Coolier - 新生・東方創想話

友達のつくりかたとQED Demonstrandum

2010/12/13 00:41:52
最終更新
サイズ
115.82KB
ページ数
1
閲覧数
3039
評価数
26/68
POINT
4570
Rate
13.32

分類タグ


.






 「うー……頭痛いよお……」
「……大丈夫、フラン? 確かに頑張ると決めたけど、焦るのはよくないことよ。今日くらいは休んだら?」
「うーん……大丈夫。少し、ずきずきするだけだから。頭の調子は悪くても、心の調子は何も問題ないよ」

 地下室の小さな宴会の翌日、私とフランは『遊戯室』にいた。フランは生まれて初めての二日酔いに苦しんでいた。これも経験だった。フランはこれからお酒の飲み方も覚えなければならない。痛む頭を押さえながらも、いそいそとスペルカードを持ち出してきたフランが微笑ましかった。
 「じゃあ、今日は少なめに3枚ずつでやりましょう」
「……うん」
私の言葉にフランが緊張気味にうなずく。久しぶり――といっても、たった1日しか間を置いていないが、気分的にはだいぶ長くやっていないような感覚があった――の弾幕ごっこだった。あんな事故の後でもある。とりあえず、今日は短めに弾幕ごっこをして様子を見ようと考えていた。
 スペルカードを握って、『遊技室』の真ん中に立つ。だが、弾幕ごっこはすぐには始まらなかった。フランはうつむいて、右手に握っている自分のスペルカードを見つめていた。
「……フラン、やっぱり、少し不安かしら」
私に指摘されて、フランは気不味そうな顔をする。フランは沈黙していたが、やがて、「……うん」と首を縦に振った。
「ごめん、お姉さま……気持ちが落ち着かないから、もうちょっと待ってね」
「……いいわ、フラン。焦らないで、ね」
弱々しげな微笑を浮かべるフラン。私もフランの言葉にしっかりとうなずいてみせる。今のフランにはゆっくりと進んでいくことが必要だった。
 さすがに、一昨日の事故はフランのトラウマになっているようだった。ここに来る前にも、フランは嫌なことを追い出すように、何度も頭を振っていたのを思い出す。弾幕ごっこが直接的な原因ではないとはいえ、やはり、フランの心のなかで『弾幕ごっこ』という言葉は、重くとげとげしいものに変わってしまったようだった。
 フランは何度も深呼吸をする。でも、フランの顔から不安そうな陰は抜けきらなかった。そんなフランの痛々しい顔を見るだけで、こっちも息苦しくなってくる。とにかく、この一回目を成功させることができれば、フランはまた弾幕ごっこに対する自信を取り戻すことができるのだ。だが、今のフランは盲人と同じなのだろう。たった一歩を踏み出そうにも、自分の足元に躓く石があるんじゃないかと怯えているのだ。だから、私がフランの腕を引っ張ってあげないといけないのだが(もっとも私もフランの能力が再び暴走しないと確証できなかったが、性格がもともと楽天的な私は大丈夫だろうと考えていた)。……うーむ、何か切っ掛けにでもなるようなものはないだろうか。

 相変わらず難しそうな顔をしているフランに目を向ける。すると、私の目に飛び込んでくるものがあった。

 

 炎の魔杖、レーヴァテイン。



 あの、ひしゃげたヒジキみたいな魔法のアイテムが、私の目にとまっていた。

 そして、私はとてもいいことを思いついた。

 「……ねえ、フラン。フランの破壊の能力って、右手を握ることで発動するのよね?」
「うん、そうだけど……それがどうしたの?」
私の突然の質問に、きょとんとした顔をするフラン。私はさらにフランに尋ねる。
「逆に言えば、握りしめない限り、発動しないのよね?」
「うーん、まあ、そうだね。破壊の『目』を右手のなかに移動させても、それを握りつぶさないと破壊できないからね」
破壊の能力は2つの段階で発動する。1つ目、フランが存在の『目』を右手のなかに移動させる。2つ目、フランがその右手のなかの『目』をつぶす。たったこれだけの動作で、何でも破壊できる恐ろしい能力だが、逆に言えばどちらかの段階を阻害することで、フランの破壊の能力を防ぐことができるのだ。
 「じゃあ、こうすればいいんじゃないかしら?」
私はフランのもっているレーヴァテインを指さす。フランも同じように、自分の左手のなかにあるレーヴァテインに目を移動させる。
 私はフランに手を差し出した。それに従って、フランもレーヴァテインを私に渡す。さらに手を出して、フランの右手のなかにあるスペルカードを催促する。また素直に、フランは私にスペルカードを渡してくれた。
 
 そして、私はフランの右手をとり、



 レーヴァテインを握らせた。



 「……あ」

 フランも気づいたようだった。私はフランに微笑みかける。

 「こうすれば、弾幕ごっこ中に破壊の能力を使うことはないんじゃない?」
 
 そう。フランの破壊の能力の発動には、右手を握るという動作が必要になる。破壊の能力の第1段階を防ぐ方法は見つからなかった。これまでの495年間、ありとあらゆる方法を試したが、全部失敗してしまっている。だから、第2段階を封じ込めることを考えなければならなかった。そして、この第2段階を防ぐ方法も難しい。手を握るという、ほんの小さな動作なのだ。仮にフランと敵対したら、防御のしようがない能力だろう。

 だが、フランの協力を得ることができれば、それはどうだろうか?

 フラン自身が、破壊の能力を抑制したいと考えているなら、話は一気に簡単になる。そもそもフランが右手を握らないように注意していればいいし、もし不注意で握ってしまうようなことがあるのなら、右手のなかに障害物を置けばいい。今、私がやったように、フランに何かを把持してもらえば、右手を握りしめることはできなくなるのだった。

 その意味で、レーヴァテインはうってつけだった。 

 神話時代からの神器だ。吸血鬼が本気の力で握っても壊れないほどの頑丈さがあった。

 右手でレーヴァテインを握っている限り、フランは破壊の能力が使えない。

 私は、二度もフランを助けてくれたレーヴァテインと、餞別として与えてくれたお父様とお母様に感謝していた。 

 私はフランの左手にスペルカードを握らせながら言う。

 「弾幕ごっこをしている間はずっと、右手でレーヴァテインを握っていればいいの。それで、スペルカードを左手で扱えばいい。これなら安心でしょ?」

 ……もちろん、この方法は完全ではない。何かの拍子にレーヴァテインを手から離してしまうかもしれないし、あのときのように意識を失った状態でレーヴァテインを握っていられるとは限らないからだ。
 でも、これはお守りのようなものだ。
 破壊の能力に対抗できる、唯一のお守り。
 完全を期すことはできないが、何か対策があることで安心できる、そういうお守りなのだ。今、少しでもフランが安心してくれればそれでいい。再出発の一歩のために、フランの背中を押してあげることができるお守りが必要なのだった。

 フランもこの方法が不完全なのはわかっていた。けれど、レーヴァテインを右手にもって、フランは笑顔になる。破壊の少女は自分から進んで笑顔をつくる。お守りを手にしたフランは、自分の力を恐れない強さを身につけていた。
「……ありがとう、お姉さま。お守り、絶対放さないようにするね」
フランの笑顔で、私も自然と肩から力が抜けていくのがわかった。やはり、フランには笑顔が一番だと思った。
 さあ、そろそろ弾幕ごっこの始まりである。もっと場を盛り上げなければ、と思った。やっと和やかになれたが、まだ弾幕ごっこ前の期待と興奮には至らなかった。弾幕ごっこは楽しい馬鹿騒ぎでなきゃね。私はフランにふざけた提案をする。
 「じゃあ、フラン、決めのポーズを考えましょう」
「……決めのポーズ?」
フランが不思議そうに首をかしげる。私はガキ大将のように胸を張りながら答えた。 
「そう、決めのポーズ。弾幕ごっこは心の戦いだからね。一番目の弾を撃つ前から、勝負はすでに始まっていると言っても過言ではないわ。だから、相手を威嚇するような、決めのポーズをとるのよ」
まあ、実際はそんなことはないのだが。そんなものとろうととるまいと、弾に当たるときは当たるのである。だが、弾幕ごっこは遊びだ。少女同士の決闘ごっこである。戦隊物のヒーローが名乗りも上げずに、敵の怪人に物陰から先制攻撃したら興醒めだろう。戦術的には正しいが、遊びというのは正しいだけではないのである。無意味なものを楽しまなきゃ損ではないか。
 だが、もじもじとフランは赤くなっていた。
「うぅ……でも、決めのポーズって言っても、どんな格好をすればいいかわからないよ……」
フランらしい、初々しい反応である。まあ、地下室に長年過ごしてきた物静かなフランが、こういうことに向かないのはわかっていた。私はフランに適当にアドバイスしてみる。
「うーん、そうねえ……まず、フランの翼かしらね。フランの翼は格好良いからね。大きく広げてみる感じで」
「えっと……こうかな」
私に言われたとおりにフランが七色の翼を広げる。普段、何気なく見ている翼だが、この世の原色を集めてできたような宝石の翼は、畏怖を感じさせるほどに立派だった。
「じゃあ、こんどは脚をちょっと広げてみて。体を広げて、自分を大きく見せるの。フランは脚が長いからね。きっと格好良いわ」 
「こう……かな?」
フランが長い脚をやや開いて、しっかりと立つ。少しだけ体を斜に構えて、フランは私に向き合った。小さな体でも、七色の翼を大きく広げるフランの姿は十分に圧倒感があった。
「次は、腕かしらね……右腕はレーヴァテインを握ってるから、そのままで……左腕を前に突き出してみて。そして、敵を威嚇するように掌を開く」
「うん……」
フランは私に向かって左腕を突きだす。そして、この世のすべてを受けとめるように掌を大きく開いた。
「うん。それで、最後、不敵な笑顔を浮かべる」
「不敵……お姉さまがしてるみたいな感じかな……」
そうして、フランはにやりと、頬を引き攣らせながらも、私がいつもしているように笑って見せた。
  


 大きく広がった、神秘的な七色の翼。

 斜に開き、大股でしっかりと大地を踏みしめる、小さな、だが、真っ直ぐに伸びた体。
 
 どんな敵でも戦ってみせると、伸ばされた左腕。

 自分の力を抑えつけるために魔杖を握った、優しい右手。

 自信満々に、世界を相手に向き合う不敵な笑顔。



 これが、フランの決めポーズだった。



 「うん、格好いい、格好いい」
「……でも、なんか恥ずかしいよ、これ」
顔を赤くして言うが、フランは笑顔だった。フランはこういうことは苦手かもしれないが、決して嫌いではなかった。フランはこういう馬鹿馬鹿しいことでも楽しめる心があった。
 「じゃあ、そろそろ始めましょうか?」
私はようやくフランを弾幕ごっこに誘うことができた。フランはわずかに顔を緊張に強張らせていたが、もう吹っ切ることができたようだ。スペルカードを左手で握り、私と反対側に歩き出す。
「あ、そういえば、お姉さまは決めのポーズとらないの?」
「ん、私?」
「うん。私もやったんだから、お姉さまもやらないとずるいよ」
「んー、そうね。じゃあ、こんな感じでどうかしら?」
私は日本の幽霊がだらりと手を垂らしている感じで、両手首を曲げ、胸の前に置く。それを見たフランは、ぷっと噴き出していた。
「お姉さま、そのポーズ、あんまり格好よくないよ」
「そう? 可愛いと思うけど?」
「うーん、でも、なんか変だよ?」
「変でいいのよ。これは相手を騙すための作戦よ。自分の力を弱く見せることで、相手の油断を誘うの」
「また、いいかげんなこと言ってるー」
「まあね」
弾幕ごっこのための距離をとりながら、私たちは馬鹿話をして笑う。そして、十分な距離になったところで、私とフランは3枚のスペルカードを手にして、決めのポーズをとる。神経と魔力を集中させて、私たちは向かい合った。

 フランが、ポーズ通りの不敵な笑顔を浮かべて言う。

 「じゃあ、行くよ、お姉さま」

 私も笑って答える。

 「来なさい、フラン」



 これまで通り、何も変わらない、楽しい弾幕ごっこ――



 フランは全力で私に襲いかかり、私は全力でフランを迎撃した。













 その日、フランの力が暴走することはなかった。

 フランには何の問題もなかった。

 私たちは無事に弾幕ごっこをやり遂げることができた。












 それから、また1カ月とちょっと、私たちは弾幕ごっこを続けた。

 その1カ月間もフランの能力が暴走することはなかった。

 フランは徐々に弾幕ごっこに対する自信を取り戻していき、また何の心配もなく、弾幕ごっこができるようになった。

 最後の1週間、フランは何度か私に勝てるようになった。それまで私に勝つことができなかったフランは、踊り出すくらいに喜んでいた。そんなフランの笑顔は、これまでに見たことがないほど輝いていた。負けて悔しい気持ちもあったが、それよりも喜びのほうが強かった。フランはここまで成長できたのだと思うと、ぐっと胸が何とも言えない気持ちでいっぱいになった。

 そして、異変の準備も進んだ。

 異変は、あの胡散臭いスキマ妖怪に言った通り、太陽を紅い霧で隠してしまうことに決めた。私の力をもってすれば造作もないことだった。多少大がかりだが、少しくらい派手な方がいいだろう。そのほうが博麗の巫女にもよく伝わるというものだ。

 門番隊とメイド隊の訓練も完成に近づいてきた。咲夜と美鈴の指揮の下、妖精メイドたちは見事な弾幕フォーメーションを作り上げていた。

 咲夜の態度も、あの一件以来、少しずつ柔らかくなっていった。相変わらず仏頂面をしていることが多かったが、だんだん自然な笑顔を見られる機会が増えていった。

 美鈴は今まで通り――というかさらに酷くなってる気がした。淡々と昼寝をしながら、門番長の仕事をしていた。態度を改めるどころか、だんだん悪化していく門番長の姿に(そして、面倒なことに、訓練などの仕事はちゃんとこなすのだ、こいつは)、私は怒るを通り越して呆れてしまったが、今の美鈴の姿こそこれからの紅魔館のあり方なのかもしれない、とふと思った。

 そして、私とパチェは博麗の巫女を迎えるための弾幕をつくった。フランとの弾幕ごっこで、どんな弾幕が素晴らしいか研究した。最高のものかどうかはわからないが、できる限りのものを作ったつもりだ。新しい客を迎えるのが楽しみだった。

 





 紫がテラスにやってきて、早2ヶ月。

 8月の半ば。

 暦は秋に変わり、だが、まだ日が高く、残暑が続く頃。

 異変の準備は完了した。















 異変開始の前夜。

 私はフランの地下室にいた。 

 私たちはテーブルの上にスペルカードをばらまいて、弾幕ごっこの議論をしていた。

 あーでもない、こーでもない。

 弾幕ごっこを始めてから、まだ2か月だったが、私たちはその短い時間で作り上げた独自の理論をぶつけて楽しんでいた。

 弾の速度から、種類、配置。どこに敵が避けるスペースを作り、どうやってそれを隠ぺいするか。どんな弾幕が一番エレガントで、どんな弾幕が最も実戦的か。どのタイミングに、スペルカードを防御のために使うか。他にもいろんなことを話し合った。弾幕ごっこの話題は尽きることはなかった。私はシンプルで確実性のある弾幕が好みなのに対し、フランは一工夫も二工夫もあるような変則的な弾幕が好きだった。性格の違いもあるのだろう。私とフランはよく意見が対立した。でも、フランはいつも笑顔だった。この子は、本当に弾幕ごっこが大好きなのだった。

 私たちは二、三時間ほど弾幕の話をしていた。このままフランと楽しい議論を続けていたかったが、今日の本題は別のことなのだった。私は適当なところで、フランに切り出した。
「フラン、悪いんだけど、しばらく地下室に来れなくなりそうなの」
「え……そうなの……」
「ええ、どうしてもやらなくちゃならない用事があるの。申し訳ないけど、了承してくれるかしら」
異変の最中、私は地上に待機していなければならなかった。すぐに博麗の巫女がやってくることはないだろうが、巫女の襲撃がいつあってもいいように準備をしている必要があった。だが、そんな事情など知る由もないフランは、私の言葉で肩を落としてしまった。見ているこっちが悲しくなるくらい、しゅんとしている。私は慌てて先を続けた。
「そんなにがっかりしないで、フラン。たぶん、一週間くらいかしら? 一ヶ月とかそんなに長くなるわけじゃないから安心してちょうだい」
「……一週間? 一週間で何をするの?」
まさか、異変を起こして、結界の守り手である巫女と喧嘩するとは言えなかった。
「ええっと……それは、フランには話せないわ」
「私に話せないほど大変なことなの? 危険なことじゃないよね?」
フランは追いつめられたような顔をして私の腕につかみかかった。あの事故以来、妹は小さなことでも私のことを強く心配するようになっていた。 私はフランの背中をさすって安心させる。
「大丈夫、危険なことじゃないわ」
弾幕ごっこでは、決して死人は出ない。だから、何も心配はいらなかった。しかし、フランはそれでも切なそうな顔をして私を見続けるのだった。
「……本当に危険なことじゃない?」
「ええ、本当よ」
「……本当に?」
「はい。神に誓って」
私は胸に手を置き、目を瞑って言った。フランはしばらく私の顔を見ていたが、やがて、諦め顔で肩をすくめた。
「……お姉さまが、神に誓って、なんて言っても信用できないよ」
「まあ、悪魔だものね」
「ほんと、人の気持ちなんか考えないんだから…………」
フランは悲しそうに目を伏せる。フランに心配をかけるのが、素直に申し訳ないが、今回だけは許してもらわなければならなかった。健気な妹はやがて顔を上げて、微笑んで言った。
「わかった。待つよ。お姉さまが来るまで、私はここで待つよ」
私さえ勇気づけるような強い笑顔だった。フランは緋色の瞳で私を真っ直ぐに見ながら言う。
「私はお姉さまと契約したんだから。契約は守らなきゃね」
フランはにっこりと笑った。もう何も心配はいらないようだ。私は思わずフランの頭を胸に抱きしめていた。
「……良い子ね、フラン」
「うん」とフランはうなずく。髪を撫でてあげると、フランは心地よさそうに目を瞑った。

