『ご注意』
本作にはグロテスクな表現が含まれております。
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なお、その際に生じる損害に関しましては作者の関与するところではございません。
グロ耐性がございます方は以下より本編をご閲覧ください。
紅魔館のクリスマス
『じんぐっべ~ じんぐっべ~ すっずっが~なる~』なんて、そんなノーテンキな声が表から聞こえてくる。
門前から窓を隔てたここまでにも届くその声量にいっそ感心してしまうが、しかしいい加減、あの調子っぱずれな歌声に私は心底辟易していた。
というかあの門番、ここがどこだか理解しているのかしら?
もしかしてそれを知った上で喧嘩売ってる? 売ってるのね? よし買おう。
そんな思考を巡らせつつ椅子を立とうとした私の元に、やけに嬉しそうな笑顔を浮かべた我が愛すべき妹が、とてとてなんて音を立ててこちらへと寄ってきた。
「どうしたの? 今日はやけに幸せそうじゃない」
「そりゃそうだよお姉様! だって今日はクリスマスなんだよ!?」
彼女の笑顔全開の返答に、私は大きくため息を一つ。
「悪魔が聖者の聖誕祭を祝ったりなんてするものではないわ」
頬杖を付きつつ、私はぶっきらぼうにそう諭してやる。悪魔たる者の道義を教えるのには、当主と姉、どちらの肩書きでも十分だろう。
しかしながら彼女はといえば、そんな当主で姉な私の言葉をまともに取り合おうとはしなかった。
「いいじゃない、楽しいんだし」
あっけらかんと言い放つ我が愚妹に私はちょっとばかり唖然とし、そして改めてため息をつく。
嘆かわしい。
いつの世も、悪魔と聖者は敵対関係。そんな古き良き伝統を『楽しい』の一言で斬り捨てるとは、悪魔のモラルはどこ行った?
苦虫を噛み潰した経験のない私だが、しかしきっと今現在、百科事典に載る事が出来るくらい模範的な苦々しい顔をしていることだろう。そんな私の心中を察知してか、彼女は慌てて言い繕う。
「それにサンタさんにプレゼントだって貰えるんだよ?」
パタパタと手を振りながら言う愚妹。
しかし今の私にとってはそれすらも逆効果だ。
「ニコラスは悪魔にあげるプレゼントなんて持ってないのよ」
憮然とした調子で言ってやる。
良い子にプレゼントを配るニコラス氏だ。悪魔に待たれちゃ迷惑だろう。
しかしそんな私の言葉に、妹はニヤッと笑う。まるで『あぁ、お姉様知らないんだ』なんて言わんばかりに。
「大丈夫だよお姉様。さっき図書館で聞いたもん。サンタクロースはお父様とお母様なんだよ」
いやはや何ともリアル溢れる物言いじゃないか。
当年とって495歳幼女の夢をぶち壊すとは、いよいよもってあの紫もやしも人でなしの極みである。……あぁ、人じゃなくって魔女だったか。
「それにしたってウチ、お父様もお母様もいないじゃない」
「うん。だからウチはメイド長がサンタさんなんだって」
はっ。どうやら私には愛妹のサンタになる権利も与えられていないらしい。クリスマスを否定しつつサンタになれないことを拗ねるのはいささか身勝手かもしれないが、身勝手こそが私の特権。
しょーもないことを吹き込んだ諸悪の根源たる悪友に怨恨の念をぶつけつつ、しかしそんな妹の説に対しては「そうね」と、そんなありきたりな相槌を返しておいた。
ムキになって否定しなかったのは、別にウンザリしたから、というわけではない。
実の無い問答にいささか疲れたのは事実だが、しかしそれを私が否定できようはずも無かった。
そもそもあの娘がサンタであると言い出したのは、他でもない、私自身なのだから。
◇◆◇
深々と降る窓辺の雪を眺めつつ、私はあくびを噛み殺した。
「退屈だ」
そんな言葉がポツリと漏れる。
