~第四話 最狂最悪
「兎狩りだーっ!」
「妹紅がきたぞーっ!」
「ひーっ! カミさま!」
紅魔館がマリョサトロ撃墜記念パーティーで浮かれている頃、
永遠亭の兎達は妹紅の奇襲に浮き足立っていた。
「ふうん、ようやく来たのね……大方、自分にかけられた賞金に激怒したって所かしら?」
永遠亭の屋敷の奥でその一報を受け取るのは、館の主である蓬莱山輝夜、
その歪んだ口元から笑いが漏れる、というか吹きだしている。
「くふふ……ファーファファファ!ファーファファファ!」
ついには畳の上でくるくるっと踊りだす始末だ、何がそんなに嬉しいのか、理由は次の台詞にあった。
「妹紅との戦績、0勝299敗……辛酸を舐め尽してきたこの数十年……」
机に片足を乗せて握り締めた拳を顎元に寄せ、ふるふるとわななく輝夜……、
蘇るのは敗北し続けたこれまでの思い出、頬をつつつと熱き涙が零れ落ちる。
「次こそは勝てるわ……今まで姫という立場上、多対一などという卑怯な戦法は取れなかった、しかし!」
でも罠とかは仕掛けたりしてました、主に永琳が、です。
「しかぁーし!! 今度の私達は賞金首を狩る立場! つまりは絶対なる正義!!
つまりは四人がかりで戦っても万事おーけぃ! さあ来なさい! わが優秀なる戦友よ!!」
高らかに叫びながら輝夜がぱっちーんと指を鳴らす、
がらりと障子が開き、現れたのは三つの人影。
「隼のてゐ!」
「報酬の人参を忘れないでくださいウサよー?」
「鉄の人形メディスン!!」
「友達なーらあたりまえー!」
「暴走発情期イナバ!」
「なんですかその二つ名は!?」
「そして不死身の姫、輝夜! この四人で妹紅を倒すのよ!」
バン! と正面の障子を豪快に両手で開き、進むは正門、妹紅のもとへ、
のしのしと廊下を歩く四人を、館内防衛兵が敬礼で出迎える。
「鈴仙様、てゐ様、メディスン様、あとニート、妹紅はこの先の庭で暴れております!」
「何で私だけニートなのよ!!」
「ふはははは! 貴様のような軟弱物の拳など当たるものかっ!」
姫様は下っ端にも馬鹿にされています、なんともまぁカリスマの無い。
「まあいいわ、皆! 正々堂々と妹紅を四対一でぶっちのめしに行くわよ!」
『はい!』
ガラッ!!
「ふしゅるるる……」
ピシャンッ!!
「…………」
「…………」
「…………」
「コンパロー?」
何かいた、戸を開けたら何かとんでもないものがいた。
「イ、イナバ、今の、誰?」
「か、辛うじて妹紅さんとは確認できましたが……」
「でも大きかったわよ?」
「身長、5mぐらいありましたウサよね?」
「しかもモヒカン、あの長髪で」
「かっこよかったー」
『それは無い』
纏めると、身長5mの妹紅が長い髪をモヒカンにして、ふしゅるるる……と奇妙な呼吸音を立てていた。
「いやいやいやいやいやいや、そんなのありえないから! まじで!」
「見間違いですよね! きっと! うん!」
「じゃ、じゃあもう一回扉を開けるウサよ!」
「皆で妹紅を倒そーねー!」
ガラッ!!
「邪魔するヤツは殺す! このテッドフジワラー様が丸焼きにしてくれるわ! がががーーっ!」
ピシャンッ!!
「皆! 深呼吸よ! きっと幻覚を見てるだけだわ!」
「もしかしたら私の瞳が暴走しただけかもしれません! 落ち着きましょう!」
「ヒッヒッフーウサ! ヒッヒッフーウサ!」
「世の中って不思議な事もあるのねー」
「よし、今度こそ妹紅の馬鹿をとっちめに行くわよ!」
ガラッ!!
「がはは! 逃げろ逃げろ! 早く逃げないと真っ黒こげだ! がががーーーっ!」
祝、300敗
―――――
「さぁ蘇るのよ! この薬品でーーー!!」
ぽたり。
「…………ぐはぁーーっ! まずっ! 死ぬほどまっず!!」
「姫、おはようございます」
舌の上をうぞうぞと這い回る苦味、喉をぐにぐにと押し広げるようなどろみ、
そして鼻を内側から劈く強烈な臭みが五感を刺激し、輝夜を現世へと引き戻す、でも元々死んでない。
「ぐふっ、ぺっぺっ! 一体何を飲ませたのよ!」
「蘇生薬です」
「良薬は口に苦しって言うけど、そんなもの通り越して不味いわ!」
「私の愛を詰め込みましたので」
「それは暗に私のことが嫌いって言ってる?」
「いえいえ、そういう意味では……単に私の肉ゲホゴホン!!」」
とりあえず聞かなかった事にしてベッドからよいしょと降りる、
見渡せばここは見たこともない部屋、何かやけにぼろい木造住宅だ。
「ここはどこなの? あなたの研究室?」
「いいえ、紅魔館の門番詰所です」
「……永遠亭はどうしたの?」
「壊滅しました」
表情を変えるわけでもなく、静かに淡々と述べる永琳、
対する輝夜はショックを受けたのか、固まった表情で永琳を見つめていた。
「テッドフジワラーの襲撃によって永遠亭は全焼、兎達はほとんどが行方不明、
私は黒焦げになった姫を連れて何とかここまで逃げてくる事で精一杯でした」
「ほ、他のイナバや因幡はどうなったの?」
「うどんげやてゐ、メディスンは行方不明です、生きているのか、死んでいるのか……
姫や私、残った兎達は紅魔館の好意によってなんとかここに滞在させてもらうことになりました」
「そ、そう……」
「その為に私はここでしがない蘇生屋をしております、ここでひたすらに蘇生させ続ければ、
客としてか、それとも死体としてか、うどんげが私の元に戻ってくると信じていますから」
「探しに行きなさいよ」
輝夜がビシッと突っ込むが永琳はどこか遠い所を見ながらスルーしていた。
「それでは姫、頑張って一流のハンターになってくださいね」
「はい?」
いきなり正気に戻ったかと思うと、どすりと手渡されたのは見覚えのある服やら何やら、
気づけば、宝物の蓬莱の玉の枝はゴムみたいなものまでつけられていた。
「何これ?」
「蓬莱の玉の枝のパチンコと龍の頸の弾です」
「これは?」
「火鼠の皮ジャケットです」
「じゃあこれは?」
「仏の御石のヘルメットです」
「最後のこれは?」
「燕の子安チョッキです」
「……えいっ!」
「おぶっ!」
とりあえず殴った、全力で殴った、ヘルメットを両手で握り締めて何度も追い討ちをかけた、
ついでに言うと泣くまで殴るのをやめなかった、というか泣いたのはこっちだった。
「ひ、姫……仲間を集めるのです……そして憎きテッドフジワラーを倒すのです……ごふっ」
「嫌よ嫌よ嫌よ! 運動は嫌いなの! 動きたくもないの! 一日中寝転がっていたいのよ私は!」
「ではここで蘇生薬の実験体になってもらえますか?」
「蓬莱山輝夜、きっと一流のハンターになってみせます!」
「その意気です」
これが世にも珍しき、蓬莱山輝夜の一人立ちの瞬間である。
「最初は紅魔館のハンターオフィスに向かうといいでしょう、貰うべきものもありますので」
「はいはい、わかったわよ」
「ご武運をお祈りしています……グッドラック!」
こうして輝夜は自らの足でハンターへの一歩を踏み出した、
燦々と照りつける日光に目を細めながら彼女は向かう、何故か紅魔館とは逆の方向へ。
「あ、あれ? これって湖よね……紅魔館はどっちだったかしら?」
「シャーーー!!」
「え、あ、きゃああああああああ!!」
賞金首名:チルザメ 賞金額:四十万円
紅魔湖に出没、四枚の氷の背びれが特徴、まれに陸地にも出没、
遠めでも見かけたらすぐに逃げる事、凶暴で危険です。
「スキーマスキマ~ゆかりんのスキーマ死体配送サービス~♪ グッバーイ♪」
「うほっ、いい死体ね……って姫じゃない」
永琳は少し悩んだ、姫を送り出したら五分で新鮮な死体になって戻ってきたからだ、
そのまま三分ほど悩み、とりあえずは一つの結論に達する。
「さぁ蘇るのよ! この薬品でーーー!!」
「おぶふぁぁぁぁっ! さっきよりもまずぅ!!」
~第五話 初めての仲間とドラム缶
「これが輝夜さんのBS水晶球です、ハンターの証明にもなりますから、大事にしてくださいね」
「ふーん……」
「それでは頑張ってくださいね、『新米ハンター』の輝夜さん」
