- 前作までのあらすじ -
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分の抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
結局月給1円のまま、20万円貯金を目指す生活を余儀なくされた。
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
永遠亭。
天に浮かぶ満月を仰いで、輝夜は悲しみを歌っていた。
氷を奏でる琴の如き澱まぬ声が夜空に響き渡り、音を忘れた涼やかな風を揺らしてゆく。
心濡らす涙の紡ぎ出す儚き旋律が、彩りを失った庭の草木を色めき立たせる。
その歌に、誰もが心を奪われる。
歌詞さえ聴かなければ。
「 し~ごと~ し~ごと~
と~っても マゾいのね
そぉ~よ 働いたら
負~けなのよ~♪ 」
ごてっという物音に輝夜が振り返ると、そこにはずっこけた鈴仙の姿があった。
「あらイナバ、そんな所で何してるの?」
「姫様・・・何ですかその歌・・・」
「労働者の悲哀を歌った歌よ。働けど働けど、なお我が貯金たまらざりって感じ」
労働者を語る程の仕事をしてないでしょうが、という声は鈴仙の喉元で止まった。
そんな事よりも、手に持ってきたビラを差し出す。
「姫様、これ見て下さいよ。村の掲示板に貼ってあったんです」
「え~、仕事の掛け持ち?それは妹紅に許可をもらわないと・・・」
「なんちゃって仕事の雇い主に許可を取ろうなんて、意外と律儀ですね・・・。まあ、仕事って程のものじゃないですよ。まずは読んでみて下さい」
鈴仙は輝夜の目の前にビラを広げた。
「ん、何かの大会の参加者募集ビラ?どれどれ・・・『ツッコミマイスター・早苗がお送りする、大ボケさんいらっしゃい大会』・・・?」
輝夜はビラを丸めてくずかごに投げた。
「ちょっ、何するんですか!ちゃんと見たんですか!?」
「見たわよ、何よ『大ボケさんいらっしゃい』って!」
「でも賞金20万円ですよ!?」
「に、にじゅ・・・」
そこまで見ていなかった。
賞金20万円・・・もらえれば一気にマッサージチェアだ。
くずかごに拾いに行こうとする・・・が、やっぱりやめた。
「でも大ボケ大会でしょ?私にはとても・・・」
その時、ひよる輝夜の両肩を鈴仙ががっしと掴んだ。
「姫様、大丈夫です!姫様は天然ボケです!」
「なッ・・・!」
「ド天然です!!」
「ド・・・?」
「ドド天然です!!!」
「人をそんなアザラシの親戚みたいに・・・」
輝夜は迷った。
自分が天然ボケとは思えない。「輝夜さんはインテリ系美人だね」とよく言われる。
きっと鈴仙が希望を持たせようとして気休めを言っているだけだろう。
しかし、何かの間違いで自分が優勝すれば一気にマッサージチェアだ。
参加して損する事はない。チャレンジあるのみか・・・。
でもその前に一つだけ、どうしても確認しておかなければならない事がある。
輝夜は鈴仙の両肩を掴み返した。
「イナバ、一つだけ正直に答えて」
「はい、何でしょう」
「私のことをバカにして言ってるんじゃないわよね?」
「・・・滅相もない」
目を逸らして口ごもりながらも鈴仙が答えると、輝夜の決意は固まった。
「よしイナバ、私ボケるわ!ボケてボケまくってやるわ!!!」
一方、守矢神社。
こちらでは早苗が同じビラを手に持って、ドタドタ走っていた。
縁側で涼んでいる諏訪子を見つけると、バッとビラを床に置いてみせる。
「諏訪子様!諏訪子様でしょう、こんなビラを勝手にばらまいたのは!!」
「ああ、そうそう。いいでしょそれ」
諏訪子は悪びれる様子もない。
「言いたいことは色々あるんですが、まず第一に・・・『ツッコミマイスター・早苗』って何ですか!どこの早苗さんですか、そんな話を引き受けた奇特な人は!」
「おめーだよ」
「ですよね・・・って、誰がツッコミマイスターですか!!」
「おめーだよ」
「ああ、はいはい・・・聞いた私がバカでした。じゃあ次、賞金20万円って何ですか!そんなお金誰が出してくれるんですか!」
「おめーだよ?」
「えっ、それも私ですか?」
一応財布の中身を確認するが・・・見るだけ虚しい。
20万円を出すには虎の子の貯金を崩すしかなさそうだ。
「・・・そんな余裕ありません!!」
「そりゃ先行投資だよ。神社だってたまにはこれくらいの人寄せしなきゃあ、生き残れないね」
早苗は頭を抱えた。
「神社の賽銭収入で20万円を償却するのがどれだけ大変だと思って・・・」
「まあ、アレなら『授賞該当者無し』で逃げ切ってもいいんじゃん?」
「そりゃ詐欺ですよ。それこそ信仰を失くしますよ?・・・はぁ、もういいです。守矢神社の名でビラを配ってる以上やらない訳にはいきませんから、赤字覚悟でやりますよ・・・」
・・・「やりますよ」?
