どうしたものか、と岩山のように大きな妖怪亀は首を傾げる。
頭に積もっていた大量の雪が水面に落ちて、その音に魚達が逃げて行った。
玄爺、おどかしちゃダメよ、と背中から声がする。
玄爺が首を傾げた原因は彼女なのだが、言い返す気は起きなかった。
それより、今は他に言うことがある。
「降りては、くれませんかの」
「イ、ヤ、よ」
とても楽しそうに断られた。
背に腰掛けている少女の顔を見る事は出来ないが、恐らく悪戯っぽく笑っている筈だ。
その童女のような無邪気さに呆れた玄爺は眼を閉じた。
クスクスと、少女の笑い声が聞こえる。
「それにしても」
前方からの声に眼を開ける。
少女はいつの間にか、玄爺の目の前でふわりと浮かんでいた。
その小さな手は玄爺の頬に添えられている。
「大きくなったものね」
やわらかく微笑んだ少女は、そのまま、玄爺の頭を撫で始めた。
その頭上では、大きな赤いリボンが、手の動きに合わせて揺れている。
ピコピコと揺れるそのリズムは、どこかで見た事があるリズムのように思えた。
どこで目にしたのだろうか。
玄爺が再び首を傾げようとすると、少女の手がそれを遮った。
「動いちゃ、ダメ」
一言だけ、言い聞かせるように囁やく少女。
瞬きすることでそれに応じると、少女はもう一度玄爺を撫で始めた。
動きを制された玄爺は、仕方なくリボンの動きを眼で追いながら考える。
そもそも、彼女は誰だっただろうか。
「そういえば、お嬢さんは、どなたでしたか」
気が付いたら甲羅に乗っていて、降りてくれと頼んだだけだった。
名前は聞いていなかった筈だ。
少女はぱちくり、と何度が瞬きを繰り返した。
「はじめまして。冴月麟です。お久しぶり」
「麟殿、ですな」
初めて聞く名だった。
もしかすると、ボケて忘れているだけかも知れないが。
それにしても、”はじめまして”と”お久しぶり”が共存する、妙な挨拶だった。
どういう意味が込められていたのだろうか。
ふと眼をやると、麟は頬を膨らませている。
「名乗られたら、名乗り返すものよ」
ふう、と玄爺は溜め息をついた。
さきほど、麟は玄爺の名を呼んでいるのである。
それなのに名乗らせるのだから、からかっているのだろう。
いや、彼女と自分の容姿からすると、じゃれ付いていると言う方がしっくりするか。
まぁ、麟の言い分も間違ってはいないので、軽く頭をさげることにした。
「玄爺と呼ばれておる、千年亀にございます」
麟はにっこりと笑う。
「知ってたわ」
「それは知っておりましたとも」
「それも知ってたわ」
「それは知りませなんだ」
「私の勝ちね」
「参りましたのう」
玄爺と麟は、一瞬顔を見合わせて、同時に小さくプッと吹き出した。
妙に息が合っている。
「なんだか、楽しいわ」
「そうですなぁ」
木に積もった雪がどさり、と音を立てて落ちた。
気が付くと、池のほとりで狐が雪に埋まるようにして眠っている。
ほかにもどこからか、ヤマネやリスに犬、猫、狼、果ては熊までが周囲に集まって来ていた。
今は冬眠している筈の動物も、コタツに入っているような動物も全てがいるように思えた。
ふと水の中を見れば、先程逃げて行った魚達が玄爺と麟を中心として円を描くように泳いでいた。
その魚を眼で追っていると、陽光がキラリと反射して、驚いた玄爺はビクリと頭を甲羅に引っ込める。
それを見て、麟がおかしそうに笑った。
すると、麟の笑いに合わせて、狐が低く濁った声でニャアと吠えた。
さらに猫が甲高くニャアと鳴き、続けて犬と狼が気高く吠える。
ヤマネやリス達は何匹もが丸まって方々を転がり回る。
熊が、なにやら踊ろうとして、ドスンと尻餅をついた。
「まるで、お祭りのようね」
麟は、嬉しそうに、楽しそうに、一匹一匹動物に視線をやっている。
「これは、魚達も負けてはいられませんなぁ」
玄爺の声を待っていたかのように、一匹の魚が跳ねた。
一瞬の間を置いて、今度は二匹が同時に跳ねる。
パシャン。パシャン。パシャン。
獣達の合唱のリズムに合わせて、魚達が舞う。
それにつられた麟が、くるくると踊り出す。
要所で、一際大きな鯉が空高く跳ねた。
その体と水しぶきが光をバラバラに反射して、煌く。
