Wer mit Ungeheuern kampft mag zusehn dass er nicht dabei zum Ungeheuer wird.Und wenn du lange in einen Abgrund blickst blickt der Abgrund auch in dich hinein.
まるで人形のようだ、そう彼女は評した。
暦の上では春なのに、まだ雪が降ったりすることは珍しくないだろう・・・・・・外の世界では。
地球環境の変化により季節が崩れることが多い外の世界とは違い、幻想郷は四季がはっきりとしている。むしろ外の世界の季節がはっきりしないがために幻想郷は四季がはっきりするのだが。
とはいえ、自然はスケジュールどおりには動かない。だからこそ、暦の春に雪が降ろうと幻想郷の人妖は特に不思議には思わなかった、当初は。
一週間が過ぎ、一ヶ月が過ぎてもなお雪深き現状を見て、人妖達はそれを異変と認識するようになった。
いわゆる『春雪異変』である。
この異変を解決するために、三人の人間が立ち上がった。
博麗の巫女と、普通の魔法使いと、時を停めるメイド。
これは、そんな雪の日に出会ったメイドと魔女の物語。
吸血鬼が住む紅い館でメイド長を勤める十六夜咲夜は、主の命で異変解決のために飛んでいた。食料的な意味でも健康的な意味でも、冬が長引くのは辛いものがある。
だからこそメイド長直々に異変解決に来ているのだが、早くも彼女の戦意は萎えていた。
まず初めに出会った氷精がうっとおしかった。軽くいなすこともできたが、妖精にしては力の強い存在は弱いとはいえ気を抜ける相手ではない。とはいえ本気を出すほどでもない。中途半端な戦いは人間を苛立たせる。
その次に出会った冬の妖怪は自らを『黒幕』だといった。すわ異変解決か、などと思えばぬか喜び。当たり判定がでかいのをいいことにやりたい放題してから飛び立つ。
その次は猫。犬でも牛でもない、猫だ。もう明らかに異変とは関係なさそうだが突っかかってきた相手に咲夜は戦った、犬的な意味で。
結局のところ三人(?)を相手にして当たりはなし。雪は振り続けるし視界は悪いし主の命以外には特に大義名分も無い彼女の戦意が萎えるのもしょうがないだろう。本音ではもう今すぐ引き返したいほどだ・・・・・・主への忠誠心が心配でならない。
いま飛んでいるのは、先ほどみかけた敵が気になったから、ぐらいのものだ。
「なんか、無駄に時間を過ごしてるような気がする・・・うちのお嬢様は大丈夫かしら?」
意訳:帰りたい、帰ってお茶を飲みたい、門番でぱふぱふしたい。
仮にこの瞬間に異変の黒幕が出てくれば嬉々として細切れにしかねない精神状態である咲夜と出会うのは不幸以外の何物ではないだろう。
そういった意味では彼女はまさに不幸体質の持ち主だった。
「他人の心配する位なら自分の心配したら?」
そういって現れたのは、水色の服に金髪という組み合わせの人形のような少女。
ふと、鼓動が跳ねるのを咲夜は感じる。
「ああ、心配だわ。自分。」
「で、何が心配なの?自分。」
「服の替えを3着しか持ってこなかったの。自分」
「持ってきてたんだ」
「あと、ナイフの替えも」
「持ってきてるの?」
相手の言葉に機械的に反応して返事を返す。今の咲夜に会話の内容など関係ない。気になることはただ一つ。目の前の人形のような少女――先ほどから陰でちらちらしてはいたが――が先ほどから出てくる人形の持ち主、というより操り主なのか。
「あなたは悩みが少なそうでいいわね」
「失礼な!少ないんじゃなくて、悩みなんて無いわ」
雪のせいで視界が悪いが、よくよく目をこらせば目の前の少女の周りにはたくさんの人形が浮遊していた。間違いない、と咲夜は確信する。