早まった自分の言葉に自分でびっくりする早苗。
問題は賞金の話だけではないのだ。
もう一度諏訪子に食い下がる。
「私、ツッコミなんてできません!!」
「・・・いつもやってんじゃん」
「それは幻想郷の方々が余りにもまともじゃないから仕方なく・・・」
「『仕方なくツッコんでるんです』ってか?」
グッと言葉に詰まる早苗。顔を赤くしながらもまだ反論を続けた。
「ち、違います!!誤った言葉や概念を口にする人達に正論を示しているだけです!」
「節子、それツッコミや!!」
「私はあんなオカッパじゃありません!!」
「・・・」
「・・・」
沈黙。
ただ諏訪子がやたらニヤニヤしている。
その顔を見て早苗はハッと気がついた。
・・・しまった・・・ついツッコんでしまった。
「私は節子じゃありません」ならまだしも、軽く変化球までかけてしまっている。
「さすがです、マイスター!」
「うぅ・・・不覚・・・」
確かに「ツッコミ」と呼ばれても仕方のない言動を取ることはある。
しかしそれは日常会話の一コマとして行っているだけだ。
「大ボケさんいらっしゃい大会」を銘打つとなれば、ちゃんとしたプロの「ツッコミ」でなければなるまい。
・・・そんなのできる訳ない・・・。
大勢の前で大恥をかいたらどうしよう。
そんな早苗の不安も虚しく、大会当日はすぐにやって来た。
大ボケさんいらっしゃい大会当日。
大会はもちろん、守矢神社の境内で行われた。
諏訪子が河童に依頼して作らせた特設ステージは無駄に豪華で、叩けばいくらでも仕掛けが出てきそうだ。
そのステージ上では、白熱した大ボケ争いが繰り広げられていた。
「私のヘビをそんな風に使わないで下さい!!」
早苗がチルノの頭をハリセンで思いっきり叩いたところで、ブザーが鳴った。
「そこまで!!以上、エントリーナンバー9番、チルノさんでした!皆様盛大な拍手を!」
メイン司会を務める諏訪子の合図で幕が降りると、早苗は息を切らせて、膝を落とし両手をついた。
諏訪子の方は随分と満足そうだ。
「うんうん、いい感じにツッコんでるねぇ。さすがマイスター」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。諏訪子様・・・これって出場者は一人ずつボケっぱなしで済みますけど、それらのツッコミが全部私一人ってキツすぎませんか・・・」
「まーまー、次で最後だから。ホラ立って、次の挑戦者入れるよ。次の方~。エントリーナンバー10番の蓬莱山輝夜さ~ん!」
「まだ一人残ってるの・・・?もうお家に帰りたいよぉ・・・」
諏訪子に呼ばれた輝夜はチルノと入れ替わりに舞台へ上がったが、へたり込んだまま泣きそうになっている早苗の姿を見て何だか可哀想になってきた。
こんなにツッコミ疲れている人に対して、自分はこれからボケなければならない。輝夜の良心が痛んだ。
永琳も、そんな死人にむち打つ様な真似をして手に入れた賞金でマッサージチェアをもらっても、きっと嬉しくないだろう。
せっかく背中を後押ししてくれた鈴仙には悪いが、この大会は捨てよう。
輝夜はにっこり笑って、早苗に手を差し伸べた。
「早苗ちゃん、頑張って立って。私、ボケないから」
「・・・えっ?」
「誓うわ。競技中、私は一回もボケない。だからあなたは、黙って立っているだけでいいのよ」
「輝夜さん・・・いいんですか?」
「いいのよ。私元々、ボケるのは苦手だもの。この大会だってダメ元で。だから必死にボケたって、きっと優勝なんてできっこないもの」
「・・・ありがとうございます・・・!」
早苗が輝夜の手を取って立ち上がる美しい光景を諏訪子はつまらなさそうに横目で見ていた。
「わざとボケない・・・ねぇ。まあいいけど。んじゃ幕開けるよ」
ボケる気のない輝夜と安心しきった早苗がスタンバイ完了し、大会最後の幕が開く。
あなたは黙って立っているだけでいい。
輝夜の言葉は、早苗の心に残って強い安心感となっていた。
「それでは最後の挑戦者、エントリーナンバー10番、蓬莱山輝夜さんです。はじめ!」
諏訪子が開始の鐘を鳴らした。
が、輝夜は口を開いたまま止まっている。
確かにボケてはいないが、これは・・・。
黙っていればいいと言われていた早苗だったが、我慢できなくなって声をかけた。
「あの・・・喋らないんですか・・・?」
輝夜が口を開いたまま顔だけ早苗に向ける。
・・・何か怖い。
「あのさ・・・この大会って何をすればいいの?」
「えっ・・・」
その時、ほんの少し早苗の頭を掠めた考えがある。
もしかしたら、輝夜は「大ボケさん」と言うより「おバカさん」なのかも知れない。
ここまで来ておいて大会の趣旨を理解していなかったと言うのか。もしそうならチルノ以下だ。
「ボケればいいんです」と言いたいところだが、早苗の口からそれを言ったら負けであろう。
「と、とにかく何か喋って下さい!」
「えっ・・・えと・・・こんにちわ」
「・・・。こんにちわ」
「・・・」
「・・・」
そしてまた二人とも黙り込む。
客席もシーンとしてしまっている。
諏訪子のけろけろ笑う声がステージの袖から聞こえてくるばかりだ。
・・・ツボらしい。決め手は早苗が困っている所か。
しばらくして、輝夜が口を開けた。
今度は開けるだけではなさそうだ。ようやく何か喋りだしてくれる。
早苗の心拍数が少し下がった。
「ねぇ、早苗ちゃん」
「はい」
「何かボケて」
早苗の心拍数が無くなった。
「・・・・・・はあァっ!?」
何を言っているのか分からなかった。
字面通り捉えれば、輝夜は早苗に向かって「ボケろ」と言っている可能性が高い。
その目的など、細かい事は分からない。
ただ一つだけ分かった事がある。
この人はバカなんだ。
それが分かった所で早苗が冷静さを取り戻すはずもないのだが。
「私が!?ボケる!?できる訳ないでしょう!!」
「えっ、何で?ツッコませるのは可哀想だから、ボケを回してあげようと思って・・・」
「おかしいでしょう!私はツッコミ専門です!!」
その瞬間、早苗は背筋にゾクッとするものを感じた。
ちらりと横を向くと、諏訪子が舞台袖でニヤニヤしている姿が見えるではないか。
(早苗、ついにツッコミだと認めたね)
・・・しまった・・・公衆の面前で「ツッコミ専門」と言い切ってしまった。
こんなステージに立っている時点でもうツッコミだと認めている様なものだが、自らの口からそれを言わない事によって、ギリギリで認めていないという体裁を保っていたのに。
しかし今はその事よりも目の前のファンタズムバカを何とかしなければ、今度は公衆の面前でボケさせられてしまう。
それだけは絶対阻止だ。
「と、とにかくボケなんてできません!」
「そうなの?それは早苗ちゃんが『ツッコミマイスター』だから?」
「そ、それは・・・」
今度はそっちを攻めてくるのか。
開幕前には神様の様に見えていた輝夜の姿が、今は鬼にしか見えない。
それにしても諏訪子から感じる期待混じりの視線が痛い。
(言っちゃいなよ!『私はツッコミマイスターです』って言っちゃいなよ!!)
