「さあやってきました『紅魔館大武道大会』 本日は曇天に恵まれ、すがすがしい吸血鬼日和となっております」
「曇りにしたのは私なんだけどね。しかも屋敷の周辺だけ」
「あん、パチュリー様。まだ紹介してないんですから勝手にしゃべらないでくださいよ」
「ならさっさと紹介してちょうだい」
「えー、では改めまして今大会の実況は幻想郷の良心ことわたくし『小悪魔』、
そして解説は紅魔館の物知りお姉さん『パチュリー・ノーレッジ』様でお送りします」
幻想郷縁起にもあるとおり、近年ここ紅魔館にはある目的を持った里の人間達が尋ねてくるようになった。
紅魔館の門番にして格闘技の達人『紅美鈴』と手合わせをすることを目的とした武芸者達である。
そして美鈴はやってきた全ての者に勝利した。
一歩里から出ればいつ妖怪の食料になってしまうかわからないこの幻想郷。
護身と健康のために武術をたしなむ者は実は意外と多い。
やがて、その噂を聞きつけ幻想郷各地から腕に覚えのある者たちが次々と紅魔館に集うようになった。
一度美鈴に敗れた者も、再び腕を磨いて再挑戦にやってきた。
ついでに見物人も集まった。
みな娯楽に飢えていたのである。
「ならお祭りにしちゃいましょう」
これに目を付けた紅魔館の主『レミリア・スカーレット』はこの騒ぎをイベント化してしまうことを提案。
かくして年に数回程度の間隔で紅魔館の庭では武道大会が開かれることとなり、回を追うごとに見物人の数も膨れ上がっていった。
美鈴vs全ての参加者。
あくまで一対一の戦いではあるが、普通なら不公平極まりない対戦方式である。
だがそれでも美鈴は連勝を重ね、大会は毎回大いに盛り上がった。
最初は庭の隅に白線で囲っただけだったリングは今や場所を変え、屋敷に隣接した広い土地に石畳を敷き詰めた立派な闘技場が完成している。
イベントがある日にはメイド達が総出で多数の屋台を出店し、紅魔やきそばなどとというB級グルメまで誕生した。
今やその売り上げは紅魔館の重要な収入源にすらなっている。
そして今日に至るのだった。
「さて、この大会のルールですが、空を飛ぶのと弾幕は禁止、相手を殺したりリングから落ちた場合は負けとなります」
「まあ挑戦者はほとんどが普通の人間ばかりだし、美鈴のためのハンデみたいなもんね」
「見事、現チャンピオンである美鈴さんを倒す猛者は現れるのか。目が離せませんね」
「これといって賞品が出るわけじゃないのによく毎回これだけ人が集まるものね」
「この大会では飛び入りでの参加も受け付けていますので、腕に覚えのある人は会場入り口の妖精メイドまでお願いします」
この日も里からは大勢の人たちが紅魔館につめかけていた。
正方形に作られた一辺が20メートルほどの闘技場。
その三方が観客席となっており、残る一方に関係者席と実況席。
さらに見物しに来た妖怪や神様のための賓客席が設けられている。
「それではこれより紅魔館大武道大会を開始いたします」
「前置きはいいからさっさと始めましょうよ」
「パチュリー様はせっかちですね。まずは主催者である当館の主、レミリア・スカーレット様より開会のお言葉です」
「どうせ毎回大したこと言わないんだからここ次回から省かない?」
「あの……そいうことはマイク入って無い時にお願いします……」
関係者席からゆっくりとした足取りでレミリア・スカーレットが闘技場の前に現れると、
それまで騒然としていた観客達は水を打ったように静まり返った。
よく訓練された観客達である。
「お嬢様、どうぞ」
メイド長の十六夜咲夜がうやうやしくマイクを差し出す。
それを受け取ったレミリアがジロリと会場内を一瞥すると、一言呟くように言った。
「なんかこの大会も飽きちゃったわね……」
――うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁこのくそがきゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!
