ちょうどお昼時。人里を2つの物体が疾走していた。その先頭側にいるのは霧雨魔理沙だ。
「くそ、まだ追って来てやがる!!」
もう彼女の箒は音を上げていたが、彼女は構わず高度を上げようと試みる。地面から離れさえすれば逃げられる。それは分かっているのだが……。
ドキューーーン!
「くそっ!!」
お気に入りのとんがり帽子に穴が開く。穴を開けたのは後ろの奴からの射撃。
射撃である。弾幕ではない。射撃、銃弾、実弾。もちろん直撃すればお陀仏であり幻想郷弾幕ごっこルールからは完全に逸脱しているが、後ろの男は何のためらいもなく撃ってきた。
「待ぁてーーい!魔理沙ー!!」
「ひ、ひぃい!!」
高度を上げようと試みた分、当然スピードが落ち、その間に男が迫ってきた。男の運転する自転車の車輪が軋む音が聞こえる。魔理沙は今度は八卦炉を駆使してヘアピンカーブ!テクニックで逃げ切ろうとした。
「ぬぅおおぉぉぉおおう!!」
が、ダメ!
男の自転車のタイヤのゴムの焼ける音が聞こえる。八卦炉のブーストも駆使した魔理沙の飛行テクニックに対し、男は身体一つで対抗。もう無茶苦茶だ。
そして、魔理沙のスピードがガクンと落ちる。男が箒をつかんだのだ。
「魔理沙ぁっ!!観念しろ!」
「い、い、嫌だー!」
「ぬぉお!?馬鹿、やめろっ!!」
魔理沙の箒が制御を失い、右へ左へ蛇行し始めた。人里の往来でそんなことをすれば、被害を受けるのは商店街の人々だ。
「キャー!?」
「うわぁ、また来た!!」
人里の商人や通行人は慌ててかがむ。その頭上を通過し、時に魚屋、時に漬物屋の陳列棚を破壊しつつ、魔理沙と男は飛び回る。箒の先端にまたがっている魔理沙はまだしも、男の方は派手に振られて、あちこちをぶつけられているが、その手は決して箒を放そうとしない。
「あ、ヤバイ……」
魔理沙が小さくつぶやいた。彼女たちが飛行している先はT字路。要するに正面は壁。更に壁の前には乗合馬車のための停留所の看板。看板自体は木造だが、根元には重石がある。ぶつかった時の衝撃は今までと訳が違う。魔理沙が目を閉じるのと、男が魔理沙をがっちり抱きかかえるのは同時だった。
ボキンッ!!と音がして、停留所の看板は折れる。しかし、その衝撃すら二人を止めるのには十分でなく、奥の木造の壁を破壊し、庭の盆栽たちをなぎ倒し、干されていた洗濯物に絡まってようやく止まった。
一瞬の静寂の後。破壊された住居のおばあさんの絶叫が人里をこだました。
「両さん!!何してくれてんだい!!」
-地獄 是非局庁-
「全く、貴方という人は毎度毎度!」
「裁判ちょーーー、あれは仕方なく」
「泥棒一人のためにどれだけ人里を破壊してるんですか!!今日という今日はガミガミガミガミガミ!!」
四季映姫の男に対する説教を、小野塚小町は遠くで生暖かく眺めていた。男の名は両津勘吉。身長は160cm程度かそれ以下と小柄だが、全身が分厚い筋肉と毛で覆われているため、弱そうな印象はない。髪は角刈り、眉毛は太くつながっている。人間というより、小型のマウンテンゴリラに近いし、実際にそれに類する身体能力を有している。
全てを受け入れる幻想郷にあっても、この男は異色の経歴の持ち主だ。何と既に3回死んでいるのだ。しかし最初の2回で天国を荒らしまわって天国から出禁を食らい、3回目の死で地獄に落とされたが、今度は地獄を占領して天国に攻め入る始末。結果、天国と地獄の全会一致で、ひたすら寿命を延ばすことで現世に置いておくことになったのだが、どうにもそうもいかなくなってしまった。
そこで押し付けられたのが、幻想郷の裁判長、四季映姫の元だ。外の世界の事情に疎いことをよいことに幻想郷の治安を守る名目で両津は送り込まれた。最初は喜んだ映姫もすぐに間違いに気づいたものの、今更どうしようもない。両津が問題を起こす度に説教をするのであった。
実際、両津が来てから人里の犯罪検挙率はほぼ100%となり、翌月には犯罪が激減した。しかし、それと同じ数だけ、両津の破壊的な逮捕劇への苦情が殺到し、結局プラマイがゼロなのだ。
その小町の隣には不貞腐れた顔をした魔理沙だ。罪状は窃盗の常習犯。本来ならもと重い刑罰が下っても然るべきところではあるが、両津の問題行為の方が大きいため、説教を隣で聞いてるだけの時間が長い。とはいえ、これだけ捕まってるのに行動を改めないのだ。小町も小言の一つは言いたくなる。
「まぁ魔理沙よ。お前、もう罰金は何度目だ?このままだと破産するぞ」
「……るっせー」
魔理沙は最近、目に見えてひねくれてきた。幻想郷全体の総意として、魔理沙の行為を認めているわけではない。ただ捕まえられないから放置されていただけ。しかし今や被逮捕常習者。メンツが丸つぶれなのだろう。
四季映姫の説教が終わったのは、ぴったり1時間後。1秒単位で正確にお説教が終わる。この杓子定規っぷりも流石四季映姫だ。
「ふぅー、疲れた……」
「お疲れさま、両さん」
小町は軽く両津をねぎらう。しかし両津はそれに応えず、魔理沙にゲンコツを食らわせる。
「イッテーーー!?何しやがる!?」
「何しやがるじゃない!!毎度毎度、この馬鹿!!」
「まぁまぁ、両さん」
小町は両津を抑える。その間に魔理沙は身支度を整える。その態度から反省は微塵も感じられない。小町はうんざりしながらも言う。
「はい、魔理沙。今回も罰金で済んだが。もうこんなところに来るんじゃないぞ。」
「へいへい、分かりましたよーだ。」
またゲンコツを食らわせようとする両津を抑えて魔理沙を解放する。魔理沙はあっという間に飛び去った。本来、三途の川を飛んで渡ることは不可能なのだが、慣れで何とかなってるらしい。両津は両津で、渡し船に勝手に乗る。流石にこっちは漕げないので、小町の役目だ。
「時に両さんよ。来た時の話では女には手を上げないんじゃなかったのか?」
「馬鹿野郎、親も世間も手を上げないから、あんな馬鹿がのさばるんだ。」
「まぁアイツもいつかは更生するのかね。」
「ふん!良い奴は元々不良になんかならん。クズだから不良になるんだ。」
小町はそれに応えずに、船を漕ぐ。とりあえず人里に行って飯を食いに行かなきゃならない。小町自身、最近は仕事を全くサボらなくなった。近くに両津がいるため、自分まで仕事をサボったら四季様が死んでしまう。
「かつ丼でいいかい、両さん?」
「ワシは犯罪者か。」
いつもの調子で冗談を言いつつ、二人で人里に繰り出した。
-人里の外れ-
魔法の森の前で屯する、いつものクズ共に会ってしまい、魔理沙はあからさまに顔をしかめた。
「よう、魔理沙!また捕まったらしいな」
「話しかけるな、ごみ。」
そいつらは過ぎ去ろうとする魔理沙に追いすがってくる。とはいえ、魔法の森に入る度胸もないため、時間限定だが。もはや日課になりつつあった。
「でもよー魔理沙。お互いこのまんまって訳にゃいかねえだろ?俺たちと一緒にさ、」
「一緒にするな」
この3人の男たちもまた両津に捕まった元犯罪者だ。しかし魔理沙と違う。一人は強盗、一人は強姦、最後の一人は弱い奴を見つけては人気のないところで暴力を楽しむ正真正銘のクズどもだ。重犯罪者なので、もはや人里にも立ち入れず、もし立ち入っても瞬く間に両津に捕まり追い出されていた。こういうならず者たちからして、両津の体力と執念深さは畏怖の対象となり、現世では”ガラガラヘビの両津”とあだ名されていたと聞く。
「魔理沙よ、聞いたぜ。もう罰金食らいすぎて家計が火の車ってな。今更堅気になれんだろ?」
「……」
痛いところを突かれて、いつものように押し黙る。魔理沙が彼らを無視できないのはそういうところ。今のままではいけないことは分かってるが、信用のない身、どうしてよいのか分からないのだ。そうこう考えているうちに魔法の森に入っていく。男たちは手前でストップし、魔理沙に呼び掛けた。
「聞いてくれ!俺達にはビックな計画があるんだ!お前と一緒ならやれる!いつでも待ってるからな!」
魔理沙は無視して家に帰ったが、そのビックな計画が頭から離れなかった。
-人里-
「悪いな、飯奢ってもらって。」
「いつものことだろ、両さん」
小町と両津は飯屋からちょうど出たところだった。両津が問題(減給処分)を食らう度に小町が昼飯を奢るのが通例になっていた。まぁ要するに、毎度毎度奢ってるわけだ。
「ああ!?両さんだー!」
「両さん両さんー!」
「おう、ガキども。ベーゴマか?」
里の子供たちが寄ってきた。この男、これだけ問題行為を起こしているのにどういうわけか孤独ではない。むしろ人気者なのだ。
「相変わらず人気者だねー」
「当然だ、ワシだからな!ははは!」
冗談を言いつつパトロールする。本来、パトロールは自警団の仕事なのだが、両津は昔の職業柄、これを怠らない。もっと言えば、犯罪者を取り締まるのが両津、その両津の出した被害を素早く回復させるのが自警団の仕事と、ちょうどアベコベになっていた。
すると、ちょうど前の方に、腰を曲げたおばあさんが歩いていた。タダのおばあさんではない。さっき、両津が破壊した家屋の主だ。
「よぉ婆さん!さっきは悪いな!」
「当然だよ!言っとくが、アタシはアンタを許してないからね!」
ペコペコする両津に、叱るばあさん。小町も宥める側に回る。
「まぁまぁおばあさん。今日はどちらに行くんだい?」
「乗合馬車に乗って、里の外までね。誰かさんが家の前の停留所を壊してくれたおかげで、すんごい疲れるわ!」
「ばあさん、悪いな。仕方ない、あらよっと。」
「ちょ、何するんだい!?」
両津がいきなりおばあさんを背負ったのだ。
「せめて停留所までは運ばせてくれよな。」
「ふ、ふ、ふん!そんなんで帳消しにはならんからね!!」
そんな両津の背中を見て、小町は不思議に思う。人里の破壊神としての両津勘吉。そして頼れるお巡りさんとしての両津勘吉。この相反する2つが同居しているのが、この男の奇妙さだ。
両津がきっちり馬車の停留所まで運んだところで馬車が来る。馬車に乗り込むばあさんと入れ替わりに厄介な人物が下りてきた。上白沢慧音、ついでに藤原妹紅だ。
「現れたな、疫病神が。」
「まぁまぁ慧音。両さんも事情があるんだしさ。」
「いいや、妹紅。今日という今日は言わせてもらうぞ。」
会って早々喧嘩腰の慧音に対し、間に入る妹紅。この2人は人里の有力者で仲良しだが、背景が異なる。寺子屋を営み、寄合にも顔を出し、時には妖怪との交渉も行う上白沢慧音。彼女は人里の有力者たちの利益代弁者である。一方で妹紅は自警団と言えば聞こえがよいが、荒くれものの集まり。それを力で押さえつけて里の治安を守っている。そういう自警団にとって、厄介ごとを増やしている両津は嫌われていない。むしろ男の憧れとして尊敬を集めており、その団長の妹紅も犯人逮捕に全力姿勢を見せる両津を憎からずと思っていた。
「両津殿。今回の魔理沙の逮捕で8店舗も被害を受けた。その被害総額は我々が負担しているのだ。正直、魔理沙の泥棒を黙認した方がまだ安くついている。」
「言わせてもらうが、慧音さん。お巡りが犯人を取り逃すからナメられるんだ。」
「そうだよ、慧音。両さんが言うことも正論なんだよ。だから、な。」
今回は妹紅が早めに慧音を引きはがす。
「覚えておけよー!妹紅がいなければ頭突きの3発はくれてやったからなー!」
「へいへい」
妹紅と慧音を見送りながら、両津と小町はパトロールを続ける。
「両さんは外の世界でもこんな感じだったのかい?」
「まぁな。始末書の両津ってあだ名つけられてたな。昔はそれでもよかったんだが、最近はコンセンサス、コンセンサスとうるさくてな」
「コンプライアンス、な。」
両津の言い間違えを軽く修正する。それを影から見つめる人物にその時二人は気づかなかった。
