事の起こりは大したことではない。
妖精メイドの世間話をたまたま聞いた城主が、その話に興味を持っただけのことだ。
実に他愛の無いものである。
例えば「深夜庭園の花畑を生首が飛んでいる」とか。
例えば「大階段上の騎士の鎧が深夜に動き出す」とか。
例えば「客室のピアノが夜中に鳴り響く」だとか。
所謂『七不思議』と言う奴だ。
まあ、昼行性のメイドが多いのだから当然と言えば当然だろうか、と紅魔館の主であるレミリア・スカーレットは考える。
自らの活動時間外で蠢く何かを想像するのは古今東西老若男女人妖共に変わらない。
彼女にしてみれば日中の七不思議が欲しいところである。
が、直ぐに頭を振る。
真昼間に人体模型が走っていもギャグ以外の何でもないし、ベートベンの眼が光っていたところで誰が気にするものか。
してみるとやはり怪異怪談の類の主役は夜、と言うことになる。
いやはや、物事は意外に考えられている等と思いながらもレミリアは暇潰し程度に妖精メイドの話を影から聞いていた。
他愛無いものばかりかと思っていたが、割と趣向を凝らされた物もある。
「牛の首」云々が話に上ったあたりでレミリアは妖精メイド達の話に熱中していた。
背後にも気が回らないぐらいに。
「何をしているのですか?お嬢様」
「ぴぃ!?」
カリスマの減少も果てしなく、レミリアは小鳥のような悲鳴を上げた。
「ちょ……ちょっと!?いきなり後ろに立たないで頂戴!」
「いえ、物陰に隠れてコソコソしているお嬢様を存分に眺めておりましたので、いきなりではありませんわ。それに今日は大分早起きのご様子」
時計を見れば午後7時を周った辺り。昼夜逆転の生活を送る吸血鬼にとっては割と早起きと言える。
「まあ、偶にはね。おかげで面白そうな話も聞けたし」
「ああ、七不思議ですね。美鈴も言っていました。『御飯をいっばい食べた昼過ぎに襲い来る睡魔』とかなんとか」
「……それは怪談ではないと思うわ」
「はい、当然殺人ドールです」
それはそれとして、とレミリアは一呼吸。
「全く。不死者の王たる私の住居で怪談なんて馬鹿らしいとは思わない?馬鹿らし過ぎて是非とも正体を拝んでみたいくらいに」
「枯れ尾花を探すおつもりですか?」
「満月でも新月でもない半端な夜は、どうでも良いことをしたくなるのよ。良い暇潰しだわ」
翼を翻して少女は笑う。瀟洒なメイドはそれに続いた。
さて、初めに向かったのは客室である。幾つかあるが個室としては最も広い、グランドピアノの設置された一室だ。
「これが夜中に鳴り響くそうよ」
「迷惑な話ですね。グレムリンでも棲んでいるのでしょうか」
「騒霊の線もあるけれど……」
しげしげとケースの中身を覗き込むレミリア。背が足りないのでよたよたといった風体だが、別種のポイントはむしろ高い。
「何も無いわね」
ポロロン……と主人が鍵盤に手を沿え、弾いた。
「ありませんね」
ギィと従者ペダルを踏む。
「まあ、鳴ったからどうということでもないけれど」
タタンと軽やかに、別の生き物の様に十指が舞う。
「むしろパーティーの時は演出の幅が広がりそうではあります」
あくまでも補佐をする動きのペダル。しかしその動きはあくまで瀟洒だ。
主と従をあってこそのピアノの『独演』は加速し、全楽章をミスも無く弾き終えた。
なお、曲目は最終鬼畜妹フランドール・S。
「お見事です」
「貴方もね……それにしても枯れ尾花すら無いとはガッカリだわ」
「火の無いところに立つ煙も良くあることです」
「次に行くわよ」
つまらなそうに踵を返すレミリア。
蛇足ではあるが翌日からこの七不思議は「客室のピアノが夜中にスヴャトスラフ・リヒテルばりの超絶技巧で鳴り響く」に変わったとか。
「ところでこの鎧は何時頃の物なのかしら」
「お嬢様の生まれる前からの品……とは聞いております」
丈が二mはあるかと思われる巨躯の騎士鎧である。
プレートのあちらこちらに幾度も補強された痕が見え、飾りではなく実際に戦場で使用されていたことが伺える。
ハルバードと盾を構えたその様は、頼もしさすら醸し出しているではないか。
「これが動き回るとなると随分と賑やかね」
想像してみると安眠妨害も良いところである。
