注意、この作品は東方projectの二次創作です。
オリ設定、オリキャラが多数登場します。
人によっては不快に思う表現があります。
満月、妖怪の妖力が最も活性化される月齢である。
妖怪は力を増し自分の縄張りに入って来る者を容赦なく襲う。
人間も例に漏れず、満月の夜は罪を最も犯すと言われている。
もしかしたら、妖怪の瘴気に当てられたのかもしれない。
今は新月、真逆の月齢である。
だが、犯罪とは月齢に関係なく行われる事もある。
闇夜に覆われる魔法の森に規則的な足音が三つ。
息を切らし必死に逃げる者、狩りを楽しむ様に輪を縮める者。
逃げる者は狐の妖獣の少女であった。
声は上げられない。
新月とは言え、下手に声を上げれば血に飢えた妖怪に襲われる恐れがある。
運が良ければ助かるかもしれないが、自分が襲われれば命を落とすかもしれない。
長い長い追いかけっこ、どんどん人里から離れていった。
狐の妖獣とはいえ力は無い。 人間が相手であっても抗う力は皆無と言っても過言ではなかった。
どれ位逃げたか。 息も絶え絶えな少女は、足音が遠のいた気がし、一度足を止め周りを見渡した。
再び逃げようと、体を翻して再び走りだそうとした。
その時、疲れから足元にあった木の根に気付かず足を引っ掛けてしまう。
ドタ、と静まり返った森に鈍い音が響く。
焦った頭ですぐに立ち上がろうとした。 その時、自分に近づく足音が聞こえる。
不意に後ろを向くと、そこには既に男の姿があった。
男に突進され、抱き着かれたまま木に背中を打ち付けられた。 小さく悲鳴があがる。
息も絶え絶えな事もあり、抵抗は出来そうもなかった。
男の顔は、心を見透かす様な、体を嘗め回す様な気持ち悪い表情をしていた。
もう一人の男が合流し、地面に押し倒された少女の両腕が掴まれた。
男は衣服を乱暴に肌蹴させ、手に唾を吐いた。
力を込めてもビクともせず、腰を捻じり逃げようとも、脚を押さえつけられ動かす事は出来なかった。
少女は目尻から一筋の涙を流すと、事が早く終わる様祈りすべてを諦めた。
その時である。
音を置き去りに一陣の風が吹き荒れた。
風は脚側の男の頭を撫で、少女の髪を舞い上げた。
同時に腕の抵抗が無くなり、何かが割れる様な不快な音が響いた。
驚いた鳥が木々から慌ただしく飛び立つ。
反響する音に森に住み着いている妖怪達、動物達が騒ぎ始めた。
血に飢えた獣達が近づいて来る。
だが、遠巻きに騒ぐだけで、襲いに来る様子は無い。
パラパラと数瞬周りに降り注いだ。 歯の様である。
何だ、貴様! そう言いたかった様だ。
その言葉も最初の一言で途切れる。
脚を押さえていた筈の男は、凶器と呼んでも差し支えない厚い底の草履に顎を強襲された。
まるで、狐の少女を襲った事が、そのまま返って来た様に。
顎を蹴り上げられ、体を浮かされた。 その段階で気を失わされた。
無抵抗な状態の男に、更に追撃を行う。
どんなに殴り付けても割れる事の無い酒瓶。
その数倍から数十倍の拳が、音さえも置き去りにした。
普通に考えれば、男が絶命してもおかしくない大きな音が響く。
先に飛び立った鳥よりも、更に多くの獣や妖怪が去って行った。
再び、静寂がその場を支配する。
チリン。 と頭の鈴が音を鳴らす。 まるで、戦闘の終了を知らせる様であった。
男達は襲って来た少女の姿を確認する間も無く、気を失わされ無意識に呻き声を上げていた。
少女も呆気に取られて乱した服を直す事も出来なかった。
「お主ら! 儂の家の目と鼻の先で何をやっとるか!」
一喝が辺りに響く、なれども彼女の言葉は当人達には届かず。
少女も、その様子を呆然と見上げるしかなかった。
「おお、すまん。 お主も災難じゃったのう。 怖い夢を見たと思うて、これからは気をつけてくれい」
は、はい。 と少女は気を戻し、慌てて衣装等を整えた。
未だ心臓が爆発しそうな程に鼓動を刻んでいる。
見上げた者も果たして少女であった。
特に目を引いたのが、大きな縞々の尻尾、頭に被った大きな葉っぱの笠であった。
笠から伸びた髪は赤っぽい茶髪で暗闇でもよく見て取れた。
袖の無い黄土色の上衣、臙脂色のスカートに土色で波や船の意匠が施されている。
顔に掛けられた眼鏡は淡い橙色の光が反射し、凛々しい表情に更に深みと威厳を持たせていた。
光? 少女は呟き、煙管に火を着けている少女の先が目に入った。
いつから、そこにあったのか玄関から火の光が漏れ、玄関の両脇には赤提灯が灯り辺りを淡く照らしている。
「……ふぅ、一晩のもてなしといきたいとこじゃが、お主にも都合があるじゃろ? おうい!」
パンパン、と煙管を加えたまま手を二度叩いた。
すると、家の中から見るからに強面の青年が数人出てくる。
口々に、姐さん何用で? と敬い恐れる様子で尋ねた。
「おう、宴会中に悪いの。 そこに伸びてる奴を里の自警団に突き出してくれい。 申し出た者には、褒美と明日の休みをやる」
出て来た青年達は、我先にと少女の申し出を承諾した。
「おう、頼んだぞ。 それと、出て来んかった者を咎めるんじゃないぞ。 儂はこの娘を送り届けるからのう」
