Coolier - 新生・東方創想話

毒人形、竹林に学ぶのこと

2008/12/30 13:18:07
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「あら、お出かけ?」
「そうよ。えーりんの所に行くの」


ふぅん、と風見幽香は素っ気なく言ってみたものの、何やら腹の辺りの微妙な「モヤモヤ感」に苛まれた
何か変なものでも食べたかしらと首を傾げると、宙に浮かんだメディスン・メランコリーも、不思議そうな顔で幽香を見つめる

「……なんでもない。行ってらっしゃい、メディ」
「ええ、行って来るわ」

幽香の顔が赤く見えたのがメディスンは少し気になったが
しかし時間に遅れてしまうのもなんなので、帰って来てから訊いてみよう、とメディスンはひらひらと手を振った




メディスンが言う「えーりん」とは、かの有名な天才薬師、永遠亭の八意永琳のことである
数ヶ月前の暖かい季節に起こった花の異変以来、メディスンは永琳の下へ度々訪れるようになっていた

なんでも異変の際に閻魔、四季映姫から受けた「視野が狭い」という説教に少なからず思うところがあったらしい
妖怪として生まれてまだ数年、幼く純粋なメディスンはその手の影響を受けやすいのかもしれない

そんな時に異変時にメディスンと遭遇した、永琳の部下である鈴仙・優曇華院・イナバ、因幡てゐが永琳に「毒を操る程度の能力」に加え
生命源を鈴蘭の毒としているメディスンのことを報告すると、永琳は医学的側面から興味を持ち、自ら鈴蘭畑に訪れたのである

永琳はメディスンの体内の毒をサンプルとして定期的に採取し、代わりにメディスンは永遠亭を自由に出入りし
そこでの生活を通して様々なことを学んでいく
互いの利益が一致して、現在では永琳と鈴仙のような師弟としてではなく、二人は歳の離れた友人のような関係を続けているのだった

……と言っても、片や齢億を超えるとの噂もある月の頭脳、片や生まれて未だ十年未満であろう幼すぎる少女である
やはり親子のような上下関係が少なからずあった




「……少しはここにも慣れたかしら?」


メディスンの細く白い腕から銀色の注射器を抜きながら、ふいに永琳はそんなことを言った
注射器にはメディスンの体内から抽出されたであろう、紫色の液体が溜まっている

「慣れた……?慣れるも何も、えーりんもうどんげも、てゐもお姫様もみんな最初から親切じゃない」

無機質な白い医療ベッドの上にちょこんと座りながら、メディスンは両手を広げて答える
本当に急にそんなことを言われたのだから、メディスンは素直に、思った通りのことを言った
奥で恥ずかしそうに耳を揺らしている鈴仙を見て、永琳は苦笑した

「まあ、それは嬉しいわね。でも『ここ』って言うのは永遠亭じゃなくて……幻想郷のことよ」
「幻想郷?う~ん…………やっぱり、慣れるも何もないと思うわ」

生まれてからもう何年も経ってるんだし、とメディスンは首を傾げる
妖しげな色の液体が入った試験管を数本振りながら、永琳は息をつく

「……そうね、じゃあ言い方を変えてみましょう」
「?」

大きなリボンの付いたメディスンの背中を見ていた鈴仙は、なんとなくその場に居づらいような空気を感じていた
長年、永琳に付き従ってきた弟子の勘なのだろう
この空気を感じたとき、師はどんなことを言おうとしているのか、鈴仙にはおおよその見当が付いていた

(この感じ……メディスン気をつけて!師匠は次の瞬間『よく解らないことを言う』に違いない!)

要するに、よく解らないらしい
月の頭脳と呼ばれる者の脳内は、たかだか数百年付き添ったくらいで理解出来るような代物ではないのだ


「メディスン・メランコリー、あなたは果たしてこの妖怪の楽園たる幻想郷で、不自由なく暮らすことが出来ている?」
「……?」
(ほら、やっぱりよく解らない)


永琳はメディスンのガラス球のような青い瞳をじっと見つめ、真剣な眼差しで言う
普段は飄々としてマイペースなメディスンだが、これにはついたじろいでしまった
そのまま人差し指を白い頬に押し当てながら、視線を上に向けて、考えてみる

「……うーん…………言ってることがよく解らないわ」

うんうんと頷く鈴仙

「自分で考えても解らないことは、誰かに教えを乞うのが一番」
「えーりん」
「ズルは駄目よ。……さて、今日はこれでお開きにしましょうか」
「えーりん、イジワルよ」
「どこかの向日葵様には負けると思うけど。また今度ね」







「あなたも大変ね」
「大変じゃないわ。えーりんは色んなことを教えてくれるもの」
「でも、大抵よく解らないことばかりじゃない?」
「いいの。とりあえず覚えておけば、いつか役に立つ時が来るわよ」


意外に前向きなんだなぁと、鈴仙は少し感心した
まぁ幼子のほうが記憶力や学習意欲が高いと言うし、そのうちから最高の頭脳を持つ師に教わっているのだ
案外早いうちに化けるかもしれないと、鈴仙は思う

「それでうどんげ、さっきのえーりんの話なんだけど、うどんげはえーりんが何を言いたいのか解った?」

鈴仙はメディスンと長い廊下を並んで歩きながら、そうねぇと腕を組む

「……そのままの意味だと単純にメディスンの今の調子を聞いただけなんでしょうけど、師匠のことだからなぁ……
裏がある可能性が圧倒的に高いのよね」

永琳の言うことがよく解らないのはそれこそ経験上よく知るところではあるのだが、だからといって慣れるわけもなく
結局は両手を軽く上げ、お手上げのポーズを取ってしまった

しかしメディスンがしょんぼりと頭を下げたのを見て、鈴仙は慌てて「でも」と加えた


「まぁ、師匠があなたの心配をしてるってことは確かじゃない?」
「心配?えーりんが私を?」

メディスンは大きな目をぱちぱちと見開いて、鈴仙を見上げる


「うん、例えば私も月から地上に降りてきたばかりの頃は、色々と戸惑ったものよ。きっとあの師匠と姫様だって私と同じように……
とまではいかなくても少しくらいは大変な思いをした筈だし、それを踏まえてのことなのは間違いないと思う」
「ふぅん……?」

しみじみと語る鈴仙を、メディスンはじっと見つめていた

「でも、うどんげはすぐに慣れたでしょ?」
「え?ま、まぁ一年くらい過ごせばそれなりにはね」
「ほらね。私はもう……そうね、数えてないけどもう五年くらいは経ってるんだし、そんな心配いらないわ」

腰に手を当て、胸を張るメディスン
何が得意気なのかは、本人もよく解っていない

「そう。ま、とりあえず私が言えるのはこれくらいね」
「ありがとう、うどんげ。なんとなく参考になった気がするわ」
「なんとなく……ねぇ」

口を尖らせてはみたものの、実際のところメディスンの立場になれば、自分も「なんとなく」と思った筈である
口に出すか出さないかの違いだと思いながら、鈴仙はメディスンの頭のリボンを正してやった








