「チルねえって馬鹿なんだって?」
言われてチルノは硬直した。冬も過ぎ春の陽気を感じる時節、釣りを楽しんでいた時の事である。
その言葉を発したのは寺子屋の帰りにしょっちゅう遊びにくる子供の一人。
妖精の自分よりも小さい頃から上級生に連れられ現れて、今は自分の背を抜き当時の上級生のように小さい子供を連れてくる、いわば常連、古株である。
空も飛べない人間とはいえ、それなりの年月を共に過ごし、目に入れても痛くないと母性に似た感情すら抱いた男児である。
聞き間違いだと考えようとしたが、寺子屋の朗読の時間にはいつも慧音からお褒めの言葉を頂く彼の滑舌は明瞭で声も大きく、その余地はない。
それ故に、突き刺さった。
そんな彼のほうを見ればなんてことは無い世間話のはしりの一言を飛ばしたかのような表情をしており、嫌味や嘲りといった様子は全くもって見受けられない。
彼と過ごした日々がチルノの脳裏を巡る。
池の蛙を凍らせたり、川で魚を焼いて食べたり、神社の賽銭箱に手製のお札を入れたらそれを対価に労働を強いられたり。
ああ、そういえば暑さの厳しい夏にこの子の父親が暑さで倒れて慌てて冷やしに行ってやった事もあったっけ。
雑貨屋やってるとかで、その御礼にお菓子貰って食べたりしたなあ、おいしかったなあ。
現実逃避のような一種の走馬灯のような回想の折にチルノは気付く。
こんなに可愛いあたいの舎弟があたいを馬鹿だと言うはずがない。
思えば「馬鹿なんだって?」とは誰かに伝え聞いたような口ぶりじゃないか。
つまりは、
「ね、誰がそんな事言ってた?」
「阿求のねーちゃん!」
要らぬ事を吹き込んだ輩をシバきあげねばならない。チルノは硬く決意した。
*
「だって馬鹿じゃないですか」
阿求宅に乗り込み前言の撤回と謝罪を要求した所、阿求は表情一つ変えずチルノに返答した。
「物忘れも激しいですし直情的で先の事を考えず悪戯ばかりする……妖精全般に言えることですけどね」
「ちくしょう、そこまで言うならあたいと勝負しろ!あたいが勝ったら土下座よドゲザ!」
チルノは両手を振り上げ、阿求をビシリと指さして抗議する。
「はぁ、しかし何で勝負すると言うのです?私は空も飛べませんし弾幕勝負は出来ませんよ」
阿求は手元の書物に目を通しながら目線も合わせずにチルノに答えた。
「池の蛙をどっちが多く凍らせられるか!」
「貴方しか出来ないでしょうそれ。そもそも、馬鹿でない事の証明になりませんよ。何か知恵比べみたいなものでないと」
チルノは頭を抱えた。これまで数々の勝負をしたものの、知恵比べなんてした事がない。
阿求はチルノのこの反応を想定していたようで、書きかけの書物にサラサラと再び筆を走らせ始めていた。
「そうだ、将棋でどう!?」
その一言で阿求は筆を止め、驚いた表情でチルノを見た。
「どこで将棋なんてものを知りました?」
「どこでって……えーと……覚えてないわそんな事!」
「ふむ……まあ提案としては妥当でしょう、盤と駒を持ってきますのでお待ちください」
阿求は筆を置いて巻物を片付け立ち上がる。
少しして、阿求は戻ってきた。盤と駒以外に一冊の少し古びた本を携えて。
「ルールは覚えていますか?」
「知らない」
「そうでしょうね、この本にルールが記してあります。この場でざっと教えますが、細かい事はそれを見てください。まず駒の動かし方から――」
阿求の説明はチルノにとってわかりやすいものだった。
阿求の持ってきた本にも難しい文字や表現は使われておらず、10分もせずにチルノと阿求は対局を始める事ができた。
その対局自体も、10分足らずのものだったが。
「くそう、もう一回、もう一回勝負!」
「では次はこちらの飛車と角を落としますか」
「あたいをみくびるなー!」
「はいはい、じゃあ次こちらが勝ったら駒落ちを増やすという事で」
「ぐごごごご、ここで終わったと思うなよ……ひっさつ、天地盤面返し!これであたいの勝ちだ!」
「次は飛車角香桂落ちですね。これ以上の駒落ちは流石に無しで」
「少しくらいは乗ってくれてもいいんじゃないかなあ!」
「私は何をやっているんでしょう」
チルノが飛び去った夕焼け空を見て、阿求は自分に呆れたようにため息をつく。
結局この日、チルノが阿求に勝つことは無かった。
それからチルノは阿求宅へと毎日"殴りこみ"をかける。
阿求も最初は面倒臭そうに追い払おうとしていたが、
庭の桜を凍らせる、食べ物の中身だけをガチガチに凍らせる、といった嫌がらせを交換材料にしてくるからタチが悪い。
なんだかんだと、阿求宅にはパチパチと駒を打つ音が毎日響く事になったのである。
チルノ、将棋を始める。
このニュースによって文々。新聞号外第149号が焚き火の材料とされる運命から救われた事をチルノは知る由も無い。
*
桜が咲いて散り、茹だる暑さの夏が過ぎ、金色に輝く稲穂が刈られ、吐く息が白く曇る冬に差し掛かった頃、
チルノは上機嫌に夕焼け空を飛んでいた。
「ふんふふんふふーん♪」
思えば険しい道程だった。
最初こそ三日もすれば勝ちが拾えたものの、飛車角落ちの阿求に勝つのには二ヶ月もかかった。
あんまりにも負けが続くものだからやる気を無くして投げ出そうとした時、白狼天狗がやってきたのは驚いた。
どうやらチルノと阿求の対局は人気のある話題らしく、上司の文から練習相手になるよう頼まれたとか。
阿求以外の相手と打つのは新鮮で、息抜きとして教えてもらった大将棋というのも疲れはすれど楽しめた。
飛車角落ちの阿求に勝つと、他にも色んな相手が現れた。
人里の子供や大人、客に話題を振られるから覚えてみようかなというミスティア、なんにでも興味を持つ魔理沙、それに便乗したアリス……挙げていくときりがない。