あれから紅魔館中庭をさまよう事二時間、通りがかりのメイドに連れられて、ハンターオフィスにご到着、
受付小悪魔に渡されたのは丸くて小さな水晶球、そして念願?のハンターデビュー。
「さて、これから何をすればいいのかしら……?」
広大な幻想郷に一人放り出された輝夜、彼女はこれから自らの考えで動かなければならないのだ、
とりあえずハンターオフィスをキョロキョロと見回すと、人が集まってる所に歩を進めてみた。
「戦車があればなぁ……」
「賞金額五百万……こいつさえ倒せば一年は遊んで暮らせるわね」
「フランドール様はどこにいったのかしら……」
色々と聞き耳を立てて情報を集めてみる、ハンターは賞金首を狩るものということは知っていたが、
兎にも角にもお金を稼がないと駄目なようだ、地獄の沙汰も金次第、とやらか。
「ふーん、色々といるのね」
今度は壁に貼られている手配書を見てみる、大抵は賞金額が高ければ高いほど強いらしい、
しかしどいつもこいつもどこかで聞いたような名前の妖怪ばかりだ、例えば……
賞金首名:チルノネラ馬家 賞金額:十万円
賞金首名:チルノンジャー 賞金額:十五万円
賞金首名:チルザメ 賞金額:四十万円
賞金首名:チルンバ 賞金額:百万円
「……あの氷精、やけにレパートリーが豊富ね」
どうやらここは低額賞金首、というかチルノの手配書が貼ってあるようだ、
続けて隣の掲示板の賞金首の手配書を見てみることにした。
賞金首名:チルザメキング 賞金額:四百万円
賞金首名:超ヤマダ 賞金額:六百万円
賞金首名:カミカゼブンヤ 賞金額:六百万円
賞金首名:チルノネラ本舗 賞金額:九百九十八万円
「(チルノ多い……)」
むしろ賞金首の半分はチルノで占められているらしい、少なくともこの手配書の中では。
「そうだわ、妹紅はいくらなのかしら?」
ふと輝夜の中に沸きあがった疑問、賞金額は先程の通り強さの目安になるのだから無理もない、
そうでなくとも高額の賞金首の手配書は目を通したくなるものである、いつか倒す事を夢見て。
「まー、どうせ妹紅の事だからそんなにたいしたことは無いわね」
賞金首名:マリョサトロ 賞金額:済
賞金首名:ランメルゴースト 賞金額:一千六百万円
賞金首名:ブルハクタク 賞金額:一千八百万円
賞金首名:チルノサウルス 賞金額:二千万円
「あれ? 無いわ、もっと右……」
賞金首名:テッドフジワラー 賞金額:二千四百万円
「……うわあ、凄い敗北感なりぃ……」
とりあえず新米ハンターの自分でもその桁違いの強さがわかるほどの賞金額の前に、
輝夜はただうな垂れるしかなかった、これを倒さなきゃならないのかと思うとそれはもうへこむ。
「ふ、ふふふ……いいわよ、倒してやろうじゃないの、やってやろうじゃないのよ!」
しかし輝夜は挫けない、彼女をこれまで支えてきたのは生来の負けず嫌い、
彼女は拳を握り締めてテッドフジワラーの手配書を殴りつける。
「待ってなさい妹紅……いいえ、テッドフジワラー!」
―――――
「で、私はこれからどうすればいいの?」
「それを私に聞かれても困りますー」
先程の決意から三時間経過、そして未だにオフィス内をうろうろうろうろしている輝夜、
正直な所、横耳を立てすぎて何をすべきかわかっているはずなのだが、足が外へ向かない。
「仲間でも探してみたらどうでしょうかー? ほら、一人より二人って言うじゃないですかー」
「それもそうね……で、ルイーダの酒場は何処?」
「そんなものありません」
いい加減小悪魔も業を煮やしたのか、そっけない態度で応対する始末、
輝夜もこのままではさすがにいけないと気づいたのか、アドバイスどおりに行動する事にした、
真っ直ぐに向かった先はこの館の主の部屋。
「というわけで十六夜咲夜、私と一緒にハンティングしない?」
「お断りします」
「というか私の咲夜を引き抜くな!」
さすが輝夜、度胸は一流。
「ええー、いいじゃないの、こんなにたくさんメイドがいるんだから」
「黙れ、咲夜は私だけのものだ」
「まったく、ケチね」
「……つまみ出せ!」
レミリアがそう言い放った途端に廊下へと投げ出されている輝夜、
頭から見事に赤絨毯へとダイブである、ヘルメットがあって本当によかった。
―――――
「まったく、心が狭いわねー……従者の一人ぐらい貸してくれてもいいじゃない」
ぶつぶつと愚痴を言いながら広い広い紅魔館をうろつく輝夜、
まだこの館の中で仲間を探す気なのだろうか、しきりに近くのメイドに話しかけたりしている。
「私は紅魔館で働いている事に誇りを持っていますので」
「も、申し訳ありません、もしメイド長にばれたらどんな目にあうか……」
「この館に永遠の忠誠を誓っていますのでウサ」
何故か最後に話しかけたメイドからは聞きなれた語尾が感じ取れたものの、
結局誰も仲間にはなってくれなかった、輝夜は自分の人望のなさに少しだけしょんぼり。
「はぁ……どっかに私の仲間になってくれる人はいないかしら……」
「ひぃっ!?」
「む、こんな美しい私を見て悲鳴を上げるのは誰よ!?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃ!」
「まさかそんなに素直に謝られるとは思ってなか……あら?」
廊下の片隅で怯え震える黒い影、そこに居たのはまるでライオンに追われる仔馬のように怯える少女、
全身を包む黒い衣服は所々破けてボロボロとなり、ふにゃふにゃになったとんがり帽子を胸に抱え、
地にうずくまってひたすらに謝り続ける、傍目から見ればあまりにも同情を誘う光景だ。
「……あなた、魔理沙?」
「許して……もう許して……ひっくひっく……」
「落ち着きなさいよ、ほら、私よ私」
「ひっく……かぐ…や?」
「こんな美しい私が輝夜以外の何だって言うのよ」
「うわぁぁぁぁぁん! かぐやぁぁぁぁぁーー!!」
「わきゃっ!」
輝夜だと確認するや否や、その胸元へと飛び込んで泣きじゃくる魔理沙、
よほど怖い目にあったのだろう、泣いているその姿はまるで子供のようだった。
「怖かったよぅ……ひくっ、ぐすっ……」
「はいはい、泣かないの泣かないの、永遠亭で暴れまわってるいつものあなたらしくないわよ?」
「だってぇ……パチュリーのお仕置きが…拷問が…調教が……うぅ」
「三段グレードアップ?」
胸の中で震えている魔理沙をよしよしと優しく抱きしめる輝夜、
そもそも永遠亭と魔理沙は仲は悪いのだが、輝夜自身は仲が悪いわけではない、
珍品蒐集家同士気が合うのか、輝夜の貴重な話し相手でもあったからだ。
「どうせあなたの事だからひっ捕まって拷問でも食らってたんでしょ」
「そーのとーりぃー」
「誰!?」
「うわぁぁぁん! パチュリーが来たー!」
突如ぬぬっと現れた病弱少女に、パチンコを構えて警戒する輝夜、
無論二人の間に面識などあるわけもなく、一触即発の臨戦態勢だ。
「あなたがパチュリーね?」
「そうよ、そしてあなたはよそ者、とっとと魔理沙を離したほうが身のためよ?」
「うう……輝夜ぁ……」
胸元の魔理沙は助けてと哀願するような瞳でこちらを見つめている、
これを見捨てるなど誰が出来ようか、見捨ててしまえばそこに待つは修羅の道、
輝夜は腕に力を込めてしっかりと魔理沙を抱き寄せると、パチュリーをキッと睨んだ。
「あなたには残念だけど魔理沙はもう私の仲間に決めたの、そちらこそ病室にでも帰ったらどう?」
「それは許可できないわ、魔理沙の罪は自らの意思で行わなかったにせよ、その罰を受ける必要がある」
「あら、拷問と調教が罰になるなんて初めて聞いたけど?」
「それは魔理沙がそう感じてるだけの事、れっきとした罰よ」
チリチリと視線が合わさって火花が散る、互いに引く気はゼロだ。
「22口径蓬莱式パチンコ、その柔な脳天を軽く砕くわよ?」
「それは私に勝負を挑んだ、ということでいいのね?」
「どうとでも取りなさい、この蓬莱山輝夜、伊達に姫の座に収まってるわけではないわ!」
「そう、それじゃ、ポチッとね」
「え? そのスイッチは何……」
ビリビリビリビリビリビリビリビリ!!!
