満月の今宵、ある結界の中には『あの三人』が鼎談している。
それらは言うまでもなく、姓に『八』を持つ者達。『八の会』、とでも呼ぼうか。
永遠亭の医者であり、月の完全なる脳を持つ『八意永琳』。
山の神でありながら、現在も布教活動を欠かさない『八坂神奈子』。
幻想郷の母親と言っても過言ではない。幻想郷をこよなく愛する『八雲紫』。
幻想郷の三強が揃った今宵、ある催しが開催された――
「あのさ、なに『八の会』って? 私聞いてないんだけど? なんかいい感じにオープニング始まっちゃったけどさ」
円いテーブルにすっかり頬杖を付いた紫が、鼎談の第一声で早速愚痴を零す。しーんとした空気が、甘い蜜の匂いのように、プーンと漂う。
神奈子は頬を掻いて退屈そうな顔をしている。今夜の空模様に似た、雲行きが怪しい険しい表情である。今夜は満月であるが、その姿を確認する事は極めて難しかった。
ウフフと唇を緩めて、湯気が立った温かいコーヒーを飲みながら永琳が言った。
「いいじゃない。この三人が集結するなんてもう二度とない機会よ。楽しくしましょう」
彼女の相変わらず丁寧に束ねられた銀色の髪が、さらさらと揺れる。
それに合わせて結界の外では、虫の合唱コンクールが開催された。リンリンリン。キシキシキシ。この独特の音々が奏でるメロディは、三人の心を暫し癒した。彼女がテーブルにコーヒーをコトン、と置いたと同時にコンクールは閉幕する。
「やいやい、かわずしょう。もう終わりだけ?」
神奈子がぎこちない諏訪弁を披露する。いや、どうやら疲労しているようだ。何か変わった事をしたいらしい。
「神奈子。慣れない方言は慎んだらどうかしら?」
「そうさせてもらう」
紫は頬杖をやめたらしく、ぐたーと顎をテーブルに乗せて頭を左右にカクカクさせている。同じ事しか出来ない、出来損ないの首振り人形のように繰り返している。
「ところで永琳。今日は何をするのかしら?」
「あら、知らないの?」
「ええ、何も」
「今日は『ラジオの生放送』ってやつををやってみるわ」
ラジオ。それは幻想郷の博麗神社以外(ここ重要。テストに出るぞ)では流通しているメジャーな情報伝達技術。テレビという物が幻想郷には普及してないので、ラジオを作ったのである。製作者は言うまでもなく妖怪の山の麓に住む河童だ。
「ほう。楽しそうじゃないか」
神奈子が興味を持ち始めたらしく、さっきまでの険しい表情はもう見られない。やや真剣に、しかしどこか恐ろしい事を企んでいるような。それはいつもの顔である。だが今は悲しい様にも見えた。
「では始めてみましょう」
結界の上方に浮かぶ灯火が三人を仄かに映した。神奈子はにやにや笑い、永琳は少しぬるくなったコーヒーを静かに飲み、紫は相変わらず首をカクカクさせている。
――早速放送開始。
「まずは自己紹介から。私は八意永琳。全体的な進行役です」
紫がまだグッタリしているので、仕方なく神奈子が次に言う。
「私は八坂神奈子。守矢神社の神を務めます。明日守矢神社境内で盛大な宴会を行うので皆様是非御越しk.....」
「私は八雲紫。正直寝たいけど頑張るわ」
タイミング良く紫が遮ったので、神奈子は不満そうな顔をしている。
テーブルの真ん中でばさっと音がした。幾重にも重ねられた紙が出現したのだ。かなりの量だ。三百枚はあるだろう。
「それでは最初のコーナー。たくさんおハガキをいただいたので、その中から三枚ランダムに選んでいくというコーナーです」
どうやら真ん中の紙はハガキらしい。よく見ると『ゆかりんは俺の嫁』『マリアリはおれのジャスティス』とか書いてある。
「ではこの三枚にしましょう」
永琳が手際良く選び、内容を読み上げる。非常に良いテンポである。流石月の使者である。
「まずは一枚目。ペンネーム『豆腐屋』さんから。《三人はどういう関係ですか? 三人とも苗字に八がつくので何か接点があるのだと睨んでいるのですが、真相を教えてください》」
「これ早苗だろ」
刹那の間も与えず神奈子が指摘した。その隣では紫が、なんだこのしょーもないラジオ、と言いたげな表情をしている。ただ、グッタリした格好は変わっていない。
「昨夜、何か書いてるな~、と思ったらコレか」
「とりあえず質問に答えましょう」
もわもわした空気の中、紫が淡々と話し始めた。
「特に接点は無いわね。強いて言うのならば、幻想郷の中でも屈指の実力者、というところかしら」
「そうね。接点は無いわね」
「あってたまるか」
この時、三人は同じ思いを胸に抱いていた。
『『『ナニコレ? 早く辞めたい』』』
「では次。ペンネーム『ちぇんはおれのジャスティス』さんから。《何で私も呼ばなかったんですか?》」
「これ藍ね」
