[はじめに]
・長大になってしまったので連載モノの体裁を取らせていただきます。
・不定期更新予定。
・できるだけ原作設定準拠で進めておりますが、まれに筆者の独自設定・解釈が描写されていることがあります。あらかじめご注意下さい。
・基本的にはバトルモノです。
以上の点をご了承頂いた上、ぜひ読んでいってください。
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An idle brain is the devil's shop. (暇になると心で悪魔が動き出す)
プロローグ
紅魔館――――――
「あ―――――――――ヒ――――マねぇ――――――――――」
「ヒーマなんて生き物いましたかしら?」
「本に載ってたのは見たことないけど……まぁ探せばいるんじゃない?」
ある日の昼間、ここ紅魔館ではこんな会話が繰り返されていた。
午後のティータイムに行われている三人の少女たちの会話は、聞いてるだけでグダグダになってくるが、当の本人たちがグダグダとくだを巻いているばかりなのだから、仕方が無いと言えば仕方が無い。
「そんないるかいないかも判んない生き物探してもしょうがないしねぇ」
頬杖をつきながらぼやいているのは、この真っ赤で目に悪い館の当主、レミリア・スカーレットである。
どこからどう見ても幼い少女にしか見えないが、齢五百を超えたれっきとした吸血鬼。他種族に畏怖される、恐怖の象徴である彼女だが、暇を持て余し机に突っ伏している姿からはその威光は感じられない。
「でも、いるかいないかわからないんだから探し甲斐はありますわ」
彼女の投げやりな呟きを、悪魔の従者である十六夜咲夜が拾った。
人間の身ながら吸血鬼の館で働き、あまつさえメイド長という立場にまでなっている彼女は、ほとんどレミリアのお付きのメイドのようにしか見えないが、この大きな屋敷の炊事・洗濯・掃除にお使い、と家事全般を担当するまさにパーフェクト・メイドである。当然やるべき仕事はまだ山のように残ってはいるが、こうしてティータイムに主人の相手をするのも仕事のうちであるので、今は一緒になって机を囲んでいる。
「まぁいるかいないかわかんないからこそやる意味があるとも言えるわね。十中十いないとは思うけど」
同卓している魔法使い、パチュリーの・ノーレッジが身もふたも無く言い捨てていた。
彼女も吸血鬼の友人としてこの紅魔館に住んでいるのだが、こうしてお茶の時間に現れるのは珍しく、いつもは地下にある大図書館に引きこもっていた。普段は飽きることなく本を読んで過ごしている彼女だが、どうやらそれにも飽きてしまっているらしい。現在研究中の魔導書とお気に入りの本とだけを持って、暇つぶしに友人のティーブレイクに顔を出しているのだ。
昼間の吸血鬼の館の一室、そこでは暇な吸血鬼と暇な魔女が、暇つぶしに暇つぶしの方法について語り合っている、というわけである。
「うーん……しかし、ここ最近の暇っぷりは目に余るものがあるわねぇ。なんか起こんないかしら?」
「まぁこんな日があってもいいじゃないですか」
「最近いつもこんな日ばっかりでありがたみもなにもあったもんじゃないわ」
「『有り難味』が何味だか調べてみる?わたしの予想では阿密哩多みたいな味だと思うけど。うっかりできると、ありがたい」
「それは一味違いそうですわね」
「………ヒマだなぁ――――――――――…………」
白玉楼――――――
「妖夢~。今は暇かしら~?」
「え?はぁ、まぁ。庭の掃除も一段落しましたし……やることが無いと言えば無いですね。何かご用事ですか?」
「いや、わたしもちょっと手持ち無沙汰なのよ。ってことで、少しお茶にでも付き合わない?」
「わかりました。今お茶入れてきますね」
場所は変わって、ここは冥界――白玉楼と呼ばれる屋敷。二百由旬あると言われる広い庭と、そこに植わっている桜の樹が見事な屋敷だ。
ここの主人は、西行寺幽々子。いわゆる亡霊である。冥界にある屋敷なのだから、当然といえば当然の話ではある。
普段はおっとりとどんな時間もフワフワ楽しむ彼女であり、ある意味、暇だと感じる時間など無かったが、どうやら今日は暇らしい。同じく屋敷に住む剣術指南役兼庭師である魂魄妖夢を誘って、縁側でお茶を飲んでいた。
「……いい天気ですね。なんだか、こうボーッとしてるのが似合うような」
