それ程までの驚異的な速度によって、虹龍の牙がレミリアに突き立てられたのだ。
虹龍の放った炎と氷刃は一つに溶け合い、本来決して混ざり合う事のない二色は一つの牙となり、夜空に放たれる。
それは炎を纏った氷塊の魔弾。虹龍の手綱から解き放たれた凶刃は先ほどまでとは比べ物にならない速さでレミリアの喉元を掻っ切らんと疾走する。
だが、それでも吸血鬼の飛行速度自体には及ばない。迫り来る魔弾をレミリアは紙一重で回避すべく全身を躍動させて避難に転じる。
レミリアの真横を虹龍の放った弾丸が通り過ぎる瞬間、レミリアは安堵の息をつく。予想外の攻撃ではあったが、何とか避けられたと。
しかし、その安堵は虚空を切る結果に終わる。くどい様だが、もう一度述べさせて頂こう――己の失策を悔やむには、全てが遅過ぎたのだ。
彼女が回避行動に移る瞬間、炎を纏った氷塊は光を放ち、魔力を膨張させる。
その時、レミリアはようやく己のミスを理解した。この魔弾に込められたのは二属性だけではなかったのだ。
炎と氷はあくまで威力を増加させる為のラインに過ぎない。この魔弾の奥底に加えられた基底となる魔法属性はその二つではなく、今しがた光を放った雷。
その刹那、レミリアの姿をこの幻想郷から排除するかのように魔弾を中心とした大規模な爆発が闇夜に響き渡った。
虹龍が解き放ったのは二系統ではなく三系統による超高域大魔法。森林一つを容易に消し飛ばす事の出来る程の威力を持つ狂牙。
パチュリーと同様、虹龍がみせた系統属性の重ね合わせ。これこそが彼女が虹と同胞に恐れられた所以。
あの魔法に関しては右に出るものはいないパチュリーですら五系統が限界であるこの大奇跡を、
虹龍である美鈴は七系統全ての重ね合わせを可能としているのだ。
これこそが彼女が何人もの龍を屠った理由なのだ。この牙に捕えられたものは、例え何者であろうと無事では済まさない。
例えそれが驚異的な身体能力、再生能力を持つ吸血鬼であろうと、だ。
爆煙が風に流されてゆく中、その爆発の中心地にいた吸血鬼は煙に流されるようにその姿を現した。
緊急の魔法障壁を張ったのか、頭部の消滅こそ逃れられたものの、身体の右半身は先程の大魔法にごっそりと持っていかれていた。
口から大量の鮮血を零しながら、レミリアは口元を歪める。それは何処までも自虐的な微笑。
この美鈴を救うという大事な時に、相手の力量を見誤るという一番やってはならない最低なミスを犯した愚かな自分へ対する意思表示。
「…本当、嫌になるわね。惚れた女の前であれだけ大口を叩いておいて、結局この様だなんて」
全身の魔力を総動員して肉体の復元に努めるが、そのような隙を見逃してくれるほど相手は甘くは無い。
雄々しい咆哮と共に、虹龍は再び新たに魔力を魔法へと流動させ、レミリアに牙を剥いて襲い掛かる。
発現させるは妖闇の紫。先ほどレミリアを捕えんと触手を伸ばした魔力の粘体である。
黒き魔力の塊から伸ばされてゆく触手を、今のレミリアは防ぐ手立てを持ちはしない。
左足首、左足、そして首と各部を締め付けるように触手に捕えられ、レミリアは苦悶の表情を浮かべる。
甘く見た。本当に甘く見ていた。獣であることが、知能と判断力の欠如が虹龍の弱点だと考えていた。
けれど、突き詰めて考えれば、それは何処までも野生に殉ずる精神であるという事。どこまでも獣であるということ。
獣は獲物に対して容赦などしない。慢心などしない。殺す事に一片たりとも手心を加えるような事はしない。
それは何処までも美しいほどに狩人の証。こうして触手でレミリアを捕らえた事も、ここで見逃がすつもりなど更々無いという意思の表れ。
迂闊。無様。何という間抜け。本当、笑いたくもなる。最後の最後でこんなヘマを踏むようではどうしようもない。
けれど、今はそれ以上に心に浮かぶ感情。それは謝罪。美鈴に対する、心からの謝罪。
救えなかった。あれだけ大口を叩いておいて、あれだけ美鈴を救うと誓いながら、結局自分は美鈴を救えなかった。
一緒に生きると、これから先も共に在ると誓ったのに、その約束を自分は果たせなかった。
あれだけ沢山のモノを美鈴から受け取っていながら、美鈴が苦しいとき、自分は何もしてあげることが出来なかった。
「…唯一の救いは、パチェやフランや博麗の巫女が気絶している事かしらね。
流石に倒れているあの娘達にまで追い討ちをかけるような事はしないでしょうし」
大地に横たわる三人の姿を見て、レミリアはわずかばかり口元を揺るめる。
己の詰めの甘さから招いた現状ではあるが、最悪の事態だけは免れる事が出来た。
フランとパチェが生きている限り、紅魔館が潰える事はないし、博麗の巫女が生存しているならば幻想郷が終わる事もない。
失われるは唯一つ、この私の命のみ。レミリア・スカーレットの命を贄として、虹龍は怒りを収めるのだ。
そう考えるならば、この終焉はそう悪い事ばかりでもない。この命は二十年前に尽きる筈だった仮初めの生に過ぎぬ。
本来は得られなかった筈だったこの二十年間で、私は両手では抱えきれ無い程の幸せを手にする事が出来た。
パチェと共に笑いあう日々、フランの成長を見つめる事が出来た時間、そして愛する美鈴との出会い。
初めは鬱陶しいと思っていた少女が、いつの間にか私の心に入り込み、最後には手離せないほどに愛おしい存在になっていた。
そんな美鈴を救えなかった事は心残りだが、けれどこういうのも悪くはないと思う。
この世に生を受けて四百年と半分。その長き生の終幕を、愛する女性が閉ざす。
他の奴等には絶対に認めないが、私に恋をするという気持ちを教えてくれた駄目駄目メイドになら、この命をくれてやっても良いと思う。
全く、本当に嫌になる。他ならぬ美鈴になら、私のこの命をくれてやっても構わないと考えている自分自身が。
「フフッ…私をここまで惚れさせるなんて、本当に大した娘ね。
――さようなら、美鈴。一足先に向こうで待ってるわ。
少しくらいなら待っててあげるから、向こうに来たときはちゃんと私のところに顔を出しなさい。
もし、その時が訪れたなら――」
その時は、ちゃんと伝えよう。私から美鈴へ送る、素直な気持ち。何一つ偽りの無い、本当の言葉を貴女へ。
左腕に持っていたグングニルを消し、レミリアは視線を虹龍の方へと向ける。最後の瞬間くらい愛する女性の姿を眼に焼き付けておく為に。
抵抗を全て止めたレミリアへ止めを刺す為の牙の用意は既に終えている。
虹龍の前に形成されし大魔法。それは七色が最後の一色にして、吸血鬼であるレミリアにとっては逃れられない絶対死の約束。
獣が用意した最後の牙は耀光の橙。暗き大地を照らす陽光の刃。闇夜の覇者である吸血鬼を打尽する為のこれ以上無い得物。
あと数秒後かそれとも一瞬のウチか、どれ程の猶予があるのかは分からないが、あれは間違いなくこの身を消滅させるだろう。
レミリアは覚悟を決め、己の最後の瞬間を待つ。心残りは確かにあるが、今更どうなるものでもない。
ならば最後のその時は大人しく死を受け入れよう。せめて美鈴の心を苦しめぬように虚勢を張って。
虹龍からの最後の一撃を待つレミリアだが、未だに訪れぬ死に疑問を抱く。
この身が捕えられて数十秒。あの魔法も放出する準備は既に出来ている筈だ。それなのに何故この身を穿とうとしない。
疑問を覚えたレミリアは、ゆっくりと首を虹龍の顔首の方へと向ける。そこでレミリアは言葉を失う。
「――美鈴、貴女泣いて…」
虹龍の鋭い双瞳から零れ落ちてゆく何か。それはレミリアの見間違いなどではなかった。
自我や感情の残されているはずの無い、獣となった虹龍の瞳からはとめどなく涙が零れ落ちていたのだ。
意思を失い、暴れるだけの獣と成り果ててもなお彼女に残るレミリアへの想い。それは誰よりも悲痛で、誰よりも一途な心の叫び。
瞬間、レミリアの耳に聞き慣れた少女の声が響き渡る。それは幻聴だったのかもしれない。けれど、確実にレミリアの意識に語りかけてきたのだ。
――止めて。お願い。誰か止めて。この手が引き金を引いてしまう前に、誰か助けて。
――このままでは殺してしまう。私の誰より大切な人を殺してしまう。嫌、そんなのは絶対嫌。
泣いている。誰よりも優しくて、いつも笑顔で佇んでいた花のような少女が、今はあんなにも泣いている。
誰が泣かせているというのか。そんな事は決まっている。私が、私が無力だから美鈴はあんなにも泣いているのだ。
何故諦めようとした。何故美鈴の手にかかって殺されても良いなどと下らぬ事を考えた。
そのようなことをさせてしまえば、一番誰の心が傷つくのかぐらい少し考えれば分かる事ではないか。
殺されてはならない。もしここで私が美鈴に殺されてしまえば、きっとあの娘はこの先ずっと笑えなくなる。
駄目だ。そんなことは絶対に許されない。美鈴は常に笑っていないと駄目なのだから。
あの娘はいつまでも紅魔館で優しく微笑んでいなければならない。あの娘の笑顔を踏みにじるなんて、絶対にしてはならない。
「がああああああ!!!!動け!!!動きなさい!!!少しは頑張りなさいよ私の身体!!!
もう充分休みは取ったでしょう!?身体の半分が無いくらい何よ!?それくらいで根を上げてどうするのよ!?
今私の目の前で美鈴が泣いているのよ!?目の前で助けて欲しいと声を上げて泣いているのよ!?
それを目の当たりにしても動けずして何が吸血鬼よ!!!何が紅魔館の主よ!!!何があの娘のご主人様よ!!!」
己の身体を縛る触手に対し、レミリアは火がついたように猛烈に必死の抵抗を試みる。
しかし、その束縛の鎖はレミリアの弱った身体では引き千切ることは叶わない。彼女が万全の状態でも可能かどうか。
それほどまでに虹龍の魔法は完璧なのだ。全ての属性において高みを極めた魔法、それが七色。
必死にもがくレミリアに、とうとう最後の瞬間が訪れる。虹龍の最後の牙、耀光の橙が彼女に向けて解き放たれたのだ。
それはレミリアを打ち貫かんと直線を奔る光槍。レーザーのように真っ直ぐにレミリアだけを目指して駆け抜けてゆく。
訪れる光の奔流を見つめながら、レミリアは奥歯を噛み締める。
駄目だ。私はここで死ねない。ここで死んでしまえば美鈴の心がきっと潰えてしまう。美鈴の笑顔が消えてしまう。
諦めるな。最後の最後まで諦めるな。心が諦めなければ、それが最後まで立ち上がる力となる。
私は死ねない。こんなところでは死ねない。誓ったんだ。美鈴と共に生きると。美鈴の笑顔をいつまでも傍で見守り続けると。
死んでやるものか。こんなところで死んで、あの娘を――美鈴を悲しませてなどやるものか!!!!!
「――そう。諦めなければ必ず奇跡は起こるものよ。
この世界は幻想郷。非常識なモノ、存在し得ないモノによって生み出された残酷な楽園。
外の世界で失われた『想い』と『幻想』によって成り立つ、それはそれは不思議な世界なんですもの」
虹龍から放たれた光槍がレミリアに届くその刹那、ここに奇跡は成る。
彼女の前に展開された空間の裂け目が、その光の刃を少しも余す事無く飲み込んでしまったのだ。
それはレミリアにとっては予想だにすらしなかった奇跡だが、起こした人間からしてみれば必然以外の何物でもない。
呆然と空間の断裂を見つめていたレミリアの前に舞い降りた一人の女性。彼女こそがこの必然を成就させた天蓋の存在。
レミリアの前に降り立ち、悠然と微笑む女性――八雲紫。隙間の妖怪にして、八雲の管理者。数多存在する人外の中で、『最強』を謳われる人物である。
笑顔を浮かべたままで、紫は軽く指を鳴らす。その音と共に、レミリアを縛っていた触手は隙間によって断裂され、
あれほどまでにレミリアが苦しめられていた拘束からいとも簡単に解き放たれた。
束縛から解放されたレミリアを確認し、紫は悠然と虹龍の方へ視線を向ける。
「幻想郷中の空気が騒がしいから何事かと思えば、あれだけ探していた虹美鈴とご対面だなんてね。
もしかしなくても虹美鈴を匿っていたのは貴女達ね。本当、余計な手間をかけさせてくれるわ」
「手間をかけさせて悪かったわね…助けてくれた事に対して、一応礼は言っておくわ。
ただ、美鈴の件に関しては謝るつもりはないけれど。あの娘は私の従者だもの。従者のあれこれを貴女にどうこう言われる筋合いは無いわ」
「その従者に殺されそうになってた人が何を言ってもねえ…とりあえずその身体を何とかなさいな。
時間くらいなら幾らでも稼いでくれるみたいだから」
「稼いでくれる?貴女が稼ぐ訳ではなくて?
まさか式の狐を一人でアレに挑ませるつもりじゃないでしょうね」
「藍は今私の傍にいないわ。どこぞの誰かさんに負けたことが余程ショックだったみたいで、私の可愛い藍は
二十年前からずっと自分を鍛え直す旅に出ているの。全く、おかげで私はずっと寂しい思いをしているのよ。
加えて言うなら結界の管理もご飯の準備も全部自分でしなければならなくなったし…面倒なのよね、色々と」
「アンタが寂しかろうが悔しかろうが不便な思いをしようがどうでも良いわ。
それじゃ一体何処の誰を連れてきたのよ。言っておくけれど生半可な奴じゃ美鈴に傷一つ付けられやしないわ」
レミリアの疑問に、紫は口元を歪ませる。それは妖艶という表現に相応しき女性の微笑。
背後を見せ、誰が見ても隙だらけな紫を背後に息づく獣がいつまでも見過ごす筈が無い。
大きく唸り声を上げて、紫の身体を引き裂かんとばかりにその凶爪を紫へと振り下ろす。
「ちょ、ちょっと八雲の妖怪、後ろ!!!」
「そう言えば二人を貴女に顔見せするのは初めてだったわね。
紹介するわ。二人とも私のお友達で、物凄く強くてとても頼りになる人達よ。
そうね、どのくらい強いかって言ったら――自我を失った龍くらいなら、簡単にその場で料理してしまいそうなレベルかしら?」
虹龍が紫に爪を突き立てるその刹那、大きな爆音と爆風がレミリアの身体を包む。
その正体に気付いたのは、虹龍の叫びが耳に入った時。その咆哮を聞き、レミリアは意識せず体中に戦慄が走った。
龍の叫びは今までとは種類が違う。それは痛みによる叫び。その攻撃はレミリア達が苦戦した龍の鱗をいとも容易く貫通してみせたのだ。
のた打ち回る龍の叫び声が響く中、レミリアはその爆風の原因――大きな砲撃が放出された場所に視線を向ける。
その一点、夜空に舞うは二人の女性。傘を開いて愉悦に表情を変えた緑髪の女性と、魔力で生み出された死霊の蝶を纏わせ優雅に微笑む桃髪の女性。
初めて出会う二人の姿に、レミリアは呼吸すら忘れてただただ驚愕する。
――何て圧倒的な存在感。その身から放たれる重圧感は龍にすら劣らぬ程で、戦わずとも彼女達の実力が手に取るように分かる。
八雲の妖怪がそうであるように、彼女達もまた八雲紫と並び遥か高みに君臨する存在。
この幻想郷には八雲の妖怪以外にもあんな化物がまだ存在しているというのか。単身で龍と互角に渡り合えるような、そんな規格の外に位置する怪物が。
「面白い退屈凌ぎがあるって言うから来てみれば…フフッ、なかなかどうして面白そうな玩具が一つ。
幽々子、貴女は指を加えて眺めてなさい。私一人で充分間に合うわ」
「あら、そういう訳にはいかないわよ。紫からは幽香のサポートに回るように言われたんだもの。
第一私が援護してあげないと、貴女は龍を簡単に壊しちゃうでしょう?紫としてはそれだけは避けたいらしいのよね。
別に邪魔なんてするつもりはないわ。私はただの調整役、貴女に対する抑制力とでも思って頂戴な」
呑気に会話を交し合う二人に、虹龍は憤怒の形相を浮かべて視線を彼女達へと向ける。
先ほどの一撃で完全に怒りに身を捕えられてしまったのか、先ほどから夜空には龍の唸り声がけたたましく響き渡っている。
どうやら狙いを紫から二人へと完全に切り替えたらしい。今にも襲い掛からんと牙をみせる龍にも、二人は何ら動じる事はない。
「フン…紫は相変わらず余計な策を弄しているみたいね。まあいいわ、アイツの思惑なんて私には関係の無い事だもの。
逆に考えれば、それだけコレを虐められる時間が増えるという事。それなら悪くは無いわ」
「そういう事。さて、久方振りの顕界だものね。否応無しに胸は期待に膨らむと言うもの。
幽香ほどじゃないけれど、私も少々欲求不満なのよ。少しは楽しませて頂けるのかしら」
悠然と空に舞う二人に対し、今にも襲い掛からんとする虹龍。
その光景を見つめていたレミリアだが、突如紫に服の首元を掴まれて、そのまま隙間の中へと引きずり込まれた。
何事かと気付いた時には、レミリアは紫共々地上へと移動しており、その二人の移動が終わった刹那、上空で激しいぶつかり合いが開始された。
「地上に降りるなら降りると言いなさいよ…いきなり人の首根っこ掴んで引きずり込むなんて」
「あら、私はちゃんと事前に断りを入れたわよ?
けど貴女、二人の方ばかり眺めてて少しも私の声に反応しなかったじゃない」
紫の言葉に、レミリアは何一つ反論出来ずに押し黙る。
確かに魅入っていた。あの二人の内包する圧倒的なまでの力に。あれほどの力を持つ者は八雲紫以外に存在しないと考えていたから。
紫は軽く息を一つついて、くるっと周囲を一望する。地に倒れるは吸血鬼の妹、七曜の魔女、そして博麗の巫女。
「散々無茶してくれたわね。貴女以外誰一人としてこの場に立っていないじゃない。
特にあの娘には虹美鈴には何があっても近づかないように言っておいた筈なんだけどね」
「こっちにだって色々と事情があるのよ。美鈴を止める為に色々とやってはみたものの…結局この様よ」
自嘲するように笑いながら、レミリアは消し飛ばされた己の身体を再生させてゆく。
レミリアの右腕が再構成されてゆくのを眺めながら、紫は大袈裟に溜息をついてみせる。
「虹美鈴の話、本人から聞かされていなかったの?
