これは、作品集114『サニーの後悔 光を失った世界』の続編で
仮面ライダーBlackおよびRXのパロディです。
ただかなり後にならないとライダーネタは出てきません。
オリジナルの部分が多いです。
良くも悪くもとらねこ節なのでご注意ください。
サニーミルクは死んだ。だが、苦しい戦いの果てに死んだのだ。
ぶっちゃけ、紅魔館の横暴を止める者は他にいない事もないが、それでも幻想郷の損失には違いない。
誰が攫われた月と星の妖精を救うのか。
住人のいないミズナラの木は、このまま枯れてしまうのか。
どのくらい経っただろうか。
完全に太陽のエネルギーを失った妖精の頭に、意識の火がかすかに戻った。
だが、自分が妖精である事は何となく分かっていたものの、何の妖精だったのかは覚えていない。
「あなた、新入りさんね」
一人の白い服を着た少女がサニーを見ている。
頭上に白い輪っかが浮いていて、顔は青白く生気を感じない、背中には妖精である事を示す、透明な羽が生えている。
「あなたも妖精なの?」
「そう、私の名は齧林檎たま子、よろしくね、みんなはゾンビフェアリーと呼ぶわ」
そのたま子と名乗る妖精は答えた。
「貴方の名は?」
「それが、思い出せないの、なんでだろう」
「じゃあ暫定的に新入りさんAって事で」
サニー改め新入りさんAが頭に手をやると、やはり輪っかが頭の上に浮かんでいた。手足もやはり青白くなっている。
「私、死んじゃった?」
「やっと気付いたのね、でも安心して、死後の世界も捨てたものではないわ、みんなそれなりに楽しんでいるし、ま、どうせ意味はないんだけどね」
彼女は記憶を無くしたサニーの手を取り、ある方向へ導いた、しばらく歩いているうちに少しだけ光がさし、視界が開けてくる。
真っ暗な空に、灰色の荒野がぼうっと広がっている、そこにいくつもの建物が建っており、喧騒が聞こえてたが、罪人の悲鳴ではなく、活気に満ちた町の声だった。
「ここは地獄の旧都、私達はここで暮らしているの。みんな未練があったり、後ろ暗い死に方をした者たちの生まれ変わり、と言われているわ」
他のゾンビフェアリー達がサニーを歓迎する。
「私はパニッシャーとし子、よろしくね」
「私の名は緋戸山いくら、イクラちゃんって呼んで」
「アタシは雑魚川雑魚美、雑魚妖精としては強い方よ」
「そう言えば、貴方の名前は……なんだっけ」
「私は……、あれ、思い出せない」
「じゃあ私が名付け親になってあげる、う~んそうね、ゴンザレス為蔵でどうかしら」
妖精の一人がとんでもないネーミングを提案したが、新人さんAは別に動じなかった。
「まあまあね」
「じゃあ貴方の名前はゴンザレス為蔵で決まり。さっそくだけど為蔵、今からお燐様に挨拶して、それから地獄を案内するよ」
「そう、勝手にやってよね、私は帰る」
しかしたま子だけは妖精たちに背を向けて、サニーミルク改め新人さんA改めゴンザレス為蔵が最初に目を覚ました暗闇の方へ去っていく。
「ああ、あの子はいつもああしているの、生きてるにせよ、死んでるにせよ、存在がある限り、楽しんで暮らした方が得なのにね、さああの子はほっといて行くわよ」
為蔵はたま子が少し気になったが、他の妖精たちが強引に彼女の手を取って連れて行かれた。
その後、ほかのゾンビフェアリー達の歓迎を受け。弾幕ごっこしたり、旧都の妖怪たちにささやかないたずらを仕掛けたりして楽しむ。
彼女の持ち前の明るい性格で、すぐに溶け込む事が出来た。
サニーはゾンビとしての生活を楽しめるようになったが、昔もこうやって楽しく騒ぐ仲間がいて、その仲間に対してなにか未練があるような気がして、それを思い出すたびに胸が痛むのだった。
悪戯で鬼の酒を水とすり替えて逃げた後、旧地獄で初めて会ったたま子に何となく尋ねてみることにする。
「ねえねえ齧林檎たま子、あんた生前はなんの妖精だったの? 私は生前の記憶はもうないんだけど」
「私、実は人間だったの、でも恋人に裏切られて、目の前でリストカットしてやろうとしたら、そのまま切っちゃいけない動脈まで切って、それで気づいたらここにいたの」
「自殺した人間?」
「そう、でも生きていても何位もいい事無かったし、最後も捨てられて終わりだったから、未練はないわ、あんな世界。まあここもクソみたいなもんだけどね」
「そうかしら、人生も妖生も、そりゃつらい事もあるけど、だからこそ生きてて良かったと思えることだってあったはず」
「それは貴方が幸せな人生だったからよ、どんな辛いめぐり合わせだったとしても、人生を肯定できる奴なんて存在しないわ」
「仮に、生前がそうだったとしても、いつまでもこんな暗闇でうじうじしているのは妖精らしくないと思うよ」
「余計なお世話」
たま子は片方の手のひらを為蔵に向けて話を遮ると、地獄でもより闇が濃い方向を目指して行ってしまう。
「たま子、またこんなところに居たのかい?」
誰かがたま子を呼びとめた、為蔵も含むゾンビフェアリーを統括する火焔の猫、お燐だった。
「少しはみんなと遊んだらどうだい、暗闇がそんなに居心地いいのか?」
「燐様には関係ないわ」
たま子は一度だけ振り向いて言い捨てると、闇の何処かへ姿を消してしまう。
「はあ、為蔵も何か言ってやりなよ」
「私も説得したんですが、なかなか……」
「ゾンビフェアリー同士、仲良くしてほしいんだけどねえ」
仕方ないので、お燐は仕事に戻ることにした、傍らにいた為蔵も死体探しの手伝いを頼まれた。散歩のような感覚で、為蔵とお燐は雑談しながら旧地獄近辺をうろつきまわる。
「それじゃあ、たま子はもう1000年もあんな調子なんですか
「まあ、ここに来る連中はみな、心に闇を抱えているようなもんだからねえ」
「じゃあ、私もそうだったんでしょうか?」
「でしょうか、だって? あんた、生前の事を覚えてないのかい?」
「はい、なんだか大事な仲間がいて、何か大変なことに巻き込まれて、それが原因でここへ来た気がするんですけど、それから思い出せないんです」
「そいつは面妖だねえ、それにあんた、まだ生者のエネルギーが残っている気がするんだけど、それと関係があるのかもしれないね」
「生者の、と言う事は私はまだ生きている?」
「あくまでもそんな気がするだけだけどね」
歩き回っているうちにお燐の友人である地獄鴉のお空こと、霊烏路空とばったり出会った。
彼女の胸元にルビーのような飾りがあって、そこから光が漏れていた。
為蔵はその光に懐かしさを感じる。
「お燐ちゃん、調子はどう?」
「ぼちぼちだよ、また核融合できるようになったんだって?」