去り際、青年達は狐の少女を一瞥した。
そこには、侮蔑とも嫌悪ともとれる表情が見て取れた。
青年達が居なくなり、少女は未だ腰を抜かしている狐の少女を負ぶさった。
「儂の名は、二ッ岩マミゾウ。 里で金貸し何かをしておる。 何か困った事があれば、遠慮なしに言うてくれい。 はっはっはっ……」
マミゾウに背負われ送られた少女は、無事に人里まで送って貰った。
送り際、森の中では、遠巻きに、然れども認知できる範囲に妖怪が居た。
しかし、襲ってくる気配は無かった。 皆が皆、マミゾウを恐れて手を出せ無かった様である。
それにしても、自分の知っている少年が、まさかこんなに頼もしい人だったとは……。
少女は、そう思うと、明日はお礼を言いに行かなくてはと思い、家へと入る。
流石にあれだけの怖い思いをした為、すぐに心安らぐ事は無かった。
だが、近くにあれだけ心強い少年が居ると思うと、幾分か心配や不安は薄れるのであった。
~~~~~
日の出過ぎの繁華街。 昨日の騒ぎが嘘の様に静まり返っている。
未だ静かに呑み続けている客を除けば、その場所には片付けに奔走している人々の姿が見受けられる。
とある店に労働に励む者がいる。
「ふぅ、こんなもんかのう」
特徴的な大きな縞の尻尾に、大きな葉っぱの笠。
二ッ岩マミゾウ、その人に間違いがなかった。
大量の酒瓶の入った木箱を運んだと思えば、瓶の中を濯ぎ乾燥する為に立て掛けていく。
かと思えば、これまた大量の台拭きや手ぬぐい、おしぼりを洗濯し干していった。
店の台や厨房を掃除していき、合わせて床や壁も掃除していった。
時折、老人の様に腰を叩き、体を伸ばして、あちち、と呟く。
尚も、独り言を呟き鼻歌を口ずさみながら、もくもくと作業をしていった。
やがて、日が真上に昇る頃、店主らしき人が声をかけた。
「マミゾウ君、そろそろ上がりにしようや」
「ほう、もうそんな時間か……しかし、ツケにした分は働いたかのう?」
「いやいや、これだけやって貰えれば十分だ。 それに、こんなに可愛らしい人に働いて貰えるなら、ツケを全部払ってもらう訳にはいかないよ」
「ほほ、上手だ事。 儂にそんな事言う位なら嫁探しに気の利く事の一つでも言えば良いものを」
そう言って店主は、まかないを差し出した。
前日の残りとは言え、普通に食べる分には差し支えない。
塩や醤油で漬けられた保存の利くおかずは、穀物と相性が良く。
塩辛さは茶や酒が進む事、間違いが無かった。
酒好きのマミゾウであるが、流石に真っ当な労働の最中であるので、ここはグッと抑えて茶を啜った。
ほろ苦さと共に、舌や口の中を支配していた塩辛さは、スッと洗い流されていく。
「ほら、今日の働き分だ」
「……これは、受け取れん。 ツケの分を無理して働かせて貰っている身分じゃし」
「受け取ってくれよ。 今後もご贔屓にと言う意味でね」
「……ほういう事なら、受け取らん訳にはいかんのう」
そうそう、と店主が呟くと、マミゾウは二人分の食器を片づけ、甕に貯められていた水で綺麗に洗い流した。
そのまま、お愛想を済ませた客の様に入り口から出て行く。
ここからの仕事は店主の仕事だ。 酒場に相応しい食事は彼の仕込みにかかっている。
帰り際、マミゾウに今夜もよろしく。 と声がかけられた。
日の入りの時間。 辺りが暗くなり始め、空は日の出の頃と同じ綺麗な橙色に染まっていた。
繁華街では、通りの赤提灯に火が灯され。 暖かな色が辺りを包んでいく。
カラカラ、と底の厚い草履を鳴らし、昼まで働いていた店に戻る大きな尻尾の化け狸。
いつもの服で訪れ、店の奥で給仕服に着替えた。
作務衣の様に作業がし易く、また男性用の服であった。
台を拭きながら、店主と共に客の訪れを待つ事に。
店先に暖簾を掛け、提灯に火を灯す、するとどこからともなく客が集まって来た。
見るからに厳つく渋い顔立ちの男性たち。
半被や捻じり鉢巻き、煙管や足袋。 いかにもな頑固親父たちである。
そんな男達も店に入り、マミゾウの姿を見るなり柔和な表情に変わっていく。
「マミゾウ君、今日も来たぞ」
「よう来たのう。 あんまり呑みすぎてはいかんぞう」
一人が酒を頼むと、マミゾウの前にも酒が出された。
頼んだ訳ではない。 客がマミゾウを好いている証なのだ。
好意は受け取るが、金は受けない。 自分の分は自分で出している。
店主も、その辺りは承諾済みなのだ。
「今日も綺麗だねえ。 マミゾウ君」
「これ、尻を触るでない。 儂は男じゃぞ?」
「はは、すまないね。 これ、みんなで食べよう」
皆が、この狭い人里で暮らしているから、顔見知り同士が多い。
気を許せる者同士で酒は楽しく進んでいた。
一人が帰り、一人が訪れ。 入れ替わり立ち代わりで楽しい時間は過ぎていく。
そんな時である。
「こんばんは、マミゾウ君居ますか?」
「おお、儂はここじゃぞ」
入って来たのは、狐の妖獣少女であった。
どこか遠慮がちにマミゾウの前にくると、唐突に頭を下げた。
「昨日は助けて頂き、ありがとうございました」
一同、きょとんとした表情を浮かべた。
