,
ひたすらに暗く永い螺旋階段を降りていた。
カツン、カツンと、靴と踏面が打ち合う音だけが暗闇のなかにあった。乾いた足音が耳のなかに反響するのを聞きながら、私は階段を一人下っていた。もう少し明るい階段ならば、この足音ももっと軽やかに聞こえるんだろうな、ととりとめもないことを考えながら、地下へと何百段も続く螺旋階段を進んでいた。
この階段は500年ほど前に作られたものだった。作られた当時は艶やかな白塗の壁で、階段10段ごとにちゃんと明りが灯っていた。だが、今はところどころ壁の塗料は剥がれ落ち、明りもほとんど壊れてしまって残っていなかった。それどころか、カビとほこりの匂いがいっぱいで鼻が痛くなるくらいだ。踏面もところどころひびが入っていたり、欠けていたりしていて、夜目の利かない者だったら、つまづいて転んでしまうだろう。吸血鬼である私にとってさえ、この階段は薄暗かった。前のメイド長にこの螺旋階段の修繕工事を命じたことがあったが、部下のメイドたちがこの階段に近づくことさえ恐ろしがって、工事どころではなかったのだという。報告を聞いた私は情けない気分で命令を取り下げることしかできなかった。
下へ下へと降りていくうちに壁の色が変わるのがわかる。時間の流れによる風化とは異なり、ある場所から下の壁肌がざらざらと不自然に荒れていた。まるで巨大なやすりで、何百年も激しく削られ続けたように。階段の角も擦られて丸石みたいになっていた。
階段の壁や踏面の破損は、ここで起きた――否、ここより下で起きた魔力の暴走の激しさを物語っていた。
この階段は、地下で起こる何十年に一回の莫大な魔力の解放から地上を守るために作られていた。地上から何十メートルあるのか、正しい数字は知らないが、地下からの破壊の脅威を避けるのに十分な距離なのだろう。階段に残った傷跡は、その爆風と灼熱によってつけられたものだった。皮肉にも、上り下りするたびに情けなく惨めな気持ちにさせられるこの階段に、私たちは守られているのだった。
やがて、地階へと辿りつく。
一瞬、何もないのではないかと思うような広い空間。
ぽつんぽつんと、壁にかけられた少しの照明だけが人魂のように闇のなかに浮かんでいた。
ただ静かさのみが広がっている世界の底。
生きているのか死んでいるのかさえ、わからなくなる。
自分が存在しているのか存在していないのかさえ、不明になる。
そんな冷え冷えとした寂しさだけが地下室にあった。
だが、それは違う。
ここには確かに『彼女』が存在している。
私の大切な『彼女』がたった一人で、この世界で待っているということを私は知っていた。
私は地階の廊下を進む。やがて、ぼんやりとした明りのなかで二つの扉を見つけた。そのうち、私は手前側の扉へと進んだ。
扉はまるで倉庫に取り付けるもののように巨大だった。作った親友の言葉によると、厚さ数センチもある鉄の扉らしい。城塞の正面を守る門にも使えるような代物だった。物理的な強度だけではない。防御用の魔法プログラムが幾重にも張り巡らされており、魔法に対する耐性も高いのだという。どんな外敵もこの扉を突破することはできないだろう。例外はあの胡散臭いスキマ妖怪くらいか。恐らく、この地下室は幻想郷で一番安全な地下室だった。もっとも、幻想郷にこのような地下室があるのか、私の知るところではないが。
だが、この扉は外敵の侵入を防ぐものではなかった。
むしろ、逆。
この扉は、中にいる誰かを決して外に出させないようにするものだった。
『彼女』を地下室に閉じ込めておく――それが、この扉の役割だった。外部に対して無敵であるその防御力をもって、『彼女』の脱走を防ぐために、この扉は存在しているのだった。
――否。
それでさえ、真実ではない。
私は『彼女』の部屋に取り付けられている扉を睨みつける。
私は、この城門のような扉がいかに優れた防御性能を持つかを語ったが、正直に告白すれば、すべて無駄な話だった。『彼女』の真の能力をもってすれば、この扉でさえ一瞬で破られてしまうということを私はわかっていた。
彼女のもつ『ありとあらゆるものを破壊する程度の力』の前では、例外なく、何もかもが破壊される。彼女は生命と存在の『目』を右手に掌握し、それを握り潰すことですべての存在を破壊し、否定することができた。防御する方法も、避ける方法も見つからなかった。何もかもを拒絶し、否定できる彼女の力は地下室に閉じ込め、世界から排除することでしか防ぐことはできなかった。彼女の力の本当の恐ろしさは、魔力の暴走程度では済まないのだ(それでも、前の扉は、暴走による魔力の爆発的放出によって殉職してしまうくらいだが……)。『彼女』の力の前にはどんな障害も無力だ。『彼女』が本気で地下室から脱出しようとすれば、それは間違いなく成功するだろう。この扉は精々、気休め程度の存在でしかなかったのだ。
だから。
ここに『彼女』が存在しているのは『彼女』の意志なのだった。
『彼女』は自分の決心でここに閉じ込められていることを選んだのだ。
私は情けなさに奥歯を噛みしめながら思う。
そして、『彼女』をそういう風に意志するよう仕向けたのは、間違いなく、私たちなのだった。
私は、こんこん、と冷たい鉄の扉を軽く握った拳で叩く。
向こう側にいる『彼女』に聞こえるわけがないのはわかっていても、ノックの習慣を私はやめることができなかった。
そして、私は、この扉を開けるための解錠の呪文を唱えた。
すさまじい重量をもっているはずの鉄の扉が、音を立てることなく、スムーズに開く。
扉の向こう側から零れてくる明るい光に、私は目を細めた。
「――お姉さま?」
光の向こう側から問いかけられた声は、少女のものだった。
私がこの世で一番美しいと信じている、愛らしい少女の声。
右手ですべてを破壊できる、優しすぎる少女の声。
同時に、ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。
部屋に入ると同時に、私は自分と同じくらいの体格の少女に抱きつかれた。『彼女』は、私の胸に顔をうずめ、歓迎の気持ちを表してくれた。私は少女の絹糸のような髪を撫でて、感謝の意思を伝えた。
「良い子にしてたかしら、フラン?」
少女はにっこりと可愛らしく微笑んで、うん、とうなずく。
満月と同じ黄金色の髪。
犬の尻尾のような可愛らしいサイドテール。
お伽噺のヒロインが着るような、さっぱりとした白いブラウスと赤いスカート。
吸血鬼としては珍しい、だけど、綺麗な虹色の宝石で飾れられた翼。
そして、どこまでも優しい緋色の瞳。
私の最愛の妹――フランドール・スカーレット。
フランは、私――レミリア・スカーレットの訪問を喜んでくれた。
私はフランを抱き返し、一歩一歩地下室のなかに進みながら、中の様子を見渡す。
地下室は、広いだけの部屋、という感じだった。私が使っているのと同じくらいだから、かなり大きい部屋だ。だが、室内は明りに満ちているのに薄暗い雰囲気があり、家具もみすぼらしいものばかりだった。本来美しい模様が描かれていたカーペットは黒く煤け、本来は純白色であった壁もすでに灰色にくすみ、ところどころひびが入っていた。部屋にあるのは私の部屋に豪奢なものとは似ても似つかない、簡素な机と椅子、タンス。それから小さなベッド。それから、少しだけ大きめの本棚には背表紙が茶色くなった本がぎゅうぎゅうに押し込まれている。それらの吸血鬼の貴族らしくない質素な家具はすべて妹が進んで求めたものだとはいえ、フランの言うとおりのものを与えざるをえなかった自分がとても情けなかった。