貴女はアレを匿っていたんでしょう。ならばアレがどれ程の存在かを理解してると思っていたのだけれど」
「フン、美鈴の正体が一体なんだって言うのよ。そんなものは私達には何も関係ないわ。
たとえあの娘が龍であろうと異端であろうと亡霊であろうと関係ない。あの娘は紅魔館に仕える従者。
その一つが絶対ならば、他の事なんてほんの瑣末な事象に過ぎないわ」
「…本当に呆れた。貴女、虹美鈴の事を本当に何も知らないのね。
それとも知ろうとしていないのかしら。何故虹美鈴が龍の中で異端と恐れられたのか考えた事はおあり?」
「知った風な事を。そんな事は本人から聞いたわよ。
あの娘は龍でありながら、生まれながらの知性も、司る事象も、為すべき事も何一つ与えられずにこの世に生を受けたんでしょう。
それは本来、龍という種族の中では許されないこと。だから美鈴は異端として処分された…吐き気を催すような話ね」
「五十点ね。それではまだ虹美鈴という存在の本質に触れることすら叶わない。
その程度の理由で本当に処断されたと思っているの?理由は知らないけれど、貴女は虹美鈴に対して思考停止が過ぎるわよ。
生まれながらの知性がないのなら与えれば良い。司る事象も為すべき事も他の龍が分け与えれば良い。
なのに、彼等はそれをせずに同胞である虹美鈴を大地の底へと有無を言わせず封じた。まるで彼女の存在を恐れるかのように」
彼等は美鈴の命を奪っただけではなく、大地に魂を封じたのだ。
それは彼女に転生すらも許さないという意の表れ。ただ異端なだけで、それほどまでに制裁を加えるだろうか。
ならば彼等が美鈴を大地に封じたのはそれ相応の理由がある筈。ならばそれは何か。一体美鈴の何を龍達は恐れていたというのか。
答えの出ない迷路に迷い込んだレミリアに、紫は時間切れとばかりに言葉を紡ぐ。それは虹美鈴本人ですら知らない彼女の真実。
「虹美鈴がこの世に生を受けたのは約二千年あまり昔の事。
彼女がこの世に生まれた時、龍の中でも高い位に位置する聖龍達は虹美鈴の存在を危険視した。
その理由は至極簡単。彼女が成長すれば、自分達の地位が脅かされる事が分かりきっていたから。
フフッ、この世の創世神と謳われる龍達も可愛いものよね。己の保身に走るときは人間達と何一つ変わりはしない」
「…つまり、貴女は美鈴が一体何だって言うのよ。
他の龍達はあのポンコツメイドの一体何を恐れていたというの」
数ある名高き龍達が彼女を恐れた理由。虹という二つ名をつけてまで彼女を忌避したその訳。
レミリアの疑問に答える為に、紫はゆっくりと口を開く。それは龍達以外の妖怪や人間達には何一つ知らされることのなかった龍の暗部。
「簡単な話よ。虹美鈴は龍達を束ねる長となる存在としてこの世に生を受けたの。
先ほど虹美鈴が司る事象も為すべき事も与えられなかったと言ったわね。そもそもそれが間違いなのよ。
虹美鈴には確固として司る事象が与えられているじゃない。だからこそ彼女の二つ名はそう呼ばれるのではなくて?」
紫の言葉にレミリアはあっ、と声を漏らした。どうしてこんな単純な事に気づく事が出来なかったのか。
水龍ならば水を司り、火龍ならば火を司る。ならば虹龍である彼女が何も司っていないなどとどうして勘違いしてしまったのか。
それはきっと、美鈴が七色の能力をあくまで能力としか見ていなかったから。身を守る為の道具としか見ていなかったから。
何を馬鹿な事を。司る事象ならば存在しているではないか。夜空に揺らめく体躯に輝くは七色の煌き。
彼女の司る事象こそが虹。そして虹を司るという事は何を指すのか。そもそも虹とは外界で何だと例え謳われていたのか。
「虹を司るということ、それは龍を司るという事に同義だわ。
だからこそ古龍達は虹美鈴を恐れたのよ。虹美鈴の魂を封ずることで、彼女の存在を無かった事にした。
彼女だけじゃない。再び彼女と同じ子供を生ませない為に、龍達は彼女の父母すら殺した。
成長はおろか、輪廻すら許さないという徹底振りからみるに、どうやら彼女の事を本当に恐れていたみたいね。
もし転生を許してしまえば、もしかしたら同じ事が繰り返されるかもしれないもの」
「そんな…そんな自分勝手な保身の為にあの娘を…美鈴を殺したと言うの?」
「私の知る限りではね。そして虹美鈴が人間の身体を借りて逃走を図った時、龍達は心から恐怖した。
彼女が何故人間の身体を借りてまで生を望んだのか、その理由が理解出来ない事が龍達の心を疑心に陥らせた。
もしかしたら、虹美鈴は我々に復讐を企んでいるのではないか。力を蓄え我々を殺す機会を探っているのではないかとね。
だから龍達は虹美鈴をもう一度封ずる為に何人もの追っ手を差し向けたわ。けれど、結果は全員返り討ち。
本当、大したものよ。人間の身体、そして生まれて数千年しか経過していない幼龍でありながら、
虹美鈴は何匹もの龍を屠ってみせたんだもの。天賦の才というのもあるでしょうけれど、一体何が虹美鈴をそこまで突き動かしたのでしょうね」
美鈴がそこまで生きようとした理由。それは本人の口からもレミリアに最後まで語られる事はなかった。
けれど、そんな事は知るまでも無い。あの娘はこんな理不尽な死を与えられたというのか。
種族としての決まりなどではなく、ただただ地位を脅かされるという下らない理由であの娘は生を与奪されたというのか。
巫山戯るな。こんな事が許されるものか。こんな下らない事の為にあの娘は生を与えられたというのか。
怒りに表情を歪めるレミリアを一瞥しつつ、紫は話を終えることは無い。今は唯、レミリアに虹美鈴の全てを語るだけ。
「一体何匹の追っ手を撃退したのかはしらないけれど、
その度に虹美鈴は今のように龍の姿に戻っていたのでしょうね。龍ほどの生き物による化身の負荷は人間の身体には当然耐え得るものではないわ。
重ね合わぬ魂と肉体の乖離による弊害。虹美鈴に生じる身体の悲鳴は魂の磨耗と同義だわ。
少なくともこの幻想郷に迷い込んだ時、虹美鈴は私生活に支障をきたさない程度に魔力を抑えることだけで限界だった筈よ。
そうね…少なくとも私はそう見ていた。けれど今、虹美鈴は私の予想を遥かに上回り、自我を失うほどに衰弱しきっている。
まるでこの幻想郷内で龍の姿を取る以上の魔力の行使を行ったように、ね。その事に関して何か心当たりはおありかしら?」
「魔力の行使…?――まさか」
美鈴が行った大魔法の行使。それに関して思い当たる点がレミリアの心には存在した。
それは美鈴が彼女、レミリアの妹であるフランを忌まわしき狂気の鎖から解き放った日。
あの時みせた美鈴の魔法は確かに奇跡と呼べるもので、フランを狂気から解放することで彼女は紅魔館に本当の笑顔を与えてくれた。
あの時はフランと再び一緒に過ごせる日々を喜び、そのような事は考えなかったが、もしもあれが美鈴の体内の魔力の安定を消失させた原因だと考えるなら――
『――レミリア、私を頼って下さい。たった一言、私に妹を救えと命じて下さい。
貴女が私を頼ってくれるなら、私は貴女を…そして貴女の妹を必ず救ってみせます。
貴女の為ならばたとえこの命を賭してでも、絶対に』
「あ…」
知っていた。美鈴はきっと知っていた。あの大魔法の行使が、己の命を縮める事を。
フランを助けるという事が自分の身体にどれ程の影響を及ぼしてしまうのかを。
しかし、美鈴はそれを承知の上で選んだのだ。フランを解放する事を、そしてレミリアを救い出す事を。
自分の命を削る事も厭わず、美鈴はこの奇跡を起こしてみせた。自分の命を代償にレミリア達を救ってくれたのだ。
遅すぎる真実を目の当たりにし、レミリアは表情を歪め唇を強く噛み締める。
馬鹿だ。馬鹿だ。本当に大馬鹿者だ。どうしてそこまでしてくれるのか。どうしてそこまでする必要があるのか。
私達の為に平気で命を投げ出すものなど馬鹿以外の何モノでもないではないか。他人の幸せの為にどうして自分の命を削るのか。
その命は大切な命ではないか。理不尽な死を与えられ、暗き地の底で独り眠っていた中でようやく掴んだチャンスではないか。
どうしてその生をもっと自分の為に使わない。どうしてその生を我侭に使わない。
つらいのを隠して、苦しいのを押し通して、美鈴はいつも自分達の前で笑っていた。倒れるまでは苦しい顔なんか一つみせずにいつも微笑んでくれていた。
馬鹿。そんな必要は無かったのに。苦しければ言ってほしかった。つらければ共有させてほしかった。
美鈴を犠牲にした上で成り立つ幸せなんて求めていなかった。美鈴だけにつらい想いをさせる幸福なんてただのまやかしに過ぎないではないか。
拳を握り締めるレミリアから視線を外し、紫はゆっくりと前に歩みを進めてゆく。
「…何をするつもり?」
「貴女は私が虹美鈴に関する雑談に興じる為にこの場所へ来たとでも思って?
私は八雲の妖し人にして幻想郷の管理人。幻想郷の秩序が乱れ、博麗の巫女が倒れた今、私がすることは唯一つでしょう」
レミリアに背を向けたまま、紫は唯真っ直ぐに虹龍を見据えた。
紫の言葉に、レミリアは彼女が今為そうとしている事を把握した。彼女がこの場所に訪れた理由、それは虹美鈴を殺す事なのだと。
考えれば当たり前の話なのだ。今、幻想郷で虹龍という類を見ない怪物が自我を失って暴れている。
それをどうして八雲紫が見過ごすだろうか。彼女は幻想郷の管理人にしてこの楽園の秩序をもたらす最強の妖怪。
彼女は最初からに美鈴を殺す為にこの場所に訪れたのだ。だからこそ己の他に実力に秀でた二人の化物をつれてきたのだろう。
幾ら美鈴が龍とて、八雲の妖怪から見ればそれは赤子に等しいだろう。ましてや自我を失った獣が相手ならば尚更だ。
其れほどまでの力の差があるというのに、八雲紫は強力な助っ人を二人も呼び寄せたのだ。九十九パーセント強の勝率を百へと引き上げる為に。
彼女のその一重たりとも油断しない姿こそが最強たる所以。幻想郷の存続を脅かす者には決して容赦しない冷酷な在り方。
万物を受け入れるその裏側で何者をも容赦なく処断するその姿こそが、彼女が八雲紫である証なのだ。
そんな八雲紫の在り方を、強き姿を知っているからこそレミリアには分かるのだ。
このまま指を咥えてただ見ていては、美鈴が八雲の妖怪に確実に殺されてしまうと。
「駄目よっ!!美鈴を殺しては駄目!!
あの娘はただ自我を失っているだけで、元に戻ればあんな風に暴れたりは…」
「――戻れないわ。虹美鈴は人間の姿に二度と戻れない。
貴女の言う通り、虹美鈴は完全に自我を消失している。意識を失った者が人間の姿を取るなんて事が出来る訳ないでしょう」
「戻れるわよ!!戦闘不能に陥らせるかあの暴走している魔力さえ消耗させればきっと美鈴は元に戻るわ!!」
「そんな僅かばかりの可能性に縋りついて危険を招くような真似をする事、
それがどれだけ愚かな事かは貴女も理解しているでしょう。私はそんなモノの為に勝率を一厘でも下げる事を良しとしない。
虹美鈴にとって残された救済は安寧の死だけよ。私達は彼女の転生を龍達に邪魔はさせない。
気高き者には相応しき死を。虹美鈴に私達がしてあげられることが何か、貴女も本当は理解しているのでしょう」
「そんなの分かる訳ないでしょう!!!美鈴は殺させない!!殺す必要なんかない!!
美鈴は止めるだけで元の姿に戻る事が出来る!!また元の生活に戻る事が出来る筈よ!!」
まるで子供が駄々をこねるように声を荒げ、レミリアは紫へと必死に食い下がる。
それは彼女が紅魔館の主としての姿を捨てた、一人の少女としての悲痛な叫び。
諦めたくない。諦められない。美鈴に残された救いが死による救済だけだなんて絶対に認められない。
あんなに私達の為に尽くしてくれて、私達の事を考えてくれて、私達の為ならば命を削る事すら惜しまなかった馬鹿メイド。
そんな大馬鹿なあの娘が幸せな日々を送れないなんてそんなのは嘘だ。救われないなんて絶対に嘘だ。
美鈴は幸せになるべきなのだ。ならなければならない義務がある。彼女の幸せは、こんなところで生を終えるようなことでは決してない筈だ。
必死に声を上げるレミリアに、紫はゆっくりと口を開き、彼女に対し最後のカードを突きつける。
「その虹美鈴を貴女は止められなかったじゃない。
止める事や救う事はおろか、あの二人のように対等に渡り合うことさえ出来なかった」
言葉を切り、紫はゆっくりと上空へと視線を向ける。虹龍の支配する漆黒の空では、未だに大蛇の激怒が魔弾となりて大気を貫いていた。
だが、先ほど虹龍がレミリアと対峙していた時とは大きく異なる点が一つ。それは、あの怪物である虹龍を二人が圧倒しているという事。
虹龍の放つ魔法は二人に決して届く事はない。その比類なき牙が彼女達の柔肌に突き立てられることは一度たりとも無く。
その確固たる事実は彼女達の戦いぶりを一目見れば瞭然なのだ。
現に今、虹龍は咆哮と共に大魔法の行使を行っている。それはレミリアの時のように獣が持つ七色の牙の一つ、岩石弾の嵐。
「その技は通用しないと教えた筈だけど。同じ事を繰り返すだけでは舞子としては芸が無くてよ。
それにしても見事な虹色の体躯ねえ。龍料理というのも案外美味しそうね。一体どんな味がするのかしら」
虹龍の圧倒的な暴力を前にしても動じる事無く桃髪の女性は優雅に微笑む。
そして己の周囲を舞う幾多の霊蝶に魔力を込め、美しき死蝶を己が行使する恐るべき弾幕へと変容させてゆく。
迫り来る岩石弾の前に亡霊の姫は優雅に舞う。見よ、生きとし生ける全ての罪深き者達よ。
彼女こそが西行寺幽々子。華胥の亡霊にして冥界の管理人。八雲の妖怪と肩を並べる絶対強者の一人である。
幽々子の放つレーザー状の弾幕は迫り来る岩石弾を次々と貫通し爆砕してゆく。
その弾幕は岩石弾だけを確実に捉え、一つとして外すという事は無い。
まるで針の穴に糸を通すような精度を保った、敵の魔弾を打ち落とす為だけの砲撃。それは何と気の遠くなるような精密な魔術行使か。
生半可な魔法では彼女の鉄壁の守りを崩せない。並みの者では彼女に触れることすら叶わない。
ならば虹龍は並みの存在なのか。否、断じて否。その獣は妖怪や幼獣を超えた神秘の頂点に立ちし化物。
破壊力が足りないなら増せばいい。一属性で届かないのならば重ねればいい。先ほどレミリアに見せたように、重曹の牙であればこの亡霊相手でも届くはずだ。
散発的な魔術の行使を止め、虹龍は再び七色の奇跡を呼び起こす。それは属性に属性を重ねる大奇跡。
レミリアに放ったのは炎と氷、そして雷の三色。しかし目の前に立ち塞がる者達はそれだけでは止められはしまい。
ならば無理矢理にでも喉元に牙を届かせる。ワンランク上の魔法への昇華、それが風属性の付与。
三属性にワンラインを加えた四種複合の大魔法。それは全てを薙ぎ払う絶大な破壊力を内包する魔力の塊。
準備を終え、虹龍は少しも躊躇う事無く幽々子へと解き放つ。それは絶大な砲撃となりて彼女の身を包まんとする。
しかし、ここで虹龍は大きな誤算に気づく事になる。確かにその魔法の破壊力はかつて比類なき刃だったのかもしれない。
そう、ここに一つ仮の話をしておこう。もし仮に、その大魔法をも上回る火力を持つ力を容易に扱える――そんな妖怪がいたとすれば。
「ちょっと。私を無視して幽々子とばかり遊ぶのは止めてもらえない?
本当に見る目のない愚鈍な獣ね。貴女の目の前にはこんなにも素敵な踊り手がいると言うのに」
「獣だからでしょう?野生の生物は研ぎ澄まされた感性で恐怖をその身に感じ取るものよ。
貴女の全身から溢れ出る苛めっ子のオーラに中てられて怖がっているのよ」
「あら、虐めるつもりなんてなくてよ。私はただ遊びたいだけ。
ただ、その遊びは私だけが楽しめる遊び。悲痛や苦痛に歪む龍の姿を見て快楽に興じるそれは素敵な素敵な遊び。
――さあ、見せて頂戴。貴女のその強者として自信に満ちた獣の叫びが弱弱しい子犬のそれに変わる瞬間をね」
虹龍から放たれた大魔法に対し、その緑髪の女性は妖艶に唇を歪め、恐ろしき破壊の力を解放する。
龍が放ったのが砲撃ならば、彼女が放つは艦砲か。虹龍に向けて軽く手を開き、そこから放たれたのは凄まじき魔力の奔流。
それは万物を焼き尽くす阿修羅の鉄槌。その裁きに例外など存在しない。何もかもを消し去る為の暴力の塊。
この幻想郷にて最強の一翼を担う彼女こそ四季のフラワーマスター、風見幽香。その実力は八雲の妖怪や伊吹山の鬼と並ぶ別次元の化物。
彼女が今解き放った妖術は山をも砕き、大地を消失させる。それがこの名も無き光の激流の正体である。
その光の暴力は今より数十年後、一人の魔法使いによって一つの魔法へと昇華されるのだが、それは余談というものであろう。
幽香の解き放った魔力の光槍は虹龍の大魔法を貫き、そのまま威力を衰えさせる事なく虹龍の横腹へと突き刺さる。
彼女の砲撃は虹龍の持つ龍の鱗をも物ともしない。光の刃は虹龍の腹を割き、その剛き体躯を消し飛ばすように一部消失させた。
己の肉体を欠損させられた痛みに雄叫びをあげる虹龍の姿を見て、レミリアは声にならない悲鳴を上げる。
このままでは美鈴が殺されてしまう。美鈴が本当に死んでしまう。美鈴の命が潰えてしまう。
けれど、八雲の妖怪の言う通りなのだ。彼女達のように自分には美鈴を止められる様な力など存在しない。
美鈴を止める事はおろか、まともに戦うことさえ出来なかった。傷一つつけることすら出来なかったのだ。
何が紅魔館の主だ。何が誇り高き吸血鬼だ。何がスカーレット・デビルだ。悪魔と謳われ恐れられる力を持ちながら、大切な人を一人守れないではないか。
否、力などありはしなかったのだ。自分に八雲の妖怪達のように力があれば美鈴を止める事が出来たのに。
悔しい。悔しい。悔しい。美鈴を守れるだけの力が欲しい。美鈴を救えるだけの力が欲しい。
吸血鬼としての力なんか要らない。紅魔館の主としての力なんか必要ない。今はただ美鈴を救えるだけの力があればそれでいい。
『あ…すみません、自分の名前をお伝えする事を完全に忘れていました。
私は美鈴――虹美鈴と申します。どうかよろしくお願いいたします』
『だって、お茶は皆で飲んだ方が楽しいじゃないですか。
一人より二人、二人より三人。私は一人でお茶飲むより、レミリアさん達と一緒に飲んだほうが嬉しいです』
出会った時は本当に苛立たしいだけの存在だった。
人の心に土足で勝手に踏み込んでくるような図々しさが目に付くようで、とにかくあの娘が気に食わなかった。
『レミリアの為に以前よりもっともっと働く事が出来ること。
そしてレミリアの傍にもっともっと居る事が出来るようになったこと。これだけは本当に感謝ですね』
『――レミリア、私を頼って下さい。たった一言、私に妹を救えと命じて下さい。
貴女が私を頼ってくれるなら、私は貴女を…そして貴女の妹を必ず救ってみせます。
貴女の為ならばたとえこの命を賭してでも、絶対に』
だけど、それはあの娘の優しさだと気付くのにそう時間はかからなくて。
美鈴はただ溶かそうとしてくれていたのだ。一人塞ぎこみ、何でも抱えようとしていた馬鹿な私の凍てついた心を。
彼女の優しさ、彼女の想い。その全てが私を救ってくれた。彼女が居たからこそ私はもう一度心から笑えるようになれた。