 しばらくそうしていたが、時計の鐘が鳴った。帰らなければならない時間が来たようだった。
 私がフランを放すと、フランは名残惜しそうな顔をしながらも、それに従った。
「そろそろ帰るわ、フラン。また今度ね」
「うん、お姉さま、元気でね」
「ええ、あなたも」
テーブルに広がったスペルカードの山から、自分のカードを拾い上げていく。そのとき、一枚のスペルカードが目に留まった。
「フラン、これは……」
私はそのスペルカードをフランに見せる。何も書かれていない白紙のスペルカードだった。それを見つけられて、フランは悲しそうに目を伏せる。
「……うん、私が暴走しちゃったときに使おうとしてたスペルカードだよ。まだ、名前決めてなかったや……」
そういえば、あのとき、フランが最後に使うはずだった弾幕を私はまだ見ていなかった。この1カ月間においても、フランは9枚まで――秘弾『そして誰もいなくなるか』までしか使っていなかった。
「うん。なんか使いづらくて……。使おうと思っても、あのときのことを思い出しちゃって……それで、怖くて……」
フランはうつむきながら告白した。弾幕ごっこの自信を回復できたとは言え、深い傷はまだ消えていなかった。この10枚目のスペルカードは、フランのトラウマのトリガーになってしまったのだろう。
「10枚目、最後のスペルカード――カーテンコールのスペルカードか……」
本来何らかの名前が書き込まれていたはずのスペルカードを見ながら、私は考える。白紙のスペルカードが残っているということは、それが辛い思い出を引き起こす依代であるとはいえ、いつかは使えるようになりたいとフランも考えているのだろう。でも、今のフランにはまだ克服できていないのだ。せっかくの10枚目なのに、使えないのは、勿体無いし、何だか寂しいような気がした。

 私はフランの悲しそうな顔を見ていたが、ふっと、素晴らしいアイディアが思いついた。

 別に益得のあるものではないが、願掛けにはぴったりだった。

 「ねえ、フラン」

 「何、お姉さま?」 


 
 「このスペルカードの名前、私が決めてもいいかしら?」
















 私室の机で、私はフランから預かった白紙のスペルカードを眺めていた。
 
 あの後、私はフランに、このスペルカードについて、いくつか約束をしてもらった。

 ずいぶん多くの約束事だったが、フランはちゃんと聞いてくれた。
 
 まず、このカードをラストスペルにすること。 
 
 これを聞いたとき、フランはとても不思議そうな顔をしていた。

 『私は『そして誰もいなくなるか』をラストスペルにするつもりなんだけど?』

 以前も説明したが、ラストスペルとは、弾幕ごっこの最後に使うスペルカードのことである。弾幕ごっこのフィナーレを飾るスペルであり、使用者が最も信頼しているスペルが選ばれることが多い。フランもまた、一番の自信作、秘弾『そして誰もいなくなるか』をラストスペルにしたかったのだろう。だが、願掛けという意味で、私はこれから私が名前をつけるスペルカードを最後の弾幕にしてもらいたかったのだ。

 次に私とパチェ、そして美鈴以外の相手には、このカードを必ず使うようにすること。
 
 私がそう言うと、フランは真剣な顔をしていた。『私とパチェ、そして美鈴以外の相手』――それはフランにとって、まだ顔も見たことがなく、だが、特別な存在になる人物だった。その誰かが現れたときにこのカードを使うよう、私はフランにお願いした。フランはうつむいて少し考えていたが、

 『うん、わかったよ、お姉さま。その人に出会うことができたら、私はこのスペルカードを使うよ』

 と、真っ直ぐな顔で答えてくれた。

 そして、最後――このスペルカードを使うまで、その名前を見ないこと。
 
 これはまあ、おまけのようなものだ。フランにとって、お楽しみとして秘密にしておく程度の意味合いしかない。私もフランに『開けるまでのお楽しみよ』と伝えた。
 でも、もしかしたら、私の願掛けという意味では一番大切かもしれなかった。
 このスペルカードの名前を唱えることで、フランは世界に宣言する。
 このスペルカードを使う日を境に、フランの新しい世界が始まる。
 私はそのことを確信していた。
 フランもそのことをわかっていたのかもしれなかった。フランは何も私に尋ねることなく、ただ、うん、うん、と素直に私の言葉にうなずいて、了承してくれた。



 フランは私の三つの願い事を約束してくれた。
 

 
 本当に良い子だと、私は思う。



 良い子にはご褒美が必要だ。



 私は机からインク壺を出し、羽ペンを握った。そして、フランから預かった白紙のスペルカードに向かった。

 すでにこのスペルカードの名前は考えてある。フランにしばしのお別れを言う前、どんな弾幕になっているのか、『遊戯室』で見せてもらった(ちなみに、このときは仮の名称として、禁布『フランちゃんは履いてない』を採用させてもらった。フランは嫌がっていたが、あのときの負い目があるのだろう。しぶしぶながら、了解してくれた。顔を耳たぶまで真っ赤に染めて、もじもじしながら、『うぅ……禁布……『フランちゃんは、履いて……ない』……う、うう~……』とスペルカードを唱えるフランは鼻血が出そうなくらい可愛かった)。フランが2番目の自信作というだけはある。最初は小さな弾幕の波紋が緩やかに広がっていく。だが、その波紋は徐々に激しさを増し、空間を揺さぶっていく。最後には爆発するような弾幕の重奏に、敵は飲み込まれて撃墜されてしまう。弾の数で敵と正面対決するという、単純明快な弾幕ではあるが、それゆえの避けづらさと圧倒感、そして、潔さがあった。まさに最後の決戦にふさわしい弾幕だろう。

 そして、羽ペンの先を黒インクに浸しながら、私は別の弾幕について考えていた。



 秘弾『そして誰もいなくなるか』。



 フランがラストスペルにしようとしていた、最高傑作の弾幕の名前について、私は思考を廻らす。

 以前、フランはどんなふうに弾幕の名前を考えているのか訊いてみたことがある。すると、フランは、首を傾げた後、なんとなく、という答えを返した。『禁忌』、『禁弾』という属性名も、最初に考えたスペルカード、『禁忌『レーヴァテイン』』に合わせているからだという。凝り性のフランにしては珍しく、名前にそれほど深い意味は考えていないと言っていた(けれども、この話をしたときのフランは寂しそうな顔をしていた。『そうだよね。やっぱり、変な名前だよね……』と、うつむいて笑っていた。深い意味まではないかもしれないが、決して意識していないわけではないのだろう……)。
 だが、秘弾『そして誰もいなくなるか』については反応が違っていた。フランは少し真剣な顔で考えた後、ふっと表情を和らげ、『……これは内緒にしておくね』と、微笑んだのだった。
 
 秘弾。

 禁忌でも禁弾でもない、秘弾。

 『秘』弾。

 この弾幕には、どんな意味が秘められているのだろうか。
 
 秘弾と聞いて、私にはいくつかの意味が考えられた。
 1つは秘せられた弾という意味での秘弾だ。隠し玉ならぬ隠し弾という奴だ。最終兵器という意味である。フランもこの弾幕が一番の傑作と評していたくらいだから、奥義や決戦兵器としての意味合いも考えられた。
 もう1つは、密室に通じる秘である。秘弾『誰もいなくなるか』は、敵を弾幕の密室に閉じ込めるスペルだ。フランのいなくなった空間で、ただ一方的に弾幕にさらされ、撃墜される対戦相手の姿は、密室殺人に例えられる。フランの姿を『秘』し、密室を作り上げるという意味での秘弾も考えられることができた。
 
 そして、最後の1つ。
 
 フランの想いが秘められている、という意味での秘弾。
 
 私はこの意味の可能性を最も強く考えていた。
 
 もちろん、前者2つの可能性もあるし、他の可能性だってある。私はフランではないから、絶対に正しいことは言えなかった。
 
 でも、私はこの意味が一番強いと考えていた。

 ――秘弾に続く言葉。 

 『そして誰もいなくなるか』
 
 それは、どんな意味なのだろうか?



 『そして誰もいなくなってしまえ』という怒りなのか、

 『そして誰もいなくならないでくれ』という願いなのか、

 それとも、単純に『そして誰もいなくなるのか』という疑問なのか。


 
 『そして誰もいなくなるか』とは、どんな想いを意味しているのだろうか。
 
 私は3つとも、すべて正解だと思っている。
 フランは良い子だった。他の世界にフランが存在するとして彼女たちについては何も言えないが、この世界のフランは、私が確信をもって良い子だと言うことができた。フランは495年間地下室に閉じ込めてきた私たちを受け入れてくれていた。フランは私を気遣う言葉をかけてくれたり、パチェの喘息を心配したり、美鈴の日々の疲れを労わったりすることができた。フランは優しい子だった。
 でも、だからといって、フランの全部が全部、『良い子』だとは思わなかった。
 どんな人間でも、どんな妖怪でも、心の表側があり、心の裏側がある。誰にも隠したいことはあるし、見てもらいたいことはある。
 フランにも495年間の恨みはあるのだ、と私は思っていた。
 そもそも恨みをもたないことのほうが異常だと考えるべきじゃないだろうか。私たちはフランに行動を制限し、自由を奪ってきた。フランはお父様とお母様からも引き離された。ただ三度の食事、そこそこの衣服と本だけを与えられて、ただ生きているだけの人生を生かされてきた。加えて、フランの知能は決して低くない、いや、むしろ高い方だと言えるだろう。やや社会的な知識が足りないところはあるが、私たちとの会話についていくのに不自由したことはなかったし、理科系の学問については、私よりもフランのほうがずっと詳しい。フランは十分すぎるほどに賢いのである。これだけの知的能力があるのだから、フランが私たちを恨まないわけがなかった。

 そして、私は、あのときのフランのことを思い出す。

 私の脇腹を破壊して、瀕死の重傷を負わせたとき、『フラン』が私を睨んでいたのを思い出していた。
 
 あのフランの目は虚ろで、生気すら感じないようだったが、それでも、フランは私を睨みつけていた。『フラン』は魂のどこかで、私に対して怒りを表していたのだと思った。
 そして、私はこう考えていた。
 フランの能力の暴走の原因は、そこにあるのではないか、と。
 フランの鬱憤や怒りが貯まったときに、能力が暴発する。弾幕ごっこを始める前、フランの周りのものが壊れていいたのもそれが原因だったのではないか、と。だが、弾幕ごっこをすることでストレスは解消され、フランの能力の暴走も止んだのではないか。
 でも、弾幕ごっこなどでは無くすことができない、深い憎しみや怒りがあるとすれば、それがあのときのフランの暴走を引き起こしたのではないだろうか。フランの空っぽな瞳の向こう側にある、不透明な狂気の正体とは、永年蓄積されてきた恨みや憎しみなのではないか、と私は考えていた。
 その憎悪と恨みがなぜ、あの弾幕ごっこの最中に暴走したのかはわからないが、そう考えれば、いろいろなことの辻褄が合う気がした。
 そして、能力の暴走はフランの無意識下で起きたことだが、決してフランの意識上のことと無縁ではないだろう。
 その証拠は、フランが自分のスペルカードにつけてきた属性名、『禁忌』、『禁弾』という言葉だ。もちろん、これだけではフランが外の世界への恨みや憎しみを感じていたことの証拠にはならないだろうが、重要な手掛かりには違いなかった。
 フランは自覚しているのだ。
 自分が、外の世界から『禁忌』、『禁弾』の目で見られているということを。
 フランが外の世界を憎んでも、何の不思議もなかった。

 その意味での『そして誰もいなくなってしまえ』なのだと思った。

 自分を迫害してきた外の世界が、私のことをわかるものか、と。

 おまえらなどに、私を理解されてたまるものか、と。

 対戦相手だけを戦場に残して消えてしまうフラン。四方八方から相手を蹂躙するために撃ち込まれる弾幕。

 それは、フランにとって、弾幕ごっこの相手を――外の世界を拒絶する弾幕のように思えた。



 けれども。


 
 『そして誰もいなくならないでくれ』という想いも、存在するのではないか。



 フランは諦めていなかった。

 自分が外の世界に受け入れてもらえることを。

 フランは私たちと同じなのだ。

 495年間、地下室に閉じ込められていても。時に心の病気の発作で苦しむことがあっても。

 人から仲間外れにされれば悲しいし、いっしょにいることができれば嬉しい。

 だから、フランはこの2カ月、頑張ってきた。破壊の能力への恐怖に耐え、人と遊ぶことがどういうことか想像しながら、弾幕ごっこを続けてきた。大きな失敗をしても、乗り越えるだけの強さも手に入れることができた。
 
 これだけの努力をして、フランは弾幕ごっこを受け入れようとしてきた。

 フランは、自分のことを誰かに認めてもらうための努力をすることができた。
 
 だから、『そして誰もいなくならないでくれ』という願いも本当だと思う。 

 そして。

 単純な問いかけとしての『そして誰もいなくなるか』。

 破壊の悪魔として隔絶されてきたフランが、再び世界に受け入れてもらえるか。

 フランは弾幕ごっこを通して、外の世界に出ていくことができるか。

 フランは純粋に、自分を、外の世界のことを試したいと思っているのだろう。

 その答えはフランだけではなく、私たちも同じく望んでいるものだった。

 ……残念ながら、その答えは出ていない。
 まあ、質問とは答えがまだ存在していないがゆえに生まれるものなのだから、当たり前だけれど。
 でも、解答が出るのも、きっともうすぐだ。
 そして、その答えを出すのも決まっていた。
 他の誰でもない。
 フランが自らの力で、答えを出すのだ。

 私はインク壺から、羽ペンを持ち上げる。そして、フランのスペルカードにペンを下ろした。

 フランがこのスペルカードを使うときこそ、正解が示されるときだと私は信じていた。この幻想郷がすべての存在を許すなら、スペルカードルールがフランに本当の答えを教えてくれるはずだった。私はその大切なスペルカードに丁寧に名前を書き込んでいった。

 ――その答えが、フランにとって最高の解答になりますように。

 私は願いを込めながら、真っ白な紙にペンを走らせる。

 「……このスペルカードが、最高の『レッドマジック』になりますように」

 それが、フランを地下室の檻から解放する魔法になることを祈って、私はフランのラストスペルの名前を書きつけた。





















 This game is Curtain Fire Shooting Game.

Girls do their best now and are preparing.Please watch warmly until it is ready.

The border land was wrapped in Scarlet Magic.Girls believe that you solve this MYSTERY.




















 9月半ばを過ぎたころ。

 暑い日々は続きながらも、徐々に秋の赤が幻想郷に色づいてくる季節――私は神社の縁側に腰掛けて、紅白の巫女、白黒の魔法使いとお茶を飲んでいた。
 
 紅魔館では紅茶ばかり飲んでいたが、緑茶も慣れてみるとなかなか美味しいものだ。
 
 巫女の出してくれた煎餅片手に茶を啜る。
「暑いぜ、暑いぜ、暑くて死ぬぜ」
白黒の魔法使い――霧雨魔理沙はそう言って、襟をあおる。 そんなに光の吸収率の高そうな服を着ているのだから、そりゃ暑いだろう。そう思うが、彼女なりのこだわりがあるらしく、彼女は白黒の格好をやめることはないようだった。
「死んだら、私が鳥葬にしてあげるわ」
紅と白のおめでたい改造巫女服の巫女――博麗霊夢が呑気そうに茶を啜りながら言う。鳥葬ってチベット仏教かゾロアスター教だろ。日本人の宗教観念がいいかげんなのはどうやら本当らしかった。
「あら、私に任せてくれればいいのに」
私は牙を魔理沙に見せつけて言った。このおとぼけな会話にもいい加減慣れてきた。魔理沙は手を振って苦笑した。
「あんたに任すのは、絶対にいや」

 異変を起こし、私はこの二人の人間に弾幕ごっこで敗北した。

 本来なら博麗の巫女だけを相手にするつもりだったが、おまけに普通の魔法使いもついてきやがった。まあ、一人だけなら勝てたかというと――どうだろう。勝てた気もするが、勝てなかった気もする。どちらにしろ、私は負けてしまったのだ。
 負けてよかった――などと言うつもりはない。レミリア・スカーレットは負けに甘んずるほど落ちぶれた吸血鬼ではない。選んだスペルカードも手抜きをしたということはなかった。神罰『幼きデーモンロード』から、紅符『スカーレットマイスタ』まで、手加減抜きの弾幕を選んだのだ(ただ、ラストスペルは、げん担ぎの意味を込めて『レッドマジック』にした。より強力なラストスペル用の『紅色の幻想郷』もあったのだが、このスペルカードを披露するのはまたの機会になりそうだ)。だが、結果が勝ちにしろ負けにしろ、出会ったこの二人はとてもおもしろい人間だった。

 なるほど、ここが幻想郷か。

 こんなおもしろい人間、ここ数百年見たことがなかった。
 彼女たちなら、人間でも私たち妖怪と気兼ねなく付き合えていけるような気がしていた。
 あの胡散臭い隙間妖怪が言った言葉もあながち嘘ではないのかもしれない。
 
 私を退治してどうしたかというと、二人の人間は私を宴会に誘ったのだった。
 倒した敵を宴会に誘うなど聞いたことがない。非常識を自認する私でも驚いた。

 『キリスト教じゃどうか知らないけど』と、霊夢は言った。『日本の神様はそんなこと気にしないのよ』
 
 霊夢は誰にも平等な人間だった。『誰』とは人間だけでなく妖怪も含めて、である。強いものにも弱いものにも、誰も拒まず、かと言って、誰かを甘やかすということもしなかった。おもしろいことは笑い、つまらないことにはしかめっ面を向ける。妖怪でも人間でもこんなに裏表のない者は初めてだった。そんな彼女を私が気に入るのにそう時間はかからなかった。

 魔理沙はひねくれてはいるが、その芯は閃光のように真っ直ぐな人間だった。うちの図書館の魔女とひねくれ者であるところは共通しているが、そのベクトルはまったく違っているようだった。 私は彼女にもそこそこの興味を抱いた。魔理沙は短慮軽薄の振りをしているが、賢明で堅実だ。お調子者を気取ってて、その実、極めて慎重な人間だった。

 
 ……彼女たちなら、フランの友達になってもらえるだろうか。


 私はそう思いながらも、彼女たちに妹のことを打ち明けられずにいた。彼女たちを紅魔館に誘ったり、こうして私のほうから神社に行って、自分の半生について語ってみたりもするのだが、 フランのことは、何となく気兼ねして言い出せなかったのだ。ひょっとしたら、友達のつくりかたを勉強しなければならないのは、フランだけでなく、私もなのかもしれなかった。 
 まあ、とにかく第2段階は――『フランドール解放計画』の第2段階は半分以上成功しているのだった。この2人なら、きっとフランと弾幕ごっこを無事にやり遂げてくれるだろう。弾幕ごっこの実力も十分だし、何より、フランを邪険に扱うような性格ではなかった。あとはどうやって、フランと引き合わせるかという課題だけだ。
 
 そして、私は茶碗を傾けながら、2人に知られないように、内心でため息をついた。

 正直なところ、もうフランを地下室に閉じ込めている必要はなかった。フランの心の調子もだいぶ安定してきている。能力の暴走についても、弾幕ごっこを始めて以来、再発することはなかったし、もう心配ないだろう。あとは発作的な情緒不安定という問題が残っているが、それもこれ以上隔離を継続する理由にならない程度まで落ち着いている。紅魔館の外に出るにはまだ早すぎるが、紅魔館のなかを散策する程度のことは、リハビリとして始めてもいいんじゃないかと考えていた。……もはや、フランは危険な存在ではなかった。私はフランは誰からも恐怖される必要などないのだとわかっていた。

 だが、フランとしてはそうはいかないようだった。

 外界は、フランにとって憧れであるとともに、やはり恐怖の対象でもあったのだ。

 外の世界がフランを永い間拒み続けてきた事実は、簡単にはなくならない。フランはまだ地下室の扉を開けるのに、強いためらいを感じているようだ。私も無理にフランを外に連れ出すことはできなかった。