「中には襲いかかってくると言ったパターンもある様ですが」
「私が負けるとでも?」
「そうは申しておりませんが油断は禁物です。例えばこの戦斧をご覧下さい」
「何?」
ぺたりと可愛らしい手が重厚なハルバードに触れた。
「総純銀製です」
「あ゛に゛ゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
手の平がジュっとなるカリスマの権化。肉の焦げた匂いにすら気品が漂っている。
「ふーーーっ!ふーーーーーっ!」
「ご覧の通りバンパイアたるお嬢様には凶器の塊。万が一にも負けるとは思いませんが、そのお顔に傷でもついたらと思うと……」
「撤去!」
焦げた手をさすってふーふー冷ましながら、レミリアは涙目で訴えた。
「撤去撤去撤去!物置にでもブチ込んでおきなさい!」
と、叫んだ時点で騎士鎧は消え去り、代わり薬局御用達のケロちゃんが鎮座していた。
息を荒げることも無く佇むのは瀟洒極まるメイド長。兎にも角にもその瀟洒っぷりはウナギのぼりだ。
「次!次行くわよ!」
蛇足ではあるが山の上の神様の一人が「御神体置くなら信仰しろ」などと下山してきたのは暫く経ってからのことである。
何だかんだで次期に夜半。続いて向かうのは花畑だ
宙を舞う生首。首無し騎士などはレミリアの良く聞くところであるが、首だけというのは馴染みが薄い。
「確かに東洋には首を強調した妖怪の類は多いですね。ろくろ首や飛頭蛮。キワ物ですとペナンガランと言うのも」
「それはどんなの?」
「見かけは普通の人間ですが、夜毎に首から消化器官をブラ下げて、子供や妊婦の血を啜る妖怪です」
「内臓……?」
「そうですね。多分、こう、引っこ抜く様にズるゥりと」
「生々しいわよ!……全く。東洋の吸血鬼は品性が無いのかしら。まあ、我が館ほど格調高いとそんなのがいる筈も……」
ふよふよふよ
「いますね。三度目の正直でしょうか」
今回ばかりは「二度あることは三度ある」の方にして欲しかったとはレミリアの談。
見れば真っ赤な髪を垂らした首が、ふわりふわりと花壇を舞っていた。
「如何致しましょう」
「決まってるわ。館に唾吐く愚か者には厳重な制裁を……」
ゆらりと。
首がレミリアの方を向き、紅い髪の下の双眸をぎろとレミリアに向ける。
「ぴ!?」
そしてゆっくりと、だが確実に接近してくるのだ。
『……ック…………ば……』
髪に隠れて表情は全く見えないが、何事かをブツブツと呟き続けている。
さながらこの世の全てを呪わんばかりの腹の底に響く音だ。
「な……何よ!やる気!?」
慣れないビジュアルだ。吸血鬼だって首を刎ねられると厄介な場合があるのに、目の前のこれはなんだと言うのだ。
内心ビクビクとしていた次の瞬間である。
「ジャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「ぴぃぃぃぃぃっ!?」
怪鳥の様な雄たけびと、助けを求める雛の声が響いたのは同時だった。
本性を現したかの様に髪を振り乱して激しく動く。
「キック!パンチ!ブロック!キック!パンチ!ブロック!」
とても、良い笑顔で。
「美……鈴……?」
その生首、見れば門番の紅美鈴その人ではないか。
まさか彼女がそういう妖怪だったとは!と、思うのは早計である。
よくよく眼をこらせば、彼女が真っ黒い寝巻きを着ているのが解る。
黒子効果で、鳥目でなくとも夜間迷彩効果を発揮している。初見なら首が浮いている様に見えても仕方ない。
「中国チガウヨ中国チガウアルヨー。ネテナイアルヨー」
突然ゆったりとした動きに変わる。早朝よく行っている太極拳だが、弁明しながらという+αがあり、酷く怪しさが爆発している。
「成る程、美鈴には夢遊病の気があった様ですね」
「まあ……これこそ本当の枯れ尾花なんでしょうけど……釈然としないわ」
「ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイネテマセンナイフカンベンヒァァァァァァ」
しゃがみ込んだかと思うと土に額をこすりつけての土下座。ガツンガツンと見ているこちらが痛いと言うか、三発目で完全にめりこんだ。