「そう、神様たちがまた少し、核物質を分けてくれたの」
「もう地上を焼き払おう何て事はしないでね」
「うん、反省したし、もう大丈夫だよ」
「巫女や魔女にこってり絞られたからねえ、ん、どうしたんだい」
為蔵はお空の光に見入っていた。その時不思議な事が起こった。
為蔵が吸い寄せられるようにお空の方へ歩いていく、お燐は為蔵が彼女の方へ一歩近づくごとに、肌が血色を帯びてくるように感じた。
最初はお空の光でそう見えているだけだと思ったが、本当に為蔵に生気が戻っていくのだ。
「あんた、輪っかが取れてるよ、マジで蘇生している」
お燐が驚いた。
為蔵の体がよみがえると同時に、記憶が鮮やかに戻って来る。
自分の本当の名前。
大切な友達。
その友達を救わねばならない事。
剥がれ落ちた記憶の断片が、逆再生のビデオテープのように元に戻ってゆく。
忘れ物、取り戻さなくちゃ。
「お燐さん、私、まだ地上でしなければならない事があるの、攫われた仲間を助けなきゃ」
あてずっぽうで走り出すサニーミルクの腕をお燐が掴んだ。
「待ちな」
「どうして、生き返ったんだからここにいなくてもいいじゃない。それとも、死者は二度とここから出ちゃいけない掟でもあるの?」
「違う、普通なら記憶が戻って良かったねで済むけど、あんた、何か厄介事に巻き込まれているようだね、一度さとり様に相談してみちゃどうだい、きっと力になってくれるよ」
お燐とお空に連れられて、サニーは旧地獄の管理を命ぜられた者が住む館へと案内された。
サニーはどんな恐ろしい人物が出てくるのかと思ったが、予想に反して小柄な女性が出てきた。彼女の名は古明地さとり、この地霊殿の主で、お燐とお空の飼い主だという。
彼女の胸にある目玉のような飾り、あれが例の心を読む第三の目だろう。
さとりは大きなソファにちょこんと座り、サニーの話を聞いた。
「……貴方の望みは分かりました、お燐が後で地上に案内します」
「本当ですか、やったあ」
「ですがサニーミルク、あの吸血鬼は我儘で自己中心的なだけではなく、相当な強さを誇るといいます。巫女や魔法使いに任せた方がいいのではないですか」
「ううん、ルナとスターは私が助けに来るのを待っているはずよ、私の手で助けに行きたいんです」
さとりは目を閉じ、胸にある第三の目に力を込める。
「今、貴方の心を覗かせて頂きました。なんと強い決意。なら、貴方にこれを託しましょう、お燐、例の物をここへ持ってきてくれますか」
「あれを? でも、この子なら使いこなせるでしょう。わかりました」
さとりはお燐に、一つの宝石箱を持ってこさせた。
そこから太陽の色に輝く宝玉を取りだし、サニーの前にかざす。
「それは、お空さんの核物質?」
「いいえ、これは異変解決に挑む者が身につける霊石『当たり判定』です」
「アタリハンテイ?」
「これを身につけると、当たり判定以外の部位に命中した攻撃を和らげる事ができます。幻想郷でもごく一握りの者しか持つことのできない秘宝中の秘宝です」
当たり判定は宙に浮かび、そのままサニーの体内に入り込み、一体化した。痛みは感じなかったが、不思議な感覚が体中に満ちていく。
「さとりさん、私、頑張れるような気がします。きっとみんなを助けて見せます。あの、それでこの当たり判定、返さなくていいんですか?」
「ええ、心の底からもう必要ないと感じた時、自然に貴方の体から出ていきます。お燐は神社にも遊びに行きますから、そこで返してくれれば結構です」
サニーは一礼して地霊殿を出た。お燐の導きで地上を目指す。
眼下で遊んでいるゾンビフェアリー達に手を振る、少し離れたところにいるたま子が視界に入り、別れる前にどうしても一言言いたくて、お燐に時間をもらい、彼女の元に下りていく。
「貴方、生き返ったのね」 たま子はそっけなくつぶやいた。
「そう、これからあっちでやるべき事がいっぱいあるのよ、まず仲間を助けるでしょ、それから仲間に謝って、それから巫女に悪戯を仕掛けて……」
「面白い子ね、生きる事は好き?」
たま子はサニーに出会ってから初めて笑顔を見せた。つられてサニーも微笑んだ。
「私は生きる事が好きさ。貴方も、もう死んじゃっているけど、ここでの暮らしを少しでも楽しんでみなよ。天国も地獄も、本当は変わりないの、心の持ち方次第で世界はどのようにも変わるのよ」
「……こんな性格だけど、努力してみるわ」
「それじゃ、元気でね、ああ、死んでいるから意味無いか」
再び地上を目指すサニー。
「ちょっと待って」
たま子が呼びとめた。
「ねえ、何十年、何千年、何億年かかるか分からないけど、もし私が転生を許されて、また地上に生れてこれたら、その……友達になってくれる?」
「もちろんよ、ずっと待ってるわ」
地上の入口。
お燐と別れる際、サニーは餞別に彼女から黒い皮手袋を貰った。
火車を持つ時に手にはめる物で、なぜか指の部分が最初から欠けていた。
「これを手にはめて、こうやってぎゅっと拳を握りしめる。勇気の出るおまじないさ」
「ありがとうございます、私、きっと二人を助け出して見せる」
「がんばんな、この熱い気持ちに種族の差なんてないさ」
サニーがようやく地上に戻ってきた。
地上では、カリスマ回復を狙うレミリア=スカーレットにより、幻想郷征服が着々と進みつつあった。
紅い霧を発生させ、自分が苦手な太陽の光を届きにくくさせるとともに、ルナチャイルドの月光を操る能力と、スターサファイアの星を操る能力をなんやかんやで吸収し、逆らう者に圧力をかけて行った。
異変としても少し洒落になっていないと釘を差しに来た八雲紫を、彼女の頭上に輝く星を不吉なものにする事で沈黙させてしまう。
彼女はマヨイガからラジオ体操の為庭に出たところ、偶然竜巻によって飛んできた金だらいが頭を直撃し、意識不明の重体にさせられた。二人の式はその看病に追われ、異変解決どころではなくなってしまう。
愛する花々が日照不足のため生育不良になり、抗議に来た風見幽花に対しては、偶然コーヒーに砂糖と間違えて農薬を入れてしまう運命にさせられ、寝込んでしまった。
レミリアは運命を操る能力を持っているとされているが、そこにスターの星の配置、すなわち運勢を操る能力を加え、能力をさらに強固にしたのだった。
今宵、レミリアはテラスでワイングラスを傾け、自身の悪の才能を自賛する。
パチュリーは隣のいすに座り、それを悲しげな表情で聞いていた。
「ふふん、能力はこうやって有意義に使うものなのよ、妖精さん」
「レミィ、もうやめてあげたら、ただの異変より徹底的すぎるわよ」