先ほどとは別の意味で静まり返った会場内に何者かの怒声が響き、
屋台が並んだ方向から土煙を上げながら物凄い勢いで走ってくる一人の少女。
博麗霊夢である。
何故かその手にはフランクフルトが握られていた。
「な、なんで霊夢がここに……」
「申し訳ありませんお嬢様。大勢人が集まるのなら賽銭箱置かせろとか無茶を言ってきたもので……。
それはさすがにどうかと思ったので、代わりに屋台の一軒を任せて売り上げの何割かを渡すことに……」
「何をごちゃごちゃ言っとんのや~!」
手にしたフランクフルトを霊夢はおもむろにレミリアの口に突っ込んだ。
「ああっ! 霊夢のフランク太くて熱い!!」
「これから大会が始まって色々と盛り上がって屋台の売り上げも上がって私が儲かるって時に盛り下げるような事いってんじゃないわよ」
「ご、ごめんなさいごめんなさい」
「あんた責任者なんでしょ、ちゃんとしなさいよ。今度変なこと言ったら下の口にフランクぶち込んでそれをオークションするわよ!」
妖精程度なら殺せてしまいそうな凄まじい眼力で霊夢が凄む。
「そんな事をしてみなさい霊夢……」
霊夢とレミリアの間に、脇に控えて事の成り行きを見守っていた十六夜咲夜が割って入った。
「その時は私が全力で落札して見せる。……たとえ紅魔館の財政を傾けようとも!」
「いやいや、傾けちゃだめだから。私がんばって大人しく観戦してるから」
「はっ……私とした事が珍しく取り乱してしまいました」
「まったくもう……」
若干怒りが収まった様子で霊夢が自分の担当の屋台へと帰っていく。
その手にはレミリアの歯形が残ったフランクフルトをしっかりと持っていた。
「なにやら関係者席の方でトラブルがあった模様ですが」
「今のはレミィも悪いわ。ほっときましょう」
「そうですか、え~。それでは間もなく第一試合が始まります」
(あのフランクフルト売る気なのかしら……)
「美鈴。ちょっとこっちに来なさい」
「なんですかお嬢様。もう試合始まっちゃいますよ?」
いつもとは若干デザインの違う大会仕様のチャイナドレス(露出度15%増量)に身を包み、
闘技場に上がろうとしていた美鈴をレミリアが後ろから呼び止めた。
「あなた、さっきのちゃんと聞いてたわよね」
「え~っと、フランクフルトがどうとか……」
「……そこは忘れなさい……。この大会に私が飽きたってとこよ」
何故かスカートの前を抑えてもじもじするレミリア。
「いいこと美鈴。私じゃなくても大会がマンネリ化すればいずれ観客も飽きるわ」
「まあ、そうかもしれませんが……まさか八百長でもしろと?」
「んなわけないでしょ。紅魔館の名誉のためにも負けるのは死んでも駄目よ」
「ですよね」
死んだら結局勝てませんが、というツッコミをかろうじて飲みこんで美鈴は相槌を打つ。
「貴女の使命はただ一つ…………」
「大会を盛り上げるためになんか面白い勝ち方してちょうだい。これ命令だから」
とんでもない無茶振りである。
「さてやっと初戦が始まりますね、パチュリー様」
「……疲れちゃったからもう図書館戻っていいかしら?」
「んもう、まだ何もしてないじゃないですか。後ちょっとの辛抱です。ほんの2~3時間程度ですから」
「貴女は私に死ねというのね……」
「さあ、注目の初戦の相手は……おおっと、いきなりの有名人の登場ですよ!」
突然のお嬢様の無茶振りに、美鈴はどうしたもんかと普段あまり使わない頭を悩ませていた。
(面白い勝ち方…………ってなんだろう……)
目を閉じ、腕を組み、闘技場の中心に立つ美鈴の姿は、観客から見れば強者との対戦を待ちわびる頼もしい姿に見えたに違いない。
だが実際は、
(はっ。まさかお嬢様は私に歌って踊れる格闘家になれと……)
とっさに美鈴が思いつく面白い事などこの程度である。
(いやいや、それはさすがに無いか……ううむ……)
そんな美鈴の苦悩などお構いなしに対戦者が闘技場の上に上がってくると、会場は歓声に包まれた。