この場にいる、ほとんどの者は昨日から明けまで、ここで酒を呑んでいたからだ。
「狐ちゃん。 狸にでも化かされたんだろ。 マミゾウ君は昨日もここで酒を呑んでいたんだ」
「ち、違いますよ。 昨日、確かにマミゾウ君に助けて貰ったんです」
「へぇ、助けて貰ったって何かあったのか?」
「そ、それは……」
昨日の怖い思い出が蘇る。 みるみる内に顔色が悪くなっていった。
その様子に静まり返る一同。
マミゾウに肩を支えられ、椅子に腰をかける。
言い出しっぺの脇に居た者は、肘で言った者を小突いた。
「す、すまねえ。 まさか、そんな目に遭っただなんて、思いもしなかっただ」
「いえ、でもマミゾウ君に助けて貰いましたし」
「しかしのう。 儂は本当にここにいたんじゃぞ……まぁええか。 店主、この娘に酒を」
差し出された湯呑を弱弱しく握る狐少女。
それを見て、マミゾウは肩を抱き寄せた。
「ほいじゃあ、呑み直すぞい。 狐子の無事を祝って乾杯!」
一同乾杯をすると、再び楽しい騒がしさが戻って来た。
呑めや歌えやの騒がしさ、マミゾウが再び呼び寄せた楽しさに狐の少女の胸の傷は少しずつ癒えていくのであった。
だが、時として災難とは向こうからやって来る事もある。
訪れた男は、怪我をしていた。 身なりや腕から覗くものを見る限り真っ当だとは思えない。
狐の少女は、マミゾウの傍に隠れ、男から見えない様にして、怯えていた。
男は、狐の少女を見てはニタリと気持ち悪い表情を浮かべ、マミゾウを見ては舌なめずりをした。
結局、何も注文せず、また席にさえ着かずに店を後にした。
「おい、あいつは札付きの悪だ。 マミゾウ君、お前さんの事を見ていたぞ」
そんな声も喧騒の中に紛れ、会話の海の中に消えて行った。
「ふぃ~、呑みも呑んだわ。 しかし、今日もツケにしてもらった。 何か悪いのう」
あの後、怯えていた狐の少女を何とか宥め、顔見知りの職人達に家まで送って貰う事を提案した。
職人達も承諾すると、丁度閉店時刻になった事もあり、マミゾウは店主以外がいなくなった店内を少し片付け、店を後にした。
服装は男の浴衣の様な楽な格好である。 帰り際、いつもの服より楽な格好で帰りたかったのだ。
数度の静寂があったものの、楽しく呑んだ事に上機嫌なままであった。
暮らしている長屋に戻ろうと、ゆっくりゆっくり歩みを進めていた。
「ぐふっ!」
酔っていた事もあり、横からの突進に反応できなかった。
抱きつかれ、たちまち路地に連れ込まれた。
立ったままの姿勢で両手首を交差させられ、片手で拘束されてしまった。
「おのれ、離せ、離さぬか!」
「そう騒ぐんじゃねえよ。 それとも、お前の隣に居た狐娘の方を襲って欲しいか?」
そう言った男は、マミゾウの首を舐め上げ、そのまま首元に舌を這わせていった。
「昨日は、あと一歩の所で邪魔が入ったからな。 お前で口直しをしてやる」
「やめえや。 儂は男じゃぞ」
苦しい言い訳だ。 そう耳元で囁いた男は残った手を着物の襟から内部へ滑り込ませた。
マミゾウの胸に寒気がする程の感覚が伝わり、全身に怖気が走った。
「……お前……男かよぉ!」
「だから、言うとるじゃろ。 この変態、さっさと離さぬか」
「女みたいな顔しやがって……もう男だろうが構わねえ。 お前みたいな奴ならな」
そう言った男は、自分の着物の帯を片手で解いていく。
そして、マミゾウの衣服に手を掛け、裾を捲り上げようとした。
「おう、兄ちゃん……何してんだ?」
気が付けば、二人の周りを幾人かが取り囲んでいた。
その人は、先に狐の少女を送り届けていた職人達である。
男の肩には怒りを露わにしている職人の手が置かれていた。
「俺たちゃ、人里職人組合のモンだ」
「最近、女を襲っている不届きモンが俺達のシマに居るって聞いたんだが……違うよなぁ?」
言い逃れは出来ない。 出来ない事を知った上でそう聞いていた。
両手を交差させ上で掴んで拘束し、ヌラヌラと首から下に伝っている液体。
服は肌蹴させられ、襟元からは少年と見紛うばかりの薄い身体や胸板が露出していた。
裾も乱され、細く引き締まった少年の様な太腿が見え、さらに鼠蹊部からは白い捻じり布の褌が見え隠れしている。
どこからどうみても未遂。 放っておけば、ナニをされるか分かったものではない。
職人達は、怒髪天を突くとばかりに怒り狂いそうな状態であった。
「その糞汚え手を、マミゾウ君から離しやがれ!」
止まっていた男は、職人達に引き剥がされると投げ倒され、蹴るわ殴るわの暴行が加えられた。
それも、致し方なし。 男がした事は許される事ではなかった。
それも、職人達に好かれているマミゾウであったから余計に。
突如、笛が鳴った。
誰かが自警団に喧嘩をしていると通報した様だ。
すぐに一同は自警団に捕まった。
しかし、何があったか知った自警団員は、乾いた笑いを浮かべ、皆を注意して御咎めなしとした。
何故か……。
それは、前日に自警団に突き出された男が、次の日に再び悪行を犯し、返り討ちにあったからである。
~~~~~
あの事件から数日が経過した。
怪我も大体癒えた男(狐の少女とマミゾウ君を襲った男)は、ならず者を集めていた。
