※前作と世界観が微妙につながってたり
カーテンの隙間から差し込む光が朝を知らせる。しかしその自然の知らせよりも
先にアリスは目を覚ましていた。しかし、ベッドから起きる気配はない。
なぜ? それは――
「ふふ、無垢な寝顔。可愛いわー」
傍らで小さく寝息を立てているお姫様ことメディスン。こんな素敵な寝顔を見れば
自分でなくともみいるだろう。
……惚気? 何ですかそれは。
「何だか起こすのに抵抗感が出てくるわね……」
しかし今日は二人でこなさねばならない用事がある。非常に残念で心苦しいが、
この穢れなき天使のような寝顔のメディスンを起こそうと思った瞬間。
「……ん……」
うっすらと眠り姫は瞼を開ける。まるでアリスの心情を察し、気遣ったように。
これぞ魔法のような出来事だ。
「あ」
ぴたりと目が合う。顔が近い。眠っているお姫様を王子様がキスして起こす話があるが、
今そんなシーンがリンクする。普通ならば恥ずかしさや照れくささやらで視線を逸らすものだが、
「あ、アリス、おはよー」
「お目覚めはいかが? お姫様」
恥ずかしいセリフを正面から堂々と言ってのけた。
「え――!?」
残っていた眠気なんて瞬時にどこかへ行き、みるみるメディスンの顔は
真っ赤に染まっていく。純真無垢な彼女にこの一発は強烈だ。
アリスはそれに構わず、呆然としたままのメディスンの顔に両手をそっと添えると
ゆっくりと自分の顔を近づけて――
「メディ、可愛い。んっ……」
「んむぅっ!? アリ……ス……」
そのまま唇を奪う。王子様からのおはようのキス。
もちろん、起きるの遅れたのは言うまでもない。
「今日は寺子屋の子供たちに人形劇をするんだけど、何がいいと思う?」
予定よりもやや遅めの朝食。二人は今日の予定について話し合う。
テーブルに置かれた食事はチョココロネとコーヒーのみの質素なものだが、
二人にとって食事という行為は普通の人間ほど重要な要素ではない。
強いて言うならムードだろうか?
「んー……はむっ……あれでいいんじゃないかなぁ?」
チョココロネ最後の一片を飲み込み、メディスンが答える。……よく見れば
下唇にチョコが付いたままだ。もちろんアリスは見逃さない。
「そうね、あれでいきましょうか。あとメディ、可愛いお顔が台無しよ?」
すっと右手をメディスンの唇に伸ばし、人差し指でチョコを取るとそのままペロっと舐める。
「……ふふ、なんかメディの味って感じ?」
からかうように言うとメディスンは黙って下を向く。照れているのだ。
そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。さすがにこのテンションで寺子屋には行けないな、と
内心苦笑いを浮かべつつも。
本日は快晴なり。予定変更して外で行うことになった人形劇。
それぞれ専用の楽器を持った人形達によるオーケストラで幕を開き、楽しげに
演奏する人形達に心奪われる子供たち。どこぞの三姉妹顔負けの名演奏だ。
そしていよいよ人形劇へ。白猫とメイドの少女が主役の冒険活劇のワンシーン。
二人は声を担当し、アリス演じる白猫がメディスン演じる少女を励ますシーンだ。
『……嫌いだとか、苦しいだとか、悲しいだとか。
辛い痛い苦しい……そんなのがみんな無くなって……楽しいとか、嬉しいとか
ばっかりになれたらどんなに幸せなんだろうな……』
『できるぜ……』
『……どうやって?』
『みんなワクワクに変えちまえばいいんだ!!