「おいおい、これから戦うってのに何考えてるんだ?」
「なんとぉ! 普通の魔法使い『霧雨魔理沙』の登場です」
「あきれた……何にでも首突っ込むやつね」
「話をややこしくすることにかけては幻想郷屈指の彼女ですが、この大会は弾幕禁止です。彼女は格闘なんて出来るんでしょうか?」
「鬼や天人の異変のときには格闘のまねごともしてたけど……さすがに無茶もいいところだわ」
「なるほど、魔理沙さんがどこまで健闘できるのか注目です」
「ま、まあもし怪我した場合には……私のベッドを貸してあげない事もないけど……」
「デレるのはマイクの入って無い時にしてもらえませんか」
なんだかんだといっても紅魔館の門番である美鈴は魔理沙と戦う機会がとても多い。
もちろんその理由は、魔理沙が無理矢理屋敷に侵入しようとするからである。
だが、あくまでもそれは弾幕ごっこでの話。
体術での戦いとなれば結果は目に見えている……はずだったのだが。
「ああっと! こ、これはなんということでしょう!」
実況席の小悪魔が思わず素っ頓狂な声を上げてしまったのも無理はない。
観客席の人々も、目の前で繰り広げられる予想外の展開にあっけにとられた様子である。
美鈴の華麗な連続攻撃。
だが、驚くことにそのことごとくを霧雨魔理沙はギリギリで回避していた。
「なんと!」
人間相手に妖怪である美鈴の腕力で本気を出せば、もちろん相手はタダでは済まない。
もちろん、人間にしてはかなりの強者の部類に入る魔理沙とて例外ではないだろう。
過去のほとんどの試合において、美鈴は牽制程度の軽い打撃で相手を場外負けに追い込んで勝利していた。
相手が人間の場合は決して全力で打たない事。
これは美鈴が自分自身に課した枷のようなものである。
当然この試合もそうする予定だった。
(お嬢様にはつまらない試合だったとまた叱られちゃうかもしれないけど、怪我でもさせたら後味が悪いし……)
だが実際は、美鈴の放つ拳は先程から空を切るばかりだった。
「なにやってんの美鈴! 殺してもいいから絶対勝ちなさい」
関係者席のレミリアが物騒な声援を送る。
「おいおい、それは反則だろ。そういうのは勘弁してくれよ」
「……見切られている……どうやら私の動きを研究してきたようですね」
「まあな、もっと驚いてもいいんだぜ」
美鈴が本気ではないとはいえ見事な物である。
(そういえば彼女は自称異変解決の専門家。回避するのは得意分野だったか……)
「十分驚いてますよ」
「そうか、なら驚いたついでに降参もしてくれると助かるんだが」
「なんでそうなるんですか」
「私のパンチが当たったところでお前さんにゃ大して効かないだろう? だから……」
闘技場の上で仁王立ちになった魔理沙が不敵な笑みを浮かべる。
「このまま私は延々と回避し続ける。するとどうなると思う?」
「どうなるんです?」
「とんでもなく地味な試合になってしまうぜ。レミリアの奴きっと物凄く怒るぞぉ」
先程のレミリアの無茶な要求を魔理沙もしっかりと聞いていたようだった。
「……え~っ……それは困ります」
どうやら魔理沙は正面から戦って勝つ気は無いらしい。
(逃げ回られるとやっかいね。まあそこまで長くスタミナが持つとは思えないけど……)
「ほれほれ、どうする」
「あなたはそういう取引みたいなことはしない正々堂々としたタイプだと思ってましたが」
「ああ、コソコソするのは性に合わないから正々堂々と小細工するぜ」
「なるほど……」
たしかにそれはとても魔理沙らしい。
思わず納得してしまった美鈴だったが、このまま本当に降参するわけにもいかない。
(ならば、アレをやってみるか……)
美鈴にだって大会に臨むにあたって秘策の一つも無いわけではなかった。
「……じゃあ私も正々堂々と小細工してみましょうか」
美鈴はいったん魔理沙から距離をとると、それまでとは大きく構えを変えた。