何という事だろうか。さっきから悉く宛主を当てているではないか。現実的に考えれば幻想郷では常識であるが、そもそもペンネームが雑極まりないのが原因である。
「こんなの簡単じゃない。藍が来たら面白くないからよ」
「紫、それはどういう事だ?」
「藍は比較的真面目だからリスナーの方が飽きちゃうじゃない。斬新かつ面白いトークを演じる事が出来なければこの場には相応しく無いわ」
「あれ? 紫さんはラジオの事は聞いてないと仰いましたよね?」
ギクッと紫が本心を突かれたらしく、扇子を出してパタパタ仰ぎだした。左目をウインクして右目はどこか知らない場所を向いてこう言った。
「ば、バレちゃしょうがないわね。忘れてたのよ。はいおしまい」
鼎談の中に一匹のハエが迷い込んだ。それは三人の上を飛び回っている。その音が聞こえるほど、この場の空気は冷めていた。
この時もまた、三人は同じ思いを持っていた。
『『『今週のジャンプ買ったっけ?』』』
「それでは次行きます。ペンネーム『もしドラ(もしもマックのドライブスルーで頼んだヤツと違うのが出てきたら)』さんから。《密かな乙女の悩みを聞いてくれますか?》」
「おう! 聞いてやるとも!」
「聞いてあげるわ。何かしら?」
何故か永琳がハガキを凝視している。真剣な眼差しでハガキを隅々まで確認してるようだ。漸く目を離した永琳が言った。
「..........終わりですね」
「え? 何それ? 反応求めただけ? 逆に気になるわね。その悩みってヤツ」
「久々にワロタ」
完全にやる気を無くした紫が境界の中に頭を突っ込んで歌い始めてしまった。神奈子は怒りの色を顔に表しているようだが、笑っていた。
「私の予想だけど、ペンネームが悩みなんじゃないかしら? ほら、頼んだヤツと違うのが出てきたってヤツ」
「それが悩みだったら宛主だいぶラリってるな。精神科行ったほうが良いんじゃないか?」
「これってラジオよね? 放送されてるんでしょ。大丈夫なのコレ?」
こんなに冷めたラジオは滅多に無いだろう。各々やりたい放題である。
「もう次のコーナー行こうよ」
「そうね。では次のコーナー。リスナーの方達からお題を出されるので、そのお題について私たち三人がトークするコーナーです」
「リスナーって何処から........」
「それでは無線が通じております。紅魔館のパチュリー・ノーレッジさん」
どこにも無線らしきものは見えないが、一応通じているらしい。
「あーテステス。こちらパチュリー。あら、もう来たの?」
「早速ですがお題をどうぞ」
「紅魔館について話してくれれば結構よ」
ブチッ。ツーツーツーツー。
「切ったわねあの魔女。強制的に」
「そうみたいですね」
「んじゃ話すか!」
と言っても彼女達には紅魔館の話題などあるはずがない。いきなり言われると困るものである。
とりあえず適当に紫が話題を振る。
「地下のフランドール。あれって何で幽閉されていたのかしら?」
「妹が可愛すぎたために、姉が嫉妬して閉じ込めた。って山の天狗が言ってたな」
「力の制御が出来ず、危なっかしいので閉じ込めた。ってけーねが言ってたわ」
「じゃああの子、弾幕勝負は強そうね」
「いいえ、実践向きではないみたいよ。確か妹紅が週に一回フランドールと遊んでいるとか遊んでいないとか」
「死なないからな妹紅は。遊びと言っても殺し合いだろう。ま、妹紅に至っては死ねないけどな」
「今度お邪魔しようかしら。美味しい紅茶が飲みたいわね」
「それは不可能だな」
一瞬、空気が凍ったように止まった。
すぐに溶けて再び開始。
「私が以前訪れた時はメイドがホットケーキをご馳走してくれたわ。本当にあのメイドは紅魔館には勿体無いくらい真面目よ。ただ、能力が厄介で気づいたら後ろに立ってたりするわ。ちょっと不気味ね」
「永琳でも気付かないとは。かなりの腕だな、あのメイド」
「流石、完璧で瀟洒なメイドの名があるだけの事はあるのね」
「うー☆ には触れないのか?」
「もういいでしょ。リスナーも飽きてきた頃よ。さあ永琳。次行きましょう」
完全にグダグダになってきたこのラジオは一体いつ終わるのだろうか。
「もう終わりよ。最期に一言ずつ言いましょう。まずは私から。悔いは残ってないわ。とても楽しかったわ」
「まあまあ楽しめたな。少なくとも面白く無くは無かった」
「眠いわ。このままゆっくり眠りにつきたい。それが本望よ」
カチッカチッカチッカチッ。ゴーン。時計が終焉を告げた。
「あら、終わりの合図ね。それでは皆さん、ごきげんよう」
永琳が放送を停止させる。
フーッと三人が安堵の息を漏らす。
「本当にこれで良かったのかしら?」
「未練が無ければ自分に自信を持ちなさい」
「私はもう少し楽しみたかったな」
時刻は午前四時五十七分。時計の針は容赦無く進み続ける。
