Coolier - 新生・東方創想話

穴を空ける程度の能力

2015/06/12 03:01:29
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 産声が響く。仙人霍青娥は慣れた手つきで自前の鑿によって広がった母体の胎の穴から赤子を取り出し、胎盤を繋ぐ臍の緒を切除する。直後、魔法のように傷もなく穴は閉じた。
「お疲れ様ですお母様。かわいい男の子ですわ」
 取り出した子を先ず青娥は母親に抱かせる。子の顔を確認した母親は心底幸福そうに微笑む。
「ありがとうございます仙人様。噂通り、全く痛みがありませんでした」
「うふふ。それが売りでございますから。芳香、産湯は用意できているかしら?」
 青娥が声をかけるとぎこちない手つきで桶を抱えた死体少女が産小屋へ入ってきた。盛大にお湯をこぼしながら芳香は桶を放るように母子の傍に置く。芳香の間接の固さ故の不器用さを承知しているのか、そんな乱暴な挙動にも母親はさほど気を悪くしない。
 産湯が十分な量を残していることを確認し、一旦母親から赤子を預かった青娥はそのまま肢体を毛布で保温しながら桶まで運ぶ。
「おー。かわいいなー。たべちゃいたいくらいだー。お母さんがんばったな」
 縁起でもない台詞だが母親はやはり気を悪くせずにこやかに笑みで返す。死体が助産婦の真似事をしている、という時点で論理的にも衛生的にも大問題なのだがそれを許されている理由の一つが芳香の愛嬌の良さである。
 しかしそれ以上に大きいのはやはり仙人霍青娥への信頼であろう。
 産婆屋仙人堂。馬小屋を改築して人里の離れに立てられたこの産小屋は幻想郷内の医療施設としては永遠亭に次ぐ信頼を得ていた。産後のケアは永遠亭に軍配が挙がるが、お産に限っては仙人堂が一番である。
 安産は当然だが、何より無痛出産が可能なことが大きな話題になっていた。天狗の新聞記事で取り上げられたこともある。
「仙人様。せっかくですから、どうかこの子に名前をいただけませんか?」
 産後の処理をしている青娥に向かって母親はそう声をかける。青娥は赤ん坊の肢体を丁寧に洗いながらわずかに思案した。
「あらあら。それは光栄ですわね。わかりました、素敵なお名前を考えさせて頂きますわ――」




