Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館妖精メイド連続襲撃事件

2012/05/22 20:01:18
最終更新
サイズ
24.97KB
ページ数
1
閲覧数
2762
評価数
9/40
POINT
2220
Rate
10.95

分類タグ

 ただでさえ広い上に、空間を操る事が得意な人の手が加わり、と~っても広い紅魔館の一角にある廊下。そこには五人の妖精メイドがいた。
 与えられた仕事は廊下のお掃除。しかし五人とも手に持つモップはちっとも動かず、口だけがしっかりと動いていた。
 もちろん、こんなところがメイド長に見つかればお仕置きは免れないのだが、それでもやはり口は止まらない。

「ねえねえ、それで貴女は誰が好きなのよ?」
「えーっとね、わたしは咲夜さんがいいかな。クールで素敵だわ」
「へーなるほど。わたしは美鈴さんが一番。気さくな人で、挨拶をすると笑顔を返してくれるの」
「うちは何と言ってもレミリアお嬢様。近付きがたい雰囲気がとってもカッコいい!」
「フランドールお嬢様が好き! ちょっぴり怖いけど、その恐ろしさとあの愛らしさが相まって素敵さが天井知らず!」

 五人が話していたのは「紅魔館の主要メンバー、レミリア、フランドール、パチュリー、咲夜、美鈴の中で誰が一番好きか」という事。
 この話題は現在妖精メイドたちの間でのトップテーマであり、妖精メイドはそれぞれレミリア派、フランドール派、パチュリー派、咲夜派、美鈴派の五大派閥に分かれている。
 ちなみに、各派閥の主張を一文ずつ並べると次のようになる。

 我らが紅魔館のお嬢様、レミリア・スカーレット
 デンジャラスキュート、フランドール・スカーレット
 ミステリアスウィッチ、パチュリー・ノーレッジ
 クールビューティメイド長、十六夜咲夜
 華麗なる武闘門番、紅美鈴

 ただ、派閥に分かれているというものの特に抗争をしているわけでもない。
 同じ派閥どうしが集まれば憧れの人の魅力を話し合い、違う派閥の妖精が集まってもそれぞれ魅力を話し合う、井戸端会議のようなものである。
 何より、この紅魔館はそこに住まう者同士の勝手な私闘を禁じている。もし破れば、お仕置き程度では済まないのだ。
 閑話休題、今ここにはレミリア派、フランドール派、咲夜派、美鈴派の妖精メイドがいる。
 そして最後の妖精メイド、今回のお喋りの言いだしっぺはというと。

「ふふ、みんな派閥が違うのね。わたしは何と言ってもパチュ―――ガッ!?」
「え、何どうしたの!?」
「ちょ、ちょっと大丈夫!?」

 パチュリー派の妖精メイドは、しかしてその憧れの魔女の名前を最後まで言う事ができなかった。
 突然顔を歪めたかと思うと、そのままうつ伏せに倒れてしまったのだ。
 他の妖精メイドたちは慌てて彼女の容体を確かめた。

「こ、これって……」
「背中に……」
「クナイが、刺さって……」
「は、早くメイド長に報告を!」

 どの妖精メイドの声かは定かで無かったが、ともかくその一声で、咲夜の元へ事件の伝達が行われた。




















「これで何件目だったかな?」
「今日で四件目です。この一週間で四件発生しました」

 紅魔館の主の部屋。ソファに腰かけ優雅に紅茶を嗜む吸血鬼は、その脇に侍る瀟洒なメイドの淡々とした報告を聞き、ふむ、と鼻を鳴らした。

「妖精メイドたちの状態は?」
「いずれも負傷をしていますが、妖精たちの言う『一回休み』に至った者はおりません」
「賊の可能性は?」
「状況から見て考えられません。どの事件においても外部犯と目される情報は一切ありませんので」
「事件が起きた場所は?」
「一件目が図書館の近く、二件目が庭園、三件目、そして今回の四件目が館内の廊下です」
「使われた凶器は?」
「一件目は重たい何かで後ろから殴られた模様で凶器は分かりません。他の三件はクナイによるものですが、このクナイは侵入者撃退用に紅魔館の住人全員に大量に配布されているため犯人の特定は難しいかと」
「最近妖精メイドたちがよく分からん派閥遊びをしているが、その抗争でも起きているんじゃないか?」
「この遊びは数年前から行われているようですが、このような事態は一度も。今になって抗争が起きる可能性は低いかと」
「そうか……」