『そうです。人里の酒屋さんで買い込んで来たお酒です。
今夜はレミリアと沢山飲もうと思いまして。…きっと、レミリアは私に色々と訊きたい事があるでしょうし』
『――ありがとうございます。私、レミリアに出会えて本当に良かったです』
彼女の魅力に気付いた時には既に心奪われていた。彼女の持つ全てが何よりも愛おしく思えた。
美鈴と酒を酌み交わした夜、沢山の言葉を交わした。美鈴の事を一つ知る度に彼女に近づいているような気がした。
そして美鈴と共に過ごす日々の永遠を願った。いつまでも美鈴が傍に居て、微笑んでいて欲しい。それは本当に些細な願い。
『そう…ですね。ふふ、仕事も溜まってますし、来月は本当に忙しくなりそうです』
『そんな事はありません。レミリアは本当に優しい人です。
誰よりも不器用だけれど、誰よりも心が温かい…そんなレミリアに私は惹かれたんですから。
貴女やパチュリー、そしてフランに出会えた事、共に過ごせた事…その全てが私の宝物です』
美鈴と共に生きたかった。どんなときもあの娘と共に在りたかった。
それを願うのはあまりに欲張りだったのだろうか。それはこんな悲劇を生むほどに欲深い願いだったのだろうか。
私がいて、フランがいて、パチェがいて、そして美鈴がいる紅魔館の優しい日々。ただそれだけを願う事がそんなにも罪深き事だったのだろうか。
美鈴と一緒に手をつないで歩く事、そんな日常さえも許されないというのか。己の力の無さがそうさせるというのか。
なんて無力。八雲の妖怪の言葉は確かに間違っていない。私では美鈴を止める事すら叶わないのだろう。
だけど、私のこの手はまだ動く。
だけど、私のこの足はまだ進められる。
だけど、私の心は折れてはいない。
美鈴を救うのに力は足りない。だけど、そんな理由で諦められるほど私の美鈴への想いは安っぽいものではない。
あの娘との思い出は数ヶ月間しかないけれど、その記憶の全てが私にとっては宝石と同じだ。
美鈴がいたから私はここまで来れた。美鈴がいたから私は笑顔でいられた。美鈴がいたから私の今が在る。
吸血鬼としての誇りなんか要らない。紅魔館の主としての立場なんか必要ない。
格好良く諦める事なんて出来ない。気高く理不尽を受け入れる事なんて出来ない。美鈴をそんな下らない理由で失うなんて絶対に嫌だ。
だから足掻いてみせる。無様でも不恰好でも構わない。後世に汚点を残そうとも指差され笑われようとも構わない。
美鈴を救うと決めた。美鈴と共に生きると誓った。その心は今もなお胸の中にある。
いつもいつも私は美鈴に救われてきた。だから今度は、今度こそは私の番。
美鈴の笑顔の為ならばどんな不可能をも可能にしてみせる。美鈴の幸せの為ならば運命をも変えてみせる。
力なく倒れたら起き上がればいい。起き上がれなくなったら無様に這いずり回ればいい。
例え肢体が欠けようと、魔力が尽き果てようと心だけは決して折れはしない。美鈴を想う心だけは絶対に砕かせはしない――
雰囲気の変わったレミリアを見て、紫は嬉しそうに笑みを零す。
それはまるで今その瞬間が訪れる事を待ちわびていたかのような微笑み。
レミリアに背を向けたまま、紫は我が子に語りかけるように優しく言葉を紡いでゆく。
「十分間よ。それだけ時間を稼いであげるから、それまでに何とかしてみせなさい。
仮にも私の愛しい藍に土をつけたお嬢さんだもの。まさか出来ないなんてことは言わないでしょうね」
「八雲紫…貴女」
「――良い眼をしているわよ。二十年前、私が敬意を抱いたあの時と同じような、ね。
もっと我侭に振舞いなさい、レミリア・スカーレット。貴女の強さは我侭な強さ。他者の為に生まれる欲望こそが力の根源。
吸血鬼としての強さやツェペシュの血族なんて関係ない。そんなモノはレミリア・スカーレットの前には瑣末な事象に過ぎない。
紅月に魅入られた一夜を思い出しなさい。妹や紅魔館を守る為に戦った貴女は誰よりも我侭で、誰よりも強かった筈よ」
二十年前、紫が式神と当時の博麗の巫女を連れて紅魔館に乗り込んだときのレミリア・スカーレットは鬼神だった。
数多の妖怪達を相手にしても決して膝をつかず、八雲の妖怪を前にしても凛として一歩も譲らなかった。
それはレミリアの持つ本当の力。彼女の誰かを守りたいという心の強さ。そしてそれこそが彼女の本来の姿。
自分の欲望は他者の為に。己の我侭は決して譲れぬ想い故に。
吸血鬼としての外面も、紅魔館の主としての己も捨てた姿こそが本来の在り様。
血族も立場も彼女の本来の姿には何も関係ない。誰かの為に己の欲望を振るう姿、それこそがレミリア・スカーレットの真の姿。
美鈴を救いたいという願いが覚悟となり、誰にも譲れぬ強き我侭な想いこそが彼女の翼となる。
今ここに吸血姫の覚醒は成る――レミリア・スカーレット、紅月と運命の寵愛を受けし彼女の真の力の解放である。
レミリアが頷くのを確認し、紫はその身体を瞬時に夜空へ移動させ、空で戦う二人の傍へと現れる。
「二人ともお疲れ様。あとは私だけで充分だから、二人は先に帰っていて頂戴」
「あら、もう終わりで良いの?まあ私は充分に運動できたし構わないのだけれど、幽香が満足しないんじゃない?」
「私も構わないわ。なんだかアレで遊ぶのも飽きちゃったし。
それに面白そうな新しい玩具も見つけたもの。やっぱり虐めるのは自我があるヤツに限るわね」
「フフッ、あの娘はまだまだ強くなるわよ。あと数百年…いえ、数十年手を出すのは我慢なさいな。
青い果実は熟すまで待つのが常道というものでしょう」
「それはそれは楽しみな事ね。あの吸血鬼は一体どんな嬌声を私に聴かせてくれるのかしら」
「私は遠慮するわ。だって吸血鬼は食べても美味しくなさそうだもの」
楽しそうに笑みを浮かべながら、幽々子と幽香は紫の用意した隙間の中へと消えてゆく。
二人の気配が消えた事を確認し、紫は虹龍の方へと身体を向ける。
幽香から受けた身体の損傷で弱っているとはいえ、虹龍から放たれる魔力と殺気は衰える事はない。
むしろ手負いの獣となり、先ほどまでよりも更にその重圧は増してしまっている。
しかし、そんなモノで動じるような紫ではない。妖しく微笑み、紫は虹龍が支配する夜空に散り散りに空間の断裂を生み出してゆく。
「さあ、この舞台劇もフィナーレを迎える時間よ。
貴女のダンス・パートナーの準備が整うまでは私が代わりに相手を務めてあげる。
光栄に思いなさい。一時とはいえ、この八雲紫の手を引いてダンスに興じられる事を」
最強とは誰が最初に謳ったのだろうか。それは彼女が積み上げた屍の歴史。
かつて一人の妖怪がいた。その妖怪は何者をも比肩させぬ強さを持ち、向かい来る愚者共を一欠けらの温情を与える事もなく屠り去っていった。
数千年の時は流れ、かつての冷酷さは消えうせたものの彼女の残した血道が失われたわけではない。
彼女の歩いた道こそが勝利のみに飾られた歴史。一度の敗北も許されず、忌まわしき八雲の名こそが最強の呼び名。
地に住まう、海に住まう空に住まう八百万の妖怪達が恐れ敬う絶対の最強。それこそが彼女、八雲紫なのだ。
虹龍の魔法など届くものか。否、龍に限らず彼女に己が牙をつき立てられる者など誰一人として存在しない。
八雲紫が本気となった時、彼女の心から遊び心が消え去った時、それはつまり相手にとっては己の死刑執行書にサインをしたも同然なのだから。
紫が虹龍とぶつかり合う姿を確認し、レミリアは己の魔力を全て解放してゆく。
覚醒を終えた彼女が放つ魔力は先ほどまでとは比べ物にならぬ程に膨大かつ濃密な魔力で。
彼女はただ右手の中に生み出したグングニルへと魔力を注いでゆく。それは虹龍に一度止められた彼女の刃。
何者を刺し貫くと約束されたその神槍は龍鱗を持って幻想を破壊された。けれど、そのような事は今は関係ない。
一度止められたなら次を放てばいい。もう一度止められたなら更に次を放てばいい。
どんなに格好悪くとも諦めない。どんなに無様でも心折れない。美鈴を救うという心があれば私は何度でも戦える。
それは何処までも我侭に。それは何処までも欲望に忠実に。美鈴と一緒にいたい、その一点だけに収縮された彼女の想い。
欲望こそが真の強さ。己の心に殉じ、それを貫き通そうとする我侭こそが彼女の真の姿。
その心があるのならば、彼女は決して負けない。レミリア・スカーレットは負けたりしない。
「くっ――まだよ、もう少し…もう少しだけ頑張りなさい」
苦痛に歪む表情を噛殺し、レミリアはただただ必死に魔力をグングニルへと送り続けてゆく。
先ほどまでの虹龍との戦いによってレミリアとて魔力を相当数消費しきっているのだ。体に残されたのは幾許か。
けれど彼女は止まらない。止まれない。美鈴を救うという想いが彼女の足を進ませる。彼女の心を奮い立たせる。
このままではグングニルに魔力の全てを根こそぎ持っていかれてしまう。下手をすれば彼女の命にすら関わってしまう。
だけどレミリアは止まらない。持っていくがいい。美鈴を救う為になら、この身など惜しくは無い。
流動。流動。只管に魔力をグングニルへ流動させてゆく。耐えろ。耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ。
まだ倒れる訳にはいかない。美鈴を救う為に魔力を。我が身を削るほどの限界を知らぬ魔力の全てを。
その刹那、レミリアの身体に異変が起こる。グングニルに吸い取られる魔力量が急に低下したのだ。
しかし、グングニルに蓄積される魔力量は先ほどよりも俄然遥かに上昇しており、その成長は留まるところを知らない。
一体何が起こったのか。それをレミリアが理解したのは、己の右手に重ねられた一人の少女の掌に気付いた時だった。
「――フラン!?貴女、いつの間に目を覚まして…」
レミリアの右手に掌を重ね合わせたのは、他ならぬ彼女の妹であるフランドール・スカーレット。
必死に歯を食いしばり、フランは己の体内に現存する全ての魔力をレミリアのグングニルへと流してゆく。
けれど彼女は苦しい顔を見せない。ただ真っ直ぐに虹龍を見据え、確固たる決意を胸にどこまでも強く。
「…めーりんが泣いてる。ずっと泣いてるよ。
助けてって、ずっとずっと私達に声を上げてた。めーりんの声、ずっと私にも聴こえてた。
お願い、お姉様…めーりんを助けて。めーりんを助けてあげられるのは、お姉様だけだもの」
「…そうね。大丈夫よ、フラン。貴女の力、貴女の想い、私は決して無駄にしない。
美鈴は必ず救ってみせる。そして共に帰りましょう。美鈴と一緒に、私達の紅魔館に」
二人の姉妹の魔力を持ってグングニルは一つの変容を遂げてゆく。
それは彼女達の想いが引き起こす奇跡。運命と破壊の二つの力が溶け合った故の進化。
真紅の神槍はゆっくりと輝きを増してゆき、その身を巨大な一振りの大神槍へと変えてゆく。
だが、そのような異変を見逃すほど虹龍は甘くは無い。紫と闘う傍ら、大魔法の一つを彼女達へ向けて放つ。
それはレミリアを吹き飛ばした三色の交じり合った牙。魔力を槍へと込めている今、彼女達にそれを止める術など存在しない。
しかし、その牙が迫り来る中でも二人は少しも動じる事無く魔力を槍へと転送してゆく。魔法に対し、回避動作も防御姿勢も取る事はない。
それはまるで何も知らぬ者が見れば、自ら死を望んでいるかのような愚かな姿に見えるかもしれない。
けれど彼女達は諦めたから何もしなかった訳ではない。諦めなかったからこそ槍から意識を手離さなかったのだ。
彼女達は信じていたから。きっとあの魔法をも何とかしてくれる。信頼しているからこそ二人は手を止めない。
ならば彼女達は一体何を信頼しているというのか。一体何を信じているというのか。
そんなものは決まっている。彼女達にはまだ他にも存在しているのだ。心に信頼を寄せられる、全てを委ねられる大切な仲間が。
「火水木金土符――『賢者の石』」
「夢符――『封魔陣』」
虹龍の放った牙が地上から放たれた迎撃によって次々と叩き折られてゆく。
レミリア達を射止めんと放たれた虹龍の魔法は虚空を切り、爆砕と共に夜空に散る。
そう、レミリア達は信じていた。たとえ虹龍の牙が襲いかかろうとも、彼女達が止めてくれると。護ってくれると。
龍の牙を防いだのは吸血鬼の親友と悪友。七曜の魔女と博麗の巫女こそが、彼女達の心に安心を生じさせてくれているのだ。
「悪いわね…レミィと妹様には指一本触れさせないわよ。二人に触れるのは元の姿に戻ってからにしなさい」
「ごめんなさいね、負けず嫌いで。少しくらいは借りを返しておかないと腹の虫が収まらないのよ」
満身創痍の身体を奮い立たせ、魔女と巫女は吸血鬼の為に起つ。
彼女達もまた信じているから。レミリアの起こす一つの奇跡を。虹龍を止めるという彼女の果て無き心の強さを。
レミリア達の期待を彼女達は見事に応えてみせた。ならば残るは自分達が結果を出す番に他ならない。
レミリア・スカーレットとフランドール・スカーレット、運命と破壊が一つになるとき、ここに奇跡は完遂する。
そこに生まれたのはグングニルを遥かに超越した大戦槍。圧倒的な重圧感に溢れ、その緋紅に染められし刃の煌きは見るもの全てを魅了する。
神の名も要らぬ、悪魔の名も要らぬ。歴史に残る英雄譚も要らぬ。それはまさしくたった今この世に生を受けし、スカーレットの名のみを冠する無名の大槍。
幾千幾万の妖怪を屠った史実も、英雄が手に収められた伝記も、世界を滅す龍鬼の心の臓を刺し貫いた寓話も存在しない。
在るのはただ一筋の純粋な想い。槍に込められしは、愛する人を救いたいという彼女達のどこまでも強き我侭の心。
そのような彼女達の強き心故に大戦槍は国士無双、比類なき一振りの刃となる。
歴史も過去も必要ない。あるのは未来を切り拓くだけの強き想い。その想いこそが、無名の大槍を愛する人を救う為の力と変える。
「お姉様…めーりんを助けて」
フランの言葉に力強く頷き、レミリアは想いの刃を手に空を翔ける。
翼を広げ、目指すは愛する人の元へ。彼女を今度こそ救ってみせる。助け出してみせる。
そしてもう一度共に帰るのだ。私達の家へ――幸せと微笑みに満ち溢れた私達の未来へ。
流れるように空を目指すレミリアを遠くで見つめ、紫は一人笑みを零す。
そうだ。あの姿こそがレミリア・スカーレットの本当の姿。あれこそが、これから先の幻想郷の未来を担うに相応しい雄姿。
「そう、それで良いの。貴女はこれから藍や博麗の巫女と共に幻想郷の未来を担ってゆかねばならない身。
何処までも強く、何処までも我侭で在り続けなさい。その想いが潰えぬ限り、貴女に敗北は存在しない。
藍を倒した貴女が自身を過小評価するなど許さない。貴女の真の強さは幽々子や幽香にだって引けを取らない筈よ」
二十年前の紅月に魅入られし夜、レミリアは紫の式神である藍を倒してみせたのだ。
最強の称号と勝利以外道は無いと妖怪達に恐れ畏怖された八雲の称号を持つ藍を相手に、レミリアは勝利を掴んでみせた。
あの時の藍は通常の藍では無い。あの時確かに藍は紫の命令を帯びていたのだ。
式神は主の命を受けることにより、その力は主人と同等までに引き上げられる。ならば八雲藍のその力は八雲紫と並ぶほどだった筈だ。
その藍相手に偶然など存在しない。在るのはただレミリア・スカーレットの強さの証明のみ。
あの夜みせた吸血姫の強き心と気高き誇りは今もこの胸に焼き付いている。その姿がまやかしでなければ、彼女が龍を止められぬ訳がないのだ。
「さあ、見せて頂戴。誇り高き吸血姫、レミリア・スカーレット――貴女の真実の羽撃きを」
天狗をも凌駕する速度で夜空を翔け、虹龍の正面に陣取りレミリアは動きを止める。
彼女の双瞳に映るは虹色の龍。その身は幽々子や幽香、そして紫達との死闘によってボロボロとなり、
長き体躯に数多の傷が存在していた。その姿にレミリアは小さく唇を噛み締める。
この傷は全て自分の弱さが生じさせた傷。己の覚悟の弱さが、心の臆病さが美鈴の身体を傷つけた。
ごめんなさい。本当にごめんなさい。虹龍を前にレミリアは反省の意を胸に抱く。
もっと早く救ってあげられた筈なのに。もっと早く彼女を助けてあげられた筈なのに。美鈴をここまで苦しめたのは他ならぬ自分自身に他ならない。
「苦しかったわね…つらかったわよね…本当にごめんなさい、美鈴。
だけど、それも全て終わりにするわ。今貴女を苦しみから解放してあげる。
格好悪くて無様なご主人様をもう少しだけ信じて頂戴。私の美鈴――今度こそ私が貴女を救ってみせるから」
身の丈を遥かに超える大槍をレミリアは弓引くように虹龍へ向けて大きく振りかぶる。
狙うは一点、美鈴の命と虹龍の体躯を維持できる限りなく零に近いダメージの境界点。
弱過ぎれば美鈴の暴走は止まらず、強過ぎれば美鈴の命は失われる。彼女に求められるは人外をも遥かに上回るような精密、繊細さ。
その成功を言葉にするならば奇跡という二文字すら生温い。其を為す為にはどれだけの回数を重ねれば成功することが出来るだろうか。
けれど、彼女は失敗など心には無い。美鈴を救うと決めた。美鈴を助けると誓った。それは彼女にとって絶対の約束。
美鈴との約束に反故にするなどありえない。約束は絶対に守ってみせる。美鈴を救う為ならば、奇跡など何度でも起こしてみせる。
その成功を確信しているのは彼女だけではない。地上でレミリアを見守る誰もが心からレミリアを信じていた。
七曜の魔女が、博麗の巫女が、そして彼女の愛する妹がレミリアの奇跡を確信しているのだ。
レミリアは絶対に美鈴を救ってみせる。根拠など無い。あるとすれば、彼女に対する絶対の信頼の表れ。
彼女はいつだってどんな奇跡をも起こしてみせた。他人の為ならばどんなに逆境でも必ず乗り越えてみせた。
だから今回だって救える筈だ。何故なら彼女が救おうとしている相手は、他ならぬ虹美鈴。彼女こそレミリアが愛した女性なのだから。
レミリアの身体と大槍から放たれる異彩な雰囲気を感じ取ったのか、虹龍は残る力を総動員して最後の牙を生じさせる。
それは虹龍が放つ最後の大奇跡。稀代の魔女と謳われるパチュリーですら到達出来ない天蓋の領域。
虹龍の前に嵐が生じるように、強大な魔力が渦巻いてゆく。その魔力の塊に加えられるは七色の属性。
虹色に輝くは最後の刃。炎牢の赤、耀光の橙、神雷の黄、豪風の緑、凍寒の青、遥土の藍、妖闇の紫。
虹龍が持つ全ての魔力を七属性へと流転させ、一つ、二つと次々にラインを結び付けてゆく。
そして最後の紫を組み込んだ時、その魔力の塊は魔法から奇跡へと昇華される。
虹色に輝く最後の牙、七属性を複合させた其の大奇跡こそが虹龍の切り札である。
荒れ狂う圧倒的な魔力を前にしてもレミリアは動じない。その威力は一目見ただけで誰もが死を感じさせられるものだと言うのに。
純粋な破壊力なら幽香の放ったそれをも遥かに凌駕する虹色の魔弾。万物を消滅させ、周辺一帯すら崩壊させかねない禁忌の秘術。
けれど、レミリアは下がらない。逃げないと決めた。美鈴を救うのに後退など在り得ない。
彼女の覚悟は何物をも跳ね返す。恐怖も、不安も、そして敗北すらも掻き消して、レミリアは強く在り続ける。
