○このssは並べられた順番どおりに読んでください。
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本日より開店したお化け屋敷『恋の迷路館』に皆様方をお招きいたします。
そこは入ったみんなが笑顔に包まれる天国で、誰も帰りたくならないくらい素晴らしいところです。
場所は提供主である霊夢の神社から三分ほど歩いた空き地。
普段だったらお賽銭として一人五百円いただきますが、本日はテスト期間につきタダとさせて頂きます。
FとNとKで誠意と愛と殺意を込めて待っていますのでぜひお越しください。
簡単なおいしい恐怖と、昔風の怯えてくれるお客様をモットーとしています。
無事に帰れた人には、素敵なプレゼントも用意してるよ! 絶対に来てね!
『恋の迷路館』支配人『ユーフォー・ナイトメア・オーエン』
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●こいし「この漫画とーっても面白いね♪」フランドール「私が咲夜たちに手紙を渡してきたというのに、随分余裕ねこいしちゃんは。ってぬえの奴も漫画読んでるわね……」こいし「ところで私達って隠れる必要あるのー?」フランドール「そのほうが面白いじゃない」
午前二時、紅魔館にて。
美鈴からオススメされた漫画が面白かったのでつい徹夜しちゃったけど、いい加減眠欠伸も止まらなくなって来たし、部屋の明かりを消してベッドへとダイブしようと思ったときのことだ。
夢の旅路を邪魔するかのように、唐突にノックの音が聞こえてきた。
●こいし「うわっ、ビックリした」フランドール「こいしちゃんが驚いてどうするのよ」
「まさかこんな時間に……」
●こいし「むー、私も眠いよぅ。本当はお昼の予定だったのにー」フランドール「ふふっ、やっぱりお化け屋敷と云ったら夜よ!」
ボソリと文句を漏らしてみたが誰からの返事も返って来ず、さらにノックの音はけたたましく鳴り響いていく。
もう無視してこのまま不貞寝しちゃおうかという迷いが脳裏に浮かんだけど、そんなことはお構いなしと云いたげに、応答をする間もなくそいつは部屋へと侵入してきやがった。
●フランドール「やっぱり咲夜は手紙をお姉さまもといぬえの所に持ってきたわね」こいし「咲夜さんもこんな時間まで働いていて凄いねー」
「お嬢様、失礼いたします」
「……あれ、咲夜じゃないの。こんな真夜中にどうしたの?」
「はい、お嬢様のだらしない寝顔を拝見しに参上いたしました」
「そうか、咲夜は今日から野良犬な。頑張って生きろよ」
「冗談ですわ。お嬢様宛に手紙が届いております」
「手紙? どれどれ」
●こいし「そういえばレミリアさんはどうしたのー?」フランドール「邪魔だったから三日前くらいから、霊夢のとこに居候して貰ってるわ」
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新感覚ホラー屋敷『恋の迷路館』に「S」をお招きします。
そこはうきうきするくらいの絶望に包まれたおぞましい館で、地獄の閻魔さまもショック死するくらい。
場所は十分後の博麗神社前の空き地、あなたに涙を与えてあげる。
怖くて濡れちゃわないように気を付けなさい。
私達で笑顔を誠意と愛と素敵なプレゼントを待っているから、ちゃんと来てよ!
P,S私が怖いのなら来なくてもいいよ?
私はあなたの誠実なる『U・N・スカーレット』
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●フランドール「ぬえはなんでこんなに簡単な文にしたのかしら?」こいし「縦文字仕込みたかったんだってー」
咲夜から渡された手紙は、ハートマークが散りばめられているデザインで、端っこには熊をデフォルメしたような生物が「ぎゃおー」っと雄叫びをあげている、見た目だけはラブレターのようなつくりだ。
しかし内容はまったく逆で可愛さのかけらも無い、むしろふてぶてしい。
●こいし「へー、ぬえったら随分可愛い手紙を使ったんだね」フランドール「あれ熊じゃなくて犬なんだけどなぁ……」
「まったくフランの奴は……、『そして誰もいなくなった』みたいな手紙出しちゃって楽しそうだね」
「活字嫌いのお嬢様が小説なんて読むんですか、珍しい。これは幻想郷に隕石の雨が振る日も近いですね」
「三日前にフランにオススメされて読んだんだよ、って随分失礼な言い草じゃない?」
「そんなことよりどうするんですか?」
「はぁ、行くに決まってるでしょうが、逃げたと思われたら癪だもの。あの生意気な妹を、これで捕まえてあげるよ!」
●フランドール「しかしぬえも楽しそうねぇ、一言余計だけど」こいし「私もすっごく楽しみだよ♪すこーしだけ眠いけどね」
近くにあった縄を手にして目を輝かせる。
二、三回みょーんみょーんと引っ張り強度を確認。なんだかいまにも切れそうな頼りない音を響かせたけど、とりあえずそれで満足してポケットに入れた。これであいつが縛られたとき一体どんな顔をするか、想像するだけで胸の鼓動が止まらなくて眠気も法界に吹き飛んでしまったよ。
●こいし「ねーフランちゃん、私達もぬえみたいに何か持って行く?」フランドール「とりあえずその枕はいらないと思うわ」
「わかりました、頑張ってください。それではお嬢様、私はこれにて自室へと帰らさせてもらいます」
「え? いやいやなに寝ようとしているの? 咲夜も来るんだよ?」
「残念ですが、これから私には睡眠という大事な仕事があるので……」
「いいから来なさい!」
●フランドール「さて、私達も行こうかしら」こいし「むぅ、その前に五分だけ寝ちゃ駄目ー?」フランドール「駄目」
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●こいし「むー、眠くて死んじゃうよぅ」フランドール「大丈夫、こいしちゃんが死ぬところなんて想像出来ないから」
眠くて死ねるとごねる咲夜を連れて、博麗神社へとひとっ飛び。
分厚い雲が空を隠すせいで冬の綺麗な夜空も見えず辺りは真っ暗、カリスマ妖怪の目じゃなかったら五寸先も見えないくらいだ、えっへん。
いつもはアホ共で賑やかな神社も、さすがにこの時間帯はなんの音も聞こえなくて、『普通の人間』の気配もまったく感じない、まあ元々妖怪だらけの場所だからそんなものは皆無だ。
●こいし「フランちゃーん、私も眠いよぅ」フランドール「脅かす側が眠っちゃ駄目よ……」
「しっかし人外の気配も少ないのはどうかと思うねえ。お昼は活発な癖に夜は寝ているなんて、あいつらは妖怪としての自覚がないのか。だから若い妖怪は駄目なんだ!」
「それはお嬢様にも云えることですわ」●フランドール「ぬえも最近は日和見になってきたわよね」こいし「もー、そういうこと云っちゃ駄目だよ」