「ばぎゃああああああああ!!」
「ももももうこれこれこれはいややややぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
パチュリーが取り出した謎のスイッチは、魔理沙につけられた脱走防止用の放電装置のスイッチだった、
勿論その魔理沙を思いっきり抱きしめていた輝夜も魔理沙を通してシビシビである、
漏れなく程ほどにこんがりと焼けたレアヒューマンがどさりと二つ。
「馬鹿ね、だから離したほうが身のためと言ったのよ」
―――――
ズ、ズ、ズ……ズ、ズ、ズ……
「うう、やだぁ……筋肉ついちゃうよぅ……足腰ががっちり鍛えられちゃうよう……」
「あなたまさかそんな理由で泣いてたの!?」
「はーい、あと四往復追加よ~」
紅魔館中庭、そこは広大な広大な不毛の土地、そこにあるのは三つの人影、
暢気に椅子に座って二人を見張っているパチュリーと、何故かドラム缶を押している犯罪者二人である。
ズズ、ズズ……ズズ、ズズ……
「魔理沙、あなた結構押すの速いわね……」
「昨日一日中押さされていたし……ぐすっ」
「慣れたのね」
ドラム缶は偉大である、それを押させるだけで立派な刑罰になり、
しかもそれだけで腕や足腰の筋肉が鍛えられるのだから便利な事この上ない、
さらに肉体が鍛え抜かれる事によって健全な精神が宿り、出所した後も犯罪を起こすことは無くなる、
しかし世の中の人間はドラム缶を転がしたり、果てには斜めにして遊び道具にする始末だ。
あえて言おう! ドラム缶とは押すものであると!
ズズズ、ズズ……ズズズ、ズズ……
「ジークドラム……ジークドラム……」
「ジークドラム……ジークドラム……」
ズズズズ……ズズズズ……
「なあボナンザ、お前の足も大分磨り減ってきたなぁ……」
「ボナンザ、あなたとずっと一緒だったものね……私のメリーはまだまだ大丈夫そうよ」
ズ、ズズズ、ズ……ズズ、ズ、ズズ……
「えーと、次は何往復だったかしら?」
「そんなの考えなくていいぜ、私達はただ押してればいいんだ、ドラム缶をな」
ズ、ズズ、ズズ……ズズズ、ズ、ズ……
「ボナンザ、お前ももう……限界、なんだな」
「魔理沙、泣いちゃ駄目よ、笑って見送ってあげなさい」
ズズズ、ズズ……ズ、ズズズ、ズ……
「おー、お前の名前はボビーか、私は魔理沙だ、よろしくな」
「ふふふふ、メリー、あなたと気が合いそうじゃない?」
ズ、ズ、ズ、ズズ……ズズ、ズ、ズ、ズ……
「ねえ魔理沙、私って最近、ドラム缶を押しているのが天職だと思えてきたのよ」
「奇遇だな、私もだ」
ズズズズズズ……ズズズズズズ……
「今日で……何日目だったかしら?」
「輝夜が来てから今日で一週間、だったか?」
ズズズ、ズズ……ズズズ、ズズ……
「どうやら、そろそろメリーともお別れみたいね……」
「輝夜……別れってのは辛いな……」
ズズズ、ズズ……ズズズズ、ズ……
「ねえ、そろそろ見てる方も飽きてるんじゃない? 隙間とか覗き鬼とか」
「なんだ、見てるなんていうからてっきり……」
ズ、ズズズ、ズ……ズズズ、ズズ……
「ドっ、ドっ、ドラム缶……おっ、おっ、おす、押す!」
「おいおい、だから夜はしっかり寝ろって……寝ながら押してやがる! なんて奴だ!」
ズズズズズ!! ズズズズズ!!