その豊かな胸を強調するかのように腕を組み、背筋を僅かに反らす。
およそ武術の構えとは思えないポーズ。
だが、その構えに魔理沙を始めこの会場にいる何人かは見覚えがあった事だろう。
「ん? どっかでみたことあるぜそれ……」
「いきます!」
美鈴が魔理沙に向かって距離を詰める。
だが、その動きは先程までとは明らかに違っていた。
「なんだぁっ?」
前かと思えば後ろへ、右かと思えば左へとトリッキーに動き回る美鈴。
先程まで美鈴の攻撃をかわしていた魔理沙だったが、今は明らかに動きについていけてない。
普段の美鈴は洗練された無駄のない直線的な動きが多かった。
その動きを研究してきたのが逆に仇となったのか、今の動きに完全に魔理沙は翻弄されている。
「ちっ」
苦し紛れに拳を振り回す魔理沙。だがその場所に美鈴の姿はない。
「ハッ!」
気合いと共に美鈴が手刀を連続で放った。
マシンガンのような超高速の突きが魔理沙の身体すれすれをかすめる。
それはまるで幾百もの鋭いナイフが飛んでくるのを連想させるような攻撃だった。
「ちょとまて。お前、それは咲……うわっ!」
最後まで言い終わらないうちに魔理沙は背中から派手に転倒する。
本人も気がつかないまま、いつのまにか魔理沙は闘技場の端まで追いつめられていたのだった。
「決着っ!! 魔理沙選手の場外負けです」
「美鈴選手は後半なんか見覚えのある動きをしてましたがどう思われますか? 解説のパチュリー様」
「むぅっ……あれはもしや『紅魔拳』……完成させていたのね……」
「なんですかそれ?」
「中国拳法の中には動物の動きを取り入れたものが数多くあるのを小悪魔は知っているかしら?」
「私は根っからのインドア派なのでそういうのはちょっとわかりませんが……」
「まあそういうのがあるらしいわ。で、さっき美鈴がやったのも原理は同じよ。
この紅魔館の住人達の動きを取り入れた拳法。それをあの子は独学で編み出した……半分以上暇つぶしの冗談でだけど」
「なるほど……じゃあやっぱりさっきのは咲夜さんをイメージしてたんですね」
「そう。あれが紅魔拳の一つ『十六夜拳』よ」
「魔理沙選手はかなり戸惑っていた様子でしたね」
「動きのリズムと緩急を急激に変化させることで、相手はまるで時間の流れがおかしくなったように感じたかもしれないわね」
「さすがは歩く民明書房と呼ばれたパチュリー様。なんでも知ってますね」
(まあ、名前はいまてきとーに考えたんだけど……)
「めーりん! 今のは中々面白い見世物だったわ」
「あー。ええと、お気に召していただいたようで、お嬢様」
闘技場を降りた美鈴にレミリアが声をかける。
試合前までよりも幾分か声が明るい。
美鈴はほっと胸を撫でおろした。
「パチェの解説の通りなら他の皆の拳法もあるのよね? ね? もちろん私のも」
「え、ええまあ……」
「なら他のも出し惜しみしないでちゃんと披露しなさい。そのほうが盛り上がるわ」
「は、はぁ……」
短い休憩を挟んで次の試合が始まった。
美鈴の次の対戦相手は、この大会常連の里にすむ女性格闘家。
初参加の時に敗北して以来、何故か美鈴の事を「お姉様」と呼び慕っているちょっとアレな性癖の持ち主である。
まだ少女といってもいい年齢であるが中々腕が立つと里では評判になっているらしい。
試合は先程とはまったく逆の展開になった。
休む間もなく攻め続ける少女の攻撃を、美鈴は闘技場の上をフワフワとした不思議な動きで避け続けていた。
突然の眠気にでも襲われたのか美鈴のまぶたは重そうに半分閉じ、構えを取るはずの腕はやる気が無さそうにだらんと垂れ下がっている。
まったくやる気というものが感じられない動き。
それにもかかわらず少女の攻撃は何故か空を切り続ける。
「……一応聞くけど、あれは……私じゃないわよね」
「いえ、どう見てもパチュリー様です。よく特徴をとらえてますね」
「…………私のはもっとこう……知性に満ち溢れて……」