目的は勿論、復讐である。
逆恨みも甚だしい行為であるが、力が物を言う世界である事が幸いしている。
明るい夜空に雲が流れ、月明かりによって建物の輪郭に沿って明暗を分けている。
場所は、先日マミゾウ君を襲った場所の近く、待ち伏せをして集団で襲い掛かろうとしていたのだ。
そこに居るのは、屈強な男達。 見るからに傾奇者やヤクザ者が揃っていた。
それも、全員が札付きで槍や刀で武装しているのだから性質が悪い。
その場に集まってから数刻、人っ子一人訪れない場所に一人現れた。
その人物、大きな縞の尻尾に大きな葉っぱの笠。
酒と書かれた酒瓶に紐を結わえて肩に担ぎ、ほろ酔いなのか上機嫌で歩んでいた。
「ここで会ったが百年目だ! この顔、忘れたとは言わせねえ!」
目的であろう人物の到来に腸が煮えくり返る思いで前口上を上げる男。
周りの男も久方ぶりに悪逆無道の蛮行を、思う存分楽しめると血気盛んであった。
当の声をかけられた人物、二ッ岩マミゾウはえらく機嫌を損ねた。
片目を瞑って片目は見開いた。 歯を食いしばり、口の片方だけを開く。
目の周りには血管でも浮いたのか形相も妖怪そのもの。
「なんじゃ? 儂に何か用か?」
言葉こそ普通、だが居所の悪さは尋常ではない。
「うるせえ! ホモ野郎が今日はこの前の憂さを晴らしてやる。 野郎ども! やっちまえ!」
「ほうか……気持ち良う酔うておったのに……その喧嘩高う買うてやるわ!」
人差し指を胸の前で立て、手を組むは、いつもの変化の構え。
どろんっ、と彼女を中心に煙が濛々と辺りを覆った。
「くそう、逃げたか!」
逃げていたら、どんなに良かったか……この時、誰も思いもよらなかった。
晴れた煙に現れたるは十分身。 マミゾウと分身合わせて十人。
月の明かりを背中に受けて、皆がニカリと歯を見せた。
襲い掛かる男の槍を余裕で避けて懐へ、木で作られた鎧をものともせずに打ち抜いた。
拳に割られる鎧、一緒に肋骨も叩き折る。
泡を吹いて倒れる男を気にもせず、次は別の男が刀を振り下ろす。
男のへなちょこ刀を素手で受け止めると、なまくら刀とばかりにへし折った。
刀身を失った男は信じられないといった顔で、眼前にそれを近づけた。
瞬間、マミゾウの蹴りが男の股を蹴り上げた。
「どうした? もう来んのか?」
「さっきの威勢はどうした?」
「かっかっかっ! こんな年寄を恐れるとは、最近の若いもんはなっとらんのう」
「ほいじゃあ、儂がいっちょ揉んだるわい」
「ほれほれ、行くぞい。 しっかり気張らんか!」
分身したマミゾウが各々分かれて男達に襲い掛かった。
殴るわ蹴るわ、投げるわ締めるわ……一方的な暴力であった。
中には、余りの迫力、恐ろしさに戦意を喪失する者もあらわれる程である。
最も、そんな彼らを許す事もなく、数人に囲まれて……仕方のない事である。
彼女の強さには秘密がある。
彼女はただの化け狸ではない。 外の世界で信仰を得ている現役の神様なのである。
八坂神奈子という神は、外の世界で信仰を失い、力を失った。
しかし、幻想郷に来て妖怪の信仰を集めて力を取り戻した。
マミゾウは、外の世界で未だ現役。 更に、妖怪は人間が居なければ存続できない。
妖怪では無く、人間の信仰を得ている。
それが彼女の力の源なのである。
「二ッ岩ばっくぶりーかー!!!」
「ぐぎゃあああああああああああ!!!」
死屍累々の中、首謀者の男はマミゾウの肩に仰向けに落とされ、地面に叩き付けられた。
分身達やどこからか現れた狸達がマミゾウの戦いを肴に酒盛りを始めていた。
二の腕を叩いてガッツポーズをとるマミゾウに拍手や歓声を上げる一同。
その逆に男に対しては、罵倒や野次を飛ばしていた。
「くそぉ、舐めやがってぇ」
逆上するも最早一方的。
そもそも下心のみで動く者如きがマミゾウに敵う筈がないのである。
だが、不意に足を縺れさせた男は思いもよらぬ行動を取ってしまった。
マミゾウの胸に触れてしまったのだ。
「お、女?」
「そうじゃ、儂は女じゃ……いつまで触っておる。 そろそろ許してやろうと思うていたが……」
骨の折れる様な音が辺りに響いた。
マミゾウが男の骨を外したのだ。
「おー、おー、良う鳴くわ。 覚悟せい、貴様の腐った性根、この場で叩き直してやるわ」
この後、気絶するまでマミゾウに可愛がられ、仲間達共々自警団に突き出された。
診療所で骨をはめられ、魘される言葉は狸怖いであったそうだ。
~~~~~
自分達を襲った男が酷い目に遭った事を知らぬ二人。
狐の少女を案じたマミゾウは彼女の家に居た。
二人は同じ長屋に住んでいる。 店での顔馴染みも多く住んでいる。
「マミゾウ君って化け狸ですよね? 良いんですか私と一緒に居て……」
「何を聞くかと思えば……狸と狐が仲が悪いなんて迷信じゃ。 それに、お主の事が心配でのう」
冷たい風が暖かくなっていく。 心に温かみが戻っていく様であった。
床に入っていた狐の少女は、久方ぶりに安心して眠れそうだとまどろんでいった。
玄関で座っていたマミゾウは、その様子を見て安堵の溜息を吐き、そのまま目を瞑るのであった。