「あら?妖夢にしては珍しい感想ね。普段からせかせかしてるから忙しくしていないと死んでしまう類の人なのかと思ってたわ」
「まぁ半分は死んでますけど……じゃなくて、それは庭の掃除もお使いも全部私に言いつけるからですよ。せかせか動かないと全部終わらないじゃないですか」
「まぁ。まるで私が言いつけたから忙しいみたいじゃない。妖夢がザパーッガパーッドサーッと全部やってしまわないからよ~。それに、なにもその日中に終わらせなきゃいけないってお使い頼んだ覚えはないわ」
「……でも、その日の内に終わらせないと怒られるかなぁー、って……」
「まぁたぶん怒るけど」
「あんまりだぁ……」
冥界でも、どうやら相当暇なようである。白玉楼で見られる日常的な場面ではあるが、話している二人も心なしかいつもより気怠そうだ。
妖夢は手にしたお茶をひとすすりし、縁側からの冥界の風景を眺めた。
あの世も、今日は空が高い。突き抜けるような青い空の下で、ひんやりとした風が心地よい。
「――そう言えば、幽々子様が暇だって言ってお茶に誘うのも珍しいですね」
「あら、私が妖夢をお茶に誘うのがそんなに珍しいかしら?」
「いや、そちらではなくて……“暇だから”って言って私を呼ぶことはあまりないじゃないですか」
「私は“手持ち無沙汰だ”って言ったと思うけど?」
「おんなじ意味じゃないですか」
「まぁ私だって暇を持て余すこともあるわ。それに今は“暇である風”にしていたいのよ」
「……どういうことですか?」
「あなたは修行が足りないわ、って話よ」
「――――――――?」
永遠亭――――――
「えーりーん。いるー?」
「あら?姫。こちらにいらっしゃるなんて珍しいですね」
「あらいた。いやぁ、やることがなくてねぇ。――ってあなたもなにかしてるようには見えないんだけど」
「ええ。最近新薬の開発も一段落しましたし、ちょうど手が空いてる時ですね」
「……ふーん。あなたも暇なの」
「ええ、それはそれは偶然にも。今ウドンゲにお茶を持ってこさせてるところですからご一緒にどうですか?」
「それはそれは偶然ね。って言うかそれ目的で来たんだけど」
ここは永遠亭。竹林のなかに侘びしく建つ、時の止まったような古い日本家屋。
そして、今話しているのがこの屋敷の主である蓬莱山輝夜と、その右腕である八意永琳。二人とも幻想郷でも珍しい月の都の出身――言ってしまえば宇宙人――である。
と言っても、見た目や中身は大して普通の人間と変わりは無い。“蓬莱の薬”を服用しており、ちょっと不死身なだけである。
なので当然、他の人間や妖怪と同じく、暇な時は暇なのだった。
「師匠ー。お茶お持ちしました……ってあれ?姫もいらしてたんですか」
「お邪魔してるわ」
「すいません、姫が製薬室にいらっしゃるとは思わなくて……今お茶お持ちしますね」
「いえ、いいわ。これ飲むから」
「いや、それじゃ私の分無いじゃないですか……」
「兎は諦めが肝心よ」
「聞いたことないですよ」
「兎にとってお茶は体によくないのよ」
「師匠まで適当なこと言わないで下さい」
「てゐに取ってきてもらえば?」
「そんなの何入れられるかわかったもんじゃないからやめときます」
この二人の下でなす術もなくいじられているのが鈴仙・優曇華院・イナバという月の兎である。長く頭から伸びる兎の耳をガクンと垂らし、わかりやすいほどにうなだれ ている。どうやら、自分の分のお茶を諦めたようだった。
彼女は、永琳の下で薬術について学んでいる身だが、要するに小間使いのようなことをさせられている毎日である。残念ながら、この程度のことなら日常茶飯事であった。
「ところで……イナバ、あなたは今暇?」
「え?えぇ、まぁ……。どうしたんですか急に?」
「いや、いいのよ。あなたはどうなのかなーって思って」
「姫や師匠はどうなんですか」
「「幸いにも暇ね」」
「……二人してハモってますけど、それってそんな自慢気に言うことじゃないような……」
「いいのよ。しかし、暇ねぇ」
「これだけ暇なら……楽しくなりそうですね」
「ほんとね。さて、どうなることやら」
「(――――??暇過ぎて楽しく??師匠疲れてるのかなぁ……最近忙しかったとは思えないけど……)」
「ウドンゲ、後でお説教ね」
「ちょっ!!心読むのやめてもらえませんか!!?」
「あらら。っていうか思いっきり口に出てたけどね。ご愁傷さま」
「そ、そんなぁ~」
守矢神社――――――
「神奈子さまー。諏訪子さま知りませ……ってあら?」