同じくらいの相手と打ったり、初めて将棋をする人に教えたり、世界がわっと広がって、それからは駆け抜けるみたいに日々が過ぎていった。
そして今日、ついに香落ちの阿求に勝つことが出来た。
明日からは平手打ちでの対局、対等な対局ができるようになる。
その事を噛み締めると気分が高揚する。
無意味に急上昇から錐揉み落下、加速しながら再度上昇、とアクロバット飛行を楽しんでいた矢先、
ズキン、と鋭く頭部が痛んだ。
「――つッ!」
意識を取られ失速し、雪を被った背の高い木に突っ込んだ。
バキバキバキ、と数本の枝を折った所で勢いも弱まり、太い枝に寝るような体勢で止まることが出来たものの、体の節々が痛い。
「うー……」
少し調子に乗りすぎたかな、と枝に積もった雪に頭を冷やされながら思う。
先ほど感じた頭痛は消えていた。
思えば今日は朝からずっと対局通しだったし、急な高度変化が悪かったんだろう。
チルノはそこで一休みしてからゆっくりと起き上がって帰路に戻った。
その夜、誰かと平手の将棋を指して、勝つ夢を見た。
顔は見えなかったが髪が赤くて着物を着ていたから、きっと阿求なんだろう。
いつもつけている、椿の花の髪飾りはつけていなかったけれど。
*
「今日はここまでにしましょう」
翌日、阿求がそう言ったのはまだ昼前、チルノが訪れて一局打った後の事である。
「えっ、まだ始まったばかりじゃない……」
チルノの声はか細く、今にも消え入りそうだった。
「何言ってるんですか、そんな憔悴しきった顔をして。盤上でもらしくないミスが目立ちましたし、休んで下さい」
事実、チルノは対局中ひどい頭痛に襲われていた。
対局を終えた今は収まっているものの、まともに指し合うことは難しい。
「うん……今日は、そうさせて貰う。でも明日は勝つからね」
しかし次の日も、その次の日も対局を始めると決まって頭痛がチルノを襲う。
それでもチルノは対局をしようとする。
その様子を見かねてか、平手打ちを始めて一週間後、布団に横たわるチルノの傍で、背を向けながら阿求は言った。
「貴方は馬鹿ではありませんよ。私はこれでも人里ではかなりの打ち手だと自負しています。
他生の知識も積まれていますし、経験量が抜けているんです。
その私に平手で打つだけの実力を貴方は持っています。以前の言葉は、撤回しましょう」
それは、チルノから阿求と対局する理由を奪おうとする言葉だ。
「幻想郷縁起の編纂作業も遅れてしまっています。しばらく、私もそちらに集中することになります。
どうか貴方も体を労り、無理のない暮らしをしてください」
それは、チルノを遠ざけようとする言葉だ。
チルノは何かを口にしたかったが、何かを押し殺すような阿求の後ろ姿と、
脚の上に載せられた手が小さく震えているのを見ると、何も言うことができなかった。
*
「いよう、宜しくやってるか?」
それから三日後の夕暮れ時、将棋を指さなくなったチルノの元に、背の高い人間のおっさんが現れた。
全ての発端となったあの一言を飛ばした子の父親である。
阿求とも面識があるようで、時々配達のついでに二人が将棋を指すのを眺めていたりもした。
今日は大きな風呂敷包みを担ぎ毛皮の防寒着を着込んだ重装備の様子。
おっさんは岩場に積もった雪を払ってチルノの隣に胡坐をかいた。
「ん、今日は調子もいいよ」
「そうかあ、にしても今日は寒いな」
「レティも起きてきたみたいだしね」
「あー、雪女さんか。冬越しの準備も急がねえとなあ」
二人は湖畔の岩場に座り、しばらく取り留めのない会話を交わした。
「にしても、チルノちゃんとこうしてまた話が出来るのも阿求ちゃんのお陰だあな」
少し会話が切れた頃に、おっさんはそんな事を言った。
「……そうだね」
チルノは顔を伏せて短く答える。
「阿求ちゃんも最近元気なくてなあ、いっちょ俺が元気付けてやっかと将棋盤持ち込んでみたんだが、全然かなわねーの。
んで編纂作業があるので、とか言って寂しそーな顔しながら部屋に戻ってくの。もうおっさん見てらんねーの」
「寂しそう?」
多分、そう思ってくれているのだろうとは考えていたけれど。普段の飄々とした様子の阿求を見ているとチルノは確信が持てずにいた。
「多分同年代で阿求ちゃんと一番付き合い長いのチルノちゃんだかんなあ、あんだけ通いつめて挑戦続けられるのチルノちゃんくらいだぜ。
なぁ、将棋指すと頭痛くなるなら別に対局しなくてもいいから阿求ちゃんに会ってやってくれよ」
「……だめなの、阿求の家に行こうとするだけで、ひどい頭痛がくるの、びきびきって」
「チルノちゃんよ、頭痛っていつからだい?」
「阿求と平手で打てるようになってから」
チルノの言葉を聞いて、おっさんは少し考えこむ。
「……そっかぁ、にしても冷えるなあ、ちょっくらかまくら作ろうぜかまくら」
「なんだっけ、それ」
「雪を山にして固めてな、穴掘って中に入るんだ、暖かいんだよなあ」
言いながら男はざくざくと手にしたスコップで雪をかき集めていく。
その様子を見ていたチルノの頭に、ちくり、と痛みが走った。
「酒も持ってきたんだ。かまくら出来たら中で飲もうぜ」
その言葉を聞くと、ずきずきと痛みが強くなっていく。
「チルノちゃんは見た目の割に酒強いんだよなー、羨ましい限りってもんだ」
「やめて」
痛みは頭が割れそうな程になっていた。
「おっさん今度はぶっ倒れないようにだいぶ鍛えて強くなったぞー、また飲み比べしようぜ飲み比べ」
「やめて!」
チルノは叫んで空へ飛び出し、一目散に自分の棲家に逃げ出した。
男はチルノが飛び去った方向を、憂いを含んだ目でじっと見つめていた。
*
(なんで、なんで、なんで?)