パチュリーがたしなめるが。レミリアは聞き入れない。
「この幻想郷も、貴方も、私も、平和ボケし過ぎていたわ、新しい能力を手に入れたから、今までの異変以上の強力な試練をみんなに課すことにしたの。これで人妖たちが目覚め、より強く賢くなって、私を退治すればそれでよし、誰も退治できないのなら、私が幻想郷の統治者として君臨するまでよ、パチェもぞくぞくするでしょう?」
「どうして、レミィ、貴方は変わってしまったわ、紅茶を飲むだけの毎日が楽しいと言っていたじゃないの」
「楽しいわよ? でも力を持った者には相応の責任が伴うもの、私の使命はだらけ切った幻想郷に活を入れる事よ……。とまあ、もっともらしい大義を並べてみたけれど、本音は私のカリスマ回復、それと紅魔館の財政を回復よ。みんな私の事をヘタレヘタレと言って、そういう幻想が主流になったらそれこそ本当にヘタレ化するじゃない、幻想が強い意味を持つ世界なのよここは」
「紅魔館の財政は貴方の贅沢三昧が原因でしょ。友人としての忠告よ、みんなへの試練なら、もっとささやかな規模にしなさい。大きすぎる力は全てを滅ぼすわ」
「はいはい、なら私を暗殺してみる? 志半ばで倒れた偉大な指導者、レミリア=スカーレットとして名を残すのも悪くないわね」
パチュリーはそれ以上何も言えなかった。
月は紅く光り、見る者に不安な将来を想像させた。
「何なのよ、この霧、陽の光を浴びられないじゃない」
地上に出たサニーは、まず紅い霧が幻想郷全体を覆っている事に驚いた。
とりあえず、博麗神社裏手のミズナラの木に戻ってみる事にした。
神社の境内に入るが、何となく雰囲気がおかしい。
社務所に人の気配がしたので、思い切って覗いてみる。
あろうことか、人形遣いのアリス=マーガトロイドが、寝込んだ霊夢と魔理沙を看病していた。
「うう……、瘴気が体をむしばむ……」
霊夢はすやすやと寝息を立てていたが、魔理沙が額に汗を浮かべて、うわ言をつぶやいていた。
「魔理沙、どうか死なないで」 アリスは魔理沙の額に絞ったタオルを乗せた。
サニーは思わず社務所に入り、アリスに尋ねずにいられなかった。
「あの、アリスさん、どうしたんですか」
「誰? ああ、いつもの妖精さんか。二人とも、紅魔館のほとりで倒れていたのよ。あの吸血鬼のわがままで幻想郷が霧に覆われているけれど、最近あの館の周りだけ特に濃い霧が立ち込めるようになって、瘴気がものすごいの。魔理沙なんか血を吐いて倒れていたわ。貴方も気をつけなさい」
「霊夢さん、魔理沙さんでも行っただけで倒れたんですか」
「そうよ、あの特濃の霧、私でも卒倒しかけたわ、こんな異変、手強いって言うレベルじゃないわ」
「でも、ルナとスターが攫われたんです、行ってみます」
アリスが驚くような、呆れるような声で叫んだ。
「正気? 見ての通り、二人でもこうなったのよ」
「何か紅魔館に入る手があるはずです、私だって、ある方から力をもらいました、もうただの弱い妖精じゃありません」
サニーの体から、当たり判定の光が漏れるのがアリスには感じ取れた。
「それは当たり判定……、自機キャラになれたのね、確かに以前の貴方とは違うかもしれない、でも無理よ、レミリアを倒すなんて」
サニーは笑顔で人さし指を立て、左右に振って見せた。
「倒すんじゃありません、私は悪戯好きの妖精、紅魔館に悪戯に行って来るんです。アリスさん、霊夢さんと魔理沙さんをお願いします。悪戯のターゲットには死んで欲しくありませんからね」
サニーがそう言うと、彼女の白と赤を基調にした服の色が黒く染まった。
「なんか、もっともっと太陽の光を吸収したいと思ったら、服がこんな色になってしまいました。サニーミルクから、サニーブラックとでも改名しなければなりませんね」
飛び立つサニーをアリスは見送ると、人形たちに滋養強壮の薬草を持ってこさせることにした。妖精の心配よりも、まずは二人の看病が先決だ。
その光景を見ていた魔理沙が口を開いた。
「なあアリス、あいつらは体も服も幻想が具現化したものらしいじゃないか、その服の色が黒く変色した、これってどういう事だと思う?」
「どういう事って?」
「あいつら妖精は自然そのものの権化、黒は太陽光線を最も効率よく吸収する色、太陽光が届きにくい環境に適応するための、自然の復元機能じゃないかな」
「そうね、あの子は太陽の精、なのに太陽光が減っても衰弱しているようには見えなかった、それどころかよりタフになったみたい、当たり判定の効能かもしれないけれど、確かに魔理沙の言う通りかも」
「そうだ、きっとレミリアは、私達が一番弱いと馬鹿にしていた妖精にお仕置きされるんだぜ、最高のジョークだろ、ごほっ」
「魔理沙、もうしゃべらないで、安静にしていなさい」
「私はあいつを信じるぜ、なあ霊夢。あ、呑気に寝て居やがる、やっぱ強いなお前」
「魔理沙、あんたも寝てなさい」
魔理沙は霊夢の寝顔を見届けると、自らもまた深い眠りに入り込んでいった。
サニーは湖へ向けて飛んだ。湖へ近づくにつれて霧は次第に濃くなり、湖の周りには、魔理沙の言ったとおり、極めて濃い紅い霧が紅魔館を守るように囲んでいた。
霧の奥で、館のシルエットがかすかに浮かんでいる。
「これは、そのまま飛んでいっても瘴気でやられてしまうわね」
サニーは入口になる場所を探そうとしたが、それらしき場所は見つからない。
途方に暮れていると、水面に近い部分にトンネルのような穴があいた。そこから荷物を積んだ船が現れ、船が霧のトンネルを出た後、また元通りの霧の壁になってしまう。
(ああやって出入りしているんだ)
遠くから見ていると、船は湖岸につき、無数の小悪魔達が物資を人里へ向けて運んでいく。
船に隠れて侵入しようかとも思ったが、隠れるような場所が見当たらない。
とりあえずサニーは小悪魔達が向かった里を目指す。
人里は濃い霧のせいで暗くなっていた。紅魔館を囲む霧ほどではないものの、これでは田畑の作物も育たないだろう。作物のしおれた田畑では、人々に呼ばれた豊穣の神が、何かの儀式で必死に作物を成長させようとしていた。
彼女は天に祈り、人々の信仰を不思議な力に変えて、作物を成長させようとするのを、サニーは姿を消して見守った。が、種は一向に芽吹く気配を見せない。
「だめ、肥料も水も十分だけど、陽の光が無ければどうしようもないわ」
「やはり、穣子様でもダメか」
見守っていた人々は落胆した。
ではどうやって里の人々が食べていくのか、姿を消して見守っていると、先ほどの小悪魔の一団が荷車に食料を満載してやってきた。人々はこれで食いつないでいるのだろう。