「どうも、お邪魔してます」
「お邪魔してまーす」
「お邪魔させてるよ」
妖怪の山にある守矢の神社、その縁側では山に住む妖怪二人と神様がお茶を啜っていた。
妖怪二人の名前は、射命丸文と河城にとり。
二人とも天狗と河童という、幻想郷でも由緒ある種族である。
「いやぁーなんだか最近暇でしてねぇ。記事を書こうにもどこもかしこも暇そうにしてて記事なんか書けたもんじゃない」
「あーなんだろうねぇ。みんな暇なのかな?まぁ暇だから神社に来てるんだけどね」
彼女たちは普段、山の中で暮らしており、それぞれが与えられた仕事をしていた。自由気ままに過ごす幻想郷の妖怪たちからすれば相当珍しい暮らしであるが、天狗や河童や人間のような、数の多い種族特有の縦社会の中で暮らすとなると自然そうなるのだろう。彼女らはそれでも比較的自由にやっている方であり、現に他の同僚があくせく働いている中、こうして暇に任せて山の中の神社へとお茶を飲みにきていたりする。
そして、妖怪二人と一緒になってお茶を飲んでいる女性が、この守矢神社の主神である神様、八坂神奈子である。最近幻想郷に神社ごと引っ越してきた新顔で、この神社には風祝である東風谷早苗と、神奈子と同じく土着神である洩矢諏訪子と一緒に暮らしている。
このフランクな神様は、神社の奥で本尊としてふんぞり返ることはせず、平気で勝手に神社に妖怪を入れてお酒を飲んだり、一人で麓まで下りていったりと、割と自由気侭にやっていた。
「そういえば、早苗。諏訪子を探してるようだったけど、どうかしたのかい?」
「あ、いえ、特にどうということは……。ただちょっと前に“暇だからブラブラしてくる”っておっしゃって以来お見かけしてないから、どこにいるのかなー、って。一緒にお茶にしようと思ったんですけど……」
「ふーん、諏訪子も暇ねぇ……。ここまでくればなんかあるのかな」
「――――?どういうことですか?何か起こるんでしょうか?」
「おぉ、興味深い話になってきましたね。なんだかスクープの匂いがしますよ!」
「鳥なのに鼻が利くねぇ。私ら河童にはその匂いはわからないなぁー」
神奈子の顔色が変わったことを三人は敏感に察し、それぞれ思い思いに言いたいことを言う。騒がしい少女たちの声が縁側で上がり、彼女たちはそれぞれに神奈子の顔を覗きこむようにして視線を萃めていた。
「うーん、私は幻想郷長いわけじゃないからねぇ。なんとも言えないよ。――ただまぁ、今確実にわかっていることが、一つある」
話も声もまとまりが無かった三人が、神奈子の言葉に耳を傾ける。この聴衆を惹きつける力も神様としての力かもしれない。
文はいつ出したのか、すでに手帖とペンを構えていた。
「それは………」
誰かが唾を飲み下す音が聞こえる。
「今は暇なんだね、ってことさ」
「「「なんですかそれ……」」」
三人とも、一度に肩の力が抜けた。思わず返す言葉も三人一緒。
それをあざ笑うかのように、どこかで鳥の鳴く声がしていた。
博麗神社――――――
「うーん……平和ねぇ~」
博麗霊夢は縁側でお茶を啜りながら、満足そうに一人ごちていた。
彼女のいるここ博麗神社でも、ご他聞に漏れず、のどかな空気が流れている。
この閑静な神社も、普段はもう少し賑やかである。だがそれは、“神社として賑わっている”、と言うよりは“溜まり場として人を萃めている”、と言うのが正しい。しかも客のほとんどは人間以外だ。神社の豊かな自然と長閑な空気、そして当の本人は無自覚だが、ここの巫女の不思議な魅力が、妖怪たち――とりわけちょっと変な――を惹きつけていた。おかげでまともな参拝客はいつも雀の涙ほどである。神社として機能しているかは甚だ疑問であるが、当の霊夢が大して気にしていないため、現状が変わることはないだろう。
「相変わらず暇そうだな」
不意に空から声が降ってくる。
まだ日差しの強い昨今、全身黒ずくめの彼女は、暑さなど気にしていないように颯爽と登場した。
彼女は、この神社に足しげく通う珍しい人間、霧雨魔理沙。人間とは言え、どちらかと言えば“変なヤツ”にカテゴライズされる彼女は、ある意味この神社にいても違和感のない人間の一人である。
「あら魔理沙。久しぶり。そう言えばここ数日姿を見なかったわね」
「ここ数日姿を見せなかった友人のことはもう少し心配してもバチはあたらないぜ」
「巫女にバチあてるなんてバチあたりな」
「おまえならわからんと思うけどな」
魔理沙は笑って言った。