部屋のことだけではない。
フランは495年間、一度もこの部屋から出たことがなかった。
フランは495年という永い時間を、地下室のなかに閉じ込められて生きてきたのだった。
だから、フランは外の世界のことを知らない。
外界が、この地下室よりも、さらにずっと広い場所であるということも。
世界が、言葉にできないほどの色彩に溢れ、美しいものであるということも。
人生が、どれほど楽しく、明るいものであるかということも。
フランはそれを満足に味わうことなく、495年を生きてきたのだった。
そして、妹をその地獄に束縛しているのは紛れもなくこの私だった。
この495年は、私の心が弱いために続いていたのだった。
――だが、それも終わりだ。
もうすぐ、フランを閉じ込めてきた495年が、エンディングを迎える。
この悲劇のQEDを、私は作り上げて見せる。
「ねえ、フラン。今日はいいものをもってきたわ」
私はフランの頭を撫でながら、話しかける。手の下でフランが小首をかしげた。
「いいもの?」
「ええ……これよ」
私は言いながら、スカートから一枚の『札』を取り出して、フランに渡す。何も書かれていない、トランプ大の紙。フランは右手で、それを受け取り、不思議そうな顔をして見つめた。魔法の装飾も、手品の仕掛けもない。その紙はフランの目にどう映るのだろう。期待と不安が私の胸を激しく打つ。私は緊張を押さえながら、フランに答えた。
「『友達のつくりかた』――よ」
真っ白なその紙を見せて、私は努めてフランに笑いかける。妹はきょとんとした顔で、私と『札』とを交互に見ていた。
私は精々気取って、フランに語りかける。
「さあ、友達100人つくりましょう」
495年続いた悲劇に、QEDを打つために。
「――それでは、お嬢様、他に御用はございますでしょうか?」
新月。
いっぱいの星が瞬く夜空の下、私たちはテラスにいた。
新月の晩だったが、テラスは、テーブルの上のランプと、テラスの壁にかけられたいくつかの照明、窓からもれてくる部屋の明かりによって照らされていたため明るかった。二つのカップに紅茶を淹れ終わったところで、人間のメイド長の十六夜咲夜が、主である私――紅魔館の主君たる吸血鬼、レミリア・スカーレットに慇懃な口調でそう尋ねた。私はちょっと考えて、咲夜に訊き返した。
「……今日は何か変わったことはあったかしら?」
「いえ、特に何も」
私はメイド長に毎日一回はこの質問をしていた。そして、毎回、銀髪のメイド長は無表情そのものの顔で、決まり切ったように答えるのだった。私は冬空のように蒼い咲夜の瞳を見返してうなずく。
「そう。いつも通りってことね」
「はい。いつも通りということです」
咲夜は機械のような、抑揚のない口調で言う。私は物足りない気分を感じながらも、咲夜の最初の質問に答えた。
「じゃあ、行っていいよ。御苦労さま、咲夜」
「はい――失礼します」
洗練され尽くした仕草で咲夜は私に一礼した。それに私は手を挙げて答える。次の瞬間、咲夜の姿はかき消えるようになくなっていた。時間操作の能力で、次の仕事場に向かったのだろう。
私は咲夜のいた空間をちょっとだけ見つめて、ふぅ、と息を吐いた。そして、傍らに控えていた紅い髪の少女に尋ねる。
「今のメイド長の様子はどうかしら?」
現在の門番長であり、咲夜の前のメイド長を務めていた妖怪の少女――紅美鈴は軍隊式の休めの姿勢をとって、私の座っている椅子の一歩後ろに立っていた。紅髪の門番長はその固い姿勢のまま、気さくな感じで苦笑いしながら、私の質問に答える。
「まあ、優秀であることは間違いないですね。実際、館の雑務は非常に上手くいっています。私がメイド長だったころよりも、スムーズじゃないでしょうか――もっとも、お嬢様のおっしゃられる通り、愛想が欠けていますがね」
「そうなのよ。どうにかならないかしら?」
「まだ慣れていないということもあるのでしょう。咲夜さんが紅魔館で働き始めてから、日も浅いですしね」
「じゃあ、希望はあるということかしら?」
「あると思いますよ。もっとも、今の彼女の反応は、人間として当然だと思いますけどね? 人外だらけのこの館に適応してることだけでも、及第点です。おいおい時間が経つのに任せましょう」
「ま、それもそうか」
私は美鈴の言葉に頷きながら、咲夜に淹れてもらった紅茶をすする。美味い。咲夜の紅茶は、いつ飲んでも美味だ。現在のメイド長が優秀なのは間違いないなかった。だが、やはり愛想が足りないと思う。ロボットのような無表情で注がれた紅茶と、ちょっとでも微笑んで注がれた紅茶、どちらが美味いかというと、言うまでもなく後者だ。まだ、咲夜の紅茶は完璧とは言えなかった。
「……レミィもよく人間なんかをメイド長にしたわね」
私の親友である魔女――パチュリー・ノーレッジだった。パチェ(私はパチュリーのことを愛称としてパチェと呼び、パチェは私をレミィと呼んでいた)は私に視線を向けず、膝の上に広げた本のページに目を落としながら言う。
「レミィのことだから、人間なんて使えないって考えてると思ったのに」
パチェの言葉に私は苦笑しながらも答える。
「使えないところもあれば、使えるところもあるわよ。人間は意外に義理固いから、野良妖怪を雇うよりずっといいしね」
「へえ、意外と考えてるのね、レミィ」
「当然よ。それに今は優秀な人材が欲しいところだしねえ。だからといって、メイドを雇い過ぎるのも面倒だし。少数精鋭が一番よ」
「なるほどね」と魔女はどうでもよさそうな口調で返事をした。パチェはそのまま紅茶をすすり、また膝の上の本に視線を戻す。会話は自然となくなり、風が奏でる木々の囁きと、私とパチェがカップを傾ける音だけが残った。
6月。
太陽が一日を侵食し、夜の時間が最も短くなる季節だった。すでに初夏は過ぎ、極東の島国に特徴的な、蒸せるような暑い夏が始まっていた。
幻想郷に来て、どのくらい経つだろうか。
そして、幻想郷で、私は何かをすることができただろうか。
私はぼんやりとそんなことを考えながら、紅茶に口をつける。
幻想郷ではずっと平和な時間が続いてきた。本当に退屈してしまうほどに穏やかな時間だ。平和で穏やかなのは嫌いではないが、その生温い時間の沈殿のなか、私をいらいらしていた――毎日、メイドに「何か今日は変わったことがなかったか」と尋ねてしまうくらいに。
何か、『きっかけ』はないだろうか。
私はカップのなかの紅い水面を見つめる。何でもいい。この平らな時間を打ち破るきっかけが欲しかった。
こうしてさわやかな月の光が降るテラスで美味な紅茶を飲んでいても、私の頭からは一つのことが離れなかった。テーブルの上に用意された、もう一組のカップとスプーンとソーサーが視界の隅に入る。平穏な時間のせいか、なおさらそのことを意識してしまうのかもしれなかった。
いつになったら、私は『あの子』とこうしてお茶を飲めるのかしらね……
私は思わずため息をつく。やれやれ、と椅子の背もたれに身を任せると、ぎしっと、椅子の軋む物憂い音が聞こえた。夜空を見上げると、そこには落ちてきそうなほどたくさんの星が広がっていた。月を探そうとしてないのに気づく。ああ、そうか、今夜は新月だったな。泳ぐ者のいない星の海原は、いつもよりゆらゆらと波打っていた。