「見て魔理沙! ついに片手でも押せるようになったわ!」
「甘いぜ輝夜! 私なんか頭で押せるぜ!」
ズ……ズズ……ズズ……ズズズ……ズズ……
「ぐふっ……これが、これが鉄詰めドラム缶の強さ……!」
「くじけるな輝夜! メリーのことを思い出すんだ!!」
ズズズズズ……ズズズズズ……
「なんて事もあったけど、今じゃお前ともすっかり仲良しだよなぁ」
「このしぶといほどの重さが、腕にしっくりくるのよねぇ……」
ズズズズズ……ズズズズズ……
ズズズズズ……ズズズズズ……
ズズズズズ……ズズズズズ……
ズズズズズ……ズズズズズ……
ズズズズズ……ズズズズズ……
「……あらっ?」
「どうした、ゲシュタルト崩壊でも起こしたか?」
「ねえ魔理沙、首輪に中指を引っ掛けてみて」
「ん? こうか?」
「そうしたら一気に引っ張ってみて」
「おいおい、そんな事したらまた電撃が怖いぜ……それっ!」
ブチッ! パサッ。
「…………」
「ね?」
それは、輝夜がドラム缶を押し続けておよそ二週間目の日の事だった、
ただひたすらに押し続けて身体を鍛え続けた日々は、首輪の破壊という最高の結果をもたらしたのだ。
「と、取れたー!」
「さっき試したらあっさりと千切れたのよ」
輝夜と魔理沙の体は以前とはほとんど変化は無い、ちょっとしたスポーツ少女並に
筋肉のようなものが見て取れるぐらいだ、しかしその中身は凄まじかった、
いわば少女補正である、外見は華奢な少女でも怪力、どこかの鬼がマッチョにならないのも、
どこぞの美少女妖怪がマッチョにならないのも、全部少女補正の効果である、間違いない。
「ちょっとあなた達、早くドラム缶を押しなさい、ビリビリするわよ?」
「んー? すればいいじゃないか、ほらほら」
「はやくビリビリして頂戴、肩がこってるのよ」
「……あなた達、ついに頭がイカれたの?」
様子を確かめに来たパチュリーにふざけた態度を取る二人、
事情を知らぬパチュリーからすれば二人の行動は自殺志願に他ならない、
彼女は懐からそっとスイッチを取り出すして二人へと向けた。
「あ、それ、ポチッとね」
「そのポチッとね、はお決まりなの?」
「えっ? な、なんで電気が流れないの? ……ああっ!?」
「何だ今頃気づいたのか、ほら、首輪は返すぜ、千切れちまったけどな」
ぽいちょ、と魔理沙から投げつけられる千切れた首輪、
それを受け取ったパチュリーの顔色がどんどんと青ざめていくのがわかる。
「ど、どうして……! レミリアじゃないと引き千切れないほどの強度のはずよ!」
「輝夜、見せてやれ」
「はいはーい、そーれ!」
今度は輝夜が自分にまかれていた首輪を裾から取り出して手に握り、ぶちりと引きちぎった、
もはやその怪力は半端ではない、パチュリーはドラム缶を甘く見すぎたのだ。
「う、嘘よ! そんなの嘘よ! 劣化したんだわ! 間違いない!!」
「まあそうかもしれないけれど、それよりも自分の事を考えたら?」
「え……はっ!!」
「今までよくも散々ドラム缶を押させてくれたな……楽しかったぜ!!」
魔理沙は右手でパチュリーを掴んで一気に持ち上げると、そのままドラム缶の方へと歩を進める。
「や、やめて! 何をする気なの!」
「ボナンザやメリーがあなたにお礼がしたいって言ってるのよ」
「だ、誰よそれー!!」
「テリー! 斉藤! カレン! マイコゥ! レバコッペン宮越! 新しい仲間だぞー!」
「誰なのよぉー!?」
そして魔理沙は蓋のされていないドラム缶の前に立った、
パチュリーも何をされるのか大体理解できたのか、顔を冷や汗が伝う。
「そーれっ!」
「むきゅっ!!」
「輝夜! 蓋だ!」
「や、やめてーーーーーーー!!」
パチュリーの最後の叫びもむなしく、パシャァンとドラム缶の蓋は閉じられた、
直後にギリギリギリギリと鉄が捻じ曲がる音が鳴り響く、どうやら怪力で強引に蓋を固めているようだ。
「だしてぇ~……」
「安心しろパチュリー、空気穴は開けといてやるから」
「テリーやカレンがいるんだから話し相手にも困らないわよ?」
「だからテリーとかカレンって誰なのよ!!」
「ん? ドラム缶に決まってるじゃないか」
「皆、新しい仲間のパチュリーよ、仲良くしてあげてね」
「……むきゅー」
パチュリーは諦めた、このイカれた二人に助けを請うのはもはや無駄と理解したからだ、
そしてパチュリーは考えるのをやめた、そのうち助けが来るまで彼女はドラム缶の中で過ごすのだった。
~第六話 健全な肉体には健全な精神が宿るのです
「あ、魔理沙さんついに出所なされたんですねー、はい、これが魔理沙さんのBS水晶球です」
「おうサンキュー、パチュリーが泣きながら見送ってくれたぜ」
「あまり苛めないでくださいよー、ああ見えてもパチュリー様は魔理沙さんのことラヴなんですから」
「そうなのか? そりゃ意外だな……」
「お仕置き中もずっと魔理沙を見てられる、ずっと一緒に居れるって喜んでましたからー」
「……アイツも随分と捻じ曲がっちまったもんだな」
「賞金首になってた時の魔理沙さんほどじゃないですよー」
「こいつめ! ハハハ!」
魔理沙は軽く談笑を済ませ、小悪魔からBS水晶球を受け取ってオフィスのロビーへと向かう、
そこでは輝夜が三人ほどのハンターを積み重ねてその上にドスンと座っていた。
「……何やってるんだ?」
「喧嘩を売られたから買っただけよ、相手にもならなかったわ」
ドラム缶とは恐ろしい、たった二週間のドラム缶押しでニートだった輝夜を、そこいらのハンターでは
相手にならないぐらいの強さにまで鍛え上げたのだ、まさしく神の与えたもうた奇跡の一物。
「そっちはもう準備は出来たの?」
「あー、一つだけ出来てないな、箒が無いから空が飛べないんだ」
「じゃあ取りに行きましょう、家に予備ぐらいあるんでしょ?」
「……無いんだ」
「え?」
「無いんだ、パチュリー達に最後の一本を壊されたんだ……」
マリョサトロ号、もとい流星三号、十五日前にレミリアのグングニルにて被弾、大破。
「……どうするの? 飛べない弾娘はただの弾娘よ?」
「うー……やっぱりこーりんの所で買うしかないか……ツケが溜まってるんだよなぁ」
「あー、あの色々と有名な古道具屋の店主ね」
「有名?」
「褌とか、褌とか、他にも褌とか」
「こーりん、憐れな奴……」
褌店主、それは微妙に輝夜の心をくすぐっている存在である、
ひっそりとした場所に建てられた店に佇む褌野郎、正常な女性ならば興味を持って当然だ。
「褌店主……どんなものか、一度見ておく必要があるわ」
「いや、無いと思うぜ」
「魔理沙! さっそく香霖堂とやらに行くわよ!」
「へいへい」
パターンと豪快に紅魔館正門を開けて表へと出る二人、
今度は道に迷う事も無い、これもドラム缶の特訓の成果なのだ、きっと、
しかしそんな二人の前に思わぬ敵が立ちはだかった。
「なあ輝夜」
「何よ?」
「飛べない私はここをどうやって渡ればいいんだ?」
そう、紅魔湖である、紅魔館をつつむこの巨大な湖を渡るには飛ぶ以外の手段はほとんどない、
泳いでみるのも一興だが、途中で力尽きて溺れても、助けるものは誰も居ない。
「かといって私のつたない飛行力であなたを運んでも途中で襲われたら危険だわ」
「うーん、舟でもあれば別なんだがなぁ……ん?」
「や~ぎり~の渡しっとくらぁ~」
「おお、丁度いい奴が居た」
「どうしたの?」
「知り合いを見つけた、ちょっと行ってくるぜ」
どうしようか迷っている所に丁度よく湖を渡ってくる一艘の舟、
その船頭は幻想郷一の巨乳を持つといわれるこまっちゃんだった。
「はい、ついたよお客さん~」
「おーい小町! こんな所で何やってるんだ?」
