Coolier - 新生・東方創想話

冬は桜と咲き乱る

2022/09/24 01:54:49
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 冬の白銀色の雪山──その中心、雪の一際濃くなっている部分には、春の忘れ物が一つ、冷たく置かれていた。



 季節はもう皐月だと言うのに、山の斜面では未だ雪が降り続けていた。例年通りの大きさほどの雪の結晶が、昼の陽の光を反射してキラキラと白く輝く。辺り一面が雪だというのに、不思議とほんのり暖かい。

「なんでこう、冬の妖怪が冬を満喫しているだけであんな目に遭わないといけないのかしらね」
 三十分前、「紅白の巫女」にのされたレティ・ホワイトロックは不満げに呟く。そして同時に彼女は、この不気味な周囲の暖かさにも少し嫌気が差していた。
「長かった冬もようやく終わりかしらね。全く、人間ってばせっかちなんだから」
 彼女は続けてそう嘆く。言葉には彼女自身が溶け込んでいるようであった。
 冬の終わりは雪女の終わり。季節は移り変わり、彼女の存在も来年まで忘れ去られる。そんな彼女とは対照的に、人間達は春を望んでいることくらい、彼女は知っていた。知っていて、受け止めていたけれど、それでも淋しさを感じ取らずにはいられなかったのであった。
 ぬるい北風が吹き抜け、彼女の思案は周囲の不気味な暖かさへと移る。この暖かさが、あの陽気な「紅白の巫女」が持ってきた僅かな春のせいであるのなら、この降り積もった白い雪たちは、寂しいことだがじきに解けて無くなってしまうだろう。あるいは──この暖かさが、あのひんやりとした「青色の氷精」がいないおかげであるのなら、むしろ今はもう少しだけ、独りでこの暖かさに浸って居たいと彼女は思う。あの氷精の存在を素直に好きになれないのは、冬の妖怪らしい冷たい心の持ち主だと言う事なのだろうか。

「『手の冷たい人は心が温かい』なんて言うけど、その理屈だと北国に住む人は全員心が温かい人ということになるのかしらね」
 彼女は雪に向かって嘆息を漏らす。白い息は口からこぼれ、そのままゆっくりと辺りの白さに溶けていく。この一面の白い雪が私を冷たくしてしまうなら、このまま暖かくなるまで居座って、たまには春を迎えてみたいとも彼女は考えていた。だが──

「生憎、私は冬の妖怪。雪の結晶さんたち、ごめんなさいね。春に忘れられた私たちは桜を見ることはできないの」
「レティ、何言ってるの? 桜ならそこに咲いてるじゃん」
 背後から聞こえた明るい声に彼女が振り返ると、そこには冬を満喫する氷の妖精、チルノが立っていた。夏とは違って長袖に身を包み、首にはマフラーを巻いている。そんな彼女を見ていると、レティは季節が冬であることを思わされ、寒気に体をぶるりと震わせる。手に息を吐く。真っ白な息が上がる。やはりこの寒さこそが求めていたものだと、冬の大好きな彼女は独りでに納得した。

「あら、誰かと思えばチルノじゃないの。こんな時期に桜なんて咲いているわけないじゃない。花芽形成は春が近づいて日照時間が長くなることで行われるのよ。つまり春が来ないなら陽も長くならないし、当然花も咲くわけがない。そんな当然のこともわからないなんて、本当にあなたったら──」
「もう、そんな難しい話なんてどうでも良いじゃん! ほらあそこあそこ!」
 馬鹿ね、と言おうとした矢先、チルノがそれを遮って指を指す。指の向かう先には、確かに桜色の小さな花が咲いていた。それは初め弱々しく見えたが、同時に力強さも溢れ出ているようで──

「……おかしいわね。もしかして私、あの巫女に目と頭までやられたのかしら? それとも本当に桜が咲いてるの?」
「だーかーらー、本物の桜だってば! レティも近付いて確かめてみたら?」

 彼女は言われる前から体を桜の方向に動かしていた。桜の前に立ち、小さな花弁にうっすらと降り積もっている雪を払うと、花の近くに別の花芽が出ていることにもようやく気が付く。
「どうやら私の頭は狂っていないようね。安心した。つまり、気が狂ってるのはこの寒い中咲く桜の方みたいね」
 冗談交じりにレティは呟く。初めて見る桜に胸を躍らせながらも、折角の春桜との邂逅が「狂い咲き」のものであったことに、「まとも」な彼女はほんのりと残念さを感じる。