今まで出てきた人形も、この少女が操っているのだと。
「って言い切られてもなぁ。で、そこの悩みの無いの。」
「はい?」
戦いたくない、と咲夜はらしくないことを考える。
だが一応異変解決のために来ているのだし、相手もやる気だからやるしかない。
あまりやりすぎたくはない、などと考えているが。
「この変で春を奪った奴か、冬をばら撒いた奴を知らないかしら?」
「大体、心当たりはあるけど」
「どこに居るの?」
「そんな顛末なことはどうでも良かったのであった」
「どうでも良くない」
やはり戦わなければならない。
少女が何やら構えると周りの人形が陣を組むように展開する。それに応えて銀のナイフを構えながら、咲夜は会話が終わったことをどこか後悔している自分に気がついた。
一言でいえば、少女の戦闘は美しかった。
人目でコンセプトが分かる人形が機能美にあふれた隊形を組み、それぞれがそれぞれの規範をもって色とりどりの弾幕をばら撒く。いや、ばら撒くという言葉は美しくない。
ありきたりで陳腐だが、それは芸術的だった。
「戦いの最中に考え事なんて余裕ね」
その言葉とともに高速の直線弾が咲夜を狙う。とはいえ動きは単調なそれ、気をとられていた咲夜でもわずかに身を捻るだけでかわすことはできた。
「貴方と貴方の人形に目を奪われていただけよ」
「お世辞は良いけど余所見は危なくない?」
「危なくない」
言ったことは半ば本気だったが、少女はそうは取ってくれなかったようだ。
ふと、咲夜は“少女”の名を知らないことに気づく。
「咲夜」
「はい?」
「十六夜咲夜よ、以降お見知りおきを」
弾幕ごっこの最中にいきなり名前を名乗ったものだから、“少女”は面食らったようだったが、すぐに意図を読み取って返してくる。
「アリス・マーガトロイド、以降があるかは貴方次第ね」
当たれば痛い(だけではすまないこともある)弾幕が飛び交い、人形がぐるぐると飛び回る中で、二人はお互いの名前を初めて知った。
「さぁ、今回の騒動の張本人は一体どこのどいつ?」
勝利者は咲夜だった。心痛むが飛び交う人形を正確にナイフで打ち抜き木に磔け、時を止めて幻惑する。傍から見れば圧倒的勝利だろう。
そうでないことは戦った咲夜だからこそ分かる。
「風下に寂れた神社があるわ そこに頭が春っぽい巫女が住んでるから、そいつに違いないわ」
「多分、それは違うと思います」
服がぼろぼろになっている割にはまだ余裕が残る顔でそんなことをいうアリスが、咲夜の考えを確信に近いものにする。
彼女は、本気を出していない、という考えの。
「冗談はさておきあなたが春を集めるたびに春が近づいていることに気が付かない?」
「・・・向うは風上ね」
「まだ何も言っていないのに・・・」
ずっとペースに乗せられっぱなしなのも少ないプライドが文句を言うから、咲夜は澄ました顔で飛び立った。背後から残念そうに響いたアリスの声にわずか後ろ髪をひかれながら。
この異変において、咲夜がアリスと出会ったことに大して意味はなかった。
何せアリスは異変の黒幕と何ら関係がなく、異変の恩恵すら受けていないのだから。
つまり、咲夜にとっては全くの無駄足だったというわけだ――彼女自身は、それを否定するだろうが。
そう、二人が出会ったことは大きくみれば意味はなかった・・・・・・だが、咲夜にとってはそうでなかった。それだけのことである。
「あら、また来たの?」
「ええ、また来たの」
春雪異変が解決してから、アリスは紅魔館をよく訪れるようになった。正確には、紅魔館内に存在する図書館へ、だが。
魔法書・古文書・恋愛・官能・ライトノベルその他多数、魔法書だけでも10万3000冊は優に越えている図書館は紅魔館の主、レミリア・スカーレットが友人の魔女、パチュリー・ノーレッジ(が使役する小悪魔)によって管理されている。