通り過ぎる両津を見つめていたのは魔理沙だった。里の人々の両津への対応と、魔理沙への対応はまるで違った。通りのおばさんはヒソヒソ話を始め、子供は嘲笑する。今や、魔理沙は嫌われ者だった。両津が現れるまではそんなことはなかった……と魔理沙は思っていた。ただし実態は、被害者が泣き寝入りしていたためにあまり広まらなかったに過ぎない。こうも捕まり公になれば、人々の対応も変わる。アリスは気にかけ、時々話しかけてきてるが、魔理沙は避けるようになった。霖之助に至っては、2月ほど会ってもいない。自業自得だが、どんどん孤立の深みにハマっていた。
3日後。魔理沙はならず者の3人のところに足を運んだ。
「おう魔理沙!ようやく決心してくれたか?」
「話を聞くだけだ。」
魔理沙がいるのは地上から4mほど上空。この距離が男たちへの警戒具合を表していた。
「まぁそう言うなって。魔理沙も絶対に気に入ってくれると思う。」
リーダーの男が話しかけてきた。弱い者いじめの暴力男だ。体格はいいが、特別に格闘技をやっているわけではない。だから弱いものを探して虐める。
「俺たちは考えたんよ。このまま幻想郷にいてもしょうがないかなって。」
続いて、強盗の方が口をはさむ。正確にはこの男は空き巣の常習犯。しかし空き巣中にたまたま主人が帰ってきてしまい、匕首で切り付けてしまった。この3人の中では一番まとも側ではある。
「金目のもんを頂いて、外の世界に行くってよ」
下衆な笑いを浮かべて3人目の強姦魔が話す。こいつは、大人しそうな女を見つけて強姦する手口だった奴だ。里は古い考えの持ち主も多く、強姦被害者だと嫁に行きにくくなることもあるので、泣き寝入りする娘も多い。そういう女をターゲットにしてきたが、異変を察知した両津に見つかり、歯が折れるまで殴られた。この中じゃ、両津に一番恨みを持っているはずだ。
「金目のもん?外の世界?何で私の協力が必要なんだ?」
「外の世界に行くには博麗の巫女の協力が必要だろ。つまりな。まず銀行を襲って金を奪う。そしてその金の一部を巫女に払って、外の世界におさらばってわけだ。」
「当然、魔理沙。アンタに協力してもらいたいことが二つ。まず銀行を襲うにしても俺たちだけじゃ骨が折れる。アンタのマスタースパークが必要だ。また金があったところで、巫女に協力して貰えなきゃ外に行けないだろ?アンタなら交渉できるってわけだ。」
「ふーーん。」
魔理沙は思案する。穴だらけの案のように思えた。
「どうだい、魔理沙?やるだろ?」
「考えさせてくれ」
魔理沙はそう言って、森の中に去っていった。
「なぁリーダー。あの女、参加するのか?」
「分からねぇ。だが、例の計画は明日しかチャンスはねぇ。」
リーダーの男が森に背を向ける。視線の先は人里だ。
「俺たちはもう引き返せねえ。」
-人里-
ここは人里の一角。今日は相撲大会が行われていた。大会と言っても、里を上げて行っているわけではない。町内会のイベントであり、毎回そこそこ程度の盛り上がりを見せている。
が、それは両津の幻想郷入り前の話だ。
「でぇぇぇええいい!」
両津の掛け声と共に、対戦相手は転がされた。
「決まり-!両津関、内小股(うちこまた)」
わーーーーという歓声を縫って、小町が銭を集めていた。両津がやっているのは賭け相撲。大会があると乱入しては小銭を稼いでいた。また、大会主催者側にとっても両津の乱入にもう一つのメリットがあった。
「今度は俺だ、両さん!」
「おう、来たな小僧!」
両津が相撲を取ると、必ず人里の自警団の力自慢が乱入してくる。力士が増えればそれだけ見せ場が増え、酒も売れる。だからこそ、乱入は黙認されていた。
もちろん快く思っていない者もいる。歓声を上げる妹紅の隣で慧音は仏頂面だ。
「はいはいー、5連勝中の両津関に、自警団の金森関が挑むよー。さぁ賭けた賭けた!」
両津の自警団に対する勝率は7割程。この比率が賭け好きにはたまらないのだ。もちろん、そうなるように両津と小町が調整しているのは言うまでもない。
一通り賭け終わったところで取り組みが始まる。里での野相撲は、本来の大相撲に比べルールが簡素だ。両手をついたら即始める。また土俵の大きさもまちまちだったりする。
「残った!残った!」
自警団の金森は170cmちょっと。平均身長が低い人里ではまずまずの体格だ。リーチの優位を生かして張り手を繰り出す。対して両津はマワシを取りに行くも、なかなか前進できない。
長期戦かと思われたこの試合も一瞬で勝負がつく。金森の張り手を両津がつかみ取る。慌てて金森は腕をひっこめるが、それと同時に腰を突き出してしまう。これが致命的な隙。一瞬にして両津が低空タックルの要領でガッチリつかむ。すると外そうとして思わず足を上げてしまった。そんな隙を見逃す両津ではない。ど派手な大外刈りを決めた。
そう、正に金森が背を地面につけた瞬間だった。
ドォーーーーーンと轟音が響き渡る。両津は驚いて、投げた相手を見る。もちろん両津がいくら怪力だからといって、轟音は起こせない。
「火事だーーー!裏の倉庫に火が!!」
遠くで誰かの声がする。すぐに反応したのは妹紅だ。
「野郎ども!相撲は中止だ!消火に向かえ!!」
妹紅の激と共に自警団が撤収する。
「両さん、アタイらもいくよ。」
「おう。」
火事現場は本当にすぐの裏路地の倉庫だった。
「あーーー!?オラの倉庫がーーー!?」
倉庫の持ち主らしい男がうろたえていた。自警団はバケツをもって水を運んでいたのだが……。
「待て、妹紅!ストップ!ストーーーーーップ!」
両津が叫んで制止する。戸惑う妹紅を無視して持ち主の男を見る。両津は職業柄、住人の職業を記憶しているのだ。そしてその記憶が全力で警報を鳴らしていた。
「オッサン、アンタの倉庫だな?」
「んだ、んだ。」
「アンタ、猟師じゃなかったか?ここには何が入っている?」
「仕事道具だ」
「火薬と銃弾は?」
「もちろん入ってるだ……」
持ち主の返答を聞き、妹紅が青ざめた。
「野郎ども!倉庫に近寄るな!野次馬を隔離しろ!!あ、あとお前。一っ走りして命蓮寺まで行け。船妖怪の村紗さんを呼べ!」
指示を飛ばした妹紅が両津のそばまでやってきた。
「ありがとう。危うく団員を死なせるところだったよ。」
「いいってことよ。村紗っていうのは?」
「里のお寺の妖怪だ。空飛ぶ船を操縦していて、更に水を操れる。彼女に上空から水をかけてもらおう。」
「それまでアタイが燃え移らんようにしとくよ」
小町が鎌を振り回す。
「燃えている倉庫と、周りの家屋の『距離』を弄っておいた。燃え移りにくくはなったはずさ。でもせいぜい50cmくらいしか離せないけどね。気休めくらいにはなるさ。」
完全に消火が終わったのは夕方。日も暮れようとするころだった。
自警団と両津らが瓦礫整理を行っている間、妹紅は猟師に事情聴収をしていた。
「オッサン。火の元に心当たりは?」
「全くねぇだ。」
「施錠はしていなかったのか。」
「ああ、いんや、普段はしてるだ。けれど今日は相撲大会があったから。道具一式はウチんとこ入っててよ、今朝から解放して若い衆に運んでもらってただ。」
「それでも終わったら施錠すべきだったな。」
「面目ない。」
「形式的な質問だが。誰かに恨まれる覚えは?」
「そんなんねぇだ!!」
「うーん……」
妹紅が首を傾げる。そこへ団員が走ってきた。
「団長。ちょっと来てください。ヤバイことになりました。」
「! 何がだ?」
妹紅は火事の瓦礫置き場に向かった。
「? 何かおかしいものでもあるのか?私には分からないが?」
「団長。おかしいものがあるんじゃないんです。ないんです。」
「何が?」
「ああ!!!オラの猟銃がない!!」
猟師が焦げた瓦礫をかき分ける。
「ねぇ!ねぇ!オラの命の銃が!!」
-是非局庁-
「全くこの馬鹿ども!賭け相撲とは何事ですか!!」
「まぁまぁ映姫さん、落ち着いて。」
四季映姫の怒号を妹紅が宥める。
あの後、両津と小町は妹紅と慧音を引き連れて是非局庁に戻っていった。火事と猟銃紛失事件を報告するためだ。しかしうっかり妹紅が賭け相撲をしていたことまで口を滑らせてしまったので、映姫はカンカンだ。
「ふん!両津!小町!貴方たちの処分は後で行います!まずはこっちを片付けましょう。」
映姫の前に慧音が地図を出す。
「これは人里の地図。そしてこの町内で相撲大会が行われていた。犯行の手口からして、犯人はどうも猟師のことをよく知っている人物としか思えないんだ。町の催しがあれば、鍵を閉め忘れるくらいの杜撰な人間ということを。」
「となると、町内の人間か、あるいは町内の人間に深いかかわりがある人物ということですか。」
慧音の推理に映姫もうなづく。小町も口をはさんできた。
「倉庫に火をつけたのは、猟銃を盗んだ事実をごまかすためだろうね。だけど、金属の猟銃が火事跡から見つからないなんておかしい。だからアタイらがすぐに気づいちまった。そこが誤算だろうね。問題は猟銃を盗んで何をしようとしているのか……」
小町の指摘に一同考え込む。人を殺すにしても、わざわざ銃を盗まなくても可能だろう。あるいは銃でもなければ勝てない強者を殺そうとしているとも考えられるが……。
そんな中で手を上げたのが妹紅だ。
「自警団の哨戒を厳重にしないとな。まだ犯人は町内会の人間とは限らない。ん、両さん。何見てるの?」
「そっちはそっちでパトロールをしててくれ。ワシは思い当たる節があってな。小町。」
両津が小町に指さした場所。地図には住人の名前も書き込まれている。
そこの家の息子は、暴力事件の現行犯で両津に逮捕され、里を追放になった男。そう、あの3人組のリーダー格の男の家だった。
-魔法の森の外れ-
魔理沙は血相を変えて3人組がいるところに飛んでいた。
今朝の文文。新聞には人里の火事、そして猟銃が何者かに盗まれた可能性が高いことが記載されていた。魔理沙はすぐにピンと来た。
3人組も3人組で、魔理沙の来訪を予感していた。口火を切ったのは魔理沙だ。
「朝刊は見たか?人里で猟銃が盗まれたってやつ。」
「ああ、見たよ。」
リーダーの男が言う。3人とも厄介なことになったという顔だ。
「どうもこうもねぇ。まさか、こんなに早くバレるとは……」
「だから言ったんだよ、リーダー!火つけるのは止めようって!」
「つけなかったとしても、翌日にはバレるだろ!銃ねぇんだから!」
男たちは言い争いを始める。魔理沙もうんざりしてきた。
「とにかく、もう銃返しなって。このままじゃ……」
「は!?馬鹿言え」
3人が異口同音に言う。
「へ?」
「へ、じゃねえよ。俺たち前科者が放火した上に銃盗んだんだぜ?もう後には引けねえよ。」
「返すにしても、どう説明するんだ?銀行襲うつもりでしたけど止めましたっていうつもりか?」
「もう腹くくるしかねぇってこった。」
冷や汗を垂らす魔理沙を他所に、男たちの言葉は静かだ。魔理沙も流石に察した。コイツらは本当に後がない。
「魔理沙。明日の8時。ここに来てくれ。来なくても俺たちは行く。」
「8時って朝の?無茶だ!なんで白昼堂々と!」
「だからこそだよ!どうせ奴ら夜中見張りに歩き回ってんだ!朝が一番緩くなるはずだ。」
「でも他にも人がいるんだぞ!お前ら、撃つ気か?弾幕じゃない、本当に死人が出るんだぞ!!」
リーダーは目を細めて、静かに言う。
「そう思うんだったら来てくれ。マスパだったら誰も死なねぇだろ?」
-人里-
「そうですか、はい、夜分遅くすみません。」
小町は頭を下げて家を出る。3人組のリーダーの実家だ。
「当たり前のことだけど、息子は家には帰ってないって。人里出禁だからな。」
小町は隣にいた両津に話しかける。
火事の当日から翌日夜の今まで。両津たちはパトロールを続けていた。流石に疲労の限界だった。