私はぼうっとして、視線を星の波のなかに漂わせていた。月がないとわかっていながらも、私はまだ月を探していた。私が月が好きだった。月がない空は何となく物足りない気分になるのだった。
しばらく探したところで、私は、やっぱりないなあ、と思った。それでも、私は夜空から目を離せないでいた。星だけが輝く空を見上げながら、私は自然と口を動かしていた。
「こんなにも月がなくて星が瞬く夜だから――」
『だから』の後に続く言葉は考えていなかった。気まぐれに呟いてみた――それだけの言葉だった。
だが、
「たまには変わったことを始めてみませんか――?」
私の言葉の後を引き継ぐ奴がいた。
美鈴でもなく、パチェでもない。まさか、咲夜であるはずもない。私は首を引き戻して、声のした方向を探った。美鈴が私をかばうように前に出る。声の主はすぐに見つかった。
蜃気楼でもかかったように、夜空がぐにゃりと曲がっていた。空間が変形する、という信じられない現象が目の前に存在していた。スッと虚空に裂け目が生まれる。そこから空間が怪物が口を開くかのように、大きく裂けた。
隙間の向こうから一人の女が現れる。
融かした金から一本一本丁寧に作りだしたような、滑らかなブロンドの髪。
この世の裏側でさえ見通しているような紫水晶の瞳。
主の名をそのまま表す紫紺のドレスは、この世のものとは思えない気品さと妖しさを放っていた。
「――久しぶりだな、化物」
私は女に話しかける。女は笑いながら、水晶でできた鈴を転がすような、涼しげな声で答えた。
「化物とは御挨拶ですわね、スカーレット卿。あなたのような恐ろしい妖怪にそんな言い草をされるとは思いませんでしたわ」
「ふん、あれだけぼこぼこにしてよくいうよ。ああ、それから私は公女だ。爵位はまだ継いでいなくてね。だから、『卿』と呼ばれることは正しくない」
八雲紫。
幻想郷の結界を管理する大妖怪だった。
テラスに降り立った境界の大妖は、相変わらずの胡散臭い笑みを浮かべていた。
「美鈴、下がっていいよ」
大陸風の服装を翻し、格闘の構えをとっている美鈴に声をかける。美鈴は紫の声が聞こえた瞬間から、すでに私の前へ出て、戦闘状態に入っていた。美鈴は、いいのですか? と顔だけで私に問うたが、私が手を振ると、しぶしぶといった様子で私の横に休めの姿勢に戻った。パチェは普段は眠たげ目つきを、知人だけにわかるくらい程度に厳しく細めて、闖入者を睨みつける。私は紅茶に口をつけながら、紫に尋ねた。
「別に戦いに来たわけではないだろう。何の用事だ?」
私の問いに、紫は笑みを大きくする。長話になりますから、お席をお借りしてもよろしいかしら、と尋ねられる。私が首肯すると、紫は私の隣の一つ残った席に座り、優雅な仕草で脚を組んだ。
紫は相変わらず胡散臭く微笑しながら言った。
「今日はセールスに来ましたの」
「……ふん。結界の管理者からセールスマンに転職したか。その胡散臭い笑いが実にお似合いだね。どうせ力づくで商品を売り付けるんだろ。その強引さもセールスマンにぴったりだな」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。今回はお客様のご希望にぴったりな商品をもってきましたわ」
私の悪口にも、紫は微笑を崩すことなく、敬語のまま答える。いつもどおりの余裕っぷりだった。紫は、閉じた扇子を振って小さな空間の穴を作りだす。大妖はそこから『商品』とやらを取り出して、私に『一枚』渡し、それからパチェにも『一枚』渡した。
それは紙だった。トランプほどの大きさの真っ白で何も書かれていない紙。裏返してみても何もない。横にしてみたり、ひっくり返したりしても何も変わったところはなかった。
「……ただの紙ね」
パチェが訝しげに言う。
「魔術的な装飾も施されていない。本当にただの紙だわ」
私たちが紫に視線を送ると、紫は笑みを深くしながら答えた。
「その通り。それはまさに紙ですわ」
「……この紙切れがおまえの商品なのか?」
「おやおや、そう睨まないでくださいな。それは今では確かにただの紙ですが、一つ素敵なルールを加えることで、あっという間に世紀の大発明に早変わりするのです」
紫は胡散臭い微笑を浮かべながら、隙間からもう一つ『紙』を取り出した。それは、トランプ大の紙ではなく、腕に収まるくらいの大きさ(外の世界ではA4サイズと呼ばれている奴だ)で、左上をホッチキスで止められた数枚のプリントだった。
『命名決闘法およびその解説』
それがその冊子のタイトルだった。
「……『命名決闘法』?」
私は数枚のプリントを受け取りながら、その名を呟く。私の呟きに紫がうなずく。
「はい。『スペルカードルール』とも呼ばれるものですわ」
紫は自信満々という笑みを浮かべていた。私は大妖の笑顔を一瞥した後、プリントに目を進めていくことにした。紫は私たちにかまわずに説明を続ける。
「このたび、博麗の巫女との間に交渉がございまして、幻想郷をより平和に、より活性化するために、このような命名決闘法を採択することになりました。命名決闘法の詳細はお渡ししたコピーに書かれております。今日、こうして私がレミリア公女の前に推参しましたのは、公女様にもこのスペルカードルールを知っていただきたく存じたからですわ」
「これは……」
数行読んで、私は言葉に詰まった。パチェも紫から別の一部を受け取り、大きく目を開けてプリントを睨んでいた。私たちの驚いた顔を見て、紫は満足そうに微笑む。
「いかがでしょう? なかなか面白いルールではないでしょうか?」
私はうなずくことも首を振ることもせずに、再びプリントに目を落とした。
『人間と妖怪、また、妖怪同士の決闘は小さな幻想郷の崩壊の怖れがある。だが、決闘のない生活は妖怪の力を失ってしまう。そこで次の契約で決闘を許可したい』
命名決闘法。
それは、人間と妖怪の新しい関係性を構築するルールだった。
タイトルの下の1枚目には、命名決闘法の前文と理念が、その後の3、4枚には命名決闘法の細かな法案や解説が書かれていた。
だが、その1枚目からして、命名決闘法の内容は私たちを驚かせるものだった。
『一つ、妖怪が異変を起こし易くする。』
『一つ、人間が異変を解決し易くする。』
『一つ、完全な実力主義を否定する。』
『一つ、美しさと思念に勝る物は無し。』
『スペルカードルールの理念』とタイトルの振られた場所に、この4条が書き連ねられていた。同じく一枚目の『法案』の項には、これに関するやや具体的な規則が書かれていた。私は規則のうちの一つに目が釘付けになっていた。
『勝っても人間を殺さない』
命名決闘――スペルカードルールでは、敗北した人間を、妖怪は殺してはならないということまで書かれていた。妖怪が人間を殺してはならないなんていう法律など見たことがない。
そのまま、私は解説まで一通り読み終わり、プリントをテーブルの上に置いた。そして、私はにやにやと笑っている大妖の目を睨む。紫の目は、口元のにやにや笑いに反して、どこまでも真っ直ぐな光を放っていた。この幻想郷の管理者が本気で、このルールを広めようとしているようだった。
「……歪な法案だな」
私の口は自然にそう批評していた。紫は私の言葉を否定せず、むしろうなずいてみせる。
「私もそう思いますわ。でも、幻想郷は狭いですもの。仕方がないことですわ」
紫は曖昧に微笑んでいた。今度は私が紫の答えにうなずく番だった。『幻想郷は狭い』――紫の言葉には何一つ間違いはなかった。