 つまり、フランを外へと誘うきっかけが必要だった。

 そのきっかけとは、私たち以外――私、パチェ、美鈴以外の相手と、フランが弾幕ごっこをすること。

 フランと弾幕ごっこをしてくれる相手を探してくることだった。

 そもそも異変を起こした理由の半分はそれだ。

 そして、今、私はその有力候補を2人見つけることができた。

 ――いいかげん、この2人をフランと会わせなきゃね……

 霊夢も魔理沙も、だいぶ紅魔館に慣れてくれただろう。そろそろいい時分だ、と思いながら私はお茶を啜った。もっとも弾幕ごっこ以外のアプローチをしてみるのも効果的かもしれない。フランが地上に興味を感じるようなものがあればいい。それで、フランが地下室から飛び出すことができれば、問題はほとんど解決する。だが、外の世界への恐怖を上回るほどフランが興味を持ってくれるものが何かはよくわからないのだった。……まあ、とにかく今は、霊夢と魔理沙に協力してもらおう。私が興味を感じたように、きっとフランもこの2人の風変わりな人物を気に入ってくれるだろうと思った。私は、霊夢と魔理沙に、フランを近いうちに紹介することに決めた。

 ふと気付くと、魔理沙が私をじっと見ていた。魔理沙はなぜか怪訝そうな顔をしていた。
「あんた、そんなに家空けて大丈夫なのか?」
ああ、そんなことか、と私はもう一口、茶を啜る。そう言えば、『そんなに』と言われるほど、この神社に来ていたか。確かに異変後は、ほぼ毎日この神社に来ている気がする。
「咲夜に任せてあるから大丈夫よ」
「きっと大丈夫じゃないから、すぐに帰れ」
霊夢が渋い顔をして言った。言葉の半分は私を煩わしく思ってのことだろうが、半分は本音かもしれなかった。
 最近、実は咲夜には少し抜けているところがあるのがわかってきたのだ。咲夜は以前と見違えるほど、物腰が柔らかくなっていた。この2人と知り合ってから、特にそれは加速したような気がする。私の咲夜への見方は、『完璧だが無愛想なメイド』から、『ちょっと天然が入った瀟洒なメイド』に変わっていた。今の咲夜は、すっかり自然に笑うことができるようになり、時々冗談を口にすることもでてきた。
 だが、私は特に心配していなかった。咲夜が天然だとしても、基本的にはしっかり者であることに変わりはない。今日も、紅魔館の午後は、平和につつがなく過ぎていくことだろう。



 突然、雷鳴が鳴った。



 「夕立ね」
霊夢が立ちあがって空を見た。
「この時期に珍しいな」
もう9月になってから、けっこう経つぜ、と魔理沙が怪訝な顔をする。夕立か、面倒くさいなあ、と私は思った。
「私、雨の中、歩けないんだよねえ」
吸血鬼にとって、流水は本能的に渡りたくないものなのだ。だから、吸血鬼は雨の日はおとなしくしていることが多かった。まあ、夕立ならそのうち止むから大丈夫だろう、と考えたところで、私はおかしいことに気づいた。雨が目の前に降ってこないのである。というか、空を見上げると、真っ青な秋晴れが広がっていた。というか、時刻的にもまだ昼をちょっと過ぎたくらいだから、そもそも夕立というのがおかしかった。だが、雷鳴はまだ続いている。どこで鳴っているのだろうと思って、遠くの空を見ると、ほんの一部の場所だけに真っ黒な雲がかかっていた。
 その場所には、私の見なれた館があった。
「あれ、私んちの周りだけ雨が降ってるみたい」
私がそう言うと、霊夢が意地悪く笑った。
「ほんとだ、何か呪われた?」
魔理沙もにやにやと笑う。
「もともと呪われてるぜ」
2人の人間は相変わらずいい加減なことを言っていた。まあ、紅魔館の周りが雨では帰れないのは確かである。私は肩をすくめるしかなかった。
「困ったわ、あれじゃ、帰れないわ」
「あんたを帰さないようにしたんじゃない?」
「いよいよ追い出されたな」
霊夢と魔理沙は実に楽しげだった。こいつらも十分に悪魔だよな、と思った。
 しかし、私は何かがおかしいことに気づいていた。2人の人間が示唆している通り、あの雨は自然現象ではなく、魔法によって降らせたものだった。あんなことができるのは、紅魔館でパチェしかいない。なら、パチェが何かの理由で雨を降らせているということだ。そして、私が紅魔館から追放される理由も思い浮かばなかった。なら、他の目的を、私を帰らせないようにするためではなく、別の目的のためにパチェが雨を降らせていると考えるのが妥当だった。そう思っていると、私はある考えに思い至った。
「あれは、私を帰さないようにしたというより……」
「実は、中から出てこないようにした?」
魔理沙が私の言葉の後を引き継いだ。この人間、やはりなかなか頭が切れる。対する霊夢は再びお茶を傾けながらどうでもよさそうに、「やっぱり追い出されたのよ」、と言った。
 だが、このお気楽な2人と違って、私はこの事態は、存外難しいものではないかと怪しんでいた。私はなぜこんな事態が起こったのか、二人に悟られないように必死で頭を動かしていた。
 紅魔館の吸血鬼は私とフランだけだ。私は今、神社にいる。魔理沙が言ったように、もし雨によって誰かを紅魔館の外へ出られないようにするとしたら、その対象はフランしかいない。あの雷雨はフランを閉じ込めようとするものにほかならなかった。

 ――しかし、どうして?

 私の頭は疑問符でいっぱいになった。フランが自分からあのドアを破ったとは思えない。確かにフランの能力ならあんな扉簡単にぶち破ってしまうだろうが、そんなことをする理由が考えられない。あのフランが扉を破壊して地下室から脱出するような乱暴なことをするとは思えないし、フランが外の世界に出ようとするにしても、十分な動機が思いつかなかった。
「まぁ、どっちみち帰れないわ。食事どうしようかしら」
私は内心の焦りを隠すために、適当につぶやいた。今は神社で雨が止むのを待っているほかすることがない。ちなみに、吸血鬼がなぜ雨が苦手なのかを詳しく説明するなら、吸血鬼は流水が苦手だからである。吸血鬼は流水を移動することを本能的に忌避するものなのだ。これは流水が境界を表しているからと言われている。伝説によれば、吸血鬼は、死体に取り付いた悪霊である。境界を越えて移動すると、吸血鬼の魂は身体である死体から離れてしまうといわれている。それゆえ、吸血鬼は境界を示す流水や海が苦手だった。つまりより正確に言えば、吸血鬼は流水が苦手というより、流水によってつくられる境界的な象徴が苦手、ということになるだろうか。昔から川や海は人間たちの国境として利用されてきたしね。逆に人工的な流水、水道やシャワー、流しそうめん(……なぜか美鈴に門番隊の集まりで付き合わされたことがある)などは平気である。人工的な流水は大規模な運河などを除いて、境界を意味しないからだ。もっとも私やフランなどの吸血鬼は、そんな下賎なアンデッドなんかではなく、ちゃんとした命ある生き物だったが、人間の想像力は私たち妖怪にそこそこ強い影響を及ぼす。私たち吸血鬼は人間の決めた勝手なイメージのおかげで、とかく境界に弱いものになっているのだった。


 ――ん?


 ――境界?


 
 私の脳裏に、ある妖怪の胡散臭い笑いが浮かんだ。



 「仕方ないなぁ。様子を見に行くわよ」
退屈してたところだしね、そう言って、巫女は立ち上がった。だが、巫女の目は何か期待するような光で輝いていた。「楽しそうだぜ」と、魔法使いもいそいそとお気に入りの箒にまたがる。本当にハプニング好きな人間たちだった。
 「それじゃ、留守番頼んだわ」と吸血鬼に留守番を任せて2人の人間は紅魔館へ飛んでいってしまった。悪魔に留守番を任せる馬鹿がどこの世界にいる、と思ったが、ここは2人に任せるしかなかった。

 それにチャンスかもしれない。

 この機会に、あの二人はフランと――

 そこまで考えて、私はようやく全てを理解した。

 そうか、と私は縁側に倒れ込んだ。
  


 再び、頭のなかで、あの憎たらしい女が、扇子の向こうでにやにやと笑っていた。



 そういえば、あのときもフランはおかしなことを言っていた。となると、異変を起こしてからずっと、あの大妖は私の知らないところで動いていたということになる。だとすると、そもそもこの騒動は全部、あいつがやったという可能性が強くなる。いや、そうとしか考えられなかった。そう考えると、すべてのことの理屈が通った。

 私は縁側の上で一つ伸びをし、いまさらのように言った。

 「……ああ、そうか、あいつのこと忘れてたわ、きっと、外に出ようとしてパチェが止めたのね」


 ――まったく、何というお節介を。


 正直、複雑な気分だった。まったくもって、私の完敗だった。


 やれやれ、と起き上がり、私は頬に右手を添え、首をかしげた。
「困るわー、私も、あいつも、雨は動けないわ……」
私は外ではフランのことを習慣的に『あいつ』と呼んでいた。これは私に幽閉された妹がいることを悟られないためだった。外の世界には危険が多い。フランを外敵から遠ざけるための手段だったが、こんな冷たい呼び方に、いつも苦い気分になったものだ。

 だが、私はこのとき、こう思った。
 
 ――もう、『あいつ』なんて呼ばなくてすむようになるのかしら。

 私は、もうすでに見えなくなってしまった、空飛ぶ2人の人間に、願いを託した。





















 
 何というか、とても気に入らなかった。

 自分でも何が不満なのだかよくわからないが、とにかく、気に入らない気分だった。

 いや、原因はわかっている。

 私は寂しいのだ。

 私は読んでいた本を放り投げて、ベッドの上で伸びをした。

 「退屈だなぁ」
 
 私――フランドール・スカーレットは、一人呟いた。
 


 お姉さま、早く帰ってこないかなぁ。


 
 時計を見ると、正午を少し回ったくらいだった。

 あと五時間は帰ってくるまい。それに、その後、ちゃんと私のところに来てくれるとも限らなかった。
 
 私は寝転がったまま、枕元にあった、お姉さまが送ってきてくれた封筒を見る。いつになったら中を見れるんだろうか。そこには私のラストスペルが入っているはずだった。見たい見たいと封筒を見るたびに思うのだが、私は約束だからと、仕方なく自制していた。もし、これで『本気にしてやんの、バーカバーカ』とか書いてあったら、きゅっとして、どかーん、だ。

 この封筒は、お姉さまと約束した日の翌日、ポストに届けられていた。
 
 そして、そのだいたい1週間後のこと。

 お姉さまは見知らぬ2人組と弾幕ごっこをするのを私は見ていた。紅と白の変わった服の女の子と白と黒の魔女の格好をした女の子。お姉さまは私を相手に弾幕ごっこをしていたときよりも、ずっと激しい戦いをしていた。2人も決して弱くはない――いいや、お姉さまと同等に戦うのに十分なほど強かった。紅い満月を背に、いくつもの閃光と爆発が、天上の宝石のように散りばめられた決闘――お姉さまも2人の女の子も、弾幕をぎりぎりで避け、相手の弾幕を弾幕で押し返し、ときとして避け切れずに当たり、それでも耐え抜いて飛び続け、体に生傷をつくりながらも全力で戦った。
 そして、2人の女の子は、お姉さまに勝利した。数で勝っているとはいえ、私がようやく何度か勝てるようになったお姉さまに、見たこともない誰かが勝利したのだった。

 その翌日、1週間ぶりにお姉さまは私のところを訪ねてきてくれた、

 『お姉さまの用事というのは、二人と弾幕ごっこすることだったの?』
 
 私の問いかけにお姉さまはとても驚いたようだったが、お姉さまは微笑みながら、『そうよ』と答えた。

 『私を仲間はずれにして、弾幕ごっこで遊んでたの?』
 
 もちろんそうじゃないのはわかっているが、1週間ぶりにお姉さまに会えた私は、何となくお姉さまを困らせたい気分だった。私がそう口を尖らせてみせると、お姉さまは『ごめんなさい』と謝り、

 『でも、私じゃなければ、ダメだったのよ』

 と、言った。私も子供じゃない。人の都合があるということは理解できるし、きっとお姉さまの言葉は正しいのだと思った。私にはわからないが、あの2人と弾幕ごっこをすることはお姉さまにとって大切なことだったのだろう。
 
 『じゃあ、仕方がないね』

 と私が言うと、お姉さまは『ありがとう。フランは良い子ね』と優しく頭を撫でてくれた。お姉さまの手は相変わらず、私をぬくぬくとさせてくれる手だった。

 そして、お姉さまは強い声で言った。
 
 『フラン、大丈夫よ』

 『何が?』

 『あなたも彼女たちと弾幕ごっこができるようになるわ』

 『…………』

 私の頭を撫でるお姉さまはとても嬉しそうだった。私はただ、お姉さまの綺麗な笑顔を見つめることしかできなかった。

 『絶対だわ』
 
 お姉さまは自信ありげに私にうなずいてみせた。
 


 だが、その日から、お姉さまが私の部屋を訪ねる頻度が前より少なくなった。



 「彼女たちって、あの2人の女の子なのかな?」

 私は頭のすぐ隣を見た。ベッドの枕元に宙にぽっかりと開いた穴――『隙間』があった。

 その『隙間』は、いつの間にか枕元にあったのだった。

 初めて見たのは、お姉さまと約束をした日の翌日である。見つけたときは、実に恐ろしいものだった。空間に穴が開いているのである。危険だと思わないほうがおかしい。気づいたら、まるで最初から存在していたように、ベッドの枕元にそれがあった。こんなところにこんな大変なものがあったら、安心してベッドで寝られないではないか。
 
 このとき、私は久しぶりに破壊の能力を使おうかと思った。この能力を使うこと自体、とても気乗りしないのだが、自分の身を守るためなら仕方なかった。 
 きゅっとして、どかーん、しようかと思って右手を開いた瞬間、『隙間』から聞きなれた声が聞こえてきた。私は右手の上の目を潰すのをいったんやめて、『隙間』に近づいてみることにした。『隙間』の声に耳を傾けると、お姉さまの声が聞こえた。恐る恐る『隙間』を覗き込んでみると、お姉さまの姿が見えた。さらによく『隙間』の中を覗き込んでみた。座り心地のよさそうなソファ、大きなテーブル、壁にかかった絵画や華麗な装飾品の数々。そして、全体的に大きな部屋。私が見ている部屋はどうやら居間のようだとわかった。お姉さまだけでなく、その隣には、銀発でメイド服の見たことのない女性がいた。さらに、姿は見えないが、漏れてくる声から察すると、パチュリーもいるようだった。お姉さまとパチュリーがお茶を飲んでいて、メイド服の人が給仕をしているらしい。しばらくして、お姉さまとメイドの女性の姿が『隙間』の視界からいなくなり、やがてパチュリーの声も遠ざかっていった。
 どうして、こんな『隙間』があるのかわからなかったが、どうもこの『隙間』は紅魔館の居間に繋がっているようだった。

 それから、『隙間』はずっと、居間の様子を映し続けた。私もこの『隙間』を壊すのはやめることにした。大きさも変化しないし(大きくなっていったら、私はこの『隙間』に押しつぶされてしまいそうで怖かった)、危険もなさそうだったから、放置していてもいいかなと思ったからだ。それにこんな小さな窓でも、外の世界のことを知ることができるのが少し嬉しかった。『隙間』には、お姉さまやメイドの女性が映ることがほとんだだったけど、ときどきパチュリーや、その使い魔の小悪魔、美鈴が現れることもあった。なんだか皆のプライバシーを覗き見しているみたいで、申し訳ない気分もあったけれど、お姉さまたちの声を聞くことで、お姉さまと会えない1週間、私は寂しい気持ちをまぎらわせることができた。

 そして、あの日の夜だけ、この『隙間』は、お姉さまと2人の女の子との戦いを映した。私はこの『隙間』を通じて、お姉さまの弾幕ごっこの様子を見ていたのだった。弾幕ごっこが終わって、その翌日からは、また『隙間』のカメラは居間に固定されるようになった。

 それから、『隙間』の登場人物に、新しい2人が加わった。

 お姉さまと弾幕ごっこをした、紅白の女の子と白黒の女の子だった。
 
 弾幕ごっこの翌日、お姉さまは2人を居間に招いていた。ティーポットやティーカップがテーブルに並んでいた。メイドの女性もパチュリーもいる。美鈴はいなかったが、門番の仕事中のようだった。メイドの女性が客人となった2人の少女に給仕を行う。お姉さまは2人の女の子をお茶会に招待したようだった。
 『改めて自己紹介するぜ、霧雨魔理沙だ』
白黒の女の子はそう言ってにやりと笑った。腕白少年のような真っ直ぐとした、自信にあふれる笑顔だった。
『ハルサメ・パスタ?』
『キリサメ・マリサだ。なんで美味そうな名前になるんだよ。というか、おまえ、今わざと間違えたろ……』
銀髪のメイド服の女性と魔理沙という子が仲良く話をしていた。赤いリボンをした子は博麗霊夢と名乗った。霊夢は飄々とした雰囲気の子だった。いついかなるときでも自分のペースを崩さない――というか、守る守らないさえ意識しないで淡々と続けていく、そんな感じの女の子だった。
 お姉さまにずっと付き従っていたメイド服の女性は優雅に礼をして、『十六夜咲夜です。紅魔館のメイド長を務めていますわ』と自己紹介した。

 この人が紅魔館のメイド長――。

 私はお姉さまと初めていっしょにお酒を飲んだ日、紅魔館に新しいメイド長が来たと聞いたことを思い出していた。

 ――優しそうな人だな。

 私はまず、咲夜というメイド長にそんな印象を抱いた。

 霊夢と魔理沙は、お姉さまや咲夜、パチュリーと話をして帰っていった。かなり癖のある二人だったけれど、なんだかんだで楽しそうに笑っていた。お姉さまも楽しそうだった。

 いいな。

 と私は思った。

 私もあの輪に入ってみたいな、と思った。

 それから後も私は『隙間』のことを内緒にして、お姉さまたちの姿を眺め続けた。あの二人の女の子は何度もやってきていた。

 お姉さまが私の地下室に来る回数が減った理由もだんだんとわかってきた。お姉さまはあの2人と頻繁に会うようになっていたのだった。そのこと自体でお姉さまの時間が減っているのもあるし、彼女たちの時間に合わせるために、お姉さまと私で起きている時間がずれていること(私は地下室暮らしだから、これまでもお姉さまたちと生活リズムが違うことがけっこうあった)が大きな理由だった。
  
 お姉さまにもっと私のところに来てもらいたいと思ったが、同時に、私は新しい2人のことにも興味を感じていた。
 
 話を聞いていると、二人は吸血鬼ではなく、人間なのだという。

 私は人間というと、ほとんどイメージがなかった。ただ、私たち吸血鬼が人間の血を摂取して生きているということはわかった。その人間の血は普段は紅茶やケーキの中に入っているらしかった。そういえば、昔、私が人間を狩るのは難しいのではないかと誰かに言われた気がする。私の制御できていない力では人間を生け捕りにできず、殺してしまうらしい。私はそのとき、その意味がよくわからなかったが、何となく悲しい気持ちになったものだ。
 
 これが人間かぁ。

 私は何となく感動していた。見た目は私やお姉さまたちとあまり変わらないのに、私たちの食べ物なのはどうしてだろう、人間はどんな生き物なのだろう、人間は何を食べて生きているんだろう――たくさんの興味がわいた。

 人間に会ってみたい。

 私はそう思うようになった。

 
 だけど、私は地下室に出ちゃいけないしね……

 
 私は地下室の堅く閉ざされた扉を見る。
 私は自分の危険さをわかっていた。私はときどき情緒不安定になるし、自分でもわけもわからないうちに何でも壊す能力を使ってしまう。破壊の能力をもった狂人なんて、どんな怪物よりも危険だ。その危険さはこの前の事件で――お姉さまを傷つけてしまった事件で痛いくらいにわかっている。だから、こうして地下室に閉じ込められているのだし、自分でもそんな危なっかしい存在は外に出ちゃいけないとわかっていた。誰も私に破壊されたくないだろうし、私も誰かを破壊するようなことはしたくなかった。

 でも、外に出たい、という気持ちはだんだん強くなってきていた。

 こんな気持ちは初めてだった。……いや、私が覚えていないずっと昔、同じような気持ちになったこともあるのかもしれない。でも、今の私に、この胸が躍り出すようなわくわくとした気持ちはとても新鮮なものだった。
 
 頭にあの2人の人間のことが思い浮かんだ。
 
 私はあの人間たちのことをもっと知りたいと思うようになっていた。『隙間』から見ていただけで、おもしろい人物だということがわかったし、人間という種族にも興味がわいた。お姉さまが、何度も紅魔館に招待し、自分からも会いに足を運んでいるのだから、間違いなく興味深い人たちなのだろう。
 
 そして、お姉さまとの約束が、いつも思い出されるのだった。

 決して諦めずに頑張る、と約束したあの言葉は、いつも私の心のなかにあった。

 ――私は、本当に外に出てもいいのだろうか?