「妹紅さんによると、自警団用の宿舎を貸してくれるらしい。今日はそこで寝ようよ。」
「そうだな、小町」
冷え込む夜風を避けて両津が言う。この24時間近くに及ぶパトロール。結果的に両津のアテは全部外れてしまった。ソイツの友人の家。元の勤め先。同僚、被害者宅。最後にダメ元で実家を巡ったのだ。
「奴ら、やっぱり里の外にいるんじゃないかい?」
「小町、猟銃持ち出してるんだぞ?里で何かするつもりに決まってる。」
両津の『里で何かするつもり』は当たってるが、今も里にいるは間違い。両津は幻想郷の日が浅く、里以外にはロクな居住スペースがないと思っていた。しかし実際は山小屋、妖精のねぐら。様々な場所がある。ちなみに件の3人組は紅魔館近くの湖にある氷室(冬に凍った氷を保管しておく地下室つきの小屋。氷は夏に売る)に泊まっていた。
「ふぁああああ。流石に眠い。後は自警団に任せよう。ん?」
空を箒星のようなものが過ぎる。小町が解説する。
「あれは魔理沙だな。」
「魔理沙?」
「箒の先端にランタンつけてな。夜はああやって飛行するんだ。こんな夜遅くに珍しいな。」
「ふーん。」
両津は歩きながら考える。自分の不良時代も夜に活動してたものだ。両津の体験談として、不良はもれなく夜型になる。それは単に夜遊びのためだけではない。日中は真面目に学校にいっている同級生が目に入り、劣等感を感じるのだ。
しかし、それ以上のことを考えはしなかった。両津自身、眠さの限界だった。足早に自警団の詰め所に向かった。
その頃、上空から魔理沙は人里の警備を観察していた。確かに夜回りの自警団が多い。銃の強奪事件という性質上からか、3人一組で回っている。だが、それは昼間の警備の手薄さも意味していた。急に自警団の人数を増やせるわけではないのだ。
「いやいや、私は何考えてるんだ。」
これじゃあ、まるで。明日に奴らと合流するつもりみたいじゃないか。
「どうするんだろ、私……」
一番正しい選択は、もう自警団の詰め所に駆け込み、全てを打ち明けることだろう。だけど、今更できない、という気持ちだ。散々敵対しておいて、こういう時だけ頼るのは何となく避けたい。そういう子供じみた考えが魔理沙を支配していた。
かといって、一緒に強盗するとまでの気概も起きない。逃げることで人里に死人が出ると後味が悪い。奴らも止まらないだろう。
思えば、霊夢、アリス、霖之助。様々な人間が魔理沙を諫めていた。そういう忠告から逃げ回った挙句、今や誰も頼れなくなった。
「……」
ならば、私なりのやり方でやろう。そう考え始めた。奴らと合流する。でも私の弾幕で死者は出さないようにしてやる。どうせ私も幻想郷のはみ出し者だ。いずれ、奴らと同じ立場になる。その時に一人でやるよりも、いっそ4人で……。
魔理沙はそう考え、魔法の森に引き返した。
-人里 銀行前-
魔理沙と3人組は魔法の森で合流し、一度は別れ、バラバラに人里に潜入。そして銀行の前に集結していた。まだ銀行が開いてないため、今は待っている状態だ。
魔理沙は冷や汗ダラダラだった。魔理沙自身も人里では曰く付きの人間だが、他の3人よりはマシ。なので魔理沙が一番最初に入ることになっていたのだ。
(逃げたい……)
既に自分の行動に後悔し始めていた。
今までやっている悪事とは全く違う。本当に取り返しがつかないことだと今頃になって実感し始めたのだ。この心理はちょうど、気軽に振り込め詐欺の出し子になった中学生に似てるかもしれない。要するに、子供特有の思慮の浅さが魔理沙をここまで連れてきてしまった。
「いらっしゃいませー」
受付がにこやかに挨拶してくる。勘弁してくれ……。私は今から強盗しようとしてるんだぞ。そういう魔理沙の心の声が相手に届くはずもない。
「お客様、本日はどのようなご用件で?」
そこで受付も気づく。魔理沙は泣いていた。汗も涙も鼻水も。もはや洪水。誰だって異変に気付く。
「お、お客様?どうしたんですか?」
「い、い、いやーーーーーッ!!」
ここで魔理沙の感情は決壊した。足からぐにゃあって崩れ落ちる。
「助けて!助けて!誰か助けてっ!!」
そこに数々の異変を解決してきた弾幕少女の姿はなかった。怯える子犬が泣き叫ぶように、周りに助けを求めた。
ガツっ!
その悲鳴はすぐに終わった。
後ろにはリーダーの男。猟銃の銃把で後頭部を殴りつけたのだ。
「ったく、使えねー女だ。」
その声に呼応して、残りの2人も乱入した。刃物を持っている。
「てめーら、動くんじゃねえぞ!ありったけの金を持ってこい!」
店員たちの悲鳴は、続く散弾の音でかき消された。
「両さん!事件だよ、事件!」
「あぁん?事件?」
寝ぼける両津を小町がたたき起こす。最も、小町も小町で大概寝ぼけてるが。
「ふあぁぁあ。小町。なんの事件だ?」
「分かんない。とにかく、自警団のが全員集合って。里の中央にある銀行に。」
「銀行で事件って言ったら強盗しかないだろうが。」
両津は最もな指摘を出しながら着替える。寝起きの機嫌が悪い両津はそこから30分かけて現場に向かうのだった。
二人が歩きながら現場に向かっている中。3人組は焦燥していた。彼らはまだ銀行にいた。全くの計算外だった。
まずいきなり銃を撃ってしまったせいで、異変が瞬く間に伝わってしまったこと。更に金庫番の女性がまずかった。その女性は正に、3人組の強姦魔の男が最後に犯した相手。その現場を押さえられて彼は逮捕されていた。もちろん、女性が通報したとかではなく、単に両津が哨戒中に偶然現場に居合わせただけのこと。しかし男は女を逆恨みし、必要もない暴力をふるう。女もそれに対抗し、最終的になんと鍵を飲み込んでしまった。また、彼らが揉めている間に店員たちが逃げて自警団に通報。
結局は金は手に入っていない。自警団には囲まれる。最悪の状況だった。
「あー、あー。お前たちは完全に包囲されている。完全に包囲されている。無駄な抵抗を止めて……」
「うるせぇ、くそアマ!!」
リーダーは銃をぶっ放して黙らせる。
「くそっ……」
「リーダー、どうする?」
「どうするどうするって、何でも俺にふるなよ!!畜生……」
人質は二人。顔面が痣だらけの金庫番の女性と、今は目を覚ましているが気絶させられていた魔理沙だ。両者とも後ろで手を縛られていた。
(熱い……痛い……)
魔理沙は己の悲鳴をかみ殺していた。魔理沙のこめかみにはいくつもの円形の火傷ができていた。発砲された銃を頻繁に押し付けられたからだ。3人組にとっても、人質の価値が高いのは当然金庫番の女性の方。であれば、より容易に殺せる方は魔理沙であり、彼女に銃を突きつけるのは自然だった。
そんな彼女の目は遠くの方から走ってくる両津をとらえていた。
「両さん、来たか。状況は最悪だぜ。」
妹紅が左手を上げて出迎える。右肩は肉が大きく抉れて、内部が蠢いていた。
「妹紅!?その傷……」
「ああ、心配ないよ、両さん。妹紅は蓬莱人っていって。よく分かんないけど不死身なのさ。うちら死神としてはいい顔できないけどね。」
ビビる両津に小町が説明する。しかし小町は気づいた。治りが遅い。
「普段は弾幕ごっこ。所詮、死ぬことはない怪我しかしてないからね。久しぶりに痛いわ。」
妹紅が顔をしかめる。しかも今回は散弾銃の怪我だ。普通の銃弾と違い、肉が抉れるようにはじけ飛んでいた。妹紅とて所詮は女の子。本当は人目はばからず泣きわめきたい。それを鋼の精神力で抑えて淡々と述べる。
「敵は3人。1人が猟銃、2人が刃物。猟銃の方がこの前の事件の人間とみて間違いないだろう。そして人質は2人。1人は銀行の金庫番のお琴ちゃん。もう1人はどういうわけか分からないが魔理沙だ。」
小町は軽く驚き、両津は厳しい顔をする。そして小町の方が問う。
「魔理沙がいて、しかも人質?どういうことだい?」
「それが分からないんだ。逃げ出せた店員曰く、朝にいきなり魔理沙が銀行で泣き出して、その直後に銃を持った連中が雪崩れ込んだ。我々自警団としては、魔理沙が何らかの行為を強要されていたのではないかと。」
そんな妹紅の推理に反して、両津には別の憶測があった。もちろん証拠はないが、警官歴が長い両津には、昨日の夜の魔理沙の飛行が引っかかった。あれは、空から自警団の警備状況を確認していたのではないのか。とすると、果たして本当に強要だったのか。途中で仲間割れ、という方がしっくり来ていた。
「まぁそんなことはいい。ワシに現場を見せろ。」
「え、両さん?馬鹿!危ない!!」
「ん?、うっわぁぁああああ!?」
両津が前に出るや否やの発砲。それを野生の勘でかろうじてエビぞりで避けた。
「危ねぇ!!何しやがる!?」
「貴様、両津!!ここであったが100年目!!」
続けてのもう一発の発砲で、両津もたまらず後退した。
「やれやれ両さん、よっぽど嫌われてるな。」
「笑い事じゃない!!」
小町と両津が漫才を続ける中に自警団の若いのが妹紅に連絡する。
「猟師の方に話を伺うと、どうやら銃弾もたっぷりあるそうです。弾切れは期待できそうにありません。人質も二人いますし、強行突撃も難しいかと。」
「うーん。」
妹紅も頭を抱える。犯人は興奮しやすい性質らしく、交渉もままならなかった。既に包囲から2時間経過。犯人の集中力も保てなくなる。その結果がどっちに転ぶのか。やはり早期解放が最善の安全策だ。
そんなことを考えていると、包囲網の外側が騒がしくなる。どけという声や危ないからという掛け声が聞こえる。しばらくして現れたのが、熊のような壮年の男と、泣きはらした老夫婦だ。妹紅は、老夫婦のことは知らないが、熊そっくりの男の方は知っていた。
「おお、北門町の会長さん」
「取組中悪いが、どうしても話したいことがあるんでな。」
会長が老夫婦を指す。
「こちらは人質になっているお琴ちゃんの親御さんだ。俺もお琴ちゃんのことは生まれた時から知っている。会長として、絶対に死なせるわけにはいかねぇ」
老夫婦が会釈するが、妹紅は妙な違和感を感じた。泣きはらしたというより、泣き終わったという方が正しい。老夫婦の目は今や期待の目、それが会長に注がれていた。
「妹紅、聞いてんのか?」
「あ、いや、悪い。すまない。それで話とは?私たちももちろん全力で救出するつもりだ。だからこそ余計な刺激は……」
「違うんだ、俺の言いたいことは。俺はお琴ちゃんを守りたいんだ。そこに魔理沙は含まれてねぇ。」
「は?」
会長の言いたいことが見えなかった。
「さっきから見ると、奴らの銃はうちらか魔理沙。このどっちかにしか向けられてねぇ。今突撃してもお琴ちゃんに危害はないって寸法よ。」
「あんた、まさか……」
「妹紅。お前だって魔理沙のことは知ってるだろう?道具屋の良いとこの生まれだが、餓鬼の時から手癖も悪いクソ餓鬼だ。お琴ちゃんの命とは比べられねぇ。」
「こ、断る。自警団としてそういうことは……」
「アンタが断るっていうなら俺が勝手にするだけだ。俺が号令を出す。アンタはそれを止められなかっただけ。一応格好はつくだろ。それでもアンタに話しにきたのは、こっちも筋を通したいってだけよ。」
この会長は、町の顔役でもあり、自警団にも顔が利く。確かにこの男が号令を出せばそうなってしまうだろう。
「会長さん、落ち着いてくれ。お琴ちゃんは何とか助ける。だから……」
「どう助けるんだ?早ければ早い方がいい。それはお前さんも分かってるだろう。」
会長が一歩前に進み出る。妹紅は冷や汗を垂らしつつ止めようとするが、止まるものでもない。正に男が自警団に指示しようというときだった。
「ワシが助けるッ!!!」
怒号と一瞬の静寂。もちろん犯人にも人質にも聞こえただろう。それほどの大音量だった。沈黙と静寂の中、この男だけが動いていた。
「魔理沙も琴ちゃんも、どちらもワシが助ける!手出し無用だッ!!」