「……要は、『遊び』で解決しようということなのか」
「そうですね。『遊び』というのは実に正しい表現ですわ。ですが、『遊び』は思っているほどに馬鹿にできるものではありません。『遊び』は儀式の一つ。儀式は妖怪にとっても所縁の深いものです。そして、このスペルカードルールによる決闘もそれほど馬鹿にできるものではありませんよ」
「まあ、まずは実際にスペルカードというものをお目に入れてからにしましょう」と紫は微笑みながら、スカートのポケットから一枚の『札』を取り出した。二枚とも私たちが渡されたものとは異なる、派手な装飾がなされた札だった。紫はその札を私たちに見せながら、説明を始める。
「これは私が作った『スペルカード』です。渡した冊子に書いてあります通り、スペルカードとは、命名決闘で使う攻撃の名を示したものですわ。このスペルカードを相手に見せることで、命名決闘の契約を行うことができるのです」
「ちなみに装飾は私の趣味ですわ」と紫は言葉を切り、私にスペルカードを見せる。空間を裂け目を象った装飾のなかに『結界「夢と現の呪」 』という文字が書かれていた。これがこのスペルカードの名前なのだろう。パチェも興味深そうに紫のスペルカードを見ていた。
「では、早速、スペルカードルール――『弾幕ごっこ』で使う『弾幕』というものをお見せしましょうか」
そう言うと、紫は椅子から立ち上がり、天に向かってスペルカードを掲げる。スペルカードルールは決闘のためのルールだから、一人では使用できないように思えたが、そうでもないらしく、スペルカードの技自体はいつでも発動できるようだった。
紫の手に妖力が集中するのがわかる。電撃が走ったように、紫の波動に夜空中の大気が震える――この大妖の力はやはり最高位のものだった。
紫の掌から巨大なエネルギーが放たれた。目を灼くような青白い光の玉が二つ、夜空を翔けた。少し飛んだところで、二つの玉が口を開けるように破裂した。破れた玉の中から視認できないほど多くの小弾が一面に飛び散る。片方の玉からは翆玉の光に輝く無数の矢が、もう一方からはやや淡い緑色の弾丸が飛び散った。矢は放射状に、弾丸は一つの方向を目指す。無数の弾幕が無数の星々の海原の上を高速飛翔する。それだけで終わらず、二組の癇癪玉が次々と夜空に打ち上げられる。夜空はあっという間に妖力の輝きに埋め尽くされてしまった。雄大な光の芸術に私は息を飲む。パチェも美鈴も言葉を失って、眩い光の群れが高い空を飛びまわるのに見入っていた。
20発ほどの大玉を撃ち終わったところで、紫は手を下ろす。どうやら今のが『結界「夢と現の呪」』というスペルカードらしい。紫は私たちの姿を見て、自慢げに微笑んでいた。
「どうです。美しいものでしょう」
「……まあまあだな」
私は心のうちの興奮を外に表さないようにと、そう告げる。だが、紫は小憎たらしいにやにや笑いをやめなかった。紫にこちらの胸中を読まれているらしい。少し悔しかったが、無理に否定しようという気にはならなかった。その代わり、私は正直に紫にスペルカードの欠点を伝えた。
「だが、無駄弾ばかりじゃないか。敵に当たるように撃っている弾は、あのなかじゃ1パーセントもないだろう。戦闘としては、ずいぶん非効率的だな」
私が紫の弾幕を見て美しさを感じたのは確かだが、同時に攻撃のいいかげんさも感じざるを得なかった。見た目は確かに派手なのだが、実際に敵に攻撃を当てるという点において、あの弾幕は正確さと効率性を欠くように思えた。だが、紫にとって、私の反論は想定内だったようで、「はい。ですから、その非効率さがいいのですわ」と、紫は再び椅子に腰を下ろしながら言う。
「スペルカードルールは美しいもののが勝つルールです。力の強いものばかりが勝つルールではない。骨を噛み砕く牙も、内臓を一掴みで引きずり出す爪も不要なのです。必要なのは美しい弾幕――弾幕の美しさですわ。完全な実力主義を排する――それがスペルカードの理念の一つです。もちろん、力の強いもののほうが有利なのは間違いありませんが……。しかし、『弾幕ごっこ』は知恵と勇気が試される決闘です。勝つのは常に心の強いものとなりましょう。美しさと思念に勝る者なし、という言葉もまさに理念通りです」
「効率的に敵を倒すことだけを考えるのは、弾幕ごっこの趣旨に反します」と紫は締めた。紫は私が美鈴に注がせた紅茶に口をつける。「あら、美味しい」と少し驚いた顔で紅茶を褒める紫を見ながら、私は何を言うべきか考え、慎重に言葉を紡いだ。
「弾幕ごっこね……だが、『ごっこ』というぐらいだ。所詮、遊びだろう」
私は結界の管理者の目を見据えながら言う。
「人間と妖怪の関係は、襲い襲われ、殺し殺されの関係だった。人間と妖怪の間には死という深い溝があったはずだ。それなのに、こんな遊びが橋渡しの代わりになると、おまえは考えているのか?」
私はじっと紫の目を見ていた。紫水晶の瞳は強い光を放っていた。紫は口元から胡散臭い微笑を消し、真面目な表情で――この大妖には珍しいことに、少しだけ気弱な口調で、祈るように言った。
「わかりませんわ」
紫は滔々とした口調で続ける。
「まだ始めたばかりですから、わかりません。ただ、私はスペルカードルールは十分に期待できるものであると――人間と妖怪の共生にとって大きな希望になると考えておりますわ」
紫の目は真剣だった。
「そもそも人間と妖怪の関係は本来、儀式的なものだと思います」
千年以上の時を超えて生きる大妖は落ち着いた声で語る。
「概念や理念を重んじる我々妖怪には、結果とは形式に付随するものです。形式とはまさに、儀式と同じですわ。妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を退治する――これは千年以上に渡って縷々連綿と続いてきた人間と妖怪の関係ですが、これはまさに形式化された関係、すなわち儀式と呼んでも過言ではないでしょう。浅学な者には、儀式というのは形式ばかりで意味のないお遊戯にしか見えないでしょうけれど、そこには必ず理由や所縁があるものです。人間と妖怪の関係においても然り。人間にとって妖怪は恐怖の象徴です。ですから、人間は妖怪を退治することで、自らの恐怖心を克服することができる。そして、伝承することで、自らの足跡を振り返ることができるのです。一方、妖怪にとっても人間はなくてはならない存在です。妖怪の存在意義とは、『人間を畏怖させ、脅かすもの』ですからね。妖怪は存在意義なしでは生きていけません。人間は妖怪の大事な食糧であると同時に、存在理由の拠り所なのです。ですから、妖怪にとっても人間と争うことは非常に意味のあることと言えるでしょう」
「ですが……」と紫は小さくため息をつく。私にはそのため息の理由がわかっていた。らしくもなく、私は紫に少し同情していた。
「……幻想郷では、人間と妖怪は常に争っているわけにもいきません。特に幻想郷には強大な力をもつ妖怪が多く集まっています。妖怪と妖怪の戦いもまた、幻想郷を傷つける結果となります。幻想郷において、人間と妖怪は――そして、妖怪と妖怪も、お互いに仲良くすることを考えなければならないでしょう」
……紫の言うとおり、『幻想郷は狭い』のだった。戦闘による勢力の潰し合いについて気を配らなければならないほど、『狭い』のである。命名決闘法を『歪』と私と紫が呼んだのもそれが理由だ。命名決闘法は人間と妖怪が歩み寄るのを助けるための法案である。本来、その間に殺し合いが存在するはずの人間と妖怪の関係性を、命のやりとりを排除してまで近づけようとする命名決闘法は、我々にとって少々歪に見えるのだった。