「おっ、魔理沙かー! 見ての通りだよ、飛べないハンターってのは結構多いから運んでやってるのさ」
「なら丁度よかったぜ、私達を向こう岸まで運んでくれ」
「んー、代金は払えるのかい?」
「ツケで」
「ははっ、やっぱりかい……いいよ、乗りな、その代わり出世払いだよ?」
「まかせとけって、倍返しにしてやるよ……輝夜! 交渉は成功したぜー!」
「あ、ちょっと待ってー! このハンター仕留めたらそっちに行くから」
「おいおい、何をやってるんだ何を……」
振り向いて輝夜のほうを見ると、輝夜は舟を渡ってきたばかりのハンターと睨み合いの真っ最中。
「ほらほら、いい子だからこっちに来ような」
「離してよー! 向こうがニートって言ってきたんだからー!」
「あーはいはい、小町、あれやってくれ」
「あいよ、そのまましっかり捕まえてなよ……それっ!」
「むぎゅっ! ………にゅぅ~」
小町必殺、豊胸固め、これを食らったものは母のぬくもりを思い出して動く事が出来ない、
この技に対抗できるものは彼女に匹敵する巨乳を持つものだけである。
―――――
「人生~楽だけ苦は嫌い~挫けりゃ誰かに八つ当たり~」
「うふふふふ……おばあさま~……」
「小町ー、輝夜が戻ってこないんだが」
「あー大丈夫だよ、向こう岸につく頃には戻ってるさ、いざとなったら湖に落としな」
三人を乗せた小舟が湖をゆったりと船が渡っていく、
不思議な事に毛玉も妖精も襲ってこず、舟の周りは平和そのものである。
「なー小町」
「ん? なんだい?」
「死神の仕事はどうしたんだ?」
「ううっ!!」
魔理沙の問いに小町がうずくまる、まるでよっぽどいやな物を思い出したかのように、
というか今思い出している、リアルタイム処理で。
「四季様正気に戻ってください正気に戻ってください正気に戻ってください……」
「こらこら、お前が正気に戻れ」
「うるさーい! お前さんにある日いきなり誠実で真面目な上司が背中にエンジン背負って
低レベルな生物どもに閻魔の優秀さを見せ付けてやるのだフハハハハーー!! とか叫んで
三途の川を大丈夫だ四万kmまでなら! と言いながら走って渡るところを見送った苦労がわかるか!!」
「わからん」
「だろうね」
「あなた達随分あっさりしてるのね」
いつのまにか輝夜もお目覚めである。
「ま、そういうことでしばらくは死神の仕事はお休みしてここで生活費稼ぎさ」
「んー、状況は複雑だが良かったじゃないか、これで好きなだけさぼれるぜ」
「うーん、そういえばそーだねぇ、はっはっは」
「あー、船頭さん船頭さん」
「ん? なんだい?」
小町に呼びかけた輝夜がその手に持っていたのはBS水晶球、
それに念のような物を送ると、どこかで見たような人物が中に映し出される。
「もしかしてそのエンジン背負った閻魔ってこの超ヤマダ?」
「うわ、あの時よりエンジンがパワーアップしてらっしゃる……」
「何だこりゃ、あの閻魔に何があったんだ」
背中に重そうな鉄塊を背負って卒塔婆二刀流で暴走中、
よっぽど日頃からストレスが溜まっていたのだろうか。
「賞金は六百万なのよね……狙う?」
「六百万!? こいつ倒したらそんなにもらえるのか!?」
「うへ、景気のいい話だねぇ~」
ちなみに魔理沙がマリョサトロだったときの賞金額はその倍以上の一千四百万、かなりの高額。
「……ん、二人とも、もうすぐ着くよ」
「おっ、サンキューサンキュー」
「うっし、早速褌店主を見にいくわよ!」
「だからその褌云々ってのは……こーりん、憐れな奴」
舟が岸に着くや否や、どかどかと森の中に向かって歩き始める輝夜、
その後姿を見ていた魔理沙はただその手で宙を掴む事しか出来なかった。
「まあいいや、ありがとな小町」
「この程度で礼を言われると照れちゃうね……あ、そうだ、一つ頼みがあるんだけどいいかい?」
「うん?」
「実は三途の川にまた霊が集まり始めてね、四季様がいないから捌きようが無いんだけどさ……、
だからどこかで四季様を見つけたら、そのー……頼むっ!」
「わかったわかった、私に任せろ、きっちりエンジンを剥ぎ取ってきてやるさ」
「あ、ありがとう魔理沙!」
「魔理沙ー! 何をやってるの、早く道案内なさーい!」
「おっと、じゃあ行くぜ、ありがとなこまっちゃん」
「ああ、お前さんがたの無事を祈ってるよ」
―――――
「で、お店はどの辺なの?」
「あー、いつも空から見た時はこの辺にあったんだが……」
「チルゥゥノー!」
「邪魔よ!」
「どけっ!」
「チルノゥッ」
時折襲い来る野良チルノを蹴っ飛ばしながら森を突き進む二人、
普段は空を一飛びで向かう先なので、歩きで向かうと迷いやすい事この上ない、
そろそろ本気で道を間違えたんじゃないかと思い始めた頃、視界の片隅に一つの古小屋が映る。
「あったあった、あれがこーりんの店だ」
「褌店主よ! 今こそその姿をこの私の輝夜眼に!!」
「おいおい、待……速っ!」
一体何が輝夜をこれほどまでに突き動かすのか、褌か、褌なのか。
「さあ! 運命の扉よ! 今開かれん!!」
ガラッ!!
「フン! フン!! フロントバイセップス!! うむ! 今日もいい筋肉だ!!」
ピシャンッ!!
「……もうだめポーゥ!!」
「あー、やっと追いついた……って、なんでジャクソンなんだよ」
「ううっ、すらりとした高身長で美形の男が褌一丁で頬を赤らめながら接客するのを期待してたのに!!」
「お前はこーりんを何だと思ってたんだ」
「だって褌一丁の男のお店に毎日毎日女性客ばかりが押し寄せる店って聞いたらそれしか無いでしょ!?」
「ねーよ、そもそも褌の時点で間違ってる」
輝夜はよっぽど悔しかったのか駄々っ子のように地面でバタバタする始末、
永琳や鈴仙などの永遠亭の住人の日頃の苦労が見て取れる。
「まったく……おいこーりん! 新しい箒無いかー?」
「ああ! 駄目よもうあんなのは見たくないってばー!!」
「ふう、また魔理沙か、品物を持っていく前に溜まったツケを払って欲しいんだけどね」
「なんか普通だー!?」
魔理沙が扉を開けると、店の奥にはいつもの様に佇む店主、
先程輝夜が見たはずのマッチョマンの面影は何処にも無い。
「あ、あれ? 何で? どうして?」
「どうしたんだ輝夜?」
「えっ、いやさっきあの人が変な格好で変な事を……」
「何言ってるんだ、こーりんはこれが普通だぜ?」
「ん? 一体何の話だい?」
その時輝夜は気づいた、何故魔理沙だけが頑なに褌の噂を否定するのか、
彼女の周りの従者も、宴会で出会った見知らぬ妖怪ですらその噂を信じていると言うのに。
「(この男……魔理沙の前でだけは自らを偽っている!!)」
「それで、その後ろの方はどちら様で?」
「永遠亭のお姫様の輝夜だ、それよりも新しい箒をくれ、また壊されたんだ」
「おお、これは失礼しました、香霖堂へようこそ」
「……白々しいわね」
「ああもう勝手に探すぜ、箒ー、ここかー? お、あったあった、貰ってくぜこーりん」
ごそごそと店内を漁る魔理沙を無視して互いに見つめ合うこーりんと輝夜、
何故か二人の背には炎と共に竜虎の姿が浮かび上がるのだが、ワケが分からない。
「こーりん?」
「(くっ……隙を見せた途端に僕の服を剥ぎ取る気か!)」
「(そのマッチョなボディを魔理沙に見せてやるわよこの褌め!)」
「おいおい、二人ともどうしたんだ」
「(やらせはせん、やらせはせんぞ!)」
「(落ちろ! 落ちろ! 落ちろぉー!!)」
「おーい? 何で見つめ合ってるんだー?」
こーりんの眼鏡がギラリと光る、輝夜の骨が今にも服を剥ぎ取らんと軋む、
相対距離およそ三メートル、互いの足が床を力いっぱい踏みしめる。
「(この距離ならカウンターごと飛び越えれる……!)