チルノの棲家は湖畔近くの木を繰り抜くようにして作られた小さな家である。
おそらく昔、他の妖精が使っていたのだろう空き家にしては上等なものだった。
その片隅で毛布をかぶって、チルノは脅えていた。
(なんで、あんなことで頭痛くなっちゃったんだろう)
知恵熱みたいなものだと思っていたのに、今回はちょっと話しただけなのに。
(なんで、あたいがお酒飲めるの知ってるんだろう)
あのおっさんの前でお酒を飲んだ覚えは無いのに。
人づてに聞いたんだろうか?にしても、『今度はぶっ倒れないように』『また飲み比べ』、
『今度』『また』って、なんなんだろう。
そういえば
(なんで、こんな所に妖精の空き家があるの?)
そもそも妖精が家を作って空けるなんて、おかしい。
妖精は死なないし、自分の生まれた場所からずっと離れて過ごすなんて事もない。
そういえば
この家の家具は全部チルノにぴったりの大きさで。
内装も青を基調にしていてチルノはすぐにそれを気に入って。
頭がひどく痛む、呼吸が苦しい、喉が渇いて、胸が張り裂けそう。
でもやらなきゃ気分が悪い。記憶を掘り起こさなくちゃ気が済まない。
激痛を伴いながら頭の中をひっかきまわす。
60年前、花が咲き乱れた事は覚えてる。
けどあたいがその時何をしていたのかは覚えていない。
50年前、慧音が寺子屋始めたのってたしかこの頃。
けどあたいがその時何をしていたのかは覚えていない。
40年前、30年前、20年前、
その時何があったかは知っている。
けどあたいが何をしていたのかは、何一つ覚えていない。
思い出せる最初の記憶は7年前、椿の花が咲いた春の頃。
湖で冬眠明けの蛙を凍らせて遊んでいて、そうだ、小さな女の子が声をかけてきたんだ。
頭に椿を模した花飾りを付けた、赤みがかった髪の女の子。
それであたいは蛙を一緒に捕まえないかって遊びに誘って、体が弱いからって断られて、
体が弱いからって断られて、そうだ、変な板と駒を出して、盤上に駒を並べ始めて
「こんな遊びはどうでしょう?」首をかしげて、不安そうに聞いてきた。
「なにそれ」何も考えずに、答えていた。
「いえ、忘れて下さい」女の子はとても悲しそうに笑っていた。
あの時はなんでもなかったのに、今は、とてもひどいことを言ってしまった気がする。
ドアが開く音がする。
「チルノちゃん、一人で苦しむのはもう終わりにしないかね」
あの男が、別人のようにとても悲しそうな顔をして佇んでいた。
頭の痛みが全身を貫く電撃に変わって、景色が暗転した。
*
「妖精は自然を具現化したもの。昔からずっとそこにあって変わらないものなんだ。
この矛盾する二面性の辻褄合わせとして、妖精は記憶を無くす。
経験を含蓄してしまえば変わってしまうからね。
5年から20年に一度、誰もが知らなければおかしい事や歴史に残る大きな出来事だけを覚えて、他のことは全て忘れてしまうんだ」
チルノは薄暗い自室の中央で体を縛られて横になっていた。縄の縛りは緩いものの、頭がぼんやりして力が入らない。
男は何やら壁にお札を貼ったり縄でチルノの周りを囲ったり蝋燭を立てたりと儀式の準備をしているようだった。
何度も繰り返してきたのか、その動きには淀みがない。
「チルノちゃんの頭痛が何を意味しているか確信は持てないけど、
多分リセットがかかろうとしてる、全てを忘れちまう前兆だ。
……もしかしたら思い出してくれるのか、何て思ったりもしたけどな」
「おっさんは、もしかして」
「チルノちゃんの昔の友達さ。いつかなんとかしようと思って、雑貨屋なんて始めて、色々と調べたんだぜ」
男はパンパンと手の埃を払い部屋に設置した道具の配置を慎重に確認する。
胸元からメモを取り出して逐一声に出して、指で指して、真剣な表情で。
ひとしきり確認が終わると、男は大きく頷き、チルノに頭を下げて言った。
「頼む、チルねえ。妖怪になってくれないか」
チルノは答える事が出来ず、ただ困ったような表情を見せる。
「そうすれば思い出せるんだ。もう忘れることは無くなるんだ」
男はかぶりを振って訴える。
「こんな風に……」
短刀を取り出し掌の中を滑らせ、男は長い腕を伸ばし、血の滴る手をチルノの額に押し当てた。
チルノの周りを囲いこんだ蝋燭が、強く光った。
*
春のよく晴れた朝、椿の花を摘み取った。
白い花弁の真ん中に黄色いおしべ、赤髪のあの子にきっとよく似合うことだろう。
長くもつように願いを込めて花の内部の水分を凍らせていく、壊れないように溶けないようにじっくりと。
「……できたー」
指で叩いてみるとコンコンと澄んだ音が返る、冷たくはないけれど、溶けることもない。
これならきっと、喜んでもらえるはずだ。
いつか、いつかあの子に勝ったとき。
これをプレゼントに渡して、頼むことにしよう。
友達になってくれないか、って。
-場面転換-
「どうしたんですか?調子が悪いのなら今日は無理をせずまたの日に」
赤髪の少女が不安そうにあたいの顔を覗き込む。
「ん、ごめん知恵熱でもでちゃったかなあ……はは、なっさけないや」
「また、来てください。私はいつでも待っていますから」
「……ありがとね、阿弥」
赤髪の少女は少し心配そうに微笑み、頷いた。
夏の終わりのことだった。
-場面転換-
「……詰み」
「……参りました。チルノちゃん、本当に強くなりましたね」