 口早に出す問を少し休めて目を瞑ると、吸血鬼はティーカップからたちこめる香りを存分に味わいながら二口目の紅茶をすすった。
 そしてきっ、と目を見開き、畏まった従者の方を見る。

「言いたいことは分かっているな咲夜?」
「はいレミリアお嬢様。お嬢様のお屋敷でこのような粗相を起こした何者か、必ず捕らえてごらんにいれます」
「妖精メイドがどうしたところで興味は無かったから放っておいたが、些かわたしの庭で事が起きすぎた。紅魔館の威信にかけて、早急な対処を頼む」
「心得ております。それで、罪人への処置は?」
「妖精襲撃の件に関しては咲夜に一任する。どう裁くかも自由に決めていい」
「かしこまりました。では、これより調査に向かいます」
「ああ、期待しているよ」

 レミリアは満足そうに頷いて、もう一度紅茶を口に含んだ。
 そしてレミリアが口からティーカップを離したその瞬間、既に部屋に咲夜の姿は無かった。相変わらずの仕事の速さに、レミリアはなお満足そうに笑みを浮かべた。




















「というわけで、目撃情報などを集めに参りました」
「ふーん、貴方も大変ねえ」

 咲夜の言葉に、パチュリーは読んでいる本から目を離す事無く興味無さそうに答えた。
 しかしそれは咲夜にも想定内。気にする事も無く話を続ける。

「それで、事件の起きた日で何か不審に思われた事がありましたら是非教えて頂きたいのですが」
「そうねぇ……」

 パチュリーはようやく本から視線を外した。
 しかしそれでも咲夜の方を向くことはなく、目線を宙に彷徨わせながら考え込んだ。

「悪いけど何も憶えていないわ。だって一週間も前だもの。それに、わたしは最近霊薬の研究が忙しくて他にかまっていられないの。話なら小悪魔に聞いて頂戴」

 そう言って、パチュリーは少し離れて作業をしている小悪魔の方に目を向けた。
 一週間前に事件が発生した時、気を失って倒れている妖精メイドを発見したのが小悪魔だった。
 なるほどパチュリーの言う事も最もだと思い、咲夜は小悪魔の元に場所を移した。

「精が出るわね小悪魔」
「あ、咲夜さん。それはそうですよ。これはパチュリー様の大切な御本。しっかりきれいに磨きませんと」
「そう、頑張ってね」

 どうやら小悪魔は図書館の本を空布巾で磨いていたらしい。
 自分の仕事ぶりに対して、どうだ言わんばかりに胸を張る小悪魔に少し苦笑しつつ、咲夜は話を本題に戻した。

「ところで小悪魔、ちょっと聞きたい事があるのだけど」
「はい何でしょう?」
「一週間前に起きた例の事件についてなのだけれど」

 咲夜の言葉に小悪魔はあー、と大袈裟に反応してから当時の状況をつらつらと述べ始めた。

「いやーあの時は驚きましたよ。図書館の外から変な物音が聞こえて、扉を開けたら妖精メイドが倒れてたんですから。それで慌てて状態を確かめたんですが、気絶してて」
「それでその妖精メイドを医務室まで運んだと」
「ええ」
「その時何か怪しいものを見なかった? 不審な人影とか」
「いや、何も見てないですね」

 会話をしながら、二人は事件現場である図書館の扉の前まで移動していた。
 現場検証は大事であるし、それに加えてパチュリーがわざとらしく咳払いをしたからだ。恐らくは「うるさい、気が散る」のサインである。

「やっぱりわたしは何も見てないですねえ」
「そう……」

 現場へ来てみても、小悪魔は何も思い出さなかった。
 落胆した様子の咲夜に、元気づけようと小悪魔は笑顔を見せた。

「きっと何とかなりますよ! ここの事件は凶器が残って無いですけど、他の三つの事件ではクナイが残っているんでしょう? 凶器が残ってるんだから、絶対他にも証拠が残ってますよ!」