「ッ!?し、しかし、貴様、どうやって!」
「ワシが助けるって決めたんだ、すっこんでろ!」
身長190cm近い大男を160cm未満の両津が押しのけた。筋肉だけではないだろう。謎の気迫、そして説得力にあふれてた。それは会長にも伝わった。
「30分、いや15分でいい。ワシに時間をくれ。」
「う、うう、分かった。」
会長も渋々うなづく。両津が輪から出ていく中、小町が追っていく。
「両さん!15分でいったい何ができるっていうんだい!?」
「それを今考えてるんだ!」
両津は歩く。ゆっくり歩く。しかし両津の脳内はフル回転していた。
考えろ、考えるんだ、何かあるはずだ……
「ん?」
「どうした、両さん?」
「いやな。」
両津の視線の先には折れた看板。これは先日、逃走する魔理沙を逮捕したときに破壊した乗合馬車の停留所だった。
「小町。」
「ん?」
「10分以内に戻る。妹紅と野次馬を掃除してくれ。そして私が声を上げたら包囲網を壊すんだ。」
「は、はぁ?何言ってんだい、両さん!」
「頼んだぞ!」
もはや両津は振り向きすらしなかった。風の様に、あっという間に去っていった。
「全く……でもこれでやらなきゃ江戸っ子廃るってもんかね。」
小町も腕まくりする。何だか分からないが、両津の頼みを引き受けよう。そう、踵を返した。
「小町、これでよいのか?」
「あいよ。」
小町は妹紅の助けを借り、野次馬を掃除した。町内会の会長のみ、邪魔をしないという条件で残された。最初は戸惑った会長も落ち着き始め、文句が出るようになった。
「おい。奴は15分と言ったな?かれこれ30分は経とうとしてるぞ?」
「分かってるよ、会長。でも両さんはヤルといったら必ずヤル。それこそ、どんな手を使ってでも。」
「う、うむ。」
それには会長、黙るしかない。会長も両津の破壊的な逮捕劇には迷惑をしている人間の一人だ。だからこそ分かる。両津がやると言ったら、必ずやる。
「だ、団長!」
若い自警団が馬に乗って妹紅のところにやってきた。
「急いでここから離れて!すげぇことになりました!」
「すげぇ?一体……」
その妹紅の問いかけは、けたたましい馬の蹄の音にかき消された。
10分前。
「両さん、いくら何でも無茶だよ!!」
「うるさい!ワシがやるって言ったんだ!やれ!」
「し、死んでもアタシを恨まんでくれよ」
小町と別れた両津が向かった先は乗合馬車の待機所。馬車と都合、5頭の馬がいた。馬車には普段は2頭までしか繋げないが、両津の突貫工事で4頭が繋がれていた。本来の御者はそのうちの1頭の背に直接またがり、御者台には両津が仁王立ちしていた。
「お、ちょうどいいところに。おい!そこの自警団の若いの!」
「は、はい。」
「今から余った馬に乗って妹紅たちに知らせてくれ。道を開けろってな」
「分かった。アンタ、前々から思ってたけど……やっぱスゲエ」
「御託はいい!とっとと行け!」
回想終了。
妹紅たちは若い衆が何を伝えに来たかも聞かずに包囲を解いて道を開けた。遠くの方で驚く強盗3人組。当然、逃がしてくれるなんて思っていない。とんでもないことが起きるってことだけは分かった。
「おい、てめえら!下手な真似しやがったら、この女の頭がブチぬ……く……え?」
彼らの声は尻つぼみになった。猛スピードで遠くの方から4頭の馬に引かれた乗合馬車が爆走してきたのだ。
それを確認した両津は馬の上の主人に声をかける。
「おい!もういいぞ!馬と共に離脱しろ!!」
「ほいさ、ハイよー!!」
両津は馬車と馬の締結部を外した。馬たちは御者と共に横道にそれる。両津は器用に車輪を操作し、銀行へ一直線。当然、ブレーキなど踏む気はない。
「りょーーーーーっつ!!」
3人組のリーダーが両津に向かって銃を撃つ。
「うぉおおおおおお!!」
両津がとっさに構えたのは、馬車集積所から外した木製の戸1枚。散弾を受けて木っ端が宙に舞うが、たかだか散弾で総重量100kg以上もある馬車を止められるはずもない。
「ひ、ひぇぇええええ!?」
「うぉおおおおおおお!!」
人質のことも忘れて腰を抜かす3人組に対し、馬車で仁王立ちする両津。
馬車は銀行の扉にぶつかり、扉ごと破壊して銀行に流れ込んだ。
ガッッシャッーーーーーーーン!!
ガラン!ガラン!!
3人組のリーダーは失禁していた。ついさっき耳のそばを、馬車の車輪がも猛スピードでかすめて行った。直撃したらただじゃすまなかっただろう。
(とにかく、奴はどこだ?)
リーダーは手をついて立ち上がり……そして気づいた。右手の人差し指が90度逆に曲がっていた。
(銃は……?)
「探しているのはコレかなー?」
「な……」
そこにいたのは正に両津勘吉。そして手には猟銃。ぶつかった瞬間に銃を奪ったのだろう。
(馬鹿な!奴は馬車で正面衝突だぞ?)
声も出せずにうろたえるリーダーを後目に、刃物を持った残りの2人が肉薄する。が、
「でぇぇええい!!」
剣二閃、いや銃二閃。警察内の全国大会優勝経験者の両津にとって、ごろつきの振り回す刃などハエを払うほど造作のないこと。あっという間に犯人全員が丸腰になった。
「今だ、突撃ー!!」
遠くの方で妹紅の号令。それと共に自警団たちが突撃してきた。自警団は完全防備していたが、既に犯人側は戦意喪失していた。あっという間に逮捕された。
組み伏せられる犯人。抱き合うお琴ちゃんと老夫婦。茫然とする魔理沙。そして両津は……
「よし、運べーーーー!」
「わ、わ、何をする!?」
小町の号令を元に、担架に乗せられて運ばれる両津。戸惑う両津に小町が怒鳴りつける。
「馬鹿野郎!馬車で正面衝突して無傷なはずないだろ!すぐ病院だ!!」
「わ、わ、わ、わ、わ」
両津はあっという間に消えていった。そんな両津を見送って……魔理沙も倒れた。
「え、無傷だったんですか!?」
「正確には擦り傷とかはあるんだけど……ね。」
永遠亭の診断結果を見て、驚く小町と首を傾げる永琳。シートベルトをしている自動車事故ですら正面衝突の事故となればただじゃすまない。ましてや両津は御者で仁王立ちでぶつかっていった。普通に考えれば入院レベルの大けがを負うはずだが。
「あと犯人の方は皆軽傷よ。だけど人質の子がね。お琴ちゃんは顔面骨折を含む大怪我。女の子なのにね。ウチでできるか限りのことはやるけど、あいにく美的センスは私の専門外よ。」
小町は遠くの病室を見る。お琴ちゃんの傍には親御さんたちと熊みたいな町内会長。怪我は痛々しいが、不思議と大丈夫な気がした。
「あとさっき妹紅に手術したわ。不老不死の蓬莱の薬であっても、流石に体内に残置する散弾までは除去できないのよ。ま、取ったら終わりなんだけどね。」
ふんふんとうなづく。
「魔理沙の方だけど、右こめかみに複数の火傷。毛根もダメージがあるわ。火傷はとにかく、毛根までは復活できない。嫁入り前の女の子には酷な話だけど。」
「あれ?」
小町が指さす。魔理沙のベットの隣には何故か両津がいた。
「もう。両さん。ベットを出たら……」
「ちょっと待ってくれ。」
両津をつまみ出そうとする永琳を小町は慌てて静止。そして両津には気づかれぬように、隣の部屋へ。そこで聞き耳を立てた。
「私に何の用があるんだよ?」
魔理沙の声は少し不貞腐れてた。そんな魔理沙を両津が正面から見据える。
「ああ。途中まで強盗、やるつもりだったんだろ?」
魔理沙は反射的に何か言いかけ、そして黙った。しばしの沈黙。ほんの10秒にも満たなかったが、魔理沙が折れるには十分だった。
「……最初は、話を聞いただけだったんだ。大きなことをするとか言って。でも、あいつら、放火して銃を奪ったって知ってさ。もう、どうしていいか分かんなくて……」
「馬鹿が。何でワシに言わなかった?」
ゴツンとゲンコツする。魔理沙は抗議の声を上げようとしたが……、しかし黙った。その時の両津の顔はいつもと変わらない。否、ここにきても変わらなかったということが正確か。両津は今も昔も同じ態度で魔理沙に接していたのだ。そしておそらく、これからも。それに魔理沙が気づかなかっただけ。
「……ごめんなさい。」
「ったく。」
魔理沙は初めて自分から謝る。両津はそれを横目に缶コーヒーをグビっ。
「なぁ、両さん?」
「あん?」
「聞いて……いいかな。元の世界ではアンタ何やってたんだ。」
「お巡りさん、だ。」
「そういうことじゃなくて」
「分かってる。」
両津は缶コーヒーを飲み干し、答えた。
「ワシはな。浅草でどうしようもない不良だった。15かそこらで実家を飛び出してな。何度も警察にお世話になった。ある日、ハメられて警察の採用試験を受けさせられた。毒を以て毒を制すとか言ってたな。とにかく不良のワシがある日いきなり警官になったんだ。当然、問題ばっかり起こしてな。そんなワシを面倒見てくれたのが部長……、いや、その時は部長じゃないな。大原さんだった。」
両津は缶コーヒーを握りつぶす。
「やっぱり部長でいいか?大原さんっていうと、どうもしっくり来ねえ。」
「うん、いいよ。」
両津は煎餅をほおばる。バリボリ音を立てながら、思い出を噛みしめるように続けた。
「部長は、ワシが問題を起こす度に怒鳴り込んできてな。ワシは部長の目を盗んで悪いことして。でも見つかって怒られて。そうしながら警官の仕事を教わったよ。」
両津が煎餅を差し出す。魔理沙が食べるのをしっかり待ってから答えた。
「ワシは不良が嫌いだ。」
魔理沙は何か言おうとしたが、口の中の煎餅のせいで答えられない。もちろん、そうするために、両津は魔理沙が煎餅を食べるのを待っていたのだが。
「よく聞かれるんだ。不良はどうやったら更生するんだ?元不良なら気持ちが分かるだろう、ってな。ワシは毎回こう答えてた。良い奴は元々不良にはならん。不良になるやつは全員クズだってな。ワシ自身そうだったから、そう思ってた。だが、ある事件が起きた。」
両津は煎餅を使って投げるような動きをする。手首のスナップの利き方から、おそらくベーゴマだろう。
「ワシがパトロール中にな。ヤクザが逮捕されるのを見たんだ。そいつの名は村瀬。暴力団集英会の幹部で……ワシの親友だった。」
「親友……」
魔理沙の頭に霊夢やアリスが浮かぶ。
「ああ、親友だ。小学校の頃に転向しちまったがな。ワシは当時からどうしようもないクソ餓鬼。村瀬は優等生。だから別れ際に村瀬が言ったんだ。勘ちゃんが警察に捕まったら僕を呼んでくれ。僕は弁護士になって勘ちゃんを助けるからって。でも蓋を開けたらワシが警察で村瀬はヤクザだった。でもな……」
両津は立ち上がる。
「紆余曲折あったが、アイツは更生した。今は東南アジアの孤児院の院長をやってる。ワシなんかよりよっぽど正義の味方だ。ワシは村瀬を見て気づいたんだ。ワシは昔のワシから逃げたかっただけだってな。」
両津が肩をポンと叩く。
「ま、お前もいつまでも警察のお世話になるなよ。とっとと怪我治せ。」
「うん……ありがと」
両津は魔理沙に背中で答えて去っていった。
そんな両津を小町と永琳も見送った。
「裁判町ーーー!?何ですか、この額ー?」
「当たり前です!馬車丸ごと一つですよ!」
是非局庁に戻った両津を待っていたのは多額の請求書。乗合馬車組合が、破壊された馬車の賠償を求めたのだ。その額、両津の一月分の給料。元々減給処分を食らっている両津は太刀打ちできなかった。なおも抵抗する両津だが、両津程度のゴネで屈しては閻魔などやってられない。
「ガミガミガミガミガミ!」
「ひぃーーーー、もう強盗事件なんてコリゴリだーーーー!」
「くそ、まだ追って来てやがる!!」
もう彼女の箒は音を上げていたが、彼女は構わず高度を上げようと試みる。地面から離れさえすれば逃げられる。それは分かっているのだが……。
ドキューーーン!