「いつもだいたいあんな感じですよ」
やがて美鈴の対戦相手の少女は闘技場の上に力尽きたようにへたり込んだ。
スタミナが尽きたのか肩を大きく上下させている。
「ま、まいりました……」
さらに次の試合。
「あたい参上!」
「きゅっとして☆どっかーん」
次の挑戦者として現れた一人の頭の弱そうな妖精を、美鈴は『きゅっ』と首根っこを捕まえて『どかーん』と投げ捨てた。
美鈴の勝利である。
「パチュリー様……今のは妹様ですかね」
「……手抜きにもほどがあるわ。あれじゃあ『フラン拳』を名乗らせるわけにはいかないわね」
「口で言ってるだけですもんね」
「ふうっ……」
関係者席に戻った美鈴は大きく息をついた。
その後も数人の挑戦者との試合に勝利した美鈴。
これで事前にエントリーされていた対戦者との試合はすべて終了し、
あとは飛び入りの参加者が名乗りを上げなければ今大会はここまでである。
「めーりーん!」
テーブルの上には、いつの間にかアイスティーの入ったグラスが置かれていた。
置いたであろう人物に感謝しながらグラスを手に取ろうとした美鈴の前に、またもレミリアが駆け寄って来る。
「どうしましたお嬢様」
「どうもこうもないわよ。なんで私の『レミリア拳』は出さないの?」
「え……」
先程少し良くなったレミリアのご機嫌だったが、
いつまでたっても登場しない自分の名を冠した技が出てこないことでやや斜めになってきた様子である。
「ねえ? なんで使わないのよ!」
「あー、えーっとですね……」
「もしかして……無いの? レミリア拳……」
上目づかいに美鈴の顔を覗き込むレミリア。
メイド長でなくとも思わず抱きしめたくなるようなとても愛らしい仕草であったが、美鈴の額からは冷たい汗がダラダラと流れた。
「い、いえっそんな事は……」
「じゃあなんで?」
「あーっ…………そ、そう。お嬢様の技はいざという時のとっておきなんです」
とっさに美鈴は頭に浮かんだ言葉を並べる。
「なんといってもお嬢様の名を付けた最強の技ですから。そうそう簡単に出してしまっては紅魔館の名折れ!
そう、あれは真の強敵に出会った時にだけ使ってもいい、封印された恐ろしい技なのです……」
身振り手振りを交えて必死に取り繕う美鈴。
その言葉を聞いてレミリアの頬がわずかに紅潮している。
どうやらちょっとだけ機嫌が良くなったようである。
その様子に美鈴はホッと胸をなでおろした。
確かにレミリア拳は存在する。
だがあれは……。
あれだけは……。
これ以上はもう参加者も来なさそうだと誰もが思った頃。
会場の入り口である門の辺りが急にざわめきたつ声が美鈴の元にまで聞こえてきた。
「えー、ただ今入りました情報によりますと、飛び入りで新たな挑戦者が名乗りを上げた模様です!」
「私、もう帰って本読みたいんだけど……」
「もうちょっとだけ我慢してください。あ、挑戦者の資料が届きました……が……うわぁ……」
「どうしたの?」
「大変ですよパチュリー様。とんでもないのが来ちゃいました…………」
ざわめきはその人物を中心に大きくなり、会場中に広がった。
やがてモーセが海を割る伝説のごとく人波が左右に別れ、闘技場に向けて一本の真っ直ぐな道が生まれた。
その先に立つのは……。
「本日最後の挑戦者! 人間にも妖怪にもファン急増中。魔法の住職、超人『聖白蓮』だ~!!」
会場の熱狂は意外な人物の登場で最高潮に達した。
「聖白蓮さんといえば肉体強化の魔法を使うという話ですが、これは強敵と考えていいんでしょうか?」
「そうね、ただの力自慢なら美鈴の敵じゃないけど、出てきたからにはそれだけじゃないでしょうね」
「なるほど、ではゲストのナズーリンさん。白蓮選手はそこのところどうなんでしょう」
「ちょ、いきなりなんだねキミ達は。私は今からあそこの屋台でチーズ入りタコ焼きを……」
「都合よく関係者がいて助かったわね」