「そして、」と紫は一瞬だけ、つらそうに目を細めた――その姿はまるで母がわが子の身を案じるようだった。
「外の世界の人間たちは、夜の暗さも私たち妖怪も恐れなくなっています。外の世界に、私たちの居場所はないと言っても言い過ぎではありません……。幻想郷は妖怪たちにとって、数少ない生きていくことのできる世界であると、私は思っています」
「それは、公女様もよくご存じでしょう」と、紫は私に目を向ける。私は紫の言葉にうなずく。悔しい話であるが、私が生まれた西欧でも、状況は幻想郷とさほど変わりはない。あちらでも、私は妖怪がすでに滅びゆく存在であるということを嫌というほど思い知らされてきた。
紫は説明を続ける。
「ですから、幻想郷を失うことは私たちにとって大きな損失です。私たちは幻想郷を崩壊させてはならない。ですが――ここを『ですが』で繋げなければならないのが、本当に面倒くさいことなのですけれど――まったく争いがないというのも、妖怪の力を失わせることに繋がります。妖怪にとって、やはり多少の争いは必要なのです、幻想郷に壊滅的な被害をもたらさない程度の闘争が。そのためには、スペルカードルールという一見歪な規則を設けてでも、現状を維持する必要があるのです。もう私たち妖怪はそのラインにまで来てしまっている――そのことを自覚しなければならないのでしょう」
そこで紫は一息つき、私に一瞬だけ挑発的な笑みを向けた。
「もっとも、そのことは公女様にご教授していただいたのですが」
そのとき、私は紫の笑みと言葉の意味を掴みかねたが、やがて理解できた。なるほど、そもそもの原因は自分にあるようだ、と思い当たる。私は悪戯がばれた子供のように肩をすくめることしかできなかった。
幻想郷にやってきたばかりのころ、私は試しに幻想郷の妖怪に適当に戦いを吹っかけてみたのだった。それで、幻想郷の妖怪があまり強くなかったのを感じて驚いていた。どうやら、幻想郷は長く闘争のない時代を過ごしていたようで、妖怪たちの力が衰えていたらしい。そのことを知ったのは、『戦争』後のことで、それでも、私は紫を筆頭とする幻想郷の妖怪に負けてしまい、『吸血鬼条約』なるものを結ばされてしまったが、どうやら私のやらかした『戦争』が紫にとって苦い経験になっていたようだった。この命名決闘法案も、『吸血鬼異変』と呼ばれる私の『戦争』が一つの原因になってしまったのだろう。まあ、吸血鬼異変はともかく、妖怪たちにとって戦いが必要なのは本当のことだった。私がいなくても、幻想郷ではいつか、この命名決闘法のようなものが出来上がっていたことだろう。
「以上、申し上げたように――」と、紫はまとめに入るようだった。
「幻想郷には妖怪たちが力を維持するため、最低限の日常的な戦闘が必要なのです。ですが、無闇矢鱈と殺し合うわけにもいきません。ならば、ルールを設け、安全を確保したうえで、殺し合いではなく、決闘を許可すればよいのではないか――このルール、すなわち、スペルカードルールという『ゲーム』こそが、命名決闘法の本質ですわ」
紫は余裕ありげに唇をつり上げ、一方で私に威圧感さえ与えるような強い視線を送っていた。
「聡い公女様にも命名決闘法の重大さがご理解いただけたでしょう?」
私は紫の視線に対し、全身の殺気をこめた視線を返す。大妖もまた私の視線に怯むことなく、私の目をじっと見つめていた。
私はふう、と息をついて、首を振って見せた。
「……下らないな。おまえは、私がその命名決闘なんたらに賛成すると期待しているようだが、もし、このレミリア・スカーレットが人間と妖怪の共存する世界などというお伽話じゃなく、妖怪らしい、血生臭い闘争を望んでいるとしたらどうするんだ?」
だが、私の言葉を聞いて、紫はくすくすと笑った。紫の微笑は童女のように朗らかなものだった。
「ありえませんわ」
紫は断言した。思わず言葉を失う私に、大妖は扇子を広げ、口元を隠して笑う。
「あなたはそんな残酷な妖怪ではありませんもの」
私は言い返そうと口を開いたところで、紫が続ける。
「まあ、証拠でしたら、いろいろありますが。人間を自分のメイド長に起用したり、霧の湖に迷い込んだ人間を保護したり――口ではいろいろ人間を馬鹿にしてるようですが、あなたは無下に人間を殺したりするような妖怪には見えませんわ。先の条約――吸血鬼条約もきちんと守っていただけているようですしね」
「……悪魔は契約を守るものなんだよ……」
私は、はあ、とため息をついた。どうやら、ここまでらしい――もっとも、私も本気で反対するつもりはさらさらなく、この胡散臭いスキマ妖怪の言うことに素直に従うのが気に入らないというだけだったのだが。扇子に隠れていてよく見えないが、きっと紫はにやにやと笑っているだろう。それを思うと、無性に腹立たしかった。
まあ、いつまでゴネていても仕方がない。私は潔く宣言することにした。
「……わかった。紅魔館は命名決闘法を受け入れましょう」
私は紫に言う。思わず、口調が身内に向ける物になってしまったが、もう気にするまい。私の言葉を聞いて、紫は扇子を閉じて、嬉しそうに顔をほころばせた。
「約束していただけるということですね」
「約束で満足できないなら、契約でもいいわ」
「ありがとうございます、公女様。それでこそ立派な君主様ですわ」
紫はにっこり笑顔をする。計算高い大妖は満足そうに微笑んでいた。私はそれをあえて無視するように、命名決闘法の冊子を手に取った。しかし、よくこんなものを考えたものである。殺し合いを、殺し合いに似せた『遊び』で代用しようとは。実を言うと、冊子を読み始めた時から、私はこの提案を気に入り始めていた。紫の提案は受け入れることは、とっくに決定事項だったのだ。
私は紫に再び視線を戻す。
「それで、紫、あんたがさっき言ったことだけど、」
――だから、ここからが私にとって、ちょっとした関心事だった。
「あんたがここに来て最初に言った言葉についてなんだけど、」
紫の深い紫の目を見据えながら問う。
「『お客様のご希望にぴったりな商品』とはどういうことかしら?」
私の言葉に、紫の余裕が収斂する。ただの売り文句という可能性はないようだ。私はテーブルの上に肘をつき、紫のほうに体を傾ける。
「あんたはこの言葉に、どんな意図を込めたんだ?」
珍しく、紫はすぐには私の質問に答えなかった。紫は開いた扇子で、口を隠す。それでも、紫は私から視線を外すことはなかった。紫は何か考えているように見えた。だが、それは自分の発言を誤魔化そうという風ではなく、あくまでどのような言葉を使うかについて、慎重に吟味しているようだった。私も紫が話し始めるのを待った。
一分ほどの長考の後、大妖は口を開いた。扇子を閉じた唇には、薄い笑みが浮かんでいた。
「さきほど申しました通り、命名決闘法は、安全に決闘ができるようにと考え出されたものですわ」
紫は私に微笑みを向けながら言う。
「『安全に決闘』と言いましても、実際に決闘で死人が出ては意味がありませんわね。スペルカードルールが求めているのは、手軽で楽しい、少女の遊びなのですから。女の子のじゃれ合いで死人が出るわけがありません。ですから、スペルカードルールについて、一つ保証させていただきますわ」