「あ、お姫様」
「そう言うあなたは永琳のお人形さん。もう帰るの?」
「私は師匠に頼まれた仕事がありますので、てゐにでも送らせるところです」
「そうなんです。……あら?」


歩いていると長い黒髪の後ろ姿が見えたので、メディスンは何気なく声をかけてみた
永遠亭の姫、蓬莱山輝夜はどことなく優雅に振り返ると、メディスンと鈴仙の方へと歩み寄る

「お姫様、それは何?」
「ああ、これは優曇華よ。世話をしていたところ」
「うどんげ?」

メディスンは妙な形の小ぶりな植物と、隣のウサミミとを交互に何度も見比べる
それなりに真剣な表情だったものだから、ウサミミは少し複雑な顔をした

「ふふ、イナバの『優曇華院』は、この『うどんげ』の『ウドンゲ』で間違い無いわ」
「??」
「もう姫様、メディスンが混乱してるじゃないですか」
「本当のことを簡潔に言っただけじゃないの」

袖で口元を隠し、輝夜は可笑しそうにケラケラと笑う



「そう、永琳がそんなことを……」
「そうよ。お姫様はお姫様なんだから、永琳のこともよく解ってるんじゃないかなって」

メディスンは言葉遣いが時折怪しくなるので、鈴仙はちらちらと輝夜の顔色を気にしていた
ふと、それに気付いた輝夜が鈴仙と目を合わせ、軽い溜め息をつく

「……イナバ、あなたはもう下がっていいわ。私がこの子の話を聞いてあげるから」
「え?ですが……」
「何よ。後で因幡に届ければいいんでしょう?心配しなくても、子供の言葉遣いにいちいち目くじら立てたりしないわよ」

輝夜はメディスンを膝の上に乗せ、ウェーブのかかった金髪を梳いている

歳こそ既に数千を超えるものの、見た目は若い少女のままである輝夜
しかしこうして見るとやはり親子のように見えなくもないと、鈴仙は思った

「……わかりました。メディスン、姫様に失礼のないようにね」
「メディスンはお利口さんだもんね?」
「ええ、失礼なんてないもんね」

ねー、と顔を見合わせて二人は笑い合う
いつからそんなに仲良くなったのかと、鈴仙は納得いかないような顔をしながら輝夜に頭を下げ、部屋を後にした



「それで……ええと、永琳はあなたになんて言ったんだっけ?」
「私は幻想郷で不自由なく暮らせてるのかしら?って。それで、うどんげは絶対に裏があるって言ってたわ」


ううむと眉をひそめ、メディスンは難しい顔をする
輝夜もまた、ふむと目線を上げて考えてみた
とりあえず、鈴仙の考えはまず間違いないというのだけはすぐに解った
これまた経験上のことであるが、付き合いの長さで言うなら鈴仙に比べても、信憑性は遥かに高いものであると言える

(……難題を出されるってのは、結構気持ち悪いことなのね)
「なぁに?」
「いや、ちょっとね」

ごほんと一つ咳払いをして誤魔化す
過去にこだわらない性格の輝夜ではあるが、心の奥底でほんの少し反省した


「…………あ。……ああ、そういうこと」
「え?お姫様、もう何か解ったの?」
「まぁ……解ったと言えば、解ったかも」
「わぁ、すごいすごい!さすがお姫様ね!」


膝の上で、小躍りして喜ぶメディスン
答えを聞いたわけでもないのに、その表情はこの上なく晴れやかだ

なぜ輝夜は解ったのか

それは輝夜自身、優れた頭脳を持っているということももちろんなのだが
それ以前に、『ある者』の姿が先程の「少し反省」の時に思い浮かんだからである
そこからパチパチとピースが埋まり、経験も相まっておぼろげながらも永琳の言わんとすることが理解できたのだった

「ねぇねぇ、それで永琳はなんて?」

メディスンは目をキラキラと輝かせて、輝夜に詰め寄る
十割とは言えないものの八割方答えを見つけた輝夜は、しかし

「……ダメ。これは私から教えるようなことじゃないわね」
「えええ!なんでー!!」

予想以上に大きな声を目の前で出されたので、輝夜はうわっと耳を塞ぐ
その声を聞いてか、襖の向こうからは長い耳を生やした兎たちがこっそりと湧いていた

「なんでー?お姫様、なんで教えてくれないのー!」
「い、いいから落ち着きなさい。答えを求めて迷うのもまた勉強……」
「わあー!お姫様がいじめるー!!」
「ええ!?いや、ちょ」

大声がさらに増したかと思うと、メディスンはその場で天井を仰いでわんわんと泣き出してしまった
慌てふためく輝夜の背後では、襖の隙間がより広くなっていた

「なにー?どうしたのー?」
「姫様があの子泣かしたー」
「えー、姫様ひどーい」
「あんなに小さい子なのにー」

ひそひそ話と呼べるほど、兎たちの会話は小声ではなかった
輝夜の背中に、グサグサと突き刺さる何か
まさに前門の虎、後門の何とやら、四面楚歌何とやらである

「あ、そ、そうよメディスン!ヒント!答えはあげられないけど、大事なヒントをあげましょう!」
「え、ほんと?なになに?」
「え……ええ」(嘘泣きかよ!!)

幼さと黒さは紙一重って慧音が言ってたかは定かではない



「さっき、優曇華の世話をしてたって言ったでしょう」
「うどんげ?……あの変な形の木のこと?」

そう、と大きめに頷く輝夜
無意識のうちにオーバーリアクションになってしまうのは、背後の視線を気にしてのことかもしれない

「あれは月にしか生えてないものでね、地上の『穢れ』を取り込んで育つのよ」
「けがれ……?それって、汚いってこと?」
「そうよ。月では地上は穢れているという考えが一般的なの。実際に月に穢れは無いから優曇華は普通に育つだけ。
地上で穢れを取り込んで育ったものには七色に輝く実が生り、『蓬莱の玉の枝』と呼ばれる世にも珍しい宝の枝となる」
「……?」

なんだかまたよく解らない話だな、とメディスンは言いたげだったが、ヒントを得られるというので我慢した
輝夜はそんなメディスンの気持ちを察しつつ、話を続ける

「で、その月に無くて、地上にはある穢れとやら、あなたはどこから出てると思う?」

言った後で、輝夜はなんだか懐かしい気分になった
問いは出してこそのかぐや姫である

「どこから?……う~ん、また答えは教えないっていうのは無しよ」
「これはちゃんと答えてあげるってば」

じゃあ考える、と言わんばかりにメディスンは頭を抱える
歳と裏腹に世渡りが上手いのは、周囲の環境によるところがどう考えても大きいに違いない


「…………人間」


ふと見ると、メディスンの表情は曇っていた
そうよね、と輝夜はメディスンの髪をそっと撫でる

「でも残念。惜しい惜しい」
「あれ……違うの?」

メディスンがぱっと振り向くと、輝夜は穏やかに笑っていた
反面メディスンは複数の感情を込めて、がっくりと肩を落とす

「いいセンはいってたんだけどね。正解は……まぁ私も詳しいことは知らないんだけど」
「嘘つき!!」
「わっ!は、話は最後まで聞きなさい!」
「詳しいことは知らないんだけど……?」
「………」

