小町が息を引き取ったのは、十九の夏だった。
次に立っていたのは知らない場所。
いや、知っている場所なのかも知れない。
右も左も霧に包まれていてよく見えない。
自分が死んだ事だけは理解していた。
しかし何も覚えていない。
なぜ死んだのか、いつの間にここへ来たのか、自分が何者だったのか。
それよりも、ただ只管に喉が渇く。
遠くに微か聞こえる水の音だけを道標に歩き出した。
耳を頼りにゆらゆらと力無く歩く小町がたどり着いたのは、対岸が見えない程の広大な川だった。
早速膝をついて、両の掌に水を掬う・・・が、普通の水のように掬えない。
ほんの僅かな隙間から信じられない早さで零れ落ちていく。
冷たさは確かに水なのだが、まるで霧を掬っている様だ。
「ここの水を飲もうなんて止した方がいい。何せこの水は巡る為だけに流れているからな」
嗄れた声がして小町が顔を上げると、小さな舟に乗った老爺が煙管をくわえてこちらを見下ろしていた。
手を川につけたまま何も言わない小町に、老爺は続ける。
「お前さん、いくら持ってるね」
「・・・」
「文無しか。ならそれがお前さんの全財産だな。乗りな」
乗る義理も無いが断る意志も無い。
小町は水を掬うのを諦め、老爺に言われるがままその舟に乗った。
老爺は小町を乗せると舟を漕ぎ出した。
どうやらこの川を渡す船頭のようだ。
それにしても広い川だ。これが三途の川というものか。
此岸も遥か後方に消えてしまい、行く先へいくら目を凝らして見ても彼岸は現れてこない。
小町は舟の上から手を垂らして水面を撫でた。
やはり不思議な感触だ。
掬おうともするが、自分の掌がまるで目の粗い笊の様に水を捉えない。
「お前さん、水が飲めなくて死んだクチだね。そういう霊はみんなそうやってここの水を飲もうとする」
水が飲めなくて死んだ・・・そう言われればそうなのかも知れない。
よく憶えていない。
「人は生きてきたように死ぬと言うが、お前さんはどんな風に生きてきたね」
「・・・」
老爺は小町の生前に興味がある様だった。
だが語ってやりたくとも語るだけの憶えが、小町にはない。
「憶えてないのかい。こいつぁまた面白いね。あっしゃ舟に乗せた霊と話すのが唯一の楽しみでね。色々な霊を乗せてきたが、何も憶えていない霊ってのはお前さんが初めてだ」
老爺はカラカラと笑ったが、小町には何が面白いのか分からなかった。一言も語らない小町に構わず、老爺は更に喋り続ける。
「魂が記憶を失うには、それなりの事情があるんだろう。肉体と違って魂には頭ってモンがねぇから、普通は物事を忘れるなんてこたぁないはずだ」
意味もなく小町は天を仰いだ。
自分の魂は普通ではないのだろうか。
空には雲も浮かんでいなかったが、決して青くもなかった。
そう言えば前にもこんな風にただ天ばかりを見上げていた事があったね。
・・・あれは父ちゃんが死んだ時だ。
母ちゃんは大声で泣いていたけど、あたいは意味が分からなくて、父ちゃんが天に逝ったって聞いて空を探してたっけ。
次の日からあたいは、見様見真似で父ちゃんの仕事を継ぐことにしたんだ。
やっと少しだけ昔を思い出したところで、舟は彼岸に到着した。
岸に降りた小町の足下に、スッと道が現れる。
「その道を踏み外さずに真っ直ぐ進みな。すぐに大きなお屋敷が見えてくるはずだ。そこに閻魔様がいる。・・・お前さんがどんなお裁きを受けるのか気になるねぇ」
そう言いながら老爺は背を向けて、鼻歌混じりに此岸へ漕ぎ出した。
小町は遠くなっていく老爺の後ろ姿に何も言わず浅く頭を下げて、また歩き出した。
歩きながら、さっき思い出した光景の事を考えていた。
本当に僅かしかない記憶の断片を何度も反芻する。
父親に代わって仕事をしなくてはならないという義務感だけは思い出したが、その仕事が何だったのか、母親は働かなかったのか、その前後に繋がる記憶が一向に出てこない。
・・・自力では何も思い出せないようだ。
ふとした事でもいいから、何か生前の記憶に繋がるきっかけがなければ駄目なのかも知れない。
小町は一旦、記憶を手繰り寄せようとするのを止めた。
眼前に広がる灰色の大地。
道を踏み外さないようにただ足元を見つめながら歩を進める。
時たま見上げても、相変わらず霧に囲まれていて、どこまで続いているかも分からない。
それでも自分の足下だけは白く光る道になっていて、一歩足を踏み出す毎に更に道が出来ていく。