 小悪魔の応援に、咲夜は意外だったように目を丸くした。
 だが、その顔もすぐに普段通りに戻す。

「あらあら、まさか貴女に励まされるなんてね」
「あ、すいません。出すぎたこと言っちゃって」
「いえ、おかげで元気が出たわ。ありがとう。じゃあわたしはこれから他の現場に行ってくるわね」
「はい、頑張ってください!」

 元気よく声をかける小悪魔に軽く手を振ってから、咲夜は第二の現場、紅魔館庭園へと足を向けた。
 



















「シエスタはしていないみたいね。感心感心」
「わぁ!? …さ、咲夜さんか、ああビックリした」
「後ろをとられるなんて、まだまだ未熟ね」
「咲夜さんの能力は反則ですって!」

 悪戯そうな笑みを浮かべた咲夜に、美鈴も苦笑いをしながら言葉を返す。
 しかし、そんなほころんだ顔もすぐに真剣なものへと様変わりした。

「ここへ来た理由は分かっています。あの事件について、ですよね?」
「話が早くて助かるわ。お嬢様から調査命令が出ていてね、情報収集をしているの。些細な事でもいいから、何か気付いた事を教えて」

 咲夜の一言一言に反応を返しつつ、美鈴は自身が目撃した事件当日の事を思い返していた。
 庭園での事件は五日前の事で若干記憶が薄れているものの、咲夜への協力のために一生懸命記憶を辿った。
 そして、思い出した分だけ言葉に紡ぐ。

「あれはいつものように門の前で番をしていた時でした。突然、門の内側から悲鳴が聞こえたんです。それで声のした方に駆け寄ったら、背中にクナイの刺さった妖精メイドが倒れていたんです」
「倒れていたときの状況をもっと詳しくお願いできないかしら?」
「はい。正確に言うと、倒れていた妖精メイドと、そばに呆然と立ちつくす妖精メイドが何人か。それで何が起きたのか聞くと、突然倒れてしまった、わけが分からない、と言うんです」

 その周りにいた妖精たちには、事件発生当初に事情をしっかりと確認した。美鈴とも証言は一致している。
 だが咲夜としては、妖精メイドよりも遥かに能力のある美鈴の証言をもっと詳細に聞きたかった。妖精メイドでは気付けなかった何かに、気付いているかもしれない。

「何か他に気付いたことは無い? 何でもいいのだけど」
「そうですね……」

 顎に手を当て考えるポーズ。
 しばしその姿勢でいた美鈴は、何かに気付いたかのようにふと手を離した。

「あ、そうだ」
「何か分かったの?」

 思い出した喜びに顔を明るくする美鈴に、咲夜は注意深く目を向ける。
 この証言が、事件解決の突破口になるかもしれない。

「妖精メイドの倒れている向きやクナイの刺さった向きで、そのクナイがどこから投げられたかをざっと概算したんですよ。それでクナイが飛んできたであろう方を向いたら、見たんです。玄関口の所に、赤い何かを」
「赤い何か?」
「はい。その時は怪我人の手当てをしなければいけなかったので詳しく確認できなかったんですが、確かに赤い何かが玄関から中へ入っていった気がします」

 美鈴の言葉に、今度は咲夜が考え込んだ。
 ここに来て新しい目撃情報。これは大変貴重なものだ。玄関から中に入った事から踏まえて、内部犯の可能性が高まったのである。
 だが、全く問題が無いわけではない。

「赤い何かと言っても、紅魔館は赤だらけね」
「そ、そうですよね。すいません、お役に立てなくて」
「ふふっ、謝ることは無いわ。誰もが焦るような状況下での冷静な状況把握、流石だと言いたいわ。それに、わたしにとっては十分な情報よ」
「はぁ、恐縮です」

 正面切って褒められた美鈴は、照れくさそうに片手を頭の後ろに回す。
 そんな美鈴が少し可笑しくて、咲夜も思わず笑みを零した。

「じゃあ、わたしは第三の事件の調査に向かうわ」
「分かりました。頑張ってくださいね。お手伝いしたいのはやまやまですが、わたしはここにいないといけないので……」
「その気持ちだけ受け取っておくわ」

 くるりと踵を返した咲夜は、第三の事件の目撃者、フランドール・スカーレットの元へ向かった。




















「妹様、例の事件についてお話を伺いたいのですが」
「ん、いいよー」

 咲夜がフランドールを見つけた時、フランドールは屋敷内の廊下をふらふらとうろついていた。
 そのため見つけるのにやや時間がかかってしまったが、これで無事に話を聞けそうである。

