Coolier - 新生・東方創想話

【ドラゴンライダー】 第6話

2013/04/22 02:52:41
最終更新
サイズ
34KB
ページ数
1
閲覧数
2406
評価数
5/11
POINT
680
Rate
11.75

分類タグ

第6話

注記
・続き物です。初見の方は1話目からお読みください。
・本編には流血表現があります。
・オリジナル設定が多量にあります。タグがその概略となります。


■第5話
■第4話
■第3話
■第2話
■第1話




―――― ふがっ!

「ほえっ?」

 突然の大声に、れみりあは夢の世界から引き戻された。

「‥‥むう」

 楽しい夢だった。ユウカ姉様とサクヤお姉ちゃんと一緒に森でイチゴを摘んでいた夢。せっかく、カゴに山盛りの木イチゴを持って、“ほうろうのぎ”から戻ってきた、きれーなサクヤお姉ちゃんに見せに行くところだったのに。
 
―――― がふっ!おおおおお!

「!?わ、わわわ!」

 ゆさりゆさりと波打つ、真っ赤なたてがみ。干し草よりも良い匂いのする、ドラゴンの“めいりん”のたてがみが、月明かりに照らされうごめいている。最近、こっそりここで眠るのが彼女のお気に入りだ。“めいりん”はでっかい爪とか、牙とか、姿こそおっかないけど、とっても優しい匂いがする。ユウカ姉様も「めいりんは良い子だわ」と言って――――

―――― ぐるるるる!

「ひゃっ!」

 一層激しく揺れ始めたたてがみに、れみりあは目をこすることも忘れて、必死にしがみつく。何か、“めいりん”は慌てているように見える。空を見上げ、がりがりと塔を引っ掻き、尻尾をくねらせている。

「ど、どうしたの!ねえ!」

 戦う種族である人狼の性質か、まだ幼いれみりあだが異常事態の匂いにあっという間に覚醒した。揺れるたてがみをかき分けながら、吠えるメイリンに向かい呼びかける。ドラゴンはれみりあの声に反応し、がふっ、と鼻を鳴らしながらこちらを向いた。メイリンの青い目が、月の光を吸いこんで光っている。
 れみりあとメイリンの視線が交錯する。メイリンは何かを言いたいのだ、それだけはなんとなくわかった。

「ど、どうしたの?どこか痛いの?苦しいの?」

――――ふす

「ちがう?お腹空いたの?」

‥‥

「こわい夢を見たの?」

ぐるるるるっ!

「‥‥」

 れみりあは、わりと賢い子だった。問いかけに対するメイリンの仕草が、とりあえずれみりあの思っていることと違うらしいということ、それだけは分かった。でもそこまで。

がふっ!

「わあっ!」

 首をかしげるれみりあの乗っていた辺りだけが、大きく揺れる。振り落されまいと、れみりあは必死にたてがみに掴まったが、美鈴の背中はなおも大きく波打ち続けた。

「れみりあ!」
「!」

 彼女達が居る塔の屋上につながる階段から、ユウカ姉様の声が響く。必死に振り返るれみりあ。階段から顔を出すユウカ姉様が目に入る。メイリンも、ユウカの方を向いた。
 ユウカはあっという間に屋上の異変を聞きつけてやってきたらしい。尻尾を膨らませ、少し厳しい表情で、ユウカはれみりあに問いかける。

「どうしたの!何があった!」
「め、メイリンが急に、あばれ、て」
「何があった、メイリン!?」

 揺れるたてがみに必死に掴まりながら叫ぶれみりあ。ユウカはメイリンの鱗をなで、大声で怒鳴りつける。メイリンはユウカに向かってがあっ!と吠えた。ユウカの髪が美鈴の息でなびく。
 
「私にも魔法が欲しいわ」
「え!?」

 ぽつりとつぶやくと、ユウカは人差し指を自分に向けた。メイリンは、それを見て少し考えてから、ぶるる、と首を振った。ユウカが少しだけ、口の端を上げる。
 この村にメイリンが来てからというもの、彼女をしばらく観察し、ユウカが分かったことがある。このドラゴンの言葉は、サクヤにしかわからない。こちらの言葉は、メイリンに通じない。だけど、このドラゴンはものすごく頭がいいのだ。人間が使う身振り手振りを、表情を理解するのだ。サクヤが何も言わずとも、手を振ったり、何かを指さしたりすると、彼女は首を振ったり、その方向に向かったりする。頷いたりする‥‥まるで、“ヒトだったみたいに”。実際に自分から身振りで話しかけたことはなかったのだが、今、咄嗟に試してみたユウカは期待通りの反応をしたメイリンを見て心の中で「やった」と快哉を上げた。
 体の具合が悪いのか、お腹が空いたのか、等々、質問の選択肢は沢山ある。しかしユウカはあえて、誰か、と聞いた。なぜなら、この賢くて我慢強い、主人思いのドラゴンがこんなにも慌てているのだから。それは多分、サクヤに何かあったから。そうとしか思えない。
 そして、それを裏付けるために、メイリンがほんとうにサクヤのことを訴えたいかはっきり知るために、ユウカはサクヤを差す選択肢ではないものから試した。まずは、自分から。それは予想通り否定された。
 
「私じゃない?なら、あの子?」

 次は、れみりあを指さす。メイリンは首を振る。ユウカは、次に、森の彼方を指さした。サクヤとハタテが、出かけて行った方角とは正反対の方角だ。

「飛びたいの?」

 ドラゴンはまた首を振る。そして、ぶる、と鼻を鳴らすと、サクヤが出かけて行った道の方を向いた。

「サクヤ?」

 今度は、サクヤとハタテが行った方角を指さしながら。丁寧なユウカの問いかけに、初めてメイリンが頷く。そして、背中のれみりあの方を向くと、尻尾を大きくうねらせた。まるで、空を飛ぶ時のように。
 ユウカは、牙を剥いて笑った。きっと読みは当たったのだ。

「れみりあ、メイリンから降りなさい」
「え」
「早く」

 メイリンの訴えるところを察し、ユウカがれみりあに命令する。戸惑うれみりあだったが、姉の言葉に素直に従った。れみりあが背中から飛び降りた瞬間、メイリンが大きく体をくねらせた。尻尾が、ふわりと宙に揺れる。

「待てっ!」

がっし。

――――ふがぁっ!

