おどろおどろしい、悲鳴のような音が聞こえた。
ここは中有の道外れ、昼だと言うのに、周囲は青白く、暗い。
屋台で賑わう道から外れ、此岸に近い草原には、太い枝垂れ柳が一本。
亡者の悲鳴のようにも聞こえる風が、葉を揺らして流れて行くその下に、女が一人いた。
深い赤色の長髪を二括りで束ね、ゆったりとした丈の長いスカートに身を包んだ、大柄なでか女。
しかし、彼女の様子はどこかおかしい、柳の下に立ったまま、微動だにしない。
いや、違う、動けないのだ。
彼女の両腕は、手首を縛りあげる荒縄によって、己より高い位置にある柳の枝に、上に伸ばすように括りつけられていた。
これでは動けようはずもない、誰がこんな酷いことを。
しかし、このような事態に置かれているその女は、何かを諦めたような表情で縄の為すがままにされ、抵抗しようとしていない。
そして、その女の背後から、もう一人の姿が現れた。
それは緑色の、肩ほどまでの髪をした、小柄な女であった。
きっちりと、乱れ一つない正装に身を包んだ彼女は、その佇まいが与える印象通りの、堅物そうな顔で、縛り上げられた女へと近づいて行く。
近づいてくる緑髪を見ながら、大女の表情は、さらに諦めの色を濃くした。
大女の目の前、すぐ側まで緑髪の女は近づいて、一旦立ち止まる。
見合う、緑髪の帽子を含む背丈でも、まだ頭二つは差がある二人。
一方は常と変らぬ白刃の表情を、もう一方は何もかもを諦めきった表情を。
そして、二人は何も言葉を交わさず。
緑髪はおもむろに手を振り上げると、目の前の大女の、衣服から零れ落ちそうな程の質量を持った乳房めがけて、無情の様で振り下ろした。
「きゃん!」
乳房をいきなり引っ叩かれた大女から、体躯に似合わぬ可愛い鳴き声があがる。
しかし、緑髪は表情一つ変えずに、さらに二、三回、ぱしんぱしんと振り下ろした。
「きゃん! きゃん!」
叩き終えると、荒い息をつき始めた大女と、緑髪の女は、今一度見つめ合った。
「小町」
緑髪の女が、感情の色を乗せぬ声で、その名を呼ぶ。
「はい……」
赤髪の大女、死神、小野塚 小町は、荒い息使いに混じらせながら、ようやく返事をする。
「どうして、こんなことをされているのか、わかっていますね?」
感情を持たぬ声は淡々と。
「わかっています、四季様……」
抵抗の色のない、素直な部下の返事に、閻魔、四季 映姫はゆっくりと頷いた。
「それならいいわ、後ろを向きなさい」
もう一度ぱしんと乳房を叩き、行動を促す。
小町は、悲鳴を噛み殺しながら、ゆっくりとそれに従った。
「さて、小町」
己に背中と尻を向けた部下を前に、映姫は胸元をごそごそと探り。
「あなたのサボり癖、怠惰な勤務態度、全て目に余って尚酷い」
取り出したるは、愛用の閻魔道具が一つ、悔悟の棒。
「上司として、見過ごすわけにはいかぬほど」
木で出来た、杓文字程の大きさのそれを握りしめ。
「よって、私自ら、この悔悟の棒によって、あなたに罰を与えます」
背を向けたままの小町が、ぐぅと、息を飲み込む。
映姫はゆっくりと悔悟の棒を振り上げて。
目の前の、その胸に劣らず巨大な尻へ振り下ろした。
ぱしぃん、と、無音の周囲に、甲高い音が響き渡る。
「あうぅ」
小町の口から、耐えきれずに悲鳴が漏れ出た。
しかし、映姫は全く意に介さず、間髪入れずに二発目。
「あぁっ!」
リズムに乗る様に、さらに、三発、四発と叩きこみ。
「あぁん!はぁう!」
尻だけではなく、次は腕を伸ばしてその肩と背中も打ち据える。
「きゃん!きゃぅ!」
さらに、二三回、リズミカルに打って、一旦手を止め。
「ふふ……」
先ほどまで打楽器の如くいたぶっていたその尻へ、優しく素手を触れさせる。
「あぁ……」
痛みから解放された、小町の安堵の息を満足そうに聞きながら、触れさせた手を撫でまわすかのように動かす。
「どうですか? 小町……」
初めて、囁くように、慈しむような感情をこめて語りかけて。
「んん!」
また尻を、ぺしんと引っ叩く。
「何か、言うことがあるんじゃ、ないですか?」
更に続けて叩きながら、声色は変えずに問いかけて。
「ああ……! th……Thank you, boss!」
小町の口から漏れ出た、泣き叫ぶような感謝の声に、表情を濃い笑みに歪ませると、さらに継続して、背中、肩、尻、と拍子よく叩き続ける。
此岸の外れでひっそりと行われる、二人だけの仕置き。
与えられる罰は、苦痛か、それとも……。
「あぅぅ! きゃんん!」
ぱしん、ぱしん。
「ふふふふ……」
説教はまだ始まったばかりである。
始まったばかりであったのだが。
「あぅ! あぁ……だ、ダメ……」
「何がダメですか、小町!」
ぺしん、ぺしん。
叩く、叩く。興が乗ってきた。
「何やってんのよ」
ぺん、ぺん。
陶酔の最中で。
「はぁ……はっ……ん?」
誰の声だ。
小町と映姫の振り向く先。
親子連れが現れた!