オリ設定、オリキャラが多数登場します。
人によっては不快に思う表現があります。
満月、妖怪の妖力が最も活性化される月齢である。
妖怪は力を増し自分の縄張りに入って来る者を容赦なく襲う。
人間も例に漏れず、満月の夜は罪を最も犯すと言われている。
もしかしたら、妖怪の瘴気に当てられたのかもしれない。
今は新月、真逆の月齢である。
だが、犯罪とは月齢に関係なく行われる事もある。
闇夜に覆われる魔法の森に規則的な足音が三つ。
息を切らし必死に逃げる者、狩りを楽しむ様に輪を縮める者。
逃げる者は狐の妖獣の少女であった。
声は上げられない。
新月とは言え、下手に声を上げれば血に飢えた妖怪に襲われる恐れがある。
運が良ければ助かるかもしれないが、自分が襲われれば命を落とすかもしれない。
長い長い追いかけっこ、どんどん人里から離れていった。
狐の妖獣とはいえ力は無い。 人間が相手であっても抗う力は皆無と言っても過言ではなかった。
どれ位逃げたか。 息も絶え絶えな少女は、足音が遠のいた気がし、一度足を止め周りを見渡した。
再び逃げようと、体を翻して再び走りだそうとした。
その時、疲れから足元にあった木の根に気付かず足を引っ掛けてしまう。
ドタ、と静まり返った森に鈍い音が響く。
焦った頭ですぐに立ち上がろうとした。 その時、自分に近づく足音が聞こえる。
不意に後ろを向くと、そこには既に男の姿があった。
男に突進され、抱き着かれたまま木に背中を打ち付けられた。 小さく悲鳴があがる。
息も絶え絶えな事もあり、抵抗は出来そうもなかった。
男の顔は、心を見透かす様な、体を嘗め回す様な気持ち悪い表情をしていた。
もう一人の男が合流し、地面に押し倒された少女の両腕が掴まれた。
男は衣服を乱暴に肌蹴させ、手に唾を吐いた。
力を込めてもビクともせず、腰を捻じり逃げようとも、脚を押さえつけられ動かす事は出来なかった。
少女は目尻から一筋の涙を流すと、事が早く終わる様祈りすべてを諦めた。
その時である。
音を置き去りに一陣の風が吹き荒れた。
風は脚側の男の頭を撫で、少女の髪を舞い上げた。
同時に腕の抵抗が無くなり、何かが割れる様な不快な音が響いた。
驚いた鳥が木々から慌ただしく飛び立つ。
反響する音に森に住み着いている妖怪達、動物達が騒ぎ始めた。
血に飢えた獣達が近づいて来る。
だが、遠巻きに騒ぐだけで、襲いに来る様子は無い。
パラパラと数瞬周りに降り注いだ。 歯の様である。
何だ、貴様! そう言いたかった様だ。
その言葉も最初の一言で途切れる。
脚を押さえていた筈の男は、凶器と呼んでも差し支えない厚い底の草履に顎を強襲された。
まるで、狐の少女を襲った事が、そのまま返って来た様に。
顎を蹴り上げられ、体を浮かされた。 その段階で気を失わされた。
無抵抗な状態の男に、更に追撃を行う。
どんなに殴り付けても割れる事の無い酒瓶。
その数倍から数十倍の拳が、音さえも置き去りにした。
普通に考えれば、男が絶命してもおかしくない大きな音が響く。
先に飛び立った鳥よりも、更に多くの獣や妖怪が去って行った。
再び、静寂がその場を支配する。
チリン。 と頭の鈴が音を鳴らす。 まるで、戦闘の終了を知らせる様であった。
男達は襲って来た少女の姿を確認する間も無く、気を失わされ無意識に呻き声を上げていた。
少女も呆気に取られて乱した服を直す事も出来なかった。
「お主ら! 儂の家の目と鼻の先で何をやっとるか!」
一喝が辺りに響く、なれども彼女の言葉は当人達には届かず。
少女も、その様子を呆然と見上げるしかなかった。
「おお、すまん。 お主も災難じゃったのう。 怖い夢を見たと思うて、これからは気をつけてくれい」
は、はい。 と少女は気を戻し、慌てて衣装等を整えた。
未だ心臓が爆発しそうな程に鼓動を刻んでいる。
見上げた者も果たして少女であった。
特に目を引いたのが、大きな縞々の尻尾、頭に被った大きな葉っぱの笠であった。
笠から伸びた髪は赤っぽい茶髪で暗闇でもよく見て取れた。
袖の無い黄土色の上衣、臙脂色のスカートに土色で波や船の意匠が施されている。
顔に掛けられた眼鏡は淡い橙色の光が反射し、凛々しい表情に更に深みと威厳を持たせていた。
光? 少女は呟き、煙管に火を着けている少女の先が目に入った。
いつから、そこにあったのか玄関から火の光が漏れ、玄関の両脇には赤提灯が灯り辺りを淡く照らしている。
「……ふぅ、一晩のもてなしといきたいとこじゃが、お主にも都合があるじゃろ? おうい!」
パンパン、と煙管を加えたまま手を二度叩いた。
すると、家の中から見るからに強面の青年が数人出てくる。
口々に、姐さん何用で? と敬い恐れる様子で尋ねた。
「おう、宴会中に悪いの。 そこに伸びてる奴を里の自警団に突き出してくれい。 申し出た者には、褒美と明日の休みをやる」
出て来た青年達は、我先にと少女の申し出を承諾した。
「おう、頼んだぞ。 それと、出て来んかった者を咎めるんじゃないぞ。 儂はこの娘を送り届けるからのう」
去り際、青年達は狐の少女を一瞥した。