(言わないもん。言ってたまるか)
早苗はまず深呼吸をした。
ツッコんではダメだ。
ゆっくり、じっくり、順序を追って説明しよう。
輝夜の年齢は億単位だと聞いたことがあるが、3歳児にも分かるように話そう。
「それは、大ボケさんいらっしゃい大会の出場者があなただからです。私は出場者ではないから、ボケないのです」
「そっかぁ・・・じゃあやっぱり、早苗ちゃんにはツッコミしかないんだね」
「いや、それとこれとは・・・」
「よし、それなら私がボケるから、早苗ちゃんは面白おかしくツッコんで!!」
「えっ、ちょっと待っ・・・」
「サギをするウサギ!なんちゃって!!」
( はい、いいでしょう。まずは落ち着きましょう。
百歩譲ってそのギリギリアウトのダジャレは認めるとしましょう。
「なんちゃって」発言も、まあ聞かなかった事にします。
その「どや顔」は何ですか?
そのクオリティで何故その顔ができるのですか?
そしてその後どうしてそんなに瞳をキラキラと輝かせて私を見つめるのですか?
これから私が何かすごいツッコミを披露する、みたいな期待の瞳は何なんですか?
・・・無理ですよ?
もし私が本当にツッコミマイスターだったとしても、それは無理ですよ?
仮にいけたとしても、そんな甘えたアウトレットのダジャレ単発ぶっぱにツッコミを入れる程私は寛大じゃありませんよ?
よし、決めた。
1回言っとこう。
どうせ言っても無駄だし、わざわざ言うまいと思っていたけど。
これだけは言っておかないと、きっと一生後悔する。 )
「あの、すみません。・・・あなたは、バカなんですか?」
言ってやった。
輝夜がポカンとしている。
それだけで早苗は胸の空く思いがした。
「あ、なんでやねんっ!」
「・・・ボケているのではありません」
「えっ、私が?バカ?どこが?」
「どこって、どこもかしこも」
「ああ、そういうこと。ふぅん、早苗ちゃんもそうなんだ。へぇ」
「・・・・・・何ですか?」
いきなり輝夜がカッと目を見開き、今までの2倍くらいの速度で喋り始めた。
「早苗ちゃんも学歴厨なんでしょ!私が『ぴょんぴょん大学』卒だからってバカにしてるんでしょ!!」
「ぴょ・・・ぴょんぴょん大学・・・?」
「言っておくけどね、混乱極まるこの現代社会、学歴なんて関係ないのよ!!」
「私は別に学歴の話は特に・・・」
「ええそうよ、ぴょんぴょん大学卒なんて嘘よ!だから何!?学歴があったら偉いの?履歴書がそんなに大事!?」
「え、嘘なんですか?でも学歴詐称なんて『学歴があったら偉い』って思っている人のやる事では・・・まあいいですけど」
「それに『輝夜さんはインテリ系美人だね』ってよく言われるのよ!!」
「誰ですかそんないい加減な事を言ったのは・・・あ、いや、お綺麗だとは思いますよ?」
「私だってね、入ろうと思えばぴょんぴょん大学にだって入れたのよ?入れるだけの成績はあったのよ?」
「自慢してますけど、さっきの『ぴょんぴょん大学卒だからってバカにしてるんでしょ』発言のせいでぴょんぴょん大学の学力もお察しですね」
「細かい事はいいの!入れば入れた事が大切なの!・・・でもほら、大学に入ろうと思ったら高校を出なきゃいけないじゃない」
「大学には入れるけど高校に入れないって言うんじゃないでしょうね」
「高校に入る為には中学に入らなきゃいけないでしょ?」
「そこまで行くと義務教育なんですが・・・まさかそれもすっぽかしちゃってるんですか?」
「中学に入る為には小学校に通わなきゃいけないのよ!」
「だからそれがどうかしたんですか」
「どうしたって・・・小学校に行ったら給食に出てくるニンジンを食べなきゃいけないじゃない!そんなの耐えられると思う!?」
「えっ・・・・・・話が見えないんですが、輝夜さんはニンジンが嫌いという事ですか?」
「当たり前じゃない!私が何のためにあれだけの数のウサギを飼っていると思っているの?」
「聞きたくありませんが・・・何でですか?」
「永琳がいつも『お残しは許しまへんで!』って言うからよ!理不尽だと思わない!?そりゃウサギを飼って密かに食べさせるしかないじゃない!!」
「・・・ついに滅茶苦茶言い出しましたね」
「そんな訳で、私はニンジンを食べられないから大学に行かなかっただけで、本当は頭が良いのよ」
「完全に頭悪い子の発言ですけどね」
「まあそれくらい学歴なんて必要ないのよ」
「輝夜さんが勝手に学歴を軽んじまくってるっていう事はよく分かりました」
「だから早苗ちゃん、いくら私の履歴書で誕生の次が現在だからって、私の事をバカ呼ばわりするなんて間違っているわ」
「言えば言うほどバカ丸出しになってますよ?」
ここで一旦落ち着いた。
だが輝夜はまだ涙目だ。
「ふぅ・・・。早苗ちゃん、やるわね・・・クールな私をここまで熱くさせるなんて」
「ほとんど自爆じゃないですか」
「それで、」
輝夜が袖で涙を拭いながら再び口を開いた。
「この大会って何をすればいいの?」
「帰れ!!!!!」
早苗が輝夜の頭をハリセンで思いっきり叩いたところで、ブザーが鳴った。
「そこまで!!以上、エントリーナンバー10番、蓬莱山輝夜さんでした!皆様盛大な拍手を!」
「いったぁい!!何で叩くのよ!!」
輝夜の話はまだ終わっていなかった様だが、無情にも諏訪子の合図で幕が降りていく。
大会が終わった守矢神社。