小悪魔の一人がメガホンで呼び掛ける。
「はいは~い、毎度おなじみ、紅魔館の食糧販売ですよ~」
仕方ないので人々はそこに行列を作る。
「あの、少し値上がりしていませんか」
「皆さんのため、こちらも苦労しているのですよ。分かって下さい」
みんな小悪魔の言い値で買わざるを得ないようだ。
彼女の心に、感じた事のない憤りが湧いてくる。
なにが皆さんのためだ、もともと日の光が届かなくなったのは紅魔館の吸血鬼のせいではないか。
サニーは貨幣制度とかはよく知らないが、彼女らがこうやって里の人を支配しているんだという事は理解できた。
自分も人間たちに悪戯をする妖精だが、こうやってインフラを押さえて逆らえなくするやり方は、どう言い現わせばいいのか分からないが、なんかこう、腹立たしい。
仕方なく紅魔館から食糧を得る人々、その光景を一人荒廃した田畑に立ちすくみ、悲しそうに見つめる豊穣の神、秋穣子。
サニーは姿を現し、穣子に話しかけた。穣子は当然現れたサニーに驚く。
「ねえ、人間たちを助けたいなら、協力してあげてもいいわよ」
「あなたは妖精? 悪戯好きの貴方たちがどうして……」
「自然を我が物顔に支配しようとする人間は嫌いだけど、あいつら、自然そのものに光を届かなくして、それこそ人間くさい搾取をしているじゃない、今回はあいつらに悪戯してやりたくなったの」
「そう、でもどうやって」
「試してみたいの」
サニーは空に舞い上がり、霧を抜けようと試みた。
数百メートルほど上昇すると、やはり霧はなく、抜けるような青空が広がっている。
太陽の妖精でなくても、心の底まで照らされるような恵みの光。
サニーは久しぶりに太陽の光を存分に浴び、力を回復させた。
「う~ん、やっぱお日さまの光って最高」
そして、弾幕ごっこの要領で、そのエネルギーを霧に向かって放出する。
今、エネルギー源は無尽蔵にある。
「何だ、空が晴れてくるぞ」
一人の人間が空を指差した、人々が驚いて空を見上げる。
幻想郷全体とまではいかなかったが、再び青空が人や妖怪、妖精、自然の元に帰ってきた。
穣子も感嘆し、地上に颯爽と舞い降りたサニーに感謝する。
「すごい、私、妖精さんを見くびってました」
「えっへん、妖精もすごいのよ」
人々が再び、穣子の元へ集まって来る
「さあ穣子様、今ですぞ、お願いします」
「ようし、みんな、いくよ~」
穣子は人々の新たな信仰心を糧として、天に祈りをささげ、作物の成長を促した。
あたかも絵本の世界のように、見る見るうちに田畑から芽が伸び、紅霧が発生する以前の背丈まで成長した。
「やっぱり来ましたね」
背後で見ていたリーダー格の小悪魔がつぶやく。
彼女は多量の弾幕とクナイ状の弾丸を生成し、芽吹きだした田畑に向け解き放つ。
轟音とともに、田畑の一部が掘り返され、土が芽とともに宙に舞う。
リーダー格の小悪魔は茫然としている人々の前で言う。
「私達の行為を考えれば、当然こういう者も出てくるでしょう。でも立場上邪魔しないわけにはいかないのでね、痛い目に会っていただきます。田畑は全部焼却、価格は3倍に……」
「とう」 サニーがとび蹴りを食らわした。
「ゆべし」小悪魔は情けない声をあげて吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた小悪魔が起き上がる、彼女は驚いた。誰の仕業かと思えば、幻想郷のヒエラルキーでも毛玉と並んで下位に属する妖精ではないか
「ただの妖精が、この私が、可愛い顔に似合わない『ゆべし』なんて叫ばされるとは」
「人間に悪戯するのはいいわ、でもあんた達のやり方はえげつ無さ過ぎる、許さん」
「ヒーロー気取り? じゃあ向ってきなさい」
サニーはお燐から貰った、指の部分がない手袋をはめ、強くこぶしを握り締める。
本当に勇気が湧いてくる気がした。
小悪魔のクナイをかわし、前方にジャンプ、そのまま小悪魔に向け拳を突き出す。
「サニーパンチ!」
「ぐっ」
小悪魔は拳を肘でガードしたが、肘が砕けるかと思うほどの衝撃を感じた。
彼女は疑問を感じた。何故だ? 妖精は幻想郷でも弱い種族のはずだ。
「あれ、どうしてこんな力が出たんだろう?」
サニーも自身の力に驚いていた。小悪魔が驚いた表情で片肘をさすりながら訊く。
「こ……こあぁ、どうして、普通の妖精なのに」
「これが自然の復元力よ」
「なら、これはどうだ?」
小悪魔は大玉と呼ばれる、魔力の塊を撃ちこんだ。サニーはよけきれず、その一発に被弾してしまうが、彼女はダメージをあまり感じなかった。
彼女の腹部にある『当たり判定』以外の場所への被弾はそうなるらしい。
小悪魔は狼狽していた。
「それは当たり判定、貴方、巫女や魔法使いと同格の存在なの?」
「別に、ただの妖精よ」
その機会を逃さず、サニーは再び走り出し、小悪魔に蹴りを入れる。
「サニーキィーック」
「ぶべらっ」
小悪魔は地面を耕しながら十メートルほど吹き飛ばされ、お地蔵様に頭をぶつけて止めた。
「さあ、みんなに手をついて謝りなさい、一応殺しはナシだから」
「ふん、せっかく貰ったド外道の役、そう簡単に手放すものですか。まだまだ楽しみますよ」
小悪魔は片膝をついて起き上がり、コウモリ型の翼を広げ、そのまま飛び去った。
リーダーがいなくなった他の小悪魔達もばらばらに逃げ散っていく。
一安堵した里の住民が再び、穣子の元へ集まってきた。
「みんな、もう大丈夫、さあ、もう一度種をまきましょう」
「穣子様、紅魔館の食料はどうしましょう?」
「そうね、半分は種まき再開、もう半分はレッツ略奪で」
「おおーーっ」
人々は喜んで、それぞれの作業に取り掛かっていく。
「妖精さん、貴方の……あれ」
穣子があたりを見回すと、サニーの姿は見えなくなっていた。
姿を消してしまったのだ。
「妖精さん、せめて貴方の名を聞かせて」
穣子が呼びかけ続けると、声だけが聞こえてきた。
「サニーミルクBlackとでも呼べばいいわ」
「サニーミルクBlack……貴方のおかげで里の人は助かったわ、ありがとう」
「私はただの悪戯妖精。みんなを助けたのも成り行きでそうなっただけ。私は他にやる事があるの、さよなら」
それっきり、妖精の声は聞こえなくなった。
サニーは人々の笑顔を、少し寂しげな目で見届けつつ、その里を後にした。
あの女性は人々を守る豊穣の神。自分自身は人々に悪戯をする妖精。
必要以上に慣れ合ってはいけないのだろう。
しかし、彼女は人間、妖怪、妖精、神々の自由のために戦い続ける。
がんばれ、サニーミルクBlack。