「では、妹様が事件に出くわした三日前の状況をお願いします」
「えーっとね、あの日は今日みたいに適当に屋敷の中をうろついてたの。そしたら前の方に妖精メイドが一人いて、わたしに向かってお辞儀したの。そしたらそのまま倒れちゃって」
「慌てて駆け寄ったら、背中にクナイが刺さっていた、と」
「うん。でもビックリしたよ。うっかり『きゅっ』としちゃったかと思ってさ」

 うっかりで発動してしまったらそれは怖いだろうなと内心思いつつ、咲夜は話を続ける。
 小悪魔や美鈴と同様、何か不審に思ったことは無かったかどうか、である。
 するとフランドールは少し思い悩んだ後、あっと一言つぶやいて自身のポケットに手を突っ込んだ。

「そう言えばドタバタしててすっかり忘れてたんだけど、あの倒れた妖精メイドがこんなの持ってたんだよね」
「これは……写真?」

 フランドールが咲夜に差し出したのは、粗雑にポケットに突っ込まれたのが原因だろうか、少し折れ曲がった写真だった。
 そこに写っているのは、咲夜もフランドールもよく知る人物。

「お嬢様とパチュリー様、そして小悪魔とわたし……か」

 背景からしてこの写真が撮られたのは図書館。円卓に腰をつけたレミリアとパチュリー、その傍らに近侍して立つ咲夜と小悪魔が、カメラに向かって笑みを浮かべていた。
 この写真がいつ撮られたかは、咲夜にも憶えがあった。数ヶ月前、面白いものを手に入れたとレミリアがはしゃいで撮ったものだ。

「でも、どうしてあの妖精メイドはこんな写真を持ってたのかな?」

 フランドールは思ったままの疑問を口にする。
 普通ならばこの写真の持ち主は、ここに写っている四人の誰かであるはず。それを無関係な妖精メイドが持っていたということは不審でならない。

「どうしてこの写真を持っていたかは分かりかねます。ですが……」

 写真をまじまじと眺めながら、咲夜は目を瞑りながら考え込むように話し出した。

「ありがとうございます妹様。これは事件解決の大きな手がかりになるかもしれません」
「え、そうなの? わたしなんてちっとも分からないけど」
「わたしもまだ確信は得ませんが、今回の騒動、きっと解決してごらんにいれます」
「うーん、よく分かんないけどまあいいや。頑張ってね」
「はい。では、失礼いたします」
 
 フランドールの励ましを受け、頬笑みを返しながら咲夜は軽くお辞儀をする。
 そして、最後の事件の調査へ向かう。事件発生から今もずっと医務室で同僚の手当てをしているであろう四人の妖精メイドの所へ。




















「彼女の容体はいかがかしら?」
「あ、咲夜さん」

 医務室へ入ってきた咲夜の姿を一人が見つけて、他の妖精メイドたちも一斉にそちらへ目を向けた。
 みんな疲れているようだった。大慌てで手当てした事もそうだろうが、突然あんな事件に遭遇してしまったショックも大きいのだろう。

「だいぶん落ち着きました。もう大丈夫です」
「とりあえず『一回休み』にはならずに済みました」
「でもまだ体が痛いみたいだから、隣の部屋のベッドで休んでいます」

 順々に話をして、咲夜へ報告をする。
 咲夜が思っていた以上には、元気がありそうだった。

「じゃあ、事件が起きた時の状況を聞こうかしら」
「あ、はい。あの時わたしたちは廊下のお掃除をしていたんです。そしたら突然あの子が倒れて、みんな心配して近寄ったら、あんな事になってました」

 一人の妖精メイドが代表して、事の顛末を説明する。他の妖精メイドは怯えた顔をしていた。
 そんな彼女らの様子に、咲夜は違和感を覚える。

(この怯えた感じ……事件に対してではなさそうね。もっと身近な何かに怯えている)