「(近くの窓まで二メートル、上着一枚で逃げ切れるか?)」
「こーりーん? 輝夜ー?」
「(……来る!)」
「(勝負っ!!)」
「あーもう、箒は手に入れたからさっさと行くぞ」
「はぐぅっ!!」
前がかりにダッシュした途端に襟元をぐうっと掴まれたらそれはもう苦しい、
しかも引き摺られて慣れているのか、輝夜は一切抵抗するそぶりも無くずりずりと、ずりずりと。
「あーいしゃーるりたぁーん……」
「二度と来ないでくれたまえ」
ちなみに店の商品を片っ端から魔理沙に持ってかれてたことに気づくのは七分後の事である。
―――――
「それでこれからどうするの? 今週のチルノでも狩る?」
「いや、大物狙いだ、こいつを狩る」
ブゥンと魔理沙の水晶球から映し出されたのは、さっきも見た超ヤマダの姿。
「こいつをねぇ……まずはもっと安全なのから狩らない?」
「細々したのは合わないぜ、こまっちゃんと約束したしな」
「でもどこに居るか分からないわよ、これには幻想郷全土に出没ってあるし」
「大丈夫だぜ、こいつが現れる場所は大方見当がついてる」
「ふーん、ならいいわ」
そういって魔理沙は水晶球を懐にしまうと箒に跨って空へと飛び上がる、
その後を追うように輝夜も空へと。
「さっき小町が言ってたろ、あの時よりエンジンがパワーアップしてるって」
「あー、確かにそんな事言ってたわね」
「だとしたらアイツは十中八九、エンジンの乗せ変えで強くなるって事だ」
「エンジンねぇ……そんな物どこにあるの?」
「無縁塚に流れ着くのを待つか、自分で作るかだな」
「それなら超ヤマダは無縁塚に居るって事?」
「いーや違うな、あいつがもし凄いエンジンを探してるのなら、その場所は……白玉楼だ」
魔理沙の高度がどんどんと上がる、上へ上へと突き進み、白い雲を突き抜けて、
向かう先は幽霊達の集いし場所、冥界の姫が佇む天上の大屋敷。
「もうとっくの昔に襲われてないことを祈るぜ」
「ちょ、ちょっと待って魔理沙、ここ酸素薄い」
「もう少しの我慢だ、白玉楼の階段までつけば楽になる」
徐々に雲の切れ目から見えてくる巨大な門、現世と冥界を分かつ境目、
しかしその門の全景が視界に収まる頃にはその境目が砕けている事を知った。
「やっぱり遅すぎたか?」
「ま、魔理沙~、酸素が……早く中に~」
「わわっ、顔が真っ青だぞ」
このままでは輝夜が墜落しかねないので兎にも角にも二人は白玉楼へ――。
~第七話 究極エンジン背負った閻魔様
「うわ……何処もかしこも目茶苦茶だぜ」
「ぜーはーぜーはーぜーはーぜーはー」
「どうやら一戦交えた直後みたいだな……」
「ぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇぜぇ」
「兎に角、屋敷の方まで行ってみるか」
「ちょ、ちょっとまごふっ! ふぉごふぁっ!」
今にも死にそうな輝夜を背に、長い長い石段を箒で疾走していく、
そして階段も半ばを過ぎた所で、誰かが石段の上に倒れて居るのが目に飛び込んでくる。
「ん……妖夢!?」
すぐさまに箒を止めて反転、妖夢の所へと降り立つ、輝夜が振り落とされたが知ったことではない。
「おい妖夢! しっかりしろ!」
「……う……魔理……沙?」
「大丈夫だ、怪我は浅い! ちょっと両腕が折れてて右足が変な方向に曲がってて左足も変な方向に
曲がっててついでに半身が消えかけて今にも成仏しそうな程度だ! 心配ない!」
「良き人生だった……ぐふっ」
「よーーーむーーーーー!!」
魂魄妖夢 白玉楼階段にて死す。
「あーはいはい、漫才やってないで早くこれを飲ませなさい」
「ん? 何だコリャ」
「永琳特製回復ドリンクよ、普通の人間が飲んだら死ぬけど半人なら大丈夫でしょ?」
「そうか、それ」
輝夜から手渡された物騒な薬品を躊躇無く飲ませる魔理沙さん。
「ぶはあぁぁぁっ! まっっっっずうううううううううううううう!!」
「効果覿面っぽいな」
「多分ね」
「けふっけふっ……あ、あれっ? 体が治ってる……」
「効果覿面だな」
「当然ね」
永琳の薬はよく効く事で有名だが凄く不味い事でも有名である、
しかし一瞬で両腕と両足と半身が治る所、材料が心底疑わしい。
「魔理沙、お前が私を助けてくれたのか?」
「おう、薬を持ってきたのは輝夜だけどな」
「なっ! ニートに助けられるとは一生の不覚!!」
「誰がニートよ! 姫は働かないのが仕事なのよ!」
「ってこんなことしてる場合ではない! 幽々子様ー!!」
「こらー!! 待ちなさいよー!!」
「おいおい! 私を置いてくな!」
猪の如く走り出した妖夢を追って輝夜と魔理沙も白玉楼へと向かう、
妖夢の姿が視認できなくなった頃にようやく見えてくる巨大な門。
「準備はいいか輝夜ー!」
「任せなさい、私のパチンコが唸るわよ」
「なあ、それって普通に弾幕打ったほうが強いんじゃないのか?」
「握って殴った方がもっと強いわ」
「…………」
「…………」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「妖夢っ!?」
門に着くか着かないかというところで鳴り響く妖夢の悲鳴、
魔理沙の目に映るのは妖夢が頭を抱えてうな垂れる姿。
「どうした! 何があったんだ!?」
「幽々子様がまたあんな事にぃ……うぁぁぁ……」
「やっぱり手遅れだったか……」
「……魔理沙、何よあれ」
三人の目前には高笑いをあげている閻魔が一人、だが実際の所それはどうでもよかった、
むしろ気になるのはその背にある異常な物体である。
「ひよこ~……ひよこ~……」
閻魔が背負った巨大な滑車、その中でぺたぺたと走り続けている亡霊嬢の姿、
彼女の目の前には一つの糸がぶら下がっており、その先には美味しそうなお菓子が。
「魔理沙」
「何だ?」
「逆カリスマ王は私かどこかの魔界神だけだと思ってたんだけど……これには負けたわ」
「だろうな」
「神と呼ばれて地下鉄を歩いてきました」
『酸に侵されてお帰り』
「ひよこ~……銘菓~……」
閻魔の背で目の前のお菓子を取らんと必死に歩き続ける亡霊嬢、あまりにも憐れだ。
「しかしあれの何処が究極のエンジンなの?」
「ん? ああ、滑車をよーく見てみるんだ、すぐに分かる」
「どれだけ見たところでただ回ってるようにしか見えないんだけど?」
「ただ回ってるわけじゃないぜ……あまりにも速すぎてただ回ってるように見えるだけなんだよ!」
「な、何ですってー!?」
物体はあまりにも高速で回転すると脳の処理が追いつかずに止まったり逆回転しているように錯覚する、