「上手くやっているようですね、青娥殿」
 母子を人里に帰してすぐのことだった。仙界を通してやってきたのか、気配もなく豊聡耳神子が現れた。青娥はさほど驚くこともなく現れた彼女に間を置かず会釈する。
「あら、豊聡耳様。いたのなら手伝ってくださってもよかったのに」
「必要ならそうしただろうが、貴方一人で十分手は足りていたようですからね」
 芳香を数に入れていないのは意図してだろうか。神子も死体にお産を手伝わせるのは快く思っていないようである。霍青娥の芳香の溺愛っぷりを知っている神子はわざわざそれを直接口にはしないが。
「豊聡耳様がお産に関わってくれたのならあの子の徳も更に高まると思ったのですけれどねえ」
「あれだけ豪奢な名前を付ければ徳は十分でしょう。それにしても繁盛しているようでなによりです。半年前だったかな。貴方が産婆屋を始めると言い出したときはまたよからぬ企みでもあるのかと邪推したものですが」
「まあひどい。豊聡耳様は私をなんだと思っているのかしら」
 青娥はわざとらしく涙を拭う仕草をした。
「失礼。貴方の扱う術に不穏なものがあったことを思い出しまして。しかし杞憂でなによりです。貴方の活躍は数字に表れていますよ」
 神子はそう言って懐から和紙の束を取り出した。人里の名士が管理している出生届けの写しである。
「貴方の関わったお産の流産はゼロ。先天的な理由を除けば子どもは皆健康に育っています。貴方が配っている母子手帳とやらが上手く機能しているようです」
 母子手帳は外の世界の行政が発行しているのを参考に作った乳幼児に対する禁則事項、厄介な病の初期症状、お勧めの離乳食等々を書き記したものである。青娥の筆の上手さと相まって単純な読み物としても面白いのが特徴だ。
「いずれ出生率にも影響してくると私は予想しています。なんにせよ、人里が栄えるのはいいことです。無論、急激に人口が増えれば《間引き》もしくは賢者の介入による人口調節が発生することも考えられますが」
 神子はそれぞれの単語を少しだけ強調しながら言葉を続ける。まるで青娥の反応を探るように。
「まあ、貴方の活動だけならそこまで急激な変化は起こらないでしょう」
「うふふ。なんだか釘を刺された気分ですわ。豊聡耳様には私がそういったおこぼれを期待しているように見えたのかしら」
 青娥の思わぬ反撃に面喰らったのか、神子は一瞬言葉を詰まらせる。
「……まさか。今の貴方からは邪心を感じません。感じるのは純粋な善意だけです。そして私は、それが何故だか」
 何故だか、恐ろしく感じる。珍しく自信なさげに言葉を切って神子は仙界へ繋がる扉を開いた。
「あら、もうお帰りになるの?」
「ええ。元々用もなくふらりと立ち寄っただけですから。貴方も今度霊廟へ寄ってください。屠自古においしい食事を用意させます」
「うふふ。それは楽しみですわね」
 ひらひらと青娥は手を振って神子を見送った。仙界への扉が閉じ、青娥はようやく息をついた。
「ふう。やはり私が見込んだお方ですわ」
 なかなか鋭い。声にせず、心の中で青娥は呟く。勿論、神子の能力は正常に作用している。今の青娥は善意、それも胎児への愛に満ちている。これを邪心とは判断できないだろう。
 神子が去って半時ほど経った頃、計ったかのようなタイミングでそれは訪れた。
「青娥ー。お客さんだぞー」
 箒を片手に持った芳香がぴょんぴょんと跳ねながら青娥を呼ぶ。ああ、そういえば軒先の掃除を任せていたなと青娥は思い出す。青娥は来客の気配を探る。人間の気配、とそれに重なるように育ちきっていない小さな気配が一人。
「あんまお腹おっきくないけど妊婦さんだってさー」
 芳香の手に引かれて現れた女性は、生気が薄く、弱々しかった。それは体調が優れないというわけではなく、精神的な問題であることは青娥は一目でわかった。
「いらっしゃい、お母さん」
 青娥はそう挨拶をした。しかしこの女性が母親になることはないだろうな、とぼんやりと考えた。とうとうこういう客が来てしまったか、と青娥はすこしだけ悲しくなった。