「うるさいよ。さて、こっからどうするか」
「どうするも何も、もう現地に来ているじゃないですか。それにしても、ふぁ~、眠いですわ」
●こいし「グリコ!グリコ!パラノイアーにイドエド開放!」フランドール「眠いのは分かるけど落ち着いて」
人間にとっても夜は辛いのか、咲夜はふらふらとしていてすぐにでも地面で寝ちゃいそうだ。
大あくびで顔を皺くちゃにして、瀟洒なメイドが台無し。
誰かにこんな所を見られたら、何を云われるかわかったもんじゃない。
●こいし「ふぁ~、眠いよぅ」フランドール「かくれんぼ状態でよかったわね私達は」
「おいおい咲夜、そんな情けない姿じゃメイド長としてやっていけないぜ。なんだったら私が新メイド長になってもいいのよ?」
「そんなこと云っちゃ駄目ですよ魔理沙さん。私だってこの時間帯は眠いんですから」
●こいし「お休みなさいお姉ちゃん……」フランドール「ちょっとこいしちゃん起きて、これからが本番なのよ」
噂をすればなんとやら。
向こうの茂みから『普通じゃない人間』である、黒い服装で闇に溶け込んだ魔理沙と、腋が寒そうな早苗が揃ってやってきた。
●こいし「……zzzZZ」フランドール「起きなさいこいしちゃん!」
「あら、こんばんは二人とも。こんな真夜中にデートですか?」
「いいえ、楽しい楽しい妖怪退治です。咲夜さんも一緒にパーティを組みましょうよ」
「遠慮しておきますわ」
●フランドール「あら珍しいわね、咲夜なら攻撃してくると思ったのに」こいし「むぅ」
早苗の言葉を咲夜は軽く受け流す。
もしこれで「ぜひ参加させて貰います」とか云ってこのメイドがナイフを投げて来たらどうしようかと肝を冷やしたけど、杞憂だったみたいでほっと胸を撫で下ろした。
●フランドール「しかし早苗は真夜中なのに元気ね」こいし「ハッスルだねー」
「お嬢様を退治していいのは私だけですから」●フランドール「そうね、ぬえをイジっていいのは私達だけね」こいし「うん♪」
「おい」
「冗談ですわ。そんなことより、あなた達もあの手紙を貰ったの?」
●こいし「そういえばあの二人にも咲夜さんと同じ内容の手紙を出したの?」フランドール「たしか咲夜の文はぬえが、その他のは私が書いたわ」
咲夜が尋ねると、二人は頷き手紙を見せてきた。
それはさっき見た手紙とほぼ同じ内容で「S」と「M」を招待すると記載してある。
とうぜんSは早苗、Mは魔理沙だ。SMコンビってところね、ピッタリ。
●こいし「そういえば霊夢はどうしたのー?」フランドール「眠いからパスって云われたわよ」
「幻想郷のお化け屋敷は初体験なので楽しみです。なんせここには本物のお化けがいるくらいですから、外の世界と違ってそういうのが必要ないみたいなんですよね」
「まぁ、あいつらのことだし。どうせほのぼのとした感じだろうぜ」
●こいし「なんでほのぼのってバレちゃったんだろ?」フランドール「いや、別にほのぼのじゃないわよ……」
夜型なのかは知らないけど、早苗と魔理沙はなんだか昼間よりもイキイキとして、あれやこれやと話題に花を咲かせている。
相変わらず後ろでボーっとしている咲夜とは大違いだ、というかもうちょっとしゃきっとして欲しい。
●こいし「う~ん、やっぱり眠いぃ」フランドール「こいしちゃんは夜型じゃなかったのかしら?」
「こらー、勝手にそこで盛り上がるなー! 全然集合場所に来ないと思ったら、そんな所でたむろしちゃって、もっとやる気を出してよね!」
●フランドール「フランデールの奴やっと来たのね」こいし「フランちゃんの分身だねー」
みんなで他愛の無い話をしていたら、暗闇の向こうからフランの声が聞こえてきた。
隣にはあいつの友達である封獣が、不安そうにしながら辺りをきょろきょろと眺めている。
●フランドール「ぬえの分身はやっぱり怖がり性ねぇ」こいし「あとでぬえたんの頭なでなでしてあげよるよ♪」
「えっと、みなさんこんばんは。夜分遅くにお疲れ様です。それではとりあえず、私の案内する方に来てください……」
●フランドール「さて、お化け役の私達も行きますか」こいし「はーい♪」
こっちこっちと封獣は頼りなく手招きをしだす。魔理沙達はついて行っていいのか確認するかのようにお互いの目を見た後、黙って闇の中へと足を進めっていった。
●こいし「ここで後ろから『ワッ!』って大声だしたらみんな驚くよね♪」フランドール「私達の存在がバレるから、絶対にやっちゃ駄目よ」
「それではお嬢様、私はこれにて帰らせて貰います」
「なんでこのタイミングで!? 咲夜も来るに決まっているじゃない。ほら、行くよ」
●こいし「ぬえも大変そうだねー」フランドール「なんで咲夜はあんなに自由なのかしら」
それが見えざる悪魔の手招きだと感知出来たのは、暢気な彼女達の中にはきっとまだ誰もいなかっただろう。
●こいし「くしっ! ふぁ~、鼻水出ちゃったよぅ……」フランドール「ぬえの背中で拭いちゃいなさいよ」
寒気からか恐怖からかわからないけど、なぜか背筋が妙に冷たくなった気がして、ぶるっと身を震わせた。
●こいし「くしっ! うぅ……」フランドール「大丈夫、こいしちゃん?」こいし「うぅ、なんとか」
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●こいし「ねーフランちゃん、なんでこの館はこんなに殺風景なのー?」フランドール「急いで造ったから装飾が間に合わなかったのよね。美鈴に頼んでお花畑でも植えたいわ」
さきほどいた空き地から三分ほど歩いた場所にその建造物、『恋の迷路館』はあった。
いやあれを館と表現していいのだろうか、見た目は真っ白いただの箱のような造りでとてもじゃないけど人が住むような場所には思えない。
デザインというものが皆無な外見のせいか、なんだか生命が宿らない無機質な存在に感じて、見ているだけで不安が煽られるようだ。まぁお化け屋敷だからそれでいいんだけど。
高さはだいたいゴリアテ人形三体ほど、広さはサッカーが楽しめるくらいだろうか、周りの壁はコンクリートのような硬いもので出来ている。
出入り口の扉も真っ白な壁に縦一直線の裂け目が入ってるだけの簡単な構造で、外からは格子で鍵をかけられる仕組みのようだ。
「こんなけったいな建物、いったいいつ造ったんだ?」という質問に対してフランは「私の魔法とかこいしの無意識とかぬえちゃんの正体不明とか鬼の力とか天人のアホとかスキマや雲居親子や蛙に頼んで一気に建てた。みんな快く協力してくれたよ」と面倒くさそうに云った。
●フランドール「さいきん交友が増えたおかげで助かったわよねぇ」こいし「みんなすぐに引き受けてくれて優しかったね♪」
「なるほど、あいつらならやりそうだ、暇人だしな。……ん?あの人影はなんだ?」