「……どうしたものかしら、これ」
「いえ、大丈夫だと思いますよ。そもそも夢遊病患者というものは必ず寝床に戻るものですから」
数分その姿勢を維持した後、美鈴はズるゥりと首を地面から引っこ抜いた。
「モウシマセンヨー……ネテマセンヨー……」
フラフラとした足取りで宿舎へ向かう美鈴。意識が無い筈なのに心なしか哀愁が漂っている。
「……居眠りが多いのってあれが原因かしら」
とりあえず、美鈴に少し休暇を与えようと思うレミリアだった。
さて、ここまで来ると残りの不思議に関しても似たようなものばかりだった。
「ホールで誰もいないのにボールが跳ねている」のはフランドールが誰もいなくなるかで一人遊びをしているだけだった。
「時計塔の階段の数が降りる時は12段で上る時は13段になっている」と言うのに関しては、妖精メイドが降りた後に空間拡張をした為らしい。
現在はなんの変哲もなく13段という縁起の良い数字になっている。
「突然旧紅魔館が現われ、中で先代が手を振っている」に関してはそもそも建て替えていないと問い詰めたい。
「……やれやれだわ。結局ガセか見間違いばかりじゃないの……幻想郷なんだからまともな怪談の1つぐらいあったって良いでしょうに」
自室でくつろぎつつ、血液入りの紅茶を楽しむレミリア。半ば飽きたのか、最後の1つを残して休憩中の様だ。
「枯れ尾花は所詮枯れ尾花……闇の王たるお嬢様がいらっしゃる訳ですから、中途半端な怪奇は寄り付けなくとも当然ですわ」
その答えに返すでもなく、レミリアはクスリと笑う。
どちらにしてもヒマ潰しにはなったので、棘のある言動ほどには不機嫌ではない。
ブラッドティーを飲み終えると、椅子を降りつつ一言告げた。
「それじゃあ『咲夜』。最後の1つを見に行きましょうか」
カタンと。
盆が落ちた。
「咲……夜?」
振り向いたそこには誰もいない。ポツンと盆が転がるのみだ。
ティーポットからまだ仄かに漂う紅茶の香りが、やけに印象に残る。
(……どうしたのかしら)
咲夜の能力があれば瞬時に消えることも不可能ではない。
しかし、私用公用に関わらず、彼女が何も告げずに姿を消す等考え辛い。
やや混乱している所にトントンとノックをする音が聞こえる。
「失礼します、お嬢様。ただ今戻りました」
ドアを開けて入って来たのは十六夜咲夜その人だった。
なんだ、やっぱり時間を止めていたのかと、レミリアは疑問を残しつつも咲夜に告げた。
「何処に行ってたのよ。早く最後の1つを見に行くわよ」
ところがどうしたことか。その言葉に咲夜は怪訝な顔をして問い返した。
「あのぅ……お嬢様、今ひとつ話が見えないのですが。最後の1つとは?」
「七不思議よ七不思議。どうしたのよ咲夜。起きてからずっと一緒に周っていたじゃない」
そう言うと、咲夜は益々困った顔になる。
「お嬢様。先日『明日の明け方まで所用で出かける』と報告したのですが……覚えてらっしゃいますか?」
「え……?」
そう言えば。
寝る前にそんな事を聞いた覚えもある。
「ちょっと……待って。じゃあ今までいたのは……?」
はっとなる。
時を操り、空間を広げ、銀のナイフを携える、完璧にして瀟洒なメイド。
レミリアの知る、十六夜咲夜はそうであった筈であり、事実真実共にその筈だ。
しかし、今夜の記憶の中の「時を操り、空間を広げ、銀のナイフを携える、完璧にして瀟洒なメイド」は、十六夜咲夜その人ではない。
ある筈が無い。
だって、レミリアが思い描くそのメイドに顔などなく。
塗りつぶした様にぽっかりと、黒い孔が空いていたのだから。
よくある話ですので前回同様暇潰し程度にどうぞー。
最近は、ストレート過ぎるのが多い気がします。
>「牛の首」
某サイトで全容が明らかに(もちろん真実とは限りませんが)なっていましたが、あれはどうも「怪談」では無いようですね。
しかし最後の『咲夜』さん実は影DI
な…なんだ?指の動きがに…にぶいぞ
やっぱり紅魔組みはいつ見てもかわいいなぁ
これから暑くなってきますしこういった怪談系作品をよろしくお願いします
ところで雛鳥おぜうさまは頂いていってもよろしいでしょ(ナイフ
あとがきの最後の終わらせ方がまたなんとも
まさか…!!!