不思議な感覚だが何処か懐かしい。
そうか、山の獣道に似てるんだ。
初めて罠に獲物がかかったのは、こんな獣道に仕掛けた奴だった。
最初の獲物は少し小振りな鼬。
見つけた時は嬉しかったけど、次にどうすればいいのか分からなくて、刃物右手におろおろしてた。
父ちゃんが家に持ち帰った獲物には首が付いていなかったのを思い出して、まずは左手で鼬の頭を押さえつけようとした。
でもその手を噛まれて泣く羽目になったんだっけね。
少しずつ昔を思い出す小町が、ザッと足を止めた。
道を進んだ先に建っている大きなお屋敷・・・これが船頭の言っていた閻魔の屋敷か。
特に躊躇いもなく門戸を開く。
大きなお屋敷の大きな部屋。大きな壇上にたった一人立って、小町を見下ろしているのが閻魔だろう。
閻魔は奥の見えない瞳で小町の足下から頭までを見流し、手元の閻魔帳に何かしらを書き込んだ。
「名は?」
「小町」
「では小町、まずは生前に己が犯した罪を告白しなさい」
小町は言葉に詰まった。
告白も何も、こちらが聞きたいくらいだと言うのに。
生前に犯した罪・・・罪か・・・。
あの後あたいは、捕まえた獲物を殺した。
血だらけ傷だらけの左手で何とか鼬の頭を押さえ込んで、右手に持った首切り包丁を思いっきり振り下ろした。
すると大暴れしていた鼬が動かなくなって、同時にあたいは激しい返り血を浴びた。
急に抵抗を失った左手。
温かい真っ赤な雨を浴びた全身。
それから、首切り包丁を通じて首を切り落とした右手。
脈やら何やらを切る感触がぶちぶちとあって、最後に頸の骨を断ち切る硬い手応えが伝わってきた。
その瞬間、命を奪ったんだって感じた。
あの時の吐き気がするような後味だけは、忘れておきたかったね。
「獣を殺しました。・・・多分、たくさん」
閻魔は冷徹な表情を変えなかったが、気のせいか少し不満げに見えた。
手鏡の様な物をしばらく覗き込み、また喋りだす。
「私は生業の為の殺生を罪とは思いません。・・・あなたにはもっと大きな罪があるでしょう。嘘をついても無駄ですよ。この浄玻璃の鏡にはあなたの犯した罪が映し出されているのです」
「その鏡に、あたいの罪が映っているんですか」
「ええ。だから嘘偽りなく・・・」
「ならその鏡を見せて下さい」
刹那閻魔は怪訝に表情を歪めたが、息をつき、目を閉じてその浄玻璃の鏡を台上に伏せた。
「あなたは、自分が犯した罪を憶えていないのですか?」
「・・・」
「確かにこの浄玻璃の鏡には、あなたが罪を犯した様子が映っています。ただしそれは、客観的事実だけ。その罪を成した時にあなたの心に映った景色までは見えません」
「心の・・・景色?」
「ええ。それは私が人を裁く際に最も重きを置いている点です。己の罪を悔い、改めたいという心があれば、人はいくらでもやり直せる」
小町はそれ以上喋らなかった。
結局、閻魔は小町にどうして欲しいのか。
罪を告白せよと言うが、小町にはその記憶がない。
「だからあなたの罪は、あなたの言葉で語られなければならない。そうでなければ、裁くことはできません」
閻魔は喋りながら閻魔帳を閉じて、壇上から降りてきた。
小町の目の前に立った閻魔は、その威厳からは考えられない程小柄で、小町の顔を見上げるくらいだった。
「生前にあった事を思い出すまで、ここに滞在しなさい。あいにく客間はありませんが、ゆったり落ち着いて考えを巡らすくらいの事はできるでしょう。好きな場所で、好きな事をするといい」
それだけ言い残すと閻魔は部屋を出ていった。
閻魔のいなくなった大きな部屋の中を見回した。いくつかの扉が目に入る。
小町はその中から、何も考えずに一つの扉を選んで、その先に進んだ。
池だ。
屋敷の中庭に通じる扉だったらしく、青空は見えないが天井が吹き抜けていた。
相変わらず渇きを潤せないでいる小町は、無意識の内に池の畔に座って水を掬っていた。
この水は掬える。
ほんの少しだけ笑顔になった小町だが、その水を口にした途端咳き込んで水を吐き出した。
「しょっぱいでしょう。その池は人々の涙で出来ています」
振り返ると、一変して明るい表情の閻魔が後ろ手を組んで立っていた。
親しげに歩み寄って小町の隣に腰を下ろす。
「現世で罪が生まれると、罪を犯された者、そして罪を犯した者がたくさんの涙を流す。ここにはそんな涙が集まって来ているのです。・・・この庭は、罪というものの罪深さを感じさせる」