●フランドール「打ち上げで大量のお酒が無くなったけどね……」こいし「むぅ、みんなお馬鹿さんみたいに飲んだよねー」
魔理沙が指を刺した先にはなにやら幽霊らしき少女がうろうろと彷徨っていた。
●フランヂール「やっほうみんな! 震えてる妖夢見てるの楽しかったよ!」こいし「あ、フランちゃんの分身三人目みっけ♪」
「皆さん遅かったじゃないですかー、一人で怖かったんですよぅ」
「お、なんだ妖夢じゃないか。来ていたのか」
「魔理沙―、怖かったよー! 幽々子さまにとりあえず行けって云われて来たけどもう限界!」
「ちょ、いきなり抱き付いてくるな妖夢。私にそんな趣味はないぜ」
●フランジール「うそうそ、いっつもフラグ立ててる癖にね☆」こいし「そういえば魔理沙、この前家にも来てくれたよ♪」
魔理沙達の姿を確認するなり助けを求めるように走って来たけど、こんな真夜中に刀を持った少女がいるほうが怖いんじゃないだろうか。
幽霊が人に危害を与える事はほとんど無いけど、辻斬りは妖怪にすら害を与えるんだし、まぁ怯える妖夢の姿はそそられる物があるからからこっちとしては問題ないけど。
●こいし「なんだかぬえは幸せそうな顔をしてるねー」フランドール「食事中なんでしょ、妖夢の恐怖は美味しそうだもの」
「ご、ごめんなさい。集合場所をややこしく書いちゃったから……」
●こいし「むぅ、ぬえたん悪くないのになぁ」フランドール「妖怪ああんのせいね」
案内人である封獣がペコペコと頭を下げ出した。
いちおうお化け屋敷の係員――それ以前に恐怖がご飯の妖怪――なのに怖がっている妖夢に感謝をするならまだしも逆に謝ってどうする。
弱気な妖怪に一発活を入れてあげたかったけど、ちょっと苛めるだけで大泣きそうな顔をしてるから、なんだか怒る気もなくしてしまった。
と思ったらなぜかいまは笑顔だ。嬉しそうにあの変わった形の羽を、尻尾のように揺らしている。
●こいし「よしよし、だいじょーぶだからねぇぬえたん♪」フランドール「いまは撫でちゃ……まぁ、喜んでいるし止めるのも野暮ね」
「ふん、別にあんたが書いたわけじゃないんだから、どうでもいいじゃない」
「そ、そうですかフランさん? ぬふぅ……」
「まあどうでもいいけど。それじゃあこのフランがお姉さまたちに、館の説明をさせて貰うね」そう云ってフランは、小さなカンペカードのようなものを取り出してすぐに捨てた。「ええっと、まず簡単なルールだけどね。この館の中にいるこいし、フラン、ぬえに捕まらないようにゴールまで辿り着いてね。全員捕まったらゲームオーバー。ちなみにフランは『そして誰もいなくなるのか?』モードだから、四六時中アンテナを立ててないとダメだよ。オマケにこいしも『嫌われ者のフィロソフィ』モードで完全サイレントだから、かなり注意しないとすぐに捕食されるから気を付けて、まぁ逃げるのは無理だろうけど。あ、これで終わり。以上、質問ある?」
●こいし「説明ってこれで終わりだっけ?」フランドール「あいつ面倒だからって省いてるわね……」
説明終わるのはやっ。
いくらなんでもそんな短時間で質問内容なんて考えらるかと怒鳴りつけたかった。皆も同様にきょとんとした表情でフランを見つめている。
が、やがて静寂打ち破るように早苗が手を上げ質問を始めた。
●フランドール「なんか早苗が手を上げると嫌な予感しかしないわね」こいし「むぅ、なんでだろうねー」
「素敵なプレゼントってなんでしょうか?信仰ですか?」
「あんた達が望むものをあげるよ。私達が出来る範囲だけどね、だからまあ信仰でもいいよ。毎日早苗の神社に向かってお祈りをしてあげるよ。魔理沙はどうせパチュリーの本でしょ?」
「いや、パチュリーの本はいつもで盗めるからいいや。部屋の掃除でも頼むぜ」
「だってさ咲夜、メイド長として何か云いたいことある?」
「はい、私はフランドール様の××を貰いますわ」
「きゅっとされたい?」
「ぎゅっとされたいです」
「他に質問する人はいない?」
●こいし「咲夜さん、面白い人だね♪」フランドール「デールも勝手な約束して、本当に××奪いに来たらどうするのよ……」
次に挙手をしたのは妖夢、そんな彼女の欲しいプレゼントは『有給休暇』らしい、あの幽霊の下で苦労しているようだ。
●こいし「むぅ、妖夢さん大変そうだねぇ」フランドール「あそこは悪魔もビックリのブラック企業みたいだからねぇ」
「もしも捕まったらどうなるの?」
「食べられるよ」
「へぇ?」
●こいし「性的にね♪」フランヂール「血を吸っちゃおうね☆」フランドール「いやいや、そんなルール無いわよ」
妖夢の口かた鶏を絞めたような声が出てきた。
魔理沙か早苗がなにかフランに文句でも云うかと思ったけど、無言のまま腕組みをしている。
あいつから「冗談だよ!」の一言を聞きたくて待っているようだ、が無情にもその希望は打ち砕かれてしまった。
●こいし「えー、みんなの事をネチョネチョ出来ないのー?」フランドール「まぁそれはこいしちゃんの自由でいいわよ」
「あー、聞こえたなった? 食べられるよ、頭からパックリとね」
「はぁ?」
●フランドール「はぁ……」こいし「はぁ~、どっこいし」フランヂール「はぁ~よっこらしょ」
この「はぁ?」は妖夢一人のじゃなかった、ここにいる全員の呼吸が一致したことに生まれた最大級の「はぁ?」だ、魔法で云うと「はぁいじゃが」くらいはある気がする。
ガヤガヤとざわめきが大きくなっていく、するとフランが「うるさいうるさい!」手を叩き場を無理やり沈静化させた。誰のせいで慌しくなったと思っているんだこいつは。
●こいし「やっぱり分身だけあって、強引なところはフランちゃんにそっくりだね♪」フランドール「……」
「まあ捕まんなきゃいいんだろ」
「その通り、さすが魔理沙はわかってるね。質問はもう終わり?」
「そうだなぁ、肝心のフラン達は館の中に入らないのか? 脅かし役として」
「入らないよ、私は案内役。フォーオブアカインドジャンケンで負けちゃったからね」
「ぬえもジャンケンで負けたのか?」
「私は、ちょっと怖いのは苦手だから辞退です……うぅ」
「前から思ってたけど、あんたそれで本当に妖怪なの?」と怒ったようにフランは口調を上げながら訊ねた。
「い、いちおうそのつもりよ! ……つもりです」
「嘘つけ!」
●フランドール「みんなでグーを出して、最初に気絶したのがフランデールだったのよね」フランヂール「打たれ弱いかったんだよねーあの子」こいし「もー、それジャンケンじゃなくて殴り合いだよぅ」
フランが封獣の頭をぽかぽかと叩き始めたところで、寒いからそろそろ館に入ろうかという空気がみんなの間に漂い出した。マフラー装備の魔理沙はまだしも――マフラーはアリスに貰ったらしい――、咲夜や妖夢はミニスカメイド&サムライだし、早苗なんて腋丸出しファッションだ。さすがに何もしないと肌が冷えてくる。