 れみりあを降ろした瞬間、メイリンは空へ飛びあがろうとした。しかしユウカはそれを両方のヒゲを握って阻止する。ドラゴンはちょっと切なそうな叫び声を上げてユウカを見つめてきた。
 ニコリと笑い、ユウカはれみりあに指示する。

「れみりあ、サクヤの部屋から、ナイフを取って来なさい。あなたが持てるだけで良い」
「は、はあい!」

 れみりあは戸惑いつつも素直に返事をすると、階段を下りて行った。ユウカは片手を放し、剣で切るジェスチャーをして階下を指さす。その身振りを目で追ったメイリンは、戸惑い気味に幽香を見つめると、ふが、と鼻を鳴らした。

「今すぐにでも飛んでいきたいところでしょうけど、ちょっと待ちなさいな。あの子にお土産を持って行ってもらわなくちゃ」

 ユウカの言葉に、メイリンはゆっくりとまばたきをする。何かなだめられているということは解ってくれたようだ。

「お、おねーちゃん!」
「来たわね。早い早い」

 両手にナイフを抱え、あっというまにれみりあが屋上に戻ってくる。ユウカは美鈴のひげを離してナイフを受け取ると、鞘の留め具がかかっていることを確認する。メイリンはひげを離されてもすぐに飛んで行かなかった。ユウカの持つナイフを見て、ふす、と鼻を鳴らしている。
 ユウカは落ち着いたメイリンに「良い子」とつぶやきながら、屋上の端に駆け寄る。そこには布がかぶせられた木箱が置かれていた。その上蓋を開ける。中には、数セットの矢筒と弓が入っていた。見張り用の武器庫だ。その中から長短2種の矢筒と、長弓を出す。通常の弓矢のセットと、ハタテが持って行った石弓用の矢だ。彼女は矢筒の肩掛け紐を使ってナイフと一緒にそれらをひとまとめにする。そしてメイリンの前に戻ってきた。

「ご主人様の武器よ。一応持って行ってあげて。ハタテにも、お願い」

 がふ。

 メイリンは心得たとばかりに頷くと、口を開いてそれらを咥えようとした。しかし。

「これも一緒に持って行って!」
「ひゃあ!?」

 かぱ、と口を開いたメイリンの脇をすり抜け、ユウカが背中に飛び上がる!れみりあを抱えて。そしていつの間にか持っていたロープで、れみりあをあっという間にメイリンの背中に括り付けてしまった。

ふがっ!?

「ちょ、え、おねーちゃん!?」
「重いわ。落とすんじゃないよ」
「はひ」

 うつ伏せの姿勢でドラゴンの背中に縛り付けられたれみりあが戸惑いの声を上げるが、ユウカは気にせずその手にナイフと矢筒を持たせ、メイリンの背から飛び降りる。戸惑っているのはメイリンも同じだ。背中に戻ってきたれみりあを振りかえり、ユウカに困惑のまなざしを向けてくる。

「咥えてったら、虹が吐けないでしょ。大丈夫よ。この子、頑丈だから」

 メイリンの顔の前で口から何かを吐き出すジェスチャーをしながら、ユウカは話しかける。メイリンはユウカの言わんとしていることはなんとなく解ったらしい。がふ、と頷いてくれた。ただし、ちょっと不満げな、小さな頷きだった。

「え、おねーちゃん、あの」
「なに」

 困惑しているのはれみりあも同じだ。おろおろと問いかけるのだが、ユウカお姉ちゃんは厳しかった。

「え、わたし?ねえ?ねえっ!むりだよぉ、こんなのぉ」
「いやだっていうの?」
「だって、そんな、‥‥だってぇ」
「お前も狼だろう!」
「ふえっ!?」
「頼りない声出してないで、黙って、姉ちゃんを助けてきな!」
「は、はいっ!」

 思わぬ展開に涙目のれみりあだったが、ユウカに喝を入れられ、半ば反射的に返事をしてしまう。
 ユウカはれみりあの返事を聞くと、満足げに笑った。

「よし、これで絶対落ちないわ。さあ、行って!」

 れみりあを括り付けたロープを確かめると、ユウカは天を指す。メイリンは待ってましたとばかりに尻尾を振って宙に浮きあがった。そのまま、高度を上げると体をくねらせ一気に速度を上げる。そしてサクヤの居る方角に向けて、一直線に飛んで行った。

「いやあああああああああああぁぁぁぁぁ‥‥――――」

 小さな悲鳴を後に残しながら。れみりあの。

「ごめん。‥‥おねがい、ね」
「おー、ちっちゃなドラゴンライダーか、いいじゃん」
「遅いっ」

 夜空に消えるドラゴンを眺めていたユウカの背中に、のんびりとした声がかかる。ユウカが振り向けば、いつの間に屋上に来たのか、あの長髪の人狼が目を凝らしてドラゴンの消えて行った方角を眺めていた。夜風になびく長い銀の髪が月明かりに照らされて、その姿はまるで妖精のよう。しかし手に持つのは花ではなく長槍。頬に走るのは紅ではなく刀傷。
 彼女はユウカの隣に立つと、ゆっくり伸びをしながら問いかけてきた。