ホラー系のお話は貴重ですね、次回作も期待してます。ぞわぞわしました。
入れ替わり系の怪談はおっかないですね。
名前を呼ばれないのは中国だけ? いやいや、図書館にもう一人。
はてさて「咲夜」も真実の名前だったのかな?
>曲目は最終鬼畜妹フランドール・S。
あの楽譜の上にオタマジャクシ思いっきりぶちまけた様な曲ノーミスで弾ききったのかよwwww
誰も突っ込まないので会えて突っ込んでおきます。
美鈴、パチェッパラッパー自重ww
きっとお嬢様はこれから咲夜さんに引っ付いて離れませんね
もしかして一番の不思議は名前で呼ばれない門番だとおれは思うのですよ
妖怪がいるのが当たり前の世界なだけに、怪談の類は書き難いものですね。
>図書館達(場所や住人)も出して欲しかったかな
検討していたのですが、レミリアとパチュリーの会話になるとまず名前が出てくるので削り申した。
コミカルな掛け合いがありすぎると冗長になる上、怪談として中途半端になりそうだったので。
>牛の首
元が何かは今ひとつ釈然としませんが、話は典型的なマクガフィンと言うヤツですね。
>おぜう様の悲鳴
ぴぃぴぃ。
そして怖かったと言って下さるのは最大の賛辞であります。
ネタのストックはあと1つあるのですが、真夏に安定供給できるかは微妙なところ。
なる様になれで時間がある時にまた書いて来ます。
非常に面白かったです。
「髪で隠れて表情は全く見えない」
このあたり、レミリアの視座からの描写だと矛盾しているように思いました。
「表情が全く見えない。なのにレミリアにはそれがニタリと微笑んでいるのだと確信できた」
であれば
ひとかけらのカリスマもなくびびりまくってるお嬢様がラブリーで良いのですけれど
あと、誰もいなくなるかで一人遊びしている妹様が不憫で不憫で……
あとがきの最後に本気で背筋がぞくぞくっと・・・・・・
最終鬼畜を弾ききったお嬢様はきっとカリスマと満足感に満ち溢れていたことだろうに。
というか御神体なんだ…
ご指摘頂いた部分修正させて頂きました。
偉く遅レスになってしまいましたが……orz
地の文でさえ一回も「咲夜」だって表記されてないのか……!
レミリアが体験したため名前で呼ぶようにしたのか……?
ぞくっとする話でした。
…ホラー物を幾つも連続して読んだ性で感覚が鈍っただろうか。
怖い怖い怖い…
オチに辿りつくまでにもう少し、「何かおかしい」と感じさせる何とも言い難い恐怖があれば、尚更ホラーとしては良かったのではと思いましたので90点。好みの問題だとは思いますが。
このお話と似たような現象が、夢の中で起こることがあります。夢を見てた時は良く知る誰かだったのに、覚めて思い出してみると全く顔も名前も思い出せない。ただ、知っている「誰か」ではあった。
これは同じ類のものなんだろうかと、ふと読了後に考えてしまいました。