「こういうのは拉致というのだっ!」
闘技場に再び上がった美鈴。
一目見て、目の前に対峙する聖白蓮が只者ではない事を武術家としての経験と勘が告げていた。
試合開始の合図とともに、美鈴は地を蹴り一気に間合いを詰める。
美鈴は自分の感を信じ、一切手加減なしの全力で打ちこんだ。
並の人間なら受けただけで腕の骨が砕ける一撃である。
だが、その拳を白蓮は片手で捌き、すかさず反撃の突きを放つ。
今度は美鈴がそれを受けとめる番だった。
(……一撃が重い……。これはやっかいな……)
闘技場中央で激しく技を応酬する二人に観客達も息を飲む。
火花の出るような激しい打ち合い。
だがそれでいてお互いに効果的な一撃だけはギリギリで入れさせない。
二人の技量はほぼ互角だった。
「やりますね。さすがは噂に名高い紅魔の盾です」
「お褒めに預かり……そちらこそとても元人間だとは思えません……」
「ふ、さすが聖だ」
「これはすごい試合になりました。しかし白蓮選手があれほどの体術を身に着けていたとは意外です……」
「そうね、美鈴の動きにもちょっと似ているわ。あれも中国拳法なのかしら」
「うむ、あれこそが、聖が封印された千年の間に暇つぶしで編み出した『命蓮寺拳法』なのだよ」
「また胡散臭いものを……」
「ちなみにいま魔界では、ビ●ーズブートキャンプに代わる新たな美容と健康のエクササイズとして大ブームなのだ」
互角の攻防はそれほど長くは続かなかった。
いまや美鈴の表情には焦りの色が強く出ている。
白蓮の攻撃を幾度も受け続けていた美鈴の腕は、すでに悲鳴を上げていた。
技は互角でもパワーでは完全に聖白蓮の方が上回っている。
そして、互角の打ち合いにもついに変化が現れた。
焦りのあまりやや強引に蹴りを放った美鈴。
だが、その時出来た隙を白蓮は見のがさなかった。
「破ッ!」
白蓮の強烈な肘が美鈴の脇腹にクリーンヒット。
「!!!!!」
声にならない声を上げ、美鈴は闘技場の端まで吹っ飛ばされてしまう。
と、その美鈴の元へと小さな身体が駆け寄ってくる。
「メイリンッ!」
「お……お嬢様……みっともないところを見せてしまい申し訳……」
大勢の前で無様な姿をさらした事への罵声でも飛んでくるのかと美鈴は覚悟していたが、
予想に反して何故かレミリアの瞳はキラキラと眩しく輝いていた。
「美鈴! 今こそアレを使うときだわ」
「え?」
「聖白蓮……恐るべき使い手だわ。でも大丈夫、あなたにはまだ『レミリア拳』があるじゃない!」
レミリアが小さな拳を握りしめ、パタパタとせわしなく羽を動かす。
珍しく興奮しているようだ。
恐らく試合の内容ではなく別の何かに……。
「いや……あの……」
「あ・る・じゃ・な・い!」
「でもあれは……」
「あ・る・ん・で・しょ?」
「………………仕方ありません、お嬢様がそこまで言うのなら使いましょう……ですが」
こうなったらもう使うしかないのだと美鈴は心の中で溜息をついた。
使わなければ白蓮に負ける前に、しびれを切らせた自分の主人に殺されかねない。
「お嬢様、一つ約束してください……」
美鈴はレミリアの目を見て静かに語りかけた。
「これからどんな恐ろしい事が起こったとしても……私の事を嫌いにならないでくださいね……」
「美鈴……起こってしまうのね? とても恐ろしい事が! 幻想の王の名を冠するにふさわしい恐怖が……」
「ええ……」
見つめ合う主と従者。
ちなみに白蓮は、このやり取りを少し離れてニコニコと見守っていた。
こういうときには攻撃してはいけないというお約束をきちんと理解しているのは流石である。
ゆっくりと立ち上がり対戦者に向き合う美鈴。
その何かを覚悟したような美鈴の目を見て、白蓮は再び気を引き締めるように構えをとった。
「面白い……そのレミリア拳とやら、誠に謎で興味津々であるッ! いざ南無三!!」
物凄い勢いで突進する白蓮。
美鈴が今立っているのは闘技場の端ギリギリの位置。