麦茶3杯を一気に飲み干した後、部屋の隅で小さく三角座りしたまま動かなくなってしまった早苗。
諏訪子が気にして声をかける。
「早苗ー、どしたー?」
早苗が顔を上げて諏訪子に向けた。
泣いてはいないが、かなり暗い表情だ。
「諏訪子様のせいですよ・・・だから私にツッコミなんてできないってあれほど・・・」
嫌々とは言え「ツッコミマイスター」の看板をぶら下げて出て行ったのに、輝夜に振り回されっぱなしだったのがショックだったようだ。
公衆の面前だったから余計に恥ずかしかったのだろう。
少しは気の毒に思ったのか、諏訪子が早苗の肩を叩いた。
「早苗、気にしなくてもいいよ。いきなり上手くなんていかないさ。こうやって失敗を重ねて、立派な本物のツッコミマイスターになればいいよ」
「諏訪子様・・・。・・・ん?」
何かおかしい。
早苗は諏訪子から今かけられた言葉と、自分の気持ちを注意深く照合した。
「私はツッコミマイスターになりたいんじゃありません!!!」
必死の形相で手を振りほどく早苗を見て、諏訪子はけろけろ笑う。
「あれぇ~。ツッコミが上手くいかなくて落ち込んでるってのは、そういう事じゃないの~?」
「違います!私は・・・私は・・・!!」
「自分の気持ちと向き合えないようじゃ、神様としてはまだまだだね。そこらの聖者だってそれくらいやってのけるよ。良い機会だからじっくり考えてみなよ」
諏訪子がけろけろ笑いをこだまさせながら早苗の部屋を後にした。
「私は幻想郷で唯一まともなだけ・・・ツッコミじゃない・・・ツッコミじゃない・・・ツッコミじゃない・・・」
山の神様からの有り難い啓示に、早苗の三角座りは更に小さくなった。
永遠亭。
新品のマッサージチェアに揺られながら、永琳が涙を拭っていた。
「姫、ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」
「いいのよ永琳。数え切れない程の歳月を私に捧げてくれたあなたに、私から初めて贈るささやかなお礼。足りなくて恥ずかしいくらいだわ」
そう言いながらも、輝夜の笑みは得意気だ。
鈴仙も嬉しそうに、永琳に大会の様子を語る。
「ねぇお師匠様、姫様ってば凄かったんですよ!見事なボケっぷりで、私もう腹筋が壊れちゃうかと思いました」
「確かに面白かったわね。早苗さんもよく捌いていたと思うわ」
「えっ?お師匠様も会場にいたんですか?」
「ええ。人が集まる場所を観察するのは、後々役に立つ事があるのよ。でもまさか、姫が出てくるとは思わなかったけどね」
「なんだ、じゃあ声をかけてくれれば良かったのに。姫様のボケは切れ味が違ったでしょ?優勝して当然ですよね!」
「そうね。でも一部に、とても笑えない発言があってね・・・」
にこやかだった永琳の顔が、一変して怖くなった。
「あ・・・あれ?永琳?・・・どーしちゃったのかな・・・?さすがにこの話は美談で終わらせようよ。ね?」
「そうはいきません。姫、今晩のご飯に出てきたニンジン・・・どうしました?」
「そ、それはいつもの通り・・・」
「ウサギに食べさせた・・・ですか?」
頭の良い輝夜にとっても、これは完全に計算外だった。
永琳がまさかあの大会を聞きに来ていたとは。
ニンジンをこっそりウサギに与えている話を聞いていたとは。
「おかしいとは思っていたんですよ。あれだけニンジン嫌いだった姫が、地上に住むようになってから文句一つ言わなくなって・・・。まさかウサギに食べさせていたなんてね・・・」
「違う!誤解よ永琳!あれは大会に優勝するためのネタよ!!」
「ではニンジンを食べてみて下さい。いつも食べているのでしょう、簡単ですよね?・・・さあ。今。ここで。すぐに!!」
いつから準備していたのだろう。
永琳は既にその手にニンジンを用意している。
まさか・・・生で丸かじりしろと言うのか・・・。
「あっ!UFOだ!」
「あれはヤモリです」
「嫌・・・嫌よ、食べないわよ・・・食べたら死ぬのよ!!」
「一度死ぬくらいで食べられるなら、食べて下さい。毎日死亡と蘇生を繰り返して頂いても、私は一向に構いません」
永琳がマッサージチェアから立って、一歩輝夜ににじり寄った。
輝夜は一歩後ずさる。
と、その時誰かが輝夜を羽交い締めにした。
「イナバ・・・!あなたどっちの味方なの!!」
「私は常に、強い者の味方です」
「ひ、卑怯者!!」
背後の逃げ場を失った輝夜の前に、不気味な笑みを浮かべた永琳が立ちはだかる。
「さぁ姫、あ~んして下さい。マッサージチェアの次は、姫様が笑顔でニンジンを食べる姿を私にプレゼントして下さいましな」
「い・・・いやああああぁぁぁぁっ・・・!!」
翌朝。
朝食の目玉焼きの横には、寸胴のニンジンスティックがしっかり添えられている。
「うえぇ・・・やっぱりまじゅいよぉ・・・」
輝夜は半泣きになりながら、もしゃもしゃニンジンを食べていた。
鈴仙が輝夜のコップにオレンジジュースを注ぎながら、呆れ顔でその様子を見ている。
「全く・・・何が『食べたら死ぬ』ですか。食べれば食べられるじゃないですか」
「イーナーバー・・・あの時のあなたの反逆は忘れないわよ」
鈴仙を睨む輝夜の顔は、ニンジンの不味さと相まってより一層恨めしさが際だっている。
「反逆だなんて人聞きの悪い。ニンジンは体に良いんですよ?姫様のお体の事を想えばこそです」