 そう咲夜は直感した。
 長い間、多くの妖精メイドの指揮を執ってきた咲夜には分かる。この怯え方は、いたずらがバレること、そしてその結果のお仕置きに怯える顔だ。

「ねえ貴女達」
「何ですか?」

 四人のうちの一人が答えた。
 だが咲夜は、全員に問い詰めるように話しかける。

「さっき、廊下のお掃除をしていたら突然あの子が倒れたと言ったわね?」
「は、はい。そうです」

 今度は別の妖精メイドが答えた。
 相変わらずみんな怯えた表情をしていたが、咲夜はお構いなしに話を続ける。

「その割には変なのよね。さっき現場を確認したのだけれど、お掃除された痕跡がちっとも無かったわ」
「…………!?」

 最後まで黙っていた一人が、一番大きく体をビクつかせた。
 それを見逃さなかった咲夜は、全員に対して話しかけるのをやめ、その一人の妖精メイドに標的を絞った。

「貴女は、何か知らないかしら?」
「あ…え…えーっと……」
「黙っていても、身のためにならないわよ?」
「ご、ごめんなさい!」

 少し脅しをかけたら、存外簡単に折れてくれた。
 他の三人の妖精メイドも観念したようであり、諦めたような顔をしながら、正しい状況説明をし始めた。

「……実はお掃除をしていたというのは嘘で、みんなでお喋りをしていたんです」
「それで、あの子が喋っていた途中、急に痛そうな顔をして倒れたんです」
「その後はさっき言ったのと同じで、急いで咲夜さんに報告して、それからずっとここであの子の手当てをしてました」
「嘘をついて、ごめんなさい」

 ごめんなさい、と口を揃えて妖精メイドたちは頭を下げた。
 咲夜の予想通り、仕事をさぼってたのがバレてお仕置きされるのを恐れていたようであるが、今はその事については置いておくことにした。
 関心事は、別にある。

「貴女達は、どんなお喋りをしていたのかしら?」
「それはあれです。紅魔館の人たちで誰が一番好きかっていうやつです。ちなみにうちはレミリアお嬢様が一番好きです」
「わたしは美鈴さん」
「わたしはフランドールお嬢様です」
「わたしは咲夜さん。それであの子がパチュリー様だったんですけど、それを言う前にクナイが背中に……」
「なるほどね。大体分かったわ」

 一人で納得顔をする咲夜。
 そんな咲夜に、四人の妖精メイドのうちの一人がおずおずと尋ねた。

「あのう…それでお仕置きはどんな風に……?」
「ん、ああそうね。罰として、これからわたしの言う事に手伝ってもらうわ。ちょっと危ない仕事だから、罰としては十分ね」
「は、はあ……」

 要領を得ない、といったような反応の妖精メイドたち。
 それは、お仕置きをすると言いながらも、いつものような恐ろしさを感じさせない咲夜の態度に戸惑っての事であった。




















「はぁ……はぁ……」

 昂る息をおさえながら、一歩一歩踏みしめるように廊下を徘徊する。
 ポケットにそっと手を忍ばせる。クナイの感触。これで、いつ標的が現れても大丈夫だ。
 そんな折、妖精メイドたちの明るい声が聞こえた。廊下の角に身を潜め、様子を見る。

「わたし咲夜さんが好きだったんだけど、別の人に変わっちゃった!」
「あ、わたしもー!」
「奇遇ね、わたしもなの」
「へー、実はうちもそう。じゃあさ、せーのっで一緒に言わない?」

 一人がそう言って、他の三人も同意する。
 そして、せーのっと声を揃えて、誰が一番好きな人の名前を大声で言った。

「「「「パチュリー様!!」」」」

 ギリッと、下唇を噛みしめるそんな音が聞こえた気がした。

「許せない……」

 口の中には少し血の味。噛みしめた下唇を切ってしまったようだが、毛ほども気にしない。
 ポケットに忍ばせたクナイを四つ取り出し、ただひたすらに、獣のような赤い瞳を標的に向けるのみ。