「彼、あと三千年もすれば、天に昇れそうね」
「ええ、彼奴め、私の次に長く生きております」
「あなたは、いつ頃、天上に来てくれるのかしら」
麟の踊りは続いている。
くるくる、くるくると回りながら廻る。
「亀は万年かかりますゆえ、いつ頃ですかなぁ」
「気の長い話ねぇ」
くるくる、くるくる。
「疲れちゃった」
麟はまっすぐに、池に張り出した大木へと飛んだ。
途端にその下には魚が集まり、周囲には獣達が車座になる。
玄爺もゆっくりと、そちらへ近づいた。
「どうですか、上は」
「規則が厳しくて、嫌になるわ」
そう言った麟は嫌悪感たっぷりの表情をした。
その表情は苦虫の千倍は苦い何かを噛み潰したようだ。
そんな麟の膝に、一匹のトラ猫が飛び乗る。
「あら、励ましてくれるの」
ニャア。
「ありがとう」
麟はそう言って、その猫に軽いくちづけをした。
すると、他の猫も麟にじゃれ付いて行く。
あらら、と猫にされるがままの麟。
玄爺がふと視線をずらすと、さっき麟にくちづけされた猫が他の猫に囲まれていた。
既に耳も寝ており、態勢も低くなっていて戦意喪失しているようだが、大丈夫だろうか。
「こらこら、喧嘩はダメ」
麟はそう言って、囲んでいた猫達に手招きをした。
一斉に麟目がけて飛びかかる猫の群れ。
ついさっき見た光景が再現された。
「甘え上手ね、この子達」
「猫ですからなぁ」
対する他の動物達は麟から少し離れた位置で、彼女を見守るように控えている。
「彼らは見ているだけで満足なのかもしれませんな」
「それは違うわ。遠慮ってやつよ。遠慮なんてしちゃダメ。いらっしゃい」
頭に黒猫を乗せたままの麟は、そう言って、獣達に向かって両手を広げた。
すると、残っていた獣達が、種族ごとに麟へと駆け寄った。
麟は彼らの一匹一匹に真摯に声をかけ、頭を撫でてやっている。
そして呟くように言った。
「あなたも早くいらっしゃいよ、玄爺」
頭に積もっていた大量の雪が水面に落ちて、その音に魚達が逃げて行った。
玄爺、おどかしちゃダメよ、と背中から声がする。
玄爺が首を傾げた原因は彼女なのだが、言い返す気は起きなかった。
それより、今は他に言うことがある。
「降りては、くれませんかの」
「イ、ヤ、よ」
とても楽しそうに断られた。
背に腰掛けている少女の顔を見る事は出来ないが、恐らく悪戯っぽく笑っている筈だ。
その童女のような無邪気さに呆れた玄爺は眼を閉じた。
クスクスと、少女の笑い声が聞こえる。
「それにしても」
前方からの声に眼を開ける。
少女はいつの間にか、玄爺の目の前でふわりと浮かんでいた。
その小さな手は玄爺の頬に添えられている。
「大きくなったものね」
やわらかく微笑んだ少女は、そのまま、玄爺の頭を撫で始めた。
その頭上では、大きな赤いリボンが、手の動きに合わせて揺れている。
ピコピコと揺れるそのリズムは、どこかで見た事があるリズムのように思えた。
どこで目にしたのだろうか。
玄爺が再び首を傾げようとすると、少女の手がそれを遮った。
「動いちゃ、ダメ」
一言だけ、言い聞かせるように囁やく少女。
瞬きすることでそれに応じると、少女はもう一度玄爺を撫で始めた。
動きを制された玄爺は、仕方なくリボンの動きを眼で追いながら考える。
そもそも、彼女は誰だっただろうか。
「そういえば、お嬢さんは、どなたでしたか」
気が付いたら甲羅に乗っていて、降りてくれと頼んだだけだった。
名前は聞いていなかった筈だ。
少女はぱちくり、と何度が瞬きを繰り返した。
「はじめまして。冴月麟です。お久しぶり」
「麟殿、ですな」
初めて聞く名だった。
もしかすると、ボケて忘れているだけかも知れないが。
それにしても、”はじめまして”と”お久しぶり”が共存する、妙な挨拶だった。
どういう意味が込められていたのだろうか。
ふと眼をやると、麟は頬を膨らませている。
「名乗られたら、名乗り返すものよ」
ふう、と玄爺は溜め息をついた。
さきほど、麟は玄爺の名を呼んでいるのである。
それなのに名乗らせるのだから、からかっているのだろう。
いや、彼女と自分の容姿からすると、じゃれ付いていると言う方がしっくりするか。