普段から呼んでなくても入り浸りに来ていただけに、数日ぶりの魔理沙との中身の無い掛け合いを霊夢も内心で楽しんでいた。
――こんな頻度でなら、ありがたいんだけどねぇ。
「いやぁー最近なんだか暇で暇で仕方なくてな。神社に行くばかりも芸がないかと思っていろいろ周ってたんだ」
聞いていないうちに、魔理沙は神社に来なかった理由を話し始める。
「まぁ……って言っても割と普段行くところばっかりだったかな。吸血鬼の家に、あの世に、宇宙人の隠れ家に、あとは神様訪問かな」
「それに全部忍びこんだわけね」
「失礼だな。ちょっとアポ無し訪問だっただけだぜ」
「どこもちゃんと玄関から入ればお客として通してくれるでしょうに」
「どこからどう入っても私が客なことに違いはないさ。問題は無いね」
彼女は悪気なく言ってのけていた。現に彼女に悪気が無いのだから仕方はない――が、始末は悪い。
「しかし、どこもかしこもやたらと暇そうだったぜ」
「それで招かれざる客すら受け入れられた、と。良かったじゃない」
「まぁそうなんだがなぁ。しかし面白いもんも無くて私の暇は潰せなかったぜ」
「……あんたも含めて、みんな暇を楽しめないのかしら。さっきまでそこで萃香が暇だ暇だ言って一人で酒盛りしてたわよ」
「昼間から酒とは困った鬼だ」
「今奥で寝てるわよ。飲んで寝るだけならここでやる必要ないと思うんだけどなぁ……」
「昼間から一人酒するほど酔狂な鬼じゃないってことじゃないか?」
「ウチでやんな、って話よ」
「いいじゃないか。どうせ暇だろ?」
「私は暇も楽しめるのよ」
「あ――ぁ、暇だな―――」
「人の話は聞きなさい」
結局魔理沙の暇は潰せていないようである。
霊夢は隣でお茶を飲みながら、暇な時間を欲していた。
――――――――――――
「暇ね」
「そうですね」
「これだけ暇ならみんな暇ね」
「はぁ……?まぁ言われた通りざっと周ったところ、確かに誰も彼も押し並べて暇そうでしたが……」
「やっぱりね。まぁそんなことじゃないかと思ってたわ。さて……じゃあちょっとやってみましょうかね」
「――藍、次はここに書いてあるものの準備をお願いね」
「かしこましました、紫様。――でも何をするのでしょう?コレ」
「それはもう楽しい楽しい――――暇潰しを、よ」
忘暇異変録 ~for the girls of leisure
一日目
発端は一通の招待状だった。
その招待状には、
『みんな暇でしょ?ちょっと催しものやるからいらっしゃい』
と言ったことが仰々しく書かれていた。
本当はもう少し書かれていたのだが、差出人の所に「八雲紫」と書かれていたこともあり、魔理沙はナナメ読みでニュアンスだけを摘みとっていた。そもそも紫の名前を見た時点で仰々しい口調に胡散臭さを感じてしまっていたので、ちゃんと読む気はさらさら無かった。
「またしょーもないこと考えてそうな感じだな……」
正直、彼女も相当暇であったが、それよりもわざわざこんな招待状を作ってなにかの誘いをしている紫の暇っぷりが不思議だった。魔理沙はあくびをしながら手に持った招待状の表と裏をクルクルと見返す。
彼女がこの招待状を受け取ったのはついさっき。紫の式神である八雲藍が届けに来たのだ。“貰えるものは病気以外全部貰う”という彼女の貧乏根性から、特に疑問にも思わず受け取ったのだが、実際読んで見ると改めて胡散臭かった。
考えてもみれば、妖怪からの招待状――特に胡散臭いヤツから貰った――である。普通の人間にはなかなか危ないものだ。
そうやって首を傾げながら手紙を眺めていると、不意にノックの音が部屋に響いた。
「だれもいないけどカギは開いてるぜ」
「だれもいないんならカギくらい閉めなさい」
ガチャリとノブを回す音とともに入って来たのは、同じ魔法の森に住んでいる七色の魔法使い、アリス・マーガトロイドだった。柔らかくウェーブした金の髪を揺らし、同じ色の瞳で、呆れたように魔理沙を見ていた。
一見して普通の人間のように見える彼女だが、魔法使いである。しかも魔理沙のように「職業」的な魔法使いではなく「種族」的な魔法使いであり、どちらかと言えば妖怪寄りの生き物と言える。魔法使いとして魔法の森に住む――いわゆる魔理沙のお隣さんである。
「まぁ挨拶はそこそこにして。――あなたにも来たんでしょ?紫の招待状」
「あぁ、来たぜ。今さっき狐が持ってきた」
「私の所にも式神が持ってきたわね。わざわざ手渡しで一軒一軒回ってるのかしら?……ご苦労なことね」