「ずいぶん、時間もかかっちゃったけどね」
割れそうな頭の痛みをねじ伏せて、笑顔を作った。
少女というには少し大人びた、大人と子供の間ほどに成長した阿弥。
立ち上がって、座ったままの阿弥の髪に髪飾りをそっと付ける。
「これは?」
「あたいと、友達になって欲しいんだ。それは友達の印!」
阿弥はきょとん、と目を見開き、そして笑った。
「今更ですか?私はずっとチルノちゃんを友達だと思っていましたよ」
「ど、どうしたんですか?やっぱり痛みを我慢してたんじゃ」
「……ううん、違うの。……嬉しくて」
確かに頭痛はずっと続いてたけど、その時流した涙はそんなものじゃなく、泣きながら、笑った。
秋の終わりのことだった。
-場面転換-
雪が降っていると阿弥は言っていた。雪が音を吸い込むせいか、妙に静かな冬の日のことだった。
「阿弥、そこに、いる?」
ぼやけた視界に阿弥の屋敷の天井を映して問いかける。痛みは体中に広がっていた。多分、そのうちあたいは消えるのだ。そう自覚していた。
「ええ、いますよ、ずっと」
阿弥の震えた声が帰ってくる。
「手、離していいよ。冷たいでしょ」
「そんなことありません」
「強がらないでよ」
「貴方が言わないで下さい」
「それもそうかな、あはは……」
「本当に、もう」
「阿弥」
「はい」
「ありがとうね」
「こちらこそ」
「人間の友達、初めてだったんだ」
「……私にとっても子供の時分に出来た友達は随分と久しいものでした」
「退屈だった?」
「少し」
「楽しく、なれた?」
「とても」
「そっか」
「ええ」
「……」
「素晴らしい、時間を貰いました」
「……」
「ですが私はこれでも欲深なのです」
「……」
「返事が無いと拗ねますよ」
「……」
「露骨に機嫌が悪くなります、なので相手をしてください」
「……」
「それでも、友達です」
コツンと澄んだ音がした。
「……ありがとう」
「……貴方も大概意地が悪いですね」
「にっしっし」
「古い笑い方ですね」
「阿弥」
「はい」
「おやすみ」
「はい、おやすみなさい」
………………
…………
……
-場面転換-
夏の盛りは嫌いだ。
暑いしレティもいなくて、一日が長いから。
体を突き刺す日差しを恨めしげに睨み返しながら湖畔へ行くと、赤い髪を長く伸ばした女の人と、男の子がいた。
女の人は綺麗な椿の花の髪飾りをつけて、こちらに背を向けるようにして子供に何かを教えている。
何をしてるんだろうと思って遠巻きに見ていると、女の人が振り向いて手招きをした。
いつから気付いていたのかはわからないけれど、あたいがここにいるのを知っているようだった。
女の人は阿弥と名乗った。阿弥は釣竿をあたいに渡して、自分は日差しに弱くて家に戻るから男の子の相手をして欲しいと頼んだ。
お礼だというアイスキャンデーを頬張りながら、あたいは頷く。
それにしたって、日差しが嫌なら帽子でも被ればいいのにと言ってみると、この髪飾りが見えにくくなるじゃないですか、と返された。
多分あれは阿弥にとって、とても大事なものなんだろう。
男の子は最初あたいを怖がるように見ていたが、釣り糸を垂らして呼びかけると、やがておずおずとあたいの隣に座って同じように釣り糸を垂らした。
阿弥はそれから何度か現れて、その度に人里の子供を連れてきた。
そのうち阿弥がいなくても人里から遊びに来る子が増えてきて、あたいの一日は随分短くなった。
週に一度は阿弥も遊びにきてたけど、季節が七回くらい巡った頃から姿を消した。
人里のほうで妙に黒い煙が立ち上った日、最初に阿弥が連れてきた男の子が夜中突然現れて、低くなった声で飲み比べをしようって言い出して、
飲み比べなんて言ったくせ勝手にすごいペースで飲みだして、大きくなった体でぶったおれた後、わんわんと大声で子供みたいに泣き出した。
*
暗がりの部屋で目を覚ます。頭痛は嘘のように収まっていた。
けれど視界はぼやけたままだ、梁のむき出しになった天井が滲んで見える。
体を起こすとぽたりと水滴があたしの手に落ちた。ぽたぽた、ぼろぼろと止まらないそれは、涙だ。
「どうするチルノちゃん?今なら引き返すこともできるんだ。勿論、全部忘れちまうがね」
足を組んで壁を背を預けた男が聞いた。
「阿求は全部覚えてるんだよね」
「ああ、そういうコだ」
「馬鹿って言われたんだ」
「はは、阿求ちゃん口悪いからねえ」
「物忘れが激しいって言われたんだ」
「……そういうことだったんだろうなあ」
涙を拭って顔を2,3度横に振る、それでも涙が流れたから、パン!と強く両頬を叩いた。
目を瞑って手で圧迫し、目を開く。涙は止まった。
立ち上がってみると、少し視線が高くなった気がする。触ってみると、髪の毛も少し伸びたみたいだった。
けれどそんな事はどうでもよくて、あたしに一番大事な事は、
「あたしは、阿求に馬鹿じゃないって事を証明するんだ。もう何も、忘れたりするもんか」
男は満足そうに、屈託なく笑った。
それからあたしの両手両足にお札を貼り、一枚を手渡して胸に貼り付けるように言った。
忘れないための、お守りらしい。
*
「十分な量が確保出来ていないので薪の配給は打ち切ります。
一人で暮らしている者は薪と食料を持参して集会所に寝泊まりするように促して下さい。
離れに暮らしている者にもそのように、豪雪で孤立する恐れがありますので。
