Coolier - 新生・東方創想話

空気調整機

2009/04/17 21:46:09
最終更新
サイズ
9.65KB
ページ数
1
閲覧数
541
評価数
1/19
POINT
590
Rate
6.15

分類タグ


 人里の昼下がり、アリス=マーガトロイドは人形劇を披露していた。
 アリスの人形劇はいつも盛況だったが、その日に限って観客はまばらであった。
 それを少し疑問に思わないわけではなかったが、アリスは意に介さなかった。
 演じる人形のみならず、楽器を演奏する人形も在る(または居る)その劇はクライマックスを迎えつつあった。
 「ちょっと失礼するが」 上白沢慧音がアリスに呼びかけるが、アリスは気づかない。
 「あの、もしもし」 アリスは無我夢中で装演している。
 「もしもしったら!」 慧音が大声を出した。
 「えっ、何か用?」 ようやくアリスが気づいた。
 「取り込み中のところ失礼だが、今日そこの家で不幸があってな、葬儀が済むまで、そういう催しは控えてくれないか?」
 「どうして? 葬式の日に人形劇をやると縁起が悪いとでも言うの?」
 「いや、みんなが故人をしのぶ日に、そういう明るすぎるイベントはどうかと思う」
 「あら、送られる人だって、みんなの泣き顔よりは楽しそうな顔を見ながら逝けた方が幸せじゃないかしら?」
 「一理あるが、その、場違いだと言っている人もいるんだ、少し配慮していただけると嬉しいのだが」
 「分かったわ、今日は取りやめにしましょう」
 そうは言ってもアリスは腑に落ちなかった、せっかく丹精こめて人形を作り、ストーリーもそれなりに練って劇を作ったのに、葬式だからってそれをやめろというのは何故か。これなら劇がつまらないと言われるほうがましだった。でも里の人々といざこざを起こすのも馬鹿らしいと思ったので譲歩する事にした。舞台をたたみ、人形たちと一緒に帰る支度をする。
 「悪い奴ではないんだが、もう少し空気を読んでくれると有難いのに……」
  慧音はため息をついた。この前もアリスの人形をちょっと触らせて欲しいと言っただけで、人形の歴史や作り方や操り方などの薀蓄をえんえんと聞かされたのだ。非常に熱く。









 次の日の同じ里、昨日アリスの興行が行われていた一角で、詐欺の常習犯と名高い兎の耳を生やした少女、因幡てゐはなにやら怪しげな色の野菜の説明に熱中している。そんな彼女を不安そうに見守るのはもう一人の兎耳の少女、鈴仙・優曇華院・イナバであった。
 「わが永遠亭の庭で取れた超高級人参、料理によし、お菓子によし、お酒にしてもよし。早くしないと売れちゃうよ」
 「おい詐欺兎。どうせ二束三文の雑草かなんかだろ」 一人の男が野次を飛ばした。周りがどっと笑う。
 「さ、詐欺兎!」 てゐの顔が真っ赤になる。
 「図星だろ」
 「ぷぷっ」
 「あーっ、いま鈴仙ちゃんも笑ったな」
  知らんぷりをする鈴仙を見て、まあいいか、と一言つぶやき、てゐは再び営業スマイルで、ポケットに隠し持った懐中時計のような機械のダイヤルを回す。すると急に場の雰囲気が変わり、人々の意見が変化していく。
 「まあこういうのもアリじゃねえか」
 「この兎っ子は絶対詐欺師なんかじゃないな」
 「おい騙されんなよ。体にいいって言ったって、せいぜいプラシーボ効果とかに決まってる」
 野次を飛ばしていた男が聴衆に反論する。
 「こんな小さい子が必死で物を売ろうとしてるんだ。きっといろいろ事情があるに違いない、それをお前は詐欺師呼ばわりするのか」
 「大の男が女の子を犯罪者呼ばわりするなんて!」
 野次を飛ばしていた男はなおも反論しようとするが、次第に黙ってしまう。
 「俺は、ただ、みんなに……」
  その様子を見て得意げになったてゐはさらにダイヤルを回す。
 「きっと体にいい人参なんだろう、買ってあげようよ」 ある別の男が財布を取り出した。皆がうんうんとうなずく。
 「まあ、ためしに一本なら買ってやらんでもない」 野次を飛ばしていた男もついに折れた。 
 (計画通りウサ。それにしてもこの『空気調整機』、相当使えるウサ)
 てゐはポケットの懐中時計のような形と大きさをした機械に目をやった。永遠亭の蔵を物色、いや掃除していたら偶然見つけたものだ。
 なぜか周囲の人間の感覚に作用し、ある種の同調圧力を作ってしまう代物である。人を自在に操れるわけではないが、その場で目立つもの、話題になっているものに対し、賛成しないとマズイ、あるいは、否定しないとマズイ、といった雰囲気を作り出せてしまえるのだ。誰が作り、いかなる経緯で永遠亭の蔵にあったのかは知らないが、てゐの口先三寸とこの機械で、どんな取引も成功してしまうだろう。
 空気調整機の効果で場は鷹揚な雰囲気になった。正確には『鷹揚に振舞えない奴はダサい』という空気である。
 心が緩めば、財布の紐も緩む。多少ふっかけても買う者が現れるだろう。
  「その人参じゃなくて、お前の持っている懐中時計が欲しいな」 聴衆の中にいた霧雨魔理沙が手を上げた。
 「これだけで売ってくれるならだけどな」 魔理沙が手にしていたお金は小額だった。
 「ああいいよ~、今日は特別サービス」 てゐはあっさりそれを承諾し、機械を売り渡してしまった。
 この空気調整機は、使用者自身にも影響が及ぶという致命的欠陥があった。
 魔理沙が機械を持ち帰り、その効果範囲から自分が外れると、てゐは地団駄を踏んで悔しがったという。
 波長を操る能力のある鈴仙はただ一人、機械の影響から逃れることができた。だが怪しげな物を売りつけているてゐにはいい薬だと思い、あえて助け舟を出さなかった。
 てゐの商売のせいで永遠亭の置き薬のイメージも悪くなりかねないのだ。
 掘り出し物を得た魔理沙は霊夢へみせびらかそうと神社へ向かう。