「どうする?メイリン、行っちゃったけど」
「そうね」
「あたりに敵の匂いは、しないけどね」

 ドラゴンが村から離れた今、一番心配なのは、あの黒ずくめたちの残党がそれを知って襲ってこないかということだ。あの戦いから一週間。この辺りはくまなく山狩りをして敵は居ないとわかったけど、それでも万一がある。彼女も、ユウカも、それは十分理解していた。

「見張りを増やす。攻め手の各組から一人ずつ抜いてここに」
「見てる敵、いるかな」
「居ないと思う。でも用心しといて損はないわ」
「そうだね」

 口元を引き結んで、ドラゴンの行った夜空をいつまでも眺めているユウカ。隣の人狼は、その横顔をちらりと覗く。

「‥‥ふうん」
「なによ」
「残念そうだね」
「なにが。なんで」
「メイリンに乗れなくて」
「んあっ」

 があ、と牙を剥いて振り向くユウカ。ちょっと顔が赤い。長髪の人狼は「あはは」と笑って肩を叩くと、見張りを呼びに階段を下りて行った。

「‥‥いいじゃないの、別に」

 誰も居なくなった屋上で、ユウカはちょっと恥ずかしそうに、ぽつりとつぶやいた。






************






『あははははは!』

 がああああっ!

 マリサ―――飛竜が吠える。あちこちから、窓の開く音。村人たちが気が付いた。夜空に浮かぶ、金色のドラゴンに。
 彼女はニヤリと笑って、牙を覗かせこちらを見下ろす。蜘蛛女を背中にのせて。
 ハタテが、悲鳴をあげて腕を揺さぶってくる。

「ねっ、ねえさまっ!はやくっ!」
「う、うん、に、逃げるわよ!ハタテ!」
「はいっ!」

 私はハタテに叫び返すと、屋根の上を駆けだす。相手は一騎当千の、ドラゴンライダーとドラゴン。人狼とはいえ、たった二人で立ち向かうなんてとてもじゃないけど無理!ああっ、最初にハタテに言われた通り、さっさと逃げていればよかった!

「あー、逃げてくわねー」
『ありす、あいつら食べていいのか?それとも焼くのか?』
「焼いてから食べたらいいでしょ」
『わたしが焼いちゃったら骨も残らないじゃないか』
「あー」
『首も。そしたら賞金もらえないぞ?ありす』
「それはまずいわね」

 狼の耳が、後ろの小さな会話を拾う。とんでもない会話を。焼いてから食べる?骨も残らない!?私の脳裏に、村での戦いの一場面が浮かぶ。美鈴の虹の吐息に、一撃で吹き飛ばされた黒ずくめ達の姿が。ドラゴンが皆、美鈴の虹のように、昔話の竜みたいに口から吐く何かそういうモノを使えるのならば、非常にマズイ!おまけに、あのドラゴン役は、魔理沙!もし、もしあのドラゴンが、“マリサ”が、私の良く知ってる魔理沙みたいな役付けだとしたら!
――――派手でなければ魔法じゃない。弾幕は火力だぜ――――
 冗談じゃないわっ!
 全速力で逃げながら、私は想像してしまう。マスタースパークのようなものを吐いて、村ごと私達を焼き払う飛竜の姿を!内心焦る私に、それ以上に焦った様子のハタテが問いかけてくる。

「ねえさま!どこまで逃げますかっ!」
「村を出る!ここの人たちを巻き込みたくない!」
「‥‥はいっ!」

 いらかの波の向こうに見えてきた大きな通りを飛び越え、着地した向こう側の屋根の上でちらりと後ろを振り返る。少しだけど距離は取った。視界の先には、少し高度を上げた飛竜の影。あちこちから悲鳴が上がっている。村人たちがドラゴンを見て騒ぎ始めたのだ。村の入り口までもう少し。そこまで行けば、何とか――――

『あはははははは!』
「!!!」

 飛竜が、また高らかに笑った!

 ごおっ!

「わあっ!」
「きゃあ!」

 一瞬の衝撃だけ残し、頭上を何かが通り過ぎる!思わず伏せる屋根の上。暴風にあちこちの瓦がはがれ落ち、路地で砕け散る音が響く。

「わあっ、あっ」
「!」

 悲鳴に振りかえれば、風に吹かれて屋根から転げ落ちそうになっているハタテの姿。なんとか手を伸ばして屋根を掴んだ彼女だが、ハタテが掴んだ瓦の漆喰がはがれ、そのまま地面に向かって落下する。
 
「ハタテ!」

 捕まえようと飛び掛かった私の背後から、また暴風が!

「――――っ!」

 背中から叩きつける様な風を浴び、私も暗い地面に向かって吹き飛ばされる!
 一瞬の落下の後、私は下にあった屋台の天幕に頭から突っ込んだ。木が折れる音、布が避ける音。何か柔らかいものが潰れる音。視界が真っ暗になる。

「もがあっ!」

 体にまとわりつく天幕を、短剣で切り裂く。転がり出るように屋台の残骸から這い出れば、隣にもぐしゃぐしゃに潰れた屋台。中からはくぐもった女の子の声が。

「ハタテっ!」
「す、すいません、おねーさま‥‥」

 天幕の中に手を突っ込んだら、潰れた果物を頭にのせたハタテがずるずると出てきた。あちこちボロボロだが、石弓はしっかり持っている。
 
『あははははははは!どこだー!どこににげたー!』
「なっ」

 夜空から響く飛竜の笑い声。見上げれば、月明かりに煌めく流線形。
 まるで大鷲のように、ゆったりと空を舞いながら、獲物――――私達――――を探している。私達は屋台の残骸に身を寄せ、影の中に隠れる。気分はまるでネズミか兎だ。

「や、やっぱり早い‥‥初めて見たけど、やっぱり‥‥!」
「飛竜‥‥」
「その姿、黄金なり。その咆哮、雷鳴なり。その迅さ、流星なり。きらめく光で空と大地を切り裂き、岩を鎔かし、音を残して獲物を攫い――――!」
「なに、それ」
「うちの婆ちゃんが聞かせてくれた昔話です。飛竜の。閃光の吐息を吐いて空をわが物顔で駆ける、黄金のドラゴン。狙った獲物は絶対逃がさない!」

 夜空を見上げて青ざめながら、ハタテは声を潜めてその昔話の一節を呟く。なんとなく聞き覚えのある事柄ばっかりだ。ああ、魔理沙、やっぱりあなたはここでドラゴンに進化したのね。ああ、最悪!