そうすれば悲しい思いをしたり辛い思いをしたりしなくなるだろ!』
『……私にもできるかなぁ?』
『そいつは俺にもわからん。なんたってやるのは自分自身なんだしな!』
『ワクワクかぁ……』
――全ての演目が終わり、二人は今回の依頼者である慧音に呼ばれていた。
「今日は本当にありがとう。みんな、とても楽しんでいたよ」
深く頭を下げる。彼女らしいといえばらしい。
「お礼だなんて。むしろこっちが言いたいくらいよ。ね、メディ?」
「うん!」
「ん? どういうことだ?」
きょとんとする慧音にアリスは先ほどの『みんなワクワク~』のシーンを
交えて、
「人形解放運動、と言うべきかしら。私とメディが挑む新しい形の」
全ての人形が自分のように独立すること。
それが人形にとって最大の幸せであるはずだ――アリスと会う前の
メディスンの頭には常にその思考があった。
「人形解放を訴えても誰も助けてくれないことに絶望するでしょう」
閻魔の言葉は日が経つにつれて鉛の弾丸となり胸に埋め込まれ、沈んでいく。
『現実』という弾丸。理想と現実の落差を受け止めるには彼女はまだ幼かった。
「……そうか。厳しい道のりだとは思うが頑張れよ。私も影ながら応援している」
「ありがとう。また、いつでも呼んでね」
里を出ようとする二人を数人の子供たちが追いかけてきた。
「アリスお姉さん、メディスンちゃん。これ、プレゼント!」
三つ編みも少女がみんなを代表するかのように前に歩み寄り、おずおずと
差し出したものはアリスとメディスン二人を模したであろう人形。あちこちに粗末な
跡が残るが、指に包帯を巻いている子の姿も見え、頷ける。
「みんなでちょっとずつ作ってみたの。お姉さんのお人形みたいに
上手にできてはいないけど……」
アリスは人形を受け取ると、慈愛あふれた表情で少女の頭を撫でた。
「ありがとう、大事にするわ。この人形、とっても温かい心をしてる」
「そう。この子、とっても幸せそう。みんな、これからもお人形を大切にね!」
二人は改めて子供たちに感謝を述べると、ひとりひとりとまた来るという約束に
ゆびきりげんまんをした。
――また一歩、彼女達の運動は前進。
「あっ、メディだーっ! アリスさんも!」
永遠亭に向かう途中、サニーに声をかけられた。
「あっ、サニー!」
メディスンも喜々としてサニーのもとに駆け寄り、手を取り合うと
フリスビーを取りに行った子犬のようにぴょんぴょん跳ねてはしゃぎ合う。
微笑ましい光景にアリスからも笑みがこぼれた。
「メディ、永遠亭には私が行くから遊んでったら?」
「いいの?」
キラキラと輝く瞳からは今にも星が飛び出してきそうだ。
「夕食前には帰ってくること。いいわね?」
「はーい! サニー、行こっ!」
「うんっ!」
飛び去って行く二人を見送り、アリスは思う。
(初めて会ったのは宴会の時だったかしら? ふふ、あの頃は私の背中に
しがみついて会話も怖々だったのに……成長したわね、メディ)
ふと、頭の中で懐かしい顔が蘇ってきた。
今なら、あの人の気持ちも少しわかるかもしれない……。
「……そう。あの子もずいぶん成長したのね」
今回永遠亭を訪れた目的は薬の調合に使うための薬草や材料を届けること
だったので、メディスンがいなくても済む用事である。しかし一時的にとはいえ
彼女の保護者的立場であった永琳の顔は少々淋しげであった。
「あの子自身が頑張っている結果よ」
「恋人が言うと説得力が違うわねぇ」
くすっと笑われ、アリスはばつが悪そうに頭を掻いた。これ以上からかわれる前に
退散するのが賢明か。
「そうね。それじゃあ恋人を迎えに行かなくちゃ」
「まあ、残念」
言いつつも玄関まで丁寧に見送りに来てくれる。
別れる間際、二人はこんな会話を交わした。
――あの子は良くも悪くもこれからなのよ。
――知ってるつもりよ。
――かつてあの子は毒を操れるだけで、毒の意味は知らなかった。
だけど、今では大抵の意味を知ってるはず。
――私に対しての皮肉のつもり?
――いいえ。むしろ期待の表れ? あの子はこの先誰よりも成長する。
この幻想郷の誰よりも、ね。私が期待しているのは、あなたがあの子の次に
可能性を持っているから。
――買いかぶりすぎじゃなくて?
