人外の集う館。
その最深部、魔法の光で照らされてもなお薄暗さを感じさせる一室にて。
「にゃんにゃんにゃーん」
天蓋付きの大きなベッドに寝転んだまま、金糸の髪を持つ少女は軽いのにどこか沈んだ声で猫の泣き真似をした。
枯れ枝に宝石をぶら下げたような歪な羽根が小さく左右に揺れて、かすかに硬質な音をたて、響かず空気に溶けて消える。
終りを詰め込んだようなその空間で、少女はくあっと欠伸を一つ漏らした。
そしてまた、気だるげな声で鳴く。
「……にゃーん」
白く細い足をパタ、パタと交互に数度揺らした後。
数秒、うつ伏せのまま動きを止めて。
「さくやーっ!」
大きな声で、叫んだ。
「――お待たせしました。いかがなさいましたか、妹様」
次の瞬間には、もとからその場に居たかのように存在する瀟洒なメイド。
少女との距離は四歩。
それは瀟洒なメイドが少女と一対一で対面する際に、失礼に当たらない範囲で己の生存確率を僅かながらも上げるためにとっている間合い。
そのことを正しく理解しているので、少女は自分からメイドとの間にある距離を詰めたことがなくて。
そのことを正しく理解しているので、メイドは少女との距離を一定に保ち続けている。
彼我の間に漂う冷えた木陰のような空気を、メイドは気に入っていた。
口に出すことは、おそらく死ぬまでないだろう、と、そう思いながら。
「持って来て」
視線もあわせないまま、少女の可憐な唇から主語もなく放たれた言葉。
「なにを、お持ちすればよろしいのでしょうか?」
問い返せば、ほんの一瞬だけ金の睫毛に縁取られた紅い瞳が向けられて。
見惚れている間に、溜息に乗せて流される補足の言葉。
「ケーキ。蝋燭も一緒に」
予想外の言葉に、数瞬動きを止めた後。
「チョコレートケーキ、ですか?」
意図を汲もうと訊ねたが、首を傾げて返される。
「え? いや、別になんでもいいけど」
時を止め、メイドはキッチンへと向かった。
++++++++++
ケーキに蝋燭、といえば。
大抵の人物の脳裏には誕生日が思い浮かぶのではないだろうか。
誕生日ケーキといえば、やはり真っ白な生クリームにトッピングは苺のホールケーキが定番だと、メイドは思った、のだが。
日付的には、例え命じた少女が考慮していないのだとしても、それが妥当ではないかと考えたので、チョコレートに苺がトッピングされた物を携え、地下の部屋へと舞い戻った。
「……失礼ながら。妹様の誕生日までは、まだ半年ほど間があったと記憶しているのですが」
メイドは用意した丸テーブルにケーキと紅茶をセッティングした後、止めていた時を動かすなり、頭の中を埋め尽くしそうな疑問を口から吐き出した。
気が狂っている、などと噂されている少女が、その実とても理知的な面をあわせ持っていることを知っているからこそ、不可解さに首を傾げざるをえない。
「誕生日? ……ああ、誕生日ケーキ? 違うよ。ちょっと似てるかもだけど。いや、正反対かな?」
投げやりな喋り方でそう述べて身体を起こす少女により、疑問は増していくばかり。
「蝋燭は?」
「ここに。何本立てれば良いのかわからなかったもので、直接御伺いしてからにしようかと」
「……あー。それじゃ、二本でいいよ」
短い会話の後。
チョコレートケーキに突き立つ二本の蝋燭。
ともされた火を、じぃっと見詰めながら。
「にゃんにゃんにゃーん」
いきなり鳴いた少女に、メイドは小さく目を見開いた。
「……可愛らしい、泣き声ですね」
「可哀想な頭ですね、って副音声が聞こえたよ」
「可愛らしい頭になられたのかな、とは、少し」
淡々としたテンポで交わされる会話。
「猫をね、殺しちゃったんだ」
小川に石を投げ入れるように投じられた一言に、それが乱れた。
「……は?」
思わず零れた、動揺に彩られた疑問符。
「けっこう前の話なんだけど。可愛いのよ、なんて自慢してくるから。見せてよ、って言ったらホントに連れてきちゃってさ。たしかに可愛いなあって思ったんだけど。思ったからかな?」
「……」
「つい、うっかり」
情景が頭に浮かぶ。
四散する猫の肢体。