世はクリスマスということで大層盛り上がっているようだが、聖者の聖誕祭など悪魔の館にゃ関係ない。そんなわけで、今日も今日とて我が紅魔館は、ただただ怠惰な時間を刻み続けているのだった。
「退屈だ」
ため息を、大きく一つ。
幻想になってからこっち、心躍るようなことはほとんど無かった。ツェペシュのノリで錆付いた恐怖主義なんぞを振りかざした馬鹿親父が『管理者』とやらにボコボコにされてしまったからだ。
以来、外部に対する攻撃は厳しく制約されており、自ら命を捨てに来る連中は別としても、実害が無い以上好き好んで悪魔の棲む館に乗り込もうなんて馬鹿はそうひょこひょこいるわけなくて。
おかげで私は恐怖と絶望にまみれた甘露をすすることも出来ず、命を懸けた快楽に溺れることも出来ず、ただただ在るだけという、そんな怠惰な生を強要されているのだった。
「退屈だ」
百年ほど前だったろうか。七曜を操る陰気な魔女に出会ったのは。
ガキの分際で賢者の石を作り出すその技量には心底期待したものだが、今現在その悪友は昼夜問わずに書庫の中へと引きこもっている。たまに殺し合いに誘ってみるが、その返事は『本が傷むから嫌』と、いやはや何ともそっけない。屋外でやればいいと提案してみても『書庫から出たら死ぬ』なんて、そんな言葉を返す始末だ。あながち嘘とも取れない辺りがアレの恐ろしいところだが、ともあれそんな我が悪友は、もはやつまらぬ同居人にまで落ちぶれてしまっていた。
……それにしてもあの書庫、書籍に埋もれて、ちょっとした広場くらいだった面積が四畳一間と化しているんだけど、あの紫もやしは大丈夫なのかしら?
まぁ本に埋もれて死ねれば本望って奴だから、あるいは幸せの絶頂なのかもしれないが。
「退屈だ」
最後にはしゃいだのはもう随分前になる。もしかしたらそれがこっちへきて最初だったかもしれない。
とある夏の日、紅髪の女がいきなり喧嘩売ってきた。比喩でもなんでもなく、いきなり屋敷に乗り込んできて、私の顔面に一発だ。名乗りも口上もあったもんじゃない。そして私も堪え性のあるほうではないから、次の瞬間には殴り合いの殺し合いが始まっていた。
いや楽しかったさ。
彼女は冴えない風貌からは予想も付かないほどの実力を有しており、しかも体術の使い手ときた。肉弾戦を好むこの私が、楽しくないわけが無い。
あぁだがしかし。惜しいかな、奴は度を超えて無口かつ無感動だった。なにせ殺される一歩手前になっても呻き声の一つもらさず、眉の一つも顰めないのだ。張り合いなどありようはずも無い。結局最後には興醒めして、とどめを刺すこともやめてしまった。
せめて多少なり楽しもうと配下に加えたりもしてみたが、やっぱりまるで人形のようで。今じゃああして門前で、人型の柱と化している。
結局アレがここへ乗り込んできた目的は何なのか分からず、アレの名前も知りはしない。何せ一言も喋らないのだ。アレがここへ来てからこっち、アレの喉がどんな音を発するのか、私はとんと知りえなかった。
「退屈だ」
もう数えるのも馬鹿馬鹿しいくらいに吐き捨て続けた、そんな言葉。私はそのフレーズを、ため息もろとも窓にぶつける。真白く染まる漆黒の鏡。と、そんな白のその先に、私は何やら信じがたいものを見た気がした。
「え?」
白い霞のその先の、紅い髪した人柱。しかし鏡面が黒に戻るに従って、その紅がアレの髪の色だけではないことに気付いた。
「嘘でしょ……」
思わずこぼれ出てくる言葉。正直私は自分の目が信じられなかった。
間違いなくアレは実力者である。運命を弄らなかったとはいえ、吸血鬼たるこの私とほぼ互角にやりあった、まごう事なき化け物だ。
そんな化け物が今、全身を血で真っ赤に染めて門前で倒れているなんて、一体どこの誰が信じるというんだ?