「狐の恩返しじゃないか?」
「恩返しされるようなことした覚えはないわよ。――まぁとりあえず行ってみるけど」
その言葉に、思わず魔理沙は咄嗟に振り向いてしまった。
「――へぇ、アリスが行くって言うとは思わなかったぜ。こういうイベント、嫌いそうじゃないか。しかも紫からの誘いなんて特に」
「あら、私だってお招き頂いたパーティを袖にするほど野暮じゃないわ。それがどれほど胡散臭そうでも、ね」
「パーティなんてこ洒落たものだとは思えないけどな。主催者が主催者だし」
どうやらアリスも胡散臭く感じてはいるようである。イベント内容が詳しく書かれていない招待状のせいでもあったが、なにより紫が言い出したことである、というのが原因だろう。
――それでも参加するってことは……つまり、コイツも暇で仕方ないんだな。
窓の外では、夏の残り香のような陽射しが燦々と照っている。
天人、比那名居天子が起こした天候不順の“異変”――幻想郷全域を巻き込んだ、大掛かりな夏の騒ぎも終わり、季節は秋に入ろうとしていた。
あれから約一ヶ月、地震の脅威などどこ吹く風、幻想郷に住まう彼女たちは、いつもの日常を暮らしていた。
日が昇り、下り、太陽の下で暮らし、月の下を飛ぶ。ゆったりとした時間の流れる、安穏な日々。だが静か過ぎる毎日は、基本的にお転婆な少女たちにはいささか刺激不足でもあった。
そんな手持ち無沙汰な今、普段とは一味違うイベントの誘いを受けた。それだけで暇つぶしの材料にはなるだろう。
たとえ、どれだけ胡散臭くても。
「さて、私はどうするかね……」
言いながらも、魔理沙はこの誘いを受ける気でいた。
どれほど胡散臭そうでも、人間には危ないお誘いだとしても、暇な日常に舞い込んだ非日常である。せっかくなら行って楽しまないと損だろう、と思ったのだ。
要するに、魔理沙の動機もアリスと大して違いはなかった。
「ま、どうせ行くって言うだろうから一緒に行きましょう、って誘いに来たのよ」
付き合いの長い彼女に、思わせぶりな言い回しは通じず、さも当然のようにあっさりと的を射られてしまう。
そんな先回りされたような言葉に、魔理沙は露骨に面白くないような顔をして、ぶっきら棒に尋ねた。
「へいへい。アリスさんにお付き合いいたしますよ。……で、そういえばどこに行くんだ?」
「……アンタ、ちゃんと招待状読んだの?」
まだ会って数分しか経っていないのに、二度目の溜め息。
「いや、適当。紫からの手紙を真面目に読んでも、どうせバカを見るのがオチだぜ」
「気持ちはわかるけど、そのくらいちゃんと読みなさい。……集合場所は紅魔館よ」
その名前を聞いて、魔理沙はわずかに驚いた顔をした。よく知る場所だが、今出てくる地名では無い。吸血鬼の館、紅魔館。
「紅魔館?レミリアも一枚噛んでるのか?」
「さぁ?主催者は紫の名前だけだったから、単純に場所の提供だけじゃないかしら」
「……胡散臭さ三割増だな」
「まぁとりあえず場所を提供してるってことは協賛だろうからね」
「いや、あの妖怪はアポ無しで勝手に場所決めくらいはしそうだぜ」
さらっ、と言ってみせた言葉に、アリスが少し返事に間を置く。
魔理沙を眺めながら頭を抱え、本日三度目の溜め息を盛大に吐いた。
「……あんたが言うんなら大した説得力だわ」
その予想外のリアクションがなぜか嬉しくて、魔理沙は笑いながら胸を張っていた。
※
集合時間は夕方、というアバウトな設定であったため、二人は一度神社に向かった。せっかくだから、おそらく億劫がっている霊夢も連れていってやろうということになったのだ。
紫が霊夢を誘ってないなんてことないだろうが、極度の面倒くさがりのあの巫女が、素直に参加するとはとても思えなかった。
――どうせアイツも暇なのにな。
だが結局、神社にはいるはずの巫女はいなかった。
そう大きくもない博麗神社は、少し探せば誰もいないことがすぐにわかった。それでも一応、神社の縁側に勝手に腰掛けながら待ってみたのだが、霊夢が姿を現すことはなかった。
二人は首を傾げたが、大雑把とは言え集合時間が決められている以上、あんまりゆっくり行くわけにもいかないだろう、ということで早々に諦めて紅魔館に向かい、神社を後にした。
「霊夢は結局なにしてるんだろうな?いつもなら縁側でお茶でも啜ってボーッとしてそうなもんなんだが」
「霊夢も招待状貰って一足先に紅魔館に行ってるんじゃないの?」