そして、虹龍から最後の刃が放たれる。レミリアに向けて放たれるは誰もが到達為しえなかった魔法の領域。
それは龍としての強さと選ばれし虹の属性が生み出した天の奇跡。誰もを消滅させる力を持つ破壊の力。
けれど、レミリアが手にする大戦槍もまた一つの奇跡。彼女達の美鈴を救いたいという強い心が生み出した想いの到達点。
例え話をしよう。今ここに誰もがかつて届く事を為し得なかった二つの奇跡がぶつかり合うとしよう。
ならば其の奇跡はどちらが『本物の奇跡』へと成り得るだろうか。奇跡という常識では計りえない現象同士の衝突では一体何が勝利を導くというのだろうか。
ここに一つ、仮定となる答えを聞いて貰いたい。奇跡とは想いの現象。想いとは人々の強き願い。
ならば奇跡の質を決めるのは、その奇跡に込められた人々の心によるのではないだろうか。
奇跡の強さは想いの強さ。どこまでも折れない真っ直ぐな想いこそが奇跡と呼ぶに相応しい。
もし、其の答えが正しいとするならば、虹龍の奇跡とレミリアの奇跡、それは一体どちらが打ち勝つだろう。
「――帰りましょう、美鈴。私達の紅魔館へ」
レミリアから放たれた大槍は夜空を引き裂くように真っ直ぐに虹龍へと疾走する。
迫り来る七色の魔弾は確かに天蓋の領域、誰もが到達出来なかった奇跡と呼べる存在なのかもしれない。
しかし、そこに心は何も篭もっていない。ただ破壊を生み出す為だけに放たれた奇跡に一体どれ程の価値があると言うのだろう。
そのような贋物の奇跡にレミリア達の想いが負けることなど在り得ない。その大槍は幾人もの想いが乗せられているのだ。
美鈴を救いたいという気持ち、強き想いが折れぬのならば、其の奇跡は決して偽りではない。
虹色の魔弾を引き裂き、緋紅の大槍は真の奇跡へと成る。夜空を制する虹龍の懐へ突き刺さり、夜空を覆いつくす程の光を放って願いの成就へと。
眩い光は魔力の放出。虹龍の全身から溢れ出した光の奔流に視界を遮られながらも、レミリアは耳を逸らさない。
光の渦の中から聴こえてくる龍の叫び声。それは先ほどまでのように痛みにもがき苦しむ声などではなかった。
それはかつて聞いたことがないような穏やかな獣の咆哮。その優しき声こそが虹龍の本当の素顔なのだろう。
こんな優しい唄をレミリアはかつて聴いたことがある。そうだ。美鈴が私を抱きしめて歌を口ずさんでくれた時もこんな風に優しい音に聴こえた。
虹龍の咆哮は遥か遠く、それは夜空に響く優しい歌。それはまるで全てに解き放たれた事を祝っているかのように。
その声が響き終える瞬間、レミリアは虹龍の言葉を聞いたような気がした。それは確かに想いが形となってレミリアへ。
――アリガトウ、コノコヲタスケテクレテ。
光が収束し、レミリアが視界を取り戻した瞬間、
目の前に映ったのは人間の姿へと戻った美鈴がゆっくりと地上へ落下してゆく姿だった。
即座に羽根を広げ、レミリアは美鈴を抱きとめ、急いでパチュリー達の待つ地上へと降下する。
地上に辿り着き、美鈴へと駆け寄るパチュリーにレミリアは急いで指示を走らせる。
「パチェ!!急いで美鈴に治癒魔法をかけて頂戴!!身体の損傷に回復が追いついていない!!」
「分かってる!レミィは美鈴をゆっくり地に寝かせて!!」
パチュリーの言葉に頷き、レミリアは意識を失っている美鈴を揺らさないように地に寝かせる。
美鈴の身体の損傷の重軽度を確認し、パチュリーは残る全ての魔力を込めて治癒魔法の詠唱に入る。
パチュリーが治癒を続ける中、レミリアとフランは不安そうな表情を隠すことも出来ず、その様子を見守った。
震えるフランをレミリアは強く抱きしめてパチュリーの治癒を見つめ続ける。
大丈夫。絶対に大丈夫だ。美鈴は今こうして不可能といわれた元の姿に戻る事が出来た。
魔力だって使い果たしたから身体を傷つけることも無い筈。だから大丈夫。美鈴は紅魔館に絶対戻れる筈だ。
奇跡は何度でも起こしてみせる。だから美鈴、早く元気な顔を見せて頂戴。私達にいつもの笑顔を――
「――無理ね。虹美鈴は既に魂自体が完全に弱まってしまっている。
いくら身体の治癒を続けたところで、魂の磨耗が元に戻る訳じゃないもの」
「紫…アンタいつの間に」
巫女の視線を追ったその先に八雲紫は佇んでいた。
その言葉はレミリア達の望みを打ち砕く残酷な現実。紫の告げた内容はつまり、美鈴はもう助からないということ。
フランから腕を離し、レミリアは紫の下へと歩み寄り、己の感情の全てをぶつけるように彼女の胸倉を掴みかかる。
「どういう事よ…美鈴は今、こうして元の姿に戻る事が出来たじゃない。
貴女が不可能だと言い放った奇跡だってここに成し遂げた。それを貴女は…」
「そう、それは奇跡。虹美鈴を人間の姿へと戻した貴女の想い、心からの賞賛に値するわ。
けれど、私は言った筈よ。虹美鈴にとって残された救済は安寧の死だけだと。
この幻想郷に現れる以前から虹美鈴は既に限界だったのよ。そして今回の件は終幕となるトリガーだった。
龍の魂と人間の器…決して相容れぬ二つのソフトとハード。今までよくもまあ持ち永らえていたものだと感心するわ」
「身体が限界なのは知ってるわよ。美鈴の魔力に人間の身体が耐えられないことも。
その事が原因なら解決策だって用意しているわ。美鈴の魂自体を別の人間へと移し変えればいいだけじゃない。
八雲紫、貴女には当てが沢山あるんでしょう?私達の食料として提供しているような、そんな人間達の体が」
転魂法。それがレミリア達の出した美鈴を救う為の解答。
人間の身体が龍という強大な魔力によって押し潰されている事が原因ならば、それを根本から解決すればいい。
他者の身体を何度も乗り換えることで、美鈴はいつまでも生き永らえる事が出来る。
確かに現在の身体ほど美鈴に適合出来る身体などそう簡単には見つからないだろう。けれど、それでもしばらくの間は仮の身体で過ごす事が出来る。
その身体の寿命が来る前に、美鈴に一番適合出来るボディを探せばいい。見つかる前に限界が訪れたならば、同じ事を繰り返せばいい。
一縷の望みを持って提案するレミリアだが、そんな彼女の希望を断つ様に紫は瞳を閉じて首を横に振った。
「言ったでしょう。虹美鈴は身体だけではなく魂そのものが弱まってしまっていると。
虹美鈴が為した人間の身体に己の魂を馴染ませるという行為は、本来ならば触れてはならぬ禁忌の秘術。
本来ならば魂の強さに人間の身体が耐えられぬところを、己の魔力により身体自体を強化する事でその奇跡を成し遂げた。
言わば魂の負荷重に耐えられるように身体の質を無理矢理同程度まで引き上げたの。その代償が魂の磨耗。
身体だけに掛かる一方的な負荷を、魂に分散する事で彼女はここまで人間の身体で生き永らえる事が出来たのよ」
魂の質に見合うだけの身体の強度を上昇させた事、それが紫の告げる虹美鈴の死に向かう要因だった。
龍に限らず、位の高い妖怪や神の魂は人間の身体に簡単に抑えられるほど生易しいものではない。
その異質な魔力や魂の不和により、ボディとなる身体にはその存在と同等の強度が求められる。
例えるなら吸血鬼の魂を転移するならば吸血鬼の身体に、妖狐の魂ならば妖狐と同等の身体が必要となるのだ。
その魂に対して用意するハードは強過ぎても弱過ぎてもならない。
もし身体の方が強過ぎては魂の方が悲鳴を上げ、魂の方が強過ぎては身体が崩壊を招くだろう。
少しでもそのバランスを見誤れば被術者は死へと直結する。この匙加減の難しさこそが転魂法が禁忌とされる所以なのである。
その奇跡を美鈴が為し得たのは何も人間である少女美鈴の魂と身体が適合していたという理由だけではない。
紫の言うように、身体に魔力を馴染ませ、人間であるその身体を龍の器としてもおかしくはない程に強化に強化を重ねた上での結果なのだ。
魂の硬度と身体の硬度を同質まで引き上げる事により、その生を受けることに成功した。
しかし、不自然な法によって生み出された魂と身体の均衡による代償は、紫の言うように魂の劣化へとつながった。
普通なら同じ硬度を保った魂と身体は安定し、均衡を生み出すものだが、龍と人間という異なる種族間の魂と身体は
常にエラーを訴え続けていた。魂は身体を、身体は魂を異質なモノと判断し、そこに幾度もの接触が生まれてしまった。
同硬度による魂と身体ぶつかり合うことで生まれる磨耗と損傷。強さや硬さが同じだからこそ、心と身体の両者に傷が生まれてゆく。
その不調和を幾年もの重ねた故の結果、それが彼女の魂の損傷なのだ。
そして長年続けられた魂の磨耗や傷に致命的な亀裂が生じさせてしまった原因、それが今回の事件。
最早虹美鈴はこの世に生を歩み続けられはしない。言葉通り、心も身体もボロボロなのだから。
紫の説明を告げられた時、レミリアは彼女を掴んでいた腕を力なく下ろし、その場に倒れるように崩れ落ちた。
レミリアにとって美鈴が助からない理由や原理など今更どうでもよかった。ただ彼女が助からないという現実、それがレミリアの心を打ち砕いてしまったのだ。
「虹美鈴にも助かる方法はあった。
それが貴女の言うように幾つもの身体を乗り換える、もしくは彼女が返り討ちにした龍の亡骸をボディにする事。
前者ならば魂を傷つけぬように身体の硬度を下げれば良い。人間の身体の急速な劣化を考えない合理的な延命法。
後者ならばもっと単純。同種族である龍の身体なら虹美鈴の実力からすれば永遠の生を望む事も可能だった筈よ。
しかし彼女は今の身体に拘った。魂が傷つく事も承知の上でたった一人の人間の身体で生きてゆく事を。
…さて、そんな虹美鈴が果たして貴方の言うような生を望むかしらね。今の身体を捨ててまで、他者の犠牲の上に成り立つような生を」
分かっている。それも言われずとも分かっていた。
例え美鈴に他の人間の身体を利用する事で生を永らえると言っても、彼女は首を縦に振らないだろう。
それは彼女と酒を酌み交わした夜に知りえたこと。彼女は人間である美鈴に心から感謝をしていた。
彼女のお陰で今の自分の生はあるのだと。彼女に自分は沢山の事を教えられたのだと。
そして何より、彼女は他者を己の為に犠牲にする事を忌み嫌った。人間の身体を己の生に利用した事も、
襲い来る同胞を殺してしまったことも、彼女は心から罪深き事のように懺悔していた。
だからこそ己を蔑み、虹という二つ名をファミリーネームとして使っていたのだ。己の罪を忘れない為に、自身の歩いてきた道を薄めない為に。
そんな彼女がレミリアの提案する方法に首を頷かせる訳がない。きっと彼女は八雲紫の言う通り、死を選ぶだろう。
八雲紫の告げる、彼女にとって最後の救済である安寧の死を。
「…レミィ、美鈴が意識を取り戻したわ」
「…行ってあげなさい。こんなところに座り込む前に、貴女には最後の仕事が残されているわ。
大切な従者の旅立ちの時よ。貴女は虹美鈴のご主人様なのでしょう。
主として最期の言葉をかけてあげなさいな。誇り高き虹龍が心安らかに旅立てるように」
紫に促され、レミリアは覚束ない足取りで美鈴の傍まで歩み寄る。
それは彼女の言う様な美鈴を送り出す為では決してない。美鈴がこれから死ぬという実感もレミリアには得られていない。
意識が浮き立ったままに、レミリアは横たわる美鈴の傍に腰を下ろす。レミリアの存在を感じたのか、美鈴はゆっくりとその瞳を開いてゆく。
レミリアを見て、美鈴が浮かべた表情は笑顔。それはレミリアが何処までも再見を切望した少女の無垢な素顔。
この笑顔を見る為にレミリアは沢山の奇跡を起こしてみせたのだ。全てはこの少女の笑顔を見る為に。
「レミリア…沢山迷惑をかけてしまい本当にすみませんでした。
挙句の果てにはご主人様に手をかけるなんて…本当、私は従者失格の駄目駄目メイドですね」
美鈴の口から最初に発されたのは謝罪の言葉。レミリア達を傷つけてしまったことへの自責の念。
これから己が死に向かうというのに、美鈴はそんな事を気にしていた。その事が何故か何処までも美鈴らしくて。
考えなどまとまらない。未だに現実が受け入れられない。けれど、レミリアは自然と美鈴に口を動かしていた。
自分達を傷つけたことで美鈴の笑顔が曇ってしまう事、それが今は何よりも嫌だったから。
「…馬鹿ね。貴女みたいなヘッポコメイドが私に傷なんてつけられる訳がないでしょう?
私を一体誰だと思っているのよ。私はレミリア。紅魔館が主にして誇り高き吸血鬼、レミリア・スカーレットなのよ?」
「ふふ…そうでしたね。レミリアは誰よりも強いですから、私なんかでは傷一つ付けられませんね」
「当たり前じゃない。前から馬鹿だとは思っていたけれど、貴女は本当にどうしようもない馬鹿ね。
今更ご主人様の強さと偉大さを理解するなんて。そんなことは私に雇われる前に知るべきことでしょう」
違う。そんな台詞が言いたいんじゃない。そんな気持ちを伝えたい訳じゃない。
己の口から紡がれる言葉の数々にレミリアは心の中で強く叫び続ける。
分かっている。美鈴はもう助からない。美鈴はこのまま死んでゆく、それは変わる事のない絶対の未来。
最期の別れとなるこの状況なのに、レミリアの口から発されたのはいつもの会話と何一つ変わらないモノで。
それは彼女の心が美鈴の死を受け入れる事を固く拒絶しているから。だからこそ普段と同じ言葉しか紡げない。
こんな日常が続くと信じていた。こんな日々が続くと信じていた。否、今もなお心のどこかでは信じているのだ。
美鈴が死する未来など認めない。美鈴が私達の傍を離れる事など許さない。だからこそ、レミリアは言わなければならない言葉を何一つ口にする事が出来なくて。
そんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、パチュリーはそっと瞳を閉じて美鈴に訊ねかける。
パチュリーだってこんな言葉は口にしたくない。こんな未来など認めたくは無い。
けれど、その事をレミリアやフランに口にさせるのは酷過ぎるではないか。だからこそ彼女は口を開く。
このような耐え難く受け入れ難い現実を訊ねかけるのは、彼女を最初に雇うと言い出した他ならぬ自分の役目なのだから。
「…症状の方は八雲の管理者に教えられたわ。
貴女の体と魂が今、どのような状態にあるのかも…そして、これから貴女がどうなるのかも。
だけど、今の私達にはその現実を受け入れられる強さが無いの。このままではどうしても諦められない。
だから美鈴、教えて頂戴。貴女の命は本当に助からないの?貴女の口からその事を聞くまでは、私達は絶対に諦めきれないし受け入れられない」
パチュリーの質問に、美鈴は少し困ったような表情を浮かべ、そっと首を縦に振った。
それは彼女の命の終わりの証明。彼女自身が己の生の終末を認めている証。
美鈴の肯定を確認し、パチュリーは小さく『そう』とだけ口にした。今の彼女にはそれ以上の言葉を送る事など出来なかったからだ。
どうしようもない理不尽な現実や事象は多々在る。けれど、それを仕方が無いと容認出来る程パチュリーだって強くは無い。
彼女とて美鈴に救われた一人。美鈴がいない紅魔館など想像すらしたことがない。
いつまでも美鈴は自分たちの傍にいるものだと考えていた。その未来は何一つ変わる事はないと信じていたのだから。
静寂が包む中、その空気を壊すように一人の少女がそっと口を開く。
その少女――フランドールは美鈴を覗き込むように顔を近づけ、悲しみに満ちた表情で彼女に話しかける。
「めーりん、死んじゃうの…?私達とこれでお別れなの…?」
「そうですね…どうやらそうみたいです。少しでも長く皆さんと一緒に過ごしたかったのですが…残念です。
フラン、本当に今までありがとうございました。フランには沢山の微笑と元気を分けて頂きましたね。
これからもレミリアやパチュリーの言う事をちゃんと聞いて…」
「…やだ」
「フラン…?」
「そんなのやだ!!めーりんが死ぬなんて私は絶対やだよ!!
めーりんはずっと私と一緒にいないと駄目なの!!めーりんはずっと傍にいてくれないと駄目なの!!
いっちゃやだ!!!めーりんがいなくなるなんてそんなの絶対嫌だよ!!!」
まるで子供が癇癪を起こしたように、フランは堰を切ったように大声でわんわんと泣き始めた。
フランの泣き声はレミリアの心の中の『美鈴の死』をリアルなモノへと塗り替えていく。
フランが泣いている。大声を上げて美鈴に死んでほしくないと泣いている。こんな風に大声で泣いているフランを見るのは一体何時以来だろう。
彼女の涙はきっと紅魔館の人々の涙。この場にいない他の従者達の分までフランは泣いているのだろう。
紅魔館にとって美鈴はかけがえのない存在だった。彼女がいたからこそあの館には再び笑顔の灯火がつけられた。
美鈴がいたからこそフランは救われた。彼女は命を削ってまでフランを狂気から解放してくれた。
先代の主にかけられた呪いから、美鈴が解き放ってくれたのだ。彼女がいたからこそ、紅魔館の今が在る。
そんな彼女が今、この世を去ろうとしているのだ。ならば紅魔館の主として言うべき言葉があるだろう。
『ご苦労様』と口にしなければならない。『大義だったわね』と美鈴を労わねばならない。
そして紅魔館の主として従者に最期の別れの言葉を。たった一言、『さようなら』を紡がねばならない。
それはレミリアが紅魔館の主である限り、美鈴の主人である限り果たさねばならない務めで。
己を押し殺し、レミリアは必死に言葉を紡ごうとする。フランが泣いている今、自分まで泣くわけにはいかないから。
美鈴が安心して逝けるように、笑ってこの世に別れを告げられるように、紅魔館の主としての言葉を――
「――言える訳、ない、じゃない」
「レミリア…」
「そんな事言える訳無いでしょう!!!貴女の死を認めるような言葉なんて私が口に出来る訳ないじゃない!!」
気付けばレミリアの頬には一筋の涙が伝っていた。
それは今まで押し殺してきた本当の自分が偽りの自分に反抗しているかのように、止め処なく溢れ出して。
認めたくない。諦めたくない。美鈴が死ぬなんて嫌。そんなのは絶対に嫌。
その心は紅魔館の主、美鈴の主人としてのレミリアではなく、一人の少女としてのレミリアの心。
どうして美鈴が死ななければならないのか。どうして美鈴とこんなところで別れを告げなければならないのか。
嫌だ。美鈴と離れるなんて絶対に嫌だ。みっともなくても構わない。格好悪くても構わない。
今この場所で自分の本音を偽るよりは何百倍もマシだ。美鈴の死を前にして平然といられる訳がない。
「馬鹿っ!!馬鹿美鈴っ!!このポンコツ駄目駄目ガッカリメイド!!
誰が勝手に死んでいい何て言ったのよ!!誰か勝手に私の元から去っていいなんて許可を出したのよ!?
貴女は私の傍にいないと駄目なのよ…ご主人様より先に死ぬなんて一番やってはいけないことでしょう…」
「…すみません。本当にごめんなさい…私、本当に最低です。
この結果は最初から分かっていたのに、私はレミリアを求めてしまった…絶対に駄目だと分かっていたのに」
「聞きたくない!!私が聞きたいのはそんな謝罪の言葉なんかじゃない!!!
謝るくらいなら生きなさいよ!!生きて私の傍で笑ってなさいよ!!いつもみたいにヘラヘラと幸せそうな顔で笑ってなさいよ!!