閻魔が広大な池の向こう岸をぼんやり見つめた。
小町も池の全域を見渡す。とても広い池だ。
これが全て人の涙なのか。
そんな涙の池を見ていると、妙に胸が締め付けられる。
また小町に一滴の記憶が蘇ってきた。
涙。
獣を殺した時よりも、あの涙を見た時の方が、よっぽど罪深さを感じたんだ。
初めての仕事を終えて、あたいは首のない鼬を家に持ち帰った。
家には病を患った母ちゃんが待っている。
都の方で疫病が流行っていて、それが母ちゃんにも移っちまったんだ。
死んだ父ちゃんの代わりにあたいが働く事になったのも、病の母ちゃんを養う為だ。
でも、返り血を全身に浴びたあたいの姿を見て、母ちゃんはいきなり大声を上げて泣き出した。
ごめんよ、母ちゃんが働かなくちゃいけないのに、お前に辛い事をさせてごめんよって・・・。
「母ちゃんを泣かせました。・・・これは罪ですか?」
「そうですね。でもあなたが母親を泣かせたのは、母親を想っての行動からです。更にあなたはその事を罪に感じ、反省している。それも罰するには値しません」
小町は膝を抱えて座り直し、遠くを見つめた。
これも閻魔の聞きたがっている罪ではないのか。
「閻魔様は私がどんな罪を犯したか見たんですよね」
「ええ。でもそれだけではあなたを裁けない。なぜあなたがあんな事をしたのか、それを知らなければ」
「それを教えてはもらえないのですか」
「事実だけを客観的に教えても、あなたが真にそれを思い出す事はないでしょう。・・・焦る事はありません。ゆっくりと自分の力で思い出してみてください。全ての記憶が戻った時、裁きを再開するとしましょう」
閻魔は莞爾として立ち上がり、庭を去った。
閻魔の言う事を信じるならば、小町は何らかの罪を生前に犯している。
だが閻魔とは罪人に対してあのような笑顔を向けるものだろうか。
もしかすると、小町に何かを期待しているのかも知れない。
「全ての記憶・・・ね・・・」
確かに少しずつ記憶が戻ってはいるが、最後に一つ、大きな穴が残っている様な感じがある。
あの船頭は、魂が記憶を失うにはそれなりの事情があると言った。
生前の小町の身に起きたそれなりの事情とは何だろうか。
それは、忘れておいた方が良いような事情だったのではないだろうか。
この最後に残ったと思われる大きな記憶の穴が、それではないだろうか。
無防備に全てを思い出してしまって、本当に良いのだろうか。
この世界には昼も夜もない。
明るいでもない、暗いでもない時間だけが延々と続いていて、小町には何日くらいが経ったのかも分からなかった。
感覚的に、一日や二日ではないことは確かだ。
だがあれ以来、小町は新たに記憶を取り戻していない。
最後にぽっかりと開いた大穴だけが、未だに残っていた。
「記憶を取り戻すのが、怖いですか?」
「分かりません。でも、忘れていた方がいいから忘れているんじゃないかって思って・・・」
小町は相変わらず涙の池の畔に座って、時々水面に現れては消える波紋を眺めている。
また一粒、涙が流れたのか。
閻魔は最初に会った時とは違う慈愛に満ちた瞳で、そんな小町の後ろ姿を見つめた。
小町の頭を軽く撫でて、次に後ろから柔らかく抱き締める。
「怖れる必要はありません。信じて下さい。生前のあなた自身を」
耳元で囁く優しい声が心地良い。
背中から閻魔の温もりが伝わってきた。
人を裁く閻魔が心に持つ、人を愛し罪を愛する温もり。
温かい・・・母ちゃんに抱かれてるみたいだ。
そうだ、あたいは母ちゃんに甘えたかったんだ。
返り血を浴びた姿は母ちゃんを悲しませる。
でも仕事をやめる訳にいかないあたいは、返り血を受けずに獲物の首を切る努力をした。
母ちゃんごめんよ。今日は獲物が捕れてなかったよ
どんなに大猟だった日も、そう言って綺麗な服のままで家に帰ると、母ちゃんは嬉しそうにあたいを慰めた。
そのまんま、十年くらいを生き抜いてきた。
でも母ちゃんの病気は、日に日に悪くなっていった。
そしてある日突然、母ちゃんは狂ったように苦しみだした。
苦痛に喘ぎながら、呻くような声で母ちゃんは言った。
小町、その首切り包丁で母ちゃんの首を切っておくれ
母ちゃんは、あたいの嘘を見抜いていたんだね。
あたいが本当は毎日獲物を殺してるって知っていたんだね。
娘のあたいにそんな事をさせたくないって思って・・・
それで、苦しむ振りなんてしたんだろう?