「うわ、なんだこれは!ど、どどどどどうしたのだ!」
「!?」
「!――ば、ばかっ!」

 後ろから聞こえた叫び声に、思わず尻尾が逆立つ。振り向けば、寝間着姿のあの八百屋の娘!その声を聞きつけ、上空のドラゴンがこちらを向いた!

「ん?なんだ、昼間ニンジン買ってくれたお姉さんたちじゃないか。どうしたのだこんな夜中に」
「伏せて!」
「わぷっ」

 暢気に質問している八百屋の布都チャンに飛び掛かって地面に押し倒す。直後、頭の上を何かがかすめて飛んで行った。間髪入れず路地に爆風が吹き荒れる。

「――――っ!」
「わわわわわ!」

 顔をあげれば、通りの端で空に急上昇していくドラゴンの姿。まずい、戻ってくる!

「な、なんなのだいきなり!なんだ今の風は!なあ!」
「姉さま!戻ってきます!」
「なあ!なんなのだこれは!」
「話はあと!早く建物の中に!」
「だからちょっとまて、いきなりそんなことを言われても‥‥ひ、そ、その耳!?狼っ!?」
「あ!?」

 “布都チャン“は私の耳を見て、急にふるえだした。ああっ!このタイミングで気が付かないでほしい!

「ひいいいい!」
「立って!私達が何者かとかそんなこと気にしてる場合じゃないのよ!」
「ひ、私を食べるのか!やめて、食べないで!」
「だから、話を!」
「いやああああああ」
「やかましい!選べ!今ドラゴンにぐちゃぐちゃに喰い殺されるのと、私にあとから痛くないように切り刻まれて鍋で煮込まれるのと、どっちがマシか!選びなさい!」
「い、痛くないなら鍋」
「よし!」
「ひゃあ!」

 我ながら無茶苦茶な説得を受け入れた彼女の手を引き、また建物の方に転がり込む。間髪入れず、私達の居た空間を、一条の光が切り裂く!

――――ぎゅばっ!

「――――!」

 何かが沸き立つような炸裂音。一瞬閃光に満たされた路地が、次の瞬間赤く染まる!

「姉さまっ!」
「――――っ、冗談っ!」

 ハタテの悲鳴。振り向けば、灼熱の色に染まって湧き立つ石畳。肌を炙る熱が、あの閃光の威力を物語る。

「閃光の吐息(レーザー・ブレス)!ら、雷鳴って、これの事!」
「感心してないで逃げるわよ!」

 呆然と空を見上げるハタテを促し、私達は村の外へ駆け出す。いつの間にか人があふれ、怒号が飛び交う通り。レーザーが当たったか、立ち上がる煙も見える。もう寝ている村人たちは一人もいない。燃える石畳と、空のドラゴンに気を取られ、私達には目もくれない。
 これだけ人がいれば、相手も私達には気が付かないか――――

――――わあっ

「!?」

 突然後ろから上がったざわめき。すれ違う人々が、その方向を指さして恐怖の表情を浮かべている。その光景に思わず振り返る。見れば、飛竜が空へと駆け上がっていくところだった。後ろ足に、何かを掴んで。

『こいつ、違う』

 があ、と響く飛竜の声。次の瞬間、そいつは足に持った何かを無造作に投げ捨てる。高い空の上から。
 絹を裂くような少女の悲鳴が、村のざわめきを貫いて響き渡り、突然、消えた。瓦の弾ける音と同時に。

「‥‥酷い」

 ハタテが忌々しげにつぶやく。足は止めずに。私は何も言えず、その光景に背を向けた。後ろからは、悲鳴とざわめきが、断続的に起こる。
 ―――遊んでいる!あいつらは!

「‥‥ハタテ、あいつ、射れる?」
「姉さま!?」

 並走するハタテが、驚愕の表情を向けてくる。

「あんなドラゴンを相手にするなんて、無茶な事だって位私にもわかる。でも、このままあいつらのやりたい放題にさせておくわけにいかないじゃない!」
「どうするってんです?策は!?」
「私がアイツの気を引くから。その間におねがい」
「危なすぎます!」
「馬鹿の一つ覚えでゴメン。囮は得意だから」
「飛竜の体に矢なんて通用しませんよ!きっと!」
「体がダメでも目なら通じるかもしれない!それもダメなら背中のアラクネでもいい!ここでやらなきゃ、アイツらいつまでも私達を追ってくるわよ!この村だってぐちゃぐちゃにされる!」
「!」
「出来る!?」
「―――やります」

 彼女の迷いは一瞬だった。石弓を構え、ハタテが頷く。私達は進路を変え、村への出口ではなく、真横の山へと向かう。村を両側からはさむように迫る山。少し駆ければ町並みはすぐに途切れ、木々のスキマの多い里山に入る。

「ここで分かれましょう。この近くでアイツを誘うわ。後は」
「がってん」

 たがいに頷き合うと、私達は逆方向へ駆ける。ハタテは、斜面に向かって。私は、短剣を鞘に収めると、近くの家の屋根へ。

「‥‥」

 屋根によじ登り、そっと顔を出す。ドラゴンはまだ村の上空で飛び回り、気ままに急降下しては村人を嬲り続けていた。
 気づかれないよう、姿勢を低くしながら屋根の上を移動する。目的地は、村の入り口近くの広場に面して建っている石造りの鐘楼。塔に駆け寄った私は、外壁をよじ登り、屋根の上にあがった。ドラゴンはまだ気が付いていない。
 
「――――人間辞めたって言うのに、お人好しだあね、私も」

 円錐状の屋根の上で、風見鶏を掴みながらつぶやく。私はここでは人間ではないのに。ましてや、ここは作り物の世界。彼らと“私”には何の義理もつながりも無い。助けなくても何も困るところはないのだ。でも放っておけない。それはきっと、たぶん怖いから。この世界に来て散々殺しをしたけれども、そんな情けをかけちゃう、“十六夜咲夜”が、綺麗さっぱりいなくなってしまうのが怖いから!