嫌よ…美鈴が死ぬなんて私には耐えられない…貴女がいないと私は駄目なの…貴女がいたから私は頑張れたんじゃない。
お願いだから死なないで…何でもするから、お願いだから死なないでよ…生きて私の傍で微笑んでいてよ…」
美鈴がいたから再び心から笑う事が出来た。
美鈴がいたから幸せを享受する事が出来た。
美鈴がいたから何処までも自分らしく過ぎ行く日々を過ごす事が出来た。
美鈴と共に過ごした日々の全てがレミリアにとって宝石以上に輝かしい毎日だった。
彼女がいて初めて自分の人生は色を取り戻す。美鈴の温もりを傍で感じて自分の生は耀きを放つ。
だからこそレミリアは心乱して年端もいかぬ少女のように叫ぶのだ。ただ必死に自分の本当の心を――死なないで、と。
こんなことを言っては彼女が安らかに逝けなくなってしまうことくらい分かっている。それを承知でレミリアは必死に声を上げるのだ。
美鈴の前では利口な女になんてなりたくない。美鈴の前で着飾った女になんてなりたくない。
格好悪くてもいい。無様でも構わない。どんなに不恰好でもレミリアは必死に叫ぶのだ。
そうしないと自分の本当の心が彼女に伝わらないから。生きて欲しいという想いが大切な彼女に伝わらないから。
傍にいて欲しいという願いを込めて、いつまでも共にいてほしいという願いこめて、レミリアもフランも。
「――泣かないで下さい。レミリア、フラン。私の死を悲しむ必要なんかありません。
本来ならば二千年前に尽きた筈だった命が、沢山の回り道をして再び空へ還るだけなのですから」
泣きじゃくる二人に両腕を伸ばし、横たわったままで美鈴は二人をそっと抱き寄せる。
そう、思えば沢山の回り道をした。美鈴の身体を借りて長い長い年月を一人生きてきた。
一度は死した自分が再び生を渇望した理由は、人里の人間達の生活に憧れたから。
優しく撫でる風を全身に受けてみたかった。光照らす太陽の眩しさを知りたかった。生きるという意味を知りたかった。
けれど、それはあくまでキッカケに過ぎず、少女美鈴が死んでからはそんな事は些細な事となってしまった。
少女美鈴は死の際、周囲の人々が泣いている中で一人笑っていた。死に向かおうという最中で少女は微笑んでいたのだ。
家族に包まれ息を引き取る少女が自分には理解出来なかった。どうして死に向かう今あんな風に微笑む事が出来るというのか。
死とは孤独なモノ。死とは暗く冷たいモノ。死出の旅とは温もりなど何一つ存在しない寂しさに満ち溢れているモノ。
それなのに少女は微笑むのだ。自分なら笑えない。微笑む事なんか出来はしない。
あんな冷たい世界に一人寂しく閉じ込められるなんて嫌だ。あんな恐怖を味わうのは嫌だ。寂しいのは嫌だ。一人は嫌だ。
どうすればあんな風に死の間際に笑えるのだろう。どうすれば自分もあんな風になれるのだろう。
最後まで少女が微笑んでいた理由が分からなかった。だから美鈴は外の世界で多くの人里を回るようになった。
少しでも人間として過ごす事が出来れば分かるのかもしれない。少しでも多くの人と触れ合えば分かるのかもしれない。
けれど、美鈴が感じたのは確かな壁。人間と自分との間に存在する確固たる線。
どんなに近づいても、どんなに触れようとしても、結局自分と彼等は違うのだ。どんなに傍にいても――にはなれない。
そんな生活を続ける中、美鈴を殺そうと何匹もの龍が彼女に襲い掛かってきたが、美鈴は生き延びる為に幾度と龍を屠った。
まだ死ぬ訳にはいかなかったから。まだ死にたくはなかったから。
今死んでしまうと、あの娘の笑顔の意味を知る事が出来なくなってしまう。今死んでしまえば、またあの寂しい世界で一人ぼっちになってしまう。
幾度となく迫り来る己の死を美鈴は突っぱねた。まだ自分は――を手にしていない。――の意味も分からない。
何度も戦い、ボロボロになり、己の死に怯える中、美鈴は出会った。最後の最後でようやく出会うことが出来たのだ。
真っ直ぐな瞳と優しい心を内包した美しき吸血姫、レミリア・スカーレット。彼女を視界に入れた刹那、美鈴はこの出会いに感謝をした。
きっと自分の生涯は彼女と出会う為に在ったのだと。きっと自分は彼女に出会う為に生き延びたのだと。
レミリアは自分に沢山の幸せを与えてくれた。それは外の世界では何一つ得られる事の出来なかったモノで。
彼女は私の存在を否定しなかった。彼女は私自身を見てくれた。龍でも虹でも人間でもなく、一人の美鈴として私と接してくれた。
誰より優しく誰より強い吸血鬼。誰より不器用で誰よりも純粋なお姫様。そんな彼女を美鈴は誰よりも愛していた。
ありがとう。ありがとうございます、レミリア。貴女のおかげで私はようやく答えを手に入れた。貴女のおかげで私は二千年探し歩いた宝石を手に入れることが出来ました。
「馬鹿っ…悲しむに決まってるじゃない…泣くに決まってるじゃない…
大切な従者が…大切な家族が死に逝こうとしているのに、そんな無茶苦茶言うんじゃないわよ…」
――家族。それが私が心から欲していたモノ。
いつも独りだった私が欲していたのは家族の温もりだった。家族を知らないからあの娘の死の際の笑顔の意味が分からなかった。
だけど、今ならあの娘の気持ちが理解出来る。死に向かう事は悲しい事だけじゃない。恐怖に怯えるだけじゃない。
だって私の手の中にはこんなにも沢山の宝物がある。パチュリーとの、フランとの、そしてレミリアとの思い出が抱えきれない程に溢れているではないか。
こんなに沢山の宝石を持ち、愛する人々に囲まれながら逝く事…大切な家族の一員として生涯を終えること。それは何て贅沢な幸せだろう。
別れはつらい。別れは寂しい。別れは嫌だ。でも、それでも自分は笑える。今こうして笑う事が出来る。
それは心に幸せが沢山溢れているから。心にみんなとの思い出が沢山詰まっているから。
『良かったわね。どうやらお姫様も貴女を少しは気にかけてくれていたみたいよ』
『何か困った事があったりしたら、すぐに言って頂戴。
仕事の面や生活の面等でまだ色々とあるだろうと思うから』
『ねえめーりん、私の分はないの?私もお菓子食べたいんだけど』
『めーりんの傍にいる…一人は凄く寂しいよ。
めーりんが元気になるまで、私はめーりんの傍にいる』
だから怖くない。死に向かう事は怖くなんかない。こんなにも自分は幸せだったと力強く胸を張れる。
紅魔館で私は多くの事を学んだ。人を愛する事の幸せ、人から愛される事の幸せ。家族という存在の温もり。
その気持ちが充足しているなら、死の恐怖だって簡単に乗り越えられる。だって私は今度こそ一人じゃないのだから。
感謝を。私を傍においてくれた全ての人に感謝を。パチュリーに。フランに。紅魔館の人々に。そして――
『…鬱陶しいから、少しだけ鬱陶しいに訂正してあげるわ。
これから馬車馬のように扱き使ってあげるんだから、今日はせいぜいゆっくり休むことね』
『何処の世界に主の許可なく堂々とお茶に同席する従者が居ると言うのよーーーーー!!!!!!!!』
『…じゃあどうすれば良いのよ。どうすればフランは幸せになれるのよ。私はあの娘に何をしてあげられるのよ。
教えてよ…私は一体どうすればいいの…お願いだから、教えて…』
『そう…奇遇ね。私もそう思っていたところよ。
ちなみに美鈴、そんな二人の出会いを一言で端的に表すならば、何と言うか知ってる?』
『…私も嫌なのよ。貴女が倒れた、なんて巫山戯た報告をもう一度耳に入れるのは。
主を心配させる事、それがどれだけ罪深く許し難い所業かをベッドの上でずっと考えてなさい。そして反省なさい』
『そうね…私も嫌いじゃないわ。歌自体もそうだけど、貴女の歌声は嫌いじゃない』
『馬鹿っ!!馬鹿美鈴っ!!このポンコツ駄目駄目ガッカリメイド!!
誰が勝手に死んでいい何て言ったのよ!!誰か勝手に私の元から去っていいなんて許可を出したのよ!?
貴女は私の傍にいないと駄目なのよ…ご主人様より先に死ぬなんて一番やってはいけないことでしょう…』
レミリア。貴女は私に言ってくれました。美鈴がいたからこそ私は頑張れたのだと。
けれど、それは違います。レミリア、貴女がいたからこそ私が頑張れたのです。貴女がいなければ私は何も知らぬまま一人野垂れ死にしていたでしょう。
貴女の温もりに、優しき心に触れたから今の私がある。貴女の存在が私をここまで歩かせた。
私は少しでも貴女の力になれたでしょうか。私は少しでも貴女の心の支えになれたでしょうか。
私は貴女の家族の一員として、最後まで笑っていられることが出来たでしょうか。
ありがとうございます。そんな言葉では足りないくらいレミリアには感謝を。そして、それ以上に情愛を。
――さようなら。そしてありがとう。私は本当に幸せでした。こんなにも沢山の幸せを頂けるなんて、私は本当に果報者です。
意識が遠のいてゆく。最早己の命は幾許もない。こんなボロボロな身体だけど、最後くらいはもう少し我侭を聞いて欲しい。
あと一言だけ…レミリアに私の想いを届ける為に。大好きなレミリアに、私から貴女への最期の言葉。
「レミリア…貴女に出会えて私は本当に幸せでした。貴女のおかげで私は家族という一色に染まる事が出来ました。
――大好きですよ、レミリア。貴女の事を世界で一番愛しています」
「めい…りん…」
優しい微笑を浮かべたまま、少女はそっと瞳を閉じる。
限界だった身体と魂はやがて悠久の眠りへと誘われるようにゆっくりと明かりを落としてゆく。
レミリアとフランを抱き寄せていた腕からは力が抜け落ち、まるで糸の切れたマリオネットのようにその腕は大地へと下ろされる。
二度目の死は暗き大地の底などではない。虹龍は最期を幸せの中で迎えられたのだ。
愛する人々に囲まれ、二千年という永きを生き抜いた一匹の龍は温もりを胸に携えて永久の眠りについたのだ。
それは彼女がかつて見届けた少女の死と同じように、最後のその瞬間まで微笑を浮かべたままで。
「美鈴…貴女、何眠ったふりをしているのよ…
止めてよ…そんな質の悪い冗談を誰が見せろといったのよ…
早く目を覚ましなさいよ…目を覚まして声を聴かせなさいよ…ねえ、美鈴…」
「…レミィ、もう止めて。美鈴はもう死んだのよ…美鈴はもう二度と目覚めないの…
美鈴は沢山頑張ったわ…だからもう…寝かせてあげないと…」
「…ふぇぇぇ!!!!やだ!!!めーりんが死ぬなんてやだ!!!!めーりん死んじゃ嫌あああ!!!!」
パチュリーの制止が、フランの叫びがレミリアの心に突き刺さってゆく。
親友も妹も涙を流して美鈴は死んだと声をあげる。その言葉を聞いて初めてレミリアは今、目の前の現実を理解する。
もう私の愛した美鈴はこの世の何処にもいない。美鈴は死んでしまったのだ。
私を置いて一人美鈴は遠い世界へと旅立ってしまったのだ。この私を置いて美鈴は遠くへと。
「馬鹿…馬鹿美鈴…いつもいつも自分勝手過ぎるのよ…
大好きですって…?世界で一番愛してるですって…?私はまだ貴女に返事を返していないじゃない…
まだ貴女に自分の本当の気持ちを伝えていないじゃない…それなのに貴女は先に逝くというの…?
何よそれ…そんなの、そんなの勝手過ぎるわよ…。嫌い…貴女なんか大嫌いよ…この馬鹿美鈴…」
動かなくなった美鈴の身体に額を押し当て、レミリアは声を上げて彼女の死に涙した。
ずっと共にいると言ったのに。ずっと一緒にいると誓ったのに。それなのに貴女は私を置いて先に逝ってしまった。
素直になれなかった。彼女に自分の本当の気持ちを伝えられぬまま、美鈴は死んでしまった。
巫山戯るな。一体誰がこんな未来を望んだというのか。一体誰がこんな運命を認めたというのか。
美鈴の遺体に縋りついて泣くレミリアの姿を見て、巫女は今まで閉ざしていた重い口をゆっくりと開く。
「…ねえ、紫。私は博麗の巫女として妖怪は退治するものだと考えてきたわ。
相手にどんな事情があろうが無かろうか、私には関係ない。妖怪は退治されるものだって。
…だけど、今はそれが正しいのか分からなくなってきた。私がしていることは本当に正しい事なの?
妖怪にも家族はいる…その妖怪が死ねばその家族は悲しむ…今目の前でレミリア達がそうしているように。
私がしてきたことは、単にこんな悲しみの連鎖を生み出しているだけじゃないの?」
「…博麗の巫女は何事も常に中立であらねばならない。そんな事を言っていたのは貴女の祖母だったかしら。
妖怪の心に立ってしまえば人を守る力は消え、人の心に傾けば妖怪を虐殺するだけの殺戮人形となる。
貴女の疑問は博麗の巫女として大事な悩みよ。貴女は今、大切な岐路に立っている。
考えなさい。博麗の巫女として心はどうあるべきか。そしてその考えの果てに妖怪を殺したくないと言う結論に達したのならば行動なさい。
一体どうすれば妖怪と殺し合いを行わずに懲らしめられるような場を作れるのかを。
もし貴女一人で答えが出なければ娘に託しなさい。その娘も貴女と同じように必死に考えるでしょう。
そして何代も重ねるうちに、いつしか答えは紡がれる筈よ。人間も妖怪も悲しまない、殺し合い以外の解決法がね」
紫の蒔いた種が花開くのはまだ数代先の話。しかし、虹美鈴の死によって巫女は確かに何かを感じ取ったのだ。
美鈴の死を嘆くレミリア達の悲しみの声が、激しい慟哭が巫女の不動の心を激しく揺り動かした。
巫女の成長を見届け、紫は小さく息をついてレミリアへと歩み寄る。
虹龍はこの幻想郷に多くの有益をもたらしてくれた。レミリアと博麗の巫女の大きな羽化の促進。
こんな考えを人が聞けば紫の事を冷酷だと蔑むかもしれない。しかし、彼女はそれを甘んじて受け入れるだろう。
幻想郷にとって虹美鈴は必要な存在だった。彼女の死が土台となり、これからのこの世界の護り手は成長を遂げる。
彼女の死を利用した事は否定しない。この世界を守るためならばどんな侮蔑をも受け入れる。
何故ならそれが自分の役目。この世界の管理者として生きる八雲の定めなのだから。
「誇り高き吸血姫、レミリア・スカーレット…目の前にある虹美鈴の死を受け入れなさい。
虹美鈴は幸福に包まれて逝った。それは貴女が彼女の心にもたらしたのよ。彼女の死を誇りなさい」
「…嫌よ。美鈴は死なせない。私は美鈴を救うと誓ったもの…美鈴を助けると約束したもの」
「…聞き分けなさいな。助ける、助けないの問答の段階は既に通り過ぎた。
後は貴女が彼女の死を受け入れるだけなのよ。万物にとって死は避けられない運命にある。彼女はその絶対を享受しただけ」
紫の言葉がレミリアの心にノイズのように五月蝿く響き渡る。
何が運命だ。何が絶対だ。そんなもの知らない。認めない。そんな綺麗な言葉で美鈴と別れを告げるなんて絶対に嫌だ。
助けてみせる。美鈴を絶対に助けると誓った。約束した。その心に偽りなど在り得ない。
運命が歯向かおうと言うのならば私がねじ伏せてみせる。絶対が道を塞ごうというのなら私が打ち砕いてみせる。
「――!?レミリア、貴女一体何を!?」
少女の身体から淡紅の眩い光が溢れ出す。それはレミリアの身体に残る最後の魔力。
否、それは魔力だけではない。彼女の心に宿る美鈴への想い、そして彼女が持つ運命を操る程度の力の溶け合った純粋な力の集まり。
最後の最後まで諦めないと決めた。どんなに格好悪くても心折れないと誓った。
美鈴の失われた命を救う事が奇跡だと言うのならば、何度だって起こしてみせる。何度だって足掻いてみせる。
私はまだ美鈴に自分の本当の気持ちを何も告げていない。何一つ伝えられなかった。
だからこのままお別れなんて許さない。自分の気持ちだけ押し付けて一人勝手に私の元から去ろうだんて認めない。
美鈴には絶対受け取ってもらう。私の何一つ着飾ることのないたった一つの大切な想いを。
「真逆…これがレミリア・スカーレットの真の力だと言うの?
失われた命をも運ぶ奇跡の奔流…これが運命の本当の力とでも言うの?
…フフッ、本当に末恐ろしい娘ね。まさか私の予想を遥かに上回る力の持ち主だっただなんて」
心から愉悦を漏らすように笑みを浮かべ、紫は一つの覚悟を決めたように高速詠唱を始める。
それは彼女の持つ境界を操る程度の能力。彼女が生み出すはこの世とあの世の境目をつなぎあわせること。
「――いいわ、レミリア・スカーレット。貴女のその真っ直ぐな想い、愚直さがもたらす奇跡に私も乗ってあげる。
他者の輪廻に強制的に介入するなんて閻魔様に怒られそうだけど…フフッ、こんな素敵なクライマックスに手を出さないなんて出来る訳がないものね。
この物語をハッピーエンドへと変えられるのかどうか…その結末を私に見せて頂戴」
生死の境目をつなぎあわせ、紫はレミリアの奇跡への足がかりを創る。
美鈴を救えるかどうか、最後の結末はレミリアの手に委ねられた。あとはどれだけ彼女の想いが美鈴に届くのか。
勝手にあの世になんて逝かせない。貴女にはまだ為すべき事がある。聞かなければならない言葉がある。
帰ってきなさい、美鈴。そして私の返事を聞いて。
私も貴女が大好きなの。世界中の誰よりも貴女の事を愛しているわ。だから美鈴、もう一度私の傍に――!!
『お帰りなさい…というのは少し変だよね』
漆黒だけが待つ暗き世界に足を踏み入れた紅髪の少女に懐かしき声が耳を撫でる。
声の方へと振り返れば、そこに居たのは黒髪の少女。自分にもう一度生への機会を与えてくれた少女。
『レミリアさんにフランさん、パチュリーさん。凄く良い人達に巡り会えたんだね。
この半年の間の貴女は本当に楽しそうに笑ってた。あんな貴女は今まで見たことがなかったもの』
嬉しそうに微笑みかける黒髪の少女に、紅髪の少女は少し恥ずかしそうに首を縦に振る。
そうだ。彼女の中に自分がいた様に、自分の中には彼女いたのだ。当然自分の見ていた景色は彼女も見ている。
頬を紅く染める少女に、黒髪の少女は優しく語りかける。
『…それで、ずっと探していた物は見つけられた?
貴女がボロボロになってまで探し続けた宝石は、ちゃんとその手で掴む事が出来た?』
『…見つけたわ。私が探し続けた答えをレミリアが与えてくれた。
貴女が死の間際にどうして笑顔を浮かべることが出来たのか…その理由もね』
『そっか…貴女は手に入れたんだね。大切な家族の温もりを。おめでとう、美鈴』
『…ありがとう。だけど、私はもう美鈴じゃないわ。
虹美鈴は死に、私の永き生も終わりを迎えることが出来た。だからこの名前は貴女に返さないと。
…今までありがとう、美鈴。こんな私の我侭に最後まで付き合ってくれて…本当にありがとう』
紅髪の少女は深々と頭を下げながらお礼を告げる。
そう、全ては彼女のおかげだった。彼女が私にもう一度生を貸してくれたからこそ、私はレミリアに出会うことが出来た。
彼女が身体を私に譲ってくれたからこそ、こんなにも温かい死を迎えることが出来た。
だから、ありがとう。そしてさようなら。二千年の永き時間を共に過ごしてくれた親愛なる友に最後の別れを。
こんな訳の分からない一匹の龍の我侭にお供してくれた友人に心からの感謝を。
頭を下げる虹龍に、少女は軽く溜息をついて口を開く。それは彼女が予想だにしていなかった言葉。
『残念だけど、美鈴の名前の返品は受け付けられないよ。
だってそれはこれから生き行く貴女にとって大切な名前だもの。貴女がレミリアさんと生きていく為に必要な名前でしょう?』
『…何を言っているの?私はもう死んでしまったのよ。
後は転生を待つだけの身だわ。夢の時間はもう終わり。レミリアと一緒にいられる物語は終わったのよ…』
『そうなの?ふふっ、貴女がそう思い込むのは勝手だけど…
――どうやら向こうはそう思ってはいないみたいだよ?貴女の物語はまだ続いてる』
黒髪の少女が微笑みながら告げた刹那、暗闇の世界を打ち壊すように一条の光が差し込んだ。
その光は紅の道。この世界から外に出る為の経路を導いているかのように、世界の割目から紅髪少女の足元まで真っ直ぐに設けられた。
眩い光の道に少女は驚き言葉を失う。その光の温もりを彼女は良く知っていた。この温かい光はレミリアの輝き。彼女の持つ優しき光だ。
この奇跡に驚く紅髪の少女に、黒髪の少女は背中を優しく押しながら言葉を紡いでゆく。
『確かに虹美鈴の永きに渡る生涯は終わったのかもしれない。だけど、貴女はまだ幸せを掴んでいないでしょ。
レミリアさんと一緒にいたいという気持ちを諦めちゃ駄目。貴女が諦めてしまえば全てが終わってしまう。
現にレミリアさんは少しも貴女の事を諦めなかった。どんなに格好悪くても、どんなに無様でも貴女の事を一途に想い続けている。
だったら応えなきゃ。レミリアさんの事が大好きなんでしょう?世界で一番誰よりも愛しているんでしょう?
だったらしっかり捕まえなきゃ。そうじゃないとレミリアさんを他の誰かに取られちゃうよ?レミリアさんは本当に素敵な人だもんね』
『でも…私が身体に戻っても…』
紅髪の少女の表情が大きく曇る理由は一つ。彼女の魂は龍の魂であること。
いくら人間の身体に戻ったところで、再び心と身体を傷つけるだけ。そしてもう一度今回のような別れを生み出すだけだ。
そんなのはもう嫌だ。レミリアを傷つけ、彼女に悲しい想いをさせるなんてもう二度と繰り返したくない。
紅髪の少女のその想いを感じ取ったのか、黒髪の少女は優しく微笑みながら説明する。彼女がもう一度レミリアの傍で羽ばたける為に。
『――二千年前、貴女は私を助けてくれた。だから今度は私が貴女を助ける番だよ、美鈴。
今ここで貴女は生まれ変わるの。龍も七色も貴女の魂を縛る全ての鎖から解放され、一人の女の子に』
二千年という長き月日を紅と黒の少女はずっと共に在った。
ずっと触れ合った魂は同化することなく、互いに別の存在として常に一つの心として存在していた。
だけど、それはとても不可思議な現象で。人間の身体で人間として振舞う美鈴の魂が龍の魂で、
虹龍として内側で眠っている魂が人間である美鈴の魂として振舞われる事。人間の身体を龍の魂が主導権を握るという事。
これが普通の転魂術や憑依のように、人間である美鈴の魂を除して二つを龍の魂が抑えていれば、こんな奇跡は成り立たなかっただろう。
だけど、長年の間龍の魂である美鈴は人間の身体に適合してしまった。人間として生きる為に、ずっと美鈴の身体で生き続けた。
ならばその間、人間である美鈴の魂は一体どうなるのだろうか。彼女の魂は眠りし龍の中に収められたままで。
彼女は永き時を龍の中で過ごしてきた。虹美鈴を狙う追っ手が襲い掛かる時だけ彼女は解放された。
ならば問おう。ずっと人間の身体で過ごしてきた魂と龍の身体で過ごしてきた魂、それは一体どちらが本物の龍の魂だと言えるだろう。
そう、紅髪の少女は知らなかった。自分の体中に施錠された枷がいつの間にか外されていた事に。
黒髪の少女は微笑を浮かべ、暗闇の世界に光を照らす。それはかつて紅髪の少女が持ちえた能力、七色の輝き。
『…嘘。どうして貴女がその力を…』
『違うよ、美鈴。貴女は知らなかったみたいだけど、この力は千年以上も昔には既に私の力に変わっていたんだよ。
貴女が人間として生を歩もうとしたように、私もどうやら龍として勝手に適合されていたみたいなの。
魂の劣化が始まっていたのは、貴女が身体と魂が適合しなかったからじゃない。私の魂が貴女の体に影響を及ぼしていたから。
――だから、大丈夫。貴女は美鈴として生きていける。この龍の力は全て私が代わりに持って行ってあげるから』
それは紅髪の少女にとって奇跡とも言うべき内容で。
その魂はもう身体を傷つけることもない。虹龍として他者を傷つけることもない。
彼女の魂は一人の人間の魂。たった一人、美鈴という少女として生きることが許されたと言う事。
龍としての虹美鈴はもう何処にも存在しない。今在るのは一人の女の子の姿。レミリアに会いたいと願う、たった一人の少女の。
『…会えるの?もう一度私はフランに、パチュリーに…レミリアに会ってもいいの?