首を縦に振らなくても説得してください、それでもわからなければ殴ってでも連れてくるように。
現在の小康状態がいつまで続くかわかりません、今が動く時です、決して時間を無駄にしないように」
未明、屋敷の前で阿求が告げると男たちは散り散りに走り去っていった。
阿求はそれを見届けると自室に戻り、報告書に目を通していく。
失策であった。数日、少し例年より寒さが厳しいとは思ったものの、後の一週間、かつてない大寒波が幻想郷を襲った。
動き出したのは三日吹雪が続いた明け方。決断が遅すぎた。
今現在雪は止んでいるものの、積もった雪は輸送はおろか連絡までもを難航させ、各々の家で用意した薪は浪費されている。
現状死者が出ていないのが幸いではあるが、体調を崩している老人や子供も少なくない。
降りしきる雪を見て、あの子の事を考えなければ。
そんな思いを振り払うようにして首を振る。
今、為すべき事は状況を把握して適切な対処を取ること。
集められた報告書の山を切り崩し、整理した情報を手元の巻物に書き込んでいると、一人の従者が駆け込んできた。
「大変です、離れの雑貨屋の主人の行方がわからなくなりました!
家族に『やらなきゃいけない事がある』とだけ言い残して姿を消したそうです!」
「……心当たりがあります」
阿求は書物を置いて、立ち上がった。
*
キリキリキリと音を立てて、おっさんは氷の張った湖にドリルで二つの穴を開けた。
次に大きなカバンの中から小さな椅子を取り出し、穴の側にどかりと座る。
もう一つの椅子も穴の側に置いて、私に座るように手招きをした。
一体何をするのかと真剣な面持ちで座ったら、ぽんとオモチャみたいな釣竿を手渡された。
見てみれば、おっさんも小さな釣竿を穴から湖に垂らしていた。
「はー、一度やってみたかったんだよ。この釣り方」
長年の夢が叶ったとでも言うような至福の笑みを浮かべている。
「……私を妖怪にするための手段って釣りなの?」
「んや、これはただ俺がやっときたかっただけだよ。北の方で冬にやる釣り方なんだとさ」
「こんだけの寒波ずっと出しっぱにするの結構大変なんだけど!?」
「俺もここまで飯も食わずに雪の中歩いてきて腹が減って大変なんだ。まずは俺の老体を労っちゃくれんかね」
言っておっさんは、はーしんどいしんどい、とわざとらしく腰の後ろを手で叩く。
朝方だからか、魚はすぐに食いついてきた。
「妖怪ってのはさ、人から強い思いを受けたモンがなるんだよ。或いは思いそのものか。
例えば『あそこにはこんな奴がいるんじゃないか』『こんな事が起こるのはこんな奴がいるからじゃないか』。
もっとも、例外も少なくないんだろうがね」
串で刺して焚き火にくべた魚にかじりつきながらおっさんは話す。
「だから私に寒波出すようにって?」
「そういう事、『こんな厳冬があった』『原因はチルノらしい』そんな認識がチルねぇを妖怪にしてくれるわけだ。
今んとこチルねぇは結界で一時的に自然と関係断ってるだけの宙ぶらりんな存在だからなあ」
「んー、んー、でもさ、『あいつがまた悪さやらかした』で終わりにならない?そんなので妖怪になれるの?」
「鋭いねえ、チルねぇは。そうさ、妖怪になるには人間が強烈な感情を持たなきゃダメなのさ。
わかりやすいのは、畏怖、恐怖、そういった感情だ」
一匹目の魚を食べ終わって、おっさんは二匹目の魚に手を伸ばす。
「チルねぇ、俺を殺すんだ。そうすればもう、何も忘れなくて済む」
焚き火の炎をじっと見つめながら、おっさんは魚をかじった。
「……もしかして、とは思ってた。なんとなくだけど」
「賢いねえ、チルねぇは。なら、覚悟はできてるかい?」
「そうじゃなければいいなって、ずっと考えてた」
「優しいねえ、チルねぇは」
言っておっさんは目を閉じてため息をついてから、私の目をじっと見つめた。
「だがそれは、阿求ちゃんにとっては酷な事だぜ」
少し、怒ってるような気がした。
おっさんは、魚の串焼きを一本手に取り、私に差し出した。
それを受け取り、かじる。
「それと左程変わらんはずさ」
おっさんは言う。
「……おっさんはさ、死ぬのは嫌じゃないの?」
「んー、どうなんだろうなあ。ただ、チルねぇがまた全部忘れちまうほうが、嫌だな」
「私が、おっさんの事忘れるのが?」
「それもなんだが、阿求ちゃんと阿弥さんの事忘れちまうのがな」
「阿弥の?」
すっかり、阿求が悲しむ事を嫌がっているのだと思っていた。
おっさんは二匹目の魚を食べ終わり、串をぽいと氷に開けた穴に投げ捨て、深い青空を見上げる。
「俺は、阿弥さんの事が好きだったんだろうさ」
おっさんの両親は、おっさんが幼い頃に姿を消した。
当時は珍しくない事だったらしい。
孤児は人里全体で世話をされるが、おっさんはうまく同世代の子供と馴染めなかった。
そして、阿弥は私とおっさんを巡り合わせたのだ。
おっさんとその時の私は友達になった。
阿弥は人里の子供をどんどん私の元に連れてきた。
おっさんと人里の子供が同時に私の所に来ることもあり、みんなで遊んだ。
おっさんと私の友達は増えた。全部、阿弥のお陰だった。
おっさんはその事をとても感謝して、阿弥の周りの雑事を手伝うようになった。
そして阿弥が時々、特に雪の降る日に悲しそうな表情をすることに気がついた。
阿弥は理由を答えなかった。
在る日、おっさんは阿弥の日記を盗み見る。