「すうっ」

 大きく息を吸う。煙の匂いと夜の良い匂いがした。

うおおおおおおおおおおっ!
――――どこ見てんのよ!間抜け共!

 狼の言葉で夜空に向かって吠える。満月が、狼の私を見ている。ざわりと全身の毛がざわめく。月の光が、私の目を貫いて、頭の奥に入ってきた。
 ドラゴンが、こちらを向いた!

かっ!

「!」

 閃光。私は塔を蹴って斜め下に飛び出す。今まで立っていた鐘楼が、光を浴びて吹き飛ばされる。溶けた破片を躱しながら、屋根の上を駆ける。

ごおっ!

 光に遅れ、疾風が来る。鋭い鈎爪を鈍く光らせて。私を空に連れ去ろうと!

「があっ!」
――――黙って捕まるもんか!見てなさい!

 自然に漏れた狼の声。ドラゴンの爪を躱し、私は隣の屋根に飛び移り、そのまま駆けだす。瓦を両手足で踏み、休みなく、ジグザグに。
 跳ねる私をかすめ、まばゆい光が薙いでいく。視界のあちこちから上がる爆発。背中に感じる熱。すれ違うドラゴンの背中の上。一瞬、あの蜘蛛女の姿が見えた。
 矢はまだ飛んでこない。私は無我夢中で家々の屋根の上を駆ける。爪と風と光が何度も私をかすめていく。
 きっと、また遊んでいる。今度は私で。あいつらはっ!

 ―――満月なのに全然強くないのね―――

「――――っ!」

 蜘蛛女のセリフが突然頭をよぎる。悔しさと怒りが同時に湧いた。

「ふざ、けんなぁああああっ!」

 その時、私の頭の中で、満月がはじけた。
 通りを飛び越えた瞬間、体が急に軽くなった。私は、“四本足”で着地する。
 再び屋根を蹴り出す後ろ足の力が強くなっている。後ろに流れていく景色の速さが、ぐんと増した。
 両の手の感触が変わる。腕に毛が生えている。体に感じる風の感触。“毛皮”が、風を撫でている。
 麻の服が、消えた。短剣が、牙になった。耳に届く飛竜の風切音が、鮮明になる。
 ドラゴンの牙を躱し、爪を掻い潜る。もう、爪と風はわたしを捕まえられない。
 もう一度跳ねた時、“私”はようやく把握した。屋根の上を駆けているのは、銀の毛皮を纏った、大きな一頭の狼だということを!
 ――――は!あはははっ!人狼“らしく”、なってきたじゃないの!

『がうっ!』

 “前脚”で屋根を叩き、体をひねり、跳びあがる!視界には、スピードを出して突っ込んでくる飛竜!滞空するわたしに、向うの方から突っ込んでくる!
 躱せるものならかわしてみなさい!咥えられるものなら咥えてみなさい!捕まえられるものなら捕まえてみなさい!スピードが有る分小回りは効かないでしょう?“マリサ”!“あんた”のそういう攻撃、こっちは、散々“予習済み”だッ!幻想郷でッ!

『わ!?』
「――――なっ!」

 ドラゴンの戸惑いの声。蜘蛛女の驚愕の声。私は耳まで裂けた口を開き、すれ違いざまに彼女の喉笛に牙を立てる!

「がふうううううっ!」
「げっ!」
『ありす!』

 狙いたがわず、私は蜘蛛女の首を咥える。私の新しい大きな口と頑丈な牙は、強烈なスピードで突っ込んできた蜘蛛女を咥え止めても、折れることはなかった。

 ぎぢっ!

 何かが切れる音。――――ドラゴンの背中に糸でへばりついていた蜘蛛女がはがされる音―――― まるでダルマ落としのように空中に取り残された彼奴の喉笛を咥えて、私は体全体を使って力の限り蜘蛛を屋根に叩きつける!

どがあああああっ!

「ギ――――!」

 瓦と木片が、スローモーションで飛び散っていく。驚愕の表情を浮かべる“ありす”。口の中に広がる蟲の体液。腐った木の様な匂い。頬に染み込む生暖かいそれ。ああ、嫌だ。毛皮が汚れる――――

「がはぁっ!」

 衝撃に、蜘蛛女の息が抜ける音。前足で、屋根の上に奴を抑えつけ、私はさらに顎に力を込める。

――――ぐぅるるううううっ!
「んぎっ!」

 みし、と硬いものが軋む音が聞こえた。

「あが、がああっ!ご、ごのクソおおがみがああああああ!」

 濁った絶叫。蜘蛛女の背中の腕が伸びる。私は後ろに跳ねる。鈎爪が屋根を叩いた。

「が、は、ごろす、ごろしてやる‥‥!」
 
 蜘蛛女アリスが、ゆっくりと立ち上がる。足を震わせながら。ドラゴンの背から引きずり落とされ、叩きつけられ、私を串刺しにし損ねた蜘蛛女の顔は、怒りに歪んでいた。私は、体を低くして、唸り声を上げる。

『ありすーっ!』

 ドラゴンが、窮地の主人を見て、まっすぐ突っ込んでくる。私をかみ殺そうと!
 だけど、それが隙!
 垂直にこちらに飛んできたドラゴンは、地面を目前に控えてわずかに減速する!
 その隙を、“彼女”は見逃さない!