貴女の言う通り私はみんなの傍にいてもいいの?』
『勿論だよ。しっかりレミリアさんに会って、そして今度は二度とその手を離しちゃ駄目だよ。
貴女はもう幸せにならなければ駄目。貴女は友達であり、私の娘みたいな存在でもあるんだよ。
子供の幸せを願わない母親なんていないわ。頑張って、美鈴。今度こそ幸せになる為に、ね』
涙で濡れる紅髪の少女を、黒髪の少女は優しく抱きしめながら微笑を浮かべる。
温もりを感じながら想うは感謝の言葉。ありがとう。私にもう一度レミリア達の傍で生きる事を許してくれて、本当にありがとう。
生まれながらにすぐ処断され、生と言うモノを知らずに生きてきた少女だが、確かに彼女には存在していたのだ。
友人であり、母親とも言えるべき人がこんなにも傍に。喜びに涙を零す少女から、黒髪の少女はそっと手を離す。
『さあ、もうお別れの時間だよ。あまりグズグズしてると道が閉じられちゃうからね。
行きなさい、美鈴。新しい生をレミリアさんの傍で歩いて行く為に。彼女の傍で幸せな日々を送る為に』
『うん…ありがとう。本当にありがとう、美鈴…』
『違うでしょ。美鈴は貴女。そうだね――私を呼ぶならお母さん、と呼んで頂戴』
黒髪の少女の言葉に一瞬眼を丸くしたものの、紅髪の少女は笑顔を浮かべ、彼女に告げる。
たった一言。だけどそれは何よりも大切な一言。その言葉を残し、紅髪の少女はこの世界の出口へと駆けていった。
もう一度愛する人々と共に過ごす為に。もう一度幸せをその手に掴むために。もう一度レミリアと出会う為に。
少女が去った世界の中で、黒髪の少女は一人満足そうに息をついた。それは何よりも幸福に満ちた母親の姿。
『行ってきます、お母さん――か。本当に素敵な女の子になったね、美鈴。
頑張りなさい、美鈴。三度目の生で、今度こそ本当に幸せになる為に。
…貴方、美鈴の姿を天から見守ってくれていますか。私達の娘は誰よりも素敵な女の子に成長していましたよ』
そっと笑みを浮かべ、黒髪の少女はその身に光を放ち、体躯を巨大な龍の姿へと変容させる。
それは虹龍とは比べ物にならない大きさを持つ黒き成龍の姿。黒龍は大きな咆哮を上げ、天へと駆け上がっていった。
それはまるで、一時でも早く天の上から愛する娘の幸せに包まれた笑顔を見る為かのように。
「…それで、美鈴はどうなったんだ」
言葉を止めたレミリアに、慧音はまるで御伽噺をせがむ子供のように続きを求めた。
レミリアが昔語りを初めて一体どれだけの時間が流れただろう。既に酒瓶は四本ほど空になり、
酒を口に運ぶペースが三人共に少々落ちてきていた。けれど、酒を飲むことをレミリアは止めようとはしない。
グラスを口に傾け、ゆっくりと堪能した後に、慧音の方に視線を向けず、グラスの酒を見つめたまま言葉を紡ぐ。
「どうもしないわ。その後、息を吹き返した美鈴を紅魔館に運んで寝かせたわ。
そうね…意識を取り戻したのはそれから一週間後くらいだったかしら」
「八日と十二時間よ、レミィ」
パチュリーの言葉にそうだったかしらね、とレミリアは笑みを零し、再び酒を口に運ぶ。
だが、慧音の求めていた答えは決してそのようなモノではなかった。美鈴が息を吹き返したことくらい今の美鈴を見れば誰だって分かる。
彼女が知りたい事はたった一つ。これまでの話が事実なら、何故美鈴は自分の正体が龍であった事を知らないのか。
それだけではない。美鈴の記憶とレミリアの話では大きく異なる点が幾つか存在する。
美鈴はかつて慧音に話したことがある。レミリアとの出会いは、紅魔館を訪れた時に姉妹喧嘩の八つ当たりをされた事だと。
しかし、先ほどレミリアが語ってくれた話では明らかに内容が異なるのだ。それは一体何故なのか。
そんな慧音の考えを読み取っていたのか、レミリアは小さく息をつき、悲しげな微笑を浮かべて言葉を紡ぎ始める。
「…本当に馬鹿なポンコツメイドよね。
折角この世に戻ってきたというのに、何より大切な人の事を忘れてるんだもの。
あれだけ人の事を大好きだとか愛してるだとか言っておきながら、当人が忘れるだなんて信じられないにも程があるわよ」
「どう言う事だ?美鈴は記憶に障害を生じさせていたのか?」
「その表現には多少ズレがあるかもしれないわね。記憶障害というより、最初から存在していなかったのよ。
美鈴には紅魔館での日々に対する記憶が無かった。レミィの事も私達の事も幻想郷での日々を何一つ、ね。
それだけではなく、美鈴には自分が龍であった記憶すら持ち得ていなかった。
あの娘にあったのは、外の世界で人里を巡って生活していた記憶。そして、己の名前…美鈴という名前だけよ」
それはまるで龍である虹美鈴が彼女の中から消えてしまったかのように。そうパチュリーはレミリアに代わり説明した。
『――貴女は誰ですか?』。目を覚ました美鈴がレミリアを見て最初に発した言葉、それは簡潔で残酷な一言。
困惑するレミリア達だが、美鈴から詳しい話を聞くこと、そして八雲紫に相談する事で彼女に生じている状況を理解した。
美鈴は決して記憶を失っている訳ではない。彼女は生前の美鈴とは別の存在、言わば生まれ変わりのようなモノだと。
結局のところ、龍としての魂を宿した彼女は最早美鈴の中には存在しない。
その事実を突きつけられたとき、レミリアは大いに嘆き悲しんだ。それはつまり、結局美鈴を救えなかったという事。
自分の愛した少女は死に、自分の事を愛していると言ってくれた記憶は残っていない。最初から存在しないという事。
「…美鈴が目を覚ましてからの私は本当に最低だったわ。思い出すのも嫌になるくらいにね。
慧音、貴女に想像出来て?この私が自分の部屋に閉じこもってずっと子供のように泣き続けたのよ。
フランですら頑張って一人で立ち直ったと言うのに…本当、情けないったらありゃしないわ」
自嘲気味に笑うレミリアだが、そんな彼女の言葉を慧音は少しも笑う事が出来なかった。
其れは一体何と言う残酷な事だろう。愛する人の命を救いながら、その人は自分の事を何一つ憶えていないのだ。
共に過ごした大切な記憶も。共に共有しあった感情も。そして互いに触れ合った温もりすらも、何もかも憶えていないというのだ。
仮に自分自身がレミリアの立場であったら、果たして耐えられただろうか。
そんな状況になっても彼女のように心を閉ざし、涙を流す事でしか己を保つ事は出来はしないのではないか。
レミリアの悲しみに共感したのか、表情を悲しみに染める慧音。だが、そんな彼女の心を晴らすように、レミリアは微笑を浮かべて言葉を紡いでゆく。
「私の愛した虹美鈴は死んだ…それは凄く悲しい事だわ。今でも思い出せば身を切られるような錯覚に襲われる。
だけど慧音、勘違いしないで頂戴。虹美鈴は確かに死んだ…でもね、美鈴は死んでいなかった。
私との思い出は失ってしまったけれど、あの娘は美鈴の中で確かに生きていたのよ」
悲しみに包まれたまま、レミリアは一人部屋の中でずっとベッドの上で嗚咽を漏らし続けていた。
起きては美鈴を想い涙を零し、泣き疲れては眠るような日々。そんないつ倒れてもおかしくない生活を続けて数日たったある日の事。
夜、いつものように自室で涙を零しているレミリアの耳に届いた一つの歌声。それはよく澄んだ鈴の音の様な美しい声。
しかし、それ以上に歌声はレミリアの記憶を揺さ振らせるもので。それは彼女が愛した女性が口ずさんでいた優しき子守唄。
幻聴かとレミリアは思った。美鈴を思う余り、彼女との記憶が、幻が蘇ったのかと錯覚した。
涙を拭き、レミリアは覚束ない足取りで歌声の方へと足を進めてゆく。部屋を出て、廊下を歩き、月明かりが照らすバルコニーへと。
会いたいと願った。幻でも構わない、もう一度美鈴に会いたいとレミリアは強く願った。
私を置いて先に消えてしまった美鈴。私を一人にして先に死んでしまった美鈴。私の愛した美鈴。
貴女に会いたい。たとえ幻でも構わないから、もう一度貴女に会って、私を抱きしめて欲しい。その温もりを分け与えて欲しい。
会いたい。触れたい。声が聞きたい。微笑が見たい。美鈴。私の大好きな美鈴。もう一度貴女に、愛する貴女に――
バルコニーへと足を踏み入れたレミリアの思考が己の意思によって回るのはそれまでだった。
月明かりが差し込む中、彼女が見た光景は決して幻なんかではなかった。
壁に背を寄せ、一人佇み優しい歌を口ずさむ紅髪の少女。それは彼女が愛した女性と何一つ変わらぬ姿。
彼女の紡ぐ優しき歌声は天に溶け、夜風が彼女のコンサートに熱をあげているかのように優しく頬を撫でてゆく。
美鈴の歌声にレミリアは気付けば頬を涙で濡らしていた。それは悲しかった訳ではない。つらかった訳ではない。
ただ純粋に嬉しかった。彼女と自分の愛した虹美鈴は別の人間などではなかった。私の愛した美鈴は確かに彼女の中に存在していたのだ。
確かに記憶は失ってしまったかもしれない。だけど彼女とのつながりはこうして形に残っている。
虹美鈴は確かに死んでしまった。だけど、私の心を奪った優しき少女が消えてしまった訳じゃない。
美鈴は生きている。あの日私を抱きしめて歌を紡いでくれた美鈴は今もなお彼女の中に生きているんだ。
ならばもう一度やり直せる。美鈴が彼女の中に生きているのならば、もう一度新しい絆を作る事だって出来る筈だ。
失ったものは取り戻せない。消えてしまったものは直せない。だけど、その上に新しい道を築く事は出来る。
この胸には今もなお彼女を想う心がある。彼女を愛する強き想いがある。ならば踏み出せる筈だ。歩き出せる筈だ。
涙を拭い、レミリアは覚悟を決めて歌を紡ぐ少女に一歩足を踏み出した。
もう一度新しい絆を美鈴と紡ぐ為に。もう一度あの笑顔を自分へ向けて貰うために。今度こそ彼女を幸せにしてみせる為に。
そして今度こそ――私の本当の気持ちを美鈴に伝える為に。
「その日から美鈴は紅魔館の門番として雇うことにした。
その時にあの娘には魔眼を使って記憶に関して色々と暗示をかけさせてもらったわ。
過去の記憶で穴だらけで矛盾に満ちた不安定な状態になっていた事、その事に美鈴が苦しまないように」
その日から、紅魔館に新しい住人が誕生した。
門番として働く少女を事情を知った紅魔館の誰もが気にかけ、彼女が働きやすいように振舞ってくれた。
虹美鈴としてではなく、一人の門番である美鈴として、紅魔館の人々は美鈴を愛してくれたのだ。
確かに記憶は失ってしまったが、彼女は紅魔館の誰もが愛した少女に他ならない。ならば彼女が少しでも過ごしやすくなるように。
「…これは失礼な事かもしれないが、聞かせて欲しい。
美鈴をメイド長ではなく門番に据えたのはどうしてだ。やはり彼女がメイド長では虹美鈴を思い出すからか」
慧音の質問に、レミリアは一瞬押し黙ったものの軽く息をついて言葉を紡ぐ。
「その理由が無い…と言えば嘘になるわ。
美鈴の心配りや優しさから見ても、あの娘の天職は門番よりもメイド長だという事は分かっている。
けれど、あの娘には別の道を歩ませてあげたかったの。あの娘は虹美鈴とは違う生を送っている。
美鈴には虹美鈴の過去に引きずられて欲しくなかったのよ。だってそうでしょう?
あの娘は龍としての束縛から解放されたのよ。あの娘にはあの娘だけの、たった一つの自分の道を歩いて欲しいのよ」
「成る程…それではもう一つ。美鈴のファミリーネームである紅というのは」
「私が与えたわ。あの娘はもう何色にも染まらぬ虹色なんかじゃない。
過去の罪科から解放された美鈴が虹を背負う必要なんか何処にも無いわ。
虹龍は死んだ…だけどあの娘は今も生きている。この紅魔館で新たな生を享受しているもの」
「…そうか」
全ての話を聞き終え、慧音はようやく全てが一本の線につながった。
レミリアが異常なまでに美鈴に固執する訳、そして美鈴の妖怪としては異常過ぎる程の潜在魔力の高さ。
そして彼女自身が己の能力の高さに気付いていない理由。美鈴は本当に何も知らないのだ。だが、知らないからこそ幸せな事もある。
恐らくレミリアを初め、紅魔館の人々は虹美鈴としての過去をそう捉えたのだろう。
龍としての過去を脱ぎ捨て、一人の少女として生きること。それが紅魔館の人々の願いなのだ。
「どう?これが貴女の望んだ紅美鈴の全てだけれど、満足いったかしら」
「ああ、絡まっていた糸が解けたような気分だ。
だが、そのような大事な話をどうして私に話す気になった。私は所詮紅魔館にとって部外者に過ぎない。
聞いておいて何だが、そのような話を私にしても構わなかったのか?」
「ふふっ…自分をまだ紅魔館の部外者なんて表現してる時点で
貴女が自身の事を全然理解していない事がバレバレね。悪いけれど、貴女は既に紅魔館の人間。言わば家族の一員よ。
慧音。私達は貴女の事が気に入っているの。今更貴女をこの館から手離すつもりなんかないわよ」
予想だにしていなかったレミリアの言葉に、慧音は思わず顔を赤く染め上げる。
それは単純に酒の酔いが回っているからという理由だけではない。レミリアの言葉が嬉しく思えたから。
こんなにも騒がしく、そして幸せに満ちた笑いに包まれた館の一員に自分も数えられたという事が。
返答に困る慧音に、レミリアは『それと』と前置きして言葉を続ける。それこそがレミリアが彼女に美鈴と自身の過去話を告げた最大の理由。
「…貴女には後悔して欲しくないのよ、慧音。
私は運良く美鈴と再びこうして共に生きることが出来た。だけどそれは奇跡に奇跡を重ねた故の結果だわ。
貴女に残された時間は私や美鈴に比べて遥かに短い。あの不死鳥のように貴女は永遠の生を持ち得ない。
だからこそ、死の際に後悔だけはしないように、今この瞬間を自分の心に素直に従って生きなさい。
このまま擦違ったままで、自分の愛する人と共に居る事が出来ないなんて絶対に御免でしょう?」
レミリアが何の事を話しているのか、慧音はそのことに気付き口を噤む。
レミリアはきっと自分と妹紅の擦違いの事を言っているのだ。誤解から生じてしまった大切な人との喧嘩別れ。
いつまでも治らぬ妹紅の不機嫌に、慧音も意地を張り、結局二人の溝はいつまでも埋まる事はなかった。
こんな筈じゃなかったのに。こんな結果を望んでいた訳ではなかったのに。小さな亀裂はやがて修復が難しいほどに大きな裂け目へと変貌を遂げてしまった。
だけど、それは決して修復不可能な訳ではない。レミリアの時とは違い、妹紅は生きているのだ。
生きているならやり直せる。彼女が存在しているならもう一度手をつなぐ事が出来る。
そうだ。後悔してからでは何もかもが遅過ぎるのだ。本気で仲直りしたいと思うのならば意地など張らずに行動すれば良かったのだ。
目の前の少女は心折れなかった。どんなに無様でも、どんなに格好悪くても彼女は強く在り続けた。
そんな少女に背中を押されてしまったのだ。ならばここで逃げる事など出来る訳がないではないか。
後悔はしない。愛する人と共に過ごす今を手にする。それがどれだけ幸せな事かを自分は今、レミリアから教えてもらったのだから。
「…突然で済まないがレミリア、急な用事が出来た」
「フフッ、最初からそうしていれば良かったものを。
まあ、そんな融通の利かないところも貴女の魅力ではあるのだけれど。
行ってらっしゃい、慧音。後悔と言う名の火傷をしないよう、しっかりと不死鳥の心を掴みとってきなさい」
レミリアの言葉に頷き、慧音は椅子から立ち上がり身体を永遠亭の方へと向ける。
真っ直ぐに飛べば一時間と掛からないだろう。愛する人に会う為に、慧音は飛行準備へとかかる。
そんな彼女に、レミリアは背後から声をかける。それは楽しみを湛えた少女の微笑み。
「不死鳥の部屋は貴女と同室で構わないかしら?
久々の逢瀬ですものね。色々と溜まっているものが沢山あるでしょうし、
今宵は貴女の部屋から悩ましい嬌声が聞こえても私達はちゃんと聞こえない振りをしてあげるわよ?」
「…お前の事を心から尊敬していた私の十秒前までの感動を返せ。このド変態」
鋭い視線で睨みつける慧音に、レミリアは『冗談よ』と楽しそうに笑ってみせる。
そんな普段通りのレミリアを慧音は呆れるような視線を送るが、やがてレミリアはゆっくりと本題を口にする。
「少なくとも明日の夕刻には館に戻ってきなさい。
貴女はもう紅魔館の一員なのだから、パーティーに貴女が参加しない訳にはいかないでしょう」
「…そう言えば明日は何かをやると言っていたな。咲夜達に色々な準備させているとか。
結局聞いていなかったが、明日は何が行われるんだ?明日は何か特別な日なのか――」
そう慧音が訊ねようとした刹那、紅魔館に備えられた大時計の鐘の音が夜空へと響き渡る。
それはこの世界に一日の終わりを告げる知らせ。十二時の時の訪れを知らせるように空に鳴り響く音。
鐘が役割を終えたように口を噤んだ時、レミリアは慧音にゆっくりと口を開いた。
「そう、今日は私達にとって特別な日。今から五十年前のこの日、私達は一人の家族を失い、一人の家族を得た。
偲びましょう、私達の愛した家族の死を。そしてそれ以上に祝いましょう、私達が愛する家族の生を。
――そう、今日は記念すべき一日となる。何故なら今日は私達の愛する紅美鈴の生まれた日なのだから。
そういう訳で今夜は紅魔館を上げて美鈴の誕生パーティーよ。貴女も紅魔館の一員として絶対に出席なさい。いいわね」
事情を理解し、慧音は笑みを零して頷き、永遠亭へと飛び去っていった。
去り行く慧音の後姿を眺めながら、レミリアは空になったグラスに酒を注ぎながら親友に言葉を紡ぐ。
「…本当、慧音も素直じゃないわよね。
知識人という着飾っているもので誤魔化されそうになるけれど、あの娘の本当の姿は何処までも純粋で真っ直ぐ。
あまりに真っ直ぐ過ぎるものだから融通が利かないったらありゃしない」
「あら、それを貴女が慧音に言うのね。
私の知る限りではレミィも相当あの娘に素直じゃなかったわよ」
「理解してるわ。だからこそ私は今度こそ後悔しないように再び道を歩み始めた。
私は二度と着飾らない。私は二度と自分の気持ちに嘘はつかない。
たとえ誰が相手であろうと美鈴は譲らないわ。フランが相手でも咲夜が相手でも、美鈴の心を手に入れるのは私」
「レミィはもう少し下がる事も覚えて良いと思うのだけれど。
きっと美鈴は貴女の気持ちに本当に気付いてないわよ。美鈴に想いを届ける方法なら
『レミィなら』それこそ幾らでもあるでしょうに」
「フフッ…策を弄して何も知らない無垢な蝶を絡めとったところで、それじゃ面白くも何ともないでしょう。
女は度胸、私は常に真っ向勝負よ。真っ直ぐに、何処までも愚直に美鈴を愛し心を奪ってこそ意味が在る」
「そう。レミィは本当に何処までも不器用なのね」
「言わないでよ。惚れた女の弱みだもの、仕方ないわ。
それに愛する人を何処までも追い続ける女ってのも存外悪くはないでしょう」
「一歩間違えばどう聞いてもストーカーね。それはとても素敵だわ」
軽口を叩きあい、レミリアは笑みを零しながら酒を口へと運んでゆく。
グラスの半分程度を飲み干したところでグラスを置き、酔いが回ってきたのかレミリアは額をテーブルへと突っ伏させる。
「大丈夫、レミィ?貴女が美鈴の事を慧音に話している時から思っていたんだけど、
少し酒を飲むペースが異常だわ。それでは体の方が持たないでしょう」
「大丈夫よ、パチェ。この一杯を飲み終えたらちゃんと部屋で休むつもりだから。
そういう訳でもう少しだけ付き合って頂戴。この娘と飲む機会なんて今しかないんだもの」
レミリアの向けた視線の先、それは誰もいない席に置かれ、酒に満たされた一杯のグラス。
それはレミリアが幻視した一つの未来。彼女が願い、叶わなかった一つの夢。
もし虹美鈴が生きていたら、きっとその席に腰を下ろして共に酒を酌み交わしていたのだろう。
パチュリーとレミリアとそして彼女とで酒を嗜みながら騒がしい日常に関する話題に花を咲かせるのだ。
だけど、それは所詮叶わなかった夢。自分達が歩んだ未来には彼女の姿は無く、共に笑いあう事は出来なくなった。
だからこそ、今だけはこうして共に酒を酌み交わす時間を共有したいとレミリアは思うのだ。
一年の中のたった一日、一時のこの時間だけは彼女の思い出に心を酔わせたいと願うのだ。
「…ねえ、パチェ。考えてみればこんな喜劇もないと思わない?