「ニンジンなんか体に良い訳ないじゃない!!イナバいい?人の味覚というのは良く出来ていて、体に有害な物をまずく感じるように・・・」
「はい出来ました。ピーマンの肉詰め追加です」
「やぁん」
輝夜は大ボケさんいらっしゃい大会に見事優勝して、その賞金でマッサージチェアを買うことに成功した。
だが永琳が次に欲しがっている『輝夜が笑顔でニンジンを食べる姿』をプレゼントするには、相当の時間がかかりそうだ。
了
いつも世話になっている永琳に20万円のマッサージチェアをプレゼントするために、妹紅に雇われて毎日飲む味噌汁の塩分を増やすという自分の抹殺業務に就いた輝夜。
しかしその月給は1円。あまりのマゾさに嫌気がさした輝夜はてゐに師事して詐欺を習得しようとするも、永琳にばれて逆に大目玉を喰らい水泡に帰す。
結局月給1円のまま、20万円貯金を目指す生活を余儀なくされた。
↑これだけ分かっていれば、前作を読む必要はありません
永遠亭。
天に浮かぶ満月を仰いで、輝夜は悲しみを歌っていた。
氷を奏でる琴の如き澱まぬ声が夜空に響き渡り、音を忘れた涼やかな風を揺らしてゆく。
心濡らす涙の紡ぎ出す儚き旋律が、彩りを失った庭の草木を色めき立たせる。
その歌に、誰もが心を奪われる。
歌詞さえ聴かなければ。
「 し~ごと~ し~ごと~
と~っても マゾいのね
そぉ~よ 働いたら
負~けなのよ~♪ 」
ごてっという物音に輝夜が振り返ると、そこにはずっこけた鈴仙の姿があった。
「あらイナバ、そんな所で何してるの?」
「姫様・・・何ですかその歌・・・」
「労働者の悲哀を歌った歌よ。働けど働けど、なお我が貯金たまらざりって感じ」
労働者を語る程の仕事をしてないでしょうが、という声は鈴仙の喉元で止まった。
そんな事よりも、手に持ってきたビラを差し出す。
「姫様、これ見て下さいよ。村の掲示板に貼ってあったんです」
「え~、仕事の掛け持ち?それは妹紅に許可をもらわないと・・・」
「なんちゃって仕事の雇い主に許可を取ろうなんて、意外と律儀ですね・・・。まあ、仕事って程のものじゃないですよ。まずは読んでみて下さい」
鈴仙は輝夜の目の前にビラを広げた。
「ん、何かの大会の参加者募集ビラ?どれどれ・・・『ツッコミマイスター・早苗がお送りする、大ボケさんいらっしゃい大会』・・・?」
輝夜はビラを丸めてくずかごに投げた。
「ちょっ、何するんですか!ちゃんと見たんですか!?」
「見たわよ、何よ『大ボケさんいらっしゃい』って!」
「でも賞金20万円ですよ!?」
「に、にじゅ・・・」
そこまで見ていなかった。
賞金20万円・・・もらえれば一気にマッサージチェアだ。
くずかごに拾いに行こうとする・・・が、やっぱりやめた。
「でも大ボケ大会でしょ?私にはとても・・・」
その時、ひよる輝夜の両肩を鈴仙ががっしと掴んだ。
「姫様、大丈夫です!姫様は天然ボケです!」
「なッ・・・!」
「ド天然です!!」
「ド・・・?」
「ドド天然です!!!」
「人をそんなアザラシの親戚みたいに・・・」
輝夜は迷った。
自分が天然ボケとは思えない。「輝夜さんはインテリ系美人だね」とよく言われる。
きっと鈴仙が希望を持たせようとして気休めを言っているだけだろう。
しかし、何かの間違いで自分が優勝すれば一気にマッサージチェアだ。
参加して損する事はない。チャレンジあるのみか・・・。
でもその前に一つだけ、どうしても確認しておかなければならない事がある。
輝夜は鈴仙の両肩を掴み返した。
「イナバ、一つだけ正直に答えて」
「はい、何でしょう」
「私のことをバカにして言ってるんじゃないわよね?」
「・・・滅相もない」
目を逸らして口ごもりながらも鈴仙が答えると、輝夜の決意は固まった。
「よしイナバ、私ボケるわ!ボケてボケまくってやるわ!!!」
一方、守矢神社。
こちらでは早苗が同じビラを手に持って、ドタドタ走っていた。
縁側で涼んでいる諏訪子を見つけると、バッとビラを床に置いてみせる。
「諏訪子様!諏訪子様でしょう、こんなビラを勝手にばらまいたのは!!」
「ああ、そうそう。いいでしょそれ」
諏訪子は悪びれる様子もない。
「言いたいことは色々あるんですが、まず第一に・・・『ツッコミマイスター・早苗』って何ですか!どこの早苗さんですか、そんな話を引き受けた奇特な人は!」
「おめーだよ」
「ですよね・・・って、誰がツッコミマイスターですか!!」
「おめーだよ」
「ああ、はいはい・・・聞いた私がバカでした。じゃあ次、賞金20万円って何ですか!そんなお金誰が出してくれるんですか!」
「おめーだよ?」
「えっ、それも私ですか?」
一応財布の中身を確認するが・・・見るだけ虚しい。
20万円を出すには虎の子の貯金を崩すしかなさそうだ。
「・・・そんな余裕ありません!!」
「そりゃ先行投資だよ。神社だってたまにはこれくらいの人寄せしなきゃあ、生き残れないね」
早苗は頭を抱えた。
「神社の賽銭収入で20万円を償却するのがどれだけ大変だと思って・・・」
「まあ、アレなら『授賞該当者無し』で逃げ切ってもいいんじゃん?」
「そりゃ詐欺ですよ。それこそ信仰を失くしますよ?・・・はぁ、もういいです。守矢神社の名でビラを配ってる以上やらない訳にはいきませんから、赤字覚悟でやりますよ・・・」
・・・「やりますよ」?