なんてやり難い奴かしら、と輝夜は軽く舌打ちをしてやった
将来が楽しみと言えば楽しみであるが

メディスンが急かすようにまじまじと覗き込んできているのを見て、輝夜は咳払いで間を取った


「……穢れは、普通に生きる上で必ず蓄積されていく悪い気質のようなもので、主に死や病、怪我なんかから生まれるものらしいわ」
「きしつ?」
「それはまぁ、今はそれほど重要じゃないから省くけど、要するに雰囲気とかそんな感じのもの。穢れはどんな些細なことからでも
他者と関わることで必ず生まれるものなのよ」

メディスンは眉をひそめ、頭に「?」を浮かべながら首どころか体ごと傾げている

「って言うのも、穢れは穢れを持った者と関わって伝染するものでもあるから……」
「う、うんうん」

解ってないな、と輝夜は思ったが、それも無理のないことである
なぜなら輝夜自身、大昔に永琳から教わったことを頭の奥から掘り出して話しているのだから

やがてメディスンの頭の上に本格的に「?」が見えてきたところで、輝夜は発掘作業を切り上げた

「……つまり結論として、幻想郷における妖怪と人間の共存関係から、穢れの気質は多く生まれやすいそうよ」
「……終わり?」
「お、終わり」
「……つまり、妖怪も汚いってことね」

何か違う

と言うか

「……で、お姫様、ヒントは?」
「えっと…………ヒ、ヒントはズバリ『穢れ』よ!」

我ながらどう考えても解り難いヒントを与えたものだと輝夜は頬を掻いた
同時に、他人に助け船を出すのはやっぱり性に合わないな、とも感じていた

しかし、これが一番のヒントなのだから仕方ない

ふと、膝元でメディスンが「穢れ……穢れ……」と呟いているのを見て、少しホラーを感じてもいた









「あ、いたいた。因幡!」
「てーゐ!」


何やら大きなスコップを持って廊下をぺたぺたと歩いていた因幡てゐは、ぎくりとして手に持っていたそれを背中側に回す
どう見ても小柄なてゐには隠しきれていないが、声の主が輝夜とメディスンだと確認して胸を撫で下ろした

「姫様どうも。それとメディスンいらっしゃい……と思ったら、もう帰るみたいだね」
「こんにちは。でももう帰るのよ。幽香にも聞いてみないと」
「うん?」

メディスンが拳を握って燃えているように見えたので、てゐは輝夜の顔を窺ってみた
輝夜はクスクスと楽しそうに笑っている

「この子、永琳に難しい宿題を出されたのよ」
「あー、そりゃまたご愁傷……ご苦労さんですね」

本当にね、と顔を見合わせて可笑しそうに笑う二人を見て、メディスンもとりあえずうふふと笑っておいた

「因幡、メディスンを送ってあげなさい」
「てゐ、お願い。後でお話も聞いてね」
「はいはい。ま、この賢い賢いおウサ様に任せなさい」

どんと薄い胸を叩く
メディスンは「おぉー」と尊敬の眼差しを送っているが、周知の通り『ズル賢い』だけである





「お姫様、さっきはありがとう。明日にはきっとえーりんをビックリさせてあげるわ」
「ふふ、楽しみね。……因幡、ちょっと」
「はい?」

冷たい風が舞い込む玄関先で、輝夜はちょいちょいとてゐの肩を叩いた
メディスンは二人を尻目に、ちらちらと舞う小雪をぼんやりと眺めている

「あのね……ごにょごにょ」
「……はぁ。いいですけど、いなかったらどうしましょ?」
「その時は仕方ないわよ。それとなーくお願いね」
「はーい」
「てゐ、早く早く!」
「へーへー」

メディスンは大きく手を振って輝夜に挨拶し、てゐに続いて竹林へと入っていった

「……私もだいぶ丸くなったのかしら。しかし永琳も、何を考えているのやら……」






「……そうだねぇ。私はそれこそ生まれた時のことなんて、頭が良かったわけじゃないし全然覚えてないよ」
「てゐは生まれた時から妖怪じゃなかったの?」
「普通の……とはちょっと違うけど、まあその辺の兎と変わんない感じだったと思うよ」


小さな少女が二人並んで、小雪舞う薄暗い竹林を歩く
そう聞けば異様な光景であるのは間違いないが、当然の如く二人は妖怪である上、ここに限らず幻想郷では何ら珍しい光景ではない

メディスンが永遠亭に来る時は、大抵はその辺の妖怪兎を捉まえて案内をしてもらっている
顔は知られているし、てゐからも情報が行き渡っているので、兎達はメディスンには無警戒なのだ

わざわざ迎えに出るのをてゐは面倒くさがるのだが、しかし帰りはこうしててゐが送っていくことが多い
と言うのも、メディスンの帰りが遅くなり、辺りが暗くなると迷い込んできた妖怪が襲ってくることも考えられるため
メディスンにも十分戦う力があるとは言え、保険としててゐが使わされるのだ

しかし最近ではメディスンが昼間に帰る時でも、てゐが送ることがほとんどらしい
曰くメディスンは「純粋で騙し甲斐があって面白い」そうだ

それでも迎えに来ないのは、面倒くさいからである


「そういやさ、あんたがウチに来るようになってから結構経つけど、普段は師匠んとこでどんなことやってんの?」
「うーん……えーりんが私から毒を取ったり、毒の成分なんかを教えてもらったり、幻想郷で起こったことなんかを聞いたりね」
「あれ、普通?」
「普通?」
「あ、いや」

てゐの永琳像は、もっとアレな感じらしい
もっとも、それは輝夜や鈴仙も同じなのだろうが

少なくとも、決して逆らえない人物であることは確かである

「……でも師匠には私らには及びもつかない考えがあるんだろうし、そんだけで『普通』とは言い切れないか」
「裏があるってこと?鈴仙も言ってたけど、てゐ達はえーりんが怖いの?」
「ま、またあんたは直球に……。まぁ怖いか怖くないかって言ったら、そりゃー怖いよ。怒らせたらそれこそ何をされるか……鈴仙はされてるか」
「ふぅん?……でもえーりんは私を怒ったことなんてないわ。本当はすごく優しいのよ」

確かに優しい時もある、というか普段は冷静沈着で怒ることのほうが珍しい
しかしてゐにはそれさえ裏があるように思えてならないのだ
故に、それが一番怖いところでもあると