母ちゃんがあたいの嘘を見抜いたように、あたいだって母ちゃんの嘘は見抜くよ。
娘のあたいに獣の血を浴びせたくなくて、母ちゃんはあんな事を言ったんだよね。
でも母ちゃん、ごめんよ。
獣の首を切る為の包丁で、母ちゃんの首は切れなかったんだ。
だからあたいは、母ちゃんの首を絞めた。
一思いに首を切られれば、苦しい思いをせずに済んだろうに。
それでも母ちゃんは、あたいの最後のわがままを喜んで受け入れてくれた。
母ちゃん、ありがとう。
大好きだよ。
あたいは母ちゃんの亡骸に寄り添って、母ちゃんが昔よく歌ってくれた子守歌を歌った。
もうそこから動きたくなくて、ずっと母ちゃんの側を離れなかった。
水も飲まないから、だんだん声が掠れていったけど、あたいは歌い続けた。
母ちゃんの胸に手を当てて。
冷たくなった母ちゃんに温もりを感じて。
夏の暑い夜、魂まで干涸らびて、あたいは死んだんだ。
・
・
・
「すべて、思い出しましたね?」
閻魔が腕をほどいて立ち上がった。
小町の瞳から零れた綺麗な雫は涙の池には注がれない。
「・・・母ちゃんの首を絞めて殺しました」
閻魔の質問に対して、小町が抱えた両膝で泣き顔を隠しながら答える。
「なぜ殺したのですか?」
「母ちゃんがあたいの為に命を擲つ事を望んだから。子供の頃から母ちゃんを泣かせてばかりだったから、最期に親孝行をしようと思いました」
「では、なぜ母親の望み通りに首切り包丁で首を切るのではなく、首を絞めて殺したのですか?」
「獣を殺す道具で母ちゃんを同じようにしたくなかったからです」
「それによって、母親は首を切られるよりも苦しい死に方を味わいました。それを承知の上で首を絞めましたか?」
「はい。わがままだったと分かっています。でも、最期に母ちゃんに甘えたかったから・・・母ちゃんもそれを喜んでくれました」
「では最後の質問です。今あなたが答えたそれらの事共を、罪だと思っていますか?」
「・・・いいえ」
最後の質問に対して小町は立ち上がって姿勢を正し、閻魔の深い瞳を真っ直ぐに見つめて、もう一度はっきりと答えた。
「いいえ」
急に辺りが暗くなった。
「残念です」
小町の真っ直ぐな瞳から一時も目を逸らさず、閻魔は続ける。
その顔は、最初に会った時の冷徹な表情に戻っている。
「最初に言ったはずです。己の罪を悔い、改めたいという心があれば、人はいくらでもやり直せると。でもあなたは己の罪を罪とも思わず、微塵程も悔いていません。このような場合、私はあなたに地獄行きを命ぜざるを得ない」
「構いません。親を愛する心が罪だと言うなら、私は大罪人です」
「非常に許し難い。親を殺害して反省の色も見せず、剰えそれを愛だと言い切るあなたは、六道輪廻にすら値しません。よって・・・」
スッと閻魔の顔に温かみが差した。
「よってあなたには、ここに残って三途の川を渡す船頭として永遠に働く事を命じます」
「・・・え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
地獄の責め苦をも覚悟していた小町だったが、予想だにしていなかった裁きに動揺を隠し切れない。
「今船頭を頼んでいる者がそろそろ隠居をしたいと言ってきているので、ちょうど次の担い手を探していたのです。あなたは自らが犯した罪を、私の下で働く事で償いなさい」
閻魔の笑顔に事の次第を察した小町は、急に可笑しくなって口元を緩ませた。
閻魔様のお裁きにも情け容赦などと言うものが存在するのかと。
「つまり死神って訳か。こいつはあたいにお似合いだ。・・・でも閻魔様、その話はお断りさせていただきます。私はもう働かないでいようと思うんです。私が働くと母ちゃんが悲しい顔をする。それこそ罪です」
小町の返答に、閻魔は更なる微笑みで答えた。
「あなたは、真面目なのですね。でも残念ながら、私の裁きは一度下りたら決して覆ることはありません。働くと母親が悲しむと言うのなら、三途の渡しを趣味とすればいいでしょう。あなたの気の赴くままに、魂を運びなさい」
それ以来小町は、閻魔の下で三途の川の船頭として、たくさんの魂を運んでいる。
小町は三途の船頭が好きになった。
舟を漕ぎながら、乗せた魂がどんな人生を歩んできたかを聞くと、人それぞれに様々な事情があって非常に興味深い。
たくさんの魂と会う内に、最近では生き様を見れば死んだ後の性質が分かるようになってきて、更に楽しみが増えた。