まぁ、麟の言い分も間違ってはいないので、軽く頭をさげることにした。
「玄爺と呼ばれておる、千年亀にございます」
麟はにっこりと笑う。
「知ってたわ」
「それは知っておりましたとも」
「それも知ってたわ」
「それは知りませなんだ」
「私の勝ちね」
「参りましたのう」
玄爺と麟は、一瞬顔を見合わせて、同時に小さくプッと吹き出した。
妙に息が合っている。
「なんだか、楽しいわ」
「そうですなぁ」
木に積もった雪がどさり、と音を立てて落ちた。
気が付くと、池のほとりで狐が雪に埋まるようにして眠っている。
ほかにもどこからか、ヤマネやリスに犬、猫、狼、果ては熊までが周囲に集まって来ていた。
今は冬眠している筈の動物も、コタツに入っているような動物も全てがいるように思えた。
ふと水の中を見れば、先程逃げて行った魚達が玄爺と麟を中心として円を描くように泳いでいた。
その魚を眼で追っていると、陽光がキラリと反射して、驚いた玄爺はビクリと頭を甲羅に引っ込める。
それを見て、麟がおかしそうに笑った。
すると、麟の笑いに合わせて、狐が低く濁った声でニャアと吠えた。
さらに猫が甲高くニャアと鳴き、続けて犬と狼が気高く吠える。
ヤマネやリス達は何匹もが丸まって方々を転がり回る。
熊が、なにやら踊ろうとして、ドスンと尻餅をついた。
「まるで、お祭りのようね」
麟は、嬉しそうに、楽しそうに、一匹一匹動物に視線をやっている。
「これは、魚達も負けてはいられませんなぁ」
玄爺の声を待っていたかのように、一匹の魚が跳ねた。
一瞬の間を置いて、今度は二匹が同時に跳ねる。
パシャン。パシャン。パシャン。
獣達の合唱のリズムに合わせて、魚達が舞う。
それにつられた麟が、くるくると踊り出す。
要所で、一際大きな鯉が空高く跳ねた。
その体と水しぶきが光をバラバラに反射して、煌く。
「彼、あと三千年もすれば、天に昇れそうね」
「ええ、彼奴め、私の次に長く生きております」
「あなたは、いつ頃、天上に来てくれるのかしら」
麟の踊りは続いている。
くるくる、くるくると回りながら廻る。
「亀は万年かかりますゆえ、いつ頃ですかなぁ」
「気の長い話ねぇ」
くるくる、くるくる。
「疲れちゃった」
麟はまっすぐに、池に張り出した大木へと飛んだ。
途端にその下には魚が集まり、周囲には獣達が車座になる。
玄爺もゆっくりと、そちらへ近づいた。
「どうですか、上は」
「規則が厳しくて、嫌になるわ」
そう言った麟は嫌悪感たっぷりの表情をした。
その表情は苦虫の千倍は苦い何かを噛み潰したようだ。
そんな麟の膝に、一匹のトラ猫が飛び乗る。
「あら、励ましてくれるの」
ニャア。
「ありがとう」
麟はそう言って、その猫に軽いくちづけをした。
すると、他の猫も麟にじゃれ付いて行く。
あらら、と猫にされるがままの麟。
玄爺がふと視線をずらすと、さっき麟にくちづけされた猫が他の猫に囲まれていた。
既に耳も寝ており、態勢も低くなっていて戦意喪失しているようだが、大丈夫だろうか。
「こらこら、喧嘩はダメ」
麟はそう言って、囲んでいた猫達に手招きをした。
一斉に麟目がけて飛びかかる猫の群れ。
ついさっき見た光景が再現された。
「甘え上手ね、この子達」
「猫ですからなぁ」
対する他の動物達は麟から少し離れた位置で、彼女を見守るように控えている。
「彼らは見ているだけで満足なのかもしれませんな」
「それは違うわ。遠慮ってやつよ。遠慮なんてしちゃダメ。いらっしゃい」
頭に黒猫を乗せたままの麟は、そう言って、獣達に向かって両手を広げた。
すると、残っていた獣達が、種族ごとに麟へと駆け寄った。
麟は彼らの一匹一匹に真摯に声をかけ、頭を撫でてやっている。
そして呟くように言った。
「あなたも早くいらっしゃいよ、玄爺」
雰囲気とか、なんとな~く、好き
麟さんがいらっしゃるとは
何でしょう暖かいのに少し寂しいのは
誰にも知られることがないからでしょうか?
そして実は完全に人外の主人公(予定)だったとは!
この設定は流行る
かも
それはいいとして、良い具合にほのぼのでした。麟の話は新鮮だったので楽しめました。
麟は一切設定がわからない分夢が広がりますな。