「誰が親子連れよ」
深い緑色の髪の、目つきのやたら鋭い女が呆れたような声を出す。
格子縞の赤い洋服が特徴的なその格好に、異質な。
「なにしてるの、閻魔さま?」
こちらはその隣に立つ、一回り小さな子供のような体躯の金色の髪をした少女。
複雑かつ丁寧に作られた、ボリュームのある洋服に身を包んで、こちらも異質な。
異質な、そう、その二人組の頭には、お揃いの麦わら帽子。
「親子連れじゃないですか、ええ? 風見幽香と、いつぞやの毒人形」
「あー、私の名前覚えてないんだー!」
「覚えていますよ、メディスン・メランコリー」
映姫は、先程までの行為の姿勢を少しも崩さずに向き合いながら、図太く尋ねる。
「何やってんですか、こんなとこで」
「こっちのセリフじゃないの、それ」
「そーだ、そーだ、そっちこそ何してるの、それ?」
完全に白い目を向ける幽香と、本当に不思議そうな顔のメディスン。
「ふふ、実践で教えてあげましょうか、人形少女さん? 新しい視野が開けますよ」
が、その二人の視線を泰然と受け流して、映姫はもう一度ぱしんと悔悟の棒で小町の尻を叩く。
何と素敵なガールズネクストドア。
「きゃん!? も、もう、人前でなんて恥ずかしいじゃないですか、四季様!」
叩かれた小町は、ぽうと、頬を染める。
とりあえず、開いては駄目な視野であることは間違いないであろう。
「メディ、あれは危ない人達だから目を合わせてはダメよ」
「ほえ? 何で目隠しするのー? ゆうかー」
さっと、メディスンの後ろに立つと、その目を両手で隠す幽香。
彼の世の司法権の腐敗ここに極まれり、あれは見たら三日くらい夢に出る系だ。
「あんた達の倒錯した上下関係に口を挟むつもりはないけどね……時と場所を考えて頂戴」
「はて? 時も場所も、随分吟味したつもりですけどね、お母さん」
映姫はようやく悔悟の棒を懐にしまい直すと、目の前の緑髪の妖怪へ向き合う。
「だから、誰がお母さんだって」
「お母さんでしょうよ……」
心外だというような表情をする幽香と、じたばたと目隠しを外そうともがくメディスン、二人の麦わら帽子。
「それで、こっちのセリフだとも思いますがね……何しに来たんですか、こんな場所に」
そして、幽香が背に担いだ風呂敷包みを、本当に呆れた目で見ながら、映姫は常の真面目さを着直しながら問い返した。
「潮干狩り?」
「そう」
潮干狩り。
「此岸で?」
何と非常識な。
手前の先ほどの行動を、ビルほどの棚の上にスリーポイントシュートしながら、映姫は溜息をついた。
少し前を、弾むように歩いているメディスンの手に握られた熊手とバケツは、そういうことだったのか。
「此岸に貝はいたかしら……」
横目を、隣を歩く幽香へ向けながら、映姫は独り言のように呟いた。
結構な大きさの風呂敷包みを担いだその女は、見守るように、小町と喋りながら前を歩く人形少女を見つめている。
「いても、いなくても……どちらでもいいのよ、きっと」
壁のように行く手を阻む草をかき分ければ、開けた河原へと出る。
「行動が大事なのよ、あの子には」
目を輝かせて、一目散に川へ走り出した姿に、幽香は呆れたような息をついた。
ある日、メディスンは永遠亭で借りてきた「海の生き物図鑑・貝編」を、興奮した様子で見せびらかしてきた。
何が気に入ったのか、寝ても覚めてもそればかり読んで、貝という生き物にのめり込んでいった。
そして、ある日、図鑑に載っていた潮干狩りのページを開いて示し、こう言ってきたのだ。
「私もこれやりたい、ですか……」
河原に座り込む映姫。
「言われて、ここに連れてくる貴方も貴方だと思いますがね」
視線の先は、ざくざくと熊手で、河原の砂地を懸命に掘り起こすメディスン。
「仕方ないじゃない、ここに海はないし。私達が普通の川に行く……ってのも、ね」
その隣に座る幽香が、自嘲気味に笑う。
「場所じゃなくて、行為のことですよ」
「ああ、そっち」
笑い続けながら。
「何かね、あの子見てると……昔の自分を見てるみたいでね、放っておけないのよ」
「まあ、何とも優しい御方だ」
「でしょう?」
さて、と、幽香は立ち上がり、隣の映姫と、さらにその隣でいびきをかく小町を見下ろし。
「私も掘りに行くとするわ」
「何度も言いますけど、こんなとこに貝がいましたかねぇ……」
「いて欲しいわね。何せあの子、掘った貝をその場で味噌汁にして飲むとまで言ってるんですもの」
思い出すように笑いながら告げる幽香に、映姫は何とも難しい顔になりながら、少し体を伸ばして、幽香の横に置かれていた風呂敷包みを掴むと、自分の前に持ってきて解き。
「鍋と味噌……!」
近づいてくる幽香にぶんぶんと手を振って呼びかけるメディスンと、手を振り返しながらの熊手片手の麦わら帽を、難しい顔のまま見つめ続ける映姫であった。
しばらく、そのまま、ぼぅっと、仲良く砂を掘る二人の背中を眺めていた。