仮面ライダーBlackおよびRXのパロディです。
ただかなり後にならないとライダーネタは出てきません。
オリジナルの部分が多いです。
良くも悪くもとらねこ節なのでご注意ください。
サニーミルクは死んだ。だが、苦しい戦いの果てに死んだのだ。
ぶっちゃけ、紅魔館の横暴を止める者は他にいない事もないが、それでも幻想郷の損失には違いない。
誰が攫われた月と星の妖精を救うのか。
住人のいないミズナラの木は、このまま枯れてしまうのか。
どのくらい経っただろうか。
完全に太陽のエネルギーを失った妖精の頭に、意識の火がかすかに戻った。
だが、自分が妖精である事は何となく分かっていたものの、何の妖精だったのかは覚えていない。
「あなた、新入りさんね」
一人の白い服を着た少女がサニーを見ている。
頭上に白い輪っかが浮いていて、顔は青白く生気を感じない、背中には妖精である事を示す、透明な羽が生えている。
「あなたも妖精なの?」
「そう、私の名は齧林檎たま子、よろしくね、みんなはゾンビフェアリーと呼ぶわ」
そのたま子と名乗る妖精は答えた。
「貴方の名は?」
「それが、思い出せないの、なんでだろう」
「じゃあ暫定的に新入りさんAって事で」
サニー改め新入りさんAが頭に手をやると、やはり輪っかが頭の上に浮かんでいた。手足もやはり青白くなっている。
「私、死んじゃった?」
「やっと気付いたのね、でも安心して、死後の世界も捨てたものではないわ、みんなそれなりに楽しんでいるし、ま、どうせ意味はないんだけどね」
彼女は記憶を無くしたサニーの手を取り、ある方向へ導いた、しばらく歩いているうちに少しだけ光がさし、視界が開けてくる。
真っ暗な空に、灰色の荒野がぼうっと広がっている、そこにいくつもの建物が建っており、喧騒が聞こえてたが、罪人の悲鳴ではなく、活気に満ちた町の声だった。
「ここは地獄の旧都、私達はここで暮らしているの。みんな未練があったり、後ろ暗い死に方をした者たちの生まれ変わり、と言われているわ」
他のゾンビフェアリー達がサニーを歓迎する。
「私はパニッシャーとし子、よろしくね」
「私の名は緋戸山いくら、イクラちゃんって呼んで」
「アタシは雑魚川雑魚美、雑魚妖精としては強い方よ」
「そう言えば、貴方の名前は……なんだっけ」
「私は……、あれ、思い出せない」
「じゃあ私が名付け親になってあげる、う~んそうね、ゴンザレス為蔵でどうかしら」
妖精の一人がとんでもないネーミングを提案したが、新人さんAは別に動じなかった。
「まあまあね」
「じゃあ貴方の名前はゴンザレス為蔵で決まり。さっそくだけど為蔵、今からお燐様に挨拶して、それから地獄を案内するよ」
「そう、勝手にやってよね、私は帰る」
しかしたま子だけは妖精たちに背を向けて、サニーミルク改め新人さんA改めゴンザレス為蔵が最初に目を覚ました暗闇の方へ去っていく。
「ああ、あの子はいつもああしているの、生きてるにせよ、死んでるにせよ、存在がある限り、楽しんで暮らした方が得なのにね、さああの子はほっといて行くわよ」
為蔵はたま子が少し気になったが、他の妖精たちが強引に彼女の手を取って連れて行かれた。
その後、ほかのゾンビフェアリー達の歓迎を受け。弾幕ごっこしたり、旧都の妖怪たちにささやかないたずらを仕掛けたりして楽しむ。
彼女の持ち前の明るい性格で、すぐに溶け込む事が出来た。
サニーはゾンビとしての生活を楽しめるようになったが、昔もこうやって楽しく騒ぐ仲間がいて、その仲間に対してなにか未練があるような気がして、それを思い出すたびに胸が痛むのだった。
悪戯で鬼の酒を水とすり替えて逃げた後、旧地獄で初めて会ったたま子に何となく尋ねてみることにする。
「ねえねえ齧林檎たま子、あんた生前はなんの妖精だったの? 私は生前の記憶はもうないんだけど」
「私、実は人間だったの、でも恋人に裏切られて、目の前でリストカットしてやろうとしたら、そのまま切っちゃいけない動脈まで切って、それで気づいたらここにいたの」
「自殺した人間?」
「そう、でも生きていても何位もいい事無かったし、最後も捨てられて終わりだったから、未練はないわ、あんな世界。まあここもクソみたいなもんだけどね」
「そうかしら、人生も妖生も、そりゃつらい事もあるけど、だからこそ生きてて良かったと思えることだってあったはず」
「それは貴方が幸せな人生だったからよ、どんな辛いめぐり合わせだったとしても、人生を肯定できる奴なんて存在しないわ」
「仮に、生前がそうだったとしても、いつまでもこんな暗闇でうじうじしているのは妖精らしくないと思うよ」
「余計なお世話」
たま子は片方の手のひらを為蔵に向けて話を遮ると、地獄でもより闇が濃い方向を目指して行ってしまう。
「たま子、またこんなところに居たのかい?」
誰かがたま子を呼びとめた、為蔵も含むゾンビフェアリーを統括する火焔の猫、お燐だった。
「少しはみんなと遊んだらどうだい、暗闇がそんなに居心地いいのか?」
「燐様には関係ないわ」
たま子は一度だけ振り向いて言い捨てると、闇の何処かへ姿を消してしまう。
「はあ、為蔵も何か言ってやりなよ」
「私も説得したんですが、なかなか……」
「ゾンビフェアリー同士、仲良くしてほしいんだけどねえ」
仕方ないので、お燐は仕事に戻ることにした、傍らにいた為蔵も死体探しの手伝いを頼まれた。散歩のような感覚で、為蔵とお燐は雑談しながら旧地獄近辺をうろつきまわる。
「それじゃあ、たま子はもう1000年もあんな調子なんですか
「まあ、ここに来る連中はみな、心に闇を抱えているようなもんだからねえ」
「じゃあ、私もそうだったんでしょうか?」
「でしょうか、だって? あんた、生前の事を覚えてないのかい?」
「はい、なんだか大事な仲間がいて、何か大変なことに巻き込まれて、それが原因でここへ来た気がするんですけど、それから思い出せないんです」
「そいつは面妖だねえ、それにあんた、まだ生者のエネルギーが残っている気がするんだけど、それと関係があるのかもしれないね」
「生者の、と言う事は私はまだ生きている?」
「あくまでもそんな気がするだけだけどね」
歩き回っているうちにお燐の友人である地獄鴉のお空こと、霊烏路空とばったり出会った。
彼女の胸元にルビーのような飾りがあって、そこから光が漏れていた。
為蔵はその光に懐かしさを感じる。
「お燐ちゃん、調子はどう?」
「ぼちぼちだよ、また核融合できるようになったんだって?」
「そう、神様たちがまた少し、核物質を分けてくれたの」