「時間的には自然な流れだが、霊夢的には不自然だな。アイツがこんなイベントに進んで首突っ込むとは思えん」
「じゃあ普通に買い物とか?」
「なんか買えるほど収入があるとも思えん」
「非道いこと言うわね……」
そんな話をダラダラしているうちに紅魔館が見えてくる。遠目にも判る、真っ紅な屋敷。辺りの木々の緑と、目の前の湖の青、夕暮れの橙、雲の白、どれとも溶け合わずに頑として自己主張をしている、主人の性格を反映させたかのような外観。そんな周りとの不調和など関係無いような顔をして、それはそこに建っていた。
「今日は正門から入っていいのよ?」
「私はいつも正門から入っているぜ?」
「……門番いたわよね?」
噂をしているうちに、そこは門の前。案の定、この館の門番である紅美鈴が立っていた。
二人の姿を目にすると、手を後ろで組んだまま、笑顔を向ける。
「こんばんは。お待ちしていました」
「初めて門番からそんな言葉掛けられたぜ」
「それはあなたがいつも無理矢理正面突破するからじゃないですか……」
「失敬な。ちゃんと裏門も使うぜ」
「それはそれで面倒だから正面から来て下さいね。……通せませんけど」
美鈴はグッタリとしながら答えていた。彼女は基本的には門番として紅魔館の門前に立っているため、アリスとは頻繁に会うことは無かったが、それでも魔理沙は別だった。
彼女は門番として日夜相次ぐ魔理沙の侵入を阻もうと頑張っているのである。
結果としては、ほぼ間違いなく魔理沙にくぐり抜けられ、ほぼ間違いなく咲夜に怒られていたが。
「と、とにかくっ」
美鈴が大儀そうに一つ咳払いをした。
「お二方で招待を受けたお客様は最後です。あとはみなさん中でお待ちしてますよ。さ、こちらにどうぞ」
美鈴が丁寧な口調で案内を始めた。ギィィ、と大きな門を開き、二人の前に立って紅魔館へと歩を進めてゆく。その所作の一つ一つも丁重に畏まっていて、いつもの明け透けな彼女の態度とは明らかに違っていた。
――主人の命令だな、コレ。
ここの主人は体裁を気にするタイプなので、館でなにか催す時は従者に来客用の姿勢を徹底して取らせていた。その吸血鬼の少女の妙な見栄が、魔理沙にはいつも不思議だった――が、当然、わざわざ口には出さない。一応招かれたという意識はあったので、招待先でケンカを売る気などは毛頭ない。
代わりに当たり障りのない言葉を発しておいた。
「あれ?最後だったか。意外と萃まりはいいんだな。っていうか私たち以外誰が来てるのか知らないが」
「随分多くの方がいらしてますよ。私初めて見る人もいましたし」
そんな美鈴の言葉を受け、魔理沙は「ふーん」と小さく呟き、
「――そっか、おまえも参加者なのか」
その魔理沙の言葉に、前を歩く美鈴の雰囲気が少し変わる。
「……よく分かりましたね。私今そんなこと言いましたっけ?」
思わず足を止め、振り向いてしまう。
まじまじと目の前の少女を見据え、その黒白の少女も、美鈴を真っ直ぐに見返している。
美鈴を見るその金の瞳が、不意に歪み、彼女はニィッ、と笑ってみせた。
「いや……適当に言ったのに、まさか当たるとはな」
魔理沙はあっけらかんとした顔でそう言うばかりだった。
「そんなテキトーな……」
今の肩透かしは、魔理沙と話し慣れている美鈴にも、反動が大きかったようだ。思わず身体を緊張させてしまったことが恥ずかしいような、肩透かしなような気分になり、ガックリと肩を落として再び案内を始めた。臆面も無く言い放った当の魔理沙は、目の前で丸くなる背中を見つめて、ケラケラと笑っていた。
「――まぁとりあえず私も参加させてもらえるみたいです。なにするのか知らないんですけどね」
「門番のあなたも聞かされてないの?」
紅魔館に着いてからここまで黙って通されていたアリスが、思わず口を開いた。
「はい、残念ながら。教えてくれてもいいと思うんですけどねー。おかげで通したお客さん全員に聞かれましたよ」
「そりゃそうでしょうね」
などと言っている間に目的の部屋に着いたようだ。魔理沙の記憶通りなら、ここは大広間。豪奢に縁取られた大きなドアがついているので、まず間違い無いだろう。
美鈴が思い出したかのように丁寧な口調を取り戻す。
「ごほん!……お待たせ致しました。こちらの部屋になります。――どうぞごゆっくり」
キィッと小さな音を立てて、大きな扉が開かれる。
そこは魔理沙の予想通りに、大広間。そしてそんな大広間には、予想を遥かに超える大人数がひしめきあっていた。