ひょこひょこと動きまわる、お揃いの麦わら帽子。
「農作業ですか……」
潮干狩りである。
しかし、暇だ。自分は何をしているのだろう……。
とりとめもなく、仕事のことなど考えてみる。休暇使って、隣で爆睡中の部下と久々にアバンチュールのはずであったのに。
小さな溜息と共に、横目を向けてみる。横たわる、美しき肢体。
「……」
まあ、いい。一日はまだまだ長い……。
びくっと、寝ている筈の小町の体が震えたようだ、悪い夢でも見ているのか。
「えんまさまー! ゆうかー!」
突然呼ばれて、少し驚いた。
「すっごいの掘り当てたのよー!」
メディスンが力一杯手を振って、自分と幽香を呼んでいる。
「なんとまあ……」
少し笑いを混じらせて。
こんな所に、貝がいたのだろうか、それとも別の何かだろうか。
立ち上がって、歩いて行く間に思うことは、少しくらいなら、あの妖怪の気持ちも、わからないでもない。
「……」
難しい表情に立ち戻って閻魔。
隣で同じように覗き込む妖怪の表情も、推して知るべしだろう。
「ね? ね? すごいでしょ? こんなの図鑑のどこにも載ってなかったもん!」
そりゃ載ってないだろう。
こんな巨大な巻き貝……貝の口と思わしき辺りから謎の触手がこんにちわ。
「ねえ、ねえ? これってどんな貝なの!? 二人とも知ってるの?」
「ねえ、閻魔さん……これってどう見ても、ア――」
「知りませんね! こんなものは見たことがありません!」
一人は目を輝かせて、一人は眉を寄せて、自分を見つめる視線を、閻魔は声で振り解き。
しばし、無言の空間に、川が流れゆく音と触手が蠢く音だけが響いていた。
「……見なかったことにしましょう」
意を決した閻魔の声。
「そうね、埋め戻しましょう」
「えー!?」
幽香が渋るメディの頭を優しくぽんぽんと叩くと、ふくれっ面ながらも同意を得られた。
すぐさま砂を被せると、念入りに踏み固めておく。
私達は、何も見なかった。
臭いものには蓋をしてしまうのが一番なのだ。
「ふう……あら? それにしたって、結構収穫はあるみたいじゃないですか」
額の嫌な汗を拭って、傍らのメディスンのバケツを見れば、ちらほらと掘り当てた普通の貝が入れられていた。
「えっへっへー、すごいでしょ!」
「ええ、すごいすごい……本当に、此岸にまともな生き物がいたとは」
得意げにバケツを近づけてくるのを、感心した様子で覗き込む映姫。
浅蜊とも蛤とも蜆とも、映姫にはよく見分けはつかないが、とにかく普通の貝だ。
時折パクパクと貝を開いては、呻き声のような名状しがたき音がバケツから響いてくる以外は。
あーあー、映姫ちゃんにはよく聞こえないなぁ。バケツから顔を上げると、空を仰ぎ。
「まあ、ちゃんと貝がいるとなれば……私も潮干狩りに協力してあげるとしましょうか」
「本当に!?」
「あら、珍しい。どういう風の吹き回し?」
「味噌汁を作るのでしょう? 具は多い方がいいでしょうし、私も相伴には与りたいところですから」
口の端だけで笑って、幽香に手を伸ばすと、呆れた顔でどこかからもう一本熊手を取り出して、手渡してくれた。
「さあ、どんどん掘り当てるとしましょう」
「おー!」
勢いよく手を振り上げるメディスン。
それを見て頷き、視線を回せば、小町がようやく起き上がって、大きな欠伸をしながらこちらに近づいて来ているのが見えた。
「なんか面白そうなことやってるじゃないですか、あたいも混ぜてくださいよー」
そんな声を聞いて三人、顔を見合せて笑い合う。
一時間ほど後。
「ずいぶん集めましたね」
「ええ、これくらいあれば十分ね」
「やったー!」
「ふぃー、くたびれましたよ、まったく」
苦労の甲斐あってか、バケツ一杯くらいに貝は集まっていた。
「じゃあ、これを味噌汁にすると……」
「しましょー!」
幽香の言葉を横取りするようにメディが叫び。
「応!」
映姫と小町が力強い返事を。
「さあ、まずは石を積み上げて、鍋を乗せる竈を作るのです!」
「はーい!」
叫び、映姫とメディスンは、がこん、がこんと、石を投げつけるように、囲い状に置いていく。
「小町、薪を!」
「あいよ!」
いつの間にかそこらの枝を伐採してきた小町が、囲いの中央にそれを設置していく。
「四季様、火種を!」
「フラッシュジャッジメント!」
次いで、小町の呼びかけに応じるように、その薪目がけて、映姫が両手を突き出し、審判の光を撃ち込む。
光線の熱に焼かれ、燃え上がる枝。
「流石四季様!」
「閻魔様すごい!」
黄色い声に、無言のサムズアップで答えるのも忘れない。
「幽香!鍋と貝は!?」
「準備万端よ!」
鍋を石輪の上に設置し、丁寧に砂を吐かせた貝をぶち込む幽香。
「水を入れろ!」
バケツリレーで組み上げた三途の川の水こと、彼の世と此の世を分ける水を盛大に鍋にぶち込む。
「どんどん薪をくべるんだ!」
枝を投げつけるように入れていく。燃えろ、燃えろ!
