注意書き:設定が無茶です。原作崩壊気味です。気をつけてください。
それでも大丈夫な方はどうぞ
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ある夏の日の昼下がり。大人たちはじりじりと照りつける太陽を忌み嫌い、家に閉じこもって暑さに対して不平を漏らす。
春夏秋冬、巡り廻る季節は普遍的。その周期が変わることはまったく――いや、めったにない。
あくまで、一般的な常識に囚われる範囲では訪れる季節の変化。しかし、ここは幻想郷。現世の常識を捻じ曲げた幻想の世界。不可能なことは、ほとんどないこの世界だからこそ、万が一が起こりうる。
が、しかし。今年の夏は異変のない平和な夏だった。それを形成する物一つ一つが変わり、社会の形容が変わろうとも、この世界はいつも通りの色を見せる。
蝉の声が空を切り裂き、それを追うものは一様に虫取り網を持った麦わら帽子達。茶色の木肌に乗るその儚い生命を捕らえる子供たちは、今年もまたまばゆい笑顔だった。
妖たちの周期は長い。虫も人も、同じくらいの長さに思えるほどに、妖の周期は長かった。
社会を形成する妖達は、同じ様な季節を毎年のように迎える。構成人数が少なければ少ないほど、そしてその種族が長く生きるほど、単調な毎日を過ごすようになる。
だから、変化が渇望される。いつもと違う日常を求め、刺激のある生活を探す。
しかし変化とは必ずしも美しいものではない。望まなかった変化は、傷を生む――
霧の湖の近くの洋館……といっても紅い方ではなく、その反対側付近にある方。年季の入った、と言えば聞こえはいいが、いわゆる廃洋館に分類されるおどろおどろしい洋館だ。
壁は剥げ、くすんでいる。幽霊でも住んでいそうなその外観の建物の中、確かに「霊」に分類される者がいた。
「姐御、見つけやしたぜ。封印されしプリズムリバーの秘宝を――」
白いシャツに赤いベストとキュロットを着用した茶髪の少女が、唐草模様の風呂敷を持って一つの部屋に入って行ってそう言った。
流れ星の飾りのついた赤い円錐形の帽子を揺らす彼女の名前はリリカ・プリズムリバー。幻想の音を奏でる騒霊である。
正確には幽霊ではない。人が死んでなったわけではなく、彼女は「リリカ・プリズムリバー」を模して造られた「リリカ・プリズムリバー」という「物」だった。
そのリリカが風呂敷を差し出した相手は、彼女の姉に当たるルナサ・プリズムリバーである。鬱の音を奏でる騒霊だ。
金髪で、白いシャツに黒いベスト。リリカの赤を黒にしたような服装だが、彼女はキュロットではなくスカートをはいている。そして帽子の飾りは赤い三日月だ。
もう一人、次女のメルラン・プリズムリバーを含めて、彼女たちはプリズムリバー楽団という演奏隊を形成していた。
次のライブの練習、とヴァイオリンを弾いていたルナサは、いったん演奏の手を止め、リリカが差し出したその風呂敷を訝しげに眺めた。
「あー、リリカ。それがなにかはなかなか気になるし、話は聞く。だからその口調はやめてくれ」
「えーいいじゃんルナ姉ー」
冷たい声で小さく言うルナサに、リリカは見た目相応の可愛らしい声を出し、甘えるように抱きついた。
ルナサは仕方ない、という風に首を振り、風呂敷に手を伸ばす。それを開けて出てきたのは、一冊の本だった。
表紙の黄ばみ具合が年期を感じさせる。背表紙には5,6字で単語が書いてあったが、uとaしか読み取れなかった。
ルナサは困惑しながらその本を眺め、リリカの方を向いて問いかける。
「リリカ、これは何?」
「へっへっへ、実は」
「リリカ」
「ちぇー……分かったよ」
ルナサの有無を言わさぬ声を受け、リリカは口調を素に戻した。
それでもルナサのジトりとした視線は変わらない。リリカは、至近距離からのその視線に耐えきれず、少し距離を置いた。
ルナサは表情を和らげて、リリカにもう一度質問を重ねた。
「リリカ、これは何?」
「香霖堂の店主に渡されたのよ、誰かに頼まれたんだって」
「へえ。誰に?」
「それは教えてくれなかった。なんか、ビームが出る眼鏡で買収されてたあの店主」
不服そうにリリカは頬を膨らます。ビームが出る眼鏡、と聞いてルナサはメルランだったら欲しがるかもしれないな、と思った。
メルランはおかしな物を収集するのが好きで、ちょうど好みに合うだろう。メルランは呪われた物を基本的に好いていた。
そして、思考回路の一部を謎の眼鏡に持ってかれたことを少々恥じながらルナサは逸れた話を元に戻す。
「で、これは何? あの店主は確か、名前と用途が分かるはずだけど」
「えーっとね……名前が"ルナ姉の日記"、使用用途が"記憶する"とかだったかな」
「なるほど、って私の日記? 覚えがないんだが」
ルナサは頭をひねり、古い記憶を呼び覚まそうとする。だが、ルナサの脳内にはこの日記が出てこない。
しばらく考えても、結局その日記が何なのかは分からなかった。なら、開いてみるしかない。
中身が気になって、ルナサはその日記を開こうとする。しかし、それをリリカが手で制した。
「メル姉が来てからにしない?」
「これは私の日記なんだけど……まぁ、どうせリリカにも見せるなら、メルランがいても変わらないか」
メルランは外出してるから、帰ってくるまで待とうというというリリカの提案をルナサは受け入れる。
近くの机の上に日記をおいて、ルナサはヴァイオリンを再び構えて弾き始めた。
鬱の音が部屋を満たす。それは後の暗闇への布石だったのかもしれない。空に、暗雲が立ち込め始めた。
――
薄い水色の髪に、青い太陽の飾りをつけたピンク色の帽子。リリカやルナサと違い、ピンクを基調にした服装。スカートをふわりと広げたメルランが、リリカに率いられルナサの部屋に入る。