つまり閻魔が背負っている滑車はとてつもない速度で回転しているという事だ。
「これこそが空中戦艦の動力のほとんどを賄うほどの究極のエンジン、西行クーリーだ!」
「お、恐るべし、食への執念……」
「ちなみに、ひよこ、生八つ橋、白い恋人、ミスチーの順番に出力が上がるらしい」
「微妙なラインナップね」
「貴様ら私を無視するなぁぁぁぁ!!」
二人のあまりにも華麗なスルーにとうとう閻魔様が切れました。
「どいつもこいつも説教を聞かない! 聞いても華麗にスルー! 地獄に落ちたら落ちたで国を作る
全身火傷の猛者はいるわ鬼をナンパする奴はいるわそのツケは見事に私に回されるわーーー!!」
「色々と閻魔も大変なんだな」
「ストレス溜め込んでそうなタイプよね」
「故に思い知らせてあげましょう! 閻魔の偉大さ無敵さ美しさを!! まずはあなた達からです!!」
両手に握るは黄金色の卒塔婆、背中に背負うは西行クーリー、
無敵さは兎も角、偉大さも美しさも物凄い勢いで暴落中である。
「どうするの? 最強のエンジンを背負ったアレに勝てる?」
「まあ、エンジン背負ったって強くなるわけじゃないしな」
「はへ!?」
「意味があるとすればプラシーボ効果ぐらいだ」
「…………」
エンジンを背負った所でその動力を妖力に変換できるわけでもなく、
かといって身体能力が向上するわけでもなく、むしろ重さで機動力は減である。
「さあ! 準備はよろしいですか低俗な生物ども!」
「よくない」
「必殺! 卒塔婆スマーーーシュ!!」
「問答無用かよ! 箒ブローック!!」
「何で張り合ってんのよ」
二人が交錯し、魔理沙が両手で突き出した箒に重い重い卒塔婆の一撃が響く、
互いの獲物を挟んで視線が交錯し、生じた衝撃が周囲の大気を弾き飛ばす。
「ほぅ、私の一撃を受け止めるとはやりますね人間!」
「(くっ……重い!)」
「だが! 私の卒塔婆は二つある!!」
「何っ!!」
「レフト卒塔婆クラスターーー!!」
「うお、やばっ――」
超ヤマダの無慈悲な一撃が魔理沙の横腹を叩き、彼女の身体を軽々と中空へ弾き飛ばす、
庭を越え、塀を越え、雲を越え、空を越え、やがてその姿は青へと消えてゆき……見えなくなった。
「あんなに飛ぶと戻って来そうにないわね」
「そーですね」
「まあ、魔理沙の事だから死んでないとは思うけど」
「そーですね」
「趙匡胤が立てた王朝は何王朝」
「宋ですね」
そして飛んでいく様をぽかーんと見送る二人、
少しだけ空の彼方がキュピーンと光った気がした。
「ってどうするのよ! 何であんなにに強いの!? スパシーボ効果じゃなかったの!?」
「だってあの方、素で強いですから」
「はい?」
「だから素で強いんです」
「素手強い?」
「素手も強いですが素でも強いんです、それでもあの強さは異常ですけど」
素で強い奴に賞金首補正を足すと異常な強さになる、って慧音が言ってた
「それじゃどうするのよ! あれを倒すなんて引き篭もりでニートの私には無理よー!」
「チルノが霊夢に勝つより可能性はあると思いますよ?」
「何冷静に分析してるのよ!! あんたの主人だってあんな状態なのよ!?」
「うはははは西行寺家はもう終わったんですよあははははははは」
「(駄目だわ……何か変だと思ったらこの娘壊れてる……)」
魔理沙は空の藻屑となり、妖夢は直視するのも辛い状態、
もはや戦えるのは自分一人だけ……故に輝夜は覚悟を決めて、力強く大地を蹴った。
「あーばよー! とっつぁ~ん!」
「荷電粒子卒塔婆ーッ!!」
「めそぶっ」
ハンター心得その7、強い相手から逃げる時は煙幕を張るべし。
「いったぁい……荷電粒子ってただ投げただけじゃない!」
「フハハハハハハ! 断罪! 断罪! 断罪っ! 断罪ぃぃ!!」
「こ、来ないでー!!」
高笑いをあげながら、のしりのしりと閻魔が徐々に歩み寄る、追い詰められた月の姫、
既に勝負は決したか、それとも奇跡が起こるのを待つか、自分の力を信じるか、
一瞬が永遠とも思える短き長き時間の中でついに彼女はその目に光を宿した。
「(考えなさい! 考えるのよ私! 伊達に昔からクレイジースマイル輝夜ちゃんと呼ばれてないわ!)」
「どうしました? 抵抗しないのですか? フハハハハハ!!」
「(そうよ! 確か回復ドリンク以外にも……!)」
永琳の部屋の研究室には多彩な薬が所狭しと並べられている、
中には危険な毒物等もあるのだが、何故か厳重には管理されていない、
なぜならば、誰かが勝手に持ち出して勝手に実験台となってくれるからだ。
「ではそろそろ断罪タイムと参りましょう!」
「まだよ! まだ私は諦めない!」
「ほう? まだ抵抗するというのですか! よろしい、高貴な閻魔であるこの私がそのくだらぬ策とやら、
跡形もなく叩き潰してあげましょう!」
「ふ……見なさい! これこそが永琳の研究室からパクってきた最終兵器!!」
ドーピングホウライスープ、略してDHS。
「永琳曰く、鈴蘭の毒、蓬莱の薬や濃縮ド○○ミエキスなどの数え切れない食材・薬物を
精密なバランスで配合し特殊な味付けを施して煮込むこと七日七晩!
血液や尿からは決して検出されずなおかつ全ての薬味の効果も数倍、
血管から注入(たべ)ることでさらに数倍!! そしてこれを……そこで呆けてる妖夢に飲ませる!!」
「おヴぁごヴぇっ!!」
「何ぃぃぃぃぃぃ!?」
主の痴態を目にして精神崩壊状態の妖夢にやばい薬を飲ませる、
それはまさしくクレイジースマイル輝夜ちゃんの名に相応しい行動だった。
「フゥー…フゥー…クワッ!!」
「なんて事を……狂っている!」
「あああ……ああああああああああ!!」
「効果は覿面みたいね、さあ妖夢! あなたの引き出された真の力で主にカリスマを取り戻しなさい!」
妖夢の体から爆発でも起こしたかのように膨れ上がる妖力、
やがてその妖力が徐々に後光のように光、形を成し、妖夢を包み込む。
「魂魄妖夢っ!! スーパーモードだ!!」
「くっ! ならばこちらも最高出力で叩きのめしてあげましょう!!」
ひよこ→白い恋人
「アイラブホワイティーーーー!!」
「フハハハハ! 卒塔婆の両手持ちで200万パワー! さらにエンジンの回転力が加わって2倍の
400万パワー! そしてひよこを白い恋人に変えれば30倍の1億2000万パワーだ!!」
「幽々子様を弄んだ罪! 誰も閻魔を裁かぬならばこの私が裁く! 覚悟しろ!!」
超ヤマダが構える卒塔婆、妖夢が構える楼観剣、互いに獲物は一撃必殺、
ならば互いに勝敗を分けるものは唯一つ、力でも速度でも無く、それは……熱血!