「味噌を!」
沸騰した湯で味噌を溶き、これまた鍋に盛大にぶち込む。
「かき混ぜろ!」
ぐるぐるぐるぐる。
「蓋をして!」
がちゃんと閉じて。
後は味がしみ込むまで煮て、完成まで待つだけである。
やり遂げた表情の四人、息を切らしながら、鍋を囲んで座り込み、顔を見合せて頷きあうのであった。
「……」
蓋を開けた鍋の中身を見て、押し黙る小町と幽香。
「ねーねー、どうしたの?」
そんな様子の二人に、状況が理解出来ずに、無邪気に問いかけるメディスン。
完成した味噌汁。完成はした、したのだ。
蓋を開けた瞬間、おぞましい叫び声のようなものと共に霊魂のようなものが湯気に混ざって空へ昇って行ったのと。
今、目の前で煮立っている、地獄の釜のような赤っぽい液体を、味噌汁と呼ぶのならの話だが。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ! ……って感じだねぇ……」
ボゴッボゴォという効果音と共に沸騰の気泡が水面を揺らすのを見ながら、小町が重々しく口を開く。
「……とりあえず、よそいましょうか」
幽香が箸と椀を取り出し、お玉でよそい分けていく。
亡者の悲鳴のような音が、かき回される鍋の中から聞こえるのは気のせいだろう、気のせいだ。
「……ッ!」
ようやく各々に配られた椀を前に、さらに息を呑む。
明らかになんか、これ、もう。
「では、いただくとしましょうか」
その時、これまでその光景を眺めながら何を言うでもなかった映姫は、軽くそう言い放つと。
「食べないんですか、私が最初に食べてしまいますよ」
「!?」
目を剥いて己を見る小町と幽香に、何の気負いもない表情で。
一口、椀に口をつけて、啜った。
「……っ!?」
唖然と、言葉も出ない二人を尻目に、啜ったそのままの姿勢で映姫はぴた、と、動きを止め。
「し、しきさ……」
そのまましばらく動かない映姫に、小町が声をかけようとした瞬間。
穏やかな表情のまま、映姫の両耳から突如血が噴き出た。
「ぎゃ―――ッ!?」
余りのことに悲鳴を上げるその場の全員。
「わ、椀を叩き落とすのよ!」
言葉と共に、幽香が椀を少し傾けて口をつけたままの映姫の持ち手を引っ叩き、椀を明後日へと叩き飛ばす。
と、同時に、その姿勢のまま、びくびくと、大きく映姫の体が震え出し。
「し、四季様、しっかりしてください!」
飛びついて、その体を押さえようとする小町。しかし、映姫はそれを力づくで振り解き。
「……っ! ……っ!?」
そのまま地面に倒れると、陸へ打ち上げらた魚のようにびったんびったんと跳ね始めた。
危ない人という次元を軽く十段飛ばしで駆け上がるその姿に、メディスンは言葉を失い、呆然と見つめるばかり。
しかし、幽香はそんなメディスンの肩を掴むと、正面に回って視線を合わせ。
「メディ! しっかりしなさい、ああなった閻魔を元に戻すには、貴方の力がいるわ!」
「へ!? で、でも、私にあんなの治す力なんてないよ!?」
跳ねる動作に、次は地面を転げ回るというのが加わり始めたあんなのである。確かにこれを治せる自信のある人物というのは、そうそう存在しないだろう。
「……いい? 貴方、永遠亭で自分の力を制御出来るように勉強しているんでしょう? だったら、出来るわよ、人を正気に戻すイメージの毒を作って、あれに打ち込むの!」
「正気に、戻す毒……」
真っ直ぐ見つめてくる、幽香の視線を受けて。
「わ、わかった! やってみる!」
メディスンは戸惑いながらも、力強く頷いた。
「ええ、その意気よ! 小町!」
「ああ!」
幽香が呼びかけると、小町は決死の表情で、地面をのた打ち回る映姫の体を引っ掴み、後ろに回って羽交い締めの形にする。
「さあ、早く! やれー!」
激しく抵抗しようとする映姫の体を抑えながら、小町が叫ぶ。
「う、うん! 正気に戻すイメージの毒……コンパロ、コンパロー」
メディスンは、映姫の正面に立ち、イメージを練り上げながら、毒を作り出す呪文を唱え。
「心霊台!」
人差し指一本をピンと立てて、それをずぶりと、勢いよく映姫の胸の辺りへと刺し込んだ。
「ぐぁぁぁ!!」
瞬間、およそイメージに合わぬ断末魔の叫びを上げると、映姫の体はがっくりと力を失ったように、くずおれた。
「はぁっ……はぁっ……」
小町の抱き上げる腕の中、屍のように動かない映姫。危機は去った、荒い息をつく面々。
「……とりあえず、味噌汁は捨てましょう」
幽香の提案に、一も二もなく頷く二人であった。
味噌汁が、流れて行く。
三途の川を鮮やかな七色に染めて、緩やかに流れて行く。
「死後の罪状は産業廃棄物処理法違反だな、こりゃ……」
小町が、水面を見つめながらぼそりと呟いた。
「……あれがあのままこの世に存在していた方が、罪が重かったと思うわ。これでよかったのよ、きっと」
「もったいなかったなぁ……」
幽香もそれを見つめ、メディスンは指をくわえながら。
「で、私達はこれから帰るけども、あれはどうするの?」
幽香は首だけで、己の背後に横たわっているであろう死体を指し示す。
「竹林の医者にでも連れて行った方がいいんじゃないの?」
「いや、あたいらはそんなやわじゃないさ。四季様のことは、こっちで何とかするさ」
にやりと笑う小町に、何か引っかかるものを感じて、首を傾げる二人であったが。
日暮れ時の道を、二つの影が並んで歩いて行く。
「今日はどうだった、メディ?」
「うーん……潮干狩りは楽しかったけど、お味噌汁は残念だったなぁ……」
二人手を繋いで。横を見上げるメディに、見下ろす幽香。
「まあ、あれは仕方ないじゃない。そうね……それじゃ今日は、帰ったら貝のお味噌汁にしようかしら」
「本当!?」
目を輝かせるその人形少女に、妖怪は笑いかけて。