紫は毅然とした口調で言った。
「スペルカードルールを使った決闘では、絶対に死人は出ません」
眉をひそめる私に対して、紫は笑顔のまま続ける。
「その説明書に書かれているように、スペルカードルールはスペルカードに応じた自分の得意技を披露する戦いですが、『スペルカードを使う』という意志を見せることで、その戦いはただの戦いではなくなるのです。あくまで、『スペルカードによる決闘』としての意味を帯びることになります」
「『スペルカードによる決闘』、すなわち『弾幕ごっこ』では、決して死者がでないようにしてありますから、ご安心ください……まあ、服が破れる、怪我をする程度のことはあるかもしれませんが」と、紫は紅茶をすすりながら言う。私は、紫の言葉を咀嚼しながら、尋ねた。
「死人が出ない?」
「はい。弾幕『ごっこ』ですから。死人が出るような危ない遊びは、『遊び』とは呼べませんわね」
「そんなことができるの?」
「ええ。ここは幻想郷です。ちょっと変わったことがあったとしても、不思議なことなんてありませんわ」
「……無駄に説得力のある言葉だね。冗談はともかく……まあ、いわゆる『言霊』ってやつかな?」
私は紫の言うスペルカードの原理について考えながら言う。
「スペルカードルールを使う、という言霊によって、普通の殺し合いと、スペルカードによる決闘を言語的・概念的に分離させる――原理は、そういうこと?」
「その解釈で概ね正解ですわ。スペルカードが境界の役割を果たしていると考えてください。スペルカードという垣根が存在することで、殺し合いは弾幕ごっこという遊びに変換されるのです」
「……さらに言えば『境界を操る程度の能力』の応用といったところかしら? スペルカードという言霊を媒介にすることで、スペルカードルールの弾幕ごっこと通常の戦闘との境界を、あんたの能力で創り出しているというわけね。……本当に底知れない奴だわ」
「さあ? 詳しいことは意外に複雑なので、あえて申し上げませんが。例えを用いるなら……そうですね、ギャグ漫画が一番わかりやすいでしょうか。ギャグ漫画では、頭にナイフが刺さっても、体が爆発しても、溶岩に落ちてもキャラクターは決して死にません。たとえ、その巻では死亡してしまったとしても、次の巻には中国四千年の医術などと理由をつけて復活しているものです。それと同じですわ」
「……何とも身も蓋もない説明だね、ものすごくわかりやすいけど」
「でしょう? スペルカードを使うということは、その戦闘をギャグ漫画化するのと同じことなのです。ナイフが心臓に刺さっても、明らかに四肢を粉砕するような爆発を喰らっても、死ぬことはありませんわ。精々、アフロになるだけです。なんせ、ギャグですから」
「ギャグ、ね。ずいぶん便利な言葉だ……」
「もちろん、痛いことは痛いですけどね。決闘ですから、そのくらいの緊迫感はありませんと。何事にもメリハリは必要ですわ。遊びといえども本気になっていただきます。それから、弾幕ごっこには儀式性が重要であると申しましたが、遊戯性もまた必要ですわね。遊びなのですから、楽しくなければなりません」
そう話す紫の口調は少しうきうきしたものに変わっていた。
「私も自分の式と何戦か弾幕ごっこをいたしましたが、思っていた通り、楽しいゲームでした。『命名決闘』は楽しい遊びです。弾幕ごっこはスポーツにもなりうるのです」
「まあ、今までのことをまとめると、次のことが言えます」と紫はカップをソーサーに置く。
「スペルカードでは人が死ぬことはありません。たいがいの無茶苦茶をしても何の問題も起こらない、ということを保証しましょう。また、弾幕ごっこは遊びとしても傑作です。暇をもてあましてる妖怪にはもってこいのゲームでしょう。すなわち――」
紫が目を鋭く細める。薄い笑みすら消し、大妖は真剣な表情に変わる。紫はすっと息を吸い、次の一拍で、ようやく彼女が一番言いたいことを口にした。
「弾幕ごっこは、地下室に閉じ込められているお子さんにも、とっておきのストレス解消法になる、というわけです」
紫の台詞を聞いた瞬間、話を聞きながら本に目を落としていたパチェが顔を上げ、眠たげだった紫水晶の視線を鋭くして大妖を睨みつける。美鈴も休めの姿勢を保ったままだったが、温和だった顔を獰猛な獣のように強張らせ、全身から強い殺気を放っていた。
「……気づいていたのかしら?」
静かな心のまま、私は紫の目を見据える。慌てるようなことはない。ただ、目の前の大妖を舐めていたことに対する少しだけ後悔していた。頬杖をついたまま、私は紫に尋ねる。紫はゆっくりとうなずいた。
「はい。恐れながら」
「どうせ、あんたのことだ。この間の『戦争』のときに調べてたんでしょ」
「ご明察ですわ」
私はこの結界の管理者に怒りを覚えなかった。この賢い大妖が、この程度の隠し事を知らないとは思えなかったし――何より、『あの子』のことについて隠していても仕方がないと思っていたからだ。紫は開いた扇子で口を覆い、その向こうで笑いながら言う。
「セールスマンはつい最近始めた副業でして。私の本当の仕事は、結界の綻びをちまちま修繕することと、幻想郷にとって危険なものはないか探すことですわ。私は働き者で仕事には忠実なのが売りですから、失礼ながらも調べさせていただきましたわ」
「ふん、よく言うわ。失礼などと万に一つも思っていないくせに」
私はくっくと喉を鳴らして笑った。紫もくすくすと笑う。私たちの姿を見て、パチェと美鈴が緊張を解く。二人ともなんだか拍子抜けしているようだった。
紫は扇子を閉じ、天を指すようにそれを立て、にやりと頬の端をつり上げながら説明を始めた。
「よろしいですか、お嬢様。妖怪も人間も動物も、まず遊ぶことから、自分が何者かを理解するものですわ」
そう語り始める紫の目には、まるで子供を見守るような温かさが宿っていた。
「犬などを見てもわかりますね。子犬たちは四六時中、兄弟とじゃれあっているのです。耳を甘噛みしたり、のしかかってみたり、駆けっこをしたり。人間の子供にいたっては、この子たちはまるで遊ぶためだけに生まれてきたのではないかと思うこともありますわ」
「大人でもそうです」と紫は講釈を続ける。
「かの老獪なイギリス人はゲームの中に人生を見出すと聞いたことがあります。イギリス人に限らず他の人間も成長した後でも遊ぶことを忘れたりいたしません。スポーツもまた遊びの一つですし、パチンコや賭け事も、もちろん遊びの一つです。妖怪にいたっては、言うまでもないことですわ。永い永い生を生き続けるという妖怪にとって、暇をいかに潰すか、というのは非常に重要なテーマですからね。妖怪の存在意義が遊ぶことであるというのも、決して間違いではないでしょう。どうやら、社会性が高く、知能の優れた生き物ほど遊びを重視するようですわね」
「なるほどね」
私はうなずいてみせた。
「私たち妖怪も遊びから生のあり方を学び、遊びのなかに生きなければならないわけだ」
「ええ、その通りです。妖怪も遊びながら成長するのですわ。そして、」
紫は一瞬、躊躇うように言葉を切ったが、そこで止まることなく、はっきりと私に告げた。
「まあ、全てが全てではないのですが――人間の子供は幼いとき、よく遊んでおかないと、心に病気を抱えることがあるそうですわね」
それを聞いて、私は言葉を失ってしまった。
『あの子』の『病気』のことが頭にちらつく。
紫はそんな私の心のなかを知ってか知らずか、淡々と続けた。