その時も椅子に座りヴァイオリンの練習をしていたルナサは、メルランを眼の隅にとらえてヴァイオリンの演奏をやめた。
「ルナ姉、どうして私は呼ばれたの?」
メルランがルナサの顔を覗き込んで言った。澄んだ青色の眼がルナサの金色の眼と合い、視線が交錯する。
ルナサは早々に眼をそらし、首を振った。
「何か知らないが、私の日記があるらしい。私の知らないものだから、皆で読んでも問題はないかなって」
「それはハッピーな事ね!」
メルランが腕を振りまわしてそう言った。その腕が顔の近くを通り過ぎ、驚いて後ずさったリリカは「メル姉なら仕方ない」と肩をすくめる。
ルナサは立ちあがって、ふわりと浮かびあがる。机まで飛んで行き、日記を手に取った。一緒に読むものだ、とばかり思っていたルナサはリリカ達の方に寄ろうとするが、そこでメルランが一つの提案をする。
「ルナ姉、それ朗読しようよ!」
「いや、流石にそれはちょっと」
「メル姉、頭いい!」
「でしょー?」
慌てて断ろうとするルナサだが、リリカとメルランの盛り上がりを見るに引き際がないと感じた。溜息をついて椅子までゆっくりと戻り、座る。
丁寧な仕草で表紙をめくると、多少黄ばんでいるがしっかりと読める文字列がそこには並んでいた。
「ほらルナ姉」
リリカに急かされ、乗り気ではないが仕方なく、一回深呼吸したルナサは、日記の序文を読み始めた。
――
お父様が日記帳をくれた。なので、日記を書こうと思う。
とは言っても、何を書けばいいのかわからない。日記なんて、今まで一度も書いたことのない。今日のことでも書いてみるか。
大きな包みを抱えて帰ってきたお父様は、私に日記帳を、メルランに白いリボンを、リリカに羽根飾りを、レイラに本を、そしてお母様には金色の髪飾りを。皆東洋のマジックアイテムらしい。
そのあと、眼鏡を新しくした、といってお父様は自慢してた。でも、実は地味だった。だけどそんなことはおくびにも出さない。お世辞を言って、流す。
レイラは、私がもらった日記とは種類は違っても、紙の束というのは同じってことがうれしいらしくて、私のそばに来てエヘヘと笑っていた。
可愛い。レイラは可愛い。いや、皆可愛い。でも、一番可愛いのはリリカ。反抗期気味のリリカ。
レイラの頭を軽く撫でていたら、メルランもこちらに来て上目遣いをしてきた。私が二人の頭を撫でている時、お母様とお父様はただ笑って、そしてリリカは遠くから物欲しげな眼で眺めてくる。
リリカに手招きしたが、こっちに来ようとしないので、全力で追いかけた。簡単な鬼ごっこが始まる。逃げるリリカと追う私……私達。気がつけば、メルランもレイラも走り出していた。こんな今が、こんな日常が楽しい。
私は結局日記を書き始めている。メルランは場所がないからとポケットにリボンをしまい、リリカはキーボードに羽根飾りをつけた。レイラはその本を読み始めて、お母様の美しい髪には金色が輝く。
ああ、幸せだ。皆、大好きだ。
――
「わかった。これが公開処刑だということはよくわかった」
ルナサは紅潮した顔に浮かぶ汗をぬぐい、日記を机の上に置いて、生温い息を吐く。
リリカも同じく顔を赤くしていた。メルランだけが、ただにやにやとして、リリカの肩に腕をまわした。
「ルナ姉の台詞なの……? なんかすごく恥ずか――」
「そんなこと言って嬉しいんでしょ~? ルナ姉もリリカも」
「メルラン!」
「メル姉!」
リリカとルナサの声が重なる。メルランはその必死な様が面白かったのか、笑い始めた。
そんなメルランめがけて、リリカのキーボードとルナサのヴァイオリンが振り落とされる。鈍い音がして、メルランは動かなくなった。
「……大丈夫かな、メルラン」
「大丈夫じゃない? 十分くらいすれば目覚めるよ……で、この日記について分かったことはある?」
「あからさまに一つ……いや、二つ? わかることがあるな。まず、この日記は生前――と、いうか私のもとになった、人間のルナサが書いた物だ」
それは、すぐ気付けることだったが、ルナサとリリカにとっては衝撃だった。
レイラは昔の話をほとんどしなかった。それが当たり前だったし、むやみに聞くことでもない。レイラがこの世にいない今、人間と騒霊をつなぐ道筋は途絶えたはずだった。
これは、その途絶えた道をつなぐ一本の線。しかし、それは不可逆の進路。過去について知りすぎてしまう可能性もある。ルナサはこの時点で悪い予感がしていた。
「後重要なのは、これがマジックアイテムだってことだ……これは燃やした方がいい」
「……いや、でも、せっかくあるんだから読もうよ」
「危険だ、知っちゃいけないことまで書いてあったらどうする」
「例えば?」
リリカの問いかけに、何も思いつかず、口を閉ざす。
逡巡しているルナサに近寄り、その耳元でリリカは言葉を重ねた。
「皆仲よさそうだし、大丈夫だよ。だから、読もうよ」
「だけど……プリズムリバー家はバラバラになる。それも、マジックアイテムのせいで」
耳に吹きかけられる吐息を擽ったそうにして首をひねりながら言ったルナサの言葉に、今度はリリカが黙る。
そのまま日記を片手に外に出ようとするルナサ。外に出て燃やすか、もしくは弾幕で消し飛ばしてしまおうかと思った。だが、扉に向かうルナサのその足を掴む者がいた。
「恥ずかしいからってそんなことしちゃ駄目よ~」
「メ、メルラン」
メルランが、ルナサの足をホールドして離さなかった。
いくら振りほどこうとしても、メルランは蛇のようにからみつく。何度か足元の攻防を繰り返し、ルナサは負けを認識した。これはどうしようもない、とルナサはまた席につく。
「あー、好きにしろ。私はもう読みたくないけど」
「じゃあ、私が読むよ!」
「……何を言っても無駄、か」
くれぐれも改竄するな、と念を推してルナサはメルランに日記を渡した。