 そのことを考え続けながら、私はまた地下室の扉に目を向ける。

 私はお姉さまの言葉を信じて、数か月弾幕ごっこをしてきた。それは自分でも、外に出るための練習だと考えていた。幻想郷の人と上手く付き合っていくための方法として、私は弾幕ごっこを練習して、外に出て人と会話する自分のことを思い浮かべてきた。こんな私でも、まだ外の世界に認められたいという気持ちがあったのだ。

 だから、私は自分から外に出る努力を続けないといけない。

 ……でも、それはわかっているのだが、私にはどうしても自信がもてなかった。

 自分は本当に外の世界の人と一緒にいられるのか、上手くしゃべることができるのか、外の世界の人は私を変だと思ったりしないだろうか、何より、外の世界は、この私を、破壊の悪魔である私を受け入れてくれるのか――

 そして、外に出て、私は誰かを傷つけたりしないだろうか。

 そのことを考えるたびに、私は胸が重くなるのを感じた。これ以上のことは怖くて、もう考えられなかった。どこまでも臆病な私は、どうしても扉を押すことができなかった。

 けれども。

 「……でも、出たいなぁ」

 私は自然と言葉を口ずさんでいた。

 それでも、私はまだ外の世界を望むことをやめられなかった。
 
 

 人間と会いたいなぁ。

 人間と遊びたいなぁ。


 そう思って、再び地下室の扉を見ると、















 大きな空間の穴が開いていた。












 
 「え?」
私は度肝を抜かれ、拍子抜けした声しか出なかった。見間違いかと思って、顔をそむけた後、もう一度扉に目を向ける。だが、やはり、そこにはぽかんとした大穴が、扉に出来上がっていた。
「え、ブラックホール? そんな馬鹿な……。こんなわずかな質量しかもたないのにブラックホールになるわけが……」
……落ち着け。私よ、落ち着け。どう見てもブラックホールじゃないだろ。科学的に推理してる場合じゃない。これは何かの魔法でできた空間の穴だ。
「でも、どうして、こんな大きな穴が……」
私は情けないがびくびくしながら、その巨大な『隙間』に近寄った。穴はドアをほとんど飲み込んでしまうくらい大きかった。立ったまま歩いて通り抜けられるくらいだ。穴の向こうには、地下道を思わせる暗い廊下が広がっていた。
「ひょっとして、この穴を通れば、部屋から出られるのかな?」
この向こうに広がっている廊下が、この地下室の外であるという保証はない。もしかしたら別の空間へのワームホールになっているかもしれないからだ。だが、私は奇妙にもその考えを否定する気にはなれなかった。私は少し怖かったが、穴から頭だけ出して、右左と周りの様子を確認した。右にはもう一つ倉庫のように大きな扉があり、左には何かを投函するためのポストがあった。この扉は『遊戯室』の扉で、ポストは私の食事や洗濯物をやりとりするのにいつも使っているポストだろう。私は、この穴が扉の向こうに繋がっていることを確信した。

 「……ちょっとだけなら、大丈夫だよね」

 とりあえず、私はベッドの上のレーヴァテインを取りに戻った。レーヴァテインを右手に握って、再び巨大な『隙間』に対峙する。そして、穴が開いてるだけで他には何も変哲なことはないことを確認し、私は一つ深呼吸をした。穴をくぐり、地下室の外に出る。心臓の鼓動がどきどきと早くなっていた。本当に地下室から出ていいのだろうか、と頭のなかに言葉が響くが、私はもう脚を踏み出していた。ちょっと外に出てみるだけなら、大丈夫、誰にも迷惑をかけるようなことはないから、自分に言い聞かせる。たった数歩前に出るだけなのに未踏の地を冒険しているようだった。
 
 495年ぶりの外かぁ。
 
 なんだか、感慨深いものがあった。。

 一歩足を出し、そして、二歩目を出す。

 

 そして、私は495年ぶりに地下室の外にいた。



 1メートルもない距離を歩いただけなのに、何ともいえない気持ちで胸がいっぱいになる。罪悪感がなかったわけではないが、私は表現できない感動を味わっていた。

 しかし、

















 『警報!! 警報!! 非常事態レベルⅤ! 非常事態レベルⅤ! 最大級の非常事態である! エキストラメイド隊は非常事態配置につけ! エキストラメ イド隊は非常事態配置につけ! これは訓練ではない! 繰り返す! これは訓練ではない! 配置に当たっていないメイドは直ちに指定された避難所へ急行せ よ! 配置に当たっていないメイドは直ちに指定された避難所へ……!」
  


 突然、けたたましい警報が鳴った。吃驚しすぎて、心臓が口から飛び出しそうだった。
 
 「え、えええ……何これ? 私が外に出たから? 私が外に出たから警報が鳴ったの? ……ちょっとこれまずいんじゃない?」
私はすっかり慌てていた。何とか頭を落ち着かせて、状況を分析する。どうやら扉にセンサーがあり、私が外に出ると警報が鳴る仕組みだったらしい。私が暴走して、地下室から脱走することを恐れてつけたものなのだろう。
 
 しかし、最大級の非常事態、か……

 私は少し悲しくなった。たしかに、私の能力は危険だし、みんなからそういう目で見られているとはわかっていたけど、ここまで警戒されているものだったとは。

 ……でも、まあ仕方ないか。
 
 私が少し頭がおかしいのは事実だ。そして、私の能力が非常に危険なのも事実。その2つを合わせれば、私は他の人たちにとって、危険以外の何でもないという真実は簡単に導き出せた。破壊の能力をもった狂人など、きっとどんな猛獣よりも危なかった。

 警報はやむ気配がなかった。私はうるさく鳴り続けているサイレン音を背に、地下室へと身体を向けた。……とにかく、戻ることにしよう。地下室から出たこと自体悪いことだけれど、このまま外にいるよりましだ。悪いことを二回も重ねる必要はないだろう。

 そう思って扉を見ると、





 空間の穴がすっかり消えていた。





 「は?」

 私は唖然とするしかなかった。倉庫のもののように大きな扉は、穴など開いてなく、いかにも頑丈そうな造りをしていた。

 「ちょっとちょっと!? 何これ!? ほんとにどうなってんの!?」
 
 今度こそ私は混乱していた。落ち着け、私、頼むから落ち着け、と頭を抱えながら、自分に強く言い聞かせた。これは一体どういう状況なんだ、と私は自分に問い続けた。


 空間の穴から部屋に出て、戻ろうと思ったら空間の穴が塞がっていて戻れなくなった。
 

 オーケー、実に明快だ。状況把握は完璧だ。
 
 ……いや、完璧じゃないって。確かにその考えは何も間違ってないけど、何の解決法も見出せないじゃないか。しかし、これ以外、何も整理することが思い浮かばなかった。ほぼ身一つの状態で、私は完全に地下室から放り出されてしまったのだ。
 
 ほとほと困って、私はため息をついた。とにかく、何でもいいから状況を打破しないと。私はぽつぽつと薄暗い灯りがついている地下道に目をやった。

 そう思って、何かないかと探していると、


 階段が見えた。


 ――地上に出る階段だろうか。
 
 
 私はそれを見て悩んだ。このままこの地下道にいてもいいだろう。私の予想だと、私が地下室から脱走したことを確かめに、誰かがここにくるはずだった。そのときに正直に扉に開いた空間の穴のことを話せばいいだろう。信じがたい話だろうけど、扉が壊れていないことが何よりの証拠だった。私は破壊の能力を使って部屋から出たわけではないのだから。私がここでじっとしていれば、今回の事件はこれ以上大きくならないのだ。

 けれど。

 私の脳裏に2人の人間のことが浮かんだ。

 あの2人は地上にいた。もしかしたら、地上に出ていけば、あの巫女と魔法使いに会えるかもしれなかった。
 それに、地上にいるのは2人の人間だけじゃなかった。お姉さまもパチュリーも、美鈴も、それから咲夜というメイド長も地上にいた。外の世界にも私の味方になってくれる人はたくさんいた。

 ――どうしようか。

 私は再び、地上へと続く階段を見た。外の世界は、私のすぐそばにあった。
 
 そして、私は、頭の中で先程もした議論を再開する。



 外の世界は私を受け入れてくれるのか。

 私は外の世界に出て、許されるのか。

 私は自分が外の世界に出ることを許すのか。



 ……わからなかった。外の世界が私にとって、どんな存在なのか、私は何も知らなかった。そして、私のなかには、それでも外の世界を見てみたいという気持ちがあった。でも、再び、疑問の声が心のなかに響く。その我がままは許されるのか、と。私は外の世界に関わることさえ、許されないことなんじゃないか、と自分で自分を疑う声が生まれていた。私はその言葉はとても正しいような気がした。

 でも、私の目は、すぐそばにある階段を見つめ続けていた。

 ……確かに、外の世界は私を邪魔扱いするかもしれない。
 
 ――『最初にどちらかから話しかけなければ、人間関係は絶対に生まれてこないのよ』

 私は酒宴のときのパチュリーの言葉を思いだしていた。

 ――『もちろん、両方が同時に動くこともある。でも、必ず、どちらかからの働きかけがなければ人間関係は生じえない――そして、逆を言えば、どちらかから働きかければそこに人間関係が生まれる可能性がある』

 ……もしかしたら、私が動くことで、何か変わるものがあるかもしれなかった。

 そして、優しい声が頭のなかで聞こえた。

 ――『私は、あなたのことを信じてるわ』
 
 お姉さまの言葉が、私の心を強く温めてくれていた。
  


 「……行こう」



 私は地上に向かう階段に向かって歩き出した。

 良い機会かもしれない。地下室から出るのを躊躇うことしかできなかった私が、思わぬ形とはいえ、こうして外に出ることができたのだから。それに、この機会を逃したら、次が来るのは1000年後になってしまうかもしれない。なら、今日だけでも、外の世界がどんなものか、よく見て来ようじゃないか。
 地上に行くと決めただけで、私の心はだいぶ軽くなっていた。わくわくとした気持ちに自然と頬が緩む。私は外に出るには何が必要か考えながら、歩いた。そういえば、吸血鬼って弱点が多いはずだったけど、何だっけ? 確か日光が苦手なはずだった。太陽光を防ぐには日傘で大丈夫だろうか。レインコートなんかがあれば一番なんだけど。まあ、それが必要になるのは紅魔館の外に出てからだから、ゆっくり探すことにしよう。もし、館の外に出られたら、どこに行こうか。そうだ。お姉さまの言っていた神社に行くのもいいかもしれない。でも、私は神社への道順を知らなかった。それも誰かに訊けばいいかな。お姉さまが、外の世界は楽しいこともあるけど危険なこともいっぱいあるって言ってたから、警戒しながら行くことにしよう。

 遠足に行くような気分で、計画を練りながら歩いていると、耳元に、
 


 「忘れ物ですわ」



 と、女性の声が聞こえた。
 
 私は驚いて振り向く。だが、そこには誰もいなかった。

 「……空耳かなぁ」

 私は首をひねりながら、再び階段のほうを向く。

 と、その瞬間、視界に何かが映った。

 私がまた後ろを振り返ると、



 床に私のスペルカードが散らばっていた。



 ……スペルカードは確か、枕元においてきたはずなのに。スペルカードだけじゃない。お姉さまが送ってくれたラストスペルが入った封筒も床に散らばっていた。

 私は呆然とすることしかできなかった。もう、何が何やら完全に理解不能だった。

 ――本当に今日は変なことばかりだ。もう考えているだけで疲れちゃうよ……
 
 私は考えるのをやめた。スペルカードと封筒を拾い、また地上へ向かう階段へと歩き出した。

 でも、スペルカードが手に入ってよかったかもしれない。

 変な出来事だったけれど、私は明るく考え直すことにした。そうだ。スペルカードがあれば弾幕ごっこができるじゃないか。お姉さまや、パチュリー、美鈴の顔が浮かぶ。私は『遊戯室』でしか弾幕ごっこをしてこなかったけれど、外でやる弾幕ごっこってどんな感じなんだろう。

 そして、紅白の巫女と白黒の魔法使いのことを考える。

 ――もしかしたら、あの2人とも弾幕ごっこができるかもしれない。

 私の胸は期待に膨らんでいた。
















 地上に出ると、紅魔館の中はちょっとしたパニックになっていた。

 たくさんのメイドたちが走り回っていた。メイドたちは皆、背中に翼があった。図鑑で見た絵や写真の知識を頭のなかから掘り起こしてくると、彼女たちの種族がわかった。確か、妖精という種族だった。そういえば、お姉さまが、館のメイドのほとんどは妖精だって言ってたっけ。あの警報があったからか、どうやら、妖精メイドたちは全員が全員、大慌てで避難所に向かっているらしい。
 私は物陰から隠れて屋敷の様子を観察していた。
 他の妖精メイドたちとは違う、少し赤い服を着たメイドが、メイドたちの避難を誘導していた。彼女たちは緊張した顔つきをだったが、それでも落ち着いた動作で指示を出している。彼女たちは特別に訓練を受けたメイドなのだろう。
 
 ――ごめんね、皆。

 この事態はたぶん、私が原因だった。私が外に出なければ警報はならなかったのだから。私は心の中で彼女たちに謝った。
 館のなかはとても賑やかなところだった。地下室にいるときは、こんなに大きな物音がしたことはなかった。大きいだけじゃなくて、いろんな種類がある。どうやら、外の世界というのは、たくさんの音が溢れている世界のようだった。たったそれだけのことを知っただけで、私の胸はどきどきと早打ちしていた。
 やがて、私は、メイドたちが避難する喧騒と種類の違う、大きな音が存在しているのに気付いた。
 窓の外を見ると、ものすごい量の水が降っていた。そうだ。これは雨だ。雨は雨でも土砂降りだった。爆発するような音――雷の音も聞こえる。今、紅魔館の外はかなり天気が悪いらしかった。

 ――そういえば、吸血鬼って流水が苦手なんだっけ……

 ついていなかった。せっかくだから、外にまで出ようと思ったのに。これではとても屋敷から出られそうになかった。
 紅魔館の中を歩き回るとしてもなあ、と私はため息をついた。このパニックじゃ、のんびり廊下も歩いていられそうにない。パチュリーもいるだろうし、もしかしたら彼女に見つかるかもしれなかった。というか、パチュリーがこの警報の原因が私であることに気付くのに、それほど時間はかからないだろうと予想できた。見つかったら……間違いなく叱られるだろう。叱られるのは嫌だし、パチュリーに迷惑をかけるのも嫌だった。それに不謹慎だけど、私はもう少し地下室の外にいたかった。見つかるにしても、もうちょっとだけ時間が欲しかった。
 とにかく私はそこから移動しようと思った。ずっとここにいれば、誰かに見つかってしまうだろう。こんな緊急事態に見つかれば、間違いなく不審者扱いされ、すべての元凶は私だと決めつけられてしまう(いや、その通り、私が元凶なんだけどね……)。屋敷に私の顔を覚えている人はパチュリーか美鈴(それから、一応、パチュリーの助手の小悪魔とも面識はあった)くらいだ。今の私は紅魔館にとって正体不明の存在だった。
 私はこそこそと廊下を歩いた。物陰に隠れ、誰もこちらを見ていないことを確認しながら、移動する。幸い誰もが避難するのに夢中で、こんな見知らぬ吸血鬼のことには気が回らないようだった。私は誰にも気づかれず、屋敷の中をあてどもなく歩いた。
 途中、紅魔館の見取り図があったので、それを頭に叩き込んでおいた。何でこんなものがあるのだろうか、と私が不思議に思ったが、ひょっとしたら、妖精メイドたちのためなのかも知れない(妖精はあまり知能が高くないと本に書いてあった。紅魔館の間取りを覚えられない妖精もいるのだろう)。まあ、何にせよ私にはありがたかった。
 今歩いているところは、『ホール』という場所の近くだった。ホールは紅魔館で一番大きい部屋のようだ。部屋というか、施設といったほうが正しいだろうか。きっと何かの行事のときに使うためにあるのだろう。そこにはたくさんの妖精メイドたちが集まっていた。緊急時には避難所の代わりにもなっているのかもしれない。
 私はホールの入り口から、妖精メイドたちの様子をこっそりのぞいていた。

 ――こんなにたくさんの人がいたんだ。

 ホールには数百という妖精メイドたちがいた。こんなにたくさんの人を私は見たことがなかった。私が一度にあったことのある人数はせいぜい、5人か6人だった気がする。わいわいがやがやとホールは妖精メイドたちの声でいっぱいだった。声だけでなく、彼女たちの体温まで伝わってくるようだった。私はそれだけのことに圧倒されていた。
 
 私はホールの景色を見ているのに夢中だった。



 だから、後ろに誰かがいるのに気づかなかった。



 「……誰かしら、あなた?」

 突然、背中から声をかけられた。あまりにも驚いたため、私は扉に頭を打ってしまった。痛かったが、それよりも焦りのほうが大きかった。慌てて後ろを振り返ると、そこにはメイド服を着た銀髪の女性が立っていた。彼女は姿勢よく真っ直ぐに立ち、強い瞳で私を見下ろしていた。
 