『太陽』も『雨』も嫌いな吸血鬼が最後まで追い求めたのは『虹』だったんなんて皮肉以外の何物でもないじゃない」
「あら、私はそうは思わないわ。人間に限らず生物は誰だって手に届かないものに恋憧れるものよ。
吸血鬼は大空を翔けて何処までも真っ直ぐに恋焦がれた虹を目指した。それはとても素敵な物語だと思うけれど」
「そして虹の輝きに眼を奪われ闇夜の羽を溶かされたって訳。やっぱりどう聞いても喜劇じゃないの。
…はぁ、いっそ私の物語を慧音に寓話の一つとして編集してもらおうかしら」
「止めておきなさい。どうせ話を伝え聞いた八雲の妖怪辺りに一笑に付されるだけよ。お前は一体何処のイカロスだ、ってね」
親友の言葉にレミリアは苦笑交じりで『違いないわ』と言葉を紡ぐ。
突っ伏していた顔を上げ、レミリアはグラスを手に取り、残る酒を少しずつ味わうように喉を通した。
それはまるで最愛の女性との蜜月の時の終わりを惜しんでいるかのように。
夕刻を迎えた紅魔館、その大広間では日没を待たずして既に飲めや歌えの大騒ぎ、一つのお祭り会場と化していた。
その日は紅魔館の住人全てが仕事を休みとされ、誰もがこのパーティーに参加するようにレミリアが命じたのだ。
それは古参の従者から妖精メイドまで、紅魔館の誰もがこの賑やかな大騒ぎに心を興じていた。
無論このお祭り騒ぎの主役はこの日誕生日を迎える紅美鈴その人なのだが…
「なあ、慧音。今日は紅美鈴の誕生パーティーなんじゃなかったのか?」
「…知らん。というか頼むから私に聞かないでくれ、妹紅。
正直私も今どんな表情をすればいいのか分からないんだ。ったく、本当にあの馬鹿姫は…」
そのお祭りに今駆けつけたばかりの慧音と妹紅は、大広間に下げられた垂れ幕を見て唖然とするしかなかった。
そこに書かれていたのは『紅美鈴誕生記念祭』の文字…は、本当に小さく書かれているだけで、
その文字の十倍は大きいであろう文字でデカデカと垂れ幕には『祝☆美鈴&レミリア婚約祭』などと書かれていたりした。
ちなみにそのレミリアという文字の横には達筆な文字で『咲夜』と大きく書き加えられていたりする。
更にその横には垂れ幕からはみ出るくらいに大きく拙い文字で『フランちゃんも』と書かれていたりする。
どうやらこんな日でも彼女達は相変わらずらしい。その事が慧音にはどうしようもなく呆れてしまい、そしてそれ以上に微笑ましく思えてしまった。
たった今到着したばかりの二人に気付いたのか、一足先に祭りに到着していた魔理沙とアリスが彼女達に声をかける。
「よお慧音。それと妹紅も来てたのか。お前達いつの間に仲直りしたんだ?」
「五月蝿いな、そんな事どうだって良いだろ。
それよりもアンタ達もこのお祭りに呼ばれていたんだな」
「ああ、勿論だ。こんな面白そうな事は呼ばれなくても参加させてもらうぜ。
まあ今日の祭りは中国の誕生祭なんだろ。だったら私達が呼ばれない筈がないんだけどな」
「呼ばれたのは私だけだったじゃない。魔理沙はただ私についてきただけでしょ」
「アリスを誘うってことはイコール私を誘うってことだろ?だったら何も変わらないじゃないか。問題無し、だぜ」
二人の会話に慧音は思わず苦笑を零してしまう。この二人もまた相変わらずだな、と。
美鈴の誕生祭なら確かにこの二人をレミリアが呼ばない訳がない。彼女達はレミリアと同じように美鈴との別れを乗り越えて今の関係を築き上げたのだ。
否、呼ばれているのは彼女達だけではない。紅美鈴という少女に関わった全ての人々がこのお祭りに招待されているのだ。
その証拠に左を見ても右を見ても知った顔が瞳に映る。それは美鈴という女の子がこの幻想郷に築き上げた人との絆。
「藍様~!!こっちも凄いご馳走だらけですよ~!!」
「遅いわよ藍!!早くしないと食べ物が無くなっちゃうじゃない!!
食卓は常に戦場なのよ!?急がないとメインディッシュが全部妖精達に掻っ攫われてしまうわよ!?」
「ちょ、一寸待て霊夢!!橙はまだしもどうしてお前まで私の手を引っ張っているんだ!?
大体私はお前達みたいにそこまで空腹な訳では…」
「ちょ、ちょっと霊夢待ちなさいよ!!ああー!!お願いだから藍さんを持って行かないでー!!」
「ううう…私の藍が霊夢達に連れて行かれちゃった…やっぱりお母さんより若い娘を選ぶのね…」
「ほらほら、紫。こんなお目出度い場所で泣かないの。
という訳で私は用意された料理の全メニューを制覇してくるから。それじゃあね、紫」
「友情より食い気!?ま、待って幽々子~!!私を一人にしないでえええ!!」
「うう…こんな人様のお家で大騒ぎするなんて初めてです…凄く緊張します。
本当、にとりさんに付き合って頂いて良かったですよ…」
「早苗は相変わらずシャイだね。そんな時はキュウリ味のビールを飲めば良いよ」
幻想郷で美鈴を知る人々。彼女達こそが紅美鈴がこの世界に生を刻み付けている証。
今や彼女の周りにはこんなにも人が集っている。最早孤独に怯えていた少女の影は何処にも見られない。
他者の温もりを、家族の温かさを求めさまよい歩いた虹龍の夢はこの場所で叶えられたのだ。愛すべき人々が集るこの紅魔館で。
「そう言えば主役の美鈴やレミリア達は何処にいるんだ?先ほどから姿が見えないが…」
「ああ、何でもまだ準備が整ってないとか訳の分からないことをパチュリーが言ってたな。
何の準備かは良く分からんが、どうせあいつ等の考える事だ。さぞや面白いモノが見られるんじゃないか?」
「私も魔理沙に同意見ね。ただ、私の場合は面白いモノというより嫌な予感しかしないのだけれど」
美鈴を初め、レミリアや咲夜、フランやパチュリーが誰一人としてこの場にいないのは確かにおかしい。
アリスの言葉に同意を示そうとした慧音だが、彼女の言葉が紡がれる事は無かった。
突如大広間の明かりが落とされ、何事かとざわめく館内に一筋のスポットライトが一人の少女に向けて当てられた。
その少女はパチュリーの使い魔である小悪魔で、人々の注目が集る中、彼女は小さく一礼して手に持っていた原稿を読み始める。
「えーと…紅魔館にご来場の皆様へ、この度は紅魔館の主催するパーティーに参加して頂き誠にありがとうございました。
館主のレミリア・スカーレットに代わりまして私小悪魔が、この場を借りて礼を申し上げさせていただきます。
えー、これから先は適当にお茶を濁しておきなさい。というか文章考えるのが面倒になったからパス。
どうせここにいる連中はみんな顔見知りの奴等なんだから…って、パパパ、パチュリー様ああああ!!!!」
「…なあ、小悪魔のヤツ一体何をやってるんだ?」
「…そう言ってやるな。あの娘もまた被害者の一人なんだ…
というかパチュリーの奴、興味の無い事に対しては本当に適当だな」
「悲しいけれどそれが魔法使いよ…同情するわ、小悪魔」
小悪魔が涙目で慌てふためく姿に満足したのか、小悪魔を呼び戻し、スポットライトの中心にパチュリーが代わりに立った。
拡声の魔術を用いて館中に声が聴こえるようにし、パチュリーは小悪魔の後を継ぐように言葉を紡いでゆく。
「という訳で今日は皆も知るように紅魔館の門番長、紅美鈴の記念すべき生誕の日。
その主役となる紅美鈴の登場よ。みんな盛大な拍手を持って迎えてあげて頂戴」
話を終え、パチュリーは用意していた仕掛けを解放するため、その場で軽く指を鳴らした。
パチュリーの合図と共に、大広間の二階に眩いばかりのスポットライトが浴びせられ、そこに一人の少女が姿を現した。
その少女の姿にその場の誰もが目を奪われた。そこにいたのは誰もが知る紅美鈴その人だが、彼女の装いは普段の彼女とは違っていて。
美しき紅髪を真っ直ぐに下ろし、その身に包むは真紅のドレス。その美しき容貌と装いに誰もが見惚れ息を呑む。
普段の人民服で門番を務めている姿からは想像すら出来ない彼女の美しさ。それはまるで一国の姫君とでも見紛う程で。
気付けば、館内は土砂降りの雨が襲ったような拍手の渦に包まれた。それは純粋に美鈴を想う人々の祝福の嵐。
その拍手を受け、美鈴は恥ずかしそうに顔を染めながらも微笑を浮かべる。それは心から喜びに満ち溢れた笑顔で。
その姿を見て、慧音は心の中でそっと祝福の言葉を送った。
――おめでとう、虹美鈴。貴女は紅魔館で求めていた幸せを本当に手に入れたのだな、と。
こんなにも人々に愛され、こんなにも人々に慕われるのは彼女の人柄に誰もが惹かれた結果。
これは決してレミリアの力によるものなんかではない。美鈴という少女を好きだと言ってくれる人々がこんなにも集った故の奇跡なのだ。
最早少女は孤独なんかではない。彼女は今、本当に多くの人に愛されているのだ。
だからおめでとう、美鈴。慧音は拍手を止め、美鈴が階段を下りてゆく姿を見届けようとしたその刹那だった。
予想通りと言うか何というか、このまま終われば良かったものをパチュリー様は例の如く見事にこの空気を粉々に粉砕してくれやがったのだった。
「あ~、ちなみに今日は美鈴の誕生日でもあるのだけれど、レミィの要望で結婚式も同時に行うことになったのよね」
パチュリーの言葉に美鈴は想いっきり素で驚いたような表情を浮かべている。
どうやら彼女も先ほどの小悪魔と一緒で何ら事情を聞かされていなかったのだろう。
困惑する美鈴を他所に、パチュリーは再び滅茶苦茶な館内放送を続けてゆく。
「しかもレミィが結婚式を挙げると言ったら咲夜まで挙げたいと言い出しちゃって。
そしてその話を聞いた妹様も美鈴と結婚すると言い出して聞かなくなっちゃって。
という訳で今から三人と美鈴による四人の結婚式を始める事にするわ。
花嫁の登場…この場合花嫁って言うのかしら。まあいいわ、どうでも。美鈴の結婚相手の登場に盛大な拍手をお願い」
適当なアナウンスと共に、先ほど美鈴が登場した場所に再度スポットライトが浴びせられた。
そこに現れたのは美鈴と同じくドレスに身を包む三人の少女達。
緋色のドレスを纏ったレミリア、白を基調としたドレスを着た咲夜、そして赤と黄色を併用したドレスに包まれたフランの三人だ。
何が起こっているのか理解出来ないのか、呆然と立ち尽くす美鈴を他所に場は進行してゆく。
レミリアや咲夜、フランといった紅魔館のトップ達の登場に館内は先ほどを上回る程の盛大な拍手の嵐に包まれた。
ただ、状況を理解出来ていないのは美鈴だけではない。
慧音も妹紅も魔理沙もアリスも霊夢も橙も藍も妖夢も紫も幽々子も早苗もにとりも現状を理解出来ずにいるのだ。
一人立ち尽くす美鈴に、レミリア達は歩み寄り優しく微笑んで美鈴に言葉を紡いでゆく。
「そういう訳よ、美鈴。今日から貴女は私のモノになるの。
安心なさい、初夜はちゃんと優しくしてあげる。そうね…将来的には子供は三人くらいは欲しいところね」
「おおおお嬢様!?あ、あの私には何がなんだか…」
「大丈夫よ美鈴。不安に思う必要なんて何一つないわ。貴女は私が幸せにしてみせる。
さあ、私と一つになりましょう。それはとてもとても気持ちが良いことなのよ?」
「さっ、咲夜さん!?目が怖い!!目が怖いですよおおお!!!!」
「めーりんっ、結婚しよ!お姉様達とするのに私としないなんて不公平だもん!」
「い、妹様、あの、結婚の意味を本当に理解しておられますか!?というか絶対分かってないですよね!?」
にじり寄るレミリア達に、美鈴はあわあわと動揺を隠せずにジリジリと後退を余儀なくされてゆく。
やがて壁際まで追い詰められ、とうとう美鈴は逃げ場を失ってしまう。
彼女を囲むは三人の少女の無垢な笑顔。愛されるが故に向けられる少女への真っ直ぐな想い。
「さあ美鈴。もう逃げ場は無いわよ。ここまでお膳立てをされたのよ、いい加減覚悟を決めなさいな」
「かかか覚悟って一体何の覚悟ですかあああああ!!!?」
「あら、そんなの決まってるじゃない」
美鈴の言葉に三人は顔を見合わせ、そして笑顔に満ち溢れたままで言葉を紡ぐ。
ドレスを身に纏った少女達の一途な想いは美鈴へと届けられる。
ただ、その想いは少々重すぎて彼女一人で抱え込むには大変かもしれないが。
「「「私達をお・よ・めにしなさいっ!!!」」」
「そ、そんなの絶対無理ですよおおおおおおおおお!!!!!!!!」
少女の叫び声が上がるなか、慧音は思わず表情を崩してしまった。
本当、何処までも彼女達らしいと思う。美鈴を愛さずにはいられない、そんな彼女達だからこそ紅魔館はこんなにも賑やかな毎日が続いているのだろう。
かつて虹美鈴が生み出したこの館の微笑みは今もなおこうして堪える事は無い。
かつて虹美鈴が築き上げたこの館の幸福な日々は今もなおこうして続いている。
レミリアは言った。虹美鈴の魂は今もなお美鈴の中に生きていると。けれど、慧音は思うのだ。
彼女の魂は美鈴の中だけではない。この紅魔館に生きる誰もの心に散らばっていったのではないかと。
彼女が死んでも、この紅魔館から皆の微笑が絶えないのは、もしかしたら彼女が今も何処かで見守ってくれているからなのではないか。
だとすれば彼女に感謝の意を送りたい。貴女がいたから私はこうして彼女達の笑顔を共に共有する事が出来た。
貴女がいたから私もこうして紅魔館の一員として笑う事が出来たのだと。
「慧音、凄く楽しそうね。まるで自分の事のように笑っているもの」
「――そうだな。私はきっと美鈴達の笑顔を自分の事のように感じてしまっているんだろう」
アリスの言葉に、慧音は今までの紅魔館での日々に想いを馳せる。
この館に訪れたのも、美鈴と出会ったのも全ては偶然だった。偶然に偶然が重なり、慧音は紅魔館での日常を彼女達と共に過ごす事になったのだ。
もしその偶然が運命だとでも言うのなら、その運命を仕組んだ我侭で気紛れなお姫様にでも感謝したい。
全ては些細な事から始まった出会い。だけど、今となっては上白沢慧音の生涯を語る上で欠く事の出来ない大切な人々。
だから私も紅魔館の一員として美鈴の幸せを願うとしよう。
沢山の人々に愛される少女。沢山のつらい過去を乗り越え、ついにようやく幸せを手にする事が出来た少女。
彼女の生きるこれからの未来に幸多からん事を。人々に沢山の笑顔を振りまいた彼女が、今度こそ愛する人々の元でずっと笑顔でいられるように。
愛する人々に包まれ、少女の物語は何処までも続いてゆく。
虹龍が追い求めた夢を叶え、確かな未来を紡いでゆく紅龍の生はまだ始まったばかりなのだから。
紅美鈴。『みんなに愛される程度の能力』を持つ不思議な不思議な華人小娘。
彼女の笑顔に触れた誰もが願わずにはいられない。どうか彼女の未来が幸せに満ちたものでありますように、と。
途中で目から涙が・・・
にゃおさんの世界観は相変わらずいいですね。
普段はあんなど変態なお嬢様だけど、これを読むと本当にカリスマを持ち合わせてらっしゃることを思い出しますw
美鈴の正体って、作者さまによって異なりますが、今回の設定は結構珍しいなぁと思いました。
でも、その美鈴と融合してくれた黒髪の人の正体を知ったときには(ホロリ
うおおおお!『紅魔館が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!』まさしくそんな感じのお話でした!ごちです!
うん、でもまあ。最後のにとりの「きゅうり味のビール」の一言に全部を奪われてしまったんだけどね。(笑い的な意味で)
次回作をいつまでも期待してまたせていただきます。
なんか映画を見てるような気分になりました、久しぶりに文字読んで泣きました。
とてもよい作品をありがとう。出来れば貴方の書く美鈴やお嬢様達にもっと逢いたいです。
試験勉強するつもりだったのに、気がつけば全て読んでいた・・・
これほどの作品を読めるとは・・・俺の人生が今ここに完成した
大作、お疲れ様でした。
あれだけ圧倒的な力を出されたら、その後にレミリアがどれだけ頑張ろうともケツ持ち付きの茶番にしかならないです。
戦闘に至るまでのストーリーが良かっただけに「私ら最強!ビーム!ビーム!」な展開にそこまでの感動が全てパアになりました。
>紅魔館が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!
これには諸手を挙げて賛同します!!
話の内容、キャラクター、台詞の使い方、どれをとっても非の付けようがありません
もっといろいろ感想を書きたいのですがあまりに長くなってしまうためここに書くのは自粛します。
感想を送りたいのですがe-mailアドレスを公開していただけないでしょうか?
感動をありがとう。
泣いて笑わせていただきました。ありがとう!
あったかくなりました。それはもう。
ところでレミリアが調べ物をしているあたりのところなんですが。
>それらは侠気に走った彼が、実の娘であるフランに対して行った非道の数々。
狂気でせうか。
>>服が誇りまみれに~
埃ではないでしょうか・・・ッ(血涙
とまぁコントは此処までに ものすごい良かったです
あぁ辛いかなボキャ貧・・・・
とにかくツンデレおぜぅさまとちょっと黒いさくよたんとじゅんすいふらんちゃんうふふとめーりんかぁいいようふふ
素晴らしい作品をありがとうございます。
それと、やはり咲夜が美鈴に惚れた理由も知りたくなりますね。
お嬢様に負けないくらいの変t…惚れっぷりですし(笑)
それにしても『五十年前』の八雲 紫のカリスマ性が、『今』のゆかりんからはまったく感じられませんね…
このお話とにゃおさんと「上海アリス幻樂団」に最上級の感謝を込めて、『ありがとうございます』。
ただ一つだけ気になる点が、にとりんは人見知りじゃ無いんだなぁと思いまして。
決して違和感とか嫌悪では無くふと気になった物で。
いやむしろどんな『河城にとり』だって好きさ大好きさ。
…………にゃお先生、さなにとが……さなにとが見たいです……っ!(某シューターさん風)
…ただ、ちょっと出て来ただけのにとりんに、凄まじいインパクトを感じたのは私だけでしょうか?