だが小町は、母親の事を思い出すと、少し仕事の手を休める事にしている。
小町の事をサボり癖があると言う者もあるが、特に気にしていない。
小町の働く姿は、母親を悲しませる。
それは償いようのない罪だ。
涙の池の水面を揺らさないよう、今日も小町はサボり続ける。
了
次に立っていたのは知らない場所。
いや、知っている場所なのかも知れない。
右も左も霧に包まれていてよく見えない。
自分が死んだ事だけは理解していた。
しかし何も覚えていない。
なぜ死んだのか、いつの間にここへ来たのか、自分が何者だったのか。
それよりも、ただ只管に喉が渇く。
遠くに微か聞こえる水の音だけを道標に歩き出した。
耳を頼りにゆらゆらと力無く歩く小町がたどり着いたのは、対岸が見えない程の広大な川だった。
早速膝をついて、両の掌に水を掬う・・・が、普通の水のように掬えない。
ほんの僅かな隙間から信じられない早さで零れ落ちていく。
冷たさは確かに水なのだが、まるで霧を掬っている様だ。
「ここの水を飲もうなんて止した方がいい。何せこの水は巡る為だけに流れているからな」
嗄れた声がして小町が顔を上げると、小さな舟に乗った老爺が煙管をくわえてこちらを見下ろしていた。
手を川につけたまま何も言わない小町に、老爺は続ける。
「お前さん、いくら持ってるね」
「・・・」
「文無しか。ならそれがお前さんの全財産だな。乗りな」
乗る義理も無いが断る意志も無い。
小町は水を掬うのを諦め、老爺に言われるがままその舟に乗った。
老爺は小町を乗せると舟を漕ぎ出した。
どうやらこの川を渡す船頭のようだ。
それにしても広い川だ。これが三途の川というものか。
此岸も遥か後方に消えてしまい、行く先へいくら目を凝らして見ても彼岸は現れてこない。
小町は舟の上から手を垂らして水面を撫でた。
やはり不思議な感触だ。
掬おうともするが、自分の掌がまるで目の粗い笊の様に水を捉えない。
「お前さん、水が飲めなくて死んだクチだね。そういう霊はみんなそうやってここの水を飲もうとする」
水が飲めなくて死んだ・・・そう言われればそうなのかも知れない。
よく憶えていない。
「人は生きてきたように死ぬと言うが、お前さんはどんな風に生きてきたね」
「・・・」
老爺は小町の生前に興味がある様だった。
だが語ってやりたくとも語るだけの憶えが、小町にはない。
「憶えてないのかい。こいつぁまた面白いね。あっしゃ舟に乗せた霊と話すのが唯一の楽しみでね。色々な霊を乗せてきたが、何も憶えていない霊ってのはお前さんが初めてだ」
老爺はカラカラと笑ったが、小町には何が面白いのか分からなかった。一言も語らない小町に構わず、老爺は更に喋り続ける。
「魂が記憶を失うには、それなりの事情があるんだろう。肉体と違って魂には頭ってモンがねぇから、普通は物事を忘れるなんてこたぁないはずだ」
意味もなく小町は天を仰いだ。
自分の魂は普通ではないのだろうか。
空には雲も浮かんでいなかったが、決して青くもなかった。
そう言えば前にもこんな風にただ天ばかりを見上げていた事があったね。
・・・あれは父ちゃんが死んだ時だ。
母ちゃんは大声で泣いていたけど、あたいは意味が分からなくて、父ちゃんが天に逝ったって聞いて空を探してたっけ。
次の日からあたいは、見様見真似で父ちゃんの仕事を継ぐことにしたんだ。
やっと少しだけ昔を思い出したところで、舟は彼岸に到着した。
岸に降りた小町の足下に、スッと道が現れる。
「その道を踏み外さずに真っ直ぐ進みな。すぐに大きなお屋敷が見えてくるはずだ。そこに閻魔様がいる。・・・お前さんがどんなお裁きを受けるのか気になるねぇ」
そう言いながら老爺は背を向けて、鼻歌混じりに此岸へ漕ぎ出した。
小町は遠くなっていく老爺の後ろ姿に何も言わず浅く頭を下げて、また歩き出した。
歩きながら、さっき思い出した光景の事を考えていた。
本当に僅かしかない記憶の断片を何度も反芻する。
父親に代わって仕事をしなくてはならないという義務感だけは思い出したが、その仕事が何だったのか、母親は働かなかったのか、その前後に繋がる記憶が一向に出てこない。
・・・自力では何も思い出せないようだ。
ふとした事でもいいから、何か生前の記憶に繋がるきっかけがなければ駄目なのかも知れない。
小町は一旦、記憶を手繰り寄せようとするのを止めた。
眼前に広がる灰色の大地。
道を踏み外さないようにただ足元を見つめながら歩を進める。