そこには、侮蔑とも嫌悪ともとれる表情が見て取れた。
青年達が居なくなり、少女は未だ腰を抜かしている狐の少女を負ぶさった。
「儂の名は、二ッ岩マミゾウ。 里で金貸し何かをしておる。 何か困った事があれば、遠慮なしに言うてくれい。 はっはっはっ……」
マミゾウに背負われ送られた少女は、無事に人里まで送って貰った。
送り際、森の中では、遠巻きに、然れども認知できる範囲に妖怪が居た。
しかし、襲ってくる気配は無かった。 皆が皆、マミゾウを恐れて手を出せ無かった様である。
それにしても、自分の知っている少年が、まさかこんなに頼もしい人だったとは……。
少女は、そう思うと、明日はお礼を言いに行かなくてはと思い、家へと入る。
流石にあれだけの怖い思いをした為、すぐに心安らぐ事は無かった。
だが、近くにあれだけ心強い少年が居ると思うと、幾分か心配や不安は薄れるのであった。
~~~~~
日の出過ぎの繁華街。 昨日の騒ぎが嘘の様に静まり返っている。
未だ静かに呑み続けている客を除けば、その場所には片付けに奔走している人々の姿が見受けられる。
とある店に労働に励む者がいる。
「ふぅ、こんなもんかのう」
特徴的な大きな縞の尻尾に、大きな葉っぱの笠。
二ッ岩マミゾウ、その人に間違いがなかった。
大量の酒瓶の入った木箱を運んだと思えば、瓶の中を濯ぎ乾燥する為に立て掛けていく。
かと思えば、これまた大量の台拭きや手ぬぐい、おしぼりを洗濯し干していった。
店の台や厨房を掃除していき、合わせて床や壁も掃除していった。
時折、老人の様に腰を叩き、体を伸ばして、あちち、と呟く。
尚も、独り言を呟き鼻歌を口ずさみながら、もくもくと作業をしていった。
やがて、日が真上に昇る頃、店主らしき人が声をかけた。
「マミゾウ君、そろそろ上がりにしようや」
「ほう、もうそんな時間か……しかし、ツケにした分は働いたかのう?」
「いやいや、これだけやって貰えれば十分だ。 それに、こんなに可愛らしい人に働いて貰えるなら、ツケを全部払ってもらう訳にはいかないよ」
「ほほ、上手だ事。 儂にそんな事言う位なら嫁探しに気の利く事の一つでも言えば良いものを」
そう言って店主は、まかないを差し出した。
前日の残りとは言え、普通に食べる分には差し支えない。
塩や醤油で漬けられた保存の利くおかずは、穀物と相性が良く。
塩辛さは茶や酒が進む事、間違いが無かった。
酒好きのマミゾウであるが、流石に真っ当な労働の最中であるので、ここはグッと抑えて茶を啜った。
ほろ苦さと共に、舌や口の中を支配していた塩辛さは、スッと洗い流されていく。
「ほら、今日の働き分だ」
「……これは、受け取れん。 ツケの分を無理して働かせて貰っている身分じゃし」
「受け取ってくれよ。 今後もご贔屓にと言う意味でね」
「……ほういう事なら、受け取らん訳にはいかんのう」
そうそう、と店主が呟くと、マミゾウは二人分の食器を片づけ、甕に貯められていた水で綺麗に洗い流した。
そのまま、お愛想を済ませた客の様に入り口から出て行く。
ここからの仕事は店主の仕事だ。 酒場に相応しい食事は彼の仕込みにかかっている。
帰り際、マミゾウに今夜もよろしく。 と声がかけられた。
日の入りの時間。 辺りが暗くなり始め、空は日の出の頃と同じ綺麗な橙色に染まっていた。
繁華街では、通りの赤提灯に火が灯され。 暖かな色が辺りを包んでいく。
カラカラ、と底の厚い草履を鳴らし、昼まで働いていた店に戻る大きな尻尾の化け狸。
いつもの服で訪れ、店の奥で給仕服に着替えた。
作務衣の様に作業がし易く、また男性用の服であった。
台を拭きながら、店主と共に客の訪れを待つ事に。
店先に暖簾を掛け、提灯に火を灯す、するとどこからともなく客が集まって来た。
見るからに厳つく渋い顔立ちの男性たち。
半被や捻じり鉢巻き、煙管や足袋。 いかにもな頑固親父たちである。
そんな男達も店に入り、マミゾウの姿を見るなり柔和な表情に変わっていく。
「マミゾウ君、今日も来たぞ」
「よう来たのう。 あんまり呑みすぎてはいかんぞう」
一人が酒を頼むと、マミゾウの前にも酒が出された。
頼んだ訳ではない。 客がマミゾウを好いている証なのだ。
好意は受け取るが、金は受けない。 自分の分は自分で出している。
店主も、その辺りは承諾済みなのだ。
「今日も綺麗だねえ。 マミゾウ君」
「これ、尻を触るでない。 儂は男じゃぞ?」
「はは、すまないね。 これ、みんなで食べよう」
皆が、この狭い人里で暮らしているから、顔見知り同士が多い。
気を許せる者同士で酒は楽しく進んでいた。
一人が帰り、一人が訪れ。 入れ替わり立ち代わりで楽しい時間は過ぎていく。
そんな時である。
「こんばんは、マミゾウ君居ますか?」
「おお、儂はここじゃぞ」
入って来たのは、狐の妖獣少女であった。
どこか遠慮がちにマミゾウの前にくると、唐突に頭を下げた。
「昨日は助けて頂き、ありがとうございました」
一同、きょとんとした表情を浮かべた。
この場にいる、ほとんどの者は昨日から明けまで、ここで酒を呑んでいたからだ。