 ――この人は見たことがある。

 私は頭のなかにある映像の棚をひっくり返していた。つい最近見たことのある人だ。必死になっている私は、幸いにもすぐに気づくことができた。

 そうだ。紅魔館のメイド長の咲夜だった。

 咲夜は腰に手を当てて、ナイフのように鋭い視線で私を睨んでいた。あまりの威圧感に背筋がぞくぞくと冷えた。この感情は私があまり感じたことのないものだった。じとりと、嫌な汗が額に滲むのを感じる。咲夜の空色の瞳に宿っている感情がどうしてこんなに私を怖がらせているのか、すぐいにはわからなかった。だが、やがて、私は本能のようなものでその正体を理解した。……これは殺意だ。咲夜は殺意のこもった目で私を見ているのだ。殺意という目で見られるのは、生まれて初めてのことだった。

 「――名前を言いなさい」
 
 咲夜は氷なんかよりもずっと冷たい声で言った。私は完全に、彼女の声音に震え上がってしまっていた。……喉が上手く動かない。私は怖くて、何も言えずに、ただ震えていることしかできなかった。
 私が黙っていると、咲夜はじっと私の顔を見下ろしていた。私も彼女の恐ろしい視線から逃げることができず、咲夜の顔を見ていることしかできなかった。
 
 どれくらい時間が経っただろうか。

 咲夜が突然、何かに思いついたような顔になった。咲夜は途端に声を和らげて私に尋ねた。

 「もしかして……フラン様ですか?」

 私は驚いた。彼女は私を知っていたようだ。そして、驚くままうなずいた。

 「うん……フランドール……私はレミリアお姉さまの――レミリア・スカーレットの妹の、フランドール・スカーレットだよ……」

 咲夜の目が丸くなった。彼女もとても驚いているようだった。咲夜はため息をつくように声をもらした。
「……お嬢様の妹君だったのですか……」
咲夜は私のことを知っていても、私がお姉さまの妹だということは知らなかったらしい。咲夜は完全に殺意という感情を蒼色の目から消し、代わりに申し訳なさそうに目を伏せた。そして、そのまま私の前に、膝を突いて頭を下げた。
「……大変ご無礼をいたしました。レミリアお嬢様の妹君であることを存じていなかったとはいえ、メイド長としてありえない失態です。申し訳ございませんでした……」
咲夜の突然の変化に、むしろ私は慌ててしまった。
「そんな……咲夜は悪くないよ。だから、そんなに頭を下げなくていいよ。顔を上げて?」
「……ありがとうございます、フランドールお嬢様」
それでもしばらく咲夜は頭を下げていたが、私がもう一度、「頭を上げて?」というと、「……ありがとうございます」と言って、ちゃんと顔を上げてくれた。咲夜の顔は、さきほどの氷で作ったナイフのような冷たさはなく、代わりに温かい毛布みたいな優しい微笑があった。
 「……そういえば、咲夜は仕事中みたいだけど、今何してるの?」
私がそう聞くと、咲夜は優しい声で、だが、少し緊張感に顔を引き締めながら言った。
「警報がかかりましたから、メイドたちの避難を指揮しているのです。非常事態レベルⅤは紅魔館の存続に関わる規模の危険を想定しています。しかし、何の前触れもな く、こんな事態になるとは……。現在、パチュリー様に先行して調査を行っていただいていますが、私もお手伝いしなければなりません。メイドの避難はもうすぐ完了します。それが終了次第、私もエキストラメイド隊とともに調査を行いたいと思っています」
「……………………」
私は一気に気まずい気持ちになった。こんなところにも私が迷惑をかけてしまった人がいたのだった。というか、私は今、紅魔館中の人たちに迷惑をかけているのだった。本当に、申し訳なかった。咲夜は突然黙ってしまった私が不思議なようで、首をかしげた。
「どうなされました? フランドールお嬢様?」
……私は正直に、咲夜に告白することに決めた。
「……ごめん、咲夜。たぶん――いや、間違いなく私のせい……」
「え?」
 
 私は咲夜に簡単に事情を説明した。私の能力は『ありとあらゆるものを破壊する程度の能力』という、とても危険な能力であること、その能力のせいでお父様さまやお母さま、そしてお姉さまが私を仕方なく495年間地下に閉じ込めていたこと、ここ何カ月かお姉さまから弾幕ごっこを教えてもらったこと、『隙間』からお姉さまや咲夜たちを見ていたこと(「ああ、だから私の名前をご存知なのですね」と咲夜は言った)、それで外の世界に興味をもって、地下室から出たくなったこと、いきなり扉に穴が開いて、それを抜けたら穴が塞がって戻れなくなってしまったこと、そして、せっかくだからと地上を見に来たこと――

 「そうだったのですか……」
咲夜の口からため息が漏れた。咲夜は私の言葉を疑ったりせず、最後まで聞いてくれた。語り終えた私は黙ることしかできなかった。咲夜はしばらく私の顔を見つめていたが、やがて口を開いた。「それでは……フランドールお嬢様はこれからどうなさるおつもりですか」
「うん、そうなんだよね……」
見つかってしまった以上、地下室に戻らないといけないだろう。本来、私はここにいてはいけない存在だ。咲夜もメイド長として、私を見逃すわけにはいかないだろう。だから、私はここで観念しなければならなかった。最後は潔くあるべきだった。
「……地下室に戻ることにするよ」
私は咲夜にそう答えた。咲夜はじっと私を見つめていた。
「扉の開け方がわからないけど、お姉さまもそのうち帰ってくるだろうし。それまで部屋の前で待っていることにするよ。……迷惑をかけてごめんなさい」
私は咲夜にぺこりと頭を下げた。そして、もと来た道に帰るため、咲夜に背を向けた。
 
 だが、

 「フランドールお嬢様、お待ちください」
 
 咲夜が私を呼び止めた。何だろう、と思って振り返る私に、咲夜は優しく微笑んでいた。



 「紅魔館の中でよろしければ、どうぞご自由にご散策ください」



 ……一瞬、咲夜が何を言っているのかわからなかった。咲夜の言葉を理解するのに、私は数秒の時間をかけてしまった。

 そして、咲夜の言葉を飲み込んだ私は驚いていた。咲夜はにっこりして言葉の先を続けた。

 「外よりは狭い紅魔館ですが、ひょっとしたらお気に召すものがあるかもしれませんよ」

 私はしばらく何も言葉が出なかった。咲夜は微笑んだまま私の言葉を待っていた。

 「……どうして、地下室に帰れと言わないの? 私は危険な能力をもっているんだよ?」

 私は呆然として尋ねた。まさか、外の世界の人が、こんなことを言うとは思わなかったからだ。私は咲夜に自分の能力を説明した。咲夜も私の力の危険性を十分理解できたはずだった。それなのに、どうして咲夜は私に地上にとどまることを勧めているのかわからなかった。咲夜は私の前まで来て、再び膝を突き、目線を私と同じ高さに合わせて言った。

 「お嬢様と約束しましたから」

 咲夜の蒼色の瞳が優しく微笑んでいた。

 「お嬢様と、フラン様は優しいお方だと信じると、約束しましたから」

 私はまた言葉を失ってしまった。咲夜は真っ直ぐな目で私を見ていた。

 「私は前々から、レミリアお嬢様からフランお嬢様のことを聞いておりました。レミリアお嬢様がお怪我をされたときです。レミリアお嬢様は人間だったら助からないような、酷いお怪我をしていました。そのとき、レミリアお嬢様から、フラン様がレミリアお嬢様を傷つけたこと、フラン様にそんなことができるような恐ろしい力があることを教えていただきました」

 咲夜は私から目をそらさなかった。咲夜は媚びることのない、誠実な声で言った。

 「そのことを聞いたとき、私は正直恐ろしいと感じました。レミリアお嬢様ほどの強力な吸血鬼に、瀕死の傷を与えるような力です。力のない私など紙切れも同然でしょう。私は恐ろしいと思わざるをえませんでした」

 「ですが、」と咲夜は続けた。咲夜の瞳は、真実の蒼色をしていた。

 「それでも、レミリアお嬢様はフランお嬢様が優しい人だとおっしゃっていました」

 咲夜が微笑む。私はただその素敵な笑顔を見ていることしかできなかった。

 「レミリアお嬢様は、優しいフランお嬢様が自分を傷つけたいなどとは思っているはずがない、とおっしゃっていました。レミリアお嬢様は嘘をついているようには思えませんでした。どれほど、他の人々がフランお嬢様のことを疑っても、自分だけは絶対にそれを否定してやると宣言されました」

 「そして、」と咲夜がにっこりと笑う。紅魔館のメイド長の笑顔は、私を勇気づける力があった。

 「私は、お嬢様の従者です。主君の言葉を信じるのは、従者の務めであり、誇りです。お嬢様の言葉は心から出たものでした。お嬢様のそのお気持ちは、お嬢様にとってこれ以上なく大事なものに思えました。私は、レミリアお嬢様の言葉を信じることを自分の誇りにしてもよいと思いました」

 咲夜は私に頭を下げた。

 「ですから、フランお嬢様が優しい方だと信じることは、私の誇りなのです」

 そして、顔を上げた咲夜は優しく微笑んでいた。

 「あのお嬢様が優しいとおっしゃるのですから。きっとフラン様は天使のようなお方なのでしょう」

 私は何も言えなくなったままだった。ただ心の中がひどく静かなのを感じていた。でも、それは空っぽのような静かさではなく、じんわりと胸が温かくなってくるような、心地よいものだった。

 「……お姉さま、そんなこと言ってたんだ」
「ええ。お嬢様はとてもフランお嬢様を気にかけていらっしゃいました。よいお姉さまをおもちで、フランお嬢様がうらやましいですわ」

 自分の頬が赤くなるのを感じた。
 
 ……すごく嬉しかった。

 お姉さまがそう言ってくれていたということ。

 お姉さまが私のために戦ってくれていたこと。

 この外の世界にも、私の味方になってくれるという人がいること。

 全部のことが嬉しくて、頭がいっぱいになりそうだった。

 私は自分の顔が熱くなっているのがわかった。少し恥ずかしくなって、私は咲夜に背を向けた。
「それじゃ……そろそろ行くね」
「ええ、お気をつけていってらっしゃいませ」
咲夜が立ちあがって、頭を下げる。恥ずかしさに任せて、歩きだそうとした私は一歩踏み出した。けれども、「あら?」と咲夜がまた私を引き止めた。
 「フランお嬢様、お靴はどうされたのですか?」
私は咲夜に言われて初めて、自分が靴下のままだったことに気付いた。私は地下室では靴を履かずに、靴下で過ごしていた。だいぶ前に、破壊の能力で無意識に靴を壊してしまってから、お姉さまに、靴を頼まなかった。外に出ることがないのだから、靴はもう必要なかった。『遊戯室』に出るときに古い靴を履くだけで、私にはあまり靴を履く習慣がなかった(ちなみに、お姉さまたちも私の部屋に来るとき、私と同じように靴を脱いだり履いたりしてくれた)。
「ですが、靴なしだと寒そうですわ」
咲夜に言われると、確かに靴を履いてないのが不快になってきた。そういえば、あまり気にしてなかったけど、ここに来るまでごつごつした床を歩くとき、痛い思いをした。
「少し待っていてください。すぐにフランお嬢様に合う靴をもって参りますわ」
言った瞬間、咲夜の姿がかき消えた。驚いて周りをきょろきょろしてみたが、咲夜はいなかった。だが、数秒後に咲夜がいくつかの箱をもって元の場所に現れた。
「このなかで、お気に入っていただけるのがあると、いいのですけど?」
咲夜が床に箱を置く。私は、咲夜が時間を操る能力を使えることを思い出した。きっと、咲夜はその力で、私のための靴を探しに行ってくれたのだろう。
「だいたい、レミリアお嬢様のサイズでいいですよね?」
「うん。私もお姉さまと同じくらいの大きさだから、大丈夫だよ。でも、もらっていいの?」
「もちろんです。これはレミリアお嬢様が履かれている靴の予備ですから、サイズは合うと思います。レミリアお嬢様も、フランお嬢様が履かれるのなら、お叱りになることもないでしょう」
「ついでに、新しい靴下も持って参りましたわ」と咲夜が、白いソックスを差し出してくれた。お姉さまが咲夜は優秀なメイドだって言っていたけど、それは本当のようだった。私は靴下を履き換えてから、いくつもの箱を開けてみた。靴は青、緑、赤、黄色……様々な色があった。デザインも可愛いものばかりで、まるで廊下に宝石箱が広げられたみたいに見えた。
 甲乙つけがたい逸品揃いだったが、私は、赤い靴が一番印象に残っていた。咲夜に、これにするよ、と伝えようとしたところで――


 


 突然、すさまじい爆発音がした。





 ……あれ?

 私、何かしたっけ?

 驚いて、音源のほうに顔を向ける。咲夜も表情を収斂させて、私と同じ方向を見ていた。
「……爆発ですね。何事でしょう?」
「……うん。何だろうね……少なくとも、私ではないのは確かだけど……」
警戒モードに入る咲夜と、唖然とする私。「少し、情報収集に行ってきます」と咲夜が立ちあがったが、同時に1人の妖精メイドが飛んでくるのが見えた。妖精メイドたちの避難を指揮していたメイドと同じ、赤いメイド服を着ている妖精メイドだ。彼女は私のことに構わず、緊迫した表情で咲夜に報告していた。咲夜は、目を細めて、慎重そうにうなずきながら聞いていた。

 「ふうん。巫女と魔法使いが正面玄関から襲撃……」

 「現在、エキストラメイド隊全隊に緊急召集をかけています。現在、正面玄関に配置されていた第15、16小隊が交戦中です。他部隊は、準備が出来次第、訓練にあったとおり、作戦番号Aで巫女と魔法使いの迎撃に向かいます!」

 咲夜と妖精メイドの会話には、私の心をくすぐるものがあった。



 巫女。

 魔法使い。

 

 心の奥から、ぽかぽかとした興奮が湧き出てきていた。

 「ご苦労さま。私はもう少し、他の妖精メイドたちを落ち着かせてからいくわ。あなたたちは引き続き、任務を実行して」
 咲夜が命令を下すと、妖精メイドは敬礼をして帰っていった。
 咲夜はしばらく考えながら、「……確かお嬢様は神社にいたはず。今、紅魔館には雨が降ってるから、この雨の中ではお嬢様は帰ってこれないわ。だから、霊夢と魔理沙はお嬢様に喧嘩を売りに来たわけではない。図書館の本が目当てだとしても、魔理沙はともかく、霊夢までが攻撃してくる理由が見当たらない。ならば、彼女たちの目的はもっと別のことにあると考えるべき。じゃあその目的は……?」と呟いていたが、やがて、私の目に気づいたようだった。私は咲夜にどんな風に見えたのだろうか。咲夜はなぜか難しい顔をして私を見返していたが、やがて何かを理解したのか、ぽん、と手を打った。
 「ああ、なるほど。フランお嬢様が原因なのですね」
私は咲夜の言っている意味がわからなかった。慌てて、咲夜に尋ねる。
「え? 私が原因ってどういうこと? 誰かが紅魔館に入ってきたみたいだけど、それは私が悪かったからなの?」
対する咲夜は落ち着いていた。咲夜は子供をあやすような笑顔を浮かべながら答えた。
「原因というより、遠因でしょうか? フランお嬢様が直接的な原因になっているわけではないです。どうやら、彼女たちはちょっと誤解しているようですね。あるいは、その誤解の是非を確かめに来たか、です。恐らく、彼女たちは、今の紅魔館の状況をおかしいと思って、調べにきたのでしょう。外をご覧ください」
咲夜が窓の外を指す。外には相変わらず、バケツを逆さにしたような雨が降っていた。
「この雨は今、紅魔館の周りにしか降っていません。パチュリー様が魔法で降らせた雨ですから。これほど激しい雨が、紅魔館の周りだけの、わずかな場所を中心にして降っているのです。彼女たちの用件は、この異変を調べにきたことなのだと考えます」
そうか。この雨はパチュリーの魔法によるものなのか。パチュリーは私が地下室を抜け出したのを知り、応急処置として私を紅魔館に閉じ込めるために、雨を降らせたのだろう。そして、私は雨が非常に広い範囲に降るものだということを思い出した。人工的な雨は小さな面積の場所にしか降らない。なら、それを見た人がおかしいと思うのは当然だった。
 咲夜は苦笑していた――それは馬鹿騒ぎをする友人たちを遠目から見るような、柔らかい笑顔だった。
「いずれにしても、侵略や積極的な攻撃の意志はないと思われます……もっとも、その場のノリで、いきなり戦いを始めるような人間たちですけど」
咲夜の言うことはだいたいわかった。じゃあ、巫女も魔法使いも危険ではないということだろうか?
「はい。放っておけば、彼女たちも飽きて帰っていくでしょう。基本的に彼女たちは無害です。こちらから攻撃をしかけなければ、攻撃してこないものと思われます。彼女たちが何か悪い興味をもたなければ、という条件付きですが。エキストラメイド隊は引き揚げさせた方が……いや、彼女たちはもう遅いかもしれませんね。どちらも戦闘状態に入ってしまったことでしょうし」
「まあ、戦闘といっても弾幕ごっこですから、死人はでませんし、それほど心配はしなくても大丈夫でしょう」と咲夜が締めた。ふむふむ。巫女と魔法使いは最初から紅魔館を攻撃しにきているわけではなさそうだった。厳戒態勢が敷かれている紅魔館に入ってきて、メイド隊に見つかり、なし崩し的に戦闘に入ってしまった、ということらしい。2人が紅魔館に入ってきた理由も私が理由のようだった。ある意味で――というか、ほぼ全面的に私はこの事件の原因だった。
 「……ごめんなさい、咲夜。なんか私、迷惑ばっかりかけてるね……」
私は申し訳なくなって、咲夜に頭を下げた。咲夜は「そんな。フランお嬢様は気になさらないでください」と言ってくれたが、確実に私はいろんなところで迷惑になっている気がする。……少し涙目になってしまった。うう、やっぱり、私は地下室から出てくるべきじゃなかったのかもしれない。というか、破壊の能力以前に、自分がダメな子にしか思えなかった。ため息をつくと、ぎゅっと手を握られた。咲夜だった。咲夜は私を元気づけるように微笑みながら言った。
「フランお嬢様、そんな顔をなさらないでください。お嬢様の愛らしいお顔が台無しです」
「……でも、一番悪いのは私だし……。皆に迷惑かけてばかりだし……」
「……そうですね。確かに今は、そうなってしまったかもしれません。ですが、」
私を見つめる咲夜は大人の微笑を浮かべていた。咲夜は私の手を握る力を少し強めた。