「遊びは大人になったとき、社会に適応する力をつける訓練なのだそうですわ。遊びが子供に社会性を身につけさせる。小さいころ他の子とよく遊んでいない子は社会性が十分に育たず、そのまま大人になって社会に出ると、周りの重圧に心が潰れてしまうそうです。ですから、遊びは社会に慣れる――つまりは友達をつくることを学ぶための手段でもあるそうですわ……」
そして、紫はその先を続けようとしなかった。大妖は口を閉じると、胡散臭い笑みを消し、ただ紅茶に口に運んでいた。……私はどんな顔をしていただろうか。心のなかには、がらんどうになってしまったかのような静けさだけがあった。
私はうつむいて、紫は紅茶をすすって――私たちはしばらく黙ったまま向き合っていた。パチェも美鈴も何か言おうとする気配はなかった。紫は私の対応を待ち、親友と門番長は私をじっと見守っていてくれた。
静けさという心の嵐が少しおさまったところで、私は顔を上げて、紫に最後の質問をする。
「……対価は何?」
片眉を上げる紫を見つめながら、私は訊く。
「紅魔館はスペルカードルールを購入する。あなたはその『代金』として、何が欲しいの?」
紫はすぐには答えず、じっと私の顔を見つめて何か考えているようだったが、やがて、にっこりと笑った。
「特別に何かをいただこうとは思っていませんわ。命名決闘法を受け入れてくだされば、十分です。そのことだけでも私どもにとっては『代金』となりますわ」
「……ふん。相変わらず胡散臭い」
「あら。胡散臭いとは心外ですわ」
「無料より高い買い物はない。まして、あんたが相手なら尚更だわ」
「あらあら。信用していただけないとは悲しいことですわ。でも、そうおっしゃるなら、仕方ありませんね……」
紫は閉じた扇子の先を顎に置いて考える仕草をするが、たぶん、それは見せかけだろう。この大妖のことだ。最初から、私から何を『代金』として取ることができるか、考えていないはずがなかった。
すぐに紫は私に意味ありげな視線を送り、いつもの胡散臭い微笑を浮かべた。
「お手元の冊子をご覧ください」
紫は私に渡した命名決闘法の冊子を示す。
「決闘法の意義をお読みください」
私は紫に言われた通り、冊子の題名の下、命名決闘法の前文と意義の項目を開いた。
そのなかの一文が私の目に飛び込んできた。
『一つ、妖怪が異変を起こし易くする。』
そして、その下、『一つ、人間が異変を解決し易くする』という一綴りも、まるで自己主張してるかのように浮き上がって見えた。
……本当に食えない奴だ。
私はこの幻想郷の管理者の聡明さに舌を巻かざるをえなかった。
「……なるほど、要求は『宣伝』ね」
紫が嬉しそうに顔をほころばせた。
「本当に利発なお方ですわ、公女様。話が早くて助かります」
「……そうだね。最近、日が長くて鬱陶しくなってきたから、いっそのこと太陽を隠してしまおうか」
「実に素晴らしいアイディアですわ。とても楽しそうです」
私が適当に言った案に、紫がにっこり笑顔でうなずく。私はその仕草に少し呆れた。やれやれ、こいつは本当に幻想郷の管理者なのだろうか……
一つ息をついてから、私はスペルカードのセールスマンに確認をとる。
「それで、私が異変を起こせば、人間がやってくるってこと? そいつはちゃんとスペルカードルールを知ってるんでしょうね」
「もちろんですわ――もっとも、相手がスペルカードルールを知らなくても、こちらの意志さえあればスペルカードルールに持ち込めるのです、相手の技に名前さえつけてしまえば、その攻撃はスペルカードとしての効力をもつことになります――まあ、それはともかく、そもそもスペルカードルールの起草者は、他の誰でもなく博麗の巫女ですわ」
「……博麗の巫女が、このルールを作ったの?」
博麗の巫女と言えば、確か人間だろう。人間がまさかこのような法案を作るとは。私は紫の言葉に驚きを隠せなかった。紫はにこにこと笑ったまま、私に補足説明する。
「もちろん、法案の発議、細部の作成は私がやりましたけれど、実際にそれに決定を出し、人間側の合意として認めたのは今代の巫女ですわ」
紫は少し誇らしげな口調だった。どうやら彼女のことが気に入っているらしい。
「私もよくは知りませんが、賢くて、心の広い子のようです。彼女なら、今、幻想郷で嫌われている悪魔の一団を受け入れることなど造作もないことでしょう」
「……言ってくれるわね」
「これはこれは。お気に触る言葉があったのなら、謝罪いたしますわ」
私はきつく紫を睨んではみせたが、本心では愉快に思っていた。確かに吸血鬼異変を起こし、『戦争』に負けてから、幻想郷における紅魔館のイメージは相当に悪いものになっている。他の妖怪たちは紅魔館がスペルカードのようなお遊戯に参加するとは決して信じていまい。今現在、幻想郷で正式にスペルカード戦を行えるのは、人間である博麗の巫女と紅魔館くらいのものなのだ。 今回の取引は八雲紫と紅魔館双方にとって都合のよい話だった。紅魔館がスペルカードを用いた異変を起こすことで、紫はスペルカードルールの宣伝ができる。かつて幻想郷に喧嘩を売ってきた凶暴な吸血鬼どもがスペルカー ドルールに従うというのだ。その宣伝効果は大いに期待できるものだろう。一方、紅魔館は幻想郷での友好関係を築くのに最初の一歩を踏み出すことができるのだ。しかも相手は博麗の巫女である。人間側の代表であり、人間のなかで妖怪たちと最も交わりの深い彼女を利用すれば、幻想郷での地位確立も容易であることが想像できた。これはお互いにとって大きな一歩なのだ。
「ところで、」
私はおまけ程度の気持ちで紫に訊いた。
「このスペルカードルール、今のところ何人が知ってるのかしら?」
この問いに紫は今日初めて弱ったような顔をした。苦笑いしながら、紫は答える。
「博麗の巫女とその周りの人間、人里の賢者である稗田家当主、あとは宵闇の妖怪といった野良の妖怪が少しと、新しい物が好きな妖精くらいなものですわね……」
「随分、成績の悪いセールスマンね」
私はやっと紫から一本とったという気持ちで、愉快に笑ってやった。紫は「あくまで副業ですから、いいんですの」と舌を出した。
紫は席から立ち上がり、宙にふわりと浮かび上がった。閉じた扇子で虚空を撫でると、空間の切れ目が生じる。結界の管理者の用件は済んだらしい。隙間の妖怪は開いた穴に体を滑り込ませながら言った。
「美味しい紅茶をどうもありがとう。お客様の成功をお祈りしておりますわ。今後も、株式会社ボーダー商事をご贔屓にお願いいたします」
空間の向こうへと去りながら、紫は不敵に、だが、少しだけ柔らかに笑った。そして、大妖は私に向かって高らかに語りかける。
「努力することね、レミリア・スカーレット。スペルカードは努力した者を決して裏切らない。力を磨くように、己の強さと美しさを磨きなさい」
二つの紫水晶の瞳が夜空に明るく瞬く。
「そして、弾幕ごっこは一人では遊ぶことはできない。必ず二人以上で遊ぶ道具なの。遊びは私たちに深い知恵と心の寛容さ、勇気――何より、誰かを好きになるという幸福を与えてくれる」
高い夜空から、紫の紡ぐ声が降り注ぐ。
「スペルカードは人間と妖怪という地平線を挟んだ者同士でさえも繋ぎ合わせる可能性を持っている。弾幕ごっこは相手に歩み寄ろうとする者を決して裏切ることはない。求めれば、きっとそれは与えられるでしょう――」
紫は最後に、いつも通りの胡散臭い笑顔を浮かべた。