昔の私と阿弥の事を読み終えて、まだ子供だったおっさんは阿弥に泣きながら問いかけた。
「どうしてチルねぇに本当の事を教えないの?」
阿弥は困ったように笑って答えた。
「だって私の事を忘れてたってチルノちゃんが知ったら、チルノちゃん自分を責めちゃうじゃないですか」
阿弥は、阿求は私が罪悪感に苛まれないように黙っていた。
阿求が私にちょっと冷たかったのは、思い出さないようにか同じ事を繰り返さないようにか、それとも拗ねて露骨に機嫌が悪くなっていたのか。
なんにせよ、きっとあれは阿求の優しさだったんだろう。
おっさんと阿求は全てを知っていた。私は何も知らずに、阿弥にもらった環境で幸せに生きていた。
私が阿求の為にできること、おっさんが私に求めていること。
やり遂げる、べきなんだろう。
*
おっさんと私に積もった話はあっという間に時間を進め、いつしか静かに雪が降り出していた。
私の力で降らせてるものじゃない自然な雪は、私とおっさんがつけた足跡を消していく。
雲の切れ間から高い太陽が覗いて、降り来る雪と白い大地を輝かせていた。
まっさらな銀の世界の中心で、おっさんは身を投げ出し、私はそんなおっさんの頭を抱えるようにして雪の上に座っていた。
「おっさんの子さ、今の私の友達なんだ。……恨まれるよね、多分」
「遺書は書いてきた、全部まるごと書いた、せがれ用のヤツと、阿弥さんの件だけ省いた女房用のヤツな。
ま、少しの間気まずくはなるだろうが……いつかせがれもわかってくれるさ」
「父親がいないって辛いんじゃない?」
「両方いなくてもこんだけ年食って行きてられるんだ。母親もいるしアイツは俺よか頭も良い、しっかり生きてけるだろうさ」
「責任は取るよ」
「チルねぇがそう言ってくれるなら、安心だな」
おっさんは言って静かに目を閉じた。安らかな顔だった。
この表情が変わらないように、この顔のまま送れるように。
私も目を閉じて精神を集中させる。
力の使い方は、今までで一番うまく出来るはず。
これまでのどの私よりも多くの経験、日々が今の私に積もっているのだから。
空気の流れを感じ取って同化する。
一つ一つの僅かな動きを止め、静止させていく。
好き勝手に動き回っていた空気が整列し、徐々に時間を止めていく。
私の胸の前で生まれた小さな完全静止空間は少しずつ少しずつ私の体を纏うように広がり、やがてその身を完全に覆う。
少し考えて、おっさんの両頬に手を当てて、額に唇を当てようとした時だった。
私の後ろ頭に重い衝撃が走り、てんてんと紅白の球体が転がった。
「はいそこまで。
こんなに寒い冬にして、二人の世界でハッピーエンドなんて結末を見逃してやるほど私は優しい人間じゃないのよ」
紅白の巫女、博麗霊夢が中空から私たちを見下ろしていた。
*
墜落した私を雪は優しく受け止めてくれた。おかえりとでも言うように。
青空の真ん中から私を見下ろしていた霊夢は大地に降り立ち、ゆっくりと歩み寄ってきた。
そんな、すごく当たり前の結末だった。
「まぁ、よくやったんじゃない?」
霊夢は言う。私は顔を背けて霊夢の顔を見ないようにした。
「いやぁ手こずったわよ、弾幕の密度も濃くなってたし死角も無かったし、なかなかやるじゃない」
奥歯が痛い。強く歯を噛み締めすぎていた。自分がどんな表情をしているかは、想像したくない。
「ま、そういう事だから……」
言って霊夢はお祓い棒を横にして何やらぶつぶつと唱え始めた。
鈍く、頭痛がする。ずっと私を苦しめていた、あの感覚が蘇る。
やめて、と小さく呟く。恨むなら恨みなさい、と霊夢は返す。
一瞬、頭痛が和らぐ。霊夢は怪訝な表情をする。
霊夢が歩み寄り、私の手を取る。どこでこんなものをと呟いて、貼られたお札を剥がそうとする。
おっさんが私にくれた、忘れないためのお守りだ。
「待って下さい。話を、させてください」
霊夢がお札に手をかけた時、声がした。
息を切らせた阿求と、ばつの悪そうな顔をしたおっさんがそこにいた。
*
阿求はチルノの手を取り立たせると、平手で強くその頬を打った。
どうして相談してくれなかったのか、と涙を振り散らしながら今まで聞いた事の無い大声で叫んだ。
その言葉がいけなかったのか、チルノも阿求に言われる筋合いは無いと怒って返す。
最初に手を上げたのはどちらだったか。
積もったものもあったのだろう。やがて二人は互いの不満を口にしながら、頬をつねって髪を引っ張り肩を突き飛ばして倒しあい。
とまあ、子供の喧嘩を始めたのである。
「なんだか、置いてかれてる感じね。私もあなたも」
ため息をつきながら、霊夢は隣に立つチルノと一緒にいた男に話しかける。
「……そうだなあ」
男はぼんやりと気のない返事をした。
「どこか遠くに行きたいと思ったんだ」
チルノと阿求の取っ組み合いが続く中、男は呟く。
「何でそう思うようになったかは、わからない。ただきっと、そう思うようになったのは阿弥さんが死んでからの事だろう。
ただ、どこかに行きたかった。例えば書物で知る、海をこの目で見たかった。例えば遙か北方の、沈まない太陽を見たかった」
静かな目で男は空を見上げる。
「だがここは幻想郷、結界に守られ塞がれた世界だ。そんな事はできやしない。
俺はどこへも向かえない。変わらない生活を続けるしかないのか、そんなことを考えた。