――全てはこれから、よ。引き止めてごめんなさい。
――いえ。一応ありがとうと言っておく。あと、今度はメディも連れてくるから。
――ふふっ、楽しみにしてるわ。
人形遣いの噂を聞いて。そう言ってあの子が家を訪ねてきた日のことが
最近の出来事のような、遠い昔のことのような。
体は相当痛んでおり、これほどのは正直初めてかもしれないと思った。
「仕方ないじゃん。私、捨てられてたんだから――」
投げやりに呟く。恨みや憎しみというよりは、なにもかもがどうでもよくなったように。
誰もいない部屋で病気になって一人怯える子供のような心。
誰かが守ってあげなくては。
それで彼女の面倒をしばらく見ることにした。
家に帰る前にふと立ち寄った無名の丘。相変わらず鈴蘭の花達が
見事に咲きほこっている。そこで見知った顔を二つ発見した。
「雛と……パルスィ?」
二人もアリスに気づいたようで、すたすたと歩みよって来る。
「あら、アリス。今日はメディと一緒じゃないのね」
「さっきサニーに会ってね。そのまま遊びに行っちゃった」
「……そう」
むぅ、と唸るパルスィにまあまあとなだめる雛。なかなかいいコンビかもしれない。
「二人ともメディに会おうとここへ?」
「ええ。……お礼を言いに」
「おかげで淋しい地下世界に綺麗な鈴蘭のお花畑ができたのよ」
ぶっきらぼうに答えるパルスィの肩を叩きつつ喋る雛。なんだか絵になる。
パルスィと友達になった時にメディスンが彼女にあげた一輪の鈴蘭。一本だけも
なんだか淋しいかなとその後に数本もらい、試しに植えてみると見事に根付くではないか。
「きっとあの子たちにはメディの思いが込められているのね」
そう言って嬉しそうに笑うパルスィ。彼女にとってメディスンがかけがえのない
友達であることがわかる。
「……メディのこと、泣かせないでよ?」
「……わかった。私があの子を守る」
言葉を交わし、二人は笑い合った。生死を共にしてきた戦友のように。
「それじゃ、帰るわ。いつでも遊びに来てね? ……行こ、雛」
「はーい。じゃあね、アリス。メディによろしく」
肩を並べて飛び去ってゆく二人の姿が見えなくなると、アリスはどさっと
鈴蘭のクッションに身をゆだね空を眺め出す。
「地味に仲良いよね、あの二人……」
「あの子は本当底なしってくらいに厄を出すんだから。祓ってあげないと、ね?」
といつか雛が話していたっけ。
……ぼんやりと空を眺め、ふとある人の言葉を思い出した。
――私たちは神綺様に創られた存在。
いわば、私たちはあの方の人形なのよ。
いつの日だっただろう、夢子姉さんが言ってたな。
――主に仕え、主のために戦う。命があるのは主のおかげだから、
いつでもこの命を捧げる。かつて私たちはみんなそう考えていた。主の
本心に気づきもしないで。
自虐めいて笑ったあと、夢子姉さんは私を見た。
とても、優しい目。
――あの方の気まぐれは今に始まったことじゃない。ただ、アリス……
あなたを連れてきて、育てたのは気まぐれなんかではないのよ。あの方が求めてたのは
主に仕える便利な「人形」ではなく、一緒に楽しさや喜びを共有できる「家族」だった。
夢子姉さん……いや、夢子お姉ちゃんはそう言うとぎゅうっと私を抱きしめてきた。
こうされるの、何年ぶりかな? でも嬉しいよ、お姉ちゃん。
――私たち純粋な魔界人は成長しない。日に日に大きくなっていき、成長していく
あなたの姿はとても新鮮で、眩しかった。私たちをお姉ちゃんって慕ってきて、
すごく嬉しかったわ。「人形」だった私たちを「家族」に変えてくれて、
ありがとう、アリス。
お姉ちゃんは最後に私の頬にキスをしてくれた。
――いってらっしゃい、アリス。
あなたならきっと素晴らしい人形遣いになれるわ!