時たま見上げても、相変わらず霧に囲まれていて、どこまで続いているかも分からない。
それでも自分の足下だけは白く光る道になっていて、一歩足を踏み出す毎に更に道が出来ていく。
不思議な感覚だが何処か懐かしい。
そうか、山の獣道に似てるんだ。
初めて罠に獲物がかかったのは、こんな獣道に仕掛けた奴だった。
最初の獲物は少し小振りな鼬。
見つけた時は嬉しかったけど、次にどうすればいいのか分からなくて、刃物右手におろおろしてた。
父ちゃんが家に持ち帰った獲物には首が付いていなかったのを思い出して、まずは左手で鼬の頭を押さえつけようとした。
でもその手を噛まれて泣く羽目になったんだっけね。
少しずつ昔を思い出す小町が、ザッと足を止めた。
道を進んだ先に建っている大きなお屋敷・・・これが船頭の言っていた閻魔の屋敷か。
特に躊躇いもなく門戸を開く。
大きなお屋敷の大きな部屋。大きな壇上にたった一人立って、小町を見下ろしているのが閻魔だろう。
閻魔は奥の見えない瞳で小町の足下から頭までを見流し、手元の閻魔帳に何かしらを書き込んだ。
「名は?」
「小町」
「では小町、まずは生前に己が犯した罪を告白しなさい」
小町は言葉に詰まった。
告白も何も、こちらが聞きたいくらいだと言うのに。
生前に犯した罪・・・罪か・・・。
あの後あたいは、捕まえた獲物を殺した。
血だらけ傷だらけの左手で何とか鼬の頭を押さえ込んで、右手に持った首切り包丁を思いっきり振り下ろした。
すると大暴れしていた鼬が動かなくなって、同時にあたいは激しい返り血を浴びた。
急に抵抗を失った左手。
温かい真っ赤な雨を浴びた全身。
それから、首切り包丁を通じて首を切り落とした右手。
脈やら何やらを切る感触がぶちぶちとあって、最後に頸の骨を断ち切る硬い手応えが伝わってきた。
その瞬間、命を奪ったんだって感じた。
あの時の吐き気がするような後味だけは、忘れておきたかったね。
「獣を殺しました。・・・多分、たくさん」
閻魔は冷徹な表情を変えなかったが、気のせいか少し不満げに見えた。
手鏡の様な物をしばらく覗き込み、また喋りだす。
「私は生業の為の殺生を罪とは思いません。・・・あなたにはもっと大きな罪があるでしょう。嘘をついても無駄ですよ。この浄玻璃の鏡にはあなたの犯した罪が映し出されているのです」
「その鏡に、あたいの罪が映っているんですか」
「ええ。だから嘘偽りなく・・・」
「ならその鏡を見せて下さい」
刹那閻魔は怪訝に表情を歪めたが、息をつき、目を閉じてその浄玻璃の鏡を台上に伏せた。
「あなたは、自分が犯した罪を憶えていないのですか?」
「・・・」
「確かにこの浄玻璃の鏡には、あなたが罪を犯した様子が映っています。ただしそれは、客観的事実だけ。その罪を成した時にあなたの心に映った景色までは見えません」
「心の・・・景色?」
「ええ。それは私が人を裁く際に最も重きを置いている点です。己の罪を悔い、改めたいという心があれば、人はいくらでもやり直せる」
小町はそれ以上喋らなかった。
結局、閻魔は小町にどうして欲しいのか。
罪を告白せよと言うが、小町にはその記憶がない。
「だからあなたの罪は、あなたの言葉で語られなければならない。そうでなければ、裁くことはできません」
閻魔は喋りながら閻魔帳を閉じて、壇上から降りてきた。
小町の目の前に立った閻魔は、その威厳からは考えられない程小柄で、小町の顔を見上げるくらいだった。
「生前にあった事を思い出すまで、ここに滞在しなさい。あいにく客間はありませんが、ゆったり落ち着いて考えを巡らすくらいの事はできるでしょう。好きな場所で、好きな事をするといい」
それだけ言い残すと閻魔は部屋を出ていった。
閻魔のいなくなった大きな部屋の中を見回した。いくつかの扉が目に入る。
小町はその中から、何も考えずに一つの扉を選んで、その先に進んだ。
池だ。
屋敷の中庭に通じる扉だったらしく、青空は見えないが天井が吹き抜けていた。
相変わらず渇きを潤せないでいる小町は、無意識の内に池の畔に座って水を掬っていた。
この水は掬える。
ほんの少しだけ笑顔になった小町だが、その水を口にした途端咳き込んで水を吐き出した。
「しょっぱいでしょう。その池は人々の涙で出来ています」
振り返ると、一変して明るい表情の閻魔が後ろ手を組んで立っていた。
親しげに歩み寄って小町の隣に腰を下ろす。
「現世で罪が生まれると、罪を犯された者、そして罪を犯した者がたくさんの涙を流す。ここにはそんな涙が集まって来ているのです。・・・この庭は、罪というものの罪深さを感じさせる」