「あと三分だな」
「ええ。何だか心がスッキリしてるわ」
「もう寝ましょう。残りはこの状態で眠れる事に誇りを持ちましょう」
「そうね」
「そうだな」
紫が結界を解いた。虫の演奏が心地良く胸に響く。三人はテーブルにゆっくり体を預けて眠りについた。
このときまた、三人には同じ思いがあった。
『『『良い夢見たいな』』』
やがて、五時が過ぎた――
「『生命の炎』ですか?」
「ええ。私はそれを見て、他人の運命や寿命を判断してるのよ。炎の勢いや色、他にもたくさん判別の方法があるわ。皮肉にも三人の生命の炎はかなり衰えていた。そしてそれは、三人の寿命が尽きる日時が完全一致している事を意味した。ラジオでは慎んでいたけれど、それが彼女達の『唯一の共通点』だったのよ」
「運命を操って寿命を先延ばしにすればよかったのではないでしょうか?」
「咲夜、それはいくらなんでも無理な話よ。寿命はその人物が生まれた瞬間から決定付けられた『義務』であり『使命』なのよ。それは..........そうね、導火線に例えましょうか。導火線は長さが始めから決まってる。これが『寿命』。曲がったり、二つに別れる事なんて絶対に有り得無い事なの。そして導火線に点火した時が生命が宿った瞬間。それはどんなものにも邪魔されずに進んで行く。最終地点に着いて火が消えたら当然死んでしまう。その途中に私がたとえ運命を多少変えても導火線の長さは変化しない。だから寿命を延ばすなんて事は絶対に出来無い」
「それではお嬢様には私の生命の炎が今も見えていると言う事ですか?」
「ええ。はっきり見えるわ。でもあなたにあなたの運命は教えないわ。寿命は変える事が出来無くても運命はその場で変える事が出来る。あなたは一生懸命今を生きて、自分の運命を自分が責任を持って創りあげてちょうだい」
「はい。もちろんですお嬢様。ところでさっきの『使命』と言うのは.........」
「今言ったじゃない。自分の運命は自分で創りあげるのよ。それが生きる使命」
「彼女達は使命を果たす事が出来たのでしょうか?」
「当たり前じゃない。十分過ぎるくらいに遂行したわ」
「文句無し、ですか」
「ええ。その通りよ」
「お嬢様はラジオが始まる前に寿命を伝えたんですよね?」
「まあ、正確には寿命を伝えたからラジオが始まったのよ。永琳に言ったら『ラジオで幻想郷中に放送して』と言ってきたわ。賢い月人だこと。死ぬ間際に家族と共にせずに、幻想郷中に死を伝えようとしたなんてね」
「意図した事は何でしょうか?」
「決まってるじゃない。幻想郷を愛してるのよ。だからみんなに知らせたかった。最期まで楽しく喋ってるところを伝えたかったのよ」
「あんなに楽しそうに話していたけれど、内心はとっても悲しかったのでしょうね」
「死が近づくにつれて声のトーンが落ちていたからね。きっと家族を思い出していたのよ。最後は悔いは無いと言っていたけど、きっと悔いでいっぱいよ」
「お嬢様。私も今を一生懸命生きて幸せになります」
「責任重大よ。耐えられるかしら?」
「もちろんです」
「じゃあ頑張りなさい。紅茶貰えるかしら?」
「はい。只今」
「カップは五つ用意してね」
「五つ、ですか?」
「飲みたいと言っていたでしょう。私なりの追悼よ」
「畏まりました」
……紫が死んだら幻想郷って消失するんじゃなかったっけ?
まぁ、そこは幽々夢様クオリティ……なのか?
笑いと切なさがあっていいですね
永琳は蓬莱の薬をのんだから死なないのでは? なんていう質問はきっと不粋なのでしょうね。
え? そうなんですか?
シンフー様
え? そうなんですか?
他の皆様も御愛読感謝します。
調べた結果、特に誤りはなかったですね。
知識が正しかったようで。
14様、15様
ご指摘ありがとうございます。
実は不老不死じゃなかってってことなのかな?
最後にレミリアが5つカップを用意した事が関係あるかな?
幾ら強大とは言え、一介の妖怪である紫に寿命があるのはおかしくないんです
ただ、信仰が消えたわけでもないのに神奈子に寿命があるのか
永琳はそもそも不老不死じゃないのか、と気になる所はあったのですが
素材の3人が曲者すぎてなかなかイメージしづらいと言うのが正直な意見です
私は「3人は普通に生きていて、これから紅魔館に遊びに来る」という説を推したいかな。
カップを用意してる訳だし。なんで5つかは分からないけど
幽冥組のエンディングで永琳自身も蓬莱の薬を服用したらしきことを言っている。
取り合えずもう少し設定とか勉強した方がいい。他のジャンルならそうでもないけど東方はそれぞれの設定に魅力を感じている人も多いから。
永夜抄ね。
もう作品は書かないんだろうか・・・?