誰かしら怖いから帰ろうと云って逃げ出す奴がいるかと思ったけど――特に妖夢――それぞれメンツもあるらしく、素直に入り口へと向かって行った。
みんなが館へ向かったのを見届けた後、負けじと悪魔の猛犬を連れて溢れるカリスマを周りに振りまきながら勇ましく入り口へ……と思ったらあれ咲夜付いて来てないぞ、後ろで手を振ってやがるなに考えてるんだあいつは。
●こいし「咲夜さんってホームシックなの?」フランドール「そうねぇ、紅魔館を愛してるとは思うけど」
「行ってらっしゃいお嬢様、私は帰って暖かい布団で寝ます」
「咲夜も来るに決まってるでしょうが!」
●フランドール「そろそろ私達も中に入るわよ」こいし「はーい♪ あとでまたぬえたんのことスリスリしに行くからね♪」フランヂール「見てみてみんな、フランデールの奴が恨めしそうにこっち見てるよ、すっごく笑える!」
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●フランダール「遅かったね、一人でこの館にいるのは退屈だったよ」こいし「むぅ、本当にお疲れ様だよー。メンテナンスは終わったー?」
●フランダール「ん、まぁだいたい。掃除とかは終わったよ」フランヂール「終わってないじゃない!ここに埃がついてる!」フランドール「うるさいわよ」
『恋の迷路館』の中は迷路という名前がつくだけあって、入ってすぐにおしゃれなリビングや豪華な玄関があるといったことは無く、入り口付近には真っ直ぐに伸びた通路しか見当たらなかった。
お化け屋敷の癖に、天井についているミニ太陽みたいなもの――蛍光灯というらしい――でお昼のように眩しくて、雰囲気が出てるのかどうかいまいちわからない。
だけど不思議だ、室内に居るはずなのに木枯らしが吹く外よりもなぜか肌寒い。
●フランドール「幽々子さんから借りた幽霊、しっかり働いてくれているようね」こいし「ぷかぷかと浮かんでいて可愛いねー♪」
「どうやら、入り口にはもう鍵がかけられたらしいですね。いよいよ面白くなって来ました!」
●フランドール「ふふっ、こっちも面白くなってきたわよ」こいし「やっと本番開始だね♪」
玄関がもう開かないことを確認した早苗が嬉しそうに云った。妖怪退治大好きとあって、さすがに肝が座っている。
魔理沙もぶるぶると怯えている妖夢をからかうのに夢中なようで、完全に閉じ込められた状況なのにまったく怖がっていないようだ。
咲夜は……さっきからぎゅっと抱きしめて来て、なにを考えているのかわからない。しかも触り方たがいやらしくて、ちょっとくすぐったい。あーもう、お腹を触るなお腹を。いてっ!
●こいし「ぬえのお腹プニプニ♪」フランドール「私もデコピンくらいしていこうかしら」
「さて、では行きましょうか皆さん。楽しい楽しい妖怪退治へ!」
●フランヂール「ねぇねぇ、こいつはお化け屋敷って言葉を知らないの?」フランダール「退治されるのは嫌だ……」
お化け屋敷ってそういうのとはちょっと違うよなと思いつつ、相変わらず抱きしめてくる咲夜を連れてずるずると前へと進むことにした。
とはいえすぐにまた立ち止まることになる。分岐点が現れた。右、左にそれぞれ青と紅の扉がある。右の青い扉には『鏡の迷宮』、左の紅い扉には『行方不明』とそれぞれ書かれてあった。
●こいし「えへへ、そろそろ脅かす時間だね♪」フランドール「ふふっ、さっきまで眠そうにしてた癖に楽しそうね」こいし「うん♪ なんだかワクワクしてきたよ」
「二手に分かれようぜ」
「えぇ!? みんなで一緒に行動しないんですか? 別れるのは危ないですよぉ」妖夢は反対したが、魔理沙がもうすでにグーパージャンケンの準備を始めていたので、しぶしぶと賛同することにしたようだ。
「あ、お嬢様。私も反対です」無視した。
●フランドール「ナイスよぬえ」こいし「人がいっぱい来たら、脅かすの大変だもんねー。あ、いっぱいっておっぱいに似てるよ♪」フランダール「あ、本当だ」フランジール「凄い、大発見だね!」フランドール「こいつらって本当に私の分身なのかしら……」
※※※※※※※※※※※※
●フランドール「ジャンケンの結果『鏡の迷宮』で脅かすのは、私とこいしちゃんのペアで決まりね」こいし「フランちゃんズペアも頑張ってね♪」フランヂール「任せてよ!」フランダール「優しいこいしとが良かった……」
ジャンケンの結果、咲夜と早苗が組むことになった。
早苗は時間を操作出来る瀟洒なメイドさんと組めて嬉しそうだけど、咲夜はなんだかそわそわとしていて不安、というよりも不服そうだ。
●フランドール「よしっ面倒なのがまとまったわ!」フランヂール「いぇーい☆」フランダール「わーい」
「それでは皆さん。私がフランさん達を全滅してごらんにいれます!」
「お嬢様、やっぱり私帰りたいです」
「諦めな咲夜、ここで私と分かれるのも運命だよ」
●こいし「それじゃあ、頑張ってきてね♪」フランヂール「任せてよ☆」
たいするこっちの仲間は魔理沙と妖夢、心強いのか頼りないのかよくわからない面子だ。
●フランダール「どうやって脅かす?」こいし「じゃあコチョコチョで♪」
「頑張れよ早苗、せいぜい咲夜の足を引っ張らないようにな」
「ふふん、心配ないですよ魔理沙さん。実は私、昔は迷路のさっちゃんと呼ばれてたんですよ。それに最近運も良くて九蓮宝燈も完成したりしました。さ、行きましょう咲夜さん!無事外に辿り着いたら、結婚してアップルパイでパーティーに学校へ行って第三部完です!」
「お嬢様ー、やっぱり私帰りますー!」
●フランドール「しっかりやりなさいよ」フランヂール「心配しなくても大丈夫だって」
嫌そうにごねる咲夜の手を無理やり引っ張り、早苗は「せっかくだから私は紅の扉を選ぶわ!」と云いながら『行方不明』と書かれた方の扉を威勢よく開けた。
●フランダール「私達も入って準備をしようか」フランヂール「おっけー☆」
「なんだ、こことあまり変わり無いですね」
●こいし「手抜き?」フランドール「演出よ」
早苗は鼻白んだように肩をすくめた。
扉の向こうはここと同じような通路がひたすらに続いていた。
障害物も置いてないなくて、アリンコ一匹すら隠れるような場所はどこにも無いように見えた。とうぜんフランやこいしの姿も、影形すら見えない。
●こいし「あー、蜘蛛さん見っけ♪ ふぅー、ふぅー」フランドール「どっから入って来たのかしらね」
「では行きましょう咲夜さん、レッツゴーです!」
●フランヂール「レッツゴー!」フランダール「ゴー」
早苗たちは扉の向こうへと足を踏み入れた、瞬間、扉が罠にかかった獲物を食べるかのように、大きな音を立てながら閉まってしまった。
彼女の悲鳴が聞こえたのは、それからわずか二秒足らずのことである。
●こいし「中で二人とも頑張ってるみたいだね♪」フランドール「ぬえは……食事を楽しんでるわねぇ」