奇声を上げて日記を高々とかざし、メルランは嬉々として日記を開いてそれを朗読し始めた。
――
今日はメルランが家のドアノブを吹き飛ばしてしまった。大体そう言うときは私に泣き付いて来る、今日もそうだった。
元気いっぱい、だけど元気が良すぎるのが玉に傷。彼女が鳥なら、籠を破壊して出て来るだろう。
例え鉄製の籠でも、一日すれば出てきてピーチクパーチク鳴きそうだ。歌もうまいし、十二分にあり得る。
だから、こうやって物を壊してしまう。そうしてしまった時の涙目のメルランは、いつにも増して可愛い。
私は少々機嫌が良かったので、扉を直すのを手伝った。冗談とは分かっているが、メルランが重ねて言う「愛してる」が本当に嬉しい。
姉妹愛、少し深みに足を突っ込んでいるのかもしれない。だけど、それもいい気がしてくる。あー、可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い。
――
「キャーキャー」
テンションが上がったメルランが騒ぐ声に、ルナサは頭を抱えた。
リリカは関係ない、とばかりにニヤニヤとし始める。それを見て、さっき何がなんでも日記を消し飛ばすべきだった、と後悔した。
「さて、どんどんいくよ!」
「頼む……控えめにね」
ルナサの気分はただただ落ちていくだけだった。窓に映る空模様がどんどん悪くなっていき、空気の湿り気が増していく。
――
今日はお父様が皆にお洒落な服を買ってきた。
私はいつも地味な服ばかり着てるし、自分でも派手な服が似合わないのは知っている。
お父様もそこは把握しているようで、私には黒を基調としたフリルのついたワンピースをくれた。これでも少し派手な気もしたが、このくらいのフリルならお洒落でいいかもしれない。
メルランにはピンク、リリカには赤。レイラには黄緑でお母様には白。皆一様に同じワンピースだ。かわいいし、美しい。今でも、思い出して楽しくなってくる。
お父様が笑顔でもう一着取り出した時は正気か、と思ったのだが、流石におかしな真似をしなくてよかった。
女装なんてされた日には、どうしようもない。私はいいにしろ、レイラ達のトラウマになる。
残りの一着はまたお母様に。お母様は、最近体調が悪いらしくて私達一同、皆心配している。大丈夫だと、いいんだけど。
――
今回のはまだましだった、とルナサは安堵の息を吐く。
メルランはつまらなそうに数ページめくった。面白くないのは飛ばそう、という考えらしい。
だが、ページを進めることはできなかった。何故かページが巻き戻るのだ。不思議に思ったメルランは何度も挑戦するが、そのたびにページが戻っていった。
メルランとマジックアイテムの根競べが始まる。だが、分は日記にあった。メルランは諦めて、疑問を口にする。
「なんでだろう?」
「歴史を辿れってことかもしれないね……呪いの一種かな」
「……もう、じれったい!」
しびれを切らしたメルランが一ページだけ破りとった。
だが、破り取られたページすらも日記の中に戻り、継ぎ目が治る。メルランはお手上げだった。
「駄目なのね」
「駄目らしいね」
「駄目なら仕方ないよね」
三人で出した結論は飛ばせない、だった。
少しつまらなそうな顔をして、メルランは先を読み始める。
――
今日は雨が降っていた。レイラがつまらなそうに外を眺めている。
手元には一冊の本。あのマジックアイテムだ。ページを途中まで開いて、なにかと見比べている。
どうしたんだ、と私が声をかけると、レイラは悲しげに言った。どうやら、この雨はレイラが降らせたらしい。雨を降らすなんて魔女の様な力だ、まったく。
あのマジックアイテムは願いをかなえる力がある、とレイラは言った。ただ、なにかしらの代償がいるらしい。
今回のは、自分の服が一週間湿ったままになるという代償らしい。天候一つの代償としては軽いような気もするが、それでも恐ろしい本だ。
安易に遣わないように、と念を推して私は部屋に戻った。悪魔との契約を彷彿とする。
……じゃあ、この日記帳には一体何の力がこもってるんだろうか。
――
「マジックアイテムで作られた、か」
ルナサはレイラの話を思い出していた。
レイラは、自分はマジックアイテムを使って騒霊を三人作った、と。それが貴女達なんだ、と。
代償に何を払ったのか、それをルナサは考えていた。その本を代償にしたかもしれないし、他の何かを犠牲にしたかもしれない。
たしかに使わざるを得ない状況だったんだろう。家族がバラバラになった寂しさは、ルナサには経験が無かったので分からなかったが。
「まだ残ってるのかな、その本」
メルランはその本が今どこにあるのかを考えていた。
今あるならば、色々と実験してみたい。代償は気にしない、メルランらしい考え方だった
ただ、メルランが使うとしたら、皆が幸せになることにしか使わないに違いない。ハッピーハッピー、と声を張りながら。
「レイラ……」
リリカはレイラのことを思い出していた。
自分たちが生み出された時は、レイラはすでに少女というよりは女性の年。妹なのか母なのか、微妙だ。
彼女の幼い仕草や甘える姿は見たことはあったが、幼いころの姿をリリカ達は見たことがない。
レイラはそのまま、人をやめることなく死んでいった。願いをかなえられたら、レイラの姿をした騒霊が――その考えが頭をよぎって、首を振って追い出した。
その考えはよくない。不可能を可能にするのは不可能にしておかなければならないのだ。
ルナサとメルランの醸し出す少々重い空気に疑問を抱いたメルランは次を読み始めた。雨が、降り始めていた。
――
今日はリリカが台所でヘマをした。
リリカは料理がそれなりにできない。いや、誰も見てないし言ってしまおう。リリカの料理は死んでいる。
