幽香の所に遊びに行こうと、人里の近くを通ったら人形が落ちていた。
手足は今すぐにでももげてしまいそうなまでに腐食していて、事実持ち上げた衝撃で右足がぽとりと落ちてしまった。何年も雨風に打たれていたのだろう。塗装ははげているし、頭も半分割れている。
これだから人間は。
メディスンは義憤にかられながらも、その人形をとりあえずアリスの家にでも持っていこうかと思い、抱きかかえた瞬間、そのぼろぼろの人形が口を開いた。
「もし、お嬢さん」
「あれ、貴方、喋れたんだ。まだ生きているの?」
「生きているも何も、人形に生はありません。違いますか?」
「むぅ。人形だって生きてます。心臓の鼓動や細胞の分裂だけが生命となるなんて科学的な宗教は信じないの。生きていると思った瞬間から、私達は生きているし、人間から独立するんだい」
「そうだとしてもです、お嬢さん。私は死んでいるのでございます」
メディスンは、その言葉に疑問を感じる。
人形は口を開いて意思疎通を行っている。意思があるということは生きていることと同義である。メディスンはそう考えていたのだ。
「なんで? だって貴方、今、喋ってるじゃない」
「もう私には意味がありませんから」
「意味?」
「はい。私の意味は人間の童子の玩具。その役割は終え、存在する意味がないのでございます」
「駄目だよ。そんなんじゃ。人形の権利拡大を叫んでいる私にはちょっと看過できない発言かな」
「人形の権利拡大? はて、私は既に権利も義務も十分に果たし終えた、と認識しておりますので」
「人間に遊ばれてポイされて、そんなにぼろぼろになって何言ってるのさ。とりあえず、知り合いの魔法使いのところにでもつれてってあげるから待って――」
「いえ、その必要はありません。私の邪魔をしないでいただきたい。それだけ言いたくて口を開いたのでございます」
メディスンの提案を、人形は最後まで聞くことなく拒絶する。
閑かな声色だったが、確かな決意が込められていた。
メディスンは理解できない。このままでは朽ちていくだけなのに、何故、人形がこのような言葉を口にしているのか全く解らなかった。
「なんでよ? 貴方、このままだと完全に壊れちゃうじゃない」
「かまいません。必要でなくなって捨てられたのですから」
「だから死ぬの? 理不尽だと思わないの?」
「もう死んでます。人形は人の玩具であり、玩具と使用されるための存在。役割を終えたらなくなる。そう、なっております。人形だけでなく、物はずうっと」
「そんなのおかしいよ! だって、だって、私達にだって心は宿るんだよ! 生きているんだ、私達は! そんな酷いことがあってたまるもんか!! そんな人間の勝手は駄目なんだ!!」
メディスンは激高する。が、それとは正反対に人形は落ち着き払って、言った。
「何故、貴女はそんなに人間に敵対するのですか? 貴女も人形でしょうに。……嗚呼――貴方は怨霊で出来ているのですね。なるほど。道理で」
「道理で、何よ?」
「――――――――――――――――」
メディスンは、冷や水を打たれたように、さっと血の気が引いた気持ちになった。
違う。違う違う違う。否定したかった。それは間違っていると断言したかった。しかし、その人形の言葉はどこまでも核心をついているような気がした。
「よくあることでございます。お気になさらずに。ただ、私はここで朽ちる。貴女は去る。それでいいでございませんか?」
メディスンは、忘我したように小さくうなずいて、その場を去った。
そして、そこには一体の朽ちかけた人形だけが残った。
◆◆◆
花を育てた理由は覚えていない。気がつけば私の周りで四季折々の花弁が咲き乱れていた。つまるところ、私の周囲は花であり、花の周囲が私なのである。だから花は私の半身で、そのために私は存在しているのだろうと漠然と思っていた。
「幽香はさ」
毒人形は語りかける。
「向日葵だよね」
「そう言う貴女は鈴蘭ね」
くすり、とメディスンは幼子のように邪気のない笑みを浮かべた。
毒がふわりふわりと大気に漂う。私はその濁った空気を鼻孔で感じながら、微笑み返す。