衝撃的なその事実に、私は思わず放心する。血が沸騰するかのように熱く、そして氷刃に刺し貫かれたかのように冷たい。
それは数瞬だったか、それとも数時間だったかは分からない。ただ気が付けば、私は口の端を吊り上げて、予想もしない退屈しのぎに、心の底から笑っていた。
「ごきげんよう、お嬢さん」
待つことしばらく。果たして私の前に現れたのは、銀糸を頂く小娘だった。
背丈で言うなら私よりも少し大きい、子供というには大人びて、大人というにはまだ幼い、そんな頃合の少女である。
いやはや思わず笑ってしまった。
だってそうだろう。そんな彼女が『ごきげんよう、お嬢さん』だぞ。吹き出さずにはいられない。
いかんせん、彼女は驚くべきことに人間であり、だとしたら、私などより遥かに『お嬢さん』であるわけなのだから。
「……何よ?」
それが癪に障ったのか、彼女は不愉快さを隠そうともせずに問う。いやはや幼い。そして、それがまたツボだった。
「あぁいや、すまない。何でもないよ。それより客人、我が領土、紅魔館にようこそ」
何とか平静を保ちつつ言ってやろうと思ったが、どうしても喉の奥から『ククッ……』なんて音が鳴る。頬が蕩け、目尻が沈む。
……何だ、私も存外幼いじゃないか。
「自宅が襲撃されてるのに、随分とまぁ余裕じゃない」
「いやいや、ちょうど退屈していたところなんだ。歓迎するよ、襲撃者殿?」
ついっとスカートの端をつまんで挨拶する。
それがまた気に障ったのか、その視線はいよいよ剣呑なものになっていった。
「それより襲撃者殿? この呼び方面倒だから、名前を教えていただけると有難いのだけれど?」
「アンタに教えてやる義理なんて無いわ」
即答だった。
どうやら本格的に嫌われてしまったらしい。
それがあまりにおかしくて、私はついに抱腹した。
「何がおかしいのよ!」
「あはは……悪い悪い、悪気は無いんだ。ただ、冷酷なはずの侵入者があまりにもそぐわない、身の丈に沿い過ぎる小娘だったものだから、つい……あは……あははははは……!」
ダメだ、笑いが止まらない。
盛大な歯軋りが私の耳まで届いてくるが、もはやそれを気に留める余裕すらなかった。
「こ、小娘って! アンタの方が小娘じゃない!」
「人間、一つだけ警告しとくよ。化け物を見た目で判断しない方がいい。これでもお前さんの4、50倍は生きてる」
「じゃあババアね! 幼女ババア!」
「ぷっ……あは……あははははは……!」
コイツは私を笑い殺す気か? なんでこんなに面白いんだ。その滑稽さと愛らしさに恋慕の情すら抱いてしまう。あぁもういっそ私のものにしまおうかと、そんなことすら思い始めた。
そう、そんなときだ。私の眉間のすぐ手前、何もなかった空間に、ふと銀のナイフが現れたのは。
「……っ!」
とっさに避けたものの、こめかみの辺りに熱を感じる。触れてみればじんわりと、裂かれた皮膚から血が滲み出していた。
一体何がどうなった? ナイフは一体どこから現れ、そしてどこへ消えていった?
私の理解を超えたところで状況が進行している。こんなこと、今まで一度も有り得なかった。
「ふざけるのもいい加減にしなさい」
怒気を孕んだ少女の声。
今、きっと私は怪訝な、大層間抜けなツラを晒しているのだろう。そんな顔を彼女に向けて、まじまじとアレを観察する。
そして、
「あは……あはは……あははははははははははははははははははははははは……!」
笑った。
「……っ! まだ馬鹿に……!」
「僥倖! いやさ至悦の極み! ただの小娘かと思えば否! 超一流の好敵手! あぁ失礼した! あなどっていたよ! 改めてここに詫びよう! 歓迎するぞ、496年の怠惰を破る我が愛しき宿敵よ! そして約束しよう! その小さき胸に爪を突き立て、はらわたを引きずり出し、心の臓から溢れ出る甘き血潮を飲み干さんことを!」
……あぁ神よ。いるというなら褒めてやろう。この極上の子羊を私の元へ遣わせたことを。
戦端は唐突に切って開かれた。