「ふふふっ、あんなの要らないんだ……要るわけがない……」

 狙いを定めて、クナイを振りかぶる。
 そして、今なおパチュリーの魅力を語り続ける四人の背中めがけてクナイを放とうとした、まさにその時。

「はい、そこまでよ」
「!!?」

 後ろから、クナイを持つ手を掴まれた。
 驚いた彼女は、慌てて後ろに振り向いた。

「さ…咲夜さん……」
「これにて一件落着ね、小悪魔?」

 そう言って、咲夜は指をパチンと鳴らした。
 それと同時に妖精メイドたちは一目散に逃げ出した。作戦成功の合図である。

「一件目は図書館の前。三件目はパチュリー様の写った写真を持っていた妖精メイド。四件目はパチュリー様の事が好きと言おうとした妖精メイドが狙われた。それで二件目の妖精メイドたちにも問い詰めたら、四件目とほとんど同じ状況だったのよ」
「……全部パチュリー様に関係して妖精メイドが狙われた。だから逆手にとって、罠を仕掛けたんですね。わざとパチュリー様の話題を出して」
「ご名答」

 してやられた、という具合に落胆する小悪魔に、勝者の笑みを浮かべながら咲夜は答えた。
 小悪魔はがっくりと肩を落とし、手に持っていたクナイを床に捨てた。

「バレないと思ってたんですけどね。一件目と三件目はともかく、二件目と四件目はさぼっていた妖精メイドが自分からお喋りの内容を言うはずがないと踏んでましたから。でなければ、こんな罠に引っ掛からずに済んだのに……」
「あら、別にパチュリー様に関係すると分かった前から貴女の事は怪しいと思ってたわよ? この罠は、貴女が近くにいるのを狙って仕掛けたのだから」
「……え?」

 咲夜の言葉に目を丸くする小悪魔。
 何を言っているのか分からない、というようなその風貌に、咲夜は答え合わせをしてあげることにした。

「さて問題です。今回の未遂を含めて、事件はこれで何件目でしょうか?」
「ご、五件目……」
「正解よ。でも、貴女がこれに正解する事が間違い」
「ど、どういう事ですか?」

 まだ分からない小悪魔に、咲夜は可笑しさすらこみ上げてくる。
 だが、あまりじらしすぎてもよろしくない。答え合わせの仕上げに取り掛かった。

「四件目の事件は今日、数時間前に発生した。そしてその事を知っているのは、報告を受けたわたしとお嬢様、そして事件現場に居合わせた後ずっと医務室に籠って手当てしていた四人の妖精メイドだけ」
「……あっ」
「ようやく分かったようね。にもかかわらず貴女は、わたしが調査に出向いた時『他の三つの事件ではクナイが残っているんでしょう?』と聞いた。凶器がクナイだということもピッタリ言い当てた。そんな事、貴女が知っているはずが無いの。貴女が犯人である以外はね」
「あ…ああ……」


 わなわなと震えて、小悪魔はその場に崩れ落ちた。
 秘密の暴露、語るに落ちた。
 そんな小悪魔を見下ろしながら、咲夜は不思議そうな顔をして尋ねた。

「美鈴が見た赤い何かは貴女の髪ね。それと、一件目の凶器は図書館の本。磨いていたのは証拠隠滅のため。でもどうしても分からないのよ。普段真面目な貴女がどうしてこんなことをしたのかが。動機は何なの?」
「動機…ですか……? ふふ…ふふふ……」

 咲夜の言葉にピクリと反応し、小悪魔は不気味な笑い声をあげた。
 俯いていた顔をあげると、先ほど妖精メイドを狙ったときと同じような、獣のごとき瞳。

「だってそうでしょう!?」
「きゃ!?」

 突如立ち上がり大声をあげる小悪魔に、咲夜は思わずたじろいだ。
 しかし小悪魔はそんな事お構いなしに、一人高説を始める。

「パチュリー様を愛していいのはわたしだけなんですよ! なのに一件目の妖精メイドはパチュリー様にファンレターなんかを送ろうとした! だから思わず後ろから本で殴ったんです。証拠隠滅? そんな事に興味はありません。ただ、パチュリー様の御本に他の奴が触れた。それが許せなかっただけですよ!」
「ちょ、ちょっと、突然どうしたのよ?」

 小悪魔の様子が明らかにおかしい。
 咲夜が制止しようとするも、小悪魔は聞く耳すら持っていないようだった。

「二件目と四件目の妖精メイドは、パチュリー様の事が好きだと言った。パチュリー様を愛していいのはわたしだけなのに! 三件目の妖精メイドは、あの写真を撮った時にカメラを頼まれていたんですよ。それで、一枚多く現像して自分用に持っていたようです。パチュリー様のお顔を拝むために。許せるわけがありません!」