表現が回りくどく感じられるところがいくつか見受けられたこと、強さのインフレがひどい、この2点が気になった
とりあえず真面目に読んでいたはずが吹きました。
続きも待ってますね~
特に藍周辺の状況が楽しくて仕方がないのでw
ですが、あえて言わせて貰うと少々龍を弱く演出しすぎかなと思いました
求聞史記によれば龍は幻想郷を創りだした創造神であり、最高神です
阿求視点なのでなんとも言えませんが「妖怪の賢者たちは、自分の存在に賭けて龍に永遠の平和を誓うと~」とあるので、少なくとも龍は幻想郷の賢者=紫よりも強者になるはずです
紫よりも強くなければ退治されて終わりですしね
今回の場合は龍が自我を喪失していたために本来の力は出せなかったんだと解釈しましたが、それでも幽香のマスパや幽々子の死蝶でどうこうできるレベルの相手ではないと思います
あとは龍を弱く演出すると共に幽香と幽々子を強く演出しすぎですね
幽香は幻想郷最強と謳われていますからまだわかりますが、幽々子は死を操る程度の能力があるというだけでそれほど強いという話は聞きません
ここは幽香一人だけだったほうがよかったように思えます
それらのことを総合的に見て、私はこの点を付けさせてもらいます
いやはや、いい夢を見させてもらいました
すべての伏線を、時系列で過去の話で回収する手法はお見事でした。
ゲストキャラの幽香様と幽々子様も嬉かったです。
ひそかに「~守った未来」で妖怪総動員みたいに言われていたのに出てこなかったことを残念に思っていたので。
しかし、誰もがたった数十年でカリスマが枯れてしまうのはなぜなのでしょうか……
スペカルール制定時に境界でもいじられたのでしょうか??
とても良い出来でした
途中でマジ泣きしてしまったくらいです
龍に関する話が多少難しかったですが、読みやすかったです
幽々子と幽香の二人が出てきたのは驚きました
ただ、幽香はともかく幽々子が少し強すぎるような気もします
そんなに戦闘となると強くないような気もしますので……
それでも良い話だったのでこの点にさせていただきます
でも幼龍で暴走状態で力弱ってた事を差し引いても虹龍が弱く感じました(´・ω・`)
あと幽香様はともかくゆゆ強すぎ(´・ω・`)
幽香様と萃香だったらちょうどよかったと思うんですが…
というわけでちょっと減点
龍が弱い、という意見もありますが、魂が限界に近かった事、及び本来の肉体でない事、そもそも美鈴としては自我がないなりに力を抑えるために頑張ってたんじゃないかな~とか考えてました。
次回策も期待してます!
>服が誇り塗れに
被っちゃうけどなんだかすばらしい誤字ですなぁw
すばらしい作品なんだが、意外にシャイじゃないにとりん&IOSYSネタが....(´Д`)
一つ気になったと言えば虹龍はもっと強くてもよかったかな~と
暴走状態で総合力ダウンなのは解りますけど、最高神である龍の中のトップになる存在なわけですし
幽香とゆゆさまに「もし理性がある万全の状態だったら勝てない」的な台詞があればスッキリしたかも
でもお話として素晴らしいと思います、俺の中では180点だけど100点がMAXなので100点でw
いい話をごちそうさまです(はぁと)
やはり弱ってて理性がなくても龍は強いんですね、よくわかります(汗)
展開がややご都合主義だったりパワーバランスが変だったりしましたが、そんなの関係ありません
下手な文庫小説をはるかに上回るボリュームと質に感動しました
故にこの点数を受け取ってください
龍が何らかの要因で弱ってる&暴走で弱体化してるのは分かるのですが、
3人に軽くいなされたあとで龍の凄さを語られてもちょっと額面通りに受け取れないというか。
読んでて ん? ってなっちゃいました。
しかしこの量を中だるみせずに読ませる筆力には感嘆します。
愛され美鈴シリーズ、続くときいて一安心!
どうしてくれるんだぜ!!
ただ私が気にしすぎなのかもですが時系列がちょっと気にはなりましたね。
何せ紅とそれ以前(悪霊やら魔界神やら退治)との間はあまり経ってないわけで。(紅txt.の霊夢の項)
あとはやはり龍が相対的に弱い感が、くらいですか。
しかしそんなのを補って余りある位ににゃお氏の紅魔メンバーへの思いの強さは伝わりました!
次回作にも期待しております。
『気を使う程度の能力』はあくまで美鈴のもので紅美鈴の能力は『みんなに愛される程度の能力』なんですね。
それと虹美鈴のキャラが個人的にツボでした。
愛される美鈴ももちろん素晴らしいけど、ストレートに想いを伝える美鈴は最高ですね。
あと、次回作では『紅美鈴のいじられ属性の発掘』編を激しく希望
内容も文句なしっ!! レミリアもパチェもフランも、もちろん美鈴もみんな活き活きしていて、読んでいてとても楽しかったです。
少しづつ美鈴の過去が明かされていき、「現代」に美鈴が生きているとわかっていても、終始 美鈴がいなくなっちゃうんじゃないかとドキドキが止まりませんでした。そして後半 涙も止まりませんでしたw
そして 最初と最後をきちんと締めたのが、我らが慧音先生。
このシリーズは美鈴メインのお話しであると共に慧音先生のお話しでもあったんだなぁ と思った瞬間でした。
今回のお話しを読んでいて、なんか凄く「最終回」っぽくw
え? もしかしてこのシリーズこれで終わり!?と思いながら読んでましたw
でも執筆は続くとのことで、ほっ と一安心です。
最後に 『紅魔館が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!』 < 激しく大賛成です!!
これからもがんばってください!!
戦闘時の細かな描写にはハラハラしましたし、最期はホロリともさせられました。
しかしシリアス部分の出来が良すぎたために、ギャグや百合部分と少しちぐはぐになっているかな……という印象はあります。
えっと、正直びっくりしています。本当にびっくりしています。何がびっくりなのか自分でもよく分からないくらいびっくりです。
もうとにかくこのお話を読んで下さった皆様には感謝の言葉もありません…こんなにも長文で、しかも自分でも思うくらい勝手な設定ばかりのお話。
そんな幻想郷の物語を寛容に受け入れて下さった皆様に心より感謝申し上げます。本当に、本当にありがとうございました!
皆様のご感想の中で多く寄せられたご意見は『龍の強さ』と『幽々子の強さ』でしょうか。
この二つに関してなのですが、私的な考えを述べさせて頂きます。え~と…すみません、創作の上でどちらもあまり深く考えていませんでした…(最低)
戦闘部分を書いていく上で常に考えていた事は『如何にしてレミリアの成長と彼女による虹龍(美鈴)の救済を並立させるか』の一点だけでした。
ですので、物語の展開ばかり考える余り、龍という種族に関する考察が強く勉強不足であったと痛感しています。
幼龍+自我の崩壊+人間の身体というマイナス要因があっても龍、それも数匹もの追っ手を屠ったという設定ならば、もっとしっかり考えるべきだったと思います。
続いて幽々子様に関してなのですが…すみません、正直願望入りまくりました(うおおおい)
違うんです、違うんです。最初は紫の友人として幽香と萃香で美鈴の足止めを考えていたんです。
でもよく考えたら『萃香って萃夢想時期まで幻想郷に現れちゃ駄目じゃない?』とか思って、どうしよう幽香りん一人じゃ寂しいかもってなって
じゃあ紫の友達は幽々子様がいるじゃないってなってそれで気付けば…超火力精密砲撃援護型幽霊幽々子神が…
えっと…本当にすみませんでした。鼻血が尽きるほどに幽々子様に妄想を抱いて溺死してました。『ヤダヤダ!幽々子様強くないとヤダヤダ!』ってなってました。
次にバトルモノを書くときはもっとパワーバランスをしっかり考えようと思います。沢山の貴重なご意見、アドバイスに心より感謝致します!
あと、余談なのですがにとりのキャラ設定完全に間違えました…人見知り設定完全に忘れてました…あああああああ(馬鹿)
地霊伝の体験版での凄い素敵な面白にとりんのイメージしかなくて…やっちゃった…おおもう…
正直、こんなに長い話を一度に書いたのは初めてで至らない点ばかり目に付かれたと思います。
ですが、それでも途中で見捨てずに完読し、その上感想やアドバイスまで下さった皆様には本当に言うべき言葉すら見つかりません。
再三となりますが、最後まで読んで下さった皆様に心より感謝申し上げます。
また皆様と別のお話でお会いできるよう、しっかり頑張りたいと思います。本当にありがとうございました!
※誤字のご指摘本当にありがとうございました!自分では本当に全く気付けなかったので凄く凄く助かりました!!
>感想を送りたいのですがe-mailアドレスを公開していただけないでしょうか?
ありがとうございます。えっと、とりあえず私のホームページのアドレスを作者の後書き欄のところに貼らせて頂きました。
そちらにメールやBBS、メールフォーム等が一応各種ありますので、よろしければそちらをご利用下さいませ。
なるほど、お嬢様の日々の行動のきっかけが分かったし納得した・・・
納得が良く素晴らしい作品でした。
こんな素晴らしい作品をこの世に生み出してくれて感謝としか言い様がありません。美鈴と咲夜さんの話に期待です。ほんとうにありがとうございました。
もうほんとうに美鈴大好きだああああ
個人的には美鈴も好きですがゆゆ様も好きなので強いゆゆ様が出てきたのはすごい嬉しかったです。
次回も是非ゆゆ様を出して(ry
もうすッごく面白くて、涙腺が緩くなってしまったところも多々ありました。ステキな作品をどうもありがとうございます。
幽香が出てきて狂喜乱舞したのはここだけの話。にゃおさんの書く紅魔館メンバーに絡む幽香を見てみたいきもしますね。
『紅魔館が嫌いな幻想郷住人はいませんっっ!!』には激しく同意w
では僭越ながら私も・・・・・・
紅魔館が嫌いなシューターもいませんっっ!
…謎のバグのせいで今は紅魔館(と守矢神社にも)に行けないけどね…さ、白玉楼にでも行くか…
もうなんと言ってよいのやら…。
美鈴の過去話の中でも一番印象深いです。
お嬢様が素敵過ぎて…。
すごくよかったです。そこらのラノベよりも引き込まれました!
最後に一言。
紅魔館最高!!
独り言。妹紅と仲直り出来てよかったね、慧音。
レミリアも、美鈴も、にとりも!
みんな!みんな!
いい話でした。
強さに関しては美鈴がまだ幼龍ということで納得しました。
龍は何歳からが大人なんでしょうねw
余談ですが、「紅」と「虹」って現代中国語の発音が全く一緒なんですよね。
「hong」で第二声って。
最後に
紅魔館が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!
あなたにはこの一言だけを贈らせてもらおう。
素晴しい物語をありがとう。
前編から読ませていただきました
長ったらしく書くのは苦手なのでなるべく簡潔に感想いれたいと思います
第一に、全文通してのテンポが非常によかったです
昨今のライトノベル同様”単純で””広く””キャラクターで味を出す”作風になっていて、読みやすかったです
ストーリーは王道になってますが、大改行や分かりやすいセリフなどの挿入により、話の切り替わりが分かりやすく、それが全体的にすっきりした印象を与えていたと思います
一方で、残念な点も多く見受けられました
・長文という事もあり所々に矛盾が生じたこと
・若干にも"東方Project"の世界観を逸脱してしまっていて、元のキャラクターの味を活かしきれていないこと(二次設定も行き過ぎるとマイナスに……人それぞれだが)
・同様に、ストーリーの進行にせっかく作ったキャラクターを用いていない(話の進め方を良くするために都合よくキャラを動かしてしまっている)
……などなど、作者ご自身が考えられたであろう設定を全て使い切れていないという点が多々あったように思えます
とはいえ、これだけの分量をさして違和感なく読ませたのには、お見事でした
今後も期待してます
随所に散らばるネタ分が重い長文を読み切る力になってくれました。 幽々子様については、現在までにカリスマ量の減衰が一番低いとかそんな感じで良いじゃないとかとか。
最後にもう一度、ありがとうございました。感想を書いた全ての方に美鈴を嫌う人などいませんっ!!
前半はもう鳥肌ビクンビクンで涙ボロッボロだったよ!
後半はすっごい安心した。ああ、いつも通りだなぁって。イオシス以外にもネタが豊富。
何故だかここでは三人とも美鈴の嫁としか言えない。ほんと幸福そうな紅魔館だなあ。
最後にもう一度、最高だった!次も期待させてもらうぜ!
まったく・・・文字が所々ぼやけて読めないじゃないか!!
イイハナシダナァ・・・
もうちょいあっても良かったんじゃないかな
読んでてゲシュタルト崩壊したわ
幽々子が強すぎる、って言ってる人は何を根拠に(ry
これがあの変態の起源かと思うと涙が止まりません
が、それだけに紫が出てきたあたりからの消化試合的展開が残念でなりません
出てきた3人、特に幽香と幽々子の2人が本人ではなく、そんな名前を持った便利なアイテムに見えました
しかしそれだけの時間をかけるに相応しい作品でしたー
面白かった(・ω・`)
これからも期待してますヾ(・∀・)ノ゙
>『ヤダヤダ!幽々子様強くないとヤダヤダ!』ってなってました。
OK、これはにゃおさん、アンタに萌えればいいんだな?答えは聞かんが
今回で一応簡完結という事でしたが、いくら読んでも読み足りないくらいなので(良い意味で)
今後も楽しみにしています。
ただ戦闘について上でも結構言われてますが、レミリア達が必死に戦ってるのに
幽香と幽々子が好き勝手に暴れてるのが正直どうかなと思いました。
紫が一人で、あるいは一緒にきたのが藍だったりしたら納得できたかと。
しかし、それも紅魔館への愛ゆえにですよね!
だがとても良いものを読ませてもらった
レミリアスキーだったがめーりんも好きになった
いや紅魔館組最高だ
文章力というよりはその前段階の構想が相当甘いと思います。
そこだけ気にとめておいてくれると嬉しいです。
「ヤダヤダ!幽々子様強くなくちゃヤダヤダ!」>にゃおさんが可愛すぎる件
今回の作品も「すごい」の一言です。
『紅魔館が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!』 <その通りです!!!
これからも、にゃおさんの小説楽しみにしています
他生の縁ということで私も石を積んでいきましょう…
虹と紅の読みが同じ、というのはこのSSで知りました
着目が良かったと思います
遅ばせながら感想をば。
にゃおさんの紅魔館シリーズは大好きだったので、その集大成ともいえる今回の長編は一気に読ませていただきました。
……感動で涙が止まりません。独自設定、独自キャラ分が多いにも関わらず、その違和感を吹き飛ばす怒涛の展開にはただただ「にゃおさん流石」としか言いようがありません。
感動をありがとう。美鈴と紅魔館に幸あれ。
幽香りんとゆゆ様の強さそのものについては私は特に違和感を感じませんでした。
幽々子様は一応「死を操る程度の能力」の持ち主ですし、相手が身体も魂も「死に掛け」の状態ならある程度補正がかかってもよろしいかと、
ただやはり、最終的にレミリアが決着を付ける展開上、足止めで十分なはずの二人が強過ぎてしまった事でクライマックスへの流れがうそ臭くなってしまう事に問題があったようです。
「場を盛り上げる文体で魅せる」のがシリアスでのにゃおさんの強みである事が残念な事にこの点を際立たせてしまった事も痛いですね。
まあ、これほど長い文章にもかかわらず、一気に読まずにはいられなかった自分が言えることではありませんが(笑)
↑に付けた点数に間違いはありません。本当にありがとうございました。
が、そこは独自解釈返し(?)で脳内補完するとして。
長文にもかかわらず一気に読みました。
戦闘後の紅姉妹と美鈴のやり取りに思わず涙腺が反応して大変でした。
あとやっぱりギャグパートでの美鈴に対するレミ咲は大変な変態でした。
しかし慧音はどうなる事かと前々から思ってたけども丸く納まったようでなにより。
これ以降の続きも書いて欲しいところではありますが、
とりあえず全部ひっくるめて素晴らしい美り・・・もとい作品をありがとうございました!
最後に『紅魔館と美鈴が嫌いな幻想郷住人なんていませんっっ!!!!!』
さあ、次はにとさなのターンだ。
他の方が言ってるように色々と気になる点はありますが、それを差し引いても面白かった。
龍戦の前半は本当に手に汗握りましたよ。あとゆうかりんとゆゆさまの登場で鳥肌ががが。
本当に満足です。ありがとうございました。
感動の一言です。
高級料理をたらふく食べた満足感に似た充実をありがとう!!
ちくしょう…
すごく良かったです。
まさか泣くことになろうとは。
色々強さなどで突っ込まれてますが、それはにゃおさんの描いた幻想卿ってことで良いのでは?
各キャラの心理描写,戦闘シーンの細かさ,間の取り方等々,素晴らしかったです。
あと私も美鈴さん大好きです。
でも小町さんの方がもっと好きです。
ですが,ちょっと長かったですね。
個人的にはもうちょっと短い方が好きです。
具体的に言うと,前・後共にあと600字くらい短い方が好きです。
それから,(こういうのを書くと荒れると思いますが)厨二過ぎかなと。
いや,好きですけどね。こういう熱い系も。
ただ,いくらなんでも「真の」とか「本気の」だの「奇跡」やら「誇り」等々を使いすぎじゃないかなと。
その辺りをもう少し簡潔に書いて頂けるとありがたいです。
あと,設定ガン無視ですけど慧音さんが歴史を読めばいいんじゃないかな,と思ってしまいました。身も蓋もない事言ってごめんなさい。
私慧音さんも大好きなんです。
最後に,この作品を読むことが出来て幸せでした。
ありがとうございました。これからも頑張ってください。
美鈴好きな人に悪い人はいないですねー
こんなイイ作品を読めて私ァ幸せですわ。
続編期待してます
ちくしょう。目から塩味の鼻水がとまらねぇよ。・゚・(ノД`)・゚・。
作品としては大好きです
まさに振り込めない詐欺ですね
・・・ちょっとぐらい金を払わせろ!!
ありがとう!
とても面白かったです
ただ、所々大量のまとまった文章がでてきて少し読みにくかったです
少し省略して文章量を減らしたり、改行などをもっと使って文面にゆとりをもたせると
より読みやすくなると思います
あと個人的には幽々子よりは萃香に出てきて欲しかった
実力的にも
これだけ長くなりますとやっぱり避け得ない部分が出てきちゃいますね
でもとても面白くて一気に読んじゃいました^q^
後信者自重俺も自重
はたから見るとモニター見ながら酒をかっくらって常に泣いているキモイ状況ですが、最初から最後まで一気に読んでしまうほど惹きこまれました。ありがとうありがとうありがとう。
作者さん、ありがとう!!
お疲れってレベルじゃない。貴方がこの物語を構成する単語の一つ一つに死ぬほどの思いをつぎ込んでいるのを感じたよ。ほんとに、どんだけ好きなんですか。
もう何処かしこ荒削りなのにこの意味不明な破壊力は何?
手法やら語彙やら演出やら、そういう簡素な言葉で語りたくない作品ってのも久し振りだ。
もういいよ、面白いが正義だ。100点でも喰らえ。
思いを貫き奇跡を成し遂げたレミリア
そして
虹美鈴がたどり着いた答えに泣いた
これ程の長文を一気に読ませてしまうとは恐れ入ります。
最後に一言
俺も美鈴大好きだ!
長い長い年月をかけて、変わってきたってことですかね。
よかったよかった。
とりあえず、レミリアに一言言いたい。
「感動を返せw」
ありがとうございました。これからも頑張ってください。
おかげで時間が・・・よよよ。
皆、カッコよくて、どこか抜けてて、暖かい紅魔館の人達が良かったです。
もっと増えろ!カッコよくて暖かい紅魔館!
とにかく最高です。面白く、感動しました。
最後まで本当に楽しめました。
新作を読んで貴方の名前を知り、過去作品を読ませて頂いている所ですが、まだまだ読んでいない作品が沢山ある幸せを噛み締めつつ楽しませてもらおうと思います。
この作品に20000点目を刻める小さな幸せを感じつつ――
こんな凄いのがクーリエに眠ってたのか!
二次創作どころか世の中でも有名な作品を見ても全く涙腺が刺激されることのなかった俺の眼が今ガチでひどく熱いんですけど…。
本当に良い作品でした、ありがとう。
ただそれにつきます
映画化はまだですか?
作品しか知らなかったけど、ここへ辿り着けて良かった。
正直このサイトの仕組みはよくわかってないけど、評価点を付けれればいいのかな…?
…うん。なんか無駄に引っ張ったけど即答で100点です。
感動をありがとう!!