アリスと咲夜が“良く”出会うのは、魔法書ジャンルの本棚と本棚の間だった。
「どんな本をお探しかしら」
「良いわよ、自分で探すから。魔法についてはメイドよりは魔女の方が詳しいし・・・・・・貴方こそ何を探しに来たの?」
「人形遣いの口を噤ませる魔法」
「あら物騒なこと」
お互いが笑顔で、あまり意味の無いことを口にする。それはまるで異変解決時のような会話で傍目からみればそっけないものだが・・・・・・咲夜にとってはそうではない。
「本当は整理の手伝いよ、ここは本が多いから」
そういって“今まさに時を止めて適当に抜き出した手近な魔法書の束”をアリスに見せ付ける。抜き出したのはアリスの背後の本棚からであるからばれるはずもないという考えだ。
「あら、お邪魔なら帰ろうかしら」
どう聞いても冗談以外の何物でもないアリスの言葉だが、一瞬咲夜の心臓は跳ね上がった。
それではまったく意味が無い。
「邪魔なら何も言わずにどかせるわ、時を止めて」
「つまり『超スピードだとか催眠術だとか』状態というわけね」
「・・・・・・どういう意味?」
動揺を顔に出さないように努めることはさして難しくはない。人間が吸血鬼の館でやっていくのに真っ白いままではいられない。その手のポーカーフェイスも仮面も身につけたつもりだ。
咲夜の思惑通り、アリスは納得して手元の本に顔を落とす。背後で本を片付けるフリをしながら、時折ちらちらと振り返りそんな人形遣いをメイド長は観察する。
時折訪れる普通の魔法使い、霧雨魔理沙のそれとはまた違う金髪は、手入れがいきとどいていて、手櫛でも引っ掛かる場所がなさそうなのは傍目にも良く判る。
本に目を落としているからうなじも良く見えた。人形のように白い肌に思わず牙を突き立てたい衝動にかられ、はて自分はいつのまに吸血鬼になってしまったのだろうと咲夜は思ってしまった。
それこそ舐めるように見つめる咲夜の視線に、アリスは気づいた様子を見せない。読書好きとは熱中すれば周りが見えなくなるというものだ。実例は管理者でもある百年の魔女。
(・・・・・・気づかれたくはないわね)
時折わざとらしく本を片付ける素振りをするのもその思いから。
許されるならば、本を放り出して眺めたい、いや触りたい。髪、うなじ、唇、まぶた、アリスに属するものであればそれが何であれ触りたい。
無防備に背中を向けている人形遣いがその思いに気づいたらどうするのか、全てをぶち壊してでも試してみたいと訳の分からない衝動が咲夜を襲う。
このままではいけない。
「それじゃあ、私は用事があるから」
「えぇ、また会いましょう」
決心をすれば速かった。時を止めて本を全て戻し、足早に去っていく――ところで、呼び止められた。
「ねぇ咲夜」
「何?」
すぐに振り返って答える――ようにみえるが、またしても跳ね上がった鼓動に咲夜はもう一度時を止めて、深呼吸をしてから時の動きを戻し、答えている。
そんなことが起こっているとはしらない表情で、アリスが見つめていた。
「今度、私の家に来てみない? 美味しい紅茶が手に入ったから」
「・・・・・・へぇ」
驚きも続いてしまえばなれたもの、だがわずかにらしくない言葉が漏れてしまう。
実をいうと、この手の誘いは初めてのことだが流れからすればおかしくはない。
時折“お嬢様に出す前の実験台”や“新作料理の実験台”と称してアリスにお菓子や手料理を振舞うことはあったし、それのお返しにアリスがクッキーやサンドイッチをもってくることもあった。
だから咲夜にとってこの誘いは予測できたもの、それでもいざとなると焦りも生まれる。
「・・・・・・忙しいかしら?」
「――そんなことはないわ」