「えへへ。なんだか、幽香にそう言われると嬉しいな。不思議な気分」
「そうかしら? 私はありのままを言っただけなのだけれど」
だから嬉しいんだよ――恥ずかしそうに、はにかみながらメディスンは言った。私の言葉のどこに、そこまで感情に影響するものがあったのか解らなかったが、幸せなのは好いことだ。適当にそんなことを思ってみた。
「スーさんは私に力をくれるから」
「ん?」
「だからかな、嬉しいんだ」
そう言うと、メディスンは立ち上がり。両手を広げて回り出した。
時折、鼻歌をまじえながらくるくると回る。その行動に何らかしらの意味があるとは思えなかったが、その光景は実に愛らしかった。
「コンパロコンパロ」
呪文のように、歌にのせて呟くメディスンの声はどこまでも透き通っていた。
その澄んだ声色に惹き付けられるかのように、毒性を持つ花々の毒がメディスンに集まっていった。太陽の畑は向日葵を基調としているが、何もそれだけで構成されているわけではない。毒性のある花々も当然ある。それの毒を集めているのだろう。
言うならば、そう。圧巻だった。禍々しいと形容するのも馬鹿らしいほどの濃度にまであげられた毒素は、もはや視認すら可能だった。私によって守護されている花々や土は何の影響も受けていないが、これが普通の森であれば一本残らず枯れ果てて、数十年は不毛の砂漠地帯になるだろう。
メディスンはその中心でくるりくるりと、舞踏でも踏んでいるかのように踊っていた。彼女の周りには螺旋状に毒素が舞っている。それを祝福しているようでもあった。
「メディ」
「なに?」
「もうその辺にしておきなさい。貴女、こんなにも毒を捌ききれないでしょうに」
「そうね。後、もう少ししたら止めるわ」
いたずらっ子のように舌を出して笑うメディスンは、本当に人間の童女に見えた。
ああ、やはり、この娘は人形なのだな。
らしくもない感傷に襲われる。嗚呼。そうなのだ。この娘は、毒人形。どこまでも人形なのだ。
あの自由自在に動く関節は球体関節で、身体の素材は泥。そうなっているのだ。
その後、十分ほどメディスンは踊り続け「食べ過ぎた」と一言つぶやき、残りの六割ほどの毒素を大気に放り出したまま、私の膝の上に倒れ込んだ。
「うー、気持ち悪い。食傷したよー」
「だから言ったのに。馬鹿な娘ね」
「うう、幽香が冷たい……」
メディスンは、あーだの、うーだの、唸って苦しんでいるようだったが自業自得なので優しい言葉などかけるつもりはなかった。
風が吹いていた。優しい風だった。頬を軽く撫でて歩いていくような、そんな風だった。散り散りになって視認できなくなった毒素が、ふわふわと舞う。メディスンは少しだけ目を細めた。
「ねえ、幽香」
「なにかしら、メディ?」
「私は、人形なんだ」
「ええ、そうね。貴女はどこまでも毒人形よ」
「……そうなんだよね。そっかあ――」
どこか悲しげに、けれども得心がいった様子で、メディスンは呟いた。
本当に、その様子はあどけない童女のようにしか見えない。けれど、だからこそなのだろう。私はそんなふうに思った。
それを哀れだとは思わない。辛いとも思わない。同情もなければ共感もない。私は彼女ではないし、彼女は私ではない。感じ入る所は何一つとしてない。
けれど――それは寂しい。
寂しいだろう。
寂しいに違いない。
だからといって、それは口にしない。それはきっとメディスンを壊してしまうから。
「幽香はさ。向日葵だよね。だからかなあ?」
メディスンは独り言のように呟く。
「まぶしいや」
毒が、メディスンの瞳から漏れ出た。
私はただ黙ってそれを見つめる。いつものように笑みを浮かべて。
「この集めた毒を人里にぶつけてやりたい」
「そう」
「人間なんてみんなみんな死んでしまえばいい」
「そう」
「私は――惨めだ」
「そう」
メディスンの瞳からは毒が流れ続ける。
涙では、ないのだ。
でも雰囲気以外は特に感じる物は無かったです、文章のリズムが良いわけでもないし
読みとれるほど情報が入ってないんでたんに足りてない印象が
もうちょっといろいろ書いても良かったんじゃないですかね