……そうか。私はこのあと、旅立ったんだ。故郷に別れを告げて。
「……今日も楽しかったー!」
楽しい一日の終わりは駆け足でやってきて。就寝時間となっていた。
抱きついてくるメディスンを自身の腕と毛布で包み込む。ベッドの横の机には
子供たちにもらった人形が寄り添うように肩を並べている。
あの子たちが人形を家族のように思ってくれて、大人になっても忘れないで、
自分達の子供にもそれを伝えて。そうしてみんなが人形のことを大事にしてくれるようになれば、
メディスンのように捨てられて妖怪となる人形はなくなり、主人と家族同然に
幸せに暮らしていける日が来るかもしれない。今はまだ、その未来を咲かせるために
種をまいているのだ。
『みんなワクワクに変えちまえばいいんだ!!
そうすれば悲しい思いをしたり辛い思いをしたりしなくなるだろ!』
――私は人形を、この子たちを家族だと思ってるの。
悲しいだとか辛いとか、一人で背負うと苦しいものをみんなで分けるの。
そして楽しい、嬉しい、ワクワクはみんなで思いっきり共有しちゃうのよ!
『……私にもできるかなぁ?』
――私にもできるの? 私、人形から妖怪になっちゃったんだよ?
『そいつは俺にもわからん。なんたってやるのは自分自身なんだしな!』
――やるのはあなた。自分を妖怪として見るか、人形として見るか。
決めるのはあなたよ。……ひとつだけお節介を言うなら、私個人はあなたのことを
お人形だと思ってるわ。家族にしたいくらいにね。
『ワクワクかぁ……』
――家族、かぁ……。
「ねっ、アリス」
「何?」
「あれ……して」
仕方無いわね、と笑うアリスだが満更ではない様子。
目を閉じて待つメディスンの唇にそっと自分のを重ねる。
「んっ……」
……彼女なりに朝の仕返しだったのかもしれない。心の中で苦笑いする。
明日もきっと、ワクワクした一日が始まりそうだ。
カーテンの隙間から差し込む光が朝を知らせる。しかしその自然の知らせよりも
先にアリスは目を覚ましていた。しかし、ベッドから起きる気配はない。
なぜ? それは――
「ふふ、無垢な寝顔。可愛いわー」
傍らで小さく寝息を立てているお姫様ことメディスン。こんな素敵な寝顔を見れば
自分でなくともみいるだろう。
……惚気? 何ですかそれは。
「何だか起こすのに抵抗感が出てくるわね……」
しかし今日は二人でこなさねばならない用事がある。非常に残念で心苦しいが、
この穢れなき天使のような寝顔のメディスンを起こそうと思った瞬間。
「……ん……」
うっすらと眠り姫は瞼を開ける。まるでアリスの心情を察し、気遣ったように。
これぞ魔法のような出来事だ。
「あ」
ぴたりと目が合う。顔が近い。眠っているお姫様を王子様がキスして起こす話があるが、
今そんなシーンがリンクする。普通ならば恥ずかしさや照れくささやらで視線を逸らすものだが、
「あ、アリス、おはよー」
「お目覚めはいかが? お姫様」
恥ずかしいセリフを正面から堂々と言ってのけた。
「え――!?」
残っていた眠気なんて瞬時にどこかへ行き、みるみるメディスンの顔は
真っ赤に染まっていく。純真無垢な彼女にこの一発は強烈だ。
アリスはそれに構わず、呆然としたままのメディスンの顔に両手をそっと添えると
ゆっくりと自分の顔を近づけて――
「メディ、可愛い。んっ……」
「んむぅっ!? アリ……ス……」
そのまま唇を奪う。王子様からのおはようのキス。
もちろん、起きるの遅れたのは言うまでもない。
「今日は寺子屋の子供たちに人形劇をするんだけど、何がいいと思う?」
予定よりもやや遅めの朝食。二人は今日の予定について話し合う。
テーブルに置かれた食事はチョココロネとコーヒーのみの質素なものだが、
二人にとって食事という行為は普通の人間ほど重要な要素ではない。
強いて言うならムードだろうか?