「ええ、里で買い物して帰りましょう」
「うん!」
笑い合う、二人の影が、後ろの道を伸びて。
「ふぃー……」
己の商売道具である船の横に座り込んで背を預け、お猪口を傾ける小町。
「まあ、たまの休日、あたいも四季様も、ゆっくり休むべきさね」
大きく欠伸をして、目を閉じる。
「そう思うでしょう、ボス」
中有の道外れ、此岸の草むら。
仰向けに寝転がされたまま、四肢を荒縄で大の字に、動けないように縛り付けられて固定された閻魔の姿。
「小町……今すぐ戻って来て、これを解きなさい……! 小町ぃぃ!!」
がしがしと、括りつけられた腕を、足を、体を、それでも必死に動かそうと揺らしながら、映姫は叫ぶ。
が、動かない。虚しい抵抗の音だけが響く夕空の下。
唯一自由に動く首だけを、起きあがらせるように動かして己の足の方を睨みつけ。
「Fuc
ここは中有の道外れ、昼だと言うのに、周囲は青白く、暗い。
屋台で賑わう道から外れ、此岸に近い草原には、太い枝垂れ柳が一本。
亡者の悲鳴のようにも聞こえる風が、葉を揺らして流れて行くその下に、女が一人いた。
深い赤色の長髪を二括りで束ね、ゆったりとした丈の長いスカートに身を包んだ、大柄なでか女。
しかし、彼女の様子はどこかおかしい、柳の下に立ったまま、微動だにしない。
いや、違う、動けないのだ。
彼女の両腕は、手首を縛りあげる荒縄によって、己より高い位置にある柳の枝に、上に伸ばすように括りつけられていた。
これでは動けようはずもない、誰がこんな酷いことを。
しかし、このような事態に置かれているその女は、何かを諦めたような表情で縄の為すがままにされ、抵抗しようとしていない。
そして、その女の背後から、もう一人の姿が現れた。
それは緑色の、肩ほどまでの髪をした、小柄な女であった。
きっちりと、乱れ一つない正装に身を包んだ彼女は、その佇まいが与える印象通りの、堅物そうな顔で、縛り上げられた女へと近づいて行く。
近づいてくる緑髪を見ながら、大女の表情は、さらに諦めの色を濃くした。
大女の目の前、すぐ側まで緑髪の女は近づいて、一旦立ち止まる。
見合う、緑髪の帽子を含む背丈でも、まだ頭二つは差がある二人。
一方は常と変らぬ白刃の表情を、もう一方は何もかもを諦めきった表情を。
そして、二人は何も言葉を交わさず。
緑髪はおもむろに手を振り上げると、目の前の大女の、衣服から零れ落ちそうな程の質量を持った乳房めがけて、無情の様で振り下ろした。
「きゃん!」
乳房をいきなり引っ叩かれた大女から、体躯に似合わぬ可愛い鳴き声があがる。
しかし、緑髪は表情一つ変えずに、さらに二、三回、ぱしんぱしんと振り下ろした。
「きゃん! きゃん!」
叩き終えると、荒い息をつき始めた大女と、緑髪の女は、今一度見つめ合った。
「小町」
緑髪の女が、感情の色を乗せぬ声で、その名を呼ぶ。
「はい……」
赤髪の大女、死神、小野塚 小町は、荒い息使いに混じらせながら、ようやく返事をする。
「どうして、こんなことをされているのか、わかっていますね?」
感情を持たぬ声は淡々と。
「わかっています、四季様……」
抵抗の色のない、素直な部下の返事に、閻魔、四季 映姫はゆっくりと頷いた。
「それならいいわ、後ろを向きなさい」
もう一度ぱしんと乳房を叩き、行動を促す。
小町は、悲鳴を噛み殺しながら、ゆっくりとそれに従った。
「さて、小町」
己に背中と尻を向けた部下を前に、映姫は胸元をごそごそと探り。
「あなたのサボり癖、怠惰な勤務態度、全て目に余って尚酷い」
取り出したるは、愛用の閻魔道具が一つ、悔悟の棒。
「上司として、見過ごすわけにはいかぬほど」
木で出来た、杓文字程の大きさのそれを握りしめ。
「よって、私自ら、この悔悟の棒によって、あなたに罰を与えます」
背を向けたままの小町が、ぐぅと、息を飲み込む。
映姫はゆっくりと悔悟の棒を振り上げて。
目の前の、その胸に劣らず巨大な尻へ振り下ろした。
ぱしぃん、と、無音の周囲に、甲高い音が響き渡る。
「あうぅ」
小町の口から、耐えきれずに悲鳴が漏れ出た。
しかし、映姫は全く意に介さず、間髪入れずに二発目。
「あぁっ!」
リズムに乗る様に、さらに、三発、四発と叩きこみ。
「あぁん!はぁう!」
尻だけではなく、次は腕を伸ばしてその肩と背中も打ち据える。
「きゃん!きゃぅ!」
さらに、二三回、リズミカルに打って、一旦手を止め。
「ふふ……」
先ほどまで打楽器の如くいたぶっていたその尻へ、優しく素手を触れさせる。
「あぁ……」
痛みから解放された、小町の安堵の息を満足そうに聞きながら、触れさせた手を撫でまわすかのように動かす。
「どうですか? 小町……」
初めて、囁くように、慈しむような感情をこめて語りかけて。
「んん!」
また尻を、ぺしんと引っ叩く。
「何か、言うことがあるんじゃ、ないですか?」
更に続けて叩きながら、声色は変えずに問いかけて。
「ああ……! th……Thank you, boss!」
小町の口から漏れ出た、泣き叫ぶような感謝の声に、表情を濃い笑みに歪ませると、さらに継続して、背中、肩、尻、と拍子よく叩き続ける。
此岸の外れでひっそりと行われる、二人だけの仕置き。
与えられる罰は、苦痛か、それとも……。
「あぅぅ! きゃんん!」
ぱしん、ぱしん。
「ふふふふ……」
説教はまだ始まったばかりである。
始まったばかりであったのだが。
「あぅ! あぁ……だ、ダメ……」
「何がダメですか、小町!」
ぺしん、ぺしん。
叩く、叩く。興が乗ってきた。
「何やってんのよ」
ぺん、ぺん。
陶酔の最中で。
「はぁ……はっ……ん?」
誰の声だ。
小町と映姫の振り向く先。
親子連れが現れた!