「狐ちゃん。 狸にでも化かされたんだろ。 マミゾウ君は昨日もここで酒を呑んでいたんだ」
「ち、違いますよ。 昨日、確かにマミゾウ君に助けて貰ったんです」
「へぇ、助けて貰ったって何かあったのか?」
「そ、それは……」
昨日の怖い思い出が蘇る。 みるみる内に顔色が悪くなっていった。
その様子に静まり返る一同。
マミゾウに肩を支えられ、椅子に腰をかける。
言い出しっぺの脇に居た者は、肘で言った者を小突いた。
「す、すまねえ。 まさか、そんな目に遭っただなんて、思いもしなかっただ」
「いえ、でもマミゾウ君に助けて貰いましたし」
「しかしのう。 儂は本当にここにいたんじゃぞ……まぁええか。 店主、この娘に酒を」
差し出された湯呑を弱弱しく握る狐少女。
それを見て、マミゾウは肩を抱き寄せた。
「ほいじゃあ、呑み直すぞい。 狐子の無事を祝って乾杯!」
一同乾杯をすると、再び楽しい騒がしさが戻って来た。
呑めや歌えやの騒がしさ、マミゾウが再び呼び寄せた楽しさに狐の少女の胸の傷は少しずつ癒えていくのであった。
だが、時として災難とは向こうからやって来る事もある。
訪れた男は、怪我をしていた。 身なりや腕から覗くものを見る限り真っ当だとは思えない。
狐の少女は、マミゾウの傍に隠れ、男から見えない様にして、怯えていた。
男は、狐の少女を見てはニタリと気持ち悪い表情を浮かべ、マミゾウを見ては舌なめずりをした。
結局、何も注文せず、また席にさえ着かずに店を後にした。
「おい、あいつは札付きの悪だ。 マミゾウ君、お前さんの事を見ていたぞ」
そんな声も喧騒の中に紛れ、会話の海の中に消えて行った。
「ふぃ~、呑みも呑んだわ。 しかし、今日もツケにしてもらった。 何か悪いのう」
あの後、怯えていた狐の少女を何とか宥め、顔見知りの職人達に家まで送って貰う事を提案した。
職人達も承諾すると、丁度閉店時刻になった事もあり、マミゾウは店主以外がいなくなった店内を少し片付け、店を後にした。
服装は男の浴衣の様な楽な格好である。 帰り際、いつもの服より楽な格好で帰りたかったのだ。
数度の静寂があったものの、楽しく呑んだ事に上機嫌なままであった。
暮らしている長屋に戻ろうと、ゆっくりゆっくり歩みを進めていた。
「ぐふっ!」
酔っていた事もあり、横からの突進に反応できなかった。
抱きつかれ、たちまち路地に連れ込まれた。
立ったままの姿勢で両手首を交差させられ、片手で拘束されてしまった。
「おのれ、離せ、離さぬか!」
「そう騒ぐんじゃねえよ。 それとも、お前の隣に居た狐娘の方を襲って欲しいか?」
そう言った男は、マミゾウの首を舐め上げ、そのまま首元に舌を這わせていった。
「昨日は、あと一歩の所で邪魔が入ったからな。 お前で口直しをしてやる」
「やめえや。 儂は男じゃぞ」
苦しい言い訳だ。 そう耳元で囁いた男は残った手を着物の襟から内部へ滑り込ませた。
マミゾウの胸に寒気がする程の感覚が伝わり、全身に怖気が走った。
「……お前……男かよぉ!」
「だから、言うとるじゃろ。 この変態、さっさと離さぬか」
「女みたいな顔しやがって……もう男だろうが構わねえ。 お前みたいな奴ならな」
そう言った男は、自分の着物の帯を片手で解いていく。
そして、マミゾウの衣服に手を掛け、裾を捲り上げようとした。
「おう、兄ちゃん……何してんだ?」
気が付けば、二人の周りを幾人かが取り囲んでいた。
その人は、先に狐の少女を送り届けていた職人達である。
男の肩には怒りを露わにしている職人の手が置かれていた。
「俺たちゃ、人里職人組合のモンだ」
「最近、女を襲っている不届きモンが俺達のシマに居るって聞いたんだが……違うよなぁ?」
言い逃れは出来ない。 出来ない事を知った上でそう聞いていた。
両手を交差させ上で掴んで拘束し、ヌラヌラと首から下に伝っている液体。
服は肌蹴させられ、襟元からは少年と見紛うばかりの薄い身体や胸板が露出していた。
裾も乱され、細く引き締まった少年の様な太腿が見え、さらに鼠蹊部からは白い捻じり布の褌が見え隠れしている。
どこからどうみても未遂。 放っておけば、ナニをされるか分かったものではない。
職人達は、怒髪天を突くとばかりに怒り狂いそうな状態であった。
「その糞汚え手を、マミゾウ君から離しやがれ!」
止まっていた男は、職人達に引き剥がされると投げ倒され、蹴るわ殴るわの暴行が加えられた。
それも、致し方なし。 男がした事は許される事ではなかった。
それも、職人達に好かれているマミゾウであったから余計に。
突如、笛が鳴った。
誰かが自警団に喧嘩をしていると通報した様だ。
すぐに一同は自警団に捕まった。
しかし、何があったか知った自警団員は、乾いた笑いを浮かべ、皆を注意して御咎めなしとした。
何故か……。
それは、前日に自警団に突き出された男が、次の日に再び悪行を犯し、返り討ちにあったからである。
~~~~~
あの事件から数日が経過した。
怪我も大体癒えた男(狐の少女とマミゾウ君を襲った男)は、ならず者を集めていた。