この一撃で勝負が決まってしまうのでは? と、観ている者誰もがそう思った時だった。
美鈴が自分の頭を両手で抱え、おもむろにその場にしゃがみこんだ。
「うーーーーーーーーーーーーーっ☆」
会場がしんと静まり返る。
遠くでフランクフルトの焼ける「ジューッ」という音が小さく聞こえた。
「え? え? あの……美鈴さん?」
白蓮は困惑した。
美鈴は頭を抱えたまま身体を小さく丸め、さらにはプルプルと小刻みに震えている。
いったい目の前で何が起きているのかわからず、白蓮はキョロキョロと辺りを見回した。
これでは、まるで自分がいじめをしているようではないか。
実況席に座るナズーリンを見つけた白蓮は、助けを求めるように視線を送った。
だが、何が起きたのかわからないのはこの小さな賢将も同じである。
思わずナズーリンは白蓮から視線をそらしてしまった。
まだ紅魔館との交流が浅い命蓮寺の者達は知らないのだ。
これが俗にいうカリスマガードと呼ばれる状態であることを……。
「ええと……美鈴さん……大丈夫ですか? どこか痛いんですか?」
恐る恐る美鈴に触れようと手を伸ばす白蓮。
先程まで美鈴と互角以上の戦いを繰り広げていた人物とは思えないほどの動揺ぶりである。
だが、その瞬間。
いきなり美鈴が立ち上がり、胸の前で両手をわきわきとさせ叫んだ。
「ぎゃお―! たーべちゃうぞー!!」
「…………………………ほぇ?」
(いまだ!)
キュピーン! と美鈴の瞳が光を放つ。
「おおっとぉ、美鈴選手のドロップキックが聖白蓮選手の顔面に炸裂! 場外までふっとばした~!」
「うまいこと隙をついた大技が決まったわねえ」
「ちょっと待ちたまえ。なんなのだ今のは! 反則じゃぁないのか!?」
「えー、ただいま美鈴選手が繰り出した『レミリア拳』ですが、パチュリー様、あれはどういう……」
「俗に『セクシーコマンドー』と呼ばれる格闘技の技ね。いつの間にか幻想入りしてたのね」
「なるほど、わからない人はお兄さんかお姉さんに聞いてくださいということですね」
「納得いってたまるかー!」
文々。新聞 号外
『幻想郷に新たな名物?』
先日開催された紅魔館大武道大会において、
紅美鈴選手が繰り出した技に強いインスピレーションを受けたという、
香霖堂店主「森近霖之助」氏のプロデュースによる新商品が発売されることが発表された。
外界の品物を売っている事で有名な香霖堂であるが、オリジナル商品の開発は初めてだという。
紅魔館の主『レミリア』氏と大会優勝者『紅美鈴』氏の両者に関係した商品だという事であるが、
まだ詳しい内容は明らかにされておらず、今後の展開に目が離せない。
「うーっ☆」
「た~べちゃ~うぞ~!」
今日も人里に子供達の笑い声が響く。
「ほらほら、レミリアちゃんごっこはいい加減にして席につきなさい。授業はじめるぞ」
子供たちの微笑ましい様子に苦笑しながらも、上白沢慧音は生徒達に着席を促した。
「せんせー。レミリアちゃんじゃなくて『れみりん』ちゃんだよ」
「おお、そうなのか。せんせー最近の流行には疎くてなあ」
「そんなこと言ってるとオバちゃんになっちゃうよ先生」
「なんだと~。こいつぅ」
子供たちが笑う。
慧音も一緒になって笑う。
善哉。善哉。
今日も幻想郷は平和だった。
・
・
・
・
・
・
「……なんでこうなった……」
レミリアは一人自室で頭を抱えていた。
聖白蓮相手に美鈴が放ったレミリア拳は、一瞬で観客の心を鷲づかみにした。
いろんな意味で。
そして大会後、レミリア拳ごっこが里の子供達を中心に大流行したのである。
さらには、香霖堂プロデュースにて美鈴の服をレミリアに着せた『れみりんちゃん』なるキャラクターが誕生。
各種グッズも好調な売り上げを見せ、ブームに拍車をかける結果となったのだった。
『レミリア』+『めいりん』で『れみりん』
非常に安易なネーミングである。