妥協をした、妻を貰って子供も出来た。このままここで生きていく、その覚悟を決めたつもりだった」
「子供がチルノちゃんの話をした。チルノちゃんは全く変わらないままそこにいた。
それが俺には幻想郷の縮図みたいに思えた。俺は無性に悔しくなって、なんとかして変えようとした、変わらないものってヤツを。
変え方は見つかった。それは俺の命を失う事で達成できる、僥倖だと俺は喜んだ。
世界の隅を少しだけ書き換えて、俺はどこかへ行けるのだと考えた」
「随分としち面倒くさいことを考えたのね」
視線を合わせず少し後ろに立って霊夢は言う。
「年を取ると、あれこれ考える時間も積み重なって長くなるのさ」
言って男は雪の上にどかりと座って胡坐をかいた。
「俺はチルねえを年上だと思ってた。阿求ちゃんも、阿弥さんの分身みたいに思ってた。
二人は俺より強いと思ってた。だから俺を殺したってすぐに乗り越えると思ってた。
だが、まあそれは、どうやら俺の思い違いだったらしい。というか、甘えてたんだろう。
俺はきっと、チルノちゃんも阿求ちゃんも、ちゃんとこの目で見てなかったんだ」
チルノと阿求はふたりとも息を切らせて雪の上に突っ伏していた。
どうやら痛み分けに終わったようだ。
「人殺しなんて、させられねえよな。それになんだか、色々ほっぽってどこか行く気もしなくなっちまった」
頭をぽりぽりと掻いて、男は倒れた二人の元へ介抱に向かった。
三人とも、何か憑き物の落ちたような顔をしている。
「……ま、よしとしますか」
霊夢は一人呟き、手当に付き合う事にした。
*
「これが、事のあらましです」
語り終えて、阿求は茶を取り口にする。チルノとの取っ組み合いの結果に出来た包帯や絆創膏が痛ましい。
机を挟んだその対面、射命丸文はメモを取りつつこう言った。
「少しばかり、悲しい結末ですね。
結局の所、チルノさんが全てを忘れてしまうことは変わらないのでしょう?」
それに阿求は首を振る。
「結末はまだなんですよ射命丸さん。
だから、貴方を呼んだのです」
「協力してくれるよね」
後者の声はふすまを開け放った、これまた絆創膏と包帯で着飾ったチルノによるものだった。
「一週間はこのままでいられるらしいんだ。それ以上は自然の復元力とかでダメらしいんだけど」
陰りのない明るい声で、笑みを浮かべてチルノは言う。
「だから、この一週間で伝えるんですよ」
決意を持って前進せんとする瞳で阿求は言う。
「ええと、何のことだかさっぱりわからないのですが……」
「『妖精は自然を具現化したもの。昔からずっとそこにあって変わらないもの。この矛盾する二面性の辻褄合わせとして、妖精は記憶を無くす。
5年から20年に一度、誰もが知らなければおかしい事や歴史に残る大きな出来事だけを覚えて、他のことは全て忘れてしまう』」
「……あぁ、あぁ!なるほど!」
阿求の言葉に射命丸は得心した。
「今回の事は霊夢さんも姿を現しました、立派な異変。
『誰もが知らなければおかしい歴史に残る大きな出来事』。
射命丸さん、どうかこの異変がそうなるよう、人間妖怪その他諸々、全ての者が知るように伝えて頂けませんか?」
「喜んでお受け致しましょう!幻想ブン屋の本領、ご覧に入れようじゃないですか!」
阿求が頭を下げるや否や、射命丸は早口にまくしたてて翼を広げ空へ舞う。
「きっと変わりますよ、みんなが願えば。変えることは、できるんです」
射命丸が飛び去った空を眺め、阿求は言った。
*
--『文々。新聞 号外 第154号』--
チルノさんと稗田阿求さんに深く関わる今回の異変は例を見ない速度での伝播を見せている。
瓦版、寺子屋の授業、街角で行われる人形劇とその媒体は多岐に渡り、人々の口をも伝ってこの物語は幻想郷を駆け抜ける。
最初はチルノさんを知らない者も、話を聞けば知る相手、不幸な目は見せられぬ。
救う為には話せば良い、伝えれば良い。話すうちに伝える内に、きっと人々は願うのだろう。
幸せな結末を語りたいと。
チルノさんの結界が解けて生まれ直すまで後三日。
筆者の我儘で恐縮ながら、どうか伝播に協力をお願い致します。
筆者もまた、幸いの報せを記したい一人なのです。
※異変のあらましについて記しました『文々。新聞 号外 第153号』は現在緊急重版作業中です。
刷り上がり次第、人里の空及び近隣の店、博麗・守矢の両神社等に配達させて頂きますので、其方よりお求め下さい。
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少しくたびれた新聞は額縁に入り、チルノの家の壁に飾られている。
『文々。新聞 号外 第153号』は飾る必要がない。
全てチルノの記憶の中にあるからだ。
開いた窓から春の風が吹き込むが、窓が閉められることはない。
家主はきっと、日が暮れるまでぱちりぱちりと将棋の駒を動かしている事だろう。
木々から滴る雪解けの水が、椿の花を輝かせていた。
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忘れられる側の気持ちを考えると切なくなりました。
とても良いお話でした
文がかっこいいし、なんだか人間くさくて好きです
誰も間違っていないし、おっさんにも感情移入できた。
それでも、霊夢があそこでちゃんと出てきてくれたとき、安心しました。
終わり方も申し分なし!文句なしに100点!