「努力なさい、レミリア嬢。それから――可愛らしい妹様にも、よろしく伝えておいてくださいな」
幻想郷の管理者は隙間の向こうに消え、やがて、空間の裂け目も最初から存在しなかったかのように消滅した。
「なんというか……」
美鈴は八雲紫の去っていった空中を見つめたまま言った。
「相変わらず、胡散臭い妖怪ですね……」
「ええ、まったくだわ」
私はうなずき、カップをひらひらと上下させて、美鈴にお茶のお代わりを頼んだ。美鈴がカップに紅茶を注いでいるのを見ながら、パチェは言った。
「レミィ、よく怒らなかったわね。あんなに言われ放題だったのに」
パチェの顔には驚きと少しの怒りが浮かんでいた。私は苦笑して答えた。少し情けない気分だった。
「間違ってないからね。私が戦争に負けたのも。妹を閉じ込めているのが私だということも――」
パチェは私の言葉を聞いて、なおさらむっとした顔つきをした。そして、我関せずとでも言うかのように再び本に視線を戻す。不機嫌そうにページをめくる姿が何ともおかしかった。私は、パチェが私のために怒ってくれているという事実が素直に嬉しかった。
紅茶を入れてくれた美鈴に「ありがとう」とお礼を言い、カップを口に運ぶ。温かい紅茶をすすりながら、私は思考を始めた。お茶会を始めたときが嘘のように、私の頭は速く回転していた。
考えることはたくさんあった。
紅魔館のスペルカードルール運用の準備。
新しく幻想郷に起こす異変。
博麗の巫女との戦いに向けたスペルカードの調整。
そして、
地下室の妹、フランドール・スカーレットに『友達のつくりかた』を教えること。
「……美鈴」
「はい」
一通り、考えがまとまったところで、私は傍らに控えている美鈴に話しかけた。私の呼びかけに、美鈴は表情を引き締める。短く強く返事をする美鈴の声に私は頼もしさを感じていた。
「咲夜を呼びなさい。スペルカードルールについて話があるわ」
「かしこまりました」
力強い美鈴の返事に満足する。それから、私は意地になって本に集中している親友に声をかける。
「ねえ、パチェ」
「何よ、レミィ」
パチェは相変わらずこちらを見ようとはしなかった。普段は私を子ども扱いしながらも、時折私よりも子供っぽくなる魔女に苦笑せざるを得なかった。
「あの子のこと、手伝ってもらえるわよね?」
はっとしたように、パチェは顔を上げる。知人以外でもわかる程度に目が大きく見開かれていた。呟くように魔女は言った。
「異変ならともかく、そっちのほうも、本気なの、レミィ?」
「ええ、本気よ」
「……危険かもしれないわよ」
パチェの声に憂いが聞き取れた。私は心配する親友に強気に笑ってみせた。
「承知の上だわ」
私は椅子から立ち上がる。春の風がとても涼しかった。満天の星空を見上げながら、私はテラスの手摺に向かって歩いてゆく。手摺に着いたところで、私は両肘を手摺に当て、手を組んでその上にあごを乗せる。そして、一面に広がる幻想郷の美しい景色を眺めた。
霧の湖に空の星々が映っていた。
遠く広がる山々は誇り高く、星空を背景にそびえている。
満天の星空はさながら天上の宝石箱だった。
フランはこんなに美しいものを見ることができない。
友達と遊ぶなんて尚更だ。
妹の自由を奪っている自分が――ひどく情けなかった。
「こんなに星が綺麗で月が始まる夜だから、」
私は一人歌った。
「今まで果たせなかった願いを叶えましょう――」
私は強く決意していた。
,
何百段、では
期待しつつEratへ。
人間は多かれ少なかれイカレた思考と厨二マインドを患っている生き物だと思うんだぜ。
いまさら言及するまでもなくね。
お疲れ様でした。熟読させていただきます。
でも私は貴方の書く素晴らしい創想話の幾つかの物語を、
私の中での二次創作での公式として
色んな方の紅魔館のお話を読んでおります……ダメですか?
最後の作品に評価を入れさせていただきます。
読むのが勿体無くて中篇に行きたくないような早く読みたいような!!
そんな気分です。
コメ返しが遅れて申し訳ございません。コメ返しをするべきか考えておりましたが、させていただくことにいたします。
まずは、私の書く物語を高く評価していただいていることにお礼申し上げたいと思います。公式、という言葉をいただくことは2次創作者にとって、最高の賛辞だと考えております。本当にありがとうございます。
ここで、私の意見を述べさせていただきますが、前提として、19様の考えは19様自身のものであります。それゆえ、どうか、答えは19様ご自身で決めてください。ご自身にとって、一番良いと考えたものを信じるようになさってください。
私は自分の作品を、東方Projectの二次創作作品の一つにすぎないと考えております。数ある作品世界の一つの世界でしかないと思っております。他の作品のものと比べましても、その文学的価値、読者様の好き嫌いはともかくとして、キャラクターが生きる世界という意味では、全くの同価値的な作品であり、また同様に、他の方が書かれている作品もまた、私の作品と同価値なのだろう、と考えております。
また、私の作品は、あとがきにあるように東方Project公式と全く関係がないとあとがきに記述しましたが、本心では、東方Projectの二次創作作品以外のなんでもなく、あくまで東方原作に向かって書かれているものだと考えております。私は二次創作の二次創作をする気はありません(もちろん、他の方の二次創作作品の影響を受けることもありますが、それでも原作の設定の上に自分の作品世界を構築できるように考えております)。それと同様に、他の作家の方たちも、私の作品の二次創作を作っているわけではありません。他の方々も、東方の原作に正面から向き合って、自分の世界を書いているのだと考えております。それゆえ、私の作品はあくまで、東方原作を見つめる一つの視点から生まれた物語であって、他の方々の視点から生まれた物語とはまったくの別存在であり、これらの世界たちの『公式』にはなりえないものだと考えております。
さらに申し上げれば、私は読者の方々も二次創作者だと思います。読者の方々は作品を読むことで、心のなかにその方だけの幻想郷をつくりあげるのだと考えております。それゆえ、このような言い方は突き放すように聞こえるかもしれませんが、その作品の物語は読まれた瞬間に、たとえどんなに似ていたとしても、読者様だけの物語に変わってしまっているのだと考えています。作品の言葉は、読者様の言葉によって置換され、そこから再構成されるのですから。その意味では、作品――文字や絵として物理的に構成された作品物は、作者の世界と読者の世界との境界になっているのかもしれません。ですから――というのも変かもしれませんが、自分の心のなかに映った物語を真っ直ぐに見つめてあげてください。自分だけの物語を見つけることは、言葉にできない喜びだと考えております。
僭越ながら、以上が私の意見です。私の作品を特別にご贔屓してくださっているようで、非常にありがたく思います。ご自身が作品に接するのに対して、どのように考えるかは19様自身が決めることだと思います。それゆえ、私の言葉はあくまで、話し半分にお聞き流しください。19様が、ご自身に最も良い選択をされることを祈っております。
にしても・・倍以上になった筈なのにむしろ前よりスラスラ読んでいけたとはこれ如何に。まぁそれだけ無在さんの作品に触れられているという事だな。