その不気味さこそが、八意永琳という存在の恐ろしさに拍車をかけているのである

「……って、なに考えてんだか」
「何か言った?」
「なんでも。あんたも師匠には気をつけなさいよって話」
「え?うーん……………ええ、わかったわ」
「お?」

どうやらメディスンにも、多少なりは畏敬の念というものがあるらしい


「……それで、てゐ?えーりんの話は」
「あー、やっぱ私にゃさっぱりだわ」







ふいにメディスンは、おかしいなと首を傾げた
もう永遠亭を出て十分は経った筈だが、出口に一向に辿り着かないからである

いつもなら既にてゐと別れていてもおかしくない頃合なのだが、出口は未だ見えもしない

「……ねえ、てゐ?もしかして迷子?」
「え?まさか、そんなことあるわけないじゃん」
「そうよね。兎が迷うなんてあるわけないわよね」

とは言ったものの、やはりおかしい
いくらここが迷いの竹林とはいえ、半年間通ってきた場所である
方向感覚など、メディスンはどうも違和感を覚えていた

しかしてゐは、お構いなしに歩を進める

メディスンには、それが出口に向かっているようには思えなかった






「あ、妹紅ちゃん!見っけ……と、いけないいけない」
「んあ、輝夜の兎?……と、そっちの派手な見た目の子は誰だっけ」
「私はメディスン・メランコリー。あなたは?」
「お、なんか礼儀正しいね。私は藤原妹紅、よろしくね」

スカートの端を両手でつまんで、メディスンはペコリと頭を下げる
大きな竹籠を背負って筍を掘っていたのだろう藤原妹紅は、人形のように可愛らしい少女に少し戸惑いながらも挨拶を済ませた

「もこー……?あ、私はあなたの名前を知ってるわ。たしかお姫様が話してた」
「うん?姫って、輝夜のこと?」
「そうよ。凄く寂しがり屋な『お友達』がいて世話が焼けるって」
「はあ!?……おい兎、この子はあの馬鹿のなんなんだ」
「え、え~と……姫様っていうか、師匠の新しい弟子……ではないけど、うん、私達の友達だよ」

妹紅が見ると、メディスンはにこっと笑った
どうやら、てゐの「友達」が聞こえたらしい

その態度から、妹紅はメディスンの年齢が低いことがなんとなく理解できた
これも長年の妖怪退治の経験故である





「ねえ、もこー?私えーりんに宿題を出されたんだけど、その答えは誰かに聞いて学びなさいって言われたの」
「宿題ねえ」

そう言えば寺子屋に遊びに行った時、自分も宿題を出されたことがあったっけと妹紅は目を細める
同時に、額がほのかに熱くなった

「そうよ。それで、もこーはお姫様の友達なんでしょ?だから、もこーも私に協力してくれないかしら?」
「……あのね、メディスンだっけ?言っとくけど、私とあの馬鹿姫様は友達でもなんでも……」
「あーっ!!!」
「わっ!?」

突然、てゐが大声を張り上げた
妹紅とメディスンは目をパチパチさせて、てゐのほうを見る

「大事な用事思い出しちゃった!!メディスン、悪いけどまた今度ね!妹紅ちゃんはいい子だから、ちゃんと送ってもらうんだよ!!」
「え?ええ、またね」
「ちょ、あんた何、急に……」
「ってわけで妹紅ちゃん、後は任せたよ!!大丈夫!メディスンはいい子だから、ちゃんと竹林の外まで送ってあげてよね!!」
「あ、お、おい!ちょっと待……って、足はやっ!!」

足元に薄く積もった新雪を巻き上げ、因幡の兎は猛然と走り去ってしまった
初対面の妹紅とメディスンだが、これには顔を見合わせて呆然とするしかなかった

「……あいつはいつもあんな感じでしょ」
「そうね。でも、てゐは色んなことを知ってるのよ。例えばこんな」
「……何そのポーズ」
「これはてゐに教えてもらったジャンケンで絶対に勝てるおまじない」

両腕を交差させて手を握り、それを体に引き寄せているメディスン
妹紅は頭を掻いて、どうしたものかと溜め息をついた

ちなみにメディスンが負けたのは言わずもがなである




「……まあいいか。それで、永琳はどんな宿題を出したって?」
「私が不自由しないで、幻想郷で暮らせてるのかって」
「それだけ?」
「それだけよ。うどんげは裏があるらしいって言って、お姫様は……ええと『穢れ』がヒントだって」
「ヒント?じゃあ、あいつは答えを知ってるんだ」
「そうみたい。……あ、それとてゐは永琳が怖いって」
「それはまぁ……いや、私は別に怖かないけども」

怖くはないが、薄気味悪い婆さんだとは思っていた

妹紅は少し考えてみようとしたが、すぐに気が付いて考えるのを中止する

「……て言うか、私とあんたは今日初めて会ったんじゃない。私はあんたのことをよく知らないし、裏があるんだとしたら
そういうことを踏まえてだろうから、余計に考えようがないと思うけど」
「そう言わずに」
「……いや、そう言われてもね。そうだなぁ、とりあえず現段階での自分の考えを述べてごらん」

メディスンは「なるほど」と手を合わせると、そのまま頭を抱える
なんか慧音みたいだな、と妹紅は教える側の気分をまんざらでもなく味わっていた
普段は説かれてばかりなので、その気持ちも一入なのかもしれない


「……そうね。幽香やえーりん達は優しいし、特に不自由なんてないと思う」
「幽香?……って、もしかして風見幽香のこと?なんか悪い噂をよく聞くけど……大丈夫なの?それ」
「大丈夫よ。凄く強いけど、優しいんだから」

あることないことお構いなしの天狗の新聞が出回っているから、もしかしたらそういうものなのかなと妹紅は思ったが
実際のところ、メディスンの勘違い以外の何物でもないのは当然である

「……て言うか、もう答えはそれで出てるんじゃない?」
「ダメよ。これじゃあ裏を何もかいてないわ。それに、お姫様が言った『穢れ』も何も関係ないと思うし」
「まぁ、言われてみればそうかも。……穢れねぇ。聞いたことあるような、ないような」

妹紅が聞いたことがあるとすれば、それは輝夜の口から聞いたことの可能性が高かった
しかし今まで幾度となく対峙し、その中で戯言も無数に交わしてきた二人である
直接の話題に上れば話は別なのだろうが、会話の端々に出てきた単語などはいちいち覚えている筈もない

腕を組んで、ううむと唸る妹紅
最初の渋りとは打って変わって、いつの間にやら真剣にメディスンに協力してしまっている

これも人柄のなせる業だろう

「……穢れっていうのは汚いってことよ。気質だとかなんとかってお姫様は言ってたわ。月にはなくて、地上にはあるんだって」
「へえ。……まあ私が思うに、それは高慢な月の連中が付けた呼称なんだろうね。つまり、月にはあいつみたいなのが多いってことさ」
「そうかしら?よくは解らないけど、私は……えっと『いーえてみょん』だと思うけど」
「な、なんて?」