「くそっ!!」
お気に入りのとんがり帽子に穴が開く。穴を開けたのは後ろの奴からの射撃。
射撃である。弾幕ではない。射撃、銃弾、実弾。もちろん直撃すればお陀仏であり幻想郷弾幕ごっこルールからは完全に逸脱しているが、後ろの男は何のためらいもなく撃ってきた。
「待ぁてーーい!魔理沙ー!!」
「ひ、ひぃい!!」
高度を上げようと試みた分、当然スピードが落ち、その間に男が迫ってきた。男の運転する自転車の車輪が軋む音が聞こえる。魔理沙は今度は八卦炉を駆使してヘアピンカーブ!テクニックで逃げ切ろうとした。
「ぬぅおおぉぉぉおおう!!」
が、ダメ!
男の自転車のタイヤのゴムの焼ける音が聞こえる。八卦炉のブーストも駆使した魔理沙の飛行テクニックに対し、男は身体一つで対抗。もう無茶苦茶だ。
そして、魔理沙のスピードがガクンと落ちる。男が箒をつかんだのだ。
「魔理沙ぁっ!!観念しろ!」
「い、い、嫌だー!」
「ぬぉお!?馬鹿、やめろっ!!」
魔理沙の箒が制御を失い、右へ左へ蛇行し始めた。人里の往来でそんなことをすれば、被害を受けるのは商店街の人々だ。
「キャー!?」
「うわぁ、また来た!!」
人里の商人や通行人は慌ててかがむ。その頭上を通過し、時に魚屋、時に漬物屋の陳列棚を破壊しつつ、魔理沙と男は飛び回る。箒の先端にまたがっている魔理沙はまだしも、男の方は派手に振られて、あちこちをぶつけられているが、その手は決して箒を放そうとしない。
「あ、ヤバイ……」
魔理沙が小さくつぶやいた。彼女たちが飛行している先はT字路。要するに正面は壁。更に壁の前には乗合馬車のための停留所の看板。看板自体は木造だが、根元には重石がある。ぶつかった時の衝撃は今までと訳が違う。魔理沙が目を閉じるのと、男が魔理沙をがっちり抱きかかえるのは同時だった。
ボキンッ!!と音がして、停留所の看板は折れる。しかし、その衝撃すら二人を止めるのには十分でなく、奥の木造の壁を破壊し、庭の盆栽たちをなぎ倒し、干されていた洗濯物に絡まってようやく止まった。
一瞬の静寂の後。破壊された住居のおばあさんの絶叫が人里をこだました。
「両さん!!何してくれてんだい!!」
-地獄 是非局庁-
「全く、貴方という人は毎度毎度!」
「裁判ちょーーー、あれは仕方なく」
「泥棒一人のためにどれだけ人里を破壊してるんですか!!今日という今日はガミガミガミガミガミ!!」
四季映姫の男に対する説教を、小野塚小町は遠くで生暖かく眺めていた。男の名は両津勘吉。身長は160cm程度かそれ以下と小柄だが、全身が分厚い筋肉と毛で覆われているため、弱そうな印象はない。髪は角刈り、眉毛は太くつながっている。人間というより、小型のマウンテンゴリラに近いし、実際にそれに類する身体能力を有している。
全てを受け入れる幻想郷にあっても、この男は異色の経歴の持ち主だ。何と既に3回死んでいるのだ。しかし最初の2回で天国を荒らしまわって天国から出禁を食らい、3回目の死で地獄に落とされたが、今度は地獄を占領して天国に攻め入る始末。結果、天国と地獄の全会一致で、ひたすら寿命を延ばすことで現世に置いておくことになったのだが、どうにもそうもいかなくなってしまった。
そこで押し付けられたのが、幻想郷の裁判長、四季映姫の元だ。外の世界の事情に疎いことをよいことに幻想郷の治安を守る名目で両津は送り込まれた。最初は喜んだ映姫もすぐに間違いに気づいたものの、今更どうしようもない。両津が問題を起こす度に説教をするのであった。
実際、両津が来てから人里の犯罪検挙率はほぼ100%となり、翌月には犯罪が激減した。しかし、それと同じ数だけ、両津の破壊的な逮捕劇への苦情が殺到し、結局プラマイがゼロなのだ。
その小町の隣には不貞腐れた顔をした魔理沙だ。罪状は窃盗の常習犯。本来ならもと重い刑罰が下っても然るべきところではあるが、両津の問題行為の方が大きいため、説教を隣で聞いてるだけの時間が長い。とはいえ、これだけ捕まってるのに行動を改めないのだ。小町も小言の一つは言いたくなる。
「まぁ魔理沙よ。お前、もう罰金は何度目だ?このままだと破産するぞ」
「……るっせー」
魔理沙は最近、目に見えてひねくれてきた。幻想郷全体の総意として、魔理沙の行為を認めているわけではない。ただ捕まえられないから放置されていただけ。しかし今や被逮捕常習者。メンツが丸つぶれなのだろう。
四季映姫の説教が終わったのは、ぴったり1時間後。1秒単位で正確にお説教が終わる。この杓子定規っぷりも流石四季映姫だ。
「ふぅー、疲れた……」
「お疲れさま、両さん」
小町は軽く両津をねぎらう。しかし両津はそれに応えず、魔理沙にゲンコツを食らわせる。
「イッテーーー!?何しやがる!?」
「何しやがるじゃない!!毎度毎度、この馬鹿!!」
「まぁまぁ、両さん」
小町は両津を抑える。その間に魔理沙は身支度を整える。その態度から反省は微塵も感じられない。小町はうんざりしながらも言う。
「はい、魔理沙。今回も罰金で済んだが。もうこんなところに来るんじゃないぞ。」
「へいへい、分かりましたよーだ。」
またゲンコツを食らわせようとする両津を抑えて魔理沙を解放する。魔理沙はあっという間に飛び去った。本来、三途の川を飛んで渡ることは不可能なのだが、慣れで何とかなってるらしい。両津は両津で、渡し船に勝手に乗る。流石にこっちは漕げないので、小町の役目だ。
「時に両さんよ。来た時の話では女には手を上げないんじゃなかったのか?」
「馬鹿野郎、親も世間も手を上げないから、あんな馬鹿がのさばるんだ。」
「まぁアイツもいつかは更生するのかね。」
「ふん!良い奴は元々不良になんかならん。クズだから不良になるんだ。」
小町はそれに応えずに、船を漕ぐ。とりあえず人里に行って飯を食いに行かなきゃならない。小町自身、最近は仕事を全くサボらなくなった。近くに両津がいるため、自分まで仕事をサボったら四季様が死んでしまう。
「かつ丼でいいかい、両さん?」
「ワシは犯罪者か。」
いつもの調子で冗談を言いつつ、二人で人里に繰り出した。
-人里の外れ-
魔法の森の前で屯する、いつものクズ共に会ってしまい、魔理沙はあからさまに顔をしかめた。
「よう、魔理沙!また捕まったらしいな」
「話しかけるな、ごみ。」
そいつらは過ぎ去ろうとする魔理沙に追いすがってくる。とはいえ、魔法の森に入る度胸もないため、時間限定だが。もはや日課になりつつあった。
「でもよー魔理沙。お互いこのまんまって訳にゃいかねえだろ?俺たちと一緒にさ、」
「一緒にするな」
この3人の男たちもまた両津に捕まった元犯罪者だ。しかし魔理沙と違う。一人は強盗、一人は強姦、最後の一人は弱い奴を見つけては人気のないところで暴力を楽しむ正真正銘のクズどもだ。重犯罪者なので、もはや人里にも立ち入れず、もし立ち入っても瞬く間に両津に捕まり追い出されていた。こういうならず者たちからして、両津の体力と執念深さは畏怖の対象となり、現世では”ガラガラヘビの両津”とあだ名されていたと聞く。
「魔理沙よ、聞いたぜ。もう罰金食らいすぎて家計が火の車ってな。今更堅気になれんだろ?」
「……」
痛いところを突かれて、いつものように押し黙る。魔理沙が彼らを無視できないのはそういうところ。今のままではいけないことは分かってるが、信用のない身、どうしてよいのか分からないのだ。そうこう考えているうちに魔法の森に入っていく。男たちは手前でストップし、魔理沙に呼び掛けた。
「聞いてくれ!俺達にはビックな計画があるんだ!お前と一緒ならやれる!いつでも待ってるからな!」
魔理沙は無視して家に帰ったが、そのビックな計画が頭から離れなかった。
-人里-
「悪いな、飯奢ってもらって。」
「いつものことだろ、両さん」
小町と両津は飯屋からちょうど出たところだった。両津が問題(減給処分)を食らう度に小町が昼飯を奢るのが通例になっていた。まぁ要するに、毎度毎度奢ってるわけだ。
「ああ!?両さんだー!」
「両さん両さんー!」
「おう、ガキども。ベーゴマか?」
里の子供たちが寄ってきた。この男、これだけ問題行為を起こしているのにどういうわけか孤独ではない。むしろ人気者なのだ。
「相変わらず人気者だねー」
「当然だ、ワシだからな!ははは!」
冗談を言いつつパトロールする。本来、パトロールは自警団の仕事なのだが、両津は昔の職業柄、これを怠らない。もっと言えば、犯罪者を取り締まるのが両津、その両津の出した被害を素早く回復させるのが自警団の仕事と、ちょうどアベコベになっていた。
すると、ちょうど前の方に、腰を曲げたおばあさんが歩いていた。タダのおばあさんではない。さっき、両津が破壊した家屋の主だ。
「よぉ婆さん!さっきは悪いな!」
「当然だよ!言っとくが、アタシはアンタを許してないからね!」
ペコペコする両津に、叱るばあさん。小町も宥める側に回る。
「まぁまぁおばあさん。今日はどちらに行くんだい?」
「乗合馬車に乗って、里の外までね。誰かさんが家の前の停留所を壊してくれたおかげで、すんごい疲れるわ!」
「ばあさん、悪いな。仕方ない、あらよっと。」
「ちょ、何するんだい!?」
両津がいきなりおばあさんを背負ったのだ。
「せめて停留所までは運ばせてくれよな。」
「ふ、ふ、ふん!そんなんで帳消しにはならんからね!!」
そんな両津の背中を見て、小町は不思議に思う。人里の破壊神としての両津勘吉。そして頼れるお巡りさんとしての両津勘吉。この相反する2つが同居しているのが、この男の奇妙さだ。
両津がきっちり馬車の停留所まで運んだところで馬車が来る。馬車に乗り込むばあさんと入れ替わりに厄介な人物が下りてきた。上白沢慧音、ついでに藤原妹紅だ。
「現れたな、疫病神が。」
「まぁまぁ慧音。両さんも事情があるんだしさ。」
「いいや、妹紅。今日という今日は言わせてもらうぞ。」
会って早々喧嘩腰の慧音に対し、間に入る妹紅。この2人は人里の有力者で仲良しだが、背景が異なる。寺子屋を営み、寄合にも顔を出し、時には妖怪との交渉も行う上白沢慧音。彼女は人里の有力者たちの利益代弁者である。一方で妹紅は自警団と言えば聞こえがよいが、荒くれものの集まり。それを力で押さえつけて里の治安を守っている。そういう自警団にとって、厄介ごとを増やしている両津は嫌われていない。むしろ男の憧れとして尊敬を集めており、その団長の妹紅も犯人逮捕に全力姿勢を見せる両津を憎からずと思っていた。
「両津殿。今回の魔理沙の逮捕で8店舗も被害を受けた。その被害総額は我々が負担しているのだ。正直、魔理沙の泥棒を黙認した方がまだ安くついている。」
「言わせてもらうが、慧音さん。お巡りが犯人を取り逃すからナメられるんだ。」
「そうだよ、慧音。両さんが言うことも正論なんだよ。だから、な。」
今回は妹紅が早めに慧音を引きはがす。
「覚えておけよー!妹紅がいなければ頭突きの3発はくれてやったからなー!」
「へいへい」
妹紅と慧音を見送りながら、両津と小町はパトロールを続ける。
「両さんは外の世界でもこんな感じだったのかい?」
「まぁな。始末書の両津ってあだ名つけられてたな。昔はそれでもよかったんだが、最近はコンセンサス、コンセンサスとうるさくてな」
「コンプライアンス、な。」
両津の言い間違えを軽く修正する。それを影から見つめる人物にその時二人は気づかなかった。
通り過ぎる両津を見つめていたのは魔理沙だった。里の人々の両津への対応と、魔理沙への対応はまるで違った。通りのおばさんはヒソヒソ話を始め、子供は嘲笑する。今や、魔理沙は嫌われ者だった。両津が現れるまではそんなことはなかった……と魔理沙は思っていた。ただし実態は、被害者が泣き寝入りしていたためにあまり広まらなかったに過ぎない。こうも捕まり公になれば、人々の対応も変わる。アリスは気にかけ、時々話しかけてきてるが、魔理沙は避けるようになった。霖之助に至っては、2月ほど会ってもいない。自業自得だが、どんどん孤立の深みにハマっていた。