「もう地上を焼き払おう何て事はしないでね」
「うん、反省したし、もう大丈夫だよ」
「巫女や魔女にこってり絞られたからねえ、ん、どうしたんだい」
為蔵はお空の光に見入っていた。その時不思議な事が起こった。
為蔵が吸い寄せられるようにお空の方へ歩いていく、お燐は為蔵が彼女の方へ一歩近づくごとに、肌が血色を帯びてくるように感じた。
最初はお空の光でそう見えているだけだと思ったが、本当に為蔵に生気が戻っていくのだ。
「あんた、輪っかが取れてるよ、マジで蘇生している」
お燐が驚いた。
為蔵の体がよみがえると同時に、記憶が鮮やかに戻って来る。
自分の本当の名前。
大切な友達。
その友達を救わねばならない事。
剥がれ落ちた記憶の断片が、逆再生のビデオテープのように元に戻ってゆく。
忘れ物、取り戻さなくちゃ。
「お燐さん、私、まだ地上でしなければならない事があるの、攫われた仲間を助けなきゃ」
あてずっぽうで走り出すサニーミルクの腕をお燐が掴んだ。
「待ちな」
「どうして、生き返ったんだからここにいなくてもいいじゃない。それとも、死者は二度とここから出ちゃいけない掟でもあるの?」
「違う、普通なら記憶が戻って良かったねで済むけど、あんた、何か厄介事に巻き込まれているようだね、一度さとり様に相談してみちゃどうだい、きっと力になってくれるよ」
お燐とお空に連れられて、サニーは旧地獄の管理を命ぜられた者が住む館へと案内された。
サニーはどんな恐ろしい人物が出てくるのかと思ったが、予想に反して小柄な女性が出てきた。彼女の名は古明地さとり、この地霊殿の主で、お燐とお空の飼い主だという。
彼女の胸にある目玉のような飾り、あれが例の心を読む第三の目だろう。
さとりは大きなソファにちょこんと座り、サニーの話を聞いた。
「……貴方の望みは分かりました、お燐が後で地上に案内します」
「本当ですか、やったあ」
「ですがサニーミルク、あの吸血鬼は我儘で自己中心的なだけではなく、相当な強さを誇るといいます。巫女や魔法使いに任せた方がいいのではないですか」
「ううん、ルナとスターは私が助けに来るのを待っているはずよ、私の手で助けに行きたいんです」
さとりは目を閉じ、胸にある第三の目に力を込める。
「今、貴方の心を覗かせて頂きました。なんと強い決意。なら、貴方にこれを託しましょう、お燐、例の物をここへ持ってきてくれますか」
「あれを? でも、この子なら使いこなせるでしょう。わかりました」
さとりはお燐に、一つの宝石箱を持ってこさせた。
そこから太陽の色に輝く宝玉を取りだし、サニーの前にかざす。
「それは、お空さんの核物質?」
「いいえ、これは異変解決に挑む者が身につける霊石『当たり判定』です」
「アタリハンテイ?」
「これを身につけると、当たり判定以外の部位に命中した攻撃を和らげる事ができます。幻想郷でもごく一握りの者しか持つことのできない秘宝中の秘宝です」
当たり判定は宙に浮かび、そのままサニーの体内に入り込み、一体化した。痛みは感じなかったが、不思議な感覚が体中に満ちていく。
「さとりさん、私、頑張れるような気がします。きっとみんなを助けて見せます。あの、それでこの当たり判定、返さなくていいんですか?」
「ええ、心の底からもう必要ないと感じた時、自然に貴方の体から出ていきます。お燐は神社にも遊びに行きますから、そこで返してくれれば結構です」
サニーは一礼して地霊殿を出た。お燐の導きで地上を目指す。
眼下で遊んでいるゾンビフェアリー達に手を振る、少し離れたところにいるたま子が視界に入り、別れる前にどうしても一言言いたくて、お燐に時間をもらい、彼女の元に下りていく。
「貴方、生き返ったのね」 たま子はそっけなくつぶやいた。
「そう、これからあっちでやるべき事がいっぱいあるのよ、まず仲間を助けるでしょ、それから仲間に謝って、それから巫女に悪戯を仕掛けて……」
「面白い子ね、生きる事は好き?」
たま子はサニーに出会ってから初めて笑顔を見せた。つられてサニーも微笑んだ。
「私は生きる事が好きさ。貴方も、もう死んじゃっているけど、ここでの暮らしを少しでも楽しんでみなよ。天国も地獄も、本当は変わりないの、心の持ち方次第で世界はどのようにも変わるのよ」
「……こんな性格だけど、努力してみるわ」
「それじゃ、元気でね、ああ、死んでいるから意味無いか」
再び地上を目指すサニー。
「ちょっと待って」
たま子が呼びとめた。
「ねえ、何十年、何千年、何億年かかるか分からないけど、もし私が転生を許されて、また地上に生れてこれたら、その……友達になってくれる?」
「もちろんよ、ずっと待ってるわ」
地上の入口。
お燐と別れる際、サニーは餞別に彼女から黒い皮手袋を貰った。
火車を持つ時に手にはめる物で、なぜか指の部分が最初から欠けていた。
「これを手にはめて、こうやってぎゅっと拳を握りしめる。勇気の出るおまじないさ」
「ありがとうございます、私、きっと二人を助け出して見せる」
「がんばんな、この熱い気持ちに種族の差なんてないさ」
サニーがようやく地上に戻ってきた。
地上では、カリスマ回復を狙うレミリア=スカーレットにより、幻想郷征服が着々と進みつつあった。
紅い霧を発生させ、自分が苦手な太陽の光を届きにくくさせるとともに、ルナチャイルドの月光を操る能力と、スターサファイアの星を操る能力をなんやかんやで吸収し、逆らう者に圧力をかけて行った。
異変としても少し洒落になっていないと釘を差しに来た八雲紫を、彼女の頭上に輝く星を不吉なものにする事で沈黙させてしまう。
彼女はマヨイガからラジオ体操の為庭に出たところ、偶然竜巻によって飛んできた金だらいが頭を直撃し、意識不明の重体にさせられた。二人の式はその看病に追われ、異変解決どころではなくなってしまう。
愛する花々が日照不足のため生育不良になり、抗議に来た風見幽花に対しては、偶然コーヒーに砂糖と間違えて農薬を入れてしまう運命にさせられ、寝込んでしまった。
レミリアは運命を操る能力を持っているとされているが、そこにスターの星の配置、すなわち運勢を操る能力を加え、能力をさらに強固にしたのだった。
今宵、レミリアはテラスでワイングラスを傾け、自身の悪の才能を自賛する。
パチュリーは隣のいすに座り、それを悲しげな表情で聞いていた。
「ふふん、能力はこうやって有意義に使うものなのよ、妖精さん」
「レミィ、もうやめてあげたら、ただの異変より徹底的すぎるわよ」
パチュリーがたしなめるが。レミリアは聞き入れない。