 「誰かに迷惑をかけないで生きていられる人間も、妖怪も、この世界には存在しませんよ?」
 
 私はじっと咲夜を見ていた。咲夜は力強い笑顔を浮かべていた。
「確かに、この世には許されない迷惑も存在しますが、フランお嬢様の失敗なされたことは、何の問題もなく許されるものです。みんな、フランお嬢様のことを知れば、決してお嬢様を咎めようとはしないでしょう。こんなこと、まったく罪悪として数えられることではありません」
「……………………」
「そんなにお気になさることではないのです。安心してください、フランお嬢様」
咲夜はとても優しい目をしていた。
「これからフランお嬢様は、もっと誰かに甘えることを覚えていかなければならないのかもしれませんね」
 咲夜は私の手を離した。
「さて、私もそろそろ行かなければなりません。これからホールの妖精メイドたちのところに、現在の状況の説明に行きます。まずは彼女たちを安心させないと。そのあとに、2人のお客様とも話をします。今回のことについて、彼女たちにも説明しなければなりませんからね」
そして、咲夜は苦笑しながら続けた。
「まあ。話をするだけで終わるとは思えませんが。1回くらい弾幕ごっこに付き合わされてしまうでしょうね」
「彼女たちは本当に強引ですから」と咲夜は肩をすくめた。
「……弾幕ごっこ?」
私は自然と呟いていた。咲夜は苦笑したまま続ける。
「はい。彼女たちの会話の方法であり、解決手段です。決闘というより、遊びなんですけどね。でも、その遊びが幻想郷でも弾幕ごっこが流行りつつあるようです」
「……………………」
私は心のなかに強くて熱い力が生まれるのを感じていた。緊張した時みたいに、私の心臓は早く鼓動を打っていた。頬が燃えてるみたいに熱くなっていた。
「そろそろ失礼します、フランお嬢様。フランお嬢様は、紅魔館の散策をお楽しみください」
「…………」
「……フランお嬢様?」
怪訝な顔をして私を見る咲夜。言うべきか言わないべきか私は迷ったが、口を動かそうとする衝動のほうが強かった。
「あのさ、咲夜……」
「はい」
「私、そのお客様に会っちゃ駄目かな?」
咲夜は目を丸くした。私は怒られるかな、と思いながらも続けた。
「その……私、その2人の女の子のことも知ってて、実はその2人に会ってみたかったの。その人たちがどんな人か、興味があったから……それに、その人たちと弾幕ごっこをしてみたい。その人たちと弾幕ごっこできるか、確かめてみたいの。……駄目かな、咲夜?」
咲夜は驚いた顔のまま、私を見ていた。私も咲夜を真っ直ぐに見返す。断られることを不安に思いながらも、私は咲夜の言葉を待ち続けた。
 咲夜と私はしばらくそうやって、見つめ合っていたが、やがて、咲夜が表情を緩めた。咲夜は、くすりと微笑んで言った。
「なるほど。どうやら、フランお嬢様にとって、とっておきの『遊び道具』が飛び込んできたようですね」
「……『遊び道具』だなんて、そんな風に思ってないよ。でも……」
「いえ、いいんです、フランお嬢様。弾幕ごっこをする相手にはこれくらいの気概でいかなくては」
弾幕ごっこは戦う前から始まっているのよ、というお姉さまの言葉を思い出す。咲夜はまるでお姉さまみたいなことを言っていた。そんな咲夜は、なんだかとても楽しそうだった。
「油断しないでくださいね。彼女たちは弾幕ごっこがかなり上手ですから」
「うん、知ってる。私も『隙間』から見てたもの。全力でいってくるよ」
「ご武運をお祈りしております。でも、無理はなさらないでくださいね」
「うん、ありがとう。それから……えっと、咲夜、彼女たちがどこから来るかわかる?」
私は咲夜に2人の人間がやってきそうな場所を尋ねる。咲夜は指で示しながら、それを教えてくれた。
「そうですね。この廊下を真っ直ぐ進み、あそこの角で右に曲がってください。そうすると大廊下に出ますから。エキストラメイド隊が作戦番号Aで戦っているとしたら、その大廊下に沿って、攻撃をしかけていると思います。彼女たちは攻撃してくるほうに進む習性がありますから、そこで待っていれば、いつかは会えるでしょう」
「エキストラメイド隊についていくという方法もあると思います。でも、彼女たちはフランドール様のことを知らないでしょうから、見つからないように気をつけてくださいね」と咲夜は締めた。……よし、もう訊くことはないかな。そろそろ出発の時間だった。
 「咲夜。じゃあ、そろそろ行くよ」
「はい。私もしばし失礼させていただきます。フランお嬢様も気をつけてください。決して無理をなさらぬよう。しばらくしたら、私もフランお嬢様のところに向かいますね」
「うん。……ありがとう、咲夜。初めて会ったのに、こんなにたくさんのことをしてくれて。……ごめん。本当にありがとう」
そうやって頭を下げると、咲夜は首を横に振った。「何をおっしゃるのですか、お嬢様」と咲夜は私に微笑みかけた。
「私は紅魔館のメイド長ですよ。これからもずっと、フランお嬢様のことをお世話していくのです。この程度のこと、大したことではありません」
紅魔館のメイド長は胸を張って、そう笑った。じんわりと咲夜の言葉がしみ込んでくる。咲夜はこれからも私についてくれるんだ、と思うと、胸が温かい気持ちでいっぱいになった。
 そして、私は思いだす。そういえば、咲夜はこの前からも私をずっと世話してくれてきたのだ、と。顔こそ知らなかったが、私はポストを通じて、咲夜のご飯を受け取ってくれていたのだった。
 私は咲夜に尋ねた。
「ねえ、私のご飯を作ってくれていたのって、咲夜だよね?」
「……そうですが、いかがなさいましたか?」
咲夜は小首をかしげた。私を見送ってくれるメイドの微笑を見ながら、私は最大限の感謝の気持ちをこめて言った。

 「咲夜」
 「はい」
 「咲夜のご飯おいしかったよ!」

 一瞬、咲夜は驚いたようだが、すぐに笑顔を浮かべて「ありがたいお言葉です」と頭を下げてくれた。私はまた咲夜に背を向けた。

 「それじゃあ、行ってきます」
 「はい。お気をつけて」

 私は優しいメイド長に見送られながら、ホールを後にした。











 



 私は咲夜に教えられた通りに道を進んだ。大廊下はすごく広かった。横幅が私の地下室3個分、いや5個分はあるんじゃないか。横幅だけでなく、奥行きも長かった。大廊下は正面玄関から真っ直ぐに伸びている廊下だそうだけど、その玄関が小さく見えた。
 すぐにエキストラメイド隊が見つかった(やっぱり、あの赤っぽい服を着ていたのがエキストラメイド隊と呼ばれるメイドたちのようだった)。彼女たちは全速力で『戦場』に向かっていた。私はメイド隊に気づかれないように、柱の影に隠れながら、彼女たちの後ろについていった。
 飛行の最中、彼女たちは忙しく交信を繰り返していた。その一部が私にも聞こえた。



 「現在、敵は大廊下の3分の1ラインにいます! 第13、14小隊は潰滅! 現在第11、12小隊が接敵、第10小隊が支援に回っています! 」

 「第8、9小隊の投入急げ! お嬢様の留守中に、奴らに好き勝手させるな!」

 「巡回中のパチュリー様が目標に接敵されました! パチュリー様、戦闘開始されました!」

 「パチュリー様の弾幕は巻き込まれる可能性があるから、後方へ下がれ! 今のうちに、隊形を整えろ!」

 「パチュリー様が撃破されました!」

 「くそ、何て火力だ! 後続の第6、7小隊、攻撃開始しろ!」

 「ああ! ジョアン・ルイがやられた!」

 「落ち着け、ジェーン! 指揮を引き継げ!」

 「第2防衛ライン、突破されました! 第4小隊戦闘不能のため、戦線離脱! 第5小隊が交戦継続!」

 「第3小隊、潰滅! 目標が最終防衛ラインに差し掛かります! 敵はすぐ前です!」 

 「ちくしょう、あの紅白と白黒、本当に人間か!? 私たちも戦闘開始だ! 行くぞ!」



 「……………………」
 どうやら、かなり戦況は不利のようだ。エキストラメイド隊は侵入者たちに撃破されかかっていた。

 そして、その交信は私にいくつもの情報を与えてくれた。



 巫女と魔法使い。

 紅白と白黒。

 そして、

 人間。


 
 「……あの2人だ」

 私は、侵入者が『隙間』の向こうにいた2人の女の子だということを確信していた。
  

 ――あの2人に会える。


 気づいたとき、私はより大きく翼を動かしていた。もう我慢することはできなかった。私はエキストラメイド隊が向かった方向へ、夢中になって進んでいた。



 ――人間に会える。



 ――人間と弾幕ごっこができる。



 私の心は弾幕のように沸き立っていた。














 
 私が着いたとき、エキストラメイド隊は壊滅していた。
 
 廊下を飛んでくる2人の女の子を私は陰から眺めていた。

 紅と白の巫女服を着た女の子と、白と黒の魔法使いの服を着た女の子。

 私が『隙間』から見ていた女の子たちで間違いなかった。

 2人の服はほとんど汚れていなかった。ほぼ無傷のまま、彼女たちはパチュリーやエキストラメイド隊の激しい攻撃をかわしてきたのだ。大きな魚が泳ぐように、巫女と魔法使いはゆうゆうと紅魔館の大廊下を飛んでいた。

 紅白の子が白黒の子に尋ねた。
「こんなに攻撃が激しいのは……あの女の子がおかしくなっちゃったから?」
「あー、パチュリーは違うだろ。でも確かに防御が厳しいな。レミリアは神社にいるのにな」
白黒の魔法使いが首を傾げる。「もうちょっと調べないといけないかしらね」と巫女が面倒むさそうな顔をした。「調べるっていいても、私たちのしたことは妖精メイドとパチュリー倒しただけだしな。まあ、何とかなるだろ。咲夜を見つけた方がいいかもな」と魔法使いは苦笑しながらも、答えた。近くで見るとよくわかる。2人の顔立ちは自信にあふれる女の子の顔だった。決して虚勢を張るのではなく、自然体で、いつでも自分という存在を失わないような人。苦楽に溢れる、充実してきた人生を送ってきて、これからもそれに向かって生きていく人――そんな顔をしていた。私は彼女たちの顔立ちに、お姉さまを思い出した。お姉さまも彼女たちと同じ、強い人の顔をしていた。お姉さまがいつも浮かべている、不敵な笑顔が瞼の裏に浮かんでいた。


 
 緊張した。



 私は495年ぶりに、自分から外の誰かに話しかけるんだ。



 ……果たして、彼女たちは私の相手をしてくれるだろうか?



 私はまだ不安を捨てることができなかった。自分でも、うじうじしてるなあ、と思うが、やめられるものではない。私は自分の踏ん切りのつかなさを抱えながらも、戦わなければならなかった。
 彼女が受け入れてくれるか、受け入れてくれないかは、まだ答えが出ていなかった。だって、実際に私は彼女たちから未知の存在でしかないのだから。許容できるか否かの前に、人はそのことについて認知しなければならなかった。

 答えを出す方法は私が彼女たちの前に出ていくことだった。

 だから、今の私に必要なことは、ただ一つ。

 前へ出ていくための勇気だけが必要だった。

 ……私は深呼吸をした。

 右手でぎゅっと、レーヴァテインを握りしめる。
 
 大丈夫、と自分に言い聞かせる。右手のお守りがあるから、私は大丈夫だ、と私は信じた。
 


 『あなたも彼女たちと弾幕ごっこができるようになるわ』



 そして、私はお姉さまの言葉を思い出していた。

 ――もう、私は大丈夫だった。

 そう思うことができた私は、頭を切り替えることができた。今度は、どうやって、彼女たちの前に出ていくかを考える。

 『これは決闘なんだから。格好良くて楽しければ何でもいいの』

 もう一つ、私はお姉さまの言葉を思い出す。

 弾幕ごっこは決闘ごっこ。

 これから、私は2人に決闘を申し込むのだ。
 
 精々、格好つけてやろうじゃないか。

 『弾幕ごっこは心の戦いだからね。一番目の弾を撃つ前から、勝負はすでに始まっていると言っても過言ではないわ』

 『いいんです、フランお嬢様。弾幕ごっこをする相手にはこれくらいの気概でいかなくては』

 お姉さまと咲夜の言葉が甦ってくる。それを耳の奥に聞きながら、私は2人の前に出ていく自分を想像する。



 出ていく時は、颯爽と。

 決めのポーズと前口上も忘れずに。

 お姉さまのような不敵な口調と笑顔で。


 
 ……うん、問題ない。

 そして、私は最後に、自分の持ち物を確認する。9枚のスペルカードと1通のスペルカードの入った封筒。私は、9枚目の秘弾『そして誰もいなくなるか』と、お姉さまのくれた封筒を少しだけ見つめ、ぎゅっと右手でレーヴァテインを握った。





 そして、私は大きく翼をはばたかせ


 


 「甘いわ、そこの紅白、白黒!」





 私は2人の人間の前に飛び出した。 





 「……他にもおかしな奴が居るのね」

 紅白の子が私の声に反応する。白黒の子も私のほうを見た。


 「おまたせ」

 私は二人に向かって、決めのポーズをとり、不敵な笑顔を見せてやった。
 
 
 紅白の巫女と白黒の魔法使いは訝しげな顔をして私を見ていた。2人そろって、あんた誰、と私に訊く。


 私はにやりと笑ってみせた――格好ついているだろうか、と少し心配になりながら。


 「人に名前を聞くときは……」

 私はそちらから名乗れ、と示した。ああ、私、と白黒の子が自分を指差す。そして、その子は自信満々に笑った。

 「そうだな、私は博麗霊夢。巫女だぜ」

 私は思わず、空中でずっこける。紅白の子が白黒の子を睨んでいた。白黒の子は何という名前だったか――そうだ、魔理沙だ。私は彼女の科白をスルーすることにした。

 「フランドールよ、魔理沙さん」

 巫女は無理があるよ、と私は内心苦笑した。やはり、魔理沙は大胆不敵な人間だった。そんな魔理沙の奔放さは嫌いじゃなかった。博麗霊夢は私よ、と紅白の巫女が言う。霊夢は私を睨んで言った。

 「前来たときはいなかったような気がするけど……」 

 「いたけど、見えなかったの」

 私は謎掛けするように答えた。

 「いつもお姉さまとやり取りしているの、聞いていたわ」

 そう。私は『隙間』からあなたたちのことを見ていたのだ。

 「私はずっとこの家にいたわ。あなたたちがこの家に入り浸っているときもね」
 
 「いたっけ?」
 
 「ずっと地下で休んでいたわ」

 私は地下室のなかに閉じこもっていた、自分を笑ってみせた。

 「495年くらいね」

 「いいねぇ、私は週休2日だぜ」と白黒の魔法使いが言っているが、気にしないことにした。本当にマイペースな人間のようである。

 「私は495年間一回も、お外に出てないのよ。でも、私も人間というものが見たくなって、外に出ようとしたの。止められたけどね。お外は豪雨で歩けない」

 「そこまでして、止められるなんて……ほんとに、問題児なのね」

 霊夢は呆れたように言った。

 その通り。私は問題児だ。

 だけれど、

 レミリアお姉さまはわたしのことを認めてくれる。

 私は2人に改めて尋ねる。

 「で、あなたたちはもしかして人間?」

 私の言葉に二人はうなずいた。霊夢が言う。

 「ああ、そうよ」

 「だましたりしてない? 人間って飲み物の形でしか見たことないの」

 「ああ、人間だよ。人間は、紅茶よりは複雑なものなのよ。殆どの人はね」

 殆どの人って、そうじゃない人もいるのだろうか? 魔理沙が「ほれほれ、思う存分見るが良い」と言っているが、こんな人間のことを紅茶よりも単純な人間というのかもしれない。 

 「ほら、鳥って」

 私は少し、自分の吸血鬼らしさを見せようとした。というか、この人間たち、完全に私を吸血鬼として怖がっていなかった(まあ、お姉さまとの付き合い方を見てると、そんな予想はしてたが……)。前口上として、この人間たちを少し怖がらせてみようかな、と思った。

 「あー?」

 「捌いたり出来ない人でも、美味しく頂けるの」

 私は自分が人間を襲えないことを思い出しながら言った。実際、襲ったことはないし、私は自分の力の制御が下手だからやりすぎてしまう、とお姉さまたちに聞かされた覚えがあった。よく考えると、私って吸血鬼としても駄目なんだなあ、と少し悲しくなりながらも、言った。

 「あんたんとこは、人間を誰が捌くの?」

 霊夢がついでのように訊く。本当に『ついで』という感じで。霊夢は全然怖がっていなかった。隣の魔理沙も同様である。すごく言い損をした気分だった。私はそれを悟られないように答えた。

 「さー? お姉さまがやってるわけないし…………」

 一瞬、咲夜のことが頭に浮かんだが、あの優しそうな人が、人の殺すようなおっかないことをしているようには思えなかった。
 
 霊夢は私の『お姉さま』という言葉に反応した。

 「お姉さま? レプリカとかいう、悪魔のこと?」

 「レミリア! レミリアお姉さまよ!」

 人の大事なお姉さまの名前を間違えるなんて失礼な。しかもレプリカって、何で偽物なのさ。
 
 お姉さまは偽物じゃない。
 
 私のことを心配してくれる、本当のお姉さまだった。

 だが、霊夢はどうでもよさそうに続ける。というか、霊夢にとってはいろんなことがどうでもよさそうに見えた。もしかしたら、霊夢はけっこうドライな人間なのかもしれない。

 「あいつは、絶対に調理はできないと思うよ」

 その意見には同意だった。あのずぼらなお姉さまに料理などできるわけがない。できないというより、

 「しないわ」

 霊夢はうんうんとうなずいて、びしっと私を指差した。

 「妹君に言いたいけど、お姉さまはいつも家の神社に入り浸って迷惑なの。何とか言ってやってよ」

 「知ってるわ。でも、私も行こうとしたら、止められたって言ったじゃない」

 「だから、行こうとするな」

 霊夢は、はあとため息をついた「まったく、どいつもこいつも」と、霊夢はいろいろ不服そうだった。まあ、お姉さまはけっこう我がままなところがあるから、霊夢も手を焼いているのかもしれない。





 さて、





 そろそろおしゃべりもいいだろう。





 「さて、問題児のところに、飛び込む『遊び道具』……」

 私は不敵な笑顔を浮かべる。

 「あなたたちは一緒に遊んでくれるかしら」

 霊夢の目が挑戦的なものになった。魔理沙も興味深そうに私を見た。巫女は、何かを期待するように微笑んで訊いた。

 「何して遊ぶ?」

 私は2人の目を正面から受ける。

 