「我が名は妖夢! 魂魄妖夢!! 神を断つ剣なり!!」
「卒塔婆断罪剣!! 暗・剣・殺!!」
「魂魄流が奥義!! 二百由旬一文字斬りぃぃぃぃ!!」
「チェェェェェェェェェストオオオオオオオオオオオオオ!!」
故に常日頃から冷静であり続ける映姫と主の為にその魂を燃やし続けた妖夢とでは、
どちらが上回るかなどと比べることすらおごがましかった。
「我に断てぬ物など、ほとんど無い」
「……見事」
妖夢が刀を鞘に収めると同時に地に崩れ落ちる超ヤマダ、
ふぅ、と一息妖夢が付けば、月の姫より拍手の褒美。
「よくやったわ!」
「よくやったわじゃないでしょう、一体何を飲ませたんですか? 口の中が相当苦いんですが」
「永琳特製の栄養剤よ、あまり深く追求しないで」
「う……あの方が作った薬でしたらまあいいですが……」
妖夢、過去の恩により一番危険な物体が何であるかに気づかない。
「おーい! 二人とも無事かー!」
「む、魔理沙か」
「あら、無事だったのね」
「少しは心配してくれよ……まあ本当に無事なんだがな、十二万八千円もするスカートは破けたがよ」
『無駄に高っ!』
戦いが終わりハンター達に訪れる歓喜の時、しかし彼女らはまだ気づいていない、
おぞましく膨れ上がる妖力に、超ヤマダを倒したことで新たに生まれた敵の存在に。
「よぉぉーむぅぅー……」
「はっ! 幽々子様!」
「ま、待て妖夢!」
粉々に砕け散ったエンジンの中からにょきにょきと這い出てくる亡霊嬢、
彼女が従者を呼ぶ声は、二人にはまるで地獄の悲鳴にも聞こえた。
「幽々子様! ご無事ですかー!?」
「ようむぅぅぅぅ……」
「よかった、ご無事で……ゆ、幽々子様?」
間近まで近づいてようやく妖夢も主が異常な状態であることに気づいた、
しかし既にそのおどろおどろしい妖力に包み込まれて指一つ動かすことが出来ぬことにも気づく。
「よぉむぅ……」
「は、ははははいいぃ……」
「こレ……」
「こ、これ……?」
幽々子が妖夢の眼前に差し出したのは、白い恋人が入っていたと思われる袋、
剣を交えた時の衝撃波にただお菓子を包むだけの存在である袋が耐えられる可能性は無きに等しい、
つまりは食い物の恨みはあまりにも恐ろしい、それが幽々子の恨みならば格別だ。
「あなタガ……私のお菓子をタベたノ?」
「ち、ちちち違います!」
「そレトもあナた?」
「うおわっ!? ち、違うぜ!」
妖夢が否定した直後に魔理沙の後ろへと移動し、その耳元でぼそりと呟く、
もしこれを肝試しでやられたら怖いことこの上ない。
「だっタラ……アなタ?」
「違うわ違うわ! 私じゃないわ!」
「ジャア……誰ナの……」
段々と妖力が禍々しくなり、幽々子の顔も徐々にどす黒くなっていく、
たった一枚のお菓子といっても侮ってはいけない、一人の優しい亡霊を修羅へと変える力があるのだ、
故に三人は互いに目配せをしてこくりと同時にうなずくと、互いに同時に言葉を発した。
『そこの閻魔が食いました』
にゅー うぉんてっど
賞金首名:食い溜めの悪魔 賞金額:百万円
~第八話 そしてエンディングへ
「これが妖夢さんのBS水晶球です、ハンターの証明にもなりますから、大事にしてくださいね」
「あ、ありがとうございます」
「頑張ってくださいね、『苦労人』の妖夢さん」
「誰が苦労人か」
常日頃の苦労にあわせて主が賞金首化した彼女にとって、異論を挟む余地はあんまり無い。
「よしよし、これで大方仲間も揃ったことだし、そろそろ妹紅退治にいくわよ!」
「うー……力を貸すのは幽々子様が正気に戻られるまでの間だけですよ?」
「旅は道連れ世は情けって言うじゃない、仲間っていいものよ!」
「はいはい……あれ、そういえば魔理沙は?」
ふと振り向いたら魔理沙がドラム缶の前でなにやら唸っていた。
「ふふ、どう? この私、パチュリー・ノーレッジお手製黄金比率ドラム缶は!」
「くぅ……このフォルム! この質感! この手触り! なんて物を作ったんだ!!」
「私のものになってくれるのなら……押してもいいのよ? このドラム缶をよ!」
どうやらすっかりパチュリーもドラム缶の虜になっていたのでぶん殴ってもう一度閉じ込めることにした。
「ああ……ドラム缶の中は落ち着くわ」
「一生閉じこもってなさい」
「うう、押したい、押したいよぉ……」
「はいはい、妹紅を倒したら好きなだけ押しなさいってば」
「(ドラム缶って何なんだろう……)」
魂魄妖夢、ドラム缶を知る齢。
「さあ皆の者! 妹紅を倒しに出陣よ!」
「おー!」
「おーぅ……」
「まずは散々苦い薬を飲ませてくれた永琳の所から色々とかっぱらうわよ!」
『おぅ?』
こうして三人の最後の旅が始まった、出かけにいきなり小町に映姫の事を尋ねられたが、
さすがに幽々子に食われたとはとても言えないので修行の旅に出たと答えることにした、
どこかであったらここで待ってると伝えてくれといわれたので何処となく頷いておいたが、
真実を知ったら犬に自らかみ殺されに行くかもしれない恐れを抱きながら一同は人里へ。
「追いかけて来い!」
「だが断る」
「逃げるけど追いかけても良いよ?」
「だから断る」
人里に着いたら慧音がいかにもな四足歩行の妖怪化していたので全力でスルー、
聞いた話によると輝夜達が過ぎ去った後に霊夢にぼっこぼこにされたらしい、生身で。
「ふははははは! ここから先は通しはしない!」
「イナバ!? 何であなたが敵に!?」
「イナバ? 違う! 今の私はムーンマッスルだ!」
「わっ、キモッ!」
「うわぁ、キモイ」
「……うわぁぁぁぁぁん!!」
人里を通り過ぎて竹林に入るとどこかで見たような筋肉兎がビキニ一丁で待ち構えていた、
しかし魔理沙と妖夢のクリティカルヒットによりあえなく撃沈、事なきを得る、
ちなみに後日、どこかの古道具屋の店主と意気投合している姿が目撃されたとか何とか。
「さあ、この先に妹紅がいるわよ」
「どれだけ強くなったか知らないが、私のマスタースパークで吹っ飛ばしてやるぜ!」
「ああ、早く終わらせて帰りたいなぁ……」
そしていよいよ一行はテッドフジワラーの元へと辿り着く、
自らが焼き払った永遠亭の瓦礫にどっしりと座り込み、口から煙のような吐息を噴出すテッドフジワラー、
その威厳はまさしく二千四百万の額の賞金首に相応しい物だった。
「ふしゅるるるる……」
「くくくく……いるわいるわ~、暢気にモヒカンの手入れなんかしちゃって」
「ちょっと待て輝夜……何だあの化け物は!」
「まさかアレが妹紅とか言わないでしょうね?」
「妹紅100%」
『アリエネェーーー!!』
世の中には不思議なことが沢山ある、例えば隙間の式が砂漠を爆走する巨大な戦車になっていたり、
小山より大きなチルノがお尻から両生類の尻尾を生やしつつもグースカ眠っていたり、
つまり妹紅が巨大化してマッチョ化してモヒカンになっていても何もおかしくはないのだ。
「すまん、お腹が痛いから帰っていいか?」
「あ、すいません、私の持病の腰痛が……」
「ここまで来て何言ってるの! さあ勝利は目の前よ!」
「あーもう畜生! こうなったらやけだぜ!」
「幽々子様、お先に逝くことをお許しください!」
「……む?」
ついに三人は決意を固め、テッドフジワラーの前へと飛び出した、
「妹紅! 永遠亭の兎達の敵討ちよ! 覚悟なさい!」
「輝夜か……今の私に戦いを挑む馬鹿はお前しか居ないな」
「妹紅が怖くて姫がやれるかーっ!」
「死を知らない私は闇を超越する……暗い輪廻から解き放たれた炎で遺伝子のカケラまで焼き尽くす!」
「だったらこっちはそのモヒカンを叩き切ってやるわよ!」
「がががーっ!!」
そして最後の戦いが始まった。
「永琳特製濃縮メチルノ!」
「モヒカーンスラッガー! がががーっ!!」
「一念無量劫!!」
「テッドファイヤー! がががーっ!!」
「マスタースパァァァク!!」
持てる限りの道具を、出しつくせる限りの力を、怯む事無くテッドフジワラーへとぶつけてゆく、
妖夢が丸焼きにされたら永琳特製の苦い薬を飲ませ、魔理沙がモヒカンで切り裂かれたら永琳特製の
苦い薬を飲ませ、輝夜は倒れても復活するので放っておき、戦いが始まってから既に一刻。
「私の体よ限界を超えろぉぉぉ!! ブレイジングスタァァァァ!!」
「ぐわっ!」
力を振り絞った魔理沙の突撃の前に、ついにテッドフジワラーの体が揺らぐ時が来た。
「(好機は今しかない!) 業風神閃斬!!」
「ぬおおっ!!」
既にボロボロの体を揺り動かし、畳み掛けるように妖夢がテッドフジワラーの身体を断つ、
舞い散る血飛沫、地に膝をつく最狂の賞金首、そして上空から最後の一撃を食らわせんとする姫。
「これで終わりよ! ブリリアントドラゴンシュート!!」
輝夜から放たれる最後の一撃、全ての魔力を注ぎ込んだ龍の弾丸、
虹色の一閃は真っ直ぐにテッドフジワラーの心臓を貫き、ついにその巨体を……
テッドフジワラーは叫んだ!!
「まんたーんふっかーつ!!」
「永琳、結婚しましょう!」
「ええっ!?」
ENDING No.2 NORMAL END
でも自由っていいよね!