「この幻想郷も、貴方も、私も、平和ボケし過ぎていたわ、新しい能力を手に入れたから、今までの異変以上の強力な試練をみんなに課すことにしたの。これで人妖たちが目覚め、より強く賢くなって、私を退治すればそれでよし、誰も退治できないのなら、私が幻想郷の統治者として君臨するまでよ、パチェもぞくぞくするでしょう?」
「どうして、レミィ、貴方は変わってしまったわ、紅茶を飲むだけの毎日が楽しいと言っていたじゃないの」
「楽しいわよ? でも力を持った者には相応の責任が伴うもの、私の使命はだらけ切った幻想郷に活を入れる事よ……。とまあ、もっともらしい大義を並べてみたけれど、本音は私のカリスマ回復、それと紅魔館の財政を回復よ。みんな私の事をヘタレヘタレと言って、そういう幻想が主流になったらそれこそ本当にヘタレ化するじゃない、幻想が強い意味を持つ世界なのよここは」
「紅魔館の財政は貴方の贅沢三昧が原因でしょ。友人としての忠告よ、みんなへの試練なら、もっとささやかな規模にしなさい。大きすぎる力は全てを滅ぼすわ」
「はいはい、なら私を暗殺してみる? 志半ばで倒れた偉大な指導者、レミリア=スカーレットとして名を残すのも悪くないわね」
パチュリーはそれ以上何も言えなかった。
月は紅く光り、見る者に不安な将来を想像させた。
「何なのよ、この霧、陽の光を浴びられないじゃない」
地上に出たサニーは、まず紅い霧が幻想郷全体を覆っている事に驚いた。
とりあえず、博麗神社裏手のミズナラの木に戻ってみる事にした。
神社の境内に入るが、何となく雰囲気がおかしい。
社務所に人の気配がしたので、思い切って覗いてみる。
あろうことか、人形遣いのアリス=マーガトロイドが、寝込んだ霊夢と魔理沙を看病していた。
「うう……、瘴気が体をむしばむ……」
霊夢はすやすやと寝息を立てていたが、魔理沙が額に汗を浮かべて、うわ言をつぶやいていた。
「魔理沙、どうか死なないで」 アリスは魔理沙の額に絞ったタオルを乗せた。
サニーは思わず社務所に入り、アリスに尋ねずにいられなかった。
「あの、アリスさん、どうしたんですか」
「誰? ああ、いつもの妖精さんか。二人とも、紅魔館のほとりで倒れていたのよ。あの吸血鬼のわがままで幻想郷が霧に覆われているけれど、最近あの館の周りだけ特に濃い霧が立ち込めるようになって、瘴気がものすごいの。魔理沙なんか血を吐いて倒れていたわ。貴方も気をつけなさい」
「霊夢さん、魔理沙さんでも行っただけで倒れたんですか」
「そうよ、あの特濃の霧、私でも卒倒しかけたわ、こんな異変、手強いって言うレベルじゃないわ」
「でも、ルナとスターが攫われたんです、行ってみます」
アリスが驚くような、呆れるような声で叫んだ。
「正気? 見ての通り、二人でもこうなったのよ」
「何か紅魔館に入る手があるはずです、私だって、ある方から力をもらいました、もうただの弱い妖精じゃありません」
サニーの体から、当たり判定の光が漏れるのがアリスには感じ取れた。
「それは当たり判定……、自機キャラになれたのね、確かに以前の貴方とは違うかもしれない、でも無理よ、レミリアを倒すなんて」
サニーは笑顔で人さし指を立て、左右に振って見せた。
「倒すんじゃありません、私は悪戯好きの妖精、紅魔館に悪戯に行って来るんです。アリスさん、霊夢さんと魔理沙さんをお願いします。悪戯のターゲットには死んで欲しくありませんからね」
サニーがそう言うと、彼女の白と赤を基調にした服の色が黒く染まった。
「なんか、もっともっと太陽の光を吸収したいと思ったら、服がこんな色になってしまいました。サニーミルクから、サニーブラックとでも改名しなければなりませんね」
飛び立つサニーをアリスは見送ると、人形たちに滋養強壮の薬草を持ってこさせることにした。妖精の心配よりも、まずは二人の看病が先決だ。
その光景を見ていた魔理沙が口を開いた。
「なあアリス、あいつらは体も服も幻想が具現化したものらしいじゃないか、その服の色が黒く変色した、これってどういう事だと思う?」
「どういう事って?」
「あいつら妖精は自然そのものの権化、黒は太陽光線を最も効率よく吸収する色、太陽光が届きにくい環境に適応するための、自然の復元機能じゃないかな」
「そうね、あの子は太陽の精、なのに太陽光が減っても衰弱しているようには見えなかった、それどころかよりタフになったみたい、当たり判定の効能かもしれないけれど、確かに魔理沙の言う通りかも」
「そうだ、きっとレミリアは、私達が一番弱いと馬鹿にしていた妖精にお仕置きされるんだぜ、最高のジョークだろ、ごほっ」
「魔理沙、もうしゃべらないで、安静にしていなさい」
「私はあいつを信じるぜ、なあ霊夢。あ、呑気に寝て居やがる、やっぱ強いなお前」
「魔理沙、あんたも寝てなさい」
魔理沙は霊夢の寝顔を見届けると、自らもまた深い眠りに入り込んでいった。
サニーは湖へ向けて飛んだ。湖へ近づくにつれて霧は次第に濃くなり、湖の周りには、魔理沙の言ったとおり、極めて濃い紅い霧が紅魔館を守るように囲んでいた。
霧の奥で、館のシルエットがかすかに浮かんでいる。
「これは、そのまま飛んでいっても瘴気でやられてしまうわね」
サニーは入口になる場所を探そうとしたが、それらしき場所は見つからない。
途方に暮れていると、水面に近い部分にトンネルのような穴があいた。そこから荷物を積んだ船が現れ、船が霧のトンネルを出た後、また元通りの霧の壁になってしまう。
(ああやって出入りしているんだ)
遠くから見ていると、船は湖岸につき、無数の小悪魔達が物資を人里へ向けて運んでいく。
船に隠れて侵入しようかとも思ったが、隠れるような場所が見当たらない。
とりあえずサニーは小悪魔達が向かった里を目指す。
人里は濃い霧のせいで暗くなっていた。紅魔館を囲む霧ほどではないものの、これでは田畑の作物も育たないだろう。作物のしおれた田畑では、人々に呼ばれた豊穣の神が、何かの儀式で必死に作物を成長させようとしていた。
彼女は天に祈り、人々の信仰を不思議な力に変えて、作物を成長させようとするのを、サニーは姿を消して見守った。が、種は一向に芽吹く気配を見せない。
「だめ、肥料も水も十分だけど、陽の光が無ければどうしようもないわ」
「やはり、穣子様でもダメか」
見守っていた人々は落胆した。
ではどうやって里の人々が食べていくのか、姿を消して見守っていると、先ほどの小悪魔の一団が荷車に食料を満載してやってきた。人々はこれで食いつないでいるのだろう。
小悪魔の一人がメガホンで呼び掛ける。