ばちっ!

『ぎゃっ!?』

 夜空に飛び散る血しぶき!ドラゴンが突然悲鳴を上げ、体を捩る!私は蜘蛛女を捨て置き、屋根の上を全速力で駆ける!
 奴が落ちてくる!

「ま゛、マリサ――――!」
『あ、ありすにげて!』

 どがああっ!

 蜘蛛女の声は途中で搔き消えた。耳に届くのは破砕音。木がはじけて飛び散る音。瓦の砕ける音。地響き。悲鳴。そして歓声。
 ――――落とした!

「‥‥」

 小さな通りを飛び越え、尻尾をなびかせ振り返る。今しがたまでいた建物は、完全に瓦礫の山と化していた。中に人がいなけりゃいいけど。
 崩れ落ちた建物の中から、ドラゴンの羽が覗いている。力なく倒れ、動く様子はない。あの速度に、あの巨体。それらをもって地面に叩きつけられたのだ。無事ではないだろう。そう思いたい。これでだめなら、私達にもう手はない。

―――――おおおおおおおおっ!

 山々に響き渡る狼の遠吠え。ハタテだ。彼女が鬨の声を上げている。
 私も、その声にこたえる。

オオオオオオオ!

 ばっ、と視界の端で山の木が動く。ポーン、ポーンと跳ねる影が、あっという間に近づいてくる。
 
「――――――ぉぉねえぇぇぇさまああああああっ!」

 ばふっ!

「がうっ」

 山から跳ね飛んできた勢いそのままに、草の塊が抱き付いてきた。衝撃に思わず声が出る。

「お姉様!無事ですか!無事ですよね!よかった!綺麗!もふもふ!銀色!」
『こら、ハタテ――』

 がう、と吠える私に構わず、石弓を片手に、ハタテはぎゅう、と私を抱きしめる。狼になった私の体は、かなり大きかった。頭の大きさがヒトガタの時と同じままで、そのまま狼の体になった感じだろうか。抱きしめるハタテは膝立ちで、私の首元に顔をうずめている。
 ハタテの体は、蔦や枯草で完全に覆われ、一見すると緑色の毛むくじゃらの怪物だ。隠れ蓑、なんだろう。パチュリー様の図書館の本で一回見たことがある。狙撃手ってのはこういうことをする人たちだと。ホントに根っからの戦闘種族なのね。
 村人たちがこちらを見つめているのが分かる。ドラゴンが落ちた建物と、屋根の上の私達。どちらに注目したらいいのか分からないような様子で、こちらをうかがっている。石を投げつけられることはなさそうだ。
 ハタテはそんな村人たちを気にすることなく、私のうなじ(?)に顔をうずめる。

「綺麗‥‥姉様の狼姿、すごい綺麗‥‥変わるとことか、見とれちゃいました。私‥‥」
『そう、かしら』
「綺麗ですよ。それにわたし、まだ狼姿になれないし。やっぱすごいな、サクヤねー様は」

 人狼にとって変身は標準仕様じゃないらしい。すんすんと私の毛皮に顔をうずめてにおいを嗅ぐハタテに、私はがるる、と話しかける。

『すごいのはハタテもでしょ。矢、ドラゴンに通ったじゃない。すごい』
「目、ねらったんですけど、どうだろう。当たってるかな‥‥」

 とんでもないことをしれっと言いながら落ちたドラゴンを振り返るハタテ。あの距離から、けして明るいとは言えない月の光の元でドラゴンの目を狙ったといいますか。貴女は。あの時のドラゴンの様子を見る限りじゃ、何か急所にあたった様子であるみたいだし。
 私の視線は、ずっとあの建物に向いたまま。近づいて奴らを仕留めたかどうか確かめたいけど、村人たちがすでに寄ってきている。‥‥危ないから離れた方が――――

ぞわっ。

『!!!!!』
「お姉さま!?」
『があっ!』
「わっ!?」

 全身の毛が逆立つ。強烈な悪寒に、気づけば私はハタテの襟首を咥えて跳ねていた。一瞬視界が真っ白に染まる。私の影が、地面に落ちている。ちりちりと毛皮を焦がす熱。今のは!

『狼!狼!おまえ!よくも、ご主人を!ありすを!』

 ―――くそっ!仕留め損ねた!

 ドラゴンの咆哮が聞こえる。泣きそうな。
 降りた地面の上、私は首を振ってハタテを背中に落とす。草の塊から腕が伸び、私にしがみついた。私達が今しがたまで立っていた建物は、半円状に上半分がえぐれてなくなっていた。削れた面は、炎も上げずに真っ黒な炭と化している。

「ぎゃあああああああ!」
「ああああああ!」

 絶叫が響く。近づいていた村人たちが燃えている!光は彼らのすぐ近くを通っただけ、直撃もしていない!わたしも逃げるのが少し遅れていたら、ああなっていた!?
 さっきまでの細いレーザーとは次元が違う。これが“マリサ”のマスタースパーク!?冗談じゃない!本当に骨も残らないじゃない!
  
『逃げるわよ!』
「はい!」

 言うなり私は駆け出す。村の外へ向かって。巨大な狼の体はハタテの重量を苦にもしない。ものすごい勢いで加速してゆく。けど!

『にがすかああああああ!』

 ばさっ!と羽が広がる音。飛竜が追いかけてくる!
 ちらりと振り返る夜空。ボロボロの蜘蛛女を両前脚で抱え、今にも光を吐き出さんとする大口を開けた飛竜!

「このっ!」

 ハタテが矢を放つ。ドラゴンは大きく体を捩ってその矢を避けた!ドラゴンの狙いがそれる!

がぁっ!