さっきと同じく銀のナイフが、しかも今度は十数本も中空に現れる。私は立て続けにそれらのナイフを弾き飛ばすと、10メートルを一歩で踏み込み、その勢いで彼女の顔を殴りつけた。凡人の頭なら即時破裂するだろう一撃に、しかし彼女は吹き飛ぶばかり。加えて殴った私の右の拳がイカレてしまうというのだから、いよいよもって尋常じゃない。
追撃を加えんともう一歩踏み出し、しかし次の瞬間には銀の刃が私を取り巻く。避ける暇もあらばこそ。無数の刃は皮膚を切り裂き、赤い肉へと潜り込んだ。足に、喉に、肝臓に、銀の刃が突き立てられる。
殴打に彼女の肩が飛び、腹の肉がえぐられる。
刃に私の右目は抉られ、穿たれた眉間から血と脳漿が飛び散り、舞う。
紅に染まった私の館が、赤い色に満たされていく。
イタイイタイイタイ……
タノシイタノシイタノシイ……
痛みと、それを凌駕する興奮とが私の脳を占領し、ひん曲がった唇から怨嗟と慟哭と嬌声と笑声が一緒くたにこぼれ出た。
ちらりと見れば、そこにはもう一人の私の姿。さっきまでの不愉快な顔からは到底考えられないような笑顔を浮かべ、彼女もまた哭き、嗤っていた。
「あははははは……! イイ、イイぞ人間! 否、愛すべき狂人よ!」
「誰が狂人よ! 私は至極真っ当だわ!」
「大したジョークだ! お前はホント天才だよ!」
最高だ。こんな快感、未だかつて得たことない。
身体が燃える。血が滾る。いやさ絶頂すら覚えてしまう。
一分でも長く、一秒でも長く、望めるならば未来永劫、この快楽に身を委ねたい。
殺し、殺され、貫き、貫かれ、彼女の体を味わいつくし、私自身も陵辱される。口腔は血液に蹂躙され、内腑はナイフに犯されて、穿たれた眼球からは甘露な血潮が溢れ出る。
まさに夢のような時間じゃないか。それを少しでも、ほんの僅かでも長くと、望まぬ化け物がどこにいる?
もっと、もっと、もっと、ずっと、ずっと、ずっと……。
そんな異常な感情こそが私たちの正常だ。それこそが間違いなく、私たちの本質なのだ。
もっと、もっと、もっと、もっと、ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……。
あぁだがしかし残念ながら、夢とは仕舞いに醒めるもの。どんな夢とて例外はなく、この大層甘美なひと時も、その運命から逃れ得はしなかった。
「ヒュー……ヒュー……ヒュー…………」
彼女の呼吸がだんだんと荒く、そして危うくなってくる。
既に手足は欠け、はらわたが抉られ、眼球が破裂している。常人なら死んでいておかしくない怪我であり、むしろ彼女が未だ動けるというほうが不可思議なことである。
だから、言ってしまえばこれは必然。彼女はナイフを取り落とし、ずるりとその場に崩れ落ちた。
「………………………………終わり……なのか……?」
地に伏してなお私を睥睨する辺りはさすがだが、しかし再び立ち上がることは、おそらくもう叶うまい。
得も言われぬ喪失感に、私はクキリと歯を噛み鳴らす。
「……死ぬのか?」
ポツリとこぼれる、私の声。必然であることは知りながら、それでも八つ当たりに近い怨嗟が自ずと混じる。
「……もう……死んでしまうのか?」
「……死にたくは……ないけどね……」
ヒューヒューという喘鳴音に混じって、そんな声が聞こえてくる。その音に、いよいよ終わりが近づいていることを改めて認識した。
「なら、死ななきゃいい」
無茶と知りつつ、そんな理不尽を彼女にぶつける。
「まだだ! まだダメだ! 私はまだ殺し足りない! 私はまだ殺され足りない! もっと、もっとだ! もっとお前と交わっていたい! その柔肌に爪を突き立て、肉を蹂躙し、熱い甘露で喉を潤し、幾千幾万貫かれ、我が体内で剣戟は鳴り、そしてともに絶頂(のぼ)るのだ! だからダメだ! まだダメだ! 私は未だ、頂上には程遠い!」
「……冗談はよしてくれない……?」
「……え?」
恋焦がれる相手に吐露する、乙女の如き拙い告白。しかしそんな、全身全霊をかけた愛の言葉は、彼女のその一言にあっさりと否定された。