「はいは~い、毎度おなじみ、紅魔館の食糧販売ですよ~」
仕方ないので人々はそこに行列を作る。
「あの、少し値上がりしていませんか」
「皆さんのため、こちらも苦労しているのですよ。分かって下さい」
みんな小悪魔の言い値で買わざるを得ないようだ。
彼女の心に、感じた事のない憤りが湧いてくる。
なにが皆さんのためだ、もともと日の光が届かなくなったのは紅魔館の吸血鬼のせいではないか。
サニーは貨幣制度とかはよく知らないが、彼女らがこうやって里の人を支配しているんだという事は理解できた。
自分も人間たちに悪戯をする妖精だが、こうやってインフラを押さえて逆らえなくするやり方は、どう言い現わせばいいのか分からないが、なんかこう、腹立たしい。
仕方なく紅魔館から食糧を得る人々、その光景を一人荒廃した田畑に立ちすくみ、悲しそうに見つめる豊穣の神、秋穣子。
サニーは姿を現し、穣子に話しかけた。穣子は当然現れたサニーに驚く。
「ねえ、人間たちを助けたいなら、協力してあげてもいいわよ」
「あなたは妖精? 悪戯好きの貴方たちがどうして……」
「自然を我が物顔に支配しようとする人間は嫌いだけど、あいつら、自然そのものに光を届かなくして、それこそ人間くさい搾取をしているじゃない、今回はあいつらに悪戯してやりたくなったの」
「そう、でもどうやって」
「試してみたいの」
サニーは空に舞い上がり、霧を抜けようと試みた。
数百メートルほど上昇すると、やはり霧はなく、抜けるような青空が広がっている。
太陽の妖精でなくても、心の底まで照らされるような恵みの光。
サニーは久しぶりに太陽の光を存分に浴び、力を回復させた。
「う~ん、やっぱお日さまの光って最高」
そして、弾幕ごっこの要領で、そのエネルギーを霧に向かって放出する。
今、エネルギー源は無尽蔵にある。
「何だ、空が晴れてくるぞ」
一人の人間が空を指差した、人々が驚いて空を見上げる。
幻想郷全体とまではいかなかったが、再び青空が人や妖怪、妖精、自然の元に帰ってきた。
穣子も感嘆し、地上に颯爽と舞い降りたサニーに感謝する。
「すごい、私、妖精さんを見くびってました」
「えっへん、妖精もすごいのよ」
人々が再び、穣子の元へ集まって来る
「さあ穣子様、今ですぞ、お願いします」
「ようし、みんな、いくよ~」
穣子は人々の新たな信仰心を糧として、天に祈りをささげ、作物の成長を促した。
あたかも絵本の世界のように、見る見るうちに田畑から芽が伸び、紅霧が発生する以前の背丈まで成長した。
「やっぱり来ましたね」
背後で見ていたリーダー格の小悪魔がつぶやく。
彼女は多量の弾幕とクナイ状の弾丸を生成し、芽吹きだした田畑に向け解き放つ。
轟音とともに、田畑の一部が掘り返され、土が芽とともに宙に舞う。
リーダー格の小悪魔は茫然としている人々の前で言う。
「私達の行為を考えれば、当然こういう者も出てくるでしょう。でも立場上邪魔しないわけにはいかないのでね、痛い目に会っていただきます。田畑は全部焼却、価格は3倍に……」
「とう」 サニーがとび蹴りを食らわした。
「ゆべし」小悪魔は情けない声をあげて吹き飛ばされる。
吹き飛ばされた小悪魔が起き上がる、彼女は驚いた。誰の仕業かと思えば、幻想郷のヒエラルキーでも毛玉と並んで下位に属する妖精ではないか
「ただの妖精が、この私が、可愛い顔に似合わない『ゆべし』なんて叫ばされるとは」
「人間に悪戯するのはいいわ、でもあんた達のやり方はえげつ無さ過ぎる、許さん」
「ヒーロー気取り? じゃあ向ってきなさい」
サニーはお燐から貰った、指の部分がない手袋をはめ、強くこぶしを握り締める。
本当に勇気が湧いてくる気がした。
小悪魔のクナイをかわし、前方にジャンプ、そのまま小悪魔に向け拳を突き出す。
「サニーパンチ!」
「ぐっ」
小悪魔は拳を肘でガードしたが、肘が砕けるかと思うほどの衝撃を感じた。
彼女は疑問を感じた。何故だ? 妖精は幻想郷でも弱い種族のはずだ。
「あれ、どうしてこんな力が出たんだろう?」
サニーも自身の力に驚いていた。小悪魔が驚いた表情で片肘をさすりながら訊く。
「こ……こあぁ、どうして、普通の妖精なのに」
「これが自然の復元力よ」
「なら、これはどうだ?」
小悪魔は大玉と呼ばれる、魔力の塊を撃ちこんだ。サニーはよけきれず、その一発に被弾してしまうが、彼女はダメージをあまり感じなかった。
彼女の腹部にある『当たり判定』以外の場所への被弾はそうなるらしい。
小悪魔は狼狽していた。
「それは当たり判定、貴方、巫女や魔法使いと同格の存在なの?」
「別に、ただの妖精よ」
その機会を逃さず、サニーは再び走り出し、小悪魔に蹴りを入れる。
「サニーキィーック」
「ぶべらっ」
小悪魔は地面を耕しながら十メートルほど吹き飛ばされ、お地蔵様に頭をぶつけて止めた。
「さあ、みんなに手をついて謝りなさい、一応殺しはナシだから」
「ふん、せっかく貰ったド外道の役、そう簡単に手放すものですか。まだまだ楽しみますよ」
小悪魔は片膝をついて起き上がり、コウモリ型の翼を広げ、そのまま飛び去った。
リーダーがいなくなった他の小悪魔達もばらばらに逃げ散っていく。
一安堵した里の住民が再び、穣子の元へ集まってきた。
「みんな、もう大丈夫、さあ、もう一度種をまきましょう」
「穣子様、紅魔館の食料はどうしましょう?」
「そうね、半分は種まき再開、もう半分はレッツ略奪で」
「おおーーっ」
人々は喜んで、それぞれの作業に取り掛かっていく。
「妖精さん、貴方の……あれ」
穣子があたりを見回すと、サニーの姿は見えなくなっていた。
姿を消してしまったのだ。
「妖精さん、せめて貴方の名を聞かせて」
穣子が呼びかけ続けると、声だけが聞こえてきた。
「サニーミルクBlackとでも呼べばいいわ」
「サニーミルクBlack……貴方のおかげで里の人は助かったわ、ありがとう」
「私はただの悪戯妖精。みんなを助けたのも成り行きでそうなっただけ。私は他にやる事があるの、さよなら」
それっきり、妖精の声は聞こえなくなった。
サニーは人々の笑顔を、少し寂しげな目で見届けつつ、その里を後にした。
あの女性は人々を守る豊穣の神。自分自身は人々に悪戯をする妖精。
必要以上に慣れ合ってはいけないのだろう。
しかし、彼女は人間、妖怪、妖精、神々の自由のために戦い続ける。
がんばれ、サニーミルクBlack。
その時不思議な事が起こった
お約束ですね。あとは、「紅魔館の仕業だな!」とかあればもう・・・
影月はでるの?
前回と同時に投稿していたらもっと点数上がってたかも