 







 少し遅れて、アリスも博麗神社に遊びに来た。
 博麗霊夢と霧雨魔理沙は、どこかアンニュイな気分でゆったりと昼下がりを過ごしている。
 「アリス? いらっしゃい、お茶でも飲んでく?」
 「やあアリス、相変わらず辛気臭そうだな」
  何気にひどいことを言う魔理沙だが、アリスを気の置けない相手とみなしている証なのかも知れない。
 アリスは二人と一緒に縁側に座ってお茶を楽しむ。魔理沙が懐中時計のような機械を取り出して二人に見せた。
 「どうだ、綺麗な装飾だろ、永遠亭の兎から買ったんだ」
 「また胡散臭いものでもつかまされたんじゃないの?」 と霊夢。
 「まあ、針は動いてないが、綺麗なんだから良いじゃないか」 
 「素直に損したといいなさいよ」 また霊夢。
 「そのうち直すよ、河童もいるしな」
 魔理沙は機械の時計なら竜頭にあたる部分をいじった。
 機械のから、なんとなく霧のような、魔力のようなものが神社を包んだようにアリスには見えた。
 「ところで魔理沙、私が貸した道具とか本とか、ちゃんと返しなさいよ」
 魔理沙はアリスがこういっても適当にはぐらかしたり、死んだら返すなどと居直られたりする。駄目でもともとと思って言ってはずだった。
 「ああ、ちゃんと返すぜ」 
 魔理沙はいつになくおどおどしながら言う。アリスは違和感を感じた。
 (これはひょっとして、この機械の能力? じゃあ……)
 「魔理沙、今度貴方が入手した水晶玉、私に貸して頂戴、貴方が死ぬまで」
 試しに言ってみた。魔理沙はどう答えるだろうか。
 「ええ? あれは私がようやく手に入れた逸品だぜ」 魔理沙はさすがに困った顔をした。
 「魔理沙、アリスは友達でしょ、貸してあげなさいよ」 霊夢が魔理沙を肘で軽くつついた。
 「貴方の水晶玉、人間であり続けようとする貴方よりも、完全な魔法使いである私が使うほうが有意義だわ」
 「あんた、アリスにも散々迷惑掛けてるでしょ」
 魔理沙がその水晶玉を手に入れるのにどれほど骨を折ったか、アリスは知っている。
 だから本気でそれを取り上げる気はなかった。
 しかしここでアリスに水晶玉を貸さないと人間関係がギクシャクする、和が保てない、だから空気を読んでアリスに貸せ。という同調圧力が形成されたようだ。
 いつもは強気の魔理沙が縮こまっている。普段魔理沙に振り回されがちとはいえ、さすがに痛々しかった。
 魔理沙が進退窮まり、竜頭を無意識にいじった。
 再び空気が変化する。
 「どうしても取られたくないというのなら、今すぐここで死になさい」 
 もちろん、軽い意地悪のつもりで言っただけだが……。
 「わかった、あばよ」
 魔理沙は自分のスペルカードをこめかみに当て、弾幕を開放しようとする。
 「バカ!」 即刻人形を操ってカードをひったくり、魔理沙を取り押さえた。
 魔力が神社の屋根に穴を開けた。
 「話せ、私なんて生きてても……」
 「アレは冗談よ、だれも水晶玉を取り上げたりしないわ」
 魔理沙と取っ組み合いしながら、霊夢の方へ視線を向けると…….
  「私も死のう、どうして巫女なんかやってるんだろう、今ので踏ん切りがついたわ」
 今まさに首を吊る寸前だった。この短時間でその縄と踏み台はどうやって調達したのか。
 などと心の中でツッコミを入れている場合ではない。
 弾幕で縄を焼き切り、二人を催眠魔法で眠らせようとするが、こんなときに限ってうまくいかない。
 人形操作と弾幕以外の魔法にはいくらかブランクがあった。
  (元凶はあの機械)
 魔理沙がアリスを思い切り突き飛ばし、彼女は壁にぶつけられた。
 自殺志願者の二人は、それぞれ包丁を手に取った。
 「魔理沙、一緒に死にましょう。」
 「おお霊夢、地獄に落ちても一緒だぜ」
 「さあ、アリスも逝こ」
 「あんた達、いったい何を」
 霊夢が放った無数の護符がアリスを包み込み。
 アリスは立った姿勢のまま拘束された。
 「まずはアリスから……」
 包丁を持った二人が迫る。
 「ちょっと、嫌よ。みんな考え直して」
 「友達がみんなで逝こうとしてるのよ、空気読みなさいよ」
 (私を友達と……いやいや、喜んでいる場合か!)
 もう一刻の猶予もない。
 アリスはかすかに動く右足のかかとに魔力を集中させる。
 機械は偶然にも右足のすぐ傍にあった。魔理沙と揉み合った時に落ちたのだ。
 「と……踏符、アリストンピング!」 
 思い切り踏んづけた。
 機械は畳を貫通し、地面にぶつかり一瞬で粉々になる。
 目に見えない霧が晴れた。
 二人は包丁を取り落とし、われに帰る。
 「あれ……私なんで死にたかったんだろ?」
 「アリス、お前が助けてくれたのか」
 二人とも、憑き物が落ちたようなぼうっとした顔で、アリスの方を見つめている。
 