「んー……はむっ……あれでいいんじゃないかなぁ?」
チョココロネ最後の一片を飲み込み、メディスンが答える。……よく見れば
下唇にチョコが付いたままだ。もちろんアリスは見逃さない。
「そうね、あれでいきましょうか。あとメディ、可愛いお顔が台無しよ?」
すっと右手をメディスンの唇に伸ばし、人差し指でチョコを取るとそのままペロっと舐める。
「……ふふ、なんかメディの味って感じ?」
からかうように言うとメディスンは黙って下を向く。照れているのだ。
そんな彼女の頭を優しく撫でてやる。さすがにこのテンションで寺子屋には行けないな、と
内心苦笑いを浮かべつつも。
本日は快晴なり。予定変更して外で行うことになった人形劇。
それぞれ専用の楽器を持った人形達によるオーケストラで幕を開き、楽しげに
演奏する人形達に心奪われる子供たち。どこぞの三姉妹顔負けの名演奏だ。
そしていよいよ人形劇へ。白猫とメイドの少女が主役の冒険活劇のワンシーン。
二人は声を担当し、アリス演じる白猫がメディスン演じる少女を励ますシーンだ。
『……嫌いだとか、苦しいだとか、悲しいだとか。
辛い痛い苦しい……そんなのがみんな無くなって……楽しいとか、嬉しいとか
ばっかりになれたらどんなに幸せなんだろうな……』
『できるぜ……』
『……どうやって?』
『みんなワクワクに変えちまえばいいんだ!!
そうすれば悲しい思いをしたり辛い思いをしたりしなくなるだろ!』
『……私にもできるかなぁ?』
『そいつは俺にもわからん。なんたってやるのは自分自身なんだしな!』
『ワクワクかぁ……』
――全ての演目が終わり、二人は今回の依頼者である慧音に呼ばれていた。
「今日は本当にありがとう。みんな、とても楽しんでいたよ」
深く頭を下げる。彼女らしいといえばらしい。
「お礼だなんて。むしろこっちが言いたいくらいよ。ね、メディ?」
「うん!」
「ん? どういうことだ?」
きょとんとする慧音にアリスは先ほどの『みんなワクワク~』のシーンを
交えて、
「人形解放運動、と言うべきかしら。私とメディが挑む新しい形の」
全ての人形が自分のように独立すること。
それが人形にとって最大の幸せであるはずだ――アリスと会う前の
メディスンの頭には常にその思考があった。
「人形解放を訴えても誰も助けてくれないことに絶望するでしょう」
閻魔の言葉は日が経つにつれて鉛の弾丸となり胸に埋め込まれ、沈んでいく。
『現実』という弾丸。理想と現実の落差を受け止めるには彼女はまだ幼かった。
「……そうか。厳しい道のりだとは思うが頑張れよ。私も影ながら応援している」
「ありがとう。また、いつでも呼んでね」
里を出ようとする二人を数人の子供たちが追いかけてきた。
「アリスお姉さん、メディスンちゃん。これ、プレゼント!」
三つ編みも少女がみんなを代表するかのように前に歩み寄り、おずおずと
差し出したものはアリスとメディスン二人を模したであろう人形。あちこちに粗末な
跡が残るが、指に包帯を巻いている子の姿も見え、頷ける。
「みんなでちょっとずつ作ってみたの。お姉さんのお人形みたいに
上手にできてはいないけど……」
アリスは人形を受け取ると、慈愛あふれた表情で少女の頭を撫でた。
「ありがとう、大事にするわ。この人形、とっても温かい心をしてる」
「そう。この子、とっても幸せそう。みんな、これからもお人形を大切にね!」
二人は改めて子供たちに感謝を述べると、ひとりひとりとまた来るという約束に
ゆびきりげんまんをした。
――また一歩、彼女達の運動は前進。
「あっ、メディだーっ! アリスさんも!」
永遠亭に向かう途中、サニーに声をかけられた。
「あっ、サニー!」
メディスンも喜々としてサニーのもとに駆け寄り、手を取り合うと