やっちゃった、なんて変わらない調子で口にする少女の姿。
「あと一週間ちょいあるけど。二月二十二日は、にゃんにゃんにゃーん、で、猫の日なんだってさ」
壁の暦を指差して、招き猫みたいに片手を丸め、にゃーん、ともう一鳴き。
「正直、此処にいたらあんまり日付とか関係ないんだけど。暇だったからボーっと眺めてたの。そしたら、思い出しちゃって。命日とか憶えてないから、今日祈っとこうかあ、って。ご冥福とか、そんなの」
言葉を切って、ケーキの苺を一つ摘んで口に放り込む。
紅い唇の間から、尖った牙が果肉を突き破る様が覗けた。
飲み込んでから、また口を開く。
「でもさ、お線香だっけ? あれの匂い苦手でさ。煙もすっごい出るし。ここ窓ないし。だから蝋燭でいっかあ、って。そんで、蝋燭といえばケーキだよね、って。ほら、お供え物代わりにもなるし」
一息に、早口で言い切ると、小さく溜息を吐き出して。
疲れたみたいに、肩を落とした。
なんとなく、もうこの場に自分は居ない方が良いのだろうとわかったから、会釈をした後、退室するべく背を向ける。
「あ、待って」
その背に声を掛けられた。
「半分、持っていってよ」
首だけで振り返れば、少女は似合わない苦笑を浮べて告げた。
「猫の飼い主。……パチュリーのとこ」
++++++++++
「ごめんね――だ、そうです」
半分のチョコレートケーキと紅茶を持って訪れたメイドの前で。
「いまさら……」
魔女は伏目がちな目に呆れを滲ませながら、細く息を吐き出して。
「謝るなら、自分で来いって伝えて。そのついでに」
赤いリボンでラッピングされた小箱を、そっと机に置いた。
「これ、持っていって」
――……来月までに、謝罪の言葉とクッキーでも用意しとけば、許してあげるわ。
その最深部、魔法の光で照らされてもなお薄暗さを感じさせる一室にて。
「にゃんにゃんにゃーん」
天蓋付きの大きなベッドに寝転んだまま、金糸の髪を持つ少女は軽いのにどこか沈んだ声で猫の泣き真似をした。
枯れ枝に宝石をぶら下げたような歪な羽根が小さく左右に揺れて、かすかに硬質な音をたて、響かず空気に溶けて消える。
終りを詰め込んだようなその空間で、少女はくあっと欠伸を一つ漏らした。
そしてまた、気だるげな声で鳴く。
「……にゃーん」
白く細い足をパタ、パタと交互に数度揺らした後。
数秒、うつ伏せのまま動きを止めて。
「さくやーっ!」
大きな声で、叫んだ。
「――お待たせしました。いかがなさいましたか、妹様」
次の瞬間には、もとからその場に居たかのように存在する瀟洒なメイド。
少女との距離は四歩。
それは瀟洒なメイドが少女と一対一で対面する際に、失礼に当たらない範囲で己の生存確率を僅かながらも上げるためにとっている間合い。
そのことを正しく理解しているので、少女は自分からメイドとの間にある距離を詰めたことがなくて。
そのことを正しく理解しているので、メイドは少女との距離を一定に保ち続けている。
彼我の間に漂う冷えた木陰のような空気を、メイドは気に入っていた。
口に出すことは、おそらく死ぬまでないだろう、と、そう思いながら。
「持って来て」
視線もあわせないまま、少女の可憐な唇から主語もなく放たれた言葉。
「なにを、お持ちすればよろしいのでしょうか?」
問い返せば、ほんの一瞬だけ金の睫毛に縁取られた紅い瞳が向けられて。
見惚れている間に、溜息に乗せて流される補足の言葉。
「ケーキ。蝋燭も一緒に」
予想外の言葉に、数瞬動きを止めた後。
「チョコレートケーキ、ですか?」
意図を汲もうと訊ねたが、首を傾げて返される。
「え? いや、別になんでもいいけど」
時を止め、メイドはキッチンへと向かった。
++++++++++
ケーキに蝋燭、といえば。
大抵の人物の脳裏には誕生日が思い浮かぶのではないだろうか。
誕生日ケーキといえば、やはり真っ白な生クリームにトッピングは苺のホールケーキが定番だと、メイドは思った、のだが。
日付的には、例え命じた少女が考慮していないのだとしても、それが妥当ではないかと考えたので、チョコレートに苺がトッピングされた物を携え、地下の部屋へと舞い戻った。