思案の時間を否定のそれと受け取ったのかどこか淋しげな表情をするアリスの不安を咲夜はすぐさま否定した。
そんな顔はされたくない、見たくも無い。
「そう、なら明日はどう?」
「問題ないわ。正午過ぎはどうかしら」
「それでいいわ」
とんとん拍子に話は進む。両者の時間もうまい具合に空いていたようだ。
いや、たとえ空いていなくても無理やり空けただろう。それほど咲夜にとってこの誘いは重要だった。
それほど重要な理由というのは、どこかあやふやなものだったが。
「私もサンドイッチぐらいは作っていくわ。ちょうど試したい食材もあるし」
「また実験台? 毒かなにか入れてないでしょうねぇ」
「お嬢様にじゃないんだから」
「・・・・・・その返答はどうかと思うわ」
古臭い言葉だが天にも昇るような気持ちは、仮面の下に隠す。それでも、つい出てきてしまいそうな微笑みが仮面を下から押し上げようとしている。
「それじゃ、明日」
だから咲夜はそれだけ言って時を止めた。
目の前で動きを止めた人形遣いの顔を、改めてじっくりと観察してから。
咲夜は止まった時の中を歩き出した。
十六夜咲夜は少女趣味である・・・・・・と本人は自覚している。
部下への規範もあるのであまり表ざたにしたくない趣味ではあるが、汚いものより美しいものが好きなのはごくごく自然なことだ。ただ、咲夜は綺麗なものより可愛いものが好きなのである。
それは、幼い頃に自らの能力を自覚し、それが故に排斥され同属である人間に追われるようになってから紅魔館に流れ着くまで、少女らしい生活をまったくしてこなった反動からでもある。
隙をみせればここぞとばかりにそこをつかれ、ほんの少しでも用心を怠れば寝首をかかれかねない、そんな生活の中で少女らしい生活など、到底望めるものではなかった。
だからこそ、咲夜は今の生活を幸せだと思う。
仕事は多く人手は少なく、言うことを真面目に聞くことの方が少ない妖精メイドを束ね、自らより勤続年数が長い門番に時折お仕置きとしてナイフを突き刺す気まずさに精神を削られ(いろいろと理不尽だが)、衣食住は保障されるが決まった給金はない。
それでも、自由な時間がないわけではない。
時折変装して人里へと繰り出し、その手の店で目の保養。そこまでせずとも、その手の書籍も揃っている図書館で漫然と時を過ごす事だってできる。
味わえなかった少女時代を取り戻さんとばかりに、咲夜はそうやって没頭していった。
その先に出てくる問題など、その時は露ほども知らずに。
「今日はあの人形遣いが来ていたの?」
「え・・・・・・はい、図書館に来ておりました」
今日は珍しく夜に起きた――というと吸血鬼らしくないが――レミリア・スカーレットの着替えを手伝い、寝覚めの紅茶を持ってきたところでかけられた質問に、咲夜は少し間をあけて答えた。
なぜそんなことを聞くのか、なぜそれを知っているのか。
「だって貴方、嬉しそうにしてるじゃない」
「・・・・・・えっ、え」
“間”の意味を敏感に察したレミリアが嫌らしい笑みで口にした言葉に、咲夜は誤魔化しきれないほどに動揺してしまった。ワンテンポ遅れて時間を止め、深呼吸を三回してから顔を両手ではたく。
時間停止解除。
「そうでしょうか」
「ほんと人間らしくないわねこの従者は・・・・・・」
バレバレではあるがメイド長としての矜持がそうさせる。出会った頃から実感してきたことだが、改めてレミリアは溜め息を――本人の前で吐くのもあれなので、紅茶で飲み干した。
ストリキニーネの苦味が大人っぽい。
「・・・・・・っていくら死なないからってこれはどうよ」
「たまには大人っぽい味を、と申されておりましたので」
「いや確かに言ったけどさぁ」