妹紅は耳に手をかざし、顔を近付ける

「『いーえてみょん』だと思うって」
「あー、『言いえて妙』ね。そりゃあ、なんでまた」


妹紅がそれとなく聞き返すと、メディスンの目の色が変わったような気がした
おや、と思った妹紅は確認のため、一度背けた顔をもう一度メディスンの方へと向き直す

しかしメディスンは、顔を下に向けてしまっていた


空気が、俄かに重くなる





「……お姫様は、人間と妖怪の関係が穢れを生みやすいとも言ってた。それは、私はその通りだと思う」

妹紅はポケットに手を突っ込み、黙って聞いている

「だって、人間はどうしようもなく汚いから。穢れを持った者と関わって穢れが伝染するなら、それは人間のせいよ
汚い人間が妖怪と関わるから、だから妖怪も汚れてしまうのよ」
「人間を憎む妖怪、か」
「ええ、憎いわ。散々泥だらけのおもちゃにして、いらなくなったらすぐに捨てる。私はそんな哀れな人形達を解放するの」

スカートの裾を力一杯に握り締め、メディスンは静かに、しかし声を荒げる
妹紅は黙ったまま、過去の記憶を巡らせた

(なるほど、生き人形の類いか……。恨みで魂が定着したんだとしたら、厄介ね)

「人形を解放したら、私みたいにスーさんの毒で妖怪にしてあげるのよ。今まで無抵抗だった人形達は、きっと私について来てくれるわ
そうしたらきっと汚い人間達に、かつての私達と同じ目を……」
「……もし本当にそうなれば、私はお前を殺さないといけなくなるよ」


今まで黙っていた妹紅が急に声を出したので、メディスンはびくりと身を起こす
妹紅の言葉の意味が一瞬解らなかったが、目を見てすぐに理解した

「……もこーは、人間の味方をするの?」
「知り合いに、半分妖怪のくせに人間が好きでしょうがない奴がいてね。私は別に人間が好きなわけじゃないんだけど
そいつは人間を命懸けで守るだろうし、そいつを放ってはおけないから。……それに」

メディスンの反応をちらと窺う
目を見開いて微動だにせず、まるで人形のようにじっと妹紅を見つめていた

すん、と鼻から軽く息を吸い込むと、冷たい冬の空気が入る


「私も、とびっきり穢れた人間だからね」
「――――譫妄『イントゥデリリウム』」









確かに、目の前の穢れた人間は泡を吹いてその場に倒れ臥した筈である
能力を使い、確実に体内に毒を巡らせた筈である

しかし急にその体が燃え上がったかと思うと、その人間は何事も無かったかのようにそこに立っていた

何度やっても、結果は同じだった


「気は済んだ?」
「あなた……やっぱり人間じゃないの?」

息を上げて、メディスンは言う
妹紅は寒空に向かって白い息を吐くと、微かに笑みを浮かべた

「言ったでしょ?穢れた人間の中でも特に、穢れに穢れまくった人間よ。穢れ具合は見ての通り」

両手を広げ、足元を指す
白い雪の地面には、相当量の血飛沫が飛んでいた

メディスンは、目の前の『人間だと言い張る者』に対して言葉を失っていた
ただ呆然と、赤く染まった足元と、手に余る数枚のスペルカードを見つめることしかできずにいた





「……どうして、抵抗しなかったの?」
「ん?」

暫しの沈黙の後、メディスンはぽつりと呟いた

「んー、そうね。あんた、なんか熱くなってたみたいだったしストレス発散でもさせてやろうかなーって」
「……あ」
「あ?」

冗談で言ったつもりだったのに怒らせてしまったか、と慌てる妹紅
いくら不死の身とは言え、痛いし苦しいのは変わらない
しかもメディスンの場合は毒使いのため、苦しみが思いのほか強いのだ

いくらなんでも、これ以上はさすがに…


「ああ……う、うえぇ……っ!」
「えええっ!?おお、ど、どうかした!?あ、べ、別に私はお化けとかじゃないよ?ほら、足!あるでしょ!」

妖怪相手に何を言っているのやら

しかし、突然泣き出した幼い少女を目の前に、焦るなというほうが難しい
メディスンの目からはぼろぼろと涙は溢れ、鼻水も止まらない

「と、とりあえずほら、顔を拭いて」
「わたし、なん、で、えーり、ん」
「ん、永琳?あ、あのババアに何かされたの?……ああ、宿題ね!うん、私が一緒に考えてあげるからさ!」

妹紅に手渡された手拭いで、メディスンはお約束とばかりに勢いよく鼻をかむ
かみながら、ふるふると首を振った

「違う、わたし、なんのため、に、えーりん達の、とこ……う、うあ」
「あーあーもういいから、とりあえず落ち着いてからでいいからさ」

よしよしと背中をさすってやり、とりあえず妹紅はメディスンを自宅へと運んでやることにした
背中におぶってやった後も、メディスンはひくひくと嗚咽を漏らし続けている
その度にゆさゆさと揺すってやり、数分の道程をあやしながら進んだ

(こんなに泣き喚く妖怪なんて見たことないよ全く。……って、もし本当に見た目と歳が一致するんだったら、この辺じゃ珍しい)

我ながらおかしな所に棲んでるもんだと、妹紅は乾いた笑いを浮かべた





「少しは落ち着いた?」
「ええ、大丈夫。その……さっきは、ごめんなさい」
「いいって。それより、なんでまた急に……」

妹紅が尋ねると、メディスンはもじもじと手をこまねいた
どうやら、迷っているらしい

「言いたくなければそれでもいいよ。ただ急に目の前で泣かれたんだから、そりゃ心配だけど」
「う、うん。えと、あのね」

視線をくるくると変え、メディスンは言葉を詰まらせる

妹紅は努めて明るい表情で待っていた
妹紅が自分から作ったのか、それともメディスンが作らせた表情なのか
それは誰にも解らない


「ええと、私は時々、えーりんの所で色々と勉強をしているの」
「うんうん」
「それでね、それは初め、えーりんが私の棲んでるスーさん畑に来てくれたからなの」
「スーさん?」
「そう、それで、私がえーりんと一緒に行ったのは、閻魔さまにお説教をされたことがあって」
「いや、スーさんて何よ?」
「スーさんは鈴蘭のスーさんよ」
「あ、鈴蘭畑ね」

変な奴だと改めて思う
同時に、メディスンがやはり年端がいかない妖怪であることを、妹紅は確信した

「閻魔さまに言われたの。私は視野が狭いって」
「閻魔ねぇ。具体的にはなんだって?他にも長々とあれこれ言われたんでしょ」
「もし人形を解放しても、私みたいに生まれたばかりで力の無い妖怪に人形達が従うわけがないって」

全くだ、と妹紅は大きく頷く
数を従わせるのは、それを上回る圧倒的な個の力
世の常である

(そういえば昔、吸血鬼がそんな風に暴れたこともあったっけ)


「……私もその通りだと思ったわ。だから私はその後、自分がどうしていいのか全然解らなくなって、すごく苦しかった」
(……しかし閻魔もこんな赤ん坊同然の妖怪に、ずいぶんと酷なことを言ったもんね。たとえそれがこの子のためだったとしても)

眉を潜め、妹紅は険しい顔をする

それが閻魔の仕事なのだから、別にどうこう言うつもりは無い
しかし、好感を持つことはできなかった
そして自分はそれ以上にボロクソにこき下ろされることだろうと、妹紅は頬を掻く

ふと、視線を落として表情を曇らせていたメディスンが、顔を上げた


「そんな時よ。えーりんが私のところに来てくれたのは」


それは、心からの笑顔だった









――――そう、あなたは少し視野が狭すぎる




人形が解放されたら、誰が人形を創る?