私がいくらリリカを愛してるからといって、リリカを食べてしまいたいと思っていたって、リリカの料理は食えない。
料理をするなら私かメルランだ。メルランは、なぜか東洋の料理にも精通してるし。私も、それなりにできる自信はある。
なのに、作り始めてしまった。ちょうど私が出かけている間に。戻ってきたら、そこは大惨事。台所から煙が出ていた。
口を押さえてその中に飛びこんでいくと、リリカが倒れていた。抱きかかえ、煙の外に連れ出し、換気。何をどう間違えたらこんなに煙が出るのか。
人工呼吸をして、話を聞く。こっそりおやつを作ろうと思ったらしい。そう言えば今日は私の誕生日だった。
涙目で謝るリリカを見ると、つい抱きしめたくなる。いや、そう思った時にはすでに抱きしめている。可愛い可愛い可愛い可愛い。
リリカの香りリリカの涙リリカの髪の毛リリカの鼻水リリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカ
リリカリリカリリカリリカリリカ
リリカリリカリリカリリカ
リリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカ
リリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカリリカ
――
「私は何をしてるんだ!」
ルナサは本格的に頭を抱えた。顔を上げることができない。
流石にリリカも引いていた。人間のころのルナサのイメージが、変態――いや、気狂いになっていった。
メルランですら、言うのを途中で切っていた。そこからしばらくページにはリリカとしか書いていない。
ぱらぱらとめくると、今度は違和感なくめくれた。しかも、それが止まらない。どんどんとページがめくれていき、戻せなかった。
「……必要のないページ、かな?」
「私の名前しか書いてないんじゃ……あ、メル姉の名前もある」
ルナサは必死に話題をそらした。それにリリカも合わせる。
ただ、ご丁寧に一ページずつめくれ続ける日記を持っていたメルランはそれに気を取られて話ができない。
そのまま、三人のもとに沈黙が舞い降りる。いつの間にか雨が窓を強く叩いていた。
場の空気を変えたのは、来客を伝えるチャイムの音。日記をその場に置いて、三人は重苦しい空気のまま玄関へと向かった。
――
来客は、四人だった。
初めに入ってきたのは湖上の氷精チルノ。
雨にぬれた薄い水色のセミショートヘアーはペタリと張り付き、いつものふわふわ感を失わっていた。
彼女の青いワンピースも無残に濡れていたが、掌で払うことによって水分が凍りパラパラと落ちていく。
冷気を操る能力はこういうときに便利だが、彼女の歩く道に氷の道が出来上がった。
二人目は、宵闇の妖怪ルーミアだった。
彼女の金髪も白黒の洋服も濡れていたが、彼女のリボンだけはなぜか濡れていなかった。ただ、誰の注目もそこにはいかなかった。
気持ち悪そうに服をつまみ、チルノのもとへと走っていく。そして、その途中で滑って転んだ。
三人目は、闇に蠢く光の蟲リグル・ナイトバグ。
彼女もまた雨にぬれていて、頭に生えた触覚が力なく倒れている。
服装ゆえに肌や下着が透けて見えるほか、虫の妖怪だけあって一番寒そうに震えていた。
その三人にリリカとメルランがタオルを差し出す。そして、ルナサは四人目に入ってきた妖怪に声をかけた。
「やぁ、ミスティア。どうしたの?」
「霧の湖にいたら雨に振られちゃって……雨宿りさせてもらえません?」
「ああ、かまわないよ」
「ありがとう」
夜の妖怪の名に恥じない禍々しいデザインに身を包み、それに付け加え異形の翼と爪、羽の耳を持ったミスティア・ローレライがすまなそうに礼を言った。
気にしなくていい、とルナサはいい、ミスティアにタオルを差し出す。
肌と羽根飾りを丹念に拭くミスティアを見て、着替えでも用意しようかと振り返ると、そこではすでに服を脱ぎ捨てたルーミアとチルノがいた。
「なんでもいいからリリカは3着、メルランは1着持ってこい」
「えー、私の服?」
「皆とサイズが近いのはリリカじゃないか、メルランはミスティア用に持ってきて」
「は~い」
「ルナ姉はどうするの?」
メルランは二つ返事で自室へ飛んで行った。
しかしリリカは、至極めんどくさそうな顔で、ルナサに問いかける。その声はまるで、一人だけ何もしないのか、と叱責するようだった。
意図を読み、ルナサは首を振る。そして、ある一点を見つめ、リリカ達に言った。
「あれを、何とかする」
「……わかった、ルナ姉任せた」
ルナサが見つめた先には、半裸で走り回るチルノとルーミア、その横でタオルに身を包み震えているリグルがいた。
リリカはそれを横目で見て、親指を立てて突き出し、ルナサの背中を軽くたたいて自室へと飛んで行った。
――
リリカが服を持って戻ってきたときには、皆部屋の隅で気力が尽きたように膝を抱えていた。
ルナ姉がヴァイオリンを弾いたのだろうだろう、とリリカは見当をつけ、ルナサのもとへ行く。
「とりあえず三着持ってきた。でも、これ大丈夫なの?」
「メルランが戻ってくれば……で、メルランが戻ってこないわけだけど。まぁ、とりあえずあの半裸連中と風邪第一候補に服を渡してやれ」
ルナサは首をかしげながら、リリカに指示した。
リリカが四人のもとに向かい、内三人に服を手渡す。その間も、メルランが戻ってくる様子はなかった。
いい加減呼びに行こうか、とルナサがしびれを切らして浮遊した時、メルランが大量の服を抱えて戻ってきた。
「みすちー、どれでも好きなのを選んで!」
そう言ってメルランは服を山のように積み上げた。それを見て、ミスティアが固まる。
古い服から新しい服まで沢山の服があり、そこには少々ほこりをかぶったものまで積まれていた。