 しかし一体、どうしてこの冬景色の中で桜が咲いたのだろうか。彼女の思案の向かう先は、すっかり妖精から桜へと移り変わっていた。確かに例年なら桜が咲いていてもおかしくない時期であるし、なんなら咲き終わって次の春へと準備を始めていてもおかしくはない時期である。雪に埋もれていただけで、実際は雪の中で花を咲かせていたのだろうか。凍えそうな思いをしながらも健気に咲く桜のことを思い、彼女は再び嘆息を漏らす。白い息はすぐに辺りへと溶け込んでいった。

「桜って目がついてないからさ、この冬景色の中を春だと思って間違えて咲いちゃったんじゃない?」
 目を輝かせながらも真剣そうな顔でチルノは叫ぶ。

「残念なことに、桜は狂ってはいても、あなたと違ってそんなに馬鹿じゃないわ」
「あたいも桜も馬鹿じゃないもん!」
 桜を見ながら指摘するレティに、チルノは馬鹿の一つ覚えのようにすかさず反論する。しかし同時に、雪の中で花を咲かせるよりは、間違えて冬に花を咲かせる方が現実的ね、ともレティは感じていた。この頭の弱い妖精よりも馬鹿らしい考えをしていたことに静かに赤面する。


 「馬鹿」なのではなく、「狂っている」だけか──


 馬鹿な考えをした彼女は、目の前の狂った妖精に向き直る。チルノはわくわくした顔で桜とレティの顔を交互に嘱目していた。恥ずかしさを隠すように少し大きな声になりながら、やはりうつむきがちになってレティは急いで言葉を紡ぐ。

「まあでも、間違えて咲くってこともなくはなさそうね。他に可能性があるとしたら──桜も冬を満喫しにきた、ってところかしら?」
「冬はキレイで楽しいからね! 桜さん、普段春にばっかり咲いてて飽きちゃったでしょー?」
 チルノは小さな花弁に向かってにやりと笑う。可憐で生命力を感じるこの妖精の笑顔は冬に似つかわしくないと感じて、レティはつい目を逸らしてしまう。視線は自身の掌に向く。しかしそれも刹那、彼女は思い返したようにチルノの方に視線を戻したのだった。
 それもこれも、彼女は先ほどこの妖精が「冬は楽しい」と言ったことに頭を巡らせていたのである。彼女はこの妖精をなんとなく「夏の妖精」と捉えていたが、その認識が誤っていたことに気が付く。普段冷気を操るくらいで得意げになる、ちょっと短絡的で馬鹿正直な彼女にも冬への愛はあるということに、この時の冬の妖怪は素直に嬉しさを覚えていた。


 せっかちなのは人間だけじゃなく植物もなのかもしれないし──妖怪もなのかもしれないわね。


 そんなことを思いながら、彼女は視線を妖精から花弁へと移して──、そしてもう一度チルノへと戻らせた。彼女は依然として周囲の桜にはしゃいでいる。自然と口から感嘆のため息が零れ出た。息はもう白くなかった。

「ねえチルノ。もうじき冬は終わるわ。雪が解ける前に雪合戦の相手くらいならしてあげるわよ」
「ほんとー!? 弾幕勝負なら負けないからね!」


 雪景色の中、握りこぶしほどの白い弾がキラキラと輝きながら辺りを飛び交う。いつしか上から降る小さな白弾は消えて行き、横向きに降る白弾だけが残されていった。その弾が飛び交う空間の外縁には、青い人影が二つほどと、幾つかの小さな桜色が散り散りと見えていた。

 ──気が付けば陽は西に傾いており、辺りに黄昏色の温かな光が降り注がれて始めていた。たちまち白色の面積は減っていき、辺りは橙色で塗り尽くされていく。が、そう思ったのも束の間、橙色の面積は解け減っていき、辺り一面は桜色で埋め尽くされていった。冬は枯れ、ようやく幻想郷にも開花の季節が訪れるようであった。



 春の薄紅色の桜山──その中心、桜の一際濃くなっている部分には、冬の忘れ物が二つ、温かく置かれていた。
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
良かったです
2.70名前が無い程度の能力削除
情景描写が自分の好みに合っていた。
3.90名前が無い程度の能力削除
美しかったです。
4.100南条削除
おもしろかったです
山の冬景色が目に映るようでした
きれいなお話でした
5.70名前が無い程度の能力削除
情景描写がよかった。ただ話の内容が少し薄いと思った
6.80福哭傀のクロ削除
風景描写はとても美しかったと思います。
ただ論理というのか比喩表現だったり説明の理屈がなんだか作者さんの感覚と噛み合わないところがありました。
雰囲気を楽しむ作品としてとても上手だと思います。
7.100東ノ目削除
情景描写が素敵でした