貴方以外の人形が、貴方の小さな心に付いてくると思っている?



小さな鈴蘭畑からどの位出たことがあったかしら?

人間もそう、貴方みたいに小さな所にずっと引きこもっていると、他人が見えなくなる

自分の心だけが毒で攻撃的になる

貴方は典型的な人間と同じ、小さな心の持ち主です



他人の協力を得られないと三途の川を渡る事は出来ず、途中で川に落ちるでしょう

他人の痛みが判らない魂に、協力してくれる魂など無い

貴方はたとえ人形解放を叫んだとしても




誰も助けてくれない事に、絶望を抱くでしょう








「えーりんが私の手を握ってくれた時、泣いちゃいそうなくらい嬉しかったわ」
「……鼻水出てるよ。ほら」

今になっても泣いているのだから、当時どれだけメディスンが感激したのかは一目瞭然である

「あ、あれ、ええと……え、えへへ」
「全く……本当付き合いづらいね、あんた」

皮肉たっぷりに言うが、妹紅も笑っていた

「えっと……それでさっきのは、私、結局あれからなんにも変わってなくて……えーりんに顔向けできないと思って」

そういうことか、と妹紅は納得する

要するにこの幼い妖怪は、永琳を本当の母親のように慕っているのだ

先ほど自分を人間と知るなり攻撃したのは妖怪としての本能からのことで、これは幼ければ幼いほど、抑えようのないこと
そして妖怪なのだから、個人差こそあれど、相手を死に追いやることに躊躇いはほとんど無いだろう

しかし何度も本能をぶつけるうち、次第に冷静さを取り戻し
やがて敬愛する母親の言いつけを守れなかった自責の念から、とうとう泣き出してしまったというわけだ


「……もこー、本当にごめんなさい」

そして、ある程度の教育は行き届いているようだ

「もういいってば。……ったく、こんな素直な子を育てられるんなら、輝夜ん時からそうしろってのよ」
「?」
「なんでもないよ」

そうぼやいてはみたものの、妹紅はすぐに「あれは地が酷いから仕方ないのか」と訂正した

「……あーっ!!」
「うわっ!ど、どうした?」

ふいに、メディスンは声をあげた
また泣くのかと身構えた妹紅だったが、メディスンの顔はとても晴れやかだ

メディスンは妹紅を見上げると目を丸く見開き、再び声をあげた


「えーりんの答え、解ったかも!」










「っくしゅん!」
「あら、蓬莱人が風邪ですか?これは貴重な」
「そんなことあるわけないでしょ。才色兼備な私を僻んでる奴がどっかにいるだけのことよ」

得意気に反り返る輝夜の背後から、鈴仙とてゐはこれでもかというくらいの冷たい視線を浴びせた

「……しかし、もうすっかり積もりましたねぇ。そう言えばあの子……メディスンは、冬の間はどうしてるんでしょう?」

鈴仙が曇ったガラスを指でこすって外を見ると、雪はすっかり辺り一面を満遍なく覆っていた
言われてみればと、輝夜とてゐは顔を見合わせて小首を傾げる

「大丈夫よ。なんでも、怖~い妖怪がよく家に置いてあげてるみたいだし」

永琳がわざとらしく抑揚を付けて言うと、なぜか視線は永琳に集まっていた

「あれ?メディスンはさっき帰してあげましたけど~……」
「てゐ、後で私の部屋ね」
(((やっぱり怖い!)))

眩しいほどの笑顔も、その要因である


「……あ、そうそう因幡。ちゃんと会えた?」
「え?あー、はいはいバッチリです」
「姫様?」
「なんでもなーい」




ふいに、廊下が騒がしくなった

どたどたと、足音を立てて走る複数の気配
食事の用意をしていた鈴仙はまた兎達かと、隣で皿を運んでいるてゐを睨んだ
視線に気付き、バツが悪そうに目を背ける

てゐは、とりあえずその包丁はしまってほしいと願った
兎角同盟を盾に言い訳しようと画策したが、なんとかそれは杞憂に終わった


「おいちょっと!引っ張るなって!私はもう帰るよ!」
「えーりーん!!どこなのー!?」




「あら?この声、メディスンと……」
「ふふふ……どうやら上手くいったみたい」
「……輝夜、妹紅の分はあなたが作ったらどうかしら」
「なんで!あいつには後で三角コーナーでもあげれば、それで最後の晩餐に相当……っ痛ぁー!!」

さすがに言い過ぎだったので、ヤゴコロチョップが輝夜のおでこを直撃した
その後でぺこんと頭を下げるのが、永琳の絶妙な従者具合である


「いたー!えーりーん!」
「あらまぁ、夜遅くにいらっしゃいメディスン。それに妹紅も、久しぶりね」
「ん。……て言うか別に、来たくて来たわけじゃ……」

メディスンはずっと握っていた妹紅の手から離れると、永琳の胸の中へと飛び込んだ
メディスンは軽いので、すぐにひょいと持ち上げられる



ポケットに手を突っ込んで、豪華な食卓を気まずそうに眺めていた妹紅だったが、ふと、見たくはない顔を見てしまった

「まぁ大変、おいしそうな匂いに釣られて獣が迷い込んで来たわ。どうどう、鶏肉はいかが?」

小さな鳥の足をつまんで、ひらひらさせる輝夜
妹紅は正直なところ、美味そうな肉だとは思ってしまった
その時点で、異様な敗北感に襲われる

「ぐ……!じゃ、邪魔したな!!」
「あ、獣が帰って行くわ。やれやれ……あれはなんの獣だったのかしら?私には負け犬に見えたのだけど、ねぇ?」

妹紅は炎を操る
しかし今、大きく燃え上がったのは誰しもが持つ炎だった

「……じゃあ何か、よそ様に迷い込む度胸もないお前はさしずめ炬燵に包まる『負け猫様』ってとこか?」

鈴仙が騒ぎの中、出来立て熱々のおでん鍋を運んでくると、そこはもうフラグ地雷がそこかしこに落ちていた

「……あーあ、嫌ねえ貧乏人て。ありもしない言葉を適当に作って勝った気になってる。これは全国の負け犬さんには失礼だったかしら?」
「おや?ふんぞり返ってるお姫様は『造語』って言葉は知らなかった?いやーこれはこれは、姫の頭の出来を考慮できませんで申し訳ない」