「誰が親子連れよ」
深い緑色の髪の、目つきのやたら鋭い女が呆れたような声を出す。
格子縞の赤い洋服が特徴的なその格好に、異質な。
「なにしてるの、閻魔さま?」
こちらはその隣に立つ、一回り小さな子供のような体躯の金色の髪をした少女。
複雑かつ丁寧に作られた、ボリュームのある洋服に身を包んで、こちらも異質な。
異質な、そう、その二人組の頭には、お揃いの麦わら帽子。
「親子連れじゃないですか、ええ? 風見幽香と、いつぞやの毒人形」
「あー、私の名前覚えてないんだー!」
「覚えていますよ、メディスン・メランコリー」
映姫は、先程までの行為の姿勢を少しも崩さずに向き合いながら、図太く尋ねる。
「何やってんですか、こんなとこで」
「こっちのセリフじゃないの、それ」
「そーだ、そーだ、そっちこそ何してるの、それ?」
完全に白い目を向ける幽香と、本当に不思議そうな顔のメディスン。
「ふふ、実践で教えてあげましょうか、人形少女さん? 新しい視野が開けますよ」
が、その二人の視線を泰然と受け流して、映姫はもう一度ぱしんと悔悟の棒で小町の尻を叩く。
何と素敵なガールズネクストドア。
「きゃん!? も、もう、人前でなんて恥ずかしいじゃないですか、四季様!」
叩かれた小町は、ぽうと、頬を染める。
とりあえず、開いては駄目な視野であることは間違いないであろう。
「メディ、あれは危ない人達だから目を合わせてはダメよ」
「ほえ? 何で目隠しするのー? ゆうかー」
さっと、メディスンの後ろに立つと、その目を両手で隠す幽香。
彼の世の司法権の腐敗ここに極まれり、あれは見たら三日くらい夢に出る系だ。
「あんた達の倒錯した上下関係に口を挟むつもりはないけどね……時と場所を考えて頂戴」
「はて? 時も場所も、随分吟味したつもりですけどね、お母さん」
映姫はようやく悔悟の棒を懐にしまい直すと、目の前の緑髪の妖怪へ向き合う。
「だから、誰がお母さんだって」
「お母さんでしょうよ……」
心外だというような表情をする幽香と、じたばたと目隠しを外そうともがくメディスン、二人の麦わら帽子。
「それで、こっちのセリフだとも思いますがね……何しに来たんですか、こんな場所に」
そして、幽香が背に担いだ風呂敷包みを、本当に呆れた目で見ながら、映姫は常の真面目さを着直しながら問い返した。
「潮干狩り?」
「そう」
潮干狩り。
「此岸で?」
何と非常識な。
手前の先ほどの行動を、ビルほどの棚の上にスリーポイントシュートしながら、映姫は溜息をついた。
少し前を、弾むように歩いているメディスンの手に握られた熊手とバケツは、そういうことだったのか。
「此岸に貝はいたかしら……」
横目を、隣を歩く幽香へ向けながら、映姫は独り言のように呟いた。
結構な大きさの風呂敷包みを担いだその女は、見守るように、小町と喋りながら前を歩く人形少女を見つめている。
「いても、いなくても……どちらでもいいのよ、きっと」
壁のように行く手を阻む草をかき分ければ、開けた河原へと出る。
「行動が大事なのよ、あの子には」
目を輝かせて、一目散に川へ走り出した姿に、幽香は呆れたような息をついた。
ある日、メディスンは永遠亭で借りてきた「海の生き物図鑑・貝編」を、興奮した様子で見せびらかしてきた。
何が気に入ったのか、寝ても覚めてもそればかり読んで、貝という生き物にのめり込んでいった。
そして、ある日、図鑑に載っていた潮干狩りのページを開いて示し、こう言ってきたのだ。
「私もこれやりたい、ですか……」
河原に座り込む映姫。
「言われて、ここに連れてくる貴方も貴方だと思いますがね」
視線の先は、ざくざくと熊手で、河原の砂地を懸命に掘り起こすメディスン。
「仕方ないじゃない、ここに海はないし。私達が普通の川に行く……ってのも、ね」
その隣に座る幽香が、自嘲気味に笑う。
「場所じゃなくて、行為のことですよ」
「ああ、そっち」
笑い続けながら。
「何かね、あの子見てると……昔の自分を見てるみたいでね、放っておけないのよ」
「まあ、何とも優しい御方だ」
「でしょう?」
さて、と、幽香は立ち上がり、隣の映姫と、さらにその隣でいびきをかく小町を見下ろし。
「私も掘りに行くとするわ」
「何度も言いますけど、こんなとこに貝がいましたかねぇ……」
「いて欲しいわね。何せあの子、掘った貝をその場で味噌汁にして飲むとまで言ってるんですもの」
思い出すように笑いながら告げる幽香に、映姫は何とも難しい顔になりながら、少し体を伸ばして、幽香の横に置かれていた風呂敷包みを掴むと、自分の前に持ってきて解き。
「鍋と味噌……!」
近づいてくる幽香にぶんぶんと手を振って呼びかけるメディスンと、手を振り返しながらの熊手片手の麦わら帽を、難しい顔のまま見つめ続ける映姫であった。
しばらく、そのまま、ぼぅっと、仲良く砂を掘る二人の背中を眺めていた。
ひょこひょこと動きまわる、お揃いの麦わら帽子。
「農作業ですか……」
潮干狩りである。
しかし、暇だ。自分は何をしているのだろう……。
とりとめもなく、仕事のことなど考えてみる。休暇使って、隣で爆睡中の部下と久々にアバンチュールのはずであったのに。
小さな溜息と共に、横目を向けてみる。横たわる、美しき肢体。
「……」
まあ、いい。一日はまだまだ長い……。
びくっと、寝ている筈の小町の体が震えたようだ、悪い夢でも見ているのか。
「えんまさまー! ゆうかー!」
突然呼ばれて、少し驚いた。
「すっごいの掘り当てたのよー!」
メディスンが力一杯手を振って、自分と幽香を呼んでいる。
「なんとまあ……」
少し笑いを混じらせて。