フリスビーを取りに行った子犬のようにぴょんぴょん跳ねてはしゃぎ合う。
微笑ましい光景にアリスからも笑みがこぼれた。
「メディ、永遠亭には私が行くから遊んでったら?」
「いいの?」
キラキラと輝く瞳からは今にも星が飛び出してきそうだ。
「夕食前には帰ってくること。いいわね?」
「はーい! サニー、行こっ!」
「うんっ!」
飛び去って行く二人を見送り、アリスは思う。
(初めて会ったのは宴会の時だったかしら? ふふ、あの頃は私の背中に
しがみついて会話も怖々だったのに……成長したわね、メディ)
ふと、頭の中で懐かしい顔が蘇ってきた。
今なら、あの人の気持ちも少しわかるかもしれない……。
「……そう。あの子もずいぶん成長したのね」
今回永遠亭を訪れた目的は薬の調合に使うための薬草や材料を届けること
だったので、メディスンがいなくても済む用事である。しかし一時的にとはいえ
彼女の保護者的立場であった永琳の顔は少々淋しげであった。
「あの子自身が頑張っている結果よ」
「恋人が言うと説得力が違うわねぇ」
くすっと笑われ、アリスはばつが悪そうに頭を掻いた。これ以上からかわれる前に
退散するのが賢明か。
「そうね。それじゃあ恋人を迎えに行かなくちゃ」
「まあ、残念」
言いつつも玄関まで丁寧に見送りに来てくれる。
別れる間際、二人はこんな会話を交わした。
――あの子は良くも悪くもこれからなのよ。
――知ってるつもりよ。
――かつてあの子は毒を操れるだけで、毒の意味は知らなかった。
だけど、今では大抵の意味を知ってるはず。
――私に対しての皮肉のつもり?
――いいえ。むしろ期待の表れ? あの子はこの先誰よりも成長する。
この幻想郷の誰よりも、ね。私が期待しているのは、あなたがあの子の次に
可能性を持っているから。
――買いかぶりすぎじゃなくて?
――全てはこれから、よ。引き止めてごめんなさい。
――いえ。一応ありがとうと言っておく。あと、今度はメディも連れてくるから。
――ふふっ、楽しみにしてるわ。
人形遣いの噂を聞いて。そう言ってあの子が家を訪ねてきた日のことが
最近の出来事のような、遠い昔のことのような。
体は相当痛んでおり、これほどのは正直初めてかもしれないと思った。
「仕方ないじゃん。私、捨てられてたんだから――」
投げやりに呟く。恨みや憎しみというよりは、なにもかもがどうでもよくなったように。
誰もいない部屋で病気になって一人怯える子供のような心。
誰かが守ってあげなくては。
それで彼女の面倒をしばらく見ることにした。
家に帰る前にふと立ち寄った無名の丘。相変わらず鈴蘭の花達が
見事に咲きほこっている。そこで見知った顔を二つ発見した。
「雛と……パルスィ?」
二人もアリスに気づいたようで、すたすたと歩みよって来る。
「あら、アリス。今日はメディと一緒じゃないのね」
「さっきサニーに会ってね。そのまま遊びに行っちゃった」
「……そう」
むぅ、と唸るパルスィにまあまあとなだめる雛。なかなかいいコンビかもしれない。
「二人ともメディに会おうとここへ?」
「ええ。……お礼を言いに」
「おかげで淋しい地下世界に綺麗な鈴蘭のお花畑ができたのよ」
ぶっきらぼうに答えるパルスィの肩を叩きつつ喋る雛。なんだか絵になる。
パルスィと友達になった時にメディスンが彼女にあげた一輪の鈴蘭。一本だけも
なんだか淋しいかなとその後に数本もらい、試しに植えてみると見事に根付くではないか。
「きっとあの子たちにはメディの思いが込められているのね」
そう言って嬉しそうに笑うパルスィ。彼女にとってメディスンがかけがえのない
友達であることがわかる。
「……メディのこと、泣かせないでよ?」
「……わかった。私があの子を守る」