 螺旋を描く飛竜の軌道そのままに、懐中電灯を照らすように前方の森に光が放たれる。その光の道筋に沿い、強烈な爆発が連続して巻き起こる!
 森が一気に炎に包まれた!

『おまえ!また!またありすを!』

 飛竜が叫ぶ。ハタテはあの蜘蛛女を狙ったんだ。主人をかばうドラゴンの気持ちを利用して、必ず矢を避けるように、狙いを逸らさせるように!

「今ので最後っ!」
『!』

 ハタテの矢が切れた!もう牽制できない!ドラゴンはすでに光を吐く体勢を整えている!
 村の出口に差し掛かる。だけど、目の前は燃え盛る森!

『死ねええええええっ!』

 ドラゴンの雄叫び!
 奴の口から、光が――――――――!






『さあああくやさんにてぇえだすなぁあああああああ!』

 どばああぁっ!

『んなぁっ!』
『!』

 突如真横から放たれた別の光に、ドラゴンが驚いて身を捩る!
 聞こえたのはなじみの声!見えた光は七色の虹!
 渦を巻く虹は放たれた閃光を巻き込み、私達を焼く前に閃光を虹へと分解し弾き飛ばす!

「わぁ、わあああ!」

 ハタテが歓喜の声を上げる。見上げる夜空、月をバックにうねる影。白い明かりに照らされて、赤くきらめく真っ赤なたてがみ!
 “彼女”はハタテと私を見下ろすと、嬉しそうな雄叫びをあげた。

『こんばんは!良い夜ですねっ!咲夜さん!』
『美鈴っ!』

 ああっ!なんて素敵なタイミング!






*******************






「ふふふ。しかし珍しいな。というか変だ。怪しいな。不気味だ。こんな朝っぱらからお茶会なんて。しかもお前から誘って」
「そうかしら?たまには私も朝の空気を楽しみたくなったの」
「年中目の下にクマ作っているような不健康な魔女には、朝イチではつらつと活動している姿は絶対に似合わないわよー」
「‥‥結構ひどいこと言うのね」
「真顔で泣くな」

 魔理沙とアリスに二人掛りで笑いながら卑下され、パチュリーはさすがにショックを受けたようだ。
 朝日まぶしい紅魔館正面のバルコニー。視界には抜けるような青空と、輝く雪景色が広がる。防寒の結界が張られたバルコニーのテーブルには、3人の魔女が座っていた。普通の魔法使いと、都会派魔法使い。そして大図書館の主。お茶会と魔理沙は言ったが、これは正確には朝食会であろう。三人の前には紅茶のカップがあるが、その隣にはそれぞれ白磁の皿が。皿の上にはクッキー。魔理沙だけベーコンと目玉焼きがプラス。それに白ごはん。
 なんか無理がある。不自然である。唐突過ぎる。朝日を浴びながら紅茶をたしなむパチュリーを見て、同じようにお茶を飲むアリスと魔理沙の頭の中には、そんな単語達がグルグルと渦巻く。
 今朝、アリスと魔理沙の両名は、それぞれの家で、いつになく異様に気持ちよく目覚めた。窓から覗いているのは今日一日の天気の良さを予感させる、日の出前の輝く空。それを見て、ぱん、と手を打ったように頭は覚醒した。綺麗な空に誘われて寒さも気にせず気分よく窓を開けたとき、一羽のハトが降りてきた。天気のいい朝。気持ちの良い目覚め。朝日に挨拶しようと窓を開けたら小鳥が。まるでおとぎ話のような展開が続く事態に、今日はいい日だとすっかり機嫌がよくなった二人。そして彼女らは気づいた。ハトの足に、手紙が付けられていることに。

『天気がいい朝だからお茶でも飲まない?さっさと来てね。今なら朝日が綺麗だわ』

 ともすれば、眠たさに目をこすり、血圧が低い状態で読まれるかもしれない手紙にしてはあまりにも配慮が足りない文章である。しかし、今日の彼女らは機嫌が良かった。差出人の名前はなかったが、文体からこれを送ったのはだれか明白。珍しいこともあるもんねとつぶやきながら腹を立てることもなく、早起きは三文の徳とばかりに、二人の魔女は身支度を済ませるといそいそと出かけたのである。寒い日の出前の空へと。全く同じ出来事が、同じようにお互いに起こっているとも知らずに。

「で、何が目的だ?」
「え?」
「とぼけるんじゃない。いったい何の用で私達をここへ呼んだんだ?」

 目玉焼きの最後の一切れとご飯の最後の一口を上下合体させて口に放り込みながら、魔理沙はパチュリーに目的を問いただす。
 ここまであからさまにいろんなことが不自然なのである。疑念を持つなという方が無理だ。少し真面目な顔をして、紅茶を口に含む魔理沙。アリスも同じように見つめてくるのを見て、パチュリーはため息をついた。

「せっかく気持ちいい目覚めの演出までしてあげたんだから、もうちょっと朝のお茶会楽しみましょうよ」
「演出だとさ」
「あー、どおりで目覚めが良いと思った。ってか、やっぱり魔法掛けたんだ?貴女、私達に勝手に」
「そうよ」

 しれっと悪びれる様子もなく魔法をかけたと言い放つパチュリーの態度。消極的が口癖のような彼女がここまで積極的なことにアリスは怒る前に困惑した。やれやれと頭を振る。パチュリーは紅茶を一口飲むと、相変わらずの調子で口を開いた。

「実はね、ちょっと頼みたいことがあるのよ」
「ほう」
「聞かない方が良い気がするわね。すごく」
「そうだな」

 魔理沙とアリスは顔を見合わせると警戒のまなざしをパチュリーに向ける。
 彼女はそんな視線など蛙の面に水とばかりに、平然と言葉を続けた。

「今朝、ここにきて、何か不自然だと思わない?」
「不自然だらけで却って分からん」
「右に同じ」
「咲夜が居ないでしょ」
「あ」
「美鈴も居ないのよ」
「ほう」

 パチュリーの言葉に、そういえば、と二人はまた顔を見合わせた。

「咲夜が珍しく寝坊してるかと思ったんだが、お前が改めて言うってことは、なんだ、あの二人に何かあったのか。そうなんだな」
「ええ」
「大変じゃないの?それ」
「ええ」
「お前らにいじめられて家出したのか」
「ちがうわよ」