なんというか、本当にいい話でした
綺麗でとても面白い話でした
阿求が転生しても求聞史記の内容は忘れないってのと似てますね。
もっとじっくりと三人の物語を楽しませて欲しかったですね
次作も期待していますので、頑張ってください
見事にその予想を裏切ってくれました!最高です!
そしてそれだけに、そのおっさんが「よしとできた」結末が素晴らしいと思います。
将棋から始まった(再開した?)チルノのドラマが素晴らしい
妖怪の成り立ちも自分の考えとドンピシャで剥離することも無く、最後まで気分良く読めました
オッサンみたいな幻想郷の住人は好きですね
一般人から語られる幻想郷や妖怪ってワクワクしません?
でも将棋がメインにあるのなら、それに通じたエピソードがあっても、とも思いました。
たとえば、おっさんが得意な定跡を、チルノがかまくらの中で初めて破る、とか。
おっさんが使ってる定跡は、昔のチルノが教えたもの、とか。
将棋の戦法にも、ロマン溢れるものがありますよね?
と考えて、おっさんに感情移入している時点で、作者の思惑通りになっている件。
切なくも最後はきちんとまとめられており、読み応えのある作品でした。
面白かったです。次回作も期待しております。
オリジナルのキャラクターも実に味わい深い感情を持っていたと思います。
なにより、すぅと胸の晴れるハッピーエンドを読ませてくださりありがとうございました。
変わらない世界の中でも、変えられることもあるんですね。
幻想郷だって、世界のはしっこぐらい変わったっていいじゃんね。
俺にとってのこの作品に対する印象はこんな感じでしょうか。
なんかもやもやする。腑に落ちないんだ。
理由その一として原作との乖離をあげる。人間であるおっさんが阿弥と阿求の両者と面識がある、
つまり稗田の転生がほぼ時を置かずして為されているのがまず一点。
それと阿求が知識はともかく記憶まで前世から引き継いでいるようにみえるのがもう一点。
記憶の一部は引き継げるようなので、それほどチルノとの思い出が大事だったと解釈することも出来るのでしょうが。
原作に忠実であれ、などとは毛頭考えていません。実際作中で語られているチルノの記憶リセットなどについては
きちんと説明がされているので問題なく納得出来ますし。
ただ、なんの注釈や説明もなく覚えのない設定で物語が進むのはやっぱり違和感があるんですよね。
理由その二。登場人物達の行動について。
阿弥はとても大切な人だったんだろうな、おっさんにとって。幻想郷に漂う閉塞感に、小さくとも穴を開けたいって
気持ちもなんとはなしに理解できる。やむにやまれずってのは誰にでもあるよね。
でもさ、その為に妻や子供を置いて逝っちまう、死者が出ないのが幸いなレベルの寒波をチルノに放出させる、
なんてのはどうなんだろうね? 俺の中では執行猶予付き有罪判決だ。
チルノ。寒波を出したこともそうなんだけど、記憶の保持の代償として人一人の命はつり合うのかな。
例え代償本人の意志だとしてもだ。お前さんはさいきょーだったんじゃないのかい?
まあ、作品全体の雰囲気からしたら、ノリで道理を蹴飛ばすような解決方法を考えろ、だなんて無茶振りも
いいとこなんだろうけど、チルノなら、チルノさんならきっと何とかしてくれる! 的なことを思ったりして。
霊夢。君の登場がなけりゃ、俺はこんな厭味ったらしいコメントを長々と打ち込んではいなかった。
残念だけどスルーしていたと思う、ありがとう。作者様にも感謝、そしてごめんなさい。
物語のラスト。結果的に犠牲を必要としない理想的なまとめ方なんでしょうね。ハッピーエンドは大好きさ。
ただ、転生によって記憶を失う御阿礼の子と自然の理によって記憶をなくす氷精の子、だけど、欠片だとしても
大切な思い出は失わないんじゃないのか、そんなラストがあってもいいんじゃないのか、なんて思いが捨てきれない。
結局この感想は俺の願望混じりの言いがかりなんだろうな。
ひねてはいても感想は感想、そんな寛大な心で受け取って頂ければ幸いです。
長文御容赦。
カットしたことが正解なのかはわかりませんが、投稿作とは違うニュアンスの
アナザーストーリーとして楽しませていただきました。
将棋を打ちたくなりました。
楽しかったです。
ただチルノならもっと色々何とかしてくれる、救ってくれるという期待が大きかった