「……失礼ながら。妹様の誕生日までは、まだ半年ほど間があったと記憶しているのですが」
メイドは用意した丸テーブルにケーキと紅茶をセッティングした後、止めていた時を動かすなり、頭の中を埋め尽くしそうな疑問を口から吐き出した。
気が狂っている、などと噂されている少女が、その実とても理知的な面をあわせ持っていることを知っているからこそ、不可解さに首を傾げざるをえない。
「誕生日? ……ああ、誕生日ケーキ? 違うよ。ちょっと似てるかもだけど。いや、正反対かな?」
投げやりな喋り方でそう述べて身体を起こす少女により、疑問は増していくばかり。
「蝋燭は?」
「ここに。何本立てれば良いのかわからなかったもので、直接御伺いしてからにしようかと」
「……あー。それじゃ、二本でいいよ」
短い会話の後。
チョコレートケーキに突き立つ二本の蝋燭。
ともされた火を、じぃっと見詰めながら。
「にゃんにゃんにゃーん」
いきなり鳴いた少女に、メイドは小さく目を見開いた。
「……可愛らしい、泣き声ですね」
「可哀想な頭ですね、って副音声が聞こえたよ」
「可愛らしい頭になられたのかな、とは、少し」
淡々としたテンポで交わされる会話。
「猫をね、殺しちゃったんだ」
小川に石を投げ入れるように投じられた一言に、それが乱れた。
「……は?」
思わず零れた、動揺に彩られた疑問符。
「けっこう前の話なんだけど。可愛いのよ、なんて自慢してくるから。見せてよ、って言ったらホントに連れてきちゃってさ。たしかに可愛いなあって思ったんだけど。思ったからかな?」
「……」
「つい、うっかり」
情景が頭に浮かぶ。
四散する猫の肢体。
やっちゃった、なんて変わらない調子で口にする少女の姿。
「あと一週間ちょいあるけど。二月二十二日は、にゃんにゃんにゃーん、で、猫の日なんだってさ」
壁の暦を指差して、招き猫みたいに片手を丸め、にゃーん、ともう一鳴き。
「正直、此処にいたらあんまり日付とか関係ないんだけど。暇だったからボーっと眺めてたの。そしたら、思い出しちゃって。命日とか憶えてないから、今日祈っとこうかあ、って。ご冥福とか、そんなの」
言葉を切って、ケーキの苺を一つ摘んで口に放り込む。
紅い唇の間から、尖った牙が果肉を突き破る様が覗けた。
飲み込んでから、また口を開く。
「でもさ、お線香だっけ? あれの匂い苦手でさ。煙もすっごい出るし。ここ窓ないし。だから蝋燭でいっかあ、って。そんで、蝋燭といえばケーキだよね、って。ほら、お供え物代わりにもなるし」
一息に、早口で言い切ると、小さく溜息を吐き出して。
疲れたみたいに、肩を落とした。
なんとなく、もうこの場に自分は居ない方が良いのだろうとわかったから、会釈をした後、退室するべく背を向ける。
「あ、待って」
その背に声を掛けられた。
「半分、持っていってよ」
首だけで振り返れば、少女は似合わない苦笑を浮べて告げた。
「猫の飼い主。……パチュリーのとこ」
++++++++++
「ごめんね――だ、そうです」
半分のチョコレートケーキと紅茶を持って訪れたメイドの前で。
「いまさら……」
魔女は伏目がちな目に呆れを滲ませながら、細く息を吐き出して。
「謝るなら、自分で来いって伝えて。そのついでに」
赤いリボンでラッピングされた小箱を、そっと机に置いた。
「これ、持っていって」
――……来月までに、謝罪の言葉とクッキーでも用意しとけば、許してあげるわ。
だがしかし...物足りない...
本文中では猫を飼ってる人物の特定ができる場所がなく、読んだ時に「え?」ってなりましたが、タイトルに名前を入れる事でそれがすんなり受け入れるようになって良かったです。
でもこれ、やっぱり本文だけだったらどう読んでも相手がパチュリーである必要性が
パチュリー、ごめんなさい by.フラン
フランも反省してるから良いわよ by.パチュリー
ケーキでも食べて by.パチュリー
…ありがとう、パチュリー by.フラン