呆然とする私を前に、彼女は面白くなさそうに口をぐいっとひん曲げる。
それは心底不機嫌ですといったような、そんな不貞腐れた表情だった。
「……黙って聞いてりゃ……好き勝手……。……ともに絶頂る? 冗談じゃない……。……私はただ……殺したいだけ……。殺されるなんて……まっぴら……よ……」
「………………」
「痛いのは嫌……苦しいのも嫌……。……でも……ただ殺すのではつまらないから……この痛みはその代償……。殺戮を楽しむための……ひとかけらの調味料……。……でもダメね。そんなゲームの一要素が……私の命に……終わりをもたらす……」
途切れ途切れに語る少女。その音色に含まれるのは、嫌悪か、はたまた後悔……
「……さようなら……愛しい人……。……残念だわ……。貴女のその首掻っ切って……赤色に染まる唇に……口付けてみたかったのに……」
……あぁそうか。そう、そうだな。そんなことあるわけない。
嫌悪? 後悔? そんなもの、こいつが抱くわけが無い。この私が焦がれるモノが、そんな惰弱なわけが無い。
「……………………ククッ」
笑いが、嗤いが、腹の底からこみ上げてくる。あぁダメだ、止まらない。
……否、止めてなどやるものか。
「……あは……あははははは……! そうだ! それでこそだよ! なるほど、お前は気狂いですらなかった! ここへ来てなお殺すことに執着する、生粋の殺人ジャンキー! およそ考え得る、最高で最低の人間よ! そして、あぁそれならば、焦がれる想いは終わらない!」
「……何を……?」
「……………………お前に名を与えてやろう」
「…………は?」
唐突な申し出に、呆気にとられる想い人。
年不相応な状況の中、年相応の表情を浮かべる彼女は実に滑稽で愛らしかったが、どうにもそれを楽しんでいる余裕は無さそうだ。
私はコホンと咳払いをし、血の塊を吐き出すと、彼女の疑問に答え始めた。
「名とは存在、そして存在は運命そのものだ。こちらでは言霊とでもいうのかもしれんな。だからお前に名前を与え、『今ここで死ぬ』運命を変えてやる」
「……そんなこと……」
「出来るわけがない、か? 言っただろう人間。化け物を見た目で判断するなと。お前の目の前の存在は間違いなく、それだけの力を持った化け物だよ」
「………………反則じゃない……そんな力……」
「まぁな。だから当然、ペナルティもある」
「……ペナルティ……?」
「そもそも人間が名づけるのとはわけが違う。化け物というカテゴリですら、規格外の能力だ。名という存在を無理やり書き換えれば、お前はお前以外のお前になる。そのお前がどんなお前かは知らないが、少なくとも過去、現在、未来に渡って、今のお前という存在は一切合財消失するだろうな」
「……なによそれ。……死ぬよりタチ……悪いじゃない……」
「悪魔との契約なんてそんなものさ。しかしお前ほどの殺人ジャンキーなら、そんな運命すら殺してしまうかもしれない。もちろんそのままってこともある……というか、その可能性のほうが遥かに高い。しかし運命なんてのは結局、根性でどうとでもなるものさ」
運命を操る私が言うんだから間違いない。
しかし少女はと言えばどうにもこうにも呆れ顔だ。
「……いい加減ね」
そして、微笑む。
「しょうがないだろう? 運命の歯車をずらすのも、結局力技なんだから。まぁもちろん、このまま虫けらのようにくたばるのもアリだ。選ばせてやるよ人間。このどちらへ転んでも地獄、救いようのない究極の二択を」
だから私も微笑んで、
「……そんなの……決まってるじゃない……。どっちも地獄なら……蜘蛛の糸が垂れ下がる方を……選ぶわ……」
「そうかい。その蜘蛛の糸の先にはもちろん……」
「貴女を殺す快感がある……」
その答えを受け取った。
「上出来だ人間。待っているよ、お前が私に死をもたらす瞬間を」
そう言って、私はふと、あることに気が付いた。それは遥か昔に聞いた記憶。今もなお、根強く生きる愚かな幻想。
「……サンタクロース」