モデルであるレミリア・スカーレットの名は幻想郷中に鳴り響いたが、それに反比例してカリスマは下がる一方であった。
「お嬢様、紅茶が入りましたわ」
「……ありがとう、咲夜」
レミリアの前に愛用のティーカップを並べる十六夜咲夜。
――ガチャッ。
いつもの咲夜ならば、食器を並べるときに決して大きな物音など立てるようなことは無い。
だが今日の彼女は、まるで新人メイドのような手際の悪さであった。
「ねえ咲夜……片手でお茶を入れるのはさすがに不便じゃないかしら?」
「大丈夫ですわお嬢様。すぐに慣れます」
レミリアの皮肉も咲夜はまったく意に介していない様子である。
「咲夜……あなたがその腕に抱いている物が何か聞いてもいいかしら……」
「アリス作による完全受注限定生産の『れみりんちゃんモフモフぬいぐるみ』ですが何か?」
「……………………」
「うふふ……おかしなお嬢様っ」
(おかしいのはお前の頭だ……)
なぜ実物が目の前にいるというのに、ぬいぐるみなどにそこまで夢中になれるのかレミリアには理解不能だった。
ここ数日、頼りのメイド長までこの調子である。
「くっ、だいたいあの道具屋め……本人に承諾もなく勝手な商売始めて……」
「まったくです。新しいグッズが発売したら、まずお嬢様のマネージャーである私のところに1ダースも持ってくるのが礼儀というもの」
咲夜は悔しそうにギュッとぬいぐるみを抱きしめた。
「おかげで全部自腹で買うはめに!」
「買うな!! というか、全ての元凶の美鈴はどこ行ったのよ! 門の前にはいないようだけど」
「美鈴なら命蓮寺から招待が来たので出かけています。今日は縁日があるらしいです」
まだ建立されてから間もない命蓮寺では、皆に早く慣れ親しんでもらうためなのか、割と頻繁に様々な行事が行われていた。
「なんでもこの間のが評判になったので紅魔拳の演武をするとか……」
「させないでよ! とめなさいよ! なんで誰も止めないのよ。うわぁぁぁぁぁぁん!!」
今日も約一名を除いて幻想郷は平和だった。
ビリーズブートキャンプは幻想郷入りしたか・・・一瞬でブーム終わったからしかたないかな。白蓮強すぎw
めーりんが楽しそうで何よりです。
オチと言い、なむさんと言い、期待通りで嬉しかったです。
格闘でなむさんは外せませんよね。
ああ、将来のお二人のお子様ですね
だがしかし100を入れさせていただく……
フラン拳にシュタインを付けたくなるのはきっとみんな同じ
あぁ、ゲフンゲフン。
作品全体に対する感想としては面白かったの一言ですね。
冒頭から博麗銭ゲバ拳炸裂までのくだりはテンポ良し、ノリ良しで文句なし。
ただバトルシーンに入ってからはその勢いが若干停滞気味になった印象。
特にラスボス戦はもう一、二段テンションのギアを上げて描写されていると嬉しかったかも。
美鈴が紅魔館メンバーのモーションを取り入れて拳法を展開するアイデアがとても秀逸だっただけに、ちょっと残念な気が。
レミ様は終始可愛らしかった。オチへの持って行き方はスマートな感じがして好きです。
心残りといえば、美鈴のフランケンシュタイナー発動を目撃できなかったことでしょうか。
あとはカリスマガードからの寂海王的な流れとか? てのは冗談ですけどね。
コチドリ様誤字指摘感謝です。
2様 35様 まあレミリアを最後にしたらオチはバレバレですねw
6様 本家マサルさん並のハイレベルな技名が思いつきませんでしたw
12様 ほんとだ気がつかなかったw
コチドリ様 寂海王的な流れは頭をよぎりましたけど流石に避けましたw
あと『れみりん』グッズをなんでもいいからください。お願いします。
懐かしいww
おぜう様的にはレミリア拳はあれで良かったのだろうか……w
おぜう様も飽きてきたみたいだし、次回の紅魔館大武道大会は妖怪も交えての美鈴vsその他全員の格闘戦にすればいいんではなかろうか(ただし門番は過労でry
で、1ダースいくらだ?