 とても嬉しかった。



 「弾幕ごっこ」

 私はそう言って、2人にスペルカードを見せる。途端に巫女と魔法使いの視線が鋭くなった。

 そして、霊夢と魔理沙はにやりと笑顔を浮かべた。



 強い。



 その笑顔から私は彼女たちの強さを感じ取った。

 ただの強さじゃない。

 これは、



 心の強さだ。


 
 「パターン作りごっこね。それは私の得意分野だわ」
 
 そう言って、霊夢もスペルカードを構える。

 「いくら出す?」

 魔理沙がスペルカードを取り出しながら、ニヤニヤと笑う。



 
 弾幕ごっこは決闘ごっこだ。

 決闘は命を懸けて行われる。

 この2人は命を懸けて私と弾幕ごっこをしてくれるだろうか。

 この2人は一生懸命に、この破壊の悪魔と遊んでくれるだろうか。

 私の初めての挑戦。

 私は願いをこめて――



 「コインいっこ」

 「コイン一個じゃ人命も買えないぜ」

 魔理沙が笑みを大きくした。『おまえごときには負けてやらないぜ』――その言葉に彼女たちが全力で相手をしてくれることを感じた。

 期待と喜びが心の中で膨らんでいた。



 そして、私は開幕の言葉を言うために息を吸い込む。



 この戦いですべての答えが出る。
 
 私はこの戦いで、本当の答えを知らなければならない。

 これは決闘だ。

 後戻りできない戦いだった。

 地下室に閉じこもってきた私にとって、世界が変わる戦いだった。

 私が変われば、世界が変わる。

 世界が変われば、私が変わる。

 それが人間関係のルール。

 私はここで終わらせる気はなかった。

 私は外の世界を諦める気はなかった。

 私は、決闘ごっこ――弾幕ごっこにふさわしい言葉を言う。



 「あなたたちが、コンティニューできないのさ!!」


 
 














 ――強い。

 私はそう思った。

 この2人は今まで戦ってきた誰よりも強い。

 お姉さまを倒したというのもうなずける。

 スペルカードを多く装備していない2人に、私は押されていた。

 2人の装備しているスペルカードの枚数は、私の10枚よりも少ない。だが、彼女たちは使うタイミングが絶妙だった。スペルカードの使い方――否、その本質を熟知している戦い方。ここまで有効にスペルカードを使うことができるなんて、予想外だった。

 巨大な閃光――恋符『マスタースパーク』が私に迫る。マスタースパークはこちらの弾幕、禁弾『スターボウブレイク』を完全にかき消してしまった。ぎりぎり超威力の魔導砲を避けたと思うと、そこに霊夢の操るスペルカード――霊符『夢想封印』が襲い掛かってきた。どこに逃げようと、私に向かってくる恐ろしい霊弾。蝙蝠に分身してなんとか避けることができたが、彼女たちの攻撃はここで終わらなかった。私は禁弾『カタディオプトリック』を発動して、2人の猛攻を食い止める。スペルカードの使い方だけじゃない。私は2人の絶妙なコンビネーションに舌を巻いていた。



 ――すごい。

 私は彼女たちの攻撃をうけながらも感動していた。彼女たちの弾幕を受けて、痛い、と思いながらも、彼女たちをすごいと思うことをやめられなかった。

 ――これが、外の世界か。

 このとき、私は本当に外の世界を知ることができたような気がしていた。お姉さまやパチュリーたちだけじゃなかった。私よりも、もっと強い人がこの世にはいるのだ、と胸の奥が震えるほど、感じていた。

 そして、同時に別の気持ちが生まれていた。

 ――でも、負けない。

 私のなかで、彼女たちに対する反抗心のようなものが生まれていた。負けてたまるか、という強い気持ちが燃えていた。外の世界などに、私が負けてたまるか、という言葉が私の体を動かしていた。



 やがて、禁弾『過去を刻む時計』が破られる。
 
 スペルカードは最後の2枚まで減らされていた。

 敵の攻撃もすでに嫌というほど受けていて、あちこちが痛い。戦局もこちらのほうが不利だ。相手もこちらの弾幕を何度も受けているし、スペルカードの枚数も減っていたが、判定としては、明らかに私が負けていた。



 だが、降参するつもりはなかった。



 私は本来ならラストスペルになるはずだった弾幕を使う。



 今までの禁忌、禁弾よりも強力な、私の最高傑作。



 それは、外の世界に対する挑戦状であり、



 質問文であり、



 そして、嘆願状だ。



 私は、これまでの弾幕とは比較にならないほど莫大な魔力を展開した。



 「――秘弾『そして誰もいなくなるか』」



 私は魔法で自分の姿を消し、2人の人間だけを弾幕の密室に閉じ込める。

 巫女と魔法使いは、無数の光弾のなかに叩きこまれた。

 ぎりぎりと苦しめるように、四方から敵を圧殺していく弾幕。

 私は人間たちが次々と撃墜される姿を想像していた。

 だが、彼女たちは避け続けた。

 絶対に当たる――そう思った弾を紙一重で避ける。

 後ろから飛んでくる弾を掠りながら、かわす。

 どうしても避けられない弾を、スペルカードで粉砕する。

 服はところどころ破けている。肌に掠っている弾幕もある。

 だが、容赦することなく、私は全力で彼女たちに弾を撃ち続けた。

 当たれ、当たれ、と念じながら、敵を睨み続ける。

 今までの弾幕ごっことはまるで違う気持ちで、私は戦う。

 その気持ちは和やかに弾幕ごっこを楽しもうとするものではなく、すでに悪意――いや、殺意に近かった。

 心の奥深くにある殺意。

 普段、感じることはできないけれど、それも確かに私の心だった。

 無意識にも似たその心で、私は彼女たちと戦いを続ける。

 私は本当に彼女たちを殺すような気持ちで、弾幕を放ち続けた。 



 でも、彼女たちは墜ちなかった。

 真剣な顔で。

 必死に。

 服をぼろぼろにしながらも、生傷を作りながらも。

 彼女たちは諦めなかった。

 彼女たちは一生懸命、私の相手をし続けてくれていた。



 ……もしかしたら、本当に。

 彼女たちを殺そうとする心と共存していた気持ちが呟いていた。殺意とは正反対に位置する、明るい心が言った。

 本当に、私は許されるのかもしれない。

 ――これが、答えか。

 弾幕の炸裂音をBGMに、その声が深く私の心のなかに響いていた。



 弾幕の制限時間が近づく。霊夢と魔理沙は攻撃を避け続ける。それでも、私は撃ち続ける。

 最後の最後まで私たちは、全力で戦い続け、



 弾幕の時間が終わり――



 



 そして、誰もいなくならなかった。







 「……………………」
 秘弾『そして誰もいなくなるか』の効果が終わり、私は再び、戦場へと引きずり出されてしまった。私は茫然として、目の前に立っている2人の人間を見つめることしかできなかった。もう暗い殺意は残っていない。静かになってしまった心で、私は霊夢と魔理沙の前に佇んでいた。
 
 「ヒュー……すごい弾幕だな。だが、私をやっつけるには、まだまだ足りなかったみたいだぜ?」

 魔理沙だった。彼女はぼろぼろになった帽子を被り直して笑っていた。

 「時間制限系は面倒くさいわ。もっと手っ取り早い弾幕にしなさい」

 霊夢は腕を組んで笑っていた。片方の袖はどこかに行ってしまっていた。言葉と裏腹に彼女は楽しそうに微笑んでいた。


 
 ――なんだか、涙が出てきた。



 私は煤だらけの手で目をぬぐった。


 
 「なんだよ。悔し涙、流してんのか?」

 魔理沙が笑った。霊夢もにやにやしている。二人は笑って私を挑発した。彼女たちは私にもっとかかってこいと言っていた。





 彼女たちは私を望んでくれていた。




 
 「……まさか。悔し涙を流すのはそっちだよ」



 まだ、弾幕ごっこは終わっていない。

 私は再び心に火をつけた。

 暗い気持ちをすべて捨て、ただ弾幕ごっこを楽しむ心だけになって、最後のスペルカードを取り出した。
 
 二人は、待ってました、と言わんばかりに、再び構えを取った。

 二人の準備が整ったところで、



 私はお姉さまからもらった封筒を開けた。



 そして、私は目を見開く。



 しばらく、私はお姉さまがつけてくれた弾幕の名前を凝視していた。

 どうして、お姉さまはこの弾幕の名前をつけたのだろう?

 お姉さまはどんな気持ちでこの名前を考えたのだろう?

 わからずに、私はラストスペルを見つめていた。



 ――やがて、私は納得した。



 どうしてつけたかはわからないけど、納得することができた。



 何にせよ、これはお姉さまが考えてくれた名前なのだ。



 お姉さまは願掛けだと言っていた。



 なら、きっとそうなのだろう。



 『私は、あなたのことを信じてるわ』



 お姉さまはそう言ってくれた。



 なら、私はお姉さまの願いを信じる。


 
 ぎゅっと、右手でレーヴァテインを握りしめる。



 私はスペルカードにありったけの魔力を込めた。



 「QED『495年の波紋』!!」



 












 


 QEDとは、“Quod Erat Demonstrandum”――『かく示された』の略語だ。

 数学で使われる言葉であり、1つの命題を証明し終えるとき、論者は最後にQ.E.D.と付ける。哲学でも、かのバールーフ・デ・スピノザが主著『エチカ』でQEDを用いているという。

 QEDとは本来『証明終了』という意味であるが、ときに推理小説でも用いられることがある。

 推理小説とは、犯行の方法、動機、そして、そこから推定される犯人を探すことを楽しむ小説だ。探すことは証明することでもある。ミステリー小説では、『完結』の意味でQEDが用いられることがあった。

 その意味では、このQEDとは『事件解決』とも訳せる。

 QEDとは、数学や哲学では『証明終了』という意味であり、推理小説では『事件解決』を示す言葉なのだ。
 




 レミリア・スカーレットは願いをこの二つの意味に託した。

 彼女がフランドール・スカーレットに弾幕ごっこを教え続けたのは他でもない。
 
 フランに友達をつくってあげるためだった。

 だが、そのためには彼女は友達と遊ばなければならない。

 彼女が最後まで友達と遊べることを証明しなければならない。

 彼女は最後の10枚目を終えるまで、弾幕ごっこを続けなければならない。

 彼女は相手に対して弾幕ごっこでQEDを示さなければならない。

 だから、姉は妹の友達に願ったのだ。

 この子と最後まで遊んでください、と。

 495年間一人で過ごしてきた少女と、最後まで弾幕ごっこをやり遂げてください、と。

 誰かがこの弾幕を越えるとき、やっとQEDは示される。

 フランドール・スカーレットが破壊の悪魔ではなく、一人の寂しがりやの少女であることの、

 そして、彼女はもう友達をつくって遊べるほど、成長している女の子であることの、

 QEDがようやく示される。

 その意味での『証明終了』なのだ。





 もう一つの願いの意味。

 それは495年の終焉だった。

 495年続いた幽閉生活。

 この事件の――この悲劇の終焉だった。

 フランが友達をつくった暁には、きっと外に出られる。

 友達をつくることができれば、フランはもう自分が孤独だと考えなくて済む。

 レミリアはそう確信していた。

 495年続いた悲劇は、10枚目のスペルカードが果たされたところで、解決を迎えるのだ。

 レミリアは『事件解決』のQEDを求めていたのだった。




 
 秘弾『そして誰もいなくなるか』。

 それは確かにラストスペルなのかもしれない。

 この弾幕の発動と同時にフランは消えてしまう。

 罠を残して身を隠したU.N.オーエンのように、彼女は相手に弾幕だけを残して、どこかへいってしまうのだ。

 だから、このスペルカードを終わらせる方法は二つしかない。

 制限時間が来るまで弾幕を避け続けるか。

 弾幕に当たり、誰もいなくなるか。

 非常に強力なスペルカードだ。とても避けきるのは難しい。



 だが、もし、避けきることができるならば――



 再び現れたフランの手をつかむことができるのだ。



 秘弾『そして誰もいなくなるか』でU.N.オーエンの出番は終わりだ。






 そして、




 
 そこから先は、フランという少女のターンだ。



 
 
 ラストスペルは終わった。U.N.オーエンのラストスペルは終わった。



 
 終わったのなら、始めなければならない。

 だから、『495年の波紋』には属性名がつく。

 QEDという、これから始まる幸福を祈る属性名がつく。

 少女の全力をこめた弾幕が、495年続いてきた問題にQEDを生み出す。

 たくさんの波紋を立てて、495年の牢獄が崩れてゆく。

 崩れ落ちた牢獄を踏み越え、QEDを手に入れた少女は、新しい一歩を踏み出す。
 


 初めてできた友達の手を握りながら。


 
 



 彼女の姉がQEDに託した願いは、

 そして、妹が抱え続けた495年の波紋の願いは、







 2人の人間によって叶えられた。















 私は弾幕ごっこの後、地下室に戻った。

 パチュリーには全部の事情を説明した。すると、パチュリーは『あの隙間妖怪め』とか何とか言っていた。不思議なことに私はパチュリーに叱られなかった。咲夜は弾幕ごっこが終わった後、すぐに出てきて、霊夢と魔理沙に今回の事情を説明していた。2人は咲夜の説明に満足して帰っていった。
 
 私はお風呂に入って、パジャマに着替えた。
 
 ベッドの上に寝転ぶ。
 
 時刻は午後7時。
 
 もうとっくにお姉さまは帰ってきてもいい時刻だったが、まだお姉さまは戻ってこなかった。
 
 私はベッドの上で寝たまま、あの2人との弾幕ごっこを思い出していた。

 結局、私は弾幕ごっこで負けてしまった。全部の魔力を使って戦ったのだから、私の完敗だった。勝負に負けたのは悔しいけれど、全力で戦えたことに満足できた。次は負けないように、力をつけないといけない。また弾幕ごっこの練習をしようかなと思うと、心のなかがぽかぽかと暖かくなってきた。
 
 弾幕ごっこが終わって、私は、呟いていた。

 『結局また一人になるのか』、と。

 弾幕ごっこは楽しかった。だが、楽しい時間は長くは続かない。
 
 遊び終わったら、友達は帰ってしまうのだ。

 霊夢も魔理沙も、帰ってしまったら、またいっしょに遊んでくれるだろうか、と不安になった。今日、つきあってくれただけで、次も私につきあってくれるだろうか、と思ってしまった。

 でも、私は馬鹿だった。

 霊夢は『またいつでも遊びに来てあげるから』と言った。私をなだめるように微笑む霊夢の顔は、とても優しいものだった。もっとも、その後、『でも頼むから神社には来ないでね。邪魔だから』とつけくわえたけど。でも、お姉さまは何度も彼女のところに行っている様子を見ると、彼女は誰も拒むことができない性格なのだろう。だから、きっと私が神社に行っても、彼女は私も受け入れてくれるのだろうと思った。
 魔理沙は『そして誰もいなくなった』の童謡を挙げて言った。どうせ考えるのなら、もっと楽しいほうに考えろよ、と。『お嫁さんだったら、素敵な巫女を紹介してやるぜ』と笑った彼女を、霊夢は後ろから引っ叩いた。

 そうして、2人の騒がしい人間たちは帰っていった。

 だが、きっとまた紅魔館に遊びに来てくれるのだろう。

 その日がとても楽しみだった。



 そこで、私は、ああ、そうか、と気付く。



 これが、友達をもつ、ということなんだと。

 これが、私の求めていた答えなんだ、と。



 満足だった。

 私が得ることができた答えは、とても満足だった。 



 ……今度は何で遊ぼうか、と思う。

 弾幕ごっこもいいけれど、もっと他の遊びはないかな、と。

 そうだ。

 酒盛りなんかいいかもしれない。

 私はお姉さまや咲夜、パチュリー、それに美鈴、そして、霊夢と魔理沙でいっしょにお酒を飲む風景を想像した。

 きっと、それは楽しい宴会になるにちがいなかった。



 私は自然に微笑んでいた。

 

 楽しい想像をしながら、私の意識はだんだん眠りの中に落ちていった。



















 すっかり帰るのが遅くなってしまった。
 
 霊夢たちが神社に帰ってきて、私――レミリア・スカーレットが紅魔館に戻るまでずいぶん時間がかかってしまった。彼女たちと話をしていた――否、話をさせられていたせいだ。あのドライなんだかお節介なんだかよくわからない2人に、いろいろなことを聞かれ、しゃべらされたために、家に帰るのが遅れてしまったのだ。
 霊夢と魔理沙はフランだけでなく、エキストラメイド隊、パチェとも弾幕ごっこをしていたらしい。彼女たちが行って、それほどかからず雨が止んだのは、パチェを倒したからだったようだ。つくづく、あの親友には迷惑をかけていると思った。エキストラメイド隊については……何だ。彼女たちには何か特別手当てを与えようと思った。彼女たちもパチェ同様、不運だった。
 2人とフランが弾幕ごっこをしたのは、しばらく経ってかららしい。ちゃんと2人は最後まで弾幕ごっこに付き合ってくれたようだった。フランについてしゃべらされた上に、妹を495年も閉じ込めてちゃダメじゃない、とか、妹がいるんならちゃんと紹介しろよ、仲間外れにしたら可哀想だろ、とか、いろいろ言われた。ほとんど正論だったので、言い返すことができなかった。
 
 神社から帰る際、霊夢が言った。

 『今度はあんたの妹も混ぜて、紅魔館で宴会よ。ああ、お酒はあんたのところでもってね』
 
 私は喜びを隠すのに必死だった。

 私が紅魔館についたのは夜の9時頃だった。

 美鈴は門番の詰め所で寝ていたので、ぶん殴って叩き起こした。
 話を聞くと、霊夢たちが襲撃してきたときも寝ていたらしい。
 これはさすがに信じられなかったので、問い詰めたところ、答えた。

 『いいえ、寝ていたということでいいでしょう。エキストラメイド隊の人たちにも悪いですしね。まさか、侵入者を放っておいてもよかった、なんてお嬢様が本心で思っていたなんてことがわかったら、彼女たちも出撃した甲斐がないですからね』

 本当に、美鈴は侮れない奴だった。

 それからまた寝ようとしたので、グングニルしておいた。





 パチェのところに行くと、彼女は小悪魔に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、ものすごく不機嫌そうな顔で本を読んでいた。
 本のタイトルは『隙間の潰し方』だった。
 まあ、パチェはタイミングが悪かっただけなのだが。
 あまりにも不機嫌だったので、話しかけてもほとんど言葉を返してくれなかった。けれど、私が図書館から出ていくとき、パチェは私に背を向けたまま、一言言った。

 『おめでとう』、と。

 私は親友に、『ありがとう』と返した。

 



 咲夜は上機嫌だった。
 彼女の話によると、咲夜もフランに会ったらしい。
 
 『事情はフランドールお嬢様から聞いております』

 咲夜は言った。
 
 『確かに良い内容ではありませんでしたが、それも仕方がないことなのでしょう』

 フランのことについてあまり話したがらない私に、咲夜はそう微笑んだ。

 『私はフラン様が優しい子だということを信じておりますし、お嬢様がフラン様を優しい子だと思っていることも信じております。そして、お嬢様がフラン様のことを愛してやまないということも信じております』
 
 咲夜はにっこりと笑った。

 『私はお嬢様を信じます。フラン様を閉じ込めていたのも、本意ではなかったということを信じます。ですから、私は何も申しません。私はお嬢様を信じて、お嬢様のお言葉に従わせていただきます』