 喚くようにそこまで言って、小悪魔は咲夜の事をギロリと睨んだ。
 敵意むき出しの、殺気のこもった視線。正気は感じられなかった。

「バレてしまっては仕方ありません……パチュリー様への愛を妨げるものは全て取り除かないと……」
「はぁ、困った子ね……」

 心底呆れ顔でため息をつく咲夜に、小悪魔は勢いよく飛びかかった。
 手には隠し持っていた最後のクナイ。本気で、咲夜の首めがけて突きたてる。
 そして一秒後、そこにはボロボロになって地に伏す哀れな悪魔の姿があった。

「きゅ~……」
「本当に困った子ね。普段の貴女なら、こうなる事くらい簡単に予想できたでしょうに」

 気絶して地べたに突っ伏す小悪魔を抱えあげながら、咲夜はまた大きくため息をついた。

「まあどうしてかは分からないけど、それくらい正気を失っていたという事ね。それに免じてお仕置きはこれくらいで勘弁してあげる。運が良かったわね、下手人の始末はわたしに一任されているから」
「ぱ、ぱちゅりーさまぁ……」

 聞いちゃいないか、と軽く笑ってから、咲夜は目を回した小悪魔を医務室まで運んだのであった。




















「以上が咲夜の報告よ」
「ふーん、うちの小悪魔がねえ……」

 紅魔館の主の部屋。
 ソファに腰かけ紅茶を嗜む吸血鬼と、テーブル越しに向かい合って同じく紅茶を楽しむ魔女。

「そ、パチェの所の小悪魔がこんな大それた事をしでかした。本当に大それたことだわ。普段の小悪魔からは想像がつかない。だから、わたしなりに推理をしてみたんだけど聞いてくれる?」
「聞かせてもらうわ。面白くなかったら帰るけど」

 眠たげな目をしながらパチュリーは答えた。
 相変わらず不愛想な奴だと内心思いながら、レミリアはわざとらしく咳払いをして、推理のお披露目を始めた。

「事件が起きたのは一週間前。つまり小悪魔がおかしくなったのはその頃から」
「まあ、たぶんそういう事になるわね」
「そして確かその頃からだったわよね。パチェが霊薬の研究とか言って忙しそうにし始めたのは」
「ええそうね」

 ここでしばし沈黙。
 レミリアとしてみればもう少しパチュリーの反応が欲しかったのであるが期待外れだった。
 仕方ない、と再び咳払いをして沈黙を破り、今回の事件の核心へ迫る。

「ここからはわたしの想像。ズバリ、パチェの研究していたそのみょうちきりんな霊薬のせいで小悪魔はおかしくなった」
「…………」

 どうだ、と思いながらレミリアはパチュリーの顔を見た。
 しかし相変わらず黙ったまま、慌てる様子もない。
 するとパチュリーは懐から透明な液体の入った小瓶を取り出して、軽く息を吸った。

「みょうちきりんとは失礼ね。わたしが開発した忠誠心を向上させる霊薬、その名も『ヤン・デ・霊薬』に向かって!」
「開き直るなぁ!」
「むきゅん!?」

 ガコンッという威勢のいい音とともに、レミリアの拳骨がパチュリーの頭に炸裂。
 哀れ紫もやしはテーブルクロスと口付けを交わし、そのまま目を回してしまった。
 ちなみに、小悪魔にはその口を使って薬を飲ませたのであるが、それは二人だけの秘密である。パチュリー曰く、だって誘ったらホイホイ引っかかるから、らしい。
 そんな事関係ないレミリアは、テーブルクロスとキッス中の友人の手から零れた小瓶を拾い、すっかり呆れ顔になってしまった。

「何よ『ヤン・デ・霊薬』って。間違った方向に忠誠心を向かわせる気満々じゃない。何、ヤンデレな小悪魔に愛されて夜にぐっすり眠りたかったの?」

 人騒がせな霊薬の入った小瓶をゴミ箱に放り捨てながら、レミリアはパチュリーの方を見た。
 返事が無い、ただのもやしのようだ。

「友人のよしみで拳骨一発で済ませてあげるけど、客人という立場くらい一瞬でもいいから考慮しなさいよ。まったく……」

 事件の真犯人は、紅魔館の当主直々に制裁されたのであった。




















「本当に、申し訳ありませんでした!」

 所変わって紅魔館の医務室。
 五つ並んだベッドの一番端で体を休める小悪魔は、他のベッドの妖精メイドたちに心の底から謝罪した。
 薬の効果が切れて正気に戻った小悪魔は、事件の全てを思い出し後悔した。自分はなんてひどい事をしてしまったのか。被害者たちにあわせる顔が無い。
 だが、返ってきた言葉はみんな優しいものだった。