「おい、大丈夫か?!」
●こいし「むぅ、ぬえはなんだか天国に逝っちゃいそうな顔してるねー」フランドール「ふふっ、あの二人が怖がってくれてる証拠ね」
魔理沙が扉に向かって叫ぶ。
楽観的な彼女も、館に響く犠牲者の声があまりにも苦しそうで、演技にも到底思えなかったからさすがに焦り出したようだ。
●フランダール「早苗の腋をこちょこちょこちょー」フランヂール「コチョコチョコチョー☆」
「いったい誰ですか! やめっ 姿を表せ! やだだめっ、ぎゃっ、うぎゅ……、うひゃん!」
「くそっ、いまからそっちに行くぜ!」
●フランヂール「フランダール、扉押さえて!」フランダール「まかせろぉ」
慌てて魔理沙はドアノブを回すが扉は沈黙したままだ、一度入ったらもう開ける事は出来ない構造になってるのだろうか。
早苗の悲鳴がまだ聞こえてくる。後ろでは妖夢がいつの間にか抜いた刀を持ちながら足を震わせていた。みんなの恐怖が次々と伝染してきて、このままだとこっちもどうかなっちゃいそうだ。
●こいし「むぅ、妖夢さん怯えすぎてちょっと可愛そう」フランドール「こっちとしては嬉しいお客さんね。ぬえなんて涎垂らしてるし」
「私のマスパースパークでぶち壊す!」
●こいし「大変だよフランちゃん!館壊されちゃうよ!」フランドール「ちょっなにしてるのよ魔理沙!ぬえも笑ってないで止めろ!くっ、間に合って私!」
魔理沙はポケットから八卦を取り出し徐にレーザーを放った、その衝撃で地響きが起こり館が崩壊しそうな音すらした。それなのに目の前の扉はビクともしていない、傷一ついていない。この館はフランの魔力で防御されているのだろうか。だとしたら、もう逃げ場はないということだろうか。
●フランドール「あちちちち、ふぅ危なかったわねぇ。初日から壊されちゃたまらないわ」こいし「手、大丈夫フランちゃん?」
「斬られたり跳ね返されたりと、最近のマスパースパークはいい所がないぜ」と自慢の火力が負けて、魔理沙は悔しそうにへこたれてしまった。
●こいし「ふぅー、ふぅー」フランドール「ちょっと丸焦げになっただけよ、だからそんなに必死に息を拭いてくれなくても大丈夫」
やがて悲鳴は収まった。
早苗が勝ったのだろうか、だとしたら何かしら叫ぶはずだ。「妖怪退治成功です!」とか「この早苗が幻想郷最強なのです!」とか調子のいいセリフを。だけど何も聞こえてこない。
●こいし「もー、すぐ無茶するんだからフランちゃんは」フランドール「ふふっ、あなた達ほどじゃないわよ」
「咲夜―! どうしたの、無事なの!」
●フランドール「無事じゃないのは私の手よ!」こいし「まぁまぁ、ぬえも大変なんだから」
もう手遅れだろうとなかば諦めながら、それでも頑張って叫んでみた。
「お嬢様―、やっぱり眠いから帰りますー」そんな暢気な言葉を聞こえてくると信じて、腹の底から声を出した。それでも、扉の向こうからは何の音も返って来ない。
場に嫌な静寂が訪れる。目の前の赤い扉が、正体不明の怪物の口に見えた。背筋に過ぎった悪寒を振り払うかのように、大げさに身震いをする。
●こいし「へっくしっ!」フランドール「風邪? ぬえの背中全部出しちゃいなさいよ」こいし「うん、ごめんねぬえ……、ちーん!」
※※※※※※※※※※※
●こいし「ねーねー、フランちゃんズはどこに行ったの?」フランドール「笑いすぎて気絶した早苗を、スタッフ室に連れて行ったわ」
早くも脱落者が出てしまったいま、隣の扉『鏡の迷宮』へ入っていいのかどうか魔理沙達は頭を抱えながら迷っているようだ。
どっからかフラン達が「わっ! ねぇビックリした? ビックリした?」と脅かしてくるだけの、幼稚でビックリ箱みたいな小傘式お化け屋敷かと油断していたようだから、この結果は予想外だったみたいだ。
だけどこの館の出口である扉も当然開くことは無く、ずっとここでたむろしていても仕方ない。
なかば強制的に次の部屋もとい恐怖と戦う覚悟を決めたようだ、二人の額に冷や汗が滴り落ちるのが見えた。
●こいし「みんなまだ移動しないのかなー」フランドール「待ちくたびれたわねぇ」
「やっぱり入るんですか……」
●こいし「むぅ、震えている妖夢さんの頭撫で撫でしたいよー」フランドール「我慢よ」
妖夢はまだこの場に留まっていたかったようだけど、魔理沙に「一人で残るのは死亡フラグの王道だぜ」と説得されて仕方なく移動することにしたようだ。
その選択が良かったのかどうかは定かではないが。
●こいし「妖夢さんが残ったら、いーっぱい撫で撫でしたのになぁ」フランドール「残念だったわね」
「さて、じゃあ行こうか。なぁに、私達三人がいれば怖いものなんてなにもないよ!」
「ずいぶん余裕だなレミリアは、勝算でもあるのか?」
「愚問だね魔理沙。この大妖怪である私が勝つ確立は、常に百%なんだよ!」
●こいし「でもぬえっていつも弾幕だとだいたい負けてるよねー」フランドール「勝率十%ってところかしら」
決めセリフも云い終わったので、さっそく『鏡の迷宮』行きの扉を開いた。
●こいし「わー、ここの部屋はいつみても凄いね♪」フランドール「絶景よねぇ」
「わぁ、凄い」
●こいし「この部屋は頑張ったよねー」フランドール「ほんと、これだけの鏡を出すのは苦労したわよ」
さっきまで怖がっていたのが嘘のように、妖夢は目を輝かせながら部屋の中を見渡している。
その部屋は名前のとおり全ての壁が鏡で出来ていて、なんとも幻想的で不可思議な空間であった。驚くことに、天井、それに床にもある。
いや、床にあるのは明らかに設計ミスでしょ。このままだと下着が見えちゃうじゃない。とりあえず、スカートの裾を引っ張ってなんとか隠そうと頑張る。
あいつらが平気な顔してドロワを晒しているのが、私にとってはこれ以上にないくらいの恐怖だよ。
●フランドール「いつもあんな短いスカート穿いている癖に、こういうときは隠すのね。あ、黒だわ」こいし「見せるのはいいけど見られるのは嫌みたいだよー」
「これだけ人数がいると、なんだか安心ですね。えいっえいっ、未来永劫ざーん!」
●こいし「フランちゃん、なんでレーヴァテイン振ってるの?」フランドール「い、いえ、なんでもないわよ」
妖夢が持っていた刀を得意げに振り回すと、三百六十度の鏡によって映し出された無限の半人前剣士たちも無数の刀を振り回す、それを彼女は嬉しそうに見ていた。これだけいればもう一人前どころの話しではない、とでも思っているのだろうか。
魔理沙の方はどうやら部屋の様子を確認しているようだ。あちらこちらと彼女が動くたびに、鏡の魔女たちも当ても無い場所を探して歩き出す。そしてしばらく辺りを見回すと、何かに気がついたように彼女は首を傾げた。
●フランドール「ぬえのパンツに気がついたのかしら?」こいし「それはないよー、ぬえが恥ずかしくないようにと私が脱がしちゃったもん♪」