目的は勿論、復讐である。
逆恨みも甚だしい行為であるが、力が物を言う世界である事が幸いしている。
明るい夜空に雲が流れ、月明かりによって建物の輪郭に沿って明暗を分けている。
場所は、先日マミゾウ君を襲った場所の近く、待ち伏せをして集団で襲い掛かろうとしていたのだ。
そこに居るのは、屈強な男達。 見るからに傾奇者やヤクザ者が揃っていた。
それも、全員が札付きで槍や刀で武装しているのだから性質が悪い。
その場に集まってから数刻、人っ子一人訪れない場所に一人現れた。
その人物、大きな縞の尻尾に大きな葉っぱの笠。
酒と書かれた酒瓶に紐を結わえて肩に担ぎ、ほろ酔いなのか上機嫌で歩んでいた。
「ここで会ったが百年目だ! この顔、忘れたとは言わせねえ!」
目的であろう人物の到来に腸が煮えくり返る思いで前口上を上げる男。
周りの男も久方ぶりに悪逆無道の蛮行を、思う存分楽しめると血気盛んであった。
当の声をかけられた人物、二ッ岩マミゾウはえらく機嫌を損ねた。
片目を瞑って片目は見開いた。 歯を食いしばり、口の片方だけを開く。
目の周りには血管でも浮いたのか形相も妖怪そのもの。
「なんじゃ? 儂に何か用か?」
言葉こそ普通、だが居所の悪さは尋常ではない。
「うるせえ! ホモ野郎が今日はこの前の憂さを晴らしてやる。 野郎ども! やっちまえ!」
「ほうか……気持ち良う酔うておったのに……その喧嘩高う買うてやるわ!」
人差し指を胸の前で立て、手を組むは、いつもの変化の構え。
どろんっ、と彼女を中心に煙が濛々と辺りを覆った。
「くそう、逃げたか!」
逃げていたら、どんなに良かったか……この時、誰も思いもよらなかった。
晴れた煙に現れたるは十分身。 マミゾウと分身合わせて十人。
月の明かりを背中に受けて、皆がニカリと歯を見せた。
襲い掛かる男の槍を余裕で避けて懐へ、木で作られた鎧をものともせずに打ち抜いた。
拳に割られる鎧、一緒に肋骨も叩き折る。
泡を吹いて倒れる男を気にもせず、次は別の男が刀を振り下ろす。
男のへなちょこ刀を素手で受け止めると、なまくら刀とばかりにへし折った。
刀身を失った男は信じられないといった顔で、眼前にそれを近づけた。
瞬間、マミゾウの蹴りが男の股を蹴り上げた。
「どうした? もう来んのか?」
「さっきの威勢はどうした?」
「かっかっかっ! こんな年寄を恐れるとは、最近の若いもんはなっとらんのう」
「ほいじゃあ、儂がいっちょ揉んだるわい」
「ほれほれ、行くぞい。 しっかり気張らんか!」
分身したマミゾウが各々分かれて男達に襲い掛かった。
殴るわ蹴るわ、投げるわ締めるわ……一方的な暴力であった。
中には、余りの迫力、恐ろしさに戦意を喪失する者もあらわれる程である。
最も、そんな彼らを許す事もなく、数人に囲まれて……仕方のない事である。
彼女の強さには秘密がある。
彼女はただの化け狸ではない。 外の世界で信仰を得ている現役の神様なのである。
八坂神奈子という神は、外の世界で信仰を失い、力を失った。
しかし、幻想郷に来て妖怪の信仰を集めて力を取り戻した。
マミゾウは、外の世界で未だ現役。 更に、妖怪は人間が居なければ存続できない。
妖怪では無く、人間の信仰を得ている。
それが彼女の力の源なのである。
「二ッ岩ばっくぶりーかー!!!」
「ぐぎゃあああああああああああ!!!」
死屍累々の中、首謀者の男はマミゾウの肩に仰向けに落とされ、地面に叩き付けられた。
分身達やどこからか現れた狸達がマミゾウの戦いを肴に酒盛りを始めていた。
二の腕を叩いてガッツポーズをとるマミゾウに拍手や歓声を上げる一同。
その逆に男に対しては、罵倒や野次を飛ばしていた。
「くそぉ、舐めやがってぇ」
逆上するも最早一方的。
そもそも下心のみで動く者如きがマミゾウに敵う筈がないのである。
だが、不意に足を縺れさせた男は思いもよらぬ行動を取ってしまった。
マミゾウの胸に触れてしまったのだ。
「お、女?」
「そうじゃ、儂は女じゃ……いつまで触っておる。 そろそろ許してやろうと思うていたが……」
骨の折れる様な音が辺りに響いた。
マミゾウが男の骨を外したのだ。
「おー、おー、良う鳴くわ。 覚悟せい、貴様の腐った性根、この場で叩き直してやるわ」
この後、気絶するまでマミゾウに可愛がられ、仲間達共々自警団に突き出された。
診療所で骨をはめられ、魘される言葉は狸怖いであったそうだ。
~~~~~
自分達を襲った男が酷い目に遭った事を知らぬ二人。
狐の少女を案じたマミゾウは彼女の家に居た。
二人は同じ長屋に住んでいる。 店での顔馴染みも多く住んでいる。
「マミゾウ君って化け狸ですよね? 良いんですか私と一緒に居て……」
「何を聞くかと思えば……狸と狐が仲が悪いなんて迷信じゃ。 それに、お主の事が心配でのう」
冷たい風が暖かくなっていく。 心に温かみが戻っていく様であった。
床に入っていた狐の少女は、久方ぶりに安心して眠れそうだとまどろんでいった。
玄関で座っていたマミゾウは、その様子を見て安堵の溜息を吐き、そのまま目を瞑るのであった。
面白かった。