さすがの二人も思わず目を丸くしてしまう。妖怪、幽霊、妖精そういったメンツばかりが、人数にして三、四十人程。さらに言えば、どれもこれも見たことある顔ばかり。それほどの人数が一つの部屋の中で喋る声が混ざり合い、ガヤガヤという騒音にしか聞こえない。
「……萃まりがいいってもんじゃないでしょうに。これみんな暇人ね」
アリスは呆気にとられていた。驚きのあまり無意識に自分のことを棚に上げている。
「あぁ、鬼やら天狗やらの騒ぎ好きがいるのはわからんでもないが……天人やら死神までいるぜ。ヤツらは少し人を疑うことを覚えた方がいいな。知らない人と胡散臭い妖怪からの招待はホイホイ受けちゃけない、って教わらなかったのか?」
的外れなことを言う魔理沙は、その言葉とは裏腹に目を輝かせていた。
「じゃあ全員通したって報告をしてくるので、私はこれで。全員萃まり次第始めるとは言ってたんで、すぐ始まると思いますよー」
そう言いながら美鈴は広間の中を、人を掻き分け歩いていってしまった。彼女の向かう先には、少し小高くなっているステージのようなものが組まれているのが窺える。
案内係が離れていくのを目の端で見送りながら、魔理沙は辺りを見回した。
「いやぁしかし、ホントよくこのメンツをこんだけ萃めたなぁ」
魔理沙はこの界隈ではそこそこ顔の広いほうである。多くの異変解決に首を突っ込んでいたこともあり、ここにいる面々に見たことのない者はいなそうだった。
だが、それだけに不思議に思っていた。
どうみても、この手の騒ぎに進んで参加するとは思えない者たちすら普通に混ざっているのだ。
普段は滅多なことじゃ宴会にも顔を出さないような妖怪が、こぞってこんな胡散臭い萃まりに出席している、という光景が奇妙ですらあった。
「みんなしてそんなにやることないのか……っていうかこの規模でこのメンツで、これから何やろうっていうんだろうな?まぁしかし、これはとりあえず暇つぶしには持ってこいなことになりそうだ」
キラキラした顔で周りを眺め、口早にまくし立てる。軽い気持ちで来ただけに、彼女の好奇心はいよいよ沸きあがってきていた。
そんな彼女の隣で、アリスが真剣な顔で何かを考え込んでいることに魔理沙は気づいた。
「どうした、アリス?そんな変な顔して。もう珍しい顔なんて目の前にたくさんいるから需要はないぜ?」
「どういう意味よソレ。……気になったのよ。紫がこんなメンツを萃めて何をしようとしてるかってことが……」
「ん――まぁただの宴会じゃなさそうな空気にはなってるな。一応食べ物とかも置いてあるみたいだけど」
「そもそも、このメンツが萃まったこと自体が――――――」
アリスが喋り終わらないうちに会場の空気が変わった。ひときわ大きなどよめきが上がる。それぞれに何か言葉を口にしながらも、そこにいる誰もが同じ方向へと意識を萃めているのがわかる。
彼女たちもそれに追従し、ステージの上を見ると――そこにはこの館の主、レミリア・スカーレットが、従者を従えて立っていた。
「さて、今日はみんなよく萃まってくれたわね」
主催者でもないのに挨拶を始めだしている。相変わらずに、小さな体に大きな態度で、無い胸を張って立っていた。腰に手を当ててふんぞり返るその姿は、“お嬢様”というには慎ましさが感じられない。
「この紅魔館にこれだけ萃まったのも珍しいわ。今日はみんな楽しんで……と、言いたいところだけど、残念ながら今日――いや、今日からやることは宴会ではないわ」
その言葉に会場がざわついた。
「今日……から?」「もしや、何日もかかるの?」「だとしたらメンド臭いなぁ」「まぁ家帰っても暇なんだけどね」「あ、そういえば日持ちしない食材あるんだっけ」
などと、思い思いの心配をしている。そこにいる誰もが身の危険を考えていないあたり、実に悠長である。
危ないことにはならないだろう、そうなっても自分なら切り抜ける自信がある、その二つを同時に思っている者ばかりが、ここに集っている。
会場内のどよめきを心地よさそうに眺めながら、レミリアは満足げに鼻を鳴らしていた。
「まぁわたしがあまり喋ってもしょうがないわ。首謀者じゃないし。――と、いうことで今回のイベントの主犯であるスキマ妖怪に趣旨説明をしてもらいましょう」
言いながら、レミリアが一歩退く。待っていたとばかりに、さっきまで彼女がいた空間が裂け、さらに中から人――もとい妖怪が現れる。