「なぁ、ここって出口はどこにあるんだ」
「そういえば鏡だらけですね、とりあえず斬ってみましょうか?」
●こいし「むぅ、妖夢さん達ってこの館を壊しにきたのかなー」フランドール「安心してこいしちゃん。鏡は割れたら致命傷だから、魔法でガードしといたわよ」
とつぜん妖夢は持っていた刀を鏡に叩きつけだした。さっきまで怯えていた姿とはまるで別人だ、あのふわふわ浮かんでいる霊魂と性格が入れ違ったりでもしてるのだろうか。
しかし鏡は割れない、傷一つかない。鏡の中の観客達が嘲笑うかのように、悔し顔の彼女を見下ろした。
さらに妖夢は二、三回力任せに刀を振り下ろしだしたけど、手にダメージが蓄積されていっただけのようだ。
●こいし「なんだか見ているだけでハラハラするねー」フランドール「今度から、館の中を斬ったり砲撃するのは禁止ってルールを付け加えようかしら」
「いててて、駄目ですね、他のところも斬れるかどうか試してみますね」
●フランドール「なんで叩かないで普通に触らないのかしらね?」こいし「ねー」
ぐるぐると妖夢は部屋の周りを無作為に斬り付けてゆく、はたから見れば怖くておかしくなった変人のようだ。ガンガンガンガン、どこも同じ音でまったく変わり映えがしない。
しかし半周したくらいで異変が起きる。音が変化した……というより衝撃音がしなくなった。代わりに「わぁっ」と小さな叫び声が聞こえた、と同時に妖夢がこの部屋から煙のように消えてしまった。無限の半霊剣士たちも鏡の奥底へと撤収していく。
●こいし「あ、やっと通路見つけたんだね」フランドール「長かったわね」
「おい妖夢、どうしたんだ?」
●フランドール「だいたい、ぬえがさっさと進めばいいのよ!」フランドール「むぅ、あの顔からするとぬえも迷ってるっぽいよー」
慌てて魔理沙が彼女の消えたところへまで走って行った。勢い余ってそのまま鏡に激突……とはいかず、彼女さえもこの部屋からすっといなくなってしまった。
早苗のときみたいにフラン達に捕まって消えてしまったのだろうかと思ったけど、ちゃんと彼女の声は返ってきた。
●フランドール「まだまだ時間がかかりそうね」こいし「むー、トランプでも持ってくればよかったねー」
「おーい、レミリア。こっち来てみろよー」
「ん、なにかあるの。あれこれはまさか」
●フランドール「ぬえの奴棒読みね」フランドール「棒読みだね♪」
そこは向こうの部屋へと繋がる道になっていた。
そしてそこにも、さっきの部屋みたいに無数の鏡が魔理沙達の姿を映し出している。鏡続きの部屋だったせいで、出入り口が分かりづらかったようだ。
●フランドール「そういえば、ぬえが鏡に映ってるのはいいのかしら、いちおう吸血鬼であるあいつの変装してるのに」こいし「んー、駄目と思うよ♪」
「こうやって地道に出口を探していくしかないようですね。めんどうだなー」
●こいし「むぅ、面白いと思うのにー」フランドール「めんどくさがり屋ばかりのようね」
愚痴を零しながらも妖夢はさっきのように壁を叩き続けていった。
とりあえずこれでこの迷宮から出る解決策は見つかった、だと云うのに彼女達の表情にはなぜか影が見えていた。この鏡の部屋はあとどのくらいあるのだろうか、そんな疑問が彼女達に不安をもたらしているのだろうか。
鏡に移った無限の顔、顔、顔、その視線が痛い。生まれたときから見ているはずなのに、なぜかいまだけは別人のような感じがした。
●こいし「もー、叩かなくてもいいのに」フランドール「あとで妖夢の頭を一発叩きましょうか」
あれからもう十回は部屋を移動しただろうか。はじめの方は多少なりとも会話をしていたけど、いい加減疲れてきたのかだんだんと口数も減って行き、いまでは皆無言のまま道を捜す作業を繰り返していた。
しかし鏡のおかげで後ろが見えるという安心感からか、早苗が消えてしまったときよりも表情は柔らかくなっているように見える。
●こいし「んー、十はちょっと多すぎたね」フランドール「そうねぇ、壁叩いてるぬえ達の姿を見るのも、だんだんと飽きてきたわ」
「あれ、これはまさか……。やりましたよ、みなさん! ちょっとこっち来てくださーい!」
●こいし「おめでとう妖夢さん♪」フランドール「さて、そろそろ出番かしらね」
妖夢がなにやら嬉しそうに手を振っている。いったいなにが起きたのだろうかと、魔理沙と一緒に向かうとそこには通路のような空間ではなく、壁の真ん中に小さなドアノブのようなものがあった。目の前にある鏡の壁は、どうやら扉のようだ。
魔理沙が嬉しそうに妖夢の背中を叩いた、ちょっと痛そうだ。
●こいし「んー、どうやって脅かす?」フランドール「とりあえず魔理沙を捕まえちゃいましょうか」
「やったじゃないか妖夢、もしかしてこれがゴールか?」
「どうでしょうか。とりあえず開けてみましょう」
●こいし「むぅ、どうやってやるの?」フランドール「やり方はこいしちゃんに任せるわ」
ドアノブを握る妖夢の手は汗でじわりと濡れていた。やがて意を決したように開くと、最初に見たような真っ白い廊下が一直線に繋がっていて、もう鏡は一切無かった。
やっと『鏡の迷宮』からの脱出に成功したようで、みんなで安堵しながらハイタッチで祝福をした。
しかしまだこの館からは出られないようだ。この廊下にはどこにも曲がり角も障害物も無いはずなのに、奥がまったく見えない。水平線の向こうまで続いてるかのように思えた。
良く見るとドアノブに文字が書いてある、この向こうのステージは『無限回廊』というそうだ。
まぁなんにせよ、鏡とはこれでお別れなんだ。あっかんべーをしながら、のほほんとこっちを眺めるあいつらに、勝ち誇ったように手を振った。
●フランドール「あれ絶対私達に向かってやってるわよね」こいし「むぅ、『鏡なんてあったらバレちゃうよ!』ってふて腐れてたもんね」
「鏡の中の自分向かってなにやってるんだよレミリア」
●フランドール「さて、じゃあお願いねこいしちゃん」こいし「はーい♪ ごめんね魔理沙……、でも痛く無いように一瞬で気絶させるからね!」
目の前にいる魔理沙がおかしそうに笑った。
●こいし「こいこいこいし!こめいじにぇい!うん、終わったよ♪」フランドール「いや、いまどうやって気絶させたのよ。そっと触れただけよね?」
「なんにせよ、やりましたね」勝ち誇ったように廊下を眺める妖夢が話しかけてきた。
「そうだね、あなたのおかげだよ」
「そんなこと無いですよレミリア。みんなの力の勝利です。ね、魔理沙!」
●こいし「むぅ、ちょこちょこっと無意識を操ったんだよ」フランドール「掛け声は?」こいし「いらないよ♪」
そう云いながら妖夢が振り向くと。
●フランドール「前はボディーブローじゃなかったっけ?」こいし「むぅ、あれは苦しくなっちゃうから駄目だよぅ」
「は? あれ? え? なんで?」