早まった自分の言葉に自分でびっくりする早苗。
問題は賞金の話だけではないのだ。
もう一度諏訪子に食い下がる。
「私、ツッコミなんてできません!!」
「・・・いつもやってんじゃん」
「それは幻想郷の方々が余りにもまともじゃないから仕方なく・・・」
「『仕方なくツッコんでるんです』ってか?」
グッと言葉に詰まる早苗。顔を赤くしながらもまだ反論を続けた。
「ち、違います!!誤った言葉や概念を口にする人達に正論を示しているだけです!」
「節子、それツッコミや!!」
「私はあんなオカッパじゃありません!!」
「・・・」
「・・・」
沈黙。
ただ諏訪子がやたらニヤニヤしている。
その顔を見て早苗はハッと気がついた。
・・・しまった・・・ついツッコんでしまった。
「私は節子じゃありません」ならまだしも、軽く変化球までかけてしまっている。
「さすがです、マイスター!」
「うぅ・・・不覚・・・」
確かに「ツッコミ」と呼ばれても仕方のない言動を取ることはある。
しかしそれは日常会話の一コマとして行っているだけだ。
「大ボケさんいらっしゃい大会」を銘打つとなれば、ちゃんとしたプロの「ツッコミ」でなければなるまい。
・・・そんなのできる訳ない・・・。
大勢の前で大恥をかいたらどうしよう。
そんな早苗の不安も虚しく、大会当日はすぐにやって来た。
大ボケさんいらっしゃい大会当日。
大会はもちろん、守矢神社の境内で行われた。
諏訪子が河童に依頼して作らせた特設ステージは無駄に豪華で、叩けばいくらでも仕掛けが出てきそうだ。
そのステージ上では、白熱した大ボケ争いが繰り広げられていた。
「私のヘビをそんな風に使わないで下さい!!」
早苗がチルノの頭をハリセンで思いっきり叩いたところで、ブザーが鳴った。
「そこまで!!以上、エントリーナンバー9番、チルノさんでした!皆様盛大な拍手を!」
メイン司会を務める諏訪子の合図で幕が降りると、早苗は息を切らせて、膝を落とし両手をついた。
諏訪子の方は随分と満足そうだ。
「うんうん、いい感じにツッコんでるねぇ。さすがマイスター」
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。諏訪子様・・・これって出場者は一人ずつボケっぱなしで済みますけど、それらのツッコミが全部私一人ってキツすぎませんか・・・」
「まーまー、次で最後だから。ホラ立って、次の挑戦者入れるよ。次の方~。エントリーナンバー10番の蓬莱山輝夜さ~ん!」
「まだ一人残ってるの・・・?もうお家に帰りたいよぉ・・・」
諏訪子に呼ばれた輝夜はチルノと入れ替わりに舞台へ上がったが、へたり込んだまま泣きそうになっている早苗の姿を見て何だか可哀想になってきた。
こんなにツッコミ疲れている人に対して、自分はこれからボケなければならない。輝夜の良心が痛んだ。
永琳も、そんな死人にむち打つ様な真似をして手に入れた賞金でマッサージチェアをもらっても、きっと嬉しくないだろう。
せっかく背中を後押ししてくれた鈴仙には悪いが、この大会は捨てよう。
輝夜はにっこり笑って、早苗に手を差し伸べた。
「早苗ちゃん、頑張って立って。私、ボケないから」
「・・・えっ?」
「誓うわ。競技中、私は一回もボケない。だからあなたは、黙って立っているだけでいいのよ」
「輝夜さん・・・いいんですか?」
「いいのよ。私元々、ボケるのは苦手だもの。この大会だってダメ元で。だから必死にボケたって、きっと優勝なんてできっこないもの」
「・・・ありがとうございます・・・!」
早苗が輝夜の手を取って立ち上がる美しい光景を諏訪子はつまらなさそうに横目で見ていた。
「わざとボケない・・・ねぇ。まあいいけど。んじゃ幕開けるよ」
ボケる気のない輝夜と安心しきった早苗がスタンバイ完了し、大会最後の幕が開く。
あなたは黙って立っているだけでいい。
輝夜の言葉は、早苗の心に残って強い安心感となっていた。
「それでは最後の挑戦者、エントリーナンバー10番、蓬莱山輝夜さんです。はじめ!」
諏訪子が開始の鐘を鳴らした。
が、輝夜は口を開いたまま止まっている。
確かにボケてはいないが、これは・・・。
黙っていればいいと言われていた早苗だったが、我慢できなくなって声をかけた。
「あの・・・喋らないんですか・・・?」
輝夜が口を開いたまま顔だけ早苗に向ける。
・・・何か怖い。
「あのさ・・・この大会って何をすればいいの?」
「えっ・・・」
その時、ほんの少し早苗の頭を掠めた考えがある。
もしかしたら、輝夜は「大ボケさん」と言うより「おバカさん」なのかも知れない。
ここまで来ておいて大会の趣旨を理解していなかったと言うのか。もしそうならチルノ以下だ。
「ボケればいいんです」と言いたいところだが、早苗の口からそれを言ったら負けであろう。
「と、とにかく何か喋って下さい!」
「えっ・・・えと・・・こんにちわ」
「・・・。こんにちわ」
「・・・」
「・・・」
そしてまた二人とも黙り込む。
客席もシーンとしてしまっている。
諏訪子のけろけろ笑う声がステージの袖から聞こえてくるばかりだ。
・・・ツボらしい。決め手は早苗が困っている所か。
しばらくして、輝夜が口を開けた。
今度は開けるだけではなさそうだ。ようやく何か喋りだしてくれる。
早苗の心拍数が少し下がった。
「ねぇ、早苗ちゃん」
「はい」
「何かボケて」
早苗の心拍数が無くなった。
「・・・・・・はあァっ!?」
何を言っているのか分からなかった。
字面通り捉えれば、輝夜は早苗に向かって「ボケろ」と言っている可能性が高い。
その目的など、細かい事は分からない。
ただ一つだけ分かった事がある。
この人はバカなんだ。
それが分かった所で早苗が冷静さを取り戻すはずもないのだが。
「私が!?ボケる!?できる訳ないでしょう!!」
「えっ、何で?ツッコませるのは可哀想だから、ボケを回してあげようと思って・・・」
「おかしいでしょう!私はツッコミ専門です!!」
その瞬間、早苗は背筋にゾクッとするものを感じた。
ちらりと横を向くと、諏訪子が舞台袖でニヤニヤしている姿が見えるではないか。
(早苗、ついにツッコミだと認めたね)
・・・しまった・・・公衆の面前で「ツッコミ専門」と言い切ってしまった。
こんなステージに立っている時点でもうツッコミだと認めている様なものだが、自らの口からそれを言わない事によって、ギリギリで認めていないという体裁を保っていたのに。
しかし今はその事よりも目の前のファンタズムバカを何とかしなければ、今度は公衆の面前でボケさせられてしまう。
それだけは絶対阻止だ。
「と、とにかくボケなんてできません!」
「そうなの?それは早苗ちゃんが『ツッコミマイスター』だから?」
「そ、それは・・・」
今度はそっちを攻めてくるのか。
開幕前には神様の様に見えていた輝夜の姿が、今は鬼にしか見えない。
それにしても諏訪子から感じる期待混じりの視線が痛い。
(言っちゃいなよ!『私はツッコミマイスターです』って言っちゃいなよ!!)