「気にしないでください。話は全部聞きました」
「薬のせいであんな風になってしまったんでしょう?」
「小悪魔さんは不可抗力だったんですよ」
「わたしたちは気にしません。だから、小悪魔さんも自分を責めないで」
「み、みなさん……」

 扉越しに伝わってくるこの会話を、咲夜は隣の部屋で聞いていた。
 涙ぐむ小悪魔の声や、それを励ます妖精たちの声。

(……これで本当の一件落着といったところかしら)

 これで、小悪魔と妖精メイドたちの間に禍根は無くなっただろう。
 一安心した咲夜は、部屋を出て普段の仕事に戻ろうとした。
 その時、不意に隣の部屋から声がする。先ほどとはうって変わった、嫌に怪しげな声。

「そ、それに…悪いのはパチュリー様よ。わたしたちの心をこんなに惑わせて……」
「ああ、なんて罪なお方。愛ゆえにわたしたちは苦しまなければならないというのに……」
「小悪魔さんだって、パチュリー様という星に踊らされた、被害者の一人……」
「わ、わたしたちだって、あの薬を飲んでパチュリー様を盲目的に愛したい……」
「み、みなさん……わたしもみなさんと同じです。これからは一緒にパチュリー様を愛しましょう!」

 扉越しに伝わってくるこの会話を、咲夜は隣の部屋で聞いていた。涙ぐむ小悪魔の声も聞こえる。
 顔は見えないが、咲夜は確信した。あいつら絶対にいやらしい顔つきをしている、と。

(大丈夫かしらこのお屋敷? ……大丈夫だと信じたいわね)

 やけに意気投合した隣の部屋の会話は無視して、咲夜は部屋を出て行った。
 パチュリー様とあんな事したいとか、パチュリー様とこんな事したいとか聞こえてくるが、全て聞き流した。

(そういえば、確か妖精メイドたちの中にはパチュリー様派以外にも……)

 考えたら背中が寒くなったので、咲夜は考えるのをやめて仕事に戻ったのであった。
ミステリー風に、事件仕立てにしてみました。
そしてミステリー風に、コメディっぽいオチ。「風」はあくまで「風」なので。

なお、このSSには

1)理知的でカッコいい咲夜を書きたかった
2)ヤンデレでパチュリー様Loveな小悪魔を書きたかった
3)『ヤン・デ・霊薬』というしょうもない名前を思いついてしまった

という作者の事情があります。

では、読んでくださってありがとうございました。
トローロン
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.1410簡易評価
1.80名前が無い程度の能力削除
薬を使ってでもと言う愛、薬なんて要らなかったんや
3.90名前が無い程度の能力削除
まさかヤンデレとは・・・パチュリーはそこまで愛されたいのかwww
6.100名前が無い程度の能力削除
ヤン・デ・霊薬ww
面白かったです
7.80奇声を発する程度の能力削除
後書きのヤン・デ・霊薬てww
12.100名前が無い程度の能力削除
ふむ、そのヤン・デ・霊薬とやらをもらおうか。無論ダースでだ。
15.80名前が無い程度の能力削除
妖精メイドが襲撃された時点でなんとなく小悪魔が犯人だとわかってしまった…。
21.90終焉刹那削除
うんまぁ小悪魔が犯人なのは最初の時点で読めてましたが……動機がパチュリーへの愛なのかそれとも自分の派閥が無いという事なのかでちょっと迷ってみましたwww
26.90ずわいがに削除
ヤン・デ・霊薬www何その命名センスwwww

ミステリーかと思いきやギャグだろって思わせといてホラーだった

とりあえずまだ本文を読んでなくて、コメントを先にチェックしてる方へ――犯人はヤス
39.100非現実世界に棲む者削除
うん、面白かったです。