●フランドール「なんにせよ魔理沙回収完了と。これで妖夢も驚いてくれるかしらね」こいし「うん、大成功みたいだよ♪」
すでに魔理沙は消えていた。
慌てて鏡の部屋へと戻ったけど、無限にある鏡のどれにも彼女の姿は映っていなかった
妖夢が魔理沙から目を離したのはほんの十秒くらい、いやもっと短かっただろうか、その一瞬の油断で魔理沙は連れ去られたようだ。
●こいし「それにしても魔理沙のお胸は小さいねぇ」フランドール「そうねぇ、可愛そうに」
「そんな馬鹿な、レミリアはずっと魔理沙のことを見てたんですよね?」
「……わからない」
「わからないってそんな無責任な」●こいし「フランちゃんのお胸も小さいけどね♪」フランドール「成長期よ!」
「だからわからないんだよ! まさか魔理沙までが目の前で消えるなんて……、しかも私に気がつかれることなく手品のように消えたんだ! いくらなんでも不可能だよ!」
●フランドール「こいしちゃんは手品って出来たかしら?」こいし「うーん、親指を消す手品なら、お姉ちゃんに教わったんだよ♪」
あはは、妖怪や能力者が跋扈しているこの幻想郷で、手品って言葉を使うのはなんだか滑稽で面白いもんだね。
●こいし「行くよ、えいっ!」フランドール「ちょ、本当に消えたわ、凄いじゃない!どうやって消したのよ?」こいし「この仕事が終わったら教えるよ♪」
「……もう嫌だ」
「え? どうしたの妖夢?」
●フランドール「さて、次は妖夢だけど、どうしようかしら」こいし「なるべく優しく捕縛してあげたいね」
引き攣った笑いを見せながら、妖夢はもう一本の刀も引き抜いた。なんだが悪い予感しかしない。
●こいし「むぅ、あの顔は不味いよー」フランドール「何かやらかしそうねぇ」
「だから私は嫌だったんですよお化け屋敷なんて! もういいです、この通路を突破すればいいんですよね。そうですよ、この楼観剣と白楼剣さえあれば、そんなことは簡単、楽勝、朝飯前です。おらおらいくぞおらー! まとめて叩き斬ってやるー!」
「あ、ちょっと待って!」
●こいし「ねーフランちゃん、妖夢さん捕まえるの怖いよぅ、刀ぶんぶんしてるよぅ」フランドール「あれじゃどっちがお化け役かわからないわね……」
妖夢は闇へ向こうへと消えてった。
●こいし「不味いよ! 妖夢さんこのままだと頭クルクルパーになっちゃうよ!」フランドール「ふふっ、幾ら逃げたって吸血鬼の身体能力には及ばないわよ!喰らえ、必殺レーヴァテイン!」
「ふぎゃー!」
●こいし「むぅー、もうちょっと優しく包んであげればいいのに」フランドール「大丈夫、峰打ちよ」
そしてこの館の中で会うことは二度と無かった。
●フランドール「それにしてもぬえが一番楽しんでるんじゃないのかしら?」こいし「妖夢さんもお胸小さいねぇ♪」
※※※※※※※※※※※※
●フランドール「あら、ぬえはどこに行ったのかしら?」こいし「『あ、これだと私の活躍がぬぇ!』って叫びながら走って行っちゃったよ」
永遠に続くかのような回廊を必死に走る。まさかあいつらが脱落するなんて思わなかった。誰でもいい、誰でもいいから人間はいないのか。酸欠で肺が潰れそうになりながらも、とにかく前へ前へと祈るかのように足を進めた。
しかしどこにも人の姿は見えない。泣きそうになるのを我慢しながら、悔しくて叫びたくなる衝動を隠しながらとにかくみんなを捜した続けた。けれど、どこまで走っても人間の気配は感じられなかった。
●フランドール「だからなんでぬえは全力疾走してるのよ!」こいし「あふぅ、ひゅぅ、もう走るの疲れたよぅ」
「はぁ、はぁ、ここがこの廊下のゴールかな」
●こいし「はぁ、はぁ、ねーフランちゃん……」フランドール「……うんわかってる」こいし「この道長すぎるよぅ……」フランドール「設計ミスね。調子に乗りすぎたわ……」
全力疾走で一時間ほど走り続けただろうか。右腹を痛めながらも、ようやく廊下の最深部『U・N―NO,4』と書かれた真っ黒い扉へと辿り着いた。
●こいし「なんとか、ぬえの部屋に辿り着いたね♪」フランドール「さて、私達はゆっくり鑑賞させて貰いますか」
「あはは、もう扉を見つけたって意味ないよね」
●こいし「むぅ、そうなの?意味ないの?」フランドール「そんなわけないでしょ、これからがぬえの本番じゃないの」
見えない誰かさんに文句を垂れるように、自傷的に笑いながらドアノブを回した。
その部屋の中にはやっぱり何も無くて、さっきいた鏡の部屋よりもさらに狭い、まるで兎小屋のようだ。
●こいし「お邪魔しまーす♪」フランヂール「あ、こいしちゃん久しぶりー!もう、おっそいんだから!」フランダール「だから」
「ん? あれは……?」
●こいし「むぅ、ごめんね。ちょっと手間取っちゃったよ」フランドール「ぜんぶぬえのせいよ」
部屋の中央に誰かの人影を見つけた。かと思うとそいつはいきなりこっちに向かって走ってきた。
●フランダール「私達も今来たところなんだけどね」フランジール「それバラさなくて良かったのにぃ」
「会いたかったですお嬢様―!」
「ちょ、なになに?!」
●こいし「あ、咲夜さんいたんだ♪」フランドール「あいつらに、咲夜はぬえの担当だから手を出すなって云っておいたのよ。ぬえにはサプライズドッキリみたいな形となったかしら」
中にいたのは咲夜だったようだ。いきなり犬のように飛びついてきたから受け入れ態勢も出来ず、衝撃で思いっきり尻持ちをついてしまった、ヒリヒリして痛い。
どうやらこの部屋は、あの『行方不明』の道と繋がっていたらしい。
●こいし「フランちゃんやっぱり優しいね♪」フランドール「ふふっ、またぬえにイジけられても困るだけよ!」こいし「もー、上の口は素直じゃないんだからー」
「捕まったんじゃなかったの咲夜?」
「私がそんなヘマをするわけないじゃないですか。時を止めて脱出したんですよ。早苗は手遅れでしたけど」
「ふーん、やっぱり便利だねあなたの能力は」
●フランヂール「ほんとほんと、おかげで取り逃がしちゃったよ」フランダール「残念だったね」
時を止める能力、これさえあれば永遠に捕まえてでもいない無い限り、彼女はどんなピンチからでも脱出することが出来るだろう。
たとえフランが百人いても、こいしが千人いても。
●フランドール「え?わざと逃がしたんじゃないの?」フランヂール「はぁ?そんなことするわけないじゃん。でも結果的に同じだったからそれでいいでしょ」
「まぁ良かったよ、さっさと出口を捜してフランの奴を懲らしめるか」
「……」
「ん? なんで黙るの咲夜?」
●フランドール「この馬鹿!なんで私の云うことを素直に聞かないのよ!」フランヂール「馬鹿って言った方が馬鹿なの知らない方が馬鹿なんだよーだ」
おかしい、咲夜が何も云ってこない。おかしい、そういえばずっと抱きしめてきたままだ。おかしい、なんで離れないの?