(言わないもん。言ってたまるか)
早苗はまず深呼吸をした。
ツッコんではダメだ。
ゆっくり、じっくり、順序を追って説明しよう。
輝夜の年齢は億単位だと聞いたことがあるが、3歳児にも分かるように話そう。
「それは、大ボケさんいらっしゃい大会の出場者があなただからです。私は出場者ではないから、ボケないのです」
「そっかぁ・・・じゃあやっぱり、早苗ちゃんにはツッコミしかないんだね」
「いや、それとこれとは・・・」
「よし、それなら私がボケるから、早苗ちゃんは面白おかしくツッコんで!!」
「えっ、ちょっと待っ・・・」
「サギをするウサギ!なんちゃって!!」
( はい、いいでしょう。まずは落ち着きましょう。
百歩譲ってそのギリギリアウトのダジャレは認めるとしましょう。
「なんちゃって」発言も、まあ聞かなかった事にします。
その「どや顔」は何ですか?
そのクオリティで何故その顔ができるのですか?
そしてその後どうしてそんなに瞳をキラキラと輝かせて私を見つめるのですか?
これから私が何かすごいツッコミを披露する、みたいな期待の瞳は何なんですか?
・・・無理ですよ?
もし私が本当にツッコミマイスターだったとしても、それは無理ですよ?
仮にいけたとしても、そんな甘えたアウトレットのダジャレ単発ぶっぱにツッコミを入れる程私は寛大じゃありませんよ?
よし、決めた。
1回言っとこう。
どうせ言っても無駄だし、わざわざ言うまいと思っていたけど。
これだけは言っておかないと、きっと一生後悔する。 )
「あの、すみません。・・・あなたは、バカなんですか?」
言ってやった。
輝夜がポカンとしている。
それだけで早苗は胸の空く思いがした。
「あ、なんでやねんっ!」
「・・・ボケているのではありません」
「えっ、私が?バカ?どこが?」
「どこって、どこもかしこも」
「ああ、そういうこと。ふぅん、早苗ちゃんもそうなんだ。へぇ」
「・・・・・・何ですか?」
いきなり輝夜がカッと目を見開き、今までの2倍くらいの速度で喋り始めた。
「早苗ちゃんも学歴厨なんでしょ!私が『ぴょんぴょん大学』卒だからってバカにしてるんでしょ!!」
「ぴょ・・・ぴょんぴょん大学・・・?」
「言っておくけどね、混乱極まるこの現代社会、学歴なんて関係ないのよ!!」
「私は別に学歴の話は特に・・・」
「ええそうよ、ぴょんぴょん大学卒なんて嘘よ!だから何!?学歴があったら偉いの?履歴書がそんなに大事!?」
「え、嘘なんですか?でも学歴詐称なんて『学歴があったら偉い』って思っている人のやる事では・・・まあいいですけど」
「それに『輝夜さんはインテリ系美人だね』ってよく言われるのよ!!」
「誰ですかそんないい加減な事を言ったのは・・・あ、いや、お綺麗だとは思いますよ?」
「私だってね、入ろうと思えばぴょんぴょん大学にだって入れたのよ?入れるだけの成績はあったのよ?」
「自慢してますけど、さっきの『ぴょんぴょん大学卒だからってバカにしてるんでしょ』発言のせいでぴょんぴょん大学の学力もお察しですね」
「細かい事はいいの!入れば入れた事が大切なの!・・・でもほら、大学に入ろうと思ったら高校を出なきゃいけないじゃない」
「大学には入れるけど高校に入れないって言うんじゃないでしょうね」
「高校に入る為には中学に入らなきゃいけないでしょ?」
「そこまで行くと義務教育なんですが・・・まさかそれもすっぽかしちゃってるんですか?」
「中学に入る為には小学校に通わなきゃいけないのよ!」
「だからそれがどうかしたんですか」
「どうしたって・・・小学校に行ったら給食に出てくるニンジンを食べなきゃいけないじゃない!そんなの耐えられると思う!?」
「えっ・・・・・・話が見えないんですが、輝夜さんはニンジンが嫌いという事ですか?」
「当たり前じゃない!私が何のためにあれだけの数のウサギを飼っていると思っているの?」
「聞きたくありませんが・・・何でですか?」
「永琳がいつも『お残しは許しまへんで!』って言うからよ!理不尽だと思わない!?そりゃウサギを飼って密かに食べさせるしかないじゃない!!」
「・・・ついに滅茶苦茶言い出しましたね」
「そんな訳で、私はニンジンを食べられないから大学に行かなかっただけで、本当は頭が良いのよ」
「完全に頭悪い子の発言ですけどね」
「まあそれくらい学歴なんて必要ないのよ」
「輝夜さんが勝手に学歴を軽んじまくってるっていう事はよく分かりました」
「だから早苗ちゃん、いくら私の履歴書で誕生の次が現在だからって、私の事をバカ呼ばわりするなんて間違っているわ」
「言えば言うほどバカ丸出しになってますよ?」
ここで一旦落ち着いた。
だが輝夜はまだ涙目だ。
「ふぅ・・・。早苗ちゃん、やるわね・・・クールな私をここまで熱くさせるなんて」
「ほとんど自爆じゃないですか」
「それで、」
輝夜が袖で涙を拭いながら再び口を開いた。
「この大会って何をすればいいの?」
「帰れ!!!!!」
早苗が輝夜の頭をハリセンで思いっきり叩いたところで、ブザーが鳴った。
「そこまで!!以上、エントリーナンバー10番、蓬莱山輝夜さんでした!皆様盛大な拍手を!」
「いったぁい!!何で叩くのよ!!」
輝夜の話はまだ終わっていなかった様だが、無情にも諏訪子の合図で幕が降りていく。
大会が終わった守矢神社。
麦茶3杯を一気に飲み干した後、部屋の隅で小さく三角座りしたまま動かなくなってしまった早苗。
諏訪子が気にして声をかける。
「早苗ー、どしたー?」
早苗が顔を上げて諏訪子に向けた。
泣いてはいないが、かなり暗い表情だ。
「諏訪子様のせいですよ・・・だから私にツッコミなんてできないってあれほど・・・」
嫌々とは言え「ツッコミマイスター」の看板をぶら下げて出て行ったのに、輝夜に振り回されっぱなしだったのがショックだったようだ。