 そして、咲夜は私に靴を差し出した。話を聞くと、フランは地下室から出てきて、靴を履いていなかったらしい。咲夜はフランに靴を渡そうとしたのだが、ちょうど霊夢たちが入ってきたところで、渡し損ねたそうだ。咲夜はフランがじっと見つめていたという赤い靴を私に渡しながら、言った。

 『今度、地上に帰ってくるときは、この靴を履いてきてくださるよう、フランお嬢様にお伝えください』

 そう言って微笑む咲夜の笑顔が、とても頼もしかった。

 







 





 そして今、私はフランの部屋の前にいた。
 開錠の呪文を唱え、扉を開ける。
 優しい光が零れてくる扉をくぐった。
 
 フランはベッドの上で寝ていた。
 パジャマだったが、布団を被っていなかった。大きな明かりもついたままだった。疲れていて、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
 フランは幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 フランを起こさないよう、静かに布団をかける。私はフランの脇に座らせてもらった。フランのさらさらの髪を撫でる。フランは眠ったまま、気持ちよさそうに微笑んだ。
 
 私はそうしながら、フランの部屋を隅々まで見た。
 
 ところどころ剥げた内装。ひび割れた床。穴の穿った壁。
 
 ぼろぼろの部屋に私は495年の時間を感じた。

 フランはここから出ることもなく495年間を生きてきたのだ。

 気づくと、私の頬に涙が伝っていた。
 
 私はフランに見つかる前に、ハンカチで素早く涙をぬぐった。けれど、涙はなかなかとまらなかった。フランが穏やかに寝ている横で、私は静かに涙を流し続けた。

 だが、終わったのだ。

 495年の孤独は終わったのだ。



 フランの目がぴくぴくと動く。

 ――これから何をしようか。

 私は思った。

 いろんなことを私は考えていた。フランが外に出られる――そう考えるだけで、たくさんの選択肢が浮かんできた。
 まず、咲夜をフランの部屋に招待しよう、と思った。咲夜とフランはもうすでに面識があるから、フランにとって一番身近な外の世界の住人だと言えた。咲夜は人間だし、フランが人間に慣れるという意味でも適格だ。それに、咲夜とフランはすぐに仲良くなれたようだ。咲夜がフランにとって、外の世界の住人から、自分の世界の一員となる日もそう遠くないだろう。
 フランが館の中に部屋を持つのはまだ難しいかもしれなかった。フランが紅魔館に慣れるのと同時に、紅魔館もフランに慣れる必要がある。とりあえず、確実に安全だと思えるまで、この部屋の内装を新しくすることにしよう。フランが家具を壊すことももうない。咲夜には、まずこのことを相談しようと思った。
 そして、毎日少しずつ紅魔館の中を2人で散策するのだ。最初は1時間。次は2時間、と。だんだん時間を延ばして、フランを外にいることに慣れさせるのだ。フランの能力が暴走することは確かに恐ろしいが、それでもフランは自分の能力を扱うことを覚えなければならない。その原因を調べることも必要だ。能力を無意識下で使うこともあるのだろう。だから、無意識も鍛える必要がある。フランは外のものに触れながら、それを壊さないように扱うことを知らなければならなかった。

 フランが薄目を開けた。

 フランの破壊の能力を制御するのは確かに難しいことだ。まだ未知のことが多すぎる能力である。だから、知らなければならない。知って、その破壊の力と向き合わなければならない。それは怖いことかもしれないけど、今のフランにはその力がある。今のフランには自分への恐怖と戦う力がああった。そして、フランは独りで戦うわけではない。彼女には私がついてるし――友達もついてるのだから。

 「――お姉さま?」

 フランが起きた。フランはしばらくぼんやりしていたが、やがて、意識がはっきりしてきたようだ。そして、私を見て、だんだん申し訳なさそうな顔をしはじめた。

 「――勝手に地下室を出てごめんなさい」

 フランは正直に頭を下げて謝った。

 私はフランの頭を撫でた。

 フランが謝ることはなかった。友達をつくるにはやはり、自分から進んでいかなければならないのだ。私がいくら努力しても、フランが自分から努力しなければ友達はできない。あのとき、フランは自分の意思で地下室を出た。きっかけを与えたのは、憎たらしいあの大妖かもしれないが、そのきっかけを自分から掴んだのはフランだ。フランは自分から友達がほしいと思った。そして、その通りに行動し、達成することが出来た。

 「お姉さま?」

 フランは不思議そうに私を見ていた。叱られると思っていたのだろう。

 馬鹿な。

 こんなに嬉しいことがあった後で、どうして可愛い妹を叱れようか。



 「フラン、」

 私はフランに尋ねた。

 「友達と遊ぶのは楽しかった?」

 フランは目を丸くしたが、すぐに満面の笑顔を浮かべて、

 「うん!」

 と、うなずいた。

 

 それから、私たちはこれからのことを話した。
 フランの能力をどうやって制御していくかということ、フランと一緒に紅魔館を散策すること、
部屋を新しくすること、咲夜にこれからフランの世話もお願いすること、霊夢たちと宴会を開くこと……いろいろなことを話した。

 「ねえ、お姉さま?」

 「何、フラン?」

 「私、今、すごく幸せだよ」

 私はフランの横顔を見つめた。フランは幸せ、と言って笑っていた。

 「こんなに幸せでいいのかっていうくらい」

 『実を言うと、私はそんなに不幸でもないんだ』と、寂しげに微笑んでいたフランの顔が頭に浮かんだ。でも、今のフランは本当に嬉しそうに微笑んでいた。

 「本当に私なんかがこんなに幸せでいいのかなあ」

 「……馬鹿ね」

 こつんと、私はフランの頭に自分の頭をぶつける。私はフランの紅玉のような緋色の目を見ながら言った。

 「そんなの当たり前じゃない」

 「……そうかな?」

 眩しそうに目を細めて問うフランに、私は答える。

 「少なくとも、あなたには、495年分は幸せになる資格があるのよ」

 「……………………」

 「遠慮することはないわ」

 私の言葉にフランは黙っていたが、やがて涙を流し始めた。あまり時間もかからず、フランの涙は嗚咽に変わった。そして、最後にフランは声を大きく上げて泣いていた。

 私はフランを胸に抱きしめながら願った。

 フランの心に降り積もった495年の日々が、涙とともに流れていくことを。

 フランの抱えてきた苦しみが、この日で全部、消えてなくなってしまうことを。

 私の胸でフランは涙を流し続けた。










 やがて、フランは泣き止んだ。泣き終えたフランはすっきりとした顔をしていた。

 そして、また私たちは未来のことについて話し始めた。

 新しく変わっていく紅魔館の暮らしを語り始めた。

 私はフランに提案する。



 「ねえ、フラン?」

 「何、お姉さま?」

 「いっしょに幸せになりましょう」

 「……うん!」

 「いっしょに幸せになる努力をしましょう」

 「うん!」

 私たちの言葉は重なった。

 「契約よ」「契約だよ!」










 
 私たちはこの日、強く強く誓い合った。







,
■このSSはどうせ東方priojectの二次創作作品に決まっています。
 実在するいかなる個人、団体、事件とも関係がありません。
 ましてや、東方projectの原作と直接的な関係などあるはずもありません。

 投稿4作目EX版、後編です。
 稚拙な文章ですが、お楽しみいただければ幸いです。

 最後です。ここまで読んでくださった方々、本当にありがとうございました。これまでの最長編、『スカーレットデビル』よりも長い作品です。ただただ感謝の言葉を申し上げるほかありません。

 いろいろとリサイクルを繰り返し、修正をおこなってきたのですが、最終章のDemonstrandumが一番、修正少なかったような気がします……クライマックスの修正、ほとんどないですからね……。そこ修正しないと何の意味があるんだ、と思いますが、ある意味、リメイク前の物を書いていた私は正しいことを書いてたんだなあ、とも思います。というか、自分で書いたというより、このシーンは、書くように与えられた感じがします。私がいろいろといじる資格はない、みたいな。私は、物語は心の外側にあると考えているタイプです。この物語は、私の手の離れたところで完成していたのかもしれません。

 あと、紅魔狂の考察――というより、このSSの背景・設定集をアップロードしようかな、と思っております。まだ書いていないので、アップする場所はもとより、そもそもアップできるのか微妙ですが。アップしたときは、告知はこのSSの後書きで行おうと思っております。読んでいただければ幸いです。

 長々と駄文失礼しました。そして、読んでくださった方々、ありがとうございました。皆さまに感謝の念を、そして、妹様、お嬢様、紅魔館、幻想郷、すべてのキャラクターの幸福を祈りながら、筆を置かせていただきます。

12/13:皆様、感想ありがとうございました。
≫1様:誤字指摘ありがとうございました。修正させていただきました。

12/22:遅くなって申し訳ありません考察・妄想・設定集アップロードいたしました。
    作者の下のリンクから飛んでください。パスワードは、sosowa、です。

2011/4/2:≫euclid様
     誤字指摘などありがとうございました。
     検討を重ねながら、改善できるようにしたいと思います
無在
[email protected]
http://www1.axfc.net/uploader/Sc/so/186166
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1980簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
深夜に一気に読んでしまった。
ちょっと口説いかなと思うとこもありましたが相変わらず泣かされました。
しかし「攻撃してくるほうに進む習性」w

後、誤字が
「私損ねる」→「渡しそこねる」だと思います。
3.100DD51削除
確かに、全員が幸せになるというのは2次創作限定のものでしょう(ZUNさんの創る幻想郷を否定する気はありませんが、少なくとも、原作の幻想郷があの空気では…)。しかし、設定を上手く使えないでご都合主義にハッピーエンドにしてしまえば内容がないものとなってしまいます。ここまで設定を上手く使える作者はそう多くないでしょう(フランの「解放」に関連するものが少ないのはこれか…)。良い話を、有難うございました。
6.100名前が無い程度の能力削除
やっぱりいいな~と思います。 
本当にお嬢様に妹様最高!!
10.100名前が無い程度の能力削除
泣いた、感動した。
上手いこと言えないけど、とにかく読めて良かった

ちょっと紅魔郷やってくる
11.100名前が無い程度の能力削除
なんだ、言葉が出てこないよ
また無在さんの作品に巡り合えたことに感謝します。
お嬢様の事だからきっとフランドールを今の幸せで満足させるわけがないですよね。
もっともっと幸せに、幸せな紅魔館になっていくのだと信じてやみません
毎度思いますが無在さんの紅魔感は本当にすきです。
今後も期待を重ねに重ねてこの点数をば。
13.90コチドリ削除
なでり、なでり。
フランちゃんの頭をなでり、なでり。

すまねぇ、今はこうしたいって想いしか浮かんでこない。

万感を込めて、フランちゃんの小さな頭をなでり、なでり。
15.100名前が無い程度の能力削除
一気読みしてしまいました。
無在さんが書かれる紅魔館が好きでたまりません。
設定集楽しみにしております。
19.100名前が無い程度の能力削除
読み応えがあってとても面白かったです。

フランとレミリア最高すぎる
21.100名前が無い程度の能力削除
350KBがあっという間だったから困る
気がつけばこんな時間…
25.100名前が無い程度の能力削除
この作品を読ませていただいたことに感謝します。
凄い作品でした。
背景、設定集も楽しみにしてます。
28.100名前が無い程度の能力削除
本当に、フランドールの狂気からの解放をテーマにした二次創作では最高峰、いやむしろ頂点だと個人的には思っています。リメイク前から。
リメイクされて咲夜の出番が微妙に増えたり、細かな描写が増えて磨きがかかってより洗練された作品に仕上がっていると思います。
読ませていただき、真にありがとうございました。
31.100名前が無い程度の能力削除
力作面白かったです!
35.100名前が無い程度の能力削除
紅魔郷やってみようと思いました
39.100名前が無い程度の能力削除
ちょっと今からフランちゃんと遊んでくるわ
40.100名前が無い程度の能力削除
凄く面白かったです。

紫が影ながら協力してくれてる所も良かったです。
原作は多分違うけどこんな情に溢れる世界だと考えるのもいいですね。
41.100名前が無い程度の能力削除
これはもっと評価されるべき…、いや、評価される義務がある作品だと思う。
42.100名前が無い程度の能力削除
リメイク前も以前読んでいたんですが、今回久々に読んでまた泣かされた
特にフランとレイマリの弾幕ごっこの場面が大好きです
43.100v削除
まさか本当にリメイクを見ることが出来るとは……読み終った今でもつい口にしたくなります。感動の表現としてッ!!
あの時の感動が、今の新たな感動が……。
まさかのスペカ方式、気になっていた美鈴さんの出番や、怪我の時のレミリアの反応がすっかり補完し保管されましたぜ……。これがマリアにも繋がって行くのかと思うとッ……!
長文となりましたが、最後に。これからも応援しております。素晴らしい作品と出会いに感謝です!
44.100名前が無い程度の能力削除
気の効いた言葉を思いつけない自分がもどかしい
とにかく素晴らしかった
その一言です
45.100もけもけ削除
無在さん 神。
貴方様の名前見たら飛びつく私。

こんなにしっくりきて
疑問を持たない解釈の仕方
いままでありませんでした
本当にありがとう!!
貴方様の東方への愛がひしひしと伝わってきました!

私は文が上手く書けないので絵を描くのですが、無在さんの作品のイメージで描くことが多いですw

これからも頑張ってください!!
48.100名前が無い程度の能力削除
ブラボー、おお、ブラボー!!
52.100名前が無い程度の能力削除
感動しました。
無在氏の描く紅魔館が大好きです。
56.100euclid削除
弾娘たちの悲しい習性が今、明らかに!!

……というのは置いて於いて。


まず物語以外のところで気になったことを少々(重箱の隅っこのお野菜の欠片を突っつく程度のレベルではありますが)。

・Eratの文中に不要そうな全角スペースが入っていました。
 > 部隊訓練への真剣度と 比例しているようだった。

・Demonstrandumに2か所、全角「で始まって、半角」で閉じているところがあります。
 > 「弾幕ごっこ」
 > 「契約よ」「契約だよ!」

・あくまで、あくまでボクの所感ですが、地の文に「~た」「~だった」という表現が少々多い印象があります。
 ほぼ現在の事柄まで「~た」「~だった」となっていて、読むときに少々引っ掛かった感じです。
 また、地の文はレミリア嬢またはフラン嬢の1人称なので、「~た」「~だった」の多用で
 思考が箇条書きになって単調化してしまっている感がありました。
 後、フラン嬢がどのような性格なのかをレミリア嬢が語る面に於いても、語尾を過去形としている為に
 まるで性格設定を後付け後出ししているような(そして時にはまるで故人であるかのような)印象を受けます。

……つまんないいちゃもんは此処まで。


さて、先に重箱の隅突く様なとは申し上げましたが、中々どうして最後の物だけはそうとも言い切れません。
といっても、最後の物はあくまでもボクの感じた所で、ボクの趣味の問題だという大前提でのお話です。
最後の物のように、何か文体等の些細な事が気になって引っ掛かるようになるなどの症状が起きた場合、
少なくともボクは普通の作品でしたら世に言うブラウザバックですとか流し読みに移行とかになってしまいます。
しかしこちらの作品はそうはならなかった。何故か。
ええそうです。物語自体が素晴らしすぎて、そんな些事を気にしている余裕など無くなったからです。
素晴らしいという語で終わらせるのが非常に悔しいですが、ボクの語彙では素晴らしいの一語で終わらせるしかできないです。
だってこんなあまりにも魅力的にスカーレット姉妹が描かれているんです。
こんなに優しい子が幸せになれないなんて嘘です。
こんなに頑張った子が幸せ掴めないなんて嘘です。
こんなに互いを想いあった姉妹だからこそ、この結末を迎えることができた。
ボクら読者は只々見守ることしかできない立場ですが、彼女らの努力の軌跡を奇跡をこうして垣間見ることができたことを光栄に思います。
無在さんの狂おしいまでの姉妹に対する愛情に裏打ちされた作品であるからこそ、ボクもこんなトチ狂ったような感想書いてしまいました。

と、感想最後の方の整合性の取れて無さも何もかもを無在さんの素晴らしさに責任転嫁して〆ようと思います。
ていうかこれ感想になってるんですかね、もう色々とごめんなさい。
でも、本当に本当に読めてよかった。
旧版の方も読んでいる身として、作品リスト上に作品名をお見かけした時から小躍りしつつも
「どうせ前のとそんなに変わらないだろうし……」と思って後回しにしていましたが、やはり読んでよかった。
読めたことに感謝。お見かけして直ぐに読み始めればよかった。
本当にありがとうございました。
60.100名前が無い程度の能力削除
見事に100点しか無い割に伸びないですよね貴方の作品。

もっと評価されて良い気がするんですが。

ところで疑問なんですが、吸血鬼が渡れないのは流水じゃ無くて境界だ、と言ってますが、じゃあ雨平気なのでは?
61.無評価無在削除
>>60様
>>『雨平気なのでは?』
 これに関しては、神主がそのように設定したため、私はそれに従うことにしました。
 吸血鬼の本などを読みあさると、吸血鬼は湖や川、海を渡れないという設定が見つかると思うんですが、やはり、これも境界という意味合いが強いようです。吸血鬼を退治するには三又路で戦うべきだという説もあります。これは道の境界の曖昧さゆえに吸血鬼の魂が迷ってしまうからだという話です。
 とはいえ、これにも諸説あるようで、水が罪や悪を洗い流すものだと考えられていたためでもあるようです。それゆえ、吸血鬼は川や海など流れのある水に入れないという話ですね。神主はむしろこちら側の説をとったのだと思われます。……ただ、雨が苦手とまで書いてあるものは見たことがないのですが。恐らく、これは神主の妖怪論に関係があると思われます、妖怪というものが『言葉』に囚われるというところにおいて(伝承どおりにいけば、吸血鬼に節分の炒り豆など効くはずもないのですからね!)。
 この作品では、あくまで二次創作として、神主の吸血鬼設定と旧来の吸血鬼設定の一部を混ぜて、新しく設定として書きだしております。あくまでそのあたりは二次創作ということで割り切って楽しんでいただけたらと思います。ご感想ありがとうございました。
62.無評価無在削除
>>61
 一部、訂正します。
>>『道の境界の曖昧さゆえに吸血鬼の魂が迷ってしまう』
 十字路や三又路は、この世とあの世の境界であり、こうした霊的な場所においては、死者の肉体に強く呪縛されている吸血鬼の魂が離れやすくなってしまう、というのが正しいようです。
 なお、境界の例としましては、『吸血鬼は招かれないと他人の家に入ることができない』というものも挙げられると思われます(東方ではまだ未確認ですが)。生前暮らしていた家には入れるようです。それゆえ犠牲者は生前の家族が多いと書かれていたようです。
 
 今後も訂正点があるかもしれないので、そのときは記入して参りたいと思います。
67.100名前が無い程度の能力削除
やさしい魔杖のつかいかた。
68.100名無しの削除
やっぱり無在さんのレミフラが一番暖かいです 泣けますね