鈴仙は、その場で立ち尽くす
手の中にはおでん鍋が煮えたぎっていた

「……表出ろや!!白髪のババア!!」
「上等だ!!腰ひん曲がったババア!!」


次の瞬間、屋根には大穴が開いていた
この時期は相当辛いものがあるので、一刻も早く兎達に直させなければいけない

「……はぁ、とにかく助かったわ。師匠ー、おでんが出来まし
「あいたっ!もう、なに突っ立ってんのさ鈴仙」
「あちゃぁー!!」
「うわっ!」




「本当に騒がしいんだから。まったく、困ったものね」
「でも、えーりんは笑ってるわ」
「あら、あなたもじゃない」

メディスンは永琳の膝の上にちょこんと座り、そこかしこの騒動をころころと笑って眺めていた
永琳もまた、メディスンを撫でながら目を細める

「ところでメディスン?戻って来たってことは、もしかして」
「あ、そうそう!解ったのよ、私」

予想外の早さだったものだから、永琳は手を広げておどけて見せた
正解か不正解かはともかく、夜分にわざわざ答えを言いに戻って来るとは、それだけ真剣に取り組んでいた証拠である

実のところ、永琳はそれだけで満足だった


「あのね、えーりんの言うとおりに私、うどんげやお姫様や、てゐや、もこーに色々と教えてもらったの」
「妹紅にも?」
「そうよ。たまたま竹林で会ったの」
「……そう、なるほどね」

ぽっかりと見通しの良くなった天井からは、色鮮やかな弾幕が眩しく散っていた

「えーりん?」
「いいえ。少しね」

輝夜がメディスンを妹紅に会わせたことを察すると、永琳は小さく溜め息を吐いた
それは呆れや感心、驚きが混じったものだった

「……えーりん!」
「はいはい。じゃあ早速、答えのほうを聞きましょうか?」
「いつでもどうぞ」

もう聞いてるんだけど、と永琳は首を傾けて苦笑する
しかし空気を読んで永琳は今一度、昼間の質問を繰り返した





「メディスン・メランコリー、あなたは果たしてこの妖怪の楽園たる幻想郷で、不自由なく暮らすことが出来ていますか?」

「いいえ、出来ていません」

「それはどうして?」

「少し前までは、人間がいるから不自由だと思ってたわ。でも、えーりん達と会ってから、私は不自由を感じなくなったの」

「なぜ?」

「嬉しくて、楽しいから。だからえーりん達と一緒にいたら、人間のことなんて忘れられたのよ」

「じゃあ、どうして?」

「今日、もこーと会って思い出したの。私が人間を恨んで生まれたんだってことを。私は人間が憎くて憎くてしょうがないってことを」

「…………」

「でもそれは違うのよ。たしかに人間は穢れてて、憎い存在。だけど、もこーと会って気付いたの。もこーは人間だけど私にすごく親切にしてくれたし
きっと、もこー以外にも親切な人間はいっぱいいるんだと思う。私を捨てた人間はここにはいないって気付いたのよ」

「そう、そうね」

「……でも、私は人間への恨みから生まれた妖怪。きっと人間のことを心から好きになることは絶対に無理なのよ。絶対の絶対に
これからも一生、私は人間が嫌いなまま。……だけど、私はもこーみたいな人間だったら好きなれるわ。でも、たとえもこーみたいな人間だとしても
えーりん達みたいに心から好きにはなれないの。……だから」

「…………」

「……だから、不自由なく暮らすことは、私には一生出来ません」







「あれ、寝ちゃったんですか?」
「結構疲れたみたいでね。普段は頭を使ったりすることは少なかっただろうから」

永琳の膝に頭を置いて、メディスンは静かな寝息を立てていた
表情は安らかで、気持ち良さそうに眠っている

先ほどまで壮絶な弾幕戦を展開していた輝夜と妹紅は、互いに謎の矢を頭に刺したまま雪の中で死んだように眠っていた
矢には『うるさいので』という文が結ばれていたとかいないとか

「しばらく起きそうにないわね。……うどんげ、どこか空いてる部屋を……」
「はい?」

鈴仙の顔が一面包帯だったので、永琳は少し焦った
てゐの姿は見えない

「……やっぱりいいわ。私が連れてくから」
「え?いや、そういうわけにもいきませんよ」
「もしメディスンが運んでる途中に起きちゃったら、あなたの顔は毒をブチ撒けられて今以上に酷くなるかもね」
「謹んでお任せします」
「ええ、あなたには外の二人をお願いするわ」






永琳はメディスンを自室へとおぶって行った
永遠亭は広く、暖房等が行き渡らない冬の廊下は特に冷え込んでいるため、永琳と言えどつい早歩きになってしまう
兎達に敷物でも織らせてみようかしらとも思ったが、生憎、そんな器用なことが出来る兎などはそういる筈もない


部屋に着き、普段自分が使用している大きめのベッドにメディスンを寝かせてやると、その側の床に病室から運んできた布団を敷く
こちらは少々薄手だが、特に問題はないだろう

メディスンの寝顔を見れば、少しばかりの寒さなど問題にはならない

「……おっと、嫌ねぇ。歳を取るのって」

「全く、その通りですわね」






永琳が睨みをきかせると、空間の裂け目はぴしゃりと閉じた
と思いきや、永琳の真横にそれは再び現れる

「ご機嫌麗しゅう、月の頭脳」
「相変わらず趣味が悪いのね、隙間妖怪」

隙間妖怪、八雲紫はおほほと笑って「それは光栄です」と続けた
永琳が露骨に嫌な顔をすると、紫は口の前に人差し指を立てる

視線の先には、幼い寝顔

「……夜分に急に現れておいてよく言うわね。あなた、寒いの駄目なんじゃなかったかしら?」
「お年寄りの話に耳を傾けるのは若輩の礼儀と思いまして」

ふん、とわざとらしく鼻で笑う
この二人の次元ともなれば、最早どちらがいくつだとか言う話でもないのだが
永琳はやれやれと肩を竦め、席を立つ

この場で話すのは、やはり忍びないものがあるのだ





「まずは、協力感謝致します」

紫は会釈程度に頭を下げ、柔らかい笑みを浮かべる

「それはどうも。……それにしても、あなたは本当に解らない妖怪ね」
「それが売りですわ」

こういうところが解らない、と思えば思うだけ、月の頭脳は翻弄される
それ程に、この妖怪は胡散臭い

「しかしそれはお互いさま。あのような力無い妖怪の面倒を見る理由が、あなたにあるようには未だに思えない」

口で笑い、目は笑わず
紫がこんな表情をするのは普段からだが、やはり誰が見ても胡散臭い

「……まぁそのお陰で、色々と手間が省けましたけど」
「確かにそうね。あなたの口から言われたんじゃ、いくらメディスンと言えど妖しがっていたでしょうし」

嫌味のつもりだったのだが、しかし満足気に頷く紫
本当に解らない


「それで、成果の程は既に聞かせて頂きました」
「……本当、嫌になるわ」

完全に本音である
こんな奴が幻想郷の守護者なのだから、面倒ごとが絶えず起き
そして大事にならずに済んでいるのだろう

紫は扇子で口元を隠し、ニヤリと目を細めた


「なんにせよ、彼女が人間に恨みを持っているということを彼女なりに解釈できただけでも収穫です。もしも彼女のその想いが
未だに改善されず、表立った恨みを抱いたままであったなら、然るべき場所へ送るか、あるいは魂を引き剥がし、在るべき姿へと帰す心積りでした」
「あなたのことだもの。それくらいのことを考えていても何ら不思議ではないわ」