 気を取り直して、三人はお茶の時間を再開した。
 「それで、アリスがその機械を壊して助けてくれたというわけね」
 霊夢が淹れ直したお茶をちゃぶ台に置いた。
 「あの時、何故だか知らないが、死ななくちゃならないような空気に支配されてたんだ。今でも信じられないぜ」 魔理沙は青ざめた顔でその時を思い起こした。
 「今度ばかりは、あんたの空気読めなさに救われたってわけね」 落ち着きを取り戻した霊夢がお茶をすすって言う。
 二人はアリスに感謝していた、感謝の意を表さなければならない、という同調圧力ではない。
 「よく考えれば、アリス自身は空気に支配されなかったんだろ。周囲の空気を自在に操れて、お前だけは何の影響もないなんて、それで幻想郷を支配できたかもしれないぜ」
  確かに、もしあの機械の原理を知ることができれば、アリスは幻想郷の支配者になれるかも知れない。
 もともと『空気など読まぬ・退かぬ・省みぬ』の筆頭であるあの二人でさえその影響に逆らえなかったのだ。これが普通の人間や妖怪だったら。しかし……。
 「……アホらし」
 アリスはそうつぶやいてお茶を飲み干した。
 絶対的な支配など不可能だし、それができると舞い上がった者たちが何をしてきたか。
 誰かを傷つける事無しに、人生を楽しめるならそれでいいのだ。

 幻想郷最大の危機が、地味に起こり、地味に回避された一日であった。
 のちにこの事を聞いた慧音は
 『当たり前だが、いろいろな個性があったほうがいいんだよ。でもえんえんと薀蓄を聞かされるのは勘弁な』
 と言っていたとか。

 名無しさんへ
 一行目で誤字があるのに気づきませんでした、見直したはずなのに、すみません。
とらねこ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.510簡易評価
6.80名前が無い程度の能力削除
空気の読めるアリスもかわいいけど
読めないアリスもかわいいよね!

>人里の昼下がり、アリス=がマーガトロイドは人形劇を披露していた。
初っ端から誤字というのが残念