そんなことを言いながらあっさりと飲み干してお代わりを要求するレミリアも、それに涼しい顔で応じる咲夜も、人間の常識からはいろいろと外れていた。
ちなみにストリキニーネは某道具屋からの品だ。
「ストリキニーネとは、インドールアルカロイドの一種、主にマチン科の樹木の種子から得られます。名前は似ておりますがキニーネとは全くの別物。僅かな量でも強い苦味が得られるので今回は――」
「ああ咲夜、咲夜」
「はい、何でしょうか」
「下手な誤魔化しは良いから。それより人形遣いのことが」
ストリキニーネについて語り始めた咲夜の言葉をレミリアは遮る。
この従者は全く誤魔化し方が下手だ、とレミリアは思う。今だって、この紅茶には最初からストリキニーネが入っていたわけではない。ただ話を逸らしたいから時を止めて紅に入れたのだということに、レミリアは気づいていた。その証拠に、注がれたお代わりの方にはストリキニーネが入っていなかった。
「ほんと、こういうところは人間らしいんだから」
「・・・・・・一応私は人間です」
「そういえばそうだったわね、可愛らしい物が大好きな女の子だし」
「・・・・・・」
「だから・・・・・・時々、あの白黒鼠を部屋に連れ込んだりしてるんでしょう?」
「――っ、よくご存知で」
「分からない訳がないじゃない」
白黒鼠、つまり霧雨魔理沙を部屋に連れ込んでいるのはれっきとした事実。
魔理沙は門をあっさりと突破することができるが、メイド長に対しては五分五分といったところだ。とはいえ咲夜と遭遇する確率もまた五分五分なので、結果的には図書館の魔女と司書が泣きを見ることになる。
そして遭遇した時には不法侵入者対策と称して部屋に連れ込み、紅茶やお菓子を振舞っている――実は紅魔館内部では既に公然の秘密なのだが。
「あの魔法使いは黙っていればお人形さんだものねぇ・・・・・・黙っていれば」
とても大事なことなので二回言いました。
男口調でがさつな努力家、それでいて外見と心は乙女。いろんな意味で可愛いもの好きの心をくすぐる存在だ。
そう、まるで人形のように。
「・・・・・・・お嬢様」
「ああ、別に咎める訳じゃないから。貴方のプライベートまで拘束するほど私は暇じゃないし」
公然の秘密、とういことはずっと前からレミリアは知っていたということだ。そして咎めるつもりであれば、もっと速くに口を出している。それをしないということは、つまりは黙認するということだ。
だが――今回は少し話が違う。
「それより・・・・・・一人だけ可愛がるならまだしも、二人目まで狙うなんて、ほんと人間らしくないわ、貴女は」
「・・・・・・二人目、とは」
「とぼけないでいいわ、あの人形遣い――アリスだっけ、あの娘も気に入っているんでしょう? ほんと、手が早いんだから」
「そんなことは――」
「無いと言い切れる?」
紅い瞳を向けてくる主に対して、咲夜は答えることができない。
できれば誤魔化したいが、主に対して嘘をつくことは不敬に値する。だからできることは沈黙であり、それは逆に雄弁に咲夜の答えを語っている。
「白黒を人形みたいと評するなら、七色はそれこそ人形――といったところかしら、図星でしょう、咲夜」
「・・・・・・・」
その通りだ、だからこそ答えることができない。
可愛らしい外見とそれに反して冷たい瞳、そんなアリスは・・・・・・それこそ人形だった。
可愛らしい愛玩人形、見つめていれば手を触れたくなる。
「人形を欲しがる女の子、というのは別にいいけどね、気をつけなさいよ」
「・・・・・・はい」
その警告の意味を、咲夜は分かっている。
つまりはやりすぎるな。
人形を見るだけで満足できなければ、触れたくなる。触れて満足できなければ――欲しくなる。