3日後。魔理沙はならず者の3人のところに足を運んだ。
「おう魔理沙!ようやく決心してくれたか?」
「話を聞くだけだ。」
魔理沙がいるのは地上から4mほど上空。この距離が男たちへの警戒具合を表していた。
「まぁそう言うなって。魔理沙も絶対に気に入ってくれると思う。」
リーダーの男が話しかけてきた。弱い者いじめの暴力男だ。体格はいいが、特別に格闘技をやっているわけではない。だから弱いものを探して虐める。
「俺たちは考えたんよ。このまま幻想郷にいてもしょうがないかなって。」
続いて、強盗の方が口をはさむ。正確にはこの男は空き巣の常習犯。しかし空き巣中にたまたま主人が帰ってきてしまい、匕首で切り付けてしまった。この3人の中では一番まとも側ではある。
「金目のもんを頂いて、外の世界に行くってよ」
下衆な笑いを浮かべて3人目の強姦魔が話す。こいつは、大人しそうな女を見つけて強姦する手口だった奴だ。里は古い考えの持ち主も多く、強姦被害者だと嫁に行きにくくなることもあるので、泣き寝入りする娘も多い。そういう女をターゲットにしてきたが、異変を察知した両津に見つかり、歯が折れるまで殴られた。この中じゃ、両津に一番恨みを持っているはずだ。
「金目のもん?外の世界?何で私の協力が必要なんだ?」
「外の世界に行くには博麗の巫女の協力が必要だろ。つまりな。まず銀行を襲って金を奪う。そしてその金の一部を巫女に払って、外の世界におさらばってわけだ。」
「当然、魔理沙。アンタに協力してもらいたいことが二つ。まず銀行を襲うにしても俺たちだけじゃ骨が折れる。アンタのマスタースパークが必要だ。また金があったところで、巫女に協力して貰えなきゃ外に行けないだろ?アンタなら交渉できるってわけだ。」
「ふーーん。」
魔理沙は思案する。穴だらけの案のように思えた。
「どうだい、魔理沙?やるだろ?」
「考えさせてくれ」
魔理沙はそう言って、森の中に去っていった。
「なぁリーダー。あの女、参加するのか?」
「分からねぇ。だが、例の計画は明日しかチャンスはねぇ。」
リーダーの男が森に背を向ける。視線の先は人里だ。
「俺たちはもう引き返せねえ。」
-人里-
ここは人里の一角。今日は相撲大会が行われていた。大会と言っても、里を上げて行っているわけではない。町内会のイベントであり、毎回そこそこ程度の盛り上がりを見せている。
が、それは両津の幻想郷入り前の話だ。
「でぇぇぇええいい!」
両津の掛け声と共に、対戦相手は転がされた。
「決まり-!両津関、内小股(うちこまた)」
わーーーーという歓声を縫って、小町が銭を集めていた。両津がやっているのは賭け相撲。大会があると乱入しては小銭を稼いでいた。また、大会主催者側にとっても両津の乱入にもう一つのメリットがあった。
「今度は俺だ、両さん!」
「おう、来たな小僧!」
両津が相撲を取ると、必ず人里の自警団の力自慢が乱入してくる。力士が増えればそれだけ見せ場が増え、酒も売れる。だからこそ、乱入は黙認されていた。
もちろん快く思っていない者もいる。歓声を上げる妹紅の隣で慧音は仏頂面だ。
「はいはいー、5連勝中の両津関に、自警団の金森関が挑むよー。さぁ賭けた賭けた!」
両津の自警団に対する勝率は7割程。この比率が賭け好きにはたまらないのだ。もちろん、そうなるように両津と小町が調整しているのは言うまでもない。
一通り賭け終わったところで取り組みが始まる。里での野相撲は、本来の大相撲に比べルールが簡素だ。両手をついたら即始める。また土俵の大きさもまちまちだったりする。
「残った!残った!」
自警団の金森は170cmちょっと。平均身長が低い人里ではまずまずの体格だ。リーチの優位を生かして張り手を繰り出す。対して両津はマワシを取りに行くも、なかなか前進できない。
長期戦かと思われたこの試合も一瞬で勝負がつく。金森の張り手を両津がつかみ取る。慌てて金森は腕をひっこめるが、それと同時に腰を突き出してしまう。これが致命的な隙。一瞬にして両津が低空タックルの要領でガッチリつかむ。すると外そうとして思わず足を上げてしまった。そんな隙を見逃す両津ではない。ど派手な大外刈りを決めた。
そう、正に金森が背を地面につけた瞬間だった。
ドォーーーーーンと轟音が響き渡る。両津は驚いて、投げた相手を見る。もちろん両津がいくら怪力だからといって、轟音は起こせない。
「火事だーーー!裏の倉庫に火が!!」
遠くで誰かの声がする。すぐに反応したのは妹紅だ。
「野郎ども!相撲は中止だ!消火に向かえ!!」
妹紅の激と共に自警団が撤収する。
「両さん、アタイらもいくよ。」
「おう。」
火事現場は本当にすぐの裏路地の倉庫だった。
「あーーー!?オラの倉庫がーーー!?」
倉庫の持ち主らしい男がうろたえていた。自警団はバケツをもって水を運んでいたのだが……。
「待て、妹紅!ストップ!ストーーーーーップ!」
両津が叫んで制止する。戸惑う妹紅を無視して持ち主の男を見る。両津は職業柄、住人の職業を記憶しているのだ。そしてその記憶が全力で警報を鳴らしていた。
「オッサン、アンタの倉庫だな?」
「んだ、んだ。」
「アンタ、猟師じゃなかったか?ここには何が入っている?」
「仕事道具だ」
「火薬と銃弾は?」
「もちろん入ってるだ……」
持ち主の返答を聞き、妹紅が青ざめた。
「野郎ども!倉庫に近寄るな!野次馬を隔離しろ!!あ、あとお前。一っ走りして命蓮寺まで行け。船妖怪の村紗さんを呼べ!」
指示を飛ばした妹紅が両津のそばまでやってきた。
「ありがとう。危うく団員を死なせるところだったよ。」
「いいってことよ。村紗っていうのは?」
「里のお寺の妖怪だ。空飛ぶ船を操縦していて、更に水を操れる。彼女に上空から水をかけてもらおう。」
「それまでアタイが燃え移らんようにしとくよ」
小町が鎌を振り回す。
「燃えている倉庫と、周りの家屋の『距離』を弄っておいた。燃え移りにくくはなったはずさ。でもせいぜい50cmくらいしか離せないけどね。気休めくらいにはなるさ。」
完全に消火が終わったのは夕方。日も暮れようとするころだった。
自警団と両津らが瓦礫整理を行っている間、妹紅は猟師に事情聴収をしていた。
「オッサン。火の元に心当たりは?」
「全くねぇだ。」
「施錠はしていなかったのか。」
「ああ、いんや、普段はしてるだ。けれど今日は相撲大会があったから。道具一式はウチんとこ入っててよ、今朝から解放して若い衆に運んでもらってただ。」
「それでも終わったら施錠すべきだったな。」
「面目ない。」
「形式的な質問だが。誰かに恨まれる覚えは?」
「そんなんねぇだ!!」
「うーん……」
妹紅が首を傾げる。そこへ団員が走ってきた。
「団長。ちょっと来てください。ヤバイことになりました。」
「! 何がだ?」
妹紅は火事の瓦礫置き場に向かった。
「? 何かおかしいものでもあるのか?私には分からないが?」
「団長。おかしいものがあるんじゃないんです。ないんです。」
「何が?」
「ああ!!!オラの猟銃がない!!」
猟師が焦げた瓦礫をかき分ける。
「ねぇ!ねぇ!オラの命の銃が!!」
-是非局庁-
「全くこの馬鹿ども!賭け相撲とは何事ですか!!」
「まぁまぁ映姫さん、落ち着いて。」
四季映姫の怒号を妹紅が宥める。
あの後、両津と小町は妹紅と慧音を引き連れて是非局庁に戻っていった。火事と猟銃紛失事件を報告するためだ。しかしうっかり妹紅が賭け相撲をしていたことまで口を滑らせてしまったので、映姫はカンカンだ。
「ふん!両津!小町!貴方たちの処分は後で行います!まずはこっちを片付けましょう。」
映姫の前に慧音が地図を出す。
「これは人里の地図。そしてこの町内で相撲大会が行われていた。犯行の手口からして、犯人はどうも猟師のことをよく知っている人物としか思えないんだ。町の催しがあれば、鍵を閉め忘れるくらいの杜撰な人間ということを。」
「となると、町内の人間か、あるいは町内の人間に深いかかわりがある人物ということですか。」
慧音の推理に映姫もうなづく。小町も口をはさんできた。
「倉庫に火をつけたのは、猟銃を盗んだ事実をごまかすためだろうね。だけど、金属の猟銃が火事跡から見つからないなんておかしい。だからアタイらがすぐに気づいちまった。そこが誤算だろうね。問題は猟銃を盗んで何をしようとしているのか……」
小町の指摘に一同考え込む。人を殺すにしても、わざわざ銃を盗まなくても可能だろう。あるいは銃でもなければ勝てない強者を殺そうとしているとも考えられるが……。
そんな中で手を上げたのが妹紅だ。
「自警団の哨戒を厳重にしないとな。まだ犯人は町内会の人間とは限らない。ん、両さん。何見てるの?」
「そっちはそっちでパトロールをしててくれ。ワシは思い当たる節があってな。小町。」
両津が小町に指さした場所。地図には住人の名前も書き込まれている。
そこの家の息子は、暴力事件の現行犯で両津に逮捕され、里を追放になった男。そう、あの3人組のリーダー格の男の家だった。
-魔法の森の外れ-
魔理沙は血相を変えて3人組がいるところに飛んでいた。
今朝の文文。新聞には人里の火事、そして猟銃が何者かに盗まれた可能性が高いことが記載されていた。魔理沙はすぐにピンと来た。
3人組も3人組で、魔理沙の来訪を予感していた。口火を切ったのは魔理沙だ。
「朝刊は見たか?人里で猟銃が盗まれたってやつ。」
「ああ、見たよ。」
リーダーの男が言う。3人とも厄介なことになったという顔だ。
「どうもこうもねぇ。まさか、こんなに早くバレるとは……」
「だから言ったんだよ、リーダー!火つけるのは止めようって!」
「つけなかったとしても、翌日にはバレるだろ!銃ねぇんだから!」
男たちは言い争いを始める。魔理沙もうんざりしてきた。
「とにかく、もう銃返しなって。このままじゃ……」
「は!?馬鹿言え」
3人が異口同音に言う。
「へ?」
「へ、じゃねえよ。俺たち前科者が放火した上に銃盗んだんだぜ?もう後には引けねえよ。」
「返すにしても、どう説明するんだ?銀行襲うつもりでしたけど止めましたっていうつもりか?」
「もう腹くくるしかねぇってこった。」
冷や汗を垂らす魔理沙を他所に、男たちの言葉は静かだ。魔理沙も流石に察した。コイツらは本当に後がない。
「魔理沙。明日の8時。ここに来てくれ。来なくても俺たちは行く。」
「8時って朝の?無茶だ!なんで白昼堂々と!」
「だからこそだよ!どうせ奴ら夜中見張りに歩き回ってんだ!朝が一番緩くなるはずだ。」
「でも他にも人がいるんだぞ!お前ら、撃つ気か?弾幕じゃない、本当に死人が出るんだぞ!!」
リーダーは目を細めて、静かに言う。
「そう思うんだったら来てくれ。マスパだったら誰も死なねぇだろ?」
-人里-
「そうですか、はい、夜分遅くすみません。」
小町は頭を下げて家を出る。3人組のリーダーの実家だ。
「当たり前のことだけど、息子は家には帰ってないって。人里出禁だからな。」
小町は隣にいた両津に話しかける。
火事の当日から翌日夜の今まで。両津たちはパトロールを続けていた。流石に疲労の限界だった。
「妹紅さんによると、自警団用の宿舎を貸してくれるらしい。今日はそこで寝ようよ。」
「そうだな、小町」
冷え込む夜風を避けて両津が言う。この24時間近くに及ぶパトロール。結果的に両津のアテは全部外れてしまった。ソイツの友人の家。元の勤め先。同僚、被害者宅。最後にダメ元で実家を巡ったのだ。