疑問が頭の中を駆け巡り足の爪先にまで混乱をもたらした。
●こいし「もー、どっちもお馬鹿さんなんだからケンカしちゃ駄目だよ!」フランドール「なん…」フランヂール「だと……」
「お嬢様……、私が本当に、咲夜だと、思いましたか」
「は?」
●フランダール「ん、二人がくだらない争いしてる間に、もうぬえが架橋に入ってるよ」こいし「頑張ってるねぬえ♪」
彼女の目が妖しく光り、体を握り潰すように締め付けてくる。背骨が悲鳴をあげるのが聞こえた気がする。
抱きしめるって行為はふつう相手を安堵させるものだけど、これは違う、捕食者の技だ。
●フランドール「なんだかぬえがやられそうじゃないかしら?」こいし「んー、でも咲夜さんちゃんと怖がってるよ?」
「や、やめて……」
「騙されたな、レミリア!」
「う、嘘でしょ咲夜?」
「はい嘘です」
「……うん。じゃあもう離して」
「怖いから、嫌です」
「え?」
●フランドール「あら、意外。咲夜にもそういう感情があるのね」こいし「うふふ、無意識をもたぬ者に咲夜さんの繊細な心はわからないよ、なんてね♪」
そういえば咲夜は最初からおかしかった。しきりに帰りたがっていたし、いまだって妙に体を震わしている。なんだ彼女も怖かったのか、よかった。
●フランヂール「いいなーこいしちゃんの能力」フランダール「うん、便利便利。ほんとに助かる」フランドール「当たり前でしょ、なんたってこいしちゃんは私達のエースなんだから」
「実は私、こういう雰囲気って苦手なんですよね。ビックリ系とでも云うのでしょうか。いつどこから脅かして来るかわからないから、心臓にも悪いんですよ。だから、離れないでください……」
「へー、意外だね。まあ大丈夫だよ、どっちみちもう咲夜のことを離す気はないから」
「お嬢様……」
●こいし「本当に?」フランドール「ふふっ、私達が嘘をつくわけないでしょ」フランダール「それは嘘だね」フラジール「空気読め」
ぎゅっと抱きしめてくる咲夜の体を、どこにも行かないように、フランにもこいしにも奪われないようにしっかりと捕まえる。
本当に彼女が無事で良かった、あいつらに全部いい所を奪われたんじゃないかと不安でしょうがなかった。
●こいし「えへへ、嬉しいよ♪」フランダール「ぬえはリーダーだね、フランドールが云ってた」フランドール「い、云ってないわよ」
「いつになったらこのお化け屋敷は終わるんでしょうか」
「大丈夫、もう終わるよ」
「本当ですか?」
「うん、安心して」
●フランドール「さて、もうそろそろ終わりね」こいし「けっこう楽しかったねー♪」
咲夜の耳元でそっと呟くと、安堵したように彼女は笑った。もうあなたを逃がさないように、ネズミ捕りの如く強引に引き寄せる。
不安なんてこれで終わり。世界の絶対的な支配者である時間さえも、この仲を引き裂くことは出来ない、
●こいし「ぬえもちゃーんと頑張ったしね♪」フランドール「ぬえもやるときはしっかりやるのよね。やらないときはぬえぬえ云ってるだけだけど」
「お嬢様、ちょっと痛いです……。もう少し優しく」
「だーめ」
「そんなに抱きしめられたら動けないじゃないですか……」
「あはは、だってこうすれば時を止められる咲夜も、もう逃げられないでしょ?」
「えっ」
「あなたは想像力にかけている。罠に落とそうと思えばわけはない。私ほど想像力豊かな大妖怪ならね」
●フランヂール「こいしちゃん、ぬえちゃん、それに私達にお疲れさまっ☆」フランダール「お疲れ」こいし「お疲れ様―♪」フランドール「お疲れ様、なんとか終わったわね。お化け役も楽じゃないわ」
そしてぬえはメインディッシュを味わうかのように、ゆっくりじっくりと咲夜の顎に縄をまいた。
●こいし「まさかこの演出のためだけにずっと縄を持ってたのかなー?」フランドール「ぬえにあの小説渡したときから張り切っていたからねぇ。『ぬふふ、最後は縄を顎に巻いて驚かすんだ!』って。まぁ、あんなゆるゆるの縄で絞める気は微塵もないでしょ」
「楽しかったよ、そしてごちそうさま」
●こいし「じゃあ私は咲夜さんの胸に触るよ!ぷにぷにだね♪」フランドール「じゃあ私はぬえの羽を弄ろうかしら。うりうり」フランヂール「終わりだから早苗たち起こしちゃおうよー」フランダール「水かければいいよね」
「ふぐぅ……!」
●フランドール「あら、邪魔してごめんなさいぬえ。まさか羽握っただけで感じるとは思わなかったわ」こいし「咲夜さんが不思議そうに首を傾げてるね。そろそろ私達も姿を現しちゃおうか♪」フランヂール「お疲れ様会どこでやるー?」フランダール「ん、近いし霊夢のところがいいな。お姉さまもいるしね」
最後に解消
「吸血鬼は鏡に写らない」って知ってたのに全く気づけなかった…。
こいしちゃんの透明化に、フランちゃんの分身に、ぬえちゃんの紫鏡と正体不明の種。
なにげに三姉妹の特技を全て使ってたり、伏線張ってたりで完成度高い。
所々感じてた違和感が一気に解消されました
面白かったです
これは面白い
ものすっごく打たれ弱そうな名前に
「そうそう私の心はガラスのハート(はぁと)…ってなんでやねん!」まで幻視した