 ひひひ、と笑う魔理沙に真顔で答えるパチュリー。彼女は相変わらず平然としているが、メイド長と門番に同時になにか起こっていて、そのせいでここに居ない、起きてきていないのなら、たぶんそれは結構な一大事のはずである。

「ちょっと、それであなた達に頼みたいことがあってね」
「頼みごと?」

 小悪魔が、魔理沙の食器を下げ、皆のカップに紅茶を淹れて回る。アリスは淹れたての熱い紅茶のカップを傾けた。
 パチュリーも紅茶を口に含み、ごくりと飲み干す。小さな口からほかほかとした白い息が漏れた。

「別に、大したことじゃないわ」
「あなたの頼みって何かおっかない気がするんだけど」
「だな。たとえば、地底に行かされたりな」

 魔理沙は笑って紅茶を飲む。パチュリーはそんなことじゃない、とひらひらと手を振った。

「そういうことじゃないの。恐いことないわ。難しくもない。ねえ、今日貴女達、何か予定あったかしら?」
「なんで」
「ちょっと、今日一日くらい貴女達の時間が欲しいだけだから」

 ごがっ。がしゃん。

「なっ!?」

 突然聞こえた重たい音に、慌てて振り返るアリスの視界に映ったのは、糸が切れたように机に突っ伏した魔理沙!力なく垂れた手からカップが落ち、床の上で粉々になっている。
 あわてるアリスをよそに、パチュリーはちら、と目を動かしただけだった。

「あら、効きすぎたかしら」
「は?パチュリー!?何をしたの!?」

 平然と紅茶を飲むパチュリーを怒鳴りつけながら、アリスが立ち上がる。上海と蓬莱が獲物を構え、宙へと浮き上がった。
 今にも飛び掛からんとする人形たちをうろんげに眺め、パチュリーは口を開く。

「別に、死にはしないから安心しなさい。睡眠薬よ」
「すっ――――」

 まるで悪びれる様子もなく、睡眠薬を盛ったという魔女。まるで事切れたかのようにピクリとも動かない魔理沙を見て、アリスの背中に冷たいものが走る。
 どういうことなの、と聞こうとしたアリスだったが、その言葉を発することはできなかった。

「どっ――――」

 突然、視界が回る。人形が墜落した。回る世界に立つこともかなわず、アリスはテーブルに手をつく。

「が、あっ!?」
「やっと効いてきたわね。やっぱり人間には効きすぎるのね」
「ぱ、ぱひゅりーっ!?」

 ろれつが回らない。強烈な睡魔がまぶたを押し下げる。朦朧とする意識の中で、アリスは必死に目を開け、パチュリーの顔を睨み、何に薬が盛られたのか考えていた。
 クッキー?紅茶?カップ?紅茶はみんなで回し飲みしたから、きっとクッキーか各々のティーカップに‥‥!
 アリスの思っていることを察したか、パチュリーがぼそりと口を開く。

「あ、たぶん当たり。紅茶に薬入れた」
 予想はずれたよっ!すっごい間違ってたわよ!

 突っ込みたいが、もう喋れない。アリスは悔しげに魔女を見る。
 捨食の魔法を徹底する、眠らない魔女にそもそも睡眠薬など効かないのか。魔理沙を一撃で落とす睡眠薬入り紅茶を飲んだというのに、彼女だけは平然としていた。
 そして、魔女は、ちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしていた。

「悪いわね。これも大事な住人のためなのよ。詫びなら後でいくらでも――――」
「――――が」

 ――――信用できるかいっ!
 薬の回り方は強烈だった。アリスが考えられたのは、そこまで。縫い針を足に刺そうとしたが、その前に手の力は抜け、まぶたはついに閉じ、彼女の意識は暗闇へと落ちて行った。
 あとには、一人朝日を浴びながら立つパチュリーと、震えながらその様子を覗く小悪魔だけが残される。

「‥‥行ってらっしゃい」

 微動だにせずに昏倒する二人の少女。まるで殺人を犯した直後のような光景を見ながら、パチュリーはぽつりと、そうつぶやいたのだった。










続く。








■第5話
■第7話
 遅くなりましたが、続きです。
 間隔があいてしまっています。連休がまともに休めそうなら、ちょっとは話を進めたいですが。
 4話毎1区切りで行くので、アリス&魔理沙編はあと2話、続きます。
 お待ちいただいている方には大変申し訳ありませんが、次回もよろしくお願いいたします。

以上、蕗でした。
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.220簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
うんうん
2.70名前が無い程度の能力削除
どうしてもライトノベル的な手法にはがっついた印象を懐く。
今はやりたいことをやるパワーも大事だろうが、自身の中での文のレベルアップも、機を見て図っていった方が良い。イメージ優先で手癖で書くのは危険だ。
3.無評価名無しの権米削除
今回も楽しく読ませてもらいました
村の人たちから咲夜と美鈴が
どんな反応受けるかちょっと
心配だなぁ。
そしてアリスと魔理沙はもしや...?
5.100名前が無い程度の能力削除
久々に楽しませて頂いている連載ものです。
1つ気になっているのが、偶にでてくるエクスクラメーションマークの乱立。
強調がぼやけてしまい、かわりにちょっとしつこい感じを受けてしまいます。
本当に好きな作品なので次回も楽しみにしております。
9.90名前が無い程度の能力削除
続き楽しみにしてます
10.100名前が無い程度の能力削除
追いついてしまった。続き楽しみです。