「どれだけ引っ張り出してきたんだ、まったく」
ルナサは呆れかえった。メルランは、ミスティアにちょうどいいよう羽根が邪魔にならない背中の開いた服を選ぼうと山に飛び込む。
これは後始末が大変だ、とルナサが溜息をついて、ミスティアの方を横目で見ると、ミスティアはまだ固まったままだった。
ルナサは彼女の前まで行き、目の前で手を振った。反応は、すぐには戻らなかった。
「ミスティア、大丈夫? メルランったら、こんな――」
「……は、いえ、大丈夫、大丈夫です、気にしないで……」
そう言って、ミスティアは俯いて体育座りする。少し演奏が過ぎたな、とルナサは反省した。
雨はやむ気配を見せない。その後のメルランの演奏でテンションを取り戻した4人は、暇そうにしていた。
昼間から天気が狂い、躁の音で少しテンションが高いせいで昼寝する気も起きず、といっても何もすることがない。
そして、ルナサ達もまた人がいるのに自分達だけで何かをするわけにはいかず、その場の時間は遅々として進む気配がなかった。
このままではいけない、とルナサはこの止まった時を動かすため、口を開く。
「そうだ、皆、すこし楽器でも触ってみない? 暇だろう?」
「え、いいの! あたい、それならメルランのぷぇーって奴やりたい!」
いの一番にチルノが名乗り出た。それに続いて、暇を持て余していた他三人も立ちあがって期待した眼でルナサ達を見つめる。
少し待ってな、と言ってルナサ達は倉庫へと向かう。数分後、沢山の楽器を持って戻ってきたルナサ達を、4人は歓迎した。
チルノがトランペットを、リグルとミスティアがキーボードを持つ。演奏方法を指導するリリカとメルランが生き生きとしていら。
3人という事は一人足りない。彼女の予想通りルナサの裾を引っ張る者が一人。それは、残りの一人のルーミアだ。ヴァイオリンを弾いてみたい、と控えめにルーミアは言った。
ルナサはルーミアを歓迎した。手頃な大きさのヴァイオリンを掴み、ルーミアに手渡す。嬉々として受け取ったルーミアは、いきなり見よう見まねで構え、弓で弦をこすった。
ワイルドな音が出て、ルナサは案の定といった顔で首を振る。ルーミアの右手に手を差し伸べ、アドバイスを言った。
「力は均一に……あと、人差し指だけじゃなくて、中指、薬指も使って」
「うーん……いつも手で触れないで演奏してるけど、ルナサはできるのー?」
浮かせていることで楽をしているのではないか、とルーミアは疑った。
その言葉にルナサはそれは違う、と首を横に振る。
「手で触れない方が疲れないし肩は凝らないけど、バランスがとりにくいんだぞ?」
「そーなのかー」
その後も暫くルーミアは手を動かしていたが、やがて思い通りにならないことに不満を覚え、ヴァイオリンを楽器の山に戻してしまった。
だが、初めて触ったにしては最後の方によい音が出ていた。ルナサは諦めてしまうことに少々残念な気持ちを抱く。
やはり、すぐに結果が出るのはキーボード。音を出しやすく、またリリカはすべての楽器に精通してるだけあって、教えるのもうまい。
トランペットは、メルランのノリにチルノが振り回されているが、おおざっぱな教え方がむしろ彼女にはいいのだろう。すこしずつ独立した音が出始めている。
それに比べれば、ヴァイオリンはやはり難しいし、自分は教え方が単調になりすぎるのか、とルナサはため息をつく。
メルランのもとへ走って行ったルーミアを見て、少々悲しい気分になるルナサ。その彼女の肩に、手が置かれた。
「ルナサさん、気にしないで」
「まぁ、大体分かってたけどね……ありがとう、ミスティア」
ミスティアに礼を言って、使わないと思われる楽器に手を伸ばした。
まだ雨はやまない。手入れの時間はたっぷりとある。湿気った時には手入れは向かないが、時間がある時にやってしまうのが吉だろうとルナサは考えた。
楽器の中には古ぼけたものもある。名器となるには長い年月が必要だ。
例えば、昔の、人間だったころのルナサが使っていたヴァイオリンはまだ残っている。昔は安物だったのだろうが、それなりに年月を重ねるとそれは一級品へとなりうる。
ミスティアは歌う方が好きだから、と一歩下がり色々な楽器を見始めた。彼女はプリズムリバー楽団とたまにコラボするので、ルナサにはその巧さが分かっている。
ただ、古参の歌妖怪には煙たがられているようだ。それは、プリズムリバー楽団も同じことだが。
ふと、ミスティアが一つの楽器に手を止める。それは一本の古ぼけたトランペットだった。
「……ちょっと、吹いてみてもいい?」
「爪に気をつけて……って、吹けるのかい?」
確認をとって、ミスティアはトランペットを構える。軽く、歌うような――ミスティアらしい音色が流れた。
途中で何音か外れながら、それでも一曲短い曲を引き終える。
「初心者にしては……経験でもあるの?」
「えっと……いや、ないわ。でも、チルノよりかはできた、と思う?」
「む、あたいを馬鹿にしてる声がした!」
トランペットを置き、崩れそうな笑顔で、ミスティアはそう言った。
チルノがミスティアのもとへ走り寄ってくる。鬼ごっこでも始まるのか、できれば楽器に気をつけてほしいなと思い、ルナサは溜息をつく。
ふと窓を見ると雨は小ぶりになっていた。今がチャンスかもしれない、そう思ったルナサは4人に対していった。
「雨も小ぶりになったし、今のうちに帰るのが吉じゃないか? 服も乾いたころだろうし」
そう言ってルナサは、服を乾かす必要性がなかったのを知った。チルノが全員分の服の水分を凍らせて叩いていたので、水分は抜けている。
4人は礼を言い、洋館を出て急ぎ足で駆けて行った。雨が再び強くならないことを祈りながら、ルナサは沢山の楽器をまた手に持って、倉庫へと置きに行く。
――
そして、三人はルナサの部屋へと戻ってきた。