血に塗れた赤い服に、雪のような銀糸の髪。白いひげこそ無かったけれど、彼女はまごうことなく、人の象りし幻想だった。
どうやらどこぞの神という輩は、子羊ではなく聖ニコラスを我が元に遣わせたらしい。しかもその袋の中身がこの私の滅びときた。神の発した大層なジョークに、私は思わず笑ってしまった。
愛しい愛しいサンタクロース。その赤い唇に、私はそっと口付けた。
「お休み、私のサンタクロース。また会う日を楽しみに。そしておはよう、望月に付き従い咲き乱れる華、十六夜咲夜」
◇◆◇
「……えさま! お姉様ってば!」
「……ん? あぁ、ごめん。ボーっとしてた」
愛妹の声に数年前から引き戻され、私は小さく頭を振る。感傷に浸るとはまた、らしくない。
彼女はまるで栗鼠のようにその柔らかな頬を膨らませていたが、しかし恐る恐る部屋に入ってきた人影に、一転顔を輝かせた。
「……あの、いかがでしょうか?」
そう言いながら顔を見せたのは、我が愛しのメイド長。しかし咲夜を包むのは、見慣れたいつものメイド服でなく、赤と白に彩られたミニスカ的サンタルックだ。
「あ、あの、これは……! 実は図書館で『古来より女性サンタはミニスカなのよ! これは大自然の摂理であり大宇宙の真理! これに逆らうことは、神が許しても紅魔館の主レミリア=スカーレットが許さないわ!』と言われまして……!」
なるほど、諸悪の根源はあのもやしか。そろそろ本気で始末しないとダメかもしれないな、いろんな意味で。
「わぁ、似合う似合う~!」
そんな姉の心労をこれっぽっちも理解していないのか、能天気に歓声を上げる我が妹。
そろそろスカーレットの名を持つ者として自覚して欲しい頃合だが、しかしそれはそれとして、確かに咲夜のサンタルックはこの上なく似合っていた。別に『性的に』とかそういう修飾語が付くわけでもなく、仮にあの野暮ったいサンタスーツを着用していたとしても、私は同じ感想を抱いただろう。
しかしそんな咲夜の格好は、同時に酷く不恰好であるようにも思えた。……そのはにかむような笑顔が『コレは違う』と私に訴えかけてきていたから。
気が付けば、いつの間にやら門前の賛美歌は重奏になっていた。クリスマスムードは最高潮。きっと根暗な大図書館もあの子と楽しくやってるだろう。私の愚妹も十六夜サンタにすがりつき、上へ下へと大はしゃぎだ。
そんな微笑ましい情景を尻目に、私は一つため息を吐いた。
私のサンタはまだ来ない。もう何年も待ちぼうけ。
そういえばサンタクロースは良い子のところへ来るのだっけ。
数年前の私が良い子だったかは知らないけれど、来年はちょっと良い子になってみようかと、そんな詮無いことを私は考えてみるのだった。
そんな血生臭い祝福の言葉を贈ってもいいのかもしれんね、それが二人の幸せならば。
などと思わされたこちらの負けだな、こりゃ。
>なにせ殺される一歩手前になっても呻き声の一つもらさず、眉の一つも潜めないのだ→顰めないのだ
>愛妹の声に数年前から引き戻され、私は小さく被りを振る→頭(かぶり)を振る
>「……いい加減ね」
そして、微笑む。
「しょうがないだろう? 運命の歯車をずらすのも、結局力技なんだから。~救いようのない究極の二択を」
だから私も微笑んで、
「……そんなの……決まってるじゃない……。どっちも地獄なら……蜘蛛の糸が垂れ下がる方を……選ぶわ……」
→これだと〝だから私も微笑んで、〟が下の台詞にかかっているように見えるんですよね。実際は上なんですけど
〝だから私も微笑んだ。〟ならばわかるのですが
私生活のほうがちょいと忙しくてなかなか返信できず申し訳ありません。
誤字の方、修正させていただきました。
ただ微笑み云々の辺りは、私も迷ったんですが、どうにもうまい言い回しが浮かばなかったため、現状維持とさせて頂きました。
>「I wish you a murder Christmas!」
吸血鬼に吸血鬼ハンター(仮)ですから、やっぱしそんな血みどろの関係なのかなぁ、と、妄想いたしました。
実は某伯爵と神父な関係が今作のモチーフだったりします。