言葉を交わし、二人は笑い合った。生死を共にしてきた戦友のように。
「それじゃ、帰るわ。いつでも遊びに来てね? ……行こ、雛」
「はーい。じゃあね、アリス。メディによろしく」
肩を並べて飛び去ってゆく二人の姿が見えなくなると、アリスはどさっと
鈴蘭のクッションに身をゆだね空を眺め出す。
「地味に仲良いよね、あの二人……」
「あの子は本当底なしってくらいに厄を出すんだから。祓ってあげないと、ね?」
といつか雛が話していたっけ。
……ぼんやりと空を眺め、ふとある人の言葉を思い出した。
――私たちは神綺様に創られた存在。
いわば、私たちはあの方の人形なのよ。
いつの日だっただろう、夢子姉さんが言ってたな。
――主に仕え、主のために戦う。命があるのは主のおかげだから、
いつでもこの命を捧げる。かつて私たちはみんなそう考えていた。主の
本心に気づきもしないで。
自虐めいて笑ったあと、夢子姉さんは私を見た。
とても、優しい目。
――あの方の気まぐれは今に始まったことじゃない。ただ、アリス……
あなたを連れてきて、育てたのは気まぐれなんかではないのよ。あの方が求めてたのは
主に仕える便利な「人形」ではなく、一緒に楽しさや喜びを共有できる「家族」だった。
夢子姉さん……いや、夢子お姉ちゃんはそう言うとぎゅうっと私を抱きしめてきた。
こうされるの、何年ぶりかな? でも嬉しいよ、お姉ちゃん。
――私たち純粋な魔界人は成長しない。日に日に大きくなっていき、成長していく
あなたの姿はとても新鮮で、眩しかった。私たちをお姉ちゃんって慕ってきて、
すごく嬉しかったわ。「人形」だった私たちを「家族」に変えてくれて、
ありがとう、アリス。
お姉ちゃんは最後に私の頬にキスをしてくれた。
――いってらっしゃい、アリス。
あなたならきっと素晴らしい人形遣いになれるわ!
……そうか。私はこのあと、旅立ったんだ。故郷に別れを告げて。
「……今日も楽しかったー!」
楽しい一日の終わりは駆け足でやってきて。就寝時間となっていた。
抱きついてくるメディスンを自身の腕と毛布で包み込む。ベッドの横の机には
子供たちにもらった人形が寄り添うように肩を並べている。
あの子たちが人形を家族のように思ってくれて、大人になっても忘れないで、
自分達の子供にもそれを伝えて。そうしてみんなが人形のことを大事にしてくれるようになれば、
メディスンのように捨てられて妖怪となる人形はなくなり、主人と家族同然に
幸せに暮らしていける日が来るかもしれない。今はまだ、その未来を咲かせるために
種をまいているのだ。
『みんなワクワクに変えちまえばいいんだ!!
そうすれば悲しい思いをしたり辛い思いをしたりしなくなるだろ!』
――私は人形を、この子たちを家族だと思ってるの。
悲しいだとか辛いとか、一人で背負うと苦しいものをみんなで分けるの。
そして楽しい、嬉しい、ワクワクはみんなで思いっきり共有しちゃうのよ!
『……私にもできるかなぁ?』
――私にもできるの? 私、人形から妖怪になっちゃったんだよ?
『そいつは俺にもわからん。なんたってやるのは自分自身なんだしな!』
――やるのはあなた。自分を妖怪として見るか、人形として見るか。
決めるのはあなたよ。……ひとつだけお節介を言うなら、私個人はあなたのことを
お人形だと思ってるわ。家族にしたいくらいにね。
『ワクワクかぁ……』
――家族、かぁ……。
「ねっ、アリス」
「何?」
「あれ……して」
仕方無いわね、と笑うアリスだが満更ではない様子。
目を閉じて待つメディスンの唇にそっと自分のを重ねる。
「んっ……」
……彼女なりに朝の仕返しだったのかもしれない。心の中で苦笑いする。
明日もきっと、ワクワクした一日が始まりそうだ。