「さて、続き~」
最後にどんなことになったか忘れたように、メルランが明るく言う。
机の上にポツンと置いてある日記を手に取ろうとした時、ルナサが制止をかけた。
「待て。どうやら、壮大にやってくれるらしい」
ルナサがそう言うと同時に、日記が宙を舞った。
そして、自動でページが開く。貫くように光が放たれ、ルナサ達のもとに声が響く。
奇しくも――いや、至極当たり前だが、その声はルナサのものに似ていた。
――
なんだか最近おかしい。気分がすぐれない。お母様もそうだし、メルランもリリカもレイラもそうだ。
お父様だけが元気で、私達を心配してくれる。一体何が悪いんだろう、もしかして、このマジックアイテムが何か作用してるのか。
今日も調子が悪いまま、ずっと窓の外を眺めていた。
なんなんだ、これはいったい。わからないのに、でも胸を締め付けるようななにかが来る。
人肌が恋しい。ぬくもりが欲しい。メルラン、リリカ、レイラ、お母様、お父様。
……いや、いらない。近づいては行けない気がする。なにかが、まずい。こっちに、来ないで。
熱が出た。
かゆい。かゆい。かゆい。肌がかゆい。なにか、体が作り替えられるような、おかしさを感じる。
どうして、なんで、いったいわたし どうな て
やと うごける それが メルラン リリ レイラ みんな かおが
だめ やぱ だめ だめ だめ だめ かゆ だめ かゆい
たすけて かあさ
なに なに が を で そい リ レ すき
かゆい
うま
――
日記が床に落ち、沈黙が部屋を包む。
狂気としか思えない歪んだ声。切れ目がなく、何日分の日記かは分からない。
意を決してルナサが動き、日記を拾い上げる。そして、また日記が輝いた。
同じように、光り、声が聞こえる。今度の声は、ルナサのものだろうが、先ほどよりも幼く聞こえる。
そして、しっかりとした、だがさびしげな声が、日記から聞こえた。
――
今まで私を包んでいた原因不明の熱病。それに、私が出した結論は、これだ。
マジックアイテムによる体の変化。鏡で見てもわからないが、私は今もう人ではないのだろう。
メルランは……分からない。お母様も、分からない。でも、リリカは。私は、やってしまったのだ。
部屋に訪れたリリカは、ろれつの回っていない状況だった。目が赤くて、ぎらぎらとしていた。私の知っているリリカじゃない。
そして、何よりも背中に翼が生えていることが異形の証だ。
リリカは、長い爪を振り降ろしてきた。いつの間に長くなったのか、と思うほど長い爪が私の腕に傷を残す。
何度も何度も切りつけて、何度も何度も血で濡れる。あのときの私はまだ動けるようなありさまではなかった。なのに、リリカは私の急所を突くことをしなかった。
殺意に満ち溢れているのに、どこか温かい。いや、温かったのは血か? そう思うより、ほかはない。私が救われるには――いや、私は救われるべきではないのか。
ならば、リリカは最後まであきらめなかったのだ。意識は乗っ取られてたのだろうけど、でも、抵抗してたんだろう。だから、リリカは自分で自分を葬ったんだ。
幾度かリリカに引き裂かれたころ、扉が強く開く音が聞こえ、何かがリリカを突き飛ばした。
その時にはもう目がかすんでいてよく見えていなかったが、声でメルランだと分かる。
助けに着た、それはすなわち二人の死を意味する、そう思った。リリカが起き上がって、こちらを見る。悲しそうに吼え、そして、長い爪で自分の首を掻き切った。
リリカを助ける方法は無かったのか? 私は今、自分に問いかける。だけど、それは無理に等しい問いだ。覆水は盆には返らないし、この世には人を越える力なんてめったにない。
……レイラのあの本。あれがあれば変わるかもしれないが、リリカが死んだことを伝えたくはなかった。だが、いずれ伝えることになるのか……今は冷静だから、こんなことが書ける。
あの時は――血の匂いにやられていた。記憶があいまいだが、ただ一つだけ覚えていることがある。私は、リリカを食べた。メルランと、共に。
今、この場には何もない。いつも通り、整頓された私の部屋が広がっている。死体なんて転がっていない、だが、人骨だけなら、一つのスーツケースに入っている。
床掃除をした後に香水をたいて血の匂いを消した。骨は長く隠し来てるはずがない、いずれ自分たちの手で埋葬することになるだろう。
リリカの羽根飾りは私が回収した。服はすぐに着替えて、同じようにスーツケースに詰め込む。
メルランがポケットに入れたまま持ってきていたせいで、あのリボンは真っ赤に染まり、いくら擦ってもその赤が落ちることはなかった。だから、そのリボンはメルランが肌身離さず持つことにしたらしい。
それにしても不思議で不愉快で謎なのが、お父様だ。
リリカが夕食の席にこない事を疑問を抱いたレイラに、リリカは他の家に引き取られた、そしていずれメルランとルナサ……私まで引き取られることになる、と話したことの意味がわからない。
お父様は気づいているのかもしれないが、レイラには気づかせたくない――いや、お父様が気付いているなら、私達を狂人にでも扱ってしまえばいいのに。
理解ができない。お父様は一体何をして、何をたくらんでいるんだ。お母様は依然として部屋から出てこないし。まったく……どういうことだ。
それと、どうやら私もやはり人の域を越えたようだ。
試してみたが、何故か夜目が利く。この日記も真っ暗な中で書いている。力も、今までの私とは思えないくらいには強い。大の大人ほどはあるのではないか。
そしてなによりも、人間が食べたい。そうだ、レイラを犠牲にしないように家を出て、ルーマニアの方に向かおう。吸血鬼の聖地、トランシルヴァニア公国も近い。
たしか、あの付近には暫く前から新しい吸血鬼伝説があったはず。そこにかくまってもらえたら、嬉しい。
