Coolier - 新生・東方創想話

花虫供儚の話

2020/08/23 18:30:57
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 夜雀が屋台を曳きはじめる。
 もう空は紅くなり始めていた。いやに鮮やかに色づいているのは、雲が全く無い故か。
「今日は、気合いを入れて」
 自らに言い聞かせるように、ぽつりと言葉を吐く夜雀。
 今宵の屋台の行く末は、花火大会である。




「あら、リグル」
「今晩は、ミスティア」
 未だ準備中の屋台に先客が集まる中、夜雀はとある者を認めた。
 知った仲であり、屋台の常連でもあるはずなのだが、何やら忙しそうにしてその場を去っていった。
「...何かあったのかな?」
 推察するには、あまりに情報が無かった。ひとまず思考を切り替え、準備を着実に進める。
 河童が主催の花火大会だからこそ、屋台を開くにも苦労があった。その分の売り上げはきっちり頂く所存である。




 そして、最初の花火が打ち上がる。
 屋台で飲んでいる者達も、この時ばかりは酒を置き、上を見上げていた。
──リグルと見たかったなぁ。
 彼女の心中は、その想いで一杯だった。座っている客の中に、虫の妖怪の姿はない。
「ちょっと、すみません...通して...!」
 衆々の中をすり抜ける影を、夜雀は見た。
 人々の密度は高くはなく、その影が誰なのかは容易に確かめることが出来た。
「すみません、お店ちょっと空けます」
 屋台から飛び出し、その影に近づく夜雀。
 今はしゃがみこんでいるその影は、掌に乗せた何かと会話しているように映った。
「リグル」
「あ、ミスティア」
 夜雀は虫の妖怪と対面した。




 花火の弾数は少なくなく、まだラストショットまでは時間があった。
「よかったね、踏まれないで」
 掌の蜉蝣と話す虫の妖怪。
 人々の足元にいたその蜉蝣を助けようと、あの中を突っ切っていたのだ。
「...ねぇ、リグル。よかったら、私と一緒に花火見ない?」
「うーん...」
 夜雀からの誘いに、考え込む虫の妖怪。
 他からも誘われているとでもいうのだろうか。
「ごめん、ミスティア」
「...ううん、いいよ」
 夜雀の誘いが断られるのは、今回が始めてでは無かった。




 灯りが当らない、とある木の枝。
 そこには、夥しいほどの虫が集まっていた。
「ほら、また上がったよ!」
 その中心にいる虫の妖怪は、打ち上がる花火を見ては虫達と興奮を分かち合っていた。
「綺麗だよね...」
 恍惚として、消えゆく花火の残滓を見送る。
 ふらふら、と群の中の一匹が地面に墜ちた。
「...もう、か」
 また一匹、また一匹と墜ちていき、儚い命が燃え尽きていく。それは、夏の短い間しか生きられない虫の運命である。
「お別れするのは、寂しいね」
 顔を伏せる虫の妖怪。項垂れた頭を、一瞬だけ光が照らした。遅れて、音がやってくる。
「最後に、どうしても見せたかったんだ。だって、こんなに綺麗だから...」
 ラストショットの導火線を火が駆け上がっていく時、虫の妖怪は静かに腰かけていた。




 屋台のカウンターを拭き、片付けを始めようとする夜雀。だが、近づいてくる影に気づき手を止めた。
「ミスティア」
「リグル」
「ごめん、遅れたけど...いい?」
「勿論」
 喧騒と雑踏が、遠ざかっていく。
 残った二人は、星の光を眺めていた。
今回は、というよりいつもですが、特に自信が無い作品です。
話を思いついた時は良かったんですが、いざ文字にすると理想とのズレが生じたもので...
転箸 笑
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コメント



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1.90奇声を発する程度の能力削除
静かな感じが良かったです
2.100終身削除
祭りの賑わいと花火の光の中ではなおさら踏みつけられても誰にも気にもとめられないような小さな虫たちへのリグルの優しさがとても暖かかったと思います 寿命の短い虫達と眺める花火と、いつでも待っていてくれるミスティアと見上げる星空いいですね
3.80名前が無い程度の能力削除
蟲に向けるリグルの優しさが心に染みる。良いお話でした。
4.100サク_ウマ削除
優しくて儚くて、いいなと思います。良かったです
5.100モブ削除
精神に重きを置く妖怪だからこそ、こういう思い出はいつまでも残るのかもしれませんね。ご馳走様でした。面白かったです。