「奴ら、やっぱり里の外にいるんじゃないかい?」
「小町、猟銃持ち出してるんだぞ?里で何かするつもりに決まってる。」
両津の『里で何かするつもり』は当たってるが、今も里にいるは間違い。両津は幻想郷の日が浅く、里以外にはロクな居住スペースがないと思っていた。しかし実際は山小屋、妖精のねぐら。様々な場所がある。ちなみに件の3人組は紅魔館近くの湖にある氷室(冬に凍った氷を保管しておく地下室つきの小屋。氷は夏に売る)に泊まっていた。
「ふぁああああ。流石に眠い。後は自警団に任せよう。ん?」
空を箒星のようなものが過ぎる。小町が解説する。
「あれは魔理沙だな。」
「魔理沙?」
「箒の先端にランタンつけてな。夜はああやって飛行するんだ。こんな夜遅くに珍しいな。」
「ふーん。」
両津は歩きながら考える。自分の不良時代も夜に活動してたものだ。両津の体験談として、不良はもれなく夜型になる。それは単に夜遊びのためだけではない。日中は真面目に学校にいっている同級生が目に入り、劣等感を感じるのだ。
しかし、それ以上のことを考えはしなかった。両津自身、眠さの限界だった。足早に自警団の詰め所に向かった。
その頃、上空から魔理沙は人里の警備を観察していた。確かに夜回りの自警団が多い。銃の強奪事件という性質上からか、3人一組で回っている。だが、それは昼間の警備の手薄さも意味していた。急に自警団の人数を増やせるわけではないのだ。
「いやいや、私は何考えてるんだ。」
これじゃあ、まるで。明日に奴らと合流するつもりみたいじゃないか。
「どうするんだろ、私……」
一番正しい選択は、もう自警団の詰め所に駆け込み、全てを打ち明けることだろう。だけど、今更できない、という気持ちだ。散々敵対しておいて、こういう時だけ頼るのは何となく避けたい。そういう子供じみた考えが魔理沙を支配していた。
かといって、一緒に強盗するとまでの気概も起きない。逃げることで人里に死人が出ると後味が悪い。奴らも止まらないだろう。
思えば、霊夢、アリス、霖之助。様々な人間が魔理沙を諫めていた。そういう忠告から逃げ回った挙句、今や誰も頼れなくなった。
「……」
ならば、私なりのやり方でやろう。そう考え始めた。奴らと合流する。でも私の弾幕で死者は出さないようにしてやる。どうせ私も幻想郷のはみ出し者だ。いずれ、奴らと同じ立場になる。その時に一人でやるよりも、いっそ4人で……。
魔理沙はそう考え、魔法の森に引き返した。
-人里 銀行前-
魔理沙と3人組は魔法の森で合流し、一度は別れ、バラバラに人里に潜入。そして銀行の前に集結していた。まだ銀行が開いてないため、今は待っている状態だ。
魔理沙は冷や汗ダラダラだった。魔理沙自身も人里では曰く付きの人間だが、他の3人よりはマシ。なので魔理沙が一番最初に入ることになっていたのだ。
(逃げたい……)
既に自分の行動に後悔し始めていた。
今までやっている悪事とは全く違う。本当に取り返しがつかないことだと今頃になって実感し始めたのだ。この心理はちょうど、気軽に振り込め詐欺の出し子になった中学生に似てるかもしれない。要するに、子供特有の思慮の浅さが魔理沙をここまで連れてきてしまった。
「いらっしゃいませー」
受付がにこやかに挨拶してくる。勘弁してくれ……。私は今から強盗しようとしてるんだぞ。そういう魔理沙の心の声が相手に届くはずもない。
「お客様、本日はどのようなご用件で?」
そこで受付も気づく。魔理沙は泣いていた。汗も涙も鼻水も。もはや洪水。誰だって異変に気付く。
「お、お客様?どうしたんですか?」
「い、い、いやーーーーーッ!!」
ここで魔理沙の感情は決壊した。足からぐにゃあって崩れ落ちる。
「助けて!助けて!誰か助けてっ!!」
そこに数々の異変を解決してきた弾幕少女の姿はなかった。怯える子犬が泣き叫ぶように、周りに助けを求めた。
ガツっ!
その悲鳴はすぐに終わった。
後ろにはリーダーの男。猟銃の銃把で後頭部を殴りつけたのだ。
「ったく、使えねー女だ。」
その声に呼応して、残りの2人も乱入した。刃物を持っている。
「てめーら、動くんじゃねえぞ!ありったけの金を持ってこい!」
店員たちの悲鳴は、続く散弾の音でかき消された。
「両さん!事件だよ、事件!」
「あぁん?事件?」
寝ぼける両津を小町がたたき起こす。最も、小町も小町で大概寝ぼけてるが。
「ふあぁぁあ。小町。なんの事件だ?」
「分かんない。とにかく、自警団のが全員集合って。里の中央にある銀行に。」
「銀行で事件って言ったら強盗しかないだろうが。」
両津は最もな指摘を出しながら着替える。寝起きの機嫌が悪い両津はそこから30分かけて現場に向かうのだった。
二人が歩きながら現場に向かっている中。3人組は焦燥していた。彼らはまだ銀行にいた。全くの計算外だった。
まずいきなり銃を撃ってしまったせいで、異変が瞬く間に伝わってしまったこと。更に金庫番の女性がまずかった。その女性は正に、3人組の強姦魔の男が最後に犯した相手。その現場を押さえられて彼は逮捕されていた。もちろん、女性が通報したとかではなく、単に両津が哨戒中に偶然現場に居合わせただけのこと。しかし男は女を逆恨みし、必要もない暴力をふるう。女もそれに対抗し、最終的になんと鍵を飲み込んでしまった。また、彼らが揉めている間に店員たちが逃げて自警団に通報。
結局は金は手に入っていない。自警団には囲まれる。最悪の状況だった。
「あー、あー。お前たちは完全に包囲されている。完全に包囲されている。無駄な抵抗を止めて……」
「うるせぇ、くそアマ!!」
リーダーは銃をぶっ放して黙らせる。
「くそっ……」
「リーダー、どうする?」
「どうするどうするって、何でも俺にふるなよ!!畜生……」
人質は二人。顔面が痣だらけの金庫番の女性と、今は目を覚ましているが気絶させられていた魔理沙だ。両者とも後ろで手を縛られていた。
(熱い……痛い……)
魔理沙は己の悲鳴をかみ殺していた。魔理沙のこめかみにはいくつもの円形の火傷ができていた。発砲された銃を頻繁に押し付けられたからだ。3人組にとっても、人質の価値が高いのは当然金庫番の女性の方。であれば、より容易に殺せる方は魔理沙であり、彼女に銃を突きつけるのは自然だった。
そんな彼女の目は遠くの方から走ってくる両津をとらえていた。
「両さん、来たか。状況は最悪だぜ。」
妹紅が左手を上げて出迎える。右肩は肉が大きく抉れて、内部が蠢いていた。
「妹紅!?その傷……」
「ああ、心配ないよ、両さん。妹紅は蓬莱人っていって。よく分かんないけど不死身なのさ。うちら死神としてはいい顔できないけどね。」
ビビる両津に小町が説明する。しかし小町は気づいた。治りが遅い。
「普段は弾幕ごっこ。所詮、死ぬことはない怪我しかしてないからね。久しぶりに痛いわ。」
妹紅が顔をしかめる。しかも今回は散弾銃の怪我だ。普通の銃弾と違い、肉が抉れるようにはじけ飛んでいた。妹紅とて所詮は女の子。本当は人目はばからず泣きわめきたい。それを鋼の精神力で抑えて淡々と述べる。
「敵は3人。1人が猟銃、2人が刃物。猟銃の方がこの前の事件の人間とみて間違いないだろう。そして人質は2人。1人は銀行の金庫番のお琴ちゃん。もう1人はどういうわけか分からないが魔理沙だ。」
小町は軽く驚き、両津は厳しい顔をする。そして小町の方が問う。
「魔理沙がいて、しかも人質?どういうことだい?」
「それが分からないんだ。逃げ出せた店員曰く、朝にいきなり魔理沙が銀行で泣き出して、その直後に銃を持った連中が雪崩れ込んだ。我々自警団としては、魔理沙が何らかの行為を強要されていたのではないかと。」
そんな妹紅の推理に反して、両津には別の憶測があった。もちろん証拠はないが、警官歴が長い両津には、昨日の夜の魔理沙の飛行が引っかかった。あれは、空から自警団の警備状況を確認していたのではないのか。とすると、果たして本当に強要だったのか。途中で仲間割れ、という方がしっくり来ていた。
「まぁそんなことはいい。ワシに現場を見せろ。」
「え、両さん?馬鹿!危ない!!」
「ん?、うっわぁぁああああ!?」
両津が前に出るや否やの発砲。それを野生の勘でかろうじてエビぞりで避けた。
「危ねぇ!!何しやがる!?」
「貴様、両津!!ここであったが100年目!!」
続けてのもう一発の発砲で、両津もたまらず後退した。
「やれやれ両さん、よっぽど嫌われてるな。」
「笑い事じゃない!!」
小町と両津が漫才を続ける中に自警団の若いのが妹紅に連絡する。
「猟師の方に話を伺うと、どうやら銃弾もたっぷりあるそうです。弾切れは期待できそうにありません。人質も二人いますし、強行突撃も難しいかと。」
「うーん。」
妹紅も頭を抱える。犯人は興奮しやすい性質らしく、交渉もままならなかった。既に包囲から2時間経過。犯人の集中力も保てなくなる。その結果がどっちに転ぶのか。やはり早期解放が最善の安全策だ。
そんなことを考えていると、包囲網の外側が騒がしくなる。どけという声や危ないからという掛け声が聞こえる。しばらくして現れたのが、熊のような壮年の男と、泣きはらした老夫婦だ。妹紅は、老夫婦のことは知らないが、熊そっくりの男の方は知っていた。
「おお、北門町の会長さん」
「取組中悪いが、どうしても話したいことがあるんでな。」
会長が老夫婦を指す。
「こちらは人質になっているお琴ちゃんの親御さんだ。俺もお琴ちゃんのことは生まれた時から知っている。会長として、絶対に死なせるわけにはいかねぇ」
老夫婦が会釈するが、妹紅は妙な違和感を感じた。泣きはらしたというより、泣き終わったという方が正しい。老夫婦の目は今や期待の目、それが会長に注がれていた。
「妹紅、聞いてんのか?」
「あ、いや、悪い。すまない。それで話とは?私たちももちろん全力で救出するつもりだ。だからこそ余計な刺激は……」
「違うんだ、俺の言いたいことは。俺はお琴ちゃんを守りたいんだ。そこに魔理沙は含まれてねぇ。」
「は?」
会長の言いたいことが見えなかった。
「さっきから見ると、奴らの銃はうちらか魔理沙。このどっちかにしか向けられてねぇ。今突撃してもお琴ちゃんに危害はないって寸法よ。」
「あんた、まさか……」
「妹紅。お前だって魔理沙のことは知ってるだろう?道具屋の良いとこの生まれだが、餓鬼の時から手癖も悪いクソ餓鬼だ。お琴ちゃんの命とは比べられねぇ。」
「こ、断る。自警団としてそういうことは……」
「アンタが断るっていうなら俺が勝手にするだけだ。俺が号令を出す。アンタはそれを止められなかっただけ。一応格好はつくだろ。それでもアンタに話しにきたのは、こっちも筋を通したいってだけよ。」
この会長は、町の顔役でもあり、自警団にも顔が利く。確かにこの男が号令を出せばそうなってしまうだろう。
「会長さん、落ち着いてくれ。お琴ちゃんは何とか助ける。だから……」
「どう助けるんだ?早ければ早い方がいい。それはお前さんも分かってるだろう。」
会長が一歩前に進み出る。妹紅は冷や汗を垂らしつつ止めようとするが、止まるものでもない。正に男が自警団に指示しようというときだった。
「ワシが助けるッ!!!」
怒号と一瞬の静寂。もちろん犯人にも人質にも聞こえただろう。それほどの大音量だった。沈黙と静寂の中、この男だけが動いていた。
「魔理沙も琴ちゃんも、どちらもワシが助ける!手出し無用だッ!!」
「ッ!?し、しかし、貴様、どうやって!」
「ワシが助けるって決めたんだ、すっこんでろ!」
身長190cm近い大男を160cm未満の両津が押しのけた。筋肉だけではないだろう。謎の気迫、そして説得力にあふれてた。それは会長にも伝わった。