――
窓を、ひたすらに雨が叩く。一度弱まったと思われた雨は、また強さを取り戻していた。
ミスティア達のことを頭のどこかで案じる。それができるほどにはまだルナサには余裕があった。メルランも、いつものテンションを失っているが、あえて言うならばそれだけで、まだ声を聞くことはできる。
一番厳しいのはリリカだろう、とルナサは思った。リリカは小刻みに震えている。顔色が悪い。今にも倒れてしまいそうだ。
まだ日記は宙を舞ったまま、つまりは今は小休止。終わったわけではない。弾幕を発して叩き落とそうか、と悩み、日記を止めるため手を構えたが、リリカの声で踏みとどまる。
「はっ、この程度がなんだっての……! かかって来なさいよ!」
そのかすれた声の後に響いた雷の音を引き金に、日記のページが進み、そしてまたしても声がする。
だが、ルナサには、もうこれで終わりなような気がしていた。次が最後の日に違いない。残りのページは、後少しになっていた。
――
お母様はすでに死んでいた。部屋の中で、眠るように死んでいた。
そういえばずっと姿を見ていなかったのだ。ご飯はお父様が持っていっていたが。これは……すなわち。その時、私は自分――いや、一緒にいたメルランもまた、死を覚悟していた。
お父様が入ってくる。そう、それもまた狂気の瞳。私も、メルランも、お父様も。皆、狂っている。
外に出るようにお父様は促した。当たり前だ。お父様は、その時にレイラは最後に絶望を与えながら殺すと言った。今危害が加わるのは惜しいのだろう。
それに、下手に見つかって警察を呼ばれるのはお父様にとっては不都合なはず。
目立たないように、と外へ出て――お父様は、レイラに「二人の受け取り先が決まったかもしれない」と話していた、殺す気だ――だが、私達もお父様を殺したかった。黙って、話を合わせる。
こういうのはメルランが一番うまい。明るく、何も知らない風を装って話を合わせる。私は、黙ったままレイラを抱きしめた。これが最後になる。ただ一つの大きな荷物――リリカの骨を持って、家を出た。もう、レイラに会うことはないはずだ。
闇夜の道。私は道中ずっと後ろからついてくるお父様に神経を集中させた。
お父様の足が止まった瞬間横に向かって飛んだ。その時、私達がいた場所は強い光でえぐられたようになっていた。
その光はお父様の眼鏡から発されているようだった。あれもマジックアイテムだったのか、そう思った時にはすでに戦いが始まっていたのだ。
跳び跳ねながら、お父様の攻撃を避ける。よくわからない弾を打たれ、地面に当たって土が散らばった。そして、一定時間後にとんでくる、ビーム。あの眼鏡を壊さないことには話にならなかった。
メルランはまだ普通の人に近かったのだろう。すぐに傷だらけになる。このままではまずい、だから私は小さな可能性にかけた。
私の方に攻撃を集中させ、一瞬の隙をついてメルランにリリカの羽飾りを渡して、また避ける。何度も何度も避け続けた。
結論から言うと、私は勝った。いま、生きてここに座っていて、日記を書いている私がその証明だ。
死ぬかと思ったが、メルランが羽根飾りに驚異的な共鳴を果たした――リリカのときと同じような羽根が生え、爪も伸びた。だが、ずっと理性を保っていた。
リリカのマジックアイテム、羽根飾りは伸びたり縮んだり増えたりするらしい。蔦の様に伸ばして、首に絡めて、締め付けて、それで終わり。終わりはあまりにもあっけなかった。
人の身を越えかけてても、結局は人とまだ変わらない生命力しかもっていなかったことが救いだった。そうでなければ、二人して死んでいた。腹をすかせ、そしてお父様の肉に手をつける。
その後、メルランと話しあった。一度屋敷に戻るかどうか。だが初めから結論は出ていた。戻るわけにはいかない。
そう、私達が稼ぐ方法ならいくらでもある。人喰いになれば、喰うものには困らない。住むところも、もうどこだっていい。
レイラを一人残すのだけが、最後の心残りだった。お母様が死んでることに気付いたレイラはどうなるのか……いや、貯金はある、か。あまり多用してほしくないがマジックアイテムもある、何とかなるだろう。
ああ、無責任。こんな無責任な姉を許してくれ、レイラ、リリカ……メルラン。
二人、どうということのない話をひたすらしながら東へ向かう。
メルランは、お父様の眼鏡と、お父様が持っていたお母様の髪飾りを私に差し出した。羽根飾りは手に持っておきたいから、代わりにこれを、ということらしい。
だが、私は両方受け取るのだけは断った。代わりに、この日記を差し出す約束をする。これは、メルランに持っていてほしい、そう言うと、メルランは私に血濡れのリボンを差し出した。
お互い、持っているマジックアイテムを交換しよう。メルランはそう言ったのだ。だが、それは別れのときにしよう、私はそう言い返した。そして、それは今である。
何日もたって、私達はライン川に辿りついた。私はこのままルーマニアに向かう。メルランは、下流へと北上するらしい。つまり、この川で私達はお別れ、ということだ。一度口づけをかわし、川べりに座り込む。
私は、日記を渡す代わりにリボンを巻いてくれ、と頼んだ。その効果は知らないが、最後だから私の体の一部にメルランの印を刻んでほしかった。
今、日記を書きながら結ってもらっている。どんな結び方が似合うか、などと言って私の頭をいじる。ああ、くすぐったい。
どうせなら、名前を変えようか。それもメルランに決めてもらいたい。もう少しわがままを聞いてもらいたい……そんな、気分だ。
おや、どうやら結い終わったようだ。彼女は、私に新しい名前
リボンは、記憶を奪うものらしい。副作用として、幼児退行が見られる。解こうとしても、何故かもう触れられない。封印かも?