さもありなん、と言った具合に溜め息をつく
八雲紫の守護者としての在り方は、幻想郷を守るためならばどんなことも厭わないのだ

ふと、紫は鋭い眼光をすぐに和らげ、天井を仰ぐ


「……でも、彼女は成長したわね。予想よりも遥かに早く、心を制御することに気が付いた。うちの子にも見習わせたいくらいにね」
「それはうちの子にもよ。あの子はきっと、大きな妖怪になるんじゃないかしら」


顔を見合わせて、疲れたように笑う
猫と姫のくしゃみが、今にも聞こえるようだ


「人間を嫌う、もしくは恨む妖怪は……地上からは激減したとはいえ、やはり存在することは事実です。しかしそういった者は
かつての人間を知る古参の妖怪に多く、彼らには思いを抑止するだけの力がある。彼女は人間を恨むには、余りにも若過ぎた。
そして彼女の住処に人間が現れることは危険度ゆえにほとんどなく、余りにも人間を知らなさ過ぎた」
「そうね。だから私が彼女のもとへ訪れた時、医師であると名乗った上で付いて来てくれるとは思わなかったわ」


二人の馴れ初めは紫も初耳だったので、思わず「ほう」と息を漏らす
同時に、メディスンの心にその頃から変化があったのだと思い、紫は気付かれぬようそっと胸を撫で下ろした
しかし永琳の目には、紫がどこか嬉しそうに頬を染めているのが解った
ふと目が合い、訝しげに見合わせる

ふいに永琳が、仕方ないと手を叩いた

「ところで、私があの子の面倒を見てる理由だけど」
「……あら、話して頂ける?それは興味深い」

紫が幻想郷を想っての行動のあらましを話したのだから、話すのが礼儀と思ったからである

永琳は曇った窓をこすり、夜空を見上げた



「穢れを知らないあの子が、どうにも月の民と重なってしまってね。放ってはおけなかったのよ」
「……『幻想郷へようこそ』と、彼女には伝えておいてください」







「うう……体の節々が痛い……。あ、永琳おはよ」

食卓には味噌汁と焼き魚のなんとも言えぬ、朝の匂いが広がっていた
台所には鈴仙とてゐの他に、複数の妖怪兎達がせわしなく行ったり来たりしている

「おはよう。妹紅はもう帰ったの?」
「妹紅?なんで?」
「……いえ、なんでも」

昨日あの後、まさか同じ寝室に寝かせていたとは言える筈もない
恐らく妹紅は先に目覚めて、さぞや焦ったことだろう
今度からかってやろうか、と永琳はくっくっと笑う

「むむ、妖しい……のはいつものことか。ところでソレ、何してるの?」
「これ?」

輝夜が見ると、永琳は何やら小さな布をちくちくと縫っていた
赤と黒のソレは、どこかで見たような派手な色だ

「これはほら、アレよ」
「んん~?」

永琳は、頭の上をちょんちょんと指差す


「ああ、あの変なとんがり帽子?を、作ってるの?……ってその色、もしかして」


輝夜はぽんと手を合わせ、その小さな布の小ささを納得した
永琳はにっこりと頷いて、ちくちくと丁寧に織り進めていく


「……これからあの子には少しずつ穢れを知ってもらって、ゆっくり慣れさせていこうかと思ってね」




暖かい視線の先にある小さなそれは、少しばかり問題児の小さな助手の頭に、きっと似合う筈である
Medicineは薬の意、毒薬変じて甘露となる

作品集を2ページ程すっ飛ばしてしまいました。覚えてらっしゃる方はお久しぶりでございます。
本当は『メディクリスマス』とかって余りにも秀逸過ぎる題名でクリスマスに便乗投稿しようと思ってたんですが
気付けばあと一日で今年も終わりですね。早いものです。
なん……だと……

メディはどう考えても原作に再登場させるべきだと思うのは、俺だけじゃない筈です。
未読の儚月抄に期待してもいいものでしょうか。
ともあれ来年も「僕の考えた最強のメディ」を何とぞよろしくお願い申し上げます。
漢字太郎
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コメント



0.1450簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
怒涛のメディタグに感動を覚えました。
SSにメディへの愛を見ました。
5.90煉獄削除
メディスンの心の成長は読んでいてとても面白いものでした。
頬が緩むようなお話でした。
面白かったです。
9.100名前が無い程度の能力削除
ああもう!メディかわいいよ、メディ
10.90名前が無い程度の能力削除
えがった。
11.100名前が無い程度の能力削除
メディかわいいなー
22.100名前が無い程度の能力削除
月の民の設定とメディの生き方を繋げる発想に感服しました。
24.80名前が無い程度の能力削除
まともに読んだメディ物はこれが始めてだったんだが
一発でメディのイメージが固まった
25.80名前が無い程度の能力削除
メディスンはいい妖怪になりそうだ。紫とえーりんってのも珍しいですね。

誤字
>てゐの永琳象は、もっとアレな感じらしい
31.無評価漢字太郎削除
>1さん
これからもさらに増やしていけそうな、そんな可能性をメディからは感じます
ちなみに久しぶりにキャラソートをやってみたところ、メディは神奈子様に次いでの二位でした

>煉獄さん
メディは実は500歳とかじゃなく公式の幼子ですし、まだまだ成長の余地があると思うのです
だからこそまた原作に出てもらい、花映塚のその後を描いてもらわないと俺が困r

>9さん
まったくです
ところでメディ本は冬コミにどれくらいあったのか、非常に気になります(キリッ!)

>10さん
ありがとうございます
次回は100点を頂けるよう、精進いたします

>11さん
まったくです
ところでメディ本は(ry

>22
元はと言えばこの話の大元はそれだったんですが、長々と書いていくうちになんだかグダグダに……
我ながら上手いことこじつけたなぁなんて思ってたりするので、いつかまた、上手く話に纏められたらいいなぁ
そのためにはまず儚月抄を読んでみなければ

>24さん
今回はぶっちゃけ、作者自身がメディに対しどんなイメージを持ってるのかを確認するための話でもあったのです
なのでそう言ってもらえると、作者冥利に尽きるというものです
もっと色んな方のメディ物が読んでみたい、というのが本音ではあるのですが……誰か書いてくれないかなぁ

>25さん
誤字報告ありがとうございます。名前が名前だけに、漢字のガチ間違いは情けない……

あと300年もすれば、きっと幽香と雛を足して2で割った感じになると信じて疑わない作者です
その二人は何気に仲良さそうだと思うんですよね。ブレイン同士、保護者同士、バ(矢(スキマ


ちなみに後書きの「メディクリスマス」はツッコミ待ちだったんですが、誰か(スキマ
34.100名前が無い程度の能力削除
specialだぜ!
面白かった。
35.100名前が無い程度の能力削除
今後ともメディをどうかよろしくお願い致します