閻魔が広大な池の向こう岸をぼんやり見つめた。
小町も池の全域を見渡す。とても広い池だ。
これが全て人の涙なのか。
そんな涙の池を見ていると、妙に胸が締め付けられる。
また小町に一滴の記憶が蘇ってきた。
涙。
獣を殺した時よりも、あの涙を見た時の方が、よっぽど罪深さを感じたんだ。
初めての仕事を終えて、あたいは首のない鼬を家に持ち帰った。
家には病を患った母ちゃんが待っている。
都の方で疫病が流行っていて、それが母ちゃんにも移っちまったんだ。
死んだ父ちゃんの代わりにあたいが働く事になったのも、病の母ちゃんを養う為だ。
でも、返り血を全身に浴びたあたいの姿を見て、母ちゃんはいきなり大声を上げて泣き出した。
ごめんよ、母ちゃんが働かなくちゃいけないのに、お前に辛い事をさせてごめんよって・・・。
「母ちゃんを泣かせました。・・・これは罪ですか?」
「そうですね。でもあなたが母親を泣かせたのは、母親を想っての行動からです。更にあなたはその事を罪に感じ、反省している。それも罰するには値しません」
小町は膝を抱えて座り直し、遠くを見つめた。
これも閻魔の聞きたがっている罪ではないのか。
「閻魔様は私がどんな罪を犯したか見たんですよね」
「ええ。でもそれだけではあなたを裁けない。なぜあなたがあんな事をしたのか、それを知らなければ」
「それを教えてはもらえないのですか」
「事実だけを客観的に教えても、あなたが真にそれを思い出す事はないでしょう。・・・焦る事はありません。ゆっくりと自分の力で思い出してみてください。全ての記憶が戻った時、裁きを再開するとしましょう」
閻魔は莞爾として立ち上がり、庭を去った。
閻魔の言う事を信じるならば、小町は何らかの罪を生前に犯している。
だが閻魔とは罪人に対してあのような笑顔を向けるものだろうか。
もしかすると、小町に何かを期待しているのかも知れない。
「全ての記憶・・・ね・・・」
確かに少しずつ記憶が戻ってはいるが、最後に一つ、大きな穴が残っている様な感じがある。
あの船頭は、魂が記憶を失うにはそれなりの事情があると言った。
生前の小町の身に起きたそれなりの事情とは何だろうか。
それは、忘れておいた方が良いような事情だったのではないだろうか。
この最後に残ったと思われる大きな記憶の穴が、それではないだろうか。
無防備に全てを思い出してしまって、本当に良いのだろうか。
この世界には昼も夜もない。
明るいでもない、暗いでもない時間だけが延々と続いていて、小町には何日くらいが経ったのかも分からなかった。
感覚的に、一日や二日ではないことは確かだ。
だがあれ以来、小町は新たに記憶を取り戻していない。
最後にぽっかりと開いた大穴だけが、未だに残っていた。
「記憶を取り戻すのが、怖いですか?」
「分かりません。でも、忘れていた方がいいから忘れているんじゃないかって思って・・・」
小町は相変わらず涙の池の畔に座って、時々水面に現れては消える波紋を眺めている。
また一粒、涙が流れたのか。
閻魔は最初に会った時とは違う慈愛に満ちた瞳で、そんな小町の後ろ姿を見つめた。
小町の頭を軽く撫でて、次に後ろから柔らかく抱き締める。
「怖れる必要はありません。信じて下さい。生前のあなた自身を」
耳元で囁く優しい声が心地良い。
背中から閻魔の温もりが伝わってきた。
人を裁く閻魔が心に持つ、人を愛し罪を愛する温もり。
温かい・・・母ちゃんに抱かれてるみたいだ。
そうだ、あたいは母ちゃんに甘えたかったんだ。
返り血を浴びた姿は母ちゃんを悲しませる。
でも仕事をやめる訳にいかないあたいは、返り血を受けずに獲物の首を切る努力をした。
母ちゃんごめんよ。今日は獲物が捕れてなかったよ
どんなに大猟だった日も、そう言って綺麗な服のままで家に帰ると、母ちゃんは嬉しそうにあたいを慰めた。
そのまんま、十年くらいを生き抜いてきた。
でも母ちゃんの病気は、日に日に悪くなっていった。
そしてある日突然、母ちゃんは狂ったように苦しみだした。
苦痛に喘ぎながら、呻くような声で母ちゃんは言った。
小町、その首切り包丁で母ちゃんの首を切っておくれ
母ちゃんは、あたいの嘘を見抜いていたんだね。
あたいが本当は毎日獲物を殺してるって知っていたんだね。
娘のあたいにそんな事をさせたくないって思って・・・
それで、苦しむ振りなんてしたんだろう?