「30分、いや15分でいい。ワシに時間をくれ。」
「う、うう、分かった。」
会長も渋々うなづく。両津が輪から出ていく中、小町が追っていく。
「両さん!15分でいったい何ができるっていうんだい!?」
「それを今考えてるんだ!」
両津は歩く。ゆっくり歩く。しかし両津の脳内はフル回転していた。
考えろ、考えるんだ、何かあるはずだ……
「ん?」
「どうした、両さん?」
「いやな。」
両津の視線の先には折れた看板。これは先日、逃走する魔理沙を逮捕したときに破壊した乗合馬車の停留所だった。
「小町。」
「ん?」
「10分以内に戻る。妹紅と野次馬を掃除してくれ。そして私が声を上げたら包囲網を壊すんだ。」
「は、はぁ?何言ってんだい、両さん!」
「頼んだぞ!」
もはや両津は振り向きすらしなかった。風の様に、あっという間に去っていった。
「全く……でもこれでやらなきゃ江戸っ子廃るってもんかね。」
小町も腕まくりする。何だか分からないが、両津の頼みを引き受けよう。そう、踵を返した。
「小町、これでよいのか?」
「あいよ。」
小町は妹紅の助けを借り、野次馬を掃除した。町内会の会長のみ、邪魔をしないという条件で残された。最初は戸惑った会長も落ち着き始め、文句が出るようになった。
「おい。奴は15分と言ったな?かれこれ30分は経とうとしてるぞ?」
「分かってるよ、会長。でも両さんはヤルといったら必ずヤル。それこそ、どんな手を使ってでも。」
「う、うむ。」
それには会長、黙るしかない。会長も両津の破壊的な逮捕劇には迷惑をしている人間の一人だ。だからこそ分かる。両津がやると言ったら、必ずやる。
「だ、団長!」
若い自警団が馬に乗って妹紅のところにやってきた。
「急いでここから離れて!すげぇことになりました!」
「すげぇ?一体……」
その妹紅の問いかけは、けたたましい馬の蹄の音にかき消された。
10分前。
「両さん、いくら何でも無茶だよ!!」
「うるさい!ワシがやるって言ったんだ!やれ!」
「し、死んでもアタシを恨まんでくれよ」
小町と別れた両津が向かった先は乗合馬車の待機所。馬車と都合、5頭の馬がいた。馬車には普段は2頭までしか繋げないが、両津の突貫工事で4頭が繋がれていた。本来の御者はそのうちの1頭の背に直接またがり、御者台には両津が仁王立ちしていた。
「お、ちょうどいいところに。おい!そこの自警団の若いの!」
「は、はい。」
「今から余った馬に乗って妹紅たちに知らせてくれ。道を開けろってな」
「分かった。アンタ、前々から思ってたけど……やっぱスゲエ」
「御託はいい!とっとと行け!」
回想終了。
妹紅たちは若い衆が何を伝えに来たかも聞かずに包囲を解いて道を開けた。遠くの方で驚く強盗3人組。当然、逃がしてくれるなんて思っていない。とんでもないことが起きるってことだけは分かった。
「おい、てめえら!下手な真似しやがったら、この女の頭がブチぬ……く……え?」
彼らの声は尻つぼみになった。猛スピードで遠くの方から4頭の馬に引かれた乗合馬車が爆走してきたのだ。
それを確認した両津は馬の上の主人に声をかける。
「おい!もういいぞ!馬と共に離脱しろ!!」
「ほいさ、ハイよー!!」
両津は馬車と馬の締結部を外した。馬たちは御者と共に横道にそれる。両津は器用に車輪を操作し、銀行へ一直線。当然、ブレーキなど踏む気はない。
「りょーーーーーっつ!!」
3人組のリーダーが両津に向かって銃を撃つ。
「うぉおおおおおお!!」
両津がとっさに構えたのは、馬車集積所から外した木製の戸1枚。散弾を受けて木っ端が宙に舞うが、たかだか散弾で総重量100kg以上もある馬車を止められるはずもない。
「ひ、ひぇぇええええ!?」
「うぉおおおおおおお!!」
人質のことも忘れて腰を抜かす3人組に対し、馬車で仁王立ちする両津。
馬車は銀行の扉にぶつかり、扉ごと破壊して銀行に流れ込んだ。
ガッッシャッーーーーーーーン!!
ガラン!ガラン!!
3人組のリーダーは失禁していた。ついさっき耳のそばを、馬車の車輪がも猛スピードでかすめて行った。直撃したらただじゃすまなかっただろう。
(とにかく、奴はどこだ?)
リーダーは手をついて立ち上がり……そして気づいた。右手の人差し指が90度逆に曲がっていた。
(銃は……?)
「探しているのはコレかなー?」
「な……」
そこにいたのは正に両津勘吉。そして手には猟銃。ぶつかった瞬間に銃を奪ったのだろう。
(馬鹿な!奴は馬車で正面衝突だぞ?)
声も出せずにうろたえるリーダーを後目に、刃物を持った残りの2人が肉薄する。が、
「でぇぇええい!!」
剣二閃、いや銃二閃。警察内の全国大会優勝経験者の両津にとって、ごろつきの振り回す刃などハエを払うほど造作のないこと。あっという間に犯人全員が丸腰になった。
「今だ、突撃ー!!」
遠くの方で妹紅の号令。それと共に自警団たちが突撃してきた。自警団は完全防備していたが、既に犯人側は戦意喪失していた。あっという間に逮捕された。
組み伏せられる犯人。抱き合うお琴ちゃんと老夫婦。茫然とする魔理沙。そして両津は……
「よし、運べーーーー!」
「わ、わ、何をする!?」
小町の号令を元に、担架に乗せられて運ばれる両津。戸惑う両津に小町が怒鳴りつける。
「馬鹿野郎!馬車で正面衝突して無傷なはずないだろ!すぐ病院だ!!」
「わ、わ、わ、わ、わ」
両津はあっという間に消えていった。そんな両津を見送って……魔理沙も倒れた。
「え、無傷だったんですか!?」
「正確には擦り傷とかはあるんだけど……ね。」
永遠亭の診断結果を見て、驚く小町と首を傾げる永琳。シートベルトをしている自動車事故ですら正面衝突の事故となればただじゃすまない。ましてや両津は御者で仁王立ちでぶつかっていった。普通に考えれば入院レベルの大けがを負うはずだが。
「あと犯人の方は皆軽傷よ。だけど人質の子がね。お琴ちゃんは顔面骨折を含む大怪我。女の子なのにね。ウチでできるか限りのことはやるけど、あいにく美的センスは私の専門外よ。」
小町は遠くの病室を見る。お琴ちゃんの傍には親御さんたちと熊みたいな町内会長。怪我は痛々しいが、不思議と大丈夫な気がした。
「あとさっき妹紅に手術したわ。不老不死の蓬莱の薬であっても、流石に体内に残置する散弾までは除去できないのよ。ま、取ったら終わりなんだけどね。」
ふんふんとうなづく。
「魔理沙の方だけど、右こめかみに複数の火傷。毛根もダメージがあるわ。火傷はとにかく、毛根までは復活できない。嫁入り前の女の子には酷な話だけど。」
「あれ?」
小町が指さす。魔理沙のベットの隣には何故か両津がいた。
「もう。両さん。ベットを出たら……」
「ちょっと待ってくれ。」
両津をつまみ出そうとする永琳を小町は慌てて静止。そして両津には気づかれぬように、隣の部屋へ。そこで聞き耳を立てた。
「私に何の用があるんだよ?」
魔理沙の声は少し不貞腐れてた。そんな魔理沙を両津が正面から見据える。
「ああ。途中まで強盗、やるつもりだったんだろ?」
魔理沙は反射的に何か言いかけ、そして黙った。しばしの沈黙。ほんの10秒にも満たなかったが、魔理沙が折れるには十分だった。
「……最初は、話を聞いただけだったんだ。大きなことをするとか言って。でも、あいつら、放火して銃を奪ったって知ってさ。もう、どうしていいか分かんなくて……」
「馬鹿が。何でワシに言わなかった?」
ゴツンとゲンコツする。魔理沙は抗議の声を上げようとしたが……、しかし黙った。その時の両津の顔はいつもと変わらない。否、ここにきても変わらなかったということが正確か。両津は今も昔も同じ態度で魔理沙に接していたのだ。そしておそらく、これからも。それに魔理沙が気づかなかっただけ。
「……ごめんなさい。」
「ったく。」
魔理沙は初めて自分から謝る。両津はそれを横目に缶コーヒーをグビっ。
「なぁ、両さん?」
「あん?」
「聞いて……いいかな。元の世界ではアンタ何やってたんだ。」
「お巡りさん、だ。」
「そういうことじゃなくて」
「分かってる。」
両津は缶コーヒーを飲み干し、答えた。
「ワシはな。浅草でどうしようもない不良だった。15かそこらで実家を飛び出してな。何度も警察にお世話になった。ある日、ハメられて警察の採用試験を受けさせられた。毒を以て毒を制すとか言ってたな。とにかく不良のワシがある日いきなり警官になったんだ。当然、問題ばっかり起こしてな。そんなワシを面倒見てくれたのが部長……、いや、その時は部長じゃないな。大原さんだった。」
両津は缶コーヒーを握りつぶす。
「やっぱり部長でいいか?大原さんっていうと、どうもしっくり来ねえ。」
「うん、いいよ。」
両津は煎餅をほおばる。バリボリ音を立てながら、思い出を噛みしめるように続けた。
「部長は、ワシが問題を起こす度に怒鳴り込んできてな。ワシは部長の目を盗んで悪いことして。でも見つかって怒られて。そうしながら警官の仕事を教わったよ。」
両津が煎餅を差し出す。魔理沙が食べるのをしっかり待ってから答えた。
「ワシは不良が嫌いだ。」
魔理沙は何か言おうとしたが、口の中の煎餅のせいで答えられない。もちろん、そうするために、両津は魔理沙が煎餅を食べるのを待っていたのだが。
「よく聞かれるんだ。不良はどうやったら更生するんだ?元不良なら気持ちが分かるだろう、ってな。ワシは毎回こう答えてた。良い奴は元々不良にはならん。不良になるやつは全員クズだってな。ワシ自身そうだったから、そう思ってた。だが、ある事件が起きた。」
両津は煎餅を使って投げるような動きをする。手首のスナップの利き方から、おそらくベーゴマだろう。
「ワシがパトロール中にな。ヤクザが逮捕されるのを見たんだ。そいつの名は村瀬。暴力団集英会の幹部で……ワシの親友だった。」
「親友……」
魔理沙の頭に霊夢やアリスが浮かぶ。
「ああ、親友だ。小学校の頃に転向しちまったがな。ワシは当時からどうしようもないクソ餓鬼。村瀬は優等生。だから別れ際に村瀬が言ったんだ。勘ちゃんが警察に捕まったら僕を呼んでくれ。僕は弁護士になって勘ちゃんを助けるからって。でも蓋を開けたらワシが警察で村瀬はヤクザだった。でもな……」
両津は立ち上がる。
「紆余曲折あったが、アイツは更生した。今は東南アジアの孤児院の院長をやってる。ワシなんかよりよっぽど正義の味方だ。ワシは村瀬を見て気づいたんだ。ワシは昔のワシから逃げたかっただけだってな。」
両津が肩をポンと叩く。
「ま、お前もいつまでも警察のお世話になるなよ。とっとと怪我治せ。」
「うん……ありがと」
両津は魔理沙に背中で答えて去っていった。
そんな両津を小町と永琳も見送った。
「裁判町ーーー!?何ですか、この額ー?」
「当たり前です!馬車丸ごと一つですよ!」
是非局庁に戻った両津を待っていたのは多額の請求書。乗合馬車組合が、破壊された馬車の賠償を求めたのだ。その額、両津の一月分の給料。元々減給処分を食らっている両津は太刀打ちできなかった。なおも抵抗する両津だが、両津程度のゴネで屈しては閻魔などやってられない。
「ガミガミガミガミガミ!」
「ひぃーーーー、もう強盗事件なんてコリゴリだーーーー!」
そんで1作品にまとめろ
そもそもクロスオーバーはハーメルンでやれ
面白い面白くない以前の問題
そういうことやるとこち亀読者はおろかこち亀そのものすらも嫌われるって理解しろ
破天荒な両さんの活躍が素晴らしく、追い詰めれられた魔理沙もまたその弱々しさがいい味を出していました
ストーリーも初期から中期くらいのこち亀の文脈に沿っているように思え、こち亀への愛を感じました