こんな所に、貝がいたのだろうか、それとも別の何かだろうか。
立ち上がって、歩いて行く間に思うことは、少しくらいなら、あの妖怪の気持ちも、わからないでもない。
「……」
難しい表情に立ち戻って閻魔。
隣で同じように覗き込む妖怪の表情も、推して知るべしだろう。
「ね? ね? すごいでしょ? こんなの図鑑のどこにも載ってなかったもん!」
そりゃ載ってないだろう。
こんな巨大な巻き貝……貝の口と思わしき辺りから謎の触手がこんにちわ。
「ねえ、ねえ? これってどんな貝なの!? 二人とも知ってるの?」
「ねえ、閻魔さん……これってどう見ても、ア――」
「知りませんね! こんなものは見たことがありません!」
一人は目を輝かせて、一人は眉を寄せて、自分を見つめる視線を、閻魔は声で振り解き。
しばし、無言の空間に、川が流れゆく音と触手が蠢く音だけが響いていた。
「……見なかったことにしましょう」
意を決した閻魔の声。
「そうね、埋め戻しましょう」
「えー!?」
幽香が渋るメディの頭を優しくぽんぽんと叩くと、ふくれっ面ながらも同意を得られた。
すぐさま砂を被せると、念入りに踏み固めておく。
私達は、何も見なかった。
臭いものには蓋をしてしまうのが一番なのだ。
「ふう……あら? それにしたって、結構収穫はあるみたいじゃないですか」
額の嫌な汗を拭って、傍らのメディスンのバケツを見れば、ちらほらと掘り当てた普通の貝が入れられていた。
「えっへっへー、すごいでしょ!」
「ええ、すごいすごい……本当に、此岸にまともな生き物がいたとは」
得意げにバケツを近づけてくるのを、感心した様子で覗き込む映姫。
浅蜊とも蛤とも蜆とも、映姫にはよく見分けはつかないが、とにかく普通の貝だ。
時折パクパクと貝を開いては、呻き声のような名状しがたき音がバケツから響いてくる以外は。
あーあー、映姫ちゃんにはよく聞こえないなぁ。バケツから顔を上げると、空を仰ぎ。
「まあ、ちゃんと貝がいるとなれば……私も潮干狩りに協力してあげるとしましょうか」
「本当に!?」
「あら、珍しい。どういう風の吹き回し?」
「味噌汁を作るのでしょう? 具は多い方がいいでしょうし、私も相伴には与りたいところですから」
口の端だけで笑って、幽香に手を伸ばすと、呆れた顔でどこかからもう一本熊手を取り出して、手渡してくれた。
「さあ、どんどん掘り当てるとしましょう」
「おー!」
勢いよく手を振り上げるメディスン。
それを見て頷き、視線を回せば、小町がようやく起き上がって、大きな欠伸をしながらこちらに近づいて来ているのが見えた。
「なんか面白そうなことやってるじゃないですか、あたいも混ぜてくださいよー」
そんな声を聞いて三人、顔を見合せて笑い合う。
一時間ほど後。
「ずいぶん集めましたね」
「ええ、これくらいあれば十分ね」
「やったー!」
「ふぃー、くたびれましたよ、まったく」
苦労の甲斐あってか、バケツ一杯くらいに貝は集まっていた。
「じゃあ、これを味噌汁にすると……」
「しましょー!」
幽香の言葉を横取りするようにメディが叫び。
「応!」
映姫と小町が力強い返事を。
「さあ、まずは石を積み上げて、鍋を乗せる竈を作るのです!」
「はーい!」
叫び、映姫とメディスンは、がこん、がこんと、石を投げつけるように、囲い状に置いていく。
「小町、薪を!」
「あいよ!」
いつの間にかそこらの枝を伐採してきた小町が、囲いの中央にそれを設置していく。
「四季様、火種を!」
「フラッシュジャッジメント!」
次いで、小町の呼びかけに応じるように、その薪目がけて、映姫が両手を突き出し、審判の光を撃ち込む。
光線の熱に焼かれ、燃え上がる枝。
「流石四季様!」
「閻魔様すごい!」
黄色い声に、無言のサムズアップで答えるのも忘れない。
「幽香!鍋と貝は!?」
「準備万端よ!」
鍋を石輪の上に設置し、丁寧に砂を吐かせた貝をぶち込む幽香。
「水を入れろ!」
バケツリレーで組み上げた三途の川の水こと、彼の世と此の世を分ける水を盛大に鍋にぶち込む。
「どんどん薪をくべるんだ!」
枝を投げつけるように入れていく。燃えろ、燃えろ!
「味噌を!」
沸騰した湯で味噌を溶き、これまた鍋に盛大にぶち込む。
「かき混ぜろ!」
ぐるぐるぐるぐる。
「蓋をして!」
がちゃんと閉じて。
後は味がしみ込むまで煮て、完成まで待つだけである。
やり遂げた表情の四人、息を切らしながら、鍋を囲んで座り込み、顔を見合せて頷きあうのであった。
「……」
蓋を開けた鍋の中身を見て、押し黙る小町と幽香。
「ねーねー、どうしたの?」
そんな様子の二人に、状況が理解出来ずに、無邪気に問いかけるメディスン。
完成した味噌汁。完成はした、したのだ。
蓋を開けた瞬間、おぞましい叫び声のようなものと共に霊魂のようなものが湯気に混ざって空へ昇って行ったのと。
今、目の前で煮立っている、地獄の釜のような赤っぽい液体を、味噌汁と呼ぶのならの話だが。
「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ! ……って感じだねぇ……」
ボゴッボゴォという効果音と共に沸騰の気泡が水面を揺らすのを見ながら、小町が重々しく口を開く。
「……とりあえず、よそいましょうか」
幽香が箸と椀を取り出し、お玉でよそい分けていく。
亡者の悲鳴のような音が、かき回される鍋の中から聞こえるのは気のせいだろう、気のせいだ。
「……ッ!」
ようやく各々に配られた椀を前に、さらに息を呑む。
明らかになんか、これ、もう。
「では、いただくとしましょうか」