母ちゃんがあたいの嘘を見抜いたように、あたいだって母ちゃんの嘘は見抜くよ。
娘のあたいに獣の血を浴びせたくなくて、母ちゃんはあんな事を言ったんだよね。
でも母ちゃん、ごめんよ。
獣の首を切る為の包丁で、母ちゃんの首は切れなかったんだ。
だからあたいは、母ちゃんの首を絞めた。
一思いに首を切られれば、苦しい思いをせずに済んだろうに。
それでも母ちゃんは、あたいの最後のわがままを喜んで受け入れてくれた。
母ちゃん、ありがとう。
大好きだよ。
あたいは母ちゃんの亡骸に寄り添って、母ちゃんが昔よく歌ってくれた子守歌を歌った。
もうそこから動きたくなくて、ずっと母ちゃんの側を離れなかった。
水も飲まないから、だんだん声が掠れていったけど、あたいは歌い続けた。
母ちゃんの胸に手を当てて。
冷たくなった母ちゃんに温もりを感じて。
夏の暑い夜、魂まで干涸らびて、あたいは死んだんだ。
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「すべて、思い出しましたね?」
閻魔が腕をほどいて立ち上がった。
小町の瞳から零れた綺麗な雫は涙の池には注がれない。
「・・・母ちゃんの首を絞めて殺しました」
閻魔の質問に対して、小町が抱えた両膝で泣き顔を隠しながら答える。
「なぜ殺したのですか?」
「母ちゃんがあたいの為に命を擲つ事を望んだから。子供の頃から母ちゃんを泣かせてばかりだったから、最期に親孝行をしようと思いました」
「では、なぜ母親の望み通りに首切り包丁で首を切るのではなく、首を絞めて殺したのですか?」
「獣を殺す道具で母ちゃんを同じようにしたくなかったからです」
「それによって、母親は首を切られるよりも苦しい死に方を味わいました。それを承知の上で首を絞めましたか?」
「はい。わがままだったと分かっています。でも、最期に母ちゃんに甘えたかったから・・・母ちゃんもそれを喜んでくれました」
「では最後の質問です。今あなたが答えたそれらの事共を、罪だと思っていますか?」
「・・・いいえ」
最後の質問に対して小町は立ち上がって姿勢を正し、閻魔の深い瞳を真っ直ぐに見つめて、もう一度はっきりと答えた。
「いいえ」
急に辺りが暗くなった。
「残念です」
小町の真っ直ぐな瞳から一時も目を逸らさず、閻魔は続ける。
その顔は、最初に会った時の冷徹な表情に戻っている。
「最初に言ったはずです。己の罪を悔い、改めたいという心があれば、人はいくらでもやり直せると。でもあなたは己の罪を罪とも思わず、微塵程も悔いていません。このような場合、私はあなたに地獄行きを命ぜざるを得ない」
「構いません。親を愛する心が罪だと言うなら、私は大罪人です」
「非常に許し難い。親を殺害して反省の色も見せず、剰えそれを愛だと言い切るあなたは、六道輪廻にすら値しません。よって・・・」
スッと閻魔の顔に温かみが差した。
「よってあなたには、ここに残って三途の川を渡す船頭として永遠に働く事を命じます」
「・・・え?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
地獄の責め苦をも覚悟していた小町だったが、予想だにしていなかった裁きに動揺を隠し切れない。
「今船頭を頼んでいる者がそろそろ隠居をしたいと言ってきているので、ちょうど次の担い手を探していたのです。あなたは自らが犯した罪を、私の下で働く事で償いなさい」
閻魔の笑顔に事の次第を察した小町は、急に可笑しくなって口元を緩ませた。
閻魔様のお裁きにも情け容赦などと言うものが存在するのかと。
「つまり死神って訳か。こいつはあたいにお似合いだ。・・・でも閻魔様、その話はお断りさせていただきます。私はもう働かないでいようと思うんです。私が働くと母ちゃんが悲しい顔をする。それこそ罪です」
小町の返答に、閻魔は更なる微笑みで答えた。
「あなたは、真面目なのですね。でも残念ながら、私の裁きは一度下りたら決して覆ることはありません。働くと母親が悲しむと言うのなら、三途の渡しを趣味とすればいいでしょう。あなたの気の赴くままに、魂を運びなさい」
それ以来小町は、閻魔の下で三途の川の船頭として、たくさんの魂を運んでいる。
小町は三途の船頭が好きになった。
舟を漕ぎながら、乗せた魂がどんな人生を歩んできたかを聞くと、人それぞれに様々な事情があって非常に興味深い。
たくさんの魂と会う内に、最近では生き様を見れば死んだ後の性質が分かるようになってきて、更に楽しみが増えた。
だが小町は、母親の事を思い出すと、少し仕事の手を休める事にしている。
小町の事をサボり癖があると言う者もあるが、特に気にしていない。
小町の働く姿は、母親を悲しませる。
それは償いようのない罪だ。
涙の池の水面を揺らさないよう、今日も小町はサボり続ける。
了
おもしろかた
小町が見抜いた母ちゃんの嘘のほうはちょっと何のことだか分からなかったけど
む? このお話の下敷きはかの名作『高瀬舟』なのだろうか。
うんうん、映姫様もたまには大岡裁きがしたくなるんだよ。
小町が船頭になるってのもなかなかエスプリが効いてるよネ、善きかな善きかな。
……って、おいィ? こまっちゃんの照れ隠しだと信じてるけど後書きおいィ!!
彼女の肉体年齢が19才なのは同意するけど、やっぱり後書きおいィ!!
こんな小町の過去話もアリだ。
さて、「高瀬舟」ですが・・・
本作品を具体化するにあたって、「高瀬舟」が頭にまったくなかったと言えば嘘になります。
ただ結論から言えば、本作品は「高瀬舟」のオマージュのつもりはありません(パクリだろとは言わないでね)。
安楽死を題材にした作品は世の中に氾濫しているだろうし、まあ連想はされないだろうと思っていたのですが、
「船頭」ってキーワードもガッツリかぶってるんですね・・・気づきませんでした・・・。
まあ本作品のテーマとして「安楽死」はフェイクでしかないので、よしとしてくださいな。
テーマは「親子愛」です。うん。
ところで、小町の肉体年齢を勝手に十九に設定したのにはちゃんと理由があります。
十八でも二十でもだめで。
興味があったら考えてみてください。