そこから出てきた妖怪こそが、今回の主催者――境界を操る妖怪、八雲紫その人だった。
普段はどこにいるかよくわからず、なにをやってるかもわかったものではなく、神出鬼没であり、幻想郷においては一、二を争う力を持っているであろう彼女のことを、面識の無いものこそあれ、知らないものはいなかった。
その彼女が、主催者とは言え、壇上に姿を現したことで、会場内に再びどよめきが走った。会場にいる誰もが、彼女自身が出てくるとは思っていなかったのであろう。
紫のことをよく知らないものからすれば“そんな大物がわざわざ壇上にいるとは大掛かりね”と思い、
紫のことを比較的知っているものからすれば、“普段あれだけものぐさなヤツが式神任せにしないでよくでてきたわね”と思っていた。
両者とも予想を裏切られたことには違いない。
「こんな小高いところから挨拶だなんて、なんだか緊張するわね」
当の紫は笑みを浮かべながら言った。どこが緊張しているのかはわからない。
「みなさん、ご機嫌よう。今回の騒動を主催させてもらった八雲紫です。今回は参加率百パーセントで嬉しいですわ。みんな暇なようで良いことね」
壇上からのその紫の声に、
「あんな招待状なんてチマチマ作ってたヤツに言われたくないぜ」
そう魔理沙が小さく反論していた。
最後に入ってきた彼女は会場の一番後ろの方におり、独り言が壇上の紫に聞こえることはないのだが、まるで聞こえていたかのように、紫は軽く微笑んでみせている。
「さて、長々と挨拶してても面白くないですし、今回萃まってもらった趣旨を説明するわ」
話が本題に入り、会場の空気が変わる。今回の催しには、みんなしてノコノコ参加してしまったが、ほとんどは何をするか知らずに来ているのだ。
そこにいた誰かが喉を鳴らす音が、静まった会場内に響いた。
「今回あなたたちに萃まってもらったのは……他でもない。――みんなで暇つぶしをしましょう」
「――――――――――はぁ?」
誰ともなく、そう呟いてしまっていた。
to be next resource ...
永遠亭、鈴仙が登場したシーンの直後、地の文。
「どうやら、自分の分のお茶を諦めたっようだった」
綺麗な文章で読み易く、また、扱っているテーマも幻想郷らしい暢気なもので、とても楽しく読み進められました。
長編連載とのことですが、この形式の小説は続けるのが難しいと聞きます。モチベーションを落とさないよう、お気を付けて。
今回はまだ序盤ということで、この点数で失礼します。頑張って下さいね。
ただ、これは個人的意見ですが、一行空けての書き方だと、結果的にスクロールする回数が増えて読みにくいです。
行間は次回から埋めてみますね。ご指摘助かります。
これからの展開がお気に召すかはわかりませんが、読みやすい文章は努々心がけていきたいと思います。
次もよろしくお願いします!
私はあんま書くのが早くないので、どうすればスラスラ書けるようになるか知りたい。
でも小説は書くスピードじゃないってのが自分の自論です。
作中の魔理沙が斜め読みでニュアンスを読み取る場面がありますよね?
貴方の文章だと読むスピードを上げると理解できなくなる事が多かったです。
シーンごとの描写をもっと細かく丁寧に書けば読みやすく、魅力的な文章になると思いました。
もうほとんど書きあがっている状態ですので、コメント頂き、推敲しての投稿ペースとなっております。
個人的には、文章はテンポを重視していきたい、と思っています。
拍子よく進み、流れるように場面が展開されていく、っていうのが理想ではありますが……読まれている方を置いてけぼりにしたら本末転倒ですよね……ぐぅ
ご指摘ありがとうございます!
再考し、また練り込んできますので、今後も一読いただき、ご指導もらえたら幸いです。
続きを楽しみにしています。
>>ひと段落
正しくは「いちだんらく」です。
多分、「ひとだんらく」だと一発で変換されないため平仮名になっていると見受けます。
なんかこの誤字は他でもやってそうなんで気をつけていきたいです……
この場合、主神・祭神などが適当でしょう
テンポを重視とのことで、的外れでしたらすみません
いや、偉そうなこと言ってすいません……作者以外のご感想ほど大事なものもございません……
ご指摘もらって以来、丁寧にやるべきトコは極力気をつけているつもりです。
でもやっぱり読みにくかったら、ぜひまた教えてください!