その時、これまでその光景を眺めながら何を言うでもなかった映姫は、軽くそう言い放つと。
「食べないんですか、私が最初に食べてしまいますよ」
「!?」
目を剥いて己を見る小町と幽香に、何の気負いもない表情で。
一口、椀に口をつけて、啜った。
「……っ!?」
唖然と、言葉も出ない二人を尻目に、啜ったそのままの姿勢で映姫はぴた、と、動きを止め。
「し、しきさ……」
そのまましばらく動かない映姫に、小町が声をかけようとした瞬間。
穏やかな表情のまま、映姫の両耳から突如血が噴き出た。
「ぎゃ―――ッ!?」
余りのことに悲鳴を上げるその場の全員。
「わ、椀を叩き落とすのよ!」
言葉と共に、幽香が椀を少し傾けて口をつけたままの映姫の持ち手を引っ叩き、椀を明後日へと叩き飛ばす。
と、同時に、その姿勢のまま、びくびくと、大きく映姫の体が震え出し。
「し、四季様、しっかりしてください!」
飛びついて、その体を押さえようとする小町。しかし、映姫はそれを力づくで振り解き。
「……っ! ……っ!?」
そのまま地面に倒れると、陸へ打ち上げらた魚のようにびったんびったんと跳ね始めた。
危ない人という次元を軽く十段飛ばしで駆け上がるその姿に、メディスンは言葉を失い、呆然と見つめるばかり。
しかし、幽香はそんなメディスンの肩を掴むと、正面に回って視線を合わせ。
「メディ! しっかりしなさい、ああなった閻魔を元に戻すには、貴方の力がいるわ!」
「へ!? で、でも、私にあんなの治す力なんてないよ!?」
跳ねる動作に、次は地面を転げ回るというのが加わり始めたあんなのである。確かにこれを治せる自信のある人物というのは、そうそう存在しないだろう。
「……いい? 貴方、永遠亭で自分の力を制御出来るように勉強しているんでしょう? だったら、出来るわよ、人を正気に戻すイメージの毒を作って、あれに打ち込むの!」
「正気に、戻す毒……」
真っ直ぐ見つめてくる、幽香の視線を受けて。
「わ、わかった! やってみる!」
メディスンは戸惑いながらも、力強く頷いた。
「ええ、その意気よ! 小町!」
「ああ!」
幽香が呼びかけると、小町は決死の表情で、地面をのた打ち回る映姫の体を引っ掴み、後ろに回って羽交い締めの形にする。
「さあ、早く! やれー!」
激しく抵抗しようとする映姫の体を抑えながら、小町が叫ぶ。
「う、うん! 正気に戻すイメージの毒……コンパロ、コンパロー」
メディスンは、映姫の正面に立ち、イメージを練り上げながら、毒を作り出す呪文を唱え。
「心霊台!」
人差し指一本をピンと立てて、それをずぶりと、勢いよく映姫の胸の辺りへと刺し込んだ。
「ぐぁぁぁ!!」
瞬間、およそイメージに合わぬ断末魔の叫びを上げると、映姫の体はがっくりと力を失ったように、くずおれた。
「はぁっ……はぁっ……」
小町の抱き上げる腕の中、屍のように動かない映姫。危機は去った、荒い息をつく面々。
「……とりあえず、味噌汁は捨てましょう」
幽香の提案に、一も二もなく頷く二人であった。
味噌汁が、流れて行く。
三途の川を鮮やかな七色に染めて、緩やかに流れて行く。
「死後の罪状は産業廃棄物処理法違反だな、こりゃ……」
小町が、水面を見つめながらぼそりと呟いた。
「……あれがあのままこの世に存在していた方が、罪が重かったと思うわ。これでよかったのよ、きっと」
「もったいなかったなぁ……」
幽香もそれを見つめ、メディスンは指をくわえながら。
「で、私達はこれから帰るけども、あれはどうするの?」
幽香は首だけで、己の背後に横たわっているであろう死体を指し示す。
「竹林の医者にでも連れて行った方がいいんじゃないの?」
「いや、あたいらはそんなやわじゃないさ。四季様のことは、こっちで何とかするさ」
にやりと笑う小町に、何か引っかかるものを感じて、首を傾げる二人であったが。
日暮れ時の道を、二つの影が並んで歩いて行く。
「今日はどうだった、メディ?」
「うーん……潮干狩りは楽しかったけど、お味噌汁は残念だったなぁ……」
二人手を繋いで。横を見上げるメディに、見下ろす幽香。
「まあ、あれは仕方ないじゃない。そうね……それじゃ今日は、帰ったら貝のお味噌汁にしようかしら」
「本当!?」
目を輝かせるその人形少女に、妖怪は笑いかけて。
「ええ、里で買い物して帰りましょう」
「うん!」
笑い合う、二人の影が、後ろの道を伸びて。
「ふぃー……」
己の商売道具である船の横に座り込んで背を預け、お猪口を傾ける小町。
「まあ、たまの休日、あたいも四季様も、ゆっくり休むべきさね」
大きく欠伸をして、目を閉じる。
「そう思うでしょう、ボス」
中有の道外れ、此岸の草むら。
仰向けに寝転がされたまま、四肢を荒縄で大の字に、動けないように縛り付けられて固定された閻魔の姿。
「小町……今すぐ戻って来て、これを解きなさい……! 小町ぃぃ!!」
がしがしと、括りつけられた腕を、足を、体を、それでも必死に動かそうと揺らしながら、映姫は叫ぶ。
が、動かない。虚しい抵抗の音だけが響く夕空の下。
唯一自由に動く首だけを、起きあがらせるように動かして己の足の方を睨みつけ。
「Fuc
シ・オ・ヒ・ガ・リ
見事な……
のうかり・・・んじゃないんですねwww
彼岸はいつからマカーイになったの…?
ん~?間違ったかな?って展開になるかと思ったw
後半は勢いに任せて一気に読んだから気にならなかったけれど、序盤から中盤にかけて句読点が少し多すぎて逆に読みにくいような。
少し読むごとに一呼吸止められてるような感じ?だったのが少し気になりました。
この幽香とメディは微笑ましくて何か和みますね
映こまはカオスですがw