人形遣いの親交は狭いが、その中に博麗の巫女が居れば話は別だ。自重を忘れてはいけない――咲夜はレミリアの警告をそう受け取った。
そんな咲夜を、レミリアは――憐憫の目で見ていた。
「フリードリヒ・ニーチェ」
「はい?」
「今度『善悪の彼岸』でも読んでおきなさい・・・・・・それぐらい、図書館にあるでしょうし」
哲学者にして狂気に陥った人間。
レミリアがそういった人間の名を口にすることは珍しく――だが、なぜかぴったり
と様になっていた。
「分かりました、読んでおきます」
「よろしい」
その後、レミリアは図書館を訪ねるとのことで、咲夜に自由時間を与えた。
明日の用意のために時間が欲しかった咲夜は、これ幸いと部屋で準備をすることにした。
「やりすぎるな、か・・・・・・」
足りなかった食材を食堂へと取りに行くために廊下を歩きながら、咲夜は考えていた。
そして狂気の哲学者、ニーチェ。
咲夜は、自分がある程度狂っていることを自覚はしていた。
無きに等しかった少女時代、血にまみれた逃亡生活、そして吸血鬼の狗となり、手に入れたのは血塗られた平穏。
そんな中で自らの少女趣味は――もはや趣味といえるものではなかった。
時折訪れる魔理沙に対して睡眠薬を盛り、その寝顔を触れずに見つめ続けたこともあった。
一瞬一瞬の表情を、時を止めて観察したこともあった。
それは幼い頃の反動といっても度が過ぎるものだ。
「・・・・・・」
そこに現れた人形遣いは、時に咲夜の理性をぎりぎりまでいたぶる。
・・・・・・自分はいつまで正気でいられるのか、咲夜にはもう分からなかった。
表情を失ったメイドは、誰も居ない廊下を歩んでいく。
それはまるで、彼女自身の未来を表しているようだった。
「それじゃ、明日」
その声とともに背後から気配が消え――同時に自らを舐め回すような視線を感じなくなって、アリスは溜め息をついた。どうせもう相手には聞こえないのだから。
気づかれていないだろうと咲夜は思っているに違いない・・・・・・そうアリスは思った。
本の片付けなど時を止めれば一瞬で済むだろうに――そうアリスは笑っていた。
「ほんと、人形のよう――いえ、自立人形のようね」
冷たい仮面で覆われた表情、完璧を目指した動作――そこから時折覗く、人間らしい感情。
まるで自立人形のようだと、アリスは咲夜を評した。
それは自らが目指すモノに近い。
「いろいろと興味深い対象ではあるし」
人間でありながら時間を止め、空間を操る存在。
「・・・・・・興味はつきないわね」
メイドが先か、人形遣いが先か。
人形遣いが愛玩対象にされたのが先か、メイドが魔女に囚われたのが先か。
それを知るのは――
手串→手櫛
吸血切→吸血鬼
ビスクドールなアリスと殺人ドールな咲夜さんは共通した魅力を持っていると思います。
どちらも人形であり人形遣いでもある。似た者同士、惹かれ合っていそうですね。
程よく黒い咲夜さんも素敵だ。あとJOJO似合うなぁ。
まあ人間って言ってもある種『化物』ですよ、メイド長は・・・
>春雪異変が解決してから、咲夜は紅魔館をよく訪れるようになった。
紅魔館に訪れるようになったのは、アリスですね。
>排斥され同属である人間に終わ
>れるようになって
「追われる」でしょうか。
>人目でコンセプトが分かる人形
多分、「人目で~」かと。
ただ、咲夜さんの心理描写が丁寧だったせいか、唐突にアリス視点に変わり、
そのままあっさりと終わってしまった印象を受けました。
題材がすごいツボだったこともありもうちょっとアリス視点もじっくり見てみたかったです。
公式の会話によく馴染んでるといいますか。
これからの続きの二人も読んでみたいです
リーダは・・・だと目につくというか……の方が文章にはどうかなと思うのですがどんなもんでしょう