 妊婦の女性は堕胎を希望していた。経済的な理由が一つ。父親がわからないという理由が一つ。
 青娥は彼女を労わり、その精神を傷つけないよう対応した。この女性はある意味、青娥が始めた産婆屋に訪れた最初の客である。言葉は悪いが今までの活動はいわば前座に過ぎない。
 青娥は彼女の要望を聞き入れ、気が変わらないうちに処置を速やかに済ませた。穴あけの鑿を使った痛みを伴わない処置。女性はひどく簡単に終わってしまった堕胎処置をあっけなく感じているようだった。
 青娥は彼女を責めず、慰めた。必要以上に。
 堕胎した、という罪の意識を感じさせない話術。青娥はここに一番注力した。最後に経済支援と称して砂金を掴ませ、妊婦だった女性を里に帰した。ここまでの手順は以前何度も行っていたので滞りなく終えることが出来た。
「あの子はきっと、リピーターになるわね」
 思わずこぼれ出た一言。それを隣で聞いていた芳香は首を捻らせる。
「りぴーたー? なんだかよくわからんけど、うーん。こんなこと前にもあったような……」
 芳香は腐った脳を働かせ、記憶を引き出す。
「うーん。青娥、もしかして最初から赤ちゃんの死体がほしかった……?」
「そんなわけないでしょう。喩え胎児の身体が胎系錬丹の材料になるとしても、喩え胎児の魂が私の術の源になるとしても。――まあ、偶然手に入ったものなら有効に使わなければならないでしょうけど。むしろ無駄に遺棄するほうが私にとっては悪徳ですわ」
「だよなー。そんな悪いこと考えてたら神子に気づかれないわけないもんなー」
 能天気に芳香は言う。思い出しかけた記憶を引っ込めながら。
「でもー。悪徳だからって、赤ちゃんが好きだとそんなおぞましいことは出来ないと思うぞー。普通にお墓を作るほうが普通だー。壷に死体突っ込んで、薬といっしょにこねるなんて反対だー。やっぱり青娥が子ども好きっていってるのは嘘だったのかー」
 若干とがめるような口ぶりである。芳香の脳の腐っていない部分が働いているのだろう、と青娥は推察した。
「あらあら、ひどい言い草ね。私は赤ん坊、好きですわよ。でもね、芳香。それとこれとは話が別なのよ」
「別ってなんだそれー。好きならそんなひどいことするなー。矛盾してるぞー」
 怒ったような口ぶり。芳香の額に貼ったお札の効果が切れかけているのかしら、と青娥は思考の端で考える。
「矛盾なんかしていませんわ。そうですわね、短く説明しましょう。小鳥さんを愛でるのが好きな人が、鶏肉を食べることに抵抗を感じないのはおかしなことではない、という話ですわ」
「うーん? つまり、えーっと……。芳香は、雀が鳴いてる声を聞くのが好きだけど……焼き鳥を食べるのも好き……みたいな。この二つは、矛盾しない……」
 自分のことに例えながら芳香は必死に話を飲み込もうとする。芳香のそういう健気なところを青娥は愛おしく思っていた。
「そういうことよ。納得したかしら」
 芳香の頭を撫で、青娥は先ほど貰った丹の材料の検分を再開する。
「納得できないなー……。あれ、やっぱり前もこういうことあったぞー」
 言いながら芳香は跳ねて、どうにか昔の記憶を引っ張り出そうとしていた。しかしそのうち飽きてしまったのか、軒先に集っていた雀を追い回すのに夢中になっていた。
 青娥はそんな芳香の姿を見ながら想起する。以前同じように産婆屋をしていた場所。確かあれは、ここよりも小さな集落だった。
 同じように、青娥は仙術でお産をサポートし、無痛の安産を提供した。痛みというのは思いの他精神に影響を与える。それが伴わないとなると、お産という事象が若干の重みを失う。
 手軽さも重みを失う理由である。そうやってすこしづつ、すこしづつ命を軽量化していく。するといずれそれを粗末に扱う短慮な人間が出てくる。
 人は同調する生き物である。短慮な人間の意識は、いずれ他者に伝播する。時間をかけて、ひとりづつ。倫理に穴が空く。霍青娥の遠回しな扇動も追い風となり、その意識はおよそ数年程かけて村中に伝播した。
 そう、青娥の活動していたあの村では小さな子ほど命の価値が低かった。悲しいことではあったが。

 ここでも同じことが起きるのだろうか。今回は神子の目もあり、あからさまな扇動は行っていないけれど。
 ああなったらいやだなあ、と青娥は少しだけ気分が沈んだ。
胸糞悪い話でごめんなさい。
しくま
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コメント



0.720簡易評価
4.100名前が無い程度の能力削除
キャラの性格付けが上手いなぁ。
想像のCVが脳内再生されてました。
6.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです.これからも頑張ってください
7.90奇声を発する程度の能力削除
面白かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
全てがうまく噛み合う構成、楽しませて頂きました。
11.100名前が無い程度の能力削除
すこしだけ悲しくなった というのがすごくいいです
何というかとてもらしい気がします
16.100名前が無い程度の能力削除
鶏肉が欲しいのなら、倫理を捻じ曲げずとも自分で調達したら良いんじゃないのかな。
やはりどんなに取り繕ってもこの青娥は「悪いことをする」のが目的なのでしょうね。
17.無評価名前が無い程度の能力削除
青娥の言わんとすることはなんとなく理解できる。
流石に当事者になったら嫌だけど、邪仙の活動方法として見れば理に適ってるなと思ってしまった。
19.100名前がない程度の能力削除
うまい
22.80名前が無い程度の能力削除
いやだなぁ というのはさて本意かな?