公衆の面前だったから余計に恥ずかしかったのだろう。
少しは気の毒に思ったのか、諏訪子が早苗の肩を叩いた。
「早苗、気にしなくてもいいよ。いきなり上手くなんていかないさ。こうやって失敗を重ねて、立派な本物のツッコミマイスターになればいいよ」
「諏訪子様・・・。・・・ん?」
何かおかしい。
早苗は諏訪子から今かけられた言葉と、自分の気持ちを注意深く照合した。
「私はツッコミマイスターになりたいんじゃありません!!!」
必死の形相で手を振りほどく早苗を見て、諏訪子はけろけろ笑う。
「あれぇ~。ツッコミが上手くいかなくて落ち込んでるってのは、そういう事じゃないの~?」
「違います!私は・・・私は・・・!!」
「自分の気持ちと向き合えないようじゃ、神様としてはまだまだだね。そこらの聖者だってそれくらいやってのけるよ。良い機会だからじっくり考えてみなよ」
諏訪子がけろけろ笑いをこだまさせながら早苗の部屋を後にした。
「私は幻想郷で唯一まともなだけ・・・ツッコミじゃない・・・ツッコミじゃない・・・ツッコミじゃない・・・」
山の神様からの有り難い啓示に、早苗の三角座りは更に小さくなった。
永遠亭。
新品のマッサージチェアに揺られながら、永琳が涙を拭っていた。
「姫、ありがとうございます・・・ありがとうございます・・・」
「いいのよ永琳。数え切れない程の歳月を私に捧げてくれたあなたに、私から初めて贈るささやかなお礼。足りなくて恥ずかしいくらいだわ」
そう言いながらも、輝夜の笑みは得意気だ。
鈴仙も嬉しそうに、永琳に大会の様子を語る。
「ねぇお師匠様、姫様ってば凄かったんですよ!見事なボケっぷりで、私もう腹筋が壊れちゃうかと思いました」
「確かに面白かったわね。早苗さんもよく捌いていたと思うわ」
「えっ?お師匠様も会場にいたんですか?」
「ええ。人が集まる場所を観察するのは、後々役に立つ事があるのよ。でもまさか、姫が出てくるとは思わなかったけどね」
「なんだ、じゃあ声をかけてくれれば良かったのに。姫様のボケは切れ味が違ったでしょ?優勝して当然ですよね!」
「そうね。でも一部に、とても笑えない発言があってね・・・」
にこやかだった永琳の顔が、一変して怖くなった。
「あ・・・あれ?永琳?・・・どーしちゃったのかな・・・?さすがにこの話は美談で終わらせようよ。ね?」
「そうはいきません。姫、今晩のご飯に出てきたニンジン・・・どうしました?」
「そ、それはいつもの通り・・・」
「ウサギに食べさせた・・・ですか?」
頭の良い輝夜にとっても、これは完全に計算外だった。
永琳がまさかあの大会を聞きに来ていたとは。
ニンジンをこっそりウサギに与えている話を聞いていたとは。
「おかしいとは思っていたんですよ。あれだけニンジン嫌いだった姫が、地上に住むようになってから文句一つ言わなくなって・・・。まさかウサギに食べさせていたなんてね・・・」
「違う!誤解よ永琳!あれは大会に優勝するためのネタよ!!」
「ではニンジンを食べてみて下さい。いつも食べているのでしょう、簡単ですよね?・・・さあ。今。ここで。すぐに!!」
いつから準備していたのだろう。
永琳は既にその手にニンジンを用意している。
まさか・・・生で丸かじりしろと言うのか・・・。
「あっ!UFOだ!」
「あれはヤモリです」
「嫌・・・嫌よ、食べないわよ・・・食べたら死ぬのよ!!」
「一度死ぬくらいで食べられるなら、食べて下さい。毎日死亡と蘇生を繰り返して頂いても、私は一向に構いません」
永琳がマッサージチェアから立って、一歩輝夜ににじり寄った。
輝夜は一歩後ずさる。
と、その時誰かが輝夜を羽交い締めにした。
「イナバ・・・!あなたどっちの味方なの!!」
「私は常に、強い者の味方です」
「ひ、卑怯者!!」
背後の逃げ場を失った輝夜の前に、不気味な笑みを浮かべた永琳が立ちはだかる。
「さぁ姫、あ~んして下さい。マッサージチェアの次は、姫様が笑顔でニンジンを食べる姿を私にプレゼントして下さいましな」
「い・・・いやああああぁぁぁぁっ・・・!!」
翌朝。
朝食の目玉焼きの横には、寸胴のニンジンスティックがしっかり添えられている。
「うえぇ・・・やっぱりまじゅいよぉ・・・」
輝夜は半泣きになりながら、もしゃもしゃニンジンを食べていた。
鈴仙が輝夜のコップにオレンジジュースを注ぎながら、呆れ顔でその様子を見ている。
「全く・・・何が『食べたら死ぬ』ですか。食べれば食べられるじゃないですか」
「イーナーバー・・・あの時のあなたの反逆は忘れないわよ」
鈴仙を睨む輝夜の顔は、ニンジンの不味さと相まってより一層恨めしさが際だっている。
「反逆だなんて人聞きの悪い。ニンジンは体に良いんですよ?姫様のお体の事を想えばこそです」
「ニンジンなんか体に良い訳ないじゃない!!イナバいい?人の味覚というのは良く出来ていて、体に有害な物をまずく感じるように・・・」
「はい出来ました。ピーマンの肉詰め追加です」
「やぁん」
輝夜は大ボケさんいらっしゃい大会に見事優勝して、その賞金でマッサージチェアを買うことに成功した。
だが永琳が次に欲しがっている『輝夜が笑顔でニンジンを食べる姿』をプレゼントするには、相当の時間がかかりそうだ。
了
前二作も併せて読んで頂きたいです。
どんどん馬鹿が加速する輝夜に笑ってしまう以上に、彼女を愛おしく思ってしまうこと請け合いですから。
例えそれがアホな娘を見守る保護者の心境だとしてもですね。
シリーズ完結ならそれも良し。でも次があるのなら更に良し。
私も輝夜と早苗のアホアホバトルがもっと読みたいなぁ。
子供っぽさなりに従者想い(お母さん想い?)な所がポイント高いよなぁ
ニンジンは慣れると旨いぜ 姫さまw
それに「あ、UFO!」→「ヤモリです」が鉄板ギャグになりつつあるw