この日記はここでおしまい。ルナサ・プリズムリバーは死んだの。いま、私の前にいる少女は、そうね……Lunasa……彼女の向かうRoumanieと掛けて、Loumieとでも名付けましょう、か。
英語で書くなら……そうね、発音も変わるけど、つづりを変えておきましょう。Rumia。これで、いいわ。ルーミア。プリズムリバーなんて、ない。ただのルーミア。
苗字は……自分で、決めてもらいましょう。
by Merlin
――
最後に口調と声色を変えて、日記はそう告げ、その日記は床に落ちた。
その端が欠けた、そう思ったも束の間で、すぐに芥になって消えていった。そこには塵の山が残ったがそれを気に止める者はいない。
「ルーミア」
ルナサは自分であって自分ではない、自分の名前を呟いた。
何かが封印されている、という話はミスティアから聞いたことがある。封印されてるのは恐ろしい妖怪じゃないか、とか言う推測も聞いた。
実際には、なんてことのない妖怪――妖怪かどうかすらも怪しい。だが、人喰いの少女であることはたしかだ。そして、それは事故。
もしも「メルラン」が幻想郷にいれば、記憶は持っているに違いない。いや、それはもしもじゃない、とルナサは自分に唱えた。すべてを背負った、羽根の生えた少女が、この幻想郷にいる。
「レイラは……」
リリカは、一人残されたレイラの名前を呟いた。
結局、事情は知らなかった――本当にそうだろうか? 彼女には、代償を伴う代わりに願いをかなえられる本がある。
真実を知りたいという願いを唱えてしかるべき。つまり、今回のことをすべて知っていても全くおかしくはない。
だから、レイラは自分たちに気を使って……そして、同じことを繰り返さないようにするために何も話さなかった、と連想できる。
「……そう」
そして、この中ではメルランだけが気付いていた。
自分であって、自分ではない。メルランであって、メルランではなくなったその人物を。
いずれ皆気付く。気付いてしまっては、いままでどおりには接せない。たとえ、一番明るくて、細かいことを気にしないメルランであってもだ。
そのうち会い、話をするその前に、香霖堂に向かおう、とメルランは決めた。
闇の舌が窓の外を舐める。しとしとと垂れるよだれは、先ほどよりかは弱くなっていた。黄色の咆哮が、天を貫く。
まるで、三人を纏めて引き込もうとしているかのように。そして、平らげてしまおうとしているようにも思える、
夜は長い。だが、一日を過ぎれば、また朝がやってくる。しかし、今の三人には、暫く太陽が訪れないだろう。風が傷が撫ぜ、心を手折っていく。
――
雨はやまない。勢いが弱くなっても、服に水がしみこむ。涙が雨に打ち消されていった。
彼女はあの時から一人ぼっちのまま、過ごしてきた。
ライン川を下った先に合った岩。そこに座り、連日歌を歌って、ひっかかったかかった人間を食べる。それだけの一日だ。
時に家族のことを思い、それを打ち消す。一時期ローレライ伝説の再来と噂になり、それが消えて、忘れ去られて。今は幻想郷に住む。
向こうから近付いてきたなら仕方がない。それを4度繰り返して、心を切り刻まれる思いをしながら今日をまた生きる。
雨が降る中、彼女は翼を広げた。すぐにしみ込む雨が体温を奪っていき、体がどんどん冷えていく。
だが、彼女は負けない。一人の社会は確かに変わっている。もう、彼女の社会は一人じゃない。モノクロの世界に色がついた。。
その色は、残酷な色。けして、彼女は手を伸ばせない世界。その世界を自分のもとにたたき落とす最終手段を、一人の人物を通して行う。
人の心に傷をつけることで、自分の居場所を決める。それは、誰だって当たり前にやることだ。彼女は十分に傷ついている。もう、傷つく必要はない。
だが、廻り廻る世界は結局繰り返し。彼女の心は、いつまでも傷つけられ続ける。それは、いくら世界が変わろうと、変わりようのない真実だった――
先に注意書きみたいなの書いてくれれば良かったのに…
個人的には色々考えさせられたし楽しめましたよ
一人残されたレイラはどういう風に狂っていたんだろうなぁ。
ただ、アイディアが良かった分、もう少し料理の方法があったのでは、と。
文章技術面には、日記部分と地の文との境界が少々曖昧で分かりにくい。
物語面では、こういうストーリー展開であればレイラの描写も欲しかった。
作中の悲劇から現在の騒霊三姉妹が誕生するまでの経緯が描かれていないせいで、
過去と現在の三姉妹のキャラクターが隔絶して結びつきにくいように思えます。
ともあれこのアイディアだけでも十分楽しめました。
次回作にも、期待。
いろいろと粗が目立っていた気がしたのですが、最後まで「どうなるんだろう」という思いで読ませていただきました。
かゆうまネタっぽいなーと思ったら本当にきたのには笑った
ただ、私が求めるリアリティが少しなかったかも。かゆうまネタはok。として例えば、リリカと連呼する日記の文章。人の名前を何度も書かなくても、狂気じみた愛欲がルナサにあるってことを表現できるともっと抵抗なく読めた。後、母さんが実はずいぶん前に死んでいた場合、仲が良い家族ならもっと早く気づいただろうし、腐臭は?リリカがルナサの急所を狙わないことにそんなに安易に「否、必死に意識のなかで抵抗してるのだ」と早合点するのか、親父は自分の子供が殺しあってるのにメガネと一緒にその間、なにやってたのとか。なんでその後、急に「殺す」とか言い出しはじめちゃうのかよくわからないし、最愛の妹を死体と一緒に放置して手紙の一つも送らないのか。とかなどなど突っ込みどころが絶えない。こういう所に引っかかって「ついていけない」とか「表現が粗い。もっとこんな所も細かく描写してほしい」と言う人がいるかもしれない。
しかし、私にとってそんな事は些細な事でした。この発想はなかったし、その思いつきを辻褄合わせに苦労しながらも文章に起こしてくれた事が嬉しい。乙です。